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日本うつ病学会自殺対策委員会

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Academic year: 2021

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第 9 回日本うつ病学会総会シンポジウム「自殺予防のエビデンス」 メディアと自殺予防、あるいは魔法の鈴 太刀川弘和(Hirokazu Tachikawa) 筑波大学医学医療系臨床医学域精神医学 Ⅰ.背景 メディアが自殺に与える影響については、古来多くの事例が報告されている1)。我が国の有名な事例を列 挙すると、1903 年には東大学生が「人生不可解」なる遺言を遺して華厳の滝から投身自殺した際、これが知 的な自殺として盛んに報道された後に群発自殺が生じた。1986 年にはアイドル歌手が投身自殺した際、自 殺遺体写真を写真週刊誌が報じ、後に群発自殺が生じた。 2004 年にはインターネットの自殺をテーマにした交流サイトで知り合った集団による練炭自殺事件があっ た。2008 年には硫化水素を用いた自殺方法を詳細に語った巨大掲示板の書き込みから、これを模倣する 群発自殺が生じた。最近でも、中学生のいじめを苦にしたと思われる自殺からいじめ問題の責任追及報道 が激化し、同年齢の群発自殺と思われる事例が生じている。ここで群発自殺とは、ある地域に特定時期に通 常頻度以上に自殺が増えること、模倣自殺とは、ある先行する自殺に続いて同様の手段で自殺が行われる ことを指す。 メディアの自殺に与える負の影響について初めて論じたのは社会学者の Philips2)である。彼は、1947 年か ら 1967 年までのニューヨークタイムズの一面に掲載された自殺と全米の月間自殺統計を比較し、報道の自 殺率増加への影響を証明し、メディアの影響で群発自殺、模倣自殺が発生、あるいは増加する現象を「ウェ ルテル効果」と名づけた。これはゲーテの小説「若きウェルテルの悩み」3)がベストセラーになった後、失恋を 機に自殺する若者が多数生じた事件を基に名付けたものである。 以後ウェルテル効果は何度も確認されており、概ね定説となっている。また世界保健機関(WHO)は、メ ディアの自殺への負の影響を減じるために、自殺報道に関するガイドラインを呈示している4)。そこでは、自 殺現象をメディアが促進させないために、「してはならないこと」として、1)遺体や遺書の写真を掲載する、2) 自殺方法を詳しく報道する、3)単純化した原因を報道する、4)自殺を美化したり、センセーショナルに報道 する、5)宗教的・文化的な固定観念を当てはめる、6)自殺を非難することを挙げ、逆に「ぜひすべきこと」と して、1)事実を報道する際に、精神保健の専門家と緊密に連絡を取る。2)自殺に関して「既遂」という言葉 を用いる。「成功」という言葉は用いない。3)自殺に関連した事実のみを扱う。一面には掲載しない。4)自殺 以外の解決法に焦点を当てる。5)電話相談や他の地域の援助機関に関する情報を提供する。6)自殺の危 険因子や警戒兆候に関する情報を伝える、ことをあげている。 しかし、メディアが自殺に与える影響に関して次のような疑問が生じる。それは、どのような報道内容が自 殺と関係するのか?どのような先行自殺事例が自殺と関係するのか?インターネットが自殺に与える影響は どうか?どのような報道内容で群発自殺は予防できるのか?そして、近年メディアと自殺、あるいはメディアと 自殺予防に関するどのようなエビデンスがあるのか?などといった事柄である。 そこで本稿では、これらの疑問に答えるべく、調べ得た範囲内でメディアと自殺に関する最近の海外の研 究報告のエビデンスを確認する。 Ⅱ.文献レビュー

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1.報道と自殺に関するエビデンス 有名人の自殺報道が群発自殺を 港、台湾、韓国の有名人自殺後の自殺率 上昇し、24 週後もその影響は続いた 高まっていたという(Fig. 1)。 また Stack ら6)は、1974 年から 1996 究がカバーする報道量、期間効果、 連を解析した。その結果、タレントや オッズ比を上昇させた。新聞ネットワークを そうでない場合に比して自殺率は低

Sisask と Värnik 7)は、Medline, PsychINFO, Cochrane Library

語から PRISMA 声明に沿ってエビデンスが を惹起するという報告は多くみられる。代表的なものとして 自殺率の時系列をメタ解析した。自殺報道後相対 いた。発端者と同じ年齢と性の、そして同じ手段による 1996 年に公表された 42 の論文から 293 の知見を集 、従属変数特性、メディアの種類、その他、の6つの タレントや有名政治家の自殺報道は 14 倍、ノンフィクションの ネットワークを一つしかカバーしていない、あるいはテレビのみの 低かったという(Table 1)。

