仙︑経済理論と空間概念
こ︑経済空間と交通概念
三︑交通と場所的効用
四︑結 論
一︑経済理論と空間概念
われわれほすべての経済質素1斗全体的軋あ原子的にも− の相互関係及び相互依存性のみならず︑相互に関連
する経済通程の分析において時間的性格と同様に空間的性格を考慮・紅入れなければならない︒従来の経済慧珊ほ時
ぷ的翠茶のみ重要視し空間的考慮ほ余り顧みなかった︒即ちすべての生産軍需と生産者︑商品と消費者がて鱒阻凝
︵註l︶ 伸一相している昌epOint牒OnOmyが論ぜられて釆た︒
冨arSba=は経済理論の動態的研究の重妥性を強調し﹃問題の困難性は主として空間の広さと問題の市場がひき ︵鼓 2︶ かばしている時間の長さにおける変数に依存しているっしかして時間の影響ほ肇間のそれよりも本質的である﹄と
述べている︒又PigOuも最初空間的拡がりを森祝した静止状態経済︵stati︒naryStateeCOnOmy︶を論じたあ
1J︑一つの生産質素である土地の本質的性質が空間的拡延性︵e賢nsi呂inspace︶にあることを認あ︑この理
︵註3︶ 鵠的関連をある程度追求した︒しかし彼の空間観も彼の︑理論の基底ではなく彼の聾論の修正補足にとどまった︒
︵二四〇︶三五 杢開放念と場所価情 客間概念と場蹄価値
村 福 七
、
︵二四こ 三六 第二十八巻 第三骨
出icksほ初め空間に関して含蓄ある態度で問題の分析を始めた︒即ち彼ほ﹃経済理論が取扱わねばならない問題
の多くほ研究して魂ると市場間の相互関係の問題であることが判明する︒かくして国際貿易のもつ複雑な問層ほ輸
出入商品の市努と資本市場との相互関係を含んでいる︒これ等の著者・︵ワルラスやバレーーやウィグセル逮︶が大
成した一般均衡理論の方法は市場相互関係の複雑なる雛形の形態において全体の経済構造を展示しようと特に意図
せられたのである︒われわれの仕事ほどうしても彼等の伝統に従い︑彼等の仕事の継続である外ほない︒﹄と述べ
︵註4︶ ている︒しかしHicksは市場軋完全であるとし且つ市場を通じて唯蒜価格が支配すると仮偏した︒換言すれぼ
彼は市場内︑に於ける運送費用やその他の移動に関する費用ほ零であると仮定した︒この意味において空間的要素は
灘除せられ経済要素のすべてのものほ二点に圧縮せられ︑すべての空間的抵抗ほ消失したのである︒
しかしながら詮が経済過程の空間的様相を否定出来るだろうか︒∵又すべての経済活動が時間と同様に窄問的拡が
りの中で行われていることを誰が否転出来るであろうか︒時間も空間も経済慧刑に於いてほ考慮すべき本質的要素 ︵註5︶ − でなければならない︒
:sard教授は﹃われわれは経済活動が時と空間との拡がりに率いて行われる七いう明白な事実を認めなけれーほな
らない﹄と説き︑示唆軋富む空間経済理論.を展開した︒彼軋経済の複雑なる空間的関係を表示するために距離授人
畳︵distance昔puts︶なる概念を用い︑距離投入量を単位重患が単位距離秒尉する即ち屯粁で表示した︒換言す
れば距離投入量は空間を移動する場合起る抵抗を克服するため軋必要とせられる努力及びその他の要素用役皇一日う
のである︒
本財投入昼との類似性を指摘して︑生産期間︑時間の割引︑時間的選好に対して生産の空間範閉︑空間の割引︑空
︵註6︶ 間的選好の概念を以って説明し︑空間の割引が遊撃であると主張するのである︒
証1 経済理論に空間概念を取入れたものとしては独占的競争理論派特忙C訂mbeユinをあげなくてはならない︒Chamgrごn︸
E.H.﹀ T訂TFeOry Of MOnOpOstic CO旨petitiOn.−豊∽⁚and Fis dOCtOra−dissertatiOn−−箆可
又独占競争理論派以外で経済要素として空間概念を取り上げたものとしてほ句etterをあげることができる︒彼は﹃市場の
広さに関する経済法則﹄において空間要素を導入してい.る︒
句etter︐F.A.W The EcOnOmic Law Of Market Areas﹀ QJ.E.い H回国ヨHI︵May−¢N£p・∽N∽
註2 Ma詔訂︸A.﹀Pr苫旦es︒fEcOn音ics﹀00tFed.∵転学鮒k﹀くW CFざ誓﹀Sec﹂・
T訂difficulties Of the prOb−emdepend㌢ief−y呂くaコati昌SintbeareaOfspace−畠d the peユOd Of
′ time O諾r Which tFe market in qロeStiOn e已ends−tFe influence Of time bein粥 mOre f仁ndamen︷a−tFan tFat Of竃aCeぷ
註3 Pi讐u﹀ A●Cこ Tど∵由cOロOmics Of Stati呂ary State¢﹀−父苗−pp・−¢N ff.
証4 ヒソックス﹁価値と資本﹂第二−・三頁
Hicks−J−R.W くa訂e aロdCapita−︵○已Ord−−宍道︶
it turn∽〇ut.〇n in諾StigatiOn.tFat Of t訂prOblems Of完ddra−遥riab−es︑⊥司ith which ecOnOmic tFeOry
訂∽tO COnCer首itse声 Ore prOb−ems Of︼nterre−a叶i①nS Of markets.TFus﹀ t訂mOre COmp−e舛 prOb−ems○︻
inte旨atiOna−trade inく○才e tFe i≡erre−atiOnS Of tFe markets fOr impOrtS and eHpOr訂witF the c首ita−
market⁝−⁚︷The metFOd Of Genera−Eq已bri仁m﹀ Whicb tPese writers︵竜a−ras﹀ ParetO and Wickse︶
e−abO⊇ted wa叫.e昔eci巴−y計signed︑tO eHFibit tFe ecOnOmic system as a wFO−e﹀ in the fO旬m Of a cOm・
p−eM patt菩臥Ofinterre−ati昌S Of mar官ts.〇誓 WOrk is bO仁nd tO be intheir・traditiOnY and tO be q
COntinGatiOn Of thei訪.
