東 京 歯 科 大 学 同 窓 会 報
東京歯科大学同窓会会報
第
1
7
7
号
目 次
巻 頭 言 一 … 一 … … ・ … ..・…・・・…・…・・・…・ ・・・1 お知らせー・・・ー ・・・…… …・・ー・田・・・・・ ・…・…一2 本 部 短 信 一 一 … … … '"一一...・・……・…・・…3 歯 科 医 学 会 総 会 時 の 同 窓 懇 親会 案 内・…..…...::3 逝 去 会 員 … ・………・一一... 一・・・・・…一...4 ゴルフ大会C案内……一..………・……ー5
昭和52
年 母 校 入 学 式 … … 一回ー・ ・・・・・・・….
6
~7 母 校fごより-・・ー・……・・・・・・・・……・・・ー ・・ 8~1l 支部のうとき… 一 …・…・・・・・・・・・…・ー・ー・・・…・…12 クラス会だより ...13~17 すいどうばし・・・・ー・田・・・・・・・.•••••.•••••..•. ・・'18~19 会 員 ト ピ ッ ク ス…・・・一 ………..………・2
0
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よろず 告 知 版・原 稿 募 集 案 内 … … … ・...・…一21 広報担当理事:中久喜 喬・梅田昭夫・橋本 尚・室橋春雄・林 幹 雄・野上順平 広 報 部 委 員 : 伊 丹 一 男・中村泰之・山本啓介・桜井善忠・倉橋和啓 (表紙・カット 菊 池 量 )一
一
一
一
口
重
頁
巻
真
上
井同窓会長
松
宮
誠
一
先生
再び学
長に選任さる
る。 是れを機に,副学長,学監,並に大学院歯学研 究科研究科長の選任が行われ,副学長には,高木 圭二郎教授,学監には,金竹哲也教授,歯学研究 科長には,上条薙彦教授がそれぞれ選任され就任 された。 新副学長, r白木主二郎教授は,大正2年 4月28 日生れ,当年64才,昭和10年3月母校卒業,現在 母校学校法人常務理事,法人事務局主事を兼任さ れ,社会歯科学特に医事法制の権威である。かつ て厚生省に奉職され,行政手腕の点に於ても学内 第一人者である。 新学監,金竹哲也教授は,大正10年8月21日生 れ,当年55才,昭和20年9月,大阪大学工学部治 金科卒業,昭和21年5月母校に着任,故花沢教授 を助け,母校歯科理工学教室今日の発展に寄与さ れ,母校在任実に32年の長期に亘り歯科連工学講 座主任,歯科材料研究委員会委員長で,今まで図 書館長, X M A室主任の要職も兼ねておられた。 新歯学研究科長,上条媛彦教授は,大正10年4 月10日生れ,当年56才,昭和17年 9月母校卒業, 母校解剖学,口腔解剖学講座主任で現在まで教務 部長,全体及び専門課程教授会幹事,走査電顕室 主任の要職にあった。人も知る,歯科解剖l
学の泰 斗である。 尚,大学病院長は, 山本義茂教授が在任中であ る。学校法人常務理事,臨床検査室長,健康管理 委員会委員長の要職にある。 斯くの如く,母校最高人事は円満裡に決定し た。何れも適材適所,この上なき人選である。 願わくば,滅私奉公,己を捨てて,和の精神に 則り一致団結,目前の重大課題である,稲毛建設 に逼進して頂き度いのである。 吾等全国の同窓も此の機会に益々団結を固め, 母校と共に共存共栄の実を挙げる事を誓う次第で ある。 松宮誠一先生が再び吾等の学長に就任された。 吾等全国8
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の同窓、は,双手を挙げて新学長の ご就任を祝福するものである。 学長の選任は,学校法人東京歯科大学寄附行為 第5
条に基き,あらかじめ全体教授会の意見を聴 き,評議員会に諮問せられ,去る5月30日,理事 会が是れを決定した。新学長の任期は3年 で あ
る。 4公宮誠一新学長は,かつて,投関根永滋前学長 の許で,副学長として学長を補佐され,関根前学 長病気急逝の後,推されて7代 目 学 長 に 就 任 さ れ,関根前学長の残任期間,去る5
月末日まで, よく学長としての責務を遂行された。 一時, C健康の点にいささか憂慮した時もあっ たが,昨今は愈々元気旺盛,壮者を凌ぐ感、があお 知 ら せ
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卒後研修セミナー (第2
年次〉C
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題〕 総合的な視点にたった歯科診療一一口腔機能の維持と回復一一ー E 症例を中心としたペリオドンタルな与え方を活かした修復の実際 番多第7
回 〔昭和52
年7
月1
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(金),7
月1
6
日(土))9
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本回に限り開講時間繰上げにと注意〉 ベリオトンタノレな考え方γ もとづく快復の実際- 一 ,J.~ ~~::Ir~~8
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リッチモンド j (同時通訳〉 両講師を囲んでの懇親パーテー と き7
月15
日(金)5: 3
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pm とこん パレスホテル 松・竹の間(セミナー会場より徒歩10分) 会 費 10,ωo
円 d第8固 に昭 和5
2
年 8月27
日(土)
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30~17:
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永久歯のl皮合にたいする乳歯治療の問題点 一 … ・・・・・ー・…1I1J
凶 孝 雄(東歯大・小児歯)2
.
天然、歯と人工歯との岐合の組み合せが問題となる症例 -… 足 化 甚 ー (鵠見大・補 綴〕3
.
症例を中心とした修復の実際…・…・……・………金子 一芳・他(東京都・闘 業)d
第9
回 仁昭和5
2
年9
月10
日(土)
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9:30~17: 001
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少数歯残存症例のプランニングー混合負f
:!aと粘膜負魁 ・・・闘 根 弘(東歯大.f
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縦) 2. 症例を中心とした修復の実際・ー・・・・…・・ー....…・・…・ー・・…-一山 卜 敦(大歯大・補 綴) 山 岡 昭(大歯大・保 存 )3
.
第2
年次のまとめと第3
年次の展望 ………・・ ・…・特別委員会副委員長 会 場 経団連会館1
4
階経団連ホール (千代田区大手町1
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9
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4
1
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鉄丸の内線・千代凶線 ・東凶線 大手町駅,同電東京駅下車〉O
第6回同窓会ゴルフ大会 と き 昭和5
2
年1
0
月14
日(金) ところ 千葉県袖ケ浦カントリークラブ・袖ケ浦コース ・本号5
頁のと案内をと覧下さい。O
第1
4
回日本歯科医学会総会開催時の東歯同窓懇親会 と き 昭和5
2
年10月1
6
日(日〉午後5
時 ところ 赤坂プリンスホテル ・本号3
頁のと案内をと覧下さい。O
昭和52
年度同窓会評議員会・総会・懇親会 と き 昭和5
2
年1
1
月1
2
日 ( 土 〉 午 前9
時 とこら 東京プリンスホテル(芝公園)0
第2
0
2
回東京歯科大学学会総会 と き 昭和5
2
年1
1
月1
1
日 (金),1
3
日(日〕 ところ 東京歯科大学本 部 短 信
1
)
行 事 ・ 役 員 出 張 ・ そ の 他6
月1
3
日 共済部委員会6
月1
3
日 卒後研修特別委員会(編集)5
月1
0
日 卒後研修特別委員会(企画〉6
月1
7
日 常任理事会5
月1
1
日 学術委員会(進学準備セミナー担当)6
月1
9
日 埼玉県支部総会5
月1
4
日 八南支部総会 井上会長出張 山本副会長出張5
月1
7
日 会報編集委員会6
月2
1
日 会報編集委員会5
月1
8
日 常任理ヰj.会6
月2
5
日 卒後研修セミナー(第6
回〉5
月2
1
日 卒後併修セミナー(第5
回)6
月2
5
日 福島県支部総会 清藤副会長出張5
月2
1
日 卒後研修特別委員会(合同)7
月9
日 秋 田 県 支 部 学 会 井 上 会 長 出 張5
月2
1
日 北海道地域支部連合会総会・学会7
月1
0
日 東北地域支部連会総会,井上会長出 中野理事出張 張5
月2
8
日 静岡県支部総会 ・学会2
)
支 部 長 交 替 井上会長,坂本副会長出張5
月2
8
日 同窓会主催学術講演会 中 野 支 部 安 藤 正(
1
6
卒)4
月1
日付 清藤副会長出席 愛 媛 県 支 部 馬 嶋 博 (7
.
9
卒)4
月1
日付6
月2
日 卒後研修特別委員会(企│出・運営〉 小石川支 部 福 本 博 ( 18
.
