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(1)

ハイマン「社会政策本質論」に関する若干の考察 : (1)社会政策の保守的・革命的二重性について

その他のタイトル Heimann's Theory on the Natur of Social Policy :  (1) On the two‑fold Character of Social Policy

著者 河野 稔

雑誌名 關西大學經済論集

巻 1

号 2

ページ 25‑50

発行年 1951‑06‑15

URL http://hdl.handle.net/10112/15888

(2)

ハイマン﹁祉会政策本質論﹂に関する若千の考察

一 五

第一次大戦後顕著になった資本制経済の構造的変化はその体制的危機の様相を呈した︒このような轄換期に於いて

社会政策が如何なる構造と発展の論理をもつているかということが現代祉会政策理論に課せられた最大の問題である

と思う︒ところで︑安定期的視点に立つて資本主義を維持する為の改良的︑産業平和的`階級協調策として社会政策

を把えんとする側統的社会政策論はこのような轄換期社会政策の論理を解明し︑社会政策理論の現代的課題に答え得

る能力を既に失っている︒かくて偉統的社会政策論に飽き足bぬものは何よりも先づ轄換期的親点に立つて社会政策

の本質を再検討するととを緊急の理論的課題としなければならぬ0周知の如く社会民主主義陣営に於ける最も有力な

は︑まさにこのようた理論的課題に答え︑社会政策と改

良主義との宿縁を断ち切つて︑社会政策と財会主義との結合を企図している︒^イマ・ンの社会政策理論はこのような 代表者の一人工ドワルト︒^ィマン

(E du ar dH e i m a n n )  

ー︵一︶祉会政策の保守的ー革命的二重性についてー

ハイマン﹁祉會政策本質論﹂に闘する若干の考察

(3)

いる

(geisti~)

#ものであり︑置の理念 ^ィマンの﹁保守的ー革命的二重性﹂論は彼独自の歴史観や資本主義観を基抵にもつている°此の問題は別の機会

に詳細に究明することにして︑こょでは所謂﹁二重性﹂論を理解するに必要な範囲に於いて簡単に取りあげてぶこう︒

ハイマンによれぼ︑人間存在の最も根源的なものは

r

生命﹂

(L

eb

en

)

であり︑生命には﹁自由えの意志.j或は

r

由と労働の尊厳えの意志﹂が内在する

0

而もこの生命の意志は必然的

(n

ot

we

nd

ig

)︑根元的

(e

le

me

nt

ar

)︑実存的

(e

ch

te

  ld

e e

)  

(existentie'.Pi.)、前道徳的(vormoralisch)、前合理的(vorrational)~ものであり`

( 2 )  

で あ る と 規 定 さ れ る

︒ そ し て

^ イ マ ン は こ の よ う な 生 命 の 意志が起動力となって歴史が推進されると説く

0郎ち人間の歴史は自由と労働の尊厳を追求し獲得する歴史であり︑

人間社会の歴史は﹁自由の実現と不自由化﹂又は﹁労働の尊厳と抑圧﹂の反覆によつて漸次ョリ高次の自由と労働の

尊厳を実現していく過程として把握されるのである︒ところで﹁生命﹂即ち﹁自由瑾念﹂は具体的歴史的な規定を受 梵 こ れ に よ っ て 人 間 註 会 の 歴 史 は 中 批 封 建 社 会

← 自 由 主 義

← 独 占 資 本 主 義

← 社 会 主 義 の 歴 史 と し て 把 え ら れ て

の側面から^ィマンの社会政策本質論を伺つてみよう︒ 立場に基いて展開されているが︑彼の理論体系に於いて社会政策と社会主義との結合が如何にして行われているか︑そして彼のこの企てが韓換期親点に立つて社会政策の本質を再検討しようとしているものに対して何を示唆するかと

( 1 )  

いうことは極めて興味ある問題である︒私は彼の代表的著作の一っとして有名た﹁資本主義の社会理論﹂を中心とし

て︑特に本稿に於てはハイマン理論の中核とも言わるべき﹁保守的ー革命的二重性﹂論を究明することによって︑ ハイrン﹁祉会政策本質論﹂に閥する若干の考察

z::. 

要するに生命は精軸的 H

(4)

ハイ

マン

﹁社

会政

策本

質論

﹂に

関す

る若

干の

考察

一 七

Ge

me

in

sc

ha

ft

sp

at

ho

s)

 

﹁生

ける

共同

社会

の︒

1

トス

( l e

nd

ig

e

旧社会の重商主義と専制君主制に於ける少数者の独占︑國家官僚の統制︑私有財産及び事業の特権的保護︑大事業

支配は自由と労働の尊厳の喪失を意味するものであったが︑この失われた自由と労働の奪厳は所謂プルジョア革命に

よって奪い還された︒ところで^ィマンによれば︑ブルジョア革命が旧社会を打ち破り得た原因は自由たプルジョア

が経済的社会的な自由と平等というプログラムを掲げて大衆の支持をかち得た点に求められる︒このようにして旧社

会を崩壊せしめた﹁自由と労働の尊厳えの意志﹂は所謂自由主義経済社会を形成したのである︒

u

4で^ィマンが自

由主義社会というのは初期資本主囃を指していると思われるが︑彼は資本蓄積の強行にまつわる血腿い史実を看過し

て︑自由主義の革命的性格を讚美し理想化している︒即ち彼によれば︑自由主義社会に現れた自由の理念は個人の﹁自

これによって

由の

︒^

1

ス﹂

( F

r e

i h

e i

t s

p a

t h

o s

)

を実現したと同時に︑

( 3 )  

を実現している0換言すれば︑個人の自由と共同社会とは調和を保つた不可分離の統一を

現し︑個人的自由が普遍性をもつに至ったのである︒又このようた自由主義は自由を保証し︑普遍的た独立と平等に

導くことを約束した意味に於て民主々義的なものでもあった︒^ィマンは自由主義下の経済的社会的統合原理は﹁小

( 4 )  

経営的民主々義﹂

( K l e

i n b e

t r i e

b l i c

h e .

