な外傷ではあるが，損傷が複雑で治療に難渋し，時に致命的となる．症例 １ ：25歳の女 性，走行中の水上オートバイから後方に転落し，会陰部から多量の出血を認め当院へ搬 送された．肛門裂傷と腹膜翻転部上に及ぶ直腸損傷を認め，人工肛門造設術を行った．
患者は術後12日目に退院したが人工肛門閉鎖には至っていない．症例 2 ：27歳の女性，
走行中の水上オートバイから後方に転落し，直腸・膣を複数箇所で損傷し活動性の出血 を認めた．直腸損傷に対しては人工肛門造設術にて対応しえたが，膣損傷は円蓋部にま で及んでおり止血が困難であった．一時は重篤な出血性ショックに至ったものの，経カ テーテル的動脈塞栓術により止血・救命した．患者は術後35日目に転院となった．
索引用語：水上オートバイ，直腸・膣損傷，経カテーテル的動脈塞栓術
はじめに
走行中の水上オートバイから転落した場合，船体の 推進力であるジェット水流により膣・直腸に特徴的な 損傷（以下，本外傷）を生じることがある1）．当院で 経験した本外傷 2 例に文献的考察を加えて報告する．
症 例 症例
１
：25歳，女性．主訴：会陰部からの出血．
現病歴：2013年 ８ 月，水着を着用して水上オートバ イの最後尾に乗船中，振り落とされて海中へ転落した．
救助時に会陰部から多量の出血を認め，当院へ救急搬 送された．
来院後経過：バイタルサインは安定していたが，会 陰からの出血は持続していた．身体所見で腹膜刺激症 状を認め，腹部CT所見で直腸壁の肥厚と周囲の液体 貯留，後腹膜気腫像を認めた（Fig. 1A，B）．直腸損 傷の診断で緊急手術となった．
手術所見：麻酔導入後に詳細な会陰部の診察を行っ たところ，全周性の肛門裂傷と，部分的ながら全層性
の肛門括約筋断裂を認めた（Fig. 2）．膣損傷は認め なかった．開腹所見で腹腔内には汚染を認めず，腹膜 翻転部より口側で直腸前面に ３ −4cmの漿膜損傷を認 めた（Fig. 3）．これを縫合修復し，S状結腸で双孔式 人工肛門を造設した．
術後経過：経過中に骨盤内膿瘍が認められたが，保 存的に加療し術後12日目に退院した．肛門括約筋機能 はほぼ廃絶した状態であり，人工肛門閉鎖までに時間 を要している．
症例
２
：27歳，女性．主訴：性器出血．
現病歴：2014年 ８ 月，水着を着用して水上オートバ イの最後尾に乗船中，振り落とされて海中に転落した．
救助時に会陰部から出血を認め，当院緊急搬送となっ た．
来院後経過：来院時ショックバイタルであり，膣か ら持続的な出血が続いていた（Fig. 4）．腹膜刺激症 状は認めなかった．初期輸液に反応したため腹部CT を撮影し，直腸背側の後腹膜気腫像に加え，膣周囲の 血腫形成と造影剤血管外漏出を認めた（Fig. 5A，B）．
直腸・膣損傷の診断で緊急手術となった．救急室搬送 から手術までの間に，約2,000mlの出血を認めた．
手術所見：麻酔導入後に詳細な会陰部の診察を行っ 2015年10月13日受付 2015年12月 ９ 日採用
〈所属施設住所〉
〒904-2293 うるま市字宮里281
たところ，膣円蓋部と肛門縁から約 ５ cmの直腸にそ れぞれ複数箇所の裂傷を認めた．膣からの出血に対し ては縫合止血を試みたが，損傷部位が深く止血困難で あった．処置中に脈拍触知不能となったため緊急開腹 し，両側内腸骨動脈結紮術を試みたが，後腹膜に血腫 が充満しており困難であった（Fig. 6）．急遽骨盤内 と膣内の同時ガーゼパッキングを行って一時的な循環 動 態 の 安 定 を 図 り， 経 カ テ ー テ ル 的 動 脈 塞 栓 術
（trans-catheter arterial embolization，以下TAE）へ 移行する方針とした．TAE待機中にS状結腸人工肛 門を造設し，TAEで左内陰部動脈分枝からの出血
（Fig. 7）を塞栓して止血完了した．
術後経過：経過中に創感染と骨盤内膿瘍を認めたが 保存的に治療し，術後35日目に自宅近くの医療機関へ 転院した．肛門括約筋機能には問題なく，今後，人工 肛門閉鎖の予定である．
Fig. 1. Abdominal CT findings in the case 1 : （Ａ） horizontal plane, （Ｂ） frontal plane.
Arrowhead shows the rectum. Note the marked swelling of the rectal wall. Arrows show retroperitoneal air and perforation of the rectum.