9
卒)5
月2
1
臼付6
月8
日 卒後研修特別委員会(企画・運営〕<
第
1
4
回 日 本 歯 科 医 学 会 開 催 時 の 東 歯 同 窓 懇 親 会 ご 案 内> 日 時 : 昭 和5
2
年10
月1
6
日(日)午後5
時 会 場:赤坂プリンスホテルT
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(
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6
2
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1
5
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0
2
千代田区紀尾井町1
交 通 地 下 鉄 有 楽 町 線 永 田 町,丸の内線赤坂見附下車 会 費 1万円 第14
回日本歯科医学会総会は,故関根永滋会頭,松宮誠一会頭代行のもとに今秋1
0
月1
5
日より1
8
日まで開催されますが,これは,日歯会員全員参加のはじめての総会です。この好機に同窓各位の 協調と親睦を計るべく,恒例の懇親会を企画致しました。 前号でもお知らせしました如く,特に今回は,勇退される鹿島俊雄参議院議員の慰労と井上裕・ 浅井美幸両衆議院議員の激励を合わせた集いでもありますので,多数会員のと出席をお願い致しま す。昭和
52
年 度 東 京 歯 科 大 学 同 窓 会 評 議 員 会 ・ 総会・ 懇親 会 ご 案 内 と き:昭和5
2
年11
月1
2
日(土)午前9
時開会 ところ :東京プリンスホテル(芝公園〉 昨年の評議員会総会で,本年は充分日程を取り会務の運営を改善したし、と希望しておりましたが, 東京歯科大学学会その他諸般の情勢で物理的に不可能となり,上記日程で行うことになりました。 宜しくと協力賜わり,東歯学会と併せて多数のと参加をお願し、致します。 3逝 去 会 員
下 記
の
会
員
が逝去さ
れ
ま
し
た
こ
こ
に謹
ん
で哀悼
の意を
表
し
心からご冥福をお祈り
申
し上げます
-大 13 卒 イ'j; 沼 持 l弊 臓 j~ 52. 4. 4 川崎 支 部 干213 川崎市高津区潜ノ口12日 -昭 9 卒 竹 前j カ 脳 出 血 52. 4. 4 中 信 支 部 〒390 松本市深志 2ー lー 7 -医 学 校 小 守 衛 脳 軟 化 症 52. J.3 足 立 支 部 干120 足立区千住元町50 -昭 5 卒 田 島 稔 前 立 ! 民 総 52. 4.19 石川県支部 干924 石川県松任市古 成町12 -推 薦 昇 急 性 心 不 全 52. 4. 8 愛媛県支部 〒799-24 愛媛県北条市辻1443-6 -昭16,12卒 野 村 正 四 心 筋 使 本 52. 5. 1 群馬県支部 干371 前橋市城東町2ー 7-13 -推 薦 金 子 照 次 名; 1<:主. 52. 4.30 詳馬県支部 干371 前橋市国領町2ー10-25 -大 2 卒 横 矢 重 包 Ih~ 卒 コ司 52.4.27 高知県支部 干780 高知市本田J3-2-8 -推 J億 戸 木 田 海 三 せ1 J)見 総, 52. 5.4 大 森 支 部 〒143 大田区池上 :)-21ー 』 -大 15 卒 石 原 崎 明 脳血圧性d心不全 52. 5.)0 111;飾支部 干125 蕊飾区新宿 2-31-10 -明 41 卒 住 井 亀 太 郎 心 筋 硬 ' 必 52. 5. J 1 滋賀県支部 千527 滋賀県八日市市本町7-6 -大 12 卒 松 井 保 次 心 筋 硬 塞 52. 3.23 丸の内支部 〒272 市川 市国分3-2-4 -昭 9 卒 高 橋 金 市目 気 腫 52. 5.25 大分県支部 〒870-03 大分市大字坂ノ市640 -医 学 校 山 岡 厳 脳 卒 中 52. 2. 9 大阪府支部 干544 大阪市生野区鶴橋町北の町2-203 -大 8 卒 橋 本 多 一 郎 IL' 不 全 50. 3. 5 大阪府支部 〒574 大阪府大東市野崎 2-9-8 -昭16・12卒 橋 本 英 三 郎 IL' ィ= 全 52. 6.4 千葉県支部 干270-11 千葉県東葛飾郡北係子町中堅337 -昭 15 卒 福 田 守 雄1
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凶 fr,~ 血 52. 6. 6 崎玉県支部 干360 熊谷市熊谷40-ーl -昭 10 卒 塚 沢 利 元 食 道 癌 52. 6. 7 三重県支部 干514 三重県津市丸ノ内 28-3 訂正の件 会報176号9頁掲載一逝去会員一 J柴山実純氏の卒業年次 昭33年を昭5年 卒にItly(んで訂正させていただきます。第
6
回同窓会ゴルフ大会ご案内
全国のコソレフ愛好の同窓の先生方,御元気で御活躍の ことと存じます。同窓会報第176号で予告致しました通 り,本年も千葉県支部同窓の御骨折に依り,下記日程に て,ゴノレフ大会を開催することに決定致しましたので, 多数の先生方の御参加をお待ちしております。 期 日 昭和52年10月14日(金) 会 場 袖ケ浦カントリークラブ,袖ヶ浦コース 千葉市辺田町567 T E L 0472-91-1111 競技方法 18ホーノレストローグプレー(アンダ{ハンデ 一〉 会 費 20.000円也 (グリーンプィー,キャディフィ ー,昼食, パーティー代,ロッカ一代,賞品 代を含む〕 申込期日 8月1日より 8月31日まで,但し,先着200名 で受付を締切ります。 申 込 先 東京歯科大学同窓会事務所内ゴルフ大会係宛 干101 東京都千代悶区三崎町2-9ー 18 T E L 03-264-4859 申込方法 19頁刷りこみの参加申込書に所定の事項を記御
入のうえ,会費20.000円也を添え現金書留に て,お送り下さい。 尚参加申込書は会員毎にすること,一括申込 み及び電話での申込みは認めません。但し, 申込み後やむを得ない事情により,欠席する 場合は 9月30日までに同窓会事務所内コ・ル フ大会係宛連絡のあった会員に限り.10.000 円を返済致します。 注意事項 1. 本大会についての詳細(スタート,組合 せ等〉については,大会実施要項として9 月末にお送り致します。挨 拶
2. ハンディーは自由申告制にします。但し 前回入賞又はアンダーハンディーの会員 は,ハンディキャップを改訂することもあ ります。 3. その他御質問,お問合せ等は,下記同窓 会理事にお願い致します。 熱田俊之助 (03)641-6965 杉 山 邦 夫 (0473) 34-6272 同窓会会長・大会名誉会長井
上
真
同窓会主催のゴルフ大会も回を重ねること回,年々内容も充実し,同窓会本来の目的の一つで、ある。親睦と和 に貢献して居ることは甚だ結構なことと思います。 一昨年来の歯科界未曽有の難題も,我が同窓から,日本歯科医師会長に山崎数男先生を送り,その御努力の結 果,医師会,薬剤師会等の関係も僅か乍らも徐々に相互信頼,友好関係が好転して居ることは,非常に喜ばしい ことであります。 コソレフ愛好の皆さんには,グリーンの芝の上で,一日和気鶏々のうちに親睦の実をあげ,日頃の疲れを取り去 り,明日への活力を養って戴き度いと思います。尚翌日日(土)からは,日本歯科医学総会が開催されますの で,本大会に参加された会員の全員御参加を是非共御願い申し上げます。 本大会開催にあたり,毎年御後援賜ります,学校法人,大学当局,千葉県同窓会支部有志の諸先生の御世話に 対して,深甚なる感謝の意を表すと共に,本大会の平総で無事成功されることを,心から祈って居ります。篤 雄 寅 男 由 雄 保 明 近 子 博 節 郎 二 四 夫 茂 男 栄 司 隆 男 靖 尚 博 多賀Mr 健 郎 郎 永井淳夫 正 高 年 弘 復 郎 稔 鎮 雄 達 也 毅 成 次 志 郎 武 美 達 信 雄 彦 弥 作 欽 也 行 弘 基 弘 照 夫 昭 夫 悦 郎 利 男 茂 ( 前 橋 高 〉 ( 南 山 高 〕 ( 城 南 高 〉 ( 呉 三 津 田 高 〉 ( 山 手 学 院 高 ) ( 国 泰 寺 高 ) ( 向 丘 高 ) ( 富 山 高 〕 ( 竹 台 高 〕 ( 九 段 高 〉 (学習院女子高1 ( 久 悠 高 ) ( 金 光 学 園 高 〉 ( 水 戸 第 一 高 〉 ( 加 悦 谷 高 〕 (日大鶴ケ丘高〉 ( 佐 野 高 ) ( 札 幌 旭 丘 高 ) ( 荻 窪 高 ) ( 橘 高 〉 〔 芝 高 〕 〔 桐 蔭 学 園 高 ) ( 愛 光 高 〉
昭 和
5
2
年 度 母 校 入 学 式