De

mo

kr

at

ie

Q性格をもつと述ぺている0郎ち彼によれば︑この時代は独立

した小経営者

11

農民︑製造業者︑滴人の充満した批界であり︑彼等は独立と平等の下に﹁自由競争﹂を適じて調和と

棗富︑低廉た経済を実現し︑私有財産は自然的自由の物的基盤となり︑資本と労働は相互依存関係にあり︑そこには

後に現れるようた資本の支配に隷属した労働はみられナ︑労働の尊厳と労働する人々の自由が実現されている︒又自

由主義下に於ける政治的デモクラシーは政権を握る豊たプルジョアの欲求のみならす独立小経営者︑労働者の欲求を

(5)

( 3 )  

( 2 )  

( 1 )  

も充たしうるものであった︒

然るに新しい科学技衛の勃興によって新技衛を採用した大経営が現れ︑

の止むたきにいたった︒そして浚落した小経営者ほ無産労働者となり︑わづかに敗北をまぬかれた残存する小経螢は

不安を感するにいたったのである︒ところでこのようた﹁自由競争﹂を蓮じて大経螢が小経螢を倒し得た鍵は新技衛

を使用しうる資本に求められるのであって︑

再び特権的性格を帯びてくる︒このようた所謂狼占資本主義は自由と平等を担った独立労働者を﹁賽本支配﹂に隷属

する無産労働者たらしめ︑労働者は自由を失う︒そしてこの失われた自由を奪い還さんとする労働者の意志と欲求が

﹁祉会的理念﹂である︒このようた﹁社会的理念﹂は独占資本主義下に於ける﹁自由理念﹂の歴史的た特殊規定とし

ての理念であり︑﹁労働者を把握し︑担うべき社会的た自由秩序の理念﹂

( I d

v o n   e i n e r   s o z i a l e n   F r e i h e i t s o r d n   , 

( 5 )  

u n g , e   w l c h e   d i e   a r b e i t e n d e n   M e

"

n h

e n   u m f a s s e n   u n d   t r a g e n   s o l l )

はヨリ高次の﹁組織された共同既会えの

意志﹂である︒^ィマンはこのようにして﹁社会的蓮念﹂を引き出し︑これによって独占資本主義が崩壊せしめられ

(6) るとみている︒そして彼は社会政策の役割を﹁社会的理念﹂と独占資本主義との間に登湯せしめる︒

Ed ua rd   He im an n  "

s g

i a  

l e   T h e o r i e   d e s  

Kapitalismus.~Theorie

̀ ・

↑  

, r   S o z i a l p o l i t i k

J1 9 2 9  

A . . p  

o . s . ' ¥ 1   A .  

a .   o .  

s .  

( g r o s s b t

  " t

r i e b l i c h H e   e r

r

"

h a f t s o r g a n i s a t i o n )  

を形成し︑﹁自由競争﹂は韓じて﹁独占﹂を生み︑私有財産権は この勝敗を決した資本は︑それ自身の合理性に基いて大経螢的支配組織

r

﹁祉

会政

策本

質論

﹂に

関す

る若

干の

考察

﹁自由競争﹂によって多数の小経営は敗北

一 八

(6)

C 6 )  

5

)

C4

) 

ハイマン﹁祉会政策本質論﹂に関する若千の考察

︱ ︱  

( K a p i t a l h e r r s c h a f t s o r d n u n g )  

一 九

こ上に非

ハイマンは﹁査*主義の社会理論﹂に於いて先づ第一章で自由主義︑査本主蓑を分析し第二章で査本主義の絲済的障害︑

b

あげ︑これら一般理論を前提として第四章で社会政策を論じている︒尚^イマンの社会政策論の 全構造は既に大河内数授によって明快に紹介され批判されている︒大河内一男︑社会政策の某本問題︑

さて独占賽本主渡に於て顕著に現れる資本支配秩序

一社会政策の形而

は労働者を隷属せしめ︑

彼等を資本主義の物財秩序

( S a c h g i i t e r o r d n u n g ) の下に置く︒これに対して社会政策は労働者の保護と助成の為の

方策の総体

( e i n e

Su mm e  v on a   M ss re ge ln   zu m  S ut z  u nd   zu r  F or de ru ng e   d s  a r b e i t e n d e n   Me ns ch en )  あり︑それは資本主義の﹁資本支配﹂と﹁物財秩序﹂の建造物の内に反資本主義的た﹁社会的理念﹂を制度的に沈澱

( 1 )  

したものである︒かくて反査本主義原理たる﹁社会的理念﹂が制度的に沈澱する意味に於て︑社会政策は資本主義の

﹁異

質体

(F re md ko rp er ) であるが︑同時に﹁社会的理念﹂が資本主義の内に︑換言すれば資本支配秩序と物財秩 序の建造物の内に制度として沈澱される意味に於て︑社会政策は資本主義の﹁構成部分﹂

( B e s t a n d t e i l

である︒社)

会政策茄資本主義の﹁異質体﹂にして同時に﹁構成部分﹂であるということが^ィマンの所謂﹁保守的ー革命的二重 性﹂を意味する︒そして^イマンはこの二重性

uそ社会政策の動態と併証法的逆説を物説るものであって︑

A .   a .  

O.

 S

. 

2 1 1  

A.~O.

S.

