東京ベイゾーンへのオリンピック観戦客の輸送を想定した直通バスの数理モデル
Modeling the effects of shuttle bus system on visitors’ traffic flow to the Tokyo Bay zone during the 2020 Tokyo Olympics and Paralympics
田中 健一*・ 鳥海 重喜**・ 田口 東**
Ken-ichi Tanaka*, Shigeki Toriumi** and Azuma Taguchi** This paper proposes mathematical models to evaluate the effects of shuttle bus system on visitors’ traffic flow to the Tokyo Bay zone during the 2020 Tokyo Olympics and Paralympics. We consider shuttle buses departing from major railway stations in the Tokyo Metropolitan area and examine their ability to relieve traffic concentration on railway lines providing access to the Tokyo Bay zone. We construct a space-time network for modeling actual railway services in the Tokyo Metropolitan area and extend it by introducing links representing shuttle buses. We focus on a particular day during the 2020 Tokyo Olympics and Paralympics and evaluate how visitors’ traffic flow changes after the introduction of shuttle bus services using the proposed models. One of the results show that shuttle buses contribute to relieving traffic congestion on the Yurikamome Line departing from Shimbashi station.
Keywords:東京オリンピック・パラリンピック,直通バス,時空間ネットワーク
The 2020 Tokyo Olympics and Paralympics, shuttle bus system, space-time network
1 はじめに 2020年に開催が予定されている東京オリンピック・パ ラリンピックでは,内陸部の「ヘリテッジゾーン」と臨海 部の「東京ベイゾーン」を中心に競技が行われる.オリン ピック開催期間中は,多数の観戦客の移動需要による混雑 が予想される.特に臨海部の会場への移動は交通手段が限 られており,渋滞が生じないように十分に対策を検討して おく必要がある. オリンピック開催時の首都圏の鉄道網における人の流れ を計算した田口の研究 7)によると,臨海部の玄関口であ るゆりかもめの新橋駅では,通常時よりもはるかに多い乗 客数が見込まれている.先行研究7)では,大都市交通セ ンサスに基づいて,首都圏の鉄道網上の通勤・通学客が, 電車1本を単位として表現されており,観戦客の流れが予 測されている.観戦客の移動需要は,オリンピック招致委 員会の立候補ファイル 3)の中から,ある1日の競技スケ ジュールを選び,自宅および宿泊施設から競技場に向かう と仮定されている.このように,一般公開されているデー タを下に,時間の流れを直接モデルに組み込み,乗客流動 を詳細に再現している点はこの研究の大きな特徴である. 観戦客の会場までの移動手段としては,現状のダイヤ通 りに運行する鉄道(と徒歩の組合せ)のみが仮定されてい る7).これを土台として,ダイヤの増強,他の交通手段の 導入,人々の移動を平準化させる方策など,ハードとソフ トの両面から様々な選択肢を評価することが重要である. 本稿では,こうした課題のなかから,主要な鉄道駅から会 場周辺へ直通バスを走らせる状況に着目する.空港への直 通バスのように,空間的に分布する需要を都市内の一地点 へ直通輸送する方法は,オリンピック観戦客の輸送手段の 一つとして検討に値する重要な選択肢と考えられる. * 正会員 慶應義塾大学 理工学部 管理工学科(Keio University) **正会員 中央大学 理工学部 情報工学科(Chuo University) 招致委員会の立候補ファイル3)のなかで,「主要鉄道駅 と競技会場を結ぶ効率的かつ快適で、高頻度で運行する急 行シャトルバスを配備する。」との記述があるが,具体的な プランについては言及されていない.また,東京都と京成 バス株式会社によって,都心と臨海副都心とを結ぶBRT に関する事業計画が発表されている.この計画は,オリン ピック開催を見据えて,増大する交通需要に対応すること を目標としているが,2016年4月時点では「東京2020大 会期間中の運行は未定です。」と述べられている8).こう した背景から本稿では,直通バスの導入効果を記述する数 理モデルを構築し,様々なシナリオの下で計画を評価する ための枠組みを提供することを目標とする. 具体的には,先行研究7)を参考にし,首都圏鉄道網の 時空間ネットワークに,直通バスの運行リンクを加えた拡 張モデルを構築する.観戦客は,目的地までの所要時間, 競技開始までの待ち時間,電車やバスの混雑具合等を考慮 して,最も望ましい経路を選択すると仮定する.バスとい う選択肢の導入により,鉄道利用者の一部が直通バスを利 用することが期待される.本研究は,一日合計のバス乗客 数はどのくらいか,バス出発駅としてどの駅を選定すべき であるか,直通バスがゆりかもめの新橋駅の混雑緩和にど の程度寄与するのか,といった基礎的な問いに対して,定 量的に結果を示すことを目的とする.そのためには,種々 の地理データや実際の競技スケジュールを下にして,人々 の移動需要データを作成することが不可欠である.結果と して,電車とバスという二種類の交通手段選択を考慮した 極めて大規模なモデルを解く必要が生じる.本稿では,バ スの運行と電車の運行を時空間ネットワーク上で統一的に 表現することで,鉄道のみの場合7)と同一の解法が適用 できるよう工夫を行った.