空間概念と場所価値 ︵二四二︶三七
二鱒において生産要素であると同時に他面においてほすべての経済活動ゐ地盤であり︑すべての経済活動ほこの事
蘭的拡がりの上に行われるのである︒Weigmanはかかる空間を経済的空間︵wiユscぎftsraum︶ と字付け経済
過程の空間的構造︑市場の空間的拡がり及び範囲︑あらゆ/るもの経済的還の空間的相互関係を分析せんした︒彼の ︵註 2︶ 空間経済由論二TheO㌢derRaumwirscFa言ほ正しい認識の上に音三ていると考えられる︒Fりiedrichヂ
GOt苧Ott≡ienfe−dほ人間欲求の調達の基礎として生活空間︑生活圏環︵外部から与えられるもの︶ 生活根幹︑
生活遺産︵過去から与えちれるもの︶の四つをあげ︑生活空間︵Lebensraum︶ を更に居住室間 ︵宅OFロraum︶
働衛空周︵Wehrra呂︶培寒空問︵NFc冒a昌︶資源垂間︵讃chs⊇昌︶ 父温空間︵宕r粁eFrsra︒m︶︑の五つ ︵註3︶ / に分けている︒GO邑の言う生活空間とほ三の主体を中心にその周辺に形成せられて心る人間の雄藩的塞閏で
ある︒佐波教授の言葉を借れば﹃生活空間ほ必ず三の中心を有し︑各点ほ中心との関係においてそれぞれ独計の ︵註 4︸ 忠義をもち︑同時に全体が山つとして主体的なまとまりを示し︑完結性と白樺性とをそなえている﹄ものである︒
又GOtt−の書う生活圏環とほ生活空間の集合体であり︑我々が認識する経済的空間である︒.従ってGOtt−が交通
空欄を生活空間の申に包含せしめたことは誤りで交通空間こそ個々の生活空間を結び生活圏環を形成する紐滞でな
けれほならない︒ ー︑経 済 空 間 註5 拙稿﹁空間経済鹿論と運賃の作用﹂捧輸と経済窮十鱒巻欝正号
6 Isard−WこDistancelnputsandtFのSpace・EcOnOmyuの↑E.宣○声望︵May∵石室pp・−00一生⊥詣広 註
こ︑経済空間と交通概念
︵註l︶ Mars訂HもPi讐uも生産要素の一つとしての土地の本質的属性が拡延性であることを認めた︒ 藷二†八巻 第三号 ハニ四三︶ 三八
しかし土地は
しかしてすべての経済活動はGOtt−の嘗う生活圏瑞又ほ宅eigmanの書う経済空間の上で行われるのである︒
経済室間は物理的空間とは本質的に異なる︒物理的望間は等質等向の空間で︑経済空間は経済主体を中心とする空
間である︒アメリカ東部地方の首唱とアフリカ奥地の百哩とは︑物理的杢問として同じであるが経済的空間として ヽヽヽヽヽ ヽヽヽヽヽヽ は大いに異なる︒従って経済空間紅おいて重要なることは部面的拡がりでほなく′て︑経済主体間の空間的関係であ
るひ ㌢交通 概 念
人間の経済生活において欲望発生の場所と欲望充足の場所と同じであることはないと言ってもよい︒従ってわれ
われが欲望を充足するためにほその間に横わる空間的離隔を克服しなけれぼならない︒交通とはかかる空間的離隔
の克服を言うのである︒BOr各叶は交通を次の三つの意義監解した︒即ち最広義紅おいてdie GesamtFeitder
鷲genSeitignBe賢h亡ngenderMensc訂nzueinander︑広義においてwirt00Chaf−iche宕rker︑狭義におい ︵註 5︶︵註6︶ てdi2r旨m=ch2冒−b2W瞥ng㌢np2rSOnづG計rnundNacFricbtenと解し︑Sa箪旨=ppOまcF
︵註7︶ も交通を人間︒財墳︑思想の場所的移動とした︒又Wa−terBardasほ﹃交通とは空間的離隔の克服を通じて二つ以 ︵註 8︶ 上の経済単位を︑それらの経済を相互虹促進するため紅連絡する経済事象である′と﹄定義づけた︒Bardaれの概念
規定ほ経済単位なる主体を中心とした点においてB︒r昏tやSa舛に優るが︑交通を二つ以上の経済単位相互間の連
絡事象に限定した点においで誤謬をおかして.いる︒即ち一生活空間の中堅父温空間がある如く山経済単位内にも交
︵置9︶ 遼寧象はあることを無視している︒
われわれの認識に従って交通の概念を分析すれば次の如くである︒
国 交通ほ空間的移動現象である︒
空間概念・上場所価値 ︵二四四︶ 三九
︵二四五︶ 四〇 第二十八巻 欝三尊
交通とは人間相互間 物相互間又は人間と物との問に存在する空間的関係の変化即ち場所的転置である︒したが
ぅて空間的離隔︵rぎ邑ic訂由nt訂ru腋en︶ の存在が交通の前摸である︒しかしここで言う空間とほ単なる平面
上の拡がりでなく社会的経済的空間であることは論を侯たない︒
吻 交通ほ経済現象である︒
交通が空間的移動現象であることほ疑いをいれないところであるが︑すべての移動現象が交通現象ではない︒例
えば山から岩が落下する︑これほ物理現象で交通事象でほない︒われわれの言う交通は経済現象でなければならな
い︒経済現象とは人間の欲望を充足する効用の創造︑増大又は維持に関する現象である︒したがって交通事象ほ交
通なる行為に依って飲用が創造され増大され又ほ維持されるものでなけれほならない︒
㈱ 交通ほ空間的概念であると同時に時間的概念である︒
交通ほ場所的離隔を克服する空間的事象である︒この空間を克服するためにほ必ず何程かの時間を必要とする︒
この意味紅おいて交通ほ空間的概念︵spatia−cOnCept︶であると同時に時間的概念︵time cOnCept︶である︒
舞niesやRO00Cbe︻は交通の概念の中に場所約障層︵r旨mlicFeHinderni訂e︶ と個別に時間甲離隔及び障害
︵zeit−ichenEntferungen喜dHindernissen︶の克版を包含せんとした︒しかし時間的障害ほBOrght 望一己
うように Denn sie sind nicFtsUrspr旨g−ic訂s⁝Siesind−edig−icheineFO−gederTatsac訂﹀ da厨 ︼
menscFen㌢dG告er.rぎ邑町cbgetrenntsinP﹃それは本源的なものでなく人や財が場所的に離隔されておる
︵証ユ0︶ と言う事実より生ずる仙潜異にすぎない︒﹄
国 交通は交通手段に依るものである︒
以上に依って交通は空間的経済的移動現象であることを明かにし得た︒しかしすべての空間的経済的移動現象が
交通ではない︒即ち汐rgFtの言う経済上の交通宅ir−sc邑ニcFe吉宗cFr例えば市場取引︑売買取引等は■東
通ではない︒左通ほ交通手段︵くerkeFrsmitt−e︶に依る移動現象でなければならない︒
註1 Marsha=は土地の拡延性について音う︒芸々は土地の基本的属性がその拡延性にあることを知るであろう︒一個所の
土地の使用権はある空間−地表のある部分1ィぁ上に支配権を与える︒地球の面積は固定している∵地球の何れかの特定
部分と他の特定部分との幾何学的関係は固定している:⁚⁝﹄MarshaニA・・Principles宮OkIく・C己Ⅰ︶
管 Han㌣WelgmⅧn∴de2n2ei責→FeOユ2賢Ra妄言tscbaf−﹀We旨・A㌻iヂBd芸十¢
紅㌢ GOI−−e・〇−1≡1enfe声Wesen琶dGr仁nd訂gユff2delWir−溜訂f−こ呂 佐汲宣平﹁交通概論﹂一〜四貢
