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博士学位論文
高齢者のうつ状態の有無は社会的役割と どのような関係があるのか
~役割チェックリストを用いた検討~
What is the relationship of a depressed state and social role in elderly people? : Investigation using a Role Checklist
指導教員 石井良和 教授
首都大学東京大学院 人間健康科学研究科 人間健康科学専攻 作業療法科学域
竹原 敦
2019 年 7 月
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博士学位論文
高齢者のうつ状態の有無は社会的役割とどのような関係があるのか
~役割チェックリストを用いた検討~
What is the relationship of a depressed state and social role in elderly people? : Investigation using a Role Checklist
竹原敦
1),石井良和
2),繁田雅弘
3),山田孝
4)1)湘南医療大学保健医療学部
2)首都大学東京大学院 人間健康科学研究科
3)東京慈恵会医科大学 精神医学講座
4)首都大学東京名誉教授,日本人間作業モデル研究所
学術誌『作業療法』第 38 巻第 5 号掲載許可
2018 年 5 月 28 日受付,2019 年 3 月 4 日受理
3 要旨
本研究の目的は農村地帯の高齢者708名を対象に,うつ状態の有無が社会 的役割の変化とどのように関連するかを調査・検討することであった.ロジス ティック回帰分析の結果,役割は「学生の減少(OR: 6.25,95%,CI:2.43
-7.42)」「趣味の変化なし( OR: 5.54,95%,CI:3.02-10.18)」「家族の減 少(OR: 4.23,95%,CI:2.82-6.35)」「趣味の維持( OR: 2.77,95%,
CI:1.40-5.49)」「宗教の減少(OR: 2.75,95%,CI:1.06-7.09)」「仕事の 減少(OR: 2.32,95%,CI:1.43-3.75)」,また,「性別(OR: 3.41,95%,
CI:2.10-5.53)」「年齢階級(OR: 2.11,95%,CI:1.34-3.34)」がうつ状 態と強い関連があった.役割変化を評価することにより,高齢者のうつ状態を 読み解く可能性が示唆された.
キーワード:
高齢者・うつ状態・役割・(役割チェックリスト)・作業療法
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はじめに
これまでの高齢者の精神的健康に影響する心理・社会的要因に関す る研究では,ライフイベントに関するものが多い.初老期や老年期の ライフイベントの主たるものとして,特に知人や配偶者の死,社会や 家庭における役割の縮小などのいわゆる喪失体験が頻繁に取り上げ られてきた
1).その他には,心身の健康を損なった事例として農林業 の担い手という役割
2),世話役,家父長的,継承的役割
3),社会的共 同行為における役割
4)や家庭内役割
4)などの喪失が報告されている.
ところで,役割とは,本人と周囲(社会ないし他者)との関係を意 味し
5),その交流によって規定されるものである
6).私たちは家族の 役割と仕事の役割よって社会とつながり,特に,この 2 つによって社 会の中で自分が何者であるかが規定される.また,役割を介して他者 と結ばれており,その関係性から期待されている行為をすることによ って,自らの存在の意味を相互に確認すると言われている
7).このよ うに役割は労働に関するものだけではなく,休養や娯楽に関する役割 などもその要因である.したがって,日常生活において人が参加する 多くの生活の構成要素を役割とみなすことができるため
8),その変化 を役割変化として分析に取り入れることにより,様々に生じる日常生 活上の変化を心理社会的要因として分析することが可能になると考 えられる.
1986 年に役割チェックリストを開発した Oakley, F.ら
9)は,役割チ ェックリストの第 1 部において過去,現在,将来に 10 の役割を担う かどうか,第 2 部において同じ 10 の役割の価値に関して,18 歳から 79 歳までの 124 名の通常の生活を送っている人々を対象に信頼性を 検討するために,役割チェックリストを 2 回実施した.その結果,再 検査信頼性があり,特に高齢者の反応には首尾一貫性があった.
