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都市・地域社会研究の理論的基礎

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エミール・デュルケームにおける

都市・地域社会研究の理論的基礎

帯   刀    治

1 問題の所在      を開示しながら・しかしいずれも社会分業階層・

社会関係,社会的性格,社会連帯など古典的社会 本稿は,現代都市研究,地域社会研究の理論的  理論での未決の問題を研究の最終段階で改めて抱 基礎の一端をE・デュルケームの社会学,特に彼  えこまざるをえなくなっている,とみてよい。こ の『社会分業論』に求め,その都市理解ないしは  れらの調査研究は,相互に異なる基本的分析視角 都市論の可能性について論究しようとするもので  を保持すると主張し,それゆえに,互に異なる結 ある。現代都市・地域社会研究の理論的基礎はK  果を引き出しているかにみえる。だが,それは両

・マルクス,E・デュルケーム, M・ウェーバー  者の理論的基礎,獲得された命題の類似性に対す など古典的社会理論において捉えられている都市  る認識を共に欠いているといねねばならない。

論・地域社会研究に求められ,その批判的再構成   また,そうした試みとは位相を異にして,理論 によって可能になると思われるが,ここでは,デ  的課題を射程にいれつつ都市政策論や都市科学を ユルケームについて検討し,マルクス,ウェーバ  構想したり,新たな都市論・地域論を展開しよう 一についてはデュルケームの都市論にかかわって  とする試みも存在する。だがそれらも限定された 簡単に言及するに止まる。       理論に大きく依存するか,諸理論のきわめて多元 ところで,現在の都市・地域社会研究において  的な部分的解釈によってそれを試みるため新たに は,その理論的基礎の研究が等閑に伏され,それ  構成しようとする都市科学や地域論にそれを十分 に代って彪大な事実の収集・整理が主要な課題と  反映しえないという側面を残してしまう。このよ 主張されている。従来からきわめて原則的な命題  うな試みにおいても,例えば生活様式(way of に基づく断片的な社会事実の収集とその命題の追  hfe)の問題が中心的な論点となっているが,そ 証だけが都市研究・地域社会の調査研究として行  れは,シカゴ学派が古典的社会理論における都市

なわれており,確かにその主張の相対的意味は否  研究の成果の全体から重要な課題として継承した 閧ウれな畿けれども,それゆえに現代都市・地  ものである。よってこの問題を正確に問い直すた 域社会の調査研究が新しい社会事実の収集・整理  めには,自からが再構成しようとする古典的社会

を可能にするとしても,その理論的枠組や基礎を  論の一部ではなく,その総体を問題にした上での 問わずに,それだけで現在の都市研究。地域社会  ことでなければなるまい・

研究の困難性を解消し,その問題が克服されるわ   さらに,現代都市・地域社会研究のあらゆる側 けではない。      面における基本的枠組として,シカゴ学派を出発 例えば,都市・地域社会研究の新たな試みとし  点とする試みがある。またその後のアメリカ都市 て行なわれてきたいわゆるコミュニティ論あるい  社会学に全面的に依拠する研究も,例えば都市社 は住民運動論の成果をみても,相互に異なる論点  会学などに認められる。こうした都市社会学の展

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64       茨城大学政経学会雑誌  第37号

開はシカゴ学派の重要性が単に都市社会研究に止      構成の試みは,なおそれ自身多くの課題を残して まらず,別の社会学的問題の位相において再評価      おり,それをさらに展開させる上でも,また古典

されている点か溌詮ても・なおその重要性は失な  的社会理論における都市・地域社会研究の理論的 われないであろう・だが,それについても,先の  基礎の総体を構築する意味からも,デュルケーム 再評価の視角が示すようなシカゴ学派の位置づけ  のそれを無視できないからである。第3に,近年 が問題となろう。またそうした視点が可能である デュルケーム社会学の再評価が試みられており,

のもシカゴ学派が古典的社会理論の全体ではない  従来とは異なる再解釈が与えられているが,それ にせよ・そこから受けた決定的な影響を前提にす  らはこれまでのデュルケーム解釈を批判する余

る必要があろう。このことは,先に指摘した最初      り,過度にその可能性を評価しつづけてきてい の点,特にコミュニティ論の課題にも深くかかわ      る。けれども,そうした再評価・再解釈によって

っているであろう。いずれにしても,前に述べた      は,古典的社会理論の現代における意味を正しく

ような古典的社会理論との関連についての視点を 把握することにならないと思われ豊本稿の試み

欠いてシカゴ学派を出発点とし,それに依拠する      は,現在のデュルケーム社会学の再検討に,これ だけでは不十分である。それでは問題をカレント      までとは異なる視点を多少とも提供し,その今日 な位相において処理することはできても,本質的      的意味について従来とは異なる論点を開示するこ に解明し,克服することにはならないであろう。      とになるであろう。

以上,3点にわたって最近の都市・地域社会研

究における理論的課題とそれが共に関連する古典   皿 デュルケームにおける都市の発見 的社会理論の都市論ないしは地域社会研究の再検

討の重要性について指摘した。これによって,本   デュルケームは,『社会分業論』の最終的到達 稿の基本的問題関心なり課題意識の意味は多少と  点において,都市に関する見解を次のように述べ も了解されよう。しかしここでは,そうした古典  ている。「都市は,いわば他のどこよりも社会全 的社会理論における都市理解・都市論のうち,特  体が強く凝i集する地点である。したがって,都市 にE・デュルケームのそれを取りあげたいと考  は道徳的密度が増大する場合にのみ,増えてゆく える。もとより,古典的社会理論の都市理解の総  し,発展もする。……フランスでは,都市的生活 体を捉えることが課題だが,本稿では,これまで  が比較的早く開始されており,それゆえに,さら に今日の都市研究・地域社会論にかかわってほと  に膨張も早い。この発展の速度が,さらに規則的 んど再検討されることのなかったデュルケームの  に進行していくことは,そこに一種の病理現象を 都市理解を彼の社会学理論から発見的に再構成し  構成するどころか,高級な社会種〔先進社会〕の ようとする試みに課題を限定したいと考える。そ  本質そのものに由来していることを物語ってい れは次のような事情による。第1に,マルクスや  る。それゆえ,このような都市化の動きが現代社

