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清代法に於ける同謀共殴致死事案の処罰の仕組み

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(1)

清代法に於ける同謀共殴致死事案の処罰の仕組み

著者 森田 成満

雑誌名 星薬科大学一般教育論集

26

ページ 15‑36

発行年 2008

URL http://id.nii.ac.jp/1240/00000239/

(2)

清代法に於ける同謀共殴致死事案の処罰の仕組み

田 成満

仕      目次

罰         序言⁝・⁝⁝・⁝・⁝⁝⁝⁝⁝⁝:・⁝⁝⁝⁝⁝⁝:・⁝⁝⁝⁝⁝⁝:・⁝:⁝⁝⁝⁝⁝・⁝:⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝一五     竺節定罪手続に於ける同謀共殴致死事案−・−−−・−⁝−−−−・−−⁝⁝⁝︐.⁝.⁝⁝⁝⁝︑二六

婿     第一款同害報復的刑罰の原則⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝二六

    第二款同害報復的刑罰の原則の修正゜⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝−・⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝・⁝−⁝二〇

謀         第二節 秋審手続に於ける同謀共殴致死事案⁝⁝⁝・⁝⁝⁝・⁝:⁝⁝⁝⁝⁝・⁝:⁝⁝⁝⁝⁝・・⁝⁝⁝二八   結語⁝⁝⁝:⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝:⁝・⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝−⁝⁝⁝:⁝⁝⁝⁝−一二五

  序言ロ

15本稿は同謀共殴致死事案の処罰の仕組みをその立体的なあり方に即して明らかにすることを目的とする︒律例に照らし

(3)

16 罪 を定める︵﹁定罪﹂︑﹁定擬罪名﹂︑﹁定案﹂︶定罪手続と監候事案に対する秋審手続の双方を見る︒

を通して清代に於ける人命事案に対する処罰の仕組みの全体像を解明する手がかりを得る︒特に︑定罪手続と秋審

続のそれぞれが果たしている役割に着眼して二つの手続がどのような関係にあったかということに留意する︒

広 く本稿の主題に関係する先学の業績は数多い︒筆者の考えとの異同に留意して見ていく︒

史料としては第一節で律例や刑案等を使い第二節では秋審条款と秋審招冊を使う︒

ω 秋審手続の解明は近年の学界の大きな関心事項であり数多くの研究者が業績を公にしている︒そして︑なお現在も精力的な研究が

 続いている︒赤城美恵子﹁日本における秋審研究の紹介と今後の課題﹂︷中国史研究︵韓国︶四七︸を参照︒

第一節定罪手続に於ける同謀共殴致死事案

第一款同害報復的刑罰の原則

命を侵す罪をなした者は命を差し出して償うべきであるという考え方を表すコ命一抵﹂と呼ぶ言葉がある︒清代の

命に関する刑法は結果に着眼したこの一命一抵と呼ばれる同害報復的刑罰の原則を軸にして一部を修正するものであ

る︒

は異なる二つの体系がある︒一つは道徳に違反する行為を罪とするものである︒この体系は︑通例︑結果に着眼し

案︵人命を侵す罪︶や盗案のように︑それを広くとらえる︒それ故︑実際上︑罪の類型は多くない︒

第二の罪の体系は律例の条項が作る体系である︒律例の条項はもともとはその背景にある第一の罪を認識するための徴

(4)

  表であり現代刑法のような法の存在根拠ではない︒それは量刑のための雛形としての働きをした︒ところが律例の条項に

       ②  罪の存在根拠としての意識が醸成されて律例の条項に違反する行為を罪と考えるようになる︒

続とは罪を犯した者に律例に照らして刑罰を科する手続である︒責任は必ずしも犯罪の成否の要素ではなく︑ま

た︑受刑能力も量刑の事情になることがあるところに現代刑法とは異なる清代刑法の特徴の一つがある︒違法性がないの

することはないけれどもときに責任がなくても処罰され得る︒量刑に於いて違法性と責任は同一の平面で量的なも

としてとらえられる︒

  もともと一命一抵の原則は罪の第一の体系に於ける命案を考えている︒ただ︑この原則の存在は律例が記す人命犯罪規

を巡る犯罪類型を見たときはっきりする︒人命を侵す罪をなした者には死刑を免じる事由が出てこない限り結果に対応

      ー

      ヨ する同宝.報復的刑罰としての死刑を科苔︒

本稿が対象とする同謀共殴致死事案については刑律闘殴及故殺人条が同謀共殴致死をなした首犯を死刑にすると規定し

事    ω⑤

 ている︒

 お・そ闘殴し・人を殺した者は手星他物金刃を問わず整皿候とする︒故殺した者は斬監候とする︒同謀し・人を共殴し︑よ・て

る  死なせた者について︑致命の傷を重として下手した致命の傷の重き者を絞監候とし︑原謀の者は共殴したかどうかを問わず杖一百流三 とし︑余人のかつて下手して死なせておらず︑また原謀でなければそれぞれ杖一百とする︒それぞれとは人数の多寡と傷の軽重を

  兼ねていっている︒

打 する・︑とについての共同の意思と殴打行為とがある︒事実認識は殴打までであ.て死亡の認識はない︒

謀の意味する範囲はかなり広い︒全体として殴打の意思の共同があれば個々の殴打についての謀議はなくてもよい︒

17

  例えば緊急性の強いときにもこの規定を適用しているのであって︑個々の殴打に着眼したとき一人のふと思い立った殴打

(5)

18 あっても同謀した共殴としている︒

同謀には対等な者同士が謀議を凝らすときと他人を教唆して誘い込む︵﹁糾殴﹂︶のときがある︒後者は誘われた側から

聴 殴﹂ということになる︒さらに帯助的に参画︵﹁協助之人﹂︶することもある︒人に無理やり命じて拘束させる

      ⑥威力主使制縛は同謀にはならない︒

この罪を犯した者は首犯と従犯に分かれる︒首犯は一人であり必ず一人存在する︒律条は与えた傷の部位と程度に着眼      ⑦して︑下手し致命に重い傷を与えた者を首犯とする︒造意者︑即ち原謀を首犯とする名例律共犯罪分首従条に対するいわ       ⑧