註4 佐波喜平上掲書滞二頁
註5 R・志nderR︒rgJ−﹀Das宕rkeど蒜宅2∽てZw〜itかA邑・㍍・ごf・
註6 E・Sa舛︸Dle宕rkehrsmi−ニ2inざーk甲卜占岩乙S−aa−wir−邑af−こ00遥l冨﹂Sa舛は交通機関を定義して還所の
移動に対する諸設備︑即ち人物及び音信を輸送する設備である︒この煎味紅おいて交通とほ運輸及び通信と同義である㌣と
した︒
註7 Wi−sOn教授の交通の定義は定鋭とは異っている︒即ち教授は交通を定義づけ﹁交通機関又ほ交通手段に依る人即ち旅客
財貨即ち貨物の場所的移動﹂とした︒この定義をみて特に感ずることが二つある︒第蒜米国紅おける多くの交通経済学者
ほ交通という概念に対して抽象的定義を与えず実証的︑に証明せんとしている紅対して︑同教授ほ明確な定義を与え問題の範
囲な明かにしたことである︒第二の点は独逸及びその影響を多分に受けている日本の交通経済学者が交通を人間︑財貨︑思
想の贋的移警して︑表客体として思想の伝達即ち通信な包含しているのに対して同教授は人及び財貨の移動即ち運輸
のみとしれことである∵﹂れは多くの交通論が交通概念として通信をも含めながら内容的たは運輸のみを取扱っている崎形
相交通論を整形したものと言えよう︒
空間概念と場所価値 ︵二四六︶ 四一
註10 BOrgFt﹀ Hbidこ S.柏
三︑交通と場所的効用
経済理論は伝統的に生産︑交換︵流通︶分配︑消費を論ずる︒この経済価値の社会的循環過程ぬおいて交通の占
める位置に関してほ必ずしも説を一にしない︒即ち交通を以て生産モあるとする説︑交通を以て流通なりとする説
将又交通紅生産性と流通性があるとする鋭等が′ある︒以下交通生産説︑交通流通説︑交通生産流通二面説を検討し
て所信を述べよう︒
仁 交通生産説につ′いて
交通生産説をとるものほ可成り古く且つ多い︒歴史学派の創設者因ni㌃ほ夙堅父通を壷の生産過程として把 ︵註と
︵註2︶ 握し︑輸送費を生産費の山部と考え︑また﹁運輸の生産力﹂又は﹁運送給付の生産﹂なる表現を潤いている︒彼が ′ 交通を生産とする理論的根拠は価値の創出又は保存作用である︒彼に依ると経済的財貨の価値即ち人間の欲望を充
足させるための有用性の程度ほ二つの要因の問紅依存する︒要因の一つは人間の欲望の側における事情︑他ほ財負
の側における事情であるが︑財貨側の諸条件の山部ほ素材において︑山部は形態において︑更に二部は人間の欲望
鹿足のために適した対象の存在する場所において即ち素材価値 StOffwerth 形相価値 句OrmWertF 及び場所価
OrtwertFを認める︒彼は主として原始生産が素材価値を︑エ業が形態価値を︑硝薬が場所価値を創出するとして Wご芸n︐G.Lこ T訂由lement∽Of T呵anSpOrtatiOn Ec呂OmicsV p.︻.
厨a′rdas−宅: くerkeFr undくerkeFr名○−itik inく○−ks・uうd StaatswirtscFaft−Bd.−L強電S.∞
佐波上掲書第十八頁の意見貯ほ賛成出発ない︒交通ほ経済主体問に限定出来ない︒例えば仙経済主体内の交通特に対日然
の交通−1GOtこのUmwelt内の交通−の存在を忘れていないであろうか︒ 第二十八巻 第三号 ︵二四七︶ 四二
︵註3︶ いる︒商業ほすでに素材及び形態の作り出され▲てある財貨を草楽又ほ営利手段としての消費の自然的立地のある婁
所︑つまり十般的見地からいっでもその消費が最も有用であり璽<の効果を実現する場所へ移動する︒商業の生産
的活動は朋輩において極めて明白な証拠昇段をもっているのであるが︑その由貸の場所価値の相違は価格の地方的
な︵勿論時にほ時間的な︶差異−これかちあらゆる商業ほその利益を得なければならない卜とし▲て現ゎれる︒
遊輸制度のすべ七の改良は二重の紆果をもつ︑即ちそれほ輸送費となるところの生産支出空般に減少せしめ且つ ︵註 4︶ 財貨の地方的な価格差を減少す驚﹄更に彼ほ交通の/壷である電信の効用について﹃電信ほ′それがなければ破壊
に対する現存財貨の保存という点で価値を生み用すカを示す︒・・⁝かかる価値の保存ほその効果がらいえば︑ニ疋
のカの支出紅よってのみ︑さもなければ避けられない破壊が防止され得るのであるから︑価値の生産と恰度︑同じ
と考えることが出来よう︒⁝:・酢民経済も私経済も失っ冬ところのものを何らの消費紅向けえないのは生産しなか
ったところのものの場合と同然である︒現存財貨の保存に対する市民階級のいろいろな努力や︑力強い成功ほ疑い ︵註5︶
もなく︑その生産の拡張︑その生産力の増大と看撤すことが出来る﹄と言っている︒彼の商業の中堅父通を包蔵
する考え方即ら商業と交通との概念区分の不明確ほその時代的背粛1−郎も遜輪業が商業より完全独立していない
﹂−−虹依るものである︒要する軋舛ni2Sは交通を場所価値−1人間の欲望に対する立地的制約を克服して作り山山
される財貨の場所的使用性−箋の創出又は保存と言う点で生産とみた︒
次にMarsha=は交通を物質の移動又は置換に依る効蘭∵已慈恵i2S又ほ奉仕性s2r−2abi−ityの創造又は増
大という点で生産とみた︒彼は人間は精神的道徳的世界払おいて新らしい思想を創造出来るが︑物質界においてほ
創造と言うことはあり得ないとした︒郎ち生産と言うことほ単紅徴用の造迅転過ぎない︒換言すれば人間の欲望充
足のため軋よりよく適応するよう紅物質の形態又は配置を変容すると言うことである︒彼は例をあげ家具を作る家
︵二四八︶四三 空間概念と場所価値
第二十八巻 第三号 ︵二四九︶四四
具師とこれを売る家具商︑石灰を堀る炭坑夫とそれを運搬する船員及び鉄遺員︑魚をとる漁夫とこれを販売する魚 √ ︵註6︶ 商との間にほ本質的な相連はなく︑両者いずれも効用を作り出すに過ぎないとした︒
Man cannOt Creat2material−Engs・int訂m2芝a︼and mOra−去○ユd iロdeed訂may prOduce莞W
ideasb仁︷wb2n訂is said tOprOducemateユal t已n的Su he rea吉On−yprOd喜eS已i≡ies⁝宅in
Ot訂r wOrds﹀his2笥OrtS a邑sacrific2S r2S已−s in cba義1n的the fOrm Or arrangeヨent O軌matter
tO ada誉it b2tter fOr the satis叫ac已On Of wがロtS.・A⊥ぎt he can dO in the physica−wOユd is
2it訂rtOreadjustmatt2rSOaS︑tOmak2itmO牒uS2fu−u a少W訂n h2makesa−OgOfきOdin−O
atab−e⁚OrtOp已it int訂wayO巾being mademOre宏ef已冨natureJ aSWheロhe puts seed
W訂re旨e fOrC2Ⅶ○叫nature wimake it burst Out intO≡e.
