HIV 関連神経認知障害が疑われた HIV 感染者の検討
1)がん・感染症センター都立駒込病院感染症科,2)初石病院神経内科,3)がん・感染症センター都立駒込病院臨床検査科
森岡 悠
1)岸田 修二
2)今村 顕史
1)関谷 紀貴
3)柳澤 如樹
1)菅沼 明彦
1)味澤 篤
1)(平成 25 年 9 月 27 日受付)
(平成 25 年 10 月 16 日受理)
Key words : HIV-associated neurocognitive disorder, dementia, HIV
要 旨
背景:抗 HIV 療法の進歩によって HIV 感染者の長期生存が可能になってきた現在,HIV 関連神経認知障 害(HAND)が問題となりつつある.本邦において HAND の報告は少なく,臨床像や有病率は明らかでは ない.
対象・方法:都立駒込病院において,平成 18 年度のエイズ研究事業で作成された 8 つの神経心理検査か らなる HIV 感染者高次機能評価バッテリーが 30 人の HIV 感染者に施行された.中枢神経合併症のため 5 人が除外され,HAND の合併が疑われた 25 人の患者背景,頭部 MRI 所見,髄液所見,神経心理検査結果 を重症度別に比較した.また,バッテリー内の一部の検査を組み合わせて,簡易バッテリーとして用いた場 合の検討を行った.
結果:25 人中 19 人(76%)が HAND と診断され,その内訳は 7 人が HIV 認知症,8 人が軽度神経認知 障害,4 人が無症候性神経認知障害であった.重症度別では,患者背景,頭部 MRI 所見,髄液所見はいず れも一定の傾向が見られなかった.簡易バッテリーの検討では,International HIV Dementia Scale もしく は符号の検査のいずれかがカットオフ値以下であった場合,94.7% の HAND 症例は検出可能であった.
結論:臨床的に HAND の合併が疑われた大部分の HIV 感染者に対して HAND の診断がなされた.HIV 感染者高次機能評価バッテリー内の一部の神経心理検査は有用であったが,現行の HAND の診断基準に合 致したものに改訂する必要がある.
〔感染症誌 88:141〜148,2014〕
序 文
Human immunodeficiency virus(HIV)感染者の 生命予後は,抗 HIV 療法(Antiretroviral Therapy:
ART)の進歩により劇的に改善した.日和見感染症 は全般的に減少傾向が見られ,クリプトコッカス髄膜 炎やトキソプラズマ脳症等の HIV 関連中枢神経日和 見感染症も減少傾向が見られている.従来 HIV 脳症 と言われていた HIV 認知症(HIV associated demen- tia:HAD)も同様に減少していることが報告されて いるが1),軽症の神経認知障害を有する HIV 感染者は むしろ増加している事が近年報告されるようになって きた2)3).
1991 年,HIV に関連した神経認知障害を評価する ため,American Academy of Neurology(AAN)は
HAD と minor cognitive motor disorder(MCMD)に 分類する AAN criteria を作成した4).しかし,HAD と MCMD の区別が曖昧であり,日常生活に支障はな いが神経心理検査にて異常を指摘される軽症例を検出 できないなどの問題点が指摘されるようになった.そ の た め,2007 年 に HIV 関 連 神 経 認 知 障 害(HIV- associated neurocognitive disorder:HAND)の概念 が提唱され,最重症である HAD,軽度神経認知障害
(mild neurocognitive disorder:MND),無症候性神 経認知障害(asymptomatic neurocognitive impair- ment:ANI)に分類する Frascati Criteria が提唱 された5).HAND 合併 HIV 感染者は非合併例と比較 して生存率に差が出るとの報告がなされ6),HIV 感染 者の長期生存が可能になった現在,HAND のマネー ジメントについて,世界的にも大きな関心が寄せられ ている.