ウェーバーの都市論の再構成についてはすでに試  会にとって恐るべき大きさにまで達しており,ま みられており,その成果が多少とも現在の都市・  た,社会がそれに順応するだけの柔軟性をもはや 地域社会研究に反映されている。だが,デュルケ  持ちえないと思ってみたところで,われわれの社

一ムについては,近年のデュルケーム研究におい  会も,現代以降の社会においても,依然としてこ      (4)てその再評価が試みられつつも,また都市・地域  の動きを追求しつづけるであろう」。

社会研究のなかでそれがシカゴ学派に多大な影響   このように,デュルケームの『社会分業論』の を与えたと理解されながらも,いずれにあっても  到達点においては,「都市社会」,「都市的生活」,

その都市論が正面から研究されていないためであ  「都市化社会」への注目がなされており,それら る。第2には,マルクスやウェーバーの都市論再  についてなお端緒的な理解に止まるにせよ,明瞭

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帯刀:エミール・デュルケームにおける都市・地域社会研究の理論的基礎      65

にそうした事態が発見的に認識されていることは  を前提しなければ,先の理解は成立しえないので 明らかである。だが,われわれにとっての問題  はなかろうか。

は,そのようなデュルケーム社会学における都市   確かに,デュルケームは,1890年からボルドー

   畢フ発見が,いかにしてなされ,そのことはどのよ  文科大学でフランス最初の社会学講座の講義草稿 うな意味をもつのかという点である。デュルケー  『社会学講義』のなかで,次のように述ぺてい ムにおける都市の発見なり,それが認識される事  る。「ヨーロッパ諸社会を苦悩に陥いれている危 情・根拠については,およそ次の2点が考えられ  機は,まさしくここから生じている。経済生活は ねばならない。第1は,デュルケーム社会学が成  過去2世紀来かつてないほどの発展をとげてき 立する時代ないしは社会状況,つまりその実在根  た。……人びとが本質的に産業的な社会について 拠ともいうべき問題がそれである。これは,デュ  語りえたのも,理由のないことではない。社会全 ルケームの都市に関する見解に即していえば・彼  体のなかで,これほどの地位を占めつつある活動

の都市発見の外在的根拠をいかに考えるかという  形態が,特別の道徳的規制を全く受けないなら,      σ)

問題である。第2にはデュルケーム社会学の論理  真の無政府状態がもたらされるのは必至である」。

構造内部において,いかに都市という範疇がとら  デュルケームの社会学的問題が19世紀末から20世 えられ,論理的展開のなかで獲得されていくかと  紀初頭にかけてのヨーロッパ資本主義のさらなる いう問題である。それは,いわば,デュルケーム  展開に対する内在的批判に裏づけられていること

社会学における都市理解の内在的根拠を問うこと  は確かである。それは,L・A・コーザー(Caser)      (8)である。      の言を借りるまでもなく,1924年に早くもC・ブ

第2の点については,次節にゆずり・ここでは  一グレ(Boug!e)が『社会学と哲学』の「序」に 第1の点についてまず検討しておこう。この場  おいて次のように述べている点から明らかであ 合,予めことわっておきたいのは次の点である・  る。「一貫して流れている彼の中心的関心は,道 つまり,本稿はデュルケーム社会学の歴史的位置  徳の本質,道徳が社会で演ずる役割,道徳が社会

づけを与えるものではなく,あくまでも彼の都市  内部で形成され社会の欲求を表現しながら発達す      (9)理解を再構成することを目的としており,実在根  る様式を理解させることにあった」。このように

拠を問うとしても,この課題にかかわる限りにお  デュルケームの社会学は資本主義的経済生活に対 いてである。そこで,以下では近年のわが国にお  する道徳的内在批判という側面を前面に持ちだし けるデュルケーム再評価の論点と関連して,簡単  たものであった。

にこの問題に言及しておくに止めたいと思う。    しかし,われわれにとっての問題は,最近にな ところで,デュルケーム社会学については,そ  ってわが国で試みられているような,デュルケー れが一方で,「資本主義の道徳的批判」であり,  ムの社会認識と,それに基づく問題意識に対する

「産業社会再組織化の構想」,「大衆民主主義の到  好意的評価なのではない。何故デュルケームがそ 来とその合理的機能化の実践的提言」であるとさ  のような社会認識をもち,そこにおける資本主義 烽ワた他方では,「社会変化の問題に対する合  的経済生活に注目し,どうしてそれを道徳的に批 理的精神の勝利への確信」が彼の「社会学の構想」  判しなければならなかったのかを彼の社会学理論 であり,「人間とその将来,工業化社会における  の展開に即して明らかにすることであろう。この 人間に対する深い洞察に基づいていた」と指摘さ  点に関する正確な考察を欠いた今日の好意的再解 黷トい話?だが,もしこのような理解が可能であ  釈は,デュルケーム社会学の真の可能性と限界性 るとすれば,デュルケームは社会変動のもう1つ  を確認できないのではないだろうか。

の側面をも同時にとらえていたと判断しなければ   ところで,デュルケームが何故に「工業化社会」

ならない。つまり「都市化」といった視点の存在  を認識し,「大衆民主主義」による「産業社会再

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66       茨城大学政経学会雑誌  第37号

組織」を構想したか。またそこでの資本主義的経  何らかの意味で都市社会を発見し,そこにおける 済生活に注目し,それを道徳的に批判しなければ  主要な社会層,すなわち新たな中産階級(層)の ならなかったか。その根拠を索出するには,およ  成立ないしは形成をとらえていることを意味す そ次の2ないし3点についての検討が必要となう  る。だがここではそれが彼の社会学にいかなるパ う・それは第1にデュルケーム社会学の時代・社  一スペクティブを与えているかという問題が考え 会認識にかかわっている・彼が認識したのは確か  られねばならない。これが第3の検討すべき点で にヨーロッパ資本主義の新たな段階・すなわち独  ある。デュルケームは,最初の著作『社会分業論』

