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金融政策における動学的不整合性

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奈良教育大学学術リポジトリNEAR

金融政策における動学的不整合性

著者 森 伸宏

雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学

巻 46

号 1

ページ 37‑49

発行年 1997‑11‑10

その他のタイトル Monetary Policy Game and Dynamic Inconsistency

URL http://hdl.handle.net/10105/1538

(2)

',:l¥靴fl L十村要一 恥IGを ・T>1 /\丈.什∴l t卜bt<>.V‑

Bull. Nara Univ. Educ., \ol.46, No.1 (Cult. &Soc), 1997

金融政策における動学的不整合性

森   伸 /,'蝣 (奈良教育大学経済学教室)

(平成9年4月17日受理) 1.は じ め に

立案した時点では最適であった政策が、いざ実行する段階になると最適ではなくなる可能性が あることを最初に指摘したのは、 KydlandandPrescott (1977)である。このような可能性は動 学的不整合性(dynamic inconsistency)と呼ばれる。この動学的不整合性はBarro and Gordon (1983)により、金融政策におけるルールか裁量政策かという問題に適用された。政策当局がマ ネー・サプライの増加率などの金融政策について事前に公表すると、民間部門はその情報を参考 に将来のインフレ率などを予想し、それをもとに自らの最適な行動を選択するだろう。しかし、

民間部門が政策当局の公約を信じることがわかれば、それを利用して公約よりマネー・サプライ の増加率を高め、予期せぬインフレを引き起こすことができる。すると、たとえば企業は実質賃 金が低下したと勘違いして雇用を増やし、生産を高めるだろう。その結果、失業率は低下する。

したがって、政策当局には、このような判断から失業率を低下させるために事前の公約を破棄す る誘因が生まれることになる。金融政策に関して動学的不整合性が問題になるのは、財政政策で は予算の可決という政治過程を通じて政策が決定されるため機動性に欠けるが政策実施の拘束性 があるのに対し、金融政策では機動性という点では財政政策に勝っているが、逆に政策の変更が 容易であることによる。

上述のような動学的不整合性が発生することを民間が予想できる場合には事態はさらに悪化す る。民間部門は政策当局のこのような公約の不履行を考慮に入れて行動するため、結局政策当局 が意図したような政策効果をあげることはできず、単にインフレ率を高めるだけに終わることに なる。このような金融政策における動学的不整合性の発生する状況は、政策当局と民間部門の間 でのゲームと考えることにより分析が可能になる Barro and Gordon (1983)以来、このよう な金融政策ゲームに関する研究は精力的におこなわれているが、基本的には金融政策の動学的不 整合性をどのようにして回避し、経済厚生を改善するのかが議論の中心である。小論では最近の 金融政策ゲームに関する研究について議論を整理し、今後の研究を進めるうえでの見通しをつけ ることが目的である。

小論の構成は以下の通りである。まず次節では、金融政策ゲームの基本的なモデルを提示する。

これまでの研究では文献によって細部が異なる種々のモデルが使われているが、理解し易いよう にそれらを包括するような形でモデルを構築する。続く第3節では、 2節で提示された金融政策 ゲームの均衡を求め、動学的不整合性の発生を確認する。第4節では、最近の文献を中心に動学 的不整合性を回避するための方法を整理、検討する。第5節はまとめである。

37

(3)

38 g^^H語 呂

2.金融政策ゲーム

この節では、以下の分析のために金融政策ゲームについて説明し、基本的モデルを提示する。

ゲームを考える場合には、まずプレイヤーが誰かを決めなければならない。金融政策ゲームの場 合には、それはふつう政策当局と民間部門(たとえば企業)である。このような金融政策ゲーム が実際どのようにプレイされるか、その手順を示したのが図1であり、以下のような手順でゲー ムは進行する。今期末(t‑1期の期末)に民間部門は、その時点で利用できるあらゆる情報を使っ て来期(t期)のインフレ率を合理的に予想し、それをもとに来期の名目賃金率を決定、企業と 労働者は契約をする。 t期の期初になると、政策当局者は貨幣の流通速度の変化や供給ショック などマクロ経済に影響を与える予期せぬ撹乱要因についての情報(予測値あるいは実現値: dt) を入手し、政策変数であるマネー・サプライの増加率などを決定、実行する。その後、このよう な一時的な撹乱要因による変動が実現し、当局のとる政策や民間部門の活動の結果として、イン フレ率や産出量といったその期におけるマクロ経済の諸変数の債が確定する。同時に政策当局の

巳i

利得(損失)関数の値も決まる。

政策当局

・一一一 十

t‑1

民間部門 マクロ泉至済

g I

t+1

d.     (TTt,yt)

