平成 23年 度
修士論文
日中の小 学校 にお け る学校 文化 の比較研究
二重大学大学院教育学研究科
学校教育専攻学校教育専修
210M011郷 布琴花
目次
夕 台めに・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
p、 2第一節 問題意識
第二節 研究対象、研究方法及び対象の設定
第一章 学校文化のとらえ方・・・・・
0●00'0・ ・・
0・・・・
p、 8第一節 学校文化の定義
第二節 先行文献の概観
第二章 日本における学校文化の実態・・・・・・・・・ 。・・・・・・
p、 16第一節 S小 学校の学校文化の特徴
第一項 S小 学校の紹介
第二項 S小 学校における地域 とのつなが り 第二節 S小 学校のカ リキュラム
第一項 「活動・体験」学習への取 り組み 第二項 S月 ヽ 学校における授業実践及び分析
第二章 中国における学校文化の実態・・・・・ ●●●●●・・・・・ ●
p、 37第一節 H小 学校の学校文化の特徴
第一項 H小 学校の紹介
第二項 H小 学校における民族文化の伝承 第二節 H小 学校におけるカ リキュラム
第一項 学校の授業の開発
第二項 H小 学校における授業実践及び分析
浄 冬わ りに 。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 0 ・ ・ ・ ・ 。 ・ ° ● ● ● ● ● ● 0 ● ● ● ● ●
p、52 第一節 本研究の到達
第二節 今後の課題
始めに
第一節 問題意識
社会や経済の発展に伴 う都市化や生活様式の変化などにより、子 どもたちの生活環境が 変化 しつつある。そのため、子 どもたちは、 自分の地域文化や民族文化 と触れることが少 なくなってきているといつた状況である。 このような問題 を解決するためには、学校で伝 統文化を子 どもたちに伝えていくことが有益ではないか と考えられる。なぜな ら、子 ども たちが地域や民族の固有の伝統文化を受け継 ぎ、発展 させてい くことは地域文化、民族文 化の振興につながると考えられるか らである。更に、子 どもたちは、この文化伝承の活動 を通 し、将来社会で生きてい くための必要な力を身に付けることができるのではないか と 考える。
また、学校は社会の中存在 しているため、独立 したものではない。学校外の様々な要素 か らも大きな影響を受けている。友田泰正
(1990、p4)は 「文字を中心としている教科書 の世界や、それを通 じて行われる教育実践の中にも、それぞれ文化がある。その文化には、
近代的な工業化社会に共通する科学的知識だけではなく、それぞれの社会特有の伝統文化 が反映 している」 と述べている。つま り、学校が子 どもたちに伝えているのは、単なる知 識の寄せ集めではなく、その国や地域、民族の伝統文化 も反映 されているとい うことであ
ろ う。それで、これ らの外要素の影響を受けて、学校独 自の文化が生 じると考える。
黄順姫
(2002、p87)は 「伝統の継承は過去の文化、過去の繁栄を現在の学校のなかに生
き残 らせ る過程である。現在によつて再生、変容、再生産 された伝統のみが、学校的時間・
空間の中で価値あるものとして存在 しつづけるのである」 と述べている。つま り、学校で 文化伝承をすることによつて、伝統が価値あるもの として存在 しつづけるとい うことであ
る。
筆者は 日本の S小 学校 と中国の H小 学校で授業観察 を行つた。両学校は校舎か ら、学校 の活動まで全 く異なつた雰囲気である。 しか し、子 どもたちに何かを身に付けてあげよう と工夫 している教師たちの姿は同 じである。では、教師たちはどのような価値観をもち、
学校の活動 と取 り組んでいるのだろ うか。
また、学校文化比較研究においては、学校文化 とい うタイ トルで、 日本 とアメリカ、 日 本 とイギ リスの研究がある。例えば、自井博の 「認識 と文化アメリカの学校文化 。日本の
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学校文化」、志水宏吉の「学校文化の比較社会学、日本 とイギ リスの中等教育」などが挙げ られる。 日本 と中国の学校文化比較研究は未だ行われていない。
本研究で、学校を学校文化
(価値観や行動様式 )と い う観点か ら把握 し、学校生活の中 で大事にされている地域文化や民族文化に焦点をあて、それ らを学校で伝承 してい く価値 を明 らかにする。同時に、日本の S小 学校が文化伝承について学校でどのように取 り入れ、
一方、内モンゴルの H小 学校で文化伝承について学校で どう取 り入れていくべきかを考察 していきたい。
さて、本論文は三つの部分か らなつている。第一章では、本研究の基礎的な理論、学校 文化の捉え方や先行研究の分析を行 う。第二章では、 日本の S小 学校の学校文化の実態を 学校文化の特徴、カ リキュラムか ら述べる。第二章では、 H小 学校の学校文化特徴、カ リ キュラムか ら述べる。終わ りは、本研究の到達点 と課題である。
引用文献
:友 田泰正『 学校文化 一深層へのパースペクティブ』 長尾章夫、池 田寛編 東信堂 年
黄順姫『 学校システム論
(子ども 。学校 。社会
)』竹内洋編 放送大学大学院教材 年
1990
2002
第二節 研究対象、研究方法及び対象の設定
=、
研究対象 日本
:二重県 S小 学校
52人である。
中国
:H小 学校約
600人である。
この二つの学校を研究対象に した理由は、両学校で先人が創 り上げてきた人々の伝統的 な文化を子 どもたちに伝承することを大事に している点では似ているからである。
二、研 究方法
本研究は、 S小 学校 と H小 学校での授業観察及び H小 学校の C教 頭先生、 S小 学校の
R校長先生、 N先 生に許可をもらい、インタビューを行つた。またく S小 学校の合同検討会で の資料により、分析を行つた。その理由は、筆者だけの角早釈 にならないことに配慮 したこ とがある。また、観察 して筆者が気付いてない部分があるので、インタビューや検討会を 通 して、より深 く知 りた くなつたこともある。特に、研究対象の価値観、行動、視点など
を知 りたい と思つたか らである。
無藤隆 ら
