* 中央大学法科大学院教授
判例における総有の概念について (2・完)
古 積 健三郎
*Ⅰ は じ め に
Ⅱ 「門中事件」前の主要判例
Ⅲ 「門中事件」と入会団体に関する判例
1 .「門中事件」(最二小判昭和 55・2・8 民集 34 巻 2 号 138 頁,判例時報 961 号 69 頁)
(以上,15 巻 3 号)
2 .平成 6 年判決(最三小判平成 6・5・31 民集 48 巻 4 号 1065 頁)
3 .小 括
Ⅳ 近時の判例
Ⅴ むすび―社団が権利主体となるための要件
(以上,本号)
Ⅲ 「門中事件」と入会団体に関する判例 (承前)
2 .平成 6 年判決 (最三小判平成 6・5・31 民集 48 巻 4 号 1065 頁)
⑴ 事実の概要
愛知県豊田市の
X部落は,古来,山林原野等に入会権を有していたところ,その後,
構成員の範囲等を明確にするため
X₁ 組合を設立し,構成員の資格等に関する規約を制定した。ところが,旧来は入会集団の構成員であった
A₁ が部落から転出したにもかかわらず,その入会地に関する共有名義の登記は抹消されず,A₁ を相続した
A₂ に相続による登記がなされ,A₂ はさらに
Y₁ のために抵当権設定登記をした後に死亡し,A₂ を Y₂Y₃ が相続した。そこで,X₁ 組合の構成員全員一致の決議に基づき,その代表者Bが,
X₁ の名において,Y₂Y₃ に対して係争地がX₁ 組合の構成員全員の総有に属することの確
認を求めるとともに,組合の決議によって登記名義人となることにされた組合員
X₂ が,Y₂Y₃ に対してA₂ の登記上の持分につき移転登記手続を,Y₁ に対しては抵当権設定登記
の抹消登記手続を請求した。第 1 審は
X₁ およびX₂ の請求を認めたが,原審は,入会地の総有権の確認請求は
X₁ 組合の構成員全員でしなければならないとして,X₁ の請求を却下し,さらに,X₂ の原告適格も否定してその請求を却下した。
⑵ 最高裁の判断
最高裁は,X₁ の当事者適格および
Bによる訴訟追行の適法性を容認するとともに,
X₂ の当事者適格も認め,事件を原審に差し戻した。
「入会権は権利者である一定の村落住民の総有に属するものであるが(最高裁昭和 34 年オ第 650 号同 41 年 11 月 25 日第二小法廷判決・民集 20 巻 9 号 1921 頁),村落住民が入会団体を形成し,
それが権利能力のない社団に当たる場合には,当該入会団体は,構成員全員の総有に属する不動 産につき,これを争う者を被告とする総有権確認請求訴訟を追行する原告適格を有するものと解 するのが相当である。けだし,訴訟における当事者適格は,特定の訴訟物について,誰が当事者 として訴訟を追行し,また,誰に対して本案判決をするのが紛争の解決のために必要で有意義で あるかという観点から決せられるべき事柄であるところ,入会権は,村落住民各自が共有におけ るような持分権を有するものではなく,村落において形成されてきた慣習等の規律に服する団体 的色彩の濃い共同所有の権利形態であることに鑑み,入会権の帰属する村落住民が権利能力のな い社団である入会団体を形成している場合には,当該入会団体が当事者として入会権の帰属に関 する訴訟を追行し,本案判決を受けることを認めるのが,このような紛争を複雑化,長期化させ ることなく解決するために適切であるからである」。
「そして,権利能力のない社団である入会団体の代表者が構成員全員の総有に属する不動産に ついて総有権確認請求訴訟を原告の代表者として追行するには,当該入会団体の規約等において 当該不動産を処分するのに必要とされる総会の議決等の手続による授権を要するものと解するの が相当である。けだし,右の総有権確認請求訴訟についてされた確定判決の効力は構成員全員に 対して及ぶものであり,入会団体が敗訴した場合には構成員全員の総有権を失わせる処分をした のと事実上同じ結果をもたらすことになる上,入会団体の代表者の有する代表権の範囲は,団体 ごとに異なり,当然に一切の裁判上又は裁判外の行為に及ぶものとは考えられないからである」。
「権利能力のない社団である入会団体において,規約等に定められた手続により,構成員全員 の総有に属する不動産につきある構成員個人を登記名義人とすることとされた場合には,当該構 成員は,入会団体の代表者でなくても,自己の名で右不動産についての登記手続請求訴訟を追行 する原告適格を有するものと解するのが相当である。けだし,権利能力のない社団である入会団 体において右のような措置を採ることが必要になるのは入会団体の名義をもって登記をすること
ができないためであるが,任期の定めのある代表者を登記名義人として表示し,その交代に伴っ て所有名義を変更するという手続を採ることなく,別途,当該入会団体において適切であるとさ れた構成員を所有者として登記簿上表示する場合であっても,そのような登記が公示の機能を果 たさないとはいえないのであって,右構成員は構成員全員のために登記名義人になることができ るのであり,右のような措置が採られた場合には,右構成員は,入会団体から,登記名義人にな ることを委ねられるとともに登記手続請求訴訟を追行する権限を授与されたものとみるのが当事 者の意思にそうものと解されるからである。このように解したとしても,民訴法が訴訟代理人を 原則として弁護士に限り,信託法 11 条が訴訟行為をさせることを主たる目的とする信託を禁止 している趣旨を潜脱するものということはできない」。
⑶ 若干の分析
本判決は,入会団体
X₁ を「権利能力なき社団」として位置づけているが,もともと入会集団においては,所有権は団体とともに構成員に帰属するとすれば,ここでの確認 請求の対象が構成員への所有権の帰属とされているのは自然である。その意味では,こ の事件での団体は「門中」に近い存在といえる。
「門中事件」において,最高裁は,総有権の確認が団体の構成員に所有権が帰属する 旨の確認であるとしつつ,ただ,一般論として,団体の代表者が訴訟当事者としてその 確認請求をすることも許されるとしていた。これは,代表者による一種の訴訟担当を容 認するものと思われる。多くの学説は,本判決も,「権利能力なき社団」において所有 権は構成員全員に帰属するという前提をとりつつ,団体自体が訴訟当事者としてその確 認請求をすることが許されることを明らかにした点で,団体による訴訟担当を容認した ものと評価している
23)。そのため,本判決以降には,「権利能力なき社団」の当事者適 格は全構成員のための訴訟担当者として肯定されるという見解が,訴訟法学説において 有力化した
24)。
ただし,「門中事件」においては,団体の代表者が訴訟当事者として総有的帰属の確 認請求をするために,構成員全員による授権ないし同意が必要とされたが,本判決は,
団体自体が総有的帰属の確認請求の当事者となるための要件として,構成員による特別
の授権を問題にしていない。そうすると,ここで問題となる訴訟担当は,任意的訴訟担
当ではなく,法定訴訟担当として捉えざるをえない
25)。しかし,法定訴訟担当が成立
するためには,権利者の管理処分権に干渉しうる訴訟担当者の権能が必要となるはずで
あるが,その点について本判決は明確な説明をしていない。あるいは,権利者は訴訟担