鉄道とバスを同時に考慮した時空間ネットワークを用い た既存研究として,赤星ら1)および鳥海ら 10)が挙げら れる.赤星ら 1)は,公共交通が低頻度で運行される地域 における移動利便性を,鉄道とバスの時刻表を下に作成し た時空間ネットワークを用いて評価している.特に,現状 の時刻表を一部修正して鉄道とバスの相互乗換を円滑化す ることで,病院や学校等の施設へのアクセシビリティが改 善されることが示されている.鳥海ら10)は,バスの現状 の運行スケジュールと運行実績とを比較し,バスの遅延特 性を分析している.さらに,バスの遅延が及ぼす影響をバ ス路線と鉄道路線からなる時空間ネットワークを用いて分 析し,旅行時間と旅行経路の信頼性を評価している. 本研究は,オリンピック観戦客の移動に着目し,直通バ スの導入効果を検証するための事例研究であり,これらの 研究とは目的が異なる.さらに,電車やバスの混雑状況に 依存するコストを考慮し,時空間ネットワーク上の利用者 均衡配分を扱っている点も,上記の研究1, 10)にはない特 徴である.モデル化の際に,電車とバスの混雑現象を共通 のリンクコスト関数を用いて統一的に表現することで,大 規模な利用者均衡配分を解くことに成功している.なお, バス路線については直通バスを時空間ネットワーク上の単 一リンクで表現しているが,提案手法は(原理的には)よ り一般のバスネットワークにも適用可能である.本研究の 貢献は,(1)直通バスの導入効果を評価するためのモデル 分析の枠組みを提供し,(2) 現実のデータを用いてオリン ピック観戦客の流れを具体的に示した点にあると考える. 次節以降の構成を以下に述べる.第2節では,モデル の全体像を示す.時空間ネットワークと利用者均衡配分に ついて説明し,観戦客の需要や競技スケジュール等の,計 算に利用するデータを紹介する.第3節では,直通バスの モデル化の方法を詳述する.バスの出発駅や降車地点の選 定方法,および直通バスのリンクを導入して時空間ネット ワークを拡張する方法について述べる.第4節では,出発 駅ごとの直通バスの一日合計の乗客数を示し,バス需要の 高い駅の特徴把握を試みる.また,新宿駅と品川駅を出発 する各バスの乗客数を分析する.さらに,臨海部に到着す るバスの乗客数を,時間帯ごとに集計した結果を示す.第 5節では,バスの導入前後における,ゆりかもめ新橋駅に おける乗客数の変化を示す.分析結果から,バスの導入に よりゆりかもめ新橋駅の乗客数が減少すること,特にピー ク時の交通減少に大きく寄与することが判明した.第6節 で,本研究のまとめを行い,今後の課題について述べる. 2 提案モデルと利用データ 2.1 モデルの概要 図1に提案モデルの全体像を示す.以降では,この図 を下に,モデルとデータの構築手順を説明する.なお,バ ス導入に関わらない部分のデータ作成や通勤・通学客と観 戦客の配分方法については,先行研究 7)を参考にしてい るため,より詳細な情報はそちらを参照されたい. 図1 提案モデルの全体像 2.2 手順1:時空間ネットワークの作成 JR・私鉄の電車時刻表を用いて,電車1本を単位とし て電車の運行を表現する時空間ネットワークを構築する. その際に,駅の位置データや駅間の乗り換えを定義するた めに地図を利用する.駅上に時間軸を導入し,時刻表に合 わせて,電車の発着ごとに頂点を作り,頂点間を電車の駅 間移動とホーム上の停車を表すリンクで結ぶ.さらに,乗 客の乗換えに対応するリンクを張る. 大都市交通センサスに記載されている,乗客の電車利用 データ(出発駅,到着駅,到着時刻)に基づいて,ネット ワークへの流入と退去を表すソースとシンクを作成し,対 応する発または着の頂点との間にリンクを張る.以上のよ うに時間軸をモデルに導入することで,動的な問題を時空 間ネットワーク上の静的な問題として定式化できるという 利点がある.首都圏の鉄道の時空間ネットワークのさらに 詳細な情報については,先行研究6, 7)を参照されたい. 2.3 手順2:通勤・通学客の再現 移動者には,通勤・通学客(通常客)と観戦客の2種類 が存在する.大都市交通センサスによると,首都圏の鉄道 ネットワークには,往復を2と数えた場合,平日一日に約 1,600万の通勤・通学トリップが存在する.オリンピック 開催時は,オリンピックを観戦する客が通勤・通学客に加 わる.これら2種類の客の移動について以下を仮定する. (i) 通常客の利用経路は,オリンピック期間中変化し ない; (ii) 観戦客の利用経路は,通常客と観戦客の乗客数を考 慮して選択される. 図1の手順2では,通勤・通学客の出発駅・到着駅間 の移動経路を,利用者均衡配分を用いて計算する6, 7).こ の配分方法では,利用者が,出発駅から到着駅へ至る時空 間ネットワーク上の様々な経路の中から,各経路に付与さ れたコスト関数に応じて経路選択を行うものである.その 際に,利用者が経路選択に必要な情報をすべて把握してお り,自分にとって最適な経路を選択すると仮定する. 各電車運行リンクに付与されているコスト関数は,BPR 関数2, 5, 6, 7)を用いる:
