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恐竜はどのような生物であったのか? これ自体, ヒトの好奇心をくすぐる魅力的な問いであるが, 恐竜を現在の鳥類が分岐してきた分類群として見 たとき,生命史研究の中でもすぐれた研究対象で あることがわかる.現生鳥類は,飛行という多く のエネルギーが必要な生態と関連して,並外れて 効率の良い呼吸器を発達させた.この鳥類型呼吸 器はどのように成立したのか? 答えの鍵は,中 生代の獣脚類恐竜にあるに違いない. 「研究対象」としての恐竜 ヒトは生命史を解明しようと試みた地球上初め ての生物だが,自分たちが住む時代とは異なる時 代の生物まで理解することは,単なる好奇心を越 えて,進化の原動力を解明するのに貢献できるは ずである.古生物学は,現在は生息していない多 様な生物を理解するための研究であるばかりでな く,化石という地層に残された唯一の直接的証拠 をもとに,生物進化における時間軸に沿った変化 を明らかにするためのアプローチとして発展して きた.地球環境の変化も絡んだ非常に複雑なメカ ニズムを理解していくためには,このように時間 軸に沿って実際に起こった生物進化を明らかにし ていく必要がある. 古生物学は地質時代のあらゆる生物を取り扱う が,どの分類群,あるいは生態系に着目するかに よって,研究上の利点,欠点が異なる.私は古脊 椎動物学が専門であるので,本稿では脊椎動物の 進化に絞って話を展開していくが,それ以外の古 生物に関する研究にも,やはり重要な研究テーマ が多くあることをあらかじめことわっておきたい. 脊椎動物化石を扱う研究分野,古脊椎動物学で は,1980 年代後半以降,骨格の形態形質をもと に分岐分析が盛んに行われてきた.脊椎動物は, 異なる動物間において骨のパーツの対応をつけや すく,比較的多くの形質を分析に用いることが可 能である.たとえば,Turner らの研究グループ が 58 種の中生代獣脚類の系統解析(1)に用いた形 質数は 251 であった.古脊椎動物学では,新種 が記載されるたびにその種を加えた新たな分岐分 析が実施され,系統関係の解明が進められてきた. このように系統関係を明らかにすることで,系統 発生に沿ってどのように形態が変化してきたのか を詳細に追跡できるのは,古脊椎動物学の 1 つの 利点である.このような化石を用いた研究と,現 生脊椎動物の発生生物学的研究を統合することで, 形態進化のシナリオを復元することもできる. また,脊椎動物化石では,関節と骨の形態から 運動を復元することがある程度可能である.動き の方向や範囲を推定することができるだけでなく, 骨の表面に残った筋の付着痕から関節まわりのモ ーメントを推定することもできる.一方で,骨自 体の形態データに対して有限要素法を用いた構造 解析を行い,生息時にその骨にかかっていた応力 分布を計算して機能を推定する手法も発展してき た.脊椎動物化石はこれらのようなバイオメカニ クス研究にも向いていて,姿勢やロコモーション (移動様式),あるいは咀嚼の復元に関する研究が 数多くある.なお,現代の古脊椎動物学では,現 生動物の運動を精密に計測してモデルの妥当性を チェックしてから,化石骨格に応用するのが常識 特 集 恐 竜 の 進 化 と そ の 時 代

特 集   恐 竜 の 進 化 と そ の 時 代

鳥類に至る系統における

呼吸器の進化

平沢達矢

  ひ ら さ わ   た つ や  ( 理 化 学 研 究 所 発 生 ・ 再 生 科 学 総 合 研 究 セ ン タ ー 基 礎 科 学 特 別 研 究 員 , シ カ ゴ 大 学 訪 問 研 究 員 . 専 門 : 古 脊 椎 動 物 学 , 進 化 発 生 学 ) E - m a i l : h i r a s a w a @ c d b . r i k e n . j p

