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欧州通貨統合と福祉国家(2)

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No.20 明星大学社会学研究紀要 March 2000

《研究ノート》

欧州通貨統合と福祉国家(2)

下 平 好 博

目次

 1.

 2.

 3.

 4.

 5.

 6.

 7.

はじめに

「ケインズ主義的福祉国家」の前提 欧州通貨統合への道

欧州通貨統合とマクロ経済政策の自律性(以上、19号)

欧州通貨統合と加盟国への影響(以下、本号)

オランダとスウェーデンの事例分析 おわりに

5.欧州通貨統合と加盟国への影響

 前号(第19号)において、EUが推し進める 経済通貨統合は、一国単位での内需主導型の経 済発展を可能にするためのマクロ経済政策に大 きな制約を加える点で、福祉国家に敵対的であ ることを示した。またそれは、域内の資本移動 を一段と促進する効果をもっており、資本移動 によるソーシャル・ダンピングを惹き起こす危 険性を孕んでいる点でも、福祉国家に対し敵対 的である。

 しかしながら、経済通貨統合が個々の加盟国 に与える経済的な影響はけっして一様ではない。

またこのことを反映してか、後述するように、

EMUへの国民の支持率には国によって大きな 開きがある。ここでは、「国の規模」、「域内貿 易の比重」、「信認対 対称性」、「スネークと EMSへの参加経験」、「域内の南北問題」といっ

た要因に注目しながら、経済通貨統合の経済的 な影響が個々の加盟国でどのように異なるのか

を検討したうえで、EMUへの支持率の差がい かなる要因によって決まるのかを明らかにした

し、 (泪三7)o

(1)経済的なコストおよびベネフィットを決め   る要因

 経済通貨統合が個々の加盟国に与える経済的 なコスト・ベネフィットは一般に次のような要 因によって左右されると考えられる。

 ①ひとっは、「国の規模」、正確には「人口規 模」のちがいである。大国(たとえば、ドイッ、

フランス、イギリス)ほど通貨統合に参加しな くとも独自の通貨政策を行使することができる ので、通貨統合に参加する誘因は弱く、逆に、

小国(たとえば、ベネルックス3国、北欧諸国)

は独自の通貨政策を実施できないために、通貨 統合が実現することで受け取る利益は大きいと いえよう。また、小国ほど貿易依存率が高く、

開放経済の構造をもっゆえに、通貨統合によっ て為替の不安定性が解消され、かっ取引コスト

(2)

が縮小されれば、それだけ利益が大きくなる。

 ②とはいえ、同じ小国同士でも、「域内貿易 の比重」が高い国(たとえば、ベルギー、オラ ンダ)と低い国(たとえば、オーストリァ、ギ リシア、デンマーク、フィンランド)とでは当

然、通貨統合から得られる利益に差がある(表 2)。ことに、取引コストの縮小による利益は、

域内貿易の比重が高い国で大きく、逆にその比 重が低い国では小さいといえよう。

表2 域内貿易の比重

域内輸出比率(対GDP) 域内輸入比率(対GDP)

(1995)A 〔輸出依存率〕B A/B (1995)A 〔捻入依存率〕B A/B

ベルギー 45.0% 72.6% 61.9 40.2% 67.8% 59.3

デンマーク 16.4 34.1 48.1 16.4 30.0 54.7

ドイツ 12.3 23.6 52.1 10.5 22.8 46.1

ギリシア 5.3 16.5 32.1 14.5 26.9 53.9

スペイン 11.6 23.7 48.9 13.1 23.3 56.3

フランス 11.6 23.5 49.4 11.3 21.1 53.6

アイルランド 43.3 74.6 58.0 27.5 59.5 46.2

イタリア 12.8 27.6 46.4 12.0 23.3 51.5

ルクセンブルグ 45.0 91.8 49.0 40.2 80.5 49.9

オランダ 33.4 53.3 62.7 26.1 46.9 55.7

オーストリア 15.9 39.6 40.2 21.4 40.4 53.0

ポルトガル 18.3 33.2 55.1 24.3 39.0 62.3

フィンランド 18.2 38.0 47.9 140 29.5 47.5

スウェーデン 20.9 40.9 51.1 17.7 34.6 5L2

イギリス 124 28.5 43.5 12.9 29.3 44.0

EU15 15.0 29.6 5α7 14.1 27.7 50.9

資料出所:European Commision(1997), Europeαn Economy, No.64より

 ③また繰り返し述べたように、同じ大国同士 でも、ユーロの「信認」を重視するドイッと

「対称性」を強調するフランスとでは、通貨統 合に対する態度に大きな差がある。ドイッ・マ ルクはこれまで域内の基軸通貨であったため、

通貨統合が完成しても為替安定ならびに取引コ ストの縮小からドイッが受け取る利益は小さい。

またドイッは、経済力が脆弱な国が通貨統合に 参加することでユーロの信認が低下することを 強く警戒し、これまで通貨統合への参加基準を 厳しく設定するように求めてきた。これに対し て、フランスをはじめとするその他の大国は通