原 著
別刷請求先:(〒113―8677)東京都文京区本駒込 3―18―22
東京都立駒込病院感染症科 今村 顕史
Table 1 Revised criteria for HAND (modified from Neurology 2007; 69:
1789-99)
Result of neuropsychological tests Impairment of daily life ANI at least two tests, under -1SD or cut off point none
MND at least two tests, under -1SD or cut off point mild impairment HAD at least two tests, under -2SD marked impairment
NML other than above none
HAND: HIV-associated neurocognitive disorder, SD: standard deviation
ANI: asymptomatic neurocognitive impairment, MND: mild neurocognitive impairment, HAD: HIV-associated dementia, NML: normal,
The cognitive impairment does not meet the criteria for delirium.
There is no evidence of another preexisting cause for the occurrence of HAND.
Frascati Criteria を用いた報告が各国より行われ るようになって来ているが2)7)〜10),本邦においては,
HIV 診療を行っている施設が限られており,HAND の概念が広く受け入れられているとは言い難い.また,
HAND の評価方法も統一されたものはなく,心理士 による神経心理検査での評価を行えない施設も存在す る.そのような状況下において,本邦における HAND の報告はごく一部あるのみであり11)12),実態は明らか ではない.今回我々は,本邦において HAND の診断 に有用な情報を得る事を目的に,本邦において HIV 感染者の高次機能評価のために作成されたバッテリー
(包括的な評価を行うために複数の神経心理検査を組 み合わせたもの)が行われた症例を多面的に検討した.
対 象
2008 年 1 月から 2013 年 6 月の期間中に,都立駒込 病院感染症科(以下駒込病院)で,自覚症状や患者の 訴えから臨床的に HAND が疑われた 30 例に対して,
バッテリーが施行された.その中で,急性期の中枢神 経日和見感染症の合併例や,他の中枢神経合併症の影 響が否定できない 5 例を除いた 25 例を後方視的に検 討した.
方 法
患者背景,髄液所見,頭部 MRI 所見,バッテリー 結果の各項目について,重症度別に比較した.HAND の重症度は Table 1に沿って分類した. Frascati Cri- teria では,少なくとも 5 つの脳領域について評価 を行い,2 領域以上で 1 標準偏差値(Standard Devia- tion:SD)以 上 の 高 次 機 能 の 低 下 を 示 し た 場 合 を HAND と定義している5).神経心理検査は複数の脳領 域に関与するものが多く,どの脳領域の機能低下が見 られるのか非専門家には判断が難しいことに加え,
カットオフ値はあるが SD が明らかでない検査も含ま れているため,本検討では 2 つ以上の検査で 1SD 以 上低下した場合もしくはカットオフ値を下回る場合に HAND と定義した.日常生活障害度はカルテの情報 と当時の状況の聞き取りにて判断した.MRI 所見は
放射線科専門医の読影にて,年齢不相応の脳萎縮の有 無と白質病変の有無を検討した.
今回用いられたバッテリー検査は「HIV 感染者高 次機能評価バッテリーの作成」13)を使用した.検査名
(略語,所要時間,関与する高次機能)を以下に示す.
① International HIV Dementia Scale(IHDS,約 3 分,
運動スピード,精神運動スピード,記憶),②レーヴ ン色彩マトリックス検査!Ravenʼs Colored Progres- sive Matrices(RCPM,約 15 分,視空間認知,注意,
遂行),③レイの複雑図形検査!Rey-Osterrieth Com- plex Figure test(ROCF copy!ROCF recall,約 15 分,運動機能,視空間認知,記憶),④数唱!Digit Span
(DS,約 3 分,記憶,注意),⑤符号!Digit Symbol Sub- stitution Test(DSST,約 3 分,注意,情報処理,注 意能力),⑥ Draw a Clock Test(Clock,約 3 分,視 空間認知),⑦ Word Fluency Test(Word,約 3 分,
言 語 機 能),⑧ Mini-Mental State Examination
(MMSE,約 10 分,総 合 認 知 機 能 評 価).IHDS と MMSE に関しては,カットオフ値をそれぞれ一般的 に用いられる 10,24 に設定した14)15).また,⑥ Clock については採点方法が多数あることに加え,平均点や カットオフ値について明確なものがないため,重症度 分類には使用せず参考値とした.その他の検査につい ては,各年代の平均点・SD を使用して重症度分類を 行った.
