二 四
傳
法
に
お
け
る
牛
金
色
善
導
像
の
形
成
坪
井
俊
映
五 重 傳 法 の 要 偈 道 場 に お い て 善 導 法 然 二 組 對 面 の 繪 圖 を 掲 げ 、 そ の 繪 圖 に は 金 丈 字 で ﹁ 究 竟 大 乘 淨 土 門 諸 行 往 生 稱 名 勝 我 閣 萬 行 選 佛 名 往 生 淨 土 見 尊 體 ﹂ な る 四 句 の 偈 文 が 書 か れ て い る 。 こ れ に つ い て 無 題 記 卷 本 の 二 重 授 手 印 ② 下 に ノ ﹁切 紙 云 淨 土 傳 法 要 偈 究 竟 大 乘 淨 土 門 ⋮ ⋮ 見 尊 體 。 夫 此 偈 者 源 空 上 人 四 十 三 歳 御 年 承 安 五 年 三 月 十 四 日 夜 牛 タ リ ノ ス ル ノ ハ モ ハ ノ ナ レ ハ ノ ノ 於 二 夢 定 中 一 面 自 二 光 明 大 師 一 所 二 相 承 一傳 法 偈 也 然 則 今 此 頌 文 忝 善 導 大 師 彌 陀 再 誕 極 樂 教 主 直 説 三 昧 發 得 誠 言 也 可 〆 祕 々 々 可 〆 信 々 々 爲 二 罕 生 入 一 不 〆 可 二 談 話 一﹂ ③ と い い 、 續 い て 夢 定 中 に お け る 相 傳 の 有 樣 を 記 し て 、 テ ニ テ ス ト パ ト ノ ト リ テ ス ル フ 法 然 上 人 不 思 議 二 思 召 誰 人 御 坐 問 給 我 コ ソ バ 大 唐 善 導 云 者 也 汝 、 只 今 専 修 一 行 主 成 淨 土 宗 建 立 處 心 底 難 〆 有 憶 ヲ レ リ ト ニ ハ ニ レ ハ ニ ノ 故 三 國 傳 來 口 授 心 傳 爲 レ 授 來 宣 給 。 上 人 誠 難 レ有 思 召 ア ヲ イ テ 見 給 善 導 立 給 也 然 立 給 後 見 上 金 色 四 句 丈 浮 見 也 ナ ル ノ ハ ナ ル ニ テ ス ゾ ニ ニ コ ソ ノ ニ テ レ ト へ 上 人 云 上 金 色 四 句 文 何 文 字 御 坐 善 導 御 問 有 ケ レ バ 大 師 上 人 此 傳 法 要 偈 文 有 答 給 。 ⋮ ⋮ 此 四 句 者 一 宗 大 事 一 流 甚 深 驚 聊 爾 不 ・可 ・貪 ・ 麸 也 ぜと 記 す 。 邸 ち 法 然 上 人 が 淨 土 門 に 歸 入 さ れ た 承 安 五 年 の 三 月 十 四 日 に 夢 定 中 に お い て 善 導 大 師 に あ い 、 三 國 傳 來 口 授 心 傳 の 法 た る 傳 法 要 偈 を 相 傳 さ れ た と い う の で あ る 。 こ の 夢 定 中 の 相 傳 を 傳 法 の 上 で は 直 授 相 承 と い い 、 觀 經 疏 に 説 く コ 心 專 念 彌 陀 名 號 L の 丈 に よ つ て 、 善 導 の 元 意 を さ と ら れ た こ と を 依 憑 相 承 と い う 。 こ の 直 授 相 承 の 時 に 現 わ れ た 善 導 の 下 孚 身 は 金 色 、 上 牛 身 は 尋 常 の 姿 に 畫 か れ て い て 、 そ れ に 樹 す る 法 然 上 人 は 黒 衣 の 姿 で 圖 さ れ て い る 。 こ の 孚 金 色 の 善 導 像 に つ い て 、 朗 貞 ( 足 利 中 期 の 人 ) の 貞 傳 集 下 に は テ フ レ ノ ヲ ヲ ス ハ ハ ﹁ 問 、 絶 一 色 ナ ル ベ キ ニ 黒 黄 兩 色 匹 レ 得 レ 意 如 何 。 答 是 淨 穢 不 二 生 佛 一 如 形 顯 シ テ 一 躰 兩 色 顯 現 穢 土 黒 色 淨 土 金 色 ハ ニ ヨ リ ハ ノ ヲ ス ノ ナ リ ノ ス ト 也 ⋮ ⋮ 或 生 界 黒 色 佛 界 金 色 也 、 然 今 腰 下 金 色 ナ ル 事 本 地 久 遠 成 佛 身 顯 佛 界 眞 實 色 體 今 迹 應 化 權 色 ヲ 現 九 界 爲 レ 權 ノ ハ ノ ヲ ノ 標 色 ナ リ 、 サ レ ハ 九 界 權 色 衆 生 迷 倒 轉 却 シ テ 西 方 一 路 ノ 眞 淨 一 佛 金 色 ヲ 示 ス 、 ﹂ と い い 、 次 い で 上 の 黒 色 と 下 の 金 色 は 本 迹 一 體 、 生 佛 不 二 、 淨 穢 一 體 を 現 わ す も の で あ る と 説 い て い る 。 さ ら に 聰 譽
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信 法 訣 卷 三 に は ﹁e 、 上 の 黒 色 は 垂 迹 の 大 師 、 凡 夫 の 形 な る こ と を 顯 し 、 下 の 金 色 は 本 地 彌 陀 の 佛 體 を 表 す 。 ⇔ 、 上 の 黒 色 は 此 念 佛 の 法 門 、 本 爲 凡 夫 を 表 し 、 下 の 金 色 は 象 爲 聖 人 を 表 す 。 ⇔ 、 上 の 黒 は 安 心 な り 、 南 無 な り 、 凡 夫 の 心 な り 、 下 の 金 色 は 阿 彌 陀 佛 な り 、 名 體 不 離 の 故 に 金 色 な り ﹂ ( 取 意 ) 等 と 説 い て 、 ﹁ 然 れ ば 此 善 導 大 師 、 全 く 彌 陀 な れ ば 本 迹 一 致 、 名 體 不 離 の 南 無 阿 彌 陀 佛 と 習 い 極 む る な り ﹂ と い つ て 、 孚 金 色 善 導 の 姿 を 説 明 し て い る 。 淨 土 宗 五 重 撰 製 の 創 馨 で あ る 聖 冏 二 陀 諤 ) の 畫 指 南 目 録 の 第 畫 の 條 に 罕 金 色 傳 ﹂ な る 題 簒 も う け ら れ て い る 所 よ り 、 こ の 牛 金 色 の 善 導 に つ い て 何 等 か の 口 傳 説 朗 が あ つ た と 思 わ れ る が 、 こ の 指 南 目 録 は 目 次 の み で 内 容 の 読 朗 が 記 述 さ れ て い な い か ら 、 聖 冏 が こ れ に つ い て 如 何 な る 解 釋 を ほ ど こ し た か は 知 る こ と が で き な い 。 こ の よ う に 孚 金 色 の 善 導 像 に つ い て 古 來 よ り 種 々 の 解 釋 が ほ ど こ さ れ 、 五 重 傳 法 の 上 に お い て 、 こ の 二 祖 對 面 の 繪 槫 法 に お け る 孚 金 色 善 導 像 の 形 成 二 五二 六 圖 が 導 空 二 租 の 直 授 相 承 を 示 す も の と い わ れ て い る が 、 か か る 善 導 像 ま た は 二 租 封 面 像 が 、 い つ 頃 よ り い か な る 契 機 に よ り て 作 製 さ れ た も の か を 考 え て 見 た い 。 ⑧ 二 法 然 上 人 の 阿 彌 陀 經 釋 に ﹁ 粤 於 ご 善 導 所 立 淨 土 宗 一 雖 〆 有 二 經 論 一 讃 二 仰 之 一 無 〆 人 雖 ゾ 有 二 疏 章 一 習 二 學 之 一 無 レ 倫 。 是 以 疎 二 相 承 血 脈 一 乏 二 面 授 口 決 義 一 ⋮ ⋮ 不 γ 遐 二 導 師 一決 智 難 ゾ 生 不 〆 遊 二 麦 那 一逶 訓 難 ン 了 ﹂ と あ る 如 く 、 法 然 は 善 導 の 觀 經 疏 に ょ つ て 淨 土 門 に 入 り 、 專 修 念 佛 を 主 唱 さ れ た け れ ど も 、 法 然 と 善 導 と の 間 に は 既 に 五 百 年 に 近 い 年 代 の 隔 り が あ つ て 遐 う こ と が で き ず 、 從 つ て 善 導 の 翼 意 は 了 解 し 難 い と 述 懷 し て い る 。 し か の み な ら ず 法 然 が 修 學 時 代 に 師 事 さ れ た 學 匠 の 中 に 、 善 導 に 面 授 し て 教 を 受 け た 學 者 の 系 統 を 引 く 人 は 一 人 も な い の で あ る 。 ま た 語 録 に ﹁ 惠 心 の 往 生 要 集 は も つ ぱ ら 善 導 の 釋 義 を も つ て 指 南 と せ り ﹂ と い わ れ て い る が 、 法 然 は 惠 心 僣 都 に 會 う て 教 を 受 け ら れ た の で は な い 。 法 然 は 善 導 の 著 述 に よ つ て 、 そ の 眞 意 を さ と つ て 淨 土 門 に 歸 入 さ れ た の で あ つ て 、 法 然 に 善 導 が 説 く 所 の 本 願 念 佛 の 教 旨 を 説 示 し た 人 は 一 人 も な い の で あ る 。 從 つ て 法 然 上 人 の 念 佛 は 、 こ の 點 よ り 見 れ ば 無 師 獨 悟 と で も 評 す べ き も の で あ る 。 從 つ て 當 時 の 口 訣 相 承 、 面 授 口 傳 を 重 ん ず る 南 都 北 嶺 の 佛 教 教 團 が 法 然 の 念 佛 は 無 相 承 無 相 傳 の 教 で あ つ て 、 私 義 私 読 で あ る と 非 難 し た の は 無 理 か ら ぬ こ と で あ る 。 