Fig. 2. Perineal findings in the case 1 .
考 察
高速で走行する水上オートバイから振り落とされた 場合，乗員は下肢を開き会陰部が無防備となった状態 で，船体の推進力であるジェット水流の直上に転落す ることになる2）．水上オートバイの海上走行速度は時 速90kmを超え3），その出力であるジェット水流は，
排出量にして毎分約300l4）とも言われる．一方で，豚 の結腸を用いた実験では，平均120mmHgの水圧で破
裂したとの報告もあり4），これを人体に置き換えたと しても，このように強力なジェット水流が会陰部を直 撃した場合，ここに開口部を持つ半閉鎖空間である直 腸や膣が重篤な損傷を受けることは充分に予想され る．
医学中央雑誌にてkey word「ジェットスキー」「水 上オートバイ」「水上バイク」，restriction「1983年−
2013年，会議録を除く」にて検索したところ論文数18
Fig. 4. Perineal findings in the case 2 .
Fig. 3. Intra-operative findings in the case 1 : Arrow-
head shows the partial laceration of the anterior rec- tal wall. Asterisk shows the right ovary.本あり，この中で膣・直腸損傷に関する論文が 2 本，
2 症例あった1）2）．また，PubMedにてkey word「per- sonal watercraft」，restriction「core clinical jour- nals」にて検索したところ論文数13本あり，この中で 膣・直腸損傷に関する論文が ９ 本，10症例3）～11）あった
（2015年 ８ 月 １ 日現在）．上記12症例の重複が無いこと
を確認し，当院での 2 例を合わせた14例を
Table 1に
まとめた．平均年齢は21歳（14-34歳）で男性 2 例4）8），女性12 例（症例 １ ， 2 を含む）1）～3）5）～7）9）～11）であった．受傷時 の座席位置については ９ 例1）5）～7）10）で記載があり，全 例が後部座席であった．受傷時の衣類については ７ 例
（症例 2 例含む）1）3）5）6）10）で記載があり，全例が水着着 用であった．受傷者の中にウェットスーツ着用者はい なかった．損傷臓器別では直腸（肛門含む）単独損傷 ７ 例（症例 １ を含む）1）4）6）～8）11），膣単独損傷 １ 例10）， 直腸・膣合併損傷が ６ 例（症例 2 を含む）2）3）5）7）9）であ った．
Fig. 5. Abdominal CT findings in the case 2 : （Ａ） horizontal plane, （Ｂ） sagittal plane.
Arrows show the rectal perforation. Arrowhead shows extra-vasation of contrast medium. Asterisk shows the uterus.
Fig. 6. Intra-operative findings in the case 2 :
Asterisk shows the uterus. Arrowhead shows the sigmoid colon. Note the large ret- roperitoneal hematoma.Fig. 7. TAE findings in the case 2 : Arrowhead shows
extra-vasation of contrast medium.AuthorYearAgeSexSeat positionClothingAnorectal injuryVaginal injuryOperation Rectal injury Descottes, et al4)200316MNANA+-Resection & anastomosis Szmytkowski8)200734MNANA+-Stoma Morrison, et al11)199814FNANA+-Stoma Philpott, et al6)199915FRearSwimsuit+-Stoma Kapur, et al7)200719FRearNA+-Stoma Tatsuta, et al1)200818FRearSwimsuit+-Stoma Case 1201625FRearSwimsuit+-Stoma Haefner, et al10)199117FRearSwimsuit-+None Nakajima, et al2)201124FNANA++Stoma Nozaki, et al5)199626FRearSwimsuit++Stoma Parsons, et al3)199830FNASwimsuit++Stoma Goldberg, et al9)200426FRearNA++Stoma Kapur, et al7)200715FRearNA++Stoma Case 2201627FRearSwimsuit++Stoma NA, not available ; IIA, internal iliac artery ; TAE, trans-catheter arterial embolization.
Table 1 Fourteen cases of recto-vaginal injury caused by PWC ac cident.