It issOm註messaidthattradersd︒n︒tpr邑uceこhatwbi−かtbe cabinet・makerprOducesfar阜 ぶ
tu昂・th2f彗nitur2・dea−e巧Se−−swbaニ町reay
訂rthisdi甲ごnctiOn・TF2ybOtFprOd宍e已i−eties︶andneitber Of themcぢdOmOre⁚thefurniture・
dea−2r mO諾S and rearranges matter sO aS tO make i什mOre Se岩iceab−e tFaロitwasbefOre.旨d
tFe carpenter.d︒eSn︒tEn劇m︒re・Tbesai−︒r︒r〆tFerai−way畠enWFOCariesc邑abO諾的rOund
prOd宍2Sitこustasm宍FastheminerwhO Carri2Sit巨der彗Oundこb2dea︼2r infisFF2官tO
mO諾OnfiskfrOヨWh2rや it is Of cOmparati諾−y−ittleuse tO W訂reiニs Of greatuseu andtFe
fishe呵man dOeS nO mOre¶
彼は効用を造出するものをすべて生産とみ︑交通も効用の創出と言う点で生産とみた︒これほ生産の概念を不当
に拡大しすぎるとめそしりを免れない︒又石炭や魚を炭坑や海からとるノことと︑それを場所的に移動することとは
︵註7︶ 異なる︒この点只nie
莞ededb已w訂ntFey areロeeded.TE弥res已ts㌢timeuti−ityl. このMarsFaHの考え方ほBardas﹀Offenb2rg等劇部の独通交通学者に依って強く支持せられた︒即ち彼等
︑ は財貨はすべ七至当な時期︑至当な場所紅配置せられている至当な素財であって︑生産ほ要するに素材の場所的転
︵註8︶ 匿にほかならない︒この故にひとしぐ場所的転置を職能とする交通も生産以外の何ものでもないとするのである︒
次軋恩師Wi︼s昌教授の ﹁交通用磯生膚説﹂をみてみよう︒彼はまず生産を有形財の生産︵prOductiOnOf
g00d盟と用役の生産︵PrOductiOnOfse昔ces︶とに分ち︑交通ほ交通用役︵transp︒rtati︒n00erまce︶を生
慶するものであ右とする︒更に教授は交通用役ほ輸送される財嚢の場所的効用 ︵p−ace uti︼ity︶ のみならず時間
︵註9︶ 的効用︵timeuti−ity︶ の増大をもたらすと説く︒
T⊇nSpOr叶atiOn呵eS已ts iロ the creatiOn Or e計hancement Otbe p−ace uti−i音 Of th侃 aユic−es
t岩nSpOrt2d・P−ac2已i≡y may b2d2SCribed as tFe ecOnOmicくa−ue Of a cOmmOdi−y dreatePby
transpOユing it frOm t訂p−ace Or area in.whicFit Fas−itt−e usef已ness tO a p−ace Or p−aces in
WEcF it Fas greateHきefu−ness Pr utiHty⊂ti−ity−aS the term here is used︑﹀ meanS the abi−ity
tO Serくe human wノantS Or needs● Place uti−ity.is measured inmOnetary termS by the differences
iP price Of tFe cOmmOdity at the p−ace wbere it is prOduced∵ WFe巧e preSumab−y i七夕as−itt−e
已i−ity︶tO tFe p−ace whe完it is required tO Se呵諾Fumanw押ntS・⁚The abi−ity一〇f gO乱s tO仏atis昔
b仁man W旨tS is
空間概念と場所価値 ︵二五〇︶ 四五
翠二十八巻 第三号 ︵二有︶四六
どck−iP教授も⁝⁝㌧⁝⁚PrOd宍ti呂is Oftendefined tbe creatiOn Of utiHtiesd and t岩nSpOrtatiOn
︵註10︶ is recO鴨niNed as creatin鴨p−ace已i≡y⁝⁝⁝と述べている︒
扱が国においても交通生産説をとっている学者は少くない︒その代表的なものとして富永教授と麻生教授の所説
をあげることが出来る?富永教授は﹃交通生産の特質は︑生産物たる交通用役が利用効果であること︑.そレてこの
利用効果ほ・労働対象の場所的移動を実現せしめる作用をもつこと︑この二点に存する︒・⁚これらの利用効果が
使用価値の創出.・推持・実現を可能ならしめうるものとして︑使用価値の嘩とみなすことを妨げるものでは/ない
︵註11︶ のである﹄とみ︑﹃どのような物の生産紅当っても︑生産過程の内部において労働対象の場所的移動が不可避であ
り︑しかも物の使用価像はこの消費によってのみ実現されるのであるから︑叫の生産場所から他の生産場所への物
の輸送は同丁生産場所内で.の物の移動がより大きな規模で再現されるに過ぎず︑吏た生産部面から消費部面へ完
成品が輸送され終ったとき︑それほ初めて消費のための完成品として生産過程が完了する意味において商品の運送
津二つの生産行程であ牒︑とする考え方が進歩的な茸場に立つ人々紅よって主張されている︒本来の生産過程との
︵註12︶ 相違は︑商品の輸送が流通の内部で継続される生産過程である点にある﹄と説くのである︒麻鴎教授もまた﹃滞.輪
において価備が創造されるっ遜輸は直接紅使用価値を創造しないが︑間接に使用価値の完成に役だつことによって
価値を創造するものである二⁚⁝蓮輸灯︑物の使用価値が具体的に実現されることによって︑すなわち消費に役だ
つこと紅よって︑生産過程の追加を行うものである︒したがってその価値の追加として現われる︒かかる追加的生
︵許13︶ ㌫過程としての運輸の効果を二駁ぬ利用効果と呼んでいる︒﹄と述べている︒富永教授の如く交通は﹁使用価値の小
