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福祉社会における母性的愛情と父性的愛情

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Academic year: 2021

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はじめに

当該プロジェクト研究に先立って, 研究提案者として, 本稿の筆者は社会福祉学部紀要 間の福祉 第15号 (Feb. 2004) に小論を寄せた。 是非それにも目を通していただきたい。 そ こで述べた, 筆者のかぎられた観察にもとづくある特別養護老人ホームでの光景は, その後, 仏教の真理の旗印 (四諦) の1つ 「諸行無常」 の法印のごとく, 利用者の衰え行く心身的機能 にともなって, おおきな変化が生じている。 それは, 筆者に, 別の視野からの考察をも示唆す るように思える。 しかし現代社会の様々な分野において, 母性的・父性的と称した愛情 (対処 方) が, かならずや将来的展望をふまえて注目されるであろうことを確信している。

本稿では, はじめに佛教文化の母体となった古代インド社会における母性・父性観を概観し, 続いて今日的な社会的性差の意味を含むジェンダーを超えた普遍性に着目しつつ, わが国の文 化に大きな影響を及ぼした仏教思想のうち特に大ボサツ信仰をとりあげてみたい。 かつ, 現代 文学者の作品もその内容を紹介しながら, 筆者の領域である 「仏教文化と福祉」 の視点から, 母性・父性の普遍性にアプローチを試みるものである。 なお, 母性・父性として母性を先に記 すのはインド仏教的な当時の社会で用いられていた順に従った。 仏教の故郷でもあるインドの 仏典では 「両親」 を 「母 (マーター, mt) と父 (ピトリ, pit)」 の順で記した。

女性と母性, 男性と父性, ジェンダーを超えた 「ひと」

今日のインド文化の主導的な役割を担ってきたインド・アーリヤ人による古代インド社会で は, かれらの家父長社会での影響もともなって, 女性は男性に比して社会的な地位は決して高 められていなかった。 もちろん, 現代のインド社会においては女性が社会に進出し, めざまし い活躍をする姿は, 故インディラ・ガーンディー首相の例を挙げるまでもない。 かつてのヴェー ダの宗教・哲学にもとづくブラフマニズムは, やがて土着の母系社会の習俗や信仰と融合した ヒンドゥイズムとなって今日にいたっている。 ブラフマニズムにおけるそれまでのわずかな数

*Maternal affection and Paternal affection within a welfare society

−from the aspect of Buddhist Culture and Welfare−

**Ryojun MITOMO

キーワード:母性的愛情 (マターナル・アフェクション) と父性的愛情 (パターナル・アフェクション), 仏教文化, 福祉社会, ヒタ (福祉)。

福祉社会における母性的愛情と父性的愛情

佛教文化と福祉の視点から

三 友 量 順**

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の女神はヒンドゥイズムになると多くの女神への登場となって展開し, その役割や地位は格段 に高められた。 仏教はこうした母系父系が融合した社会の影響下に, 従前のブラフマニズムの 祭式至上主義にたいして普遍的理法 (ダルマ) を人々がたもつことによる真の人間性の発現を 目指した。

「平等 (サマター, samat)」 の精神は仏教思想とともに仏教が伝播された文化圏に影響を 及ぼした。 初期 (原始) 仏教の教典には, 解脱 (mokkha, moka [Skt]) を得るのに, 女性 であることは何ら妨げとならないと述べる Sayutta., V, 2. 6 。 一方, 出家の僧尼にたい する規則を伝える 律蔵 (ヴィナヤ・ピタカ) を見ると, ビク (男性の出家僧) にたいして ビクニ (女性の出家僧) への対応は, けっして平等とはいえない。 加えて, マハーパジャーパ ティー (釈尊の養母) を含む女性の出家によって, 正法の存続期間が千年から五百年に減じら れてしまったという伝説さえ生まれた。 おそらく, ゴータマ仏陀 (釈尊) の教説における普遍 的な平等性も, ブッダ滅後の教団 (サンガ) では, 次第に, 当時の社会の影響 それはブラフ マニズムにもとづく従前の家父長社会からのもの を受けて変容していったものであろう。

ちなみに部派仏教の多くの律蔵には, いわゆる心身に障害のあるもの, 重大な犯罪を犯した ものたちは, サンガ (僧伽) に入団して具足戒を受けて正式な出家僧となることは認められて いない。 身体的な障害をもつものが除かれたのは, 仏陀の姿がやがて神話化の過程で超人視さ れ, さとり (解脱) をもとめる修行僧には, 円満な身体が求められたことによるものである。

しかし釈尊在世当時には, いわゆる精神薄弱者とも解せられるチューラ・パンタカ (周梨槃特), 突発性ではあっても精神錯乱者ともいえる子供を失ったキサー・ゴータミー, 多くの人をあや めたアングリー・マーラなども釈尊の許しをえてサンガに入り出家者となっている。

世の東西をとわず, 当時のインド社会でも, 先天・後天の別はあっても, 心身に重度の障害 のあるものたちが, 今日的な意味での社会的弱者として扱われる環境が整っていたということ は考えにくい。 身体に重度の障害のあるものが具足戒をうけてサンガに入団したという記述や エピソードが伝えられていないこともそうした理由にもとづくものであろう。 しかし, 釈尊の 過去世物語 ジャータカ (本生話) のシビ王本生などには, 眼ほか身体の一部さえ施すエピ ソードがある。 そうしたことから考えれば, けっして身体的な障害を蔑視しているわけではな い。 むしろ障害を侮蔑することは出家者たちには厳しく戒められた。

