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錯視の基盤:視知覚の定型・非定型の発達をめぐって

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Academic year: 2021

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DOI: http://dx.doi.org/10.14947/psychono.35.12

錯視の基盤: 視知覚の定型・非定型の発達をめぐって

山 口 真 美

中央大学文学部心理学研究室

Typical and atypical visual development

Masami K Yamaguchi

Chuo University

In this paper we discuss two topics of infants studies. First is typical and atypical development of face process-ing. There are many studies on the atypical social development, especially infants development with high risks is current topic in developmental disorders. In these studies under 12 month olds who have an older sibling diagnosed with the disorder were selected for high-risk infants. Many studies have documented that impairments of the face processing was found in individuals with autism spectrum disorders (ASD). And recently, abnormal development of a subcortical system originates in the magnocellular pathway of the primate visual system was primary trigger to im-pairments of higher visual processing. McCleery, Allman, Carver, & Dobkins (2007) reported that contrast sensitiv-ity of the high-risk infants exhibited greater than that of normal infants. Second topic is development of face pro-cessing. In these studies we found similarity in the developmental pattern between languages and face propro-cessing. Further, we discuss importance for infant s learning faces in poor resolution. Infant s face learning model showed that poor image faces (low-pass faces) made facial learning easily, additionally this low-pass face learning could generalize to process the normal faces. In a sense, infant s poor acuity decreases the information in the face process-ing durprocess-ing infancy and this promote face learnprocess-ing.

Keywords: infant, development, face perception, visual acuity

講演では乳児を対象とした錯視の話と錯視を生み出す 乳児の視覚発達について論じたが,現時点で乳児の錯視 実験の研究数はそれほど多くはない。今後の研究を託す ため,本稿では乳児の視覚の発達の実験方法と,定型・ 非定型な発達過程について論じていく。 乳幼児を対象とした実験法 まず,乳幼児の知覚認知機能を調べる実験方法,注視 行動に基づいた,選好注視法と馴化法について概説す る。 乳児を対象とした実験は,Fantz (1958, 1961, 1963)に より,「選好注視法(Preferential looking method)」とし て定式化された。生後 46時間から生後6 ヵ月までの乳 児にさまざまな図形パタンを対提示し,図形への注視時

間から,どのような図形パタンが好まれるのかが調べら れている。この実験により,特定の図形に対する好みが 乳児に存在することが発見された。生後7日以下の新生 児の選好では(Fantz & Yeh, 1979),一様なものよりもパ タン化されたもの,コントラストが高くはっきりしたも の,大きなもの,数が多いもの,曲がっているものなど が,選好を引き出す特徴であることがわかった。 さらに生後4, 7, 9, 11, 15, 20週の各週齢を対象に,好み の発達を調べた実験が行われている。それによれば大き なパタンへの選好は,9週齢までは90%近いにもかかわ らず,11週齢には消失し,大きさという単純な特徴へ の選好は,成長に伴い減少することがわかる。一方で, 形や奥行きのある,より複雑な図への好みは,9週から 11週以降に上昇する傾向も示されている。乳幼児は大 人が想定しないような特徴を手がかりに選好している可 能性があることから,これらの選好だけから,奥行きや 形の知覚発達を結論づけることは不可能であるが,対提 示した図への選好から,乳児の知覚認知を調べることが Copyright 2016. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. Corresponding address: Chuo University, 742–1

Higashi-nakano, Hachioji, Tokyo, 192–0393, Japan. E-mail: ymasa@ tamacc.chuo-u.ac.jp

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できることは重要である。選好注視法を利用した錯視実 験では,5 ヵ月児が蛇の回転錯視を見える側を,色配置 を変えた見えない側よりも注視したことを示し,さらに 錯視の起こらないコントロール図形では選好が消失する