貨統合によってユーロがマルクに置き換わるこ とで、通貨政策においてドイッと対等の地位が 得られることに期待をかけ、たとえ通貨統合へ の参加基準がみたされなくとも、政治的決断に よってそれを実現する考えであった。

 ④それぞれの加盟国がスネークやEMSにい つの時点で参加し、また実際にどの程度の期間 それらに参加してきたのかも重要である。表3 に示したように、「スネークおよびEMSへの参 加年数」には、加盟国によって大きな開きがあ る。早い時点でスネークならびにEMSに参加 した国の場合(たとえば、ベネルックス3国)、

(3)

March 2000 欧州通貨統合と福祉国家② その経験によって通貨統合へ移行する際の調整

コストは比較的に小さいといえる。逆に、最近 になってEMSに参加した国(たとえば、北欧 諸国、南欧諸国、イギリス)では、単独フロー

トから共同フロートへの移行、さらに通貨統合 へ移行するための調整コストはそれだけ大きい とみなければならない。

表3 スネーク・EMSの経験年数   (1972年4月一1998年8月)

ベルギー 26.3年

デンマーク 26.3

ドイツ 26.3

ギリシア 0.0

スペイン 9.2

フランス 21.8

アイルランド 19.6

イタリア 13.6

ルクセンブルグ 26.3

オランダ 26.3

オーストリア 26.3

ポルトガル 6.3

フィンランド 1.4

スウェーデン 7.4

イギリス 2.1

資料出所:田中素香紹(1996年)『EMS:欧州通貨     制度一欧州通貨統合の焦点」(有斐閣)

    その他の資料を使って独自に試算

 ⑤「域内での南北問題」も重要である。とり わけ、域内の途上国(たとえば、スペイン、ポ ルトガル、ギリシア)は、通貨統合による直接 的な利益よりもむしろ、それによって域内での 自由な資本移動が活発となり、外資の導入が容 易になることで国際収支天井という制約から解 放されることを狙っている。また、これらの国々

は、通貨統合へ参加することと引き換えに、

EU構造基金を受け取り、それを使って域内の 先進国との経済力格差を縮めることに強い期待 をかけている。

61一  ⑥さらに、これらの要因に加えて、加盟国の

「産業構造」がどのような特徴をもっかも重要 であろう。というのも、経済通貨統合が完成し た後に外的な経済ショックが加わった場合に、

そのショックが域内に均等に伝わるか、あるい は不均等に伝わるかは、産業構造が同質である か異質であるかのちがいによって決まるからで ある。もし、ある特定の加盟国の産業構造が域 内の平均的な産業構造から大きく乖離している ならば、外的経済ショックはその国に集中して 現れるだろうし、逆に接近しているならば、外 的経済ショックは域内に均等に分散して伝わり、

被害は小さくてすむにちがいない。

 ところで、表4は、EU12力国にっいてGros

=Thygesen(1992)が作った、 EMUの純便益 指標である。本指標は、GDP対比の域内貿易 依存率でEMUの便益を測る一方、 EU12力国の 30産業部門毎にみた、総付加価値額に占める当 該産業付加価値額の割合と、EU12力国全体の 同平均値との相関係数(R)を求め、(R2−1)

×100%でコストを測り、便益からコストを差 し引いたものである。すなわち、域内貿易依存 率の高い国ほどEMUからより大きな利益を得

表4 Euroのコスト・ベネフィット

ベネフィット コスト 純便益

ベルギー・ルクセンブルグ 44.50 1.39 43.11 デンマーク 13.65 6.47 7.18

ドイツ 14.35 1.81 12.54

ギリシア 13.25 14.01 〇.76

スペイン 8.95 2.07 6.88

フランス 12.95 〇.71 12.24

アイルランド 38.85 8.48 30.37

イタリア 9.7 2.02 7.68

オランダ 342 5.14 29.06

ポルトガル 24.55 10.31 14.24

イギリス 10.70 8.40  2.3

資料出所:Gros, Daniel and Nie[s Thygesen, European     ハfonetar) Integrαtion,1992, PP.257−58.

(4)

ることができるとみなす一方で、産業構造がE Uの平均的な産業構造からかけ離れた国ほど、

非対称的な経済ショックを受ける可能性が大き いことから、その乖離度をもってEMUのコス

トを測ろうというものである。

 これをみると、便益からコストを差し引いた 純便益が大きい国は、ベルギー=ルクセンブル グ(43.11)、次いで、アイルランド(30.37)、

オランダ(29.06)の順となる。他方、大国は 概して純便益が小さく、純便益指数は、イギリ スが2.3、イタリアが7.68、 フランスが12.24、

ドイッが12.54となっている。

 また、小国にもかかわらず域内貿易の比重が 小さいデンマークで純便益指数が7.18と小さく、

さらに域内の途上国であるギリシァ、スペイン、

ポルトガルにおいて、EMUの純便益がそれぞ

れ一〇.76、6.88、14.24と比較的に小さいことも 注目されよう。

(2)EMU支持率を決定する要因

 これらの経済的な便益のちがいが、EMUに 対する国民の支持率にも反映されているのだろ

うか?言い換えれば、EMUを支持するかどう かは、経済的利益の大きさいかんにかかってい るのだろうか?

