サウンドスケープと平和研究(中間報告)
著者 半澤 朝彦
雑誌名 明治学院大学国際学部付属研究所研究所年報 =
Annual report of the Institute for International Studies
巻 23
ページ 101‑103
発行年 2020‑10‑01
その他のタイトル Soundscape and Peace Studies
URL http://hdl.handle.net/10723/00004000
上半期
本プロジェクトの初年度であるため、まず基礎的な文献調査を行った。サウンドスケープの 分野は文献自体がまだ非常に少なく、サウンドスケープそのものだけでなく、関連諸分野の文 献を渉猟することは非常に時間がかかる作業である。音楽学や社会学だけでなく、小説やエッ セイに資料のヒントが見いだされることも多い。後者などについては、今年度は手を広げるこ となく、まず、サウンドスケープの既存研究と関連情報を収集し、これまでに提起されている 論点を整理することに努めた。
これと並行し、専門家と対話し考察を深めた。とりわけ、日本の代表的なポピュラー音楽研 究者の一人である大妻女子大学教授の小泉恭子氏を6月20日に明治学院大学にお招きし、とく に、近年の氏のサウンドスケープに関するいくつかの新しい研究について広範な意見交換をお こなった。
具体的には、「サウンドスケープ今昔─あふれる音の向こうに」吉原直樹・近森高明編『都 市のリアル』有斐閣2013年所収、「「あの頃」を連れてくる音楽」吉原和男編『人の移動事典
─日本からアジアへ・アジアから日本へ』丸善出版2013年所収、「音風景の中の移民コミュニ ティ」吉原和男編『人の移動事典──日本からアジアへ・アジアから日本へ』丸善出版2013 年所収、といった諸論文、そして、氏の主著の一つである、『メモリースケープ─「あの頃」
を呼び起こす音楽』みすず書房2013年、である。ここから、①時代、場所、価値観とサウン ドスケープとの密接な関係、②環境音としての楽曲、③サウンドスケープの意味の変化、など 重要な論点が浮かび上がった。
とりわけ、『メモリースケープ』は本プロジェクトとの関連で、一つの重要な手がかりを提 供する可能性があるので、やや詳しく記しておく。本書は、「うたごえバス、フォーク酒場、
コミュニティ・ラジオ、映画音楽サークルを訪ね歩き、人生の実りの時を迎えた「ふつうの中 高年」への質的調査を通じ、聴覚の個人史と文化的記憶が交わる想起のかたちを明らかにした フィールドワークである。時間と空間を行き来する想起を「メモリースケープ」という概念で 読み解くことで、従来のサウンドスケープ研究を批判的に乗り越え、聴覚文化研究の新しい次 元を示す。メディアが画一化してきたノスタルジアへの反証として多様な想起のあり方を提示 しながら、高齢化の進行で勢いづく「ノスタルジア市場」に回収されることのない、「住まわ れた記憶」が拓くパースペクティヴが立ちあらわれる。(本書の紹介より)」といった内容であ る。「聴覚の個人史と(集団的・社会的な)文化的記憶の交わり」という論点は、サウンドスケー プ研究を、単なるその場その場の「音の風景」にとどまるものではなく、歴史的・時間的な縦 軸に位置付ける点で重要である。また、単にコレクティブなサウンドスケープを社会の「大き
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な物語」と等置してしまうのではなく、個人と社会との関係にも焦点を当てることにより、個 人と社会とのかかわりについてより深い考察が可能になるであろう。
こうした知見も交えながら、代表研究者は、「明治学院コンサート・シリーズ」における演 奏と解説、研究協力演奏者に対する関連のインタビューを行い、また、9月初めにはフランス・
パリに於いて数日間の調査を行い(渡航費・滞在費はこのプロジェクト予算以外から支出した)