ことから,生後5 ヵ月で蛇の回転錯視が知覚できること

を示している (Kanazawa, Kitaoka, & Yamaguchi, 2013)。 選好注視法は,乳児の視力測定にも応用される。乳児 の視力は縞視力として,識別できる縞模様の細かさで計 測される。複雑な図形を好む乳児は,縞を識別できる限 り縞に注目するので,選好の消える時点で,識別の限界 を確認できる。この場合,より簡便な「強制選択選好注 視法(forced-choice preferential looking method)」がとら れ,ターゲットの位置を知らない観察者がその場で乳児 の行動から,ターゲットを強制的に選択する(Teller, 1979)。 選好注視法は簡便な実験手法ではあるが,選好がある ことが必須である。一方,選好と関係なく対象間の弁別 を調べることができる「馴化法(habituation method)」 もある(Fantz, 1964)。馴化法の基本原理は「新規選好」 にある。乳児は古い対象と比べると新規な対象を好むと いう性質に基づき,人工的に慣れた状態を作りだして実 験を行う。特定の刺激を人工的に慣れさせ,別の新奇な 刺激への選好の有無から,弁別を検討する。実際の実験 では,同じ刺激を何度も提示し,有意な注視時間の低下 を持って「馴化」の成立を確認する。「乳児制御(infant control)」では,その場で注視時間を確認し,それぞれ の乳児の注視時間が確実に下がるまで刺激を提示し続け る。より簡便な方法では,刺激の提示回数をあらかじめ 設定し,前半と比べ後半で注視時間が確実に下がって 「馴化」が成立した乳児のデータだけを使用する。この 「馴化」を経た後に,馴化時と同じ刺激と新規の刺激を 提示し,同じ刺激に馴化が続く一方で,新規刺激に対す る注視時間が上昇する,いわゆる「脱馴化」が生じるか を確認する。脱馴化が生じれば,馴化した刺激と新規刺 激への弁別を結論付けることができる。 以上のように,乳幼児の知覚認知機能は,注視行動を もとにさまざまな実験手法によって検討することができ る。ここで馴化法を用いて錯視を調べた実験を紹介する (Nakato et al., 2007)。目と顔の輪郭の組み合わせにより, 同じ目でも異なる視線方向に見える,ワラストン(Wal-laston)の視線の錯視である(Figure 1)。実験では,顔a の顔に馴化させ,それを左右反転した顔bと,目の領域 だけをもとのままにして反転させた顔 cを提示し,選好 を調べている。錯視が知覚され,視線の違いをもとに顔 を弁別できれば,顔cに新規選好が生じ,錯視が成立せ ずに目の違いで弁別すれば,顔bに新規選好が生じるこ とになる。実験に参加した生後6・7・8 ヵ月の乳児のう ち,生後8 ヵ月児だけが錯視をもとにした新規選好(顔 cへの選好)が有意にみられ,倒立で提示するとこの効 果は消失した。このことから,ワラストンの錯視は,生 後8 ヵ月児だけに知覚されたと示されたのである。 顔認知の複雑性と生得性 複雑なパタンである顔では,ワラストンの錯視をはじ Figure 1. Stimuli used by Wollaston demonstration (Wollaston, 1824).

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めとしたさまざまな錯視があり,また,その重要性か ら,顔認知の生得性を支持するいくつかの研究が示され ている。つまり,乳児を対象とした錯視研究では,顔の 錯視は有利な題材なのである。顔を見ることの発達につ いて論じておこう。 先のFantz (1963)の実験でも,顔模式図形は選好のあ るパタンとされている。その後の実験から,乳児におい ても,目立ちやすいパーツである目ではなく,顔配置を もって顔を処理していることが示されている。Goren, Sarty, & Wu (1975)は,顔の特徴をばらばらにした図, 顔の形をしているもののパタンのない図と顔図形とを比 較をして,正しい配置の顔だけを乳児は選好するかを検 討した。その結果,新生児でも正しい配置の顔だけを選 好することが示された。2000年に入ってイタリアのグ ループが再び新生児の好む顔特徴パタンを分析する研究 を行い,上部に情報が集まるtop-heavyな構造をした形 態特徴が選好されることを示した(Simion, Valenza, Mac-chi, Turait, & Umiltà, 2002)。成人でもtop-heavy的なパタ ンに顔を見出し,それは「パレイドリア」「シュミラク ラ」と名づけられる,顔らしき物体を見る現象につな がっている可能性がある(Ichikawa, Kanazawa, & Yamagu-chi, 2011)。これは,顔ではない様々な物体に,こうし た配置が存在するということで,顔を誤検出する事例で ある。ヒトの顔検出は敏感であるが故に,このような誤 認も生じることになると考えられる。 こうした全体処理(configural processing)方略では, 目鼻口といった顔を構成する要素の「配置」を優先して 処理する。一方で部分処理(feature processing)では, 目や口や鼻といった顔を構成する「特徴」あるいは「要 素」を優先処理する。なお,全体処理(configural pro-cessing)には 1 次処理(first order)と 2 次処理(second order)の二段階あり,1次処理(first order)ではさまざ