法 然 上 人 七 十 三 歳 の 時 、 即 ち 元 久 二 年 ( 一 二 〇 五 ) 南 都 興 幅 寺 よ ⑨ り 専 修 念 佛 の 非 義 を 訴 え た 興 福 寺 奏 状 第 一 に 、 立 二 新 宗 一失 、 夫 佛 法 東 漸 後 我 朝 有 ご 八 宗 一 或 異 域 紳 人 來 而 傳 受 、 或 本 朝 高 僣 往 而 請 盆 、 于 〆 時 上 代 明 王 勅 而 施 行 、 靈 地 名 所 隨 〆 縁 流 布 、 其 興 二 新 宗 一 開 二 一 途 一 之 者 中 古 以 降 絶 而 不 レ 聞 ⋮ ⋮ 今 及 二 末 代 一 始 令 γ 建 一二 宗 一者 源 空 其 傳 燈 之 大 祗 歟 、 ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ 豈 如 二 百 濟 智 鳳 大 唐 鑒 貢 一 稱 ご 千 代 之 軌 範 一寧 同 二 高 野 弘 法 叡 山 傳 教 一 有 二 口 莢 之 昌 榮 一 者 乎 、 若 自 ノ 古 相 承 不 レ 始 ご 于 今 一 ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ 逢 二 誰 聖 哲 一 面 二 授 口 決 一 以 ご 幾 内 證 一 教 誠 示 導 哉 、 縱 有 ノ 功 有 〆 徳 須 下 奏 二 公 家 一 以 待 中 勅 許 上 私 號 三 宗 一 甚 以 不 當 ( 點 線 記
者 ) と あ つ て 、 源 宗 は 勅 許 を 得 ず 、 先 哲 に 就 て 面 授 口 決 も 受 け ず 、 私 に 一 宗 を 號 す る は 甚 だ 不 當 な り と 非 難 し て い る 。 か く の 如 く 法 然 a 淨 土 宗 を も つ て 無 相 傳 の 教 と し て 非 難 す る こ と は 、 當 時 の 佛 教 各 宗 の 師 資 相 承 、 傳 燈 相 承 を 重 ん ず る 風 潮 よ り 當 然 叫 ぼ れ る 聲 で あ つ て 、 法 然 上 人 が 新 念 佛 義 を 提 唱 す る に あ た つ て は 、 か か る 非 難 は 當 然 豫 想 さ れ る こ と で あ つ た 。 從 つ て 法 然 は 自 己 の 主 唱 す る 新 義 の よ つ て 來 る 源 流 と 流 れ と を 示 す 必 要 が あ つ た 。 法 然 上 人 は 六 十 六 ノ 歳 の 時 に 著 わ さ れ た 選 擇 集 に 源 流 と し て 三 經 一 論 を 示 す と 共 に ﹁ 如 一一聖 道 家 血 脈 一淨 土 宗 亦 有 二 血 脈 一﹂ と い つ て 、 道 綽 の 安 樂 集 下 に 出 る 麦 那 六 租 ( 菩 提 流 支 、 慧 寵 、 道 場 、 曇 鸞 、 大 海 、 法 上 ) 及 び 、 唐 宋 兩 傳 に よ る 支 那 六 租 ( 菩 提 流 支 、 曇 鸞 、 道 綽 、 善 導 、 懐 感 、 少 康 ) を 説 い て 、 淨 土 宗 の 相 承 系 譜 を あ か し て い る 。 そ し て こ れ ら 六 租 の う ち 善 導 を も つ て 師 と 仰 ぐ ば か り で な く 、 選 擇 集 の 終 り に 、 ニ ハ ノ ノ ノ ス ラ ク ニ ス ク ハ 靜 以 善 導 觀 經 疏 者 是 西 方 指 南 行 者 目 足 也 、 然 則 西 方 行 人 必 須 二 珍 敬 一矣 、 就 中 毎 夜 夢 中 有 〆 僭 指 ご 授 玄 義 ↓ 僣 者 恐 是 彌 ノ ナ ラ ン ハ ノ ナ リ シ テ ノ ハ ノ ナ リ ト 陀 應 現 、 爾 可 ゾ 謂 此 疏 是 彌 陀 傳 説 、 何 況 大 唐 相 傳 云 善 導 是 彌 陀 化 身 也 、 爾 者 可 レ 謂 叉 此 丈 是 彌 陀 直 読 ﹂ と い つ て 、 善 導 を も つ て 彌 陀 の 化 身 と 仰 が れ 、 其 の 著 で あ る 觀 經 疏 は 彌 陀 の 直 説 と 仰 信 さ れ た の で あ る 。 こ の よ う に 法 然 上 人 は 善 導 を も つ て 彌 陀 の 應 化 身 、 垂 迹 身 と さ れ 、 觀 經 疏 を 彌 陀 の 直 説 と 仰 が れ た が 、 現 實 の 問 題 と し て は 、 法 然 は 善 導 に 面 授 さ れ た の で は な く 、 ま た 善 導 の 教 旨 を 繼 承 し た 人 師 に つ い て 受 學 し た の で も な い 。 從 つ て 、 上 述 の 如 く 、 面 授 口 決 を 奪 ぶ 聖 道 諸 宗 派 よ り 無 相 承 の 宗 旨 で あ り 、 私 義 私 読 で あ る と い う 批 難 を 受 け た 時 に は 、 法 然 教 團 と し て は 何 等 か の 形 で こ れ に 答 え ね ば な ら な か つ た の で あ る 。 こ の 善 導 と 法 然 と の 間 に お け る 師 資 相 承 の 問 題 は 法 然 の 生 前 滅 後 に 亙 る 原 姶 法 然 教 團 に お い て 是 非 と も 解 決 せ ね ば な ら ぬ 大 き な 問 題 で あ つ た 。 こ の 問 題 に 解 決 を 與 え ん と し た も の が 善 導 の 夢 中 來 現 読 で あ る 。 傳 法 に お け る 牛 金 色 善 導 像 の 形 成 二 七
二 八 後 世 の 法 然 上 人 を 記 述 す る 諸 傳 記 が 述 べ る ご と く 、 は た し て 夢 定 中 に お い て 善 導 に 對 面 さ れ た か ど う か は 、 法 然 上 人 の 言 葉 と し て 現 今 こ れ を 示 す も の が 傳 わ つ て い な い か ら 丈 獻 の 上 で は 論 述 す る こ と が 出 來 な い が 、 し か し 、 宗 教 經 驗 と し て か か る も の の あ つ た こ と が 推 測 さ れ る 。 し か し 、 こ れ は 法 然 上 人 個 人 q 主 觀 の 問 題 で あ つ て 客 觀 的 事 實 で は な い 。 法 然 上 人 全 集 に 夢 感 聖 相 記 な る も の が 上 人 の 著 書 と し て 集 輯 さ れ て い る が 、 こ れ は 内 容 よ り 見 て は た し て 法 然 の も の か 疑 わ し い 。 凡 ら く 後 人 の 誰 れ か が 法 然 數 團 の 内 外 の 事 情 と そ の 要 請 に よ つ て 書 い た も の と 思 わ れ る 。 し か し な が ら 夢 感 聖 想 記 に あ る よ う な 夢 中 對 面 の 事 實 が あ つ た と 考 え て も 少 し も 差 支 え は な い の で あ る 。 か か る 夢 中 の 對 面 、 ー 靈 感 、 ま た は 啓 示 と い う も の を 根 據 と し て 新 宗 義 を 提 唱 す る 所 に 、 奈 良 夲 安 の 舊 佛 教 の 創 唱 と は 異 な つ た 鎌 倉 新 佛 教 の 開 創 が あ る と 思 わ れ る 。 二 法 然 上 人 は 善 導 を 彌 陀 の 化 身 と 仰 信 さ れ て 、 そ の 教 説 を 租 述 せ ら れ た が 、 善 導 と 法 然 と の 間 は 普 逋 考 え る ご と き 師 資 面 授 相 承 で は な く 、 夢 中 相 承 で あ り 、 法 然 自 身 の 主 觀 的 な 自 證 相 承 で あ つ て 、 當 時 の 南 都 北 嶺 野 山 等 の 諸 宗 派 の 學 匠 が 重 ん ず る 客 觀 相 承 、 面 授 相 傳 で は な い 。 從 つ て 法 然 に 面 授 相 承 が な い と い う 非 難 は 法 然 の 在 世 中 に 放 た れ た 前 記 の 興 輻 寺 奏 状 ぽ か り で は な く 、 滅 後 に お い て も し ば し ぽ 繰 返 さ れ た こ と で あ つ た 。 法 然 滅 後 十 二 年 、 印 ち 貞 應 三 年 0 ( 一 二 二 四 ) 五 月 、 天 台 宗 徒 よ り 難 ぜ ら れ た 貞 應 奏 状 第 一 に 、 ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ 右 謹 檢 ご 舊 典 一 建 γ 教 建 レ 宗 有 〆 法 有 γ 式 ⋮ ⋮ ⋮ 尋 二 其 濫 觴 一 皆 待 二 勅 定 一 相 承 有 二 次 第 一 依 憑 無 二 件 誤 一 爰 頃 年 有 一一 源 空 法 師 一 ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ ト ニ 居 黒 谷 ﹁ : ⋮ 私 建 一二 宗 一 還 謗 三 二 寳 一 思 生 二 袖 衿 一敢 無 二 師 読 之 禀 承 一言 任 二 于 胸 臆 一 不 〆 依 一一 經 論 之 誠 読 一 ⋮ ⋮ ﹂ ( 點 線 記 者 )
