「e-Japan 戦略」
による e-Learning の普及について
菊 地 俊 一
はじめに
日本は1985年を情報教育元年と位置づけ、情報教育の推進に力を注いで
きたが、その結果近年の情報通信技術(Information Technology: IT)の発達 と普及により、教育現場ではコンピュータを活用する授業(e-learning)が 増えてきている。この背景には2001年に内閣が発表した「e-Japan 戦略」が 大いに影響を及ぼしていると考えられる。「e-Japan 戦略」では2005年度を 完成年度としており、2006年にはこの戦略の総括があらゆる方面でなされ るものと思われる。本稿ではその総括に先立ち、「e-Japan 戦略」から今日 までの日本国政府の動向を[1]で整理し、大学現場での動向を[2]で、 今後の展望と大学への提言を[3]で述べることにする。 [1]政府の動向 2000年7月に森喜朗政権の下、「情報通信技術(IT)戦略本部」が内閣に 設置され、20名の有識者から成る「IT 戦略会議」が発足した。以来6回に 渡る会議を経て「IT 基本戦略」がまとめられ、同年の第150回国会において 「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法」、いわゆる「IT 基本法」が制 定され、翌2001年1月6日に施行された。これを受け IT 戦略本部では、国 家として初の IT 戦略となる「e-Japan 戦略」を2001年1月22日に発表した。 その後「e-Japan 戦略」に基づいた具体的な行動計画として「e-Japan 重点 計画」が2001年3月29日に策定され、220に及ぶ施策が実施に移された。森 ― 33 ―
政権の後を継いだ小泉政権では2002年度を重点年度と位置づけ、2001年6 月26日に「e-Japan2002プログラム」を策定し、各府省が2002年度の施策に 反映させるべき項目を提示した。
「e-Japan 重点計画」「e-Japan2002プログラム」の成果を評価し、IT 化へ の取り組みをより一層加速させるため2002年6月18日には「e-Japan 重点計 画2002」が策定され、先の「e-Japan 重点計画」で実施できなかった117の項 目に新たに201の項目を加えた318の施策が採り上げられた。 2003年7月2日には「e-Japan 戦略」の改訂版とも言うべき「e-Japan 戦略 II」が発表され、その後は「e-Japan 重点計画2003」「e-Japan 戦略 II 加速化 パッケージ」「e-Japan 重点計画2004」「IT 政策パッケージ2005」が続々と 発表され、今日に至っている。「e-Japan 戦略」に関わるこれらの一連の政 策を以下で概説したい。1 [1‐1]「e-Japan 戦略」 以下はこの戦略の序文である。 「我が国は、21世紀を迎え、すべての国民が情報通信技術(IT)を積極的に 活用し、かつその恩恵を最大限に享受できる知識創発型社会の実現に向け て、既存の制度、慣行、権益にしばられず、早急に革命的かつ現実的な対 応を行わなければならない。超高速インターネット網の整備とインター ネット常時接続の早期実現、電子商取引ルールの整備、電子政府の実現、 新時代に向けた人材育成等を通じて、市場原理に基づき民間が最大限に活 力を発揮できる環境を整備し、我が国が5年以内に世界最先端の IT 国家と なることを目指す」(下線は筆者による)。 2001年に発表されたこの戦略は、5年以内に、つまり今年2005年度を一 つの区切りとして動き出したことがわかり、戦略の中で IT 革命の歴史的意 義を「コンピュータや通信技術の急速な発展とともに世界規模で進行する IT革命は、18世紀に英国で始まった産業革命に匹敵する歴史的大転換を社 会にもたらそうとしている」と捉えている。 ― 34 ―
しかしながら、欧州やアジア諸国が IT 基盤の構築を国家戦略として進行 させている中で、日本における IT 革命への取り組みの遅れに政府は危機感 を持っていたことは事実で、「インターネットの普及率は、主要国の中で 最低レベルにあり、アジア・太平洋地域においても決して先進国であると はいえない。また、IT がビジネスや行政にどれほど浸透しているかという 点から見ても、我が国の取り組みは遅れているといわざるを得ない」と指 摘している。 [1‐2]「e-Japan 重点計画」 「e-Japan 戦略」を具体化し、高度情報通信ネットワーク社会の形成のた めに迅速かつ重点的に政府が実施すべき施策をまとめたのが「e-Japan 重点 計画」である。日本において IT 革命が遅れている理由として、「地域通信 事業の事実上の独占による従量制の下での高い通信料金や、インターネッ ト網が音声電話網の上に作られていること、更には各種規制等制度面にも 対応の遅れがあったこと」を指摘し、IT 革命の遅れを「産業革命に対する 各国の対応がその後の国家経済の繁栄を左右したが、同様のことが IT 革命 にも言える。即ち、社会経済構造の変化の速度が極めて速い中での環境整 備の遅れは、将来取り返しのつかない競争力格差を生み出すことにつなが る」と捉え、「e-Japan 戦略」で言及されたものよりさらに強い危機感を示 している。 「e-Japan 重点計画」では、以下に示す5つの分野が設定され、その後の 重点計画においても、この5つの分野を中心に展開することとなった。 (1) 世界最高水準の高度情報通信ネットワークの形成 (2) 教育及び学習の振興並びに人材の育成 (3) 電子商取引等の促進 (4) 行政の情報化及び公共分野における情報通信技術の活用の推進 (5) 高度情報通信ネットワークの安全性及び信頼性の確保 このうち、e-learning の普及の観点から(2)の「教育及び学習の振興並びに ― 35 ―