当者たる団体の構成員であるから,団体は当然に権利者の管理処分権に介入しうるとい
うのかもしれないが,構成員の人格と団体が切り離される近代的社団においては,団体 に当然にそのような権能が認められるわけではない。学説の中には,法人格のない社団 に訴訟の当事者能力を容認する規定には,権利者たる構成員のために訴訟担当者となり うる趣旨も包含されるとするものがある
26)。しかし,社団の当事者能力に関する規定 をそのように解するくらいなら,端的に社団に権利が帰属することを正面から認めるの が議論としては明快であろう。
もっとも,本件の入会団体
X₁ が近代的な社団とは異なる実在的総合人の形態をとっているのであれば,団体が構成員の人格の結合によって成り立つ点に,構成員の管理処 分権にも干渉しうる根拠を求めることもできる。「入会権は,村落住民各自が共有にお けるような持分権を有するものではなく,村落において形成されてきた慣習等の規律に 服する団体的色彩の濃い共同所有の権利形態である」という本判決の説明は,この点を 意識したものとも思われる。しかし,そうであれば,団体による訴えは単なる訴訟担当 としてではなく,自らの権利に関する訴えとして位置づけるべきではないか。現に,本 判決の調査官解説も,団体の訴えを単なる訴訟担当としては見ていない
27)。ただし,実 在的総合人においては,団体の意思決定・多数決によっても干渉しえない構成員の権利 が問題となる場面があり,入会権の処分はまさにそれに当たるとされている。したがって,
団体の訴えを容認するためには,やはり構成員による授権が必要となるであろう。もっ とも,本判決は,代表者が訴訟追行をするためには,構成員による授権がなければなら ないとしている。その意味で,本判決が代表者による訴訟追行の要件としてあげた授権は,
実質的には団体が訴訟当事者となるための要件に相当するといえそうである。
ところが,根本的問題として,本件の入会団体
X₁ が実在的総合人の形態をなお維持していたかという点がある。というのは,旧来の部落集団
Xが,X₁ を設立したときに,
多数決の原則を採用する規約を制定していたので
28),むしろ,X ないし
X₁ は訴訟係属時には近代的な社団へと変容していたかもしれないからである。仮に近代的な社団にお いては社団自体にのみ所有権が帰属するとすれば,その代表者が団体に所有権が帰属す ることの確認を請求することは,構成員の全員の授権がなくても可能であったかもしれ ない。しかし,本件では代表者による訴えの提起については構成員全員の同意による決 議があったため,X₁ が実在的総合人であるとしても,所有権が
X₁ ないし全構成員に属することについて
X₁ が確認請求の訴えを提起することもできたから,この点は突き詰めなくてもよかったのであろう。むしろ,本件の
X₁ が近代的な社団であるとすれば,X₁ が当事者として確認すべき対象は自らに所有権が属することになるのが筋ともいえ,
X₁ の請求はそれに相応しないという問題が生ずる恐れもある。もちろん,判例がこの
ような立場をとって
X₁ の請求を退けるようなことは,「門中」事件において裁判所が示した請求の立て方を自らが否定することになりかねいため,本判決があくまで所有権が 全構成員に帰属するという前提を維持したのは当然かもしれない。
いずれにしても,本判決は,「権利能力なき社団」においては所有権が全構成員に属 するという前提をとってはいるものの,ここでの団体は入会団体であったことには注意 しなければならない。すなわち,本判決が,近代的な社団においても,あくまで所有権 は団体ではなく,全構成員に属することを強調したものとは考えにくい。というのは,
X₁ が多数決の原則を採用し近代的な社団の形態をとっていることは指摘しつつも,そ
の結論を導く理由づけにおいて入会集団の特性に依拠しているからである。
3 .小 括
以上のように,「門中事件」もその後の入会団体に関する判例も,基本的には,総有 概念が適合する実在的総合人の形態をとる団体に関するものであり,そこでは所有権が 全構成員に帰属するという判断が適切であるとしても,これが近代的な社団の財産帰属 形態にそのまま当てはまるわけではない。それゆえ,この二つの判例が,総有概念を用 いつつも実質的には団体の単独所有を容認してきた,従前の判例を修正することにはな らない。
むしろ,「門中事件」の後に,下級審では,所有権が社団自体に属することの確認請 求を認めた裁判例もある。すなわち,関東大震災後に住宅復興のために東京都が建築し たアパートの居住者集団が団体
Xを組織していたところ,その後,各居住者は
Y(東京都)よりアパートの所有権をそれぞれ譲り受けるとともに,X はアパートのための水道ポン プ小屋の敷地を
Yから譲り受けた。ところが,Y が当該敷地の所有権移転登記をしなか ったため,X が,Y に対して,代表者名義の所有権移転登記手続を請求するとともに,
所有権が
Xに属することの確認を請求したところ,裁判所はこれを認容した
29)。これ はまさに,近代的な社団においては,所有権が団体に帰属するとともに登記請求権も団 体に属する,という考え方に相応するものである。
ところで,平成 6 年判決は,登記名義を団体の代表者ではなく,単なる構成員の一人 にすることもできるとして,構成員による登記手続請求の訴えを容認する要件として,
団体の規約による手続・決議を要求した。これは,登記請求権自体は全構成員に帰属す
ることを前提に,その授権に基づく一構成員の訴訟担当を容認したものと捉えられてい
る
30)。したがって,これは,代表者個人の名義の登記が容認されるケースにおいて昭
和 47 年判決がとった立場とは明らかに異なる。同判決は,信託的所有により代表者自 身が登記請求権を有するという見地からその当事者適格を容認していたからである。そ のため,昭和 47 年判決と平成 6 年判決との相互関係が議論されているが
31),構成員に よる具体的な授権のない場合において代表者が信託的に所有するという構成には疑問が あり,昭和 47 年判決の構成自体に問題があったものといえよう
32)。それゆえ,所有権 ないし登記請求権は登記名義人となるべき者に帰属するという立場は,平成 6 年判決に よって修正されたというべきである
33)。
実在的総合人としての入会集団においては,所有権は全構成員に帰属する以上,これ に対応した登記請求権も全構成員に帰属することになる。それゆえ,名義人に指定され た者が全構成員に代わって登記請求権を行使するためには,それに対応した授権がなけ ればならない。これに対して,近代的な社団においては,所有権が社団自体に帰属する とすれば,登記請求権も社団自体に属することになる。そのように解すると,登記手続 請求の訴えについては,代表者というより,むしろ団体自体が当事者適格を有すること になるだろう。この場合,団体が当事者となる点について構成員からの授権は不要であ り,また,代表者の訴訟追行が代表権の範囲にある限り,これについても特別の授権は 不要となる。実際に,近時になってそのような結論をとる判例も現れている。そこで,
最後に近時現れた判例を検討することにしよう。
Ⅳ 近時の判例
1 .平成 22 年判決 (最三小判平成 22・6・29 民集 64 巻 4 号 1235 頁)
⑴ 事実の概要