PsychINFO, Cochrane Library の3つの検索情報源 エビデンスがある 56 論文を抽出し、メディア報道と自殺 なものとして、Fu ら5)は、香 自殺報道後相対リスクは平均 1.4 倍に による自殺の相対リスクが 集め、ストーリー特性、研 つの特性と自殺率との関 ノンフィクションの自殺報道は 4 倍に テレビのみの報道の場合は 検索情報源を用いて、自殺関連用 自殺に関するシステマティ

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ックレビューを実施した。その結果、 あった。また、6 論文だけが報道の自粛 報告していた。性(男性)、年齢(若い の報道は影響が強かった。そして、統計的 すかった。 2. インターネットと自殺に関するエビデンス 近年新たに登場したメディアであるインターネットにおいても れている。Biddle ら8)は、重篤な自殺企図 のような情報から得たのかを調査した いのがインターネットであった。模倣 た手段として最も多かったのはインターネットであった

Durkee ら9)は、Medline, Google scholar database

を吟味した結果、病的なインターネット トとネット上の自殺の約束は、孤立した た。一方で、社会的に孤立した脆弱 ルになり得ることもあり、この逆説を有効 3. メディアと自殺予防に関するエビデンス ここまでの報告では、メディアが自殺 与える肯定的な影響、すなわちメディアと ターネットでは、その情報の内容によって 殺掲示板(Bulletin Board System:BBS うものも多かったこと、援助希求が高 と、さらにこの自殺念慮者の訴えに応答 ている。欧米では、現在インターネット 、4 論文を除き、大多数が自殺報道と自殺行動の 自粛、またはガイドラインに基づく報道方法の変化 い)、未婚などに報道の影響が強く、致死的でドラマティックな 統計的に少数でも、有名人や特別な方法の自殺 エビデンス したメディアであるインターネットにおいても、自殺に及ぼす影響について 自殺企図をした人 22 名にインタビューをし、彼らが具体的 した。参考にした情報源で最も多かったのはテレビや 模倣した手段は、自身の過去の自殺企図手段が最多 かったのはインターネットであった(Table 2)。

Medline, Google scholar database で自殺関連用語からエビデンスのある なインターネット使用は、自殺念慮、自傷行為と有意な関連があること した被影響性の高い個人にとって自殺行動のリスクを 脆弱な個人に対して、インターネットは有効で緊急性 有効に検討するため、さらなる研究が必要であると エビデンス 自殺に与える負の影響について論じたものが多い すなわちメディアと自殺予防のエビデンスはあるのだろうか。先 によって自殺予防に有効であったとの報告がみられる BBS)の利用者を調査し、現実の家族や友人以上 高い者ほど、死にたいという訴えが助けて欲しいという 応答することによって彼らの孤立感や自殺念慮は インターネット介入による自殺予防効果の評価試験11)も始まっている の関連を支持するもので 変化による自殺抑止効果を でドラマティックな自殺方法 自殺は詳細に報道されや について研究報告がなさ 具体的な企図手段をど のはテレビや映画であり、次に多 最多であったが、新たに得 のある論文を抽出し、内容 があること、自殺関連サイ のリスクを高めることを見出し 緊急性の高い自殺予防のツー であると結論づけている。 い。逆にメディアが自殺に 先に述べたように、イン がみられる。Collings ら10)は、自 友人以上のサポートを感じたとい しいという訴えより強かったこ は低下したことを報告し まっている。

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報道内容自体の自殺予防効果について 年 1 月から 5 月の間の 497 件の自殺報道 報道がなされた後の 0~6 日の双方 その結果、繰り返しの自殺報道、専門家 念慮がある個人が、その危機を乗り越 彼らは、後者の知見から、積極的報道 テル効果」に対して、「パパゲーノ効果 名なオペラ「魔笛」13)の登場人物である て自殺を試みようとするが、3 人の童子 て自殺をやめる。 Ⅲ.考察 について、最近 Niederkrotenthaler ら12)は、 オーストラリアにおける 自殺報道の内容分析、潜在分析を行い、報道日から 双方の期間を比較した場合の自殺率の変化量との相関 専門家の意見、疫学的事実は自殺を惹起する一方 越えた報道は、自殺予防効果があることを見出した 積極的報道も内容によっては自殺予防効果を持つ可能性 効果」と呼びたい、としている。ちなみにパパゲーノ である。鳥打ちの猟師で、愛する女性パパゲーナを 童子に魔法の鈴を使うよう勧められて鳴らしたところ オーストラリアにおける 2005 から遡って 14 日~8 日と、 相関を詳細に検討した。 一方で、厳しい環境で自殺 した(Table 3, 4)。 可能性を示し、これを「ウェル ちなみにパパゲーノとは、モーツァルトの有 パパゲーナを失ったと思い、絶望し らしたところ、パパゲーナが現れ

