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『 文 明 十 六 年 一 万 句 発 句 短 冊 』

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(1)

熱田神宮蔵

﹃文明十六年一万句発句短冊﹄ ﹃明治三十一年何屋百韻﹄

 熱田神宮所蔵にかかる多量の連歌作品は︑古来著名で

あったようである︒そのうちでも最古の応永三十年の百韻

は︑大阪天満宮︑国会図書館蔵﹃古代連歌集﹄などに写本

がある︒とりわけ尾張藩士内藤東甫による大著﹃張州雑志﹄

巻四十一には︑この応永三十年の百韻のほか︑延徳四年︑

天文十六年の百韻が全文紹介され︑他に︑延徳四年︑延徳

 ママロ

十 年︑文緑二年︑天正十八年︑慶長十年の百韻が抜粋し

て紹介されている︒そこに見える諸懐紙は今日もなお︑神

宮の宝庫に現存するのであって︑あのきびしい戦災からも

守りとおされ保存されてきたのである︒それで︑延徳十年

という︑存在しなかった年号も︑原本にあたってみれば︑

延徳四年の誤りであり訂正できる︒       ばロ       へばスこ  現代になって︑簗瀬一雄氏︑島津忠夫氏によって紹介さ

れ︑目録が作成されて︑熱田連歌の全体像をうかがうこと ができる︒何よりも大部分の懐紙が興行時の原懐紙であり︑ それが奉納されたまま伝来しているのであって︑古典作品 としてこれ以上の条件はあり得ない︒また個々の作品の質 の高さも見ての通りでありし︑そこから当地の中世近世に おける連歌愛好の熱意と信仰心の篤さを感じとることがで きよう︒  けれども連歌そのものの活字による紹介としては︑応永 三十年の百韻が島津忠夫氏によって新潮古典集成﹃連歌集﹄ に収められ頭註をほどこされたにとどまる︒これ以外の作 品も紹介されるべき価値を充分に持っていると思うのであ る︒このほど神宮当局の御許可を得たので︑応永三十年に 次いで古い︑文明十六年の万句と︑最も新しい明治三十一 年の百韻の二点を翻刻紹介したい︒  ﹃文明十六年一万句発句短冊﹄は︑島津氏の調査された

一15一

(2)

時に発見されたもので︑その価値については同氏の解説に

詳しい︒現在は﹁れ二﹂という整理番号が与えられている︒

たて35・5㎝︑よこ5・3㎝の短冊全百十四枚︒斐紙の懐

紙をこのように切ったもので︑全部の短冊とも上部に青︑

下部に紫の雲形の文様が共通する︒このように統一された

短冊であるから︑各人が同時にこの短冊に発句をしたため︑

神宮に奉納したものと推察される︒各短冊とも︑上から約

11.5㎝︑下から12㎝と︑二個所に折目がある︒現状では︑ 裏に発句が万句のどの個所にあたるか注記したもの九十九

枚︑注記のないもの十五枚で︑前者は注記の順に︑後者は

順序のつけようがないため適当にそれぞれこよりで綴じら

れている︒ここでは後者の十五枚を先に翻刻し︑以下通し

番号を付しておいたが︑これは昭和六十二年十月十四日に

拝観させていただいた時点での順序である︒作者はそれぞ

れ神宮ゆかりの人々であろうが︑二番と番号付をした短冊

の作者﹁季吉﹂は時の大宮司千秋季吉︑九五番に見える梵

阿は︑﹃熱田神宮文書 千秋家文書﹄上巻の一二番文書に﹁亀

井道場梵阿﹂とあることが既に報告されている︒

 ﹃明治三十一年何屋百韻﹄は︑﹁れ七八﹂と整理番号が付

せられている︒たて19・5㎝︑よこ17・7㎝の箱におさめ︑

蓋に﹁熱田神宮奉納 百韻 連歌﹂裏に﹁願主 深田清左

衛門有和 懐紙筆者 大島為足﹂と記す︒料紙は薄い斐紙 の懐紙四枚で︑たて19㎝︑よこ41㎝︑金色銀色の︑花︑松︑ 蝶︑鳥︑鶴等の模様のある華麗なものである︒さらに︑連 衆名を記載した別紙が添えられている︒  脇句を出している﹁季隆﹂は︑男爵千秋季隆で︑大宮司 家の子孫である︒先に見た﹃千秋家文書﹄解説によると︑