と 非 難 し 、 ま た 元 亨 二 年 ( = 二 二 二 、 滅 後 一 一 〇 年 ) に 著 わ さ れ た 師 錬 の 元 亨 釋 書 第 二 十 七 に 編 叉 有 一一淨 土 一 焉 、 有 一一成 實 一 焉 、 有 一倶 舍 一 焉 、 斯 三 爲 ご 寓 宗 一 譬 二 國 之 附 庸 一 焉 、 ⋮ ⋮ 獪 二 導 之 於 〆唐 源 信 源 空 繼 而 助 レ 之 雖 三 ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ 廣 行 二 四 部 一 而 無 二 統 系 一故 今 爲 ご 寓 宗 一宋 地 又 此 宗 熾 無 二 統 系 一者 與 ノ 我 同 焉 ﹂ ( 點 線 記 者 ) と い う 。 印 ち 貞 應 奏 状 も 元 亨 釋 書 も と も に ﹁ 師 説 之 禀 承 ﹂ な し ﹁ 統 系 ﹂ な し と い い 、 奏 状 は ﹁ 私 建 一 宗 ﹂ と 評 し 、 釋 書 は ﹁寓 宗 ﹂ と 非 難 し て い る 。 法 然 の 淨 土 宗 に 對 す る か か る 批 評 は 當 時 の 一 般 佛 教 界 の 見 方 で あ る か ら 、 滅 後 の 法 然 數 團 に お い て も 、 こ の 傳 燈 相 承 の 問 題 ー 特 に 善 導 と 法 然 と の 師 資 相 承 の 問 題 は 教 團 の 存 立 に 關 す る 根 本 的 な 重 要 問 題 で あ つ た 。 從 つ て 法 然 滅 後 に 編 纂 さ れ た 法 然 上 人 の 諸 傳 記 は い ず れ も 、 こ の 夢 中 來 現 の 善 導 を 大 き く と り あ げ 、 種 々 な 形 で こ れ を 説 明 し こ の 問 題 の 解 決 に 大 き な 努 力 を 拂 つ て い る の で あ る 。 い ま こ れ を 大 別 す る に 三 種 類 に 分 け て 見 る こ と が で さ る 。 一 、 勸 奬 ま た は 證 人 と し て 善 導 の 來 現 を 記 述 し て い る も の に 、 源 空 聖 人 私 日 記 ( 以 下 私 日 記 ) 、 法 然 上 人 傳 記 ( 醐 醍 本 ) 、 法 然 聖 人 繪 ( 弘 願 本 ) 、 拾 遺 古 徳 傳 ( 古 徳 傳 ) 、 法 然 上 人 傳 記 ( 九 卷 僖 一) 、 法 然 上 人 傳 ( 十 卷 傳 ) 淨 土 眞 宗 付 法 傳 、 夢 感 聖 相 記 、 そ の 他 に 源 智 の 選 擇 要 決 も こ れ に 類 す 。 二 、 教 法 の 傳 授 、 教 示 の た め に 來 現 し た と す る も の に 、 本 朝 組 師 傳 記 繪 詞 ( 以 下 四 卷 徳 一) 、 法 然 上 人 傳 ( 増 上 寺 本 ) 黒 谷 源 空 上 人 傳 ( 十 六 門 記 ) 、 正 源 明 義 抄 、 こ の 他 に 傳 書 が こ の 説 を 受 け つ ぐ 、 三 、 讃 歎 の た め に 來 現 し た と す る も の に 、 法 然 上 人 行 状 繪 圖 ( 四 十 八 卷 傳 ) 、 法 然 上 人 御 夢 想 記 等 が あ る 。 箜 類 の 諸 傳 詑 の 中 、 私 月 記 鏤 然 上 人 諸 傳 記 の 中 で 磐 原 本 的 な も の と さ れ て い る 施 ・ こ れ に よ る と 法 然 上 人 は 三 た び 善 導 の 觀 經 疏 を 見 て 、 そ の 眞 意 を 悟 る こ と が で き た が 、 し か し ﹁ 然 則 爲 〆 世 爲 〆 人 雖 〆 欲 三 令 弘 二 逋 此 行 齢時 機 難 〆 量 感 應 難 〆 知 、 倩 思 二 此 事 一 暫 伏 二 寢 之 處 一 示 二 夢 想 一紫 雲 廣 大 讐 覆 ご 日 本 國 一 自 二 雲 中 一出 一一無 量 光 一自 二 光 中 一百 寶 色 鳥 飛 散 充 二 傳 法 に お け る 坐 -金 色 善 導 像 の 形 成 二 九
三 〇 滿 盧 空 一于 〆 時 登 三 島 山 一 忽 拜 ご 生 身 之 善 導 一 自 二 御 腰 一下 者 金 色 也 、 自 ご 御 腰 一 上 者 如 〆 常 。 高 僣 云 汝 雖 〆 爲 一一不 省 之 身 一 念 佛 興 行 準 于 一 天 総 名 專 修 及 手 衆 生 乏 故 我 來 二于 些 善 磊 我 嘉 困 茲 弘 一此 法 年 年 次 簍 昌 無 ・ 不 ・流 布 乏 所 ・L と あ つ て 、 法 然 が 善 導 の 元 意 を さ と り 口 稱 念 佛 を 勸 め よ う と し て ﹁ 時 機 難 量 感 應 難 〆 知 ﹂ と て 思 い 煩 つ て い る 時 に 夢 中 に 善 導 が 來 現 し て 勸 奬 し た た め に ﹁ 因 〆 茲 弘 一一此 法 一﹂ と し て い る 。 こ の 文 に は 勸 奬 な る 言 葉 は 見 出 す こ と が で き な い が 、 前 後 の 丈 意 よ り 見 て 善 導 が 念 佛 の 弘 通 を す す め る た め に 來 現 し た と し て い る よ う で あ る 。 醍 醐 本 は こ の 私 日 記 と ほ と ん ど 同 じ 記 事 を 書 き 綴 つ て お り 、 善 導 來 現 の 意 趣 も 同 じ で あ る 。 こ れ ら の 兩 傳 記 に 記 す 善 導 は 上 記 の 如 く 法 然 に 念 佛 を 勸 奬 す る た め に 現 わ れ た と す る と 共 に 、 夢 中 來 現 に よ つ て 法 然 の 悟 つ た 念 佛 往 生 読 が 善 導 の 本 意 に 異 な つ て い な い こ と 示 そ う と す る も の と 見 る こ と が で き る 。 し か し こ の 傳 記 で は 明 確 に ﹁ 證 人 の た め に 來 現 し た ﹂ と い う 言 葉 は 見 出 す こ と が で き な い 。 こ の 念 佛 勸 獎 の た め に 來 現 し た と い う 物 語 に は 、 丁 度 釋 奪 が 菩 提 樹 下 に お い て 悟 り を ひ ら か れ て 後 、 梵 天 の 勸 請 に よ り て 鹿 野 苑 に 足 を 運 び 初 轉 法 輪 を さ れ た と い う 説 話 と 同 じ 意 趣 が 見 出 さ れ る 。 と こ ろ が 弘 願 本 、 古 徳 傳 、 九 卷 傳 、 十 卷 傳 に な る と 、 い ず れ も 私 日 記 と 同 じ 文 意 を 記 述 し て い る が 、 來 現 の 目 的 を ﹁ 汝 專 修 念 佛 の 法 を ひ ろ め ん と す る が ゆ え に 、 其 證 と な ら ん が た め に 來 な り ﹂ ( 弘 願 本 ) と な つ て い て 、 い ず れ も 專 修 念 佛 弘 逋 の 證 人 と し て 來 現 し た こ と を 記 述 し て い る 。 し か る に 第 二 類 の 四 卷 傳 ( 滅 後 二 十 五 年 編 ) に よ る と 、 屠 善 導 和 省 も す そ よ り し も は 、 阿 彌 陀 絮 の 御 裝 東 に て 現 じ 、 ぎ 瀞 潜 塾 ゆ 爭 か ど き て を し へ 給 け る ﹂ と あ り て 、 善 導 と 法 然 と が 小 山 の 中 腹 の 岩 の 上 に 樹 面 し て 立 つ て い る 姿 が 盡 か れ て い 瀚 ・ こ の 阿 彌 陀 如 來 の 御 裝 束 と は 金 色 の 装 束 を い う の で あ ろ う 。 増 上 寺 本 に よ る と 法 然 の 淨 土 歸 入 を 記 述 し 、 ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ そ れ に 續 い て ﹁ 善 導 和 筒 こ し よ り し も は 金 色 に は 夜 な 夜 な き た り た ま ひ て の り を と き 給 を 書 師 に あ つ ら へ て 影 像 を う つ し と ど め 給 鴇 ﹂ と あ る ・ こ の 兩 傳 は と も に 法 然 籔 法 を 説 示 し た 善 導 を 出 し て い る 。 こ れ が + 六 門 記 に な る と
﹁ 夜 の 夢 中 に 一 人 の 僣 あ り 、 腰 よ り 上 は 黒 染 、 裳 よ り 下 は 金 色 な る 寳 衣 を 著 し 給 、 予 、 低 頭 合 掌 し て 問 て 云 、 大 徳 は 誰 人 そ や 、 靈 僭 答 給 は く 、 我 は こ れ 善 導 な り 、 汝 專 修 念 佛 を 弘 通 せ ん と 欲 す る 料 簡 の 義 理 、 我 が 釋 文 に 違 は ず 、 釋 丈 ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヵ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ は 即 是 證 を 請 て 定 畢 ぬ 、 ⋮ ⋮ 予 伏 請 て 日 、 大 徳 然 る べ く ば 淨 土 の 教 門 、 面 授 口 決 し て 自 も 信 じ 他 を も 教 し へ 給 へ 、 和
凛
囎
踏
凝
嘆
苙.蘗
聖
塗
霧
鯊
軽
礬
豢