また本検討結果を基に,所要時間が短くかつ非専門 家でも施行可能な神経心理検査の組み合わせ(簡易 バッテリー)についても検討した.本検討で HAND と診断された患者を検出するにあたり,スクリーニン グとして用いられる IHDS,MMSE を単独で使用し た場合と,所要時間が短い検査(DS,DSST,Word)
を加えた場合を検討した.いずれかの検査でカットオ フ値を下回る場合を簡易バッテリーで陽性とし,簡易 バッテリーの感度と特異度を算出した.
全ての統計解析については,統計ソフトである R
(The R Foundation for Statistical Computing)のグ
Table 2 Patient demographics Total
(n=25)
HAD (n=7)
MND (n=8)
ANI (n=4)
NML
(n=6) p
Age (years), mean±SD 49.6±13.1 52.9±10.0 50.0±17.7 49.8±12.0 45.2±11.0 0.653
Sex, male, n 23 7 6 4 6 0.490
Education (years), mean±SD 11.4±2.4 11.6±2.9 10.8±2.1 10.6±2.1 12.0±3.1 0.591 Nadir CD4 (/μL), median (range) 51
(1-253)
51 (2-180)
80 (1-90)
20.5 (10-62)
54.5 (3-253)
0.877 Current CD4 (/μL), median (range) 92
(1-645) 261.5
(6-645) 189
(1-495) 34.5
(17-92) 66
(3-426) 0.061
AIDS defining illness, n 18 6 5 4 3 0.127
Hepatitis C, n 1 0 0 1 0 0.143
ART naiive, n 10 3 1 2 4 0.270
Currently on ART, n 10 4 4 1 1 0.223
SD: standard deviation, ART: antiretroviral therapy, HAD: HIV-associated dementia, MND: mild neurocognitive im- pairment, ANI: asymptomatic neurocognitive impairment, NML: normal
Table 3 Cerebrospinal fluid analysis and head MRI findings
CSF analysis Total
(n=18)
HAD (n=6)
MND (n=4)
ANI (n=2)
NML
(n=5) p
Cell count (/μL), median (range) 1 (0-47)
2.5 (0-5)
2.5 (0-47)
4 (1-7)
1 (0-2)
0.933 Protein (mg/dL), median (range) 37
(16-110)
47.5 (25-110)
35 (34-77)
59.3 (59.3)
34 (16-62)
0.808 Glucose (mg/dL), mean±SD 59.4±15.2 56.3±17.2 57.8±11.9 75.5±29.0 59.6±8.1 0.111
Head MRI findings Total (n=24)
HAD (n=7)
MND (n=7)
ANI (n=4)
NML
(n=6) p
Atropny, n 8 3 3 2 0 0.234
WMSIA, n 4 2 1 0 1 0.877
CSF: cerebrospinal fluid, SD: standard deviation, HAD: HIV-associated dementia, MND: mild neurocognitive im- pairment, ANI: asymptomatic neurocognitive impairment, NML: normal, WMSIA: white matter signal intensity abnormality
ラフィカルユーザーインターフェースである EZR
(Saitama Medical Center,Jichi University)を使用 した.重症度別の患者背景,髄液所見,頭部 MRI 所 見の解析については,連続変数についてはマン・ホ イ ッ ト ニ ー の U 検 定,2 値 変 数 に つ い て は フ ィ ッ シャーの正確確率検定,ピアソンのカイ 2 乗検定を使 用し,有意水準は p<0.05 と定義した.