占資本主義の段階からさらには帝国主義的段階へ  において「われわれの社会構造の内部には深刻な の移行期のヨーロッパ社会であった・だが,デュ  変動が起ってきている」とし,肥大化する政治社 ルヶ一ムの時代・社会認識の特徴は・そのことと  会状況のなかでますます原子化する個人とその乖 は幾分位相を異にした視座・つまり現代社会の構  離の状態を「アノミー」ととらえ,このアノミー 造的特質を把握しようとすることにあった・それ  からの脱却をこそ自からの知的営為の課題として は・市民革命を経て成立した近代社会,産業革命  いたのであった。この場合,問題の中心は次の点 を通じて生れた産業社会のなかで,そのような革  にある。デュルケームが自から位置した時代と社 命の経験を経ることなく(もとより,パリ・コミ  会を「アノミー状態」,したがって「異常」であ

ユーンの試みは短期的ではあったが存在し,それ  り,「危機的状況」であると規定する際の基準は がヨーロッパ社会のその後の展開においてきわめ  何であったか,その根拠となるあるべき社会の理 て重要な意味をもった点を誰も否定しえない),  念とはいかなるものであったか,ということであ しかもなおそれらとは一線を画する新たな構造的  る。彼は「アノミー状態」の対極に「有機的連帯」

特質をもつ現代酷弁の成立をそこに発見しようと  社会を構想するが,このデュルケームの「有機的 するものであった・ここに・資本主義的経済生活  連帯」の内実こそ,その問題を解く鍵で房監 の道徳的批判の第1の根拠が秘んでいるとみなけ   デュルケーム社会学に関する中心的論点は,一 ればならな眺      般にいわれるように,そして近年改めて再評価さ

第2には,デュルケーム社会学の階層的基盤と  れつつあるような「アノミー論」の再構成だけに もいうべき問題に関連している・それは彼の社会  あるのではなく,「有機的連帯」概念によって彼 学がいかなる社会層を捉えて成立しているかとい  が含意しようとしたその内実にあるといわねばな

うことである・周知のように19世紀後半から20世  らな眺やや結論を先取りした形で指摘しておく 紀にかけてフランスの社会移動はかなり独得な傾  なら,デュルケームは「社会分業による専門分化 向を示している。人口の地域間移動と産業間移動  の道徳的承認に基づく連帯」を「有機的連帯」と との間には否定できないギャップが存在してい  し,それによって,あるぺき社会を構想していた る・ここではその点に深く立入ることはできない  のである。しかも,本稿の観点からして,ここで が・少なくともそこにはいわゆる農民層分解の屈  重要な点は,そうした「有機的連帯」社会という 折した過程と同時に,新中間層形成過程に関連す  問題が,「都市社会」の発見とそこにおける「新

る問題が介在していることは明らかである・デュ  中間層」の形成に注目するなかで,具体的に構想 ルヶ一ムは・この後者の問題を自からの理論的課  されていることである。つまり,デュルケーム社 題として措定しようとしていた,とみ儲眺彼 会学の中心的理論をなすr社会分業論』と「道徳 は「新階層としての専門家(capacites)」の形成  社会学」は,都市社会における新中間層の有機的 に注目し,その社会的地位の上昇と,社会的機能  連帯の問題に,その社会構造,階層的基盤をおい の増大とを問題にしていたのである・      ていると理解しなければならない。

以上の2点は,すでにデュルケームの社会学が

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帯 刀:エミール・デュルケームにおける都市・地域社会研究の理論的基礎      67

      ムは,この事例はことさら経済生活から借りてき皿 デュルケールの都市理解とその内容      たものではあるが,この説明は他の社会的諸機能

デュルケームの都市理解は,前節冒頭に引用し  すべてにそのまま妥当するという・こうして「社 たように,かなり明瞭な形で示されているが,こ  会が実際にもっと多くの成員を含み,同時に成員 うした都市に関する彼の見解が展開されるのは,  相互がもっと接近しあうとすれば,闘争は一段と

『社会分業論』の「分業の原因」と「有機的連帯」  激烈になり,そこから生ずる専門分化は,一層速

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が優位な「組織社会」の形成をめぐる論述におい  く,完全にちかくなる」。

てである。幾分迂遠な展開になるが,デュルケー   かくて,デュルケームは分業の動因を一般命題 ムの都市理解をその社会学に内在して検討するた  として定式化することになるが,そこには本稿の め,まず社会分業発展の動因に関する論述の検討  中心課題である彼の都市理解の存在根拠と内容を から始めよう。デュルケームによると,それは次  みることができる・デュルケームによれば,分業 のように説明される。「環節構造の消滅」によっ  は「相互にその作用と反作用を交換しうるほど十 て相互に分離していた諸個人の間に,より親密な  分に接触している諸個人」が増加すればするほど 接近が生じる。そこで,従来までは互に影響しあ  進行する。この「接近」とそこから結果する「積極 うことのなかった社会全体のなかの諸部分間に,  的な交通」を「動的ないしは道徳的密度(densitさ

「互に交換しあうさまざまな運動」が生れる。そ  dynamique ou morale)」と呼ぶなら,分業の発 こでの「社会生活は個別的でかつ類似的な多数の  展は「社会の道徳的あるいは動的密度に正比例」

小規模な拠点に集中する」代りに,「一般化」す  する。しかしながら,かかる「道徳的接近」は諸 る。そうなれば,「社会的諸関係  より厳密に  個人の「実際的距離i」が縮まる場合にだけ起るか は社会内関係(Intra−sociaUX)はいよいよ多数」  ら, 「道徳的密度」は「物理的密度」が増大する

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となり,原初の限界を越えてあらゆる方面に拡大  ことなしには増加しえない。

するようになる。したがって,「相互にその作用   デュルケームによると,この「物理的密度」は と反作用とを交換しうるほど十分な接触をもつよ  社会の「凝集化」にみることができるが,「史的 うになった個人が,多くなければなるほど」分業  発展過程における社会の漸新的凝集」の仕方には は発展する。       次の3つがある。(1)「人口の集中」,(2)「都市の

これを,デュルケームは次のような事実によっ  形成と発展」,(3)「コミュニケーションおよび運 て具体的に説明する。例えばある地域に特殊な製  輸手段の数と速度」がそれである。この3点は,

