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要旨 分析目的と調査方法 ⑴ 分析目的 Traditional Variety TV High Yield Variety HYV

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ラオス・アタプー県オイ族の伝統的米作りの変容過程

小林正史・外山政子・北野博司

(北陸学院大学・甲セオリツ研究所・東北芸術工科大学) 要旨  ラオス南東部のアタプー県に住む少数民族オイ 族・チョンプイ村の「伝統的品種を主体とした米 作り」について、ラオ族との違いやこの5年間の 時間的変化を検討した結果、以下の点が明らかと なった。  まず、水田稲作の生産性は、①各世帯が保有す る水田は小規模である、②各世帯が保有する複数 の水田区画が分散している、③多収穫品種と化学 肥料を用いない、などの点で単収と米収量が低く、 米を自給できない世帯が過半数を占める。次に、 この5年間で耕作方法(水牛からトラクターへ)、 脱穀方法(足踏み方式から脱穀機へ)、精米方法(臼 杵から精米機へ)の機械化が急速に進行した結果、 農作業の手間が大幅に軽減されたが、生産性と収 量の増加には結び付いていない。また、播種方法 (田植えから直播へ)と収穫方法(収穫ナイフか ら鎌へ)の変化も、農作業の手間の軽 減が主目的 である。第三に、上述の農作業の手間の軽減は、 コーヒーなどのプランテーションでの賃金労働の 増加と結び付いている。最後に、米収量の増加に 結び付く「多収穫品種と化学肥料・農薬の組み合 わせ」の導入に積極的でない理由の一つとして、 水田漁業(ルンパによる養殖を含む)の重視があ げられる。  以上のように、チョンプイ村における農業の近 代化は、米収量の増加を目指すというよりは、「伝 統的・自給的な米作りと水田漁業」を維持しつつ、 資本主義経済の導入(生活機器や農業機械の購入) に対応して「賃金労働や商品作物栽培による現金 収入」を確保する、という多角的な生業形態の構 築を目的としていることが示された。 キーワード: ラオス、オイ族、米作り、伝統的品 種と多収穫品種、 水田漁業、 賃金労働 1.分析目的と調査方法 ⑴ 分析目的  本稿の目的は、ラオス南東部に居住するオイ族 の集落間やオイ族とラオ族の間で伝統的農業を比 較することにより、物質文化の違いを生み出した 背景を解明することである。  オイ族の伝統的農業では、多様な伝統的米品種 の使い分け(小林・外山・北野 2016)を基軸と して、自然灌漑による水田区画、 水牛・牛による 耕作(および肥料としての牛糞の供給)、押切式 収穫ナイフによる稲刈り、足踏み法による脱穀、 臼杵と踏み臼を併用する精米、水田に掘られたル ンパと呼ばれる乾季漁撈施設、などの道具・施設 が相互に深く関連しつつ組み合っている(小林・ 外山 2015)。これらのうち、押切式の収穫ナイフ や「ルンパを用いた水田漁撈」はオイ族のみにみ られる独自の技術である。本稿では、これらの技 術的特徴を詳細に検討する余裕はないが、上述の 伝統的な道具・施設の機能的結び付きを明らかに する点で、物質文化研究の裾野を広げることが期 待される。  一方、オイ族においても、近年、市場経済との 関わりが強まるにつれて、自給的な伝統的農業か ら の 変 化 が み ら れ る。 伝 統 的 品 種(Traditional Variety、以下、TV と記述)を用いる伝統的農業 は自給に重点を置くのに対し、近代的農業では、 多収穫品種(High Yield Variety、以下、HYV と記 述)の導入が化学肥料・農薬・種籾の導入、灌漑 の整備、農作業(耕作、収穫、脱穀)の機械化と パッケージとなっているので、これらの購入コス トを賄うため米の生産性を高めて販売する必要性 が高まる。  ラオスや東北タイの伝統的農業については、ラ オス北部 (焼畑と水田の組み合わせ、 園江 2006)、 ラ オ ス 中 部 の ビ エ ン チ ャ ン 平 野( 足 立 ほ か 2010)、ラオス南部のサワナケット平野(横山・

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஁ढԖ႕ ஁ढԖ႕ ஁ढԖ႕ ஁ढԖ႕ ஁ढԖ႕ ஁ढԖ႕ ஁ढԖ႕ ஁ढԖ႕ ஁ढԖ႕ ஁ढԖ႕ ஁ढԖ႕ ஁ढԖ႕ ஁ढԖ႕ ஁ढԖ႕ ஁ढԖ႕ ஁ढԖ႕ ஁ढԖ႕ Sekon river Don Tai

Ban Intee new

Jed San Ban Nok Ban Kao Ban Intee old

Road 18

Banana and sugarcane plantation

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Bolaven Plataeu South Rim

ᴮkm ᴭ ɮʽʐɭర ɵʽర ʋʱʽʡɮర ʡɮర 図1 インティ村・チョンプイ村・プイ村・カン村の地図(矢印は水田の傾斜方向) 落合 2008)、東北タイ(福井 1988、宮川 2005、 星川 2009)、などにおいて詳細な調査が行われ、 多数の報告があるが、アタプー地域では調査・報 告例は少ない(例外として、Fujimura and Inaoka 2015など)。  本稿では、ウルチ米を主食とするオイ族とモチ 米を主食とするラオ族の米作りについて、アタプ ー県チョンプイ Chompui 村における過去5年間 の時間的変化の分析を行う。また、この分析と並 行して、以下の観点から地域間の比較を行う(図 1)。第一は、アタプー県において隣接する「ウ ルチ米を主食とするオイ族」(チョンプイ村とイ ンティ村)と「モチ米を主食とするラオ族」(プ イ村)の比較である。第二は、オイ族の中での水 条件の異なる集落間の比較である。最後は、モチ 米文化圏の周辺地域であるアタプー県とラオスの 穀倉地帯であるサワナケット県(ラオ族のブクド ン村)の比較である。これらの比較を通して、米 作り技術(物質文化)の違いを生み出した環境要 因を明らかにする。 ⑵ 調査方法  オイ族はアタプー県南部のボーラベン高原南麓 に居住する少数民族である。ボーラベン高原から の自然流水灌漑が得られるため、ラオスの主体を 占めるラオ族が悪条件に強いモチ米を主食とする のに対し、ウルチ米を主食としている。チョンプ イ村はオイ族の十数村の一つであり、世帯数約 120、人口約500人と小規模な村に属する。50年 ほど前まで、チョンプイ村は、両隣のカン村、イ ンティ村(現在、世帯数約500、人口約2000人) と共にボーラベン高原の南斜面(図1の Don Tai) に居住し、山麓の水田に通う生活をしていたが、 ベトナム戦争終了後の1978年に政府の指導によ り現在の低地に移動した。チョンプイ村は、この 移住当初からの居住域であるバンカオ地区(現在 約25世帯)、その後の人口増加に伴い分家したバ ンノック地区(現在約70世帯)、2010年の大規模 水害の復興支援として設立されたジェッドサン地 区(十数世帯)の3地区から構成される(図1)。   チ ョ ン プ イ 村 で は2011年 乾 季( 1 ∼ 2 月 )、 2012年乾季(2∼3月)、2015年雨季(8∼9月) の3シーズンにおいて、食文化、農業、土器作り についての調査を行った。2015年雨季の調査で はチョンプイ村の食文化と農業の調査に重点をお いたが、隣接するラオ族のプイ Pui 村とラオス中 部サワナケット県のブクドン BukDong 村(ラオ 族)においても、ほぼ共通した記録用紙を用いて 聞き取り調査を行った。また、チョンプイ村の西 隣のインティIntee 村の米作りについては、藤村 美穂氏らが調査した2010年のデータ(142世帯を 対象)を使わせていただいた。農業と食文化の調 査方法は、①集落間でほぼ共通した内容の調査用