一八七五〜一九四一という生没年であるから︑この時二十

三歳︑また﹁明治三十三年︑東京帝国大学国文科を卒業﹂

とあることから︑この連歌興行時はまだ学生であったこと

になる︒脇句を詠んでいるので︑亭主として大島為足をむ

かえていたのであろう︒さらに履歴を追うと︑帝大卒業後

学習院教授︑貴族院議員︑神社制度調査委員等々というよ

うな経歴の名士である︒

 その他西福寺︑円福寺については︑神宮関係を記してい

る﹃張州雑志﹄巻五十七︑五十五にそれぞれ見えており︑

とりわけ円福寺は文明十⊥ハ年万句を勧進した其阿の寺で

あって︑実に四百年にわたる連歌愛好の風を見ることがで

きる︒  また別紙の連衆の記載に︑橋本作左衛門守稠の如く︑名

乗と実名を連記する人々があるが︑この時代ではすでにア

ルカイズムにすぎないであろうけれども︑江戸時代以来の

家柄を誇る気持を読みとることができる︒それらのうち︑

橋本作左衛門︑浅井杏庵︑浜村善右衛門の三名は︑同じ名

一16一

(3)

前が﹃張州雑志﹄巻五十八にあらわれており︑その子孫の

人々なのであろう︒他の人々も神宮に何らかのゆかりのあ

る人々であったであろう︒

 さて本百韻の意義は︑明治三十一年というような時期に

あってなお︑これほど格調高い連歌を︑一般の人々が張行

していた事実を知り得る点に存する︒三表に宝剣を詠みこ

むなど︑連歌という文芸の生命力がまだ命脈を保っていた

こと︑また憲兵中尉が連歌賦詠の実際知識を持っていたこ

となど︑いずれも驚くべき事実である︒明治三十一年とい

えば︑まだ百年にも満たない過去である︒この連衆の子孫

の方々が当地に居住されているのではないだろうか︒ある

いは何か生きた連歌の実態が伝わってはいないものであろ

うか︒ 注一 ﹃簗瀬一雄著作集﹂四所収﹁熱田神宮の連歌﹂

 蔵連歌目録﹂

注二 ﹁熱田神宮の連歌と俳詣﹂ ﹁熱田神宮所

 凡例 一 翻字にあたっては漢字は当用漢字とし︑その他は手を加えて

 いない︒

一 万句短冊については︑はじめの十五句は神宮におかれて綴じ られた順に並べておいた︒各句の次行は︑短冊の裏の文字であ る︒はじめの十五句分には何も記されていないものがあり︑そ の場合はそのまま次の句を書いておく︒各句の冒頭に付点があ るが︑翻刻では省略した︒ 一 明治三十一年百韻については︑各懐紙のかわり目に=表﹂ というように注記し︑表と裏のさかいに﹂懐紙の終りとして﹄ を用いさらに各句に通し番号を付した︒ 一 熱田神宮におかれては︑拝観と翻刻を許可してくださいまし たのみならずにさまざまの便宜をはかって下さいました︒右銘 記し︑感謝の意を表します︒

一春 二春

セ       ヨ

春春春春春

文明十六年一万句発句短冊

心ローむ明ほの寒し春の袖氏久

  南無阿弥陀仏

おりのほる藤款冬の山ち哉 季吉

奉籠一万句発句敬醐廿肋憐日円福寺十三代其阿

誰か見ぬ有明の月の朝かすみ 家信

いか・見むあまりあてなる花盛 吉林

花さかり都の空の夜半もなし 直久

見る人を猶そろふるかをそ桜 光工

ことの葉につくさぬ花のうわさ哉道伯

一17一

(4)