この時代における女性の社会的地位 (スターナ, sthna) も, ひとたび母性へと視点が移 ると時代や社会を超えた普遍性が問われる。 赤子の男女の別なく, かれらを生み慈愛をもって 育んだのは母である。 いかに男子が社会的に地位が高くとも, かれを生んだのは母であり女性 である。 このような理解は佛教文化圏としてのわが国でも同様に見られる。 江戸時代の禅僧・

鈴木正三 (1579−16559) は, さとりを得た釈尊をこの世に生まれいでしめたのはまさに母で あり女性であるとして, 女性の尊さを説き, 当時の女性にたいする社会的差別を批判した

平等 (サマター, samat) も差別 (ヴィシェーシャ, viaa) もともに仏教語である。 も ともと仏教語としての差別 「しゃべつ」 と読み習わす には個性・特性という意味がある。

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個々の特性や個性が十分配慮されたうえで, 平等が実現できるというのが仏教の考えである。

差をつけてどちらか一方を優遇・差別するという意味でのディスクリミネーションでは本来な い。 今日的なジェンダ・フリーの主張にある重大な問題点がここにある。 ヴィシェーシャ (個 性・差別) が尊重されず, 個々の意見や特性が無視されるような 「自由 (フリー)」 の主張は, 名 分 を 振 り か ざ し た , 文 化 的 環 境 (kulturelle Unwelt) に 対 す る カ タ ス ト ロ ー フ ェ (katastrophe) に他ならないからである。 生まれや家柄, 職業による貴賤はないと仏教では 主張した。 ひととしての正しい行いによって貴くもなり賤しくもなると原始仏典は述べている Sutta., 136 。 佛教的思惟では, すべて人間を 「ひと (マヌシュヤ, manuya)」 として捉え るのみならず, 「生きとし生けるもの (プラーニン, prin)」 のなかにあらゆる生類はおさ められたのである。

一方, 「人間」 はプラーニンの1つであるではあるが, 古代インド哲学では, 「人間」 のみが 輪廻し, 他の境涯に赴くと考えられた Chn. Up., 6, 9. 3 。 倫理的・道徳的な行為主体は

「ひと」 のみがなりえると考えられたためである。 仏教のジャータカ物語に登場する様々な主 人公の動物たちが, 善行をおこなってやがて釈尊となったというのは, 理想的なひととしての 姿がそこに投影されているからである。 この点に留意しなければならない。 男女論, 母性・父 性を論じる際にはまず 「ひと」 とは何であるのかが問われなければならないのである。

この問いに対して, 大乗経典は原始仏教以来の伝統的理解を継承している。 後期大乗仏教の 経典 大日経 には 「利他を思念する」 大正新脩大蔵経Tz. 18, 2b ことの出来るのが人間 であるという。 利他と訳された原語の1つはパラ・ヒタ (para-hita, 他者のしあわせ) であ る。 「ヒタ」 は福祉と訳すことができる。 筆者は, 原始仏典以来, 一貫して仏典にみられるこ の hita の語を 「福祉」 と翻訳することを提案してきた。 ひとは生物学上の性差という特性に よっても個 (individual) とみなされる。 パラ (他) は, ひとであって, 個でもある。 自利 (アートマ・ヒタ, tma-hita) ではなく, 他者のしあわせ (利他) をはかることは初期の大 乗仏教の重要なテーマでもあった。 やがて, 仏教の空 (シューニヤ, nya) の思想によって, 自他平等 (自他不二) として, 行為主体である 「われ (自)」 と 「汝 (他)」 間にさえ両者を隔 てる障壁はなく, 自他が相即になっていくのである。 これを 「縁起 (よりて起こる・相互依存 関係)] ととらえることも出来よう。 彼によってわれが存在しうるからである。 ちなみに, 人 間を表すサンスクリット語のマヌシュヤ (manuya) という言葉の語根マン (√man) には,

「考える, 尊敬する, 信ずる」 という意味がある。 善悪の判断を理想的な人間の有する特性と みれば, そこに 「正しく (samyak-, 三藐)」 という形容詞を添えてもよいであろう。 「正し く考え, 正しく (他者を) 尊敬し, 正しく信ずる」, それが出来るものを古代インドの人々は 理想的な 「ひと」 とみなしていた。

インド思想史上で, 理想的帝王とされたアショーカ王 (治世・前268−232) は, 領土内に建 立した石柱法勅に 「すべての人々は私の子 (パジャー, paj) である」 別岩石法勅 第2章

と宣言した。 これは後の大乗経典 法華経 でブッダ釈尊が述べる 「其の中の衆生は悉く是

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れ吾が子なり」 譬喩品, 87偈 の句にも繋がる。 この父子の関係は, 仏典中の様々な譬喩に 登場する。 ここで, 母子の関係をブッダと衆生とに対比しないのは, ブッダそのものが男性名 詞であるばかりではなく, 史上の釈尊がイメージされているからである。 同様に, 「子 (プト ラ)」 も男性名詞であるが, これはブッダと衆生を父と実子 (男子) との関係に見立てている 理由によっている。

釈尊には一子ラーフラがいた。 彼もその後, 出家をしてサンガ (仏教僧団) に入団している。

ラーフラの出家に関しても, エピソードが伝わっている。 それは彼の祖父であり, 釈尊の実父 でもあるシュッドーダナ (浄飯王) が, サンガは子を放す親の悲しみを知って, 出家は必ず親 の許可を得てほしいというものであった。 それ以降, 未成年者が出家をする際には, 父母の承 諾を得なければならないと定められた。