人材の育成」に注目し、以下[1‐3]で概説したい。 [1‐3]「教育及び学習の振興並びに人材の育成」 「e-Japan 重点計画」が出された2001年当時、小中高等学校における IT 普及状況はパソコン一台あたりの生徒数がアメリカは6人であるのに対し 日本は13人、インターネット接続率に関してはアメリカが95%であるのに 対し日本は57%であり、普及率の低さに加えて十分に活用されている状況 ではなかった。そこで政府は IT の普及、教育、人材育成をテーマに、 「e-Japan重点計画」の中で次の三つの到達目標を設定した。 (1) 2005年のインターネット個人普及率予測値の60%を大幅に上回る ことを目指し、すべての国民の情報リテラシーの向上を図る。 (2) 小中高等学校及び大学等の IT 教育体制を強化するとともに、社会 人全般に対する情報生涯教育の充実を図る。 (3) IT関連の修士、博士号取得者を増加させ、国・大学・民間における 高度な IT 技術者・研究者を確保する。併せて、2005年までに3万人 程度の優秀な外国人人材を受け入れ、米国水準を上回る高度な IT 技 術者・研究者を確保する。 これらの目標を達成するため、より具体的な施策として政府は「学校の IT環境の整備」「IT 教育の充実」「IT 指導力の向上」「教育用コンテンツ の充実」「教育用ポータルサイトの整備」「IT 学習機会の提供」「専門的な 知識又は技術を有する創造的な人材の育成」を設定したが、これらの取り 組みがその後の e-learning の普及を促進したものと思われる。このうち「IT 教育の充実」に関して、政府はさらに以下のように設定しており、小中高 等学校の教育現場における IT 教育の充実と中学・高等学校における外国 語教育への言及がみられる。 ― 36 ―
○「IT 教育の充実」 1)小学校において、2002年度より、「総合的な学習の時間」で情報通信 ネットワークを活用することにより、コンピュータ等に慣れ親しみ、自 由に使いこなせるようにする。 2)中学校において、2002年度より、「総合的な学習の時間」で情報通信 ネットワークを活用するとともに、「情報とコンピュータ」を必修と し、ソフトウェアを用いた基本的な情報の処理やコンピュータを利用し た表現やコミュニケーションができるようにする。 3)高等学校において、2003年度の入学者より、各教科や新たに創設され る「総合的な学習の時間」で情報通信ネットワークを活用するととも に、普通教科「情報」を新設し必修化することにより、コンピュータ等 を活用して自分の考えを表現することなどができるようにする。 4)IT 化に伴い一層重要となってくる外国語について、中学校においては 2002年度から、高等学校においては2003年度の入学者から、授業の中 で、実践的なコミュニケーション能力の育成を図るようにするととも に、コンピュータやインターネットを活用し、学習活動の一層の充実を 図る。また、小学校においても2002年度から、「総合的な学習の時間」の 中で、国際理解教育の一環として、外国語に触れることができるように する。 この方針により、政府の動向が小中高等学校の教育現場に大いに影響を 及ぼすこととなったことがわかる。 [1‐4]「e-Japan2002プログラム」 「e-Japan 戦略」及び「e-Japan 重点計画」を各府省の2002年の施策に反映 する年次プログラムとして「e-Japan2002プログラム」が策定されたが、こ のプログラムには2005年度に実現が予定されている世界最先端の IT 国家 の姿を世界に広く提示するため「e!プロジェクト」を推進することが20億 ― 37 ―
円の予算とともに盛り込まれた。具体的には「e-エアポート」では国際空 港において高速無線 LAN 環境の整備を実施し、「e-オフィス」では多機能 都 市 街 区 に お い て IPv6 に よ る 高 速 イ ン タ ー ネ ッ ト 環 境 を 整 備 し、 「e-ショッピングモール」ではモバイル端末を利用したショッピング空間の創 設を行うこと等があげられており、IT を日常的に活用している日本人だけ でなく、日本への海外からのビジネスマンをも視野に入れていることがわ かる。 このプログラムで重要なことは、「教育及び学習の振興並びに人材の育 成」の項目で「アジア各国において効果的に IT 人材を育成し有効に活用す るとの観点から、アジア共通のスキル標準を踏まえたコンテンツの提供を 行い e-learning の普及を促進する」と定められ、e-learning という文言が一連 の政府文書の中に初めて明言されたことである。 [1‐5]「e-Japan 重点計画2002」 これは2001年3月に策定した「e-Japan 重点計画」の改訂版であり16箇所 について明確化され、教育分野では学校の IT 環境をさらに充実するととも に、小学校から大学までの IT 教育体制を強化し、IT 関連の高度技術者・研 究者を育成し、社会人に対しての情報生涯教育のさらなる充実を目指して いる。 「e-Japan 重点計画」で「IT 教育の充実」と漠然とした文言になっていた 項目が「IT 活用型教育の本格的実施の推進」として位置づけられ、明らか にこれは e-learning の普及を目指したものと解釈される。外国語教育におい てコンピュータを活用することへの言及が以下のようになされ、「e-Japan 戦略」の一連の政府発表文書においては初めてのことであった。 『IT 化に伴い一層重要となってくる外国語について、中学校におい ては2002年度から、高等学校においては2003年度の入学者から、授業 の中で、実践的なコミュニケーション能力の育成を図るようにすると ― 38 ―
ともに、コンピュータやインターネットを活用し、学習活動の一層の 充実を図る。また、小学校においても2002年度から、「総合的な学習の 時間」の中で、国際理解教育の一環として、外国語に触れることがで きるようにする。』 加えて、全国の学校がインターネットを利用した教育を実践するための 支援プロジェクトである「E スクエア・プロジェクト」への言及もみら れ、68のプロジェクトが採択された。さらに、「先進的な実践事例の積極的 な紹介・普及」の観点から新たに以下の項目が採り上げられ、e-learning を全国規模で普及させたい政府の意図がわかる。 ○「先進的な実践事例の積極的な紹介・普及」 1)2003年度までに、インターネットに高速接続された約3,000校のネッ トワークを活かし、教育方法や教育ネットワークの在り方、大規模ネッ トワークの運用維持手法の研究などを行い、先進的な実践事例等をホー ムページを通じて提供し、学校におけるインターネット活用を促進す る。 2)2002年度中に、インターネットフェスティバルを開催し、子どもたち が PC やインターネットに慣れ親しみながら学ぶ様子や海外の学校との 交流の様子等、2005年度の姿を先進的に実現している学校の様子をイン ターネット等を通じて広く一般に紹介する。 3)2006年度までに、学校における ITの有効な活用方法やIT活用能力の的 確な向上を図ることを目的とした先進的な授業実践を支援するととも に、蓄積された実践事例等を広く紹介するプロジェクトを約50件実施す る。 [1‐6]「e-Japan 重点計画2003」 この重点計画で注目されるべきは、それまで漠然と「外国語」とあった ― 39 ―