品を供給している産業的中心があるとする。これ  「社会の道徳的密度」の変化を「反映」するもの がどこまで発展できるかは,二重に限定されてい  であるから,これを「道徳的密度」の代りに用い る。第1は「市場の広さ」であり,第2には「生  て,それを「測定」することが可能である。また,

産手段の力」によってである。だが,そこに,こ  「社会の物理的密度」を示す「社会の凝集化」は れまでその中心地から独立していた1地域が〔そ  「社会内関係」を増加させるが,これは社会成員 の社会的〕距離を幾分か短縮する「コミュニケー  の総数の増加によっても増える。したがって「密 ション手段」によって,そこと結びつくようにな  度」と同様に,「社会の容積(Volume)」の増大 ったとする・そうなれば,両地域の機能は接触  も分業の発展に影響を及ぼす。こうして次の命題 し,そこで競争が激化する・このような闘争の行  が提示される。「分業は諸社会の容積と密度に正 われる新しい条件の下では,劣勢者は消え去るか  比例して変化する。また,分業が社会の発展過程 あるいは転身するかのいずれか一方を選択しなけ  に即して継続的に進歩するとすれば,それは社会 ればならない。そしてこの転身は必然的に「新し  が規則正しく密度を大にしてゆくからであり,一

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い専門分化」に帰着せざるをえない。デュルケー  般にその容積を増すからである」。

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68       茨城大学政経学会雑誌第  37号

以上の社会分業発展の動因に関するデュルケー   「分業が持続的に進歩するのは,たとえば,社会 ムの説明には,彼がいかに都市社会,都市化の視  が規則的に密度を高め,きわめて一般的に容積を 点をもって社会分業をとらえているかが明らかに  増すからである。それはあるいは,そうかもしれ されている。それは第1に,個人の社会的接触の  ない。しかし,そういうことはどうしておこるの 増加とその相互作用についてであり・第2には・  か? 彼はその説明をしない」。「人口の量的変 地域間分業と地域内分業ないしは専門分化に関す  化やその動的密度の変化一デュルケームが『社 る具体的説明である・さらに第3として・それら  会の容積』や『動的密度』といっているものは要 の事実を前提としたデュルケームに独得な「社会  するにそれである。……それがさきに言ったよう の動的・道徳的密度」,「物理的密度」の概念・  な不完全さをもっているとすれば,われわれはこ

第4に,その後者を具体的に「測定する」ことが  れを棄ててより完全なものに就かなければならな       (16)

でき,しかもそれを規定する「都市の形成と発  い」。

展」に代表される3つの要素がそれである・     この指摘には,デュルケーム社会学に関する基 このようなデュルケームの説明は,彼がいかな  本的な問題について検討すべき幾つかの論点が含 る形であれ,都市社会を・またそこにおける社会  まれているように思われる。しかしここでは,デ 関係を具体的に措定することによってのみ可能な  ユルケームの都市理解の内容に関する点にのみ限 ことであったろう・つまり・都市における高密度  定して,言及しておきたい。それは,社会の「道 な社会関係,個人の社会的接触度を前提にしない  徳的・動的密度」あるいは「物理的密度」といっ かぎり,デュルケームの社会分業発展の動因に関  た概念とそれによってとらえられた社会的事実な する見解はその内実を理解することができないで  いしは実態をめぐる問題である。デュルケームに あろう。デュルケームは,明らかに都市社会を認  おける社会事実の説明原理に関する見解を『社会 識し,そこにおける諸個人の社会関係のありよう  学的方法の基準』において理解するなら,この指 を把握しているのである。しかもそうした都市社  摘がいうような幾つかの点は多少とも妥当す81)

会に関する彼の理解をその実在根拠として・かの  だが『社会分業論』における,こと社会の「容積」

『社会分業論』の全体が展開されているのであ  と「密度」に関連するデュルケームの概念的理解 る。だが・こうした点は,これまでのわが国にお  に関する限り,先の指摘は,その含意および実在 けるデュルケーム研究や都市社会学的研究には全  根拠に関して決定的な理解を欠いている。

く失なわれていた視点である・      デュルケームが社会の「道徳的・動的密度」さ 先に引用したデュルケーム社会分業の動因に関  らに「物理的密度」としていたのは,先の指摘が する一般仮説命題とその具体的説明について検討  「要するに人口の量的・動的密度」としたものだ を与えたデュルケーム研究は・都市社会学を合め  けではなく,それは「人口の〔地域的〕集中」で てわが国ではほとんど見当らず・わずかに次のよ  あり,さらに「都市の形成と発展」という都市社 うな批判がかなり以前に試みられているだけであ  会の変動であり,「コミュニケーションおよび運 る・デュルケームは「社会事実の最後の説明原理  輸手段の数と速さ」という3つの要因においてと として社会単位の数・すなわち彼が『動的密度』  らえられるものであった。しかもなお,ここで注 とも呼んでいるところのものと・それから人衆の  意すべきは,「都市の形成と発展」と「社会の物 集中度,すなわち彼が『物的密度』と呼んだとこ  理的密度」,「動的・道徳的密度」の3者の関係 ろのものとを挙げている・これは・彼のいわゆる  である。『社会学的方法の基準』に至ってはとも

『内的社会環境』に特有な性質であって,彼はい  かく,『社会分業論』においては,そうした要因に かにも実証主義者らしく,この2つをもって自分  よって「測定可能」となる社会の「物理的密度」

は絶対的な最後の説明原理だとは主張しない」。  は,それが「道徳的・動的密度」へ転化される限

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帯 刀:エミール・デュルケームにおける都市・地域社会研究の理論的基礎      69

りにおいて重要なものとなり,その意味において  に引き出しえたのである。ワースは,都市的社会 こそ「都市の形成と発展」に代表される3点がデ  関係の特徴について,「個人は,一方で,親密な

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ユルケームにとって問題だったのである。     集団のパーソナルで晴緒的な統制からある程度解 したがって,このようなデュルケームの理解は  放され自由を獲得する・しかし他方では・主体的 いわれるような「人口量の変化」に還元され,そ  な自己表現,道徳統合された社会の生活から生 れゆえに不完全とされるようなものではなかっ  ずる参加の感覚などを失なってしまう・これが た。確かに,社会の「物理的」,「道徳的・動的」   『アノミー』ないしは社会的空白の本質的状態で