大ボサツ信仰と性差の超越

親 (父) と子との関係は, やがて大乗仏教になって登場する大ボサツ信仰とともに, 母と子 との関係にも展開した。 性差を超えた法身 (dharma-kya, ダルマ・カーヤ) が, 衆生の希 求にたいしてもっとも彼らが望む姿を現出するというように考えられた。 ブッダそのものも法 身 (真理を身体としている) であり, 大ボサツも同様に法身であるとされた。 大ボサツは信仰 の対象として大乗仏教になって初めて登場する。 もともとはブッダ釈尊の属性として付与され ていたものが神格化されたものと考えられている。 ダルマ・カーヤ (dharma-kya, 法身) は文法上は男性名詞であっても, 本来, 具体的な性別を有することがない。 衆生がもとめる姿, それが男性であれば男性に, 女性であれば女性に, 或いは子供としても変化身として現れると 信じられた。 例えば観世音ボサツは33の身体を現じて衆生を救済すると信じられている。 ヒン ドゥイズムにおけるアヴァターラ (権化) の思想がこうした信仰に影響を与えたと考えられて いる。 ボサツそのものは男性名詞である。 伝統的な部派仏教の理解では, 男性身とならなけれ ばボサツになれないと考えられた。 それは実際の釈尊の修行時代を意味するボサツがそこに投 影されているからである。 ジャータカ の主人公のボサツもすべて男性身であることもそれ によっている。

大ボサツは女性身を現ずることのあるエピソードが伝えられている。 円仁 (794−864) の 入唐求法巡礼行記 には, 当時の中国・五台山の文殊師利 (文殊) ボサツ信仰を伝えている

。 文殊ボサツも大乗独自の大ボサツである。 原語のマンジュ・シリー (文殊師利) はマンジュ・

ゴーシャともいう。 釈尊が 「深妙な (マンジュ maju) 声 (ゴーシャ ghoa)」 をいだし たというブッダの理想的な属性が神格化されたものと見なされている。 円仁の伝えた記録によ れば, 当時, 五台山は文殊信仰のあつい霊場であった。 その霊場で, ある施主によって, 求め 訪れる人々に分け隔てなく食事を施す供養がもうけられた。 そこに一人の女性が現れ, 彼女は 胎内の子供の分もふくめた食事を施主に乞うた。 施主は, 彼女の言を信ぜず, それを拒否した。

すると彼女はその場を去ると途端に, 目も眩むばかりの光を発して文殊ボサツに変わった。 群

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衆は呆然となり, 彼らは悔い改めの声をあげて激しく泣いたが, 文殊ボサツは再び戻ることは なかったという。 この伝説は, 大ボサツがある時には, 懐妊した女性の姿を現じて, ひとの心 のまことを確かめることがあるということを伝える。

わが国の行基 (668−749) や忍性良観 (1217−1303)も, 同じく篤い文殊信仰をいだいて いた。 文殊師利般涅槃経 Tz. 14,481a. b には, かのボサツは貧窮・孤独・苦悩の衆生に さえ姿を変じて, 人々 (行者) に功徳を積ませると述べられている。 ハンセン病者に対しても 良観は, かれらが文殊の化身であるという思いがあったということになる。 良観が社会福祉事 業に精励しえた背景にはこうした仏教信仰にもとづく揺るぎない信念があった。 大ボサツが本 来, 法身であるならば, かれを信ずる, もしくは観る者によって女性とも男性とも現れえる。

やがてターラーのように女性としての性差そのままの姿のボサツが後期大乗仏教の密教には登 場する。

原始仏教聖典にはブッダのことばとして次のようなものを伝えている。

「あたかも, 母がおのが独り子を身命をとしてもまもるように, そのように一切の生きとし 生けるものどもに対して, 無量の (慈しみの) ここをを起こすべし。」 Sutta-nipta, 149 10

一切衆生にたいして慈しみのこころを懐くべきことを母と子との関係で述べるのである。 こ こで重要なことは, アショーカ王の法勅や大乗経典のブッダの教説における 「父子」 の関係が, 原始仏典には 「母子」 の関係でも捉えられていることである。 わが子をまもるためには自分の 身命をかえりみることのない母の姿は, 大乗 涅槃経 Tz. 12,613c にも描かれた。 ここに は, 母性の有する普遍的ともいうべき慈しみ深い姿が認められるのである。 一方, 父性の面か らそれを見ると, 今日一般に理解されるような母性とやさしさ・父性と厳しさという分類は仏 典には特徴的ではない。 むしろ, 父性であっても母性的な面を合わせもっていると表現したほ うがよいかもしれない。

母性・父性は生きとし生けるものにたいする慈悲の実現という意味において理想的なひとと しての姿を仏典は述べている。 しかし母と父はある時には, それぞれ 「盲愛」 と 「慢心」 とに 比せられることもある Dhamma-pada, 294 11。 それらは, 出家者がほろぼすべきもので あり, その両者をすてて, かれらは修行僧となった。 今, 本稿で取り上げる母性・父性は, 理 想的な姿を考えるという意味におけるものであるが, 理想的側面を正 (+) とすれば負 (−) の側面のあることも仏典は教える。 正の側面は, 子供 (衆生, 生きとし生けるもの) を保護し 育むものであり, 負はそれに対して子供の成長を阻害するものと一般的にはみることもできる であろう。

しかし, 実はその両者ともが正 (+) に作用するとみるのが仏教的な捉えかたである。 まさ にプラス思考 (positive thinking) を仏教はとっているということになる。 仏教で善友を意味 する 「善知識 (カリヤーナ・ミトラ, kalyna-mitra)」 という言葉を, 「人格の向上にむけて 励ましてくれるもの」 と現代的に訳すことが出来る12。 釈尊に敵対し, 釈尊を傷つけ, 命まで

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奪おうとした提婆達多 (デーヴァダッタ) こそ, 釈尊 の善知識であると 法華経 提婆達多品には述べられ ている。 こうした精神はわが国の日聖人 (1222−

1282) にも継承された。 日の命をうばおうとした平 の左衛門こそが成仏のかたうど (方人) であり善知識 であるというのである 種種御振舞御書 平成新修 遺文集 p. 455 13