1923 

(7)

共同担い手

( M i t t r a g e r )

政策を専ら資本主義の異質体或は毒物

( G i f t s t o f f )

主囃体制を内部から破製する︒ 郁ち非先証法的思考によれば社会政策について二つの極端な見解がある︒一方では﹁社会政策は維持さるべき資本

( 2 )

. 故に社会政策は排除さるべき︱つの害悪.である︒﹂と説かれるが︐

としてのみ把えている°然るに他方では

の内に於て︑従つて亦資本主義保持の下に︑たゞ資本主義の残屑

(T ri im me r)

( 3

>

 

貧弱たものを給付しようと努めている︒﹂と歎かれるが︑

この見解は社会政策をひたすら資本主義の構成部分或は

としてのみ把えている︒ところで^ィマンによれば︑

解は元来異質体にして同時に構成部分であるという弁征法的論理を内在せしめる社会政策の生ける運動

( l e d e n d i g e Be we gu ng e   d r  S o z i a l p o l i t i k )

或は社会政策の動態

( D y r

u

1 i k )

を無

親し

切り離したものであり︑二つの見解はそれぞれ﹁いくらかの真理﹂

( e t w a s Wa hr be it )

をもつているが﹁全体の真

理 ﹂

(g

z e Wa hr he it ) 

M対してたゞ﹁半分の箕瑾﹂

0a I

Wa hr he it )

をもつにすぎたいという理由から誤謬で

あると考えられでいる︒かくて^ィマンは論理的に相互に排除し合っている二つの部分的翼理を︱つの統一に於て総

括し︑社.会政策の全体の真理を把えるものとして弁証法原理を掲げるのである︒

^イマン流の弁証法原珊によれば︑前向から

( n a c v h or n)

は社会政策が社会的理念の沈澱であり︑後向から

(n ac h

r

e i 望"︶は社会政策が資本主義存立のために行われることになる換言すれば︑︿イマンは批会政策を一方では社0

会的理念との関係に於て`同時に他方では資本主義との関係に於て把握する︒以下^イマンの抽象的叙述に従つて︑ 弁証法的思考にとつては認識し得たい理論的問題があると指摘する︒

^イ

マン

﹁趾

会政

策本

質論

﹂に

関す

る若

干の

考察

﹁社会政策は資本主義

の上にのみ十分給付し得るような︑

このようた二つの全く対立した見

その一側面のみを把えて他の側面を

この見解は社会

(8)

がイ

マン

﹁社

会政

策本

質論

﹂に

詞す

る若

干の

考察

( a )

社会政策を社会的理念との関係に於て

ob

)

資本主義との関係に於て取りあげよう︒

( a

︶ー

l秩序は元来生命を維持し高めるべき作用をもつているが︑

秩底によつて秩底づけられている生命領域の内から新しい生命力が発生し成長する︒而して︿イマンによれば︑生命

カの存在は﹁死せる対象﹂ このようた作用が低減するに至れば︑

( S   t e

r   G e g e n s t a r i d )

では芹く﹁生ける力﹂

( l e b e n d i g e K r a f t )

であ

り︑

この

この力の実在

と成長は人間の意志から独立した必然的なものである︒そして﹁生ける生命力﹂は常に新しい諜題を提起し︑それが

成長する限り常に新しい充足と表現

( E r f i i l l u n g un d  Ae us

r

un g)

を要求する︒ところがこの要求は必然性をも

った生命力の要求たるが故に担否することが出来す結局実現されざるを得たい0

従って生命力に本質的に内在する

己新しい理念﹂も亦必然的に実現されざるを得たい︒^イマンはこのような意味に於て︑理念が﹁現実性﹂

(W ir kl

( 4 )

i c h k e i t )

をもつことを注意し︑﹁理念をもった力﹂︑﹁力をもった理念﹂が必然的に現存社会秩序の内に浸透すると

述ぺている︒かくして︑現存する独占資本主義体制の中に発生し成長した﹁社会的理念﹂が必然的に資本主義体制の

肉に社会政策として制度的に沈澱することにたる︒

ところで^ィマンによれば︑社会政策諸施設の成立様式︑

( E n t s t e h u n g s a r t )

は二つある︒部ち資本主義の存立に

( 5 )  

とつてこ︶直接的た焦眉の危険を排除する場合と︵二>危険の発生を長期的親野をもつて予防する場合とがこれである︒

然らば社会的理念の制度的沈澱ということは二つの成立様式の何れの場合にも妥当性をもつや否やという問題が提起

されるセあろう︒この問題について^ィマンは次のように述べる︒︵二︶の様式は人間が行為の自由を持つて居り︑強

制朕態の開始に先んじて賢明にもその自由を行使する場合の様式であり︑このようた様式で成立した社会政策は生命

(9)

れ業

( W

n i s )

を避けんとする怯襦者︑或は亦︑ ^イマン﹁枇会政策本質論﹂に詞する若干の考察

カの固有の意味を自鴬し︑その力をうまく組織し︑精軸的熟慮をもつて導くものである0然るに︵一︶の様式は危験

の開始が無為に望観されて︑人間が既に強制の途に追い込まれている場合の檄式であり︑このようた檬式で成立した社

会政策は生命力の盲目的た激悠と突進を表現し︑瞬間的輿論

( A u g e n b l i c k s s t i m m u n g e n

や適俗的意見

)

( 3

p u l i i r e n

  , 

に順応して生命力の本質や永続を顧たいことになる︒

うことは人間の意志の問題であり︑実践的︑政治的には最大の重要性をもった問題であるが︑こょで注意さるべきU

とは人間の意志に委されているのは飽くまでも二つの檄式の何れをとるかということに限られて居り︑生命力を訓育

するか放縦たらしめるかということに限定されている︒そして生命力の実在と成長及びその要求が結局充足され表硯

されるということは人間の意志から独立した必然性をもつというととである0故に社会政策の成立檬式として二つの

場合があるにも拘ら中︑その何れの様式がとられようとも新しい生命力の意志と要求即ち註会的理念は必然的に制度

( 6 )  

として沈澱する︒この場合仮りに新しい生命力の充足を栢否することが長ければ長い程生命力は一層急進化し爆発的

となる°従つて生命力の急進化は単に職業的煽動家の仕事ではなく︑生命力の成長を見たい盲目者や新しい生命の離

新しい生命を憎んで既に充足され過去のものとたつている旧い生

( 7 )  

命を継続せしめようとする生命敵対者

( L e b e n s f e i n d l i c h e r )