量 三 5 三 天 ; ≡ 五四三二_〇九八

春春春春春春春春春春春春春春春 鴬のこゑこそ春の雪の山 理海 花散て深山にかへる心かな 栖春  八唐何  七初何 花さかりよ所目は冨士の高根哉囲同日3 梅さけは入江を花の都かな 満久  七薄何  六白何 若草は誰かつまこめそ朝霞 貞盛 さく花の道ふみ分る深山かな 重久  六何木  五何路 山風は尋る花のひかり哉  陵阿 江にさくや塩の満干の玉の梅 満守  五何袋  四山何 行人に花も旅立あらしかな 範家 海こしの花を舟路のやとり哉 来阿  四初何  三何木 陰ひろし人のあつまる家桜  盛継 年なみに埋木うかふ吾もかな 覚阿  三何路  二山何 松なれや木・の中にも八重霞 恒久 鳴鷹も名残や花にかへりこゑ 道慶  二何舟  南無阿弥陀仏 雨の夜も月ある花のひかりかな 團H四2 花によしふかは柳かあさ嵐 正次  一山何 花にねてまたぬ月見る深山哉盛延㌦ ことの葉も道ある花の往来かな 季国 花にはな見ゆつりてゆく山路かな 守正  万之一+何袋 こゑもせていとふく風の柳かな 種家 尋いる山はしら雲花はなし 山海 鳥の音を霞にやとす梢かな 信秀  九一字露顕 しく物もあらし塩干のあさかすみ 送珍 かけ遠き花を千舟の湊かな 春佳 花さかり夜も鳥なく梢かな 久海 月影のかすまぬ春の名立哉  八何木

一18一

(5)

   pm  ロロ  ロロ  ロロ  ニ        ニ    

 =       くつ   プし  ノヘ   セ   ハ   ヨ   ロロ

 九白何

春や秋花を紅葉と岩つ・し 満守  万之二+何袋

鴫もなけ月に花ちる朝ほらけ 善照

 一薄何 下水を花の恨みむ老木哉 喜益  二何船

枝をおきて花につらなる心かな 持千世丸  三山何

見し花と思はぬほとの盛哉 林用  四何人

天地のひらくもかくや今日の春 双木

 五何船 花さけは深谷も槙のは山哉 拝阿  六何田

花の滝をちの巌は苔もなし 世翁  七何木

さほ姫のかさしの玉か花の露 親秀  八唐何

しる人の袖まつ花の匂4かな 成阿  九何衣

ゆく水に花をみ山の嵐かな 清家

 ニ   ヨ  ヨエ       ニ   

  む        (つ  ブし  ノN  セ  /s 

    

 万之三  +何海

花いつら匂ひにかすむ山路かな宮若丸

 第一初何

花はなし霞や手をる春の山 久宗  弐何船   て ふかぬさへ花に忘れぬ嵐哉 徳久  三山何

かへるさや雲のはつ鷹夕月夜 常継  四薄何

明ほのは山なを遠し春の海  氏久  五何木

梅一木にほひや四方の花の春貞久  六何人

花みえて舟はかりゆくふもとかな 友宗  万之四 七白何

天地の中の霞や人の春 宣久  八唐何

花さかり庭をよし野の山路哉 正久  九何石

天人に遠舟かすめ花の路 家久  万之四 +何田

けふさくら昨日の山はくも・なし 朝仲

一19一

(6)