(2004、p173)が 述べているように 「事例 に関す る多面的な情報や状況の詳細 な提示は、データの妥当性 を確認す る意味でも有効である。他の視点か らの解釈 との突き 合わせ、複数の種類の情報 を重ね合わせ ることを通 して、事例研究の妥当性を確かめる」
ことを行 うためにも、本研究においても方法を授業観察やインタビューを使用する。
(1)観
察 日本
:筆者は
2010年10月か ら現在まで S小 学校の
1年生や
5、6年 生を対象に授業観察を行つ てきた。基本的には、毎週月
ll■日
1限日か ら 3限 日終わ りまでの 3時 間の授業中の観察を 行 う。時間帯は 8時 40分 か ら
11時 25分で、合計 2時 間 45分 の観察である。 さらに、学 校行事 として、体験活動が設定 されている日も参加 し、子 どもたちとかかわ りなが ら、田 植 え活動、すみがく活動
(子どもたちの感性を磨 く活動
)、商店街集会活動
(子どもたちは 料理のお店やゲームをす るお店を出すこと )等 の児童の体験活動を一緒に行つてきた。あ る時、都合を見て、 4限 日の授業まで観察 し、お昼子 どもたちと一緒に給食を食 べるとき もある。
本研究で、一年生の 「蚕の飼育」、「田植 え活動での子 どもたちの感想」を取 り上げ、事 例分析の対象 とする。
5だヽ 学校では、総合的な学習、生活科の授業で、蚕飼育、田植 えな どの体験活動を取 り入れている。地域の昔か らあつた伝統文化を学校 のカ リキ ュラムの中 で取 り入れ、伝承 させてい くための S小 学校独 自の学校文化だと思われる。
中国
:H小 学校での観察は、
2011年9月 19日 (月 )か ら9月 22(本 )ま での、四 日間の授業
観察である。本研究で、 4年 生の習慣
(モンゴルの遊牧文化である衣 。食・住文化のこと
)の授業である 「グル文化」の授業を取 り上げ、事例分析の対象 とする。内モン ゴル全体か
ら見ても学校のカ リキュラムの中に民族独特な文化を取 り入れ る授業はほとん ど見 られな
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く、本学校の教頭先生の話
(第二章、第二項 )か ら見ても、この学校は内モンゴルで有数 な民族文化を学校で大事に し、取 り入れている。
①観察者の立場
筆者は両校で授業観察をするとき、身の置き場所を正夫 し、現場に迷惑にな らないよう に心がけた。 S小 学校では、 N先 生の願いで、授業中子 どもたちと直接かかわつた場合もあ る。特に、体験活動を子 どもたちと一緒に行つてきた。山本登志哉
(2004、p69)に よれば「自 分 もその場面の自然な役割 を担 う、構成員の一人 として振 る舞 うとい う関わ り方で、その フィール ドの中にもともと予定 されている役害
1をとり、その役割 を通 して対 ・ 象者 と関わる のである。これを参与的観察 とか関与的観察などと呼ばれる」ことである。したがつて、本 研究での、筆者の立場を参与観察 と言える。
②観察・記録方法
筆者は授業観察をす るとき、教師や子 どもの発言、様子をメモ書きなが ら、エ ピソー ド 記録 をとつた。現場の教師の許可をもらい、
ICレコーダーを使い、音声記録をとつた。ま た、デジタルカメラを使い、写真 を撮った。
(2)イ
ンタビュー
①インタビュー対象 日本
:S小 学校でのインタビュー対象は N先 生 と R校 長先生である。
中国
:H小 学校のインタビュー対象は C教 頭先生である。
① インタビュー時間愛び場所 日本 : 、
R校 長先生へのインタビュー時間は
2012年1月 23日 (月 )の 8時
50分か ら 9時
20分(約 30分
)で 、場所は校長室である。
N先 生へのインタビュー時間は、
2012年 1月23日 (月 )の
10時25か ら
10時 45分で
(約20分 )で 、場所は S小 学校の放送室である。
中国
:C教 頭先生へのインタビュー時間は、
2011年9月 22(木
)の二限 目の体みの時間 9時
50分か ら
10時10分 の間で、合計 20分 である。場所は教導処
K/Jヽ学校部、三階
)である。
5
下記の表は筆者が 日中両国で行つたインタビュー、授業参観及び合同検討会 での期間であ る。
③記録方法
筆者はインタビューする際に、インタビュイーの許可をもらい、
ICレコーダーを使つて、
音声記録を取つた。
④インタビューの種類
本研究は半構造化インタビューを用いた。筆者が事前にインタビュイ ーヘの質問を設定 してあるが、話の中で確認や授業見た感想などを言い、課題を変え観察 して気 づかなかつ た点も知つた。
(3)合 同検討会でのデータ
年間
2回学期末に S小 学校の教師 と M大 学の教員、 授業観察者が合同で検討会
(振り返 り の会
)を行われ てい る。本研究で、寺例解釈 の琴当性や信頼性 を高めるため、現場の教師か
らのコメン トを大事にし、活動の理解 を深めた。第二章、第二節で取 り上げる 「蚕飼育」
6 期 間
国
参観 同時
イ ンタ ビュー の 同時合 同検討会 の 同時
日本
2010年
10月 か ら 現在 までR校
長 先 生2012年 1 月23日 (月 )の 8:
50〜
9:20の
(約 30 分)で
あ るN先
生2012年
1月 23 日(月 )の
10:25〜10:45の約20分で あ る
2011年
7月 22日 (金)の
12時 半か ら14時半までの約 2時 間である
中国
2011午
9月 19日(月 )か
ら22日
(本)までの 四 日 間 で あ る
C教 頭先生
2011年 9月 22(木
)の二限 日の 体 み の時 間 9:50〜
10:10の
合計
20分で ある
な し
活動の記録は、 S小 学校で行つた合同検討会 で検討 したことがある。筆者が授業観察中、
見たものや感 じたことの意図を現場の教師たちから聞き、理解を深めたぎ
(渡邊芳之
2004、p61)は 「複数の視点か らの観察は整合性 よりもむ しろ差異を検出するための方法であ り、
視点の違いが生み出す差異が総合 され るところか ら対象へのより深い理解が得 られること がある」 と述べている。
二、対象 の設定 日本
:この活動 は 2004年 4月 か ら始ま り、 7年 半にわたつて学生の参加観察 を軸 としなが ら協 働 の研究が継続 している。
また、 S小 学校 は、筆者 の所属 してい る大学か ら車で約 40分 の離れてい るところにある か ら、近 くて便利である。
