1.はじめに
親の遺産動機として,偶発的遺産動機,利己的 遺産動機,利他的遺産動機,戦略的遺産動機があ る1)。贈与が行われるのは利他的遺産動機および 戦略的遺産動機であり,特に子供の住宅取得に関 連して行われることが多い。贈与と遺産の選択は これら動機のもとで行われることになるが,贈与, 相続に関連する税制度はこの選択に大きな影響を 与える。 遺産か贈与かの選択に関して遺産動機に関連さ せて論じる論文はYamada(2003),CoxandRank (1992)など多数存在するが,利他的遺産動機のみ に着目した論文もみられる。Ihor(2001)は,利他i 的遺産動機のみを考慮し,各個人の労働の生産能 力に着目し教育に対する遺贈(=贈与)をする個 人と物的資本の遺贈をする個人を分け,貯蓄,賃 金所得,消費に対する税とともに遺産(教育,物 的資本としての遺産)に対する税の経済成長率に 対する効果を検討する。また,橋本(2001)は, 利己的遺産動機モデルの構造を持つ3世代の世代 重複モデルにおける相続税のシミュレーション分 析を行い,今後の少子高齢化社会において効率性 の観点から相続税を強化しても経済成長を阻害す ることがないことを明らかにする。 これらの論文は相続税率または遺産に対する税 率に着目しているが,贈与税の相続税との違いに 着目して議論するものではない。〔審査付論文(研究論文)〕
租税制度が贈与と相続の選択に与える影響に関する研究
A Study aboutthe EffectofTax System to Parent’sSelection between Giftsand BequestsGyokurin SYU:MEIKAIUniv
周 玉霖
* ShunichiMAEKAWA:MEIKAIUniv前川 俊一
** In 2003,the tax system forclearing ofthe giftstax paid to the giftsin the pastwhen a child inheritshis parent’sproperty introduced.Before introducing thissystem,the giftstax wasvery heavy,comparing the inheritance tax.However,the giftstax hasbecome relative low by applying thissystem.In thispaper,we examine the theoreticalprice ofgiftsand bequests,basing the tax system in Japan to giftsand bequests,such as tax rate,one’sbasicdeduction,clearing ofthe giftstax paid to gifts,progressive taxation and so on,and we analyze the optimalallocation between giftsand bequestsby parentsin which the marginalprice ofgiftsis equalto thatofbequests.Key words:Selection between the giftsand the bequests,Motivation ofleaving the property,Price ofthe gifts, Price ofthe bequests
贈与と遺産の選択,遺産動機,贈与の価格,遺産の価格
周 玉霖*(しゅう ぎょくりん)正会員(院生)・明海大学