で ある︒

       ⑨

犯 を認定するために致命の部位を刑律人命闘殴及故殺人条条例三が記している︒

すべての傷が致命のとき等の首犯の認定方法については︑乾隆五年に条例とされ四十二年に修正された刑律人命闘殴及

人 条条例四が規定している︒

   およそ人を同謀して共殴し傷が皆致命にあるとき︑もしその時に死亡したら後に攻撃して重い傷を与えた者をその重罪とする︒もし

 その時は死亡せずしばらく後になって死亡したときはどの傷が死に至らしめたのかをはっきりさせて傷の重い者を重罪として処罰す

 る︒もし原謀も共殴し︑また致命に重傷をなしていれば原謀を首犯とする︒もし致命の傷が軽いときは殴って致命に重傷を与えた人を

 引き当てる︒原謀はなお律に照らして流に処する︒乱殴して先後や軽重がはっきりしないときは︑原謀がいれば原謀をつかまえて首犯

 とし︑原謀がいないときは最初に殴り始めた者を首犯とする︒

闘殴のときに死亡したら後に攻撃し重い傷を与えた者︑後刻死亡したら傷を検証して重い傷を与えた者を首犯とする︒

原謀が闘殴に加わって重い傷を与えていれば原謀を首犯とし︑その傷が軽いときは重い傷を与えた者を首犯として原謀は

刑にする︒乱殴して誰がどの傷を与えたかがはっきりしないときは︑原謀を首犯とし︑原謀がいないときは初殴の者を

とするとする︒

(6)

       ⑪ を決めるさらに細密な原則を記す嘉慶十一年の説帖がある︒共殴の二人共が不致命のところを傷付けたときは傷の

方が首犯であり︑一方は致命︑他方は不致命のところを傷付け︑かつ傷の軽重が同じときは致命に傷付けた者が首犯

となる︒そして︑二人共致命のところを傷付けたときは後に下手し傷の重い者を首犯とする︒

⁝人を共殴して死を致す事案は︑すべて傷の軽重と致命か不致命かによって断をなす︒もし殴った傷が同じくその致命ではないとこ

ろであれば︑その下手のどちらが先でどちらが後かには関係なく︑例に照らして傷が重い方を引き当てる処理をする︒もし︑傷に致命

致 命の別があり軽重が同じであれば︑致命の傷を引き当てる︒そのときと後になってからの死亡に分けて後に下手し傷重い者処罰す

るのは傷が皆致命の場合を指して言っている︒⁝

絞か︑また立決か監候かという死刑執行の方法と時期は出橿性と責任を総合的に評価して決ま

る︒律例は犯罪者がどこまで事実を認識していたかに着眼して典型的な人命犯罪の刑を明文で定め︑それを軸に情況に

よって刑を加減する仕組みになっている︒加減については明文があるときと比付によるときがある︒ 事由については款を改めて次に検討するとしてこ・三は加重事由に一言触れておく︒もっとも︑加重されても死刑

あ・て同害報復的刑罰の原則に変化はない︒加重は手続的には加重事由が進んで明らかに三たときになされる殴      02

 のであって︑一般的には加重事由はないと推定されている︒謀       鋤同  同謀共殴致死事案の首犯は絞監候とされる︒械闘の明文はその刑を加重する特別罪と位置付けられる︒

  註

ω  人命を侵す罪と財物を盗む罪の二つが命盗の重案と呼ばれる代表的なものである︒

仁 井田陞博士は犯罪は構成要件に該当する違法かつ有責な行為であるとする︒中村正人氏は責任を必ずしも犯罪成立の不可欠の要

清 素ではないとする・両氏共に律例が罪の存在根拠にな三いわば二次的な罪の体系を考えていると思われる・

9  ③ 死亡という結果に対して因果関係のある行為をなした者は死刑に処されるべきであるとされる︒例えば謀殺︑故殺︑誤殺︑闘殺︑1 殺︑過失殺のいわゆる六殺について律条はいずれも死刑を規定している︒

(7)

  謀殺が共同犯罪であるときは︑首犯も加功した従犯も共に死刑に処せられる︒

2  ω 大清律例巻二六刑律人命闘殴及故殺人条︒

  唐律の共犯について︑滋賀秀三﹁唐律における共犯﹂︷﹃清代中国の法と裁判﹂︵創文社︑昭和五九年︶所収︸を参照︒

稿第二款註14︒   m 本註4︒

 大清律例名例律共犯罪分首従条︒同右書刑律人命闘殴及故殺人条総註は同謀共殴の原謀は死亡を認識していない故︑下手の罪の方

原 謀より重いとする︒

 同右書巻二六刑律人命闘殴及故殺人条条例三︒

 同右書同巻同律同条条例四︒

OD 刑案匿覧巻三十刑律人命闘殴及故殺人﹁山東等司 査律載共殴人致死之案⁝嘉慶十一年説帖﹂︒

例えば︑謀故殺人をなした者は斬監候とする︒それに刑の加重事由があれば加重して斬決︑凌遅処死とする︒謀と故に違いはなく

画性があっても加重事由にはならない︒被害者との身分関係を考慮するものとして大清律例刑律人命謀殺祖父母父母条︑方法を考    慮するものとして同右書同律採生折割人条︑結果の重大性を考慮するものとして同右書同律殺一家三人条等がある︒

 械闘とは前もって人を雇って期日を語らい合ってなす組織的計画的な凶器を用いた集団暴行を指す︒︵大清律例巻二六刑律人命闘

条条例一七︶︒

第二款同害報復的刑罰の原則の修正

同害報復的刑罰としての死刑に減免事由があって死刑ではなくなるとき同害報復的刑罰の原則は修正される︒行為に正

当事由があったときや精神障害者︑老幼廃疾者の行為であったとき等がこれに該当し得る︒これらについては既に先学に      ω閣③よる業績が数多く存在する︒

ときと同様︑手続的には結果の発生が明らかである以上︑このような違法性や有責性︑あるいは受刑能力の減少

ないし不存在が進んで証明されない限り同害報復的刑罰を科するべきであるとされる︒

ただ︑その事由は犯罪類型によって異なり得るのであって︑同謀共殴致死事案の定罪に限って見たとき正当防衛ないし

(8)

