口腔 領 域 に お け る抗 生物質の組 織 移 行 に関 する研 究
金 沢 大学 医 学 部 附属 病 院 歯 科口腔外 科(主 任: 玉井健 三教 授)
中 村 正 利
(昭和5 5年4 月5 日受 付)
本論 文の要旨は 昭和5 2 乳 第2 5回 日本 化 学療 法 学 会総 会, 昭和5 3乳 第2 3回 日本口腔外 科学 合 総合, 昭 和5 4乳 第2 4同 日本口腔 外 科学 会 総 会で報 告し た・
抗 生 物 質の血 中 濃 度お よ び組 織 移 行に関 する研 究 は, 種々 の面か ら研 究が進め ら れて いる が, ヒ ト の組 織につ い て の研 究は少な く,口腔 外 科 領 域におい て は,
村田 が顎 骨 内嚢 胞への 0Ⅹytetr a CyClin e の移 行に関 す る研 究を報 告l )し ているにすぎ ず,は と ん どの報 告は 実 験 動 物に よ る もの であ り, 抗 生物 質が感 染 病 巣で起 炎 菌の最 小 発育阻 止 濃 度(M I C)以上の濃 度で移 行して いる か否か は, これ ら実 験 動 物に よ る結 果か ら推 測す る 以外に方 法が ない。
そこで著 者はt 口腔 外 科 領 域におい て感 染の門戸 と な り易く, 手 術 時に切 開を加え る機 会が最も多い歯 肉
につい て, 抗 生 物 質の移行 性に関す る研 究を試み た. その際, 採 取し た歯 肉の組織 構 造の相 連, すな わ ち健 康な正常 歯 肉と線 維 化の強い療 痕 歯 肉とでは抗 生 物 質
の移 行性に相 違が認め ら れ ること が. 日常口腔 外 科 手 術 後の外科 的侵 敷こ伴っ て現 象 的にみ ら れ るの で, 両 者の組 織 内 濃度を測 定し. 各 移 行 濃 度につい て比 較 検 討し た. 使 用し た抗 生物質は 口腔 領 域の感 染症の起 炎 菌に対して感 受 性が高く2 〉,好 気 性 菌お よ び嫌 気性 菌に 対しても抗 菌 力が優れ 仁現在の口腔 領域の感 染 症に対 しで第1 次 選 択 剤と して使用 すべきであ る と さ れて い る3 ) Am picillin,Cephalo ri d in e お よ ぴ 0Ⅹy tetr a‑ C yClin e の3 剤を選 択し実 験し た. さ らに性 別によ る
移 行 性につい ても併せ検 討を試み た.
対象お よ び方 法
Ⅰ. 対 象
197 5 年 6 月か ら 1979 年1 2月まで の4 年 6 ケ月 間 に金 沢 大 学 医 学 部 附属 病 院 中央 手 術 室に て口腔 外 科手 術を施 行し た男性1 59 名, 女 性1 25 名の計284 名を対 象と し た. 肝・ 腎 機 能 等に異 常が な く, 使用 す る抗 生 物 質の皮 内反 応検 査を施 行し, アレ ルギ ー 反応のない こと を確認 し, さ らに術 前に抗 生 物 質, 消 炎 酵 素剤な どの薬 剤の投 与を まっ た く う けて いない症 例を選択し た.
Ⅱ. 方 法
1. Am pici llin(A B P C) の歯 肉 移 行濃 度 測 定 法 1) 使 用薬 剤
抗 与 薬 剤と して, 臨 床で多 用さ れ る注 射 用A B P C 5 0 0 mg ( 力 価) を え ら び実 験に供し た. ま た標 準 曲線 用には A B P C の原 末(1g 原 未 申A B P C 力価9 5 2 mg)を 使用 し, 既 知 濃 度の標 準 液 (1 0, 5,2.5, 1・2 5, 0■63・
0.3 1.0 .1 5,0.078〃g/ 雨( 力 価))を各 実験ご とに作 製 し使用 し た.
2) 検 定 方 法
Cup‑plate m ethod4州 で血 清 中 濃 度お よ び歯 肉 組 織 内 濃 度を測 定し た.
3) 前 処 置お よ び実験 方 法
A B P C 5 0 0 mg( 力 価)を注 射 用 蒸 留 水 2 m上 に溶 解し・
手 術 開始 前に筋注 を おこない, 卓の後1 時 間 経過 し た 時点で. 口腔 外科手 術 中に採 取さ れ る歯 肉を被 検 材料
と し た, さ らに上 腕も し く は下 肢 静 脈よ り 2 山採 血し た血 液を対 象と し た. 採 取し た歯 肉は滅 菌ガー ゼ に て 付 着血液を除 去し た後, でき る限り早 急に歯 肉を計量
Studie s o n tis s u e c o n c e ntr atio n of a ntib iotic s in o r al Ar e a. M a s ato shi N aka m ura・
C linic of D e nto‑Or al Su rge ry,(D ir e cto r : Prof・ K・ Ta m ai) Scho ol of M edicin e, K a n aza w a
U niv e r sit y.