中国
:H小 学校 は筆者 の地元 の学校 であ り、車 で 1時 間離れ てい る ところにある。観察 中姪 に 世話 を している伯母 さんの家で宿泊 した。
(姪は H小 学校 の一年生である
)引用文献:
無藤隆・やまだようこ 。南博文・麻生武・サ トウタツヤ「編」『質的心理学
膚1造的に活用 するコツ』 新曜社
2004年
同上 同上
第二章 学校文化 の とらえ方
第一節 学校文化の定義
本論文で取 り扱 う課題は「学校文化」である。学校文化について論 じる前に 「文化」 とい う概念を理解す る必要があるだろう。
『 日本の新教育社会学辞典』
(1986、p767)で は文化 を次のように定義 している。「ラテ ン語の
colere"(気をつける
)(養育す る)(耕す)に 由来し、 cultura agri"(土 地耕作
)を経て、
cultura"(耕作、動植物の培養育成、人の心の培養、教育)か ら転 じたもの とさ れてお り、この概念は最初から「教育」と相即不離だ といえる。漢語 としての「文化」は、 「文 治教化」
(刑罰威力を用いないで人民を教化す ること
)の意味であつたが、 「文化」とい う日本 語は、大正期に流行翻訳語 として広まった。要す るに、文化は、単なる
(自然 )で はなく て、人によつて耕 されたもの、作 り出されたものであ り、また普遍性をもつ市民的 。都市 的 〈 文明 )と も区別 されて、民族を基盤単位 にして構成 された、 しかもそれ独 自の価値を 実現 している意味の体系ない しは生活の様式だ と理解 しうるであろ う。概括的にいえば、
文化 とは、一つの社会集団の特徴的な生活様式であ り、また、歴史的に生み出された生活 のデザインだともいえる。行動 とのかかわ りで考えれば、既成の状況規定のセ ッ トのこと である。つま り、ある社会を特色づけるような、 しかも幾世代にもわたつて伝承 されてき た、ものの考え方や行動の様態を指す概念である。」
『教育大洞典』
(1998、p1619)で は「文化は人類が歴史過程中に創造 した物質財物 と精 神財物の総合である。 この言葉はラテン語の 「
culutura」か ら由来 している。 もともとは 耕作、培養、教育、発展、尊重の意味があつた。狭儀では、特に社会意識形態及びこれ と 相適応 した制度、機関などだ」 と定義 している。
中国の学者である鄭金洲の収集 した文化の定義は 310個 を超えている。鄭金洲
(2000、pp2‑4)は 文化 を広義 と狭義か ら次のように定義 している。「広義の文化は後天的に獲得 し た、一定社会の集団に共有 した事物で、一般的に緊密関連 している二つの層面がある。つ ま り、物質層面、制度層面 と精神層面である。狭義の文化は一定社会集団が習得、共有す る一切の観念や行為である。」
このように、文化についての人々の理解は様々である。それでは、両国では学校文化 を
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どのように捉えているのだろ うか。
先に、 日本の学校文化についての定義を概観す る。
『 新教育社会学辞典』
(1986、pl17)で は、学校文化を次のように定義 している。「学校 集団の全成員 あるいはその一部によって学習 され、共有 され、伝達 される文化の複合体。
学校文化は次の三要素か らなる。
1)物質的要素 :学校建築、施設・設備、教具、衣服等、
学校内で見 られる物質的な人造物。2)行動的要素 :教室での教授 =学 習の様式、儀式、行 事、生徒活動等、学校内におけるパターン化 した行動様式 3)概念的要素 :教 育内容に代 表 され る知識・スキル、教師ない し生徒集団の規範、価値観、態度。学校文化は学校 とい う組織ない し制度が普遍的に有する文化項 目としての性格 と、それ らが各学校の歴史や社 会的文脈の中で独特の展開を示す中で形成 された特質の、双方を併 もつ。各学校の伝統な い し校風 と呼ばれるのは、後者の側面が強調 されたものである。」
『 新社会学辞典』
(1993、p206)で は、 「学校集団の全成員あるいはその一部によつて 学習 され、共有 され、伝達 される文化の複合体。学校 とい う組織ない し制度が普通的に有 する文化項 目としての性格 と、それ らが各学校の歴史や社会的文脈の中で独特の展開を示 すなかで形成 された特質の、双方 を併せ もつ。学校文化は全体社会の下位文化であると同 時に、それ 自身、①生徒の下位文化②教員の下位文化③いわゆる制度的下位文化
(教育課 程・方法、校則、儀式等
)からなる。狭義の学校文化は、制度的下位文化を指す」と定義 し ている。
『 教育社会学辞典』
(1967、p155)で は、次のように定義 している。「学校 とい う制度な い し社会集団のもつ下位文化である。この文化の構成要素にはおおむね三種があげられ る。
第一種は学校が公的なインスティテューション
(institution)として、その伝達
(及び創造
)の任 を負つているところの文化。 この文化は教育課程 として生徒へその発達段階に応 じて 与えられた、生徒たるものの行動規範あるいは道徳 として揚げられ る。第二種の要素は文 化的、心理的、身体的な未成熟者たる子 どもに特有な文化である。第二種の要素は、教師 集団の文化である。それは、一面では、文化遺産の公式の伝達者、学校社会の秩序の維持 者のもつ文化であると共に、多面では、子 どものよき理解者、養育者のもつ文化である。
J上記に紹介 したのは、 日本の辞典での学校文化に対す る捉え方である。それでは、研究 者たちは どのように捉えているのだろ うか。
志水宏吉
(1990、 p17)によれば、学校文化は 「ものや情報などの具体的なものごとでは
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な く、それ らの背後 にあつて、それ らの物事や人々の行為一般 の生成 に関わ るきま り 。ル ールのことであ り、 この原理 を体得す ることによつてのみ、学校社会の中で 自由に生きる ことができる」 と定義 している。
中留武昭
(1996、p40)に よれ ば、学校文化 は「各学校 に固有の もの として形成 されてい
る規範、習慣、価値、信念や行動様式な どの認識枠組み」 を意味 している。そ して、 この よ うな学校文化は顕在化 した文化 と日には見えにくい潜在化 した文化があると述べている。
