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「おもてなし」の海外移転に関する展望と課題

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(1)

1.はじめに

東京五輪の招致委員会のプレゼンで「おもてなし」が話題になったことによ り、日本的なおもてなしが、世界に向けた立派な「商品」になることが証明さ れた。

しかし、「ホスピタリティ」に関しては、欧米を中心に研究が多く蓄積され ている一方で、こうした日本文化に基づく「おもてなし」概念は、未だ明確に されておらず曖昧なままである。「おもてなし」は日本独特なもので文化依存 性が高いにもかかわらず、「ホスピタリティ」と同義のものとして捉えている 人もいる。欧米で構築された分析枠組みや概念、尺度などが借用され、文化的 に異なる日本のサービスにそのまま適用されることも多い。そうした状況の中 で、近年、「おもてなし」をキーコンセプトに海外展開しようという動きも盛 んに見られるが、「おもてなし」概念やその構成要素が不明瞭な中、どのよう にビジネスにつなげていけばいいのか理論的・実践的研究成果、示唆が求めら れている。

本論文の構成は以下のとおりである。2節では、「おもてなし」概念を「ホ スピタリティ」概念と区分し、おもてなしの特徴を明らかにする。3節では、

2

節で明らかにされたおもてなしの特徴をふまえて、おもてなしの海外展開に おける課題を抽出する。4節では、3節で提示した課題に基づくリサーチクエ スチョン(以下

RQ)を設定し、

日本の「おもてなし」経営の先端的企業であり、

-加賀屋の事例考察から-

浦 野 寛 子

「おもてなし」の海外移転に関する展望と課題

(2)

台湾で海外展開を実現させた加賀屋の事例を記述する。5節では、RQに応え る形でおもてなしの海外輸出の成功要因を分析する。6節では理論と実務に関 するインプリケーションと課題を提示する。

2.おもてなし概念に関する先行研究

「おもてなし」は日本の強みと言われるが、その定義は依然として曖昧なま ま語られることが多い。「おもてなし」は「ホスピタリティ」と同じ概念で、

単に翻訳しただけだと捉えている人もいる。

そこで、まずは、「ホスピタリティ」と「おもてなし」の類似点と差異点を 明らかにすることを目的とし、「ホスピタリティ」に関する定義を概観した上で、

日本の「おもてなし」の概念・特徴を明らかにしていく。

2.1, ホスピタリティとは

ホスピタリティ研究は、「おもてなし」研究と比較すると、より多くの定義 づけがなされている。例えば、Cassee(1983)らは、「食べ物、飲み物、施設、

物理的環境、人々のふるまいや態度の調和のとれた混合物」

Pfeifer

(1983)は「提 供される食べ物や飲み物、宿、つまり家から離れた人の基本的なニーズで構成 されるもの」とする。また、Jones(1996)は、「家から離れている人への一泊 の宿泊施設の提供と外食する人への食べ物の提供という異なる

2

つのサービス から構成されるもの」とし、Tideman(1983)は、「客人の満足度が最大限満たさ れるための生産方式であり、客人が望む量と質の製品やサービス、客人が価格相 応の価値があると感じられるような価格の製品やサービスのこと」としている。

これらの定義から、ホスピタリティは、「食べ物、飲み物、宿を中心に、客 人の期待に沿えるような価格相応の価値があると考えられるような歓待、饗応 を行うこと」だと統括することができる。長尾・梅室(2012)は、

“物質的”

“経

(3)