X は,
Aに対する金銭債権を譲り受けたとして,金銭の支払いを請求する訴えを提起し,
仮執行宣言付きの勝訴判決を受けた。そこで,X は,さらに
Aに属する財産に対して強 制執行をするべく,Y が登記名義人となっている不動産に関して,Y が民事執行法 23 条 3 項所定の「請求の目的物を所持する者」に準ずる者であると主張し,上記債務名義 につき,Y を債務者として当該不動産を執行対象財産とする同法 27 条 2 項の執行文の 付与を求める訴えを提起した。
原審は,A が「権利能力なき社団」であることを前提にしつつ,社団を債務者とする
金銭債権を表示した債務名義を有する債権者が,社団の構成員全員に総有的に帰属する
不動産に対して強制執行をしようとする場合において,社団の代表者がその登記名義人 とされているときは,民事執行法 23 条 3 項の規定を拡張解釈して,債権者は,債務名 義につき,代表者を債務者として当該不動産を執行対象財産とする執行文の付与を求め ることができるが,本件の不動産の登記名義人である
Yは
Aの構成員でもその代表者 でもないから,X の請求は認められないとした。そこで,X が上告の受理を申し立てた。
⑵ 最高裁の判断
最高裁は結論として上告を棄却したものの,その理由において次のように述べた。
「権利能力のない社団を債務者とする金銭債権を表示した債務名義を有する債権者が,構成員 の総有不動産に対して強制執行をしようとする場合において,上記不動産につき,当該社団のた めに第三者がその登記名義人とされているときは,上記債権者は,強制執行の申立書に,当該社 団を債務者とする執行文の付された上記債務名義の正本のほか,上記不動産が当該社団の構成員 全員の総有に属することを確認する旨の上記債権者と当該社団及び上記登記名義人との間の確定 判決その他これに準ずる文書を添付して,当該社団を債務者とする強制執行の申立てをすべきも のと解するのが相当であって,法 23 条 3 項の規定を拡張解釈して,上記債務名義につき,上記 登記名義人を債務者として上記不動産を執行対象財産とする法 27 条 2 項の執行文の付与を求め ることはできないというべきである。その理由は,次のとおりである」。
「権利能力のない社団の構成員の総有不動産については,当該社団が登記名義人となることは できないから(最高裁昭和 45 年オ第 232 号同 47 年 6 月 2 日第二小法廷判決・民集 26 巻 5 号 957 頁参照),権利能力のない社団を債務者とする金銭債権を表示した債務名義を有する債権者が,
構成員の総有不動産に対して強制執行をしようとする場合,債務名義上の債務者と強制執行の対 象とする上記不動産の登記名義人とが一致することはない。そうであるにもかかわらず,債務名 義上の債務者の所有財産につき,当該債務者をその登記名義人とすることができる通常の不動産 に対する強制執行と全く同様の執行手続を執るべきものと解したならば,上記債権者が権利能力 のない社団に対して有する権利の実現を法が拒否するに等しく,かかる解釈を採ることは相当で ない。上記の場合において,構成員の総有不動産につき,当該社団のために第三者がその登記名 義人とされているときは,登記記録の表題部に債務名義上の債務者以外の者が所有者として記録 されている不動産に対する強制執行をする場合に準じて,上記債権者は,上記不動産が当該社団 の構成員全員の総有に属することを確認する旨の上記債権者と当該社団及び上記登記名義人との 間の確定判決その他これに準ずる文書を添付して,当該社団を債務者とする強制執行の申立てを することができると解するのが相当である(民事執行規則 23 条 1 号参照)。
これに対し,法 23 条 3 項の規定は,特定物の引渡請求権等についての強制執行の場合を予定
しているものであるし,法 27 条 2 項に規定する執行文付与の手続及び執行文付与の訴えにおいて,
強制執行の対象となる財産が債務名義上の債務者に帰属するか否かを審理することも予定されて いないことからすると,法 23 条 3 項の規定を金銭債権についての強制執行の場合にまで拡張解 釈することは許されないものというべきである」。
⑶ 若干の分析
この事案における争点は,「権利能力なき社団」に属する不動産については,その権 利関係が登記に正確に反映されないために,強制執行をしようとする債権者がいかなる 手だてをとることができるのか,というものである。ここでも,本判決は,あくまで財 産は全構成員に総有的に帰属するという命題を維持して議論を展開している。しかしな がら,そもそも構成員に総有的に帰属する財産に対する強制執行の前提として,債権者 の有する債権が誰に対するものか,換言すれば債務は誰に帰属するのかが問題となると ころ,本判決は,かかる債務が社団の全構成員に総有的に帰属するとは考えず,むしろ 債務が社団自体に属するということを当然の前提にしているようである
34)。
すなわち,判例は,少なくとも債務に関しては「権利能力なき社団」がその帰属主体 であることを暗に容認しているのである。それにもかかわらず,所有権に限って「権利 能力なき社団」がその帰属主体となりえないという理由はあるのだろうか
35)。法人法 定主義を理由として所有権の社団への帰属を否定するのであれば,債務についても同じ 結論をとらないと一貫性がないだろう。その意味で,本判決は,「権利能力なき社団」
が権利帰属主体になりうることを暗に容認する方向に動いている,としかいいようがな い
36)。
2 .平成 23 年判決 (最三小判平成 23・2・15 判例時報 2110 号 40 頁)
⑴ 事実の概要
X は,建物区分所有法の適用を受けるマンションの管理組合である。その管理規約に
よれば,区分所有者本人またはその専有部分の占有者が,共用部分に看板を設置し,あ
るいは共用部分に改造,造作等の変更工事を行おうとするときは,理事会および総会の
承認を得なければならない,とされていた。そして,仮に承認が得られた場合でも,当
該区分所有者は,X に承諾料を支払い,当該改造工事等が 1 階出入口を変更する工事で
ある場合には,X に出入口使用料を支払うものとされていた。また,区分所有者が
Xの
承諾を得ることなく共用部分に改造工事等を行ったときは,当該区分所有者は,X に違
約金を支払い,自らの費用で速やかに工事部分を原状に復しなければならない,とされ ていた。さらに,区分所有者らがこの規約に違反したときまたは共用部分等において不 法行為を行ったときは,X の理事長は,理事会の決議を経て,原状回復のために必要な 措置等の請求に関し,X を代表して,訴訟その他の法的措置を追行することができる,
とされていた。
X は,Y らがマンションの 1 階出入口を含む共用部分につき,X の承諾を得ることな く改造工事等を行ったなどと主張して,当該共用部分についての原状回復,規約違反に よる違約金の支払いまたは不法行為による損害賠償等を
Yらに請求し,さらに,Y₁ が