久冨善之
(1996、pp16‑20)に よれ ば、学校文化 を構成す るもの として、大 きく以下の 4つ
がある としてい る。つま り、制度文化、教員文化、生徒文化、校風文化である。 これ らの 四つの要素は相互 に作用 しなが ら学校文化 を構成 している
(図 )。また、学校文化の構造 と性格 とは、内在的諸要素 とその相互関係 によつてのみ成 り立つているのではな く、当然 なが ら外在的諸要素 との関係 も重要である。 したがつて、学校文化は学校内で完結 ヒ ノたも のではな く、学校外 の様 々な要素か らも大 きな影響 を受 けていることが分かる。本研究で、
特 に注 目す るのは、学校外 である地域や民族 か ら影響 を受 けて学校成員 に共通 して見 られ る価値観や行動様式である。
(学
校文化を構成す る諸要素 とその学校内・外の関係
)次に、中国の学校文化の定義を概観 していく。
『教育大洞典』(1998、
p1834)で
は、学校文化は学校内の教学及び他の一斉活動の価値 観や行為形態を指す としている。学校の物質文明と精神文明の総合的な表れで、顕在的カリキュラム、潜在的カ リキュラムか らな ると書かれてい る。
異支奎
(2008、 pp20‑23)は、次の よ うに定義 してい る。「学校文化 は学校 の発展過程 中
段 々形成 され てきた組織成員 の基本 的仮設 、信念、及び安定的な生存方式である。それ が、
学校組織成員 の共同で遵守す る価値体系 と行動模式 に表現す る。」
劉学国 (1990)13は 学校文化 を 「学校 の構成員が、一定の社会歴史環境 中、共 同の 目標 を実現す るため、段々形成 された観念形態 と文化形式の総合である。 この中に価値観念、
行為様式、道徳規範、心理校風、学校精神 と学校形象 な どが含 まれ てい る」 と定義 してい る。
付 云 (2006)は 、「学校文化は学校 の成員が学校の文化伝統 を継承す る基礎上、長期の教 育実践過 程 中、積み重な り、創造 されてきた。全体成員 の認識 を基礎 とし、学校 の現象 、 雰 囲気及び行為模式 な どに表 してい る」 と定義 してい る。
上記 に示 したよ うに、両国に行 つている学校文化 の定義か ら見れば、学校 は一つの文化 的 な場所 であ り、価値的、行動的要 素 を含 めている とい う点で共通 してい る。 しか し、 日 本 の場合 は、学校文化 は、学校 の内外 か らの影響 を受 けてい る とい うニュアンスが強い。
これ に対 し、中国の場合は、学校 の中で形成 されていることを強調 している。
以上 の定義 を踏 まえ、筆者 は本研 究で、学校文化 を次の よ うに定義す る。す なわち、学
校文化とは「学校で大事にされ、 長い間受け継がれてきている価値観や行動様式」である。
引用文献:
『新教育社会学辞典』 日本教育社会学会編
東洋館出版社
1986年
顧明遠 (代表)『教育大飼典』上海教育出版社
1998年
鄭金洲『教育文化学』 人民教育出版社
2000年
『新教育社会学辞典』 日本教育社会学会編
東洋館出版社
1986年
『新教育社会学辞典』 東洋館出版社
日本教育社会学会
1986年
『新社会学辞典』
有斐閣
1993年
『教育社会学辞典』
日本教育社会学会編
東洋館出版社
1967年
志水宏吉『学校文化一深層へのパースペクティブ』 長尾章夫
池田寛編
東信堂 1990 年
11
中留武昭 (代表)『学校改善を規定する学校文化の要因に関する調査 ―校長に対する意識 調査の結果から』教育経営
教育行政学研究紀要
1996第 3号
久冨善之『学校文化 という磁場』講座学校第
6巷
柏書房1996年
願明通『教育大飼典』上海教育出版社1998年
異支奎『校本課程開発 と学校文化再建』江蘇教育研究
2008年
劉学国『浅論学校文化 と学校建設』
教育理論 と実践
1990年
第6期
付云『学校文化簡論』現代中小学教育2006年
第4期
第二節 先行文献の概観
第一節において、学校文化の定義を述べたが、本節で、 日本 と中国で行つてい る学校文 化についての先行研究を概観 してい く。
先に、 日本の学校文化研究か ら述べてい く。
一、 日本における学校文化研究
西 田芳正
(1990、 pp123‑144)は、研究対象 として漁業を主産業 とする地域を取 り上げて いる。 この地域では、一般地区と異なる特徴的な言葉や行動のパターンが見 られる。西田 は 「差
"Jの
ために一般地区住民 との接触が閉ざされていたためであるが、同時に、漁業 と い う地区の産業に根 をおろした地域文化 とい う性格 を持つ ものである。そ して、この地域 文化が、この地区の学校教育が抱える問題 を考える上で鍵 となる要因 となっている」 と述 べている。
この地域の特徴 として、西田は「全世帯の約三分の一に当たる 130世 帯が漁業によつて生 計を立てているとい うことである。肉体労働従事者の占める割合がきわめて高いとい うこ とである。また、部落差別 の厳 しさとい う問題がある」 と述べている。西田は、子 どもた ちの姿は、地域に受け継がれてきた文化を体現するものだ と考えている。 これは、社会的 接触の緊密 さとい う上記の要因 と密接に関連 していることと、差別による外部社会 との隔 絶であることが原因になっている。
西 田の研究は、一つの地域を事例 とし、生活基盤が漁業などの肉体労働であるとい う事 情が、地区の独特な文化を支え、また、差男
1とい う経緯が文化の変容を妨げた とい うこと を明 らかに した。
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また、ある中学校の実践記録から探求 とコミュニケーションをキーワー ドにす る授業雰 囲気 を書き、この協働で創 り上げてい く主体的な学びが、様々な教科で、継続的な時間の 中で繰 り返 され、学校に根付き、学校文化そのものになっているとい う研究もある。
千々布敏弥
(1996、 pp21‑29)は、実際に学校現場を変革 している校長が、学校文化をど のような枠組みで提えていたかを明 らかに した。斎藤喜博氏の作品である「学校づ くりの 記」を取 り上げ学校文化の認識枠組みを事例分析 した。千々布の研究は、実践的有効性を 追求するためには学校文化 とい う視点が有効であろ うとい う仮説の元に考察が行われた。