港とみなすことの出来る﹂交通用役なる利用効果を生産すると表現しても︑また麻生教授の如く︑交通ほ﹁使用価値
ほ創造しないが︑問樟に使用価備の完成に役だつことによって価値を創造する﹂と言っても︑これほ言葉上の問題で
ある︒ただ唯一釘相連は麻生教授が﹃商品の輸送の際虹奴︑新た軋創造された価億は輸送されつつある商品の価借
︵註14︶ に追加されるが一︑人間の輸送の際に一ほ︑この価値ほ生産過程とともに消滅する︒﹄と説くに対して富永教授ほ﹃交通
労働によって交通手段から移転せしめられあるいほ新た虹創り出される価値が︑交通用役の生産過程と共に消滅す
るかあるいは︑労働対象の価値に附加せられるかは対象の種類によってではなく︑その利用効果の消費目的によっ
︵註15て て決る﹄と主張する点である叩 この点に関してほ交通が生産する交通用役が生産用役であるか消費用役であるかに
依って決定されるべきもので人間輸送か商品輸送か粧依って決定されるべきものでない︒又麻生教授は運輸費にお
ける貨幣1→商品益軸朗・::・蓋−﹂魂完幣の過程に率いて﹃⁝女払究消誉れるものほ生産過
程であってそれから分離されうる生産物ではない﹄と説くが︑この点ほ富永教授の如く交通の生産物は交遊用役で
あるとする方が正しい︒
これを質する覧父通生産説をと牒ものほ交通は場所的移動紅依り交通用役という利用効果︑あるいは場所的効用
を造出する蚊を以て生産過程の一部と主張し交通が流通過程にまたがって行われてもそれほ追加的生産又は生産過
程の延長と解釈せんとするもの.である︒
託1 只nies▼ 声 Uie Eis2nbaFnen uゴd i雷e Wirk仁ngeヌー発酵∽.00N
註2 舛nies︸ 舛−Der TelegrapF a−s宅er打eFrsmitte−−−00笥﹀ S−∽−−の
詫3 只nie∽のこの価値分類ほ次のものと比較参照出釆る︒
E冒二に依れほ
製 鱒米 痕相的効用︵訂rmまilitieエ▲甲造出・⁝∴⁚:
商 業 時間的効用︵time已ities︶ の造山∵
空間概念と場所価値 ︵二五二︶ 四七
︵高田保馬第二経済学概論第一一二−山三頁︶
註4 只nies︸ DeH Te−egrapb S・N∽か
註5 只nies﹀DerTe−egrapFS.隻
註6 Ma芯ha−1⁚Princip−es一班k・NCF∽Sec﹂
註7 佐波教授はこの点批評して?::・叙上の場合︑海中から魚を釣りあげることほ大海におよぐ自然的生物たる魚を人間の
経済的支配のも
るのは場所的移動概念のあまりにひろすぎる適用といわねはならぬ︒・ :・﹄と述べ自然財を経済財に転ずることを生産石
為とし︑経済財を場所的に移動すること還送行為した︒しかし生産行為を自然財より経済財への転化のみと解釈するのは余
り敬すぎはしないであろうか︒
佐波宣平上掲書第一二頁
註8 溺ardas.1bidこ S二T
Offenberg﹀A岩Fi■f芳Ei霊n訂Fnwesen︸−怒P SS.−00ff.
佐波寛平上掲番舞一三頁 第二十八巻 第三号
⁝運 送 業 場所的効用︵p−aceモiHノtieエの造出
︵E−y O●∨ 符aごway Rates and COSt Of Serまce︶−篭−−p◆彗︶
高田博士に依れぼ
物財の形相的変化
物財の位置的変化 ︷ ⁚∵パ パ 一 三︑社会的位置の変化=⁚:t▲・・配 生
給蔵送 産
︵二五三︶ 四八
註13 麻生平八郎﹁交通および交通政策﹂第二七−こ九頁
註14 麻生平八郎上掲番第三二貢
註15 富永裕治上掲論文第一二月
註鱒 麻生平八郎上掲書第三一⊥二二日
2 交通流通説紅ついて
交通ほ流通過程に属するとする学者も可成り多い︒まずSc邑f−eは自由競争下紅おける私的な営利関心を原動
賓問概念と場所価値 ︵二五四︶ 註10 どck−in︸PP⁚囲cOnOmicsえゴanspOr−a−iOnこ冨00.p.讐 註11 富永裕治﹁交通労働の生産性﹂経済学蟹血 昭和二三年七月号璽ハ頁 註12 富永裕治上掲論文第四頁 鼓9 宅il岩n: Hbidこ pp.N甲詳㌍Ⅰ∽腱
丁訂ヨac20f TranspOrta−iOn in EcOnOmic Act仰くities
EMtractiくe
Ind仁Stげies PrOd仁C叶iOn Of G00ds
COnStr仁CtiOn Agr首已tura Ind仁Stries EcOnOmic Actiまties
Manufac
turin叫 DOme芝ic Trade Oistribut︼On Of G00ds PrOd已Ctien Of Se︻くices
E訂ctr岩it竹 篭ater S亡pp−y Ban界in閃 Finance T⊇nspOrtatiOn COmm仁nicatiOn 宅areFOu巴ロg COn呂mptiOn
Ind亡めtria︸︑ COm冒erCia−
Per.のOna−
第二十八巻 第三号 ︵二五.五︶五〇
カとするところの国民経済的過程を︑使用価値︵有用性︶の創出に従事する生産部門と交換財の社会的回転が行わ
れる流通部門とに二分し︑後の部門で時間と空間における転置︵即ら保存︑蒐集と運輸︑通信︶が必翠とされるこ ︵註
1︶ とを指摘したっ
次軋BOnaまaの所説をみてみよう︒彼ほ﹃とにかく︑交通を新しい位置の効用を生産するものであるというよ
う軋積極的紅叙述するか︑あるいは距離によって課せられた不効用を除去するものであるというように消極的に叙
述するかほ用語上の問題である︒後の見解についてほ次のことだけは言えるであろう︒即ち恐らくかくいう斉が交
通の重要性が如何紅普遍的であるかを想起し易いということである︒一定の資源の流れが極大の満足を実現するの
を妨げる多くの障害が需要の側紅も供給の側にも存在する︒そしでその最も大きなものの一つが物理的な離隔であ
る︒交通は︑この障害を打破することによって一定の資瀞の流れがより大なる結果を埠哀出すことを可能ならしめ
︵註2︶ る﹄
TFere is atanyratea七drba−questiOnWFether transpOrt ismOre aCCuぷte−ydescユbedpOSiti諾首け
as p;ducing new 已ities Of−OCatiOnい Or negatiゴ巴ヨ aS breaking dOWn and remOまn閃 the