わが国の贈与税は単年度課税であり,累積課税 の米国,英国と単純に比較できないが制度的に相 続税に比べ相対的に重かった2)。子供の住宅取得 のために親が資金を援助することが難しかったの である。高度成長期において,相続額に対する贈 与額の割合が大きく低下したのは遺産動機に関連 すると思われるが,遺産額の増加に伴い相続税の 基礎控除額および税率が緩和されたのに対し贈与 税のそれらは緩和されなかったことにより贈与税 が相対的に重くなったこととも関連する。 しかし,近年は贈与税を軽減する動きがある。 1984年から住宅資金贈与の特例が設けられ(その 後廃止),2003年には贈与の相続時精算課税制度 が導入された。相続時精算課税制度は,受贈人が 20才,贈与者(直系尊属)が65才以上であること を条件に,この制度を選択した場合贈与時受贈者 1人当たり2500万円まで控除され,それを超える 場合20%の課税がされて,相続時に贈与額が相続 財産に加えられ精算される。また,1000万円まで 非課税の住宅資金特別控除の制度がある。この相 続時精算課税制度と住宅資金特別控除は子供の住 宅取得等のための贈与を容易にし,贈与か遺産か の選択に大きな影響を与える。 税率を含めて税の制度を総合的な遺産の価格, 贈与の価格として議論する論文として,Joulfaian (2004,2005)がある。それは米国の税制度に基づ いてそれらの価格を定義し,それらの違いが親の 財産の移転タイミング(生前贈与,死亡時の遺産) を変化させることを示している。Joulfaianのモデ ルは単純に税率だけでなく税制度を評価する価格 といった概念を導入することによって,税制度と 贈与と遺産の選択の関連を明確にしてくれる。 本論文では,利他的遺産動機を前提に税制度が 贈与と遺産の選択に与える影響を分析することを 目的として,Joulfaianのモデルを参考に日本の税 制度に基づく贈与の価格と遺産の価格を定義して, 利他的遺産動機のもとでの遺産と贈与の間の最適 配分を理論的に議論し,現行の相続・贈与税制度 のもとで贈与と死亡時の遺産(相続)の具体的な 配分を検討する。また,現行制度では相続時精算 制度の適用は任意であるので,適用した場合と適 用しない場合も比較して,相続時精算課税制度の 意味も明確にする。 具体的には2章で利他的遺産動機に基づく贈与 と遺産の選択を簡単に議論して,それらの選択が それらの価格に依存することを示す。次に3章で Joulfaianモデルを参考として日本の税制度のもと での贈与の価格と遺産の価格を定義し,4章で贈 与と遺産の最適な配分を理論的に議論したうえで, 現行制度を前提にして数値シミュレーションを行 う。
2.生前贈与と死亡時の遺産の選択
Ihori(2001)は,利他的遺産動機に着目して贈 与と遺産の選択について,税を同一とし,個人の 生産能力の差に応じた教育に対する贈与の効率性 に基づいて議論する。この節ではIhoriと同様に利 他的遺産動機を想定して贈与と遺産に対する税制 度に基づいて,それらの価格を定義してそれらの 選択を議論する。 偶発的遺産動機を考慮しないので親の生存に関 する不確実性はないものとして親の効用関数(U ) を1)式のように示す。 なお,u (c)は自分の消費( c)に基づく効用, uc(cc)は子供の消費(cc)に基づく子供の効用であ り,γは親の利他的遺産動機を示す係数である。 親も子供もリスク中立的であり効用関数は次のよ うに示されるとする。 u (c)=βc uc(cc)=βccc 2) U=u (c)+γuc(cc) 1) st.W0 c+BG+BW,cc=G+W+Yc BG= PGG,BW= PWWW0は現時点の財産で所得はないとする。子供 の所得は Ycである。親は初期財産を自分の消費と 子供のための贈与( BG)と遺産( Bw)のために使う。 PGと PWは3章で議論する遺産税,贈与税,贈与 から相続までの時間(資産の移転の時期の違い)等 に基づく贈与と遺産の価格であり,子供が実際に 受け取る贈与は G ,遺産(意思決定時点の価値表 示)は W である。2)式を1)式に代入して1)式 の最大化の一階の条件を求めると次のようになる。 , 3) 3)式が同時に成立するように贈与と遺産の選 択が行われる。すなわち, 4) 比例税の場合 , ,累進税の 場合 , となる。 本論文では4)式の成立するような贈与と遺産 の配分を考える。
3.税制度と遺産と贈与価格モデル