済的”側面が中心であることを述べているが、以上の定義からもそうした点が 伺える。

なお、ここで「サービス」と「ホスピタリティ」の違いについても、補足し ておきたい。「サービス」の語源は、ラテン語の

servitus

にあると言われ、「奴 隷」というニュアンスが含まれる。つまり、提供する側(主人)が下で、提供 される側(客人)が上と主従関係が発生する。一方、「ホスピタリティ」の語 源は、徳江(2011)によると、ラテン語の「客人」を意味する

hostis

が、「主 人」を意味する

hospes

に派生し、「巡礼する異邦人を歓待する」という意味の

hospitalis

になり、ギリシャ語の影響を受けながら、英語の

hospitality

になった と整理される。「ホスピタリティ」においては、提供する側(主人)とされる 側(客人)はあくまでも対等な位置づけにあり、そこには主従関係は存在せず、

あくまで「主客は対等」なのである。

この点に関して、ホスピタリティの定義づけとして“物質的”

“経済的”側

面とは違ったマインドを強調しているものが見られる。Brotherton(1999)は、

「同時に起こる人的交流であり、お互いに幸福な状態になり、さらに一層幸福 な状態になろうとお互いが自発的に意図している」ものとする。また、服部

(2006)は「相互満足しうる対等となるにふさわしい相関関係を築くための人 倫」、佐々木(2009)は「人間同士の関係でより高次元の関係性を築くために 相互に持つ精神や心構え」としている。つまり、これらの定義においては、「サー ビス」とは異なる部分での、「主客対等」というところに焦点をあてた

“精神的”

な側面が強調されている。

2.2,

日本の「おもてなし」の特徴

ホスピタリティはサービスとは異なり、「主客対等」であることは、先に述 べたが、「おもてなし」もホスピタリティ同様、主人と客人の関係は対等であ るとされる。その点が、おもてなしとホスピタリティが同義のものとして扱わ

(4)

れることがある所以である。

おもてなしの語源は

2

つある。1つは、「持って成す」つまり、「モノを持っ て成し遂げる」という意味にある。また、もう一つの語源は「表裏なし」で、

表裏のない「心」で客人に接するという意味にある。こうした語源からも、お もてなしには、目に見える「モノ」の要素の部分と、目に見えない「心」の要 素の部分があると言われる。例えば、代表的な日本の文化には茶道があるが、

季節感のある生花、お客様に合わせた掛け軸、茶器など具体的に目に見えるも のが「モノ」であり、お客様の状態を素早く察知し、手配り、身配りなどの動 作で応える気遣い、表情や仕草や会話、侘び寂びの余韻など瞬時に消えてしま い目に見えにくいものが「心」である。おもてなしは、「モノ」と「心」が一 体となることが重要である。

また、おもてなしに関して、礼儀や所作という観点からその特徴を明示した ものもある。宮下(2011)は、おもてなしを「日本の伝統文化に根ざした『礼 儀作法』を基盤に形成されたもの」と説明し、「サービス提供者一人ひとりが、

長い歴史の中で作り上げられた気品ある所作(行い、身のこなし)を提供し、

魂(心)を入れる営みである」としている。「おもてなし」には客人を歓待す るという概念に加えて、日本の文化や歴史・伝統が大きく影響している。

さらに、おもてなしの特徴として、もてなす側(主人)の感受性・教養はも ちろんだが、「もてなされる側(客人)の感受性・教養」について指摘したも のもある。長尾・梅室(2012)は、日本の代表的なもてなしである茶道について、

茶道はもてなされる側にも主人の気配りを深く感じ取る心が求められる、とし ている。客人は主人の意図・趣向を読み取り、感謝を示すことでもてなしに参 加するのである。また花街についても、もてなす側がその場の雰囲気や気配を 察知し、空気を読みながら自然と動いていくのと同様、もてなされる側である 客人も、そのもてなしを感知し共に参加する教養が求められるとして、もてな される側の感受性・教養の高さについて述べている。

(5)

以上のことから、おもてなしには、「モノと心の高度な一体感」「もてなす側 の気品ある礼儀・所作」「もてなされる側の感受性・教養の高さ」といった日 本の文化や歴史・伝統にもとづく独特の要因が見られる。