Xとの間で締結した,マンションの共用部分に看板等を設置してこれを使用することを 内容とする契約の終了後も,Y らは権原なくその使用を継続していると主張して,Y ら に使用料相当の損害金の支払いも請求した。第 1 審は,X の請求を一部認容したが,原 審は,共用部分は区分所有者らによって共有され,損害賠償請求権等も区分所有者らに 帰属するから,原告となるべきは区分所有者らであり,X ではなく,X が区分所有者ら のため訴訟担当をするためには,授権の要件が充たされなければならないが,本件では それが欠けているとして,訴えを却下した。そこで,X が上告の受理を申し立てた。
⑵ 最高裁の判断
最高裁は,次のように述べて原判決を破棄し,事件を原審に差し戻した。
「給付の訴えにおいては,自らがその給付を請求する権利を有すると主張する者に原告適格が あるというべきである。本件各請求は,上告人が,被上告人らに対し,上告人自らが本件各請求 に係る工作物の撤去又は金員の支払を求める権利を有すると主張して,その給付を求めるもので あり,上告人が,本件各請求に係る訴えについて,原告適格を有することは明らかである」。
「以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨 はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本件各請求の全て につき,上告人の代表者が本件訴訟を追行する権限を有するか否かを含め,更に審理を尽くさせ るため,本件を原審に差し戻すこととする」。
⑶ 若干の分析
本判決は,あくまで原審の却下判決を破棄したにすぎず,何ら実体的判断をしていな
い。また,その理由として,給付訴訟の原告適格に関する一般的見解
37)を述べるにす
ぎない。しかし,「門中事件」において,所有権および不当利得返還請求権が「権利能
力なき社団」には帰属せず,あくまで構成員に帰属するという理由から,「門中」の請
求を棄却したことを一貫させるならば,本件でも,そもそも「権利能力なき社団」であ る管理組合には一切権利が帰属しないことになる。それゆえ,たとえ当事者適格を容認 して原判決を破棄したとしても,管理組合による請求は,結局は棄却されることになり かねない
38)。それにもかかわらず,最高裁が破棄差戻しの判決を下したのは,「権利能 力なき社団」にはおよそ権利が帰属しないという「門中事件」の判例と一線を画するこ とにならないだろうか
39)。むしろ,本判決は,「権利能力なき社団」に権利が帰属しう ることを容認するのではないか
40)。
確かに,この事案において
Xの主張する請求権のうち,区分所有者らの共有の対象 となる共用部分の原状回復請求権や損害賠償請求権は,本来的には各共有者に属する権 利といえ,これについての
Xの請求は棄却されるかもしれない。しかし,規約違反に よる違約金支払請求権は,団体の規範である規約によって創設されるものであり,各区 分所有者というより,むしろ
Xに属すべき請求権といえそうである
41)。そのため,最 高裁は,法人化していない管理組合自体にも権利が帰属しうる可能性を容認しつつ,具 体的にいかなる権利が
Xに帰属するのかを審理させるために,事件を原審に差し戻し たのではないだろうか。
訴訟法学説では,規約に基づく請求権も区分所有者の利益を保護する目的を有する点 を根拠として,これも管理組合に属するのではなく,あくまで構成員である区分所有者 全員に属するという見解がある
42)。この見解は,従前の判例が「権利能力なき社団」
には権利が帰属しないという立場にあった以上,本判決を管理組合に権利が帰属しうる という立場をとったものと捉えると,それは大法廷を開くことなく従前の判例を変更し たことになるから,そのように本判決を過大に評価すべきではないという
43)。しかし,
そこでいう判例とは,すでに検討した昭和 47 年判決,「門中事件」および平成 6 年判決 である。昭和 47 年判決は,その総有的帰属という命題とは裏腹に,全構成員とは異な る社団自体に所有権が帰属すると見なければ実質的に正当化しえない結論を容認してい ることは,すでに見たとおりである。また,「門中事件」や平成 6 年判決においては,
構成員の人格が結びついて成り立つ前近代的な団体の財産帰属形態が問題となっており,
ここでの判例の論理を構成員の人格から切り離された近代的な団体にも及ぼすことは適 切ではない。それゆえ,許されざる判例変更という観点から本判決を分析することも説 得的ではない。社団の当事者適格を訴訟担当として基礎づけようとする学説は,概して,
「門中事件」を盾にして社団の権利主体性を否定しようとするが
44),筆者には特殊事例 を一般化した議論にしか映らない。
もちろん,法人格のない管理組合にどのような権利が帰属するのかは,その権利を基
礎づける意思決定の内容,規約によって決定される。規約に基づく権利も全区分所有者 に属するという場合もありうるが,管理組合に属するのか,区分所有者に属するのかは,
究極的には規約の趣旨,その解釈によって決定される。本判決は,そのようなことも考 慮して,裁判で主張された権利のいずれが管理組合に属するといえるのかを審理させる ために,事件を原審に差し戻したというべきではないのか。本判決よりも前に,最高裁 は,区分所有者の一人が法人格のない管理組合に対して共用部分に設置された設備の撤 去を訴求した事案において,管理組合の被告適格を容認しつつ,管理組合はかかる撤去 義務を負わないという判断を下していた
45)。これは,一般的には法人格のない団体に 権利・義務が帰属しうることを前提にして,当該事案で主張された義務を管理組合は負 わないと判断したものといえよう。
3 .平成 26 年判決 (最一小判平成 26・2・27 民集 68 巻 2 号 192 頁)
⑴ 事実の概要
江戸時代以来の火消しの団体であった「よ組」は,明治時代以降にその活動拠点とし て盛岡市内に土地建物を利用してきたところ,「よ組」の後身である消防団
Xは,当該 土地建物の登記名義がかつての構成員の共有名義のままになっていたため,登記名義を 現在の代表者
Aの名義に変更しようとしていた。ところが,共有名義人の一人である
Bの地位を相続によって承継した
Yがこれに応じようとしなかったため,X は,Y に対 して,「委任の終了」を原因とする「
X代表者
A」への持分権移転登記手続を求める訴 えを提起した。第 1 審は,X を「権利能力なき社団」と認定して,X が建物を所有する ことを認めたが,土地は
Xによって所有されていないとして,建物についての請求だ けを認容した。原審は,X が土地および建物の双方を所有しているとして,双方の登記 手続請求を認容した。その内容は,Y に対し
Xの代表者
Aへの持分権移転登記手続を 命ずるものであった。これに対して,Y は,上告受理を申し立て,「権利能力なき社団」
の構成員に総有的に帰属する不動産については,代表者が訴えの当事者適格を有し,社 団自体には当事者適格がないと主張した。
⑵ 最高裁の判断
最高裁は,以下のように述べて上告を棄却した。その際,原審の判決主文は,A の個 人名義に持分移転登記手続をすることを命ずる趣旨のものと解すべきとした。
「訴訟における当事者適格は,特定の訴訟物について,誰が当事者として訴訟を追行し,また,