指摘が「英語」と特定の言語に明確化され、以下のような「英語教育の一 層の充実」という項目が新たに登場したことである。 ○「英語教育の一層の充実」 『IT 化に伴い加速するグローバル化の進展において、国際的共通語とし て一層重要となる英語のコミュニケーション能力の育成のため、2007年度 まで「『英語が使える日本人』の育成のための行動計画」を着実に実施し、 コンピュータやインターネットを活用し、学習活動の充実を図りながら、 基礎的・実践的コミュニケーション能力の育成を図る。』 [1‐7]「e-Japan 重点計画2004」 前述した「英語教育の一層の充実」がこの重点計画でも継続されてい る。注目すべきは「e-Japan 戦略」が教員採用試験にまで及んだことである。 ○「教員採用試験における取組」 「2005年度までに、教員が授業等において必要とされる IT スキル、IT リテラシーに関する知識の向上を図るため、これらに関する内容が、各都 道府県教育委員会等の行う教員採用試験において扱われることを促進する など、必要な措置をとる。」 大学においては、「2005年度までに大学等での情報教育について、産業 界の立場から見た評価を行い、産業界の競争力強化につながる教育を行っ ている事例を IT 戦略本部に報告し、そうした産業界のニーズを満たす教育 を行おうとする大学等の教育機関に対する支援を図る」としている。 さらに、「我が国を含めたアジア諸国が豊かな IT 社会の恩恵を享受し、 新たな発展軸を構築してゆくためには、我が国がリーダーシップを発揮 し、アジアにおけるブロード・バンドの普及と利活用の推進を図る」と し、日本がアジア全体を牽引しようとする政府の意向が色濃く出ている。 ― 40 ―
[1‐8]「IT 政策パッケージ2005」 「世界最先端の IT 国家の実現に向けて」の副題とともに、目標年度であ る2005年2月に発表されたこの政策では、教員の評価や大学入試科目への 言及も採り入れられるようになった。 ○「教員の評価に関し IT 活用能力の観点の導入」 「情報に関する指導の充実を図るため、公立学校の教員の評価に関し IT 活用能力を観点としてとり入れる工夫をすることについて、地方公共団体 の検討を促す。」 ○「大学入試試験における情報科目の導入促進」 『各大学の入学者選抜において、それぞれの特性に応じ、「情報」科目を 導入することを促進するとともに、センター試験への「情報」科目の導入 について、2005年度中に高等学校の履修状況や各大学の入試の実態等を踏 まえつつ、その導入条件の明確化について検討する。』 さらに、生涯学習の観点から「フリーター」という表現が初めて登場 し、「フリーター」と e-learning を結びつけたことは特筆に価する。 ○ 生涯学習の推進 「2005年度中に、フリーター等が、いつでもどこでも手軽に職業能力の 向上ができる e ラーニングを活用した学習支援システムの仕組みの構築を 目指し、実証的なモデル事業を行うとともに、eラーニングに関する情報を 提供する仕組みの整備等を通じ、e ラーニング活用促進のための環境整備 を図る。」 [1‐9]「2006年度以降に向けての布石」 2006年度以降も世界最先端であることを目指して策定されたこの文書で ― 41 ―
は「将来の IT 社会の種をまき、成長の芽となる施策」が中長期的な観点か ら盛り込まれた。このうち、IT 環境の整備においては、IT 化における携帯 電話の優位性に着目し、家庭内のどこにいても、また外出先でも利用でき る世界最先端のユビキタス無線ネットワーク整備を重点にあげ、施策の中 に「ユビキタス」という言葉が多く使用されていることが特徴としてあげ られ、「e-Japan」から「u-Japan」へと移行しようとする政府の意向が読みと れる。また学校教育では、インターネット大学・大学院の設置基準の改定 が施策に盛り込まれ、IT の活用によるバーチャル・ユニバーシティ構想や 高度な遠隔教育をも視野に入れ、これまでの基盤整備の段階からいよいよ IT革命へと進化しようとする躍動感を感じることができる。 [2]大学現場の動向 2005年9月に東京で開催された大学情報化全国大会では、e-learning に関 する102件の実践・研究発表のうち、語学関係は11件と少なかったが、芸 術、法律、医学、経済の領域での興味深い授業実践も紹介された。一般的 に大学の語学教育では、基盤システムを利用した CALL(Computer Assisted Language Learning)が実践されることが多く、バーチャル・リアリティを 活用した高度な「遠隔授業」の導入も試みられている。今後普及すると思 われる「遠隔授業」を考えるに当たり、「遠隔授業」を実施するための大学 設置基準を以下で確認し、法的解釈を明確にしておきたい。 [2‐1]大学設置基準 「授業」及び「卒業要件」に関し、大学設置基準では以下のように規定 している。この規定により、大学生は国の内外を問わず、「遠隔授業」で60 単位まで取得することが可能であることがわかる。 第25条 授業は、講義、演習、実験、実習若しくは実技のいずれかによ り又はこれらの併用により行うものとする。 ― 42 ―