dis已ilities impOSed by distance.TFis m宍h may be said fOr tFe−atterまe宅−that昏e蒜by it︐is
perhaps easier tO ﹂まs∈aHse FOW uロi諾rSa−is the impOrtanCe Of transpOrt.TFere are many
barriers︸ b①tF On the side Of demand and Of sロpp−yu whicビpreづent a gi諾n f−OW Of resO彗CeS
achieまng a ma軋m∈mOfsatisfactiOnJ and One Of tFe greatest is pbysica−separatiOn.TranspOrtJ
by attackingt已s Obstac12︸2nab−2S agi諾nf−OWOf諾SOurCeS−OprOduc2讐2ater reSu−ts・
即ち厨昌aまaは交通を場折的効用の創造と解するよりも離隔に依る非効用の除去︵remOまng罫e disuti≡ies
impOSed bydistaロCe︶.と解した︒生産説が積極的に効用の創出を主張するに対して流通説は非効用の除去即も
価値の転置的形成と敷くのである︒
最後に最も積極的に交通流通税を主張する佐波教授の所論をみてみよう︒まず﹃交通は欲求と充足との中間行為
NwiscFen苫rg琵ge てぁる︒しかし︑同じ中間行為であ牒ながら︑それが生産と異なるのほ︑交通が空間的離隔
の克服︵Ra仁m旨erwindロng︶またほ場所的転置︵Ort諾r旨d2rung︶ を主賓内容とすることにある︒交遊ほ経済
行為として生産︵価値の質料的創出︶に属する戊のでほなく︑むしろ︑流通︵価値の転置駒形成︶紅あずかるもの
である︒このことほ交通が経済価値の社会的循環過程において占める位置︑︑ひいて交通論が経済学体系において占
︵註3︶ める位置を決定すると言うぺく︑昏々の特紅注意を要するところである﹄と述べ︑更紅﹃われわれほ交通をは︑価
値の転置的形成にあずかるものとみた︒だが︑これは交通が価値を積極的に造出するとの意でなく︑軌財の価値ほ
場所的制約を受ける︒この制約を解放し物財をしてその効用または︑価値を可能的極大に発揮せレめるのが交通の
︵註4︶ 機能である︒﹄と説いている︒
これを要するに流通税ほ佐波教授の﹁場所的制約の解放﹂又は㌢naまaの﹁非効用の除去﹂に依り︑物財の効
用または価値を可能的極大にするというと
註1 ScFaff−2︑A:ロasgese=sc訂fニic訂Sys−emd2rm2n買言cJ2nWir−scFaf−−N・Auf−・→1こugen−00軍芸uf−.
ebd.−∽可∽.
註2 溺Ona5.a′M.R: T訂Ec昌Omic∽Of︑TranspOrt﹀ ︼詑ざ pp.N−∽
証3 佐波宣平上掲書第九頁
註4 佐波宣平上掲番第四七頁
空間概念と場所価値 ︵二五六︶五山
小泉教授は交通は生産性と流通性の二面をもつと主張し次の如く論じている︒﹃社会経済における基本的重賞な
る範疇は︑第一部門としての生産財生産部門と︑第二部門としての消費財生産部門との対立と統一における価値=
素材の絶えざる規則的な循環遊戯過程でむる︒かくの如き規則的な循環運動過程を考えないで︑われわれは︑そも
︵註l︶ そも経済を客観的紅把隠することほできない︒﹄ ﹃社会経済は絶えず継続的に社会的に生産しながら︑それを社会的
に消資し︑社会的に消費しながら︑社会的に生産しなければならぬ︒すなわち︑社会的に再生産しなけれ軋ならぬ︒
動的な再生産表式ほ︑交通用役を社会箪転生産約にし︑消費的にして同時は交通用役を再生産しながら︑尚且つ︑
それを媒介として︑みずからの動的な固有の再生産衷式を実現する︑交通部門をふくんだ衷式ほ︑社会的な再生産
条件そのもの軋よって制約されている範囲内でと︑範囲外でとの二つの場合において︑前の場合は交通用役を生産
的たらしめながら⁚後者の場合は︑流通的ならしめ︑交通の体系それ自体の再生産針内部でかかえながら︑社会的に
︵註2︶ 衷式姦ずからを再生産する﹄ ﹃社会的な再生産条件そのものによって制約されている範囲での︑社会的な生産財山捉
鱒消費財の空間的移動に交通輸送力が示すところの用役の効果が消費される限りでほ︑その交通用役ほ社会的に生
産的に消費される︒すなわち︑交通用役は何等かの価値増殖に間接的に責献しているほずである︒それだけ︑少く
とも交通労働力ほ社会的な価値を増加する︒だが︑この範囲をこえるところの生産財並びに消費材の空間的移動に
︵註3︶ 交通用役が消費される限りでは︑その交遊用役は︑単なる社会的な消費であって純粋なる流通性を有する﹄
小泉教授の意見は﹁社会経済が冗の拡がりをなせ各地域の上での経済であり︑また二足の空間の上でめ経済で
︵註4︶ あり︑そして︑交遭なる機能が︑これらの社会経済の地域的若しくほ空間的統∴打∵・⁝÷関連を有する﹄と言う認
識匿立ち﹃交通輸送力の使用価値すなわち︑昔柴をかえて言えば︑交通用役もしくは交通用役の利用効果を生産し 第二十八巻し第三号
3 交通生産流通二面説について ︵二五七︶五一
これを販売することを通じて︑自己の資本の価値増殖をはからんとする体系としての交通資本の体系と︑この交遊
資本の体系以外の稜々なる多数の経済部門との周におい・て︑これらの交遊用役の価格としての遊賃を媒介として︑
これらの交通用役もしくほ交通職送カなる商品の供給︑覇質をなすところの関係において︑右の交通用役の利用効 ㌧
︵註5︶ 果が社会的に生産され︑流通され且つ消費されてゆぐところの諸関連を交通経済とみた﹄点におい方正しい︒しか
して交通は再生産過程内においては生産でありその限界を超えては流通で
空間的拡がりの上に行われる経済行為ほひとり故産と流通のみではない︒消費も亦交通行為を伴う場合がある︒
かくの如く観察するならほ交通は交通用役を生産し販売し︑再生産する交通資本循環の系列の外に︑生産せられ
た交通用役は場所的効用及び時間的効用として品般財貨の最終効用形成過程蔽おいて寄与−1効用の増大︑緬持あ