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となっている. 獣脚類 鳥類系統の研究 これまでに,鳥類は,獣脚類(Theropoda)とい う恐竜の 1 分類群に起源を持つことが確実視さ れるようになり,その時代は後期ジュラ紀(約 1 億 5000 万年前)だと考えられている(図 1).鳥類 のように飛行に完全に適応した動物は,地球史の 中で少なくとも 4 回出現した.昆虫,翼竜,鳥類, コウモリである.彼らは,体の構造を大幅に改変 して空中に進出したことで,適応放散のチャンス を大幅に高めた.これらの進化は,生命史の中で も特に劇的な変化であると言える. 飛行に完全適応した動物の中で,鳥類に至る系 統だけが,比較的豊富な化石記録を残し,その起 源がよくわかっている.さらに,獣脚類の系統解 析も精力的に進められた結果,2000 年代前半ま でには獣脚類の系統関係に関してほぼコンセンサ スが得られるようになった.したがって,系統に 沿ってどのように形態や生態が変化してきたのか を研究するのに非常に適した分類群であると言え る. 加えて,中生代の環境は現在とは非常に異なっ ていたこともあり,その環境変化は注目を浴び続 けてきた.Berner らの研究(2)によると,中生代 の大気組成は現在とは異なり,また,大きく変動 していたことがわかっている.前期ジュラ紀後半 から前期白亜紀前半にかけては,大気中の酸素分 圧は低く(現在の 60∼70%),二酸化炭素分圧は 高かった(本特集田近英一氏論文参照).同時に, 中生代を通じて気候も大きく変化していたことが 判明しており,たとえば,白亜紀中頃(1 億年前 頃)では激しい温暖化が進んだ環境であった証拠 が っている.それから,白亜紀末(6550 万年 前),メキシコ・ユカタン半島に小惑星が衝突し たことにより大規模な環境の変化が起きたことは 広く知られている.この天体衝突にともなう急激 な環境変化も,現在では詳細に解明されている. 獣脚類 鳥類系統の動物たちは,このような環境 の中で進化を遂げ,飛行に完全適応した動物や極 端に大型化した動物を生み出し,鳥類は中生代末 の大量絶滅を生き延びて,それ以外の獣脚類 (non-avian theropods)はすべて絶滅したのだ.体 の構造の劇的な変化は,いつどのように生じたの か? 白亜紀末の大量絶滅で鳥類とそれ以外の獣 脚類の明暗を分けたのは何だったのか? 鳥類に 至る系統における進化と地球環境の変化を絡める と,途端に重要な問いが浮かび上がってくる. 鳥類の呼吸器の特殊性 鳥類の体には,飛行と関連して他の現生脊椎動 物にはない特殊な点がいくつか見られるが,その 1つに呼吸器が挙げられる(図 2).現生鳥類の呼 吸器は,肺に加えて気囊(airsac)という袋状の器 特 集 恐 竜 の 進 化 と そ の 時 代 図 1 ――飛行に完全適応した動物の出現,および獣脚類の進化と絶滅のタイミング.

