Author(s)
梅津, 順一
Citation
聖学院大学論叢,18(1) ; 1-21
URL
http://serve.seigakuin-univ.ac.jp/reps/modules/xoonips/detail.php?item_i d=101
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SEigakuin Repository for academic archiVE一、はじめに 五、借地農と「搾出地代」
二、『キリスト教指針』における経済的抑圧 六、借地農の隷属と救済
三、雇用関係における抑圧 七、公共的福祉とキリスト教的利害 四、プランテーションの奴隷労働 八、おわりに
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一、は じ め に
17世紀イングランドの著名なピューリタン牧師バクスターの主著『キリスト教指針』は,信徒の 日常生活にそくした包括的な決疑論として知られている。本書は信徒の直面するさまざまな問題を 取り上げ,良心的な問題解決を指針しているのだが,この著作はマックス・ヴェーバーが『プロテ
リチャード・バクスターにおける市場経済と経済的抑圧
― とくに雇用労働と借地農をめぐって ― 梅 津 順 一
Richard Baxter’s View of Economic Oppressions Junichi UMETSU
The paper aims to clarify Richard Baxter’s view of the economic oppressions of his day. As a Puri- tan casuist Baxter dealt with economic problems such as master servant relations and landlord-ten- ant relations. In contrast to servants who were free to change their masters, tenants faced a more serious situation. Those tenant who failed to keep up with the market economy came to be in a criti- cal situation due to the raising of their rent. Baxter urged landlords to pay attention to the customary right to rent and to reduce it to two thirds. He believed that the rule of the market should be tem- pered with charity.
Key words; Richard Baxter, Puritan, Market Economy, Economic Oppression, Max Weber
執筆者の所属:政治経済学部・政治経済学科 論文受理日2005年7月20日
スタンティズムの倫理と資本主義の精神』に重要な根拠を与えたものでもあった。∏ ヴェーバーは禁 欲的プロテスタンティズムにおける天職義務を中核とする合理的生活態度を,近代資本主義に適合 的なエートス,「資本主義の精神」を準備するものと考えたのである。「救済の確証」のために励ま れたプロテスタントの禁欲倫理は,次第に宗教的な緊張を失い「徳への道」と「富への道」の一致 を楽観的に説く,ベンジャミン・フランクリンの生活態度へと変化していった。ヴェーバーはフラ ンクリンを「資本主義の精神」の典型的な担い手と考え,バクスターにプロテスタント禁欲倫理の 典型的表現を見出したのであった。
ところで,この「プロテスタンティズムの倫理」から「資本主義の精神」へというヴェーバーの 図式には,数多くの批判も寄せられ,一大論争史を構成している。とくに,ヴェーバーが典拠とす るピューリタニズムには資本主義に対する親和性ではなく,むしろ反資本主義的態度が含まれてい るという指摘がしばしば寄せられている。π バクスターに即してそのような批判を提起しているの は,イギリス革命史家ウィリアム・ラモントである。ラモントはピューリタニズム・資本主義論争 に言及した著作のなかで,バクスターの社会的理想は「慈愛の共同体」であったとして,次のよう な論述を引用している。
「真実の慈愛が生き生きと躍動しているところでは,すべての人々が自発的に教会と貧民の必要 に応え,自発的に全てのものを共有にしたのです。共有の意味は,第一次的な権利の意味での共有 ではなく,利用のために自発的に提供することによる共有です。神と教会,それに兄弟姉妹の必要 がそれを求めていないときでも,何であれ自分自身だけのものとは誰も考えていません。私たちは 慈愛の共同体を作り出すキリスト教的愛からより多くのものを持つのです。その慈愛の共同体は修 道士の共同体と利己的な所有権への固執とのあいだの本当の中間にあります。」∫
確かに,バクスターはここで「利己的な所有権への固執」ではなく,自発的に相互の必要とりわ け教会と貧民の必要に応える「慈愛の共同体」の実現を提起している。ではそれは,他方で,市場 経済の進展に対して積極的な対応を指針しているバクスターの立場とどのような関係にあったので あろうか。別の機会に論じたが,ヴェーバーが注目したように,バクスターは天職義務を教えて独 立生産者を育て,「平等で公平で正直な」市場倫理を勧告していた。バクスターは,いわば市場経済,
近代資本主義に親和的な行動様式を勧めるとともに,他方で,ラモントの引用にあるように「慈愛 の共同体」の実現をも求めていた。この両者はどのように整合的に理解できるであろうか。以下で は,バクスターが『キリスト教指針』のなかで経済的抑圧を取り上げている部分,それに遺稿とし て残された晩年の著作『貧しい農民の擁護者』ª を手がかりに検討することにしたい。経済史的な常 識からすれば,中小の独立した商工業者,独立自営農によって担われた初期資本主義は,次第に少 数の勝者と多数の敗者を生み出すものと想定される。いわゆる中産的生産者層の両極分解である。