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H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H Ban Kao Ban Kao ٥Ԗ ٥Ԗ ٥Ԗ ٥Ԗ Ban Nok 地区への道 Jed San Jed San Bolaven Plataeu South Rim 凡例 実線: 自然流路 破線: 集落と水田の境界 点線: 集落内の道 ● : ルンパ H__: 所有世帯 no 斜線: 高位水田 灰色: Intee 村の所有 200m 㧚 図2 チョンプイ村北側・ナナイ地区の水田筆図 紙による聞き取り、②水田の筆調査(水田区画ご とに所有者、作付け品種、種籾量、収量、水の流 れ、ルンパやトラップなどの水田漁業施設、など を記録)や調理観察などの参与観察、③自由聞き 取りとフォーカス・グループ・インタビュー、な どから構成される。詳細は小林・外山(2015)、 小林ほか(2016)を参照されたい。 2.米の自給程度 ⑴ 水田の保有状況  世帯ごとの水田保有状況と米生産量を検討した 後、「米の売買」と「年間米消費量と米生産量の 比率」の2面から米の自給度を検討する。  世帯当たりの平均水田保有面積は、インティ村 は2.4ha(藤村氏らによる2010年調査データ、142 世帯)、サワナケット県ブクドン村は約2.7ha(約 120世帯が324ha 保有)なのに対し、チョンプイ 村(記録が得られた32世帯)は0.61ha に過ぎない。 なお、東北タイの211万世帯の平均 水 田 面 積 は2.6ha で あ り( 福 井 1988)、ラオスの穀倉地帯(メコン 川流域のサワナケット平原)の世帯 平均値と大差ない。  このように、チョンプイ村のみ各 世帯で保有する平均水田面積が小さ い理由として、米作りが可能な「ボ ーラベン高原の山裾からセコン川自 然堤防までの地域」が他の村よりも 幅が狭いことに加えて(図1)、以 下のように、他村への水田の売却が 多いことがあげられる。  チョンプイ村の水田は旧集落バン カオの北側のナナイ地区(ボーラベ ン高原からの自然流水灌漑が得られ る)と分家集落バンノックの両側に 広がるナノック地区(自然灌漑の水 条件が劣る)から構成される。まず、 ナナイ地区では、チョンプイ村の水 田は隣接するインティ村、カン村の 水田と複雑に入り組んでおり、村間 の境界を明確に線引きできない(図 2)。これは、チョンプイ村民が周 囲の村の住民に水田を売却した結果 である。水田の筆調査において所有 世帯を特定したナナイ地区の水田(全体のうちの 約130区画のみ)は、約半数が西隣のインティ村 民の所有だった(図2の網かけ部分)。また、バ ンカオ南の谷水田(54区画全てを特定)でさえ、 約2割がインティ村の所有である。これらの多く は比較的近年にインティ村に売却されたと推定さ れる。一方、インティ村の領域内に水田を保有す るチョンプイ世帯は非常に少ない(対象とした 50世帯で2区画程度のみ)。  また、分家したバンノック地区の世帯が保有す る水田の多くはナナイ地区にある。すなわち、バ ンノック地区のナノック水田のかなりの部分が隣 接するインティ村の所有になっている。このよう に、集落規模が大きいインティ村では、人口の増 加に伴いチョンプイ村の水田を積極的に購入し、 米生産の拡大を図っているのに対し、チョンプイ 村ではナナイ地区・ナノック地区ともに、多くの 水田が売却されている。

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% % % % % % ブクドン村 (hh) プイ村 () インティ村 () チョンプイ村 () チョンプイ村 (hh) 袋未 袋- - - - 袋以上 図3 米生産量の村間比較 ( )内の数字は調査対象世帯数。以下の図でも同様  チョンプイ村の周囲では天水田にでき る土地の多くはすでに水田化されている ので、水田面積の大幅な増加は期待でき ない。バンカオ地区の東側の放牧地は埋 葬林となっている。また、バンノック地 区の東側と西側には比較的広い面積の放 牧地・林が存在するが、現水田面からの 比高が高いため、周囲の水田から田越し で水を融通することは難しい。よって、 チョンプイ村では水田を拡大するために は、コストがかかる灌漑設備を導入する 必要がある。水田面積の拡大が難しい点 はインティ村でも同様であるが、上述の ように、インティ村ではチョンプイ村の水田を積 極的に購入することにより米生産量の増加を図っ ている。 ⑵ 米生産量と単収の村間比較  農業調査を行った世帯(チョンプイ村は50世 帯、プイ村とブクドン村は各20世帯、インティ 村は、藤村氏らの調査による2010年調査の142世 帯)を対象として、世帯ごとの米収量を集計した。 世帯ごとの米生産量(殻付き籾35kg が入る袋の 数。20袋刻み)の組成グラフ(図3)をみると、 チョンプイ村(2011年は平均27袋、約0.95トン、 2014年34.3袋、1.2トン)、プイ村(世帯間のばら つきが大きいが、平均値は2013年49.6袋、2014 年51.1袋)、ブクドン村(平均値は59.7袋、約2.1 トン)、インティ村(平均値は66袋、約2.3トン) の順に世帯の平均収量が高くなる。このようにチ ョンプイ世帯の米生産量はインティ村やブクドン 村の半分以下なのは、上述のように、各世帯の水 田面積が小さいことが主な理由である。  東北タイ・ドンデーン村において、作付けに必 要な種籾量と食用米の量を調査した例では、平均 的な世帯(家族5人、 水田2.8ha)では年間1880kg (35kg 入りで54袋)の籾が必要と報告されている (宮川 2005)。この基準では、チョンプイ村は米 を自給できていないといえる。なお、チョンプイ 村の米生産量を2011年(23世帯を対象)と2014 年(50世帯を対象)の間で比べると、2014年の 方が「80袋以上」の比率がやや高く、「40袋未満」 の比率がやや低いが、対象世帯数が異なる点を考 慮すると、大差はない(図3)。  1ha 当りの平均収量は、2010年のインティ村 では約1トンである(藤村氏らの調査)。チョン プイ村では集計していないが、インティ村と同程 度かそれ以下と思われる。これらの値は、ラオス 北 部 ウ ド ン サ イ 県( 水 田 で3.1ト ン、 松 田 ほ か 2003)、ラオス全体(2.7トン、冨田 2010)、カン ボジア(約2トン、石川 2008)、1980年代前半 の中部タイ(2.25トン、福井 1988)に比べて半 分以下であり、1980年代の東北タイの値(1.2トン、 福井 1988)に近い。インティ・チョンプイ村と 1980年代の東北タイにおいて単収が低いのは、 多収穫品種と化学肥料の組み合わせが普及してい なかったことが背景にあると思われる。このよう に、チョンプイ村の水田稲作は、水田保有面積が 小さいため収量が低いのみならず、単収も他地域 よりも低いといえる。 ⑶ 米の売却と購入  チョンプイ村、プイ村、ブクドン村の各世帯に おいて、「2014年から2015年8月(収穫以前)ま での期間における米を売却、購入、贈与(主とし て親族間)」について聞き取りした。米を生産し ていない世帯(賃金労働を主生業とする世帯)が 各村で1∼2世帯存在するが、これらは集計から 除外した。販売した米の量は袋数で記録できたの に対し、購入については複数回に分けて買うこと が多いため袋数で記録することは難しかった。そ こで、「何月(=収穫の何か月前)から購入し始 めたか」を記録した。米を購入し始めた(生産し た米がなくなった)時期は、「4∼8月」、「9月」、 「10月」がほぼ同じ割合である。収穫(11月から) の3か月以上前に米がなくなる世帯が全体の2割 に上る。