      圃 防衛に相当する事案を検索できない︒定罪手続に於ける準則としてそこにはそのような減免事由は存在していなかっ      ⑤ らしい︒雍正年間の漸江代理巡撫察仕舳の上申文がある︒濯三等が方友昭を殴って死亡させた事案である︒沈子園の娘

藩三の母の継女であり︑謝翰臣の子の謝大の妻になった︒三姐が藩三の家に年始に行ったのを謝大が見て押しか

けて三姐を連れ帰った︒沈子園等は凶器を手にして謝の家に行ってののしる︒方友昭が出て来て沈子園の額を殴り︑謝大

を投げる︒播三は進み出て助けようとし暗い中方友昭を傷付けて死亡させたものである︒察仕舳は次の様な判断をし

それに沿って刑部は上奏し裁可されている︒

 −査す・に︑方友昭は金=︑璽公に殴られたのは皆致命の場所だが調べると傷は軽い︒実際︑播三が鋤で頭の右を殴・て覆を負

仕わせて死亡させたのだ︒藩三は律により絞監候に処するべきである︒愈大︑愈漢公は律により杖とし︑沈子園は娘が連れ去られたので 押しかけてののし・て怒りを晴・そうとした︒播三等を呼び鋤や斧を手・した︒時は既・暗い夕刻であり婿の家の者が殴・て来るのを

防こうとしたのであり︑かつ︑まさに謝大の門前に行ったとき先に方友昭に額を殴り傷付けられて倒されたのだと強く供述する︒原謀 とはやや違うので不応の重律に三て杖・処する︒−

婿 濡三等が沈子園を防御し助けようとして先に手を出した方友昭を殴・た行為は沈子園が原謀ではないことを認定するた

使われている︒防御的である・﹂とを正当防衛として犯罪性が減少する事実として評価していない︒

 二節に引泉審妻をその流れに沿・て見たとき︑定罪手続に於ける督撫の上申文と秋審手続に於ける督撫の題本の記

ら明らかなように正当防衛の成否を定罪手続では検討しておらず︑秋審手続で始めて正当防衛の要件に関連する事実 を断片的に検討しているに過ぎない︒

また︑留意しなければならないのは同謀共殴致死事案が共同犯罪である・﹂とか・り生まれる修正があるという・﹂とであ

る︒死刑の減免事由には当人の犯罪性の有無や大小だけではなくその他の要因を考える場合がある︒それは共同犯罪を集

21 合犯罪としてとらえ︑その中で一命一抵の原則を考えたことの反映であろうけれども︑次に記すように実質的にはそれ程

(9)

はないし︑被害者感情を損なうものでもない︒第一に︑同謀共殴致死事件を巡って従犯が死亡したら絞罪の首犯2      ー       ぴ を減じる︒刑律人命闘殴及故殺人条条例一二は次のように記している︒明代万暦十六年に条例とされその後嘉慶六年

  まで五度の修正を経るものである︒

   およそ調べるに共殴の事案の中の絞首刑に処するべき犯人が法廷が始まる前にたまたま原謀や共殴の余人の中の致死の重傷を与え

 た人が実際その事案について罪を恐れて自殺したり︑さらに法廷が始まった後に獄で死亡したり︑移送の途中にそのために病死したら

  彼に命を引き当てて手を下した絞刑の人を減刑して流を適用してよい︒もし︑配発し事が終わった後に死亡したとか事前に家で病死し

 たとか︑あるいは他の事で自殺し事案とは全く関係しないときはみだりにこの例を引いてはならない︒依然として手を下した人を律に

 よって引き当てる︒

従犯が死亡したときに首犯を減刑するための要件として︑第一に︑死亡した従犯が原謀及び致死の重傷を与えた余人

余 犯﹂︶であるときに限る︒︷﹁余犯与下手正兇所殴・均属可以致死重傷・即無正犯所殴之傷・亦足整命⁝共殴致死之傷・

殊・則引断罪・宜存衿慎斯人命・不可無抵・而一命不致二抵抗也﹂︵余人と下手した首犯が殴ったのが同じく致死

りる重傷であって︑たとえ首犯の殴った傷がなくても︑また命を失うに足る︒⁝共殴した致死の傷がはなはだしくは

け離れていなければ︑直ちに例を引いて罪を断じる︒人命をあわれ慎む︒引き当てないのはよくないし︑一つの命に二      m

引き当てることはしない︒︶︸即ち︑余人が死亡という結果に因果関係を有する者であるときである︒重傷を与えていな

人が死亡しても減刑しない︒首犯の減刑には加害者を全体としてとらえて︑首犯とは限らず共同犯罪を犯した者のう

ちの一人が被害者の命に引き当てられればよいととらえる中に於いて︑そのときの従犯も結果に因果関係があり結果の発

寄 与していなければならないことになる︒

  殴ろうとした人とは違う人を間違って死なせてしまった従犯が死亡したときであっても首犯は減刑される︒嘉慶六年の

    ⑧条例がある︒道光十一年の河南司が扱った次のような事案がある︒王添汰や徐汰明が徐汰潮を共に殴って死亡させた事案

(10)