造形美術のなかでも母子像は, 時代や民族を超えた やすらぎを人々に伝える。 古代エジプト人も母に神聖 をみていた (Fig. 1)。 そうした姿は聖母子像の原型 となったと考えられている。 キリスト教のマリア崇拝 とともに聖母子像は西洋の文化圏にひろく親しまれた。

大乗の登場とキリスト教の出現は時代的に重なってい る。 大乗仏教に登場する大ボサツの姿にもやがて子供 を抱く姿が現れる。 子供を抱くハーリティー (鬼子母 神) 像なども, ガンダーラ美術の彫刻に残されている。

特にわが国には近世に, 子安観音・子安鬼子母神などの信仰があり, その彫像も親しまれた。

彫像的にはこの時代になると聖母子像からの影響も考えられる。 観音ボサツは大ボサツである が, 大乗の論書, 龍樹 (ナーガールジュナ) の 大智度論 には, 龍王は畜生道 (動物の境涯) における大ボサツであり, 鬼子母神 (ハーリティー)

もおなじく鬼神道の衆生を救済する大ボサツとみてい る。

子 供 を 抱 く ボ サ ツ 像 の な か で も , 木 喰 (1718 − 1810) 作の地蔵ボサツ像には幼子をいだく姿がある (Fig. 2)14。 造像面から見ても, 男性が赤子をいだく 姿は印象的である。 地蔵ボサツも同じく大ボサツであ る。 釈尊滅後, 未来世の弥勒仏の出現までの無仏の時 代に, 六道の衆生救済をになうと信じられている。 大 ボサツであるならば, いかようにもその姿を現じるこ とが出来るわけであるが, 地蔵ボサツは剃髪した比丘 の姿をかならずとる。 かのボサツは比丘形 (男子の出 家僧の姿) をしていると伝えられているからである。

地蔵ボサツは実際の父ではなくとも, ブッダと衆生 を 「父子」 の関係にみなすわけであるから, まさにそ れは 「父子像」 とも呼べるものである。 母子像と父子

Fig. 1 紀元前5〜4世紀 (古代エジプト展ポストカード)

Fig. 2

(東方出版株式会社 「木喰仏」 より)

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像, その違いはあっても親の子にたいする慈愛の気持ちがあふれている。 木喰の時代は天明の 大飢饉 (木喰65歳) があった時代でもある。 幼くして世を去る子供たちへの鎮魂の気持ちを含 んだものであろう。

若い娘が父親の厳しい叱責から逃れるために, ねんごろになった青年との間に出来た子供を, 父親の尊敬する禅僧の子であると嘘をついた話がある。 駿河の国, 原の松蔭寺の白隠慧鶴 (1685−1768) 禅師のエピソードである15。 嫌疑をかけられた白隠は, 彼のもとに置き去りに された生まれたばかりの赤子を, 一言の言い訳もせずに大切に育てた。 その姿はやがて娘の良 心に激しく後悔を生ぜしめた。 事の真実を知った父親は禅師に深く非礼を詫びた。 やがてその 子は実際の父母のもとに無事に戻されたのである。 このエピソードを筆者は, 本務校の 仏教 の講義の際に紹介したことがある。 その時に, 一人の女子学生から, 筆者の問いかけに対 して 「白隠禅師の姿には, 父性も母性も共にそなわっている」 という返事がかえってきた。 父 性・母性を超えたひととしての姿, そこにも仏教の 「利他」 の精神があることをこの物語は教 えている。

パラ・ヒタ (利他) はあらゆる場面で要請されることが, 仏教の 律蔵 の記述からもわか る。 先に, 仏典にはいわゆる一般的に考えられているような父性の厳しさというものは認めら れないのではと述べた。 自らに厳しく他に対しては寛容な姿勢が仏教では求められたこともそ の理由であろう。 他人を諌めるような際にも, 諌める者はかならず五徳を心得なければならな いという。 その五徳として次のようなものを挙げている。

1, 時を知る。 2, 実心にして虚偽心ならず。 3, 利益のための故にして不利益の為の故に 諌めず。 4, 柔軟の言辞にして, 麁悪の語にて諌めるに非ず。 5, 慈心の故に諌める。 毘尼 母経 巻第3 16

相手を諌め注意する時にも, ①時をわきまえ, ②まことの心で, ③相手のためを思って, ④ 荒々しい言葉ではなくおだやかに, ⑤慈しみの心をもって, なすべきであるというのである。

きびしくなおざりにしないことが一般には厳格を意味する。 厳しい叱責ではなく, おだやかな 言葉が却って相手にきつく響くことがあるだろう。 他者にたいしていかなる手段 (ウパーヤ・

カウシャリヤ, 巧みな手段=方便) をもちいるべきかという判断が必要となる。 その意味では 一般的ないわゆる厳しさも除かれることはない。

法華経 如来寿量品には法華七喩の一つ 「良医の譬え」 が説かれている。 医師である父の 不在中に子供たちが誤って毒薬を飲んでしまった。 戻った父はそれを知って解毒剤を飲ませよ うとする。 気持ちの確かな子供たちはそれを飲んだ。 しかし, 毒の苦しさのために本心を失っ てしまった子供たちは, 良薬を毒薬と思って飲もうとしない。 このままでは彼ら (衆生たち) は死んでしまう。 父親は, 巧みな手段 (方便・ウパーヤカウシャリヤ) をめぐらした。 それは かならず子供たちが薬をのんでくれるものでなければならない。 父親は薬を留めて必ず飲むよ うに言い残し, 家を離れて彼方の国に赴いた。 父親はそこで亡くなったと子供たちに告げさせ た。 寄る辺とも慕う父が, 他国で亡くなったことを知った彼らは, その悲しみのあまり, 心が