バクスターはそうした市場経済の進展と社会的階層分化に対して,どのような見解をもっていたの かを検討したいのである。
二、 『キリスト教指針』における経済的抑圧
膨大な分量を持つバクスターの主著『キリスト教指針』は,第一部,キリスト教倫理学,第二部,
キリスト教家政論,第三部,キリスト教教会論,第四部,キリスト教政治学という四部構成をもっ ている。これらはそれぞれ,個人の義務,家庭の義務,教会の義務,支配者および隣人に対する義 務を取り上げたものだが,経済問題に関する指針としてとくに注目されるのは,第四部の第十八章,
第十九章,第二十章である。すなわち,第十九章で「契約一般に関して,とくに売買,貸借,利子 に関する良心的諸問題」が取り扱われており,その前後に第十八章「あらゆる窃盗,詐欺,他者を 侵害する取得,保持,欲望」が,第二十章「抑圧に関する指針」が配置されている。バクスター自 身,市場取引の良心的解決を与えるとともに,それに深く関連する盗みすなわち所有権の侵害と経 済的な抑圧を取り上げるのである。
その第二十章第一節「抑圧を妨げるための動機と指針」では,抑圧は「力を用いて権利が抑圧さ れるとき,抵抗できない,あるいは権利を主張できないような,地位の劣る人々を侵害すること」
と定義されている。すなわち,抑圧とは身分が低いあるいは立場の弱い者が,強者の不当な力の行 使に屈従させられることだが,かといって,貧しい人々,劣位の人々の苦情すべてが抑圧に相当す るというわけではない。貧しいものの期待それ自身が,不当である場合もあるからである。「犯罪 を正当に処罰したのに抑圧」と呼ばれる場合もあるし,「多くの貧しい人々は,上位の者からこう むる事をすべて,あたかも富裕なものがしたことだから,侵害であるのは明らかだとして,抑圧と 呼んでいる」からである。したがって,抑圧と言い立てられることがすべて事実ではないが,しか し抑圧は明らかに「非常にありふれた憎むべき罪」であった。º バクスターは抑圧にもいくつかの 種類があるという。
第一に,宗教的な迫害。「1、もっともよくある憎むべきものは,神に従わないものが,神と救 いの事柄について無関心ではない人々,宗教的見解について彼らと同意見ではなく,彼らのように 罪に対して不遜な態度をとったり,魂に配慮を払う人に対して,悪意をもって侵害し残酷に振舞う ことです。」第二は,政治的な抑圧。「2、二番目は,支配者による臣民の抑圧です。不正な法律や 残酷な強制執行による場合もありますし,共通善が求める以上に,あるいは人々が負担できる以上 に,人々に対して不当な賦課金を求めたり取立てを行うことです。多くの税金や貢納や強制労働を 課すことです。」なお,王政復古後バクスターは最終的には信従を拒み,宗教的特権を剥奪され,
政治的にも弾圧される危険があったことから,「しかし私は意図的に,こうした為政者の罪について 触れることを差し控えます。」とも付記している。Ω
この政治的な抑圧と関連するものに,兵士による抑圧があった。「3、兵士たちはもっとも非人間 的な野蛮な抑圧の罪をよく犯しやすいものです。つまり,貧しい田舎で人々を略奪し威張り散らし,
彼らから厳しい労働の果実や,彼らが家族を養うための穀物を奪い,彼らが保持できる全てを取り 上げたりします。この種の人々はあまりに野蛮で非人間的なので,私が与えようとする忠告は読む ことも関心を払うこともないでしょう。」æ こうした宗教的迫害,政治的弾圧,兵士による抑圧は,
市民革命期の生々しい経験に由来する。これに対して,バクスターがここで経済的抑圧として注目 するのは,経済的弱者の抑圧であり,具体的には,雇主と雇人の関係と地主と借地人との関係が念 頭に置かれていた。
「4、雇主(Master)による雇人(Servant)の抑圧については,以前十分に述べました。また,
雇人が自由によい雇主をもとめて職場を変わることができるわれわれの間では,この抑圧はとくに よくあるものとはいえません。むしろ雇人の方が,自分たちは自由だと知っているので,通常仕事 を怠ったり,誠実にやらなかったりします(徒弟の場合は違いますが)。」
ただし,富者が貧者を抑圧することはしばしば目撃されることであった。「5、あらゆるところで,
富者が貧者に対してあまりに横柄に威張りちらし,自分の意志に従うことを強要し,良い事でも悪 いことでも,自分たちのために働くようにすることは,本当によくある抑圧です。したがって,富 者にあえて腹を立てる貧者は稀です。…富者が自分たちに損害を与えても,貧者は法律に訴えて救 済を求めようとはしません。というのは,富者は友人や富を利用して貧者を消耗させるからです。
自分の根拠は決して不当ではないと法律を逆に貧者に向けたり,貧者を滅ぼすまで訴訟を長引かせ,
抑圧的な自分の意志に従わせようとします。」ø
経済的抑圧の中でもとくに深刻と考えられたのは,次に見るような地主―借地人関係であった。
「6、とくに無慈悲な地主(Landlord)は,よくいる酷い農村の人々の抑圧者です。二三の人々が地 域の土地全体を購入するのに十分な資金を得るとすれば,彼らはそのお金で望むことをやることが できると考えます。借地人(Tenant)たちに対して厳しい条件を設定しますので,借地人たちは彼 らの雇人のようになり,そう,雇人よりも労苦多い生活を余儀なくされます。彼らは年中厳しい労 働をしても,地主に地代を支払う十分なものを確保することはできません。窮乏に迫られ,彼らは 朝夕,家族で祈ったり,聖書や良書を読んだりする時間をもつことはできません。神聖な事柄を考 える余裕がほとんどないのです。…身体はうんざりする労働で疲労困憊になり,心は,地代の支払 いや,家族に食べさせ着せることを絶えず配慮することで乱され,貧しく抑圧されている人々…そ うした困難を抱えた不満をもつ人々が,神に感謝し,喜んで賛美して生活することは,なかなか出 来ないのです。この世の肉欲にふける身分の高い人物の多くが,その借地人や雇人を,ただ自分た ちのために労働し労苦し,自分たちの意志を実行することを喜びとし,自分たちの愛顧によって生 きている者,いわば彼らの野獣であるかのように使用しています。」¿