 EMUへの支持率を示すデータは、 EUが毎年 2回春と秋に分けて行う世論調査、「ユーロ・

バロメーター』(Eurobαrometer)から入手す ることができる。図5は、1989年秋から1997年 秋までの国毎の支持率の推移を示したものであ

る。これをみると、EMUへの支持率には、加 盟国によってかなり大きな開きがあり、また域 内全体のEMUへの支持率もこの間けっして安 定していたわけではないことがわかる。ことに、

欧州通貨危機が起きた1992年秋から1993年秋に かけて、EMUへの支持率がいったん大きく低

図5 ユーロ・バロメーターでみた単一通貨への支持率(For−Against)

70 60 50 40 30 20 10 0

10 20 30

(%)

40   89

 秋  EB   32 資料出所

/一 一\、!      、 /\、   /!         、N_     ノ        、∠

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90     91     92      93     94      95

 秋  秋  秋  秋  春  秋

  EB       EB       EB       EB       EB       EB  36     36     38     40     41     44

:European Commission, Eurobarometer,各号

96      96      97      97

春  秋  春  秋

EB      EB      EB      EB 45     46     47     48 1

Ir E L B F NL

AD  nSF

(5)

March 2000 欧州通貨統合と福祉国家② 下していることが注目されよう。また、1995年

からスウェーデン、フィンランド、オーストリ アがEUに新たに加盟したが、これらの国々の EMUへの支持率が低いこともあって、 EU全体 の支持率を引き下げていることもわかる。

 ところで、経済的便益を決める上記の諸要因 と支持率との間には、次のような関係がある

63一

(表5)。

 ①まず、「国の人口規模」と支持率との問に は、1989年から1997年までのデータでみるかぎ り、なんら統計的に有意な相関関係はみとめら れない。っまり、国の人口規模が小さいほどE MUへの支持率が高いとはいえない。

 ②また、GDP対比でみた「域内輸出依存率」

表5 通貨統合への支持率を決める要因の分析(1)

 EB support for single currency(for−against)

89秋 90秋 91秋 92秋 93秋 94春 95秋  96春 96秋 97春 97秋

人口規模

(1997)

0,232

(12)

0,024

(12)

0,038

(12)

〇.357

(12)

〇.305

(12)

〇.201

(12)

0,044

(15)

0,059

(15)

〇.002

(15)

〇.077

(15)

〇.046

(15)

域内輸出依存率

(1995)

0,028

(12)

0,187

(12)

〇.009

(12)

0,252

(12)

0,237

(12)

0,244

(12)

0,289

(15)

0,235

(15)

0,288

(15)

0,272

(15)

0,266

(15)

域内輸入依存率

(1995)

0,074

(12)

0,081

(12)

0,026

(12)

0,329

(12)

0,296

(12)

0,239

(12)

α285

(15)

0,251

(15)

0,331

(15)

0,332

(15)

0,257

(15)

スネーク・EMS の経験年数

(1972−1998)

0,620

(12)

5%〉

0,443

(12)

10%〉

〇.250

(12)

〇.170

(12)

〇.192

(12)

〇.126

(12)

0,100

(15)

0,102

(15)

0,127

(15)

0,094

(15)

0,159

(15)

0,563 〇.534

1人当たりGNP

(1994、ドル) (12)

5%〉

0,315

(12) (12)

5%〉

〇.479

(12)

10%〉

〇.489

(12)

10%〉

〇.382

(12)

〇.388

(15)

10%〉

〇.421

(15)

10%〉

〇.420

(15)

10%〉

〇.381

(15)

10%〉

〇.354

(15)

10%〉

EB support for single currency(for←against)

失業率 89秋 90秋 91秋 92秋 93秋 94春 り5秋 96春 96秋  97春 97秋 1989年 0,130(12)

1990年 0,310(12)

1991年 0,228(12)

1992年 0,076(12)

1993年 0,147

(12)

1994年 0,389

(12)

1995年 0,224

(15)

1996年 0,227

(15)

0,167

(15)

1997年 0,227

(15)

0,269

(15)

労働者 の雇用不安感→OECD(1997),Emρ10),me励0μ亡looん,

Table 5−1.P.132より

〇.094

(14)

〇.172

(14)

〇.171

(14)

〇.159

(14)

EMUの便益

 一コスト

0,331

(12)

0,264

(12)

0,068

(12)

0,283

(12)

0,267

(12)

0,272

(12)

0,321

(12)

0,251

(12)

0,325

(12)

0,280

(12)

0,284

(12)

(6)

「域内輸入依存率」と支持率との間にも同じく 統計的に有意な相関関係はなく、したがって、

貿易依存率が高く、かっ域内貿易の比重が大き い国ほど、EMUへの支持率が高いと述べるこ

ともできない。

 ③一方、「スネークおよびEMSの経験年数」

は、1989年秋のデータにかぎっていえば、EM Uへの支持率を高める効果をもっている。だが、

1991年以降については、両者の相関関係はほと んどゼロに近く、スネークおよびEMSへの参 加年数が長い国ほど、EMUへの支持率が高い

ともいえない。

 ④「域内の南北問題」は支持率にも反映され ているのであろうか? この点についても、結 果は複雑である。89年秋のデータでみると、1 人当たりのGDPが高い国ほど、支持率も高く なる傾向があるが、91年秋以降、両者の関係は 逆転している。すなわち、1人当たりのGDP が低い国ほど、EMUへの支持率が高まるとい