  ⑨で ある︒

南司 査するに律には同謀して人を土ハ殴し死亡させたとき︑原謀は土ハ殴したか否かを問わず杖一百︑流三千里とすると記されてい

る︒また例には同謀して人を共殴し死亡させたとき︑もし集められた人が殴ろうとした人の兄弟を殴って死亡させたら意を決して糾殴

は共殴したか否かを問わず︑なお原謀律に照らして杖一百流三千里とする︒また︑共殴の事案の中の引き当てるべき犯人がたま

たま原謀が獄で監禁され死亡したら彼が命に引き当てるのを許し︑下手した絞首するべき人を減等して流に処する各等語︒⁝臣等が査

  するに︑王添汰は徐汰明に聴従して集まって徐汰潮を殴って徐汰潮の弟の徐汰剛を切り殺した︒徐汰剛は徐汰明が殴ろうとした人では

けれども︑殴ろうとした者の弟である︒徐汰明は原謀として処断する︒今︑徐汰明は獄で監禁されて死亡したので︑彼が命を引き

  当てるべきである︒下手し絞首するべき王添汰を減等して流に処する︒該撫は同謀共殴した原謀が獄死した事案について闘殺律に照ら

して処理した︒罪は生死の出入りに関する︒該撫に命令して別に例に沿って妥当に処理して具題させるべきである︒

       oo

  第二に︑従犯の死亡の時期は事件発生後配発までである︒事件発生前や配発後に死んでも減刑しない︒勿論︑部覆前な

         D らば減刑瓢︒道光五年の陳西司が扱.た張包神保と李五+七が共に殴・て並・薩乃木ト居を死亡させた葵がある︒

鰻引翼鍾報還⁚欝轍聾籔已麗霞翼鷹樽醜翼露鷲額筏憲詫

致 りにこの例を引用できない︒下手の人を律によって処理する等語︒この案︑張包神保は李五十七に聴き従って番僧の普薩乃木ト居を共

   殴して死亡させた︒調べて張包神保を共殴下手致命傷重律によって絞とした︒李五十七は原謀として流に処する等因として具題した︒   該犯の李五十七はまだ部の回答を受け取る前に監禁中に病死した︒該省は例内の未結の二字について専ら部の回答を受け取る前を指しる  ていうのかどうか︒下手し絞首するべき張包神保を減等するべきかどうかについて部示を願い出た等因︒査するに李五十七は罪名を定 鑓竃籠鰭竃縫だ配発し事が結着する﹈削だ.たので情を計.て定断k下手絞首するべき張包神保を例に昭⁝

法      ⑫

  第三は︑その死亡が事案と関係して起きていることである︒

もっとも︑多人数を殺害したときのように事案の罪責が大きいときは従犯が死亡しても首犯の刑を減じることはない︒

ヨ      ぴ2 刑律人命闘殴及故殺人条条例一四に次のように記してい勧︒三命以上死亡させたときは減刑しない︒嘉慶六年に条例と

(11)

なったものである︒

24

  同謀共殴して二命で↓家ではない者を死亡させたら︑原謀はすべて処断し満流を適用する︒もし原謀が監獄や移送の途中で病死した

り︑本案の罪を恐れて自殺したら彼を引き当てて手を下した絞首するべき犯人をすべて減刑して流とする︒もし一家ではない三四命を死亡させた者は原謀は例に照らして致死の人数を見て順に刑を加えて問責する︒手を下して死亡させた犯人は皆それぞれ例に照らして

引き当てる︒もし原謀が監獄や移送の途中で病死したり罪を恐れて自殺しても︑手を下した犯人は皆例に照らして引き当てて減刑を許

さない︒       ⑭

尊 長尊属の服制に関する事案も減刑しない︒道光元年の条例に次のように記している︒

 土ハ殴の事案︒一二の命を死に致し︑たまたま原謀及び殴るのを助け傷重きを与えた余人が獄で監禁中に死亡したり移送途中に病死し

たり︑あるいはその事案で罪を恐れて自殺したら︑やはり例に照らして彼に命に引き当てるのを認めて下手した絞にするべき犯人を減

等して流に処するほか︑その他の謀︑故殺人︑火器殺人︑威力主使制縛また尊長尊属に関係する事案はすべてこの律この例に照らして

引き当てて減等を求めてはならない︒      個さらに︑同謀した者が自殺したときであってもそれが父であったときは減刑しない︒嘉慶二十年の雲南巡撫が上申して

来た次の事案がある︒李潮陸と李発貴が張泰を共に殴って死亡させた事案である︒父の死を引き起こすような悪事をなし

た極あて罪責の重い者を減刑することはしない︒

南巡撫 題︒李潮朧等が張泰を殴り殺し︑そして李発貴が罪を恐れて自殺した一案︒査するに例には共に人を殴り死亡させたとき

手 して致命で傷が重い者を絞監候に処すると記されている︒また例には子孫が死刑に処されるべき犯罪を犯し︑及び謀や故の殺人の

事情がばれて祖父母父母が自殺したら︑それぞれの本来の罪名で立決とする︒また共殴した余人の中に殴って致死重傷を与えた人がい

事 案のたあに罪を恐れて自殺したら彼を命に引き当てることを認め︑下手し絞首するべき人を減等して流に処すると記されてい

る︒おのおの等語︒⁝査するに︑李潮朧と彼の父の李発貴は共に張泰を殴り死亡させた︒該犯が下手し致命で傷は重いので引き当てる

きである︒彼の父はまたそれによって自殺したがやや軽く処するのはよくない︒ただ︑彼の父の李発貴は現場で助けて殴り傷を負わ

引き当てられるのを恐れて首をくくって死亡した︒該犯が自ら罪を犯し事実がばれて罪を犯していない父が自殺して立決に処するべ

(12)

きものと同じに処理するとするならば区別がなくなってしまう︒しかし死亡したのは彼の父であり︑また尋常の共殴の事案の中の殴っ

重 傷を与えた余人と同じではない︒かつ彼の父が罪を恐れて自殺したのは結局該犯が先に紛争を起こしたからである︒もし絞首の罪

さらに寛容に減刑したら父の死亡は天命ではないのに該犯はかえってそれで生きながらえることになる︒情法に照らして見て特に妥

当ではない︒李潮朧の一犯は共に人を殴って死亡させたとき下手し致命に傷の重いものを与えた律によって絞監候に処する︒

余人も死刑に処するべきときは減刑しない︒四川司が扱った道光十二年の次のような事案がある︒陳徳栄と陳洪茶が陳

大 貴を共に殴って死亡させた事案である︒余人の陳洪木︹は別に殺人をなしている︒

川司 査するに︑例には共殴案内の余人が殴って致死の重傷あるとき到官以後で結着する前に監禁されて獄で死亡したら彼に命を

  引き当てることを認める︒下手して絞首するべき犯人を減等して流に処すると記されている等語︒⁝査するに︑余人が獄死して彼を命

引き当て・のを藷・例・︑専り罪が引き当て・べきではな・余人を指して言.て・・︒もし共殴した余人が別三命を殺した正兇

あるとき︑当然ながら彼が監禁されて獄死したからといって下手の犯人を寛容に減刑するのは難しい︒今監獄で病死した陳洪木︹は陳 貴を共殴して死亡させた案内の余人であるけれども︑・だ︑陳洪否別に陳大発三命を殺しており律・沿.てもともと引き当て・