ϕa(ua) = ta { 1 + γ ( ua ca )β} . (1) uaは電車の走行リンクaに対応する乗客数,caは電車の 定員,taは駅間所要時間,γとβは正の値をとるパラメー タである.式 (1)は,リンクの所要時間と乗客数(電車 の混雑度)に応じたコストを与える関数で,所要時間が短 いほど,また,乗客数が少ないほど,利用者の負担するコ ストが小さく評価される.パラメータγとβは,先行研 究6)と同じ値に設定する.この値は,大都市交通センサ スから得られる各電車の乗客数と,利用者均衡配分計算に よる乗客数がおおむね一致するように定められている6). 上記の下で,同一の出発駅・到着駅間に複数の経路があ る場合,利用されている経路の費用(通過リンクのコスト の合計)はすべて等しく,利用されていない経路の費用は それよりも高いという配分方法(均衡状態)を計算する. 本稿では,利用者均衡配分問題に対する標準的なアルゴリ ズムであるFrank-Wolfe法によって具体的な計算を行う. 通勤・通学客を時空間ネットワーク上で配分した結果は, 仮定(i)に従って,各電車に固定する.詳細については, 一般的な利用者均衡配分の定式化と解法2, 5)や,首都圏 の鉄道ネットワークに関する配分問題6)を参照されたい. 2.4 手順3:鉄道・バス時空間ネットワークの作成 提案モデルは,先行研究7)に,臨海部の会場へアクセス する直通バスを導入した拡張モデルである.図1の手順3 は,バスの運行を時空間ネットワーク上で表現するフェイ ズである.バスの出発駅と会場周辺の到着場所,および出 発時刻と所要時間を設定してバスの運行を表現する.これ を下に各バスの運行を表すリンクを,手順1で求めた鉄 道網の時空間ネットワークに付与して拡張する.これまで と同様のアルゴリズムを適用可能なように,モデル内部で は,電車とバスの運行を区別せずに表現する.直通バスの モデル化についてのより詳細な説明は第3 節で行う. 2.5 手順4:観戦客の移動経路の推計 まず,観戦客の移動需要のデータを作成する.オリン ピック招致委員会の立候補ファイル 3)を参考に,観戦客 の多い1日(2020年7月31日)の競技スケジュールを 下に,観戦客の半数は首都圏の自宅から,残りは宿泊施設 から競技場に向かうと想定する.観戦客の出発駅について は,前者は通常客の駅利用者数に比例させ,後者は首都圏 の宿泊施設の定員に比例させたデータを利用する 9).観 戦客数の算出については,鳥海らの既存研究の計算方法 に従い,総座席数に一般客への販売率90.6%とチケット 販売率84%を掛けた値を用いる9).この方法に従って総 観戦客数を計算すると,臨海部の競技会場の総座席数は 377,000席であるため,286,912人となる. 仮定(i)に基づき,通常客の流れは,最初に一度だけ均 衡配分を行って乗客として各電車に固定する.次に,仮 定(ii)の通り,通常客の上に観戦客を配分する.この計算 は,競技会場・競技開始時刻でまとめた観戦客を異なる種 類の流れとして扱い,予め各電車に固定しておいた通常客 数を加味した費用関数を使って計算する.以上により,移 動手段が鉄道のみの場合の一部の観戦客が,新たに導入さ れた直通バスに乗り換えると予想される.直通バスの有無 による観戦客の流れを比較することで,バスの導入効果を 分析することができる. なお,今回は,観戦客が競技観戦に向かう流れのみに着 目する.観戦終了後の観戦客の帰宅交通も含めてモデル化 を行い,観戦客トリップが朝晩の通勤・通学トリップに与 える影響や,一日を通じた観戦客の時空間的分布を分析す ることは今後の重要な課題である. 3 直通バスの数理モデル化と状況設定 直通バスの運行を表すリンクを時空間ネットワークに追 加し,バス1本単位の乗客数を時空間ネットワーク上で 表現する.本節で,直通バスのモデル化の方法,入力パラ メータの設定方法,バス運行ダイヤの設定等を詳述する. 3.1 バス出発駅の選定 以下の規準に従って直通バスの出発駅20駅を選定した. (i) 比較的規模の大きな駅であること; (ii) 駅周辺のバスターミナルが充実していること; (iii) 通常時のバスの運行頻度が高い駅であること; (iv) 空港への直通バスの実績駅であること; (v) 駅が地理的に分散していること. 表1に,選定した20駅の駅名を示す.また,図2に, 出発駅の分布を示す(出発駅を示すダイヤ型のなかの数字 は表1の駅番号に対応).構成はそれぞれ,東京都11駅, 神奈川県4駅,埼玉県3駅,千葉県2駅である.以下,選 定方法について説明する. 規準(i)は,利用者が多く複数の路線が乗り入れている 駅は,潜在的な需要が高いと考えて考慮した.また,規 準(ii), (iii), (iv)は,バスの出発駅としての実現可能性に