まな

対象の中から顔そのものを検出し,2次処理(sec-ond order)では顔の配置の細かい違いを区別して個々の 顔を弁別する (Maurer, Le Grand, & Mondloch, 2002)。

ヒトの顔検出が優れていることを示す,いくつか有名 な事例をあげてみよう。顔写真を二値化して作られた画 像であるMooney faceに顔を見ることも,1次処理(first order)であるといわれる(Mooney, 1957)。トップダウ ンに顔を処理する典型例として使われることも多い。 16世紀のイタリアの画家アルチンボルト(1527–1593) の絵では(Figure 2),野菜などで顔が形作られており, 物体失認患者にこの絵を見せると,それぞれの野菜は見 えないものの顔が見えたと報告されたことから(Mosco-vitch, Winocur, & Behrmann, 1997),心理学の題材として

注目されることになった。乳児がアルチンボルトの絵に 顔を検出できるかを実験的に検討した研究がある(Ko-bayashi et al., 2011)。アルチンボルトの顔を成立と倒立と で提示すると,生後7 ヵ月で正立して顔に見えるアルチ ンボルト図への顔選好が見られた。乳児を対象とした実 験では,正立での顔選好が顔検出を示す指標のひとつと なっていることから,生後7 ヵ月でアルチンボルト図に 顔を検出していたことが推測される。さらに7 ヵ月児を 対象に近赤外分光法(NIRS)を用いて脳活動を計測し たところ,アルチンボルト観察時に顔に反応する領域 (STS近辺)の活動を認めることができた。 目鼻口が正しい位置にある基準をもとに顔を発見す る,1次処理をもとに,ヒトは素早く顔を見つけ出すこ とができる。この顔選好は新生児でも持ち,顔選好から 顔を見る経験を積み重ねることができる。たくさんの顔 を学習することによって,顔処理は2次処理段階へと進 むと考えられる。個々の顔における目鼻口の配置の細か な違いをもとにそれぞれの顔を区別する2次処理は,既 知の顔認識において特にこの方略を用いて顔を記憶し, 認識するといわれる。新生児でも1次処理で顔検出が可 能であることが広く認められているが,その後の顔認識 の発達がどこまで続くかについては諸説あり,10歳く らいまで続く説や,30歳以降も続くという説もあるも のの,おおまかな部分での顔処理の基礎段階は生後8 ヵ 月頃には終了すると考えられる。