書籍・資料の購入、ケ・ブランリー美術館(アジアアフリカ民俗博物館)、移民博物館などで の実地調査を行った。とくに、ケ・ブランリー美術館と移民博物館においては、マグレブを中 心とする地域からフランスに移民してきた人々の「音の記憶」、パリという都市のサウンドス ケープ、現代のメディア(YouTubeやSNS、ゲームなど)との交錯が、どのように新しいアイ デンティティを生み出すのか、興味深い事例を収集することができた。
「明治学院コンサート・シリーズ」の上半期における活動では、5月にボヘミアほか中東欧 の民謡を使用したドヴォルザークの「テルツェット」に関連して、また聴覚障害があったベー トーヴェンの晩年のサウンドスケープについて解説した。ベートーヴェンとサウンドスケープ というと、交響曲第6番『田園』の表題付きの諸楽章が有名で想起されるが、西洋音楽におい ても、ヴィヴァルディの合奏協奏曲『四季』を初めてとして、サウンドスケープを立ち上げる ことを一つの目的とする楽曲は少なくない。
こうした楽曲に焦点をあて、西洋音楽や西洋近代のエートスを逆照射することもできるかも しれない。西洋音楽において「上位」と観念されることが多く、研究も数多い「絶対音楽」(抽 象的な音の配列こそが価値が高い作品であるとする概念。たとえばバッハ「フーガの技法」な ど。)と比較研究することも可能である。エマニュエル・レベル著(西久美子訳)『ナチュール:
自然と音楽』アルテス・パブリッシング2016は、2016年の「ラフォル・ジュルネ・オ・ジャポン」
の開催に伴って出版された気鋭の音楽学者の手になる書であるが、これまで知られている標題 音楽だけでなく、サウンドスケープ概念についても切り込んでおり、本研究の重要な参考文献 である。
コンサート・シリーズのレクチャー部分においては、必ずしも音楽に限定せず、とくに文学 作品から読み取れるサウンドスケープについても解題を行い、好評であった。たとえば以下の ようなインプットが有益であった。たとえば、木村直弘「イーハトーヴのサウンドスケープ─
賢治作品における「音の景観」をめぐって─」岩手大学教育学部附属教育実践研究センター紀
要第5号17-38,2006には、宮澤賢治の小説の世界に現れる独特のサウンドスケープの分析が
あり、参考になった。また、1997年にサントリー学芸賞を受賞した中川真『平安京 音の宇宙』
では,『源氏物語』『枕草子』『今昔物語』のテクストを詳細に検討し、当時のサウンドスケー プを鮮明に立ち上がらせている。これらの論稿、著書は、次年度以降に本研究で文学作品への アプローチをとる際、単なる事例以上の理論的枠組みを提供してくれるものと思われる。
8月には、イギリスのヨークシャーの音風景との関連が指摘される、作曲家ディーリアスの 弦楽四重奏曲を取り上げ、レクチャーでも詳しく言及した。ここでは、風景画が重要なジャン ルであるイギリス絵画との関連も取り上げて解説した。
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明治学院大学国際学部付属研究所年報 2020年度 第23号
下半期予定
下半期においては、明治学院コンサート・シリーズが2回開催されたのち、新型コロナウィ ルス問題の発生により、2020年2月以降については中止・延期を余儀なくされていたため、研 究が予定通り進行していない面は否めない。
とはいえ、ドヴォルザーク(中東欧)とブリッジ(イギリス)を取り上げた回(10月)、ク リスマス・コンサートとして、アルカンジェロ・コレッリ作の「クリスマス協奏曲」を演奏し た12月など、サウンドスケープに関連しての知見を進展させることができた。コレッリ作品は、
キリストの生誕時の情景(まぐさ桶、家畜小屋など)を音によって再現することを意識した「パ ストラーレ」であり、研究が多い絵画以外の、キリスト教芸術によるサウンドスケープの実践 と位置付けることができる。
なお、3月には「政治と音楽」研究会の開催を予定していた(講師は、芝崎祐典成城大学講 師、氏の近著『権力と音楽』)が、新型コロナウィルス問題の発生により次年度に持ち越しとなっ ている。次年度には、前述のサウンドスケープ研究者の小泉恭子氏によるゲスト講師招聘も検 討中である。
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