2 大学は、前項の授業を、多様なメディアを高度に利用して、当該授 業を行う教室以外の場所で履修させることができる。 3 大学は、第1項の授業を、外国において履修させることができる。 前項の規定により、多様なメディアを高度に利用して、当該授業を行 う教室以外の場所で履修させる場合についても、同様とする。 第32条 卒業の要件は、大学に4年以上在学し、124単位以上を修得する こととする。 4 第1項の規定により卒業の要件として修得すべき124単位のうち、 第25条第2項の授業の方法により修得する単位数は60単位を超えない ものとする。 [2‐2]「遠隔授業」 文部省に設置された「マルチメディアを活用した21世紀の高等教育の在 り方に関する懇談会」が1996年7月に高等教育の将来構想をまとめた。そ れを受けて翌1997年9月に大学審議会マルチメディア教育部会では「遠隔 授業」に関する提言を行った。「e-Japan 戦略」が発表される以前であった ことを考えると、「遠隔授業」への大学の対応は早かったといえる。21997 年12月18日に出された「『遠隔授業』の大学設置における取扱い等につい て(答申)」では、設置基準上それまで明確にされていなかった「遠隔授 業」の取扱いについて、実施形態及び実施上の配慮点を以下のように定め た。 ○「遠隔授業」の実施形態 (1) 現行の大学設置基準第25条の授業を、隔地の教室、研究室又はこれに 準ずる場所において同時に行うものであること。(同一校舎内の複数の 教室間を結んで行う場合や、送信側には教員のみがいて学生がいない 場合も含む。) ― 43 ―
(2) 多様な通信メディアを利用して、文字、音声、静止画、動画等の多様 な情報を一体的かつ双方向に扱うことができる状態で行われること。 (3) 大学において、直接の対面授業に相当する教育効果を有すると認め たものであること。 ○「遠隔授業」を実施する際に配慮すべき事項 (1) 授業中、教員と学生が互いに映像・音声等によるやりとりを行うこと。 (2) 学生の教員に対する質問の機会を確保すること。 (3) 画面では黒板の文字が見づらい等の状況が予想される場合には、あ らかじめ学生にプリント教材等を準備するなどの工夫をすること。 (4) 「遠隔授業」の受信側の教室等に、必要に応じ、システムの管理・運 営を行う補助員を配置すること。必ずしも、受信側の教室に教員を配置 する必要はないが、必要に応じてティーチング・アシスタント(TA) を配置することも有効である。 (5) メディアの活用により、一度に多くの学生を対象にして授業を行う ことが可能となるが、受講者数が過度に多くならないようにすること。 この答申で『将来的には、マルチメディアの一層の進展により、通学制 と通信制との境界を明確に分け難くなり、情報通信ネットワーク上でのみ 授業を行う、いわゆる「バーチャル・ユニバーシティー」といった全く新 しい形態が出てくることも考えられる』ことがすでに指摘されていること は注目に価する。 [2‐3]「バーチャル・ユニバーシティ」の誕生 政府から出された「2006年度以降の布石」の中で、インターネット大学 ・大学院、いわゆる「バーチャル・ユニバーシティ」への言及が初めてな されたが、メディア教育開発センター(National Institute of Multimedia Edu-cation: NIME)を本部とする「バーチャル・ユニバーシティ研究フォーラ
ム」がすでに2000年4月27日に開催され、次世代型大学システムともいう べき「バーチャル・ユニバーシティ」構想に向けて動き出していた。 「海外と連携するバーチャル・ユニバーシティ」のテーマで開催された第 一回目のフォーラムでは、青山学院大学大学院、中央大学、会津大学、三 重大学での事例が紹介され、 また、「同時双方向、衛星利用、SCS」を テーマとしたものとして、上越教育大学、岐阜大学、東京工業大学での実 践が報告された。「通信制の双方向バーチャル・ユニバーシティ」のテー マでは、北海道情報大学通信教育部におけるメディア授業、及び日本大学 における遠隔授業の実践について報告が行われた。 2000年5月30日に開催された第二回目のフォーラムでは、アメリカ、オ ランダ、イタリアの事例が紹介され、技術的な側面、教育的な側面から日 本で実施する場合の様々な有益な示唆を得ている。これら海外の状況か ら、日本においては通学制と通信制とが区別され、また、非同期の双方向 の授業は単位化できないといった設置基準上の問題が指摘されたが、その 後2001年3月30日に出された「大学設置基準の一部を改正する省令の施行 等について」の通知において、「遠隔授業」に関して「インターネット等の 情報通信技術の進展にかんがみ、従来のものに加え、毎回の授業の実施に 当たって設問解答等による指導を併せ行うものであって、かつ、当該授業 に関する学生の意見の交換の機会が確保されているもので、大学におい て、面接授業に相当する教育効果を有すると認めたものを遠隔授業として 位置付けることとした」と弾力的な運用が可能となった。 日本では2005年4月段階で35大学、8短期大学で通信制教育を実施して いて、受講生の数は約28万人となっている。このうち2003年度に開設した 早稲田大学人間科学部の通信教育課程(eスクール)3では、教科書を読んで レポートを提出するという従来の通信教育ではなく、オンデマンド授業や 衛星通信を利用した遠隔授業を行い、通学制に近いシステムを導入してい る。カリキュラムは基本的に通学制のものに準じ、およそ200科目の授業を 提供している。2003年度に169人の第一期生が入学したが、その8割は社会 ― 45 ―
人であった。自宅でも、職場でも、いつでもどこでも受講できる点は便利 であるが、修了までの四年間の学費は諸経費を含めて約480万円かかるこ とが受講生にとっては経済的負担である。一方、八洲学園大学4では社会 人、主婦を対象に、「一度も登校しなくても、インターネットだけでも卒業 可能」とし、学費は年25万円前後、学士の取得が可能であるとしており、 学費、カリキュラム、教授陣、サポート体制、IT 活用度等において通信制 大学には様々な特徴があることが指摘される。 大学院においては2005年4月段階で19大学で通信制大学院を開設してい る。さらに東北大学、信州大学、日本大学ではいわゆる「インターネット 大学院」による通信制修士課程を設置している。また日本初の完全イン ターネット大学院大学として旭インターネット大学院大学5が2005年6月 に文部科学省において大学設置許可申請が受理され、修士課程、博士課程 について2006年4月の開校を、四年制大学については2008年4月の開校を めざして準備中である。 また、これまでなかった動きとして、大学が単独で e-learning を外部に提 供するのではなく、複数の大学がまとまって教材を配信しようとする Ja-pan OCW(Open Courseware)Alliance6が2005年3月に構築された。これは、 大阪大学、京都大学、東京大学、東京工業大学、早稲田大学、慶応大学が 連合体となり e-learning 教材を外部に配信するもので、各大学からの単位や 学位を取得することはできないが、生涯学習の一環として大学での講義を