るいほ非効用の除去1するとみるべきである︒
註1 小泉貞三﹁交通の生産性と流通性﹂商学論究昭二九年六月号第四八−四九貢
註2 小泉貞三上掲論文第五〇東
証3 小泉貞三上掲論文第四九−五〇東
証4 小泉貞三上掲論文第三四東
証5 小泉貞主上持論文第四四賢
通性の二面をもつものとみるかを検討してきた︒しかしこれ等ほいずれも交通のもら二面/のみをみた観察である︒ 四︑結
以上交通を場所的価値の創出
塞問概念と場所価値 論 ︵生産説︶とみるか︑価値の場所的形成︵流通説︶とみるか将又交通は生産性と流
ハ二五入︶ 正三
︵二五九︶五四 第二十八巻 第三雪
前に述べた如く交通は空間的転がりの上の関係であり︑すべての経済行為が仙窟の空間的拡がりの上紅おいて行わ
れるとすれば︑すべての経済行為は空許的関係をもつと言わねばならない︒従って財貨の生産箋交換︵流通︶−1
分配1消費の過程もこの空間的拡がりの上紅おいて行われる経済行為であるが故妃︑すべての過程転空間的関係
︵交遊︶が生ずる︒例えれば完成品の生産過程において第仙素材より第二素材へ︑第二素材より第三素材への形相
的変化は場所的変化なしに考えられない︒即ち空間的関係なしに生産行為は行われないのである︒若し佐波教授の
一手っが如く王場内の各職場を別個の経済主体とみてその間の物財の場所町移動ほすべて流通であると解釈すをと
すれば︑生産ほOne・pOintp;d宍tiOn即ちあらゆる生産要衰及び生産者ほ∵意に凝結し空間なき生産となるであ
ろう︒今日財貨のいかなる形相的変化と拝も空間的変化なしに行われ得ないことは日明の理である︒この場合形相
的変化のみを生産として捉え︑その形相的変化に不可避的に随伴する空間的変化ほこれを流通とみるはとひり流動
概念を不当に拡大するのみならず生産概念の正しい把握とほ一宮えないであろう︒従ってわれわれほ財貨の再生産過
程内に紆るすべての交通はこれを生産行為とみる︒又交通生産論者に対しても同じ零点から同じような批評が出来
る︑生産論者は交通を場所的効用の創出とみて流通過程内における交温もこれを生産過程の延長又ほ追加的生産過
程とみるのである︒もしかくの如く解釈す藩とすれぼ生産行為と解せられる交通を除く流通とは何を指すのであろ
うか︑もっとも交通の伴わざる漁適も考えられるが︑その範囲は極めて小さい︒これも亦生産概念を不当に拡大す
ると言う誠りを免れえないであろう◇再生産過程を越↓ぇる流通部門匿おける交通ほ当然流通行為であると解釈すべ
観察部面も広い︒しかし経済行為ほ生産︑流通にとどまらない︒われわれはすべての経済行為は堅固的拡がりの上に きである︒最後竪父通生産流通両面説であるが︑これは交通生産況や交通流通説と比較すれば考察の出発点が正しく
行われるものであると解し︑すべての経済行為にも空間的関係があると信ずる︒例えれば消費過程において凝終消
蟄者が財貨を甲地と乙地に分れて消費する場合そこ監父通行為が起る︒即ち消費過程紅も交通はありうるのである︒
これを要するに生産 − 交換︵流通︶−卜分配1ト通商の関係と交通との関係は縦糸と横糸との瀾係であって︑
これらの山適の経済活動が二疋の空間の上に行われる限りそれぞれの過程竪父通なる横糸的機能が不可避的覧父錯
ナノる︒
しかしで財貨の使用価値形成過程蔽おける交通の寄与ほ場所的効用の創造︑増大又は維持︵非効用の除去︶ であ
慰すべての財貨はその素材形態紅おいて素材価値をもつ︒生産過程において素材に形相的変化︑場所的変化︑時
間的変化が加えられて素材価値に癖相的価値︑場所的価借及び時間的価値が附加され︑流通過程及び消費過程を遁
じてそれちの廟催が維持せられ︵あるいは非効用が除去せられて︶最終効用︵fi邑巨≡ies︶を形成する︒この
点 BOnaまa ほ︑いみじくも﹃物質は一つの形態の方が他の形態におけるよりも望ましかったり︑あるいほ有用で
為ったりする︒そこで人類ほ︑忙がしく造物主を激励したり授けたりして︑種子を果実紅鉱石を金属に変化するの
である︒物質ほある場廟では他の場所に在るよりも︑又ある時にほ他の時よりも望ましいということからハ※と
配給とかそして会商業機構が発展する︒交通の機能は財貨をその限界効用が比戟灘低い所から高い所へ遊ぶことで
ある︒この過程ほ︑物質的変化の過程といわほ交錯せられるもので︑どの財貨の最終効用も各種の効用 − 形相的
︵註l︶ 効用︑場所的効用︑鳩間的効用の ⁝ ﹁諸層﹂より成るものとして考えられ.る﹄と述べている︒
冨atter is mOre desirab訂①ペuSef已in One叫Orぎthan anO▲tber⁝aロd accOrdingly mankind is b宏y
stim已atin的Or aSSistin閃nat焉e tO CFange the seed tO tFe fruit.the OretO the meta︼.gatter・is
mOre desi蒜b訂at One place tFan anOtFe㌘ at One time tban■anOtFerい and thus transpOrt and
distユ♂已iOnリ and t辞e whO訂me計Fanting mecFかnism are eく○−くed.Tbe f仁nCtiOn Of transpOrt i∽
一 塞間概念と場所価傭 ︵二六〇︶五五
第二†八巻 第三号 ︵二六こ 五六
tO Carry COmmOditiesJrOm pOints wFe蒜tFeir margina−utiHty∵旨e significanceO叫a−itt−e mOre
Or a−itt−e−essis re−atiくely−OW tO WFere it is re−atiくe−y bi呵F TFis prOCeSS is inteユea・完du as
it were︸ まth the prOCeSS OfpFysica−change﹀ SO that the final uti−ity Of anycOmmOdity can be
諾Sua︼ized ascOmpOSedO?ぎyersこ○柵已fferentuti≡ies卜10ffOrmV Ofp−aceu andOf time.