では,バクスターはこうした経済的抑圧をどのように捉えて,どのような診断を下し,どのよう な実際的解決を与えていたであろうか。次に,まず雇用関係から具体的に見ていくことにしよう。
三、雇用関係における抑圧
バクスターの雇用関係に関する指針は,第二部,家庭の義務,第十三章「雇人の雇主への義務」, 第十四章,「雇主の雇人への義務」で取り扱われている。家族は夫婦関係,親子関係を基本として いるが,そこには雇主―雇人という雇用関係も含まれる場合もあった。農業経営であっても,商工 業の経営であっても,住み込みの労働者がいる場合があり,家庭と職場が切り離せない状態にあっ たからである。もとより,家長である雇主の指揮の下に労働する雇人といっても,必ずしも一様で はなかった。農業経営では,住み込みの雇人の他に,家族持ちの通いの雇人があり,また農繁期に かぎって雇用される日雇い労働者もいた。また,商工業経営の場合には,住み込みの労働者として,
十代の前半から七年程度修業する徒弟がおり,徒弟を終えて家族を持ち通ってくる熟練職人もいた し,それに日雇労働者が加わる場合もあった。¡ ここでバクスターは,とくに住込みの労働者,継続 的な雇用関係にある労働者を念頭においている。
バクスターが雇主,雇人それぞれに与える指針から,雇用関係がどのように理解されていたかが 窺えるわけだが,バクスターが最初に与える指針はそれぞれが自分の職分を弁えることであった。
雇主は雇主としての義務を果たし,雇人は雇人としての義務を果たさなければならないのである。
雇主に対しては,こういわれる。「指針1、キリストにあって,彼らは(雇人)はあなたの兄弟 であり,仲間の働き人であることを覚えていなさい。それゆえ,彼らを暴君のようにではなく,優 しさと愛によって支配しなさい。神の法と彼らの魂の益に反することは何も命じることの無いよう にしなさい。彼らに対して,怒りや人間らしくない憤激をもって接することの無いようにしなさい。
厳し過ぎたり,不必要な叱責や懲罰を与えることのないようにしなさい。誤りを指摘するときは,
感情を鎮め,よい方向に向くように,賢明さと慎みを持ってしなさい。」¬
このように雇主は暴君となることなく仲間として雇人に接し指導するようにといわれるが,雇人 に対しては,自己の立場に不平を漏らすことのないようにと勧められる。
「指針1、あなたを雇人の生活へと召した神の摂理に対し,敬意を払いなさい。あなたの労働や低 い境遇に不平を呟いてはなりません。あなたはあなたが受けた哀れみを知り,それに感謝しなけれ ばなりません。おそらく,あなたは雇主よりも多く労働しているでしょう。しかし,彼らよりも心 労は少ないのです。感謝し不満を持たないのであれば,ほとんどの雇人はより平穏な生活を送るこ とができます。あなたは,地主に対して地代を支払うこと,雇人に対して食糧や賃金を与えること,
妻や子どもたちの要求や願望への対処,それにあなたが付き合わなければならない雇用仲間の欠点 や行儀の悪さを心配することはありません。少しの身体的な労働はありますが,多くの重荷から解 放されていることを,神に感謝しなさい。」√
また,バクスターは雇主に対して,雇人には適正な仕事以上を求めてはならず,労働の報酬とし
て適切な賃金を支払うようにと注意を促している。
「指針2、彼らには彼らにとって都合の好い,彼らに適切な仕事を与えなさい。彼らの健康を損ね たり,救いにとって必要な手段を遠ざけてはなりません。また,楽すぎて怠惰な心を育て,貴重な 時間を失わせてはなりません。担うことのできない重荷を馬に運ばせることや,牛を痩せこけるま で働かせることは残酷なことです。…とくに,雇人に健康や生命を損うような労働を課してはなり ません。…労働は身体を健康にするものですが,寒さに曝し足まで濡れることは病気や死につなが ります。あなたの利益のために他人の生命が失われることがあってはなりません。あなた自身が雇 人であれば,そうして欲しいように,雇人に接しなさい。過重な労働を課して,彼らに祈る時間を 与えないとか,あまりに疲労を与えて,祈りや教育の面で主の日の礼拝に備えられないようにして はなりません。また,地位の高い人の多くが自分に仕える者を,〔怠惰にし〕その魂や身体を破滅 させるように使用していますが,あなたはそのように雇人を怠惰にしておいてはなりません。怠惰 はそれ自身小さな罪ではありません。それは多くの罪を育て繁茂させます。」ƒ
「指針3、雇人には,健全な食糧や住居と,彼らの仕事の価値にふさわしい,あなたが約束した 賃金を与えなさい。快適かどうかは別にして,彼らの食糧や住居は健康なものとしなさい。雇人や 日雇いの賃金をごまかすこと(つまり価値以下しか与えないこと)は,ひどい抑圧であり不正なこ とです。」≈
このように,バクスターは雇人に過重な労働を求めること,労働の価値以下しか賃金を支払わな いことを,抑圧と捉えている。雇用関係では適切な労働がなされ,適切な賃金が支払われることが 重要なのであり,これに対応して雇人の側は雇主に従い,サボることなく良心的に労働に従事しな ければならないのであった。
「指針3、雇人の全ての労働や義務を遂行する上で,良心的に誠実に行いなさい。なすべき仕事を 怠ってはなりませんし,だらけたり,偽ったり,半分の力で行ったりしてもいけません。ある人が 市場で相手に,商品の全部を売るといいながら,一部を手元に置き,相手を偽るときには,盗みや ごまかしをすることですが,それと同じく,雇人が時間と労働を相手に売るといいながら,その時 間と奉仕を偽ることは,同じごまかしです。それゆえ,あなたのものではない時間を怠惰に失った りすること,なすべき仕事をぞんざいに行うことは,罪でないと考えてはなりません。」∆
「指針5、あなたに信頼して任されたすべてのことを真実に誠実に行いなさい。雇主のものは同 意が無い限り,どんなものでも処分してはなりません。…貧しい人を助けたり,仲間を喜ばせたり,