千々布の研究が、学校改善、学校独 自の教育課程の創造にも有効に機能するのではないか と考えられる
二、中国における学校文化り
F究中国における先行研究では、「校園文化」と「学校文化」とい う二つの概念が使われてい る。「学校文化」とい う概念は、研究者たちの中で使われ、教育現場ではあま り耳慣れてな い。「校園文化」 と「学校文化」について、研究者たちは、次のように述べている。
陳新文
(2008)は「校園文化研究は基本的に学生を対象 とした校園の研究であ り、そ し て校園文化 を校園環境 と解釈 している。 この傾向は学校文化の理論的構造及び学校教育の 実践には不利な影響を与える。学校文化は校園文化 より範囲が広いことと校園が学校の組 織範囲に属 している」 と指摘 している。
また、付云
(2006、ppケ 6)は 、「学校文化 と校園文化はイ コーノ ンではない。現在、学校 文化に関する多 くの文章では、二者
(学校文化 と校園文化
)を混乱 させている二つの普遍的 現象が存在 している。一つは、学校文化は校園文化であり、言い方が異なつている。現象 である。 もう一つは、学校文化 とい う題 日で、内容は校園文化になっている」 と指摘 して い
25。つま り、「学校文化」と「校園文化」は同意語ではない。校園文化は学校文化の中に属 し ている重要な部分であると理解できるだろ う。
筆者は「校園文化」をキーワー ドとし、中国 CNKI(日 本の CINIIと 似ている )論 文の絞 り込みを
2000年か ら2010年 までとし検索 した。す ると、題 目に 「校園文化」が入つてい る中国伐秀碩 t学 位論文が 265個 で、博士学位論文が
1個、国家科技成果論文
1個があつ た。つま り、現在 も校園来化 とい う視点か ら研究を行われているとい うことである。
また、「学校文化」を題 日として、中国
CNKIで捜索す ると、1995年 から
2010年の
15年13
間に学校文化 に関す る研 究文献は 3288個 、 この うち、
2000年か ら
2010年の
10年間の研 究は 3089個 である。この数字か ら、この
10年間の研 究成果 は全研究の 90%以 上 を占めて いることがわか る。すなわち、近年学校文化研 究が盛 んに行 われ、た くさんの研究者 たち が注 目しているとい うことである。概観 しておけば次の通 りである。
彰彦琴 ら
(2009)は、蘇州市 A小 学校 を事例 とし、如何 に 自分 の文化背景 を利用 し、学 校文化 を建設す るかについて、物質文化、行為文化 、制度文化 の方面か ら分析 を行 つた。
何長 平
(2006)は、現代 中小学校学校文化建設 の意味、建設 の挑戦、建設の策略 につ いて 述べてい る。仲雨芳 (2008)は 、広西 の
L中学校 を事例 とし、教師文化 、生徒文化 、課程 文化 とい う三つの側 面を取 り上げ、民族学校 の学校文化 の分析 を行 つた。孟静 (2006)は 、 学校文化建設 の客観 と必然 の視′ 点か ら、学校文化 の機能、素質教育 と基礎教育過程改革の 三つ の観 点及び持続発展の観点、学校文化の生成、内包、建設意味、創建の理論 と実践に ついて述べてきた。
陳明媚
(2006)は、理論的 に少数民族学生に本 民族 の歴史文化教育 を強化す るこ との重 要性 を述 べてい る。劉茜、邸遠
(2010)は、多様化 の課程形式 を利用 し、民族文化 を学校 で伝承すべ きだ と述べている。
3、
日中両国における学校文化研究の相違点
日本の先行研究の場合は、地域性 を強調 しているように思われる。 これに対 し、中国の 場合は、民族性を重視 しているように思われ る。
引用文献
西田芳正『学校文化一深層へのパースペクティブ』
長尾章夫
池田寛編
東信堂 1990 年
学びを抱 く「探求するコミュニティ」第
1巻
『学びあう学校文化』 福井大学教育地域 科学部附属中学校研究会2010年
千々布敏弥『学校経営実践記録における学校文化の認識枠組みに関する考察』
教育経営教育行政学研究紀要
1996年
第3号
陳新文
『学校文化研究的房史考察―中外比較的視角』 荊門職業技術学院学報 教育学刊 第
23容
第 1期 2008年14
付云
『 学校文化簡論』現代中小学校教育 2006年
彰彦琴
江波
倉艶
『 学校文化建設の思路 と模式一蘇州市
A小
学校学校文化建設を事例 として』(期刊)教
育科学研究2009年 12期
何長平『現代中小学校学校文化建設研究』江西師範大学 2006年 孟静『学校文化建設
:現
代学校発展の新方向』山東師範大学 2006年神雨芳『民族学校の学校文化透視一広西 L中 学校を事例 として』広西師範大学 2008年 陳明媚『論強化少数民族学生の本民族歴史文化教育の必要性』幹西南民族師範高等専科学 校学報
2006年 2期
劉茜・邸遠『論学校課程で民族文化伝承機能の実現』中国教育学刊 2010年
第 7期
15
第二章 日本 にお ける学校文化 の実態
第一章において、 日中両国に行われている学校文化研究について紹介 した。本章では、
日本の小学校文化の実態を実際の学校現場に学校文化がどのような特徴を持つているか、
学校のカ リキュラムで どのように取 り組んでいるか とい うこの二つの面か ら具体的に検討 していきたい。
第一節 S小 学校の学校文化の特徴
第一項 S小 学校の紹介
S小 学校は、明治 9年
(1876)に創立され、明治 32年
(1899)に現在の位置に校舎が建てら れた。教育の使命を 130年 以上担ってきた歴史がある。今の校舎は 2棟 の本造で、昭和
29年
(1954)に建築 され、 50年 以上が経過 し、平成 21年 8月 7日
(2009、 8、 7)に国登録有形 文化財に登録 された。 この文化財に登録 されたことは、 S小 学校をずつと将来にわたつて 残 していこうとい うことである。現在、児童たちが学校生活 を送 る校舎 としては、全国的 にも数が少ない古い校舎である。
S小 学校は、二重県 K市 の北西部に位置 し、周 りに田んば、川、山があ り、豊かな自然 環境に恵まれている。 このような、豊富な自然環境や保護者 。地域の方の協力により、子 どもたちを様々な自然体験や社会体験に参加することができている。体験活動の中心には、
田植 え体験、商店街集会活動
(子どもたちは料理のお店やゲームをするお店を出す活動