う傾向をみせている。そして、この動きは、域 内での途上国においてEMUへの支持率が高い とする先の仮説と整合的であるが、これはあく までも有意水準10%未満という緩い基準を設定 した場合にいえるのであって、確定的な証拠で あるわけではない。

 ⑤さらに、先のGros=Thygesen指標と支 持率との関係を調べてみたが、両者の間にも統 計的に有意な相関関係はみとめられない。

 では、経済的利益と支持率とは無関係であろ うか? ここでわれわれは、EMUへの支持率が 時系列的にみてきわめて流動的であることに注 意する必要があろう。そこで、上記の経済構造 的な要因とは別に、時々刻々と変化する失業率 という要因を取り上げて、支持率との関係をみ ておきたい。

 ⑥結論を先取りすれば、失業率と支持率との 間にも、統計的に有意な相関関係はない。すな

わち、失業率が高い国において、EMUへの支 持率が低いという関係はみとめられない。また ここでは、OECD(1997)が調査した、「労働 者の雇用不安感」(1996)という変数も加えて 支持率との相関関係を調べてみたが、それにっ いても統計的に有意な相関関係はみとあられな

いo

(3)政治エリート・イデオロギーと支持率  そうなると、ひとまず、経済的な要因は支持 率とは無関係であると結論づけることができよ

う。では、経済的な要因以外に支持率を左右す るものは何であろうか?

 EU統合はこれまでもしばしば、ヨーロッパ の政治エリート達による計画であるといわれて きた。そして、EU統合に対する各国の取り組 みには、各国の政治エリートがEU統合をどの ように位置づけているかのちがいを反映して、

大きな差がある。すなわち、①EU統合それ自 体に懐疑的な国(たとえば、イギリス)もあれ ば、②EU統合を「フルコース」ではなく、「ア

ラカルト(一品料理)形式」でっまみ食いしよ うとする国(たとえば、北欧諸国)、③EU統合 を「ヨーロッパ合衆国」へ至る道として位置づ ける国(たとえば、ヨーロッパの大陸諸国)な どさまざまである。

 そこで、これらの政治的スタンスのちがいが 各国の支持率にどのような影響を及ぼしている

のかを調べてみることとした。具体的には、各 国を「ヨーロッパ懐疑派」(1)、「自由なヨーロッ パ」(2)、「ヨーロッパ合衆国」(3)の3っのグ ループにわけ、そのちがいがEMUへの支持率 とどう関係しているのかみることとした。また、

「ヨーロッパ合衆国」と分類される国々をさら に、「ユーロの信認を強調する国」(3)、「ユー ロの対称性を強調する国」(4)、「社会経済的凝 集性を強調する国」(5)の3っにわけ、同じく

(7)

March 2000 欧州通貨統合と福祉国家(2)

 65一 表6 通貨統合への支持率を決める要因の分析(2}

89秋 90秋 91秋 92秋 93秋 9熔 95秋 96春 96秋 97春 97秋

政治エリート イデオロギー  (1)注1

0,346

(12)

0,442

(12)

10%〉

0,613

(12)

5%〉

0,620

(12)

5%〉

0,592−

(12)

5%〉

0,524

(12)

5%〉

0,703−

(15)

1%〉

0,677

(15)

1%〉

0,731−

(15)

1%〉

0,657

(15)

1%〉

0,653−

(15)

1%〉

政治エリート イデオロギー  (n)注2

0,072

(12)

0,316

(12)

0,817−

(12)

1%〉

0,815−

(12)

1%〉

0,825

(12)

1%〉

0,752−

(12)

1%〉

0,840

(15)

1%〉

0,851−

(15)

1%〉

α849

(15)

1%〉

0,838−

(15)

1%〉

0,842

(15)

1%〉

注1:「ヨーロッパ懐疑派」〔1)、「自由なEU」(2}、「ヨーロッパ合衆国」(3}で分類

注2:「ヨーロッパ懐疑派」(1)、「自由なEU」(2)、「ヨーロッパ合衆国」(信認〉対称性)〔3)、「ヨーロッパ合衆国」

   (対称性〉信認)(4}、「ヨーロッパ合衆国」(社会経済的凝集性の重視)(5)で分類

支持率との相関関係を調べることとした。

 表6がその結果である。これをみると、これ らの政治的スタンスのちがいがEMUへの支持 率と深く関係していることがわかる。すなわち、

政治エリートがEU統合を「ヨーロッパ合衆国」

と位置づける国ほど、EMUへの支持率は高く、

また、EU統合を「ヨーロッパ合衆国」へ至る 道と位置づける国のなかでも、「ユーロの信認

を強調する国」よりも「ユーロの対称性を強調 する国」で、さらに「社会経済的凝集性を強調 する国」においてEMUへの支持率が高いこと が、表6から明らかである。

 このことは何を意味しているのだろうか?