隣人に親切をしたい時は,あなた自身のものでしなければならず,他の人のものでしてはなりませ ん。…あなたが盗んだりごまかしたりするものが,ごく僅かな金額でも,その価値は小さくありま せん。あなたはそのわずかなもので,神の法を破り,その小さな事であなたの魂を危険にさらすの です。…売買を任されている雇人はこのことをよく考えるようにしなさい。もしも隠すことができ,
あなたの雇主をごまかせたとしても,それを知る神が明るみに出すと考えなさい。」«
このように,雇主が雇人に適切な仕事を与え,雇人はその仕事を誠実に果たすこと,それに対し て雇主は,労働にふさわしい約束した賃金と,健全な食糧や住居を与えるとすれば,正当な雇用関 係であり,抑圧的な関係は生じないわけである。しかし,雇主が不当な労働を要求したり,賃金を 不当に押し下げたりしたら抑圧となる。ただし,バクスターは雇用関係については楽観的であった。
先にも見たように,「雇人が自由によい雇主をもとめて職場を変わることができるわれわれの間で は,この抑圧はとくによくあるものとはいえません。むしろ雇人の方が,自分たちは自由だと知っ ているので,通常仕事を怠ったり,誠実にやらなかったりします」» という判断があったからである。
ここでも次のように語られている。
「もし,あなたの労働が(湿気とか寒さなどで)あなたの健康を損なうのであれば,あなたはそ れを見越し,…回避することができます。しかし,労働そのものをあなたが渋るのであれば,それ は肉欲的な不信仰な人間の罪です。労働が過度にわたり,神への義務を行う時間が奪われ,健康に 悪影響を受け,魂を損ねることがないようにすることは必要です。」「指針10、家族の食糧の粗末さ に不平をいわないこと…もしも,あなたの健康に必要なだけ得られないのであれば,今いる職場を 非難することなく,他の職場にできるだけはやく移りなさい。」…
このように,バクスターは劣悪な労働条件で働いている雇人には,職場を替わるように勧めてい る。別にいえば,雇人は自由に職場を選ぶことができる,その意味では労働と賃金についても,雇 主と雇人のあいだで「自由で公平で平等」な取引が行えると想定されているのである。そうであれ ば,雇人は雇主の不当な経済的抑圧に忍従することは必要なかったのである。
四、プランテーションの奴隷労働
ところで,バクスターは雇主の義務を論じる中で,「外国のプランテーションで黒人その他の奴隷 を所有する」ことについても触れている。これはピューリタンが西インドのイギリス植民地におけ る奴隷労働をどう捉えたかという興味深い問題とも関る。まず,バクスターの奴隷に対する基本的 な見解は,奴隷もまた神の理性的な被造物であって,野獣とは区別されるというものであった。し たがって奴隷の所有主は,奴隷を神から託されたものとして取り扱い,彼らの魂に配慮しなければ ならなかった。
「指針1、奴隷に対してあなたの権力がどこまで及ぶのか,神が定めた限界は何かをよく理解しな さい。
というのは,1、人と野獣のあいだには十分に違いがあります。彼らはあなたと同じ人種であるこ とを覚えていなさい。すなわち,彼らはあなたと同じく理性的な被造物で,おなじ自然的自由を 持って生まれました。もしも,彼らが罪によって奴隷化されたのであるとしても,自然は彼らをあ なたと同等の存在にしています。彼らは滅びることのない魂をもち,あなたと同じく救われること
が可能です。…宗教的義務のための時間を与えることが必要です。
2、神は彼らの絶対的な所有者であり,あなたの所有はそこから引き出された限定されたものであ ることを覚えていなさい。…
3、彼らもあなたも,同様に神の統治と法の支配の下にあることを覚えていなさい。それゆえ,神 の法の全てを彼らが守れるようにしなければなりません。あなたは彼らに神が命じた義務を怠るよ うにすること,あるいは神が彼らに禁じた罪を犯すようにと命じる権力はもっていません。」 「指針2、あなたはキリストの受託者であり,彼らの魂の保護者であり,…彼らへの責任がありま す。…あなたは愛と権力を行使して,彼らをキリストを知り信じるものとし,神の命令に従順にな るようにしなければなりません。…黒人や奴隷に神の言葉を聞かせることを阻止し,キリスト者と なるのを妨げる者は,神への反逆です。…そうしない者は,この世の利益を宝とし神とすることに なります。」À
また,次に見るようにバクスターは,中南米のスペイン領植民地における過酷な奴隷労働につい て知っており,それと比較の下で,イギリス植民地の奴隷使用を取り上げ,奴隷を野獣扱いするこ とのないようにと厳しく戒めていたのである。また,バクスターが,ニューイングランド植民地で は奴隷使用はないと考えていることも注目される。
「隣国の状況…イスパニョーラ,ジャマイカ,キューバ,ペルー,メキシコその他での非人間的 な残酷さ。何百万を殺害した彼らの残酷さは,人々の身体を殺していないあなたがた以上に酷いも のです。しかし,あなたがたも同じようなもので…奴隷から救いの機会を奪っています。…これと は対照的に,ニューイングランドの人々は,土着民から土地を取得する上で,購入以外の方法で取 得していないことは,名誉なことです。彼らは誰も奴隷とせず,残酷に取り扱いもせず,哀れみを 示し,多大の配慮と費用と労苦とを彼らの救いのために用いています。神聖な主人であるエリオッ トの生涯は,あなたがたとはいかに相違していることか。彼は長い年月彼らの救いのために労苦し,
聖書全体をその他の本と共に彼らの言葉に翻訳しています。ロンドンの善良な人々は彼の仕事を推 進するために団体を作っています。」Ã
ここで記されているエリオットとは,バクスターの友人でインディアン伝道に尽力したジョン・
エリオットÕ のことであるが,ここでバクスターは,そもそも奴隷労働自体が合法的ではないと明 確に語っている。すなわち,「質問1、キリスト者が人間を奴隷として購入し,使役することは合法 的ですか。」という疑問には,「犯罪に対する正当な刑罰以外は,人間は奴隷化され,自由,利益,
安楽を奪われることはない。」と断言するのである。例外的に可能な奴隷化とは,「盗みを返済でき ないものが,雇人として労働を強制される」とか,「合法的な戦争の敵」すなわち,戦争捕虜を奴 隷として取り扱う場合が念頭に置かれていた。また,貧困によって奴隷状態になることはしばしば 見られたが,それについてバクスターは,「貧困とか窮乏により,よりひどい状態に陥るのを逃れる ために,それよりもましな状態を,金銭の代価として同意する場合があるが…その人の窮乏を利用