受講できるようになっている。しかしながら、すでに2001年からOCWを全
世界に配信しているアメリカのマサチューセッツ工科大学の900コースに
比較すると、Japan OCW Alliance はまだまだ規模が小さく、規模と同時に日 本における大学の閉鎖性が指摘される。
[2‐4]大学の e-learning に関する実態調査
2005年2月14日付で大学でのe-learningに関する実態調査の結果7がNIME から公表された。2003年度に e-learning による授業を実施していると回答し
た大学287校(国立90校、公立7校、私立190校)からのデータ提供に基づく ものである。 NIMEでは「授業科目数、受講者数ともにそれほど多いわけではなく、ま た、提供されている e-learning の中でも、遠隔地での受講が認められている 授業はそれほど多くはない。TA の配置も十分とはいえない。全体的にみて e-learningの実施は、それほど進んでいるとは言えないのが現状である」と 総括している。以下に重要な点をあげる。 (1) 利用されている情報技術 テレビ会議システムを利用した授業を提供している大学が24%、Web コースウェアなどを利用した授業を提供している大学が67%であった。掲 示板、電子メール、チャットといった手段を利用した授業を提供している 大学は61%、ビデオストリーミングの利用は34%であった。大別してテレ ビ会議システムを利用した同期双方向の音声によるコミュニケーション と、Web コースウェアを利用し、非同期一方向のストリーミングビデオの 音声に、掲示板やメール、チャットといった文字によるコミュニケーショ ンの組み合わせ、という2つの方略が使い分けられている。 (2) 基盤システム
基盤システムはプラットフォーム、LMS(Learning Management Sys-tem)とも呼ばれ、6割を越える機関で何らかのシステムが利用されてい る。具体的に、WebCT、Blackboard、WebClass、Moodle その他市販のシス テムが29大学、独自開発のシステムが34大学となっている。また、複数の システムを導入している大学も多く、非常に多様なシステムが存在し、導 入されていることがわかる。 (3) 授業科目数 国立大学では、実施科目数が少ない機関が多く、3科目以下での実施が ― 47 ―
82%を占めている。一方、私立大学は、3科目以下の実施である機関も 41%存在するが、14科目以上を実施している機関も2 3%存在しており、e-learningを大規模に実施しているのは、私立大学であることがわかる。 (4) 遠隔地での受講 提供されている e-learning は遠隔地での受講がどの程度認められている のかに関して、「遠隔地での受講のみによって単位が認定される授業がす べてである」といった大学の割合は3割程度であった。「すべての授業で 遠隔地での受講はできない」とする大学の割合も3割近く存在しており、 現実的には e-learning だけで単位を授与する授業はそれほど多いわけでは ないことが指摘されている。 (5) 成績評価 成績評価の方法として、国立の9割近く、私立の8割近くの大学がレ ポートの提出を課しており、教室でのテストは、国立の3割、私立の5割 が実施している。一方、ネット上でテストを行う場合は、第三者の立合な しの方が多い。「こうした場合に、認証システムをどのようにしているか は不明であるが、レポート提出などと組み合わせ、複数の方法を併用して 実施していると考えられる」と NIME は判断している。その他の方法とし ては、SCS による大学間でのディベートやチャットの発言数、掲示板への 書込み回数と内容、ウェブ上で公開された作品、成果の発表会やプレゼン テーションなどを評価の対象としている。 (6) 学外、海外での展開 各大学で作成した e-learning 教材や授業ビデオなどを学外や海外に配信 しているかどうかに関して、国内他大学との単位互換を実施しているのは 3.5%と低く、海外に向けて配信している大学はわずかに2%であった。こ の結果に対し NIME は「今後、実施する機関が増加するとは考えにくい。 ― 48 ―
とくに我が国の大学は、e-learning の実施に関して海外に目が向いていると は言えない状況である」(下線は筆者による)と指摘している。 なぜ国際展開ができないのか、その理由として「IT 機器・ソフトの運用能 力とともに、英語力不足」があげられ、他に「海外の大学が行っている e -learningの実態調査をまず把握することが大切」「どのような科目、内容 の授業が必要とされているかのニーズ調査が必要」「文学・歴史など日本 独自のコンテンツを充実させることが必要」「システム整備とその予算措 置並びにスキルを持った人材の適性配置」等、語学の問題から組織の問題 まで、課題が多いことが明らかになった。 (7) 質の向上対策 e-learning授業に関して、もっともよく実施されているのは、「学生によ る授業評価アンケートの実施」であり、「学生からのアクセス量に対応で きる大学側の通信帯域と設備の用意」といったハード面での整備や「取り 組み全体を調整する学内組織の設置」といった学内の組織作りがあげられ る。一方で、「e-learning のみを担当する専任の教職員の配置」に対して 97.6%の大学では実施しておらず、「e-learning を担当する教員への報酬な どでの優遇措置」に対しても98%の大学では実施していない。こうした取 り組みに日本の大学が消極的であることに対して、NIME では「現段階で 実施されている e-learning の多くが対面授業との補完関係にあることと多 いに関係がある」とみている。 (8) 実施上の課題 e-learning授業を実施するうえで、82.6%の大学から「教材作成やシステ ム運用のための予算が十分にない」ことがあげられ、特に国立の機関でそ の傾向は強い。課題はさらに「著作権の処理」、「教員や TA のスキル不足」 と続いている。一方、私立大学では「教材内容や評価方法などの規範につ いての部局内での合意形成が困難」「科目の履修や単位の発行について従 ― 49 ―
