0.本稿の意義・目的
現在、日本に在留するベトナム人が急増している。法務省の発表によると、平成29年 末時点で、在留ベトナム人は中国人、韓国人に次いで第3位になっており、約26万人が 在留している。平成24年末時点で約5万人が在留していたことから考えると、この5年 で5倍に膨れ上がっているということだ。在留資格別では「技能実習」が最も多く約 12.3万人、それに次いで、「留学」が約7.2万人となっている。実感としても、ベトナム 人留学生が非常に増えたと感じるのではないだろうか。2011年前後まで日本語学校など の学生は、中国や台湾など漢字圏からの学習者が中心だったこともあり、非漢字圏の学 習者が増え、戸惑いを感じる教師が多いようだ。実際、周りの教師からも、ベトナム人 学習者に対する苦労や、ベトナム人の日本語学習上の課題について声が上がっている。
しかしながら、ベトナム人学習者がベトナムでどのような教育を受けてきたのか、ベ トナムの日本語教育機関ではどのような指導が行われているのかということについては あまり知られていないようである。さらに、ベトナム人学習者が日本語学習をする上で、
どのような躓きがあり、どのように指導するのが効果的なのかに関する研究もまだ発展 途上である。
一方で、ベトナム国内においても、日系企業のベトナム進出や EPA(日越経済連携 協定)などの影響で、日本語教育の需要が高まっている。国際交流基金(2015)による と、2015年時点でベトナム国内の学習者数は約6.5万人で、2012年の約4.6万人より2万 人増加している。さらに、2005年から中等教育において、第一外国語(正規科目)とし ての日本語教育が始まり、2016年からはハノイとホーチミンの初等教育でも日本語教育 が試行的に開始された(国際交流基金(2017)より抜粋)。このように、ベトナムにお いても日本語教育が活発に行われているが、現地日本語教師の成長をどのようにサポー トするかが課題となっている。
そのような中、独立行政法人国際協力機構(JICA)の事業で、毎年数名の日本語教 師が、青年海外協力隊・シニア海外ボランティアとして、ベトナムの高等教育機関を中 心に派遣され活動している。
執筆者もその一人として2014年9月から2017年6月まで約2年9か月、ベトナム中部 の町フエにあるフエ大学外国語大学(以下フエ外国語大学)日本語日本文化学部(以下 日本語学部)にて活動する機会を得た。
ベトナムの大学における現地日本語教師
(1)成長への支援
―日本人ボランティア(以下 NV)(2) の関わり方の一考―
佐 藤 も も
フエ外国語大学日本語学部は2006年創立の比較的歴史の浅い学部で、日本語学部から NV への要請は「学生への直接指導」や「日本語チェック」から、カリキュラム改善な どの「学部運営の補助」、「イベントの企画・運営の補助」、勉強会や新任教師の授業見 学など「教師への支援」まで多岐にわたるものであった。
その中でも「勉強会」は前任 NV が長年続けてきており、現地教師からも実施の要望 が多かったものの、教員不足などの理由から、実施が年々厳しくなってきていた。また、
フエ外国語大学への NV は毎年派遣されるわけではなく、NV 不在でも現地教師が主体 的に行える勉強会の形を模索する必要があったため、活動の中でも特に「勉強会の実施・
運営」に力を注いだ。
そこで、本稿では、フエ外国語大学日本語学部での勉強会に関する活動を報告するこ とで、ベトナムの大学における日本語教育の現状や現地教師の悩みに触れながら、「教 師の成長」という面から、NV が現地教師にどのように関わっていくべきなのかについて、
考察する。
勉強会の他に、「カリキュラム・シラバスの改善」、「シラバスの活用と情報共有に対 する意識向上」、「学生の会話力向上」、「作文指導から得られた誤用の分析」、「現地教師 との協働」、「現地の他事業との連携」についても取り組んだが、このような取り組みに ついては別の機会に報告する。
1.ベトナムの日本語教育の現状 1.1 ベトナムの教育