き罪がある︒調べるに︑罪が引き当てるべきではない余人が監禁して獄死したらかれを命に引き当てるのを認める例とは符合しな ・.陳蘂一犯は律・沿・て絞・処して馨はしな・︒

首犯が減刑される場合の第二は︑両家がそれぞれ同謀して丑ハに殴り合・ておのおのの家の天を死亡させたときであ・

 て︑かつ︑殺した者と殺された者に有服の親属関係があるときである︒こちらを殺した者を殺した場合に限らない︒事案謀       カ      ロ同 そのものが既にいわば一命一抵である︒刑律人命闘殴及故殺人条条例八に次のように記している︒乾隆五年安徽巡撫陳大る      8 した蒋凡︑盧秀が互殴した黍を例として定めたものである︒嘉慶六年と+九年の修正を経てい勧︒

 およそ両家で互いに殴り合.て死亡・せた人命三いて︑尊卑の服制や死者の多寡が同じで・か.たり︑あ・・は故殺や闘殺の董

清  と罪が等しくなければ本律に照らして処断するほか︑その両家がそれぞれ死者一命でもしそれぞれ犯人の本宗の有服の親属であれば︑

  引き当てるべき犯人をすべて死刑を免じて減刑し近辺に送って軍に当てる︒⁝

25 ただ︑両家がおのおの一人つつ死亡していても罪責が極めて大きかったり︑罪責の釣り合いが取れないときは減刑しな

(13)

26        ロほい︒有服の親属関係がないときも違法性が大きいとされる︒

  同謀共殴致死事案の同害報復的刑罰の原則が定案手続に於いて修正される例を他に検索できない︒聴訟と呼ばれる民事

的な事案に比べてそこで修正する要因は少ない︒また︑斬候とされた事案の方が絞候となった事案に比べてより多くの要

因を定罪手続で判断し︑それ故秋審では情実となることが多いように見える︒

  寛大に扱うことを善とする仁徳による修正があり得ない程の凶悪犯罪は立決となる︒同害報復的刑罰を修正し減刑する

      伽ことが定型化している事案や比付し減刑した事案は免死されて定罪手続の中で判断を終える︒このように振り分けられて

残った監候とされた死刑事案の処理が秋審に委ねられる︒同謀共殴致死事案の多くはそこに入る︒

ω

  違法性が小さい場合とは殺害したことに正当事由があるときである︒即ち︑殺されても致し方ない事情が存在し被害者の利益を保

護 する必要性が減少しているときである︒例えば︑不正の侵害者に対して復讐するときがある︒︵イ︶夫殴死有罪妻妾条︑殺子孫条

 ︵ロ︶のような教令の権限を持つ者の場合がある︒承諾殺人のように被害者の同意がある場合とか︵ハ︶︑威逼人致死条のように被害

  者の意思が介在しているときがある︒︵二︶また︑急迫不正の侵害に対する正当防衛行為がある︒︵ホ︶

 ﹇ωの註﹈

   ︵イ︶ 不正の侵害に対する復讐は︑通例減刑される︒小口彦太﹁清代刑事裁判のもとでの復讐事犯に対する法的対応﹂︷﹃東洋法史

   の探究 島田正郎博士頒寿記念論集﹂︵汲古書院︑昭和六二年︶所収︸︒

   ︵ロ︶ 大清律例巻二六刑律人命夫殴死有罪妻妾条は︑夫を杖百に処するとしている︒同右書同巻殺子孫条は︑家庭内の事案は折傷

ない限り免責する︒

 ︵ハ︶ 承諾殺人は通例減刑される︒

   ︵二︶ 大清律例巻二六刑律人命威逼人致死条は︑意思が介在していることを考慮し刑は軽い︒

   ︵ホ︶ 中村正人氏は清代刑法の正当防衛を違法性と責任のいずれもが減少したものとしてとらえられる︒︷中村正人﹁清代刑法に

   おける正当防衛﹂︵その︵一︶が法学論叢一二七の一︑その︵二︶が同書同巻の三︶︸︒しかし︑正当防衛に於ける責任の働らき

   のあり方を断言するのは尚早に思う︒違法性と責任がともに減少するとは限らない︒例えば︑責任があっても免罪されること

(14)

あり得るのであって︑そのときは違法性がなくなっていると考えるしかない︒

  中村氏がその根拠とされる﹁勢迫情急﹂等の言葉は侵害が急迫なることをいっているとして違法性の問題としてとらえ得

る︒また︑可能であったのにもかかわらず他の方法を取らなかったというのは反撃行為が権利を防衛するために必要であった

うかという問題であって︑その行き過ぎは過剰防衛という違法性の問題となると見てもよい︒正当防衛行為を巡る律例の

  多くは違法性の阻却の問題と見ていたとして説明することもできる︒

②  責任が小さい場合として犯人の精神に障害がある場合がある︒中村茂夫博士は精神障害者は一般的に責任能力が劣るとされる︒

     ︵イ︶過失殺人のときに収贈とすることがある︒もっともこれは贈刑であって同害報復的刑罰を修正しているともいい難い︒

 ﹇②の註﹈

   ︵イ︶ 中村茂夫﹁精神病者の刑事責任﹂︷同氏﹃清代刑法研究﹄︵東京大学出版会︑一九七三年︶所収︸一八三頁以下︒

 受刑能力に乏しいときも仁によって刑を減免する︒判決手続と執行手続が分離していないこととも関連する︒中村茂夫博士は老幼  廃薯の刑を減免するのは受刑能力の乏しさに力点を置くものであり仁に基つくとされる・︵イ︶︵・︶精神障害者とは異なり責任が