役割チェックリストを用いた欧米の論文は多いが
10-14),健康高齢者
を対象としたものは少ない.海外では米国の Elliott ら
15),Dickerson
ら
16),スウェーデンの Branholm ら
17)の大規模な健常高齢者の研究が
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ある.その中で Elliott らは,人は作業役割を通して,個人的なニーズ や社会の要求に合わせて時間を構成しているが,高齢者は頻繁に作業 役割の喪失を経験することが多く,そのことが主観的な生活の質
(quality of life. 以下,QOL)の低下をまねいているのではないかと 捉え,役割遂行の数と意味がある役割と生活満足度との関係を検討し た. 112 名の地域に住む高齢者に役割チェックリストを実施した結果,
役割遂行の数および役割の中で価値が高く意味のある役割を担うほ ど生活満足度が有意に高いことが示され,周囲の人のニーズに答えら れることを見いだした
15).
日本での役割チェクリストに関する研究では,山田,竹原ら
18)は,
2002 年に 16 歳から 77 歳までの 100 名(男性 43 名,女性 57 名,平 均 33.9 歳)に役割チェックリストを実施した.対象は,学生が 42 名 (男 20 名,女 22 名),学生以外が 58 名(男 23 名,女 35 名)であった.
その結果,宗教への参加者,ボランティア,組織への参加者はいずれ も少なく,また,学生の対象者が多いため,過去の役割として学生が 多く,将来の役割は勤労者が多かった.役割数の平均は,過去と現在 が 4.3,将来が 5.0 であった.
役割チェックリストは事例研究の中で報告されてきたが,2016 年 に竹原ら
19)が大規模な以下の研究を実施するまで,前述の山田らの調 査以外は,役割に関する研究はなかった.竹原らは,高齢者の役割の 減少や増加などの役割変化が性別とどのように関連しているかを検 討する目的で,老人福祉施設などの通所サービスを利用する 65 歳以 上の高齢者 708 名(男性 369 名,女性 339 名)に,役割チェックリ スト日本版を用いて 10 の役割を,過去に担っていたか,現在担って いるかを調査した.結果は,役割変化が性別により多様なことが示さ れた.特に,男性は増加した役割は少ないが,家庭を守る役割が維持 された.また,女性は養育者や家族の一員の役割が維持され,趣味人 や組織への参加者の役割が増加した.
ところで,老年期うつ状態など気分障害の発症要因の検討では,ラ
イフイベントと気分障害との関連については必ずしも肯定的な結果
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は得られていない
20).しかし,複数のライフイベントが互いに影響を 及ぼし合う場合や,特定のライフイベントが症状の出現と時間的に距 離を持って作用する場合もあると思われる.また,気分障害の 1 つで ある老年期のうつ状態に影響を及ぼす要因には,ライフイベント以外 の要因,すなわち現在の社会的活動などを指摘する意見もある
21, 22). これらの点を考慮すると,高齢者の精神的健康と役割との関連を検討 することが必要であると思われる.そのためには,過去に喪失した複 数の役割を検討するとともに,現時点での生活状況,すなわち新たに 獲得した役割や継続して行っている役割についても検討に含める必 要があると考えられる.
本研究の目的は,うつ状態の有無が役割の変化と関連するとの仮説
のもと, Oakley の 10 の役割の減少や増加などの役割変化とうつ状態
の関連を検討することである.
方法
1.対象と手続き
本研究の対象者は,A県の6つの老人福祉施設などの通所サービス を利用する 65 歳以上の高齢者であった.当該地域は,第一次産業の 農業を主たる職業とし,大家族世帯が多い地方中核都市であり,対象 者は専業・兼業にかかわらず農業に従事あるいはその経験があった.
すべての対象者に,研究の目的と内容を説明し,協力の了解が得られ た者に対し,後述する調査票への回答を求めた.対象者が調査票に記 入する際,図 1 に示す各役割項目の定義などについて説明を行った.
記入を終えた後に,記入もれなどをチェックして回収した.調査期間 は 2007 年 3 月~6 月であった.