)、親子ふれあい活動、稲刈 り、すみが く活動
(子どもたちの感性を磨 く活動
)、つ くしの家 と の交流
(障害を持つ人 と交流する活動
)、ジャガイモほ りなどがある。
平成 23年 度
(2011)現在、
1、4年 生は単級、
2〜3、 5〜6年 生は複式学級で、全校児童数 は 52名 、教師数は 12名 の小規模校である。平成
17年(2005)から小規模特認校制度が実施 されて、現在 14名 の児童がこの制度により、登校 している。小規模特認校制度 とは、人数 が少ない学校での通学区域外からの入学 。転学が認められている制度である。 S小 学校で
は、 K市 内に住所がある人、また将来住所を移す予定のある方で、恵まれた自然環境の中
で、少人数教育を希望 される児童や保護者が、正規の学校 区から特別に S小 学校への入学
ない し転学を認めるとい う制度 ととらえている。
S小 学校 の教育 目標 は 「〜で あい ふれ あい そ して未来へ〜 自分 を発揮 し求 め続 ける 白川 つ子 の育成」である。目指す学校像 は「一人ひ とりの子 どもが輝 く学校」である。地域 の 伝統 を大切 にす るとともに、新 しい考 えを取 り入れ、 よ りよい雰 囲気 を醸 し出す小学校 を
目指 してい る。
平成
23年度 において S小 学校 は以下の よ うな「学校経営 のね らい」、 「重点 目標お よび具 体的行動計画」 を掲 げてい る。
(学
校経営のね らい〉
子 どもの生活全体 にゆ とりを持 たせ 、子 どもが主体的に活動 できる時間を確保す る。家 庭・ 地域・ 学校が相互 に連携 しなが ら、豊富な 自然体験、社会体験 を通 して、 自ら学び考
える力や豊かな人間性 を育む。
(重
点 目標及び行動計画
)重点 目標
:S小 学校 の重点 目標 は 「〜であい ふれあい そ して未来へ〜 自分 を発揮 し求 め続 け る白川 つ子の育成」である。
さらには、平成 23年 度 にお ける 「重点行動計画」 として、以下 を提示 してい る。
lヾ
学習 に取 り組む意欲 を養 い、基礎的な知識・ 技能 を全ての子 どもの身 に付 け させ る。
2、
子 どもが、知識技能 を活用 し、 自ら考 え、判断 し、表現す る力 をつ ける。
3、
共 に生きる大切 さが分か る子 を育て、豊かな人間性 を養 う。
4、
保護者・ 地域 。二重大学な どとの連携 を強 めるこ とである。
学校経営のね らいで、家庭・地域・学校の連携を大切にしている。また、豊富な自然体 験、社会体験を通 して、自ら学び考える力や豊かな人間性を育む と示 している。それでは、
学校側は どうして地域 とのつなが りを大切にしているか。また子 どもたちの自ら学び考え る力や豊かな人間性をどうい うふ うに育んでいるのだろうか。 このことについて、下記の S小 学校における地域 とのつなが りで教師へのインタビューにより明 らかにす る。
第二項 S小 学校における地域 とのつなが り
学校が地域 とつながることが どのような意味や価値があるのだろ う力Ъ
日本教育基本法第 13条 において「学校、家庭及び地域住民そのほかの関係者は、教育に
おけるそれぞれの役割 と責任を自覚するとともに、相互の連携及び協力に努めるもの とす る Jと 規定 されている。
学校教育法第
43条には、「小学校は、当該小学校に関する保護者及び地域住民そのほか の関係者の理解 を深めるとともに、これ らの者 との連携及び協力の推進に資す るため、当 該小学校の教育活動そのほかの学校運営の状況に関す る情報 を積極的に提供す るものとす る」 と規定 している。
また、第 15期 中央教育審議会は平成 8年 7月 の第一次答申 「 21世 紀を展望 したわが国 の教育のあ り方について」の中で 「教育は、言 うまでもなく、単に学校だけで行われるも のではない。家庭や地域社会が、教育の場 として十分な機能を発揮す ることな しに、子 ど もの健やかな成長はあり得ない。〔 生きる力〕は学校において組織的、 計画的に学習 しつつ、
家庭や地域社会において、親子の触れ合い、友達 との遊び、地域の人々 との交流などの様々 な活動を通 じて根づいてい くものであ り、学校 。家庭・地域社会の連携 とこれ らにおける 教育がバランスよく行われる中で豊かに育つていくものである」 と提言 した。
以上か ら分かるのは、学校がその 日標やね らいを達成するためには、地域の人々とうな が り、学校内外が連携 して児童を育てていくとい うことを強調 していることである。長尾
彰夫
(1990、p94)で 「学習指導要領が日本の学校文化のあり方を大きく拘束 し、規定する
もの として存在 している」 と述べている。
それでは、 日本の学習指導要領で学校 と地域のつなが りについて、 どのように述べてい るのだろ う力、 具体的に示せば、
(1999、 p21)「各学校においては、法令及びこの章以下に しめす ところに従い、児童の人間 として調和の取れた育成を目指 し、地域や学校の実態及 び児童の心身の発達段階や特性を十分考慮 して、 適切な教育課程を編成す るもの」とす る。
「地域や学校の実態を考慮するとい うことは、各学校において教育課程を編成する場合 には、地域や学校の実態を的確に把握 し、児童の人間 としての調和の とれた発達を図ると い う観点から、それを学校の教育 目標の設定、指導内容の組織あるいは授業時数の配当な
どに十分反映 させ る必要があるとい うことである。
学校は地域社会を離れて存在 し得ないものであ り、児童は家庭や地域社会で様々な経験 を重ねていくことで成長 している。地域には、都市、農村、山村、漁村など生活条件や環 境の違いがあり、産業、経済、文化などにそれぞれ特色をもつている。 このような学校を 取 り巻 く地域社会の実情を十分考慮 して教育課程 を編成す ることが大切である。とりわけ、
学校の教育 目標や指導内容の選択に当たつては、 地域の実態を考慮す ることが大切である。
18
そのためには、地域社会の現状はもちろんのこと、歴史的な経緯や将来への展望など、広 く社会の変化に注 目しなが ら地域社会の実態を十分分析 し検討 して的確に把握することが 必要である。また、地域の教育資源や学習環境
(近状の学校、社会教育施設、児童の学習 に協力することのできる人材など )の 実態を考慮 し、教育活動を計画することが必要であ る。