1 Jそ急進化の責任を荷負うべきものとされる︒

e)'—^ィマンは前向的に考察された祉会的理念と社会政策との関係を前提とし、次いで後向的に資本主義と

社会政策の関係に論及することによって保守的ー革命的二重性を明かにする︒

旧い秩序

( a l t e O r d n u n g .

e r   d i   D

n

3)

と新しい生命力との関連橡式は積極的にも消極的にも後者が前者に規定さ

M e i n u n g e n )  

これら二つの様式のうち何れがとられるかとい

1 1  

(10)

^イマン﹁社会政策本質論﹂に関する若千の考察 を維持せんが為には社会的理念と社会運動に服従して︑

︵ 四 ︶

れるものとして把えられる0帥ち︑積極的にみれば︑新しい生命力は旧い秩序によって秩序づけられた生命領城の内

に発生し︑消極的にみれば︑新しい力と旧い秩序との区別がたいと仮定すれば︑何らの緊張︵S

t n n u n g )

も発生し

たい筈であり︑叉仮りに両者の関連がないとすれば︑旧い秩序は新しい力に対して妥協や譲歩を示さたい筈である︒

然るにこのようなことはあり得たいのであって︑結局旧い秩序の内に発生し成長した新しい力と理念は︑旧い秩序と

対立し緊張を生みたがら旧い秩序の内部に浸透していく︒しかも旧い秩序に規定されるところの新しい力は︑旧い秩

序により︑その内に引き入れられる︒かくて両者は協存関係をつくり出すのである︒

^ィマンはこの関連様式に基いて社会政策の革命性を説いている0それによれば︑︵一︶独占査本主蓑の資本支配の

故に資本主義の経済的社会的基盤の内から反資本主義原理たる新しい生命力を荷負った社会的理念が発生する︒︵二︶

社会的理念はそれ自体としては何等の作用も子ナ又何等の形体をも持ち得ない°けれどもそれは﹁社会運動﹂の中で

( 8 )  

形づくられ作用する︒︵三︶新しい生命力は必然的に成長し且つその充足と表現を要求するが故に社会的理念と社

会運動は必然的に発展して新い充足を実現する︒この意味で﹁社会政策は社会的理念の制度的沈澱﹂であり︑又社会

的理念の形体と作用は社会運動なるが故に社会学的に︑社会的存在を問題とすれば﹁社会政策は社会運動の制度的沈

( 9 )  

澱である﹂と言うことが出来る︒

ところで社会的理念と社会逼動は自己の労働によつて自己の双肩の上に資

本主義体制を荷負つている人間

11

労働者の理念であり運動であって︑資本主義体制を存続せしめる為にはとのような

( 1 0 )  

人間

11

労働者の協力が必要とされる︒そUで資本主義体制を維持せんが為に︑換言すれぼ︑賽本主義的な保守的理念

これを資本主義体制の内に於て実現せしめざるを得たい︒

(11)

^イ

マン

﹁批

会政

策本

質論

﹂に

関す

る若

干の

考察

^ィマン流の先証法は忽ち親点を前 ︵五︶^ィマンはこのようた仕方で実現される社会政策を査本主義体制の内部への破壊或は保守的資本主羞的理念への侵入とみて社会政策のこの性格を次の如く特徽づける0即ち社会政策によつて実現される社会的形成物は﹁人間﹂

( 1 1 )  

﹁人間に固有た自由と権力﹂であり︑或は亦﹁生命﹂乃至﹁生命の経済的社会的基盤﹂である0そしてこの

ようた人間や生命は^ィマンによって反資本主義的或は非資本主義的たものとして特徽づけられ︑資本主輯的たもの

と対置されている︒︵六︶しかし社会政策が社会的理念や社会運動の沈澱であるといつてもこれらを全面的に実現する

ものではたく︑いわば﹁社会的部分要求を充足する﹂

( E r f i i l l u n g e i n e r   ‑ s o z i a l e n   T e i l

f o r d e r u n g )

︒何とたれば自

由は能力を予想し︑箕の自由は力と能力によつて獲得されたものである°従つて社会的理念や社会運動の強力の度合

に応じてそれらは部分的に充足されざるを得ない︒G七︶而して社会政策が社会的理念や社会運動の部分的充足過程を

反覆するにつれて次第に資本主囃領域は盆々狭少化し︑

た過捏が前進的に発展すればする程興実の社会政策と言えるのであり︑箕実の社会政策が発展すれば結局社会主義耽

会が実現されることにたる︒ これに反して反資本主諺的形成物は盆々拡大する︒このよう

以上述ぺられたことが^ィマンの所謂﹁社会政策の革命性﹂の内容であるが︑

向きから後向きに変えて社会政策の保守性の究明にたる︒それによれば︑︵一︶社会的理念や社会運動は資本主酸体制

の内で穿生し成長するが故に後者によつて基本的に規定されている0(二︶社会政策は社会的理念や社会運動におびや

かされる危験に対して資本主諺体制や保守的賽本主綾理念を半ば防衛し維持せんが為に行われる︒(‑ーー︶しかもこの場

合︑社会蔽策は社会的理念や社会運動に服従するといつても︐ で

あり

これらをそのま上表現するのではなく︑資本主譲体制

(12)

( 6 )  

( 5 )  

( 4 )  

( 3 )  

(1 2)  

の内に於て賽本主義に適合した諸範疇で表現される︒いわば社会的理念や社会蓮動が社会政策として沈澱する場合︑

これらは一応資本主締的なもの︑査本主簑的理念に鵬訳されたうえで且つその範囲内に於て実現される︒︵四︶叉既に

述べた如く社会政策は社会的理念や社会運動の﹁社会的部分要求﹂を充足して資本主義を一っづつ

( s

t i

l c

k w

e i 器 ︶

まさにこのことによって︑けれども同時に︑

(13) 

(R

es

t)

を救うものである︒︵五︶資本主義の﹁残余の部分﹂を救うということは社会的理念や社会運動におびやかされ 崩壊せしめる︒

る危険に対して資本主義的生産基盤を確保することであり︑又社会的部分要求の充足が生命的必然性をもつているの

と同様の意味に於て資本主義的生産基盤の確保は生命力のあらゆる経過的な運動過稲の必然性を物説るものである︒

( 1 4 )  

^イマンは社会政策を一穏の生産政策であると説き︑︵六︶社会的部分要求の充足がとのようた生

産政策的必然性にたる場合にのみ社会政策は常に一つの効果を達成するとみている︒^ィマンの所謂﹁社会政策の保

守性﹂とはこれらの諸点をさしている︒

A.

  a .  

s .   1 2 0

A.

  a .  