3.おもてなしの海外展開における課題

3.1, 人材教育の問題

先に、おもてなしには、「モノと心の高度な一体感」「もてなす側の気品あ る礼儀・所作」といった要因があることを述べたが、ここからも、おもてなし 提供の核となるのは、人材であることがいえる。

確かにおもてなしの提供と消費は、同じ場所・同じタイミングで行われると いう「同時性」という特性を考えると、おもてなしの質を最終的に決定づける のは、顧客接点で提供を担う従業員であろう。

海外展開にあたっては、特に確保が難しいといわれる経営資源は人材である といわれる。そのため、おもてなしの海外展開においては、良質な従業員を確 保することが生命線となるが、良質な従業員を常に確保できるとは限らない。

したがって、良質な従業員を「教育」することこそが、おもてなしの海外展開 にあたって、最も重要な課題といえる。

3.2, 主客相互性の問題

おもてなしの特徴として、もう1つ「もてなされる側の感受性・教養の高さ」

があげられたが、これも海外展開する上での大きな課題の1つとなる。

茶道の世界では「客ぶり」という言葉があるが、茶道の席では、もてなす主 人の側ばかりではなく、もてなされる客人の側にもその場に相応しい所作・振 舞いが求められる。おもてなしは、主人から客人へと一方通行で提供されるも のではなく、「主客の相互性」と言われるようにもてなす側・もてなされる側、

(6)

双方の働きかけによって場の価値が高まっていく。

したがって、おもてなしの完成度を上げるためには、もてなされる側の人に も、「客ぶり」の良さが求められる。

4.事例

前述のとおり、おもてなしの海外展開においては、人材教育の問題、主客相 互性の問題があるため、実際に海外展開に成功している企業は少ない。したがっ て、厳密な意味での「おもてなし」を標榜し台湾で支持を得ている加賀屋の事 例は先端的といえ、注目に値する。同社の事例考察からおもてなしの海外展開 における成功要因に関する知見を見出すことを目的とするが、こうした研究は 既存研究が少ないことから、その知見には大きな価値が存在するものと期待さ れる。単一事例の研究となるが、Yin(1994)は事例がユニークな場合、単一 事例研究の妥当性を指摘している。

同社の事例考察には、前述のおもてなしの海外展開における課題の議論を受 けて、以下の

2

つのリサーチクエスチョン(以下

RQ)を設けたい。

RQ1: 加賀屋はどのようにして文化背景の異なる現地の従業員におもてな

しを教育したのか

RQ2: おもてなしは主客の間で無意識な「共通認識」があることが前提で

あるが、そうした共通認識をどのように醸成したのか

4.1, 会社概要と調査方法

4.1.1, 台湾「日勝生加賀屋」の概要

日勝生加賀屋は、日本の加賀屋(石川県和倉温泉)と、台湾の開発・事業会 社日勝生活科技股份有限公司との合弁企業である。日勝生加賀屋が建つ北投温

(7)

泉は、台湾を代表する温泉地で、1896年には北投で最初の日本旅館「天狗庵」

が開業した伝統ある地でもあり、日勝生加賀屋はその跡地に

2010

12

月に開 業した。アクセスは、台北中心部から車で

30

分、MRT(地下鉄)新北投駅か ら徒歩

5

分。建物は地下

3

階、地上

14

階。客室数は

90

室。敷地面積は加賀屋 の約

10

分の

1

にあたる約

400

坪で延べ床面積は約

4600

坪。建設は加賀屋の渚 亭と雪月花を設計・施行した山本勝建築設計室と大林組台湾が担当した。内装 などはすべて日本仕様で、日本の伝統的な「数奇屋」の建築技法を用いている。

基本コンセプトは「日本の加賀屋をそのまま伝承・継承する」というものであ り、浴衣や草履、畳、障子、お抹茶に至るまで日本式仕様となっており、着物 の客室係が部屋で夕食を提供する。スタッフは現地採用が大多数であるが、少 数の日本人スタッフも常駐する。