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     未 ∼ ∼ ∼ ∼ 以上               (kg) (%) (%) (%) チョンプイ村 プイ村 ブクドン村 ブクドン村(hh) プイ村(hh) チョンプイ村(hh) 米生産量 米自給率 図4 米自給率(y軸)  次に、各世帯の米売買状況を「米を購入したか、 または親族から分配を受けた」、「米を購入したが、 生産した米の一部を親族に分配した」、「購入・販 売・分配のいずれもしない」、「米を購入、販売し ないが、生産した米の一部を親族に分配した」、「比 較的少量(5袋未満)販売した」、「5袋以上販売 した」に区分して、各類の世帯数の比率を集計し た。その結果、チョンプイ村では米を販売した世 帯は1割強にすぎない反面、5割以上の世帯が米 を購入している。ただし、米を購入している世帯 のうち、1/3弱(全体の2割弱)の世帯では生産 した米を親族(大多数が両親)に分配している。  一方、隣接するラオ族のプイ村は、米を販売す る比率が1割弱に過ぎない点ではチョンプイ村と 類似するものの、米を購入した世帯の比率(約3 割)がチョンプイ村の約半分である点で、より自 給度が高い。また、穀倉地帯にあるラオ族のブク ドン村では、聞き取りによると、大半の世帯が生 産した米の2∼3割の量を販売している。近代的 農業を積極的に取り入れているブクドン村では、 化学肥料や種籾の購入などのコストがかかる分、 米を販売する必要性が高いためである。 ⑷ 米自給率  「米生産量を年間米消費量で割った値(%)」に より世帯単位で米自給率を算定した。各世帯の米 生産量(精白米、kg)は、農業調査における2014 年の収穫量(袋数で記録)から、①1袋を籾付き 米35kg とする、②精米時に重量が7割に減少する、 という仮定に基づいて集計した。なお、ここでの 「米自給率」は種籾に必要な量を考慮していない ので、実際にはより多くの生産量が必要となる。  年間米消費量(精白米、kg)は、食事調査で集 計した「各世帯の1日当たりの米消費量」(10歳 未満は0.5人として計算)に365日を掛けること により集計した。食事調査では、炊飯とオカズ調 理の食材(米品種を含む)と調理方法をチョンプ イ村では4日間(12食)、プイ村とブクドン村で は2日間(6食)にわたり記録した。チョンプイ 村とプイ村では全世帯が同じ形・容量・素材の計 量カップ(コンデンスミルク缶、ほぼ275g 入り) を用いるため、カップ数を記録することにより米 調理量を正確に把握できた。  まず、「聞き取りによる米自給度」と「米生産 量を年間米消費量で割った自給度値」との整合具 合を検討した結果、チョンプイ村、プイ村ともに、 「聞き取りによる米自給度」が高くなるほど、「米 生産量を年間米消費量で割った値(%)」も高く なる点で、両者は比較的良く整合した。  次に、「米自給率(米生産量を年間米消費量で 割った値)」(y軸)と米生産量(x軸)のプロッ トグラフ(図4a)と米自給率の棒グラフ(図4b) をもとに、3村の米自給率を比較した。その結果、

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% % % % % % () ブクドン () () () プイ村 () () () チョンプイ村 () 晩生 中生ハード 中生ミドル 中生ソフト モチ TV 早生 Mali HYV モチ HYV

図5 多収穫品種の導入程度 チョンプイ村では米生産量が消費量を上回ってい る(=y軸の米自給率の値が100以上の)世帯は、 52世帯中16世帯(31%)に過ぎず、最も米自給 率が低かった。自給を達成している世帯の中でも、 消費量に対する生産量の比率が特に高い数世帯 は、聞き取りにより「米を販売した3世帯(H116, 201, 205)」と一致することから、このデータは信 頼性が高いといえる。一方、プイ村では15世帯 中9世帯、ブクドン村では14世帯中10世帯が米 自給を達成(y軸の値が100以上)している。なお、 インティ村は、世帯ごとの米生産量がチョンプイ 村の2倍近くあることから、米自給率も高いと推 定される。  以上まとめると、「水田面積と単収が共に少な いため、過半数の世帯が米を自給できないチョン プイ村」、「単収は低いが、水田面積を拡大して自 給に必要な米収量を確保しているインティ村」、 「多収穫品種と化学肥料を導入して比較的高い単 収が得られ、水田面積も確保されているため、米 を販売する世帯が多いサワナケット県ブクドン 村」という村間の違いが見出された。後者では、 単収を増やすための「多収穫品種と化学肥料の組 み合わせの導入」には資金が必要になるため、米 収量を増やして販売する必要性が高くなる。 3.水田稲作の各過程における技術の変化 ⑴ 多収穫品種の導入程度  米作りの近代化について、多収穫品種の導入程 度、化学肥料と農薬の導入、農作業(耕起・脱穀・ 収穫・精米)の機械化を検討する。  多収穫品種の頻度(作付け世帯数)を地域 間・村間で比べると、ラオスの穀倉地帯であ るサワナケット県(ラオ族のブクドン村)で は多収穫品種のモチ米が全体の7割以上を占 めるのに対し、モチ米文化圏の周縁に位置す るアタプー県のプイ村(ラオ族)ではモチ米 とマリー(ウルチの香り米)の多収穫品種の 割合は3割程度と低かった。さらに、オイ族 チョンプイ村では、ウルチ香り米(マリー) とモチ米(タドカム ThaDok Kham やコンコ ーKonkor が代表的)に多収穫品種が導入さ れ始めているものの、その頻度は全体の5% 未満と極めて低い(図5)。オイ族インティ 村では、多収穫品種マリーの頻度がチョンプ イ村よりもやや高いものの、多収穫品種の比率は プイ村よりも低いと推定される。  このような多収穫品種の導入率における村間、 地域間の違いを生み出した理由として、「主食が モチ米かウルチ米か」と「化学肥料や灌漑設備の 導入(パッケージとしての近代的農業の導入)度 合い」があげられる。  まず、米の種類については、ラオスでは、モチ 米の方がウルチ米よりも多収穫品種の普及率が高 い。これは、モチ米が米全体の8割以上を占める ラオスでは、多収穫品種の開発はモチ米の方が活 発であるためである。一方、ウルチ米の多収穫品 種は、1980年代にベトナム品種の導入が試みら れたが、食味が劣る(ラオス人に合わない)とい う理由から普及しなかった。その後、食味が良い 香り米(マリー)を中心として多収穫品種の導入 が徐々に進んでいる(Schiller et al. 2006)。  次に、モチ米を主食とするラオ族の中では、穀 倉地帯のサワナケット県(ブクドン村)の方がア タプー県(プイ村)よりも多収穫品種の比率が格 段に高い。ブクドン村では、天水田が主体だが、 1990年代からの多収穫品種の積極的導入と組み 合わせて、少数の品種への集中(多収穫品種のコ ンコー konkor が7割を占める)、化学肥料の普及 (ほぼ全世帯)、ポンプ揚水灌漑の導入(部分的)、 農業の機械化(耕運機と精米機の100%普及)と いう「多収穫品種の多収性を実現させるための集 約化と効率化」が進められてきた。  なお、精米機と多収穫品種の関連については、 規格化した標準サイズに合わせて調整される精米

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% % % % % % ブクドン村 () プイ村 () () () チョンプイ村 ()

