第15回日本教育メディア学会年次大会発表論文集,K2-1, pp.58-61(愛知淑徳大学October 18-19, 2008)
タイ国において衛星放送を用いた日本語遠隔教育を支援する シニアボランティアの派遣とその課題
Dispatch of Senior Volunteer who works as a Japanese Language Teacher at Rural Remote Sites in Thailand and
Problems to be solved in the Future
大作 勝*,秋畑 進**,徳久 勲***
Masaru OHSAKU*, Susumu AKIHATA**, Isao TOKUHISA***
*長崎大学1),**元(株)ジャルウェイズ,***岩手県立大学2)
* Nagasaki University, ** Former JALways Co., Ltd, ***Iwate Prefectural University
要約:タイ国における衛星放送を用いた日本語教育について述べた。地方サイトでの放送利用促進と学 習支援にはどういう手段が必要か,学習支援を進める手立ての一つとしてのシニアボランティア派遣で 期待される効果について述べ,ボランティア活動とシニア世代の生きがいとの関係,国際協力への寄与,
当該企画の実施を継続するために今後解決すべきいくつかの課題について論じた。
キーワード:衛星放送,日本語教育,学習支援,国際協力,シニアボランティア
1.はじめに
フアヒンの王立教育プロジェクトは
1995
年に 始まった。その中心をなす衛星放送は中等教育部 分で開始され,後に高等教育,社会教育,就学前(幼稚園)教育,初等教育へと拡大されている。
外国語教育は後期中等教育部分に導入されてお り,英語,日本語,フランス語,ドイツ語,中国 語ほかに拡大されているが,継続的に実施されて きたものは,英語,日本語およびフランス語であ る。日本語に関していうとフアヒンからの放送は,
都市部での社会人の学習等の利用もあるが,地方 の学校現場における利用状況は決して良いとはい えない。本研究ではそれはなぜなのか,どうすれ ば利用状況を高めることが可能かについて考える。
一方で地方における教育支援に対しわが国がこ れまでに果たしてきた役割について考えると,国 際協力事業団時代からの青年海外協力隊をはじめ として多くの支援がなされてきたが,日本語教育 についていえば協力隊の果たしている役割は,そ の後かなり低下している。今日では
NPO
法人な ど多くの団体と個人がタイ国の日本語教育にかか わっているが(櫻井, 2005),衛星放送との関係で 地方サイトの学習支援を行う動きは,私たちが2006
年度から始めたシニアボランティアによる ものを除き多くはない。本研究では,このシニア ボランティア派遣プロジェクトが今後どのような方向に発展展開されるべきかについて考える。
2.タイ国における衛星放送を使った日本語教育 2.1 ワンクライカンウォン学校(フアヒンの基幹 学校)
ここでの衛星放送の仕組みを簡単に述べる。ワ ンクライカンウォン学校の小学(初等学校)1年
~高校
3
年(中等学校6年)まで12
学年間の各 1クラスが12
のスタジオを兼ねた教室内で授業 を受ける。この授業は2台のテレビカメラで撮影 され,これに教材呈示装置とパソコンからのデー タを加えて1
本のプログラムとし(編集),衛星 を経由してタイ全土と周辺国に配信されている。それ以外のクラスの児童・生徒は学校内に設けら れている普通教室でテレビを介した授業を受ける。
・ワンクライカンウォン学校の改善(写真1~2)
スタジオ内では改善が進んでいる。また教員ス タッフの構成も変わってきている。
-大きな前面テレビモニタ
スタジオ教室前面には,ブラウン管モニタに加 えて大型液晶モニタが置かれている。画像と文字 は非常に読み取りやすくなっている。
-機材
教材呈示装置やパソコン利用が進んでいる。文 字と画像の表示には,主にパワーポイントが使わ れている。
2
写真1 スタジオを兼ねた教室(フアヒン)
写真2 テレビを使った授業(フアヒン)
-教員スタッフ
以前タイ人日本人各
2
名で授業をしていたが,現在タイ人
1
名,日本人2名で実施されていて,ネイチブスピーカーの授業が増加している。
2.2 地方サイト-ラチャプラヤヌグロ学校 衛星放送を用いて学校経営をしているのが,ラ チャプラヤヌグロ学校である。この名の学校はタ イ全土に
44
校設置されている。なぜ地方で衛星放送を利用した日本語学習の機 会が増加しないかについて考える。それにはいく つかの理由が考えられる。フアヒンのプログラム は進度が速い,難度が高いと思われていることが 一因である。またファシリテータが教室内にいな いもある(宮岸, 2005)。