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以上からわかるように、メディアが自殺に与える影響については、メディアによる自殺の惹起に関するエビ デンスが多い。特に有名人の自殺報道や自殺の手段の詳細な報道については、その内容が直接的に自殺 を惹起させる可能性が高い。一方でメディアの自殺予防効果についてエビデンスは少ない。 従来、研究者は、メディアの自殺への否定的効果にのみ関心を奪われがちであるが、自殺予防の観点か らは、今後、メディアのどのような内容が積極的な自殺予防効果をもつかといことについてさらに研究すべき であろう。また「パパゲーノ効果」を肯定するならば、メディアは、自殺の現状や自殺既遂事例を報じるよりも、 自殺念慮を克服した人の事例や苦難の末の成功を、社会構造の他罰的批判よりも社会を前向きに変革す る提案を、もっと報じてもよいのではないだろうか。 メディアは、自殺を考えている苦悩に満ちた人々にとって「魔法の鈴」となり得る可能性を秘めている。また インターネットなどの新たなメディアは、従来にないアウトリーチを持ち、従来自殺予防の射程が届かない人 たちに対しても大きな武器となることが期待される。インターネットの自殺予防への有効活用について、本邦 でもエビデンスとなり得る大規模研究が必要であると思われる。 Ⅳ.まとめ メディアが自殺に与える影響について文献的検討を行い、次のエビデンスが得られた。 1.メディアは、報道内容によって自殺行動の促進効果を持つ。 2.有名人の自殺報道、詳細な自殺手段の報道は群発自殺を惹起する。 3.インターネットは内容によって自殺促進効果と自殺予防効果の両面を持つ。 4.報道内容が自殺念慮を乗り越えた事例の場合、自殺予防効果がある。 そして、メディアの自殺予防効果に関するエビデンスは少なく、今後介入研究を含めさらなる検討が必要だ と考えられた。 Ⅴ.引用文献 1)高橋祥友:インターネットと自殺: 精神科治療学. 2016; 21(12): 1309-1314.

2)Phillips DP: The influence of suggestion on suicide: substantive and theroretical implications of the Werther effect. Am Sociol Rev. 1974; 39 (3): 340-54.

3)高橋 義孝 (翻訳), ゲーテ (著):若きウェルテルの悩み. 新潮文庫, 東京, 1951

4)河西千秋、平安良雄監訳:自殺予防メディア関係者の手引き:日本語版第2版(Mental and Behavioural Disorders, Department of Mental Health, World Health Organization: Preventing suicide : a resource for media professionals. Geneva 2000).

5)Fu KW, Yip PS: Estimating the risk for suicide following the suicide deaths of 3 Asian entertainment celebrities: a meta-analytic approach. J Clin Psychiatry. 2009; 70 (6): 869-78.

6)Stack S: Media coverage as a risk factor in suicide. J Epidemiol Community Health. 2003; 57(4):238-40. 7)Sisask M, Värnik A: Media roles in suicide prevention: a systematic review. Int J Environ Res Public Health. 2012; 9 (1): 123-38.

8)Biddle L, Gunnell D, Owen-Smith A, et al.: Information sources used by the suicidal to inform choice of method. J Affect Disord. 2012; 136 (3): 702-9.

9)Durkee T, Hadlaczky G, Westerlund M, et al.: Internet pathways in suicidality: a review of the evidence. Int J Environ Res Public Health. 2011; 8 (10): 3938-52.

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10)Collings S, Niederkrotenthaler T: Suicide prevention and emergent media: surfing the opportunity. Crisis. 2012; 33 (1): 1-4.

11)van Spijker BA, van Straten A, Kerkhof AJ: The effectiveness of a web-based self-help intervention to reduce suicidal thoughts: a randomized controlled trial. Trials. 2010. 11: 25.

12)Niederkrotenthaler T, Voracek M, Herberth A, Till B, Strauss M, Etzersdorfer E, Eisenwort B, Sonneck G: Role of media reports in completed and prevented suicide: Werther v. Papageno effects. Br J Psychiatry. 2010. 197 (3): 234-43.

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