関わる重要な視点である.規準(ii)については,駅周辺の 様子を地図で確認して判断した.また規準 (iii)の,バス の運行頻度については,国土数値情報「バスルート」およ び「バス停留所」を利用し,駅周辺におけるバスの発着の 実績を参考にした.空港への直通バスは,空間的に分布す る需要を,都市内の一地点へ直通輸送する手段であり今回 の状況と類似している.そこで,規準(iv)の通り,空港 直通バスが運行されている駅を重視した.最後に規準(v) は,直通バスの需要が大きい地点を把握するために,多様 な選択肢を導入することを重視した.(なお,表 1の20 駅は規準(i)から(v)を総合的に勘案して選定したもので あり,すべての条件を満たしていない駅も存在する.) 3.2 バス降車地点の選定 次にバス降車地点について説明する.会場は臨海部の比 較的広範囲に分布している.そこで,バス降車地点から徒 歩で会場にアクセス可能なように,会場を3つのグループ に分け,各グループの中心付近にバス降車地点を設ける.
表1 選定した20のバスの出発駅の駅名 1 東京 11 町田 2 吉祥寺 12 横浜 3 新宿 13 川崎 4 八王子 14 新横浜 5 赤羽 15 武蔵小杉 6 錦糸町 16 さいたま新都心 7 調布 17 川口 8 品川 18 越谷 9 葛西 19 千葉 10 北千住 20 木更津 図2 バス出発駅およびバス到着駅 本稿では便宜上,台場駅,国際展示場正門駅,新木場駅を 各グループの代表点として選定した.図 2に,これら3 つのバス降車地点を示す.20のバス出発駅それぞれから, 3つのバス降車地点への,計60系統の直通バスが運行さ れるものと想定する.また,観戦客のバス降車地点から会 場へは徒歩により移動する.観戦客は,競技開始1時間 前から直前までの間に会場に入るとし,それに間に合うよ うにバスもしくは鉄道を,各自のコスト関数に従って選択 する. 3.3 バスのスケジュール 臨海部におけるオリンピックの競技時間帯を参考にし, 朝の8時から夜の9時までの13時間の間,各駅からバス が出発すると仮定する.ここで,各駅からのバスの出発頻 度が高いほど,時間軸上の選択肢が増えるため待ち時間が 少なくて済む.バスの運行頻度に応じた乗客数の変化を分 析するために,以下の3通りの運行頻度を設定する. (i) Frq1:1時間に1本の頻度でバスが出発する; (ii) Frq2:1時間に2本の頻度でバスが出発する; (iii) Frq4:1時間に4本の頻度でバスが出発する. Frq1は毎時00分に,Frq2は毎時00分,30分に,Frq4 は毎時00分,15分,30分,45分に出発するものとする. 各駅を出発するバスの総本数は,3つの各降車地点に対し て,Frq1が13本,Frq2が26本,Frq4が52本である. 上記の通り,バスの出発時刻は時間軸上で均一に設定し ている.このことは,実際の運行においてもバスを等間隔 に出発させることを前提としている訳ではない.バスへの 需要は,競技スケジュールに大きく依存しており,需要が 非常に大きい時間帯とほとんど需要がない時間帯が存在す る.また,バスの出発地点によって需要量は異なる.本研 究では,バスの需要が大きい時刻を計算によって明らかに するために,運行頻度に濃淡のない一定間隔の下での計算 を行う.均衡配分の結果得られた各バスの乗客数を分析す ることで,実際のバスの運行スケジュールを計画する際に 役立てられる. 3.4 バスリンクの数理モデル化 以上の準備の下で,バスの運行を表現するバスリンクの 設定方法を説明する.各駅をそれぞれの時刻に出発する バスの運行を,鉄道の時空間ネットワーク上にリンクを 付与して表現する.バスリンクを通過する際のコストは, 2.3 節で示した式(1)のBPR関数で与える.BPR関数 のtaは出発駅-停車地点間の所要時間を,ca はバスの容 量に設定する.なお,今回の分析では,バス乗客に対する BPR関数のパラメータγとβ については,鉄道と共通 の値を用いる.これらの適正値を推定するためには,バス 乗客に対する大規模なアンケート調査の実施が不可欠であ り,今後の課題の一つとしたい. バスの出発駅-停車地点間の所要時間を算出するために, 住友電気工業(株)製の拡張全国デジタル道路地図データ ベースを用いて道路網データを構築した.