はじめに 神奈川県と東京都の境を流れる多摩川は、東京湾に流れる重要な河川です。その河口は、古 くから干潟環境を含む、大きな湿地環境がありました。その多摩川河口の湿地環境は、戦前から 羽田空港の埋め立てや京浜工業地帯の開発により大幅に減少してきました。しかし、河口干潟や ヨシ原など河口部の湿地環境は奇跡的ともいえる位残っています。その多摩川河口部の自然に、 大きな危機が迫っています。羽田空港の4番目の滑走路の建設と、「神奈川口構想」という計画で す。神奈川口構想は、京浜臨海部の活性化をめざした再開発と、川崎市川崎区殿町地区と、東京 都大田区の羽田空港と結ぶ連絡道路が主たる構想です。今回のシンポジウムは、神奈川県を交えて、 多摩川河口の自然と神奈川口構想を立体的に議論するために企画しました。 本稿は、シンポジ ウムにおける各氏の発言を、録音テープを基にしてまとめたものであり、文責は石井隆にあります。 テープお越しと原稿の電子化は、畑俊一氏・石井和代氏・秋元文雄氏にお願いしました。これら の方々に感謝いたします。 また、このシンポジウム開催にあたり、神奈川県企画部には多大な助力を頂きました。講演者 とパネラーの方には、貴重な講演等を頂きました。ここに記して感謝いたします。なお開催にあ たり、PRO NATURA FUND の助成金を利用しました。
シンポジウムの記録 日 時:2007 年 10 月 27 日 場 所:ラゾーナ川崎「プラザソル」 主 催:日本野鳥の会神奈川支部 後 援:(財)WWFジャパン・ (財)日本野鳥の会・ (財)日本自然保護協会・ NPO 法人神奈川県自然保護 協会・NACS-J 自然観察指導 員東京連絡会 1,2:〒 221-0052 横浜市神奈川区栄町 2-8 横浜藤ビル 6F キーワード:多摩川河口・神奈川口構想・干潟保全・戦略的アセスメント・合意形成
Key Words :Tama River Estuary,Plans for the Kanagawa side of the Tama River Estuary,Conservation of Tidalflats,Strategical Assessment,Consentment
BINOS vol.15 : 133 - 181 (2008)
多摩川河口の自然を考えるシンポジウムの記録
日本野鳥の会神奈川支部1協 力:多摩川流域ネットワーク 参加者:約 200 名 講 演:「多摩川河口の自然」 鈴木茂也 (日本野鳥の会神奈川支部) 「吉野川の橋梁が干潟に与える問題点」 井口利枝子(とくしま自然観察の会) 「多摩川河口干潟の生物観察活動」 鈴木覚 (海辺つくり研究会) 「干潟の開発と社会システム」 清野聡子 (東京大学大学院助教)*体調不良でご欠席 「東京湾再生に向けての横浜技調の取り組み」 諸星一信(国土交通省関東地方整備局 横浜港湾空港技術調査事務所長) 「神奈川口構想について」 林秀明(神奈川県企画部京浜臨海部活性推進課長) 「戦略的環境アセスメントとは何か」 村山武彦 (早稲田大学教授) パネルデッスカション コーディネーター:浜口哲一(日本野鳥の会神奈川支部顧問) パネラー:花輪伸一(WWFジャパン)上田大志(NACS-J 自然観察指導員東京連絡会) 上記講演者 発言の記録 1 「開会の挨拶」: 古南幸弘 (( 財 ) 日本野鳥の会自然保護室長 ) 皆さんこんにちは 。 古南と申します 。 私ども日本野鳥の会では、「 重要野鳥生息地・IBA」 とい う目録作りをしています。これは国際基準で重要な土地が日本にどのくらいあるかという目録で、 この 167 個所の一つに東京湾奥部があります。多摩川河口はここの中核をなしている所で 、 野鳥 にとって非常に重要な場所であります 。 今日は、ここの自然のことを話題にするだけではなく、「 神奈川口構想 」 という非常に大きな開発の構想がありますが、そのことについて併せて考えてい くことになります。 