図1金融政策ゲームの進行手順 表1各モデルの仮定

生産 物 市場 貨 幣 市場 予測 値 . 実 現値

B a r ro & G o r d o n ( 1 9 83 ) = 0 r 2 = 0

L o hm an n ( 1 9 92 > 0 'h 2 = o

u t

G a r f in k e l & O h 1 9 93 ) a t = 0 o t > 0 E [ b . l A I

G a rf in k e l & O h 1 9 95 a t. = 0 ワ

* h > 0 E b t l

W a ls h 19 9 5 2 > 0 > 0 E [ u ォ]

W a ll e r & W a l sh 19 9 6 ) > 0 o 」> 0 u t

【注】 予測値・実現値において期待値オペレータE [・]が付いているものは、

その予測値を入手したのち政策が実行されることを示し、期待値オペレータ

か付いていないものは、その実現価を挽察したのち政策が実行される。

(4)

金融政策における動学的不整合性 39

このような金融政策ゲームのモデルを具体的に提示する前に最近の研究において供給ショック などのマクロ経済についての不確実性がどのような形でモデルに組み込まれているのか簡単に整 理しておこう。主として最近の文献についてまとめたのが表1である。このようなマクロ経済の 不確実な変化(ショック)は、一定の平均や分散を持つ確率分布にしたがう撹乱項という形でモ デルの中では表現される。表からわかるように、このような撹乱項が供給関数あるいは貨幣需要 関数のいずれかに導入された研究と、その両方に導入された研究がある。いずれのモデルにせよ、

政策当局はt期になり、予測値であれ実現債であれ、マクロ経済におけるショックに関する情報 を手にいれたのち政策を実施することになる。

これまでさまざまなモデルを用いて金融政策における動学的不整合性について研究がおこなわ れている。しかし、ここではこれらの研究の間の関係を明らかにするために、できるだけ一般的 な形でモデルを提示することにしようり'。

まず、民間部門の行動を表す供給関数は次の式で与えられる̀ 。

yt‑yll+a 汀t‑O+ut a>0 (1)

ここでynは自然失業率に対応する産出量、 7T冒はt‑1期における民間部門のt期の期待インフレ 率である。またytおよび7rtは、それぞれt期における産出量とインフレ率である。 utは予期せ ぬ供給ショックを表し、平均が0で有限な分散にしたがう確率変数である̀L与'。各変数の下付の添 え字は期を表しており、以下すべてl司様である。また各変数はすべて対数で表示してある。

この式の解釈は以下の通りである。 t‑1期に民間部門では企業と労働者の間でt期の予想イン フレ率に見合う賃金率の改訂をおこない契約が交わされる。契約にしたがって名目賃金が支払わ れると、もし実際のインフレ率が予想インフレ率を上回った場合には、実質賃金率が下落するこ とになる。その結果、企業は雇用量を増加させ、失業率は自然失業率を下回り、産出量も自然失 業率に対応するyllを上回ることになる。

次に物価水準さらにインフレ率は次の貨幣数量方程式から決まることになる。

Mt‑Pt‑yll+bt (2)

ここで、 Mtはマネー・サプライ、 ptは物価水準である。したがって、インフレ率7日ま、 t期と t‑1期についての(2)式の差から

?rt‑gt‑ (bt‑bt‑i) (3)

となる。 gtはマネー・サプライの増加率である。 btは貨幣の流通速度などの貨幣需要に関する 予期せぬ変化であり、 utと同様に平均が0で有限な分散にしたがう確率変数である。このよう な貨幣需要についての不確実性がないときには、 btは定数となり、インフレ率7T.とマネー・サ プライの増加率は等しくなる。この場合には政策当局はマネー・サプライをコントロールできれ ばインフレ率を完全にコントロールできることになるので、政策当局の政策変数をマネー・サプ ライの増加率ではなく 7rtとすれば、モデルの構成上この式は不要になるり'。もちろん、 bt≠ 0、

すなわち貨幣需要について予期せぬシフトなどの不確実な要素をモデルに導入すれば、政策当局

(5)

40 g^^K 昌

はインフレ率を完全にコントロールできないので、政策変数であるマネー・サプライの増加率と インフレ率を厳密に区別する必要が生じる。

経済のワーキングは(1)式と、 (2)または(3)式で記述されるが、政策当局がどのような政策を選ぶ のか考えるためには、政策当局の利得関数(payoff function)が必要になる。利得関数は政策当 局が自らの政策の効果を評価するためのものである。まず政策当局はインフレ率や産出量につい てそれぞれの目標値を持っており、それぞれを7T*、 y*としよう。政策当局はインフレ率や 産出量(GDP)をこの目標債にできるだけ近づけたいと考えており、また両者の変動は経済の安 定という観点から好ましくないと考えているとする。このとき政策当局のt期における利得関数

