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乳房外Paget病による皮膚潰瘍から小腸脱出をきたした鼠径ヘルニア破裂の1例 第78巻04号0864頁

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Academic year: 2021

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  症  例

乳房外Paget病による皮膚潰瘍から小腸脱出をきたした

鼠径ヘルニア破裂の 1 例

神奈川県立足柄上病院外科1),同 皮膚科2),横浜市立大学外科治療学3) 神 谷 真梨子1)  北 川 太 郎2)  鈴 木 喜 裕1) 羽 鳥 慎 祐1)  米 山 克 也1)  益 田 宗 孝3)  症例は86歳,男性.平成27年 4 月頃から下腹部に皮膚潰瘍が出現し,徐々に拡大. 9 月に体外へ腸管脱出をきたし来院した.下腹部から暗紫色に変色した壊死腸管が脱出し ており,周囲の皮膚には約15cmの潰瘍形成を認めた.また,非還納性の右鼠径ヘルニ アが併存していたため,緊急手術を施行.脱出腸管は下腹部の潰瘍の右鼠径部寄りにで きた約 2 cmの孔で絞扼されており,絞扼を解除すると,その孔は右鼠径ヘルニア嚢に 交通していた.ヘルニア門での絞扼は認めなかった.壊死腸管を切除し,右鼠径ヘルニ アはiliopubic tract repair法で修復した.皮膚潰瘍,陰部のびらんは生検で乳房外 Paget病と診断された.今回,右鼠径ヘルニアと陰部乳房外Paget病が併存したことに より,下腹部の皮膚潰瘍からヘルニア嚢への交通が形成され,小腸の体外への脱出をき たした非常に稀な 1 例を経験した. 索引用語:鼠径ヘルニア破裂,腸管脱出,乳房外Paget病 緒  言  鼠径ヘルニアは日常診療で経験される一般的な疾患 であり,手術治療が唯一の根治療法である.一方,乳 房外Paget病は主として外陰部に生じ,一般的に極め て緩徐に拡大する表皮内癌とされており,比較的稀な 疾患である1)  今回,非還納性の鼠径ヘルニアに未治療の外陰部乳 房外Paget病が併存し,Paget病による皮膚潰瘍が鼠 径ヘルニア嚢に穿通し,破裂したために腸管脱出をき たした,非常に稀な 1 例を経験したため報告する.  症例:86歳,男性.  主訴:下腹部からの腸管脱出.  既往歴:脳梗塞,高血圧.  現病歴:平成17年に右鼠径部の膨隆を自覚し,当科 を受診.右鼠径ヘルニアの診断となるも,その後通院 せず.平成18年暮れに陰茎周囲の隆起性紅斑を自覚し, 当院皮膚科で皮膚生検を施行した結果,乳房外Paget 病と診断された.しかし,その後未治療で放置してい た.以後, 8 年間放置し,痒みがあるため近医で真菌 症の診断で抗真菌外用剤を処方され,また,自らステ ロイド配合外用剤を購入して塗布していた.平成27年 4 月頃から右下腹部に小さな皮膚潰瘍が出現し,徐々 に拡大傾向であったが受診せず放置していた.同年 9 月に潰瘍の右鼠径部寄りに小孔が開いたことを自覚. その翌日の起床時に下腹部から腸管脱出していること を自覚し,当科を受診した.  来院時現症:意識清明.血圧179/119mmHg,脈拍 63/min,体温35.3℃.下腹部から右鼠径部に15cm大 の円形の皮膚潰瘍と,その右鼠径部寄りに 2 cm大の 腹壁欠損部を認め,約80cmにわたる小腸が脱出し, 絞扼・壊死をきたしていた(Fig. 1a,b).右陰嚢は 小児頭大に腫大し,非還納性の右鼠径ヘルニアを合併 していた.また,腹痛などの疼痛の訴えはなかった.  血液検査所見:WBC 19,500/μl,CRP 4.46mg/dlと 炎症所見と,BUN 26.4mg/dl,Cre 1.47mg/dlと腎機 能障害を認めた.動脈血液ガス検査では,pH 7.364, B.E. -4.8mmol/l,Lactate 5.5mmol/lと代謝性アシド ーシスを呈していた.  下腹部に形成された皮膚潰瘍のために菲薄化した腹 壁に,鼠径ヘルニアが破裂して小腸が脱出・嵌頓した,  2016年11月28日受付 2017年 2 月 2 日採用  〈所属施設住所〉   〒258-0003 神奈川県足柄上郡松田町松田惣領866- 1