少 するとは構成しない︒ただ︑受刑能力は量刑事情の一つであるで受刑能力がなくても問責され得る︒

 ﹇③の註﹈

     ︵イ︶ 中村茂夫氏﹁清代における老幼年者並びに身体障害者の刑事責任﹂︵法政理論13の3︶︒  三﹁此条義重敬孝慈幼梨成人◆法中之恩也﹂︵大清律例巻五名例律下・老小覆収贈条輯註︶・

ω当防衛・法理はそれなりに定型的なものとして各論的に存在す・ものであ・て︑定罪手続に於け・総論的な法理として存在して

る訳ではないということになる︒ 讃巻天︑人命三﹁藁往殴轟兇器係防備他家殴打問秦応き同⑥大清律例巻二六刑律人命闘殴及故殺人条条例一二︒m

案 匿覧巻二九刑律人命﹁北撫 題陳谷松王廷英共殴呂九如身死該省先将病故余犯所殴⁝﹂︒

⑧  大清律例巻二六刑律人命闘殴及故殺人条条例=二︒

 刑案匪覧巻二九刑律人命﹁河南司 査律載同謀共殴人致死原謀不問共殴与否⁝道光十一年説帖﹂︒

00  大清律例巻二六刑律人命闘殴及故殺人条条例一四︒刑案匪覧巻二九刑律人命﹁河南司 査律載共殴案内遇原謀於未結之前解審中途清   病故者⁝乾隆五十七年説帖﹂︒

7  0 刑案匪覧巻二九刑律人命﹁陳西司査例載共殴案内下手応擬絞抵人犯⁝道光五年説帖﹂︒202  本註6︒

(15)

 大清律例巻二六刑律人命闘殴及故殺人条条例↓四︒2  00 因みに︑斬罪や軍流徒杖のときはこのような減刑はしない︒︵同右書同律同条条例一六︶︒﹁重於絞抵・如謀故殺之案・軽於絞抵・如

  本罪止応軍流徒杖之案・均無論原謀是否監整・悉照各本律例科罪・不得濫行牽引・致滋出入﹂︵刑案匪濫巻二九刑律人命﹁安撫 杏

  文幅札傷許勝孜越二十五日因風身死一案⁝嘉慶二十二年説帖﹂︶︒

09 刑案確覧巻二九刑律人命﹁雲撫 題李潮朧等殴死張泰並李発貴畏罪自尽一案⁝嘉慶二十年説帖﹂︒

00  同右書同巻同律﹁四川司 査例載共殴案内余人殴有致死重傷⁝道光十二年説帖﹂︒

   ⑰ 大清律例刑律人命闘殴及故殺人条条例八︒

 こちらを殺した者を殺害したときは復讐等の問題になる︒︵同右書同律同条条例九︶︒

09 刑案歴覧巻三十刑律人命﹁安徽司 査例載両家互殴致莞人命除尊卑服制⁝道光七年説帖﹂︒

   oo 本註⑰︒

 人命事案にあって︑律例の条項を比付して定罪するとき条項に沿って刑罰を定あるときと条項の記す刑罰を加減することがある︒

ときに同害報復的刑罰の原則が修正されることがあり得る︒比付に於いて減刑に導いた事実と比付しないで秋審手続に進みそこ

考慮した事実が同じであることもあったかも知れない︒比付と秋審の比較検討を将来に委ねたい︒

第一一節秋審手続に於ける同謀共殴致死事案

代の刑事訴訟手続の事実認定が原則として一審で終了し上級審は法律問題を扱うのに似て︑秋審では身柄を送られる

省でなした認定事実を判断の基礎としたと思われる︒中央官衙が行うのは書類審査であって新しい証拠を集めて事実を認

定することは原則としてなかったであろう︒そして︑翻異がなされたために事実認定をやり直すこともなくはないけれど

も︑秋審冊収載の事案から窺えることとして︑定罪手続の認定事実と秋審手続の認定事実に︑通例︑大きな差異はない︒

定罪手続でも承知していた事実ではあるけれどもそこでは断案のために評価し考慮していなかった事実を秋審手続で

り上げて考慮することがあった︒あるいは︑ある事実を定罪手続とは異なる意味に評価することがあったのである︒こ

は訴因によって制約される事実の中で罪責の有無を認定する現代の刑事訴訟手続とは違い︑認定事実の範囲を決めたの

(16)

  もその中のどの事実に着眼して結論を出すかを決めたのも官であったことの反映である︒

審に於ける処断の準則は秋審条款や招冊がどのような事実に着眼してどのように処断しているかを見ることによって

うことができる︒刑部の関係者が作成に関係したとされる条款は一応の準則であって︑必ず引用して葱拠としなければ

  ならない訳ではない︒それだけ拘束力は弱くいわば基準︵ガイドライン︶というのがふさわしいかも知れない︒また︑招

  冊に現れるのは地方の督撫の考えであって︑そこから直ちに皇帝や中央官衙の考え方を窺うことはできない︒しかし︑秋

条款と招冊に現れる地方官の判断が一致するところは少なくとも︑そこに現れている準則が中央にも地方にも存在して

たと見て大きな誤りはないであろう︒

手続では同害報復的刑罰を仁徳により修正する可能性を探るために定罪手続に於いて検討しなかった動機︑目的︑

親の介護の要否等を見ている︒

秋審に於ける処断の準則の竺は︑行為に着眼して宥恕するべき事由が存在すると進んで明らかにな・たとき︵肩均可

  原﹂︑﹁情有可衿﹂︶︑緩決ないし可衿にするとするものである︒多くは直ちには可衿とはせず緩決としている︒最初の秋審

は緩決とするのが通例であ.た︒同害報復的刑罰の考秀は秋審手続に於いても存在し続けたのであ.て緩決はあくま

執行の延期であり減刑ではな・︒ただ︑多ーはその後の秋審に於いてそれまで監禁して来たと・う事情等の別の要素を

も考慮して減刑されたらしい︒宥恕するべき事由が立証されないときは︑﹁法難寛貸﹂の事案とされて情実となり︑例えば

 謀故殺人は斬に処せられ︑同謀丑ハ殴致死は絞に処せられる︒

宥恕するべ富由の内容は定罪手続に於ける同宝︑報復的刑罰の原則の修正が各論的であ.た・︑とに似て犯罪類型によ.        ゆ 同一ではない︒同謀共殴致死事案の宥恕するべき事由は大雑把に類型化できる︒それは単純な形のものであって定型化