4.1.2, 日本を代表する旅館「加賀屋」の概要

台湾の日勝生加賀屋のモデルともなっている、日本の「加賀屋」とは、開湯

1,200

年の歴史を持つ、北陸を代表する温泉地である和倉温泉に立地する老舗旅館であ る。加賀屋は、

1906

年(明治

39

年)の創業以降、小田家が代々経営にあたっている。

2015

年現在、加賀屋は、和倉温泉の筆頭旅館の地位を占め、地上

20

階、

1,274

名の収容人員を持つ全国最大級の旅館である。客室数は

232

室で、雪月花、能 登渚亭、能登客殿、能登本陣という

4

つの数寄屋造りの棟から成る。和風旅館 では一般的にみられる、女将による客室への挨拶回りを最初にはじめた旅館と もいわれ、「おもてなし」の精神が従業員教育にも徹底されている。

加賀屋は

2006

年に創業

100

周年を迎えたが、この

1

世紀の間に、客室数が

12

室から

232

室、収容人数が

30

名から

1,274

名となるなど旅館の経営規模は 大きく拡大している。しかし量の面だけではなく、質の面でも成長を遂げ、「プ ロが選ぶ日本のホテル・旅館

100

選」(㈱旅行新聞社主催)では、昭和

56

年以 降、35年連続「総合一位」に選ばれている。

(8)

4.1.3, 調査方法

本論文はおもてなしの海外展開の成功要因を抽出することを目的とするため、

調査対象は、主に「おもてなし」の移転に中心的存在として携わった人とした。

したがって、まずそうしたキーマンと当時の状況の概要を探るために、文献 調査を行った。日勝生加賀屋は

2006

年に日勝生活科技股份有限公司と日本の 加賀屋が合弁契約を結び、2010年に正式にオープンしているため、特にこの 期間における新聞・雑誌記事を検索した。具体的には全国紙と日経の雑誌全て に目を通した。その上で、そうした調査から抽出された「おもてなし」の移転 に携わった中心的人物に対して現地インタビュー調査を行った。台湾に

2014

年と

2015

年の計

2

回赴き調査を実施している。インタビューは問題構造が事 前に明らかではないため、半構造的な質疑応答に拠った。インタビューは下記 に詳述するが、主に現在日勝生加賀屋董事をつとめる徳光重人氏に対して行って いる。なお、事例内容はあくまでも調査当時の事実であることに注意されたい。

4.2,

加賀屋の海外展開の経緯と中心的人物の奮闘

4.2.1, 加賀屋の台湾進出の背景・経緯

日本の加賀屋は、1995年台湾からの「インセンティブツアー」の受入れを 開始した。インセンティブツアーとは、企業等が成績優秀な社員や取引先(代 理店等)を対象に「報奨」として、更なる研鑚をしてもらうための旅行とい う意味で使われているが、インセンティブツアーの場合は、個人・団体の一般 的な海外旅行とは異なり、「参加者は特別な人」であり、特別な人であるから こそ特別なプランを用意する必要があった。そのため、加賀屋は、そうした特 別なおもてなしを提供する旅館として選ばれ好まれたのである。これに、2003

7

7

日能登空港の開港も追い風となって、台湾インバウンドは増加し、加 賀屋への台湾人来訪者も増えてきた。

そうした中で、台湾企業である、日勝生活科技股份有限公司が、2003

7

(9)

月企画書を持って加賀屋を訪れ、加賀屋の創業

100

周年にあたる

2006

年に台 湾で加賀屋旅館をオープンしないかという話を持ちかけた。加賀屋はこのアプ ローチに対して、創業

100

周年の記念になることはもちろんだが、台湾へ恩返 ししたい、台湾と日本の相乗効果も期待できるという理由から、日本となじみ の深い「北投温泉」の、台湾最初の温泉旅館「天狗庵」の跡地で旅館を始める ことを決めた。そうして、2006