もちろん、EU統合に対する政治エリートの態

度と国民の支持率とが重なるわけではない。政 治エリートがEMUを推進しようとするときに、

国民がEMUの中身を熟知しているかどうかが 重要である。表7は、国民の「ユーロの周知度」

が上記の政治スタンス別にどのように異なるの かをみたものであるが、「ユーロの周知度」は、

「自由なヨーロッパ」「ユーロの信認を強調する 国」でとくに高く、逆に「ヨーロッパ懐疑派」

ならびに「ユーロの対称性を強調する国」「社 会経済的凝集性を強調する国」で低い。っまり、

EMUへの支持率が極端に低い国と、極端に高 い国でそれぞれに「ユーロの周知度」が低いこ とがわかり、逆にEMUへの支持率が中程度の 国で「ユーロの周知度」がかえって高いことを

表7 政治エリート・イデオロギーとユーロの周知度

ヨーロツパ懐疑派 自由なヨーロッパ ヨーロツパ合衆国 ヨーロッパ合衆国 ヨーロッパ合衆国

(信認〉対称性) (対称性〉信認) (社会経済的凝集性)

1ケ国 4ケ国 4ケ国 1ケ国 5ケ国

ユーロの周知度95秋 22.0% 27.0% 28.0% 18.0% 12.4%

ユーロの周知度 96秋 23.0% 28.5% 30.0% 21.0% 15.2%

ユーロの周知度 97秋 27.0% 35.5% 36.0% 25.0% 18.2%

該当国 イギリス デンマーク ドイツ フランス ギリシア

フィンランド オランダ スペイン

スウェーデン ベルギー ポルトガル

オーストリア ルクセンブルグ アイルランド

イタリア 注:ここに掲げた数字は、「ユーロ・バロメーター』調査において、ユーロにっいて「大変よく知っている」「よく知っている」

  と答えた者 の割合である。

資料出所:European Commission, Eurobarometer 44,46,48, Table 3−9,p.43より

(8)

このことは意味している。

(4)EMUの第三段階への参加を決めた要因

 このようにEMUへの国民の支持率は、「ユー ロの周知度」とは直接関係があるわけではなく、

場合によっては、「ユーロの周知度」が高い国 においてかえってEMUへの国民の支持率が低 いこともある。それでは、各国の政治エリート はこれらの国民の声をどのようにくんでEMU の第三段階への参加を決定したのであろうか?

 EMUの第三段階への参加国を公式に決定し

たのは、1998年5月のEUの蔵相理事会

(Ecof玉n)であるが、その際に、前号で述べた、

経済政策の収敷基準の達成度を参考にしたこと はいうまでもない。だが、その決定に先立ち、

各国はそれぞれ独自にEMU参加問題を協議す る委員会を設け、その答申に基づいて議会での 最終決定を下していたことを見落としてはなら

ない。

 図6は、EMUの第三段階への移行に踏み切っ たかどうか、またEMUへの国民の支持率が高 いかどうかを基準に、各国を4つのグループに 分類したものである。

 これをみると、第一象限に位置するのが、ベ ネルックス3国とアイルランド、スペイン、ポ ルトガル、イタリア、フランスであり、第二象 限にドイツ、オーストリア、フィンランドが、

第三象限にスウェーデン、イギリス、デンマー クがそれぞれ含まれ、第四象限に唯一ギリシア が入っていることがわかる。

 EMUへの国民の支持率が高かった国(第一 象限の国々)が実際にEMUの第三段階へ移行 し、また逆に支持率が低かった国(第三象限の 国々)が第三段階への移行を取り止めたことに っいてはなんら不思議はない。っまり、後者の 国では、EMUが経済的に引き合わないと判断 する国民が多く、そうした国民の声を政府も無 視できなかったとみることができ、また前者の 国では逆に、ユーロ導入による経済的な便益が そのコストを上回ると国民が判断し、そのよう な国民の声に支えられて政府が参加を決定した といえよう。

 ここで興味を引くのは、支持率が高いにもか かわらず第三段階への移行に踏み切れなかった 国(第四象限の国)と、支持率が低いにもかか わらず第三段階への移行にあえて踏み切った国

図6 ユーロへの参加国と国民の支持率との関係         参加

Euroへの支持率(一)

第二象限 スペイン 第一象限

ポルトガル ドイツ

オーストリア フィンランド

イタリア ァイルランド フランス オランダ ベルギー ルクセンブルグ

イギリス ギリシア

デンマーク スウェーデン

第三象限 第四象限

Euroへの支持率(+)

       不参加

注:「Euroへの支持率(+)」とは、賛成一反対の割合が97年春の『ユーロ・バロメーター』調査でプラスになった国々を、逆   にrEuroへの支持率(一)」とは、同調査で賛成一反対の割合がマイナスになった国々をそれぞれ意味する。

(9)

March 2000 欧州通貨統合と福祉国家②

(第二象限の国)である。前者に該当するのは ギリシアだが、ギリシアが支持率が高いにもか かわらず第三段階へ移行できなかった理由はひ とえに、EUが定めた経済政策の収敏基準をい ずれも達成できなかったことにある。他方、支 持率が低いにもかかわらず第三段階への移行に 踏み切った後者の国々には、それぞれに次のよ