Lこ  tS @/N ここ ニ  ノN ノN         

ifi

ノN @ヨエ ロヨ ニ           プし    セ 

 第一薄何

すゑ幾木先ひと本の花盛 吉長  二何人

木かくれの花は嵐を色香かな 親継

 三白何 おる花や戌て人をうらむらん 泉丸

 四山何 花開て雪おれしるき梢哉 吉圃5

 五何路 梅の花わくかことくの匂ひ哉 友盛

 六何鳥 春雨を露に晴たる草木哉 吉継  七何舟

花にあかてかねをうたかふ夕かな 賢秀

 七初何 あらはせは花より外に春もなし 叡海  九何水

雲に入道うらやまし春の鳥 大仲

 +何木 ちらさすは聞はや花に松の風 千代寿丸

 万之六 一朝何

夜嵐の花に手を打朝戸哉  良信

セ        ロロ    ニ  −  O ノN 

 第三二字中略

一とせは人にまかする花もかな 正吉  三何路

花になく鳥の音寒し雪の山 久友

 四何舟 さく花に千年を契る種もかな 乗金

 五何路

梅ちりてた・秋草の花野哉 友継

 六山何

色にいてぬ世はおさまるを春の花 閑助  七唐何

花は今朝こすよりのほる高根哉 篤保  八岩何

蛙さへ花に鳴よる山田哉  利氏  九何石

春雨は軒にしらる・しつく哉 徳久

 万之六  +寸可       士丁イ をの・えもいさや待こし春の花宮福丸

 一何人

月しろし露たにしのふ春の雨 範種

 第二山何

飛梅や天に満たる匂かな 山海

一20一

(7)

七八春

七九春

八〇春

八一

t

セ  ブて Efi     ミヨ 

 三薄何 やよ嵐道なわすれそ花の春 貞久

 第四何舟

月も今朝山のはちきる霞かな 盛重  五何路

ほのかなるけしきを春の光哉 利久

 六初何

あやなしや霞むも更に春の風 兵宗

 七薄何    のゆかぬ 花の比心かよはぬ山もなし 宗繁

 八何人 散にけり中く咲ぬ花もかな 永祐  九白何

雨に今朝霞はぬれて音もなし 久親

 万之七 +何衣

さかせつる花なしほりそ春の雨 正雄

 一何舟 花は雨のふるにもぬれぬ匂かな 遊月  二何人

行舟はかすみに消て海もなし 清月  五薄何

ノN      セ       Ri[      ロロ      こヨ      ニ       O      プし      ノN

を舟させ春をうかへぬ浪もなし 氏宗

 四何路

花もしれみとりにくらす松の春 家久  五玉何

とふ人やよもに花さく春の宿 世宗  六何木

見し花や心にかへる春の雲 景久

 ・唐.ママ.

梅の花雪にかさなる軒は哉 正久  八山何

松ひさにみとりたちそふ春日かな 朝日覚阿  九朝何

見るもうしせめて夜ちれ山桜 勢寛

 万之八 +何水

花いつれしほひの松の朝ほらけ 梵阿

 第一山何

秋ならて時雨か山の春霞  清親

 二何人 ふかぬまも花に風きくこ・ろ哉 ︷示仲

 第三朝何

先さくをおもへは花のふもとかな 直也

 四何木

一21一

(8)

世は春のけしきに似たる季もなし 等勝  五初何

なかれ出よ峯の花ちる谷の水 友継  六何舟

手向にもおるやかさしの玉の梅 吉家

 七何人

松とをく霞にうかふ塩干哉 盛高  八何路

匂きぬいつれの雲か6山桜 清次  九村何

たちつ・く梢か花の雲見山 守国  万之九 +何石

たか見るをみるとか思ふ春の花 豊保

 第一何舟

色をたにゆつらぬ花のたかね哉白鴉

 二山何

花手折るこ・ろはふかぬ嵐哉 但阿

 第三白何

もろこしに見すや蓬か嶋の春 宗佐  四

月花も浪にを舟の夕哉 満家  五何路 二〇春 初花を霞のうつむ高根かな 源慶     六白何

一=春 一とせを春にくらせる世ともかな 氏久     七何路

=二春 風もかな花とを山の朝霞  定家     八何舟

≡二春 花も世のことはりしるや春のかせ 助延     九山何

=四春 万代の春日をうつす亀井かな 仲奉

    万+ +何人

 1 虫損のため判読できない︒

 2 啄  3 4

 4 ﹁杵﹂の下に﹁匂﹂がある字体になっている︒  5 蓬

 6 ﹁そ﹂と書いた上に﹁か﹂となぞり書きしている︒

  明治三十一年二月十九日於   熱田神宮広前

  賦何屋連歌

二表︶

一22一

(9)