(実際には損失関数)は次式で与えられる。すなわち、

Lt‑‑(yt‑y"    ‑0‑   e>o M

この式は政策当局が産l¥¥量やインフレ率の目標値が実現できれば0、できなければマイナスの評 価を与えることを示している。目標値からの尭雛についても対称的に扱われており、正負どちら の方向の承離でも同様にマイナスに評価されるOここで一般的に仮定されているようにy*がy"

よりも大きい場合には政策当局者にとって民間部門の予期せぬインフレを起こすことにより生産 量を上げる誘因が発生することに注意しよう。しかし、 (1)式にみられるように、インフレ率抑制 と産出量増大の間にはトレード・オフ関係が存在するため、インフレ率を抑制しつつ、 │uJ時に景 気を刺激することは困難である。そこで、インフレ抑制と景気拡大のどちらの目標をより重視す

るかが問題になる。 βは政策当局者にとって両者の重要性の程度を表すパラメータであり、

β>lの場合はインフレ抑制をより重視していることになる。一般的にはインフレは好ましくな いものと考えられるので、以下汀* ‑ 0として議論を進めても一般性は失われない。

このような金融政策ゲームは今期1回限りのものではなく、繰り返しプレイされると考えるの が常識である。したがって、政策当局は金融政策を考えるとき今期の損失だけを考えるのではな く、将来のことも考慮に入れて今期以降の政策全体を決定しなければならない。将来のことをど の程度重要視するかを表すのが割引率∂ (0>∂>1)であり、この割引率を使って、ある政策 がもたらす将来の評価を割引現在価値に直す。この場合、今期から将来にわたる一連の金融政策 の評価は次のような損失関数の割引現在価値(PV)で表される。

Cx⊃

pv‑∑ ∂tLt

r()

蝣;Tii

したがって、金融政策当局は(1)式と(3)式のもとで、このPVを最大にする*t(t‑Oから∞)を 決めることになるO ただし、 (1)式や(3)式のようにytや7rtが過去の値に依存しない場合には(5)式

を最大化する解と(4)式を各期ごとに最大化する解は等しくなる。

3.金融政策ゲームの均衡

前節では金融政策ゲームの基本的モデルを提示した。本節では、このモデルを使って、ゲーム

の均衡を求めることにしよう。以下では、まずマクロ経済における予期せぬ撹乱がない(不確実

性がない)場合とそれがある場合に分けて順に均衡を求めていこう。

(6)

金融政策における動学的不整合性 41

a.不確実性がない場合

まず供給関数と貨幣数呈方程式のどちらにも予期せぬ撹乱要因がない場合の均衡から求めよう。

すなわち、 (1)、 (2)式においてut‑bt‑0である。この場合、 (2)式から金融政策当局はマネー・

サプライの増加率を決めることにより、インフレ率7rtを完全にコントロールできる。したがっ て、政策変数は7rtと考えればよい。また当局と民間部門の間で情報に関して非対称性はない。

政策当局があらかじめt期のマネー・サプライの増加率したがってインフレ率について公約し たとしよう。民間部門がこの公約を信じる限り、予想インフレ率は公約のインフレ率と等しくな り、政策当局が公約通り政策を実行する限り(1)式より生産量はynになる。公約を守ることを前 提にした場合に、政策当局にとって(4)式の損失関数を最小にする最適なインフレ率7rtは、容易 にわかるように、

TCt‑ K*

である。また、そのとき損失関数の値は、

Lr‑‑(yn‑y

(6)

(7)

となる。このような均衡は政策当局が公約をし、その通りに政策を実行することから公約解 (precommitment solution)と呼ばれる。

しかし、このような公約については、確実に履行されるかどうかは必ずしも自明ではない。で は公約の実行を強制されない場合には政策当局の実際の行動はどのようになるだろうか。もし政 策当局が民間部門に公約を信じさせることができるならば、当局の望む水準に民間部門の予想イ ンフレ率を誘導できることになる。もしそれが可能ならば、実際に政策を実行する段階に至って 公約を反故にする誘因が政策当局に生まれる  なぜならば7T*よりも低いインフレ率を公約し、