なお、学校における教育活動が学校の教育 目標に沿つて一層効果的に展開されるために は、家庭や地域社会 と学校 との連携を密にす ることが必要である。すなわち、学校の教育 方針や特色ある教育活動の取 り組み、児童の状況などを家庭や地域社会に説明 し、理解を 求め協力を得ること、学校が家庭や地域社会からの要望に応 えることが大切であ り、この ような観点から、その積極的な連携 を図 り、相互の意思の疎通を図つて、それを教育課程 の編成、実施に生か してい くことが大切である」 と示 している。
ここで示 しているように、学習指導要領では、学校 と地域の関係 を親密にしていこうと い うことが理解できる。それでは、Sガ ヽ 学校が地域の状況に応 じて、 どのように取 り組ん でいるのだろうか。まず、 S地 域の実態か ら見てい くこととする。
① S地 域の世帯数 。人 口の変化・推移か ら
住民基本台帳によれば、 S地 域に該当する世帯数や人 口の変化・推移は次の表に示 して いる。
世帯数の変化
この表か ら分か るのは、本地域の世帯数の移動は、年々増 えてい るのは現状であ り、
域 を離れ 、流出す る傾 向があ る。
人 日の変化
この表か ら平成 2年 の段階で 1100名 であつたのに対 し、平成
22年の統計では 871名 に 変わ り、この 20年 の間で、230名 程度減少 していることが分かる。
また、この地域で少子高齢化が進行 しているのは現状である。昭和
10年頃は子 どもたち が多かつた。昭和 30年 頃は
250人ぐらいいたが、平成 24年 現在は 52名 の子 どもたちが在 籍 している。つま り、 S地 域の子 どもたちの人数は激減 してい るとい うことが分かる。
19
平成
17年平成
18年平成
19年平成
20年平成
21年293 295 302 313 318
平成 2年 平成 12年
平成 19年平成
22年1100
970
896 871平成
22年の住民基本台帳によれば、
60歳か ら 109歳 間の人 口は 368名 であ り、総人 口
871の
35パーセ ン トぐらいを占めてい ることを分 かる。す なわち、高齢化が進んでいる とい う こ とである。
② 農業から
この地域はかつて養蚕 も盛んであ り、地場産業の生系の生産等 とも結びついていたが、
絹の需要が激減 したことを受けて飼養農家も激減 して、今 ほとんどなくなっている。農業 は、経営耕地面積、産出額 ともに縮小傾向 しているのは現状である。かつて学校周辺地域 ではそば作 り、米や麦などの農業が盛んに営まれていたが、現在ではその一部を残すに留 まつている。
以上の状況か ら分かるのは、 S地 域では、世帯数 。人 口数がだんだん減つているし、ま た農業が縮小傾向 しつつある。 これ らの状況を踏まえて、 S小 学校は、どのような意図・
価値から、 どのような取 り組みをしているのだろ うか。本学校の地域 とつながって、行わ れている活動か ら検討 してみま しょう。
高島秀樹
(2008、 p230)は、「地域ごとには、その独 自の文化が存在 している。この場合
の文化は各々の地域社会がおかれている自然的条件 と歴史的背景に対応する、生産活動か ら生活の仕方に至る広い範囲に及ぶ、抽象的な意識か ら具体的な行動様式までを含む独 自 のあ り方 を意味する。 このよ うな意味での文化はその地域社会での生活を可能にす るため に必要であるとい う意味を持つ とともに、地域社会の独 自性・存在価値を象徴するもので もあつた。伝統的な地域社会においては、このような地域社会の文化は生活・生活体験を 通 して、 意図的に働 きかけなくても次の時代に受け継がれ、 世代を超えて存在 されていた。
しか し、生活様式など様々変化により、地域社会独 自の伝統的な文化が伝承 されにくくな つている。それで、伝承のために学校で意図的な活動、地域 とのつなが りが必要になって きている」 と述べている。
筆者は、下記の表のように、地域 と様々な活動・行事を通 じてつなが りを持つている
S小学校 を
2010年の
10月か ら今まで週に一回度の継続的な参与観察や学校行事を通 して、
活動を行つてきた。実際には、下記の表で示 されている活動以上に、 S小 学校の活動は多
く行われている。例えば、卒業式、運動会、フ リー参観、地域の独居老人訪間、特養老人
ホーム介護体験などがある。
S学 校 の一年 間で行 われてい る主な行事や活動
4月 入学式 蚕のできた繭でコサージュを作 り、新一年生を迎える。
5月 親子ふれ あい活動
田植 え
ゲーム、 リズム運動などを行な う。
地域の
Sさんに田を貸 していただき、全校児童で苗を 植 える。
6月 蚕の飼育 ジャガイモ掘 り
一年生が牛場 さんの指導を受 けて蚕の飼育が始まる。
地域の Hさ んの畑にて、全校児童でジャガイモを掘る。
8月 ソバ種まき 3・ 4年 生の子 どもが、地域の Uさ ん指導の下、 ソバの 播種 を行 な う。
9月 稀う
Jり Sさんの指導により、米の収穫をす る。
10月
ソバ刈 り取 り サツマイモ掘 り
8月 に播種 した ソバを収穫す る。
地域の
Sさんの畑にて、全校児童でサツマイモを収穫 する。
11月
ソバ脱穀、製粉、製麺 地域の Uさ んらの指導の下、
10月に収穫 したソバを脱 穀 し、製粉から製麺まで行な う。
12月
商店街集会 つ くし家の人や地域の人々、 M大 学の学生、教員が参 加す る。子 どもたちはお店 を出 してゲームコナーを作
る。
親子ふれ あい活動
田植 え活動 入 学式ジャガイモほ り
S小 学校では、なぜ地域のつなが りを大事に しているか、また、先生方はこのことをど のよ うに捉えているのであろうか。
そこで、 R校 長先生や N先 生のインタビューにより、活動のその意図や価値 を明 らかに する
:先に校長先生のインタビューを取 り上げる。 R校 長は本学校に校長 として来 られて、
2年 目である。10年 ほど前には、本学校で教頭先生の仕事をやつていた。 R先 生にインタビ
ューを行つた理由は以下の通 りである。校長 とい う視点か ら、学校 と地域のつなが りをど のように捉えているのだろ うか。一般的に、組織や集団にとうて、 リーダー
(管理職 )の
存在は重要である。学校の場合は、校長先生が教師や子 どもたちの指導者で、学校の 目標 やね らいを達成するため、各場面で、影響を与えている。 どのような、学校づ くりを目指