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絞扼性イレウスの診断で同日緊急手術となった.  手術所見:脱出腸管は皮膚潰瘍の右鼠径部寄りにで きた 2 cmの腹壁欠損部で絞扼されていた(Fig. 1b). 同部位を切開して絞扼を解除すると,右鼠径ヘルニア のヘルニア嚢と鼠径靱帯の頭側で交通を認め,ヘルニ ア門は 3 横指以上あり,鼠径ヘルニアによる絞扼は認 めなかった(Fig. 1c,d).陰嚢まで達する巨大なヘ ルニア嚢内には多量の小腸が脱出し,その中で小腸同 士が癒着しており非還納性であった.壊死腸管を切除 し腸管を腹腔内へ戻した後,腹腔内に感染兆候は認め なかったものの生理食塩水でよく洗浄し,汚染手術で あ る た め, 右 鼠 径 ヘ ル ニ ア(JHS I-3) はiliopubic tract repair法で修復した.ヘルニア嚢は切除せず, ヘルニア嚢内に閉鎖式ドレーンを留置した.皮膚潰瘍 は,潰瘍部を壊死組織とともに可及的にデブリードマ ンし,皮膚欠損部は環状縫合にて閉創した.  術後経過:術後経過は良好で第 4 病日に食事を開 始,第 6 病日にドレーンを抜去した.合併症なく経過 し,第30病日に自宅退院した.術後,今回の皮膚潰瘍 および外陰部の白苔を伴った紅斑(Fig. 1e)に関し て再度皮膚生検を施行し,乳房外Paget病の診断を確 認した.  乳房外Paget病に対して皮膚科より手術治療を提案 したが,希望されなかったため経過観察としている. Fig. 1 手術所見  a.暗紫色の壊死腸管が下腹部より約80cmにわたり脱出していた.陰嚢は小児頭大に腫大し,非還納性の右鼠径ヘルニ アを伴っていた.  b.下腹部から鼠径部に15cm大の円形の皮膚潰瘍を認め(点矢印),その右鼠径部寄りで 2 cm大に腹壁が欠損していた (線矢印).同部位で小腸が絞扼されていた.また,鼠径から陰嚢にかけて皮膚の発赤・びらんを認めた.  c.ヘルニア門(矢印)は 3 横指以上で,ヘルニア門での絞扼は認めなかった.  d.腹壁欠損孔は鼠径靱帯(点線)の頭側で右鼠径ヘルニアのヘルニア嚢と交通していた.  e.外陰部の白苔を伴った発赤・びらんのある皮膚(矢印)を皮膚科で生検し,乳房外Paget病の診断を得た. a b c d e

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また,鼠径ヘルニアは現在まで再発を認めていない.  病理組織学的診断:陰茎基部左の紅色隆起性局面と 正常皮膚に見える部分にかけて生検した(Fig. 2a). H.E.染色では表皮に胞体の明るい大型の異型細胞 (Paget細胞)を認め,腫瘍細胞の胞体はPAS染色お よびジアスターゼ消化PAS染色陽性であった(Fig. 2b).以上より,乳房外Paget病と診断した. 考  察  鼠径ヘルニアなどのヘルニア疾患は,臓器嵌頓をき たしてしばしば緊急手術を要することがあり,基本的 には自然治癒は見込めず,メッシュ等を使用して修復 する手術治療を行う必要がある疾患である2).しかし, 疼痛を伴わず自覚症状が軽微な場合などは,手術治療 せずに経過観察もしくは放置されていることも多い. Fig. 3 本症例のシェーマ:巨大なヘルニア嚢と直上の乳房外Paget病に よる皮膚潰瘍が交通し,腹壁欠損をきたした.同部位から小腸が脱出し, 腹壁欠損孔で絞扼され,腸管壊死に至った.ヘルニア門での絞扼は認 めなかった. Fig. 2 病理組織学的所見  a.表皮に胞体の明るい大型異型細胞(Paget細胞)の集塊を認める.毛包上皮に沿っ て深部に侵入している像も認められ(矢印),表皮の大部分が腫瘍細胞で置き換わって いる所もある(H.E.,×100).  b.腫瘍細胞の胞体はPAS染色陽性(①:PAS,×200),およびジアスターゼ消化 PAS染色陽性(②:D-PAS,×200)であった. a b