1 Joulfaianモデル Joulfaian(2004,2005)モデルでは,贈与と遺産 の価格を比較するため幾つかの調整を行う。一つ はキャピタルゲインの処理である。米国では遺産 の場合譲渡所得を計算する際の取得額等基礎額が 相続のあった時点の価格に修正されるが,贈与に はそのような特典がない。このため遺産の価格の 検討では譲渡所得税を考慮しないが,贈与の価格 を求める場合,贈与時点までのキャピタルゲイン (特典がないため課税対象となる)と贈与時からの 親の死亡時までのキャピタルゲイン(資産を受け =0 PG G =0 PW W >0 PG G >0 PW W 取る時点の違いの調整)に対する税を考慮する3)。 いま一つは,贈与した時から3年以内に死亡し た場合に贈与税額分の課税標準からの控除の贈与 税の特典(脚注5)はなくなるので,それを贈与 の価格を算定する際考慮する4)。 なお,Joulfaianは贈与税を支払うために資産を 売却することも想定して調整を行っている。しか し,脚注3で示した調整との関連および贈与だけ について税の支払いのための資産売却を考慮する 点が不明確であるので本論では考慮しない。 2 課税方式と遺産の価格,贈与の価格 遺産に対する税は米国と日本の課税方式は異な る。米国の課税方式は遺産課税方式であるが,日 本の課税方式は遺産(または贈与財産)所得課税 方式であり,財産を受けた相続人,受贈人がそれ ぞれ税を支払うことになる。 贈与するか否かの検討時点(現時点)における 遺産額を BW,遺産の平均税率をτW,相続の発生 時点までの時間を n ,資産価格の上昇率をπ,相 続時点の価値を現時点に割り引く割引率をδとす ると,相続税は相続時点の遺産額((1+π)nB w) に対して課されるので,遺産の価格( PW)は,それ を PWW=BWと定義すると,5)式のようになる。 5) 贈与の場合,米国の場合納税義務者は贈与者で あり,日本の場合受贈者である。そして,課税標 準額は米国では受贈人は実際に受け取る贈与額で あるが5),日本の場合受贈者が受け取った贈与資 産すべてが課税標準額となる。贈与額を BG,受贈 者の実際の受け取り贈与額を G ,贈与の平均税率 をτGとし,贈与の価格を PGG=BGと定義すると, 贈与( PG)の価格は6)式のようになる。 6)3 贈与の相続時の精算 米国についてはJoulfaianのモデルの説明で示し たように,贈与から3年以内に贈与者が死亡した 場合遺産と合算され遺産税が課される。その調整 は本章の1の脚注4に示しように課税対象外で あった贈与税部分に遺産税が課されることになる。 日本の場合も贈与から3年以内に贈与者が死亡 した場合贈与額は遺産に合算されて相続税が課さ れる。課税の方法は贈与税と遺産税は同一なので 米国のような調整は不要であるが贈与税率と相続 税率が異なるのでその調整が必要である。その調 整は7)式のようになる。なお,ρは相続時に精 算する必要がある確率であり,相続時精算課税制 度の適用を受けた場合必ずρ=1,適用を受けな い場合は贈与から3年以内に贈与者が死亡する確 率になる。 7) 相続時精算課税制度と住宅資金特別控除の適用 を受けた場合控除額は通常よりかなり大きく,控 除額を超える金額についても税率が20%であるの で,この制度の適用を受けた場合の平均税率(τG) はかなり低くなっている。 なお,住宅資金特別控除(1000万円)は非課税で あり精算する必要がないので,その点を考慮して 贈与の価格を計算しなければならない。 4 譲渡所得税の考慮 米国の場合,遺産の取得額等基礎額の特典があ るが,日本の場合は遺産の取得額等基礎額の特典 なく,取得費等基礎額は親の取得費である。ただ し,相続を受けてから3年以内に売却した場合, 支払った相続税が取得費等基礎額に加えられる。 取得費等に加えられる相続税率の部分をτadd6)と すると,この場合課税対象となる譲渡所得の割合 は (β+(1+π)n−1 )−τ addとなる。なお,βは現 時点におけるキャピタルゲインの割合,現時点か ら 相 続 時 点 ま で の キ ャ ピ タ ル ゲ イ ン 割 合 は (1+π)n−1 である。 