各リンクに所要 時間を与えて最短経路問題を解くことにより,バスの出発 駅-停車地点間の最短所要時間を計算した.ここで,各リ ンクの所要時間は,リンクに付与されている「規制速度」 の値を参照し,以下のように設定した. ケース1: 60km/h以上の場合 規制速度の値に設定 ケース2: 50km/h以下の場合 一律に20km/hに設定 ケース1は高規格道路を想定し,ケース2は一般道路を 想定している.高規格道路の一部にはオリンピックレーン 等の設置が検討されていることから,制限速度で走行でき ると仮定した.一方,一般道路では信号待ちや渋滞などが 発生することを想定し,道路交通センサスによる都内の平 均速度である20km/hと仮定した.なお,実際の運用の 際に,オリンピックレーン等を十分に活用することが困難 な場合には,バスの導入効果は以降の計算結果よりも小さ くなると考えられる. 表2に,バスの各出発駅に対する(降車地点の一つであ る)台場駅までの所要時間を示す.バス需要の高い出発駅 の特徴を把握するためには,鉄道の所要時間も同時に考慮 する必要がある.そこで,表2には電車を用いた標準的な
経路での所要時間を併記した*1 . バスの定員は一律に60人とし,バスのリンクコストを 表すBPR関数におけるリンク容量caとする.バスの乗 客数がcaを超えるとコストが急激に増大し,バスの定員 以上の利用が抑制されることにより,バスの乗客数に緩や かな上限を与えていることになる.利用者均衡配分の結 果,ここで与えた定員以上の乗客数が割り当てられた場合 は,当該バスに対する大きな需要があると見なすことがで きる.需要を満たすために同時刻に複数台のバスを出発さ せるなどして,計算結果を実際の運用に役立てられる. このように本稿では,コスト関数の意味が異なる電車 とバスの運行に対し,共通してBPR関数を用いる.ここ で,鉄道の場合の容量は,各社が公表している電車編成表 より路線ごとに求めた代表的な電車の定員を用いた.電車 の乗客数がこの容量を超えると,混雑コスト(乗客の不快 度)が急増する構造を表す.一方のバスの場合の容量は, 乗車定員(上述の60人)を仮想的に実現する装置として の意味をもつ.バスという新たな交通手段が加わっても, 同一のアルゴリズムを適用して問題を解くことができる点 はモデル運用上の大きなメリットである.異なる交通機関 が混在する状況の下で,時間依存の人の流れを扱う場面 は,都市計画に関わる様々な局面で現れる.電車とバスを 時空間ネットワークにより統一的に表現することで,問題 の記述力が高く操作性の良いモデルを構築できる. 4 バス乗客数の分析 前節で説明したバスリンクを追加した時空間ネットワー クを構築し,利用者均衡配分問題を解いた結果を分析する. 4.1 出発駅に着目した分析 表3に,運行頻度の異なる3つのシナリオの下で,各駅 を出発するバスの乗客数の一日合計と,それを全出発駅で 合計した値(最下行)を示す.バスの運行頻度が上がるに つれて乗客数が増大する様子が見て取れる.Frq4におけ る一日合計のバス乗客数は14,081人であり,これは臨海 部の観戦客の総数286,912人の約4.9%に相当する.ま た,図3に,Frq4の一日のバス乗客数を円の面積で示す. 駅ごとの乗客数に目を向けると,新宿駅が非常に大き く,Frq4では2,000人近い値となっている.次に大きな 値をもつのは東京駅であり,駅利用者が多い大規模駅の需 要が大きいことが分かる. 続いて大きな値をもつのは,横浜,千葉,木更津の3駅 である.こらら3駅は,臨海部からやや離れた場所にある ため,都心を経由する電車の混雑緩和に寄与すると考えら れる.ここで木更津は,鉄道駅としての規模は横浜や千葉 よりもはるかに小さいため,バス需要は相対的に極めて大 きい.このことは,東京湾アクアラインを利用可能なバス *1インターネット上の路線検索サービス(https://transit. yahoo.co.jp)を利用した.検索条件として,日時指定を「指 定なし」とし,鉄道利用経路で最短の所要時間を示した(検索 日:2017 年 4 月 20 日). 