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ついに醒悟し 「常懐悲感 心遂醒悟」 自ら薬を服するのである。 大乗仏教は, 恋慕や悲哀と いった人間の心情を大切にした。

人々を救済するために死を現ずるというこの譬喩も, かれらのヒタ (幸い) のために (hitya) 採った手段であると経典は述べる。 もし, 厳しさのみが父に求められるのであれば, 強引にでも解毒剤を飲ませたことであろう。 父 (ブッダ) は強引な手段を用いなかった。 彼ら 自らに判断をゆだね, 自己決定を促した。 みずからが納得し決断をすることを父は待ったこと になる。 かれに自己決定を促すことも, インドの宗教観である 「忍耐 (クシャーンティ, 忍辱)」

の徳に結びつくものである。 作家, ヘルマン・ヘッセ (1877−1962) は小説 シッダールタ のなかで, バラモンの青年シッダールタに 「待つことができる」 ことをかれの特性として語ら せている17。 彼はインド哲学を熟知していた。

死を現ずることさえも, 人々の 「福祉 (ヒタ)」 のためである, というのが仏教のとらえ方 である。 その死はブッダの 「おおいなる死 (マハー・パリニルヴァーナ, 大般涅槃)」 である が, 仏教文化における死は, 逃避すべきものではなく, 静かに受け入れるべきものとしてとら えている。 古代インド哲学における死は, あらたなる生への通過点であり, 生と死とは生成展 開の一局面である カーカタ・ウパニシャッド に出るナチケータスの物語 18。 死は生の終 着駅 (ターミナル) ではない。

現代文学作品に見られる母性・父性

「ぼくはかあさんのことを本当に好きでした。」 サトウ・ハチロー詩 。 詩人は齢を重ねて もこうしたことばを素直に発している。 父母それぞれを匂いにあてはめると子供にとってどの ようなものが思い浮かぶのであろうか。 彼は, 自らの母を秋は 「金木犀のにおい」, 冬は 「ひ なたに干した布団のにおい」 であるという。 春夏秋冬に母の匂いがある。 これに対して父の匂 いも父性を偲ぶものにはあるのだろう。 仏典には 「六根清浄」 になると, 鼻根はあらゆる匂い をかぎ分けることができるという 法華経 法師功徳品第19 。 それは匂いに象徴されたそれ ぞれの個性や特性のことである。 そうした個性や特性 (ヴィシェーシャ) がひととしての平等 性 (サマター) に結びついている。

実際の生みの親でなければ, 母性を実現することができないということではない。 父性もそ れは同様である。 成犬 (雌犬) の傍らに生まれたばかりの小犬を置くと, やがて乳腺が張って 小犬に乳を与えるようになることがあるらしい。 そうした映像があるテレビで放映されたこと があった。 傍らに乳を求める小犬がいることによって脳のある部分が刺激され, 母性としての 体の変化を生ぜしめたということなのであろう。 実際の母親でなくとも母性を実現できる, そ うした物語りを, 小説の世界にみることが出来る。 小説は, すぐれた作家によってある時には, 現実の出来事をしのぐ様々な人間の心理を描き出す。

山本周五郎の短編小説集 日本婦道記 のなかに 「二十三年」 がある19。 自分自身を無にし, 主人 (夫) や家をひたすら守るという, 彼の小説のなかで共通した女性観にたいして, 「女性

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だけが不当な犠牲を払わされている」 という非難もかつてあった。 そうした批判にたいして彼 は, 「夫が苦しむと同時に妻も夫と一緒になって苦難を乗り切っていく」 という内容がすべて であって決して女性だけが不当な犠牲を払っているわけではないと自信をもって語った。 こう した彼の作品に, 封建社会における君父に対する絶対服従のようなイメージを感ずる読者もい るが, 本稿の筆者はそうは思っていない。 女性として母として妻として, ある時には男性とし て父として夫として, かれらのかなしく痛々しいまでの姿を周五郎作品は読むものに伝える。

どの時代に生きても, 男子 (女子) として, ひととしてなすべきこと・あるべき姿があるとい うことをわたくし達に伝えようとしている。 まさに, 鎌倉時代の明恵 (1173−1232) 上人のい う 「阿留辺幾夜宇和 (あるべきようは)」 明恵上人遺訓 に通じるものである。

その意味において彼の作品は, 仏教思想にも通ずるところがあると思っている。 仏教は, そ れぞれの時代や社会における実定法にあえて反旗をひるがえすことはなかった。 他者を思いや り, ひととしてなすべきことを人々に気づかせようとした。 ひとのこころの浄化による理想社 会の実現を目指したのである。

小説 「二十三年」 では, 会津蒲生家の家臣で食禄200石ほどの飯沼某に15の歳から婢として 使えたかやが主人公である。 以下に簡単にその内容を紹介したい。

飯沼の妻女みぎは生まれたばかりの次男・牧二郎を残して他界した。 長男も時疫でその 一月ほど前に亡くなっていた。 やがて嗣子の無いことから飯沼の仕える会津60万石は取り 潰され, 蒲生の血筋が伊予の国松山に20万石でかろうじて家系を繋ぐこととなった。 飯沼 は松山の蒲生家に仕えるべく旅立つことになった。 ひとり幼子を残された飯沼には, かや の存在は欠くことのできないものであったが, 彼女の将来を考えて, 留まることを願った かやに暇を出すことにした。 ところがかやは実家へと戻る途中で坂から落ちて記憶を無く し, 白痴同然の状態になってしまった。