3

月日勝生活科技股份有限公司と加賀屋は 合弁契約を結び、2010

12

18

日 日勝生加賀屋が正式にオープンした。

4.2.2, 架け橋となった日本人の奮闘

ここで、2つの企業の架け橋となったのが、現在日勝生加賀屋董事をつとめ る徳光重人氏の存在である。徳光氏は石川県金沢市生まれで、金沢大学教育学 部を卒業後、スポーツクラブに入社する。その後、台湾現地法人で総経理とし て奮闘するも、2003

SARS

の影響で台湾現地法人が撤退する事となり、退職 する。その後、縁あって日勝生活科技有限公司オーナーからの要請で、北投温 泉で宿泊施設を開業することとなり、出身地である石川県の加賀屋を誘致した いと考えた。しかし、当初、徳光氏には加賀屋とのつながりは何もなかったた め苦労を重ねたが、その後縁にも恵まれ、なんとか加賀屋の了解を取り付ける ことに成功した。

ところが了解は得たものの、日本と台湾の考え方や文化、商習慣の違いから 様々な問題が生じた。日勝生加賀屋のコンセプトは、「日本の加賀屋をそのま ま伝承・継承すること」であったため、建物の外装・内装をつくりあげるには 苦労した。建築法規の違いから日本情緒の表現ができない危機もあり、設計段 階で中断したこともあったし、木工内装技術者の欠如といった厳しい状況にも みまわれた。しかし最も苦労した問題は人の問題であった。とりわけ加賀屋に とって必須の「客室係」という台湾に存在しない職種の採用・教育に至っては 困難を極めた。

(10)

しかし、徳光氏はそうした問題の1つ1つを妥協することなく解決するよう 努めた。建物、什器、家具備品は日本の加賀屋とそっくりになるレベルを追求 し、交渉を重ねた。人の問題においては、日本の加賀屋流を実現させるため、

日本の加賀屋の全面協力のもと、着物の着方の練習、正座の練習、膝をついて の挨拶やふすまの開け閉めまで、現地の台湾女性に、日本式のおもてなしの形

(型)をトレーニングした。徳光氏は元々体育の教師を目指していたこともあり、

大学の授業の課題で柔道の黒帯をとるという課題を達成するため、「形(型)

(以下 型)の重要性を感じとっていたことから、現地の従業員たちにも型を学 び取ってもらうための所作のトレーニングを繰り返した。文字情報からなるマ ニュアルではなく、まず身体で覚えてもらおうと考えたからである。そうした 教育と訓練の甲斐あって、従業員たちは、日本式の所作を型として身に着けて いくと共に、日本のおもてなしサービスの意味をひとつひとつ理解していった。

1:加賀屋流の型

出典:日勝生加賀屋HP

(11)

4.2.3, 現地台湾で高い評価を受ける日勝生加賀屋

2013

年度の宿泊客の構成は、台湾人

67%、日本人 15%、香港・中国 13%、そ

の他

5%

であった。台湾人の宿泊客は開業以来

60%

以上をキープし、リピート 客も増加していた。しかし、その一方で、一泊二食という旅館のシステムが客 室単価を高く感じさせていることも事実で、まずは日勝生加賀屋のおもてなし を体験してもらおうと、日帰り利用者も積極的に受け入れた。

徳光氏は、加賀屋伝統のおもてなしこそが、日勝生加賀屋の中核的な力だと 考えている。したがって、従業員への教育は「型」を身に着けることにとどま らず、「心」を伝えることにも注力した。例えば、「おもてなし」とはどういう ことか、単に「真心款待」と訳するにとどまらず、自分ならではの言葉でかみ 砕き、台湾人の若い従業員達にその本質を説明するよう努めた。

徳光氏はこう述べる。「教育は先ず型から入るが、型を身に着けていくと、

自然とその型に込められた意味、つまりおもてなしの心の部分を学びたいとい うボルテージが上がります。こうして段階を踏んで型と心を身体と精神で理解 してもらうことが必要なのです」と。