実際にはより高いインフレ率 O を実現すれば、 ynを上回りy*にまで生産量を引き上げ、

(3)式の損失関数の値を公約解よりも高い0にまで引き上げることができると考えられるからであ

る小。

しかし、民間部門が政策当局の公約を盲目的に信じる理由は何もない。むしろ民間部門が当局 の損失関数の形状を知っているならば、当局が公約を反故にすることも予想できるので、それも 考慮にいれて合理的に期待インフレ率を計算するはずである。そこで次に公約が有効でない場合 の均衡を求めよう。

公約が有効でない場合には、政策当局は民間部門の期待インフレ率を所与と考えて、インフレ 率7rtを選択する。すなわち、政策当局が解くべき問題は(1)式の制約のもとに(4)式を最大化する ことである。しかし、民間部門は当局の解くべき問題を正しく理解したうえで合理的に期待を形 成するため、その期待インフレ率は、

7rF‑*t

となる。その結果、政策当局にとって最適なインフレ率は最大化の一階の条件より、

(8)

(7)

42

汀1‑汀 +a(y*‑yn) β

森   伸 宏

(9)

である。また、 (8)式より産出量はynに決まる。そして、 (3)式で表される政策当局の損失関数は、

LT‑一碧(yn‑y*)'

となる。 (8)式と(9)式からなる均衡は整合的(timeconsistent)であり、この均衡は政策当局が公 約を守るのではなく、自己の裁量にしたがって最適な政策を決定するところから裁量解

(discretionary solution)と呼ばれる。

公約解と裁量解を比べると、以下のことが明らかになる。まず第一に、裁量解で決まるインフ レ率の方が公約解のそれよりも(9)式の第2項の分だけ高くなる。これはインフレ・バイアスと呼 ばれる。このようなインフレ・バイアスは政策当局者が完全雇用とインフレのどちらをより重視 するかを表すパラメータβの大きさに依存する。すなわち、インフレをより重視する場合には(♂

が大きいほど)インフレバイアスは小さくなる。第2に、インフレ率が高いにも関わらず、産出 呈は公約解、裁量解どちらもynで等しい。結果として、第3に損失関数の佃は裁量解の方が公 約解よりも小さくなる。すなわち、公約解の方が経済厚生上好ましい。

b.不確実性がある場合

次に予期せぬ撹乱要因があり、供給関数や貨幣数呈方程式がシフトする可能性がある場合の均 衡を求めよう。このような撹乱要因を含むモデルでは、これらの要因について政策当局は民間部 門よりも情報面で優位にあることが仮定される18'。たとえば、民間部門は結果として事後的に産 出量やインフレ率を観察し経済に何らかのショックがあったことは推測できても、これらの ショックについてはその大きさなどを正確には知ることができないとされる。しかし、政策当局 はその情報収集能力を駆使して、政策を実行する前にこれらのショックの大きさを知ることがで

きる、あるいはこれらのショックについて正確には知ることはできなくても、その大きさについ て平均的には正しく予測することができるとされる。たとえば、 (2)式でいえば、貨幣数呈方程式 のシフトの大きさbtについて、

bt‑βt+リt (ll)

のようにシフトの大きさについて予測値βtを得るということであるく9)。ここでレtは平均0、

分散♂2に従う予測誤差である。このように貨幣需要の撹乱要因を導入したモデルでは、インフ レ率と政策変数であるマネーサプライの増加率を区別しなければならない。以下では(ll)式を仮定 し、さらに説明を容易にするために♂2‑0、すなわち貨幣需要関数のシフトの大きさを知った のち政策当局は政策を実行するとしよう。この場合、当局は予期せぬ撹乱要因に対して、その情 報を利用してショックを吸収ないしはその効果を減じることが可能になる。

まず公約が可能である場合の均衡を求めよう。まず、民間部門は政策当局の公約を信じてイン

フレ期待を形成し、それに従って賃金率を決定する。このとき(1)式の損失関数を最小にする政策

当局にとって最適なマネー・サプライの増加率(gT)は、

(8)

金融政策における動学的不整合性

gT   + f, である。ただし、

ft‑bt‑bt‑i

(12)

(13) SB

であり、 E [ft] ‑0であるE10′。すなわち、 (12)式は、政策当局が貨幣需要関数の予期せぬシフトft を吸収するようにマネー・サプライの増加率を選択することを示している。このときインフレ率

も民間部門の期待インフレ率も7T*になり、その結果、産出量はyI'、損失関数の値は

LJ‑‑(y: ‑yll)2 (14)

となり、 (7)式と等しくなる。

次に裁呈解を求めよう。不確実性がない場合と同様に、民間部門は政策当局の解くべき問題を 正しく把握し、来期のインフレ率の予想を形成する。すなわち、民間部門が予想するインフレ率

ttH は、

7TF‑E[gt‑ft] ‑E[gt] (15)