してそうしてはならない。」と指摘している。というのは,双方が同意すれば正義として通用するか といえばそうではなく,「適切な程度の慈愛と結合していない正義は,キリスト者や人間にはふさわ しくない。」からである。Œ
ところで,この時代には積極的な営利事業として奴隷狩りも見られたが,それをバクスターは口 を極めて非難する。「海賊となり,貧しい黒人とか,生命も自由もある他国の人々を捕まえ,奴隷化 し,売ることは,この世界でもっとも悪辣な盗みです。そうしたことをする人間は人類の共通の敵 と取り扱われます。また,彼らを購入し,自分たちの利益のために使役するものは,彼らの魂を裏 切り,破壊し無視するもので,キリスト者というよりも,身体を持つ悪魔と呼ぶにふさわしいので
す。」œ バクスターがそうした海賊的行為だけでなく,奴隷売買も禁じていたことは,次のような指
針から知られる。
「質問,黒人その他の奴隷を,海賊行為で盗んだ,もしくは彼らを売る権力を持たない相手から,
買い取るのはどう考えたらよいでしょうか。
答,1、慈愛心から解放するためにするのでなければ,買い取ることは憎むべき罪です。2、買い 取ったのであれば,疑いなく彼らを解放しなければなりません。なぜなら,権利によって,人間は 自分自身のものであり,それ故,だれもその人に正当な権利をもってはいません。」– このように,
解放する目的以外に奴隷を購入してはならず,購入してしまったのであれば,解放しなければなら ない。なぜなら,奴隷であっても野獣ではなく人間であり,自然的自由を持つからにほかならない。
この原則は徹底したものであり,奴隷を購入した場合には,経済的不利益をこうむるとしても,転 売してはならないし,買戻しを求めてもならないと命じられている。
「質問,しかし,購入したものを再度売り,貨幣を手に入れてはいけないでしょうか。…回答,
いけません。なぜなら,あなたが彼を保持し,所有物としたときに,彼に加えられる侵害は,あな たによるものだからです。…あなたが加える悪は,他の人がやったのと同じでしょうが,今はあな たによってなされるのです。それはあなたの罪です。
質問,しかし,私は彼を,私が買った相手に返してはいけないでしょうか。
回答,いけません。というのは,それは侵害を続けるために彼を他の人に渡すことだからです。ピ ラトのように,私はこの正しい人の血には責任が無いというのは,あなたの無実を示すことではあ りません。神の法はあなたに,愛と愛の業をもとめます。それ故,彼を自由にするように最大のこ とをしなければなりません。」—
このようにバクスターは,植民地のプランテーションにおける奴隷労働については,犯罪の刑罰 としての奴隷,戦争捕虜としての奴隷以外には正当な理由を認めず,まして,海賊的な奴隷狩りに ついて厳しく非難し,そのように得られた奴隷を売買してはならず,即刻解放することを求めたの である。また,正当な理由にもとずく奴隷の場合であっても,人間として取り扱うこと,すなわち 奴隷の宗教的関心を呼びおこさせ,同じ人間としてその魂に配慮することを求めた。“
五、借地農と「搾出地代」
ところで,バクスターがイギリス国内でもっとも深刻な経済的抑圧と考えるのは,地主―借地農 関係であった。当時イギリスの農業では一般に,貴族およびジェントリー層が土地所有者層であり,
直接農耕に携わる独立自営農民は,上層民はヨーマンとよばれ,その下にハズバンドマンと呼ばれ る農民がいた。ヨーマンはおおむね50エーカー以上の土地を保有していたのに対し,ハズバンドマ ンはそれ以下であったが,他人のための賃労働からは免れている点で,ごく僅かな土地しか保有し ない小屋住農とは異なっていた。土地保有の形態からいえば,ヨーマンは名目的な地代を支払うが,
事実上の所有権を持つ自由保有が多かったのに対し,ハズバンドマンの多くは謄本保有であり,こ の場合には慣習的な地代によって長期に保有しており,契約更新時には相当額の一時金を支払う必 要があった。” バクスターが借地農の抑圧として問題にしているのは,このハズバンドマンに対す る地代の引き上げ,いわゆる「搾出地代」の一般化であった。
『キリスト教指針』第四部,第20章の抑圧に関する指針では,とくに節を分けて具体的に借地農 の抑圧問題が取り上げられている。ここでバクスターは,地代の引き上げについて次のように問題 を設定している。
「質問2、地主はその土地から,その価値どおりに,地代を取ってはいけないのでしょうか。
答1、安い地代で保有することに対し,衡平法上の権利を主張できない土地もありますし,前に述 べたように,慣習,長期保有その他の理由で,できる場合もあります。2、借地人が,あなたが哀 れみを示さなければならない状態にある場合もありますし,交換的正義を考えるだけでよい場合も あります。私の答は,1、古くからの借地人で,慣習その他の理由で衡平法上の権利を主張できるの であれば,地代を完全な価値まで引き上げてはなりません。2、あなたが相手に,正義とともに慈 愛を示さなければならないのであれば,完全な価値を取ってはなりません。3、イングランドの通 常の場合は,地主は貴族かジェントリーで,借地人は,保有する土地から厳しい労働で得るもの以 外何も持たない貧しい人々です。こうした場合,完全な価値をある程度減額することが,正義と 言ってもよいほどの必要な慈愛です。私が完全な価値として意味しているのは,人々が市場でもの を売買するように,厳格な正義のみを予期する見知らぬ人に対して設定できる水準の地代です。」‘ ここで注目されるのは,バクスターが地代の引き上げを「価値どおり」と表現していることであ り,他方,農民は長期保有や慣習によって,従来の地代に「衡平法上の権利」をもつ場合があると いわれていることである。すなわち,ここでは謄本保有の農民の地代引き上げが問題であり,地主 は「価値どおり」の引き上げを求めているわけである。その「価値どおり」の「完全な価値」とは,
「人々が市場でものを売買するように,厳格な正義のみを予期する見知らぬ人に対して設定できる だけの地代」に他ならない。すなわち,問題の土地に対して,引き上げた地代を積極的に引き受け