本日、「出会い」という言葉がポイントになるのでは、と思っています。河口という場所は、川 と海が出会う場所です 。 真水と塩水が混ざりあった複雑な環境ですから真水の生き物 、 海の生き 物、非常に生き物が豊かな場所です 。 陸と海の接点では、自然の海岸であれば 、 自然環境が遷り変っ ていく 、 いわゆるエコトーンという状態が生まれます 。 多摩川河口の場合に重要なのは、干潟ですね 。 干潟というのは、ご記憶があると思いますが、 10 年前に諌早湾の締め切りがありました。その後、名古屋の藤前干潟が、ゴミの埋め立て場を作 るといっていた場所を大転換しまして 、 今やラムサール条約湿地になったという、二つの明暗の 事件を通じて、干潟の価値ということが知られるようになってきたと思います。多摩川河口にも 干潟があって 、 そこが非常にいい場所であるということです 。
もう一つの出会いはやはり人と海 、 あるいは人と自然の出会いの場ということです 。 広々 とし た空間がありますし 、 生き物はたくさんいるし 、 多摩川河口 、 私も時々遊びに行きますが、広々 としたその空間を見るだけでほっとした気分になります 。 家事育児に疲れた人間には憩いの場所 になっていると思います 。 そんな出会いの場所になってきた多摩川河口ですが、東京湾の何十年 の歴史を振り返ってみますと、出会いの場所が 、 海に近い陸地ということ、平地であること、大 きな船が着きやすいということで、工業用地としてどんどん開発されてきた。今や東京湾の 95% ぐらいが埋立地になってしまった 。 ほんとに数 % だけ残された貴重な場所が多摩川河口で、いわ ば陸の論理で、海と人の出会いの場所が随分失われてしまったということです 。 今日 、 話題の中心になります、「 神奈川口構想 」、 これは羽田空港がありまして、そこと関連し た開発計画ですので 、 空と河口の出会いの場ということになります。陸の論理を押しつけられて 海が失われてきたという歴史を今まで踏んできていますので、そこを踏まえて今度はきちっとし た出会いになるのか、押し付けになるのか、そこの接点、せめぎあいというわけで、今は重要な 場所、地点であると思うのです。そういったところを議論できればと思っています。今のような 計画がかたまっていない、かなり早い段階でいろいろなことを考えておくことが 、 開発計画を考 えるに当たって、いい開発というと少し語弊があるかも知れませんが、結びつけることにもなる、 というふうに思います 。 今日は少し長丁場になりそうですが、皆様にもご協力いただいて有意義 な議論をしていただければと思います。 2 「多摩川河口の自然」: 鈴木茂也 ( 日本野鳥の会神奈川支部長 ) 皆さんこんにちは 。 日本野鳥の会神奈川支部の支部長をしております鈴木と申します 。 多摩川 河口の自然という題でお話を始めさせていただきます。 大きな川の河口というのは、上流から様々な土砂やゴミのようなものが流れてきますが 、 そういっ た物がすべて、集まるのが河口という場所です 。 河口に到達した物は、これまでともに流れてき た水が海水の影響を受けて滞りますので 、 そこに停滞を始めることになります 。 例えば、上流部 で土地が削られて土砂が流れた場合 、 大きな粒の物は途中で川原を形成しますが、小さな粒の物 は河口まで流れてきて 、 そこに停滞をし、溜まっていきます 。 ですから 、 そこに干潟というもの が出来あがります 。 干潟という環境ですが 、 河口だけではありませんで、内湾の海岸では河口以外の処にも干潟が 出来あがる場合もあります 。 それでこの写真を写していて今、私もちょっと気が付いたのですが、 干潟とはどういう所かということをおさらいしておいていただきたいのですが、干潟とは遠浅の 海岸で潮が満ちてくれば海水に没して 、 潮が引いた時に陸地が現れるという部分です。