O.  S

. 

1 1 9 '  

r

ンの祉会政策本質論の特徴たる保守的ー革命的二重性論は二つの成立檬式の何れにも妥当するものとして迦べられ ているが`後にみる如く自由意志による成立を前提とする傾向張<`頭制による成立檬式の場合︑ハイマンの二重性論が

^イマン﹁社会政策本質論﹂に関する若干の考察

A .   .•

a .   0.   S

. 

1 1 9  

( 2 )  

A.

  a .  

O .

  S

. 

1 1 9  

→) 

He im an n  " 

S o z i a l e   T he o r ie   d es   K ap i t al i s mu s S . ,    

HS

● iる意味に於て︑

︱ ︱ 一

その時々に残留している資本主義の

﹁残

余の

部分

(13)

右に述ぺたところによって︑

社会政策の動態或は運動の本質を把える鍵とたつていることも明かであろう0社会政策は社会現象の一っとして歴史

( 1 4 )  

o .  

s .  

1 2 2 ,   1 . 2 5 )  

A.

  a .  

••

S.  1 2 2  

A.

 a .  

O.

S 

. 

1 2 2  

︱ ︱

︱  

ハイマンが社会政策を一種の生産政策と規定したのは([)我國でしばしば課解された分配政策と区別乃至対置された単

純な意味ではたく︵二︶賽本主義的総再生産過程確保の政策の意昧である(‑‑]︶それは我々の用語によれば賓本主義的生

産力の発展と生産関係の変更という二つの親点を統一的に把握している︵四︶ハイマンによれば︑労働者の社会的理念や 運動の実現による生命の改造的発展と︑それによって残りの賽本主義的生命の存続的発展という二つの要因を粽合した生 命の弁証法的発展の必然性をもった政策が生産政策としての社会政策であり︑そこには生命の形式的変化と生命力発展の 生産基盤が考えられている︒ハイマンはこの意味で社会政策を﹁あらゆる箪なる生産政策﹂と区別する

( H

e i

m a

n n

"

P  a .  

( 1 3 )  

( 1 2 )  

( 1 1 )  

( 1 0 )  A.  a .   0.   S . 

1 2 1  

•1

A.

a . 1 1  

 

0.  S . 

1 2 2  

C 9 )  

( 8 )  

A.

  a .  

O.  S

. 

1 2 1 .   2 1 1  

A.

  a .  

0.   S .  135•

2 1 1  

^ィマンが社会政策の本質を保守的ー革命的二重性に求めたこと及びこの二重性論が

( 7 )  

果してそのま

A妥当するか否か甚だ疑問である︒

A.

  a .  

s .   1 2 0  

^イマン﹁社会政策本質論﹂に関する若干の考察

  . 

(14)

一 七

( s o z i a l p o l i t i s c h e  

( 1 )  

的に発展する0故に^ィマンが社会政策の本質を動態的本質として把えることは正しい方法であると思う︒このよう

た註会政策の動態的本質を解く鍵として登場せしめられた二重性論は︑進んで資本主義との関連に於いて︵一︶経済過

程の社会政策的確保

( s o i i a l

l i t i s c h e S i c h e r u n a   d e s   W i r t s c h a f t s v e r l a u f s )  

(二︶経済過程の社会政策的変更

( s o z i a l p o l i t i s c h e   V er an de ru ng  

d e s  

B e e i n t r i i c h t i g u a d g   e s   Wirtschaftsv~rlaufs)として展開され、更に各穏の社会政策領城に於ける理論の具体的

C2 ) 

適用を論証し︑最後に結論として社会政策と社会主義との結合が説かれている︒従つて︑︿イマンの社会政策本質論

特に保守的ー革命的二重性論は当然このような具体的た理論の展開をも含めて分析され評債されなければならぬ°け

れども本稿ではたゞ本質論に現れた二重性論のみを取bあげているので以下この範囲に於て明かにされる保守的ー革

命的二重性論の特徽を指摘しておこう︒

W i r t s c h a f t s v e r l a u f s )

( =‑︶経済過程の社会政策的侵害

︵一︶ーー保守的ー革命的二重性論は去わば生命弁証法を基調としている︒

^ィマンによれば︑人間存在に於ける︑人間社会に於ける最も根源的なものは生命であると説かれている°而して

生命は自らを維持し作用せしめるためには何らかの組織又は秩序を必要とする︒秩序は自らの合則性に従つて︑その

( 3 )  

中に組織づけられた生命を維持し高めるという機能を螢む︒^ィマンはこのようた生命観に立脚して生命の弁証法的

発展を述べ︑そこから社会政策の革命性と保守性を引出している︒先づ革命性の内容を伺うと︑資本主締秩序は自由

主義に於ては十分にその機能を発揮していたのであるが︑独占資本主義に発展すると資本支配性が顕著となり︑

^イ

マン

﹁批

会政

策本

質論

﹂に

関す

る若

干の

考察

その

結果資本主義秩序の内に組織づけられていた生命の維持と発展が阻害される0そこで常に成長してやまぬ生命力に基

(15)