(学習院高等科) 〔金沢大付属高〉 (三輪田学園高〉 ( 慶 応 高 〉 ( 豊 島 高 ) ( 時 習 館 高 ) ( 徳 山 高 〉 ( 新 潟 明 訓 高 〉 ( 前 橋 高 〉 (白百合学園高〉 ( 独 協 高 ) ( 津 山 高 ) ( 千 歳 丘 高 〉 ( 国 府 台 高 ) ( 青 森 高 〉 〈 大 分 鶴 崎 高 〕 ( 松 原 高 〕 ( 玉 川 高 〉 (金沢大付属高〉 博 滋 治 典 康 史 則 裕 充 夫 織 子 茂 夫 也 樹 郎 夫 令 茂 志 也 久 治 正 耕 孝 隆 小 和 宏 美 美 也 弘 子 亮 之 之 雄 朗 品 川 μ 珠 信 賢 博 雅 祐 育 由 俊 尚 卓 千 輿 理 民 高 二 実 明 礎 譲 弘 敏 裕 達 兼 郁 直 正 敏 林 野 松 田 岡 島 本 戸 越 本 田 浦 島 山 俸 田 川 口 崎 島 内 田 部 組 木 谷 川 河 谷 垣 上 美 田 和 原 崎 高 島 藤 山 井 村 多 之 B 佐 多 田 西 波 浜 原 稿 福 福 古 細 松 増 三 宮 宮 椋 森 柳 山 山 山 山 吉 渡 年 青 秋 石 石 板 稲 井 宇 内 大 荻 奥 尾 小 小 加 上 亀 木 内 ' 名 。 開 生 事 場 員 沼 た で 入 理 問 パ 動 職 H H れ 会 新 島 買 運 教 生 ら 司 り 鹿 が 合 ' 入 え 乃 よ と 君 綜 賞 新 迎 勘 に 辞 太 の 来 た て 教 事 告 恵 川 の せ っ 中 理 の 本 市 席 ま も 片 当 長 一 裕 に 着 ら を 任 担 学 て ﹀ 侃 膨 手 主 務 宮 し 木 仰 を 拍 生 学 松 表 人 で 代 場 胸 ︾ 学 法 い を た 鵡 に 生 程 本 次 生 じ J Z 望 学 課 山 ' 入 間 川 仇 吋 ほ 鮮 批 凶f
枇 修 論 朗 子 幸 彦 明 子 夫 充 子 夫 治 安 十 子 夫 泰 也 き 栄 記 子 ト 守 也 昇 典 之 式 さ 中 国 ' の 介 り れ 校 紀 ゆ 学 行 る 外 崎 唱 制 あ さ 浩 申 志 千 伸 和 正 文 由 裕 隆 郁 仲 和 徳 一 哲 み 直 純 フ ワ 一 孝 俊 入 挙 守 l l 斉 が が 与 { の で 見 名 前 歌 人 拶 授 組 木 回 路 川 野 口 木 田 羽 茂 鎌 田 原 山 川 林 守 保 革 藤 水 山 口 谷 沢 石 -ン 木 居 川 木 倉 年 館 が は 午 国 1 挨 が A 氏 里 早 久 ニ ユ 本 育 兄 け 刻 。 人 の 章 年 青 浅 麻 石 上 江 大 太 大 織 府 粟 栗 神 小 小 小 大 佐 佐 清 杉 関 関 芹 武 ダ チ 寺 鳥 中 永 名 体 父 日 定 式 1 長 校 1 父兄名 光 也 今回了治 悦 子 隆 秋 敏 武 茂 樹 千 里 克 光 芳 源 男 春 海 恒 夫 翁 隆 幸 茂 樹 小 三 郎 和 己 昭 佳 弘 宏 邦 夫 義 夫 数 見 新 義 弘 加藤恵三 真砂子 達 也 敏 夫 忠 司 茂 出 身 校 ( 土 浦 第 一 高 ) ( 青 森 高 〉 〔横浜~嵐高〉 ( 会 津 高 〕 ( 指 宿 高 ) ( 八 潮 高 ) ( 下 松 高 ) ( 熊 谷 女 子 高 ) ( 磐 田 南 高 ) (関東学院六浦高〕 ( 長 生 高 〉 ( 大 泉 高 〕 ( 韮 山 高 ) ( 帯 広 柏 葉 高 〉 ( 呉 三 津 田 高 ) ( 府 中 高 ) ( 立 教 高 〕 (東邦大付属高) ( 松 江 南 高 ) ( 岡 山 朝 日 高 〕 ( 豊 橋 南 高 〕 ( 開 成 高 〕 ( 前 橋 女 子 高 ) ( 松 山 北 高 〉 ( 広 尾 高 〉 (学芸大付属高〕 ( 慶 応 大 学 〉 ( 浅 野 高 〕 ( 浜 松 北 高 〉 ( 立 教 大 学 ) ( 高 松 高 〉 〈 長 生 高 〕 名 美津子 智 子賢 二 忠 良 保 泰 三 tili 彦 虎 雄 洋 良太郎 邦 義 照( 博 英 男 政 彦 浩 初 子 正 助 球 美 大 元 男 久 幸 多 蔵 慶一郎 康 彦 信 重 平 吉 年 忍 正 綱 夫 嘉 男 成 之 f s , 俊 等 照 雄 光 雄 馨 昭 寿 愛 忠 夫 正 幸 徹 也 重光茂栄 政 義 ( 山 形 西 高 ) ( 麻 布 高 ) ( 甲 府 南 高 〉 ( 白 鴎 高 〉 ( 帝 京 高 〉 ( 独 協 高 ) ( 下 館 第 一 高 ) ( 東 奥 義 塾 高 ) ( 放 高 〉 ( 市 川 高 〉 (桜 l疫 学 園 高 〉 ( 金 沢 高 〉 (金沢大付属高〉 ( 成 f I % 高 ) ( 佐 賀 西 高 〉 (日 大 山 形 高) ( 松 本 深 志 高 〉 ( 栃 木 高 〕 ( 東 蕊 飾 高 〉 ( 熊 本 高 〉 ( 女 子 学 院 高 ) ( 水 海 道 一 高 〉 ( 正 則 高 〉 ( 鶴 丸 高 〕 ( 本 庄 高 〕 ( 八 幡 浜 高 〕 ( 五 所 川 原 高 ) ( 武 蔵 高 〕 ( 練 馬 高 〉 ( 諏 訪 清 陵 高 〕 ( 横 須 賀 高 〕 〈桜 l各 学 園 高 〉 ( 糸 満 高 〕 ( 高 崎 高 〉 ( 桐 朋 女 子 高 〉 (下 妻 第 一 高 ) (岡山大安寺高〕 ( 宇 都 宮 高 〉 ( 桐 蔭 学 園 高 ) ( 女 子 学 院 高 〉 ( 芝 高 〉 ( 成 際 高 ) ( 愛 光 高 〉 ( 台 湾 省 苗 菜 ) 高 級 中 学 / ( 北 開 高 〉 子 英 哉 之 純 夫 彦 之 正 子 二 朗 慶 昭 哲 信 英 博 法 敏 義 悦 治 俊 益 精 手 百 渉 弘 利 夫 寿 哉 友 子 久 和 由美子 浩 則 悶JI 雄 いづみ 孝 俗 恵 太 洋 彦 浩 江 彦 達 哉 美恵子 英 雄 瑞 子 修 寿 敬 正 正 博 釣 美 和 理 坪 田 岡 藤 篠 田 川 林 野 間 藤 辺 谷 山 島 橋 井 井 塚 西 瀬 日 本 田 藤 士 本 森 原 屋 大 小 桂 加 上 橘 黒 小 紺 笹 佐 沢 新 杉 副 高 武 長 長 中 成 野 橋 浜 原 兵 福 福 藤 藤 古 星 前 真 真 松 三 三 宮 村 矢 士 口 米 劉 渡 子 隆 信 文 祥 紀 川 下 中 崎 浦 森 下 回 島 田 津 彦 司 男 司 和 之 子 之 仁 美 和 雅 光 健 敏 雅 裕 重 勝 城 林 藤 波 水 谷 木 川 中 村 業 本 垣 川 島 田 沢 破 所 堂 中 本 崎 島 中 田 沢 辺 組 木 恥 田 河 家 藤 上 木 塚 花 C 太 田 千 槍 西 西 野 原 平 福 福 古 不 別 法 問 松 矢 矢 山 士 口 米 渡 年 荒 青 池 石 井 伊 井 植 大 晴 彦 康 科
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H
第453号 甲211号〉 山 田 了(保存E
第454号 甲212号〕 中 尾 成 ( 補 綴 目 第455号 甲213号〉 下 野 正 基 〔 病 理E
第456号 乙243号〉 第219回 (51. 9. 20)合格 第220回 (51.10. 13)授与 吉 田 美 哲 ( 小 歯 第457号 甲214号〉 椎 木 雄(口外I
第458号 乙244号〉 武 安 嘉(口外I
第459号 乙245号〉 市 村 賢 二 ( 矯 正 第460号 乙246号〉 川 越 武 久 ( 口 衛 第461号 乙247号〉 れた。第1日目は一般講演(演題数54題),第2日目は午 前中 (17題〉におよぶ活発多彩の発表が出された。午後 は第4教室において,大型シンポジウム“麟蝕予防の方 向性を採る"が12時より4時間半にわたり開催された。 11名の講師が交互に登檀し,講演,追加講演を行い会場 は総会にふさわしい熱気と拍手につつまれ,成功裡に終 了した。なお中央ホーノレ,第1教室で歯科医療器具,材 料の展示も盛大に行なわれた。 第1日目, 12時より2時迄,評議員会,総会が行なわ れ,関根永滋前会長他17名の逝去会員への黙穏を捧げた のち, 51年度報告, 52年度予算案,事業計画案が可決さ れた。 0奪門課程3年生登院式 昭和51年度登院式は, 10月4日(月〉午前9時30分か ら専門課程第1教室で行われた。第83期生に対し山本義 茂病院長から登院にあたっての心得が述べられたあと, 木村吉太郎副院長から,各科部長,教授,医局長などの 紹介が行われ,そのあと臨床実習オリエンテーションが 午前中の時間を利用して行われた。0
病院玄関に警備員を配置 学内整備の強化をはかるため,昨年10月10日から警備 保障に委託し専属の警備員1名を置くことになった。主 として病院玄関に在って出入りのチェッ tJ, 火災・盗難 の予防等警備業務の遂行に当っている。 O三浦サタさん医学教育関係業務功労者として文部大臣 から表章S