ベトナムは詰め込み教育中心で、教師が一方的に教科書の内容を伝えるのみという教 師中心の考え方である。ドイモイ開始以降、考える力を養うため、理論に加えて実践も 重視し、児童の主体性を尊重する授業を目指しているが、現在でも多くの教室では伝統 的な授業が行われている (坪井(2012))。
執筆者も学内外で授業見学をする機会を得たが、ベトナムの生徒・学生は暗記が得意 で、暗唱に力を注いでいたり、正しい答えを求めたりする傾向があるようだった。しか し、中には生徒・学生の考えを引き出すような活動を取り入れる教師もおり、現在は教 育観の過渡期であると感じた。
1970年代、2010年前後のベトナムの大学における日本語教育については宮原(2014)
に詳しく記述されている。宮原(2014)は、ベトナムの大学における日本語教育の実状 として、まず学生の会話力の低さを挙げ、その要因として、日本語の授業数の少なさ、
1クラスの学生数の多さ(20数人~40人)、語学教育に向いていない教室を使用してい ることを挙げている。
また、教材に関しては、市販のもので、日本での日本語学習が前提になっているテキ ストであるため、現地の学生に合わないものが多いこと、特に日本語学関連や日本文化 関連の科目の教材がなく、その分野の研究者もいないため、適当な教材が不足していた ことを指摘している。
さらに、教員は大学以外の職が忙しいため、大学の仕事に費やす時間が少ないこと、
そして上下関係が厳しく、集団で討議したり経験を蓄積したりすることがないことを指 摘している。
以上の内容をまとめると、以下のようになる。
(1)ベトナムの教育全般の現状 (坪井(2012))
a) 詰め込み教育が行われている。
b) 教師主導で授業が進められている。
c) 教育内容、指導法の改善を目指している。
(2)ベトナムの大学における日本語教育の問題点 (宮原(2014))
a) 日本語の授業数が少ない。
b) 1クラスの学生数が多い。
c) 語学教育に向かない設備が使用されている。
d) 適当なテキスト・教材が不足している。
e) 教員は大学の仕事に費やす時間が少ない。
f) 上下関係が厳しく、集団での討議や経験の蓄積をあまりしない。
1.2 フエ外国語大学日本語学部の現状
フエ外国語大学は2004年に設立され、英語やフランス語など8学部ある。そして2006 年に日本語日本文化学科(3) が開設され、現在では英語学部に次ぐ学生数を誇る(フォン・
チャー(2015))。
① 教員
日本語学部は創立12年を迎えた比較的歴史が浅い学部で、教師も平均年齢が20代で非 常に若い。その上、修士号・博士号取得(4) のため、ベテラン・中堅教師から日本へ留学 しているため、慢性的な教員不足である。赴任当初学部には20名の教師が在籍していた が、その半数が日本へ留学していたため、実質10名が約600名の学生を教えていた。そ のため、1人の教師が担当するコマ数が20~30コマと非常に多く、1クラスの学生数も 30~50名であった。また、現地教師同士はお互いの授業についてあまり干渉しないため、
他の科目がどのような授業を行っているかほとんど知らないようだった。その上、授業 担当者も毎年変わり、引継ぎがうまくいっていないために、内容や教材を授業のたびに 決めており、授業準備も大きな負担となっていた。そのような状況下でも、教師たちは 良い授業をしたい、自分の教授力を上げたいという意欲に溢れていた。
② 教材
寄贈などのおかげで、テキスト・教材は古いものから新刊まで幅広く揃っていた。宮 原(2014)が指摘しているように、日本で作られた教材は日本で学ぶことを前提として いるため、ベトナムで学ぶ上では理解しにくい例文や場面が多かった。教師たちは例文 や場面を学生の身近なものに変えて、授業を行っていたものの、それにも限界を感じた。
一方で、3年次以降に受講する「語彙論」や「ビジネス日本語」、「異文化理解」などの 専門科目は適当な教材がなく、様々な教材から選びながら、授業に使用していた。その ため、担当教師は毎時間何を教えたらいいのか、どのような教材を使ったらいいのかを 考えることに骨を折っていた。専門科目の中でも「音声学」、「文法学」は前任 NV が作 成したものがあり、それを使用していた。