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サッチャー錯視で有名な倒立効果は,主に2次処理を 阻害するといわれている。逆さにすると物体同士を識別 しにくくなる倒立効果は,顔で特に強いことは古くから 知られている (Yin, 1969)。2次処理で顔を区別する課題 で倒立効果は特に強く,全体処理(configural processing) と比べると部分処理(feature processing)では倒立効果 が弱いことも知られている(Cabeza, & Kato, 2000; Bartlett, & Seacy, 1993)。なお顔認知が不得意であるとされる自閉 症児では顔の倒立効果は小さく,倒立で呈示しても顔弁 別の成績は下がらないことも知られている(Behrmann et al., 2006)。 近赤外分光法を使った顔の倒立効果に対する乳児の脳 活動が,大塚らによって報告されている(Otsuka et al., 2007)。顔反応領域に近い左右両側頭における血中ヘモ グロビンの変化を,倒立顔・正立顔の観察時の間で比較 している。その結果,生後5∼8 ヵ月の乳児で顔領域に あたる右側頭の活動が顔観察時に高まり,しかも倒立と 比べて正立の顔でこの傾向が強いことがわかった。ちな みに顔領域の活動は成人でも右半球側が強い。これらの 結果から,人見知りの始まる生後5 ヵ月ころから倒立顔 が生じ,2次処理へと移行している可能性があり,その 際には顔領域の活動もみられるようになると考えること ができる。 顔の白黒を反転させると人物同定しにくくなる「ネガ 効果」や顔の上下で別々の人物を貼りあわせると別人に 見える「キメラ顔効果」も,2次処理にかかわっている とされている。キメラ顔効果は既知顔でより強く生じる ため,有名人の顔写真が使われることも多い。上下で切 り分けた顔を,輪郭を一致して組み合わせる (compos-ite) と,上下の顔はブレンドされたかのように第三の人 物にも見え,上の顔の人物を特定することは難しくな る。ところがほんの少し上下の輪郭をずらす(non-com-posite)だけで,この現象は消える。輪郭を合わせた顔 (composite)では,上の人物を特定する際の正答率と反 応時間が悪くなる。輪郭の一致した顔はひとつの全体と して見られるため,個々の特徴を上下で切り分けて見る ことが難しい。逆に輪郭をほんの少しずらすことで顔と いう全体(ゲシュタルト)が崩壊し,上下を別の顔とし て見ることができる。 乳児を対象としたキメラ顔の実験が,乳児にとっての 既知顔である母親顔を利用して行われている(Nakato, Kanazawa, & Yamaguchi, submitted)。実験の結果,輪郭を 合わせる(composite) 条件では母親顔への選好が消失 し,輪郭をずらす(non-composite)条件では選好が出 現する効果が,生後7 ヵ月でみられることがわかった。 つまり生後7 ヵ月でキメラ顔効果がみられたのである。 この時期に成人と同様な処理がある程度可能になること は ,複数の実験から報告されている。たとえばSchwarz-er & Zaun,複数の実験から報告されている。たとえばSchwarz-er (2003)の実験では,男女の平均顔に学習さ せた後に,目や鼻や口の特徴(feature)を入れ替えた合 成顔を作成し,学習した顔と違うとみなすかどうかが調 べられている。口や目を入れ替えて作った合成顔は学習 した顔とは全体処理(configural processing)からは異な り「違う顔」に見えるはずであり,逆に,部分だけに注 目して部分処理(featural processing)した場合には,目 と口を「既に見た」と判断することになる。実験の結果, 生後8 ヵ月児は目や口を入れ替えた合成顔を別の顔とみ なし,顔の全体処理(configural processing)を行ってい る証拠が示された。 実は2000年代以前では,2次処理は幼児期ころに完成 されるといわれてきたが,近年の研究からおおよそ7 ヵ 月頃に発達するとされている。その能力にはまだ限りが あるとしても,ひとみしりの始まる前後に,顔処理は成 人と似た処理様式に移行する可能性がある。なお2次処 理は既知顔認識で主に用いられるものであり,未知顔の 記憶の際には,部分(feature)と全体(configuration) のいずれがより強く使われるかは,議論の中にある。 顔認知の発達と障害 近年になって顔に関する認識障害は,事故や卒中など で脳に後天的な損傷を経て生じる相貌失認だけでなく, 後天的な脳損傷なしに存在する可能性が議論されるよう になった。たとえば発達障害の一部である自閉症児にお いて,相手の表情を読めなかったり顔に興味がなかった りする事例が多くみられることは,広く受け入れられて いる。このようなことから,先天的な顔認識の障害であ る「先天性(発達性)相貌失認」の存在が検討されるよ うになった。たとえば社会不安が強いと思われる人の中 にも,その原因に先天的な顔認識の障害がある可能性も 考えられる。質問紙を使った大規模な調査から先天性の 相貌失認が人口の2%ほど存在することと,こうした性 質の遺伝が確認されている(Behrmann et al., 2005)。 ここで1次処理から2次処理にわたる顔認識機能の発 達とその障害について,発達的な観点から概観してみ る。一つ目は,先天性白内障の児童を対象にしたもので ある。これらの子は,生後6∼10 ヵ月程度までは白内障 の手術をすることなく,結果的に,パタンのある画像を 見ずに育っている。早期の手術であるため,成長後の視 知覚能力には特に大きな問題はないとされていが,顔認 知能力を調べたところ,わずかな問題があることが発見