Rent buffalo Own buffalo Tractor only 図6 耕起方法 % % % % % % () () none  ∼㧜  ∼  over  図7 チョンプイ村における水牛・牛の保有 機では、大粒の伝統的品種は破損率が高まるとい う問題が生じたことがブクドン村での聞き取りや カンボジアでの事例(デルベール 1961:356)で 報告されている。  一方、アタプー県のラオ族のモチ米栽培やオイ 族のウルチ米栽培では、化学肥料や灌漑設備の普 及度が低い点で、「多収穫品種が実際に多収穫を も た ら す 条 件 」 が 整 っ て い な い。 た だ し、 ① 2010年以降、精米機が急速に普及した(2015年 では臼杵・唐臼のみで精米する世帯はほぼ皆無) 点で、多収穫品種に適した精米方法に転換した、 ②アタプー県営農業試験場では多収穫品種(主に モチ米)の開発を進めており、ラオ族の集落に多 収穫品種のモチ米を販売している、③チョンプイ 村では、2年前(2013年)から、新しい米作り方 法の導入に理解があると期待される一部のリーダ ー的世帯に対して、マリーの多収穫品種の種籾5 kg ずつが県から無償配布され始めた、④オイ族 の中で最大のテーTae 村では灌漑設備の導入が始 められている、などの点で、今後、多収穫品種の 導入率が高まると見込まれる。 ⑵ 耕起方法:水牛からトラクターへの変化  トラクターの普及:2011・2012年のチョンプ イ村調査では、水田耕起作業にイタンまたはクボ タと呼ばれる耕運機を用いた世帯は調査対象約 40世帯中2世帯のみであり、大多数の世帯は水 牛か牛に犂を引かせて耕起を行っていた。村全体 で耕運機を所有していたのは1∼2世帯のみであ り、導入された年もごく近年の2010年ころだっ た(小林・外山 2015)。水牛・牛で耕起する世帯 のうち、7割は水牛・牛を自世帯で保有していた が、残り3割は他の世帯からお金を支払って借用 していた(図6上段)。  一方、2015年の調査では、3年前と比べて劇的 な転換が見いだされた。すなわち、調査対象の約 50世帯中、水牛・牛により耕起を行った世帯は 1∼3世帯に激減し、大多数の世帯は耕運機に転 換した(図6)。また、耕運機を保有する世帯の 数も、2012年の1∼2世帯から2015年には20数 世帯に急増した。このように、耕運機はかなり高 価にもかかわらず、1/4近くの世帯が保有するよ うになった理由として、①耕起効率が圧倒的に高 い(短時間でできる)、②水牛では耕作に苦労す る硬めの土壌でも耕運機では耕起できる、③耕運 機のブレイドをタイヤを交換することにより自家 用車・運搬車として使用できる(15km ほど離れ たアタプー市の市場に耕運機で出かけることもし ばしばある)、④耕運機のエンジンは精米機の動 力(チョンプイ村 H127などで観察)や揚水ポン プ(他地域の場合)などにも使用できる、などの 長所があげられる。水が少ない天水田では、雨季 が始まると耕起を始めるが、主体を占める晩生の 米品種は、耕起後、できるだけ早く播種を行うこ とが望ましい(宮川 2005)。上述の耕運機の長所 は、米作り作業の手間を減らして、賃金労働を増 やすことを志向しているチョンプイ村民にとって 大きな魅力だったといえる。  水牛・牛の減少:耕運機による耕作の普及に対 応して、水牛・牛の役割が大きく変わった。2011 年では大多数の水牛と牛は耕起に用いられていた のに対し、2015年では耕起には殆ど用いられな くなった結果、水牛・牛を保有する目的は、肥育 して販売することが主体となった。その結果、チ ョンプイ村の各世帯が保有する水牛・牛の数は、 2011年の平均1.48頭(31頭/21世帯)から2015年 では0.95頭(43頭/48世帯)に減少した(図7)。 また、分析対象世帯の中でも H205はとび抜けて

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% % % % % % 直播() 両方() 田植え() 年播種合計() 直播() 両方() 田植え() 年播種合計()

 day - days - days - wks over  wks 図8a 播種要する日数 % % % % % % 直播水田() 両方() 田植え水田() 年除草合計() 直播水田() 両方() 田植え水田() 年除草合計()

 day - days - days - wks over  wks 図8b 除草に要する日数

% % % % % % チョンプイ村直播世帯()

チョンプイ村田植え世帯() ブクドン村田植え世帯()

labour rain soil no weeding more productive 図9 播種方法の選択理由 保有頭数が多い(2011年では8頭,2015年では 18頭)ので、この世帯を除いて平均頭数を集計 す る と、2011年(23頭 /20世 帯=1.15頭 /hh) か ら2015年(25頭/47世帯=0.53)への減少はより 顕著になる。  一方、水牛耕作の消失によるディメリットとし て、水田の肥料として重要な役割を持つ水牛の糞 の供給が減ることがあげられる。牛糞は、水牛と 牛が飼育される牛舎や放牧から戻った後の広場に おいて集められ、乾燥後に袋に入れ、春の耕起前 に水田に運び入れられる。オイ族の米作りでは、 堆肥を作ることはなく、後述のように化学肥料も 殆ど用いられないので、水田の栄養分は、「ボー ラベン高原からの流水に含まれるミネラル」、「水 田に残される稲の残竿の鋤き込み」に加えて、牛 糞の投与が重要であると思われる。 ⑶ 播種方法:直播か田植えかの選択  直播と田植えの手順:直播では、①袋に入れて 1日水漬け、②2日間放置し、発芽させる(発芽 しない籾は、さらに数日水漬け)、③水が少ない 状態の水田に種籾を播く、④密度が不ぞろいな部 分では、密集部から過疎部に稲を移動する、とい う手順を踏む。一方、田植えでは、①苗代に種を まく、②30cm ほどに生育したら、苗取りを行う(日 本に比べて、苗代でより大きく生育させる)、③ 田植え直前に苗の先端を切る(剪葉)、④移植、 という手順を踏む。耕起後すぐに作付けしないと 雑草が繁茂してしまうので、降雨状況によりおお よその耕起時期が決定される。種まきの開始時は、 長老・リーダーが集まって協議し、星の様子から 太陰暦に基づいて判定する。  播種に要する日数:播種に要した日数(複数の 水田区画の合計)についてのチョンプイ村の聞き 取り(2014年と2015年)では、各世帯で の作業日数を「1日」、「2‒3日」、「4‒6日」、 「1‒3週間」、「3週間以上」の5段階に区分 し、直播と田植え(苗代生育期間は含まな い)の間で組成を比較した。その結果、 2014・2015年ともに、直播に要する日数は 「1週間未満」が90%を占めるのに対し、 田植えでは「1週間未満」の比率は35% (2015年)∼20%(2014年)にすぎず、直 播では殆ど存在しない「3週間以上」も2 割程度存在した(図8a)。このように、播 種に要する労働力は直播の方が圧倒的に少ない。  「直播か田植えか」の選択理由(図9):「田植え か直播か」の選択理由には以下の4つがある。  第一は、播種の労働力の得やすさである。上述 のように、直播は田植えよりも作業量が格段に少 ないので、直播か田植えかの選択理由では、「十 分な労働力が得られない場合は直播を選択」とい う回答が最も多かった。なお、労働力が少ない世 帯が田植えを行う場合は、お金を払って人を雇う