ようとする新しい借地人が現れることが想定されている。次のような設問はその間の事情を示唆し ている。
「質問3、地主は完全な価値までではなくとも,地代を引き上げてもよいでしょうか。
答,正当な理由があればできます。正当な理由がある場合とは,1、土地が以前はかなり過少評価さ れていた場合,2、土地がそれなりに改良されたとき,3、多量の貨幣によって金額は多くなっても,
事実上は以前と価値が変わらないとき。4、人口の増加その他で,土地が以前よりも高価になった とき。しかし,地代引き上げには次のことが前提となります。1、契約も,2、慣習も,3、奉仕や 功績も,借地人によりよい地代に対する衡平法的権利を与えていないこと。」’
すなわち,ここでは土地が過少評価されていた,あるいはインフレによって事実上は引き上げに ならない場合に加えて,土地が改良される,あるいは人口増加などの理由で農産物への需要が増大 し,積極的な農業経営によって地代引き上げに応じることができる場合が示唆されている。その間 の事情は,バクスターの遺稿『貧しい農民の擁護者』からより詳しく知ることが出来る。バクスター はここで当時農民から搾り取るという意味で,「搾出地代」と呼ばれた地代引き上げに対して農民を 擁護しているのだが,他方で地代引き上げに応じることができる借地農もいたことが記されている。
「10、私が擁護を求めるのは,すべての農民ではなく,搾り取られている貧しい農民のことである。
…1、私は地代を支払う必要のない自由保有農のことは言っていない。2、農場のほかに,自己の 保有地を持つ(僅かな数だが)豊かな自由保有農について語っていない。ロンドン近郊には,年々,
200ポンド,300ポンド,400ポンド,そう500ポンドの収入を上げる自己の土地をもつ農民がいる。
彼らはロンドンから離れた土地では,上層のジェントルマンとして通用するほどである。」÷
「私はまた,ミドルセクスやその周辺,とくにロンドン近郊の農民について語っているのではない。
というのは,彼らは土地に二倍の地代を支払っているが,土地を改良し,地代を支払える三倍もの 機会を持っている。…ロンドンから人糞,家畜糞を集めて肥料を作り…肥料を販売する…。また,
ロンドンは農民が持ち込むすべてのものを吸収する市場であり…近郊の農民は,庭畑の産物,豆類,
かぶで,地方の貧しい農民の十倍もの収益を得ている。30ないし40マイル離れた所に,豊かな牧草 地をもつ農民は,子羊や肥育した羊,牛,豚,ガチョウなどを,ロンドン市場で売ることが出来る。
100マイル離れた地方でも,ロンドン市場に一群の豚や牛を運送するのにかなり費用がかっても割 が合うと考えている。アイルランドから海を渡り陸送する場合でもそうだ。グロスタシャー,サ フォーク,ウォイックシャーなどでも,荷物をこの全てを吸収する市場に送る。ヨーク,ノリッジ,
ブリストルなど,ロンドン以外の大都市周辺に住む人々も,ある程度同じ利益を得ていると考えら れる。」◊
「私はまた,年々5ポンド,10ポンドの小さな借地をもち,手工業で生活を支える借地人について も言っていない。織布工,肉屋,仕立て屋,指物師,大工などは,土地しか持たないものが支払う 以上に,地代を地主に支払うことができる。」ÿ
このように,バクスターは地代引き上げに苦しむ農民とは別に,ロンドン近郊の自由保有農,ロ ンドン市場に向けて土地を改良した経営的農民,あるいは織布工その他商工業との兼業農家もいた ことを知っていた。バクスターが価値どおりの地代引き上げというとき,そうした農民が相手であ ればなんら躊躇する必要はなかった。むしろ,高い地代を支払っても,経営面積を拡大したい農民 もいたのである。その場合,地代引き上げは市場取引として,交換的な正義の原則として積極的に 推進することが可能であった。バクスターは一面では,価値どおりの地代,競争的な市場行動の結 果としての地代を評価しており,その意味では初期資本主義を積極的に推進しているといえるので ある。次のような指針は,そのことを別の面から明確に裏付けるものといえよう。
「質問10,一人の借地人がさまざまな借地をもってもよいでしょうか。
答,他の人の害にならず,人口減少とか他の人の生活の妨げにならないのであればできます。他方,
必要以上に独り占めする場合があるが,そのときは非合法です。…
質問11、一人の人間が多くの営業や職業をもってもよいでしょうか。
答,富裕になろうという貪欲から,貧しい隣人がその同じ職業で自立して生きることを不可能にし,
利益を独り占めしようとするときはいけません。相互に関連の無い職業の場合もいけません。他を 無視することになり職業を適切に管理できない場合もいけません。そうでなければ,二つの職業を もつことは合法的です。」Ÿ
このように借地農が積極的に借地を拡大すること,また,商工業者が事業を拡大し,関連する営 業を展開することを,バクスターは勧めているのである。
六、借地農の隷属化と救済
以上見たように,バクスターの経済指針を,市場経済を推進しているか,あるいは「慈愛の共同 体」擁護をしているのか,どちらか一方に位置づけるのは間違いであり,その両面があったことを 忘れてはならない。バクスターは地主―借地農関係に市場関係が入り込み,地代引き上げが行われ ることを積極的に評価する一方,他方では,その結果として農民層の窮乏化が進むことに心を痛め ていたのである。『貧しい農民の擁護者』はその後者を主題とするものであった。ただし,そこでも 市場経済の原則が否定されているわけではない。
先に見たように,独立自営農の下層に属するハズバンドマンは,土地を謄本保有の形態で保有し ており,「古い習慣では,土地は何代にも渡って,少なくとも長期間賃貸し,最初の負担金と,そ の後の年々低額の地代を受け取るものであった。だから,結婚時に分与財産を受け,土地の賃貸を 受けたものは,その後は安楽に生活し,何ほどか子どものために残すことができた。」それが,今 日では地主によって定期借地に転換させられ,地代引き上げが求められているというのである。
「今日ではほとんどの州で,この慣習は年々の搾出地代へと変化した。すなわち,長年の借地であっ