そうした努力の甲斐あってか、2013年に台湾の旅行サイト「蕃薯藤」が発 表した「高級温泉宿泊施設トップ

10」で、

「日勝生加賀屋」は

1

位に選ばれた。

台湾各地の並みいる老舗の温泉宿泊施設を抑え、最高の評価を受けることに なった理由としては、日本式の徹底した「おもてなし」を台湾で初めて提供し、

そのクオリティを開業以来、しっかりと維持していることにあった。

徳光氏は、今後の加賀屋の海外における成功可能性については、台湾のよう に「親日」と言われる国であれば成功確率は高いのではないか、と述べている。

日本の文化に対して好意的な言動を示す外国人は、日本の「おもてなし」をよ り良く理解しようと努め、そこに付加価値を感じるからこそ、高いお金を支払っ てくれる。

日勝生加賀屋のホームページでは、「おもてなし」に関わる日本文化につい

(12)

て写真付きで詳細に解説している部分がある。例えば、「女将」について用語 説明を加え、「伝統」とタイトル付けた上で、「日本の加賀屋が継承する女将文 化は、第二代目の小田孝さんから始まり、できませんとは言わないという信 念が今でも受け継がれています。」と紹介している。また、日本式の「心配り」

については、「正座の姿勢、指先の動き、お辞儀の角度、おもてなしの心を細 部の動作まで気を配り、笑顔でご滞在中のお客様の要望にお応えいたします。 と説明している。こうした取り組みもあって、日本の文化や歴史・伝統にもと づく「おもてなし」が興味を抱かれ、理解され、評価を得ている。

5.考察

日本のおもてなしが台湾人客の心をつかみ、台湾で確たる地位を築きつつあ る加賀屋であるが、RQに応える形でおもてなしの輸出を成功させた要因を分 析してみたい。

まず、RQ1に関する考察から始める。加賀屋はどのようにして文化背景の 異なる現地の従業員におもてなしを教育したのかという点である。

おもてなしはパワフルな日本のソフトパワーだといえるが、それを現地の従 業員に伝えていくことは困難を極める。そうした中で、徳光氏は、まずは「型」

として身体を使って教え込んだことが特筆すべき点である。柔道はもちろんだ が、日本の文化である茶道も華道も一定の「型」がある。例えば茶道において は、稽古は、「古(いにしえ)を稽(かんが)う」という字のとおり、古人を 思いおこし、その経験に習うこととして、やはり「型」を重視する。茶を点て る点前やその茶をいただくうえでの約束事を、理屈として頭で知るだけでなく、

稽古のかたちで身体で覚える。身体で古来のふるまい方を身につけ、そして型 というふるまい方をかけ橋として心のはたらきを呼びさまし、その型にこめら れた「心」を次第に理解していくのである。日勝生加賀屋でも、台湾人の従業

(13)

員に「おもてなし」を伝えるために、先ず「型」から入ったことが、結果とし て心を伝えるのに効果的かつ効率的であったと考えられる。

つまり、文化背景の異なる現地の従業員におもてなしを教育するにあたって、

おもてなしを「心」の部分まで踏み込んだうえで、一気に伝えようとはせず、

まずは一旦、「型」と「心」に分離したという点である。

日本の文化や歴史・伝統に基づいたおもてなしの心を現地の人に短時間で理 解させようとするのは無理がある。またそれ以上に、現地の従業員に対して日 本の心はこうあるべきでからあなた方もこのように考えてほしい、というのは 反感を買う可能性も高い。したがって、まずは型から入ったのである。型を大 切にすることによって、なぜこのような型が生まれたのかという疑問も自発的 にわいてくる。そのタイミングにおいて、段階的に「心」の部分まで踏み込ん で説明する。心を理解すると、更に型が研ぎ澄まされる。このようにして、図