2.調査票の内容
調査票は,主に役割とうつ状態に関する質問であった.役割の質問
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項目は,役割チェックリストの日本版
18)を用いた.この日本版は米国 と日本との文化的背景およびライフスタイルなどの違いを踏まえ,質 問項目の 10 の役割のうち「学生」は「学生・生徒」に, 「組織の一員」
は「組織への参加者」に修正するなど, Oakley らの原版の役割定義を 一部修正したものである.また,本研究では,日本版の各々の役割に 対する将来展望と価値を問う質問項目は用いず, 「学生・生徒」, 「勤労 者」,「ボランティア」,「養育者」,「家庭維持者」,「友人」,「家族の一 員」,「宗教への参加者」,「趣味人/愛好家」,「組織への参加者」の 10 の役割について図 1 に示す定義を説明し,回答を求めた.また,各々 の役割について,現在担っているか,過去に担っていたかについても 回答を求めた.尚,「学生・生徒」と「勤労者」のように必ずしも毎週 行うとは限らない役割を除き,「少なくとも週に 1 回」は行う(ある いは参加する)ことを問うことによって,現在と過去の役割の区別し た.回収を終えたデータをもとに,役割ごとに “維持” (過去と現在に 担っている), “増加” (過去に担っていなかったが現在は担っている),
“減少” (過去に担っていたが現在は担っていない), “なし” (現在も過 去も担ったことがない)の4つのパターンに分類した.
また,うつ状態は,介護予防事業で用いられる基本チェックリスト の中の“うつ状態”の検出に用いられる 21~25 項目を採用した.個々 の質問項目に,“はい”,“いいえ”の2件法で回答を求めた.この5項 目のうち“はい”と答えた数が2項目以上の場合,うつ状態に対する感 度が 0.75 と十分に実用に耐えうることが Geriatric Depression Scale を併用した検討で確認されている
23)ことから,本研究においても, “は い”の数が2~5項目の場合に“うつ状態の疑いあり” (以下,うつあり 群)とし,0~1項目の場合に“うつ状態の疑いなし”(以下,うつな し群)とした.
3.統計的分析法
最初に,“うつあり群”と “うつなし群”について,性別,年齢階級(前
期高齢者・後期高齢者), 10 の役割の“維持”,“減少”, “増加”, “なし”
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について χ
2独立性の検定により群間比較を行った.期待数の区分の
中で 20%以上で期待数が 5 未満の場合,Fisher 正確確率検定を行っ
た.また,多重共線性の可能性について確認するために,χ2 独立性 の検定により有意な結果を示した役割変化の項目について内相関を 算出し, 0.8 以上の強い相関を示す役割変化の一方を変数から除いた.
次に,うつ状態の疑いの有無と各項目との関連性を分析するために,
うつ状態の疑いの有無を従属変数,χ
2独立性の検定により有意な項 目の中で,上述の多重共線性の可能性を除いたものを独立変数として,
多重ロジスティック回帰分析(変数増加法)を行い,オッズ比を算出 した.検定には IBM SPSS Statics ver.20 を用いた.すべての検定の有
意水準は 5%未満とした.なお,本研究は首都大学東京荒川キャンパ
ス研究安全倫理委員会の承認を得て実施した(第 06082 号).また,
本論に関連して,開示すべき利益相反はない.
結果
1.対象者の属性の比較
本研究の対象は,708 名(男性 369 名,女性 339 名)で,うち前期 高齢者は 408 名(男性 216 名,女性 192 名)で,平均年齢は 69.2 歳,
標準偏差(SD)2.71,後期高齢者は 300 名(男性 153 名,女性 147 名)
で,平均年齢は 81.7 歳,SD5.26 であった.うつあり群は 279 名(男 性 159 名,女性 120 名),うつなし群は 429 名(男性 210 名,女性 219 名)であった.
両群の性別の比較では,男性のうつあり群が 57.0%で,女性のうつ
あり群の 43.0%よりも有意に高かった(p=0.038).また,後期高齢者
のうつあり群が 51.6%で,前期高齢者のうつあり群の 48.4%よりも 有意に高かった(P=0.000)(表 1).