税引前の遺産額(現時点の価値)を BW,譲渡所 得税率をτCG,相続を受けてから売却するまでの 期間を T 7),ρ sを T 3である確率とすると,譲渡 所得税額は次のようになる。 8) 贈与税には何の特典もないので,9)式のよう に示される。 9) ただし,相続時点から売却するまでの期間( T ) が相当の長さになれば8)式および9)式は無視で きるほど小さくなる。 5 遺産の価格と贈与の価格 前節までの検討を踏まえて遺産の価格と贈与の 価格を示してみよう。 ① 遺産の価格 以上を考慮し遺産の価格を示す。 10) 最右辺第2項が遺産を売却した時の譲渡所得税 額である。10)式から遺産の価格は11)式のように なる。 11) そして,T=∞なら, となる。
② 贈与の価格 次に贈与の価格を検討する。贈与の価格は遺産 の価格に比べると調整が多くなる。 12) 最右辺第2項は贈与資産を売却した場合の譲渡 所得税額であり,T=∞ならゼロとなる。第3項 は相続時精算課税制度の適用を受ける場合または 適用を受けない場合で贈与を受けた時から贈与者 が3年以内に死亡した場合の税の調整である。相 続時精算課税制度の適用を受ない場合で3年以内 に死亡する確率がゼロ(ρ=0)のときゼロであ る。贈与の価格は12)式から13)式のようになる。 13) もし,T=∞,ρ=0なら, になる。 なお,相続時精算課税制度を利用する場合は必ず ρ=1である。
4.贈与と遺産の最適な選択
前章で議論した遺産の価格,贈与の価格から2 章1の遺産と贈与の選択で検討した両者が無差別 になる条件4)式に基づいて,両者の限界価格が等 しくなる贈与額と遺産額の組み合わせを検討する が,贈与税が相続時に精算される場合相続財産と 贈与財産は合算され税金が計算されるので,両者 の限界価格は独立には計算できない。この場合の 贈与と遺産の最適配分は,限界価格を各々独立に 計算し低いほうにすべてが配分されることになる。 なお,利他的遺産動機以外の遺産はないものとす る。 1 PG=1−τ G 限界価格を示す前に,まず我が国の遺産税と贈 与税が累進課税であるのでそれについて説明する。 1 累積課税 累進課税の税率は贈与額あるいは遺産額に対し て連続でなく非連続に上昇する。非連続な累進課 税のシステムを14)式,15)式に示す。 14) 15) BG(0)とBW(0)はそれぞれ贈与税と相続税の無 税帯,贈与額( BG),遺産額( BW)の属する段階ま で税率を高める。したがって,BG=BG(mG),BW= BW(mW)である。贈与税は nG段階,相続税は nW段 階累進課税とすると,mG nG,mW nWならま だ最高税率に達していないことを意味し,最高税 率に達していた場合,mG=nG+1とmW=nW+1 である。 相続時精算課税制度の適用を受けた場合は14) 式は16)式のように修正される。 TAXG=0.2×(BG−BG(0 )) 16) なお,BG (0)=2500,それに加えて住宅資金特別 控除を適用する場合BG (0)=3500である。 14)式,15)式は税率が非連続に上昇するので, 限界税額は17)式のようになる。 , 17) 相続時精算課税制度等の適用を受けた場合は 2500万円または3500万円まで,τGmG=0であり, それを超え場合τGmG=0.2である。 次に平均税率( , )の贈与 または遺産の増加による変化は18)式のように表 TAX G τG= B G TAX W τW= B Wわされる。 , 18) 2 贈与と遺産の選択 4)式の贈与と遺産の選択の条件式を整理する と次のようになる。 19) なお, , であり, 贈与または遺産の価格弾力性を示す。 以下では各贈与額に対して,19)式を満たすよう な遺産額を求めることにする。なお,譲渡所得税 は比例税であり定数とする8)。 まず19)式の右辺(遺産の限界価格)を求めるた めに11)式( PW)を受け取り遺産額の現在価値(W) で偏微分する。 20) なお, そして,BW=PWWであり である。 次に を求める。 21) 21)式を整理すると,次のようになる。 1 εW 22) 以上から,19)式の右辺は次のようになる。 23) 次に19)式左辺(贈与の限界価格)を求めるため に13)式( PG)を受け取り贈与額( G )で偏微分する。 24) なお,BG=PGG であり である。 次に遺産の場合と同様に を求める。 25) 25)式を整理すると,次のようになる。 26) 以上から,19)式の左辺(贈与の限界価格)は次 のようになる。 27) 1 εG