飯沼は, 白痴同然のかやがしきりに牧二郎をおぶろうとする様子を不憫に感じて, 連れ て松山へと旅立つのである。 ことばも発することのできないかやではあったが牧二郎の世 話をよくした。 ところが仕官を待つ間に松山20万石も世子が無いという理由から取り潰し となってしまった。 絶望のあまり刀を手にしようする飯沼に, かやが悲痛な絶叫をあげて 彼を引き止めたこともあった。 苦節は9年ものあいだ続いた。 やがて蒲生の後に封ぜられ た隠岐の守・松平定行のもとにようやく飯沼は仕えることになった。 平穏な日々のなかに 牧二郎も無事に成長した。 飯沼が53歳で亡くなると, 牧二郎は相続して父の名を襲ぎ, や がて菅原某の娘いねを妻に迎えた。

祝言を終えた夜, 牧二郎はかやに向かってこれまでの苦労にねぎらいのことばをかけた。

実は, 彼はかやが白痴でも唖者でもないことを7歳の子供の時から気づいていたのである。

幼子を残して世を去らなければならない母親のつらい気持ち, 世事に疎い主人を遺して死 にゆく妻の心残り, 女同志でなければ理解することのできないそうした思いをかやは全身 で感じていた。 「旦那さまと坊さまのことはおかやがおひきうけ申します」, かやはいまわ

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の彼女にこころなかで固く誓った。 暇を出された飯沼の家に留まるためには, 気が触れた 姿を演ずるより他にかやは術をしらなかったのである。

その時からすでに23年が経っていた。 牧二郎に何かを語ろうとするかやは最早ことばを 発することが出来なかった。 長い年月がかやを真正の唖者にしてしまったのである。

短編であっても, この 「二十三年」 は読む者のこころを打つ。 母親として, 妻として, 女性と して, そしてひととしての姿を周五郎は女性たちの生きざまのなかに描いた。 本稿の筆者は, この物語をたんなるフィクションとは見ていない。 筆者に親しくしてくれた老僧がいた。 彼は 研究者を目指すほど学問に打ち込んでいた。 その彼は思い立って, 青年時代に, 修行僧として の荒行を成満した。 一心不乱に修行に打ち込み, ほとんど不眠不休で寒期の百日間を終えて出 行した時には, 手紙の文字すら書けなくなってしまっていたということを晩年懐かしそうに語っ てくれたことがある。 未婚でかつ出産の経験もない女性が, 母親としての務めをはたすことは 実際にあり得る。 それは男性も同様であろう。

筆者は, 自然均衡 (natural balance) の1つとしても性差を考えている。 最近の英字新聞 The Asahi Shinbun, English Edition, No. 16, 431 に, インドの都会のある医師が, 胎児 の性別をたずねる母親の巧みな質問 それは 「何色の服を準備したらいいか?」 というような ものであるらしい には人道的な見地から答えないという記事が紹介されていた。 男児を尊ぶ 社会では, ある時にはしばしばアボーション (堕胎) という作為的な手段がとられる。 人間の 手によって, 自然界における様々な均衡が崩れると, 人間をふくむ生類の存在は危うい。

アメリカのある州では, 家畜 (牛) の飼料として大量のトウモロコシを生産するために地下 水を汲み上げ, 今ではその枯渇が危惧されているという。 トウモロコシは小麦に比して何倍も の水が必要とされる。 穀物の単価も高く, 家畜の生育に適しているからだという。 出張先の海 外のホテルでたまたま早朝にみたこの衛星テレビ放送は, 人間のみが倫理的・道徳的な行為主 体となるという古代インドの哲学説を思い起こさせた。 その地下水は3千年という永い年月が はぐくんだものであるという。 その自然の恵みを近代農業はわずか数十年で使い切ってしまう かもしれないと言うのである。 現代社会人のみの為 (ヒタ) をはかる行為は, 次の世代を育む 正の遺産として残されることがない。 大量の穀類が食料としてではなく人間の食する家畜の餌 として生産され, 現今を優先する現代人の嗜好を満足させている。 新しい型の食物連鎖が, 人 類の未来への警鐘となって響いている。 その是非はともかく, 遺伝子操作による作物の生産も, 人類のみならず生類に与える影響が不明のままに生産に拍車がかけられている。

ベトナムの混乱期に祖国に戻ることを拒まれ, 現在もフランスを中心に平和活動を展開して いるティック・ナット・ハーン師は, 仏教の説く 「不飲酒戒」 を現代社会に提唱している20 その理由は, 世界の飢餓に苦しむ子供たちがそれによってどれほど助かるかもしれない穀類が, 穀物酒の醸造のためだけに生産され用いられているという点にあった。 仏教では, 原始 (初期) 仏教以来, 飲酒を厳禁しているわけではない。 病のための薬としてはその利用を認めている。

それだけでは, 自然均衡を壊すこともないであろう。 肉食も, 殊更, そのために屠ったもので

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はなく, 出家の比丘が托鉢でえたような場合には, 食することが認められていた。 その意味で は人間の生に対して寛容であった21

仏典には三世を述べる時には, 過去 (アティータ, 過ぎ去ったもの)・未来 (アナーガタ, 未だ来たらざるもの)・現在 (プラティウトパンナ) の順で記されている。 現在を意味するプ ラティウトパンナ (pratyutpanna) は文法上では現在分詞形で, 「現に生じつつあるもの」 の 意である。 未来 (未だ来たらざるもの) は現在の創り出すものであり, それ故に現在分詞とし ての動きの線上にある。 時間が去る (カーラム・クリタ) ことは古代インド語では 「死」 を意 味した。

自然均衡は, 生物の世界ではしばしば自然淘汰となってあらわれる。 普遍的観点からの正の 遺産を考えることなく作為的に行われた人類の行為は, 戦争や殺戮ばかりではない。 偏向, そ れは男女論や今日的なジェンダー論に限らない。 宗教・民族・国家, あるいはイデオロギー, 経済, それらすべての偏向が, 負の遺産を未来に残すということを真剣に考えなけれはならな いであろう。