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官から構成されており,気囊システムと呼ばれる. 肺は背側に配置されていて,コンプライアンス (伸展性)は非常に低く,呼吸の際にも容積はほぼ 変わらない.呼吸に関与する気囊は左右対称なも の 4 対と正中線にあるもの 1 つ,合計 9 個あり, それらは機能的に前方のグループのものと後方の グループのものに分けられる(図 2(a)).気囊の コンプライアンスは非常に高い.この鳥類型呼吸 器では,一連の呼吸動作の中で,肺の中に空気が 出入りするのではなく,管状の肺を空気が通り抜 けるしくみとなっている(貫流換気機構).口から 入った空気は,まず後方グループの気囊に吸引さ れ,続いて管状の肺を通って,前方グループの気 囊に流れて行くことになる(図 2(b)・(c)).この ときに,肺を通る空気の流れと複数の血管を通る 血流がほぼ直交する(図 2(d)).結果,一度の空 気の流れから複数回の血液への酸素の拡散が起こ り,肺から出て行く血液中には呼気よりも高い分 圧の酸素が含まれることになる.哺乳類や他の爬 虫類の呼吸においては,袋状の肺や肺胞の中を空 気が流出入を繰り返すだけであり,呼気よりも高 い分圧の酸素が血液中に含まれることはない.気 囊システムによって,鳥類が大気から血管に取り 込める酸素量は,哺乳類の 2.6 倍にも達する. 現生鳥類は,他の脊椎動物では酸欠になってし まうような高度にまで進出している.たとえば, アネハヅル(Anthropoides virgo)はヒマラヤ上空, 高度 8000 m 以上を飛行することが知られている. このような生態を可能にしている要因の 1 つは, 鳥類が気囊システムを備えていることなのである. 気囊は,胸郭の変形運動によって換気される. このメカニズムは,羊膜類(Amniota: 爬虫類,鳥 類,哺乳類)が共通して備えている動力である. 哺乳類はこれに加えて横隔膜を獲得しているが, 鳥類は特有の胸郭の変形運動(3)のみで体腔の容積 を変化させている.一般に,高い代謝を持つ動物 では,ガス交換を行う表面積を増やすために呼吸 上皮を発達させ,その代償として肺のコンプライ アンスは低くなっている.この代償に対して,哺 乳類は横隔膜を発達させパワーでもって肺を拡張 し,一方で,鳥類では気囊システムを獲得して, ガス交換をする肺とポンプとして働く気囊の分業 体制をとるというように,別々の解決策へ向かっ たのだ. 特 集 恐 竜 の 進 化 と そ の 時 代 図 2 ――現生鳥類の気囊システム.(a)鳥類の呼吸器は,ガス交換をする肺とポンプとして働く気囊の分業体制となっている.肺 は細管を束ねた構造となっており,換気の際にもほとんど容積は変化しない.代わりに,気囊の容積が変化し,空気の流れをつく り出している.一連の呼吸動作の中で,(b)吸った空気は後方グループの気囊に入り,(c)管状の肺を通り抜けて前方グループの 気囊に流れていく.(d)管状の肺では,空気の流れと血流はほぼ直交する(上段).また,肺の 1 つの管に対して,複数の血管が交 差している.その結果 , 一度の空気の流れから複数回の血液への酸素の拡散が起こり(この図では 4 本の血管と交差している様子 を示す),肺から出ていく血液中には呼気よりも高い分圧の酸素が含まれる(下段).(d)は『カラー図解 人体の正常構造と機能 I 呼吸器』日本医事新報社(2002)を改変. 気囊(前方グループ) 気囊 (前方グループ) 気囊 (前方グループ)気囊 (後方グループ) 気囊(後方グループ) 気囊 (後方グループ)