表2 バスの出発駅ごとの台場駅までの所要時間 バス[分] 電車[分] 比 1 東京 18 30 0.60 2 吉祥寺 46 64 0.72 3 新宿 22 45 0.49 4 八王子 64 88 0.73 5 赤羽 40 58 0.69 6 錦糸町 24 44 0.55 7 調布 45 77 0.58 8 品川 17 34 0.50 9 葛西 19 51 0.37 10 北千住 28 57 0.49 11 町田 55 81 0.68 12 横浜 30 54 0.56 13 川崎 27 43 0.63 14 新横浜 39 61 0.64 15 武蔵小杉 38 52 0.73 16 さいたま新都心 58 72 0.81 17 川口 46 62 0.74 18 越谷 47 83 0.57 19 千葉 37 74 0.50 20 木更津 42 116 0.36 表3 バスの出発駅ごとの一日合計の利用客数 駅名 Frq1 Frq2 Frq4 東京 407 722 1,418 吉祥寺 167 258 402 新宿 337 1,152 1,954 八王子 107 255 479 赤羽 213 287 428 錦糸町 188 289 561 調布 201 350 558 品川 90 379 767 葛西 238 620 766 北千住 267 378 831 町田 99 246 526 横浜 274 523 1,019 川崎 251 303 662 新横浜 244 309 402 武蔵小杉 167 216 277 さいたま新都心 18 27 144 川口 205 282 349 越谷 261 363 437 千葉 333 495 1,093 木更津 419 679 1,008 合計 4,484 8,130 14,081
図3 バス出発駅ごとの一日当たりのバス乗客数 ルートは,東京湾を迂回する鉄道ルートと比較して優位性 が高いことに起因する.実際,木更津から台場までの所要 時間はバスでは42分であるが,電車を用いるルートでは ほぼ2時間掛かる(表2). 一方で,さいたま新都心,武蔵小杉からのバス乗客数は 少ないことが分かる.これは,2駅の鉄道の所要時間に対 するバスの所要時間が,他の駅と比較して相対的に大きい (表2)ことが理由であると考えられる. 次に,バスごとの乗客数を分析する.ここでは,最も臨 海部に近い品川駅と,最も需要が多い新宿駅を出発するバ スで,降車地点が台場駅であるもの取り上げる.台場駅 から徒歩によりアクセスする会場で競技が行われるのは, 潮風公園のみであり,表4に示す4つの時間帯にビーチ バレーが開催される予定である 3).なお,表4の観戦客 数の算出については,鳥海らの既存研究の計算方法に従 い,総座席数に一般客への販売率90.6%とチケット販売 率84%を掛けた値を用いている9). 図 4は,品川駅と新宿駅を出発する各バスの乗客数 をFrq1とFrq4について描画したものである.品川駅の Frq1については,どの時間帯もバス需要が小さいことが 分かる.新宿駅のFrq1については,競技開始の1時間前 に出発するバスについてはある程度の需要がある.品川駅 のFrq4については,競技開始の少し前のバスに対して, 乗客数が40人程度であり,比較的需要が大きい.新宿駅 のFrq4については,8時15分と12時15分のバスにつ いて,BPR関数の容量の60人を上回る需要が観測され ている.それより一つ前のバスにも30人程度の需要があ ることから,この時間付近で2, 3本のバスを出発させる ことが考えられる. 以上のように,時刻表通りに運行する首都圏の電車を所 与とし,バスの運行パターンに応じた乗客数を利用者均衡 配分に基づき具体的に計算することができた.出発地点と 時刻に応じた各バスの需要を見積もることにより,現実の バスの運行計画に対する基礎的知見を提供できる点は本ア プローチの大きな利点である. 表4 潮風公園におけるビーチバレーの競技スケジュール 競技 開始時刻 総座席数 観戦客数 1 9:00 12,000 9,132 2 13:00 12,000 9,132 3 17:00 12,000 9,132 4 21:00 12,000 9,132 図4 品川駅・新宿駅を出発する各バスの乗客数 4.2 到着地点に着目した分析 次に,バス降車地点における到着人数の結果を示す. 図5は,Frq1とFrq4において,3つのバス降車地点の 合計の到着人数を15分ごとに集計したものである.Frq4 はFrq1と比較して大きな値をとっているが,到着人数の
図5 バス利用者の臨海部への時間帯ごとの到着人数 大まかな傾向は類似している. 次に,臨海部のバス到着の大まかな規模を把握するため に,2016年にオープンしたバスの大規模ターミナルであ るバスタ新宿を取り上げる.バスタ新宿では,最大で一 日当たり1,625便の発着がある.着便のみで1時間単位 で大まかに評価すると,約2,000人が到着する計算にな る(バス1台当たり50人が乗車していた場合).図5の Frq4の例では,大雑把に見積もって最大で1時間当たり 2,000人程度が到着しているため,臨海部に同規模のター ミナルが存在する状況に見立てることができる.臨海部の バス降車場所は,比較的広い範囲に3箇所分かれて存在し ていることを考えると,運行頻度として無理のない範囲で 実現できる可能性がある.