を受く 昭和51年度の医学教育関係業務功労者として東歯大病 院用務の三浦サタさんが11月1日に文部大臣から表彰を 受けた。 東歯大病院に勤務して29年余,時代は移り,人の心は 変っても,常に黙々として永年に亘って一筋に自己の職 務に克苦精励し,大学発展の蔭のカとなったことが認め られ,大学より推薦され,この栄誉を得られたものであ る。 O堀江経一名誉教授遜去 堀江名誉教授は,かねてから病気療養中のところ,逝 去された。昭和51年10月27日,享年84才。同教授は大正 2年9月東京歯科医学専門学校を卒業され,母校に勤務 されたが,大正7年6月シカゴ ロヨラ大学歯学部第3 学年に編入学,同8年卒業D.D.S.の称号をうけられ 翌9年3月帰国,11月母校教授に就任され,昭和11年11 月から芝高輪で開業された。昭和14年4月から18年3月O
第199回東京歯科大学学会 (総会〉開催 までは日本歯科補綴学会の会長もっとめられ, 24年4月 第199回本学会総会は,昨年10月23日(土), 24日(日〉 には東京歯科大学教授に,また同33年4月から名誉教授 の2日間第3および第4教室を使用した2会場で開催さ となられ傍ら法人評議員に就任されていた。0人 事 辞 職 助 教 授 宮 島 道 夫 ( 市 病 外 科 〕 51. 6. 30 講 師 立川 潤 ( 口 外 l!) 51. 7.31 I! 春山 良 夫 ( 保 存 1 ) 51. 9. 30 助 手 和 泉 正 行 ( 保 存 1) 51. 1.30 11 小野成夫(市病外科〕 51. 6. 30 I! 三 木 純 子 ( 口 外 l!) 51. 7. 31 I! 児 玉 裕 子 ( 保 存 ill) 51. 8. 31 I! 佐 藤 恵 閤 ( 補 綴 ill) 51. 9. 30 休 職 講 師 中川 淳夫(解 剖) 51. 8.18 ~51. 12. 31 助 手 宮 忠昭(歯 放〉 51. 6. 1 病気快復まで I! 原 岡 研 二 ( 歯 納;) 51. 10. 1 ~52. 3. 31 復 職 助 手 塚 越 完 子 ( 歯 麻) 51.10. 1 市川病院長再任 大野虎之進(産婦人科学教授・現市 川病院長〕任期JI 51.7.7~54. 7. 6 採 用 講師納1'l克彦(市病外科〕 51. 7. 16 助 手 斎 藤 力 ( 口 外 日 ) 51. 7. 16 I! 高 橋 雅 典 ( 法 歯) 51. 7.16 I! 江 里 口 彰 ( 口 外 ll) 51. 8. 1 I! 山田 了 ( 保 存 s) 51. 9. 16 I! 中 尾 一 成 ( 補 綴 s) 51. 9. 16 I! 市川 徹 ( 病 理 ll) 51. 9.16 I! 坂 田 康 一 ( 保 存 1) 51.10. 1
一 一
費大学持ちの形態をとっていた。この第140回学会にお いて臨時総会がもたれ,現在のような,学会形式に改め られた。その年の2月23日の第141回学会が改組後の第 一回学会から2月, 6月に例会, 10月または11月に総会 をもっ年3回開催が恒例となった。そして学会の発展に 伴い,演題数も大幅に増加しここ数年特に臨床家のた めの解説講演や特別講演それにシンポジウムとが取り入 れられ,学会の規模も次第に大型化してきている。 本年2月19日開催の学会は,丁度,通算200回に当り, 学会関係者で記念学会の計画を推進していたが,この記 念学会では研究発表を学内で,記念講演,特別講演,学 会懇親会を東京プリンスホテルで開催することに決定 し,当日をむかえた。今回の研究発表の演題数は63題の 多数にのぼったため,専門課程4教室を会場とし,午前 9時から11時40分までの聞に,すべての演題を消化し, 午後の会場に臨んだ。 午後の会場東京プリンスホテル,プロピデンスホール 特設講演会場には,整然、と机,椅子が並べられている。 午後2時松宮誠一学会長が登壇し,r
東京歯科大学学会 の発展と将来のあり方」について記念講演を行った。学 術のめざましい進歩を背景としてこの学会の今後のあり 方を考えてみると,研究発表の場に甘んずることなく, 学術情報,学術的研究の企画,教育,交流などセンター 的役割を推進することが肝要であるという要旨を述べ た。 特別講演「ポーセレン焼付金属冠ーその問題 点 と 対 策」は金竹哲也教授によってその理工学的研究成果を背 景とする熔着理論の解説が行なわれ,次で,学術映画に よる臨床示説,終って,活発な質疑応答が行われた。な お,午後5時からは,サンフラワーホールで懇親会が行 採 用 われ,参加者一同記念学会の意義を味わいつつ懇談し, 非 常 勤 助 手 草 柳 英 二 ( 保 存 血) 51. 9.16 午後6時半散会した。 (大学広報第54号より〉0
第200回記念東京歯科大学学会 本学会の前身東京歯科医学会は,昭和9年 2月26日に 第1回学会として出発し,当時においては月例会の形を とり,会員は現職教員に限られていた。このような形の 学会は昭和19年7月24日の第88固まで続けられたが,第 二次世界大戦前後の変動の時期には月例会の形をとら ず,聞けつ的に開催されていた。そして第98固に至っ て,昭和25年1月28日東京歯科大学学会として再出発を することになり,昭和32年1月26日第140回学会まで月 例会が続けられた。この時代までの学会は会費無料,経0
学位記授与 第220回 (51. 10.13)合 格 第221回 (51. 11. 3)授与 柳 川 一 征 ( 保 存I
第462号 乙248号) 第211回 (51. 11. 8)合 格 第222回 (51. 12.13)授与 吉 田 導 子 ( 病 理H
第463号 甲 215号〉 成 田 む つ ( 保 存血 第464号 乙249号〉 井 上 昇 ( 解 剖 第465号 乙250号〕 第222回 (51. 12.13)合 格 第223回 (52. 1. 7)授与二二二二
母 校 だ よ り
古 沢 正 巳 ( 口 外 日 第466号 乙 251号〉 安 江 祐 二 ( 生 理 第467号 乙 252号〉 第223回 (52. 1. 7)合格 第224回 (52. 2.14)授与 立 川 哲 彦 (病理日 第468号 乙 253号〉0
東京歯科大学歯科衛生士学校が専門学校に昇格 昭和51年7月11日付官報で,学校教育法の一部を改正 する法律が公布された。この改正は新たに専修学校の設 置を規定するもので,本学歯科術生土学校はこれに十分 該当する内容を有していることによって専門学校に昇絡 した。 専修学校には高等課程を置く場合,専門課程を置く場 合,一般課程を置く場合などがあるが,専門課程を置く 場合には専門学校と称することができる。 本学歯科衛生士学校では,昭和51年4月28日の定例教 員会において,全会一致で歯科衛生専門課程をもっ専修 学校とすることを決議し,直ちにこの主旨にそって申誌 の手続をとることになり,理事会,評 議 員 会 の 議 を 経 て,正式に専修学校の認可申請が行われた。その結果, 昭和51年12月24日,正式に認可書が交付され,その日か ら本校は東京歯科大学歯科衛生士専門学校と改称した。 昭和52年 3月 7日(月〕午後 6時から椿山荘において 専門学校祝賀会が開催された。昭和24年9月1日に開校 して以来,その高度の教育内容にもかかわらず,各種学 校として運営されてきた。今後は学校教育法の適用をう ける専修学校へと脱皮した。 祝賀会の席上,理事長代理,河村弘理事,松宮誠一学 長,石川達也歯科衛生士専門学校長から挨拶が行われた 後,山本義茂病院長の乾杯に次いで,井上真東歯大同窓 会長,谷後余理子衛生士校同窓代表,石館敬三東京都衛 生局医務課長,矢吹水男東京都歯科医師会長,木村吉太 郎教授などの祝辞が述べられた。祝賀会は,来賓,本校 教職員,学生など多数の参加を得て盛会であった。0
昭和52年度東京歯科大学歯学部入試 東京歯科大学歯学部の入試はさる2月 1日(火) 2日 (水)の両日に学科試験. 6日(日〉第一次発表.8日 (火). 9日(水〉の両日に健康診断および面接試験が行 われ.11日(金)午後 3時に合格者 163名, うち外国人 留学生 3名の掲示が行われた。なお,志願者数は529名 であった。 0昭和52年度歯科衛生士奪門学校入試 東京歯科大学歯科衛生士専門学校入試はさる2月25日 (金).26日(土).両日に亘って行われ 2月28日(月) に44名の合格者が本館正面玄関に掲示された。なお志願 者数は178名であった。 O昭和52年度大学院歯学研究科合格者 本年度の大学院入試は. 2月17.18両日にわたって行 われ. 2月24日合格者22名が発表された。合格者氏名お よび専攻科目は次のとおりである。 小宮山能康 (解・1).北僚健三(解・1).太田信夫 (解・]).吉田浩(微生物).前川成男 (保・1
).島 秀一(保・]).笠井俊一(保.n
.