である。その結果、政策当局にとって最適なマネーサプライの増加率(gt)は、最大化の一階の 条件より,

gt‑汀+ft+a(y:√      (16)

となる。 (16)式において3番目の項は正であり、 (12)式で表される公約解と比べると、予期せぬイン フレを起こして産出屋を自然水準より高めようとするインフレ・バイアスがあることを示してい る。このときの政策当局の損失関数は、

Lt" ‑ ‑一誓宜(y* ‑       (17)

となる。結局、政策当局が民間部門の知らない情報(たとえば貨幣の流通速度の変化の大きさ) を知っている場合でも、不確実性がない場合と同じ結論が成立することが分かる。

4.動学的不整合性の解決法

前節までの議論から金融政策ゲームについて以下のことが明らかになった。まず、基本的には 政策当局が事前に民間部門に対してマネー・サプライの増加率ないしはインフレ率について約束

し、それを確実に履行する場合には社会的に最適な結果が実現される(公約解)。しかし、現実

には動学的不整合性から、このような政策当局の公約に対する信認が得られず、公約解で示され

る最適な状態は実現しそうにない。そして、政策当局が自由裁量にしたがって金融政策を運営し

(9)

44 森   伸'/,蝣蝣

ていくと、政策の実行段階で、当局には民間部門が予期しなかったインフレを起こし、産山呈を 増加させる(景気を刺激しようとする)誘因が生まれる。その結果、政策としてより高いマネー・

サプライの増加率ないしはインフレ率が選ばれる。しかし、民間部門はそのようなインフレ・バ イアスをもたらす誘因を含めて、当局の政策を合理的に予想し対応するため、結果としてインフ レ率のみが上昇し、当局の目的に反して産出量は変化しないという社会的には好ましくない結果 がもたらされる(裁呈解)。

このような非効率的な裁量解ではなく公約解を実現するためには、政策当局の公約について民 間部門の信認が得られれば良い。そこで、信認を回復するための方法として、たとえばマネー・

サプライの増加率について特定のルールを定め、それを何らかの強制刀(法律など)によって確 実に実行させることが考えられる。しかし、供給ショックや貨幣需要の予期せぬ変動などマクロ 経済の撹乱要因が発生する場合には、これらについて政策当局が何らかの情報を得たとしても、

それを利用して経済‑の影響を吸収ないしは緩和するために機動的な政策を採る柔軟性が失われ てしまうことになる。また、政策当局のみが民間部門には知りえないマクロ経済に関する私的情 報を持っている場合には、その情報を利用した政策ルールを定めれば良いと考えられるが、民間 部門には当局がそのルールを守っているのかどうか確認できないためにこのようなルールはやは

り信認を得ることが国難であるo

このように政策当局の裁量を制限し信認を回復することとマクロ経済への予期せぬショックを 吸収・緩和することの間にはトレード・オフの関係がある。金融政策における動学的不整合性に 関する研究では、このトレード・オフがどれほど深刻なものか、またどのようにすればこの間題 を改善できるのかということが主たる関心であるO 以下では特に最近の研究に重点をおいて、こ のようなトレード・オフを改善する方法としてどのようなものが提案されてきたか整理、検討す ることにしよう。

まず裁量政策を前提とした場合に、どのようにすればインフレ・バイアスを小さくし、経済厚 坐‑の悪影響を抑えることができるか考えよう。インフレ・バイアスは(9)式または(16)式から明か なようにβの値が大きいほど小さくなる。 βはインフレ率と産出量の変動のどちらを抑えるこ とをより重視するか示すパラメータであり、 βが大きいほどインフレ抑制を重視することを意 味するo Lたがって、政府が直接政策を実行するのではなく、インフレ抑制を重視する(すなわ ちβが大きな)人物を中央銀行総裁に任命し政策の実行を任せれば、民間部門の信認も得られ、

インフレ・バイアスも小さくなるだろう、11。

このように政策当局のβ より大きいβ を持つ人物を中央銀行総裁に任命し、政策を任せれば、

経済厚生も改善されることを示唆したのはRogoff (1985)であるり二一,,しかし、産出量の変動よ りインフレ抑制を重視する保守的な中央銀行総裁(conservative central banker)に政策を完全 に委ねてしまうとインフレを抑えることに重点が置かれる結果、マクロ経済に大きなショックが あった場合に、それを十分に吸収できなくなり、産III葺の大きな変動をもたらす可能性がある。

この可能性はマクロ経済‑のショックの大きさによっては、それを緩和することに一時的にせよ

重点を置く政策が必要になることを示唆している。すなわち、場合によってはインフレ抑制を多

少犠牲にしてもマクロ経済の過大な変動を抑えるような政策が好ましい。そこでLohmann (1992)