誰に対して本案判決をするのが紛争の解決のために必要で有意義であるかという観点から決せら れるべき事柄である。そして,実体的には権利能力のない社団の構成員全員に総有的に帰属する 不動産については,実質的には当該社団が有しているとみるのが事の実態に即していることに鑑 みると,当該社団が当事者として当該不動産の登記に関する訴訟を追行し,本案判決を受けるこ とを認めるのが,簡明であり,かつ,関係者の意識にも合致していると考えられる。また,権利 能力のない社団の構成員全員に総有的に帰属する不動産については,当該社団の代表者が自己の 個人名義に所有権移転登記手続をすることを求める訴訟を提起することが認められているが(最 高裁昭和 45 年オ第 232 号同 47 年 6 月 2 日第二小法廷判決・民集 26 巻 5 号 957 頁参照),このよ うな訴訟が許容されるからといって,当該社団自身が原告となって訴訟を追行することを認める 実益がないとはいえない。
そうすると,権利能力のない社団は,構成員全員に総有的に帰属する不動産について,その所 有権の登記名義人に対し,当該社団の代表者の個人名義に所有権移転登記手続をすることを求め る訴訟の原告適格を有すると解するのが相当である。そして,その訴訟の判決の効力は,構成員 全員に及ぶものと解されるから,当該判決の確定後,上記代表者が,当該判決により自己の個人 名義への所有権移転登記の申請をすることができることは明らかである。なお,この申請に当た って上記代表者が執行文の付与を受ける必要はないというべきである」。
⑶ 若干の分析
昭和 47 年判決は,「権利能力なき社団」の代表者が訴訟当事者として自己の有する登 記請求権を行使することを容認していたのに対し,本判決は,それに加えて,「権利能 力なき社団」自体が訴訟当事者となって登記手続請求の訴えを提起することを認めた。
その理由としては,目的不動産が,構成員全員に総有的に帰属するとはいうものの,実 質的には社団自体に帰属している,と見ることが事の実態に合致していること等があげ られている。
本判決については,所有権は全構成員に帰属し,登記請求権も全構成員に帰属すると ころ,社団は全構成員のために登記請求権の行使という給付訴訟を訴訟担当者として提 起しうるとした,と見る向きもある
46)。確かに,社団が当事者となった訴訟の判決の 効力が全構成員に及ぶとしている点からは,そのように考えるのが一応は素直であろう。
しかし,訴訟担当というならば,任意的訴訟担当,法定訴訟担当のぞれぞれの要件を吟
味しなければならないが,まず,任意的訴訟担当における授権という要件が本件におい
て充足されているとはいい難い。すべての権利者の授権がそこでは必要であり,構成員
全員がかかる訴えの提起に対して同意していなければならないからである
47)。他方で,
法定訴訟担当の要件が充足されるともいい難い。法定訴訟担当が認められるには,担当 者が本来の権利者の管理処分権に干渉しうる権能を有しなければならないが,すでに述 べたように
(Ⅲ 2 ⑶参照),近代的な社団においては,構成員の人格が社団から独立した ものであることを考慮すれば,社団が構成員の権利に当然に干渉する権能を有するとは いえないからである。
筆者は,本判決にいたっては,所有権は構成員ではなく団体自体に帰属し,登記名義 人として指定された者に名義を変更する登記請求権も団体に帰属するからこそ,団体が 当事者としてかかる登記手続請求の訴えを提起しうることが暗に容認されていると考え る。そして,代表者による訴えの提起,訴訟追行は,当該団体においてそれが代表権の 範囲に属するものとされている限り,特別の授権なくして容認されるものといえる。そ の理由は,次の通りである。
訴訟担当の構成をとる場合,団体が構成員の権利について訴訟担当の資格を有するこ との基礎づけとともに,団体が当事者となった訴訟の判決に基づいて当然に代表者が自 己名義への登記を申請することができるかが問題となる。というのは,この構成では,
判決によって登記請求権を認められたのは全構成員であり,本来,登記申請は全構成員 によってなされるのが筋だからである。ところが,本判決は,代表者が当然に執行文の 付与なしに登記申請をすることができるという。この点については,登記手続請求の訴 えによる執行は判決による意思表示の擬制によって実現されるから,その後の登記申請 は,本来の執行とは異なるため,執行文が要求される局面ではないと説明されてい る
48)。しかし,そのことが当然に代表者による登記申請を正当化するわけではない
49)。 むしろ,登記請求権は団体自体に帰属しており,それについて団体が当事者となって訴 えを提起し代表者が訴訟を追行したからこそ,勝訴した団体は代表者を通じて登記申請 を行うことができるのではないか
50)。その意味で,本判決は,「訴訟の判決の効力は,
構成員全員に及ぶものと解されるから,当該判決の確定後,上記代表者が,当該判決に より自己の個人名義への所有権移転登記の申請をすることができることは明らかである」
というが,これは,むしろ,団体が自己に属する登記請求権について訴えを提起しその
判決の効力が権利主体としての団体に及ぶために,その代表者は団体を代表して当然に
登記申請をすることができるというのを認めるに等しい。本判決が「実体的には権利能
力のない社団の構成員全員に総有的に帰属する不動産については,実質的には当該社団
が有しているとみるのが事の実態に即している」と述べている点からも,団体に登記請
求権が帰属するからこそ,権利帰属主である団体が当事者となり,その代表者が訴訟を
追行する権限を有すると見るのが自然である。
なお,本判決は,昭和 47 年判決が認めた代表者自身が当事者となる登記手続請求訴 訟を否定することなく,これと並んで団体が当事者となる訴訟を容認することに実益が ないわけではないと述べるにとどまっている。しかし,団体が当事者となる登記手続請 求の訴えを容認したことは,前述のように,登記請求権が団体に帰属するという立場に つながる点で,究極的には,代表者が当事者となる訴訟の存在意義を否定することにも なるだろう。もともと,昭和 47 年判決は,登記手続請求の訴えの可否は,誰が登記請 求権を有するのかという本案の問題であるとしており,代表者に登記請求権が帰属する という理由からその訴えを容認していたのである。かかる観点からは,本判決において は,登記請求権は団体に帰属するからこそその訴えが容認されたと考えるのが,昭和 47 年判決の基本的前提にも相応する
51)。そして,団体に登記請求権が帰属するならば,
もはや代表者には何ら権利は帰属せず,代表者自身が当事者となる訴えを正当化する根 拠もなくなるだろう。
4 .小 括
「門中事件」をきっかけにして,訴訟法学説では,「権利能力なき社団」の当事者適格 を構成員のための訴訟担当として基礎づける見解が有力となったが,「門中事件」では,
団体と構成員の人格が重なり合う前近代的な団体が問題となっていた点に注意しなけれ ばならない。構成員の人格から切り離された近代的社団の財産帰属形態は,これとはは っきり区別しなければならない。社団は,財産を単独で所有しうるために,その財産に 関する訴訟の当事者適格を有するのである。それゆえ,社団の受けた判決の既判力がこ れと切り離された各構成員に及ぶことにはならない
52)。
ところが,近時では,社団の当事者適格の基礎をその固有の地位・利益に求める学説 も,社団の受けた判決の効力を各構成員にも及ぼすために,様々な構成を提示してい る