)
米 沢 実 ( 保・u
.
)
弓井敏郎(保.IlI).水谷裕(保.IlI).野呂明夫(保.IlI). 貝須まり子(保.Ill).長内幸一(口外・1
).新井一男 (口外・1
).岡野昌治(口外・n
).柴田孝典(口外.n
)
.
広 瀬 守 ( 補.n
)
.
矢 島 満 ( 補'Ill).中西秀男(矯正). 小窪公和(小児歯).米津*~郎(小児歯).湯本衛(歯麻) O昭和52年度本学助手採用 昭和52年度本学卒助手採用は,さる3月8日(火〕の 専門課程教授会で選考され. 5月1日付でJ
采用された。 茂木 1~1夫(組織).大島慶子(口衛).秩業員;口IJ( 保・ 1). 羽悶 ,完(保・1
).闘町典利(補・1
).大川延也〔補.IIJ). 関口 浩(小児歯).伴場せつ(小児歯).山崎学(歯麻). 航山 ~ít美(倣麻).佐藤仁(歯放).応藤健三(備放). 木 下 優 ( 稲 毛 〕 以 上13名。0
圏内歯科大学視察団派遣される 稲毛校舎建設の検討資料を得るために,比較的建設年 度の新しい歯科大学の施設を視察することになり,第352 回専門課程教授会(昭和51年10月12日〉でメンバーが発 表され,その後,逐次調査終了に伴う報告書が昭和52年 2月初旬相次いで作製されていたが,臨床系は木村吉太 郎教授,基礎系は上篠権彦教授の下で一括した報告書に まとめられ,昭和52年 3月11日付で松宮誠一学長の下に 提出された。 東北歯科大学視察団 長谷川正康,坂田三弥,鈴木和男,山本又雄各教授 松本歯科大学視察団 木村吉太郎,上保縫彦,河合貞吉各教授 日大松戸歯科大学視察団 見明清,堤箪二,佐藤徹一郎,大森清弘,秋山誠一郎, 高橋義夫各教授 日歯大新潟歯学部視察団 竹内光春,山村武夫,浅井康宏,林淳一各教授 滅菌歯科大学視察団 鈴木芳太郎,西村正雄,中久喜i笥,溝上隆男, 1JL井出j喜 男,金光秀明各教授岐阜歯科大学視察団 金竹哲也,町田幸雄,竹中正一郎,中山誠各教授
小林秀夫教授逝去
本学市川病院放射線科 教授小林秀夫先生は昨51 年秋,病気のため市川病 院にて療養中のところ, 薬石効なく.12月12日夜 永眠せられました。享年 60才。 御自宅が遠方で且つ生 前先生が御勤務された市川病院側と御遺族の御希望もあ り.12月13日夜市川病院にてお通夜.14日御自宅で密 葬.16日小林家の御葬儀が,市川病院集会室にて病院関 係者の協力のもと,とり行なわれ当日本学関係者はもと より広く放射線学会等関係者多数列席されお別れを告げ られました。 先生は,昭和44年市川病院が放射線治療部門を新設す るに際し赴任以来,同放射線科教授,部長とし診療はも とより専門課程学生の教育に御活躍されました。 ここに謹んで哀悼の意を表する次第であります。 故 小 林 秀 夫 先 生 略歴 本 籍 地 情 玉 県 久 喜 市 本 町1丁目 514番地 現 住 所 東 京 都 保 谷 市 下 保 谷1-2-20 出 生 大 正5年6月25日 昭和16年12月 東京慈恵会医科大学卒業 か 17年1月 軍医として業務に服す グ 23年9月 外地より帰国。
24年2月 東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科入局 昭和27年2月 財団法人癌研究会付属病院放射線科勤務 グ 28年4月 医学博士の学位を受く(東京慈恵会医科 大学〉 グ 32年12月 癌研究会付属病院放射線科副部長 グ 37年 3月 東京慈恵会医科大学講師(耳鼻科〉 か 43年5月 癌研究会付属病院退職 グ 41年1月 頭頚部腫蕩研究会評議員 グ 44年9月 東京歯科大学市川病院放射線科教授,同 部長として勤務 グ 51年12月12日 逝 去 0人 事 死亡退職 教 授 小 林 秀 夫 ( 市 川 病 院 ) 51.12. 12 一 一 一 一 一 二母 校 だ よ り
名(嘱誉教託授) 米津 和 一 ( 微 生 物 〕 51.12.28 定年退職 助 教 授 都 筑 新 太 郎 (薬 理〉 51.10. 24 辞 職 助 教 授 島 田 和 哉 (市病耳鼻〕 51.12.31 講 師 団 原 邦 昭 ( 補 綴I
T
)
51.10.31 I! 黒須 誠 ( I! 51.12. 31 助 手 岡 義範(市病整外〉 51. 9.30 I! F昌~ 忠昭(歯 放〉 51. 9. 30 I! 関板由利子(小児歯〉 51.12.31 I! 宮 地 洋 子 ( 保 存 皿 〉 51.12.31 I! 本 間 直 美 ( 小 児 科 〉 51. 1.10 I! 坂 本 真 理 子 ( 保 存 1) 52 1.31 I! 正 岡 勇 記 ( 歯 放〕 52. 1.31 兼任助手(東歯大歯科衛生士専門学校講師〉 津 田 寿 子 ( 保 存 皿 〕 52. 2.28 休 職 助 手 小 島 克 明 ( 補 綴 皿 ) 51. 8.16 ~51. 10. 16 復 職 助 手 小 島 克 明 ( 補 綴 ill) 51.10. 18 昇 任 助(講教師授〉 下 野 正 基 (病理 日〕 51.11.16 I! 野 間 弘 康 ( 口 外 1) 51.11.16 講(助手師〉 東 田 久 子 ( 病 理 1) 51.11.16 I! 堀 口 精 一 ( 口 外I
T
)
51.11.16 採 用 講 師 鈴 木 三 夫 ( 市 病 整 外 ) 51.11. I I! 橋本正夫(市病外科〕 51.12. 助 手 吉 因 果 哲 〈 小 児 歯 ) 51.10. 16 助 手 幡 茂 樹 ( 補 綴 11) 51.11. I! 吉 田 導 子 ( 病 理I
T
)
51.11.16 11 草 柳 英 二 ( 保 存 ill) 52. 1. 11 児玉 実 (市病耳鼻〉 52. 1. 1 11 城崎慶治(市病小児科〉 52. 1.16 喜 常 議 秋 尾 義 人 ( 法 歯〉 51.11. 11 田 原 邦 昭 ( 補 綴I
T
)
51.11. 11 黒須 誠 ( 補 綴I
T
)
52. 1. 1 11 島田和哉(市病耳鼻科〉 52. 1. 1 11 津村善郎(進学課程〕 52. 4. 1 U 松 浦 秀 治 〈 11 52. 4. 1 (大学広報55号より〉 11支部のうごき
東 京 地 域 支 部 連 合 会
東京支部連合会のグノレーフ・共済制度火に充災 昭和52年 8月 1日より改正実施 東歯同窓会東京支部連合会では.4年前から実施して いるグループ共済制度が順調に拡充推移してきたので, 会員のご要望に答えるため更に一層充実した有利な制度 に改革すべく研究検討中のところ,この程保険会社との 交渉が成立したので6月10日開催の第3回役員会で承認 され8月1日から実施の運びとなりました。 ご参考までに本共済制度についてお知らせします。 最近の交通事肢は,持車人口の増加に比例して激増し 時折り聞かれる急プレーキの停車音は,心臓への負担も 大変なものだと思います。表に出たら本人はもとより家 族,従業員に至るまで顔を見るまで安心出来ないと言う 日常の危険にさらされています。又,保険診療での低医 療費は,エンヤラ,エンヤラで労働時間の延長を余儀な くされ,いつの間にか生命をすりへらしております。 このため成人病の検診時には,ほぼ半数以上の先生方 が健康についての自信を喪失しているのが現状です。 身分保障のない私達にとっては,万一の死亡,事政廃 疾,或は従業員の通勤時等の交通事故 (10万位では済ま されませんぞ)の際,医院経営の安定的継続は勿論のこ と,残された家族の生活保障,相続税,その他資金的解 決などの問題が生じることを覚悟せねばなりません。 こうした問題に対処するため,東京支部連合会では, 4年前に会員,家族,従業員を含めた相互扶助を目的と して,グループ共済制度を発足させ,現在30億2700万の 契約高になっております。 本年度は,かねてより会員の希望であった安い掛金で 大型保障との趨旨にのっとり. 8月 1日から後述の通り の充実を ~I りました。以下,本制度の紙四告を記します。 ① 発 足 時 か ら の 経 過│