「密度」ないしは「容積」といった自然科学的タ  あり・それはデュルケームが技術的な社会におけ 一ムの援用をもって説明しようとしたデュルケー  る種々な形態の社会解体を考察する際に言及した ムの展開は,そこに彼の都市社会の,また社会内  ところのものである」・そしてワースはさらに続 関係の理解を前提にしないなら,先のように解釈  けて, 「都市における人間関係の環節的性格

されざるをえない側面をもってはいる。だが,そ  (Segmental character)と功利主義的傾向は,専門化 れゆえに援用されたタームから構成されようとし  した職業の増大において制度的に現われており,

た社会学的概念の内実を自己の認識に引きつけて  われわれはそれを職業における専門分化のもっと 解釈することは,古典的社会学理論の再解釈にお  も発展した形態のなかに認めることができる」。

いて妥当性を欠くといわなければならない。もと   かかる理解から,ワースは自己の理論の中心的 より,かかる従来のデュルケーム研究がそのよう  問題にかかわる次の点を提起している。「都市周 に彼の社会学を解釈せざるをえなかった事情もそ  辺後背地に対する都市の支配は,都市生活が誘発 れなりに考慮せざるをえないが,それはわが国に  し,促進させる分業によって説明される。極度の おける都市の成熟度,ないしは都市化の程度の認  相互依存と不安定な均衡をたもつ都市生活は分業 識に深くかかわるものであろう。そのことが,デ  や職業の専門分化と密親に結びついている」。ま ユルケーム社会学の解釈において,本稿が明らか  た,ワースは「密度」に関する都市の社会学的分 にした点に関する考察を決定的に見落す結果とな  析についても, 「……デュルケームが人間社会の ったのかもしれない。       場合に注目したように,一定地域における数量の だが,実は,デュルケームの社会分業発展の動  増大(すなわち密度の増大)は分化と専門化をう 因に関する分析は,後に「都市社会」,「都市化」  む傾向をもち,それはこうした方法によってのみ といった範疇として構成される当のものであっ  地域は増大する数量を維持できるからである。こ た。つまり,デュルケームは「都市社会」,「都市  うして密度は,人間およびその活動を多様化し,

化」さらには「都市化社会」と後に明確に範疇化  社会構造の複合を深めつつ,量的効果を発揮する

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される問題を正確にとらえていたのである。「都  のである」。

市は,いわば他のどこよりも社会全体が強く収縮   このように,ワースの都市論は,その中心的部 する点である・だから・都市は・道徳的密度が変  分である「都市化」の概念と「都市生活」,「都 わるばあいにのみ増えてゆくし,伸びもする」。  市における社会関係」といった問題を,デュルケ

「このような都市化の動き」は「現代社会にとっ  一ムが分析した「アノミー」,「社会分業」,「社 て恐るべき大きさにまで達しており」・「われわ  会分化と専門化」,「社会の密度」という彼の都 れの社会も,現代以降の社会も・いぜんとしてこ  市理解に基づく概念や範疇から引きだしている。

の動きを追求しつづけるであろう」・      なお,このワースの研究は,先に検討したわが国 それゆえに,L・ワースは『生活様式としての  のデュルケーム研究が発表された翌年の1938年に アーバニズム』において,デュルケームの社会学  発表されたものである。ここで,そのような再解 から「アーバニズム論」の理論的基礎を次のよう  釈の相異について,その後,特に戦後における都

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70       茨城大学政経学会雑誌  第37号

市社会学研究の展開に関連して,その違いの意味  式(way of life)」という概念を用い,またウェ についても想起しておくのも,あながち無意味な  一バーから獲得した理念型としての「アーバニズ ことではあるまい。とはいえ,ワースのそのよう  ム(urbanism)」を措定してのワースの都市論も な再解釈に基づく都市論によって,デュルケーム  なお「社会分業」の増大すなわち「道徳的密度」

の都市理解の全てがカバーされているわけではな  の増大によってのみ発展する都市というデュルケ い。またそうしたワースの都市論でさえ,今日の  一ムの理解を全面的に継承したものではなかっ 都市・地域研究の問題状況からして,改めて再解  た。ことに社会分業に関する理解と道徳的密度に 釈されねばならぬ側面を残していることは明らか  ついて正確な認識を欠いている。都市的生活様式 である・最初に提起したように・シカゴ学派およ  という範疇によってアーバニズムを措定し,「都市 びその後のアメリカ都市社会学に依拠する都市研  化」概念を獲得したのは,相対的に有効な再構成 究が,現在大きな困難に直面していることからし  ではあったであろう。しかし,そのマクロな視角 ても,それは十分考慮されねばならぬ問題であろ  はこれを認めるとしても,それによって地域的社 う・そして,おそらくそのためにも・ワースの都  会分業の問題,都市的社会関係の内実にかかわる 市論の理論的源泉たるデュルケームの都市理解が  デュルケームのいう「道徳的密度」の問題を「都

ウェーバーなどのそれと共に,改めて再検討され  市化」一般に解消できないだろう。また市民生活 る必要がある。本稿は,それゆえにデュルケーム  の注目という点で「生活様式」というカテゴリ_

鴫ワースの視点を都市儀窓学が改めて検討するた の相対的意味を否定しないとしても,それに生活 めの素材を提供している,と理解されたい。    問題などすぺての問題を投げ入れるわけにはいか 本節の論点を整理して,次の課題に移ろう。こ  ないだろう。つまり,ワースにおいてもデュルケ こで明らかにされたのは,デュルケームの都市理  一ム都市理解の内実においてきわめて重要な「社 解が,社会分業発展の動因をめぐる論述において  会分業の増大」と「道徳的密度」に関する理論的 開示された社会の「物理的密度」・「道徳的密度」  な検討課題は依然として残されているのである。