、
婁
婁
璽
募
露
鱗
腸
潔
釁
蒙
々 と 慇 懃 郵 重 な り き と 、 上 人 の 勸 化 和 尚 の 印 可 、 快 佛 意 に 稱 へ り 、 も つ ぱ ら 仰 信 す べ し ﹂ あ つ て 、 法 然 の 念 佛 弘 逋 が 本 意 に 弩 た も の で あ る か ら そ の 證 と し て 來 現 す る と 共 に 、 面 授 ・ 決 の し る し と し て 、 三 部 契 經 八 軸 の 疏 ( 善 導 の 五 部 九 卷 の こ と ) を 相 傳 し た と 、 明 瞭 に 師 資 面 授 相 承 の あ つ た こ と を 主 唱 し て い る 。 正 源 明 義 抄 で は 、 こ の 善 導 の 來 現 を 治 承 四 年 ( 一 一 八 〇 ) 法 然 四 十 八 歳 の 四 月 七 日 の 夜 の こ と と し て 、 善 導 よ り 十 念 を 授 か つ た と し て い る 。 第 三 類 の 四 十 八 卷 傳 で は ﹁ 汝 、 専 修 念 佛 を ひ ろ む る こ と 貴 き が ゆ へ に き た れ る な り ﹂ と あ つ て 、 法 然 の 念 佛 興 行 を 讃 歎 す る た め に 善 導 が 來 現 し た と い う 。 こ の 傳 で は 法 然 が 專 修 念 佛 の 弘 逋 に 思 案 す る こ と は 書 か れ ず 、 善 導 を も つ て 法 然 の 本 地 身 と し て い る 。 上 記 の 如 く 、 法 然 上 人 傳 中 の 代 表 的 な 諸 傳 記 に よ り て 善 導 來 現 の 意 圖 を 見 た が 、 こ の う ち 第 一 類 の 勸 奬 ・ 證 人 と し て 善 導 來 現 を 扱 つ た 傳 記 作 者 の 考 え は 阿 彌 陀 經 に お け る 六 方 諸 佛 の 證 誠 の 考 え に よ つ た の で あ ろ う と 思 う が 、 か く の 如 き 神 祕 的 な 善 導 を 書 く こ と に よ つ て 、 善 導 に 面 授 せ ず 觀 經 疏 に よ つ て 専 修 念 佛 を 主 唱 し た 法 然 の 淨 土 教 を 權 威 付 け 、 併 、て 專 念 主 義 が 法 然 の 私 義 私 説 で な い こ と を 立 證 せ ん と し た も の で あ ろ う 。 し か し こ の 考 え は 第 二 類 の 考 え と 比 較 す る と 法 然 と 善 導 と を 結 ぶ 素 朴 な 考 え で あ つ て 、 私 日 記 、 醍 醐 本 が 法 然 上 人 諸 傳 記 の 中 で 最 も 古 い も の で あ る と い わ れ て い る の に 付 合 す る 。 古 徳 傳 、 九 卷 傳 、 十 卷 傳 は こ の 説 を そ の ま ま 踏 襲 し た の で あ ろ う 。 第 二 類 の 傳 記 は 教 法 傳 受 の た め に 來 現 し た と す る 説 で あ つ て 、 十 六 門 記 の 如 き は 三 部 經 典 八 軸 金 典 の 相 承 を 主 唱 す る が 、 こ れ は 興 輻 寺 奏 状 、 貞 傳 法 に お け る 坐 -金 色 善 導 像 の 形 成 ゴ ニ三 二 應 奏 状 、 元 亨 釋 書 等 に 面 授 口 決 な し 、 統 系 な し と い う 読 、 乃 至 は 當 時 の 聖 道 佛 教 諸 家 が 師 資 相 承 、 傳 燈 相 承 を 重 ん ず る 風 習 に 樹 し て 、 善 導 法 然 の 師 資 相 承 を 定 立 せ ん た め に 主 唱 し た も の と 思 わ れ る 。 こ れ は 第 一 類 の 考 え に あ き 足 ら ず し て 起 つ た も の と す る こ と が で き る 。 第 三 類 の 讃 歎 の 善 導 は 第 一 類 の 證 人 の 考 え を 更 に 一 歩 進 め た も の で あ ろ う 。 而 て 、 次 ぎ に 牛 金 色 の 善 導 來 現 の 年 月 日 を 明 瞭 に 記 逋 す る も の は 十 卷 傳 と 正 源 明 義 抄 と で あ つ て 、 他 の 傳 記 に は 見 る こ と が で き な い 。 十 卷 傳 は 安 元 元 年 ( 承 安 五 年 ) 三 月 十 四 日 と し 、 正 源 明 義 抄 は 治 承 四 年 四 月 七 日 と し て い る 。 夢 感 聖 相 記 に は ﹁ 建 久 九 年 五 月 二 日 記 之 ﹂ ﹁ 源 空 ﹂ と あ る か ら 、 こ の 年 と 餘 り 隔 た ぬ 前 に 孚 金 色 善 導 の 來 現 が あ つ た こ と に な る が 、 こ の 聖 相 記 の 記 事 は 四 十 八 卷 傳 の 記 述 に 類 似 し て い る 。 四 十 八 卷 傳 で は 夢 中 來 現 の 年 次 を 書 か ず ﹁ 上 人 あ る 夜 夢 見 ら く .. .. ..﹂ と し て い る が 、 上 人 が 選 擇 集 を 述 作 さ れ た 建 久 九 年 五 月 一 日 に 夢 中 に 善 導 が 來 現 し た と し て い る か ら 、 聖 相 記 の 年 次 は こ の 四 十 八 卷 傳 の 年 次 を 聞 違 え て 、 後 人 が 添 加 し た も の で あ ろ う 。 こ の 他 に 弘 願 本 と 九 卷 傳 と に は 善 導 の 淨 土 教 へ 歸 入 さ れ た 年 に 牛 金 色 善 導 の 來 現 が あ つ た と す る が 、 こ の 兩 傳 記 に は 法 然 の 淨 土 歸 入 の 年 次 を 記 前 し て い な い か ら 、 い つ の 事 か 明 ら か で な い 。 こ の 傳 記 は 承 安 五 年 を も つ て 吉 水 移 住 の 年 と し て い る か ら 、 そ れ 以 逋 に 善 導 の 來 現 を 見 て い る の で あ ろ う 。 然 る に 聖 聰 の 著 と い わ れ る 三 國 佛 租 傳 集 に は 保 元 元 年 十 月 四 日 ( 法 然 二 十 四 歳 ) 、 承 安 五 年 三 月 十 四 日 ( 四 十 三 歳 ) 、 治 承 四 年 三 月 十 四 日 ( 四 十 八 歳 ) 、 建 久 九 年 五 月 朔 日 ( 六 十 七 歳 ) 、 承 元 四 年 正 月 二 十 一 日 ( 七 十 八 歳 ) と 都 合 ⑱ 五 回 、 善 導 の 來 現 し た こ と を 書 い て い る 。 こ の 初 め の 保 元 元 年 は 法 然 が 嵯 峨 釋 迦 堂 に 參 籠 し た 年 で あ り 、 承 安 五 年 は 淨 土 歸 入 、 建 久 九 年 は 選 擇 集 の 述 作 、 承 元 四 年 は 勝 尾 寺 在 留 の 時 で あ る 。 こ の よ う に 五 回 も 善 導 の 來 現 し た こ と を 記 す も の は こ の 籍 の み で あ つ て 、 他 覧 る こ と が で き な い 。 こ の 籍 は 聖 聖 藏 砿 ) の 作 と い わ れ て い る が 、 眞 撰 と は 認 め が た く 、 凡 ら く 後 人 の 疑 作 で あ ろ う 。
こ の 他 に 貞 傳 集 が 承 安 五 年 三 月 十 四 日 と し て い る 。 無 題 記 、 五 重 姶 末 並 に 現 今 用 い て い る 結 縁 五 重 傳 書 も こ の 読 を 踏 襲 し て い る 。 承 安 五 年 は 法 然 上 人 が 善 導 の 淨 土 教 に 歸 入 さ れ た 年 で あ る か ら 、 こ の 年 に 善 導 の 來 現 を 考 え 、 證 人 と し 、 ま た は 面 授 相 承 の 師 と し て 畫 く こ と は 最 も 當 を 得 た 考 え で あ る 。 し か し こ の 承 安 五 年 の 三 月 十 四 日 な る 月 日 は 誰 れ に ょ つ て 創 唱 さ れ た の で あ る か 明 ら か で な い . 嘱 集 は 聖 冏 ( = 二 四 一 一 四 二 六 ) の 門 人 明 貞 の 口 述 と い わ れ 、 + 卷 靉 + 六 世 紀 の 初 め ( 足 利 末 期 ) の も の と い わ れ て い る か ら 、 或 は 貞 傳 集 が こ の 三 月 十 四 日 な る 日 を 善 導 來 現 の 日 と 定 め た 初 陰 摩 か と 田心 わ れ る . 貞 傳 集 で は 委 五 年 三 旱 四 巨 夜 夢 竃 奉 ・鎮 蕁 大 師 柏 ご蟹 土 宗 二 ・三 切 宗 匕見 胤 ス ノ ノ ナ リ 傳 來 此 宗 三 昧 證 者 聖 應 靈 瑞 夢 定 親 聞 可 二 仰 信 一﹂ と い つ て 、 三 月 十 四 日 に 夢 定 中 に お い て 善 導 よ り 淨 土 の 宗 義 を 相 傳 し た こ と が 淨 土 宗 の 特 色 で あ る と い う 。 