ただし,臨海部へアクセスする ルートは内陸部よりも限られているため,ボトルネックで 渋滞が生じないよう注意する必要がある.特に,図5に おける朝の8時から9時の間のピークは,朝の通勤ラッ シュ時と重なっており,到着した観戦客を会場まで円滑に 誘導する方法を前もって検討しておくことが重要である. 5 ゆりかもめ新橋駅における混雑緩和の分析 オリンピック期間中のゆりかもめの新橋駅では,観戦客 が大幅に増大することが指摘されている 7).臨海部への アクセス手段は限られているため,玄関口である新橋駅は 構造的に混雑が発生し易い駅であるといえる.そこで本節 では,直通バスの導入により,ゆりかもめ新橋駅から発車 する電車の混雑がどの程度緩和されるかを分析する. 表5に,新橋駅から汐留駅方面へ向かう電車の乗客数 の一日合計を,バスなし,Frq1, Frq2, Frq4の4つの場 合について示す.最右列の減少率は,バスなしの乗客数を 100%とした場合に,Frq1, Frq2, Frq4のバスなしからの 減少分を百分率で表したものである.ゆりかもめの新橋駅 からの乗客数の一部がバスによる移動に切り替えたことが 分かる.また,バスの運行頻度が高くなるにつれて,乗客 数の減少の度合いが大きくなっており,Frq4の場合では, 2割を超える削減効果が見て取れる. 次に,時間帯ごとの乗客数を分析する.図6および図7 は,ゆりかもめの新橋駅から汐留駅方面へ向かう電車の乗 客数を15分単位で集計したものである.図6には,バス あり(Frq1)の場合の観戦客,バスなしの場合の観戦客, 通常客のみ,の3つのグラフを同一スケールで示してい る.図 7は,バスあり(Frq4)に対応する同様の図であ る.オリンピック開催期間中の乗客数は,観戦客を加える と通常時よりもかなり多くなることが分かる.特に,8時 から9時の間の朝のラッシュ時において,観戦客の大きな ピークが観測される点は注意すべき点である. 図6と図7より,バス導入による混雑緩和については, 一日合計の乗客数(表5)よりもピーク時における効果が 大きい点は注目に値する.特に,Frq4のケースにおける ピーク時の乗客数は,バスなしと比較して3割から5割程 度減少しており,一日合計(表5)の2割程度と比較して かなり大きい.また,朝のラッシュ時とも重なる,8時15 分から8時45分の30分間の観戦客数はかなり多い.こ の30分間のFrq4の観戦客数は,バスなしの場合よりも 47%も減少している.また,この30分間の一般の通勤・ 通学客と観戦客との合計で比較した場合でも,バスなしの 場合よりも26%も減少している.以上の結果は,利用者 均衡配分モデルの計算によって,ゆりかもめのピーク時の 混雑を避けてバスを利用する行動が示されたものであり興 味深い.計算結果は,利用者が混雑情報を正確に把握して いるという前提で得られたものである.このような混雑緩 和効果を期待するためには,バスという交通手段の存在を 利用者に正確に伝えるよう努力することが大切である. 表5 新橋駅から汐留駅方面への乗客数の一日合計 モデル 乗客数 減少率[%] バスなし 9,093 — Frq1 8,489 6.6 Frq2 7,775 14.5 Frq4 7,178 21.1 図6 新橋駅-汐留駅間の時間帯別の乗客数(Frq1)
図7 新橋駅-汐留駅間の時間帯別の乗客数(Frq4) 6 まとめと今後の課題 2020年に開催が予定されている東京オリンピック・パ ラリンピックにおいて,東京ベイゾーンへの観戦客の輸送 を想定した直通バスの数理モデルを提案した.オリンピッ ク開催時の首都圏の鉄道ネットワークにおける人の流れ を,時空間ネットワークを用いて計算した先行研究があ る7).それによると,現状の鉄道ダイヤの下では,通常客 に観戦客が加わり,臨海部の会場への玄関口であるゆりか もめ新橋駅の乗客数の増大が予想されている. 本稿では,鉄道網を補完する交通手段として,主要な鉄 道駅から臨海部の会場周辺へ直通バスを走らせる方策を評 価するための拡張モデルを提案した.直通バスを時空間 ネットワーク上のリンクとして,鉄道リンクと同様に表現 することで,先行研究の素直な拡張モデルを構築すること に成功した.提案モデルを用いて,各出発駅ごとの直通バ スの利用者を分析し,バス需要の高い時刻や駅を明らかに した.また,ゆりかもめ新橋駅における混雑緩和の効果を 具体的に示すことに成功した. 以降では今後の課題について述べる.まず,バスの出発 駅や降車地点,スケジュールの設定方法等については検討 すべき点が存在する.特に降車地点の設定については,今 回は地理的に近接する会場同士を3つにグルーピングし て分析を行ったが,競技スケジュールや会場へのアクセス のし易さに応じて降車地点の設定方法を検討することも重 要であろう.