しかしながちすべての交通が景終効用紅寄与す滝のではない︒恰も童形財にお・いて生産財と消費財とある如く交
遊が生産する交通用役にも生産的用後と消費者用役がある︒しかして多くの旅客輸送ほ1主として観光的旅客輸送
︵許2︶ は消費者用役︵cOnSumer︑sser5.Ce︶である︒BOnaまaほ次の如く掛べている︒
Certain fOrmS Of transpOrtu Of cOur㌢﹀ are nOt mere−y a cOntributiOn tO tbe 叫ina−uti−ity Of
筈metE月内e−se︶ but are tFemse−くe∽aれ︿cOnS仁mer.S Ser5.Ce一∴ MucF passenger transpOrt叫as仁n−
der the definitiOnノ⁝nOt a︸ Since jOurneyS undeユaken in the cOurSe Of business are incidentaT
サ?prOductiOn
この点ローゼンベルグほ重大な誤謬を犯している︒彼ほ﹃人間輸送の方面における利用効果ほ輸送過程そのもの
の中にある︒消費は生産と同時に行われる︒⁝⁝⁝利用効果は生産過程と共に消滅する︒そしてそれと共に新たに
創造された価値も隠滅する︒商品輸送の際紅は︑新た軋創造された価値は︑輸送されつつある商品の価値に附加さ
れる︒人間の輸送の際紅ほ︑この価値咋生産過程と共に消滅する︒けだし生産過程と共紅利用効果の消費過程が売
︵註3︶ 了するからである﹄と述べている︒しかしすべての旅客輸送において交通用役が生産過程と共に消滅するものでな
い︒′仙般財貨の最終効用に寄与するか香かほ輸送対象に依ってきまるものでなくて︑その利用効果の利用目的即ち
その交通用役が生産的用役が消費的用役かに依ってきまるものである︒
に止まらず︑ 時間 国において特にしかりである︒ 最後に強調したいのほ交通用役生産の二面性である︒交通が生産する交通用役なる利用効果が如何に財貨の最終
効用に寄与するかは前述の如くである︒しかし交通業それ自身ほ交通用役を生産し︑販売して貨幣︵GT生産手段
︵WT交通用役︵WT貨幣︵思︵運賃︶の再生産過程をたどる︒かく生産せられた交通用役ほ財貨の生産−受換︵流聾
−分配−消費の各過程ぬ作周して︑場所的効用及び時間的効用を創呼増大又は維持し︑その財貨の最終効用形成
に寄与するのである︒この点Sa甘は次の如く述べている︒﹃人間の経済における交通の役割には二面ある︒一面
■では運輸は生産と消費の単なる補助手段で
られる一つの経済的給付で為る︒運輸は先ず財嚢生活の道具として着眼する場合⁚⁝⁚ここでほ交通手段は財貨交
換の支柱として︑従って又地域的分業−その出現と成熟とは本来の国民経済の成立と発展とを表す︑−の
担い手として現れる◇財貨運輸自体と同じよう紅人間交通及び通信交通も先ず財貨生活の補助手段として考慮され ︵二六二︶五七 空間概念と場所価値 交通は場所的効用を創出︑増大又は維持することに依り財輩の最終効用に寄与するのみではない︒.特に近代的交 通担おいて搾輸送時間は考慮すべき最も重要なる賓因であり︑交通は独り場所的効用を創出︑︑増大又は維持せしめ るのみならず︑ノ時間的効用の増大又ほ維持をもすると考えられる︒こ欄点ヨーs︒n教授は次の如く交通に依る障
︵証4︶ 間的効用を強調している︒
TFeM賢≡yOfg00ds−O Sa−isfyFロmanWanIs iひen訂nced by lranspOrtati昌by makingg00訝
a諾iglenOtOn−y.wF㌣etheyar2n22dedbyw訂n−h2yar2n2ed2d・→bisr2Sul−sin−im2 例えば初夏における高知産水瓜を阪神地区に輸送する場合︑交通は唯年商知卜阪神地区の場所的離隔を克服する
︵二六三︶五八 第二十八巻 第三号
る︒この交通部門が経済財の生産流通及び消費に役立つのほ︑何よりも先ずそれが場所的に分たれた人々の間にお ︵註 6︶ ける交換財の存在並びに交換可能性の知識を媒介することによってである︒﹄このSa舛の見解を批評して富永教授
は﹁交通を単に生産と消費との補助手段として把握したことは理解の浅薄さを示すものである﹂とし﹁それは⁝
生産過程の一部と看倣されなければならぬ﹂と言っている︒これほ交通生産論者の富永教授の書としては当然なこ ︵註 7︶ とである︒又交通機能の二面性についても富永教授ほ﹁交通の経済的機能ほ全社全的機能のただの一面である﹂と
批評している︒然し事象の観察に当り分析的解明は当然のことである︒即ち交通用役自身の過程と交通用役の財貨
の意終効用への寄与の過程とに分けて観察することこそ正しい見方と言わなければならない︒
これを要する覧父通ほ交通用役なる利用効果を生準じ消費し︑これに依っ手再生産過程をたどる交通資本の系列
と同時に︑交通用役は働貸の素材価値虹形相価値と共に場所価僧及び時間価値として附加せられ︑財貨の最終効用
形成紅寄与するものであるとみるべきである︒︵副九五〇・六・二七︶
召1 厨Onaくia﹀ Ibidこ p.N
註2 BOnaまざ Hbid: ppド仁山
註3 ローゼンベルグ資本論註解︑邦訳欝二巻︑山九三三年第二二八−二九頁
註4︑Wi訂On﹀ Hbid:pp.∽−−∽料
註5 拙稿﹃ウィルソン交通経済学原理﹂香川大学経済論葦第二十六羞第四号
註6 Saヂ IbidニS.−や⊥∞
註7 富永裕次﹁交通学の生成﹂第四二六−四二八頁