である．すなわち，直腸損傷は広範囲・複数箇所に及 ぶことが多く，人工肛門が必要となること．また，膣 損傷は損傷箇所が深く止血に難渋する可能性があるた め，開腹での止血処置やTAEを考慮すべきことであ る．
本外傷に伴う直腸損傷は，直腸S状結腸移行部付近 にまで及ぶことがあり4）11），多くが複数箇所の損傷で
ある1）～4）7）9）11）．このような損傷を，本外傷の術前ある
いは術中に見逃し無く評価することは困難である．損 傷を見逃したまま一期的切除・吻合を行い，死亡に至 った症例も報告されている4）．以上の理由から，直腸 損傷に対しては人工肛門造設術を第一選択とし，一期 的な切除吻合は避けるべきである．多くの症例では待 機的な人工肛門閉鎖術が行われており，良好な成績が 得られている1）～3）5）～9）11）．しかし，肛門括約筋機能廃 絶のため人工肛門閉鎖が困難となる症例（症例 １ ）や，
閉鎖前に括約筋再建術が必要な症例2）も存在する．人 工肛門閉鎖術前には，肛門括約筋機能の慎重な評価が 必須である．
本外傷に伴う膣損傷は，経膣的な手技では止血が困 難な場合がある．ジェット水流が膣腔内に侵入して損 傷を生じるという受傷機転を考えれば，膣入口部7）と 膣円蓋部（症例 2 を含む）5）9）10）が損傷を受けやすいこ とは十分に予想される．特に膣円蓋部に損傷を認めた ４ 症例（症例 2 を含む）5）9）10）のうち，実に ３ 症例（症 例 2 を含む）5）10）で経膣的止血が困難となり，膣パッキ ング10）や内腸骨動脈の結紮術5），TAE（症例 2 ）が施 行されていた．特に症例 2 は，本外傷の膣損傷に対し てTAEを施行した本邦初の症例であるが，止血効果 ならびに妊孕性温存のためにも極めて有効な手段であ ると考えられた．膣損傷部位が深く，造影CTでex- tra-vasationを認める場合にはTAEを積極的に検討 すべきである．
本外傷は主に若年女性が膣や直腸に損傷を負い，人 工肛門造設など，身体的・精神的に多大な苦痛を伴う ものである．ウェットスーツ着用は本外傷に対する有 効な予防法になりうると考えられるが12），2014年10月 末の時点で法的に義務づけられてはいない12）．水上オ ートバイの事業者あるいは利用者を含めて，本外傷の 危険性と乗船時のウェットスーツ着用について注意喚 起が必要である．
結 語
水上オートバイ事故に関連した直腸・膣損傷の 2 例
文 献
1） Tatsuta T, Okumura K, Shimizu T, et al : Se- vere anorectal injury caused by a jet ski acci- dent : report of a case. 日救急医会誌 2009；
20：232−236
2） 中島紳太郎，高尾良彦，宇野能子他：外傷性直腸
膀胱膣壁破裂にともなう肛門括約筋断裂に対して 2 期的手術で排便機能が改善した １ 例．日本大腸 肛門病会誌 2011；64：414−422
3） Parsons D, Kahn H, Isler J, et al : Rectal injury caused by a personal water craft accident. Dis Colon Rectum 1999 ; 42 : 959−960
4） Descottes B, Lachachi F, Moumouni I, et al : Rectal injury caused by personal watercraft ac- cident. Dis Colon Rectum 2003 ; 46 : 971−973
5） 野崎 浩，前川武男，巾 尊宣他：ジェットスキ
ーによる会陰部裂創の １ 例．日腹部救急医会誌 1996；16：1325−1328
6） Philpott J, Ng P, Wixon C, et al : Rectal blowout by personal watercraft water jet : case report and review of literature. J Trauma 1999 ; 47 : 385−388
7） Kapur S, Frei L : Colorectal and vaginal injuries in personal watercraft passenger. J Trauma 2007 ; 63 : 1161−1164
8） Szmytkowski J, Dabrowiecki S, Burzynska M : Unusual rectal injury by personal watercraft. J Trauma 2007 ; 62 : 551
9） Goldberg J, Horan C, O’Brien L : Severe anorec- tal and vaginal injuries in a jet ski passenger. J Trauma 2004 ; 56 : 440−441
10） Haefner H, Andersen F, Johnson M : Vaginal laceration following a jet-ski accident. Obstet Gynecol 1991 ; 78 : 986−988
11） Morrison D, Pasquael M, Scagliotti C : Hydro- static rectal injury of a jet ski passenger : Case report and discussion. J Trauma 1998 ; 45 : 816
−818
12） 水上オートバイ あなたが楽しむその前に―運輸 安全委員会事務局 神戸事務所，（Accessed Oct 1, 2015, at http：//www.mlit.go.jp/jtsb/bunseki- kankoubutu/localanalysis/04kobe/20130426kban alysis.pdf）
was transferred to our hospital. Anal laceration and rectal injuries were noted. One of the rectal injuries had reached above the peritoneal reflection and a diverting colostomy was performed. The patient was discharged from our hospital on 12th hospital day. The closure of her colostomy has not been completed.
Case 2 : A 27-year-old woman was thrown backward from a moving PWC. Multiple recto-vaginal inju- ries and profound bleeding were noted. Her rectal injury was controllable with a diverting colostomy, however the vaginal bleeding originating from the fornix was quite difficult to control. Though the pa- tient once lapsed into severe hemorrhagic shock, the bleeding was successfully controlled with a trans- catheter arterial embolization. The patient was transferred to another hospital on 35th hospital day.