3 贈与と遺産の選択に関する数値分析 遺産の価格(11式)と贈与の価格(13式)および 限界的な遺産の価格(23式)と限界的な贈与の価格 (27式)を算出し,贈与と遺産の選択について具体 的に論じることにする。 ① 数値分析の仮定 日本の遺産取得課税方式の場合,贈与について は一人の受贈者を想定すればいいが,相続につい ては法定相続人をどのように想定するか,実際の 受け取り遺産をどのように配分されるかによって 相続税は異なってくるので,想定を明確にしてお かなくてはならない。 いま子供への死亡時での遺産を検討している。 相続人の一人として配偶者がおり子供にすべての 遺産を渡すことを想定する場合,最初は配偶者に すべて遺産を渡し,その後また相続がおこる相次 相続を想定する場合(相続の間隔が10年まで税の 特例がある),配偶者がおらず直接子供に相続され る場合それぞれで相続税額が異なる。ここでは最 も単純な最後のケースを想定する。子供の人数は 標準的な2人を想定する。 法定相続どおりに相続が行われていると想定す る と,子 供 1 人 に 当 た り 基 礎 控 除 は3500万 円 ((5000万円+2×1000万円)÷2)と考えて各子供 の税額を計算でき,贈与と比較できる。贈与の価 格の検討では相続時精算課税制度を適用した場合 は住宅資金特別控除(非課税であり清算の必要は ない)を含めて贈与時3500万円が控除されるとす る。その他基礎控除,税率等を表1に示した。 そのほかの数値分析のための想定については表 2に示す。 贈与時から相続時までの時間( n )の想定は,贈 与税の精算が必要なケースと必要でないケースと して,3年と10年とする。相続時から売却時まで の時間( T )の想定は,譲渡所得税の考慮が必要な ケースと必要のないケースとして,0年と「売却 しない」とする。 時間選好率(δ)とキャピタルゲイン率(π)は, 前者は一般に利子率であり,均衡状態で長期の想 定ではキャピタルゲイン率は利子率より低いのが 一般的である。最近の金利動向をみると,長期プ ライムレートは2011年に入り1.35%から1.7%間で 推移し,住宅ローン金利は変動金利で2.45%であ る(2011年8月)。以上を考慮して時間選好率を2 %(δ=0.02)とした。キャピタルゲイン率につい ては経済成長率を参考とすることとする。日本経 済研究センターの第37回中期経済予測によると, 2011〜20年度の実質経済成長率は1.3%,名目が 0.5%である。以上を参考としながらキャピタルゲ イン率を1%(π=0.01)とした。δ>πの状況で は死亡時の遺産の価格が相対的に高くなる効果を もつ。なお,πを資産の収益率と捉えるならば, δ=πと考えるのも合理的である。この場合遺産 が相対的に不利になってしまう効果はない。 表1:贈与と遺産の基礎控除,税率 表2:分析の想定
贈与時のキャピタルゲインの割合(β)については 40%とし,相続税の取得費加算額の割合(τadd ) は相続税率に対しては60%と仮定した。したがっ て,相続額に対しては「60%×平均相続税率」と なる。 ② 平均価格倍率 分析はまず平均税率の算定を通じて遺産と贈与 の平均価格(11式,13式)を求める。 図1は相続時精算課税制度非適用の,図2は相 続時精算課税制度適用の平均贈与価格・平均相続 価格倍率を求めたものである。 それによれば,精算制度非適用の場合,贈与か ら相続発生まで10年だと平均贈与価格は相対的に 高い。贈与・相続金額が高くなると平均相続価格 も高くなってくるので倍率は低下している。相続 発生まで3年の場合贈与税は精算されることにな 図1:平均贈与価格・平均相続価格倍率 (精算制度非適用) 図2:平均贈与価格・平均相続価格倍率 (精算制度適用) るのでほとんど変わらない。