来の教務事務との連携が困難」であることを課題としており、その数は国 立大学よりも多い。 これらをまとめて NIME では「ハード面での不安はなく、学生のニーズ があり、かつ e-learning による学習も十分可能ととらえられているにも関わ らず、これまでとは異なる学習形態に対応するだけの、教員や TA のスキ ル、組織体制、著作権処理を含めた新たな課題に対応するしくみづくりが 不十分であることが、e-learning の推進がすすまぬ原因である」と分析して いる。さらに「e-learning のみを担当する専任の教職員の配置がほとんど視 野にいれられていない状況にあっては、すでに組織されている学内組織を どのように活用していくかが課題となってくるだろうが、新たに発生する 課題に、現状のマンパワーのままでどこまで対応できるか問題は多い」と 指摘している(下線は筆者による)。 [3]今後の展望 Rogers(1983)は、新しい技術や製品がどのように社会に普及していく
かのプロセスにおいてInnovators(2.5%)、Opinion Leaders(13.5%)、Early Majority(34%)、Late Majority(34%)、Laggards(16%)の5つのグループ が関与するとし、Innovators と Opinion Leaders を合わせた16%の人々がその
後の普及に大きな影響を及ぼすことを指摘している(p.243)。日本の大学 における e-learning は「バーチャル・ユニバーシティ」に代表される華々し い将来構想はあるとは言え、e-learning の導入と学力向上との関連を示した 科学的なデータに乏しく8、CALL を基盤とした日々の授業において Rogers のいう Opinion Leaders に相当する大学教員の間でも賛否両論あるのが現実 であると言える。 [3‐1]「e-Japan」から「u-Japan」への移行 2005年度が一連の「e-Japan 戦略」の完成年度であるとはいえ、これはあ くまで「e-Japan 戦略」における第一次の完成年度であり、2006年度以降も ― 50 ―
さらに加速、発展していくものでなければならない。こうした中で政府は 「e-Japan」を受け継ぐものとして「u-Japan」(ubiquitous net Japan)に関する 構想を2004年9月10日に発表した。「u-Japan 構想」では以下の四つの大き な重点項目があり2010年度までの実現をめざしている。 (1) いつでもどこでも快適なネット利用ができる社会の実現 (2) 新ビジネスや新サービスが次々に生まれる社会の実現 (3) 誰もが安心・安全に暮らせる社会の実現 (4) 個の活力が湧き上がる社会の実現 今後、社会は「e-Japan」から「u-Japan」へと移行し、大学教育だけでなく、 生涯教育の観点からも「ユビキタス」の概念はより重要なものとなってく ることは明らかである。 [3‐2]生涯教育と e-learning 「生涯教育」という概念はユネスコの成人教育に関する会議で1965年に 初めて採り上げられ、日本では1981年の中央教育審議会(中教審)の答申 「生涯教育について」において初めて公に採り上げられた。そこでは「人々 は、自己の充実・啓発や生活の向上のため、適切かつ豊かな学習の機会を 求めている。これらの学習は、各人が自発的意思に基づいて行うことを基 本とするものであり、必要に応じ、自己に適した手段・方法は、これを自 ら選んで、生涯を通じて行うものである。この意味では、これを生涯学習 と呼ぶのがふさわしい。この生涯学習のために、自ら学習する意欲と能力 を養い、社会の様々な教育機能を相互の関連性を考慮しつつ総合的に整備 ・充実しようとするのが生涯教育の考え方である」としている。 2004年3月29日に中教審から出された「今後の生涯学習の振興方策につ いて」では、近年の社会の変化として「フリーター等の増加と失業等」「家 庭の教育力の低下」「地域の教育力の低下」等があげられ、今後の生涯学 ― 51 ―
習振興の観点から『高等学校段階を終了した後での入学留保制度の導入、 海外留学、ボランティア休学、労働体験、社会体験などの「自分探し」や、 進路の試行錯誤をすることが許容される社会づくりと、学歴社会から学習 歴社会への移行が必要である』ことが指摘されている。さらに不登校の児 童・生徒や高校中退者、フリーター等の再教育の場として「今後、情報化 が進む中で、学び直しの手段として、対面による教育のほか、インター ネットや、テレビ等のメディアを活用した教育も重視することが必要と考 えられる」と生涯教育における e-learning の推進に言及している。 [3‐3]大学英語教育と e-learning 一般的に大学での英語教育は1、2年生が教養課程で学ぶ「一般英語 (English for General Purposes: EGP)」と3、4年生が専門課程で学ぶ「専門 英語(English for Specific Purposes: ESP)」とに大別される。e-learning と密接 に関連があると思われるのは、十分な基礎力がないまま大学に入学してく る学生への補習、いわゆる「リメディアル教育」としての e-learning と、 EGPから ESP への橋渡し的な e-learning の二つである。前者は大学入学が決 定した高校3年次から大学に入学するまでに受講させるか、大学に入学し てからも大学の授業と平行しながら1年次に受講させることが考えられ る。後者は大学2年次、3年次の受講が考えられる。 1998年10月26日の大学審議会答申では『大学は、従来の「現在大学で補 習教育を行っている内容は、本来高等学校が行うべきである」という大学 中心の考え方から、「高等学校の教育内容が多様化していることを前提と して履修歴の多様な高等学校卒業生を受け入れる以上は、大学の教育も当 然その変化に対応した内容に変わるべきである」という初等中等教育の現 状を見渡した考え方へ発想を転換することが必要である』とし、具体的に は、「各大学において、高等学校教育の動向や学生の実態を踏まえ、大学教 育への円滑な移行を図るために、入学前に学生が学習しておくべき内容に 関する積極的な情報提供に努め、高等学校の生徒の適切な学習選択を支援 ― 52 ―