は次のような方法(制度)を提案する。それは、政府はインフレ抑制を重視する保守的な中央銀

行総裁を任命するが、一定のコストを負担することにより総裁を解任する可能性を保持する、と

いうものである。ここで中央銀行総裁解任のコストをうまく設定することにより、マクロ経済の

(10)

金融政策における動学的不整合性 45

ショックが大きな場合にはインフレ抑制よりもこのショックを吸収ないし緩和することに政策の 重点をシフトさせることができることを示した"I"。この方法によれば、均衡においては中央銀行 総裁は解任されないが、解任される可能性を考慮することにより、マクロ経済のショックが大き いときには、一時的に生産量の変動を安定化させるような金融政策をとらせることが可能になる。

このように政府とはインフレに対する態度が異なる中央銀行総裁を任命するのではなく、政府 と中央銀行の間でβの大きさが同じであっても、政府と総裁の間で契約を結ぶことにより、問 題を解決することが可能なことを示したのがWalsh (1995)である。中央銀行総裁に支払う報 酬(transfer)について契約をうまく設計することにより、マクロ経済のショックに関する私的 情報を持つ中央銀行に社会的に最適な政策を採らせることが可能であることを示した。政府も中 央銀行が持っている私的情報を観察できない状況下で、報酬を観察可能なマネー・サプライの増 加率に依存させる形で契約を設計し、中央銀行に最適な政策を選ぶ誘因を与えることが可能にな

る。

Lohmann (1992)とWalsh (1995)を比べると、以下のことが言えるだろう。まずLohmann の場合における中央銀行総裁解任のコストがどのようなものか必ずしも明確ではないが、このコ

ストが総裁解任のときの退職金のようなものとすれば、 Walshと同様に政府が中央銀行総裁と契 約を結んでいると考えることが可能だろう。ただ、 Lohmannの場合には、このコストが一定で あり中央銀行の金融政策には依存しておらず、また総裁の報酬というよりも政府が安易に総裁解 任を行わないようにし、中央銀行の独立性を高める役割を果たしている点でWalshとは異なる。

しかし、どちらも中央銀行に政策の実行を委ねたうえで社会的に最適な政策を選ばせる誘因をど のようにして与えるがを考えている。このように中央銀行に政策の実行を委ねることにより動学 的不整合性の問題を解決しようとする場合には、中央銀行にどの程度の独立性が与えられている のかが重要になる仙。 Lohmannの場合には中央銀行の独立性を‑一一部制限する方向で誘因を考え ているが、 Walshでは完全な独立性が保持された上で、さらに金銭的な誘因を与えることが検討

されている。

以上でみたような契約という手段によって動学的不整合性を緩和するのとは違うアプローチも ある。それは政策当局の裁量を完全に奪ってしまうのではなく、 I‑一部制限する方法を模索すると いうもので、裁量の余地をどのようにして残すかがポイントになる。

同じように政策当局の政策に制約を課すにしても、各期ごとのインフレ率の制約では裁量の余 地が全くなくなってしまうが、複数期間について平均インフレ率に制約を課せば、各期間ごとに はショックに対応できる一時的な自由度を与えることが可能になる。たとえば、Canzoneri (1985) におけるように2期間での平均インフレ率にある目標値を設定する場合には、

・‑* ' ,T,I

ムJ

(18)

のような制約を課すのである。毎期特定のインフレ率を守るような政策は柔軟性を欠き供給

ショックに全く対応できないが、このように期間を通じて平均したインフレ率に目標値を設定す

るような制約は‑一期ごとには目標値をはずれることを可能にし、予期せぬマクロ経済へのショッ

クに部分的に対応することが可能になる。部分的にというのは平均的には目標値を満たさなくて

はならないので、ある期に目標値より高いインフレ率を選んだならば次の期にはそれとは逆に目

標値より低いインフレ率を実現しなければならないからである。

(11)

46 森   仲 宏

このように二期間での平均インフレ率について制約を課す方法では、一期目には政策選択に自 由度を与えることができるが、二期目の政策には逆の方向への制約を課すことを意味する。たと えば1期目に高いインフレ率を選択したならば、2期目には逆に急激なデフレ政策をとらなけれ ばならなくなり、経済に大きな変動をもたらす可能性がある。このような問題は平均インフレ率 を定義する期間を長くとれば、ある程度解消されるだろう。なぜならば、ある期において一時的 に目標インフレ率から大きく尭離したとしても、その影響を長い期間に分散して解消すれば良い。