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必要がある。  第二は、雨季の開始の遅れに伴うリスクである。 田植えは、水田が湛水しないと行えないため、雨 季の開始が遅いと実施できないというリスクがあ る。一方、直播の方が作付け可能期間が長ため、 播種時の水不足により作付けできない水田が一定 程度生じる東北タイやラオスの天水田では、直播 することにより作付け率を上げ、増収につなげる ことが可能である(宮川 2005)。  オイ族の自然流水を利用した天水田では、東北 タイやラオスの平原地域の天水田に比べて水が豊 富なため、毎年、ほぼ全ての水田に作付できる。 ただし、2015年度は、例年よりも雨が降り始め るのが遅かったため、直播した稲が枯れてしまい、 部分的に植え直した世帯もあった。植え直す際に は田植えの場合が多かった。例えば、H203では、 山裾に近い水田に直播したが、枯れてしまったた め、田植えで一部を植え替えた。また、H105では、 バンカオ地区の北縁辺の水田において、直播した 稲の一部を田植えし直した。  第三は、土壌や水の条件が悪い水田では、より 丁寧に育てた苗を田植えする方が適するのに対 し、条件が良い水田では直播でも問題がない。東 北タイでの調査例では、水条件に問題がなければ、 直播と田植えの間に収量の差はないのに対し、水 が不足する場合は、雑草の害などにより、直播き の方が収量が低くなる(宮川 2005)。チョンプイ 村では、田越し灌漑が得られない高位水田(ナコ ック)では田植えの比率が高く、バンノック西側 の高位水田では穴植法も用いられた。  第四は、除草の手間である。田植えでは、①水 が張ってあるため雑草の生育が抑えられる、②成 長した苗を移植するため、雑草の生育に負けるこ とが少ない、などの理由から直播よりも除草の手 間が少ない。一方、直播きでは、①種まきの時点 では水が少ないため雑草が生育しやすい、②発芽 したばかりの苗は雑草との競合能力がより低い、 などの理由から、田植えに比べて除草の必要性が 高くなる。  東北タイ、ラオスの天水田稲作では、多収穫品 種、伝統的品種共に除草に費やす労働量が少ない (図8b)。チョンプイ村の田植え水田では、湛水 により雑草の生育が抑えられるという理由で、除 草を全く行わない世帯も多い。直播きでも、除草 は1サイクルのみの場合が多く、日数も1週間程 度が6割前後を占める。なお、2015年度は、2014 年度に比べて除草が不要な田植えの比率が低下し たにも関わらず、除草に費やした日数が減少して いる。チョンプイ村の2015年8∼9月水田筆調 査では雑草の伸び具合も観察した。ボーラベン高 原からの自然流水灌漑が得られるナナイ地区では 雑草は少なかったが、天水田が主体となるナノッ ク地区では、かなり多くの雑草が生えている水田 もみられた。このように、チョンプイ村だけでな く、東北タイ・ラオスでは全体的に雑草が生えて きても除草を頻繁に行わないことから、「手間を 減らす」ことも重視されているといえる。  最後は、単収の違いである。田植えの方が手を 掛ける分、他の条件が同じならば単位当たり収量 が高い。モチ米が主体のサワナケット県ブクドン 村では、田植えを選択した理由として、単収が高 い点を挙げた世帯もあった。  上述4つの選択理由を播種方法間・村間で比べ る(図9)。まず、チョンプイ村において「主体 を占める直播を選択した理由」については、「播 種時に手間が掛からない(田植えに必要な労働力 を確保できない)」が7割を占め、「雨季の開始が 遅かった」が2割強で次いでいた。一方、田植え (モチ米)が大多数を占めるサワナケット県ブク ドン村では、「除草の手間が少ない(雑草が多い 水田でも、稲が雑草に負けない)」点が田植えを 選んだ理由として最も多く、「土壌の条件が悪い」 が次いだ。また、チョンプイ村の少数の世帯が田 植えを選択した理由として、「除草の手間が少な い」「雨が遅い」「土壌条件が悪い」が多くあげら れた。なお、東北タイの調査例でも、1990年代 に多収穫品種の導入に伴って直播が普及したが、 その目的は「播種の労働力を省いた分、出稼ぎ労 働を増やして農外収入を確保すること」だった(宮 川 2005)。このように、直播、田植え共に「手間 が掛からない(労働力の節約)」ことが選択理由 として最も多かった。  播種方法の時間的変化:世帯を単位として「直 播と田植えの比率」を集計した。水田区画ごとに 直播と田植えを使い分ける世帯も一定数ある(図 10)。チョンプイ村では2011年から2015年へと田 植えが減少し、直播が増える変化が見出された(図 10の上段)。すなわち、2011年では直播と田植え

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% % % % % % 計() ナノック西側() ナノック東側() バンカオ南の谷水田() ナナイ地区() 直播 田植え 図11 播種方法の地区間比較 % % % % % % ( 世帯) ブクドン村 ( 世帯) ( 世帯) プイ村 ( 世帯) ( 世帯) チョンプイ村 ( 世帯) ( 区画) ( 区画) チョンプイ村 ( 区画) 直播 両方 田植え 図10 播種方法の変化と集落間の違い がほぼ半々だったのに対し、2015年では田植え は3割弱に減少した。この理由として、①2015 年は雨季の始まりが例年より遅かった、②田植え は多くの労働力を必要とするが、十分な労働力が 得られなかった(日雇い労働を雇用する余裕がな かった)、などの回答が得られた。  2014年から2015年へと播種方法を変えた例が、 調査対象50世帯中12世帯においてみられた。そ の内訳は、「田植え(2014年)から直播(2015年) に転換」(7世帯)の方が「直播から田植えに転換」 (3世帯)よりも多かった。残り2例は、水田区 画の新設である。  田植えから直播に転換した理由として「雨季の 始まりが遅かったため、田植えでは間に合わなか った」、「田植えに必要な労働力が不足していた」 ことがあげられた。一方、直播から田植えに変化 した3例では、一部の水田区画のみ変化した場合 と米品種の転換に伴い播種方法も変化した場合と があった。  播種方法の村間・地区間の比較:チョンプイ村 では近年、直播主体に転換したのに対し、ラオ族 のプイ村(チョンプイ村に隣接)とブクドン村 (サワナケット県)では田植えが大多数を占め、 直播は殆どなかった(図10)。また、オイ族の インティ村(チョンプイ村の西隣)、ラニャオ 村(オイ族の集落の中で最も水条件が良い)に ついては、村長・長老への聞き取りによると、 田植えの方が直播よりも多い点で、チョンプイ 村よりも田植えの比率が高かった。  次に、チョンプイ村の中での地区間の違いに ついては、水田の筆調査を行ったバンカオ(旧 集落)の周囲の水田について、過去3年間の播 種方法を検討した。その結果、2012年、2014年、 2015年のいずれの年においても、バンカオ南側 の谷水田の方が、より水が豊富なナナイ地区(バ ンカオの北側∼山麓)に比べて田植えの比率が高 かった(図11)。前者の谷水田では高位水田も多 く、ナナイ地区に比べて水の融通が劣っている。 このような水ストレスの高い天水田では、より手 間を掛ける田植えを選択する比率が高くなる。  村間の播種方法の違いを生み出した要因:以上 の時間的変化と地域差をまとめると、①モチ米を 主食とするラオ族では、播種方法はほぼ全て田植 えであるのに対し、ウルチ米を主食とするオイ族 では直播も一定の比率で行われている、②オイ族 の中では、チョンプイ村の方がラニャオ村・イン ティ村よりも直播の比率が高い、③チョンプイ村 内では、水条件が良いナナイ地区では田植えの方 が多いのに対し、水条件が悪い「バンカオ南側の 谷水田」や山麓から離れた地点では直播の方が多 かった、④チョンプイ村では過去5年間に直播の 比率が高まり、田植えよりも多くなった、などの 点が指摘される。これらの時間的変化と地域差を 生み出した要因は、以下のように説明できる。  まず、ラオ族のプイ村、ブクドン村では田植え が主体なのに対し、オイ族の3集落では直播と田 植えの両者が用いられる理由として、以下の2つ があげられる。第一に、ボーラベン高原南麓に居 住するオイ族は、山地から離れた地域に居住し天 水田が主体のラオ族に比べて、水田土壌の条件が 良いため、直播でも問題なく生育できる。  第二に、モチ米主体のラオ族は、ウルチ米主体 のオイ族に比べて早生・中生の比率が高い(モチ 米では晩生は殆どないのに対し、オイ族のウルチ 米は反収の多い晩生の比率が高い)ことから、田