53)。これらは,構成員への効力を容認しなければ,同一の訴訟物について構成員が 再度訴えを提起する余地が生じるため,紛争の解決のためには社団の受けた判決の効力 は構成員にも及ぶ必要があると考えるようである
54)。実際に,平成 26 年判決の調査官 解説も,このような問題意識の下に,社団と構成員とが不即不離の関係にあるとして,
社団の受けた判決の効力は構成員にも及ぶと解している
55)。
しかし,このような議論は,近代的社団において,団体と構成員個人の人格が切り離
されていることを十分認識していない現れである
56)。社団に権利義務が帰属するとす
れば,これをめぐる訴訟については社団のみが当事者適格を有するのであり,これと並
んで個人としての構成員が当事者適格を有することにはならない。それゆえ,社団に対 する判決が確定すれば,その効力が個人としての構成員には及ばないとしても,構成員 が同一の法律関係について訴えを提起することなどできないはずである。すなわち,こ こで判決の効力の拡張を論ずる実益など現実には存在しない
57)。
それにもかかわらず,社団の当事者適格の根拠をその固有の利益に求める見解が上記 のような議論をするのは,あくまで権利は「権利能力なき社団」には帰属せず,全構成 員に総有的に帰属するという前提をとるからである。しかし,たとえ社団に法人格がな くても,私人間の法律関係においては,社団に権利が帰属する前提で取引をした者や,
法人格の欠如を主張する正当な利益を持たない者との関係では,社団の権利主体性を認 めることは十分に可能である。法定の手続を経た団体に広く法人格を認める現行法にお いて,法人法定主義の趣旨は,私人間の法律関係において団体を権利主体とすることを 殊更に制限するものではなく,法人設立の手続によってその組織の概要を登記させ,対 外的に権利主体としての団体の存在を公示し,団体と取引をしようとする者の安全を図 る点にあるというべきではないか。そうであれば,第三者が法人化していない団体の存 在を認識しつつこれを権利主体とする取引をした場合には,団体を主体とする権利・義 務関係の成立は否定されないだろう。これを認めたからといって,第三者の取引の安全 が害されることはなく,法人法定主義が形骸化されることもない。社団を権利主体とし て扱うのは,法人格の欠如を主張する正当な利益を持たない者との法律関係に限られ,
社団名義の不動産登記を認めるわけでもないからである。したがって,民事訴訟法 29 条は,かくして社団の権利主体性が容認される局面において,社団自体が訴訟当事者と なることを認めた規定として位置づけるべきである。
Ⅴ むすび― 社団が権利主体となるための要件
1 .法人設立の手続をとらず設立の登記を経ていない社団には,確かに,公法的な関 係においては権利主体の資格が認められない。それゆえ,構成員が社団を独立した権利 主体として設立する意思決定をしても,これを不動産登記に反映することはできない。
しかし,法人法定主義の下でも,私人間の法律関係においては社団の権利主体性を認め
ることはできる。まず,社団の構成員の間では,その意思決定により社団に供された不
動産は社団によって所有され,登記請求権も社団に帰属するとしても,何ら問題は生じ
ない。また,目的不動産に全く権利を有さない第三者も,社団自体に所有権,登記請求
権が存在することを否定する正当な利益を有さない。それゆえ,かかる第三者は社団の 法人格の欠如を主張することはできず,社団はかかる第三者に対しては自らに所有権,
登記請求権が存在することを主張することができよう。平成 26 年判決で問題になった 登記手続請求の相手方は,まさにそのような立場の者であった。
もっとも,第三者が社団に属する不動産を登記名義人の所有物と信じて取引に入った 場合には,その第三者に対する社団の権利主張は制限されると解すべきである。たとえ ば,ある不動産の所有者がこれを社団に譲渡する契約を結んだが,社団名義の登記がな されない結果,第三者がこれを二重に譲り受けてしまった場合には,民法 177 条により 社団は所有権の取得を第三者に対抗しえないというべきである
58)。また,第三者が社 団の代表者の個人名義の登記を信頼して不動産を代表者から譲り受ける契約を結んだ場 合には,代表者自身が無権利者であるとしても,民法 94 条 2 項の類推適用により,社 団は所有権を第三者に主張しえないと解すべきである。法定の手続をとれば広く法人化 が許される現行法においては,本来,法人の設立により団体名義の登記を確保すること ができる以上,登記の不備によるリスクは法人設立手続をとらなかった社団ないしその 構成員に負わせるべきであるからである
59)。逆にいえば,法人化していない団体には このような不利益があるからこそ,法人法定主義の趣旨も形骸化することにはならない。
しかし,第三者が社団を所有者として認めたうえで取引関係に入った場合には,その第 三者との関係で社団が所有権の帰属主体であることを否定する理由はなく,むしろ肯定 することが第三者の意思決定にも相応する。さらに,社団を取引主体として契約を締結 した第三者との関係でも,その第三者が社団に債権・債務が帰属するという意思決定を している以上,その意思内容通りの効果を否定する理由はない。むしろ,これを否定す ることは第三者にとって不測の事態となる。
2 .ドイツにおいては,民法上の組合自体が権利義務を有するものとして対外的な取 引に入った場合には,かかる組合が権利義務の帰属主体となる,という連邦通常裁判所
(BGH)
の判例が現れ
60),その後,かかる判例の考え方は「権利能力なき社団」にも基 本的に拡張されている
61)。その結果,「権利能力なき社団」には被告としての当事者能 力しか認めなかった民事訴訟法
(ZPO)旧 50 条 2 項が改正され
62),現在の規定は,か かる社団に一般的な当事者能力を容認するものとなった。すなわち,今日のドイツでは,
法人格を持たない組合,社団も権利主体となりうることが実務上容認されているといっ
てよい。もちろん,上記の判例に対しては法律に反した判例による法形成であるとの批
判もあった
63)。また,法人格のない組合の存在は登記に現れていない以上,その組合
名義の不動産登記を具備することには困難が伴うが,かかる組合自体の登記能力を容認
しなければ,組合が権利主体,とりわけ土地所有権の帰属主体となりうるという命題自 体が一貫しないとも評された
64)。この問題に関しては,上記の判例の後に土地登記法
(GBO)
も改正され,同法 47 条 2 項は,組合財産の登記の方法を明確に定めることにな ったが
65),そこでは,単なる組合名義の登記は容認されず,全組合員の名も連ねる方 法での登記しか容認されていない。そして,近時,「権利能力なき社団」に属する不動 産についても同じ登記方法をとるべきという判例が現れている
66)。このことは,登記 の問題が,組合・社団への権利の帰属を認めることへの障碍となっていることを示して いる。しかし,登記がドイツ法のごとく不動産物権変動の効力発生要件とされず,単な る対抗要件にとどめられている日本法においては,社団名義の登記を認めることができ なくとも,社団の不動産所有を絶対的に妨げるものではない。この観点からは,法人格 のない社団に権利主体性を認めることへの登記制度の障碍は,日本法ではドイツ法より も小さいといえるだろう。