2.うつ状態の有無と役割変化の比較
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10 の役割の“維持”,“増加”,“減少”,“なし”について χ
2独立性の 検定によりうつあり群とうつなし群の群間比較を行った(表 1).
「学生役割」の“減少”,「勤労者役割」の“減少”,「ボランティア役 割」の“維持”と“減少”,「養育者役割」の“減少”と“なし”,「家庭維持者 役割」の“減少”, 「友人役割」の“減少”と“なし”, 「家族役割」の“減少”,
「宗教への参加者役割」の“増加”と“減少”,「趣味人役割」の“維持”と
“なし”,「組織への参加者役割」の“減少”では,うつ状態が有意に多か った.
また,「学生役割」の“増加”と“なし”,「勤労者役割」の“維持”と“な し”,「ボランティア役割」の“なし”,「養育者役割」の“維持”,「家庭 維持者役割」の“維持”,「友人役割」の“増加”,「家族役割」の“維持”,
「宗教への参加者役割」の“なし”,「趣味人役割」の“増加”,「組織へ の参加者役割」の“維持”では,うつ状態なしが有意に多かった.
3.うつ状態の有無と役割変化の関連性
ロジスティック回帰分析によるうつ状態の有無に関連する要因を 表 2 に示した.Hosmer と Lemeshow の検定結果は p=0.071 でモデ ルの適合性が認められた.また,判別の的中率は 80.4%と高かった.
最終的に得られた有意な変数の中で,オッズ比(以下, OR)により,
うつありと関連が高いものは, 「学生役割」 “減少” ( OR: 6.25, 95%,
CI:2.43-7.42),「趣味人役割」“なし” ( OR: 5.54,95%,CI:3.02
-10.18),「家族役割」“減少” (OR: 4.23,95%,CI:2.82-6.35),
「性別」(OR: 3.41,95%,CI:2.10-5.53),「趣味人役割」“維持”
( OR: 2.77,95%,CI:1.40-5.49),「宗教への参加者役割」“減少
(OR: 2.75, 95%, CI : 1.06-7.09), 「勤労者役割」 “減少(OR: 2.32,
95%,CI:1.43-3.75),「年齢階級」(OR: 2.11,95%,CI:1.34-
3.34)であった.
また,うつなしと関連が高いものは, 「友人役割」 “増加” (OR: 0.41,
95%, CI: 0.30-0.73),「養育者役割」 “減少” (OR: 0.40, 95%, CI :
0.25-0.67),「家庭維持者役割」“維持” (OR: 0.47,95%,CI:0.25
10
-0.64),「ボランティア役割」“なし” (OR: 0.37,95%, CI:0.21-
0.66), 「ボランティア役割」 “減少” (OR: 0.34, 95%, CI : 0.20-0.58),
「宗教への参加者役割」 “なし” (OR: 0.29,95%, CI:0.17-0.48)
であった.
考察
1.性別及び年齢区分とうつ状態の関連
本論の目的は,高齢者の役割変化とうつ状態の関連を検討すること であった.日本におけるうつ病の生涯有病率は,女性は男性の約 2 倍 と言われているが
24),対象者は,男性の方がうつ状態の割合が多かっ た.第一次産業が盛んな地域を対象にした本研究においては,主に農 作業を行う男性にとって,都市部の仕事に比べ明確な定年制度はみら れないものの,家を守る役割から次の世代へ農地を譲ることを考え始 めることで老いを自覚したり
25),心身機能の低下により,思ったよう に農作業を行うことができなくなることなどが,うつ状態のような精 神的不調を引き起こす
4)のではないかと思われる.
また,年齢区分については,後期高齢者の方がうつありが多かった.
高齢になるほど複数の疾病に罹患する割合も高まり,高血圧症や心疾 患,脳血管障害,関節症などの慢性的健康問題を抱えることなどを要 因としたうつ状態を引き起こす傾向を高めている
26,27)ものと考え られる.