概念のなかに二重の形で含まれているという点

である。彼は社会分業の発展が「都市の形成と発   1V デュルケームの都市論とその位置 展」に代表される3つの要素である社会の「物理   デュルケームの都市理解を基礎にして,それを 的密度」の増大によって,それが「社会の道徳的  都市論として再構成するには,彼の社会学体系に

動的密度」を増大させる限りにおいて可能であ  その都市理解,そこにおける諸範疇や概念を位置 り,この「道徳的・動的密度」と「容積」が増大  づけた上でのことでなければならな、㌔だが,本 すればするほど社会分業は発展するとしている・  稿では,その点に関する詳細な検討を行う余裕が そしてまた,「都市は,かかる道徳的密度が増大  な眺ここでは,以下簡単に,デュルケームの都 する場合にのみ発展し,増加する」という命題を  市論の基本命題を確認するに必要な検討を試み,

打ちたてている・この都市理解や命題について・  それをデュルケーム以外の古典的社会理論におけ それを因果論的にみれば,かつてわが国のデュル  る都市論と関連させることによって,その位置づ ケーム研究が指摘しているように,確かに論理的  けを与えたい。

な困難をそれ自身内包している。だが,やや相対   すでにみたように,デュルケームの社会学に 的ではあるが,その意味を再解釈し,それを再構  は,都市が明瞭に措定されており,都市社会・都 成する観点にたっなら,ワースの都市論が示した 市化等に関する理解がその現実認識において前提 ように,そこから「都市化」概念を引きだすこと  でもあり,またあるべき社会へのいわば形而上学 が可能な内容を,デュルケームの都市理解は内在  的確信においても,都市社会と都市化等の都市研 化させていた,とみてよい。けれども,「生活様  究・地域研究の基本的枠組と範疇が獲得されてい

(9)

帯刀:エミール・デュルケームにおける都市・地域社会研究の理論的基礎      71

た。       ではなく,人びとが果す「職能」によって決定され デュルケーム都市論の基本命題を,結論を先ど  る「職業的組織」の関係である。デュルケームは,

りしていえばそれは,「社会分業による専門分化  そこにおいて機械的画一性と集合的抑圧によらな の造徳商奉認に基づく,有機的連帯社会」ともい  いで・相互に異なる諸機能を担いつつ・「各個人 えるもので,その担い手は,新たな社会層として  の活動が専門化されても社会の諸機能に調和して 台頭しつつあった「専門家」層,つまり新中間層  位置づけられる」自由な個人の結合に基づく社会 であった。彼は,『社会分業論』展開のなかで,  秩序がはじめて可能になったという。個人の異質 終始この命題を追求し,それを獲得しようと努力  性とそれに基づく個人主義・これこそ分業による した。もとより,この基本命題は,デュルヶ一ム  専門分化の道徳的承認に他ならない。それが同質 にとって証明されるべきもので,それによって,  性と集合性に代って「組織社会」を可能にすると 都市の理解や研究の枠組・範疇が,そして都市に  稼は考えた。「われわれの生活の場である諸社会 関する理論が存在するしないという論議は当をえ  を凝集させるために最大の役割を果すのは分業で な㌔㌔r社会分業論』におい備及された,そし あり,これらの社讐造の構成的特徴を決定する て後に「アノミー論」,「社会連帯論」とされる  のもまた分業である」。

彼の理論は,いずれも,そうした都市社会に関す   かかる命題がいかなる意味をもつかは,すでに る彼の命題を反映しており,『社会分業論』の総  明らかである。そこでは,社会分業はもはや人び 体はその意味で,同時にデュルケームの都市論で  との間に「連帯感」を養うのみならず・われわれ あったということができる。すなわち,「アノミ  の「生活の場である諸社会を凝集」させるものと 一論」はいわば都市問題に対するデュルケームの  して,さらには社会構造の「構成的特質を決定」

基本的な問題関心に基づくものであり,「社会連  するものと位置づけられた。すなわち,それは現 帯論」はそのあるべき都市共同社会についての彼  代社会をなかんずく都市社会を「可能ならしめ の理念に裏づけられたものであった。      る」ものであった。この命題は,デュルケームが

『社会分業論』のなかで2つに類型化され,す  「アノミー状態」とした「アノミー的分業や自殺」

ぐ後で再び同一視されていく社会連帯の2様式は  などの結果生起した事態,すなわち現代社会,特 そのことを証明する。社会連帯の2類型とは,「機  に都市社会における社会的諸関係・諸機能の分解 械的連帯」「有機的連帯」という周知の範疇である  という主要な社会問題に対する実証的分析から得 が,デュルケームはそれを次のように説明する。  られたものであった・彼は現代社会・ことに都市

「機械連帯」は,個人の社会的かつ道徳的同質性に  における社会分業,それに基づく諸個人の社会的 よって,より小単位のコミュニティの規律によっ  機能の専門分化を不可避とする構造的特質を一担 て集合意識の統合の下にあるような連帯のあり方  承認し,その上にたって・都市におけるあるべき である。ここでは,個人の生活や意識ないしは行  共同社会の理念を構成しようとした。それが都市 動のすぺてが,コミュニティの規律あるいは意志  新中間層の社会分業による専門分化の道徳的承認 によって支配される。そこでは成員の関係が「家  に基づく有機的連帯の状態であった。デュルケー 族的と呼ぶことのできる諸関係」において結ばれ  ムにおける都市論の中心的テーマは,この基本命 ており,そうした親族の絆,地域主義,聖なるも  題の構成とその検証にあったといわなければなら のが人びとと生活を決定する。         ない。

これに対して,「有機的連帯」は,社会分業に   デュルケームの都市論は・都市問題に対して よってもたらされる。ここでは,諸個人が自から  「アノミー論」を,都市のあるべき共同社会の理 従事する社会活動の特殊によって集団生活を形成  念(これは都市計画・都市政策の目標といっても する。したがって,そこでの社会関係は血縁関係  よい)に対して「有機的連帯論」を,そしてそれ