結 果
HAND の合併が疑われた 25 例のバッテリー施行時 における全体の患者背景と重症度別に分けたものを Table 2に示す.全例日本人であり,内訳は男性 23 人,
女性 2 人であった.全体の平均年齢は 49.6 歳であっ た.全体の教育歴の平均は 11.4 歳,全経過における 最低 CD4 数の中央値は 51!μL,バッテリー検査時の CD4 数の中央値は 92!μL であった.バッテリー結果 より,19 例(76%)が実際に HAND と診断された.
重 症 度 別 に HAD(7 例),MND(8 例),ANI(4 例),
正常(6 例)に分類された.最低 CD4 数,学歴は重 症度別に一定の傾向が見られなかったが,年齢と検査 時 CD4 数は重症度が高くなる程高い傾向が見られた.
また,10 例(40%)で ART が導入されており,HAD において は 4 例(57%)の HIV 感 染 者 に ART が 導 入されていた.
髄液所見,MRI 所見を Table 3に示す.髄液所見は 各重症度別に大きな差異は認められなかった.頭部 MRI 上は脳萎縮・白質病変を認めた症 例 の 大 半 は HAD,MND で占めていたが,HAD,MND でも MRI 上異常を呈さない症例がそれぞれ 2 例,4 例認められ た.
バッテリーの結果を Table 4に示す.HAD 症例は 全般的に著しい低下が見られた.Clock,Word は HAD 以外ではほぼ正常範囲内で重症度別の差異が乏しかっ たが,その他の検査は軽症になるにつれ成績が向上し ている傾向がみられた.ROCF recall と DSST におい て,1SD 以下を示す症例が多い傾向が見られた.
簡易バッテリーの検討結果を Table 5に示す.IHDS
(カットオフ値 10)もしくは DSST(同 7)のいずれ かがカットオフ値以下であった場合,バッテリー結果 で HAND と診断された症例の 94.7% を検出すること が可能であった.
Table 4 Results of neuropshycological tests HAD
(n=7)
MND (n=8)
ANI (n=4)
NML (n=6) Neuropshycological
test
Full score
Cut off
point Mean Mean±SD
IHDS 12 10 - 4.6±2.4 9.6±1.2 11.0±1.2 11.6±0.5
RCPM 36 - - 22.0±7.8 27.6±5.0 31.5±3.3 34.3±1.9
ROCF copy 36 - - 23.8±12.2 30.5±3.9 33.8±3.9 35.0±2.0
ROCF recall 36 - - 4.9±6.1 10.9±5.5 12.4±5.3 24.8±5.8
DS - - 10 6.8±1.7 8.8±3.0 10.0±2.8 11.8±2.1
DSST - - 10 4.2±1.5 6.4±4.3 7.0±2.4 11.2±3.5
Clock 9 - - 6.1±2.6 8.7±0.5 8.9±0.3 8.9±0.2
Word - - 10 5.6±4.4 10.4±3.2 10.3±3.0 13.7±2.9
MMSE 30 24 - 21.1±3.5 24.9±3.1 26.5±1.7 27.8±1.3
SD: standard deviation, HAD: HIV-associated dementia, MND: mild cognitive disorder, ANI: asymptomatic neu- rocognitive disorder, NML: normal
IHDS: International HIV Dementia Scale, RCPM: Ravenʼs Colored Progressive Matrices, ROCF: Rey-Osterrieth Complex Figure Test, DS: Digit Span, DSST: Digit Symbol Substitution Test, Clock: Draw a Clock Test, Word:
Word Fluency Test, MMSE: Mini-Mental State Examination
Table 5 Evaluation of abbreviated test battery HAD
(n=7)
MND (n=8)
ANI
(n=4) Sensitivity Specificity Neurophycological
test
Administration time (min)
Cut off
point Under cut off point, n % %
IHDS 3 10 7 5 2 73.7 100
MMSE 10 24 5 4 1 52.6 100
IHDS+DS 6 10, 7 7 5 2 73.7 100
IHDS+DSST 6 10, 7 7 8 3 94.7 83.3
IHDS+Word 6 10, 7 7 5 3 78.9 100
IHDS+MMSE 13 10, 24 7 7 3 89.5 100
MMSE+DS 13 24, 7 6 5 1 63.1 100
MMSE+DSST 13 24, 7 7 7 2 84.2 83.3
MMSE+Word 13 24, 7 6 5 1 63.1 100
HAD: HIV dementia, MND: mild cognitive disorder, ANI: asymptomatic neurocognitive disorder, IHDS: Inter- national HIV Dementia Scale, MMSE: Mini-Mental State Examination, DS: Digit Span, DSST: Digit Symbol Sub- stitution Test, Word: Word Fluency Test
考 察
HIV の感染が成立した後,HIV に感染した単球や リンパ球が脳血管関門から中枢神経系に侵入し,神経 膠細胞やマクロファージが HIV のリザーバーとなる ことが知られている.HIV との免疫応答の結果生じ るサイトカインや神経毒性物質などによって中枢神経 系で炎症が生じた結果,神経細胞や神経膠細胞の変性 が生じ,HAND の臨床像を呈すると考えられている.