いて︑資本主義秩序の内に反資本主囃的な︑従来の生命と異った新し︑い生命が必然的に発生し︑成長する°而して生 命の成長は常に新しい要求を充足せしめんとする必然性をもつが故に︑新しい生命の要求は不可抗力をもつて資本主 義秩序の内に実現されるのである︒この実現が他でもたい計会政策であり︑社会政策は新しい生命の要求を充足する ものとして把えられている︒のみならす新しい生命が実現されるということは資本主義秩序及び資本主義的た古い生 命を内部から崩壊せしめることであり︑新しい反資本主義的な生命と秩序を実現することである

0併したがら新しい

生命は古い秩序や古い生命との力関係に応じて部分的に実現されるのであって︑

つづつ崩壊せしめることになる°而して︑ この意味で社会政策は資本主装を一

このような資本主義の部分的崩壊が反覆されることによって資本主義的秩

序や生命は次第に縮少され`逆にこの秩序の内に次第に新しい生命と秩序が拡大され︑結局社会主義が全而的に実現 されることにたる︒そして社会政策は旧い秩序と生命を縮少し︑新しい生命と秩序を拡大すればする程真の社会政策 であると述べている︒との意味で駐会政策ほ革命的性格をもつ程箕実の祉会政策であるといえるであろう︒ところが :の生命併証法は同時に社会政策の保守性の基調にもなる︒即ち新しい生命は旧い資本主義的秩序や生命の内から発 生し成長するが故に基本的には後者に規定されざるを得ないし︑又社会政策は新しい生命の危阪に対して旧い資本主 義的秩序や生命を維持し防衛せんが為に行われ︑社会政策が資本主義を一っづつ崩壊せしめることは同時にその時々 の資本主義的秩序や生命の残余の部分を救済し︑資本主義的生産基盤を確保することを意味するのである°而も祗会 政策は成る程新しい生命に服従したものではあるが︑新しい生命を力関係に応じて一部分づつ引き入れるものであり

新しい生命をそのま4の形で引き入れるのではたく︑

そこには資本主義的な秩序や思考方法や範疇えの躙訳がなされ

(16)

^イ

マン

﹁批

会政

策本

質論

﹂に

関す

る若

干の

考察

るのであって︑

一 九

^ィマン自身この生命を如 この躙訳を蓮して資本主義的生産基盤が発展せしめられ︑資本主鍍的秩序や生命の発展になる湯合に

( 4 )  

のみ社会政策の効果が腿められるのである︒

かくて社会政策の革命性は新しい生命を基調として把えられ︑同時に社会政策の保守性は旧い秩序と生命の存続と

発展という覗点から取りあげられている°根源的た生命が秩序と相互補完関係を結び`秩序の変化が生命との矛盾を

生み出すことによつて︑それ自体の内から新しい生命が発生し︑その成長に応じて一方では社会政策が新しい生命を

実現して旧い秩序と生命を部分的漸進的に崩壊せしめつょ他方では残りの旧い秩序と生命の発展をも確保する0根源

的生命を起点とする﹁生命の改造と存続﹂という併証法的発展過程ぱ人間の意志から独立した必然性をもつものであ

り、従つて保守的にして同時に革命的た社会政策の成立や機能も生命先証法的必然性をもつとい~れるのである。か

C 5 .

︶ くて社会政策の保守的ー革命的二重性は根源的な生命及びその先証法的運動から﹁流出論﹂的に解釈されている︒

(一.予—保守的ー革命的二重性論は観念先証法を基調としている。

( a )

右に述べた如く或は秩序と調和を保ち或は秩序と矛盾する生命の先証法的運動の起点として^ィマジは生命

一般を前提としている︒このようた普遍性をもった生命一般が予想されたければ生命の歴史的運動はあり得ない°然ら

ばこの超歴史的な又は歴史の根抵に置かれる生命が歴史的た社会政策現象の基礎づけに用いられていることになる︒

腰史の肉に︑批会機鞘の内に存在したいものを社会科学の範疇の中に取り入れることは︑

何に実在するものと規定するにせよ︑彼の主観による産物と考えざるを得たい︒

( b )

^ィマ・ンが歴史に於ける根元的︑実在的︑前逍稼的︑前合理的なものとして把えた生命の存在を仮りに認め

(17)

の魂(Sg

l e )  

るとしても︑彼はそれを精軸的たものとして把え︑生命はその本質に於て理念であると述ぺている︒かくて^.イマン

の生命史観は精紳史観︾である︒又生命の本質たる理念は﹁自由えの意志﹂﹁自由と労働の尊厳えの意志﹂として規定

される︒従つて人間の歴史は普選的自由を起点とする歴史であり︑或は亦普遍的労働を起点とする歴史であると言え

よう0i

ち腰史は自由と不自由の歴史として︑或は労働の尊厳と隷属の歴史として把握される︒このような見解は極 めて示唆に富むものと思われるが︑それにも拘らす自由と労働の歴史が理念的︑精軸的に把えられているとと及び生 命に内在する自由と労働の尊厳という理念が超歴史的普遍的に把えられていることは否定出来たい︒そして独占資本

主義秩序の資本支配によって自由が喪失され︑労働が隷属せしめられると︑この﹁自由と労慟の尊厳えの意志﹂は新

しい生命の内で﹁社会的理念﹂となって現れ︑社会政策は社会的理念の沈澱として把えられる︒かくて社会的理念に

( 6 )  

よって社会政策を把える^f

マン理論が観念論又は形而上学であると批判されるのも止むを得たいところである︒そ

してハィマンによれば︑反資本主義原理たる肱会的理念が資本主義的保守的理念と斗争し︑これに打ち勝つて資本主

囃秩序の内に制度として沈澱する意味に於て︑社会政策を革命的性格をもつものとじて把え︑且つ社会的理念が賽本 主義的思考方法に鵬訳されて実現され︑叉その力に応じて部分的に実現されることを指摘して革命性の内容を説明し

4

︑同時に社会的理念の沈澱は保守的資本主義的理念や秩序を保持するという意図から行われ︑且つ社会的理念の

部分的沈澱によつて残りの保守的理念も保持される作用のあることを指摘して社会政策︐の保守性を内容づけている︒

^ィマンは更に﹁社会運動は社会的理念の社会的物体

(S gN iologische 

K o r p e r )