2

にあるように、おもてなしを型と心に分離して、その両者を、螺旋階段をの ぼるように理解してもらうよう努めたことが、加賀屋が現地の従業員を教育す るのに成功した1つの要因であると考えられる。

なお、「心」の教育という点に関して幾分補足しておきたい。「型」に関しては、

日本流・加賀屋流の作法は基本的にそのまま移植しているが、心の教育に関し

2:型と心のスパイラルによるおもてなしの形成

出典:筆者作成

(14)

ては文化の違いを前提に、従業員の中心となっている仲居を務める若い

20

30

代の女性に対して、わかりやすい言葉で置き換えていった点が注目される。

つまり、日本人なら経験的に感じ取っている「おもてなし」という言葉のもつ 抽象的な世界観を、できる限り現地の若手女性に理解しやすい言葉に変換した 上で、具体的な形にして説明・表現しようとしたのである。「顧客との関係性 の中で、状況・文脈を読んで最善最適の判断をする」というおもてなし精神の 根底に流れるものは不変だが、文化の違いに応じて、相手の立場に立ったうえ で、共振・共感・共鳴する言葉に変換し言語化したことは、おもてなしの「心」

を抵抗なく理解してもらうことにつながったと考えられる。

次に、RQ2に関して考察する。おもてなしは主客の間で「共通認識」があ ることが前提であるが、そうした共通認識をどのように醸成したのかという点 である。

茶道では茶事を主催する主人は、会の目的や時期などを考慮した入念な準備 のもと客人を招くこと、招かれた客人は、主人の意図を汲み取って、その場に ふさわしい振る舞いをすることが求められる。つまり招く側と招かれる側が合 わさって、共鳴することにより主客が一体となることで、心地よいおもてなし の「間」を創り上げるのである。

この点に関して、加賀屋はどのように、海外において、主客の一体感、主客 相互性を作り上げたのであろうか。

成功要因として、海外出店するのに台湾を選んだということが

1

つ目のポイ ントとしてあげられる。台湾は親日国であり、元々日本文化に興味を抱いてい る人が多い。おもてなしには、先に茶道の例で示したように、もてなされる側(客 人)にも感受性・教養が求められる。その点、親日国である台湾には、そもそ もそのベースが整っていたといえる。

それに加えて、ホームページをはじめとした各種媒体で、さりげなく豊饒な 加賀屋の「おもてなし」の世界を紹介し、学習意欲をあおっている。おもてな

(15)

しは、主人と客人との間に展開される知的なやりとりであることから、主客の 関係性を深化させていくために、日勝生加賀屋は段階を設定した。まずはホー ムページなどの各種媒体を窓口として、次に日帰りでのおもてなし体験、そし て宿泊と、日本のおもてなしを知って、理解し、体験し、感じ取ってもらうた めに学習の機会を段階的に設けたのである。

日勝生加賀屋にはリピーターが増えているが、これは日勝生加賀屋のおもて なし哲学を理解し、それを評価する顧客が増えているということを意味する。

顧客が主客相互性というおもてなしの本質を高いレベルで求めるようになれ ば、おもてなしを演出するすべての従業員の向上心を刺激するという好循環に もつながる。主客の間で展開されている知的なやり取りが現地の顧客や従業員 にも受け入れられ、一定の成果を出しているといえる。

6.インプリケーションと今後の課題

単一事例での過度の言及には注意が必要であるが、日勝生加賀屋の事例の考 察からインプリケーションについて言及する。

まず

1

つ目のインプリケーションは、日本の「おもてなし」の定義や特徴を 明示した点である。混同して使われることがあった「サービス」や「ホスピタ リティ」との違いを、先行研究を整理することで明らかにした。また、おもて なしには、「モノと心の高度な一体感」「もてなす側の気品ある礼儀・所作」「も てなされる側の感受性・教養の高さ」といった日本の文化や歴史・伝統にもと づく独特の要因があることを特徴として見出した。