してい くかが、校長の認識・価値 と関連す ると思 う。このことについて、中留武昭
(1996、pp39‑84)は
「実際 と理想 との識別は学校文化論的には前者が顕在化 され、後者が潜在化 さ れた、いずれ も文化 と考えられる。特に、後者の理想は校長の規範や価値観 と認識枠組み にほぼ該当するものと見てもよい」 と述べている。
また、 R校 長は本学校で、教頭先生の仕事 も
10年ほどぐらい務めていたので、学校だけ ではなくて、地域についてもよく知 り得 るのだ と考えられ る。次は、 R校 長先生へのイン タビュー記録である。
筆者 :本 学校での活動 を として、地域 の人 々が学校 の活動 に よくかかわつてい る と感 じて います。 どのよ うな意図か ら参加 していただいてい るのです力Ъ 地域 とつながるこ とにつ いて、校長先生は どのよ うに考 えてい らつ しゃいます力、
R校 長先 生
:この学校 は地域の中の学校なん さ。校 区があつて、 日本 は小学校 だった ら、
ここに住 んでいる人 は、 この小学校。 ここに住 んでいる人はここの小学校 とい うのは。昔 か らこの地域があってここは、 K市 の小学校や け ど、音は S村 とい う村 だつたのや。 それ で、村 の中の小学校 とい うことで、村で一つの小学校 とい うことで、お年 よ りの方 もみん なここの卒業生 とい うことです ので、、、学校 と地域 とい うのは別 々 もんではな くて、
=体
化 したもんで、地域 とつなが りを持つて始めて、公立学校の意味があると言 うか、地域み んなのものである。学校はそ うい う意識でやつているから。地域の人によって、 ̲曇
ちが育れ てい くのだか ら、、、将来その子 らが、 この地域 を強 めてい くし、地域 か らの人 た
ちに育て られた子 どもたちが世界に出ていつて、 自分の力を発見す ることが、、、教育力 と
い うのは、学校の教師がやつている分、たかだかが知れているわけで、家での教育、地域 での教育が非常に大事で、そこで、立派な人間 として育て られていくのだか ら。地域の教 育力を学校で活用 して子 どもたちに、いろんな力をつけさせていこうとしているとい うこ
とである。
一緒 に活動することによつて、地域の人 も子 どもと触れ合 うことができる。そ して、子 どもたち と活動す ることによつて、地域 の人 も一緒 に楽 しめる。共に活動 して、共 に楽 し んで、得 るものがあるわけだか ら。楽 しくなかった ら、地域の人は学校 にはきません よね。
子 どもたち も地域 の人 に育て られ てい る とい う。 だか ら、子 どもの教育 とい うのは、学校 の先生だけがや るものではな くて、絶対足 らない。人間 としての教育は、お家、保護者 、 家庭 、地域 、 とい うそ こで、育て られ ていつて本 当に、人間 として立派 な人間になってい くわけだか ら。地域 には、様 々な力 を持 つて見 える方がい るわけで、そ うい う方の力 も利 用 しい くとい うの も、学校教育の中で大事 なわけで。 大学でだての先生が、なお、教育学 部 を出て、子 どもに教 える とたかだが知れてい るつて。
学校の活動で、実際に呼びかけているのは、地域全体だけど、実際にかかわつて くだ さつていることがみんなやけど、、、、、現実的になかなか商店街集会 ぐらいだと、学校に来
てもらうことは少ないでづね。本当はもつともつときてもらえるようにしないと、あかんだけど。 こ
のごろ地域の人が学校に来てくれるのは少なくなつてきているかな。僕がここで、教頭 しているときは、一年間で大体だけど、きちんと数えてないけど、千人 ぐらいの 人が学校にかかわつていま したよね。だか ら、千人 とい うのは、一人の人が何回も来てい る。例えば、ちょつと花壇作 り、花つ くる、畑つ くる、野菜つ くり、、、そい うことでも、
地域の人の力を借 りて、子 どもたちと 二緒に、野菜作つた り、花を作ったり、、、今は花作 りを来てもらつているよね。野菜作 りについても、地域の人がどんどん入つてきている。
子 どもたちの学習に地域の人の力を借 りていたので。だか ら、蚕の学習にも、借 りた し、
炭の学習にも借 りた し、今だった ら、そばの学習にきてもらっているし、それ以外、いろ んな野菜を作つた り、花を作った り、、、本当言 うと、教室の国語や算数や理科の授業にも 入つてもらいのやけども。なかなかそこまでは行つてないのは現状であ り、もつともつと は入つてきてもらいたいと思います。地域の教育力は一番大事ですね。学校 よりも超えて いる。 これは、 S小 学校だけではなく、いろんな学校にいろんな形でやつていると思いま 九
考 察
「学校 とつなが りを持つて始めて、公立学校の意味がある、学校はそ うい う意識でやっ ている」 とい う言葉は、校長 とい うリーダ‐シップの立ち位置か ら、地域 とのつなが りは 学校運営・経営の柱だ と意識 していることが伺える。
子 どもたちが社会で必要な力を見につけてい くためには、地域の人々の教育力を借 り、
豊かな自然や様々な知識に触れ、関わることはなにより大切であることを強調 している。
ここで単なる親密な関係を超えて、地域 と共通で子 どもたちを育てていくとい う校長先生 の価値・考えが伺える。
また、「教室の国語や算数や理科の授業にも、入つてきてもらいたい」とい う R校 長先生 の言葉か ら、地域の人材を活用 し、より多 くの人 と出会 うこと、交わることを積極面 とし て捉え、できる限 り授業へ反映 させ ようとい う意図が伺 える。また、この数年地域の人が、
学校に来 るとい うことは少なくなつているが、地域の方にきていただけように学校側は働 くべきだ とい うことを強調 していることが分かる。
次に、 N先 生へのインタビューを取 り上げる。 N先 生は S小 学校 に来 られて 4年 目で、
教師になつてか ら
36年も経つているベテラン教師である。 N先 生にインタビュー行 うこと を決めた理由は、教職経験が長い先生の提え方を知 りたかつたか らである。同時に、現場 の先生の立場か ら学校の実態、雰囲気・様子や活動・体験についてどのように捉えている
かを知 りたいからである。また、毎週S小
学校で授業観察を行い、主にN先
生のクラス(一年生