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本邦において,鼠径ヘルニアが破裂して腸管脱出をき たしたという報告はなく,医中誌(1980年~2016年) で「ヘルニア」「破裂」をキーワードに検索しえた範 囲では,大人の臍ヘルニア破裂が 5 例3)~7),腹壁瘢痕 ヘルニア破裂が 4 例8)~11)の報告を認めた.腹壁が破裂 する原因としては,肥満や腹水などによる慢性的な腹 圧の上昇による局所的な皮膚の循環障害や,ヘルニア 直上の皮膚のびらん,潰瘍などの皮膚の脆弱性が考え られている3)9)  一方,Paget病は主に汗器官由来の細胞が癌化する もので,乳頭や乳輪に生じる乳房Paget病と,陰部や 腋窩などに生じる乳房外Paget病とがある.乳房外 Paget病は60歳以上の高齢者で,男性にやや多く発生 する.陰部や腋窩などに湿潤性紅斑・脱色素斑が生じ, 痒みを伴うことがある.進行すると病変内に結節や腫 瘤を形成し,リンパ行性・血行性転移を起こす12).マ ッピング生検を行い,辺縁より 3 - 5 cm離して筋膜直 上まで切除するのが原則であり,植皮術などで再建す る13).所属リンパ節に転移があってもごく少数で,明 らかに根治可能な場合はリンパ節郭清を行う.しかし, リンパ節転移が両鼠径に複数など広範囲に及んだり, 他臓器に転移がある場合はリンパ節郭清の適応はな く,化学療法や放射線療法が必要になり,その場合は 予後不良である14)  自験例では,未治療の外陰部乳房外Paget病に皮膚 潰瘍を伴い,鼠径ヘルニア嚢に穿通,破裂したために 腸管脱出をきたした.実際に,腸管脱出をきたすため には解剖学的にいくつかの段階を踏む必要があり,① 皮膚,②皮下組織,③ヘルニア嚢全てが欠損しなけれ ばならない.自験例では平成18年に右鼠径ヘルニアと 診断され,手術治療を提案されたが,その後通院を自 己中断して放置していた.その結果,時間経過ととも にヘルニアが巨大化し,非還納性となった.さらに, 同時期に外陰部の乳房外Paget病と診断されたが,こ れも治療を拒否して放置していた.掻痒感に対しては, 市販のステロイド外用剤を塗布していた.これらを総 合して自験例が破裂に至った機序を考察した.常態化 したヘルニア嚢への腸管脱出により,長期間にわたり ヘルニア直上の皮膚に持続的に圧力がかかり,局所的 な皮膚の循環障害をきたした.また,長期間のステロ イド外用により皮膚の萎縮・菲薄化を招き,皮膚が脆 弱化していた.加えて,Paget細胞の浸潤により皮膚 のびらん,潰瘍化を生じ,皮下への直接浸潤により皮 下組織の破壊が起こり,ついには穿破,腸管脱出に至 ったと考えられた(Fig. 3).  自験例は,認知症の妻と二人暮らしで長らく親族と も疎遠であった.親族から病院受診を勧められること はあったが,本人が拒否して長期間放置されていた. 今後,このように孤立化する高齢者はますます増加す ることが予想され,早期治療すれば軽症で済む疾患が 放置され重症化・複雑化する症例も増えると思われる. 一般的な疾患である鼠径ヘルニアなどは,疾患自体の 啓蒙はもちろん,初診時に鼠径ヘルニアと診断した場 合,早期に手術を推奨することが重要である. 結  語  今回われわれは,非還納性の鼠径ヘルニアに陰部の 乳房外Paget病が併存し,いずれも未治療で経過した ために皮膚潰瘍から鼠径ヘルニア嚢に穿通し,腸管脱 出をきたした非常に稀な 1 例を経験した.  本症例報告は第78回日本臨床外科学会総会(2016年 11月,東京)で発表した. 利益相反:なし 文  献  1) 大原国章,大西泰彦,川端康浩:乳房外Paget病 の 診 断 と 治 療.Skin Cancer 1993; 8 :187- 208  2) 北村直美,清水智治,森  毅他:鼠径部ヘルニ ア 嵌頓ヘルニアの手術.外科 2015;77:1009 -1013  3) 加藤健宏,寺崎正起,岡本好史他:小腸の体外脱 出をきたした臍ヘルニア破裂の 1 例.日腹部救急 医会誌 2013;33:1067-1070  4) 久保 徹,大草 康:肝硬変に伴う難治性腹水か ら発症した成人臍ヘルニア破裂の 1 例.日臨外会 誌 2012;73:1017-1020  5) 絹田俊爾,輿石直樹,松村 優他:難治性腹水に より大網の腹壁外脱出を伴う成人臍ヘルニア破裂 をきたした 1 例.日臨外会誌 2010;71:221- 224  6) 池田宏国,辻 和宏,三谷英信他:肝硬変に伴う 大量腹水による臍ヘルニア破裂の 1 例.日臨外会 誌 2005;66:519-522  7) 矢吹清一:大量腹水による臍ヘルニア破裂の 1 例. 日臨外会誌 1989;50:2264-2266  8) 杉本 聡,宮嵜安晃,廣瀬 創他:Bevacizumab 投与中に腹壁瘢痕ヘルニアが破裂を来した 1 例. 癌と化療 2015;42:2151-2153