うな特殊な事情があった。

 まず、ドイッは、EUの枠組みのもとで東西 ドイッ統一をフランスにみとめさせるために、

もともとドイッ自身が消極的であったユーロ導 入をみとめなければならなくなったといわれて

いる。すなわち、ユーロの早期導入を強硬に求 めるフランスとの政治的取引に応じて、国民の 支持が得られぬまま、ユーロ導入に踏み切らざ

るをえなかったとみることができよう。

 また、1995年にEUに加盟したオーストリア は、マルク経済圏との深いっながりのなかで、

ドイッの動きに従わざるをえなかったといえる。

 他方、フィンランドの場合は、1989年のソ連・

東欧の崩壊によって大きな貿易市場を失い、E Uのなかで生き残りを図るためには、EMUに

参加せざるをえなかったといわれている。

 このように、個々の加盟国がEMUの第三段 階へ移行するか否かを決めた事情はそれぞれに 複雑であり、そこには経済的な理由に加えて、

政治的な理由も深く関係していた(注8)。

6.オランダとスウェーデンの事例分析  最後に、オランダとスウェーデンがEMUの 参加問題にどのように対処したのかをみておき たい。ここでオランダとスウェーデンを取り上 げる理由は、次の点にある。

 ひとっは、オランダが人口1500万人、スウェー デンが人口800万人といずれも小国であり、そ れゆえに貿易依存率の高い開放経済の特徴をも ち、経済通貨統合が両国の経済に与える影響が

67一 大きいことである。

 また、いずれの国も政労使の協調主義的な協 議体制(コーポラティズム)の伝統をもち、こ の伝統のもとで戦後ヨーロッパ諸国のなかでも 飛び抜けた高い水準の福祉国家を築き上げてき たことである。

 しかし、これらの類似点があるにもかかわら ず、オランダが経済通貨統合への第一陣参加を 決めたのに対して、スウェーデンはそれを見送

る決定を下している。そこで、両国がなぜ異な る決定を下したのかが注目されよう。

 その理由はひとっに、1970年代以降、両国が 採った通貨政策のちがいにあると考えられるが、

ここではまず、両国がオイル・ショック以降、

それぞれにいかなる通貨政策を採ってきたのか をみておこう。

(1)オランダの通貨政策

 固定ドル本位制が崩壊し、1972年に「トンネ ルのなかのスネーク」がスタートした際に、オ ランダは真先にそれに参加した。これは、オラ ンダ経済が輸出・輸入両面においてドイツ経済 に強く依存し、対ドイッ・マルクとの為替レー トの大幅な変更を望まなかったためである(注 9)。そして、この政策は欧州通貨制度(EMS)

がスタートした1979年も以降も引き継がれ、オ ランダは一貫して自国通貨のギルダーをドイッ・

マルクにペッグさせる政策を採ってきた。

 だが、ヨーロッパ最強の通貨であるドイッ・

マルクに照準を合わせて通貨政策を行ったこと は反面、オランダ経済にその後深刻な影響を及 ぼした。

 北海で採掘される豊富な天然ガスからの収入 もあって、オランダは第一次オイル・ショック を公共支出を大幅に拡大することによってなん とか乗り切ることができたのだが、1980年代に 入ると原油価格の下落と相まって天然ガスから

(10)

の収益にも期待できなくなったために、政府は 巨額の財政赤字を抱える事態に追い込まれた。

また、これに追い打ちをかけるように、1980年 代に入ると、失業者が急増し、福祉給付に依存 する人々が激増したために、財政の窮迫がより 深刻なものとなる。

 他方、EMSのもとでギルダーを事実上ドイ ッ・マルクにペッグさせたことは、1980年代初 頭に早くもオランダの製造業の空洞化を惹き起

こし、それはオランダ経済の基盤を脆弱なもの にさせていった。

 そして、1980年代前半にオランダが直面した 問題は、増えつづける財政赤字のなかでいかに 雇用を拡大するかというものであった。しかも、

この政策課題をギルダーの価値を低落させるこ となく遂行させなければならなかったのである。

 1982年末に誕生したルベルス政権(1982〜

1994年)は、これらの政策課題を解決するため に、大胆な改革を開始した(注10)。かれが真 先に手をつけたのは、賃金交渉改革であった。

すなわち、中央の労使を説得し、自発的に賃金 自粛を求め、それによってオランダ経済の国際 競争力を回復させる政策がそれであった。この 政策はその効果も大きかったが、同時に犠牲も 伴った。たとえば、EU諸国のなかでオランダ

の1人当たりのGDPは1970年代に第5位であっ たが、1988年にそれはいったん第11位にまで転 落している。オランダの経済状況が大きく改善

した1990年代の後半にその地位は第7位にまで 回復するが、1980年代に行われた賃金自粛がオ ランダ経済にいかに深刻な影響を与えたのかを このことから知ることができよう(Visser=