③ 学生の特徴、学生を取り巻く環境
1クラス40~50名と非常に多いため、1回の授業で発言する機会が極端に少なく、教 師が学生の間違いを訂正する機会もあまりないため、特に会話力・聴解力が非常に弱い と感じた。また、宮原(2014)も指摘しているように、日本語専攻にもかかわらず半年 で8~10時間×15週しか日本語関連の授業がなく、町にもほとんど日本人がいないため、
大学で日本語を学ぶ時間数、日本語に触れる機会、日本人と話す機会が極めて少なかっ た。
④ 勉強会やセミナー
前任 NV は若い教師に対する日本語能力試験対策や、中級・上級のテキストを教えら れるように例文作りなどの勉強会を行ってきた。業務で忙しい中でも現地教師たちは意 欲的に取り組んできたそうだが、授業数が多く、授業準備にも時間がかかるため、自分 の学びの時間を取る余裕がなくなり、次第に実施できなくなったそうだ。その上、教師 の入れ替わりが多いため、以前勉強会で扱った例文作りのノウハウや授業の進め方につ いてあまり引継ぎがなされていなかった。
それとは別に、独立行政法人国際交流基金(以下 JF)が年に1回教授法のセミナー を行っていた。基本的に日本語専門家が様々な教授法を紹介するという形式で、教授法 についての知識は増えていたが、お互いに持っている知識や教え方を共有したり、検討 したりすることまで至っていないように感じた。
⑤ 現地教師の悩み
フエ外国語大学の教師たちは若いこともあり、自分たちには日本語力と教授力が不足 していることを自覚しており、教授力を磨きたいという意欲が強かったが、様々な悩み を抱えていた。特に以下のような悩みが挙がっていた。
(3) a) 活発な授業にしたいが、どのように教えればいいか分からない。
b) 特に会話、聴解、文化関係の授業をどのように教えればいいのか分からない。
c) 文法や作文などの授業で、学生の作った文が良くないことは分かるが、どう 直せばいいか分からない。
d) どんな教材を使ったらいいのか分からない。
e) 時間をかけて授業の準備をしたいが、授業数が多くて、準備が間に合わない。
a)、b)に関しては勉強会やセミナーの成果もあり、新任教師を除いてほとんどの教 師が基本的な教え方について知識を持っていた。しかし、授業が単調になることや学生
の反応があまり良くないこと、そして会話や聴解の授業を行っても、あまり学生の上達 を実感できないことを悩んでいた。そのため、学生への直接指導や授業見学、教材選び の補助に関する要望が多かった。
c)に関してはほぼ全員の教師が悩んでおり、日本語チェックや実際に授業に一緒に 入り、直接直してほしいという要望を受けていた。
d)に関しては特に文化関係の授業で、適当な教材を見つけるのに苦労していた。また、
それ以外の授業に関しても自作教材を作成することにはあまり自信がないようだった。
⑥ 日本語教育機関の運営面での過程
海外での高等日本語教育機関の運営面において以下のような段階があると想定される。
(4) 日本語教育機関の運営面での過程 A 「土台作りの立ち上げ期」
: 日本語教育機関が開設され、招聘された NV が土台作りや現地教師の育成を 行う時期。
B 「現地教師主導への移行期」
: 現地教師の知識や経験が増え、運営面において NV から、現地教師主導へ移
行する時期。
また、現地教師、特にベテラン教師が新任教師育成などを行えるようになる。
C 「成熟期」
: 現地教師が主導し、教育機関としてだけではなく、研究機関としても役割を 果たすようになる時期。
赴任当時、フエ外国語大学日本語学部は創立から10年経ち、学部長をはじめ数名の教 師が日本で修士号または博士号を取得し帰国したところで、「現地教師主導への移行期」
にあったと考えられた。
そこで、以前は NV からの情報発信の場であった勉強会を、現地教師が主導して、教 師たちの経験や知識の共有の場として活用すべきだと考え、2年半かけて、現地教師主 体の勉強会へ移行する取り組みを行った。