2.役割変化とうつ状態の関連
役割変化との関連については, 「学生」の役割の減少および「趣味」
の継続とないことがうつありと高い関連があった.平成 29 年版高齢 社会白書
28)によると,生涯学習を行っている高齢者は 4 割以上で,
その内容は「趣味的なもの」「健康・スポーツ」などである.高齢者の
生涯学習への参加状況についてみると,この 1 年ほどの間に生涯学習
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をしたことのある人は,60 代や 70 歳以上で 4 割以上となっている.
内容は「趣味的なもの」が最も多く,60 代で 24.6%,70 歳以上で 24.9%である.本研究の結果は学ぶという学生の役割の減少がうつ状 態の要因になっているように思われる.さらに,この 1 年ほどの間に
「生涯学習をしたことがある」とする人に対し,生涯学習を通じて身 につけた知識・技能や経験を,どのように生かしているか聞いたとこ ろ,「自分の人生がより豊かになっている」が 60 代で 59.5%,70 歳
以上で 63.2%と最も多く,次いで「自分の健康を維持・増進している」
が 60 代で 55.7%, 70 歳以上 58.8%となっている.趣味を継続するだ
けではなく,高齢者は趣味を通して人生が豊かになることを求めてお り,趣味の役割が失われることによって,うつ状態が引き起こされる 可能性も高まるのではないかと考えられる.
「仕事」の減少は,うつ状態と関連する深刻な問題と思われる.い わゆる,定年退職のように年齢がある程度定められ,それに伴う別の 仕事の役割を決めるための準備期間や, 心の準備をすることは農業 地帯では難しく,継承的役割は存在するが
29),農林業の担い手とい う仕事の役割の突然の喪失
2)や家族など周囲からの引退に対する精 神的圧迫などがうつ状態の誘因の一つになるのではないかと思われ る.
「ボランティア」を行うことは,知的能動性や社会的役割などの生 活機能やソーシャルネットワークを高めるために有効であるが
30),そ の維持及び減少は,他者のためや社会参加の一環として何かを行った り,仕事の役割の代替えや補完として物事を継続しようとしたり,減 少することによりストレスが引き起こることにより, うつ状態がも たらされるのではないかと思われる.
「養育」については減少となしがうつ状態と関連していた.都市部 に比べて大家族世帯が多い本研究の対象者にとって,年齢を重ねても,
間接的であっても子どもや孫を養育することが日常となっているた め,養育の減少やなしはうつ状態をもたらすものと考えられる.
「家庭維持」については,減少がうつ状態と関連した.家の掃除や
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片づけなどこれまで継続してきた家庭内の仕事が減ることはうつ状 態を引き起こすものと思われる.
「友人」は減少となしがうつ状態と関連した.老年期のうつ状態は 重大なライフイベントや慢性的なストレスから誘発されると言われ ている.親しい友人との死別だけではなく,特に,特定の友人がいな いことや,友人とのいさかいがあることは,前者の要因の一つと言わ れており
31).日常の中でこれまでの友人との関係を維持し,うまく関 係性を保つことができないことが気分の変化を引き起こすものと思 われる.
「家族」の減少はうつ状態と関連し,日本の農村社会の高齢者では 独居とうつ病に有意な相関が認められ
32),特に,これまで連れ添って いた配偶者などとの死別
33, 34)はうつ状態を引き起こす大きな要因と 考えられる.
「宗教」に関しては,農村部の 85 歳以上の男女高齢者の 6 割以上 が,「神棚・仏壇の管理」の役割を実施しており
34,35),宗教への参加 者は高齢者にとって大切な役割の一つと考えられる.そのため気分障 害により,心のよりどころのひとつとして宗教への参加が増加すると や,逆に,宗教への参加の機会が減ることで,心のよりどころを失う こと,さらには宗教活動に参加する他者との交流も減るなどにより,
うつ状態が引き起されることも要因の一つではないかと思われる.