Hemerijck,1997)。

 ルベルス政権が行った第二の改革は、社会保 障給付を大幅にカットし、かっ社会保障給付の 受給者を減らすことであった。この改革は、

1987年から給付率の削減という形でスタートす るが、1990年代に入ると一段とエスカレートし、

その政策は1994年に誕生したコック労働党政権 のもとでも踏襲され、っいには障害年金

(WAO)や傷病給付(ZW)を民営化するに至っ ている。

 さらに、これと併せて第三の改革として、積 極的労働市場政策への転換が断行された。すな わち、失業者を失業給付をはじめとする福祉給 付によって事後的に救済するこれまでの政策を 変え、できるかぎりかれらを労働市場へ復帰さ せる政策が1989年から開始されている。そして、

そのためには、求職活動を行わない福祉受給者 への給付打ち切りや、失業者を雇い入れる使用

図7 オランダにおける為替レートの推移(対ドイツ・マルク)

0.92

0.91

0.09

0.89

0.88

0.87

1989 90 91 92 93 94 95 96 97

0.92

0.91

0.09

0.89

0.88

0.87

資料出所:OECD(1998), Economic Surveys:N  etheriαnds 1997−1998, Figure 7−(A), p.44より

(11)

ACarch 2000 欧州通貨統合と福祉国家(2)

者への社会保険料の軽減といった措置も採られ、

それは文字通り、「ウェルフェア」から「ワー クフェア」への転換を意味していた。

 以上のように、欧州通貨制度のもとでドイッ・

マルクにギルダーを連動させる政策は、オラン ダの社会保障制度や労働市場に対して強力な規 制緩和圧力として働いたことがわかる。そして、

このハード・カレンシー・ポリシーは、図7に 示したように、1992年秋から93年秋にかけて発 生した欧州通貨危機に際しても引き続き採られ、

東西ドイッ統一に伴うインフレの発生を恐れて 実施されたドイッの高金利政策と併せ、オラン

ダ経済にデフレ圧力を与え続けたとみることが できる(注11)。

 1990年代の後半に入ると、失業者の急増に直 面したドイッが金利を引き下げたのに伴い、マ ルクの価値が下落して、それに連動するギルダー の価値も下がり、オランダ経済はこのところ急 速に回復する兆しをみせている。だが、この20 年間のオランダの経済政策がドイッ連銀の政策

に振り回されてきたことはまちがいない。

② スウェーデンの通貨政策

 一方、オランダと同じようなノ」、国であるスウェー デンが、通貨政策において独自の政策を採用で きたわけではもちろんない。しかし、スウェー デンは、要所要所において為替レートを随時変 更し、何度か襲った深刻な経済不況を乗り切っ てきた点で、オランダとは対照的であった。

 いま、1971年の固定ドル本位制崩壊以降のス ゥェーデンの通貨政策を簡単に振り返っておく と、次のようになる。

 まず、1972年から77年までの間、オランダと ともにスネークに参加し、自国通貨クローナを ドイツ・マルクにペッグさせる政策が採られた。

だが、1977年以降、主要貿易相手国の通貨をバ スケットした方式にそれは変更され、原則的に

69一 その方式を1991年4月まで継続している。そし

て、1991年5月にいったん欧州通貨制度

(EMS)に参加し、 Ecuにクローナを連動させ るが、欧州通貨危機の際に資本の逃避に直面し たため、1992年11月にEMSを離脱し、以後変 動相場制を採用するに至った。

 なお、ここで注目すべきことは、基本的に固 定相場制に固執しっっも、深刻な経済不況に直 面するたびに、クローナを大幅に引き下げて、

これらの危機を克服してきたことである。第一 の危機は、1970年代の後半にオイル・ショック の余波で賃金爆発が発生したことであった。オ イル・ショックによって二桁台のインフレが発 生したために、労組の賃上げ要求はおのずと強

まり、その動きは民間労組はもちろんのこと、

当時急速に発言力を増していた公務員労組にま で及んだ。その結果、スウェーデン経済は急速 に国際競争力を失い、1976年、77年と二度にわ たってクローナを約19%引き下げることでこの 危機を乗り切らざるをえなかった。

 第二の危機は、1981年から82年にかけて発生 するが、この危機も同じく、民間労組と公務員 労組との間で起きた賃上げ競争に起因している。

そして、ここでも81年、82年の2度にわたって クローナを都合約26%引き下げることで、難局 を乗り切っている。しかし、クローナの引き下 げによる問題の解決は、その後スウェーデン経 済に深刻なインフレ体質を持ち込み、スウェー デンの産業の国際競争力を引き下げるとともに、

政労使の協調主義的な協議体制にも亀裂を深め る結果となった。

 そこで、社民党政権は当面、これ以上のクロー ナ引き下げを実施しないとの決定を下すが、そ のことは同時に、多くのスウェーデン国民に雇 用機会を保障してきた公共部門の縮小と、労使 に思い切った賃金自粛を求めることを意味して いた。だが、1980年代の後半以降、スウェーデ

(12)

ンでは賃金交渉の分権化が急速に進み、生産性 の上昇を度外視した賃金決定が横行する。また、

1985年にはじまる金融自由化の動きのなかで、

個人の銀行借り入れ額の上限が撤廃されるとと もに、住宅投資や消費の拡大が起き、それは 1980年代の末にかけてバブルを惹き起こすこと となった(注12)。

 当時の社民党政権は、この行き過ぎた動きを 押し止めるために、実質金利を引き上げ、また 1990年から租税改革を断行して、家計貯蓄率の 引き上げに躍起になった。だが、これがかえっ