3.日本語教育ボランティアの派遣とその役割 日本語教育を支えている日本側教員は若者のボ ランティアである。今日までに派遣した教員と派 遣期間を表
1
にまとめている(表1)。ワンクラ イカンウォン学校は2学期制を採っており(大作,2003)
,前期の授業期間は5
月中旬~10月上旬,後期のそれは
11
月上旬~3月上旬である。衛星 を使った授業週数は各学期とも約18
であるが,授業準備,テスト,補習と成績処理期間を含める と学校があいている期間は各学期あたり約
20
週 となる。そのため派遣は5月~10月または10
月~3月を含む約
11
か月間が単位となっている。・期待できる効果-タイ人生徒への日本語教育 タイ国では現在大学入試の外国語科目として,
日本語を選ぶことができる。ここで生徒たちは日 本語を学習するだけにとどまらない。わが国の産 業ほかに対する関心,日本文化の理解の深化など 期待できる効果は大きい。
表1 ワンクライカンウォン学校への日本語教育 ボランティアの派遣状況
氏名 出身大学・学部 派遣期間
(年.月) 1 T.T. 広島大・教育 99.5-00.3 2 H.K. 安田女子大・文学 99.5-00.3
3 00.5-01.3
4 N.I. 安田女子大・文学 00.9-01.10 5 M.M. 安田女子大・文学 01.5-02.3
6 02.5-03.3
7 A.Y. 安田女子大・文学 01.10-02.10 8 J.Y. 安田女子大・文学 02.10-03.9 9 S.M. 安田女子大・文学 03.5-04.3
10 04.5-05.3
11 H.I. 安田女子大・文学 03.9-04.10
12 04.10-05.10
13 05.10-06.10
14 A.O. 安田女子大・文学 05.5-06.3 15 Y.N. 安田女子大・文学 06.5-07.3 16 M.F. 安田女子大・文学 06.10-07.10 17 H.M. 長崎純心大・人文 07.5-08.3
18 08.5-09.3
(予定)
19 Y.S. 安田女子大・文学 07.10-08.10
(予定)
氏名は,派遣当時
・ボランティアとしての人材開発と支援体制 派遣している日本人日本語教師は,すべて日本 語教師としての資格を有している。今日までに派 遣したボランティア教員は,安田女子大学文学部,
広島大学教育学部,長崎純心大学人文学部の卒業 生である。ボランティア教員はかなりの経費を負 担している。派遣までに要する経費のうちの主な ものは,
-ビザ取得に要する費用
-旅行保険の費用
3
-日本-タイ間の航空運賃
などである。これらは自己負担となっている。わ が国での社会保険の負担をどうするかの課題もあ る。この派遣プロジェクトを持続的なものにする ためには,何らかの経済的支援が必要である。
・派遣ボランティア教員のその後
ワンクライカンウォン学校での勤務後,多くは その後も日本語教育にかかわっている。タイ国の 大学,中等学校,インターナショナルスクールな どで日本語教員として働くもの,いったん帰国後 再び海外の語学学校などで働くもの,日本に帰っ て教育系の大学院に進むものなどである。
4.シニアボランティアによる学習支援
タイ国の
2006
年学校暦からシニアボランティ アの派遣を始めた(表2)。2006年度には北部パ イとメーアイのラチャプラヤヌグロ校に各1
か月 ずつ,2007
年度には東北部ノンカイとシーサケッ トのラチャプラヤヌグロ校に各1
か月ずつ赴任し た(図1)。フアヒンの衛星放送プロジェクトをよ り実効あるものにするためには,地方サイトでの 衛星放送プログラムの利用促進と学習環境の整備 が必要である。宮岸がこのことについていくつか の提言をしている(宮岸, 2005; 2006)。しかしな がら本稿でも前述しているように,フアヒンから の衛星放送は年間おおむね10
か月にわたって放 映されており,この放送プログラムを全て受信し て主たる教授メディアとして利用し,効率的な学 習支援を行うためには,理想的にはシニアボラン ティアもまたフアヒンの放送期間に合わせて派遣 しなければならない。このことを解決するには現 下の経済的及び人的資源は必ずしも十分ではない。・地方サイトでのシニアボランティアの役割 地方サイトの生徒はテレビ放送で学習している ことが多い。派遣によって生徒たちは直に日本人 と接することができる(写真3)。対面授業の尐な い地方サイトにおいては貴重な時間である。
・期待できる効果
シニアボランティアは多くの分野で経験豊富で ある。ボランティアの教授活動によって,限られ た範囲内であるがわが国文化とタイ国文化の相互 理解がより一層進むであろうと期待される。
図1 シニアボランティア派遣ラチャプラヤヌグロ校(パ イ,メーアイ,ノンカイ,シーサケット)
表2 地方サイト(ラチャプラヤヌグロ校)への シニアボランティアの派遣状況