「組織」の減少とうつ状態の関連については,これまで担ってきた 農業を中心とした団体や老人会などの世話役
29)としての組織との関 係が減少するため,うつ状態をもたらすと思われる.
3.うつ状態の有無と役割変化の関連
うつ状態と関連しオッズ比が高い順に, 「学生減少」 「趣味なし」 「家 族減少」「性別」「趣味維持」「宗教減少」「仕事減少」「年齢階級」であ った.特に着目すべき点は,趣味の役割の減少や喪失よりも,趣味の 維持がうつ状態と関連している点である.趣味が減少することよりも,
これまでの趣味を繰り返し維持し続けることが高齢に伴う心身機能
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の低下のため困難になると語る高齢者もみられた.また,興味がある 趣味の継続を断つことに対する不安や,趣味を通して知り合った仲間 へ趣味を中止することを説明の難しさなどが負担を感じるため,漫然 と継続しているという意見も聞かれた.こうした精神的負担はうつ状 態の引き金になるとも考えられる.
また,本研究の結果として,宗教なし,ボランティアの減少となし,
養育の減少は,うつなしと関連した.つまり,役割を獲得したり維持 することだけではなく,今まで担ってきた役割を加齢に伴い減らし
36)
,そのことによって精神的健康を保つことも人生の中で意味がある ことが示唆された.
高齢者に対する作業療法においては,本研究で得られた役割変化を 評価することで,うつ状態やそれに伴う行動の変化を予測して,高齢 者のうつ状態に対し,予防的な作業療法実践に寄与できるのではない かと思われる.
4.研究の限界と今後の展望
本研究は,核家族よりも大家族世帯が多く,地域との結びつきが強 い農村地帯の高齢者を対象とした.対象は第一次産業を中心とした地 域の高齢者であったため,今後は都市部の高齢者についての役割変化 のデータを収集し,本研究で得られたうつ状態を引き起こす役割変化 の要因をもとに,うつ状態の要因を比較検討することが必要と思われ る.
対象者に役割の過去と現在の認識について問うことは,高齢者にと っては想像しにくい場合もあると考えられる.本研究は,少なくとも 週に 1 回の経験がある場合を現在の役割として,それ以前の経験を過 去の役割と定義づけたが,ある特定のライフステージや現在から何年 前など,より明解な基準を示すことにより,さらに的確に役割変化を 捉えることができるかもしれない.
一部の説明変数の役割変化について,χ2 検定とロジスティック回
帰について反対の関連がみられた.これはサンプルの偏りの影響と変
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数が多いため具体的な変数同士の交互作用を扱うまでに至らなかっ た本研究の限界の一つである.
また,役割の価値やその変化が個別性に富むことから,うつ状態に 対する役割変化の因果関係を検証するためにも,今後は質的な視点に より役割変化を検討することや縦断的研究が必要と思われる.さらに,
こうしたうつ状態に代表される気分障害を引き起こす可能性を役割 変化からスクリーニングする評価様式の開発を進めてゆく必要があ る.
結語
本研究は,農村地帯に住む高齢者のうつ状態の有無が役割変化とど のように関連するかを検討した.結果として,役割は「学生の減少」
「趣味の変化なし」「家族の減少」「趣味の維持」「宗教の減少」「仕事 の減少」.また,「性別」「年齢階級」がうつ状態と強い関連があった.
このような役割変化を評価することにより,高齢者のうつ状態の変化
を読み解くことが可能となることが示唆された.今後は,役割変化な
どをもとに,うつ状態の傾向の可能性をスクリーニングする評価の開
発が必要と思われる.