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 9) 金子奉暁,島田長人,本田喜子他:Components separation法により一期的に修復した腹壁瘢痕ヘ ルニア破裂の 1 例.日外科系会誌 2011;36: 707-712 10) 矢崎伸樹,小野文徳,平賀雅樹他:破裂をきたし た腹壁瘢痕ヘルニアの 1 例.外科 2009;71: 224-226 11) 進士誠一,田尻 孝,宮下正夫他:腹壁瘢痕ヘル ニア破裂の 1 例.日腹部救急医会誌 2003;23: 815-819 12) 森 俊二:Paget病 診断と治療指針.Skin Cancer  1994; 9 :32-37 13) 織田知明,山田秀和,手塚 正:Mapping biop-sy法を施行した乳房外Paget病17例の組織学的検 討.Skin Cancer 1999;14:172-177 14) 土田哲也,古賀弘志,宇原 久他:皮膚悪性腫瘍 診療ガイドライン第 2 版 乳房外パジェット病. 日皮会誌 2015;125:66-75  

A CASE OF RUPTURED INGUINAL HERNIA WITH INCARCERATION OF THE SMALL INTESTINE CAUSED BY A SKIN ULCER DUE TO EXTRAMAMMARY PAGET DISEASE

 

Mariko KAMIYA1), Taro KITAGAWA2), Yoshihiro SUZUKI1), Shinsuke HATORI1), Katsuya YONEYAMA1) and Munetaka MASUDA3)

Departments of Surgery1) and Dermatology2), Kanagawa Prefectural Ashigarakami Hospital

Department of Surgery, Yokohama City University3)

 

  An 86-year-old man noticed a lower abdominal skin ulcer about 6 months before, which gradually in-creased in size. Finally, he presented to the emergency department with a complaint of intestinal prolapse from his lower abdomen. We also found that he had a right inguinal irreducible hernia. The prolapsed in-testine was strangulated through the abdominal wall defect, which was in the center of the skin ulcer, and turned purple-black in color and necrotized. Thus, emergency operation was performed. The abdominal wall defect, communicated with the right inguinal hernia sac. However, the hernia orifice was not the cause of strangulation. We removed the necrotized intestine and performed iliopubic tract hernioplasty. Based on the biopsy result of the skin ulcer and erosion of the genitals, we made a diagnosis of extramam-mary Paget disease. We conclude that because of the coexistence of right inguinal irreducible hernia and extramammary Paget disease, the abdominal skin ulcer progressed and communicated with the inguinal hernia sac, and the intestine prolapsed and was strangulated through the abdominal wall defect.

Key words:ruptured inguinal hernia,intestinal prolapse,extramammary Paget disease

参照

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