一年たつやめくみ﹂あつ田の宮柱

二初日まつさす﹂神杉のうれ

三御注連縄霞と﹂ともに引はへて

四なくうくひすの﹂こゑきこゆ也

五昼からは春の﹂寒さやゆるふらむ

六ちりもうかはす﹂清き川つら

七てる月のかけの﹂こほる・草の露

八しつかに袖を﹂かへすあき風

二裏︶

九鹿の音の遠きは﹂

一〇

ワたく柴の﹂けふり誰か宿

=小野の山皆真白﹂なる雪のうちに

三むかしの道の﹂あとをとは・や

三文つくゑのふみ﹂

茜旅ゆく脊子を﹂こひわたる比

  守秋信善季為 靹隆稠道久静隆足

        いと・あはれにて採芝

      裳枝

      延清

      高蔭

        あまた・ひ繰ひろけ永貞

      政教

三おもひやる須磨の﹂うらみに堪兼て弘久

一六

ワにくもる﹂ともし火の影    政直

一七

b簾の外の月は﹂さやかに澄ぬらん常和

一八

ャ端にたかき﹂むしのこゑく  実温

三此秋はふるさと﹂いたくあれ増り 灌柔

二〇かはらぬものか﹂木公の一本    成秋

三遅くとくはなは﹂さきちる朝夕に 有和 二二さへつる鳥の﹂音こそあかれね

︵二表︶

二三氷居しいけの﹂心もうちとけて 二四舞のたもとも﹂ゆたかなるさま 二五笛竹のしらへ﹂ゆかしな殿の上 二六光す・しき﹂欄干の月 二七端近くあれは﹂扇もわすれけり 二八空なき過る﹂やま時鳥 二九むら雨は晴れても﹂雲や残るらむ 三〇いはほの苔の﹂雫またひぬ 三陰高きおい木の﹂木公の葉を茂み 三二うき世へたつる﹂この別業 三三せきいれし水も﹂心にまかせたり 三四来む秋ちきる﹂小田の苗代 三五帰る鴉一こと﹂をたに言伝よ 三六霞む天路の﹂遠さかる中

︵二裏︶

清敬﹄

 守秋信為良秀中治弘広正知正 隆稠道久足晃秋英永道品直道基

三七したへともをと女の﹂姿と・まらて靹

三八只十五夜の﹂月あかく見ゆ    採芝

三九広幡の八のはたの﹂祭はてぬらし 業枝

四〇さもひや・かに﹂すむ石清水   延清

四一

ツかれにし駒を﹂やすむる山の陰高蔭

一23一

(10)