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72      茨城大学政経学会雑誌  第37号

ら2つの理論を媒介する都市社会それ自身につい  えられる。……分業は,社会の経済的領域のほか ての研究には「社会分業論」をもってして,その  にもあらゆる領域をとらえて専門・専業・および 課題に答えようとしたものである・いうまでもな  人間分割の発達のための基礎を到るところにすえ       疋ュ・こうしたデュルケームの都市論に依拠するだ  るのであるが,ここではそのことを詳しく論証す ッ℃今日の都柵究・地域研究が可能となるの べきではな㌔肌マルクスは,都市を社会分業と ではない・だが・デュルケームの都市論は・少な  資本集中,なかんつくその地域的分業と地域的な

くとも今日の都市研究の主要な視角からほとんど  資本集中のなかで把握していたのであり,主要な 披け落ちている重要な課題(1)社会分業による専  論点は前者にはなく後者を中心に展開されるとし 門分化の問題ω諸個人の社会的機能,つまり職  ても,そこには明らかに都市の現実とそれに関す 能に基づく機能的組織化の問題,さらには,㈲個  る理論的な理解が前提されているとみなければな 人主義およびその道徳的承認といった問題を明か  らない。ただ,都市と社会分業についての検討は に提起しているのである。       『資本論』において資本の集中ほどには体系的に しかもこうした問題は,現在再構成されつつあ  展開されず,引用にみるとおり未決の問題として る古典的社会論における都市論の地平において  残されていると判断せざるをえない。

も,なお十分な形でカバーされていない点であ   マルクスの都市理解におけるこのような残され り,未決の問題として残されている課題である・  た課題をマルクスの社会理論体系に即して解くに 以下その点について言及し・合せてデュルケーム  は,およそ次の2つの検討が必要であろう。1つ 都市論のそこにおける位置づけを与えよう・    は宮本が指摘するように,マルクスの経済学体 E デュルケームの都市理解がそうであったよう  系,なかんつく「経済学批判序説」における経済 に,K°マルクスやM°ウユーバーの都市論とい  学の篇別構成に示されている「三大社会階級」の われるものも・決して都市社会そのものを分析の  対立の前に「都市と農村」という範疇をおき,

対象にすえた都市研究によって獲得されたもので  「これを地域的差別としてあつかい,……国家が

はなかった・      この差別に対応する偵聾面をあきらかにす謂とい

K°マルクスの都市理解は,宮本憲一がいうよ  う方向である。今1つの検討は,マルクスのフラ うに,『資本論』第1巻第23章「資本制的蓄積の  ンス革命史ないしは社会史研究,なかでも『フラ

ハ的法則」において展開されており,宮本はこ  ンスの内乱(The civil war in France)』における れを「靱論の宝庫のような古典である」と指摘 パリ・コミューン研究のなかに彼の都市理解,都 している・また・マルクスの都市理解を知る上で・  市論の具体的展開をみる必要があろう。一般に,

重要な論点は第12章第4節「マニファクチュア内 マルクスのコミューン理解は「所有階級に対する 分業と社会内分業」にあり,マルクスの次の指摘  生産階級の闘争の所産であり,そのもとで労働の

をいかに考えるのかが理解のポイントとされてい  経済的解放を達成し得ぺきついに発見された政治 る・「あらゆる発達した・商品交換によって媒介  形態であった」との結論によってとらえられてい された 分業の基礎は,都市と農村との分離であ  る。けれども「コミューンは,代議体ではなく,

る・社会の全経済史はこの対立の運動に要約され  執行権であって同時に立法権を兼ねた,行動体で るともいえるのであるが・ここではこの点にこれ  あった」というマルクスの分析は,「都市政府」

以上たち入るまい」。さらにマルクスは次のよう  という政治形態に関する研究を含むものであり,

な指摘をその後に展開している・「地域的分業は  それは,今日の都市における政体ないしは都市政 特殊的生産部門を1国の特殊地方に縛りつけるも  策に関する重要な論点を内包するものであった。

のであるが,これは,あらゆる特殊性を利用する   それゆえに,マルクスのパリ・コミューンの マニファクチュア的経営によって新たな刺戟を与  分析は,現在のユーロ・コミュニズムといわれる

(11)

帯 刀:エミール・デュルケームにおける都市・地域社会研究の理論的基礎      73

ような情況とも関連して,かってのレーニン的理  題を補完する意味をもつであろうし,またその今 解(『国家と革命』)に止まらない広範な都市理  日的意味についても,レーニン的解釈にかかわっ 解,都市論への射程をもっていると考えねばなら  て述べたように軽視されてはならないだろう。こ

(25)

ない。「パリ・コミューンは,フランスのあらゆ  うした諸点の検討は,主としてエンゲルスによる る大工業中心地への模範として役だたねばならな  都市問題の調査研究等をも含めて,マルクス都市 かった」。「国民の統一は破壊されるべきではな  論の全体として大巾に再解釈され,再構成されね く,その反対に,コミューン憲法によって組織化  ばならないが,それによって,現代都市研究,地 されるべきであり,……旧い統治的権力の単なる  域共同社会研究の理論的,方法論的基礎の一端を 抑圧諸器官は切断されるぺきではあったが,他方  構築することが可能であり,必要であると思われ において,その正当な諸機能は,……これを社会  る。

の責任をおう機関に反還すべきであった」・この  M・ウェーバーの都市理解は,『経済と社会』

ような使命をもち,「都市の労働者が市民として」  の第2部第9章「支配の社会学」の第8節の「非

「組織化され」た「行動体」であるコミューンは,  正当的支配」において開示されており,それは しかし「先ず最初はほかならぬ国家権力に先行し  「都市の類型学」としてよく知られているが,こ そして後にはそれの地盤となったところの,かの  れもまた近代都市そのものの研究ではなかった。

中世紀のコミューンの再生ととり違えられ」,「い  世良晃志郎も指摘しているように,ウェーバーの までは社会的生産の共同作因となっているところ  都市研究は,その社会学における彼の基本的問題 の,あの諸大国民の統一を,……小国家の連邦に  関心,「近代資本主義が西洋においてのみ成立し  、 解消し去ろうとする試みであるかのように」,ま  たのはなぜであるか」と深くかかわっているので た「過度の中央集権に対する古風な闘争の,誇張  あり,「ウェーバーが決して『都市』を孤立的に された形態ととり違えられた」とマルクスはパリ  とり出して,それを近代化の因子として見ていた

(26)      (28)