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過 去
現 在 学生・生徒 パートタイムやフルタイムで学校に通学する
勤労者 パートや常勤で賃金が支払われる仕事に就く
ボランティア 病院,学校,地域,政治活動などに対して,少なくとも週に1回はサービスを無料提供 する
養育者 子ども,配偶者,親戚,友人などの他人の養育に少なくとも週に1回は責任をもつ
家庭維持者 家の掃除や庭仕事といった家庭をきれいに保つことに,少なくとも週に1回は責任を もつ
友人 少なくとも週に1回は,友人と何かをやったり,一緒に時間を過ごす
家族の一員 少なくとも週に1回は,配偶者,子ども,親などの家族と一緒に何かをやったり,時間 を過ごす
宗教への参加者 自分の宗教に伴う宗教活動や団体に,少なくとも週に1回は参加する
趣味人/愛好家 裁縫,楽器演奏,木工,スポーツ,観劇,クラブやチームへの参加など,趣味や愛好 家としての活動に,少なくとも週に1回は参加する
組織への参加者 生活協同組合,農業協同組合などの組織に,少なくとも週に1回は参加する
図1 本研究で用いた役割チェックリスト日本版
役 割
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表1 うつの有無と役割変化の比較
項目 カテゴリー・単位 うつあり うつなし P値 項目 カテゴリー・単位 うつあり うつなし P値
n=279 n=429 n=279 n=429
性別 男性・人(%) 159(57.0) 210(49.0) 友人
残差 2.1 -2.1 維持 あり・数(%) 39(14.0) 48(11.2)
女性・人(%) 120(43.0) 219(51.0) 残差 1.1 -1.1
残差 -2.1 2.1 増加 あり・数(%) 81(29.0) 270(62.9)
残差 -8.8 8.8
年齢階級 前期・人(%) 135(48.4) 273(63.6) 減少 あり・数(%) 57(20.4) 54(12.6)
残差 -4.0 4.0 残差 2.8 -2.8
後期・人(%) 144(51.6) 156(36.4) なし あり・数(%) 102(36.6) 57(13.3)
残差 4.0 -4.0 残差 7.3 -7.3
家族
学生 維持 あり・数(%) 75(26.9) 306(71.3)
維持 あり・数(%) 39(14.0) 63(14.7) 残差 -0.5 11.6
残差 -0.3 0.3 増加 あり・数(%) 6(2.2) 12(2.8)
増加 あり・数(%) 27(9.7) 72(16.8) 残差 -0.5 0.5
残差 -2.7 2.7 減少 あり・数(%) 198(70.0) 111(25.9)
減少 あり・数(%) 189(67.7) 234(54.5) 残差 11.8 -11.8
残差 3.5 -3.5 なし あり・数(%) - -
なし あり・数(%) 24(8.6) 60(14.0) 残差 - -
残差 -2.2 2.2 宗教
勤労 維持 あり・数(%) 0(0) 3(0.7)
維持 あり・数(%) 33(11.8) 93(21.7) 残差 -1.4 1.4
残差 -3.3 3.3 増加 あり・数(%) 87(31.2) 75(17.5)
増加 あり・数(%) 18(6.5) 44(10.3) 残差 4.2 -4.2
残差 -1.8 1.8 減少 あり・数(%) 27(9.7) 12(2.8)
減少 あり・数(%) 213(76.3) 247(57.6) 残差 3.9 -3.9
残差 5.1 -5.1 なし あり・数(%) 165(59.1) 339(79.0)
なし あり・数(%) 15(5.4) 45(10.5) 残差 -5.7 5.7
残差 -2.4 2.4 趣味
ボランティア 維持 あり・数(%) 37(13.3) 27(6.3)
維持 あり・数(%) 12(4.3) 6(1.4) 残差 3.2 -3.2
残差 2.4 -2.4 増加 あり・数(%) 78(28.0) 255(59.4)
増加 あり・数(%) 96(34.4) 150(35.0) 残差 -8.2 8.2
残差 -0.2 0.2 減少 あり・数(%) 90(32.3) 122(28.4)
減少 あり・数(%) 129(46.2) 153(35.7) 残差 1.1 -1.1
残差 2.8 -2.8 なし あり・数(%) 74(26.5) 25(5.8)
なし あり・数(%) 42(15.1) 120(28.0) 残差 7.8 -7.8
残差 -4 4 組織
養育 維持 あり・数(%) 18(6.5) 60(14.0)
維持 あり・数(%) 96(34.4) 213(49.7) 残差 -3.1 3.1
残差 -4 4 増加 あり・数(%) 129(46.2) 222(51.7)
増加 あり・数(%) 12(4.3) 30(7.0) 残差 -1.4 1.4
残差 -1.5 1.5 減少 あり・数(%) 111(39.8) 102(23.8)
減少 あり・数(%) 156(55.9) 180(42.0) 残差 4.5 -4.5
残差 3.6 -3.6 なし あり・数(%) 21(7.5) 45(10.5)