その意味で,筆者は,法人格のない社団に当事者能力を容認する民事訴訟法 29 条の 規律に関し,これを当該事件の範囲で社団に権利能力を認める意味を有するとする兼子 説を改めて評価すべきと考えている。もっとも,訴訟手続によって社団の権利能力が容 認されるという兼子理論に対しては,実体法の変容を伴うものという批判もあるようで ある
67)。しかし,もともと社団には限定的にせよ実体法上権利・義務が帰属するために,
その範囲では訴訟手続においても当事者となりうるというのが筆者の立場であり
68), このような批判は私見には当たらない。むしろ,近時の訴訟法学説には,法人格のない 社団には権利は絶対に帰属しえないという不動の前提があり,その点こそが問題とされ るべきではないか
69)。訴訟法学説の問題点については,別の機会に詳しく検討するこ とにしたい。
3 .この問題との関係で,最高裁昭和 39 年判決が掲げた「権利能力なき社団」の要 件は,社団が構成員から切り離された独自の権利主体として意思決定をする組織を具備 すること,すなわち,社団自体が独立の権利主体となりうる要件
(同時に,訴訟の当事者 能力を有する要件)を示したものといえる。その意味で,この要件を「権利能力なき社団」
の要件と表現するのは奇妙であり,むしろ,法人格のない社団が権利主体の資格を有す る要件を示したものというべきである。ただし,社団が現実に対外的な契約における権 利・義務の主体となるには,その相手方が社団を権利主体とする意思決定をすることが 必要となる。
しかし,これらの要件以外には社団が権利主体となるための特別の要件は不要である。
訴訟法学説においては,民事訴訟法 29 条が適用される「権利能力なき社団」の要件と
して,その財産的独立性を強調する見解がある
70)。かかる見解は,「権利能力なき社団」
を被告とする金銭支払請求の判決が実効性を持つためには,社団財産が現実に構成員か ら分離されていることが必要であることを考慮している
71)。しかし,社団が権利主体 となるための要件としては,社団内部においては,構成員と社団とが人格的に切り離さ れ社団自体の意思決定をなしうる組織が具備されているのか,対外的には,取引の相手 方が社団を取引主体とする意思決定をしているか,を問うべきである。たとえ社団自体 に見るべき財産がない場合でも,構成員から切り離された独自の取引活動をすることが できる組織を具備した社団との間で,これを権利主体として契約を締結する者が現れれ ば,社団がその契約による権利義務の帰属主体となるのが私的自治の原理に適うからで ある。実体法上権利主体になるための要件は,判決が実効性を持つか否かとは別次元の 問題であろう。判例が「権利能力なき社団」の要件としてその財産保持を殊更に要求し ていないことも
72),この点で正当である。社団に財産がないことによる害は,法人格 を有する社団においても問題となりうるのであり,その防止策は権利主体性の議論とは 切り離して別個の法理によるべきであろう。
(完)
注
23) 高橋宏志「判例批評」法学教室 174 号(1995 年)74 頁以下,山本克己「判例批評」ジュリスト 増刊平成 6 年度重要判例解説(1995 年)118 頁以下,山本弘「権利能力なき社団の当事者能力と 当事者適格」新堂幸司先生古稀記念論文集『民事訴訟法理論の新たな構築上巻』(有斐閣,2001 年)
849 頁以下,884 頁,八田卓也「入会集団を当事者とする訴訟の形態」法律時報 85 巻 9 号(2013 年)
22 頁以下,26 頁参照。
24) 坂田弘「当事者能力に関する一考察」法学 68 巻 1 号(2004 年)1 頁以下,15 頁,堀野出「多 数当事者紛争の処理」法学教室 221 号(1999 年)43 頁以下,46 頁,下村眞美「法人でない社団 の当事者能力」法学教室 363 号(2010 年)10 頁以下,12 頁。
25) 坂田・前掲注 24)15 頁,山本克己「入会管理団体の当事者能力・原告適格」法学教室 305 号(2006 年)104 頁以下,111 頁参照。
26) このような見解は,すでに長井・前掲注 6)26 頁によって示されており,最近でも,高橋教授は,
社団の当事者適格を訴訟担当として基礎づけるならば,民事訴訟法 29 条をそのような訴訟担当を 認めた規定として位置づけることにならざるをえない旨を指摘している(高橋・前掲注 23)75 頁,
高橋宏志『重点講義民事訴訟法上[第 2 版]』(有斐閣,2011 年)186 頁)。
27) 田中豊『最高裁判所判例解説民事篇平成 6 年度』394 頁以下,405-406 頁。
28) 田中・前掲注 27)411 頁参照。
29) 東京地判平成元年 6 月 28 日(判例時報 1343 号 68 頁)。
30) 田中・前掲注 27)417-418 頁。
31) 畑瑞穂「権利能力のない社団による不動産登記手続請求」法学教室 422 号(2015 年)17 頁以下,
20 頁,青木哲「権利能力なき社団の代表者個人名義の所有権移転登記請求訴訟における原告適格」
金融法務事情 2043 号(2016 年)34 頁以下,38-39 頁参照。
32) 田中・前掲注 27)418 頁は,昭和 47 年判決の信託的所有という命題が,社団の代表者による登 記請求の訴えを容認するための比喩的な理由づけにすぎない可能性を指摘する。
33) 山本・前掲注 9)136 頁は,平成 6 年判決を受けて,昭和 47 年判決のいう「信託」とは比喩に すぎず,団体の代表者が登記名義人として指定されている場合でも,登記請求権は構成員全員に 総有的に帰属し,その行使について代表者に授権がなされているとするのが判例の流れであると いう。
34) これについては,畑・前掲注 31)18-19 頁(注 2)参照。
35) 堀野出「民事訴訟法 29 条の適用効果と法人格のない社団の当事者適格」徳田和幸先生古稀祝賀 論文集『民事手続法の現代的課題と理論的解明』(弘文堂,2017 年)47 頁以下,56-57 頁は,「不 動産所有権確認訴訟において,権利能力がない社団を名宛人とすることに消極的になるのは,権 利能力のない社団に権利が帰属する旨を宣言しなくてはならないこと,さらには,かかる権利の 帰属を宣言したとしてもそれを示す公示方法が伴わないこと等にあると推察されるが」,「金銭給 付訴訟や明渡請求訴訟では,構成員の権利関係は法形式的には隠して」よい,という。しかし,
法人法定主義により社団に権利が帰属しないというならば,債権についても社団を給付先として 宣言することはできないだろう。また,私人間の紛争において社団に所有権が属することを容認 することと,公法関係において社団名義の登記が認められないことは,区別することができるは ずである。
36) 平成 22 年判決の後,最高裁は,「権利能力なき社団」に属する財産に対する仮差押えの申立て の事案においても,本文に述べた点に関して平成 22 年判決と同様の判断を下している(最二小決 平成 23・2・9 民集 65 巻 2 号 665 頁)。