29

  した複数の要件からなる正当防衛の準則のようなものを設ける発想はない︒第一は︑発端ないし動機に於いて被害者の方

(17)

      ヨ       る      り

法 性がある場合である︵﹁理曲﹂︶︒被害者が先に手を出した場合もその例である︒秋審条款は次のように記している︒

0      ーヨ      

  また︑同様の督撫の判断が見られる︒

  原謀共殴で手を下し傷が重い事案について︑もし理は曲にして人は多く情況は凶悪で傷は重いとき︑多くは情実に入れる︒もし紛争

直にして起きなお凶暴の事実がなければ︑また酌量して決︵緩の誤植であろう︒⁝筆者註︶決に入れる︒

第二は加害者の行為が目的に於いて防衛的であった場合である︒これは加害者に不法性がなかったことを推測させるも

       ア      

もある︒緊急性が強かったことや︵﹁情急﹂︶加害者の行為に計画性がないことはその典型例である︒加害者は紛議を      ⑨抑えようとしていたに過ぎない︒凶器の刀はその場で相手から奪ったものであるという場合もこの類型に入る︒秋審条款

は次のように記している︒同様の督撫の判断も見られる︒

尋 常の人を共殴して死亡させた事案について︑もし原謀でなくまた聴糾でもなく紛争が急に起こり我知らず出くわして仲直りさせ保 護 しようとして争い殴りあった︒両者の人数の多少と強弱︑傷の大小と軽重︑共殴の同時かどうか︑こちら側の受傷の有無を一一詳し

く調べて比べる︒細かい理の曲直は必ずしも深くは検討しない︒もし死者が先に余人に殴り傷付けられ兇犯はまだ見ておらず︑その後

けようと殴っているのを見るが傷跡が多くなければ︑ただ︑その傷について議論するべきである︒あるいは兇犯が先に数傷殴り手を

挙 げ︑余人がまた後から助けて殴ろうとした︒その知り得る所ではない︒あるいは兇犯や余人が身に多くの傷を受けて︑あるいは死者

械を持っているときに殴ったのは防御であって勢いとしてやむをえない︒あるいは余人もまた致命の重傷があれば︑該犯が後に手

を下したのかまた比較して長さを分析して引き当てる︒あるいは大衆の怒りに義憤が激しくなり︑あるいは死者は不良でもともと惜し

くないような類であれば許すべき︑疑うべき事情があるのですべて緩決とするべきである︒もし同時に刀械で体中を傷だらけにして何

を捕らえたのに一人を殴って多くの傷を与え︑あるいは余人が多くの傷を与えているのを見たのにさらにほしいままに殴って傷付

け傷跡が大変重かったり︑倒れたのに殴り続けたり︑死者が素手で殴り返さないような情況が種々凶悪の者はすべて実に入れる︒

  第三は手段に於いて加害者の行為の危険性の程度が低いことである︵﹁情軽﹂︶︒これは︑加害者が攻撃的ではなかったこ

      カ      カとをも推測させる︒凶器が火器ではないとか他物を使った攻撃であるとか致命に与えた傷ではない等の場合がある︒欺凌

(18)

       ⑭はないという場合もあろう︒       ㈲

十 年の秋審手続に於ける山東巡撫の次の題本がある︒張椿等が徐休︷を共に殴って死亡させた事案である︒傷が浅い

ことと死亡までに時間がかかっていることを考えて緩決としている︒

十 年の秋審︒山東巡撫陳士木⁝会審し得たり︒張椿と徐焦はいがみ合ってはいなかった︒張椿と逃亡中の白佃猶が一緒に行って

まったとき徐休⁝もまたそこで買い物をしていた︒人が多くこったがえしていたので︑徐休⁝が足を踏み外して誤って白佃魁の足を踏ん

白佃魁が納得せずけんかになった︒徐休⁝が拳で白佃魁を殴り傷付けて一旦治まった︒⁝白佃魁は殴られて承服できず思い立って殴り

してうっぷんを晴らそうとした︒⁝該犯は又熊手を使って徐焦の脳後を切って傷付け十二日後に死亡させた︒傷は付けたが骨折させ

らず︑死亡は十日以上後である︒張椿は緩決にするべきである等因︒具題して旨を受け取った︒三法司に知らしめよ︒ 留意しなければならないのは・これら=一つに類型化した事由を同時にすべて充足していなくても情況を考慮して緩決に

なし得るということである︒秋審に於ける準則は拘束力の弱いガイドライン的なものであったし︑複雑かつ立体的に要件

旦りれてもいない︒       

緒+年の秋審手続に於ける山東巡撫の次のような題本があ翫︒沙二等が共に殴・て張来奇を死亡させた葵である︒

害者が計画的に殴打したものであるけれども緊急の事態であ・た・﹂とを考慮して緩決としている・緊急性の有鉦⁝の判断同 は全体的な流れの中ではなくかなり部分的なところで見るものらしい︒

十 年の秋審︒山東巡撫陳士木⁝の会審し得たり︒沙二は張来奇の荘の中に行って集まり街塔に棚を出して油を売った︒果たして張

来奇が棚が車路を邪魔しているとして阻止して言い争いとなった︒張来奇は該犯を拳で殴ったけれども傷付けることなく仲裁されて立 竃賎㍊鑓牲竃辞舗㎎麹蕪魏島穏㌦誘.㌻戴鷲勤醐叫陽㌶酬離は縫