することが重要である」と、「リメディアル教育」への言及がみられる。 2001年度に文部省から出された補習授業に関する調査9では、国立大学の 79.4%、公立大学の66.7%、私立大学の68.5%が入学時の補習を実施して いる(回答数は国立89校、公立41校、私立337校)。また専門課程への導入 としては国立の38.1%、公立の32.8%、私立の30.4%が補習を実施してい る。未履修教科として実施率が高いのは物理、生物、数学の順であり、学 力不足型の教科としては英語、数学、化学、物理の順である。 大学における「リメディアル教育」は2004年9月に東京で開催された大 学情報化全国大会においても採り上げられ、2005年3月にはメディア教育 開発センター教授の小野博氏を会長に日本リメディアル教育学会が誕生 し、リメディアル教育における e-learning の可能性を探求している。 こうした補習的な活用の一方で、かなり高度な e-learning の活用も実践さ れていくものと思われる。e-learning 関連の文献では IT という用語が ICT (Information and Communication Technology)という用語に代わりつつあ る。これまでインターネットの活用は一方的に情報を入手するだけであっ たが、今後は入手した情報を整理・分析し、情報発信源との電子メール交 換やテレビ会議等によりさらに関連情報を入手し、相手とのコミュニケー ションを円滑かつ戦略的に行える発信型の人材の育成に大いに関与するよ うになる。そうした活動では国境を越えた相手との協同作業を必須とする プロジェクト型授業が主流となり、外国語を流暢に話すよりは、むしろい かに相手と協調して作業ができるかが大事な能力となり、アメリカ教育省 が西暦2020年の社会への展望として記した Visions2020ではこれからの社 会は Communication fluency よりも Collaboration fluency が要求されることを 指摘している。
[3‐4]経営戦略としての e-learning
一連の「e-Japan 戦略」の流れにおいて文部科学省では「現代的教育ニー ズ取り組み支援プログラム(現代 GP)」として「IT を活用した実践的遠隔
教育(e-learning)」を採り上げ、教育現場での e-learning の実践、普及を奨 励している。 外国語大学系だけでみると京都外国語短期大学では2004年度からリメ ディアル教育を実施している。2005年度は e-learning によるリメディアル教 材を開発し、チュートリアルクラスによる個別学習指導を実施し、「英語 が使える日本人」の育成に結びつけようとする計画があり、こうした一連 のプロジェクトが評価され、2004年度に現代 GP として採択された10。神田 外語大学では能力や学習スタイルなどの学生の個人差に本格的に対応する ための学習支援システムとして、11言語・15チャンネルの海外放送の受信 施設を備えたセンターを設けている。この施設の他にも英語による密度の 高い双方向コミュニケーションを実現する多機能教室のエリアを設けてい て、IT を活用した実践計画として2003年度に現代GPに採択された。大阪外 国 語 大 学 で は 専 攻 語 と し て 学 ぶ こ と が で き る24の 言 語 の う ち、ヒ ン ディー、ウルドゥー、トルコ、ロシア、ドイツ、スペインの6つの専攻語 を e-learning で提供している。 こうした大学内部の活性化に加えて、増えつつある NEET、フリーター 等を対象とした再教育の場を大学が e-learning で提供できるかどうかも生 涯学習の観点から大事な視点である。経済産業省はいくつかの企業団体に 呼びかけ、2005年10月14日から「草の根 e ラーニング・システム」を試験的 に導入し、NEET、フリーター等の再教育の場となり得るかどうかを模索 し始める。また、文部科学省は不登校、ひきこもりの児童、生徒に対し、 電子メールやファックス等の IT を活用した学習活動を行った場合、構造改 革特区制度として申請している1県6市でのみ「出席扱い」にしてきた が、2005年6月にはすべての学校で「出席扱い」にできる旨決定し、児童、 生徒が在宅のままでも授業に出席した扱いを受けられるようになった。大 学で開発した e-learning 教材を積極的に小中高等学校に配信し、活用しても らうことで、大学の存在価値を示す好機となり得るはずである。 海外に留学している学生のケアもまた重要な外部配信である。留学して ― 54 ―
も母校での卒業が遅れることがないようなシステムを構築するために、そ の一助として母校での授業を e-learning による「遠隔授業」で受講させるこ とも考えられる。携帯電話の機能が進化し、日本で購入した携帯電話が海 外でもテレビ放送を受信できるようになりつつある。パソコンがなくても 携帯電話を e-learning の端末とすることが十分可能である。 学生による授業評価の実施、授業シラバスの公表、ファカルティ・ディ ベロプメントの充実等、大学が自己点検を公正に行っているかどうかが社 会から厳しく評価される時代である。「リメディアル教育」や留学生への 配慮といった大学内部に向けての努力に加えて、e-learning による生涯教育 の場の提供者として社会に貢献できるかどうかが、今後の大学の経営戦略 として重要になっていくものと思われる。そのためには、時代を先取りし た e-learning システムを構築し、魅力ある教材を開発し、小中高等学校の教 育機関のみならず、広く地域社会へとその教材を開放することによって大 学の閉鎖性を解くことが必要である。 おわりに 習得した知識が陳腐化し、半分しか使えなくなる期間を「知識の半減期」 と言うが、清水(2005)によれば、土木建築系で15年、工学系で8年であ るのに対し、情報教育系の「知識の半減期」は3年半と短い。こうした急 激な変化に追いつくための自己研修をする一方で、e-learning のことを考え れば考えるほど、伝統的な対面授業との比較において、教師としてのジレ ンマと闘わなければならない。「出席とは何か」「授業とは何か」「学校と は 何 か」「コ ン ピ ュ ー タ が ど こ ま で 人 間 教 師 の 代 わ り に な れ る の か」 「NEET、不登校対策としてコンピュータの活用が奨励されるようになった とはいえ、こうした人々こそ機械ではなく、血の通った人間との交流が必 要なのではないのか」、そして究極的には「教育とは何か」という教師存在 の根幹に関わる哲学的な大きなテーマへの自問である。イギリスで2003年 9月から始まった e-University Project はわずか半年で中止となった。教育の ― 55 ―