譲渡所得税を考慮 (T=0)の場合贈与が不利になるので,平均贈与 価格倍率は大きくなる。 精算制度を適用すると,平均贈与価格の方が低 くなることがみてとれる。特に相続が発生するま で10年を想定すると時間選好率の関連(δ>π)か ら特に平均贈与価格が相対的に低くなる。 いままで,遺産の価格が相対的に高くなるδ> πのケースで分析していたが,δ=π,すなわち, 時間選好率(δ)が資産の収益率(π)と同じケース と平均贈与価格・平均相続価格倍率を比較してお こう。譲渡所得税を考慮せず(T=∞),贈与から 相続発生まで10年(3年の場合大きな差はでない) とした場合を想定して,比較したものが図3であ る。 図3によれば,平均贈与価格・平均相続価格倍 率はδ=πのケースで大きくなっているのがわか る。 ③ 限界価格が一致する贈与額,相続額 次に,遺産と贈与の限界価格(23式,27式)を 求め,この限界価格が一致するような贈与額と遺 産額を求めた。ただし,贈与税が相続時に精算さ れる場合は独立で計算した限界価格が贈与と遺産 の合計の限界価格でもあるので,それらが等しい ところで最適配分が決定するのでなく低いほうに すべて配分される。図4,5の曲線は遺産と贈与 図3:δ>πとδ=πのケースの平均贈与価格・平均 相続価格倍率(T=∞,n=10)
の限界価格を示したものである。 なお,時間選好率(δ)が資産の収益率(π)につ いてはδ>πのケースのみで議論する。 ⅰ)相続時精算課税制度を適用しない場合 まず,譲渡所得税を考慮しないケース(贈与, 相続財産を売却しない)を図4に示す。 贈与から相続発生まで3年以内の場合は贈与税 が精算されるので,贈与の限界価格は相続の限界 価格とほぼ同じとなる。一方贈与から10年間贈与 者が生存する場合は相続税への精算が行われるこ とはないので,贈与税の税率が重いことから遺産 が有利になっていることが分かる。 次に譲渡所得税を考慮するケースも検討したが 考慮しないケースとほとんど同じであった。 ⅱ)相続時精算課税制度を適用する場合 相続時精算課税制度を適用した場合,贈与が有 図4:精算制度非適用,譲渡税所得税無関連のケース の限界価格 図5:精算制度適用,譲渡税所得税無関連のケースの 限界価格 利になることが,図5によって明確になる。特に 相続までの時間が長くなるほど贈与が有利になる。 贈与が有利になる理由は①特別控除を超える部分 につき税率が20%の比例税率になっていること, ②時間選好率がキャピタルゲイン率より高く時間 がたつほど贈与が有利なことである。
5.まとめ
2章において利他的遺産動機を前提に,最適な 贈与額と遺産額の配分を議論し,贈与の限界価格 と遺産の限界価格に等しくなるように贈与と遺産 を配分することが最適であることを示した。3章 では米国の税制度を前提にしたJoulfaianのモデル を参考として,日本の相続・贈与税等の制度に基 づいて贈与の価格,遺産の価格を定義した。4章 では日本の贈与税,相続税の制度(累進課税制度, 相続時精算課税制度等)を前提にして,贈与,遺 産の平均価格,限界価格を求め,最適な贈与と遺 産の配分を検討した。 ある特定の想定のもとで最適な贈与と遺産の配 分額を検討したところ,相続時精算課税制度を適 用しない場合,贈与税の精算がされない(贈与の 日から3年以上相続が発生しない)ケースでは, 贈与の平均価格は高く,最適な贈与の配分額も死 亡時の遺産に比べ小さくなる。しかし,相続時精 算課税制度を適用すると,贈与の平均価格も遺産 のそれより低くなり,限界価格も遺産のそれより 低くなることから贈与の形で財産を渡したほうが 有利になることがわかる。すなわち,相続時精算 課税制度は贈与を死亡時の遺産に比べ有利にする ものであることがわかる。 贈与を相続より有利にすることが適当かは,公 平性,経済成長率への影響などの点から検討しな ければならない。これについては今後の課題とし たい。謝辞 本稿を作成に当たり,匿名査読者の方々から貴重なコメ ントを頂きました。この場をお借りして厚くお礼申し上げ ます。 