実 数 加 入 数 死 亡 払 入 保 険 料 支 出 保 険 料 年E
K
事故数 │昭和48年 200名 0件 l口 悦000円 3割配当 49年 307名 4件 │17,304,000門戸
.000.000円 50年l
ωo
名I
7件 15.686.400円113.987.500円 │ 51年 302名 0件 16.269.000円 3定 (6月現在) J VG--1=I' v T"r .l.U, ~VV , VVVI J 3割配当 以上の表から生命保険会社には甚だ申し訳けない結果 が出ております。と申しますのは,この種の死亡・事故 等における危険試算率は,通例1000分の 0.8~ 1. 5克で す。本連合会グループ共済制度においては.1000分の 12 ~13% とし、う高率を示しており,この制度発足の充分な る効果と意義がご理解いただけるものと思います。 そして,この4年間に逝去された先生方の御冥福を心 からお祈りするとともに,残された御家族の方々から大 変感謝されております。自分だけは大丈夫と思わず東京 支部連合会グループ共済会員に見られる 100分のlの危 険率もお考えいただければ幸いです。 ① 本グループ共済制度の主なる特徴 (イ) 他の類似制度に例をみない安い掛金である。 (ロ)東京支部連合会の斡旋事業であるため運営がスム ースに行き安心できる。 (サ 会員,家族,従業員の相互扶助制度で会員は80.-1' まで加入できる。 (ニ) 一旦加入すると更新時に病気でも継続できる。 肘 無 診 査,一年毎の契約であること,等です。 (21頁につづく)壬
成
AS A大正
1
5
年 卒
総 会 日 誌
5月20日(金〉 昭和52年度総会は快晴の奈良で開催された。 春日ホテル会議室に於て冒頭,飯阿佐一君(茨城〉と 石原瞳明君(東京〉の死亡報告があって冥福を祈り敬度 な黙祷を捧げてから協議に移った。主な決定事項は会費 の倍増と慶弔金の増額を決め,次年度総会開催について は世話人一任で談笑裡に終了した。席を変えての懇親会 は時の経つのを忘れるほどに歓談して旧交をより強く深 めることができた。常連の五味君が骨折のため姿をみせ ず,酒豪も量が落ちて昔日の観なくー沫の寂家を覚え た。そこには卒業このかた半世紀に亘って激動した社会 を生き抜いてきた者だけが知る人生の哀歓があった。 5月21日(土〉 古都の朝は爽やかだった。 観光は唐招提寺ー薬師寺一法隆寺を巡ってから郡山の 慈光院で精進料理の昼食を撰って南へ走り橿原神宮に詣 で飛鳥の里を見学して五条一橋本を経て聖地高野山へ登 った。標高壱千米を超える山頂台地に幼稚園から大学ま で在る人口壱万の町づくりを見た。宿坊遍照尊院に泊り 般若湯,麦般若の接待にあづかる是れまた良し。 5月22日(日〉 明け六つの鐘の音に起きて本堂で壬成会物故会員の追 善供養を績む。今日を生きる有難さを泌々と思った。門 内で記念撮影をして案内人の誘導で奥の院へ行った。こ こには歴史に残る沢山の人が生前は敵味方の仲でも仏と なれば,わだかまりなく基を並べ眠っている。詣でて何 か救われたような気持を抱かされるものがあった。奥の 院地下の弘法大師が生身成仏したと伝える処は講中の熱 気を帯び 高野山はいかにも霊地でで.あつた。その後大阪で昼食を して年次総会は芯なく幕を閉じ来会者は相互の健康を祝 し合い明年を期して四散した。簡単な日誌だが参加でき なかった方々への報告としたい。 参加者氏名(同伴者名は省略〉 武居武雄,井崎三郎,平山梅子,木村茂樹,沢井鑑次, 吉川貴美子,松野新,大島稔,若尾加四男,松田俊 男,渡辺一二,鈴木貞一,井上久男,今井龍二,佐々木 敏夫,大谷憲一,谷 閤輝,浜野喜太郎,松元影丸,赤 祖父三郎,林 清 ( 林 記 〕珊
瑚
必』目 立玄昭和
5
年 卒
菓山実純学兄の逝去を悼む
政栗山実純学兄の御霊前に額づいて,友人の一人として 今しばらくのお別れの言葉を述べさせていただきます。 先に富山県婦貴郡布目の岡崎仁学兄と金沢市の声本重雄 学兄に先き立たれ,昨年は関根学長を,今又,心から頼 りにしている栗山学兄の告別式にお参りするとは…… 「およそはかなきものはこの世の始中終-・・・まぼろしの ごとくなる一期なり・・・…我やさき,人やさき今日とも知 らずあすともらず・…・・無常の風きたりぬれば…・ 'J の御教えは知ってはし、ますが.ゲ 感、がし、無量胸の中は千々にはりさける思いです…・.1
意えば大正15年4月,立青国神社の桜の花の咲く頃,富山 県出身の岡崎仁君,栗山実純君と自分の三人が希望がか 13ー
クラス会だより
一 なって東京歯科医学専門学校へ入学したのは,ほんの一 昨年頃のように思われます。あの頃はまだ関東大震災の あとで,校舎はパラックでしたね。 3年生になった頃, 今の旧校舎,当時の新校舎の新築がなったね。出来上っ たね。I(IIして,北原白秋作詞の今の校歌も出来上ったね。 栗山学兄はまぢめな勉強家で.I師して友情味厚くて全科 目の成績優秀で,特に補綴学は得意で良く製作品を友達 の分もなおして上げていられましたね。 I自分のことは 自分で,…・・・やらないとやがて,困るゾウ」とし、し、なが らなおして上げていられたお姿が今も目に浮びます。 大正15年の入学を一生涯忘れないために同級会を三五・ 十五のサンゴ会と名付けて,昭和5年希望に燃えて,胸 を張って卒業.グ。学兄は東京で皆それぞれの道を歩きま したね。 昭和20年の富山の戦災,終戦 rnIして,その直後電気ヒツレ で,学兄の永年の豊かな経験と,最新の歯科医学で, 富山の歯科の患者さん方の幸せとご健康のために大奮闘 していられました。 昭和23年の秋,岡崎仁学兄がうちの畠で,自分で、作った 新いもを持って来られて,初音町の御宅で奥様にふかし て頂いて.3人でおいしくて,腹一杯食べて,思い出話 に花咲いて尽きることのない楽しい夜でした。 共の後,栗山学兄は東歯大同窓会富山県支部のお世話や 富山ライオンズクラブ,富山県歯科医師会のお世話やら 名実共にI(riして,公私共に多忙な年月でありました。 昭和45年11月,母校創立80周年記念式典と一緒に我れら のクラス会,サンゴ会の40周年記念を目黒の雅叙園で, あの頃はお互いに若々しくって,顔は油でツヤツヤして いましたね。 昭和46年,青木康三先生の御宅で真中に栗山学兄,関剛 三郎先生と並んでうつっているお写真グ思い出の数々。 昭和47年 5月,サンゴ会の例会は石川県当番で能登半島 一周に大型寺,山中温泉,牧野正学兄のお宅でのお写真 には,関根学長,栗山学兄.i