2.実践方法、成果とその要因
任期中計5回の勉強会を行った。それぞれについて勉強会の方法と成果を記す。
2.1 第1回 初級の教え方勉強会
学部長、副学部長から初級の教え方について「直接法」を教えてほしいとの要望があっ たため、赴任直後に初級の教え方というテーマで勉強会を行った。現地教師の授業見学 をした際、母語使用が非常に多いと感じていたものの、突然母語を使わない方法を取り 入れることは難しいと考え、ベトナム語使用や教え方に関して討議するという方法を取っ た。また、今後も続くであろう教師の入れ替わりに備え、現地教師が振り返りの必要性
を認識することで、授業内容の情報共有にもつなげようと考えた。
① 時期・時間:2014年12月 全2回(1回2時間)
② 目的
1)初級の授業内でのベトナム語の使用量について検討すること 2)初級の教え方について工夫を共有すること
3)授業の振り返りの必要性を認識すること
③ 実施方法
第1回の前半は NV 主導で授業改善のための振り返りを行った。後半はグループに分 かれ、授業でのベトナム語使用の意義を考え、NV がファシリテーターとなり、日本語 学部ではどのようにベトナム語を使用していくべきなのかについて議論した。
第2回はグループで初級の授業での工夫を共有し、最後に NV から活動集など参考に なる書籍紹介を行った。
④ 教師の反応
NV からの提案や紹介については好感触だったものの、ディスカッションになると、
ベテラン教師の一言で議論が終わる、または誰からも意見が出ない場面があった。参加 した教師からは受け身にならなかったのでよかったというコメントもあったが、2回目 の参加者は半数に減ってしまった。
⑤ 考えられる要因
中堅教師にとっては初級の教え方について自分のやり方があり、その時点ではこのテー マでやる必要性を感じていなかったと考えられる。今後必要性を認識すれば、再び勉強 会を行う必要が十分にあるテーマであったが、当時は現地教師が必要性を認識している 段階ではなかったと言える。
また、宮原(2014)が指摘しているように、ベトナムでは上下関係が厳しく、討議し たり、お互いの情報を交換したりする文化があまりないため、現地教師にとっては意見 を出すことはハードルが高かった可能性がある。
2.2 第2回 テストの作り方勉強会
学期末試験作成期間であったため、学部長と相談し、テスト作成について勉強会を行っ た。授業では、初級、初中級、中級のメインテキストがあるものの、現地教師にとって 問題作成が難しいことや負担が大きいこと(5) などの理由で、学期末試験が熟達度テスト になっていた。そのため、テストの目的、種類や出題方法、注意点に関する知識の共有 を目的に行った。
① 時期・時間:2015年4月 全1回(1時間)
② 目的
1)テストの目的、種類、出題方法、注意点について知識を共有すること
③ 実施方法
前半は、教師自身で気付くように、テストの目的や効果について、KJ 法を使いブレ インストーミングをしながら進めた。
後半は、NV がテストの種類や出題方法について、例を挙げながら紹介した。
④ 教師の反応
勉強会中の反応はよかったものの、直後の学期末試験には反映されなかった。しかし、
ディスカッションについては前回に比べ、意見が出るようになっていた。
⑤ 考えられる要因
現地教師自身がテストを変える必要性を感じていなかったことが大きな要因だったと 考えられる。第1回目同様、テストに対する問題点やテストの作り方を学ぶ必要性を認 識していなかったため、結果に結びつかなかった。
さらに、時間の関係上、実際に問題を作成する活動を行うことができなかった。おそ らく内容が理解できても、実際にどのように作ることなのかイメージできるところまで 繋げられなかったことも、試験に反映されなかった要因の一つだったと言える。
2.3 第3回 読解の教え方勉強会
新任教師が中級の読解を教え始める時期であったこと、そして以前から読解の板書方 法や読解教材の活用法、作文の進め方などについて知りたいという要望があったため、