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鳥類では,肋骨(vertebral rib)と胸肋骨(sternal rib)の 2 節が椎骨,胸骨と関節して,胸郭が構成 されている(図 3).これらのパーツはすべて骨化 しており,各パーツ間にある可動関節は,運動の 方向を規定している.一般的な哺乳類では肋骨の 遠位端には肋軟骨が連結しているが,この境界は 可動関節というよりは骨化前線であり,肋骨と肋 軟骨は 1 つのユニットとして動く.なお,近年の 胚発生学研究からは,鳥類の胸肋骨と哺乳類の肋 軟骨は異なる中胚葉細胞系譜に由来する可能性が 指摘されている(4) 鳥類の肋骨は 2 点で椎骨と関節しており,この 2点間を結ぶ線を回転軸として回転運動を行う. また,胸肋骨と肋骨の間の可動関節が開閉するこ とで胸骨を主に背腹方向に動かす.この運動は精 密に制御されていて,体腔に局所的な圧力差が生 じ,吸気過程で後方グループの気囊に空気が吸引 される. さて,最近,アメリカアリゲーター(Alligator mississippiensis)において,肺の一部分に一方向 の空気の流れが生じていることが判明した(5).ワ ニは,鳥類に(そして獣脚類に)最も近縁な現生動 物であり,化石記録によれば現生ワニに至る系統 と鳥類に至る系統は約 2 億 5000 万年前に分岐し たとされる.解剖学的研究からワニの肺が鳥類型 呼吸器のプロトタイプに近い可能性は以前より指 摘されていたが(6),アメリカアリゲーターにおけ る空気の流れの精密測定により,気囊システムが 備わっていなくても局所的に貫流換気をつくり出 せる肺の内部構造がワニに備わっていることが実 証されたのである.これは,主竜類(Archosauria: 恐竜,翼竜,ワニ等を含む)の呼吸器には鳥類型 呼吸器へ進化するポテンシャルが備わっていたこ とを示唆する. しかし,現生のワニの換気ポンプ(7)は,鳥類の ものとはだいぶ異なっている.ワニの胸郭は,一 般的な爬虫類と同様に,椎肋骨(vertebral rib), 間肋骨(intermediate rib),胸肋骨(sternal rib)の 3節で構成されており,間肋骨と胸肋骨は骨化せ ずに軟骨のままである.そのため,胸郭の変形運 動は自由度が高く,椎肋骨の回転に加えて側方へ の変形も生じている.最近の報告によると中生代 に生息していた陸生ワニも 3 節に分節した肋骨 を持っていたので(8),ワニの系統では 3 節の肋骨 パターンが保持されていたようだ.現生ワニでは, この胸郭変形運動に加えて,肝臓に付着してこれ を尾方へ引っぱる特別な筋(M. diaphragmaticus) があり,体腔の容積変化に 35∼55% 寄与してい る.この筋は恥骨から起始しており,哺乳類の横 隔膜とは相同ではない. 中生代獣脚類化石に見られる気囊システムの 基本構造の証拠 では,中生代獣脚類はどのような呼吸器を持っ ていたのだろうか? これに対する信頼性の高い 証拠の 1 つは,2005 年に発表された(9).気囊自 体は軟組織なので化石化しないが,気囊の痕跡は 化石にも保存される.現生鳥類では,気囊が体の 隅々にまで入り込み,骨髄を侵食して骨の中にま で入り込むことがある.現生鳥類の骨格を包括的 に調査すると,頸椎には前方グループの気囊が入 り込み,最後方の胴椎および仙椎には後方グルー プの気囊が入り込むという対応関係が判明した. 一方で,中生代獣脚類の多くにも気囊が入り込ん でいた穴(含気孔,図 4)が保存されていることは 以前から知られていた.2005 年の論文は,中生 特 集 恐 竜 の 進 化 と そ の 時 代 図 3 ――鳥類の胸郭骨格とその変形運動. 肋骨の回転 胸肋骨 肋骨 椎骨 胸骨 可動関節