口腔領 域に おけ る抗 生 物質の組 織 移 行に関す る研 究
後1 0 0 mg に対して1m=か割 合で pH6 .8 ・ 0.1 M ・ リ ン
酸緩 衝 液 (P B S) を加えて ホ モジナ イズ し 3 0 0 0rpm ・
1 0 分 間遠心分 離し た. 血液も同 様に3000rpm ・ 1 0 分 間遠心分 離し た. 血 液は血 清を, 歯 肉は その上 清 液を 予め作 製しておいた普通寒 天 平板 培 地 上の ス テン レ ス 製カ ップ( 内径 6 m m, 高さ 1 0m m) 内へ滴 下し,18時 間 37 ℃で培 養し た後,形 成さ れ る阻 止 円の直 径を計 測し た. 標 準 液は各症 例ご とに作 製し標 準 曲 線を求め, そ の曲線か ら各 移 行 濃度を算 出し た.
得ら れ た値は各症 例を比 較す る た めに, 患 者の体 重
の相 違を考 慮し, 移 行 濃度の変 動を補正 す る目 的で下 記の計 算 式を 用いた.
3 0 3
移 行 濃 度 (FLg/ml o r FLg/g) 50 0 mg/体 重 (kg)
= Ⅹ
Ⅹ は体 重に対す る A B P C の投 与 量を 一 定にし た と 想定し た場 合の移 行 濃 度で, 体 重によ る移 行 濃 度の変 動を補 正す ること が可能であ り, 全 症 例を対 比・ 分 析 し た.
な おホ モ ジ ナイ ズに使 用し た器 具は 5 m⊥用 硝 子 製ホ
モ ジ ナイ ザ ー ( 池 本, 東 京) をホ モ ジ ナイ ザー 電 動 装 置 (S M ‑ 3 型, オメガ, 東京) に連結し組 織エ マ ル ジ
ョンを作 製し た.
2. Cephalo rid in e( C E R )の歯 肉 移 行 濃 度 測 定 法 1) 使用 薬 剤
投 与薬 剤と して, 臨 床で使 用す、
る注 射 用C E R 5 0 0
mg( 力価) を用いた. 標 準 曲 線用には C E R の原 末(1g
原未 申C E R 力価9 9 9 mg) を用い, 既 知 濃度の標 準 液 (2 0,1 0, 5,2.5,1 .2 5,0.63,0 .31, 0.0 7 8〟g / mH 力 価)) を各 実 験ご とに作 製し使用 し た.
2) 検 定 方 法
A B P C と同 様にC uP‑plate m ethod によって移 行 濃 度を測定し た が, 検 定 薗の選択な どについ ては予 備 実 験によ り決 定し た.
3 ) 前 処置 お よ び実 験 方 法
A B P C にお け る方 法と まった く同 様に施 行し た. 3. 0Ⅹy tetr a CyClin e( O T C) の歯 肉 移 行 濃 度 測 定 法 1) 使用薬 剤
投与 薬 剤と して, 臨 床で使 用す る O T C 2 5 0 mg ( 力 価) 静 注 液を用いた.ま た標準 曲 線 用には O T C の原 末 (1g 原 未 申O T C 力価 90 5mg) を用い, 既知 濃 度の標 準 液 (1 0, 5 , 2.5, 1.2 5, 0.6 3, 0.31, 0.1 5 ,
0.07 8〟g/ mエ( 力 価)) を各実 験ご とに作 製し使 用し た. 2) 検 定方 法
A B P C お よ び C E R と同様に C uP‑plate m ethod で
移行 濃度を測定し た.
3 ) 前 処 置お よ び実験 方 法
O T C 2 5 0 mg( 力 価) を注 射 用 蒸 留 水で稀 釈し,全 量 20 m は して手 術 開 始 直前に静 注し.5分 後に上 腕も し く は下 肢 静 脈よ り 1 mエ採 血を お こ な い, 直 ちに 0.1 M ・ P B S (pH 6.8)1 mL を加え 2 倍に稀 釈し た. 一 方口腔 外 科 手 術 中におい て.静 注 後 30 分 経 過し た時点
で歯 肉を採 取し, 滅 菌ガ ー ゼで付 着 血液を除 去し被検 材 料と し た. 以 下A B P C,C E R と同様の方 法で組 織エ
マ ルジョ ンお よ び血 液を遠心分 離し た. な お O T C に
関して は遠心分 離し た披 検 材 料を カップ内へ滴 下し た 後,4 ℃以下に1 0 時 間, 予 備 拡 散を おこなった後t37
℃ ・1 2 時 間培 養し阻 止 円 直 径を計 測し た.