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         a.チョンプイ村の米タイプ間の比較 直播 田植え 平均値 晩生 晩生 中生 中生 ハード ハード モチ モチ 早生 早生 中生 中生 ソフト ソフト 中生・ 中生・ 中間の 中間の 硬さ 硬さ          b.プイ村とブクドン村(全て田植え) ブクドン村 プイ村 モチ 平均 モチ モチ ウルチ・中 ウルチ・中 生・早生 生・早生 ウルチ・中 ウルチ・中 生・早生 生・早生 図12 収穫倍率:品種間、村間の比較 植えでの「水不足により収穫が得られないリスク」 が低い。一方、晩生品種の割合が高いオイ族の米 作りでは、作付け時期が遅れると、収穫前の水が 必要な時期に雨季が終わってしまうリスクがある 点で、より早く作付けできる直播に利点がある。  このように、天水田が主体のラオ族の米作りで は、①水条件が劣るため、苗代から入念に育てる 必要がある、②「田植え時期の遅れに由来するリ スク」は早生・中生米の方が晩生米よりも低い、 という理由から田植えが主体を占めるのに対し、 山からの豊富な水が得られるボーラベン高原南麓 地域では、田植えと直播の両者が可能なので、以 下のように、「水田の肥沃度や水条件」や「労働 力の得やすさ」に応じて田植えか直播かが選択さ れる。  すなわち、オイ族の中での村間、地区間、時期 間の「直播と田植えの頻度の違い」は、以下のよ うに説明できる。  第1に、チョンプイ村ではインティ村、ラニャ オ村よりも直播の比率が高い(この5年間に高く なった)理由として、播種作業を短縮した分、プ ランテーションでの賃金労働や商品作物栽培を増 やす傾向が強まったことがあげられる(4章参 照)。上述のように、聞き取りでは、チョンプイ 村では近年、直播が主体に転換した理由として、 農作業の手間を減らすため、という回答が得られ ている。一方、水田の拡大(チョンプイ村からの 購入)に力を入れているインティ村では、①プラ ンテーション労働の重要性が低く、米の増産によ り力を入れている、②水田の中での天水田の比率 が高い(山麓から離れた地区まで広大な水田が広 がっている)ため、苗代から入念に育てる必要性 が高い、という理由から、田植えの比率が高い。  第2に、チョンプイ村の中では水条件が悪い谷 水田地区(バンカオ地区とジェッドサン地区の間) やナノック地区(特に山麓から離れて自然灌漑が 及ばない部分)の方が自然灌漑が得られるナナイ 地区よりも田植えの比率が高いのは、土壌の条件 が悪い前者の方が、田植えによる入念に育てる必 要性が高いためと考えられる。  直播と田植えの収穫倍率の比較(図12):収穫倍 率は、「種籾1粒に対して、何粒の収穫が得られ るか」の指標であり、値が高いほど効率が良い。 タイの伝統的米作りにおける10a(1反)当たり の種籾の量は、直播では12∼20kg(政府の推奨 は7.5∼10kg)、田植えでは6∼7kg(政府推奨は 3.1kg) で あ る こ と か ら( 渡 部 1964)、 反 収 が 200kg(籾殻つき)とすると(渡部 1964)、収穫 倍率は直播(10∼16.7倍)の方が田植え(28∼33 倍)の方が低い。すなわち、同じ収量を得るのに、 直播では田植えの約2倍量の種籾を用いることが 一般的である。筆者らによる東北タイ(マハサラ カム県モー村、ウボン県 DC 村など)と北タイ(ラ ンパーン県モンカオケオ村)での聞き取りにおい ても、作付け面積が同じ場合、直播は田植えより も多くの(ほぼ2倍の)種籾を必要とする、とい う意見が一般的だった。  一方、オイ族のチョンプイ村では、大多数の世

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% % % % % % ブクドン村 () プイ村  () チョンプイ () チョンプイ () 化学肥料 使用しない 図13 化学肥料 帯において「田植えの方が直播よりも多くの種籾 を用いる(田植えの方が手間を掛けるにも関わら ず、種籾に対する生産性が低い)」という聞き取 り結果が得られた。一般常識とは異なるチョンプ イ村人の回答を裏付けるため、2014年の3村の 米収量を種籾重量で割った「収穫倍率」を集計し た。図12ではy軸の値(収穫倍率)が大きいほど、 1粒の種籾から得られる米収量が多くなる。調査 では、種籾重量を「袋、一斗缶(ピット)、kg」 のいずれかの単位で記録した。全体的に収量が多 いプイ村、ブクドン村では袋(35kg)単位だった のに対し、全体に収量が少ない(水田面積が小さ い)チョンプイ村では方形でブリキ製の一斗缶(18 ㍑、米重量は殻つき籾で12kg)を単位とする例 が多かった。各世帯において、1つの米品種が複 数の水田区画に栽培されている場合と、単一区画 のみで栽培されている場合とがあるが、それらを 区別せずに、同じように1単位として集計した。  集計の結果、チョンプイ村の収穫倍率は5未満 から40以上までの範囲に分布し、数値のばらつ きが非常に大きかったが、チョンプイ村人たちが 指摘したように、直播きの方が田植えよりも種籾 の割合が多い(収穫倍率が低い)傾向が見出され た(図12a)。この傾向は、米タイプ(生育期間と 硬さの組み合わせ)ごとに比べた場合でも観察で きた。このように、一般常識と異なり、チョンプ イ村では田植えの方が直播よりも多くの種籾を用 いている。  また、ラオ族のプイ村・ブクドン村(全て田植 えであり、モチ米が主体)では、チョンプイ村に 比べて収穫倍率が高い(効率が良い)傾向が観察 された(図12b)。よって、チョンプイ村の米作 りでは、他地域に比べて一定の収量を得るのによ り多くの種籾を用いており、特に田植えではその 傾向が強い。チョンプイ村での聞き取りでは、① 田植えは、水条件の悪い水田でより多く用いられ るため、苗を多めに植えて不良品を選別する必要 がある、②直播では、播種密度のばらつきを補正 するため、密度の高い部分からまばらな部分へ部 分的に植え直すことがしばしば行われる、という 回答が得られた。よって、チョンプイ村では、田 植えを選択した水田は水や肥沃度の条件の悪い水 田に集中しているため、より多くの手を掛ける(よ り多くの種籾を用いる)必要があると解釈したい。 ⑷ 化学肥料  多収穫品種の導入は化学肥料の導入を前提とし ているに対し、伝統的品種が主体のオイ族の米作 りでは化学肥料を殆ど用いない。チョンプイ村と プイ村での調査用紙を用いた聞き取りでは、2014 年に化学肥料を用いたのは各1世帯のみだった (図13)。これらの世帯では化学肥料は苗代のみ に投入されている。使用量は、チョンプイ村では 数袋、プイ村では2袋と少量だった。また、オイ 族のインティ村・ラヤオ村の村長・長老的人物へ の聞き取りにおいても、化学肥料を用いている世 帯は非常に少なかった。  アタプー地域ではオイ族(チョンプイ村、イン ティ村、ラニャオ村)・ラオ族(プイ村)共に化 学肥料の使用頻度が非常に低い理由として、①化 学肥料の導入により増収が期待される多収穫品種 の使用頻度が低い、②多収穫品種を部分的に導入 した世帯でも購入コストかさむ、③化学肥料を用 いた水田は土壌が硬くなり、耕作しにくい、など の回答がえられた。これらのうち、「土壌が硬く なる」のは、化学薬品の投入により土壌の微生物 が減ることが理由という。ただし、「土壌が硬く なる」という化学肥料の欠点は、水牛を用いた耕 起では大きな制約だったが、2012年から2015年 の間に水牛から耕運機への転換が急激に進んだこ とにより、大きな制約ではなくなった。  一方、多収穫品種が全体の7割以上を占める、 穀倉地帯のサワナケット県ブクドン村(ラオ族、 モチ米が主食)では、聞き取りを行った20世帯 中1世帯を除いて化学肥料を用いていた。化学肥 料は、多収穫品種の導入と並行して20年以上前 から使われており、苗代、種まきから2週間後、

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% % % % % % チョンプイ村 ()