し か し 、 こ の 三 月 十 四 日 は 類 聚 淨 土 五 租 傳 に 引 用 さ れ る 新 修 往 生 傳 卷 中 の 丈 に よ る と 善 導 の 入 滅 し た 月 日 で あ る ・ 師 ち 同 簷 は 薩 二 年 三 月 + 四 日 、 春 秋 六 + 九 で 寂 す と し て い 輸 ・ か か る 蕁 の 祥 忌 月 に あ ξ て 法 豢 夢 定 中 に お い て 善 導 に 親 聞 し た と す る 貞 傳 集 、 十 卷 傳 等 の 考 え は 注 目 す べ き も の で あ る 。 か く の 如 く 、 法 然 上 人 の 淨 土 宗 に 封 し て 南 都 北 嶺 の 諸 宗 よ り 無 相 承 の 宗 旨 で あ り 、 勅 許 な ぎ 私 義 私 宗 で あ る と い う 非 難 に 封 し て 答 え る た め に 考 え 出 さ れ た も の が 、 夢 定 中 の 善 導 來 現 、 教 法 傳 受 説 で あ る が 、 か か る 靈 感 、 啓 示 と も い わ れ る 超 歴 史 的 紳 祕 的 な 事 象 を も つ て 、 新 宗 義 提 唱 の 基 礎 と す る の は 必 ず し も 法 然 の み に 始 ま る の で は な い 。 傳 教 の 内 證 佛 法 血 脈 相 承 譜 に は 、 天 台 法 華 宗 相 承 師 々 血 脈 譜 一 首 を 出 し 、 こ れ に 次 第 相 承 と 直 授 相 承 の 二 相 承 を あ か し て い る 。 次 第 相 承 と は 、 常 寂 光 土 第 一 義 諦 靈 山 淨 土 、 久 遠 實 成 多 寳 塔 中 大 牟 尼 奪 よ り 印 度 の 十 八 組 を 經 て 南 岳 慧 思 禪 師 に 至 り 、 そ の 弟 子 智 者 大 師 よ り 七 代 を 經 て 傳 教 に 傳 わ る 相 承 で あ り 、 直 授 相 承 と は 釋 迦 牟 尼 世 尊 よ り 天 竺 靈 山 聽 衆 陳 朝 南 岳 大 師 へ 直 授 す る 相 誉 、 同 じ く 天 竺 靈 山 欒 隋 朝 天 台 山 智 者 大 師 無 へ 程 す る 袈 と で あ る 。 こ れ は 南 岳 直 授 ・ 傳 法 に お け る 牛 金 色 善 導 像 の 形 成 三 三
三 四 天 台 直 授 と 呼 稱 さ れ る も の で あ つ て 、 靈 鷲 山 に お い て 、 か つ て 南 岳 慧 思 禪 師 並 に そ の 資 で あ る 天 台 智 者 大 師 が 釋 奪 よ り 爨 の 教 旨 畫 授 袈 し た こ と を い う の で あ る ・ こ の 読 繙 天 台 窰 大 師 鶻 昊 ム昊 師 が 初 め て 大 酪 で 蓄 だ 遐 う た と き ﹁ 思 日 昔 日 靈 山 同 聽 一一法 華 一宿 縁 所 ノ 追 今 復 來 矣 、 即 示 二 普 賢 道 場 一爲 説 二 四 安 樂 行 匚 と い う 読 に よ つ た も の で ・ 盞 の 天 台 肇 宗 螽 箜 の 序 分 に は 智 者 大 麝 傳 と 内 證 佛 蓋 脈 譜 と の 意 を 受 け て 、 ﹁陳 隋 之 代 有 ・覈 慧 思 天 台 智 顎 兩 師 一曩 在 一一 靈 山 一親 聽 二 妙 法 一降 二 誕 震 旦 一 圓 弘 一二 乘 一 入 二 寂 定 ﹂ と 記 し て い る 。 印 ち 、 こ れ は 南 岳 と 天 台 と が と も に 前 生 に お い て 靈 山 に て 釋 奪 よ り 法 華 經 を 聞 い た と い う 内 證 、 靈 感 を も つ て 天 台 法 華 宗 開 宗 の 契 機 と す る も の で あ る 。 し か し 天 台 宗 に て は こ の 直 授 相 承 説 の 他 に 上 記 の 如 く 次 第 相 承 説 を 立 て て 、 次 第 相 承 と 不 次 第 相 承 、 經 卷 相 承 と 直 授 相 承 と を 並 立 し て い る 。 眞 言 密 教 に て も 金 剛 頂 經 と 大 日 經 と の 相 承 に つ い て 、 南 天 鐵 塔 相 承 読 を 立 て る 。 金 剛 智 三 藏 の 口 説 を 弟 子 不 空 が 筆 録 し た と い わ れ る 金 剛 頂 義 酋 よ る と 、 金 剛 頂 經 は 金 剛 驤 が 結 芒 て 南 天 の 鐵 塔 に 傳 芒 て い た が 、 佛 滅 後 七 百 年 頃 に 龍 猛 な る 人 が あ つ て 、 こ の 鐵 塔 に 入 り 金 剛 薩 唾 よ り 金 剛 頂 經 を 相 承 し て 初 め て こ の 世 に 傳 え た と い う 。 ま た 大 日 經 に つ い て は 法 身 大 日 如 來 が 摩 醯 首 羅 天 王 宮 に お い て 読 か れ た も の を 金 剛 手 菩 薩 が 結 集 し た と 傳 え る 。 こ の 大 日 金 剛 の 兩 部 大 經 の 相 承 に つ い て 、 東 密 に て は 空 海 の 歡 王 經 開 題 大 日 經 開 題 等 の 説 に よ つ て 、 大 日 經 も 塔 内 相 承 な り と し て 兩 部 簍 相 蓊 を 立 て 、 大 日 如 來 よ り 空 海 ま で 念 袈 読 を 立 て る 舗 、 ム. 密 は 兩 部 別 異 袈 説 を な し 、 諞 頂 經 の 相 承 は 東 密 と 同 じ く 鐵 塔 相 承 と す る が 、 大 日 經 は 海 雲 の 傳 法 次 第 記 の 説 に よ つ て 塔 外 相 承 で あ る と す る 。 そ れ は 大 日 如 來 の 説 か れ た 教 を 金 剛 薩 堙 が 結 集 し 、 數 百 年 間 印 度 の あ る 地 方 に 隱 沒 し て い た の を 達 磨 掬 多 が と り 出 し 中 印 度 那 爛 陀 寺 に お い て 善 無 畏 に 傳 え た と す る 読 で あ る 。 こ の 相 承 説 を 見 て も 眞 言 密 教 の 起 原 を な す 兩 部 大 經 の 出 現 と そ の 相 承 に 多 大 の 神 祕 性 が 見 ら れ る 、 こ の 他 に 法 相 宗 に て は 彌 勒 相 承 説 を 立 て る が 、 か か る 例 證 は 諸 經 論 に 多 く 見 出 す こ と が で
き る も の で あ る 。 か か る 超 歴 史 的 紳 秘 的 な 事 象 を も つ て 新 宗 義 提 唱 の 根 據 と す る 例 は 印 度 支 那 に 多 く 見 ら れ る こ と で あ つ て 、 こ れ ら は 、 す べ て 薪 宗 義 提 唱 者 の 自 内 證 、 啓 示 を 基 礎 と す る も の で あ る が 、 法 然 上 人 の 新 淨 土 宗 義 提 唱 に 關 す る 善 導 よ り の 夢 定 中 親 聞 も こ の 一 例 に す ぎ な い 。 た だ 異 な る 所 は 法 然 出 世 當 時 の 八 宗 が 麦 那 よ り 傳 來 し た に 封 し て 、 法 然 の そ れ は 本 邦 に お い て 創 唱 せ ら れ た だ け の 相 違 で あ る 。 傳 來 の 八 宗 も そ の 初 め に 溯 れ ぽ 、 い ず れ も 超 歴 史 的 な 紳 祕 性 を 温 存 し て い る の で あ る 。 三 か く の 如 く に し て 、 夢 定 中 に お け る 善 導 法 然 兩 租 の 直 授 相 承 読 が 生 れ た が 、 こ こ に 注 意 す べ き こ と は 來 現 し た 善 導 が 牛 金 色 の 姿 を し て い る こ と で あ る 。 法 然 は 選 擇 集 に お い て 善 導 を 彌 陀 の 應 化 身 と 仰 ぎ 、 四 十 八 卷 傳 で は 善 導 を 源 空 c の 本 地 身 と い い 、 十 卷 傳 で は 源 空 を 善 導 の 垂 跡 と し て い る 。 ま た そ の 姿 が 坐 ム 皿 色 で あ る こ と に い つ て 、 上 記 の 傳 書 に は 種 々 の 説 明 が ほ ど こ さ れ て い る 。 し か し 善 導 の 姿 を か か る 牛 金 色 の 姿 で 畫 く こ と は 法 然 淨 土 教 獨 自 の も の で あ つ て 他 に 例 を 見 な い 所 で あ る 。 四 卷 傳 を 初 め 、 古 徳 傳 、 増 上 寺 本 、 四 十 八 卷 傳 、 七 幅 繪 傳 等 、 い ず れ の 繪 傳 を 見 て も 導 空 二 祀 封 面 し て 畫 か れ て い る 繪 圖 に 現 わ れ た 善 導 は す べ て 傘 金 色 の 姿 を し て い る 。 別 言 す れ ば 法 然 の 前 に 現 わ れ る 善 導 は す べ て 傘 金 色 の 姿 で あ る 。 さ れ ば か か る 牟 金 色 の 善 導 像 は い か な る 契 機 に よ り て 考 え 出 さ れ た も の で あ ろ う か 、 い ま 日 本 往 生 極 樂 記 、 拾 遺 往 生 傳 等 罕 安 末 期 に 造 ら れ た 各 種 往 生 傳 に よ り て 夢 中 に 來 現 し た 佛 、 菩 薩 、 僣 を 見 る と ﹁ 夢 G 有 二 金 人 一 ﹂ ﹁ 夢 中 歎 念 失 二 所 持 經 一 傍 有 二 紫 衣 老 僭 一 ﹂ ﹁ 夢 有 一一 八 菩 薩 一 身 色 皆 黄 金 ﹂ ﹁ 常 夢 木 像 佛 來 ﹂ ﹁ 夢 想 中 見 一一丈 六 奪 像 一﹂ ﹁ 夜 夢 異 僭 三 人 自 二 西 方 一來 ﹂ ﹁ 夜 夢 禪 僭 來 ﹂ そ の 他 ﹁ 天 童 子 ﹂ ﹁ 老 人 ﹂ と か い ろ い ろ な 人 物 が 記 述 さ れ て い る 。 こ れ は 勿 論 夢 想 の 性 格 と 種 類 に よ つ て 來 現 す る 佛 ・ 人 物 も 異 な る の で あ る が 、 善 導 の 如 き 牛 金 色 の 佛 、 菩 薩 、 僭 の 來 傳 法 に お け る 牟 金 色 善 導 像 の 形 成 三 五