37) 兼子・前掲注 5)159 頁,三ヶ月章『民事訴訟法[第 3 版]』(弘文堂,1992 年)229 頁,高橋・
前掲注 26)242 頁,新堂幸司『新民事訴訟法[第 5 版]』(弘文堂,2012 年)290 頁,小島武司『民 事訴訟法』(有斐閣,2013 年)239 頁,松本博之=上野泰男『民事訴訟法[第 8 版]』(弘文堂,
2015 年)260-261 頁[松本]。
38) 上田竹志「判例批評」法学セミナー 682 号 132 頁,工藤敏隆「判例批評」法学研究 85 巻 5 号(2012 年)57 頁は,その旨を指摘する。
39) 青木哲「給付訴訟における権利能力のない社団の当事者適格と本案の問題について」伊藤眞先 生古稀祝賀論文集『民事手続の現代的使命』(有斐閣,2015 年)3 頁以下,12 頁は,平成 23 年判 決を,社団自らが権利を有するとの主張をその構成員全員への総有的帰属の主張と捉えたうえで,
社団の当事者適格を容認するものと位置づけており,堀野・前掲注 35)55-56 頁もこれを支持する。
その背景には,およそ「権利能力なき社団」には実体法上権利が帰属しえないという前提がある。
しかし,問題はその前提自体にある。
40) 後述の平成 26 年判決の調査官解説は,平成 23 年判決を,「社団が自ら請求権を有するものとし て訴訟を定立することを許容する」ものと捉えている(武藤貴明『最高裁判所判例解説民事篇平 成 26 年度』114 頁,132-133 頁(注 53)参照)。この説明も,あくまで実体法上社団に権利が帰 属しないという前提を維持するものだろう。しかし,そもそも実体法上社団に権利が帰属しない というならば,なぜそのような訴えを提起しうることになるのかを十分に説明することができな いだろう。むしろ,判例は,社団に権利が帰属しうることを認めているというべきではないのか。
41) 平成 23 年判決の登載誌のコメントも,原審がXの請求のすべてを共用部分の侵害を理由とす るものとし,かかる請求権はすべて区分所有者に属するとしたのに対して,規約に基づく原状回 復請求や違約金支払請求についてそのように解するのは無理であるとしている(判例時報 2110 号 41 頁参照)。
42) 八田卓也「判例批評」法律時報別冊私法判例リマークス 44 号(2012 年)122 頁以下,125 頁参照。
43) 八田・前掲注 42)123 頁,125 頁参照。
44) しばしば,民事訴訟法 29 条は法人格のない社団に権利主体性を認める趣旨の規定ではない,と するのが確立した判例法理だといわれるが(山本弘・前掲注 23)852 頁,シンポジウム「当事者
論の現代的課題」民事訴訟雑誌 62 号(2016 年)79 頁[山本弘発言]参照),この立論の根拠は,
昭和 47 年判決と「門中事件」のようである(山本弘・前掲注 23)862 頁(注 12)参照)。
45) 最一小判昭和 61 年 7 月 10 日(判例時報 1213 号 83 頁)参照。その原審は,管理組合に当事者 適格がないとして訴えを却下していたが,最高裁は,本文に述べた判断を示しつつ,ただ,請求 を棄却すると不利益変更禁止の原則に抵触するので,結論としては,原審の判決を維持した。
46) 川嶋隆憲「判例批評」法学研究 88 巻 3 号(2015 年)58 頁以下,66 頁,谷口哲也「判例批評」
法学新報 122 巻 3・4 号(2015 年)213 頁以下,222 頁,畑・前掲注 31)17 頁,松村和徳「権利 能力なき社団と不動産をめぐる訴訟における当事者論」法学教室 445 号(2017 年)10 頁以下,15 頁。
47) 松村・前掲注 46)16 頁は,「構成員全員の合意に基づいて社団が設立されるのは資産管理業務 のためであるのが通常と思われることから,その時点で,その業務に伴う訴訟追行権の必要な授 権があった」という見解を示す。しかし,このようなことをいうならば,そもそも,各構成員は 社団設立時に不動産の所有権を構成員から切り離された団体に移譲しており,所有権は全構成員 に総有的に帰属するのではなく,団体自体に帰属するというべきではないのか。すなわち,訴訟 担当構成自体が実態にそぐわないことが露呈するであろう。
48) 武藤・前掲注 40)117-118 頁参照。
49) 名津井吉裕「法人でない社団の受けた判決の効力」松本博之先生古稀祝賀論文集『民事手続法 制の展開と手続原則』(弘文堂,2016 年)597 頁以下,606 頁(注 34)は,「社団が判決の名宛人 であることと,主文に掲記されるにとどまる代表者個人(登記権利者)との間を架橋する理論的 な説明は必要である」とする。
50) この点で,私見は,松本博之「非法人社団の当事者能力と実体関係」民商法雑誌創刊 50 周年記 念号Ⅱ(1986 年)73 頁以下,87-89 頁と共通する。
51) 岨野・前掲注 22)111 頁は,登記手続請求権が代表者にあるとすれば,当事者適格は代表者の みにあり,団体にはないとすべきであると論じていた。
52) 訴訟を通じて社団の権利主体性を容認する伝統的見解は,このように解していた(兼子・前掲 注 5)111 頁,三ヶ月・前掲注 5)182 頁,小山・前掲注 5)79 頁,新堂・前掲注 5)96 頁参照)。
53) 名津井・前掲注 49)597 頁以下,中本香織「権利能力なき社団の不動産に関する訴訟における 社団の当事者適格と判決の効力」早稲田法学 92 巻 1 号(2016 年)173 頁以下,224 頁参照。
54) 名津井吉裕「法人格のない社団・組合をめぐる訴訟と当事者能力・当事者適格」法律時報 85 巻 9 号(2013 年)35 頁以下,41-42 頁参照。名津井・前掲注 49)596 頁,中本・前掲注 53)229-
230 頁参照。
55) 武藤・前掲注 40)114-115 頁参照。
56) 名津井・前掲注 49)596-597 頁は,「社団が訴訟手続において一個の主体たる地位を得ることが できても,構成員全員は訴訟外において当事者たる社団との関係で第三者となることを認めざる を得ない」としながら,「法人でない社団という法律関係は,構成員全員として把握できると同時 に,構成員全員によって構成された一個の主体として把握することもできるという意味で二面性 を有するものと解される」という。これは,一方では社団と構成員を切り離しながら,他方で,
それぞれの法律関係を実質的に一つとみなすことにより,社団に対する判決の効力が構成員にも 及ぶことを正当化しようとするものといえよう。しかし,社団と構成員とを切り離しておきながら,
それぞれの法律関係を同一視するというのは矛盾であろう。このような矛盾が生じてしまうのは,
本来,裁判で審理される権利は社団に帰属するからこそ,社団の当事者適格が認められるにもか かわらず,なお権利は構成員全員に帰属するという判例の形式的命題に固執するからである。
57) 松本=上野前掲注 37)252 頁[松本]は,訴訟を通じて「権利能力なき社団」への権利帰属を 容認することによりその当事者能力を説明する立場から,社団に対する判決の効力が構成員には 及ばないことは当然であり,それでやむを得ないとしているが,むしろ,構成員に判決の効力が 及ばなくても何ら問題がないというべきであろう。現に,新堂博士は,社団の受けた判決の効力