したがって、一期ごとのインフレ率の変動は小さくてすむことになるだろう。そこで、このよう な観点から平均インフレ率について制約を課す場合の最適な期間を求めようとしたのが、

GarfinkelandOh(1993)である。すなわち、制約条件 汀*‑音量汀(19)

t‑1

を考えるときに、社会的に最適なNを求めようとしたのである。

最適な制約期間N*は0やy*、7T*、btの分散の大きさといったモデルのパラメータに依存

するので、その一般的な解を求めずに、彼らはいくつかのパラメータの値について、シュミレー ションをおこなうことによってN*の性質を調べている。その結果、意外なことに社会的に貴通 な制約を課す期間としては、裁量解に対応するN*‑‑か完全なルールに対応するN*‑1の

可能性が高いことを示唆している。

これまで見てきた方法では部分的に裁量の余地を制限しつつ、政策当局が持っているマクロ経 済のショックに関する情報を政策にいかに活用させるか、というものであった。この当局の私的 情報の利用の仕方について興味深い方法を提案したのがGarfinkelandOh(1995)である。金融 政策ゲームにおける政策当局の公約の信認の問題を回避する方法として、政策ルールの実行を法 律等により強制する方法があるが、この方法の問題点はマクロ経済に予期せぬショックがあった 場合にそれについての情報を当局が持っていても、それを利用してショックに対処する柔軟性が 失われてしまうことであった。彼らはこの欠点を補う方法として私的情報が利用できることを示 した。

たとえば貨幣の流通速度が変化しても金融政策ルールが法律化されていれば、このような変化 に対応できず、予期せぬインフレないしはデフレを発生させてしまい、産出量の大きな変動をも たらす可能性がある。しかし、もし民間部門がこのような貨幣需要の変化についての情報を人手 できたならば、それを利用してショックに部分的にせよ対応することが可能になり、経済への影 響を緩和することができるのではないだろうか。問題は政策当局が民間部門にこのような情報を 正直に与えるかどうかである。というのも民間がこの情報を信じるとすれば、政府は偽りの情報 を流すことにより産Ill

M‑1量を増加させる誘因が生じるからである。GarfinkelandOh(1995)は、

政策当局が自らの手にいれた情報について、(たとえば貨幣の流通速度の変化など)その正確な

値ではなく、真の値が含まれる範囲という形で民間部門に情報を流すことにより産出量の安定化

を実現できる可能性を示した。彼らは貨幣供給量に関しては強制力のあるルールを適用すること

により政策当局の行動を縛る一方で、マクロ経済のショックに関する情報を正確ではないが、民

間部門に流すことにより経済のショックに対応させることができることを示した。彼らは真の値

そのものではなく、それが含まれる範囲を知らせることで、政策当局が民間部門を煽す誘因を抑

えている。このようなルールとの併用という私的情報の使い方は、医学における複数の薬の併用

(12)

金融政策における動学的不整合性 47

によって効果を高めるのに似て、非常に興味深いものである。このような併用という手段は今後 の研究において有望かもしれない。

5.お わ り に

金融政策は機動性という点では優れているが、政策の立案時点と政策を実施するときでは最適 な政策が必ずしも同じではないという動学的不整合性の問題を生じやすい。したがって、金融政 策では政策当局の公約は民間部門の信認を得られにくく、自由裁量にしたがって政策をおこなえ

ば、当局は景気の拡大を意図して高めのインフレ率を選択するという意味で、インフレ・バイア スを持つ傾向がある。そして公約が有効な場合に比べて、社会的に見て非効率的な結果になるこ とが知られている。このような動学的不整合性の問題は、政策当局と民間部門の間でプレイされ るゲーム(金融政策ゲームと呼ばれる)という形で分析するのが適切である。

金融政策ゲームに関する最近の研究では、動学的不整合性による非効率性をいかにして改善す るかという観点からさまざまな方法・手段が提案されている。小論ではこのような金融政策ゲー ムの研究について最近の成果を整理し、今後の研究を進める方向を探ることが目的であった。最 近の成果のひとつは、政策当局が保守的な中央銀行総裁に政策の立案・実施を任せるというもの である。この方法はマクロ経済‑のショックが大きいときには、その対応が不十分になる可能性 があり、それをどのように改善するかがポイントになる。またこれは中央銀行にどの程度の独立 性を与えるがという問題とも密接に絡んでくる。すなわち、中央銀行の独立性が高ければ、民間 部門の信認を得られやすい一方で、マクロ経済の大きなショック‑の対応が不十分になる可能性 が問題となる。