ても,毎年借地の価値に応じて地代を支払わなければならず,その金額は誰もが支払う水準で ある。」⁄
農業史家ボウデンの研究によれば,17世紀初頭で30エーカーを耕作するハズバンドマンは,通常 の年で15ポンドほどの純農業利益が得られたが,おそらく11ポンドほどは家族の生活費に必要だっ たと見ている。¤「10ポンドや20ポンドの地代のものは,農業資材,肥料のために支払い,自分自身 と妻それに子どもたちに衣食を与え,彼らの労働に応えるために,どうするであろうか。…こうし た人々の労働は,多大で,繰り返し際限なく行われる。彼らの身体はほとんどいつも疲れ果て,彼 らの精神もいつも心労で問題を抱えている。」‹
ただし,バクスターは借地農の食事内容についてはそれほど問題ではないという。「彼らの粗食 には同情しない。…彼らの労働と健康のお陰で,黒パン,牛乳,バター,チーズ,キャベツ,カブ,
パースニップ,にんじん,たまねぎ,ジャガイモ,乳清,バターミルク,豆パイ,アップルパイ,
プディング,パンケーキ,オートミール,フラメリー,ファメティ,乾パンなど,それに飲料は,
彼らの食欲を充実した味で満たし,身体に活力と長命を与える。・・・貧しい人々の最悪の場合とは,
終始変わらず,風雨にさらされ,寒暖にかかわらず,自然の必要を満たすことが出来ないことであ る。」›
バクスターが貧しい農民の窮状として重視するのは,彼らの精神的状態であった。「彼らが通常,
知識と敬虔な天的な生活のための援助,他の人が享受している,死のための慰めの準備と展望を持 てていない。…彼らは通常大変貧しいので,聖書の一章を読む時間も,家族で祈る時間も持つこと ができない。彼らは労働から疲れて帰ってきて,読んだり祈ったりする時間がなく,眠りに就くこ とになる。彼らの雇人は早朝から厳しい労働で疲れて,聞くことに集中できない。…労働で疲れた 身体は,旅人の疲れた馬,音楽家の狂った楽器のようなものである。…労苦と貧困で育った多数の ものは,読むこともできず,子どもに読むことを教えることもできない。」「また,読むことの出来 る人々も,非常に貧しく聖書や小さな本を買うお金が無い。多く読むことは,知識にとって多大の 利益となるが,それなしでは,貧しい人々は教会で聞いても多くの益を得ることはできない。牧師 たちが公共の場で朗読したり説教したりしても,知識の無い人にはあまり成功しない。牧師は彼ら にどうすれば,教理問答を理解させ学ばせることができるであろうか。」
この借地農の窮状と比べれば,借地農の雇人の方がむしろ楽な状態にあるとさえいわれる。「彼 らの雇人の場合は,結婚をせずそのままでいれば,雇主である貧しい借地人よりもずっと楽である。
というのは,彼らは自分の仕事と報酬とを知っており,地代の支払い,市況への対応に煩わされず,
穀物や家畜の損失,羊の病気,不順な天候を心配することなく,妻子を養うことや,日雇いや常雇 いの賃金を心配することもない。」fi
それに,「地主の家事使用人の状態は,ジェントルマンと日雇いの関係のように,貧しい借地人よ りはずっとよい。彼らは食事に完全に満足し,比較的怠惰に生活している。彼らは貧しい借地人が
一週に一度,一片のベーコンを食べて喜ぶのに,主人の食卓から来る多彩な肉類や魚を食べる。…
貧しい借地人は,豚や鶏が子豚や雛鳥を育てても,食べることはできずに,地代のために売らなけ ればならない。彼らは鶏が産んだ卵も,庭のりんごやなしも食べられず,お金を手に入れなければ ならない。彼らのバターやチーズのよいものは,売らなければならず,自分たちと子ども雇人が食 べるは,スキムミルクやチーズ,乳清や凝乳である。」fl
また,職人たちの生活も,借地農よりはかなりましであった。「よい営業をしている手工業労働者 はずっと楽である。指物師や轆轤師は,乾燥した家屋で働き,その労働はほどよい気持ちの良いも ので,代価と報酬を知っている。織布工,製靴工,仕立工は,身体を濡らしたり疲れさせたりしな いで労働でき,労働に支障なく魂の事柄について考え話すことができる。私は織機で織りながら,
説教のノートや書物をまえに置き,働きながら相互啓発のために読んだり共に語り合ったりするこ とができる多くの人を知っている。しかし,貧しい農民はそうはできない。鍛冶屋の労働は厳しい が,乾燥した家屋でしかも一時的である。脱穀や刈入れと比べればわずかなもので,絶えず全力を 傾けなければならない草刈と比べればなんでもない。貧しい運び屋は労苦が多く,どんな天候でも どんな道路でも進んでいくが,彼は自分の仕事と報酬とを知り,農民の多くが経験する損失や苦労 に煩わされることはない。」‡
「同じことが鉄で働くほかの人々についていえる。ダドリー,ストアブリッジ,…などでは,釘工,
拍車つくり,鎌鍛冶などがいる。彼らは貧しく生活しているが,農民のようではない。彼らは自分 の労働と報酬とを知っている。…海の漁師についても同じことが言える。労働は許容できるもので あり,時間と制限とを知り,彼らの関心は,魚を取り売ることだけである。」·
「こうしたことを考慮すると,われわれすべては,この国の全て,国王も人民も,富裕なものも 貧しいものも,その生存を農民に負っているのだが,農民ほど過酷に使用されているのはいないこ とが分かる。…彼らの間には,商工業者,都市の住民,貧しい手工業職人に見られるよりも,はる かに宗教に関する無知がひろがっている。だが,通常彼らは,富裕な市民や貴族の満腹した怠惰な 雇人のように,大食,密通,姦淫,それに怠惰や惰性の罪は犯さないし,大酒飲みでもない。しか し,貿易商人,絹織物商,呉服商,そのほか都市の商工業者のあいだで,それに織布工,仕立工な どの労働者,それに貧しい釘工といった人々の間では,貧しい隷属化した農民の場合よりも,通常 はより多くの知識と敬虔が見られる。」‚
このように日ごと地代の支払いの重圧で心労し,余裕が無く宗教的関心事に心を向けることがで きない借地農には,精神的な隷属化も進行しているとバクスターは見ていた。「農民が地主に対す るように,奴隷的に依存したものはいない。(例外として,家事使用人とか野心を持った官職志願者 がいるが。)農民たちは,地主が追いたてたり,地代を引き上げたりしないように,地主の不興を 買うことはしない。私は大地主が,国王以上に農民に支配権をもっていると確信している。もし,