氏名 学校名 場所 派遣期間
(年.月) 1 S.A. 第 22 学校 パイ 06.12-07.1 2 S.A. 第 30 学校 メーアイ 07.1-07.2 3 S.A. 第 27 学校 ノンカイ 07.12-08.1 4 S.A. 第 29 学校 シ ー サ ケ
ット 08.1-08.2
・教材開発
フアヒンからの教育プログラムを主たるメディ アとして利用するには,放送時間,放送期間,プ ログラム内容の難易度,シニアボランティアの派 遣期間などいくつかの困難が伴うことは前述した。
したがってこれら諸課題の一部分を解決するもの として,地方サイトでの教育学習に利用するため の教材開発がぜひとも必要である。つまりフアヒ ンで使われている教材とは別の地方サイト独自の 教材の開発が必要であろう。
・シニアボランティアの派遣
派遣に際しては,フアヒンのボランティア日本 人教員と同じくかなり多額の派遣費用が必要であ る。それらは,
-ビザ取得に関するもの
-旅行保険
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-航空機運賃
などである。これらは自己負担となっている。
写真3 日本語を教えているシニアボランティア
(ノンカイ)
5.今後の課題
・電波は国境を超える
フアヒンの教育プログラムは通信衛星を用い ているため配信範囲は広く,タイ周辺国での利用 も可能である。周辺国での利用拡大を進めるには,
いかにすればよいだろうか。ラオスではすでにこ れを学校教育の中で利用している。さらにヴェト ナム,カンボジアほかの国と地域での利用も考え られるだろう。今後の研究調査が必要である。
・経済活動との関係
東南アジア諸国では経済発展が急速に進んでい る。道路などインフラストラクチャーの整備も急 である(日本経済新聞, 2008)。これら地域での経 済活動は各国の政治体制の違いを乗り越えて一体 化し,人と物の交流は一層活発化するに違いない。
その手助けのために電波が果たす役割は大きい。
・人材開発
地方での学習支援を進めるには,とりわけシニ アボランティアに関する人材開発が必要である。
シニアボランティアに課せられる要件についてみ ると,①気力,②体力,③経済力に加えて,④語 学力,⑤外国文化の理解力,ほかがあろう。
わが国は高齢化社会となっている。いかに有能 であってもある年限で雇用関係がなくなることは 多い。一方で生きがいとして,外国での教育活動 が可能なシニアは多い。多額の費用を伴わない非 営利団体ないしは個人レベルの国際貢献が今後ま すます重要になるだろう。このことに関与できる 精神的若さにあふれたシニアの力が求められる。
・支援体制
ボランティア教員とシニアボランティア派遣の ためには,これの支援体制が必要である。
-国内
国内での人的ネットワークの構築が急がれる。
著者間でも
NPO
法人の設立が叫ばれている。-国外
ボランティア教員とシニアボランティアをサポ ートするためのネットワーク体制の構築が必要で ある。特に,タイ国内で日本語教育に携わってい る団体及び個人の組織化が必要であろう。
6.まとめ
タイ国の中等教育のレベルを高品質に維持す るために設けられたフアヒンのワンクライカンウ ォン学校を中心とする衛星放送を用いた教育プロ ジェクトをより実効を伴ったものにするためには,
――日本語教育についていえば――教育プログラ ムの展開をワンクライカンウォン学校内にとどめ ることなく,地方にまで拡大する必要があろう。
そのためには地方における教育支援が必要であり,
これにはわが国からのシニアボランティア派遣が その一翼を担うであろうと期待される。しかしな がら派遣に際し未解決の課題がいくつか存在する。
今後わが国も本衛星放送プロジェクトを支援 する努力が必要であり,これが維持発展されれば,
東南アジア地域の教育文化の向上に貢献できる。
注
1)現在教育学部(非常勤)
2)現在総合政策学部(客員)
参考文献
大作勝(2003)「ワンクライカンウォン中・高等学 校(タイ国フアヒン)における遠隔教育プロジェ クトと教授メディア-特に衛星放送による外国 語教育の授業について-」
『教育メディア研究』10(1), 39-52 . 櫻井義秀(2005)『東北タイの開発と文化再編』北
海道大学図書刊行会.
日本経済新聞(2008/4/24)「タイとミャンマー高速 道延長で合意へ 印-東アジア結ぶ動脈に」. 宮岸哲也(2005)「タイの高等学校における衛星放
送を用いた遠隔教育としての日本語教育-その 現状と課題-」『国語国文論集』安田女子大学日 本文学会(35),2144-2137.
宮岸哲也(2006)「タイの衛星放送による日本語授 業の利用促進のために」『国際交流基金バンコク 日本文化センター日本語教育紀要』国際交流基金
(3),221-226.