夏休みを利用して、読解・作文の教え方というテーマで2週間勉強会を行った。
① 時期・時間:2015年7月 全9回(1回3時間)
② 目的
1)読解のストラテジー及びそれに基づいた教え方について知ること 2) 内容を問う効果的な質問、板書の仕方やプリントの作成方法、教材の活
用法について議論すること
3)読解の模擬授業を行い、教え方のノウハウを共有すること 4)作文の授業の進め方について議論すること
5)セミナー参加者が報告をし、全体で情報を共有すること
③ 実施方法
第1回~4回までは、NV がファシリテーターとなり、グループや教師全員で、読解 のストラテジーを前提にした教え方、板書やプリントの作成方法、教材の活用法につい て議論しながら、知識や経験の共有を目指した。第5、6回は学外のセミナーに参加し た教師がセミナー内容について報告した。第7~9回は全教師が20分程度の模擬授業を 行い、その後授業についてお互いにフィードバックし合った。その際、前半は NV が、
後半は学部長がファシリテーターを務めた。その他に、毎回ウォーミングアップとして、
実際の授業でも使えるゲームや脳トレなどを NV が紹介した。
④ 教師の反応
毎回90%以上の出席率だった。勉強会後に行ったアンケートでも現地教師たちの満足 度が高かった。また、ディスカッションも非常に活発に進み、模擬授業についても様々 な意見が出た。さらに、最終回は NV が体調不良のため出席できなかったが、現地教師 だけで勉強会が行われた。
⑤ 考えられる要因
テーマが教師たちのニーズに合っていたこと、実施時期が良かったことが大きかった。
特に夏休みで教師たちに時間的・精神的な余裕もあるため、勉強会の出席だけではなく、
模擬授業の準備もできたようだ。
その上、勉強会以外でも議論をする機会が増え、お互いに意見を言ったり、知ってい る知識・情報について共有したりすることに抵抗がなくなったように感じた。悩みを発 表することは難しいようだったが、学外で得た知識や自信がある内容を共有するという ことであれば、自信を持って発表できていた。
2.4 第4回 語彙論勉強会
2016年2月よりシニアボランティアも派遣され、NV が2名体制になった上に、日本 留学を終えたベテラン教師が帰国し、教師の層が厚くなったため、日本語学部の教育を 改善しようという意識がさらに高くなった。そして、ベテラン教師から、まだ教材がな い語彙論のテキストを自分たちで作りたいという要望が出たため、テキスト作成に向け た準備として勉強会を行った。
① 時期・時間:2016年7月 全4回(2時間半)
② 目的
1)語彙論の基本知識を学ぶこと
2)語彙論のテキストの骨組みを作成すること
③ 実施方法
前半は、語彙論の基礎知識について講義形式で行った。後半は NV がファシリテーター になり、テキストの方針や骨組みを議論した。
④ 教師の反応
どの教師も非常に意欲的に勉強会に参加し、テキストの内容については活発な議論が 行われた。さらに、勉強会後もグループに分かれ、ミーティングを重ねながら、テキス ト作成に取り組んだ。
⑤ 考えられる要因
当時、勉強会以外でも現地教師主体での取り組みがあり、学部全体が自分たちでやっ てみようという雰囲気になっていた。それは NV が教科書作成や語彙論の専門家ではな かったことも一因だと考えられる。その上、テキストを作るという目標があったため、
その準備としての勉強会も非常に意欲的に取り組んでいたのだと言える。
2.5 第5回 誤用勉強会及びセミナー報告会
ベトナム国内で活発にセミナーが行われるようになったり、JF の長期研修を終えた 現地教師が帰国したりしたタイミングに合わせ、セミナーや研修で得たものを共有する ために勉強会を行った。また、執筆者の帰国直前でもあったため、赴任当初からの要望 であった誤用訂正についても扱った。
① 時期・時間:2017年6月 全4回(2時間)
② 目的
1)セミナーや研修での成果を報告し、全体で共有すること 2)学生の誤用に対して、どのように訂正するか検討すること