脚注) 1)偶発的遺産動機は長生きする可能性に備えて遺産を蓄 える遺産動機で,利己的遺産動機は子供ためでなく財 産を残すこと自体が目的の遺産動機である(王国モデ ル)。利他的遺産動機は利他主義的動機から子に財産 を残すとするものであり,戦略的遺産動機は子供から 自分に対するサービスを引き出すために財産を残すと いうものである。 2) 米国の贈与税は生涯累積課税であり,基礎控除と税率 は遺産税と同じである。また,英国は7年累積課税で あり,個人に対する贈与は基本的に潜在的免税贈与 (PET)である。PETは贈与の日から贈与者が7年以 上生存したら免税となる。また税率も贈与の方が軽く なっている。 3)贈与により受け取った資産の贈与者が生んだキャピタ ルゲインに対する税の贈与時点の価値は,譲渡所得税 率をτCG,贈与時点から相続時点までの時間を n ,割 引 率 を δ,キ ャ ピ タ ル ゲ イ ン 割 合 を β と す る と, と示される。なお,2重課税を避け るため贈与税分は控除される。 贈与を受けた者がその遺産から発生した譲渡所得税 の贈与時点の価値は,資産価格の上昇率をπとすると, で示される。 4)贈与後3年以内に贈与者が死亡したときの追加課税の 効果はその確率をρ,遺産税率をτW,贈与税率をτG とすると, のように示される。 5)これは遺産税との違いとなる。たとえば,300の財産が あり,財産税も贈与税も税率が50%であるとすれば, 財産税は税額が150であるが,贈与税は贈与税分には課 τCGβ(1−τG) (1−δ )n ρτWτG (1+δ )n されないので,200が贈与額でそれに対する50%の100 が贈与税額になる。 6)たとえば,相続を受けたある者が不動産を売却した場 合,その者の相続税の取得費加算額( Badd)の割合(τadd) は次のように計算される。 , TAXWはその者の相続税額,TAGはその者の課税価格+ 債務控除額,TAGREは取得したすべての土地等の価額 の合計額である。他の資産を売却した場合にも同様な 扱いが行われる。 7)Joulfaianは遺産の取得額等基礎額の特典を強調するた めに相続時点で売却することを前提に価格を検討する が,日本の場合贈与と遺産で大きな差はないので,相 続時点とは別に売却時点を設定した。 8)個人の譲渡所得税は長期譲渡所得の場合所得税は分離 課税で15%,住民税が5%の比例税である。 参照文献 1 国枝敏樹(2002)「相続税・贈与税の理論」『フィナ ンシャル・レビュー』第65号,pp.108─125 2 橋本恭之(2001)「世代重複モデルによる相続税シ ミ ュ レ ー シ ョ ン 分 析」『総 合 税 制 研 究』No.9, pp.119─144
3 Cox,D.and M.R.Rank(1992),"Inter│─VivosTrans fersand IntergenerationalExchange”,The Review of Economicsand Statistics,Vol.74(2),pp.305─314 4 Ihori,T.(2001) "Wealth Taxation and Economic
Growth,”JournalofPublicEconomics79,129─148 5 D.Joulfaian(2004),"Gifttaxesand lifetime trans
fer:time series evidence”, Journal of Public Economics88 1917─1929
6 D.Joulfaian(2005), "Choosing between gift and bequests:How taxesaffectthe timing ofwealth transfers”,JournalofPublicEconomics89 2069─ 2091
7 Yamada, K.(2003) "Intra─family Transfers in Japan IntergenerationalCo─residence,Distance, and Contact”,ISER (Osaka Uniwersity) Discus sion PaperNo.575