なし あり・数(%) 15(5.4) 6(1.4) 残差 -1.3 1.3
残差 3 -3 χ2検定 *p<0,05,**p<0.01 29因子/42
家庭
維持 あり・数(%) 117(41.9) 276(64.3)
残差 -5.9 5.9
増加 あり・数(%) 27(9.7) 30(7.0)
残差 1.3 -1.3
減少 あり・数(%) 111(39.8) 83(19.3)
残差 6 -6
なし あり・数(%) 24(8.6) 40(9.3)
残差 -0.3 0.3
0.827 0.008**
0.001**
0.032*
0.038*
0.000**
0.001**
0.102 0.000**
0.019*
0.025*
0.936 0.006**
0.000**
0.000**
0.147
0.790 0.000**
0.003**
0.206 0.000**
0.000**
0.292
0.000**
0.006**
0.000**
0.000**
0.808 0.000**
-
0.283 0.000**
0.000**
0.000**
0.002**
0.000**
0.314 0.000**
0.002**
0.166 0.000**
0.234
17
表2 うつの有無と有意な役割変化の関連
係数 オッズ比(95%信頼区間) p値
宗教 なし -1.233 0.292 (0.17-0.48) 0.000**
ボラ 減少 -1.076 0.341 (0.20-0.58) 0.000*
ボラ なし -0.983 0.374 (0.21-0.66) 0.001**
家庭 維持 -0.897 0.408 (0.25-0.64) 0.000**
養育 減少 -0.879 0.415 (0.25-0.67) 0.000**
友人 増加 -0.748 0.474 (0.30-0.73) 0.001**
年齢階級 0.750 2.118 (1.34-3.34) 0.001**
仕事 減少 0.842 2.32 (1.43-3.75) 0.001**
宗教 減少 1.013 2.754 (1.06-7.09) 0.036*
趣味 維持 1.021 2.777 (1.40-5.49) 0.003**
性別 1.227 3.41 (2.10-5.53) 0.000**
家族 減少 1.444 4.239 (2.82-6.35) 0.000**
趣味 なし 1.714 5.549 (3.02-10.18) 0.000**
学生 減少 1.447 6.25 (2.43-7.42) 0.000**
定数 -1.954
*p<0,05,**p<0.01
オッズ比は,1.0より大きいほど,うつありと関連があり,
1.0より小さいほど,うつなしと関連があることを示す.
有意な変数 うつあり群・うつなし群
18
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22 Abstract
The purpose of this study was to examine how the depressed state is related with change of a social role for 708 elderly people who lived in an agricultural area in Japan. Depressed state and role change of past and present by the Role checklist were investigated. The result of logistic regression analysis, "student role reduction (OR : 6.25, 95%, CI : 2.43-7.42)", "no hobbyist role (OR : 5.54, 95%, CI : 3.02-
10.18)", "family member role reduction (OR : 4.23, 95%, CI : 2.82-6.35)", " hobbyist role sustentation (OR : 2.77, 95%, CI : 1.40-5.49)", "religious participant role reduction (OR : 2.75, 95%, CI : 1.06-7.09)", "worker role reduction (OR : 2.32, 95%, CI : 1.43-3.75)", and , “gender (OR : 3.41, 95%, CI : 2.10-5.53)”," age group (OR : 2.11, 95%, CI : 2.10-5.53)" had a strong relation with the depressed state. These findings suggested that through evaluation of such role change, depressed state of the elderly people could be read and untied it.