四二関屋はやれて﹂せき守もなし

四三板庇久しく﹂なりぬ大行幸

四四とひこ・うみむ﹂千代のふる事

四五なつかしき寧楽の﹂都の花盛

四六永き春日を﹂寺めくりしつ

四七塔のあたり﹂とひかけ燕

四八あふけは心﹂うはのそらなる

四九其情あさ妻﹂舟のた・よひて

五〇なみの音にも﹂さめやすき夢

︵三表︶

有成常実灌政弘政永 塑秋和温柔直久教貞

五一

ウすらへし身の﹂濡衣はいつほさむ清敬

五二鄙の長路に﹂ならす四の緒

五三北風にいな・く﹂馬も寒け也

五四舎もみえす﹂ふりしきる雪

五五草は皆かれて﹂色なき冬の野に

五六一花さける﹂さくらめつらし

五七泊山あくれは﹂雑の声もして

五八霞のそこに﹂しつむ月影

中秀弘知正広正 英秋道道直品基

五九妹にあはてかへさの﹂道そおもはゆき治永

六〇あたし契を﹂何頼みけむ     信久

六一

桙フ間にかはる﹂軍の謀    為足

六二向ひ火つけて﹂薙はらふ草    守稠 六三御剣の御稜威は﹂今もか・やけり 六四朝日の旗に﹂なひく外国

︹三裏︶

六五たてまつる金や﹂船に鹸るらむ 六六汐の八百路の﹂果もしられ゜す 六七海原の波に﹂今日たつ秋の風 六八にひはりの田の﹂早稲穂色つく 六九筑波根を月に﹂こゆれは﹁なきて 七〇端山の裾に﹂衣うつ家

七一

ミき・身も高きを﹂

七二雲のさはりそ﹂せむすへもなき

七三いとへとも此世の﹂

七四うきわたらひよ﹂あはれいつ迄

圭老らくも若き﹂人にし立交り

七六ゑひのすさひに﹂うたふ催馬楽

七七うるはしく敷つらね﹂

七八野へのすみれは﹂つま・くもをし

︵名表︶

七九いその上布留の﹂社の春たけて

八〇卯月のいみを﹂いそく祝子

八三若竹のいやつき﹂つきに生茂り

八二窓をくらくも﹂ふる梅の雨

政弘業永政 塑楚

直久枝貞教隆

なとかこひさらん採芝

       実温

ほたし捨かたみ延清

       成秋

       常和

       高蔭

 たる花むしろ灌柔

       広品﹄

清正知有 敬基道和

一24一

(11)

八三ます鏡とるも﹂物うく思ほえて

八四我みたれ髪﹂君みましかは

八五やつれてもなほ﹂さりやらぬ好心

八六園のさくらも﹂紅葉する頃

八七露霜の上に﹂きらめく夕月夜

八八市に買得し﹂酒あた・めむ

八九小鷹狩そのつみ﹂をしも打忘れ

九〇交野のみのを﹂分つくしぬる

九一

ャれいつるみなもと﹂

九二星のはやしも﹂かきりなからむ

︵名裏︶

九三朝廷にはかしこき﹂

九四山にすめるは﹂木こりけたもの

九五冬ふかき雪に﹂往来の道もたえ

九六旅に日数を﹂いくかへにけむ

九七船の中はかち取を﹂

九八風なふきそと﹂みないのるなり

九九開けゆく御代は﹂にきはふ花の春

一〇

Zつ・くかすみの﹂袖のいろく

  爲足 五  高蔭 四  正基

  季隆 一  永貞 三  知道

治中灌薬延信秀弘為正 永英柔枝清久秋道足直

人のつらなりて守稠

       採芝

        靹

        隆

のみちからにて高蔭

       秋道

       為足

       有和

      三

      三

延集採靹隆守秋信善 清枝芝  稠道久静 四四四四四四四四一 清有成灌実常政弘政 敬和秋柔温和直久教 三四三四三三三ニニ

 連衆之姓名書

神宮教権中教正 大島為足

東京華族男爵 千秋季隆

東京真宗 等光寺善静

大原信久

長岡秋道 橋本作左衛門守稠

青木文七隆

河瀬靹 橋本右衛門採芝

良秀中治弘広正 晃秋英永道品直

一25一

(12)

島本権左衛門某枝

岡山新蔵延清

同 芳太郎高蔭

岡本賢吉永貞

浅井杏蓋政教

浜野与右衛門弘久

貝谷鉦次郎政直

浜村善右衛門常和

さび 西福寺実温

 らぶ

円福寺灌柔

吉川平三郎成秋

深田清左衛門有和

同 仙太郎清敬

東照宮社司 石河正基

片山神社々司 野田知道﹂

洲崎神社々司 浅井正直

東照宮社掌 毛利広品

陸軍憲兵中尉 相原弘道

岩本治永 服部中英 沢田繁次郎秀秋 津田良晃

︵本学助教授︶

一26一

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