撃潔学兄其の他の面々の楽 しい笑顔が並んで‘います。 昭和48年9月29日,第23回全国学校保健大会富山大会の とき富山県出身の講師にお長男さんの純雄先生にとお願 いに行きましたね。幸いお承諾頂いて純雄先生の「臨床 小児歯科とウ蝕予防」の特別講演と地元富山市の水森靖 夫先生の 「ウ蝕予防と弗化物のイオン導入」の御研究を 御発表下さいました。大会参加の北は北海道,南は宮崎 県の諸先生方に富山の面目躍如させて頂きました。 昭和50年 8 月 27 日 ~29 日のサンゴ会例会富山当番の時に は豊実先生のお世話で宇奈月延対寺,室堂のホテノレ立山, │市して電気ピノレで、歓迎の某:(人学兄はガンバッてサンゴ 会の皆様にお挨拶して下さったね。いつも指導的立場に 立って下さった思い出。輝かしい御功績の数々 ーー。 御令息の純雄先生も豊突先生も御妓様も立派になられた 今は・ 。 悠教院釈実純様グ 御仏様のもと,浄土で私達を待って 居て下さいね。私達も,もう間もなく往きます。│市して, 蓮の座で医王院永保善滋清居土様を阻んで. I医はこれ 済生,ひとへに仁なり,国手の精神窮理の治法 'Jの 校歌を皆んなでさけびながら楽しいサンゴ会をしましょ うね。では今しばらくのお別れです。 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 昭和52年3月24日 友 人 代 表 菅 田 晴 山 合 掌辰
ゐ 一品昭和
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年 卒
14総 会 報 告
昭和52年 5月21日(土〕から24日(火〉まで,同級の 福島県杉本典,鈴木与一郎,菅野将雄,本間喜三郎及び 宮城県の水野孝四郎の五氏(アイウエオ順〉が世話役と なり,福島県観光懇親旅行が3泊 4日間の企画で展開さ れた。集うもの55名,大型パス 1台では,修学旅行用の ものでも,補助椅子を使つての超満員の状態。北は北海 道の石井次三夫妻,成田武雄夫妻,南は九州の野上IJ頂平 夫妻,山口弘夫妻,吏に台湾の呉信改氏,四国の佐藤一 氏等々,真に一家そのもののような楽しい集いであっ た。第1日は午前10時,上野駅公園口前集合,直ちに出 発,郡山のインターチェンジからは案内役の菅野夫妻及 び大磯の郷土氏が乗り込み. 3時近く,郡山三角堂の東 北歯科大学を訪問,渡辺冨士夫学長(昭17・9卒〕及び 奥村晴一副学長(昭20・9卒奥村鶴吉先生の甥に当る)の 御案内説明を受ける。同学を辞し車は更に,一路猪苗代 の野口記念館に向う。奇しくもこの日.5月21日は,昭 和3年野口先生逝去の50回忌,当日に当り,数々の遺品 を拝見しながら感無量のものがあった。そして第1日の2
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は東山温泉原滝ホテノレに結んだ。第2日.22日(日〉 も朝から上天気である。 9時出発,会津歴代藩主の墓に 詣で,会津若松城,つまり,鶴ケ城跡の庭園を巡り,天 守閣には登らす, 11時白虎隊の飯盛山に着く。若くして 散った隊土の冥福を祈り,ここでそばの昼食となる。 1 時,此処を発って五色沼に向う。磐梯山は正面かと思え ば,右に,左に,絶えず我々と行動を共にし,毘沙門沼 の色はまた格別で、あった。裏磐梯レークライン及び吾妻 小富士スカイラインを経て裏磐梯から火口まで登る。浄 土平あたりはさすがに寒さを感じさせ,まだ残雪が各所 に見られた。岳温泉あづま館に旅装を解いたのは6時で あった。一風呂あびて,美妓の歌と踊りに拍手を送り,四
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九州旅行記
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ヨ玄 昭和52年 5月19日午前11時 5分羽田発で鹿児島へ。午 後12時40分鹿児島空港着,天気晴朗風もなく絶好の飛行 日和。総勢22名。パスに乗車出発。圏分は煙草の名産地 を経て亀割峠でお手洗休憩。右に錦江湾を望みつつ垂水 に,桜島を右に見て黒神口から熔岩地帯に入る。道路は 良く大正3年の噴火で埋没した鳥居を見学これより引返 一 ー ー ク ラ ス 会 だ よ り 一一一一一 8時過ぎそれぞれの部屋に戻って行った。 第3日. 23日(月〉も上天気である。 9時出発.10時 安達が原の鬼婆の遺跡を訪づれ,かすみが滅跡に向う。 藤が美くしく池畔を飾っていた。戊辰戦争で華と散った 若い二本松の年隊土の墓に詣で.11時iこの名闘を発ち, 三春の 「でこJ屋敷に2時,あぶくま洞脇の休憩所で昼 食,あぶくま洞の鐘乳洞に入り. 1時間程費し.3時50 分,洞に別れを告げて,愈々最後の宿泊地である,常磐 炭鉱のハワイアンセンターに向う。 6時半本館で一風呂 浴びるのももどかしく,食事と演芸に一時間を過ごし, 7時40分からは,センター・ホーノレのハワイアンの音楽 と踊りに興じ 9時の終演で,室に戻る。 第4日 5月24日(火〉愈々最終日である。常磐のハ ワイアンセンターを発ち,一路東京に向う。途中, 目立 の小名浜で海産物を仕入れ,また水戸のドライブイン で,鰻の美味に舌を満喫させ,血脇先生ゆかりの安孫子 で少憩の後. 5時東京駅に無事帰着。解散ということに なった。明年は昭和53年で,三辰会が昭和3年の創立で あるから50周年である。当番は東京でということなの で,全員出席を目標に,盛大に開催しようと決議し,目 下立案中である。 今回の出席者は次の通りであった。(アイウエオI1原〉 敬称略 同伴者一一青戸陽一,明楽 浩,石井次三,大久保一 夫,大津新一,小梨昌,近藤昭,佐藤正夫,清水正 一,城谷加寿雄,杉本典,菅野将雄,田中勝雄,成田 武雄,根岸昌三,野上順平,松井隆弘,水野孝四郎,安 原晋次,村居良雄,山口 弘 単身組一一阿部義久,井比孝,石田英二,木本信義 呉 信 改,郷土立夫,佐藤一,鈴木信義,鈴木与一郎 滝義胤,堀次郎,本間喜三郎,関根友次。以上55名 (幹事長大久保一夫記)昭和 8年 卒
一一一一ー
クラス会だより
-して有村より古里温泉へ。午後4時桜島国際ホテルに安 着。総会を終り宴会に芸妓3,興湧き,歓を尽す。 100 番の馬淵君の参会に一同大喜び。 , 第2日午前 9時出発。桜島港口よりフェリーに乗船今 日は去天。午前9時55分鹿児島安着西郷さんの銅像,鶴 丸城祉を見物。域山展望台より鹿児島市街を一望に見て 午後10時40分磯公園着公園見学中に桜島の爆発あり噴煙 天に沖す。昼食後奄美大島紬の庖,池田湖。長崎鼻パー キングガーデンを経て指宿観光ホテル着。豪日士素晴しい ホテノレでハワイヤンショーを見物しながらの夕食バーベ キュー料理はデラックスの一語に尽き第2夜を眠る。 第3日は雨。指宿のホテノレから駅迄タクシーにて午前 10時2分発急行にて熊本へ。鈴木,7
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中両先生と別れて途昭
伍
必~ -;rs: 4月14日,待ちに待った四国総会の日である。天気は 袋りだが暖かい日である。高松駅の花時計前に集まる者 26名,内御婦人 6名。 43年ぶりに会えた人もあり,一諸 に安山した思い出がよみがえる。川上君だ。 集合時聞は12時30分,そして1時過ぎに一同パスに乗 る。先ず栗林公園を見物,柴雲山を背景に,老松の池泉 と巧みな石組を配した天下の名園である。途中,金比羅 宮を塗か遠くより拝み,松山道後温泉に向う。道後温泉 古湧園ホテル到着,物故会員の黙祷後宴会に入る。会員 の健康を祈って乾杯,伊予万才のアトラクション,きれ い所のおどり,会員の歌と楽しい一夜は更けて行った。 二次会で夜遅く迄騒いだが,ぐっすりと寝た。 4月15日,晴れ,早朝日本最古といわれる道後温泉に 久しぶりに入浴,実に気持の良い朝であった。 9時,パ スの人となる。松山撲を望みながらパスは三坂峠を越 中西鹿児島駅にて乗換え,有明特急、にて熊本午後 2時23 分着,森の都熊本城を遠望し雨中ガイドの名案内に聞き 惚れつつ内の牧温泉午後5時20分着,山楽荘に一泊。第 3日は雨雄大な阿蘇の景観を楽しみにして居ましたが残 念ながら全山模糊として煙霧の中。山頂に至るも霧晴れ ずロープウェイに乗る事も出来す'20分間休惣にて下山し て水前寺公園に向う。午前11時水前寺公園着,昼食後公 園発途中田原坂の戦跡を車中で聞き長州へ。有明フェリ ーにて長州港午後2時20分発,有明海を渡り多比良港午 後3時10分着251号線をパスは走り諌早市を通過して長 崎市に到着。山上の旅館矢太楼迄七曲り九十九析の坂道 を昇って午後5時55分着。 以下次号へ続く(小坂記〉昭和