2

つ目のインプリケーションは、おもてなしを海外移転する際の成功要因に ついて、知見を見出すことができた。おもてなしの海外展開においては、文化 や歴史、伝統が異なる現地の従業員にどう「おもてなし」を伝えていくかとい う問題があるが、本論文では、おもてなしを「型」と「心」に分離した上で、

(16)

その両者を、螺旋階段をのぼるように理解してもらうという方法を提示した。

その際、現地の従業員の反感を買わないように、先ず「型」から入って、その 後で「心」の部分まで踏み込んでいくという順番も合わせて提案した。

余談であるが、能狂言や歌舞伎の家の子は、幼い時から囃子や義太夫を聴き、

意味もわからないまま、難しいせりふを聞き覚え、踊りや、鼓・三味線などの 鳴り物を仕込まれる。そうして徹底して型を身につけた後、役者としての個性 や風情が発揮されるようになるという。鍛える前に個性を発揮しようとしても うまくいかない。

この話はおもてなしの海外移転にもつながるのではないか。まずは、「型」

を教え学んでもらい、その後、そこに宿る「心」を感じとってもらうという順 序をたどることが、日本の「おもてなし」を誤解なく理解し、体現してもらう より良き方法であると考える。

最後に

3

つ目のインプリケーションは、おもてなしは主客の間で「共通認識」

があることが前提であるが、そうした共通認識をどのように醸成するべきか、

言い換えるならば「主客の相互性」をいかに創出するかという点に関するもの である。

海外に「おもてなし」を展開する場合、文化背景が異なると、その本質を理 解してもらうことは難しい。ゆえに、本論文で定義したような、厳密な「おも てなし」の特徴をもって、海外展開をしようと試みる場合には、「親日国に出 店すること」が成功要因になる。おもてなしには、もてなされる側(客人)に も感受性・教養が求められる。その点において、日本の文化、歴史や伝統に対 して、興味を持っているということが重要な前提条件になる。

更に、主客の共通認識を育み、主客の関係性を深化させ、主客の一体感を作 り上げていく方法として、「学習の機会を段階的に設定すること」が成功要因 としてあげられる。日本人同士であれば、暗黙裡に通じ合うことが可能で、こ うした取り組みは必要ないかもしれないが、海外で外国人を相手にする場合に

(17)

は、コトバという形式知に置き換えその概念を説明することが必要である。ま た形式知に変換できない部分に関しては、実際に体験してもらい、「身体知」

や「実践知」を得てもらうことで、「おもてなし」の奥深さを感じてもらうこ とが重要である。

最後に、将来の研究課題についてであるが、単一事例による考察であること から、当節で述べたようなインプリケーションの一般化を進めることが最大の 課題となろう。本論文では、業種も旅館に限定した考察のため、ほかの業種に おける「おもてなし」の海外輸出も今後の考察対象となるであろう。そもそも、

おもてなしの海外輸出に関する論文は希少であることから、具体的な内容や方 法論についての実証的研究が求められる。

また、おもてなしを海外輸出すること自体の課題であるが、本論文でおもて なしを定義し、構成要素を明らかにしたところ、本来の厳密な意味での「おも てなし」というのは、マーケティングの対象物としては、非常に扱いづらいも のであることが見出された。従業員教育も手間暇がかかるものであるし、何よ り主客の相互性を求められる限り、限定された人だけが楽しめるニッチな営み で終わってしまう可能性がある。したがって、おもてなしを収益化する、そし て顧客開拓にもつなげて規模化するにはどうしたらいいか、という課題が将来 の課題として残されている。

<謝辞>

調査にご協力いただいた日勝生加賀屋の徳光重人様、関係者の方々にこの場 を借りて御礼申し上げます。しかし、本稿における一切の誤謬はすべて筆者の 責に帰するものです。なお、本研究は

JSPS

科研費

40585957

の助成を受けたも のです。

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【参考文献】

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