干潟とい うと泥だとか砂だとかそういったものを思い浮かべるのですが、実はそういったものだけではな くて、石ころが混ざったような干潟も実は存在していて、干潟にもいろいろあるということを知っ ておいて下さい。 今日は三つに的を絞って話をします 。1 番目には「干潟の機能」で 、 干潟にどんな生き物がいて、 どういった役割を果たして環境を作り上げているかという話になります。2 番目は「多摩川河口 の変遷」ということ 。3 番目「多摩川河口は現在」、どのような状況にあるのか ? 干潟がどの程度残っ ているか ? それから干潟がどういった状態にあるのか ? この三つに絞って話をします。
野鳥の会では干潟に行くとどうしても鳥ばかりを追ってしまって、他のものを見ないという習 慣があって 、 特に多摩川河口へ行きますと、まずどういう鳥がいるかということを見て 、 河口の 細かいところ 、 干潟の細かいところまで観察することがありません。。 私もこの間、2 回ほど河口 へ行って、もう一度しみじみと見てきたのですが 、 まず 、 干潟の泥の中には何種類かの細菌類が いまして 、 それが水の浄化に非常に役立っています 。 特に水中の窒素を空中に除去するという役 割を果たしています 。 二番目にプランクトン。プランクトンというのは浮遊している生物をいい 、 小さなものは普通 、 単にプランクトンと呼びますし、大きなものではクラゲなどもプランクトンになるわけです 。 そ れから底生生物、底生生物というのは泥の中に棲んでいるカニだとか、ゴカイだとか 、 貝類ですね。 そういったものも有機物を分解してくれる役割を果たしています 。 それからこの写真にもありますようにヨシが水際に生えていますが、こういった抽水植物。抽 水植物というのは、泥の中に根を張って水面よりも上に茎を伸ばすという植物です。この植物も 水の浄化に役だっています 。 それから干潟という場所で 、 この写真の中でも鳥が何羽か食物を探 していますが 、 こういう底生生物に食物を供給している 場所では、鳥だとか魚類にも食物を与え ているという役割も果たしているのではないかと考えています 。 最初に細菌類による水の浄化というお話をしたのですが 、 干潟の泥の表面を掘った写真なので すが、干潟の泥の中には何種類かの細菌類が存在していて、その何種類かの細菌類の反応によっ て水中の窒素化合物が分解されて空中に放出されています 。 環境が保護されている場所では 、 水 中の窒素の 50% ほどを処理する能力があると言われています 。 干潟以外の場所でもこの生物反応 は行われていますが、干潟という処はこの生物反応の優れた場所であります 。 その要件としては、 一つは水深が浅いこと、もう一つは海水の入れ替わりが激しいことです 。 それからもう一つはこ の写真にもあるように、底生生物によって干潟の表面に小さな穴が開けられ 、 そこに水が浸透し やすいということがあげられています 。 もう一つ 、 干潟で細菌類の反応が非常によく行われると いう要件があるのですが 、 砂の干潟よりは泥の干潟のほうが細菌類が多く存在していて 、 約 3 倍 程度の能力があるといわれています 。 実は 、 多摩川河口というのは泥の干潟が殆どでして 、 その 能力が非常に高くて 、 上流から流れてくる有機物を分解して東京湾の環境を守るという点で 、 非 常に優れた能力があるというふうにいえます 。 次に 、 二番目にあげたプランクトン 、 底生生物の役割の話です 。 水中や海中には多くの植物プ ランクトンが存在していて 、 水中に含まれている有機塩類 、 窒素とかリンを吸収して 、 最後は太 陽光線を利用して増殖しています 。 それが水の浄化に一役 、 買っているのですが 、 それだけでは 植物プランクトンが水中で死ぬと同じことになりますので 、 実はそれを底生生物が食べているの です。ですから、植物プランクトンを底生生物が利用することによって水の浄化は行われている のです 。 