次に,オリンピック開催期間中の通勤・通学 客の行動に関する別のシナリオを検討することも重要であ ると考える.今回は,すべての通勤・通学客は通常通りの 経路選択を行うと仮定したが,オリンピックなどの大規 模イベント時には交通行動が変わることも考えられる4). そこで,通常客のある割合は,各自の負担するコスト関数 に応じて通常とは異なる経路を選択すると仮定して計算を 行うことも興味深い.今回は主要鉄道駅とバスの3箇所 の降車地点の間の直通バスを考慮したが,会場周辺では, いくつかの地点を巡回する状況も考えられる.さらに,路 線バスを含むより一般のバスネットワークを想定する場 合,BPR関数のパラメータの設定方法やデータの収集方 法について詳細に検討する必要がある.また,バスネット ワークを拡張することにより問題規模が増大した場合の計 算方法についても合わせて議論することが重要である.最 後に,競技観戦に向かう人の流れを再現することのみでな く,帰りの交通も合わせた分析が必要になるであろう. 上述の課題は,提案モデルの枠組みを大きく改変するこ となしに追求できる.様々なシナリオの下で,現状の問題 点を明らかにし,直通バスの導入効果を具体的に評価する ことが重要である.そのためのモデル分析の枠組みを構築 した点は本研究の成果であると考える. 謝辞 日本オペレーションズ・リサーチ学会の研究部会「オリ ンピック,パラリンピックとOR」において,数多くの有 益なご助言を下さった腰塚武志先生(筑波大学名誉教授) に心より感謝申し上げます.また,論文の位置付けに関わ る重要なアドバイスを下さった査読者に感謝いたします. 参考文献 1) 赤星 健太郎・高松 瑞代・田口 東・石井 儀光・小坂 知 義 (2012): 低頻度な公共交通網を有する地域の移動利便 性の評価手法に関する研究—時空間ネットワークを用い た公共交通網と都市構造の関連分析—,都市計画論文集, Vol. 47, No. 3, pp. 847–852. 2) 土木計画学研究委員会「交通ネットワーク」出版小委員 会(編)(1998): 交通ネットワークの均衡分析―最新の 理論と解法―,土木学会. 3) 2020年オリンピック・パラリンピック招致委員会(2013): 立候補ファイル, https://tokyo2020.jp/jp/games/ plan/data/candidate-entire-2-JP.pdf
4) Parkes, S.D., Jopson, A. and Marsden, G. (2016): Understanding travel behaviour change during mega-events: Lessons from the London 2012 Games,
Trans-portation Research Part A, Vol. 92, pp. 104–119.
5) Sheffi, Y. (1985): Urban Transportation Networks:
Equilibrium Analysis with Mathematical Programming Methods, New Jersey, Prentice-Hall.
6) 田口 東(2005): 首都圏電車ネットワークに対する時間 依存通勤交通配分モデル,日本オペレーションズ・リサー チ学会和文論文誌, Vol. 48, pp. 85–108. 7) 田口 東(2017): 東京オリンピック観戦客輸送の余裕を 首都圏電車ネットワークは持っているか,オペレーショ ンズ・リサーチ, Vol. 62, No. 1, pp. 5–14. 8) 東京都都市整備局・京成バス株式会社 (2016): 都心と 臨海副都心とを結ぶBRTに関する事業計画, http:// www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/kiban/brt/pdf/ keikaku_01.pdf 9) 鳥海 重喜・稲川 敬介(2017): 東京オリンピック開催時 の宿泊需要予測,オペレーションズ・リサーチ, Vol. 62, No. 1, pp. 15–21. 10) 鳥海 重喜・水本 剛四郎・田口 東(2010): 路線バスの遅 延を考慮した旅行時間と旅行経路の信頼性の評価, オペ レーションズ・リサーチ, Vol. 55, No. 3, pp. 187–192. 11) 運輸政策研究機構(2012): 平成17年度大都市交通センサ ス, http://www.jterc.or.jp/inforlib/data/ 17censasuHP/mainpage1.htm