1  た︒張来奇は体に付けている小刀を抜き出して殴りかかった︒該犯はぱっと避けた︒沙雨は助けて木棍で張来奇の頂心右額角を殴って3   

付 けた︒張来奇は刀を挙げてむちゃくちゃに切ってきた︒沙四は腰刀で張来奇の小刀を叩き落しその左手腕左跨を切って傷付けなら

(19)

  びに左手背を切って傷付けた︒張来奇は身を翻して該犯に向かってきた︒該犯は情急にして鉄槍を使って切って︑たまたま彼の胸を傷

3  付け地に倒れ時を移して死亡させた︒殴ったのは予め集めたのではあるけれども切ったのは情急であったのであり︑沙二は緩決とする

きである等因︒具題して旨を受け取った︒三法司に知らしめよ︒       ⑰ 年の秋審手続に於ける次の河南巡撫の題本がある︒張釜榜等が共に殴って李笹学を死亡させた事案である︒計画

   的な殴打ではあるけれども︑凶器は木棍であるしかないし原謀がなした殴打も大きかったことを考えて緩決とするべきで

あるとしている︒

緒十年の秋審︒河南巡撫鹿傳森の会審し得たり︒張釜榜は李笹学と嫌はなく︑該犯のもともと仲良しの銭玉衡は李笹学に田を当し

与えた︒後に銭玉衡は土地を回贈したが当値百九十千を欠き期限を遅らせて返還すると言う︒次いで李笹学は前の欠損を催促した︒銭

らせてくれと言う︒李笹学はその欠損を責めて彼此争う︒人が間に入って別れた︒銭玉衡は意を決して集めて殴り怒りを収め

ようとして人を集めた︒該犯は殴るのを助けようとした︒銭玉衡は手ぶらで該犯は棍を携えてたまたま李笹学と出会った︒銭玉衡はの

しる︒李笹学は銭玉衡を殴る︒ついで該犯は木棍でその左の脇を殴って傷付け胸を切って傷付けた︒李笹学は木棍を奪いねじ伏せた︒

銭五衡は両手で頭をぶつけて命をかえりみない︒該犯は銭五衡がしてやられるのを恐れて棍を拾って李笹学の右太陽右額角を殴って傷

付け地に倒し時を移して死亡させた︒原謀の銭玉衡は流に処して発配するほか︑殴ったのは予あ集めたと言ボても傷は他物であり原謀      ロもまた殴って傷付けている︒張釜榜は緩決に処するべき等因︒具題して旨を受け取った︒三法司に知らしあよ︒

するべき事由の第四は︑致死に因果関係を有する従犯がいる場合である︒首犯と従犯の行為があいまって結果が発

している︒杜殿選が銃で劉太興を撃ち殺した嘉慶二十二年の一案がある︒その中で河南巡撫は従犯が死亡したときに一

定の要件で首犯を減刑する定例について次のように記している︒致死に因果関係を持つ従犯が死亡したときの定罪手続に

於ける首犯の減刑と秋審手続に於いて致死に因果関係を有する従犯がいるときに緩決とする判断の底には首犯とされる者

対 する寄与が従犯に比べて必ずしも圧倒的ではないときは減刑するとする同じ考え方が存在する︒

⁝共殴の事案は傷痕の軽重で罪名の差等を決める︒争いはわずかの間であるのに関係するのは生死の別にある︒呂刑のいわゆる五刑

(20)

 の疑というのはこれである︒たまたま元凶たる原謀と殴打を助け与えた傷が重く︑また致死をもたらした余人が病死ないし自殺して命

 の既に死に引き当てる者がいて恨みを持つことがないので下手傷重の犯人を減じて流にできる︒

   これを秋審のときの共殴の事案の中に余人がまた骨を損ない骨折させ重傷を与えた罪責が疑わしいときいつもただ軽く緩決に決め

 ることに比するのはこの意味である︒⁝

続に於ける処断の準則の第二は︑恩赦後あるいは配所に於いて再び人命犯罪等をなしたときの処理に関するもの

ある︒今度の犯罪行為そのものだけではなく視野を拡大し前後の犯罪の軽重を見て処遇を決める︒秋審条款に次のよう

      oo

している︒

 人を殺して死刑を免れて警ぴあ・いは配所・於いてまた殺人をなした事董覆+六年・上奏して裁可・れた︒もし二つの犯罪

しく共殴闘殺であれば情況の軽重には関係なくすべて情実に入れる︒もし前案が闘殺共殴で後の犯罪が檀殺︑戯殺︑誤殺︑殴死妻あ・たり︑ある・は前案が曇等項であ・て︑後の犯罪が闘整ハ殴で実際理直で情軽のものは︑酌量して緩決・入れる︒前後処  の二つの犯罪の中に︑あるいは︑一つの事案が窃盗等項の殺人でなければ︑その後の犯罪の情況を見て実緩を定める︒十八年本部が議 論し・回答した御史嵩・条陳︒前後三・の犯罪が闘殺共殴で・ずれも緩・するべきであれば︑なお情実・するほか︑もし前後・ずれ事  もが可衿あるいは前犯が緩決で後犯が可衿に入れるべきときはすべて酌量して緩決とする︒もし前犯が可衿で後犯の情況が例として衿 す・べからざ・妻であれば軽義決・議す⁝とはできな・︒

      ω

  第三は︑行為とは全くかかわりのない事実を考慮するものである︒父母の介護が必要な場合に留養を認めるという︒立同 決とされたときにはこのような処理は原則としてない︒

  註

ω 中村茂夫﹁秋審余滴﹂︵愛大史学8︶︒赤城美恵子﹁清朝秋審における緩決人犯の減等について﹂︵法史学研究会会報12︶︒

本 稿二一頁︒

 ③本註⑥・

3  ω 秋審冊︵光緒十年︑東洋文庫所蔵︶﹁四川司 一起絞犯壱名胡馨僖年騨拾捌歳係四川滝川府蓬渓県人拠四川総督丁實禎審得胡整僖等3

粛 舞義身死一案﹂︒

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