我が国の戦後の杉の植林の奨励が, その後の放置によって, 花粉症を誘因させているという。

都市郊外の山丘にも, 無秩序に植えられた樹木はやがて枯れて, 斜面崩壊などの災害を生ずる。

生徒の学習指導にもそれはあてはまるだろう。 その時にはそれが 「よい」 と考えられていたと, おそらく, いわゆる有識者と称されている者たちは応えるのだろう。 トライアル&エラー (試 行錯誤) が繰り返され, 反省を踏まえてよりよい社会が形成されていく, それも確かである。

しかし現代社会は, 科学技術の発達や情報化もふくめ, 瞬時に, 地球規模もしくは宇宙規模と 言ってよいほどの大きな変化を生ぜしめている。 エラーが再びトライアルの出来ない状態となっ ていることを暗示しているかのようである。

これからの長期的展望をはかるためるは, 必ず普遍性が問われなければならない。 ここで言 う普遍性は, 筆者が 「普遍思想」 と言う時のそれである。 時代や社会, 国家や民族, 宗教の差 異を超えて, その実現を人びとが希求しているという意味での普遍性である。 自然の時間の経 過のなかで生類は生かされて来た。 時間をかけて成熟されるものがある。 時が解決してくれる ものもある。 古代の中国社会では, 自然のリズムを重んじた。 春と夏には死刑を執行しなかっ た。 万物が成長繁茂する時節を避け, 秋と冬に刑が行われた。 急かされ, ゆとりを失った社会 への反動としての自然回帰的な動きも見直されつつある。 古代インド哲学以来, 仏教文化では こころを統一し静慮する時間を大切にしてきた。

母性・父性というときには, かならずその対象として子供たちの存在がある。 子供たちの将 来を願う, それが母であり父である。 日聖人 (1222−1282) は, 「親の子をすてざるがごと く, 子の母にはなれざるがごとく」 妙一尼御前御返事 昭和定本遺文 p. 1749 と, 信仰も そのようにあるべきであると説いた。 一方, 我々が男性・女性と呼ぶときには, それぞれ対す る性あるいは社会がその対象となるのだろうか。 日聖人は, 「おとこは羽のごとし, 女はみ (身) のごとし。 羽と身とべちべちになりては, 何をもってか飛ぶべき」 千日尼御返事

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和定本遺文 p. 1762 と, 相互理解と協力なくしては家庭も社会も正しく機能しないことを教 え示している。 多くの男女論・ジェンダー論にはエゴイズム (利己主義) はあっても, インディ ヴィジュアリズム (個人主義) はないように思える。 本来の個人主義は, 他者を尊敬し (認め) 他者のいたみに敏感であることによって実現される。 パラ・ヒタ (利他) を願う, その純粋な 形が母性・父性にあった。 仏典に見られる, 父母と子との関係はそれに気づかせてくれるもの である。 それが, 理想とするひとの姿でもあった。

まとめ

今日的なジャンダー論のために, ともすれば見失いがちな 「理想的な人間像」 に, 本稿では 普遍性をともなう母性的・父性的という表現をもって考察を試みてみた。 社会や国家, 或いは 世界のためにという名分のために, 個が犠牲にされてはならない。 かつて戦争によって家族や 愛する人びとをなくした先人たちが導きえた結論である。 何故, このようなことを言うかとい うと, 男女共同, 或いはジェンダー・フリーというような名分から, 性差という個性・特性 (ヴィシェーシャ) がしばしば軽視 無視と表現した方がよいかも知れない されているから である。

身近に, 生徒たちの起こしたショッキングな事件が続出している。 被害者も加害者側も, 彼 らの両親が家にいないことが多いらしい。 それだけが原因ではないが, もし誰かが家にいたら, と考えると気の毒でならない。 よりより生活, それは豊かで満たされた生活である, と誰しも が考えている。 本学部の紀要 人間の福祉 第19号に, ベトナムの仏教文化をレポートの形で 寄せてあるので見ていただきたい。 言い古された言葉ではあるが, 物の豊かさが, 却ってここ ろの貧しさを生み出していることを実感している。 「知足 (足ることを知る)」 の無い満足 (満 ち足りる) はない。 中国の古典では 「知足」 老子 「足知者富」 を説いた。 しかし, 足りる 限度は語らない。 これに仏典では 「少欲」 を加えて, 「少欲知足」 とした。 仏教文化は, 「欲を 少なく」 してはじめて 「足ることを知る」 ことを教えている。

男女共同参画の実現と, 母性・父性を実現することとは相反することではない。 遺憾なくそ の力を発揮して, 社会に貢献することに男女の別は無い。 理想としての母性 (女性) 像も男性 側からの一方的な女性観のみに縛られる必要はないであろう。 男女共同参画実現への障壁が固 定的な役割分担意識であると指摘する向きもある。 しかし共同参画という名分によって省みら れていない問題点は無いのだろうか。 時代や社会, シデオロギーや宗教を超えた, 父性・母性 の役割というものもあるはずである。 もちろん, 父性・母性も個々人の個性という面からみれ ば一様ではない。 ある環境に育った者たちは, そこでの体験をもって父性や母性を考えであろ う。 ディスクリミネーションの意味を含む性差別と特性としての性差を混同してはならない。

本稿では普遍性をもった父性・母性とは何かということを考えてみた。 その結果, 男女を超え た 「ひと」 としての理想的な姿が, 父性や母性に反映されなければならないということに導か れた。