プイ村 () ブクドン村 ()

sickle both harvesting knife 図14 収穫具の地域間比較 結実期、の計3回施す。筆者らが食文化調査を行 った東北タイの諸県(コンケン、マハサラカム、 ヤソトン、ウボン)でも、多収穫品種と化学肥料 の組み合わせた米作りが普及していた。このよう に、化学肥料の使用頻度は多収穫品種の導入程度 と明瞭な相関を示す。  以上のように、伝統的品種では化学肥料の効果 は限定的であると思われる。オイ族の水田では、 集落の放牧地を開拓した高位水田を除き、休閑田 は殆どなかったことから、水牛の糞の投入と稲刈 り後の残竿の鋤き込みにより、長期間の連作が可 能だった。さらに、山麓付近ナナイ地区の水田で は、ボーラベン高原で集水された流水により田越 し灌漑が得られるので、これらの流水が山から運 んでくるミネラルや浮遊有機物が、土壌に栄養分 補給に大きく貢献したと推定される。 ⑸ 農薬の使用  チョンプイ村、インティ村、プイ村、ブクドン 村ともに、農薬を使う世帯は非常に少なかった。 チョンプイ村では1世帯のみであり、使用量も少 なく、また、使い始めたのも2014年からである。  水田稲作の詳細な調査が行われてきた東北タイ (ドンデーン村とその周囲の地区)やラオス中部・ ビエンチャン平野でも、農薬の使用頻度は全体的 に低い(横山ほか 2008)。ただし、東北タイでは 稲の根を切るカニを対象とした農薬が使われるこ とがある。一方、カニは水田漁労の対象でもあり、 特に乾季では活発に採取されている。また、カニ 駆除の農薬により、他の魚やカエルも生息しにく くなる。よって東北タイ・ラオスでは農薬の使用 頻度が極めて低いのは、当該地域で活発に行われ ている水田漁業を衰退させないためといえる。 ⑹ 収穫具における穂摘み具から鎌への変化  ラオスの稲の収穫方法には、①鎌による株刈り、 ②穂摘み具(収穫ナイフ)による穂首刈り、③素 手による掻き取り(陸稲収穫籠を使用)、の3つ がある(園江 2011)。コンバインを用いた収穫の 機械化は、北タイ(ランパーン県モンカオケオ村 での聞き取り)では徐々に普及しつつあるが、東 北タイ・ラオスでは殆ど行われてない。  オイ族の伝統的な収穫方法は、キヨカット kyokat と呼ばれる収穫ナイフ(図14写真)を用いて、 高さ1m 付近で稲を刈る方法(穂首刈りの一種) である。この収穫ナイフは、手で稲茎の束を掴み、 その下方に手前から先にナイフを移動して茎を切 り取る。熟練すると稲穂や雑草をかなり早く刈取 りができる。収穫ナイフによる稲刈りはインドネ シアやフィリピンの水田稲作において広く報告さ れているが、キヨカットのような押切り式は他に 例がない。オイ族のみ押切り方式を用いる理由と して、稲の穂首刈りと共に除草にも用いられるこ とが考えられる。なお、収穫後の残竿は水田に残 され、水牛や牛のエサとなった後、水田に鋤き込 まれて肥料となる。  ラオスの鎌は強く湾曲した三日月形であるが、 この形は、倒伏した稲を刈り取ることを意図して いる。オイ族の3村において鎌と収穫ナイフを併 用している世帯では、「直立状態の稲を刈る場合 は鎌の方が早く収穫できるが、倒伏した稲にはキ ヨカットの方が効率よく収穫できる」、という意 見が聞かれた。  チョンプイ村では2014年においても収穫ナイ フが過半数を占めていた(図14、小林・外山 2015 では鎌に交代したと記したが、訂正したい)。収 穫時に、作業効率がより高い鎌ではなく、穂首刈 りに適する収穫ナイフを用いるのは、①残った稲

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% % % % % % 家族のみ()

労働交換() 雇用  人以上() 雇用  人()

- days - days - wks over  wks 図15 収穫に要する日数 茎を水田に鋤き込んで肥料とする、②残竿を水田 面に残して水牛・牛の餌とする(それを食べに来 た水牛・牛の糞を水田に供給する)、③後述する 足踏み脱穀では、茎部分を片足で転がしながら他 方の足で踏んで籾を茎から分離するので、穂の下 の茎部を長く残す必要がある、という複合的な理 由によっている。さらに、伝統的な収穫ナイフで はなく鎌で収穫することは、オイ族のアニミズム 信仰に反する、と考えられている。このため、よ り古くからの水田が多いナナイ地区の方が、新し い水田が多いナノック地区よりも収穫ナイフの使 用頻度が高い。  一方、同じオイ族でもインティ村とラニャオ村 では、伝統的な収穫ナイフが三日月形鎌に取って 替られつつある。この理由として、作業効率を重 視していることと共に、チョンプイ村に比べてア ニミズム信仰の束縛が弱まっていることがあげら れる。  また、ラオ族のプイ村(チョンプイ・インティ 村と隣接)、ブクドン村(サワナケット県)およ び東北タイでは、収穫ナイフを用いる世帯は皆無 であり、全て鎌で収穫されていた(図14)。  以上のように、収穫ナイフの使用頻度は、化学 肥料の使用頻度と関連(反比例)している。焼畑 農耕では収穫ナイフが多用されることから、従来 は「収穫時期の異なる多様な品種を熟した順に個 別に収穫するため、穂首刈りの収穫ナイフが用い られた」という説明がなされてきた。そして、水 田稲作における収穫ナイフの使用は、これまでは 「焼畑農耕の伝統の残存」と解釈されてきた(園 江 2006)。しかし、上述のように、化学肥料を用 いない水田稲作において、残竿を鋤き込んで肥料 とすることが、収穫ナイフの重要な目的の一つだ といえる。  収穫に要する日数:収穫作業は家族・親族のみ でなされる場合が大多数(2014年の収穫では46 世帯中37世帯)を占め、スノール snor と呼ばれ る労働交換(結い)と併用する世帯(7/46世帯) が次ぐ。賃金労働者を雇った世帯は2世帯のみだ った(日当は1日3∼5万 kip)。収穫は収穫ナイ フか鎌による手作業なので、家族・親族のみで行 う場合は1週間以上かかり、このうち3週間以上 を要した世帯も4割近くにのぼる(図15)。この ように収穫作業は長期間に及ぶことから、生育期 間の異なる複数の品種を作付けすることにより、 収穫時期を分散することが必要となってくる。 ⑺ 脱穀方法:足踏み法から脱穀機への変化  脱穀方法の地域差:ラオスと東北タイの伝統的 脱穀方法には、足踏み法(ニカオ ni kao)と叩き つけ法(ティー・カオ)とがある(園江 2006)。 チョンプイ村では足踏み法が用いられてきたのに 対し、ラオ族のプイ村やブクドン村では叩きつけ 法が伝統的脱穀方法だった。また、叩きつけ法は 東北タイ(ヤソトン県)やラオス北部(ただし、 足踏み法と併用)でも用いられることから、タイ・ ラオ族の代表的な脱穀方法だったといえる。  足踏み法は以下の手順を踏む。11月から1月 上旬にかけて収穫された稲は、束のまま水田で2 週間程度、日干し乾燥(地干し)された後、水田 において足踏み法か脱穀機により籾を茎から外 す。その際、2m ほどの間隔で建てた棒に高さ 1.2m ほどの高さで水平に棒を渡した鉄棒のよう な支え施設を作る。そして、2∼3人が横に並ん で、水平な棒を両手で掴んで、踏みつける際の身 体のバランスを保つ。  この作業は夕方6時以降の夜に行われる。日中 に足踏み脱穀を行わないのは、湿り気がある方が 籾を茎から外しやすいためである。なお、脱穀を 水田で行うことが多いのは、集落から遠い水田で は、非常にかさばる籾付き稲を集落まで運ぶ作業 に多くの手間がかかるためである。よって、脱穀 機を用いる場合は、機械を各水田まで運び入れる 必要がある。  なお、種籾の選別は、脱穀時に行う。翌年に播 くための種籾は、常に最後に脱穀され、食用米と は別に集落に運んで貯蔵される。  機械脱穀の頻度:チョンプイ村の2012年の調