三 六 現 は 見 る こ と が で き な い 。 元 來 、 金 色 は 佛 身 ま た は 淨 土 の 有 様 を 圖 示 す る と き に 用 い ら れ る 色 合 で あ つ て 、 淨 土 に 往 生 し た 人 も す べ て 金 色 で 示 さ れ て い る 。 拾 遺 往 生 傳 上 の 安 助 上 人 往 生 の 條 を 見 る と ﹁ 安 助 上 人 攣 一成 金 色 身 一﹂ と い い 、 同 清 仁 の 條 に も ﹁ 印 時 一 僭 乘 二 其 金 棺 一 指 レ 西 而 去 夢 想 如 ソ 此 ﹂ と い い 、 ま た 經 暹 上 人 の 條 に も ﹁住 僭 良 鮪 、 寄 ご 宿 安 養 房 一其 夜 夢 草 庵 之 裏 金 光 邏 夫 (經 暹 ) 霽 身 臥 二其 中 桑 瞿 一身 屮 霍 阿 字 出 入 妻 ﹂ と あ つ て 、 淨 土 に 往 生 し た 会 示 す に 全 て 金 色 を も つ て し て い る 。 こ れ に 關 し て 往 生 し つ つ あ る 入 を 牛 金 色 で 示 し て い る 例 が あ る 。 印 ち 後 拾 遺 往 生 傳 中 の 左 馬 太 夫 貞 季 の 條 に 貞 季 の 往 生 の 有 樣 を 記 し 、 つ づ い て 雲 林 院 住 僣 の 夢 想 を 述 べ て 、 ﹁ 雲 林 院 住 僣 夢 、 少 僣 三 人 容 貌 美 好 、
聳
入
道
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つ て 牛 金 色 の 貞 季 を 畫 い て い る 。 こ れ は 上 孚 身 が 金 色 、 下 牛 身 は 普 通 の 姿 で あ つ て 、 往 生 し つ つ あ る 牛 往 生 の 姿 を 示 し た も の で あ る 。 後 拾 遣 往 生 傳 は 三 善 爲 麋 保 延 年 中 ( = 睾 に 耄 し た も の で 、 法 然 の 幼 少 時 代 に あ た る が 、 こ の 傳 に は 往 生 し つ つ あ る 人 を か か る 牛 金 色 で 示 す こ と が 考 え ら れ て い た 。 善 導 の 孚 金 色 の 姿 は 貞 季 の そ れ と は 反 封 に 示 さ れ て い る 。 淨 土 よ り 來 現 せ る 佛 を 示 す に 常 に 金 色 で 表 す が 、 穢 土 に 住 す る 人 を 示 す に ﹁ 金 色 の 禪 僭 ﹂ ﹁ 金 色 の 老 曾 ﹂ と い う 如 く 金 色 で 表 現 す る こ と は な い 。 ﹁ 金 色 の 人 ﹂ ﹁ 金 人 ﹂ と い う 時 は す べ て 佛 の こ と を い う の で あ る 。 善 導 は 支 那 唐 初 に 實 在 し た 人 間 で あ り 、 一 の 歴 史 的 人 格 を も つ た も の で あ る が 、 法 然 上 人 に と り て は 歴 史 的 人 格 を も つ た も の で あ る と 同 時 に 超 歴 史 的 超 人 格 的 な 佛 格 ( 紳 格 ) を 有 す る 人 で あ る 。 印 ち 善 導 と い う 一 人 格 の 上 に 歴 史 的 人 格 と 共 に 超 歴 史 的 人 格 ( 佛 格 ) を 認 て い る の で あ る 。 こ の 二 つ の 人 格 を 示 さ ん と し た の が 傘 金 色 の 善 導 像 で あ る 。 印 ち そ れ は 善 導 と い う 人 格 の 中 に 生 け る 阿 彌 陀 佛 を 認 め た も の で あ る 。 貞 季 の 如 き 上 孚 身 の 金 色 は 淨 土 往 生 の 過 程 に あ る 人 、 牛 往 生 人 の 姿 で あ る ( 往 相 ) か ら 、 こ れ に 對 し て 淨 土 よ り 還 來 し 、 善 導 と い う 姿 を 借 り て 衆 生 を 攝 化 す る 佛を 示 す た め に 下 牛 身 を 金 色 、 上 孚 身 は 尋 常 の 姿 で 表 し た の で あ ろ う 。 而 て 、 ま た 下 牛 身 の 金 色 は 輝 く 金 蓮 臺 に 立 つ 佛 や 菩 薩 の 奉 身 が 蓮 華 の 光 り で 輝 く こ と よ り 蓮 想 し た の で は な い か と 思 わ れ 輸 ・ 而 て 、 か か る 傘 金 色 の 善 導 像 な る も の が 、 法 然 の 在 世 中 に 唱 え ら れ 、 ま た は 繪 圖 さ れ た か ど う か に つ い て は 、 法 然 上 人 作 と 傳 ・兄 ら れ る 夢 感 聖 相 記 の 記 述 を そ の ま ま 法 然 の 眞 作 と 考 え な い 筆 者 は 、 か か る 牛 金 色 善 導 像 な る も の は 法 然 滅 後 ま も な く 遺 弟 等 に よ つ て 考 え つ か れ た も の と 思 う 。 興 幅 寺 奏 状 第 二 、 失 新 像 造 の 條 に 、 法 然 の 門 徒 が 攝 取 不 捨 曼 荼 羅 な る も の を 用 い て 勸 化 し て い た こ と を 記 述 し て い る が 、 牛 金 色 善 導 像 の こ と に つ い て は 記 述 し て い な い 。 し か る に 法 然 滅 後 ま も な く 編 集 さ れ た 源 空 聖 人 私 日 記 、 醍 醐 本 法 然 上 人 傳 に は 孚 金 色 善 導 の 來 現 を 明 瞭 に 記 述 し て い る 。 そ れ で 凡 ら く 法 然 の 遣 弟 逹 が 、 師 法 然 の 念 佛 義 を 權 威 づ け る た め に 、 選 擇 集 に 善 導 を も つ て 彌 陀 の 應 化 と 仰 が れ た 考 え を も と と し て 、 か か る 牛 金 色 像 を 考 え 出 し た の で あ ろ う 。 し か し て 、 こ れ に は 各 種 往 生 傳 に 示 さ れ て い る 如 く 、 淨 土 よ り 來 迎 す る 佛 を 金 色 で 示 し 、 往 生 し つ つ あ る 人 を 上 牛 身 金 色 で 現 わ す 考 え が 大 き く 作 用 し て い る こ と は 見 逃 す こ と が 出 來 な い 。 而 て か か る 夢 中 來 現 、 夢 定 中 相 承 と い う 如 き 祚 祕 的 な 靈 感 、 瑞 相 、 啓 示 を も つ て 新 宗 義 提 唱 の 基 礎 と す る の は 鎌 倉 新 興 佛 教 -淨 土 、 時 宗 の 特 色 で あ つ て 、 融 通 念 佛 宗 も こ の 例 に 漏 れ な い 。 融 通 念 佛 宗 は 良 忽 に よ つ て 開 創 せ ら れ 、 そ の 後 、 數 代 を 經 て 良 鎭 の 時 一 時 法 統 斷 絶 し た の を 元 亨 元 年 ( = 三 一 一 ) に 法 朗 が 石 清 水 八 幡 の 祚 勅 を 得 て 法 脈 を 繼 承 し て 今 日 に 至 る と 傳 え ら れ て い る 宗 派 で あ る 。 こ の 良 忽 の 融 通 念 佛 開 宗 に つ い て 塚 本 善 隆 博 士 は 日 本 佛 教 學 會 年 報 第 一 一 十 一 號 に ﹁ 融 通 念 佛 宗 開 創 質 疑 ﹂ と 題 し て 疑 義 を 唱 え ら れ 、 融 通 念 佛 の 教 旨 を 良 忽 が 夢 中 に 阿 彌 陀 佛 か ら 直 々 に 授 け ら れ た こ と 、 鞍 馬 寺 の 毘 沙 門 天 が 多 く の 榊 々 と 共 に 融 通 念 佛 衆 に 加 入 し た こ と 等 を 傳 え る 良 忽 傳 は 建 長 六 年 ( 一 二 五 四 ) の 自 序 の あ る 橘 成 季 の 古 今 著 聞 集 卷 二 や 、 次 で そ の 翌 々 年 の 洛 東 弘 願 寺 信 瑞 の 廣 義 瑞 決 集 が 初 め で あ る と し 、 傳 法 に お け る 孚 金 色 善 導 像 の 形 成 三 七