③ 実施方法
各回の前半には、セミナーや研修に参加した教師が報告を行った。その際、NV は一 参加者として出席した。後半は、NV が準備しておいた誤用について議論を行った。
④ 教師の反応
以前は研修のレジュメをそのまま読むなどしていたが、今回は各教師が報告の仕方を 工夫し、内容が分かりやすいものだった。また、誤用訂正についての議論についても非 常に和やかな雰囲気かつ活発に議論が進み、現地教師の意見に NV が新たな発見をする 場面が多かった。
⑤ 考えられる要因
JF が行ったセミナーでも、日本留学から帰国した教師が研究について発表する機会 が出来て、報告や発表に対する抵抗感もほとんどなくなり、自信を持って発表するよう になっていた。それは様々なセミナーに参加し、知識や経験が増えたことも大きく影響 しているのではないだろうか。また、誤用訂正というテーマは、現地教師が実際に直面 している問題につながるもので、赴任当初から非常にニーズが高いものだった。現地教 師たちにとって、実践しやすいものだったことも影響していると考えられる。
3.考察
5回にわたる勉強会の実施内容及びその結果を、「勉強会を行う上での注意点」、また
「現地教師主導への移行という面での NV と現地教師の変化」、という観点から考察する。
3.1 勉強会を行う上での注意点
勉強会を行う上で、「現地教師のニーズに合っているかどうか」、「議論・討論をする ことに対する抵抗感が強いかどうか」、「現地教師が自信をもって話せる内容であるかど うか」が、勉強会の実施に大きく影響していた。
第1回、第2回共に、実施したテーマについて現地教師が必要性を感じていなかった ため、参加者が減ったり、実際の授業・試験に生かされなかったりした。一方、第3回 以降は現地教師の状況及びニーズと、勉強会の実施内容が合っていたため、現地教師が 満足できたようだ。その結果、実際の授業で実践してみたり、各教師自身で継続して学 ぶようになったりしたと考えられる。
したがって、勉強会を行う上では、現地教師のニーズを汲み取り、タイミングを見極 めて行うことが非常に重要である。
その一方で、現地教師が必要性を感じていないものであっても、勉強会を実施する必 要がある場合もある。つまり、現地教師自身が自分に何が足りないのか、何が必要なの
か、どのような問題があるのかを客観的に分析できていないことも課題である。そのた め、今後は課題の認識を促す取り組みも必要であると考えられる。
「議論・討論に対する抵抗感」という点では、初回は非常に抵抗感が強く、第3回以 降と比べると、はるかに意見が少なく、議論が進まなかった。しかし、回数を重ねる とともに、次第に現地教師たちも慣れ、自由に意見を言うという雰囲気が自然と出来 上がった。
この「議論・討論に対する抵抗感」は特にベトナムでの課題なのかもしれないが、そ の国の文化に合わせながら、現地教師がお互いに良いアイディアを取り入れることで成 長できることを実感し、情報や知識・経験を共有する必要性を感じるように工夫するこ とが必要である。また、議論を進める上で、様子を見ながら、話しやすい雰囲気作りも 大切だろう。それには、現地教師が自信を持って話せる内容であるかどうかも影響する。
したがって、まずは現地教師がどのような知識・経験・能力を持っているのか、その分 野が得意か不得意かにも配慮して進めることが大切だ。
3.2 現地教師主導への移行という観点からのNVと現地教師の変化
赴任当初は現地教師の参加姿勢が受け身であったこともあり、結果として第1回、第 2回は NV が主導して勉強会を行った。しかし、第3回以降はそれぞれの教師が自分の 担当箇所に対して責任を持って遂行し、また議論についても当事者意識を持って参加す るようになったと感じた。自主的に行うというところまでは至らなかったものの、現地 教師が主体的に行う第一歩は踏み出したと言える。
赴任当初は現地教師たちに「私たちはできないから」ということをよく言われていた が、徐々に自分たちでやってみたいという姿勢に変わってきた。ベテラン教師が順次帰 国したことも大きな要因の一つであったが、特にテキスト作成においては、NV が専門 ではなかったため、現地教師と協働で作ったこともプラスに働いたと考えられる。また、