いまひとつの方法は、マネー・サプライの増加率やインフレ率などになんらかの強制力のある ルールを定めることにより政策当局の裁呈を制限する一方で、マクロ経済のショックに対応でき るように、それを補う手段を工夫するというものである。強制的なルールによりインフレ・バイ アスを抑え、政策の信認を回復する一方で、当局が持っているマクロ経済に関する情報を活用す る方法を探るものである。

このように最近の研究は大きく2つの方向で進んできていると考えられる。しかし、どちらの 方向にせよ、民間部門の信認を回復することとマクロ経済の変動に対応することのトレード・オ

フを解決する方法を探るという意味では│HJじである。特に政策当局が持っている私的情報をどの ように活用するかが今後の研究において重要になるだろう。

【注】

(1)金融政策ゲームについて紹介した文献として、渡辺(1994)の第2章などがある。そこでは不確実性 がない場合の金融政策ゲームにおける動学的不整合性について説明されている。本稿では不確実性が ある場合も含めて、詳細に検討するo

(2)契約モデルに基づいて供給関数や損失関数の漸lける方法については、たとえば福m (1995)のpp.71‑

73および、そこに示されている文献を参照。

(3)予期せぬ供給ショックがある場合 ‑:>o)には貨幣市場にもその影響が波及する可能性がある。そ の場合には、撹乱項b.は貨幣需要関数のシフトと供給関数のシフトの2つの要素に分解される。

Walsh (1995)を参照o

(13)

48 fk^^KKS

(4)中央銀行がマネーサプライをコントロールできるかどうかの論争については森(1994)を参照。

(5)経済、特に労働市場に何らかの非効率性があればy*>ynとなる。

(6)この誘因が政策を計画するときに最適な政策と実際に実行するときの最適な政策が異なる可能性を生 み出す。これが金融政策における動学的不整合性であるo

(7)たとえば、 (11式から7r*より    ・n)/aだけ低いインフレ率を公約すればよいo ただし、民間部門 が政策当局の損失関数を正確には知らないことが前提になるo

(8)政策当局も民間部門同様に予期せぬショックに関して何も情報を持っていなければ、このようなショ ソ クによる経済‑の影響を吸収または緩和するような政策はとれず、基本的には不確実性がない場合と [w]じ政策を選ばざるをえないだろうo

(9)もちろん、供給関数1)式の撹乱項uLについて同様の仮定をおいて分析をおこなっている研究もある。

たとえば、 Walsh (1995)など。つ

(10)通常、 btについては系列相関がないものと仮定される。

(ll)ここで中央銀行総裁とは文字通り総裁だけを指すのではなく、日本銀行における政策委員会のように 実際に金融政策を決定するメンバーを指していると考えるべきであるo

(12)この方法は金融政策に関して中央銀行に完全な独立性が与えられていることが前提となる。

(13)これはRogoff (1985)の議論をさらに進め、中央銀行にどの程度の独立性を持たせるかという問題に つながる。

(14)中央銀行の独二立性についての実証研究としてはAlesina and Summers (1993)などがある。

(is;このような平均インフレ率という制約については、なぜ政策当局がこの制約を守るのか、その誘因に ついて̲u必ずしも明かでないが, Wallerand Walsh (1996)はN*を中央銀行総裁の任期と考えれば、

彼が再任の可能性を考えて別納を守るというように解釈できるのではないかと示唆しているC,

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渡辺 努(1994), 『市場の予想と経済政策の有効性 国際金融政策のゲーム論的分析』,東洋経済新報社

(14)

49

Monetary Policy Game and Dynamic Inconsistency

Nobuhiro Mori

(Department of Economics, Sara Unii PγS申of Education,A,ram 630, Japan) (Received April 17. 1997)

Some policy may not be optimal when implemented, even though it is so at the time of its planning. This possibility is called dynamic inconsistency. It is well known that monetary poli‑

cy suffered from this because of its flexibility. That is, even though the monetary authority makes the commitment to a given rate of growth of money stock in advance, she can raise it over this commitment level easily without permission at the implementation stage. So the commitment may not be credible. On the other hand, when the monetary policy is implemented with discretion by the policymaker, the rate of inflation is higher than the one in use of the credible precommit‑

menL and the unemployment rate of the former is the same as the latter in spite of its higher rate of inflation. Therefore the social welfare deteriorates under the discretionary monetary policy, which results in inefficiency. This situation can be analyzed as the game played between the

policymaker and the private sector. Some recent studies on monetary policy deal with this lneff主 ciency problem and propose several measures to solve it. The aim of this paper is to survey these recent literatures and have some perspective alDout these measures to reduce such inefficien‑

mm

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