すべてをコンピュータでできると思い込み、テクノロジー威力を過信した ことによる失敗であった。コンピュータは決して万能ではない。e-learning の導入に当たっては、コンピュータを利用した方が効果的である教育活動 を精選したうえで、対面授業の良さも取り入れるべきである。 インターネットによる「遠隔教育」が今後さらに日本で普及すれば、通 学制と通信制との垣根がなくなり、「キャンパス」という概念が薄れ、たと えば教養科目に関しては A 大学の授業を、専攻科目に関しては B 大学の授 業を、教職科目は C 大学の授業を、といった具合に、自宅にいながらより 優れた複数の大学から単位を取得し、その累積により大学を卒業すること も可能となっていくであろう。こうした傾向が強くなるにつれ、受講生を 満足させる授業を提供できるかどうかが、社会一般からの重要な評価項目 となり、「知」の提供者としての大学の質が問われることになる。 高等学校における新学習指導要領で学んだ学生が2006年度から大学に入 学してくる。高校卒業単位が80単位以上から74単位以上となり、必修科目 数も減少した。完全週休二日制が導入され、学力低下に加えて、基本的な 生活習慣が身についているかどうかも不安である。さらには少子化による 18歳人口の減少により大学への志願者総数が合格者総数と並ぶ、いわゆる 「大学全入時代」が2007年度にやってくる。こうした現実を踏まえ、学生ひ とりひとりを大切にした魅力ある大学経営の観点から e-learning の可能性 を再考し、カリキュラム上で導入すべき箇所には導入してみる価値がある ものと考える。 注 1)http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/ で読むことができる。 2)1991年にテレクラス・インターナショナル・ジャパンを設立した高木洋子氏 は1987年に Teleclass の名称で国際的な遠隔教育の活動を行っていた。 3)http://e-school.human.waseda.ac.jp/# 4)http://study.jp/univ/yashima/index.asp ― 56 ―
5)http://www.soumu.go.jp/s-news/2005/pdf/050628_3_2.pdf 6)http://www.jocw.jp/ 7)http://www.nime.ac.jp/∼itsurvey/pub/e-learning/2004/index.html 8)仮想空間における3D-IES を活用した九州大学と北海道大学の遠隔地共同授 業では、対面授業よりも e-learning による授業の方が英語力の向上があった ことが報告されている。http://www.3d-ies.com/report/ronbun.html 9)http://benesse.jp/berd/center/open/dai/between/2001/0708/bet17618.html 10)名古屋外国語大学現代国際学部では2004年度に「仕事で英語が使える日本人 の育成」の部門で現代 GP に採択された。 参考・引用文献 清水康敬(2005)「教育目標から発送するツール開発」『BERD』Benesse 教育開 発センター No.1, 10-18.
Rogers, Everett. (1983). Diffusion of innovations (3rded.). New York, NY: The Free Press.
Abstract
The e-learning Diffusion in the Context of the e-Japan Strategy
Toshikazu KIKUCHI
This article aims to analyze a series of official reports announced by the Japanese gov-ernment since 2001 with regard to the use of information technologies and reveal how these reports have affected the diffusion of e-learning in Japan. In Chapter 1, the “e-Japan strat-egy”, which is a strategy to make Japan the most advanced IT country in the world by 2005, is discussed with several other related strategies in terms of e-learning. In Chapter 2, the re-sults of a questionnaire conducted by the National Institute of Multimedia Education on e -learning are introduced and the possibilities of distance learning and virtual universities in Japan are discussed. It is pointed out in Chapter 3 that after this stage of e-Japan strategy, the next step will be the achievement of the ubiquitous network environment. The author stresses that it is time for school administrators as well as teachers to consider e-learning as a means of instruction and proposes that efforts should be made to provide both on and off campus students with attractive e-learning courses to survive in the keen competition.