三 八 正 和 三 年 ( 一 三 一 四 ) に 製 作 さ れ た 融 通 念 佛 縁 起 は こ れ ら の 傳 え る 良 忽 傳 を 更 に 詳 細 に し 整 理 し た も の で あ る と い う ・ そ し て 良 忽 の 夢 告 は 良 異 妻 コ ) の 死 後 、 大 原 の 別 所 あ た り で 念 佛 を 勸 化 す 垂 に よ り て で き た よ う で あ る と 述 べ て い ら れ る ・ さ れ ば 良 忽 の 夢 告 説 は 良 忽 の 入 寂 し た 天 承 二 年 ( 二 三 二 ) よ り 古 衾 聞 集 の 建 長 六 年 ( 三 五 四 ) ま で の 間 に 生 れ た 説 話 の よ う で あ つ て 、 こ の 時 代 は 法 然 並 に そ の 門 下 の 活 動 せ る 時 代 で あ る 。 從 つ て ほ と ん ど 同 時 代 に 法 然 の 夢 中 善 導 來 現 読 と 良 忽 の 夢 中 彌 陀 應 現 説 が 生 れ た と 見 る こ と が 出 來 る 。 こ の 兩 説 の う ち 何 れ が 先 き に 成 立 し た か は 早 急 に 決 定 す る 資 料 は 見 出 す こ と が 出 來 な い が 、 法 然 の 夢 告 が 念 佛 弘 通 の 證 人 、 數 法 傳 授 と い う 天 台 眞 言 の 相 承 説 の 形 式 を ま ね て い る に 對 し 、 良 忽 の 夢 告 は 靈 觀 、 佛 よ り の 啓 示 と い う 自 證 の み に よ つ て い る 所 よ り 、 法 然 の 夢 告 の 方 が 先 き に 成 立 し た 樣 に も 思 わ れ る 。 凡 ら く 融 通 念 佛 の 聖 逹 は 法 然 の 夢 告 読 に よ つ て 、 良 忽 が 夢 定 中 に お い て 阿 彌 陀 佛 よ り 融 逋 念 佛 の 數 旨 を 直 授 し た と い う 読 を 考 え 出 し た の で は な か ろ う か 。 こ れ が 古 今 著 聞 集 に 記 述 さ れ 、 正 和 三 年 の 融 逋 念 佛 縁 起 に な つ た の で は な か ろ う か と 思 わ れ る 。 へ さ ら に 時 宗 の 一 遍 上 人 の 例 を 見 る と 、 聖 戒 が 正 安 元 年 ( 一 二 九 九 ) に 製 作 し た 一 遍 聖 繪 に は 、 時 宗 の 開 祗 智 眞 は 熊 野 本 宮 證 誠 殿 に お い て 、 夢 中 に 白 髮 な る 山 臥 に 會 い 、 大 權 現 の 神 託 を さ ず か つ て 他 力 本 願 の 深 意 を 領 解 し た と あ り 、 か く て 自 ら 名 を 一 遍 と 號 し た と い う 。 時 宗 で は こ れ を も つ て 時 宗 の 開 宗 と す る 。 そ し て 神 託 の 偈 と し て 、 ﹁ 六 字 名 號 一 遍 法 、 十 界 依 正 一 遍 體 、 萬 行 離 念 一 遍 證 、 人 中 上 上 妙 好 華 ﹂ な る 聖 頌 を 重 覗 し て い る 。 さ れ ば 時 宗 の 開 宗 に つ い て も 熊 野 權 現 の 啓 示 が 大 な る 契 機 を な し て い る こ と を 知 る 。 か く の 如 く 、 法 然 の 淨 土 宗 、 融 通 念 佛 宗 、 一 遍 の 時 宗 等 い ず れ も 新 念 佛 義 の 提 唱 に あ た り 、 榊 祕 的 な 靈 感 を 基 礎 と し て い る こ と は 同 じ で あ つ て 、 こ こ に 鎌 倉 時 代 に 創 唱 さ れ た 念 佛 宗 に 共 逋 し た 特 色 が 見 出 さ れ る 。 し か し こ の う ち 融 逋 念 佛 宗 、 時 宗 の 創 唱 は 法 然 の 夢 告 に よ る 新 淨 土 宗 義 の 提 唱 に な ら つ た も の で は な か ろ う か 。
四 か く の 如 く 法 然 の 夢 中 樹 面 説 は 鎌 倉 時 代 の 淨 土 思 想 と 新 教 團 の 形 成 に 大 な る 影 響 を 與 え た が 、 融 逋 念 佛 縁 起 に よ る M と 、 良 忽 は 阿 彌 陀 佛 よ り ﹁ 融 通 念 佛 は 一 人 の 行 を も て 衆 人 の 行 と し 、 衆 人 の 行 を 以 て 一 人 の 行 と す る が ゆ へ に 功 徳 も 廣 大 な り 、 往 生 も 順 次 な る べ し 、 一 人 往 生 を 途 げ ば 衆 人 も 往 生 を と げ ん こ と 疑 あ る ・べ か ら す ﹂ と の 教 旨 を 授 か つ た と い い 、 一 淫 上 記 の 如 く ﹁ 六 字 名 璧 遍 嘉 ﹂ の 紳 勅 を 示 さ れ た と い う 。 こ れ に 對 し て 淨 土 宗 に て は 、 傳 法 の 上 で は 、 法 然 は 夢 定 中 に 善 導 よ り ﹁ 究 竟 大 乘 淨 土 門 、 諸 行 往 生 稱 名 勝 、 我 閣 萬 行 選 佛 名 、 往 生 淨 土 見 奪 體 ﹂ な る 四 句 偈 を 相 承 さ れ た と し て い る 。 し か し な が ら こ の 四 句 偈 の 相 承 に つ い て は 、 い ず れ の 法 然 傳 に も 記 述 す る こ と が な い 。 こ れ は 傳 法 關 係 の 書 物 に 見 ゆ る の み で あ る 。 こ の 四 句 偈 は 三 卷 書 解 題 に よ る と 鎭 西 上 人 よ り 良 忠 上 人 に 授 け ら れ た 末 代 念 U 佛 授 手 印 の 相 傳 本 に の み あ る 偈 丈 と さ れ て い る 。 こ れ に つ い て 林 彦 明 僣 正 は ﹁ 三 卷 七 書 の 解 題 ﹂ に お い て 、 ﹁ こ の 本 ( 良 忠 相 傳 本 ) は 凡 ら く 鎌 倉 光 明 寺 、 又 は 鴻 藁 勝 願 寺 な ど に 傳 襲 さ れ て い た で あ ろ う 。 何 頃 か 散 佚 し て 今 は 尋 ぬ る に 由 が な い 。 實 に 千 載 の 恨 事 、 惜 し い こ と で あ る 。 義 山 の 樹 校 録 に よ る と 向 阿 上 人 眞 筆 本 は 記 主 相 傳 本 そ つ く り 模 放 さ れ て あ る と い う 。 向 阿 眞 筆 本 は 現 に 京 都 淨 華 院 に 藏 さ れ 、 こ れ に は 四 句 の 偈 文 が 皆 記 さ れ て あ る 。 そ れ の み で な く 白 旗 、 道 光 の 眞 筆 本 に も 皆 此 の 偈 丈 が 袖 書 さ れ て あ る か ら 記 主 相 傳 本 に 此 四 句 偈 丈 の 有 つ た 事 は 確 に 信 じ 得 る ﹂ と い わ れ る 。 し か し ﹁ 義 山 の 對 校 録 に よ る と 向 阿 眞 筆 本 は 記 主 相 傳 本 を そ つ く り 模 放 す る ﹂ と い う が 、 義 山 は 徳 川 中 期 の 人 で あ り 、 ま た 義 山 は 記 主 相 傳 本 と 向 阿 眞 筆 本 と を 見 た の で あ ろ う 。 さ れ ば 徳 川 中 期 頃 ま で 記 主 相 傳 本 が 存 在 し て い た こ と に な る が 、 し か し 、 そ の 聞 い ず れ の 傳 法 學 匠 も 記 主 相 傳 本 の こ と に つ い て 記 述 し て い な い か ら 、 は た し て 義 山 の 樹 校 録 の 読 が ど こ ま で 眞 を 置 け る や 疑 わ し い 。 い ず れ に し て も 記 主 相 傳 本 が 現 わ れ な い 限 り 眞 僞 を 確 め る こ と が 出 來 傳 法 に お け る 牛 金 色 善 導 像 の 形 成 三 九
四 〇 な い 。 現 存 の 資 料 に よ る か ぎ り 、 寂 慧 、 道 光 、 向 阿 の 眞 筆 本 授 手 印 の 存 在 し て い る 事 實 よ り し て 、 鎌 倉 末 期 に は 白 旗 、 一 條 、 三 條 の 記 主 門 下 の 三 派 に お い て 授 手 印 に こ れ を 記 し て 傳 え て い た こ と が 知 ら れ る 。 而 て 法 然 滅 後 ま も な く 考 え 出 さ れ た 夢 中 善 導 來 現 説 に 、 こ の 四 句 偈 が 傳 法 要 偈 と し て 付 迦 さ れ た の は い つ 頃 か ら で あ ろ う か 。 聖 冏 が 應 永 十 一 年 ( 一 四 〇 四 ) に 著 わ し た 五 重 指 南 目 録 の 初 に ﹁ 傳 法 要 偈 ﹂ な る 語 句 が あ り 、 ま た 第 五 重 に ﹁ 孚 金 色 傳 ﹂ な る 一 項 を 乘 せ て い る 。 ま た 應 永 二 年 十 一 月 に 聖 冏 の 記 述 し た 白 旗 式 状 に は ﹁ 夫 雲 山 童 子 爲 ご 孚 偈 一投 二 身 於 羅 刹 牙 一﹂ と い つ て 偈 丈 の 奪 重 性 を 張 調 し て い る 。 か か る 點 よ り こ の 四 句 偈 が ﹁ 傘 金 色 傳 ﹂ の 説 示 の 時 に 読 か れ た の で な い か と 推 測 さ れ る が 、 し か し こ の 五 重 指 南 目 録 は 單 な る 目 次 項 目 の 羅 列 で あ つ て 内 容 は 全 然 記 述 さ れ て い な い か ら そ の 詳 細 は 知 る こ と が 出 來 な い 。 