9年 卒
え,久万町を通り,桜の花に迎えられながら面河渓に到 着。山菜料理に舌づっみを打ち少憩の後出発,高知へと 向った。途中雨となる。高知城を眺め,山内一豊の妻の 銅像,板垣退助の銅像を見,桂浜を歩き,坂本龍馬の銅 像を見て,思いを昔にはせたことと思う。夜は再び懇親 会で一同楽しく,にぎやかに歓談,何時会っても同級生 は良いものである。 4月16日, 10月下旬山口県萩市での再会を約して,数 組 に 別 れ 帰 路 に つ く 。 ( 三 好 記 〕 三好春航君,今回の旅行では色々御世話になりまし た。会員一同,表心より御礼を申し上げます。 山口県萩市方面の昭伍会は下記の日程で開催の予定で す。 10月27日(水), 28, 29日 今から御用意の程を。 (渋谷記)クラス会だより
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A Q Z昭和
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年 卒
愈々暑さを増して参りましたが,会員諸兄にはお達者 頂きました。天心会名簿も他に類のない令夫人名をも併 でしょうか。天心会事務局は,元気に頑張っておりま 記して完全になってきました。会員諸兄の御協力の賜物 す。 であると信じております。今後共々宜しくお願い申し上 本年度の天心会旅行会は,その第18回目を5月21日よ げます。 り24日にかけて,北海道は道失地区と日高地区に開催し 広共の齢は,還暦の前後を迎えての今日此頃,どうぞ ましたが,益々元気で愉快な級友とその令夫人達57名の お互様の天心会を回顧して,r
想出の抄」を書いて下さ 集りで娠わいました。本年の「リラ冷え」といわれた今 いな。字数,期限等は設けません。既に数編が集ってお 春の不良天候も,旅行中は上天気に恵まれ,楽しくお互 りますので近く刊行の第1号と致します。会員相互関係 の親睦を交流して来ました。その随行記につきまして を楽しいものにしたいというのが級友の会のねらいであ は,既に諸兄のお手元にお届けしてありますが,来年度 ると思われます。 は,南九州地区が,清末君のもとで候補に予定されてお 卒業以来一度もお自に懸かかれない会員が未だ25名位 りますので文のお楽しみを頂けますことと期待致してお いらっしゃる。今秋の総会(後報〉や来年の旅行会等で是 ります。 非お目に懸りた1,、と思います。又御都合のつかない方々 天心会は,この1年半余の聞に,天心雑語(会報〉を は,特に「想出の抄」でお目もじ下さいな。 8号に及んでお届けして,母校のこと,同窓会のこと, 何をおいてもやはり級友というものは,最高のなつか 子弟の状況,天の声等々を報告して参りました。又天心 しさを感ずるものである。一杯の酒が待っているぜ。 会回顧記録,旅行随行記,パラドックス写真,学長告辞 では文の日に。お元気で。サラパぢゃ。(笠井記) 等々をも発行して, 会員並びに令夫人に粂しく見読してづ
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年卒
第30回総会には全員の参加を/ す。〉 光陰矢の如しと申しますが,私共が懐しい水道橋の学 2 記念誌 舎を巣立つてから早や30年,齢も不惑を遥かに越え,人 当日お渡しすべく鋭意準備中ですが,その費用とし 生も安定の境地に入ろうとしております。本年の総会は て3万円を見込んでおります。 第30回の記念すべき集いとなります。過日幹事会を開き 3. 申込・連絡先 協議の結果,東京において恩師多数を囲んで記念総会を 東京都新宿区揚場町15 矢内歯科医院内 下記の通り賑々しく開催いたす予定です。当日は万障お 東京歯科大学いづみ会 (03)260-4380, 5650(夜間〉 繰合せの上,全員御参会下さいますよう御案内申し上げ つきましては御出席の方は,申込金1万円と年度会 ます。 費2千円,及び記念誌内金1万円を現金封筒にて御送 記 金下さい。 1. 記念総会及び懇親会 御欠席の方は,年度会費に記念誌内金1万円の御送 期 日 昭和52年11月19日(土〉 金とご近況を是非ともお報らせ下さいますようお願い 開催時刻 午後5時(受付は午後 4時からホテルで〉 申し上げます。 会 場 第1部記念式典…東京プリンスホテル 第2部 祝賀会一赤坂・コノレドンフ.ノレー 費 3万円(当日の宿泊代も含みます。同伴 者も同額。東京の会員も宿泊して頂きま なお,長期に亘る会費未納の方は5年分まとめてお 送り下されば,それ以前の会費についてはお送り頂か なくても結構です。 A ヨ コE ( 会 長 市川博保記〉会 員 寄 稿 欄
す い ど う ば し
セミナーの流れの中に
休むことを知らない時の流れは早くも初夏の装をこら し始めた。しかし大揺れに揺れ動いた歯科界諸問題は 未だ何一つ解決のメドもないままに相互に不信,不満, 疑惑,そして断絶が深く澱み,静かに沈積し始めた。 広々とした索漠たる草原に独り立っている様な淋し さ,何の目標も見えず,ただ自分の磁石を頼りにこの草 原を掻き分けて進めば何時かは人里に辿りつけるであろ うかという不安。この現状に私達は今,歩き続け乍ら, 過去を思い,現在を知り,そして未来を真剣に考えよう としている。 明治の我が国歯科界繋明期から一世紀近く,幾多の先 貴先達諸賢が血のにじむ様な努力と汗と涙で歯科医の地 位と信頼を築き上げたと同じ努力を,私達は今再びしな ければならない。しかもより困難な医療環境と社会情勢 の中で。 歯科医療の実態は私達自身が一番よく知っている。再 び社会的尊厳と信頼を回復する道は容易ではないが,決 して政治や制度が作って呉れるものではない。私達一人大 竹
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年卒)
一人の真剣な努力以外にない事を思い返してみよう。 医療倫理の確立,昂揚とし、う言葉が流行しているが, 形のない抽象的な言葉にどれ程の意味があろうか。人そ れぞれの生き様は自由である。が,唯,進歩し:発展する 歯科学の知識を学び,それを生かす技術をトレーニング し,マスターする努力を忘れ,責任ある医療を施すこと を怠った時,私達に栄光は永遠に遠のくであろう。 恐らく斯界初の新形式のセミナーを企画され,多くの 貴重な資料を駆使しての極めて有益な講義と,講師の諸 先生,委員の御努力に感謝の言葉もないが,第一年次と 一味違うサロン的ムードの漂う第二年次セミナーに何か 消化し切れないものを感じる。鋼刃に触れる様な鋭い感 触のセミナーが私は好きであるが,これは身勝手という ものであろう。折角学び得た事が未消化のまま静かに沈 澱してしまわぬ様にr
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管つとめている毎日なのである。 セミナーの流れの中に身を浸しつつ,言い得ざるもどか しさに,己の愚さを感ずる。 (1977. 5.12)一一一 一 一 一一ー す い ど う ば し 一一一ーー