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ひととしてなすべきことそれは 「義」 と呼ばれた。 仏教文化では, それをダルマ (理法) と 呼んだ。 義は, しばしば閉鎖的・独善的な小規模な集団における行動の指針としても用いられ ることがある。 仏教の説くダルマは普遍的なものである。 いつの時代でも, どの社会でも, ひ ととしてなすべきものを意味した。 それは, 自分のためではなく 「(他者の) ためをはかる」

ということに集約される。 7世紀の大乗の学僧シャーンティ・デーヴァは, 「自他の転換 (パ ラ・アートマ・パリヴァルタ, partma-parivarta)」 Bodhicaryvatra,−102 こそが仏 教の秘奥であると述べた。 非力なものへの一方的な同情や憐れみではない。 行為主体としての 人間の行いに対しては, 個人 (インディヴィジュアル) としての自覚と反省が常になければな らない。

我が国で外国語からの翻訳として西周 (1829−1897) が 「福祉」 の語を充てたその原語はハ ピィネスであった。 福祉をハピィネス (幸せ) の実現ととらえれば, 幸せとは何かが問われな ければならないであろう。 原始仏典は, 「こよなき幸せ (マーハーマンガラ, mahmagala)」

とは何かを教えている。 互いに尊敬し合い, 自らは遜り, 性差を含む自らのヴィシェーシャ (個性・特性) にたいする満足と感謝, そして時折, こころ静かに自分自身をふりかえる。 今 日の男女論・ジェンダー論にもそれが必要であると思う。

「尊敬と謙遜と, 満足と感謝と, 時折, 教えに耳を傾けること, これがこよなき幸せ (マハー マンガラ) である。」 Sutta-nipta. 265偈

拙論 「マターナル・アフェクション (母性的愛) とパターナル・アフェクション (父性的愛−福祉社 会における愛情−」 人間の福祉 第15号, Feb. 2004, pp. 205−219.

Samyutta-nikya, 中村 元訳 神々との対話−サンユッタ・ニカーヤ II 岩波文庫, 1986年, 68頁 参照。

吉元信行 「ブッダによる犯罪者処遇−凶賊アングリマーラの場合−」 桑原洋子教授古希記念 社会福 祉の思想と制度・方法 永田文章堂, 平成14年3月, pp. 19−27.

中村 元博士監修・補註の ジャータカ全集 (春秋社・全10巻) が, 学術的にも最も信頼のおける 邦訳である。 「シビ王本生」 は ジャータカ・マーラー (Jtaka-ml) 第2話にも出ている。 P. L.

Vaidya (ed. );Jtaka-Mlby Arya Sura, Darbhanga 1959. (Buddhist Sanskrit Texts No. 21.)。

杉浦義朗訳 ジャータカ・マーラー (仏陀の過去世物語 桂書房, 平成2年がある。

鈴木正三全集 山喜房仏書林, 昭和63年 (8版), p. 57. 「女人は是諸仏の母, 全くそしるべからず」。

中村 ウパニッッドの思想 選集・決定版, 春秋社, 1990年7月, pp. 269−270.

Aoka Text and Glosssaryby Alfred C. Woolner, Reprint 1982, Delhi, p.21.

エドウイン・O・ライシャワー著, 田村完誓訳 円仁・唐代中国への旅 講談社学術文庫1379・講談 社, 1999年6月, pp. 304−306. 参照。

本研究科を修了した小平隆志修士の 忍性再考−佛教福祉の視点から− (平成17年7月) が自費出 版されているので紹介しておきたい。

10 Sutta-nipta, 中村 元訳 ブッダのことば−スッタニパータ− 岩波文庫 (改訳1984年), 38頁参照。

11 Dhammapada, 中村 元訳 ブッダの真理のことば 岩波文庫, 1978年, 51頁参照。

12 拙論 「 大智度論 に見られる善知識」 木村清孝博士還暦記念論文集・春秋社, 2002年, pp. 479−

497.

13 平成新修・日聖人遺文集 平成7年2月, 星雲社。

14 木喰仏 東方出版株式会社, 2003年11月。

(14)

15 禅門逸話集 中・禅文化研究所, 昭和62年, pp. 88−90.参照。

16 三友量順校註 毘尼母経 新国訳大蔵経・律部10, 2005年11月, 大蔵出版, p. 55.

17 Hermann Hesse;Siddhartha, Eine indische Dichtung, 1922. 高橋健二訳 シッダールタ 新潮文 庫, 平成4年8月 (41刷・改訂版)。

18 前掲 ウパニッッドの思想 pp. 57−60.参照。

19 山本周五郎 小説・日本婦道記 新潮文庫440, 平成8年 (72刷), 解説参照。

20 Thich Nhat Hanh;BEING PEACE, 1987. 棚橋一晃訳 ビーイング・ピース−一枚の紙に雲を見る−

壮神社, 1993年3月。

21 昨年 (平成17年), 第22回庭野平和賞 (Niwano Peace Prize) を受賞されたハンス・キュング (Hans Kung) 博士は, 1993年9月, シカゴで開催された 「万国宗教者会議」 の席上 「地球倫理宣言 (The Declaration Toward a Global Ethic)」 を発表して採択された。 その中には佛教の5戒が活かさている が, 不飲酒戒は諸宗教間のコンセンサスは得られず宣言には含まれていない。 「飲酒 (sur-meraya- pna)」 はスラー酒 (南伝のパーリ律によると穀物酒やその複合酒) やマイレーヤ酒 (果実酒や甘薯・

砂糖などの複合酒) を飲む意であるが, 但し, これを英訳の様に I vow to abstain from taking intoxic ants (私は酩酊の原因になるものをとらないことを誓います。) とすれば, 本来の寛容な解釈が可能と なろう。 cf. Commemorative Address by Hans Kung, at 22nd Niwan Peace Prize, Tokyo, 11.05.'05

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