NV は日本語や日本文化、そして日本語教育については専門家なのかもしれないが、そ の国の文化的背景や教育観について十分に理解できているとは限らない。その国に合っ た教育システムを構築していくためには、文化的背景や教育観を理解している現地教師 の力が不可欠である。そう考えると、NV から情報を発信するだけではなく、NV と現 地教師が協働で行ったり、現地教師に任せたりすることも重要である。
4.おわりに
本稿では、フエ外国語大学日本語学部の勉強会を一例に、海外の日本語教育機関にお いて、NV が現地教師にどのように関わっていくべきなのかに関して、実体験を踏まえ て考察を行った。
今回の取り組みの成果は5年後、10年後にならないと表れないが、現地教師たちに変 化の兆しが見られた。今後、NV が不在になっても継続していくのか、どのように発展 していくのかについてはまだ何とも言えないが、この勉強会が実践報告や教育研究発表
の場に繋がることを期待している。
ベトナム国内でも、2016年11月に「ベトナム日本語・日本語教育学会」が認可され、
高等日本語教育機関が教育を行うだけではなく、研究機関としての役割を担っていくと いう段階に入ってきている。
今後もベトナムの日本語教育が発展していくためには、NV の力が必要であるが、
NV がどのように現地教師に関わっていくべきなのか、どのように関われば効率的に組 織が成長していけるのかについて考える上で、本稿が参考になれば幸いである。
謝 辞
本稿作成に際し、資料の提供及び貴重な助言を戴いたフエ大学外国語大学日本語日本文化学部 学部長グエン・ティ・フォン・チャー先生に心より感謝致します。また、適切な助言を戴いた福 岡大学人文学部日本語日本文学科教授江口正先生に感謝の意を表します。
注
(1) 本稿では「現地日本語教師」とは海外の日本語教育機関で日本語教育に携わる、現地出身の教 師を指す。狭義では、ベトナムの大学に勤務するベトナム人日本語教師を指す。また、「現地 教師」も同義で使用する。
(2) 本稿では海外の教育機関で活動する日本人教師又は運営に関わる日本人スタッフを指す。
(3) 2016年に学部に昇格。
(4) 2015年以降は修士号を持っていない教師は教壇に立てなくなるため、以前から順次日本の大学 院へ留学している。
(5) ベトナムの大学では、カンニング対策のため、一つの科目につき数種類の試験を作成し、その 中から大学側が無作為に一種類を選び、出題するという形式を取っていた。したがって、現地 教師たちは数科目担当しているため、試験作成は教師にとって大きな負担になっていた。
参考文献
法務省「【平成29年度末】確定値公表資料」,「平成29年末現在における在留外国人確定値について」
法務省ホームページ (最終閲覧日2018年10月31日)
< http://www.moj.go.jp/content/001256897.pdf >
国際交流基金(2015)『海外の日本語教育の現状 2015年度日本語教育機関調査より』国際交流基 金
国際交流基金(2017)「日本語教育 国・地域別情報 ベトナム(2017年度)」国際交流基金ホーム ページ (最終閲覧日2018年10月31日)
< https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/area/country/2017/vietnam.html > グエン・ティ・フォン・チャー(2015)「ベトナムにおける日本語及び日本文化教育の現状―フ
エ外国語大学を中心として―」『韓国日本文化学会第48回国際学術大会及び第4回韓国日本 研究総連合会』発表資料
・ 坪井未来子(2012)「第29章 教育」,今井昭夫・岩井美佐紀編著『現代ベトナムを知るための60 章【第2版】』,p.174-179 明石書店
・ 宮原彬(2014)『ベトナムの日本語教育―歴史と実践―』本の泉社