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代獣脚類の含気孔分布を,鳥類の部位特異的な気 囊の分布パターンと比較して,中生代獣脚類にも 前方グループと後方グループの気囊が分化して備 わっていたと結論づけたところがポイントである. 実は,気囊のような構造は鳥類に特有ではなく, オオトカゲやカメレオンにも肺から袋状の構造が 突出している.したがって,気囊の存在だけでは 気囊システム(鳥類型呼吸器)の基本構造が備わっ ていた証拠としては不十分だった.そこに,前方, 後方グループの気囊が っていた証拠が出された ことにより,中生代獣脚類も気囊システムの基本 構造を備えていた可能性がかなり高くなったのだ. 現在では,鳥類とは比較的系統が離れているケラ トサウルス類(Ceratosauria)でも鳥類型気囊分布 パターンの証拠を残していることから,ケラトサ ウルス類と鳥類の共通祖先,すなわち初期獣脚類 の段階ですでに気囊システムの基本構造が獲得さ れていたと考えられている.なお,例外的に保存 状態が良く軟組織の痕跡が残っている獣脚類化石 をもとに,中生代獣脚類もワニの M. diaphrag-maticusに相当する筋を備えていたのではないか という議論もあったが,2000 年代中頃の比較解 剖学研究により現在この説は否定されている. また,中生代に生息していた他の主竜類に目を 向けると,竜脚類恐竜(10)や翼竜(11)も気囊システ ムの基本構造を備えていたようだ(図 5).一方で, 鳥盤類恐竜には含気孔は見つかっていない.これ らの主竜類において,気囊システムの基本構造が 複数の系統で獲得されたのか,それとも共通祖先 で獲得されたものの鳥盤類は含気孔を残さなかっ たのか,2 つの可能性が考えられるが,この問題 を解決する手だては今のところない.これは,化 石という一回性,偶然性に左右される研究対象の 宿命であろう.私たちは問題の焦点を絞り,研究 がしやすい分類群の進化を っていくべきだ. つまり,こういう問題である.中生代獣脚類は 気囊システムの基本構造をすでに備えていた.そ れでは,彼らの呼吸器は現生鳥類のように換気さ れ,効率のよいガス交換を行っていたのだろう か? あるいは,どのようなプロセスで鳥類型換 気ポンプが成立したのだろうか? ティラノサウルスは鳥類型呼吸メカニズムを 採用していたか? 鳥類に至る系統では,横隔膜やワニの M. dia-phragmaticusのような,体腔の容積変化を補助 する特別な筋は発達しなかった.中生代獣脚類は, 胸郭の変形運動によって換気を行っていたはずで ある.胸郭の変形は,肋骨の運動によってもたら されているが,中生代獣脚類では,椎骨との関節 における回転軸が明確に計測可能であるので(12) 胸郭変形運動の復元が可能である. たとえば,保存状態の良いティラノサウルス (Tyrannosaurus rex)の標本を計測し,肋骨の回 転運動を計算して胸郭の変形運動を復元すること もできる.ある標本をもとにしたデータから計算 すると,肋骨が 10 だけ回転したとき 150∼190 Lの容積変化が生じる(13)(実際は 10 より大きな 回転も可能だったはずである).現生の内温性動 物では 1 回呼吸量は体重にほぼ比例するが,この 関係を推定体重 6000 kg のティラノサウルスに当 特 集 恐 竜 の 進 化 と そ の 時 代 図 4 ――カルノタウルス( : 獣脚類, ケラトサウルス類)の胴椎(第 18 仙前椎)の左側面.含気孔 が見られる.この椎骨は比較的腰に近い方に相当し,気囊 が腰付近にまで分布して椎骨に入り込んでいたことを示し ている.椎骨には,肋骨と関節する部位が 2 点あり(肋骨 頭関節面と肋骨結節関節面),肋骨は,この 2 点を結ぶ直 線を軸として回転していた.スケールバーは 10 cm.

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てはめると,71 L(哺乳類の関係式からの外挿)も しくは 280 L(鳥類の関係式からの外挿)となる. したがって,呼吸頻度や肋骨の回転角度を調整す れば,確かにティラノサウルスは胸郭変形運動の みで呼吸をまかなえたと考えることができる. では,ティラノサウルスの体腔でも現生鳥類と 同様に局所的な圧力差が生じ,後方グループの気 囊に空気を引き込むような換気が行われていたの だろうか? ここで,復元した胸郭変形運動と現 生鳥類のものを比較してみると,ティラノサウル スでは現生鳥類とは逆パターンの局所的圧力差が 生じていたことがわかった.ここから推測するに, 彼らは鳥類型呼吸器の “完成形” は備えていなか ったようだ. 2010 年代の研究で解決すべきこと 中生代獣脚類における胸郭の形態進化を って いくと,ティラノサウルス類のように骨化した胸 肋骨を持たなかったものがいた一方で,より鳥類 に近縁な獣脚類では胸肋骨は骨化していた.骨化 した胸肋骨を持っていたものは,鳥類型呼吸器と 特 集 恐 竜 の 進 化 と そ の 時 代 図 5 ――主竜類の系統における気囊システムの基本構造の進化.本稿で登場する主要な系統のみ図示する.獣脚類の系統において は,最も早く分岐した系統の 1 つであるケラトサウルス類でも現生鳥類と同様の含気孔分布パターンを示していることから,系統 発生の初期に気囊システムの基本構造が成立していたと考えられている.