ま た A B P C, C E R と同 様に補 正値を用い て各 症 例を 対 比・ 分 析し た. O T C にお け る計 算式は下 記に示 す.
移行 濃 度 (〃g/ml o r 〃g/g) 2 5 0m g/体重 (kg)
= Ⅹ
成 棟
Ⅰ. A B P C の歯 肉組 織 内 動 態につ いて 1. 予 備 実験
1) 検 定 菌の選 択に関 する基 礎実 験
抗 生 物 質のb io a s s ay に使 用 する検 定 菌は被 検 抗 生 物 質に対して感 受性が高い こと が第1 条 件であ る. つ
ま り, 菌の抗 生物 質に対す る感受 性が高い ほ ど低 濃 度 測 定が可能であ る. さ らにC up‑plate m ethod におい ては阻 止 円の鮮 明度も要 求さ れt さ らに取り扱いが容 易で安 全な薗 株で あ ること が望ま しい. A B P Cの
b io a s s ay には 一般にM ic r o c o c c u slute u s が繁用 さ れて い る が, Ba ci11u s s ubtilis, Staphylo c o c c u s
a u r e u s を使 用して いる実 験も あ る た めに,著 者は基 礎
実 験と してM .lute u s A T C C 9 3 4 1 株, B. s ubtilis A T C C 6 6 3 3 株, S. a u r e u s 2 0 9 P 株お よ び B. c e r e u s
A T C C l 1 7 7 8 株を用い て阻止 円の形 成を比 較 検 討し た.
その結 果は表1 に示す ご と く, M . lute u s A T C C 9 3 4 1 株が阻 止円 が最も大き く,境 界も鮮 明であっ た.
B. s ubtilis A T C C 6 6 3 3 株は阻 止 円の境 界は鮮 明で あ る が阻 止円直 径は小さ く. 低 濃度 測定ほ不 可 能であ
っ た.S . a u r e u s 2 0 9 P 株は境 界が不鮮 明であ り,計 測
誤差を生じ易いと考え ら れ る成 績であっ た. さ らにB.
C e r e u S A T C C l 1 7 7 8 株は 5.OFLg/mL 以下の濃度で は阻 止円の形 成が な く, A B P C の b io a s s ay にお け る検 定 菌と して は 不適 当であ る と す る結果であった.
以上の成 績か ら, 本 実 験にお け る検 定 菌と して M .
1ute u sA T C C 9 3 4 1 株を使 用し た. ま た接種 繭量 が阻
4 0
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Tab le l. A mpicillin s e n sitivit y of te st str ain s・
Te st str ain s
Inh ibitio n by the A m picillin c o n c e ntr atio n(FLg/ml) of 5.0 2.5 1.2 5 0.6 3 0.3 1 0.1 5 0.0 7 8 M ic r o c o c c u slute u s A T C C 9 3 4 1
*
4 5.2 42.7 3 9.8 3 7.0 3 4.8 32.0 29.2 Ba cillu s s ubtilis A T C C 6 6 3 3 1 8.3 1 6.2 1 3.4 1 1.0
Staphylo c o c c u s a u r e u s 2 0 9 P 2 3.7 2 1.3 1 9.1 1 8.0 1 4.9 1 3.0 1 0.9 Ba cillu s c e r e u s A T C C l 1 7 7 8
* ♯
*
I)ia m ete r of i nl1ib ito ry z o n e(m m).
=
Inhib ito ry z o n e w e r e n ot obs e r v ed・
0.1 5 0.31 ∩.6 3 1.2 5 Z.5 5,O
A 叩うc¶1 軸 C O n C e ntr atlo n(明 /ml) F ig. 1. Influ e n c e of diffe r e nt pH pho sphate
s olutio n o n inh ibitio n z o n e of A m picillin.
止 円の大き さに影 響を お よ ぼ し, 少 量では阻止 円は大 き く な る が, 境 界が不 鮮 明と な る た めに, 本 実験にお い て は菌数を 1 07c ells/ mいこ調 整して施 行 した.
2) 緩 衝液の選 択に関す る基 礎 実 験
B io a s s ay におい て標 準 曲 線 用の稀 釈 液お よ び摘 出
組 織をホ モ ジナ イ ズする た めに綬 衝 液が必 要であ る. 著 者は, 生理食 塩 水お よ び 0.1 M ・ P B S で pH 6.4,
6.8,7.4 の各pロの溶 液を用い て阻止 円に お よ ぼ す影 響につい て比 較 ・検討し た.