であ

り︑

( 7 )  

である︒﹂と述べて︑社会的理念の作用形式として社会運動を取りあげ︑

ハイ

マン

﹁計

会政

策本

質論

﹂に

関す

る若

干の

考察

社会的理念は社会運動

社会学的に社会的存在を

(18)

ハイ

マン

﹁社

会政

策本

質論

﹂に

関す

る若

干の

考察

理念によって解釈された運動であり︑

(8

問題とすれば﹁社会的理念の制度的沈澱﹂は亦﹁計会運動の制度的沈澱﹂でもあると規定している0叉^ィマンは這

( 9 )  

べている︒﹁社会蓮動は社会政策の唯一の現実的積極的力であり︐.社会的進歩を保証する︒﹂﹁理念は︑理念を荷負う

( 1 0 )  

運動の現実性

( R e a

J i t i

i t )

の内に入り込ます従って理念の諸要求が取り次がれたい時は実現されたい︒﹂かくて︿イマ

ンは社会運動を椒めて重醜してその制度的沈澱を社会政策であると説

v O

けれども^イマンの所謂社会運動は社会的

この意味で彼の社会運動観は観念的に把握されている0又資本制社会に於ける

一切の駐会運動が反資本主義的社会主義ィデオロギーをもっとは言えたい︒資本主義を是認した改良主義イデオロギ

ーによる計会運動も亦存在しているし︑初期の運動の如く資本主義を知らない本能的な運動もある︒^ィマンのいう

社会運動はこれらの運動をすべで社会的理念に基く反資本主義的運動として包括してい屯であろうか︒もしそうだと

すれば彼の社会的理念はこiで全く曖昧なものにdなつてしまう°要するに社会運動という範疇を取b出して彼の計会

政策論の観念性を補強するとしても︑それはあくまでも補強にとゞまるものであって︑結局計会的理念の制炭的沈澱

という根本的規定に変りはないと言えるし︑彼の観念論的解釈を否定することにもたらたい︒

( C )

社会政策が﹁社会的理念の資本主義内に於ける︑資本主義に反する

(g

eg

en

de

n  K

ap

it

al

is

mu

s)

制度的沈

(11) 

澱である︒﹂と規定される場合︑そこには反資本主義的た社会的狸念の力と資本主義秩序の力との機械的均衡が考えら

れている︒そして社会政策の革命性とは社会的狸念が資本主諦秩序の内に実現され︑部分的に後者を崩壊せしめるこ

とであったが︑耽会的理念は実現されることによつて︑︷盆々その理念を実現する必要性を失い︑部分的にもせよ資本主

器秩序の崩壊によつて︑社会的理念を形成する必要もなくなる︒かくて社会的理念の動態的発展と支配要求を減退せ

(19)

^イマン﹁祉会政策本質論﹂に関する若干の考察

(12) 

あろう︒又社会政策の保守性とは社会政策が資本主義秩序を維持せんが為にしめ︑理念の力は失われざるを得たいで

行われること及び社会的理念や運動の要求を部分的に実現せしめるUとによつてその時々の資本主義秩序の残余の部

分を確保することであった︒従つてこの保守性によつて資本主義秩序の資本支配性に基く矛盾が次第に減少して︑秩

序力は理念力に対抗する必要を減じ︑理念力に対抗する秩序力は盆々弱まつて来るであろう︒かくして対抗する理念

力と秩序力はそれぞれ対抗の必要性を失い︑ともに力を逓減せしめて両者の均衡力は次第に弱まり︑両者による運動

は遂に停止することにたる︒これに伴つて明かに社会政策の発展も次第に停滞し途には停止することにたる︒社会的

理念と資本主義秩序の機械的均衡に基く社会政策は両者を中和せしめることによつて自らの存在を否定する︒そして

この均衡論が観念的た生命運動に基くことは指摘するまでもたいであろう︒

( d )

社会的理念と資本主義秩序との均衡を成立せしめるものが観念的生命力であるとすれば`U

の生

命力

は亦

^ィマンによれば︑漸進的に社会的理念の勝利を保証する0郁ち社会政策の革命性は反資本主義的社会的理念が部分

的に資本主義内に実現され︑かくて資本主義が一っづつ崩壊せしめられるUとを意味した°然るにこの駐会政策によ

つて時々の資本主義の残余の部分が確保される意味に於て社会政策の保守性がある︒前者が新生命の発展によって基

礎つけられるとともに後者も亦旧竺秩序や生命の必然的た発展運動に基

. . . . , , . o

而も生命の一般的発展領向によれば︑新

生命は漸時拡大し旧い生命や秩序は漸時縮小する︒かくて資本主義秩序の内で︑社会政策の革命性が量的に︑保守性

を漸時克服して反資本主義的社会主譲的秩序が部分的に形成され︑遂には全面的に註会主義の実現に至るのである︒

従つて^イマンの保守的ー革命的二重性論は腰史の漸時的業観的進化を予想し︑資本主義と社会主義との間の質的変

(20)

政策を理解することは困難であり︑

強制による耽会政策については立ち入った考察をしていない︒

^イマ

^イマンの二重性論をもつて

化を資本主義内の量的変化の中に全く解消せしめているといえよう︒そうだとすれば︑

しては︑第一次大戦後ドイツに於ける社会民主主義的社会政策の失敗や︑それに続`いて登場したナチスの反動的社会

一般に独占資本主義の体制的危機期に於ける社会政策の論理を発見することは出 米ないであろう︒^イマンによれば︑社会政策の主体たる國家の代表者は﹁社会的理念を従来の社会形成物に周知の

( 1 3 )  