てバブル崩壊の引き金となり、第三の危機がス ウェーデン経済を襲った。不動産価格の暴落を 契機に、それはやがて1992年の銀行危機に発展

し、上述したように、資本逃避を惹き起こし、

1992年11月のクローナの変動相場制への移行に っながってゆくのである。そして、この変動相 場制への移行は、クローナの実質価値を約20%

引き下げることを意味していた。

 図8は、クローナの為替レートがこの間にど のように推移してきたのかをみたものである。

また図9は、スウェーデンにおける労働市場の

図8 スウェーデンにおける為替レートの推移 120

110 100 90 80 70 60

120 110 100 90 80 70 60   1983  84   85   86   87   88   89   90   91   92   93   94   95   96   97

資料出所:OECD(1998), Economic Surve>,s:Sweden 1997−1998, Figure 15−(C), p.49より

図9 スウェーデンにおける失業率マイナス欠員率(対労働人口)

(%)

8

6

4

2

92

0

    

2

 1960  1963  1966  1969  1972  1975  1978  1981  1984  1987  1990  1993 資料出所:Lindbeck at al。(1994). Figure 2−3,p.29より

(13)

March 2000 欧州通貨統合と福祉国家② 需給バランスの推移を示したものである。両図

を重ね合わせてみると、労働市場が逼迫した際 に賃上げ圧力が高まり、それによって国際競争 力を失い、不況に陥ると、やがてクローナの切 り下げに踏み切らざるをえないという構図がこ こから読み取れる。っまり、スウェーデンを襲っ た幾たびかの不況はすべて、クローナの引き下 げによって解決されてきたといえる。

(3)EMUをめぐる両国の対応のちがい

 スゥェーデンとオランダはいずれも小国であ り、独自の通貨政策が採れず、固定ドル本位制 が崩壊した以降も、いずれかの通貨に自国通貨 をペッグさせる固定相場制を通貨政策の基本と

してきた。だが、以上でみたように、オイル・

ショックのような外的な経済ショックが加わっ た際に、それを吸収するために採られた政策は この2つの国において対照的であった。すなわ ち、スウェーデンが文字通り「対外的な為替レー

ト」を変更することで、そうしたショックを吸 収する政策を採ってきたのに対して、オランダ は、「対内的な為替レート」ともいえる、賃金 や物価を調整することによってそれらを吸収し てきたのだといえよう。

 このような通貨政策のちがいはEMUへの両 国の対応にどのような差を生み出しているのだ ろうか?

 まず、オランダからみておこう。ドロール報 告が提出された1989年に、オランダはいち早く、

政労使の三者協議機関である社会経済審議会

(SER)のなかにEMUの経済的影響を調査する ための専門委員会を設け、その影響を分析して いる。それによれば、単一通貨導入よる取引コ ストの削減と為替の安定によってヨーロッパの 産業は大きな利益を受けるとし、ヨーロッパ経 済を再生するひとっの手段としてEMUを高く 評価している。ただし、ケインズ的な不況がヨー

71一 ロッパ経済を襲った場合に、超国家レベルでこ れに取り組む必要があることをみとめ、またそ の際にEU予算を拡大することでこの問題に対 処するには、「民主主義の赤字」という批判を 受けないためにも、欧州議会の権限を強化する 必要があると提言している(SER,1989)。

 社会経済審議会(SER)はこの調査報告を受 けて、1990年にオランダ政府に対し「EMUへ の意見」を具申した。ここでも、EMUに対す る民主的なコントロールが必要であることがあ らためて強調されている。だが、単一通貨の導 入によって財政・金融政策の国家主権が失われ

ることに対しては、補完性の原則を強調しっっ も、概ねこれを受け入れる考えであり、賃金自 粛を行い、かっ労働市場を柔軟化することでオ

ランダ経済の国際競争力を強化してゆく方針を 示している(SER,1990)。

 周知のように、その後オランダは、EU議長 国として1991年のマーストリヒト会議において 強いリーダーシップを発揮し、EMUの具休的 な計画を策定した同会議を成功に導いた。

 また、国民サイドでも、南欧諸国のような熱 狂はないが、EMUを欧州通貨制度(EMS)の 延長線上にあるものとして冷静に受け止める態 度が強く、EMUを支持する声はそれに反対す

る声を終始上回ってきた(図5)。

 これに対して、スウェーデンがEMU問題を 本格的に討議しはじめたのは、オランダから遅 れること6年、1995年秋のことであった。スウェー デン政府は、同年10月に「EMU問題に関する 政府委員会」を組織し、そこに5人の経済学者

と2人の政治学者を招き入れて、この問題を検 討させることとした。同委員会は翌年の11月に その最終報告を提出するが、その内容は次のよ うなものであった(Calmfors et a].,1997)。

 ①EMUが取引コストの削減や為替安定によっ   てミクロ経済効率を改善する効果は期待さ

参照

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