その結 果は図1 に示 すご と く, わ ず かに酸 性側で阻 止円の拡 大傾 向を示し た が. 嘘 度 測 定に影響す る ほ ど では な く, 本 実験におい て は緩 衝 液と して 0.1 M ・ P B S (pH 6.8) を使 用して標 準 液の稀 釈お よ び組 織エ
マ ルジョ ンの作製を おこなっ た.
3 ) 血 液お よ び組 織 採 取 時 間の検 討
血 液お よ び組織 採 取時 間は各 症 例を比 較 検 討 する た
(
ぞ 竺
J O
盲
、
買
)
芸 F さ
←
忘
じ
看
じ
喜
一 一
∴
≡琵
●・ ‑・● s E R U M X‑一斗×G INGIV A
重〆 十 〆
ト
、ヰ
‑ 烙⊥1 5 30 60
T I M E AF T E R IN JE CT10N (mln)
F ig. 2. A m picillin c o n c e ntr atio n in s e r u m a nd gingiv a afte r i.m administr atio n of 50 0
m g. Ea ch v alu e r epr e s e nts m e a n a nd S・E of fiv e patie nts.
めには, 抗 生 物 質投 与 後, 移行 濃 度がピー ク に達し た 時 点の血液お よ び組 織を選択す ること が望ま しい. 著 者は本 実験を おこな う前に予 備実 験と して, A B P C 筋 往 後t 血 清 中 濃 度お よ び歯 肉 組 織 内 磯度の時 間 的推移
に つ い て検 討し た.方 法は A B P C 5 0 0 mg筋 注 後1 5 分, 3 0分,1 時 間,2時 間にそ れ ぞ れ血 液お よ び歯 肉を採 取
しc up‑plate m ethod で各 移 行 濃 度の測 定を おこなっ た.
口腔 領 域に おけ る抗生 物 質の組 織 移行に関す る研 究
結 果は図2 に示す ご と く, 血 清 中 濃度の ピ ー クは筋 注後1 時 間に認 め ら れ.歯 肉 組 織 内 濃度は 30 分で ピ ー クに達し た 1 例を除い て, 他の4 例は すべて筋 注 後1 時 間で A B P C の移 行がピ ー ク に達し た後, 両 者 共 時 間
の経 過と と もに排 泄さ れ る結 果が得ら れ た・
以 上の成績か ら, 本 実 験におい て血 液お よ び歯 肉を 採取す る時 間を筋 往後 1 時 間に統一 し, 各 移 行 濃 度を
Table 2. Ampicillin c o n c e ntr atio n s in s e r u m a nd gi ngl V a.
T issu e
No.of
C a S e S
Am picillin c o n c e ntr atio n in
Se r u m Gingiv a (〃g/ml) (〟g/g)
No r m al 4 2 0.9士0.3 0.7士0.5
C ic atricial 3 0 0.9±0.4 0.4士0.3
S ER UM G IN GI 〉A Fig.3. A mpicillin c o n c e ntr atio n sin s e r u m a nd
n o r m al gl ngl V a.
3 0 5
測 定し た.
2, 正常 歯 肉と廠 痕 歯 肉にお け る A B P C の 移 行に
つ い て
正 常 歯 肉4 2 例t 療 痕 歯 肉30例の計7 2 例につ い て A B P C 5 0 0 mg筋 往 後1 時 間の血 清 中濃 度お よ び歯 肉 組織 内 濃度を測 定し た. その結 果. 正 常 歯 肉症 例では 表2,図3 に示す ご と く血 清 中 濃 度は0 .2 〜 2.1〟g/
mエの範 囲にあ り,平 均 値は0 .9 ± 0 .3〟g/ mエであっ た. 歯 肉 組 織 内 濃 度は0.2 〜 2.6〟g/g の範 囲にあ り,平 均 値は 0.7 ±0.5′上g/g であっ た,血清中濃 度と歯 肉 組 織 内濃 度を比 較す る と, 42 例 中 13 例 ( 約30 % ) におい
て歯 肉 組 織 内 濃 度が血 清 中濃 度よ りも 高い値を示し た.
一方.碗 痕 歯 肉症 例におい ては表2, 図4 に示す ご と く.血清 中濃 度は 0.3 〜 2.3〟g/ mエの範 囲に認め, その
平 均 値は 0.9±0.如g/ 扉 であった. 歯 肉組 織 内濃 度は 0.03 〜 1.4′∠g/g の範 囲にあ り・, 平 均 値は 0.4 ± 0.餌g/g とする成 績であった.血 清 中濃 度と歯 肉組 織 内濃 度との関 係は, 30例 中2 例 ( 約6 %) のみ が歯 肉
p g/ml J」g/g
S ERU M G IN GI VA F ig. 4. A mpicillin c o n c e ntr atio n s in s e r u m a nd
Cic atrici al gl ngl V a,