慢性炎症が続いた結果として,白質病変や脳萎縮が生 じる例もある1)16).ART によって中枢神経系の HIV が減少した結果,炎症が落ち着き,HAND の症状も 軽快すると考えられている.しかし,ART の進歩に も関わらず HAND が依然問題となっている一因とし ては,中枢神経系への抗 HIV 薬の移行性が低いこと が挙げられる.髄液中の抗 HIV 薬の濃度は血清中の 数%程度であることが知られており1),中枢神経内で
HIV の増殖を阻止するのに十分な濃度を保てていな い可能性が指摘されている17).HIV 感染者特有の中枢 神経合併症に加え,うつ病等の精神疾患,脳血管障害,
違法薬物使用,抗 HIV 薬による神経毒性など,HIV 感染者の中枢神経症状は様々な要因で生じ得るため,
HAND の診断にあたりこれらの要因を除外する必要 がある18).しかし,複数要因によると考えられる神経 認知障害を呈する患者も多く,鑑別に苦慮することも 多いのが現状である.
本研究では,駒込病院における HIV 感染者に対し て行われたバッテリー結果と患者背景,MRI 所見,髄 液所見を示した.当院では患者の年齢層が他院よりも 比較的高い傾向にあるが19),本検討の患者の年齢中央 値が 49.6 歳(うち 60 歳以上は 7 人)と同様に高い傾 向が見られ,加齢による影響が今回の結果に反映され ていた可能性が考えられた.また,対象となった患者
の大半は中卒(8 人)もしくは高卒(7 人)であるた め,基礎学力が今回の検査に影響を及ぼしていた可能 性も否定できない.本検討において 72% の患者が AIDS 指標疾患を発症しており,最低 CD4 数の中央 値が 51!μL と低いことから,HIV 感染として進行し た感染者にバッテリー検査が行われている傾向が見ら れる.CD4 数の最低値が低いほど HAND の発症リス クが高いと報告されているが2)20),本検討では従来の 報告通り CD4 数が低い HIV 感染者が HAND の合併 が疑われ,実際に HAND の診断がなされていた.ART が長期間行われている HIV 感染者に生じた HAND が 問題となりつつあるが21),本検討でも ART 施行下で HAND と診断された患者が全体の 40% を占めてお り,治療経過に関わらず認知症状の合併に留意する必 要がある.
頭部 MRI に関しては重症度別で有意差が見られな かったものの,白質病変,脳萎縮ともに HAD,MND で多い傾向が見られた.MRI 所見と HAND の重症度 は相関するとの報告がなされており22),本検討も同様 の傾向が見られていた.しかし,これらの所見は非特 異的であるため,頭部 MRI にて他の器質的疾患を除 外すべきとされている18).髄液所見は各群間で大きな 差異はなく,細胞数等の髄液一般検査は HAND の診 断において有用性は低い.しかし既に ART が施行さ れている症例に発症した HAND では,髄液のみから HIV-RNA が検出される例(Escape 現象)も報告さ れている21)23).髄液中の HIV-RNA とその耐性検査に 基づいて ART を変更するガイドラインが提唱されて おり24),特に ART 導入下で発症した HAND につい ては髄液検査を積極的に行うべきである.