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% % % % % % ブクドン村 () プイ村 () () チョンプイ村 () 足踏み 叩きつけ 足踏みと機械 脱穀機 図16 脱穀方法 査時では全世帯が「足踏み法のみ」だったのに対 し、2015年調査では脱穀機を使う世帯が4割以 上に急増した(図16)。また、脱穀機と足踏み法 を併用する世帯も数世帯あった。併用した理由と して、①アクセスが悪い水田では脱穀機を搬入で きなかったため、足踏み法で脱穀した、②複数の 水田において収穫時期に大きな隔たりがあったた め、一部の水田では足踏み法で脱穀した、などが あげられる。チョンプイ村では脱穀機を保有する 世帯はないため、隣接するプイ村かインティ村の 保有者から借用する。脱穀機を借りる場合、脱穀 した籾量の1割の分量を支払うことがアタプー 県・サワナケット県ともにルールとなっている。  機械脱穀する世帯の比率を村間で比べると、ブ クドン村とプイ村では大多数の世帯が機械脱穀な のに対し、チョンプイ村は足踏み法が過半数を占 める。脱穀機の保有率を村間を比べると、オイ族 インティ村では約200世帯中5世帯、ラオ族プイ 村では3∼4世帯、ラオス中部のラオ族ブクドン 村では約120世帯中5世帯であり、ラオ族の方が オイ族よりも保有世帯率が高い。また、オイ族の 中では、チョンプイ村はインティ村・ラヤオ村に 比べて保有率が低い(保有世帯なし)。なお、脱 穀機が導入され始めたのはブクドン村、プイ村と もに3∼4年前からなので、この数年間で脱穀方 法が手動から機械に急激に転換したといえる。 4.農業近代化の受け入れ程度の地域間・集落間 の違い ⑴ チョンプイ村の生業戦略  農業近代化の受け入れ程度:チョンプイ村の水 田稲作は、①多種類の伝統的品種が主体であり、 多収穫品種はわずかしか導入されていない、②化 学肥料や堆肥を用いず、穂首刈りした残竿の鋤き 込み、牛糞、背後の山地(ボーラベン高原) からの自然灌漑によりもたらされるミネラ ル、などにより水田の肥沃さを維持している、 ③収穫ナイフによる穂首刈りを多用する、④ 農薬を用いない、などの点で伝統的方法を維 持している。  一方、農作業の機械化は、2011∼2015年の 5年間に、耕作方法(水牛耕からトラクター に)、脱穀方法(伝統的な足踏み法に加えて 脱穀機が増加)、精米方法(臼杵精米から精 米機へ)の各過程において急激に進行した。これ らの農業機械化は農作業の手間の軽減に貢献して いるが、米収量や単収の増加には結び付いていな い。すなわち、トラクターの導入は春の耕起の効 率を数倍高めたが、このような手間の節約は、「苗 代で育て田植えする」「除草をより入念に行う」 といった生産性の増加にはつながらず、後述する 賃金労働の増加に繋がっている。また、農業の機 械化に伴って、①水牛耕からトラクターへの転換 に伴い「化学肥料を使うと土壌が硬くなる(水牛 では耕作しにくい)」という問題が解消された、 ②精米機では、多様な伝統的品種では粒の大きさ がまちまちなため詰まりやすいという問題が生じ る、という状況の変化が生じたにも関わらず、「多 収穫品種と化学肥料の組み合わせ」の導入は進行 していない。そして、①保有水田を近隣集落に売 却した例が目立つ、②播種方法が田植え(条件が 同じならば単収がより多い)から直播き(より粗 放的)に徐々に転換しつつある、②田植えにおい ても、収量に対する種籾量の比率が高い(直播と 同様か、それ以上)、③除草を入念に行わない(直 播では1サイクルのみ、田植えでは全く行わない ことが多い)、などの点にみられるように、米生 産量を増やすための農作業集約化がみられない。 その結果、水田面積、単収ともに少ないため、主 食の米を自給できない世帯が全体の4割近くを占 めている。そして、生活用品や農業機械(特にト ラクター)を購入するために、現金収入源として のプランテーション労働(出稼ぎ)や商品作物栽 培の重要性が高まった。以下では賃金労働と商品 作物について説明する。   長期の賃金労働:2014∼2015年( 8 月 ま で ) にチョンプイ村とプイ村の住民が従事した長期賃 金労働には、パクソン(ボーラベン高原の北側)

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% % % % % % チョンプイ村() プイ村() コーヒー農園(パクソン) 森林伐採(プーホン) 建設労働(長期) サトウキビ・ゴム農園(川向い) なし 図17 長期の賃金労働の比率 のコーヒー農園での労働(住み込み)、アタプー 市南部のプーホンなどでの林業や建設の労働(住 み込み)、セコン川の川向かいにあるサトウキビ・ ゴム農園での労働、などがある。これらは10∼ 15日毎に契約が更新されるので、15日∼45日間 にわたって従事した世帯が多かった。  これらの長期賃金労働の比率を図17に示した。 2村を比べると、長期の賃金労働に従事した世帯 の割合は、チョンプイ村(8割強)の方がプイ村 (4割強)の2倍近くある。そして、プイ村の長 期労働は、セコン川向いのサトウキビ・ゴム農園 が 大 半 を 占 め る の に 対 し、 チ ョ ン プ イ 村 で は 50km 以上離れたパクソンの大規模コーヒー農園 での労働の比率が高い。  農園での労働は、仕事はきついと言われるが、 1日当たりの賃金が5万 kip であり、精白米の価 格 を1kg 当 り2000kip と す る と(2014年 度 は 1500kip 程度だったが、2015年では2000kip 以上 に上昇)、1日の賃金で精白米25kg を購入できる。 チョンプイ村の米生産量は50世帯中40世帯が45 袋(1袋は殻付き籾35kg に相当)以下であるが、 農園での1.5か月の労働により、45袋相当の米を 購入する賃金を得ることができる。このように、 チョンプイ村では、仕事がきついと言われるにも かかわらず、農園などでも賃金労働の比率が極め て高いのは、生活に必要な米を自給できないこと が大きな理由の一つと言える。一方、販売できる 余剰米があるプイ村では、長期の賃金労働は以前 よりも減っているという。  なお、ラオスの穀倉地帯であるサワナケット平 野に位置するブクドン村でも、乾季に大都市(ビ エンチャンやコラート)に出稼ぎに行く世帯は多 い。ただし、米作りを行っている雨季には長期の 賃金労働に従事しない点が、オイ族チョンプイ村 と異なっている。  商品作物:チョンプイ村で栽培される畠作物 は、家庭菜園での自給用の葉物野菜が大多数を占 める。その中で、2012年から2015年へとタバコ を栽培する世帯が増えた。バンカオ地区では、バ ンノック地区に移住した世帯の跡地などを利用し て7世帯以上(H201、203、206、212、215、216、 224など)がタバコ栽培を始めている。また、バ ンノック地区でもセコン川流域の斜面(H205な ど)でタバコを栽培し始めた世帯がある。タバコ 栽培は播種が一段落した8月後半から準備(水牛 から作物を守るためのフェンス作り、除草)をは じめ10月に播種し、5月頃に収穫する。  チョンプイ村の生業戦略:チョンプイ村では近 年、電気が普及した結果、伝統的品種・ラジオ・ 携帯電話などの電化製品、トラクター(約1/4の 世帯)、モーターバイクなどが普及しつつある。 このような資本主義経済への浸透に伴い、これら の機器・商品・不足した米、などを購入するため の収入源として、長期の賃金労働と商品作物栽培 が重要性を増している。よって、チョンプイ村に おける農業機械化の進展は、米生産の増加には貢 献しないが、農業労働量の軽減を介して、出稼ぎ 賃金労働に従事するための時間を生み出す点で世 帯収入の確保に貢献している。言い換えれば、資 本主義経済の浸透に対応して、農業機械化により 水田稲作の作業量を減らした分、賃金労働や商品 作物栽培の時間を増やして現金収入を増やす戦略 を選択している。  このように、農業の機械化が農外収入(出稼ぎ、 賃金労働)を確保につながっている点は、長期的 な調査が行われている東北タイのドンデーン村に おいても報告されている。すなわち、この地域で は、1980年から近年に至るまで農外収入が高い 割合を占めており(1980年では全体の約7割)、 1980年代後半における東北タイにおける農業の 近代化(多収穫品種、化学肥料、ポンプ揚水灌漑、 農作業機械化)は単収の向上というよりも、米の 商品化や農外収入(出稼ぎ)の安定を追求した結 果であることが指摘されている(福井1988)。 ⑵ オイ族の集落間の生業戦略の違い  チョンプイ村の西隣のインティ村では、単収が 低い点はチョンプイ村と共通するが、チョンプイ 村から水田を積極的に購入して水田面積を拡大す

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