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同様の換気ポンプを備えていたのだろうか? 化 石に残る骨と関節の形態から中生代獣脚類の胸郭 変形運動を復元し,系統図上で比較すれば,どの ようなステップで改変が起きてきたのかがわかる だろう.現生主竜類の胸郭変形運動の精密な解析 も進んできており,今後は復元モデルの構築と検 証もより洗練されていくはずである(14) また,2000 年代に進められた胚発生学研究に より,肋骨を形成する中胚葉細胞系譜が明らかに なってきた.脊椎動物の筋骨格系は,もっぱら体 軸に由来するが,それが近位にあって自律的に形 態形成を行うか,遠位にあって胚環境に従ったか たちづくりを行うかにより,2 つの異なった中胚 葉細胞系譜よりなる.現生鳥類では,肋骨は前者 に,胸肋骨は後者に由来する.これにより,3 節 に分かれた肋骨を持つ羊膜類の “基本形” 胸郭か ら鳥類型胸郭への進化について,適応との関連を 重視する従来のような機能形態学的な理解だけで なく,発生学的機構としての研究も展開できるは ずである.特に,胸肋骨の骨化と肋骨・胸肋骨間 の可動関節の発達に関して,それらが形態形成レ ベルでどのような改変であったのかという問題は 注目に値する. 過去の脊椎動物は間違いなく当時の大気を体内 に取り込んでいた.水中と異なり陸上では酸素レ ベルは均質なので,中生代獣脚類も,復元された 各時代の組成の大気の中で呼吸を行っていたはず である.ところで,実験動物において,胸郭に形 成異常を起こす突然変異体は,生まれた直後に窒 息死してしまう.胸郭構造の改変は,どのような 時代に,どのようなステップを経て起こったのだ ろうか? これらのような問題に化石骨格の機能形態学と 現生動物の発生生物学の両面から切り込み,鳥類 に至る系統における呼吸器の進化と地球環境の変 動を照合することで,2010 年代には,単なる比 較形態学的研究では認識できないような大スケー ルでの生物進化と地球環境変動の関わりを照らし 出すことができるのではないかと,私は考えてい る. 文献

(1) A. H. Turner et al.: American Museum Novitates, 3557, 1(2007)

(2) R. A. Berner: Geochimica et Cosmochimica Acta, 70, 5653(2006)

(3) L. P. A. M. Claessens: Journal of Experimental Zool-ogy, 311A, 586(2009)

(4) J. L. Durland et al.: Journal of Anatomy, 212, 590 (2008)

(5) C. G. Farmer & K. Sanders: Science, 327, 338(2010) (6) S. F. Perry: Journal of Experimental Biology, 134,

99(1988)

(7) L. P. A. M. Claessens: Journal of Experimental Zool-ogy, 311A, 563(2009)

(8) P. M. O’Connor et al.: Nature, 466, 748(2010) (9) P. M. O’Connor & L. P. A. M. Claessens: Nature 436,

253(2005)

(10) M. J. Wedel: Paleobiology, 29, 243(2003) (11) L. P. A. M. Claessens et al.: PLoS ONE, 4, e4497

(2009)

(12) T. Hirasawa: Acta Palaeontologica Polonica, 54, 49 (2009)

(13) T. Hirasawa: Ph.D. thesis, University of Tokyo, (2010)

(14) L. P. A. M. Claessens & T. Hirasawa: Journal of Ver-tebrate Paleontology, 30, 73A(2010)

特 集 恐 竜 の 進 化 と そ の 時 代

参照

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