バッテリー結果では,HAD は全般的に検査成績が 低い傾向にあるものの,MND,ANI,正常群では微 差 に 留 ま る 検 査 が 多 く 見 ら れ た.HAD 以 外 で は,
Clock は満点の成績が多く,Word は標準(10 点)に 近い点数を取っている事から,これらは重症度分類に あたり有用とは言い難い結果である一方,ROCF と DSST が軽症例においても有用であった.HAND は 皮質下認知症の臨床像を呈する事が多いとされ16),脳 領域では,言語,注意・ワーキングメモリー,情報処 理スピードを調べる検査が HAND の検出に有用であ ることが知られている25)26).本検討で用いた検査の中 では,ROCF は有用であるものの時間を要し(約 15 分),採点も煩雑である.DSST は 90 秒の検査時間に 採点時間を要するのみであり,特別な技能を必要とせ ず,実臨床でも有用と考えられる.DSST 以外には,
Trail-Making Test A,B や Grooved Pegboard など が海外の報告では施行されることが多く26)〜28),これら の検査をバッテリーに組み込むことで HAND の検出
率を高められる可能性がある.
MMSE はアルツハイマー型認知症などの皮質性認 知症のスクリーニングで用いられるが,皮質下認知症 を呈する事が多い HAND のスクリーニングに単独で 用いることは推奨されていない29).また,MMSE は 年齢や教育水準の影響を受ける事が知られているた め30),高齢者や明らかに教育歴が低いと考えられる場 合には評価し難い.IHDS は HAD のスクリーニング としては有用であるものの14),MND,ANI の検出に は限界があることが知られており,メタアナリシスの 結果では HAND 全体の感度は 62% と報告されてい る30).IHDS と MMSE の 比 較 で は,IHDS の 方 が HAND の検出に有用であったと報告されている31).本 検討では,IHDS もしくは DSST のいずれかがカット オフ値以下であれば,HAND と診断された症例の約 95% を検出することが可能であった.いずれの検査 も専門的技能は必要でなく,短時間(計 6 分程度)で 済むため,心理士による評価ができない施設において は,HAND の簡易評価として有用な可能性が示され た.しかし,本検討の対象は臨床的に HAND 合併を 疑った HIV 感染者のみであり,選択バイアスのある 検討結果である.特異度については,正常と診断され た症例は 6 人しかいないことに加え,選択バイアスが 加 わ っ た 影 響 で,従 来 の 報 告(IHDS:50〜79%,
MMSE:88〜92)よりも高く30),参考値に留めるべき である.IHDS と DSST を HIV 患者全体にスクリー ニングとして用いる場合の有用性の評価は,HIV 感 染者,非感染者を含めたデータが今後必要と考えられ る.その他のスクリーニング検査としては,Trail- Making Test B を含めた複合的スクリーニングであ る Montreal Cognitive Assessment(MoCA)の有用 性が報告され始めている32)33).MoCA の日本語版であ る MoCA-J が日本人 HIV 感染者に有用かどうかは今 後の研究の報告が待たれる.
HIV 感染者全員に対して本検討で使用したバッテ リーを施行することは患者・臨床心理士の負担が大き く,現実的ではない.適切なスクリーニングで患者を 抽出した後,詳細なバッテリーで評価することが望ま しい.しかし,スクリーニングとして確立したものは なく,診療の合間に時間を要するスクリーニングを行 う事は難しいため,駒込病院では医療従事者の判断で 疑わしい症例(本人からの物忘れの訴えや,理解度が 乏しい場合など)にのみバッテリーを行っていた.対 象が限られるものの,臨床的に疑われた症例の大半は HAND と診断できるため,該当する症例のみバッテ リーもしくは IHDS と DSST による簡易バッテリー を行う事により,患者を効率的に評価できる可能性が 示された.その一方で,ANI に分類される自覚症状
がない HIV 感染者が一定数存在することから2),臨床 判断のみではこれらの症例を見逃してしまう可能性が あることを留意すべきである.