思考方法に躙訳し﹂て社会的理念や運動即ち新しい生命力と﹁妥協﹂する°換言すれば社会政策は革命的であれ保守 的であれ︑とに角﹁妥協﹂と﹁譲歩﹂として把えられている︒そしてこの妥協は弱々しい妥協ではなく﹁敵対者が歴 史的使命をめぐる騎士の如き斗争に出合﹂った後の妥協である︒又この妥協は﹁矛盾した理念の相対的力関係に適応 して完全に弾力性をもつ﹂ことを示し︑これが﹁歴史的生成に対する率直性﹂であり﹁民主制の本質﹂であると述べて

( 1 4 )  

いる︒彼の漸進的進化論はこのように社会政策の妥協性と譲歩性を物語るものであるが︑韓換期に於ける社会政策の 抑圧性や反動性閃ィマンの社会民主主義の醜野の外におかれてしまい︑いわんや社会政策主体の質的韓換に伴う社 会政策の展開過程も本来あり得たいことにたる°勿論︿イマンは前述の如く社会政策の二つの成立様式を分析してい

(16) 

るが︑そのうち自由意志による社会政策の方を強調して居り︑彼の祉会政策論は全面的にかよる成立様式を前提とし て展開されているといえるのであって︑他の成立様式として指摘された強制朕態に追い込まれた場合の社会政策部ち

ン自身は前述の如く︑二重性理論を二つの成

立様式の何れにも妥当するものと考えている0

併し強制による社会政策の場合︑彼の謂うところの保守的ー革命的ニ

震性論が果

L

て妥当するや否や°強制による社会政策が^ィマンの漸進的進化論や妥脇性︑譲歩性の強調を無力化す

^イマン﹁祉会政策本質論﹂に関する若干の考察

(21)

^ィマンの所謂保守性との区別炉曖昧たものにたる︒たゞ彼に ることが︑寧ろ﹁歴史的生成に対する率直性﹂を物語るものではたかろうか︒そうだとすれぼ︑彼の漸進的進化論や計会政策の緩歩性や妥協性のみの強調は余りにも業観的たものとして全面的に修正されざるを得たいであろう0併し

この途はハイマンの信條に背反するが故に彼としては到底認め得たいととであろう︒

︵三︶ーー社会政策の革命性と保守性の内容については既に述べているのでこ4で再び取りあげる必要もないが︑

併し未だ若千の問題を残している︒

^ィマンが社会政策を革命的

( r e v o l u t i o n a

r )

というのは︑明かに反資本主義原理たる祉会的理念が制度的に

沈澱する意味に於て用いられている°今これを一応認めたとしても`立ち入つて吟味すれば︑革命的という語に値し

たい内容をもつている︒即ち^ィマンによれば︵一︶社会的狸念はその力に応じて部分的に実現される︒︵二︶祉会的

理念は資本主義に周知の思考方法換言すれば保守的資本主義的理念に躙訳された上で実現される︒︵三︶註会的理念の

制度的沈澱物は﹁自由﹂︑﹁労働の尊厳﹂︑﹁人間﹂︑﹁生命﹂︑﹁生命の経済的社会的基盤﹂といったものであり︑

れを頂ちに革命的たものとして把えることは︑社会的理念の盲信者でたくては出来たい︒︵四︶^ィマンはごれらを反

賽本主義的なものと規定して︑資本制社会秩序の内で安易に資本主蓑的たものと反資本主義的たものとが共存すると

述べている︒勇しい革命的性格をもった祉会政策がこのような内容を有しているとすれば︑それは従来のありきたり

の改良的保守的社会政策論と何等異るものではたく︑

従えば︑社会的理念の沈澱という点のみに両者の相異が認められる︒従つて革命性ということは全く観念.的理念的な

解釈に過ぎたいといえよう°況や社会政策が祉会的理念の実現としてのみ把えられないUとは︑資本主拳を是認して

( a )

 

r

﹁祉

会政

策本

質論

﹂に

関す

る若

干の

考察

四四

(22)

が自らを維持し確保する為に革命的碑念と妥協し︑

四五

これに譲歩するとはいえたい°むしろ逆に革命的理念が自らを実

つて

改良主義的社会運動を展開する労働餌合の存在も今尚認められるという事実をあげれば明かであろう

0叉社会的理念

の内容が根源的生命の超謄史的普遍的な自由や労働の尊厳によって基礎づけられている限り︑

することは出来ない︒ これをそのまょ承認

( b )

社会政策の保守的ー革命的二重性は社会政策の主体にか

4

わらしめた場合どうなるであろうか︒

ハイマンは

この点について詳細な分析を加えていないが︑たゞ社会政策には國家社会政策と自助的社会政策の二つがあることを

( 1 7 )  

指摘している︒^イマンに従.つて︑社会的理念と運動を担つている労働階級が主体とたって自助的社会政策を行う場 合には革命的理念が第一目的とされよう°併し理念の革命性にも拘らす資本主義秩序の制約を受けることは当然であ

この意味で保守性が登場することになる°併しこの場合には︑ハイマンが述べる如く資本主義秩序や保守的理念 現せんが為に止むなく資本主義秩序に制約される°従って自助的社会政策は﹁保守的ー革命的﹂ではなく﹁革命的ー保

守的﹂といわねばならぬであろう

0又國家社会政策について︑彼が保守的ー革命的二重性を謳う場合には︑國家の肉に

資本主義秩序を代表するものと社会的理念を代表するものとが共存していると考えるべきであろうか°國家という同

一主体の内に相互に斗争しつ4

而も相互に妥協する二つの頭があって︑理念としては革命性が強く秩序としては保守 性の強い二つの主体が共存している︒かくて理念からみれば社会政策は革命的であり︑秩序からみれば保守的であると

.いう意味で二重性が指摘されるであろうか︒そうだとすれば︑この奇怪た二つの頭を共存せしめている主体即ち國家は 何者であろうか°仮りにこのようた現象が起つたとしても國家

11

主体は実質的には資本主義秩序を代表するか社会的

^イ

マン

﹁社

会政

策本

・質

論﹂

に関

する

若干

の考

参照

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