地主が悪意のあるもので,敬虔や慎み深さ,平安の敵対者であれば,隷属した借地人は,公共的に
重要な事柄について,彼の言いなりになり,彼に仕えなければならない。昔は今よりも酷かった。
伯爵,男爵,主教らは誰でも軍隊を徴募しようとするときには,配下にあるものは従わなければな らなかった。スコットランドやアイルランドでは酷く…こうした事は,農民の奴隷化に由来するの である。」„
バクスターは借地農の救済策として,『キリスト教指針』で次のように地代の引き下げを提起して いる。
「質問4、地主は抑圧者すなわち借地人に無慈悲にならないように,完全な地代からどれほど減額 しなければなりませんか。
答,一定の比率を決定することはできません。借地人の能力,業績,時期,場所その他の点で,大 きな相違があります。借地人が豊かで,なんら減額する義務がない場合があります。…日照りの場 合…貨幣不足の地方の場合など…しかし,通常はイングランドの普通の借地人は,完全な価値から 減額され,安楽に生活でき,家族で神を礼拝する自由を持ち,溌剌とした気分で労働に従事し,救 いの事柄を心に掛け,自由人というよりも奴隷のように,…労苦し,心配し,欠乏に悩まされるこ とがないようにしなければなりません。」‰
『貧しい農民の擁護者』では,同様の趣旨が次のように語られている。
「私の要請を要約すれば次の通りです。あなたがたが,少数の特定の問題よりも国民の公共的福 祉を重視し,あなたがたのこの世的な利害と肉的な喜びよりは,キリスト教の利害を重視すること。
また,そうした点を考慮し,貧しい借地人には,彼らが労働と質素な生活によって安楽に生きるこ とができるように,地代を設定し,地代の支払いと過重な労働に追い立てられて,神の言葉に疎遠 となり,家族の宗教を持つことができなくなり,祈りを忘れ,祈るべきときに寝てしまうことのな いように,良書がなかったり,あっても読む時間がなく,教会で聞いたことを考える時間がなくな ることがないようにしなさい。貧困によって彼らが子どもたちを自分たちと同じ様に教育すること ができなくならないようにしなさい。」Â
「そのためには,そうした貧しい借地人にたいし,あなたがたが三分の一ほど搾出地代を減額する とすれば,この国のよい模範となると私は考えます。…50年ほどまえは,ほとんどの借地人は旧来 の地代のままでしたが,年々搾出地代を設定する地主が増えてきました…別の人がその土地を買い 地代を引き上げ,40ポンドの土地を50ポンドか60ポンドに,30ポンドの土地を40ポンドに,2ポンド ないし3ポンドを4ポンドにしているとすれば,私が緩和を要請するのは正当ではないのでしょう か。貧しい人々が…支払いできる以上に約束し,心配と労苦で,やりくりするがついには夜逃げし てしまうことがあります。」Ê
このようにバクスターは,搾出地代が農民の生活を圧迫し,人間としてふさわしい生き方,敬虔 な生活を営むことを不可能にすることを見こした上で,三分の一ほどの減額を地主に要請するので ある。この場合,バクスターは借地農に減額を求める権利があるとは述べていない。あくまでも,
地主の自発的な配慮を求めるのであり,厳格な正義というよりも,地主の慈愛心が期待されている のである。
七、公共的福祉とキリスト教的利害
ところで,先の引用が示唆するように,バクスターが地代の減額を求める根拠として,「公共的福 祉」と「キリスト教的利害」という二つの原則を提起していることが注目される。この場合,「公 共的福祉」の意味を知る手がかりを与えるのは,『貧しい農民の擁護者』第二章における,農民の 貧窮化がもたらす公共的重要性の指摘である。そこでは第一に,農民は「1、国の少数者ではなく 大部分の人々の問題」であり,また「2、国に不可欠の人々の問題」であるといわれる。それに
「3、農民の窮乏化は,他の残りの人々の窮乏化であり,農民のために働く職人は,支払いを受け られない。」とも指摘される。また,「大商人やロンドンのほとんどの商工業者は,地方がその商品 を引き受けられないと窮乏化する。農民が必需品を購入し,キチンとした生活ができれば,都市が 農民の市場になるように,農民は都市の商工業者の安定した市場となる。」Á すなわち,農民の窮乏 化は国内市場の狭隘化に繋がるというのである。
さらに,「4、農民の困窮は,モスクワ人,ポーランド人,それにフランス人のように,国民の 精神を悪化させる。」とも指摘される。すなわち,貧窮した農民層は,野蛮,無神論,悪意の温床 となるのであり,また「5、農村の人々の不名誉は,国王と貴族の不名誉。」でもあった。加えて,
「6、国民の安全が脅かされる」とも指摘される。すなわち,「よい政体をもつ王国の民兵は,自分 自身守るべきものをもつ,利害関心を意識した人々から構成される。」もしも,民兵の主力を構成 する農民層が零落するとすれば,彼らの利害が国の利害とは乖離し,国の軍事的な支柱が揺るがさ れることを意味したのである。
このように農民層は国家にとって重要な多数の構成員であり,食糧という重要物資の提供者であ り,工業製品の購入者であり,しかも軍事的な担い手であった。したがって,健全な農民層の維持 こそが公共的な重要関心事であり,公共的福祉に深く関るものであると考えられているのである。
しかも,健全な農民層は「宗教とキリストの王国の公共的関心事」でもあった。「貧困は人々から 知的な教育と知識の手段を奪うことにより,無知を引き起こす。無知はあらゆる誤りと邪悪の土 壌」となるからである。貧しい人々が,「貧しさから読むことができず,子どもに読書を教えるこ とができない」「聖書を知らない」「聖書やふさわしいものを買うお金が無い」「あっても読む時間 が無い」「教理問答を教えられない」「瞑想の時間が無い」「説教が理解できない」のであれば,プ ロテスタント宗教の危機ともなるわけである。Ë
したがって,そうした貧しい農民の窮状を放置すること,農民の窮状を加速させることが,イン グランドの「公共的福祉」とプロテスタント宗教を掘り崩すものであった。無論,市場関係に基づ