今回の検討において,元々の基礎能力が低いために HAND と診断された症例や,検査結果が正常範囲内 であっても,元々の基礎能力が高かったために HIV 感染症の影響が検知できていない症例が含まれていた 可能性がある.これらは学歴が参考になるものの,一 時点では判断が困難であるため,経時的に経過を追っ ていく必要がある.
本検討で使用したバッテリーは,記載時点において 日本で公開されている HAND に対する唯一のバッテ リーであるが,2007 年の Frascati Criteria が提唱 される前に作成されたものである.このバッテリーに は,HAND のスクリーニングとして用いられる検査
(IHDS,MMSE)が含まれていたり,日本人のロー カルデータが利用できない検査があり,現行の診断基 準にそのまま当てはめることは難しい.今後,非 HIV 感染者を含めた評価も行った上で,日本における HIV 感染者の HAND 合併の実態について明らかにするこ とが HIV マネージメントにおいて重要であると考え られる.そのためには HIV 診療医のみならず,神経 内科医,精神科医,看護師,臨床心理士など多職種で 協力して,HAND 診療のスクリーニング方法とバッ テリーの作成並びに治療指針を作ることが望まれる.
謝辞:駒込病院神経科塩谷佳代先生には,バッテ リー検査の施行並びに評価について多大な助言を頂き ました.この場を借りて御礼申し上げます.
利益相反自己申告:申告すべきものなし 文 献
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Evaluation of HIV-infected Patients Suspected as Having HIV-associated Neurocognitive Disorders Hiroshi MORIOKA1), Shuji KISHIDA2), Akifumi IMAMURA1), Noritaka SEKIYA3),
Naoki YANAGISAWA1), Akihiko SUGANUMA1)& Atsushi AJISAWA1)
1)Department of Infectious Diseases, Tokyo Metropolitan Komagome Hospital,
2)Department of Neurology, Hatsuishi Hospital,
3)Department of Clinical Laboratory, Tokyo Metropolitan Komagome Hospital
Background:HIV-associated neurocognitive disorders (HAND) have emerged as a problem among HIV-infected individuals in the era of antiretroviral therapy. However, there are insufficient data on HAND regarding its prevalence and clinical features in Japan.
Methods:A test battery composed of eight neuropsycological tests proposed by the Ministry of Health, Labour and Welfare (MHLW test battery) was applied to assess 30 subjects at Tokyo Metropolitan Koma- gome Hospital. Among them, 5 subjects were excluded due to central nervous system complications. The background of each patient along with the results of head magnetic resonance imaging (MRI), cerebrospinal fluid (CSF) analysis and neuropsychological tests were compared to each HAND category. In addition, the clinical utility of a combination of neuropsychological tests as an abbreviated test battery of HAND was evaluated.
Results:A total of 19 (76%) subjects were diagnosed as having a HAND. Among them, HIV-associated dementia, mild neurocognitive disorders and asymptomatic neurocognitive disorders were diagnosed in 7, 8, and 4 subjects, respectively. Neither the patientʼs background nor the results of the head MRI and CSF analysis showed relevance to disease severity. The conventional International HIV Dementia Scale with the Digit Symbol Substitute Test was capable of detecting 94.7% cases of HAND.
Conclusions:Most HIV-infected subjects clinically suspected as having neurocognitive disorders were diagnosed as having a HAND. Neuropsychological tests of the MHLW test battery were in some part useful to diagnose HAND. However, more precise neuropsychological tests are warranted to screen and diagnose HAND, based on the current criteria.