・コミューン経験の苦悩を指摘している。そして  のではない」のであった。このことは,さらに尾 彼は,パリ・コミューンが「ただ富裕な資本家の  高邦雄のいうウェーバーの都市論が「西欧中世の みを除いて,パリの中産階級(middloclass)の大  各地に出現した自由なゲマインデとしての都市が 部分一商店主,職人,商人一によってさえ公然と  現代西欧文化の社会学的基盤であるとともに,近 認められた最初の革命であった」という事実,コ  代資本主義の発達に大きく貢献したことを論じ」

(29)

ミューンが「フランス農民階級」,「農村地域」  たものであるとの理解につながなっている・ウェ に対して提示した「恩恵」や対処について述べて  一バーの都市類型がこのような意味をもつのであ いる。もとより,この後者の問題については,  れば,ウェーバーの都市理解の論点は,その類型

「コミューンが発展させるだけの時間をもたなか  論にあるのではなく,中世北欧平民都市の市民層 った」がゆえにパリ・コミューン指導者内部に見  が「商工業による平和的営利に対する関心を,経 解の相違があり,マルクス自身の指摘にもなお多  済的にますます強め,しかも,都市市民の中の下

(27)

様な解釈を可能にする諸点が多く残されている。  層の諸階層が最もそうであった」こと,中世北欧 これはおそらく,理論的には,先にあげた検討  都市の政治状況が「彼らをして経済人たるべき道

(30)

課題の第1の点にもかかわって,さらに『資本  を歩ませた」点にあるとみなければならない。す 論』における都市理解の論点となる第12章の都市  なわち,「古典古代の都市の基礎の上には,近代 市と社会分業,特に地域的分業という未決の問題  資本主義も近代国家も成長しなかった。これに返 に直接由来するものであろう。けれども,それと  して,中世における都市の発展は,なるほど近代 は反対に,マルクスのコミューン研究にみたその  資本主義と近代国家との唯一決定的な前段階では ような都市理解は,『資本論』の未決の理論的課  なかったし,いわんやこの両者の担い手であった

(12)

74       茨城大学政経学会雑誌  第37号

わけではもちろんないが,しかし,やはり,この  ユーヌ」の理論的検討という問題につながってい 両者の成立のための最も決定的な一因子と無視し  る。これらの問題はウェーバーの雇大な社会学体 えない重要性をもっている」というウェーバーの  系を構成する諸範疇,なかでもその「社会学の基 基本的問題関心こそが,中世北欧平民都市を他の  礎概念」によって再検討され,再構成されねばな 諸都市から区別する根拠なのであり,その決定的  らぬ残された課題であり,それはウェーバー自身 重要性を検出するということが都市類型論の意味  によっても,またその後のウェーバー都市論の研

(31)

だった。とすれば,問題の中心は,「救済の確認  究においても未決の問題といわねばならない。ま を得るために,世俗的な欲望や享楽を断ち切り,  たウェーバーの近代「都市」,産業化以降の都市 日常生活の合理的組織的な規律に従って,選ばれ  理解に関連して1890年から開始した「エルペ以東 た職業に専念することを人びとに命じる倫理」と  のドイツ農業労働者の生活事情」等の調査研究か いう,彼の資本主義論の中心命題にか〜わる点に  ら可能な地域社会構造の研究,住民の生活・意識

ある。このような倫理の内面化である「使命とし  構造分析の方法論的,理論的課題を再提起しえよ       (3壌)

ての職業労働への合理的禁欲的な献身のエート  う。

(32)

ス」,つまり,尾高邦雄のいう「生活態度」「生   だが,以上のような,K・マルクスやM・ウェ 活信条」「道徳的性格」の中心的担い手であった  一バー都市論の再構成の試みに関する詳細な検討

「都市市民の中の下層の諸階層」とこの中・小市  は,現在ようやく緒についたばかりであり,その 民層のそのような生活態度を支えた中世北欧平民  可能性についても多くの議論が残されていて速断 都市という社会構造的基盤の解明であった,と理  は許されない。しかし,この段階でも,次の点を

(33)

解しなければならない。ウェーバーの都市論は,  指摘することはできよう。すなわち,これら古典 その主著『プロテスタンティズムの倫理と資本主  的社会理論における都市研究の理論的基礎を個別 義の精神』によって構成した命題にかかわって,  に再構成するだけでは,現在の都市社会研究の困

「中世北欧平民都市」という都市類型とその構造  難性を克服することにはならないように思われ 分析のなかで,その命題の地域社会構造的根拠を  る。マルクスやウェーバーの都市論をそれぞれ再 把握しようとしたのであり,「都市市民の中の下  構成しても,すでに断片的にではあるが指摘して 層の諸階層」の日常生活の合理化と「選ばれた職  おいたように,そこにはなお理論的に未決の問題 業労働」に専念する禁欲的な,献身的な,「生活  が多く残されている。そして,それらとの関連で 態度」という,いわば都市住民の生活構造,意識  いえば,デュルケームの都市論として再構成しう 構造的基礎を分析しようと試みたものに他ならな  る論点は,それらマルクス・ウェーバーの都市論 い。      における課題を相互補完的に埋める内容をもって

けれども,かかる意味をもつウェーバーの都市  いると考えられる。

論においても,なお検討されねばならぬ課題が多   本稿は,こうした観点から,マルクス,ウェー く残されている・それは・先の整理の観点からす バー,デュルケームの都市論の総体的再構成のた れば・中世北欧平民都市の社会構造と中・小市民  めの前提的検討過程として,デュルケームの都市 諸階層の生活態度の関連について・それをウェー  論の可能性とその意味について論及したものであ バーのいう「社会学的因果連関」として,また,  る135)

「理念型」的にいかに考えるかという問題である。

それは,『都市の類型学』に即していえば,「都   註

市の概念と諸範疇」における都市「ゲマインデ」   ωこの点の詳細な検討は,拙稿r鹿島開発と地域住 の団体的性格,なかんずく都市自体の「コルポラ    民」1975(河野健二編『地域社会の変貌と住民意 ッィオーン的性格」,ないしは「誓約によるコミ    識』P.309〜315)参照。

参照

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