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されている。顔の表情や角度が変わると,同一人物の判 断が難しくなったのである。さらに顔の1次処理と2次 処理にかかわる複数の課題を行ったところ(Maurer et al., 2002),1次処理には問題がないものの,2次処理に関 わる課題に困難が見出された。1 次処理の課題では, Mooney faceに顔を検出することができ,ポジの顔は検 出できるがネガの顔を検出しにくいという,ネガ効果 も,通常と同じように示された。一方で2次処理にあた

るキメラ顔効果(composite face effect)が困難で,輪郭 を合わせた顔(composite face)での人物同定の成績が, 健常よりも高いことがわかっている。また,別の顔記憶 課題では,部分の違い(feature processing)を操作した 場合と全体の違い(configural processing)を操作した場 合での人物同定を比べると,部分の違いは区別できて も,全体の違いでは人物を区別できないことが判明し た。さらに不思議なことに,統制実験として,顔の代わ りに家を同定する課題では,顔では困難だった全体処理 ができることがわかったのである。つまり,顔の配置で 区別することは困難でも,玄関や窓の配置で家を区別す ることはできたのである。このことから,発達初期に視 覚経験を奪われることにより,顔認識発達だけが特化し て阻害されることがわかる。 さらに先天性白内障患者の結果から,顔の1次処理は 生まれつき備わり,たとえ出生直後に顔学習ができなく ても,この能力は「眠れる森の美女」のように維持され 続け,視覚を得た時点から生起する「スリーパー効果」 があるといわれている(Maurer et al., 2002)。一方で2次 処理には,むしろ,特定の期間の顔学習が必須とされる ようである。 先天性白内障患者が単純に視覚学習を剥奪されたのに 対し,顔認知が苦手とされる自閉症児では,2次処理の みならず1次処理の段階から問題があることも示されて いる。一方で成人を対象とした自閉症者では,顔認知に かなりの改善がみられ,記憶にかかわる課題だけに問題 が残る結果も示されている (Weigelt, Koldewyn, & Kan-wisher, 2012)。これに関しては,成長後に自身で新たに 学習がなされた可能性もあるため,ここでは発達初期に 限定して問題を考えていこう。 以下,自閉症者の問題には,発達初期の視力発達が関 与している可能性から考察したい。自閉症の発達初期の 視覚特性を調べるため,自閉症児の妹弟を対象にした実 験が近年盛んに行われるようになっている。自閉症の診 断基準となる言語やコミュニケーション能力の障害は, 3歳児にならないと決定されないため,発達初期過程を 調べるためには,遺伝的なつながりの強い妹弟を対象に した研究が,主にアメリカで多く行われている。Mc-Cleery et al. (2007)は,こうした乳児を対象に視力発達 を調べる実験を行った。その結果,生後6 ヵ月段階のコ ントラスト感度と色感度を健常児と比べたところ,コン トラスト感度だけが健常児よりも高いことがわかったの である。乳児の時期からのコントラスト感度の高さは, たとえば倒立にしても顔弁別成績が変わらないなどの, ローカルバイアスを促している可能性が考えられる。 健常乳児の視力発達では,初期の発達が達成されたと する生後6 ヵ月でも,成人の視力でいうと0.2程度の解 像度である。生後3 ヵ月の視力で見える顔をシミュレー ションした顔画像を確認すると,細かい特徴はほとんど 見えないため,結果として全体の目鼻口の配置で顔を見 る方略をとらざるをえない可能性があり,これが1次処 理を導く原因の一つとなったとも考える。これに対して 自閉症児では,コントラスト感度が発達初期から高いた め,より楽な部分特徴を用いて顔を識別する方略を取っ たがために,顔認識の方略が異なるに到ったとも考えら れる。発達初期に未熟な視力で顔を見ることは顔学習に 貢献することが,顔学習のニューラルネットワークモデ ル(Valentin & Abdei, 2003)からも説明される。発達初 期のヒトの顔学習の速さには,幼い頃の弱い視力で,よ り少ない情報量を得たことによるメリットがあるためと いう。 以上のように,顔認知という複雑な視覚処理を中心 に,定型と非定型の発達を考察してみた。発達障害はス ペクトラムとして個人差に広がる可能性もあり,錯視が どのように見えるのかについても,こうした個人による 違いが関係している可能性もある。発達を知ることによ り,今後さまざまな観点からの錯視研究が可能であろ う。 引用文献

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Figure 2. Emperor Rudolf II as Vertumnus.

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