ニ ノ ノ ノ し か し な が ら 、 聖 冏 の 門 人 明 貞 の 記 述 し た 貞 傳 集 に よ る と ﹁ 最 初 袖 書 上 ス ル 究 竟 大 乘 淨 土 門 傳 法 四 句 文 、 源 空 上 人 ノ ノ ノ ニ タ リ 四 十 三 年 、 承 安 五 年 三 月 十 四 日 夜 夢 定 面 、 自 二 光 明 大 師 一 相 二 承 之 一傳 法 偈 也 ﹂ と い い 、 ま た ﹁ 今 淨 土 門 自 證 題 目 ノ 外 、 袖 書 二 究 竟 大 乘 ノ 丈 在 ル 事 ヲ 無 相 傳 ノ 人 ハ 上 人 ( 法 然 ) ノ 御 詞 ト 云 ヒ 、 叉 鎭 西 ノ 釋 ト 云 フ 、 皆 誤 ナ リ 、 此 文 ハ 上 人 四 ノ 十 三 ノ 承 安 五 年 三 月 十 四 日 ノ 夜 、 牛 金 色 ノ 善 導 大 師 夢 中 二 來 リ 玉 テ 、 淨 土 眞 門 、 西 天 傳 來 ノ 祕 頤 悉 ク 授 一一上 人 一畢 ヌ ﹂ と い う 。 郎 ち 貞 傳 集 の 考 え に よ る と 、 從 來 法 然 上 人 の 言 葉 、 ま た は 鎭 西 上 人 の 釋 と い わ れ て い た 四 句 偈 は 法 然 鎭 西 の も の で は な く し て 、 牛 金 色 の 善 導 が 法 然 に 授 け た 傳 法 偈 で あ る と し て い る 。 而 て 囲 貞 は 聖 冏 の 門 人 で あ り 、 聖 冏 は 五 重 傳 法 制 度 の 創 設 者 で あ る か ら 、 聖 冏 に よ り て 鎭 西 の 釋 と い わ れ た 四 句 偈 が 傳 法 偈 と 名 づ け ら れ て 、 牛 金 色 善 導 が 法 然 に 傳 授 し た 文 と さ れ る に 至 つ た の で あ ろ う 。 而 て 聖 冏 は 融 通 念 佛 縁 起 ( 正 和 三 年 、 一 三 一 四 作 ) が 著 わ さ れ た 以 後 の 人 で あ り 、 一 遍 は 聖 冏 に 先 立 つ 人 で あ る 。 ㊥ , そ れ で 當 時 傳 法 を 重 ん ず る 嗔 言 天 台 禪 等 が そ れ ぞ れ 傳 法 偈 を 説 く 風 潮 に な ら い 、 融 逋 念 佛 教 團 の 読 く 阿 彌 陀 佛 直 授 の
偈 及 び 一 遍 の 熊 野 櫪 現 の 紳 勅 の 偈 等 の 思 想 に 影 響 さ れ て 、 か か る 四 句 偈 の 善 導 直 授 相 承 説 が 聖 冏 に よ り て 創 読 さ れ た で あ ろ う と 思 う の で あ る 。 こ れ を 要 す る に 、 初 め 法 然 の 專 修 念 佛 読 が 相 傳 な き 私 義 私 読 で あ る と い う 非 難 に 答 え る た め に 原 始 法 然 教 團 は 證 人 と し 、 ま た は 教 法 傳 授 の 師 と し て 、 夢 定 中 對 面 の 善 導 を 畫 き 出 し た が 、 か か る 夢 中 示 現 と い う 靈 感 を も つ て 新 淨 土 宗 義 提 唱 の 根 據 と す る 考 え は 融 逋 念 佛 教 團 や 時 宗 教 團 を 生 む に 至 つ た 。 而 て 傳 法 を 重 視 す る 一 般 佛 教 界 の 風 潮 並 融 通 、 時 宗 兩 教 團 の 主 唱 す る 靈 感 に よ る 偈 文 相 傳 説 に な ら つ て 、 聖 冏 に 至 つ て 授 手 印 に 書 か れ て い た 四 句 偈 が 傳 法 偈 と 名 づ け ら れ て 善 導 直 授 の 文 と さ れ る に 至 つ た の で あ ろ う 。 か く し て 五 重 傳 法 道 場 に 掛 け ら れ る 導 空 二 祖 封 面 像 が 成 立 し た と 思 わ れ る が 、 そ の 中 心 を な す 牛 金 色 の 善 導 像 は 法 然 の 内 證 で あ る 歴 史 的 人 格 と 超 歴 史 的 人 格 の 重 暦 せ る 善 導 觀 を 示 し た も の と い う こ と が 出 來 る 。 註 ① 結 縁 五 重 傳 書 (知 恩 院 刊 ) 五 頁 以 下 。 ② 淨 土 傳 燈 輯 要 上 、 六 丁 左 。 ③ 右 同 七 丁 右 。 ④ 結 縁 五 重 傳 書 (知 恩 院 刊 ) 九 頁 。 ⑤ 貞 傳 集 (謄 寫 印 刷 )、 明 貞 は 聖 冏 の 門 人 。 本 書 は 明 貞 の 口 述 了 曉 の 執 筆 と い わ れ る も の で あ つ て 、 傳 法 に 關 す る 二 十 ニ ケ 條 の 問 題 に つ い て 記 述 す る 。 ⑥ 淨 土 傳 燈 輯 要 上 五 丁 。 ⑦ 右 同 下 五 丁 。 ⑧ 法 然 上 人 全 集 ( 昭 和 新 修 ) 一 四 五 頁 。 ⑨ 興 福 寺 奏 状 ( 佛 全 、 = 一四 卷 一 〇 三 頁 ) 。 ⑩ 惠 谷 隆 戒 著 、 概 読 淨 土 宗 史 ( 三 四 頁 ) 。 傳 法 に お け る 孕 金 色 善 導 像 の 形 成 四 一
四 二 ⑪ 元 亨 釋 書 二 七 ( 佛 全 一 〇 一 卷 四 七 〇 頁 ) 。 ⑫ 田 村 圓 澄 著 、 法 然 上 人 傳 の 研 究 ( 一= 頁 ) 。 ⑬ 本 朝 租 師 傳 記 繪 詞 ( 明 治 四 十 五 年 三 月 、 善 導 寺 發 行 ) 。 ⑭ 井 川 定 慶 編 、 法 然 上 人 傳 全 集 五 八 七 頁 。 ⑮ 三 國 佛 祀 傳 集 ( 續 淨 、 六 卷 三 二 五 頁 ) 。 ⑯ 拙 著 、 承 安 五 年 淨 土 開 宗 諡 の 形 成 ( 佛 數 大 學 研 究 紀 要 三 十 五 號 、 一 七 九 頁 以 下 ) 。 ⑰ 田 村 圓 澄 著 、 法 然 上 人 傳 の 研 究 ( 五 八 頁 ) 。 ⑱ 善 導 の 入 滅 年 次 を 明 記 す る も の は 新 修 往 生 傳 卷 中 の 他 に 、 帝 王 年 代 録 に 永 隆 二 年 三 月 二 十 七 日 と あ る の み で 、 そ の 他 の 傳 記 ( 瑞 應 刪 傳 、 戒 珠 の 淨 土 往 生 傳 、 王 古 の 淨 土 寶 珠 集 、 佛 祀 統 記 等 ) に は 寂 年 を 記 述 し な い 。 こ の 新 修 往 生 傳 卷 巾 は 散 佚 し て 現 存 せ ず 、 類 聚 淨 土 五 祀 傳 の 中 に 引 用 せ る 文 の み が 傳 わ つ て い る 。 ⑲ 隋 天 台 智 者 大 師 別 傳 ( 正 藏 五 〇 卷 一 九 一 頁 ) 。 ⑳ 義 眞 撰 、 天 台 法 華 宗 義 集 第 一 ( 正 藏 七 十 四 卷 二 六 三 頁 ) 。 ⑳ 金 剛 頂 義 訣 ( 正 藏 三 九 卷 八 〇 八 頁 ) 。 @ 傳 法 次 第 記 。 ( 幅 田 堯 穎 著 天 台 學 概 論 三 〇 七 頁 ) ⑳ 四 十 八 卷 傳 第 十 二 卷 ( 井 川 定 慶 編 法 然 上 人 傳 全 集 五 三 頁 ) に ﹁ 我 は こ れ を 源 空 也 、 唐 に し て 善 導 と な づ け 、 此 土 に し て は 源 空 と い う ﹂ と あ り 。 ㊧ 十 卷 傳 ( 井 川 定 慶 編 、 法 然 上 人 傳 全 集 六 四 八 頁 ) に ﹁今 源 空 上 人 者 都 彼 善 導 和 爾 後 身 也 ﹂ と い う 。 ⑳ 日 本 往 生 極 樂 記 (續 淨 六 卷 九 頁 ) 。 ⑳ 拾 遺 往 生 傳 上 (續 淨 六 卷 三 七 頁 ) 。 ⑳ 無 量 壽 經 に 詭 く 四 十 八 願 の 中 の 第 三 願 に 悉 皆 金 色 の 願 あ り 、 惠 心 僭 都 は こ れ を 身 皆 金 色 願 と 名 づ け て い る 。 ⑳ 後 拾 遺 往 生 傳 上 (續 淨 六 卷 四 九 頁 )。 ⑳ 同 上 ( 〃 五 一 頁 ) 。 ⑳ 後 拾 遺 往 生 傳 中 (續 淨 ニ ハ 卷 一 二 〇 頁 ) 。
⑳ 後 拾 遺 往 生 傳 の 尼 寂 妙 の 條 に 、 天 童 子 が 足 下 に 光 明 を 放 つ て 舞 う こ と を 記 述 し て い る 。 ⑫ 一 遍 聖 繪 、 第 三 ( 佛 全 六 九 卷 一 二 二 頁 ) 。 @ 融 通 念 佛 縁 起 上 ( 元 祿 十 三 年 刊 、 融 通 念 佛 總 本 山 藏 版 ) 。 ⑭ 昭 和 新 訂 三 卷 七 書 附 解 題 ( 二 四 頁 ) 。 ㊧ 五 重 指 南 目 録 ( 淨 土 傳 燈 輯 要 上 ) 。 ⑳ 貞 傳 集 ( 謄 寫 印 刷 ) 二 十 五 丁 。 ⑳ 貞 傳 集 に は 眞 言 、 天 台 、 禪 等 の 諸 宗 の 傳 法 偈 を 列 ね て 、 こ れ ら の 宗 派 が 傳 法 要 偈 を 重 覗 す る こ と を 説 い て い る 。 傳 法 に お け る 牛 金 色 善 導 像 の 形 成 四 三