底生生物については植物プランクトンだけではなくて 、 たとえば上流から流れてくる生 物の死骸や有機物が細かくなったもの 、 デトリタスと呼んでいますが 、 そういった生物の細かく なった破片のようなものを分解する役割も果たしています 。 この底生生物の中にはカニだとか貝 類 、 ゴカイといったものが含まれています 。 それで、最終的に底生生物は鳥だとか魚に食べられ るということになるわけです 。 で、この底生生物を最終的に食べている鳥なのですが、左側のシギ・ チドリといった仲間は非常に干潟に適応した鳥たちで 、 例えば真中にあるオオソリハシシギとい
う鳥は非常に嘴が長くて 、 この嘴を干潟に突きさして泥の中のゴカイなどを食べています 。 です から 、 干潟では非常に有利な採食方法をとれる鳥ですが 、 ただし他の場所に行きますとこの長い 嘴はあまり役に立たないので、かつて世界中にたくさんあった干潟に適応して進化してきた鳥の 種類ということになります 。 こういった鳥たちが底生生物を食べる 、 そして陸へ行って糞をする、 あるいは陸へ行って死ぬということで 、 もともと陸から川に流れこんできた有機物をまた陸に戻 すという役割を果たしている、最終的にはこの鳥たちが一番最後の役割を果たしているのだと思 います 。 それで、この写真が現在の多摩川河口の一部です 。 皆さんもうよくお分りと思いますが 、 大師 橋があって 、 首都高があって 、 羽田空港 。 それからこちらが神奈川県の埋立地です 。 それで、こ れが昔 、 どういった状況だったかというと 、 この辺はもう殆どが埋立地で 、 明治時代の地図を見 ますと 、 海岸線がこういう感じで残っています 。 実は明治時代にもすでに新田開発がかなり行わ れていますので 、 大ざっぱですが大昔の海岸線をちょっと想像してみましたが 、 大体こんな様子 だったのではないかと思います 。 ただし 、 川の流れかたというのは非常に広くて分流もたくさん あったでしょうし 、 三角洲のような中洲のようなものもいくつも存在したと思います 。 そして一 番 、 現在と違うのは 、 この海岸線の付近にこういった砂の干潟が大きく張り出していたのではな いかと思います 。 それは多摩川河口の対岸にあたる小櫃川の河口に行くとよく分かりますが 、 河 口の干潟の他に海岸線に非常に大きな干潟が広がっています。多摩川河口の昔はそういった状況 にあったのではないかと思います。古い地図を見ると状況がよく分かります 。 そしてこれが 、 現 状です 。 オレンジ色の部分が、現在干潟が残されている部分です 。 面積からいいますと 95ha と いうことで 、 簡単に正方形でいうと 1 キロ四方ほどの面積が残されているということですが 、 実 際には 4 ~ 5 キロの区間に帯状に残されているというのが多摩川河口の干潟の特徴です 。 そして もう一つ言えることは 、 多摩川河口の干潟の質です 。 泥の干潟が主で、ただし部分的には砂の所 もありますし、小石の部分もあります。そして 、 干潟のヨシ原が随分ありますが 、 半分程度がヨ シ原になっているのではないかと思います 。 神奈川県側では大師橋より下流に干潟があって 、 東京都側では主に大師橋よりも上流に干潟が 出ている状況です 。 そして小櫃川の河口では多摩川河口よりもはるかに広い干潟が存在している わけですから 、 大昔の状況を言いますと 、 多摩川河口の干潟も実際にはこれくらいあったのでは ないかと考えています 。 鳥のほうからいいますと多摩川河口は大型のシギ ・ チドリなどの鳥が非 常に少ないです。それはわれわれが干潟へ行って、仮にゴカイがいて鳥の食物になるというふう に感じるのとは違います。鳥たちはまったく別の感じ方をしていて 、 自分たちがそこで長い時間 暮らしていて、体がもつのかどうか、というような観点から、おそらくそこに渡来するかどうか ということを決めると思いますので 、 単純にゴカイやカニが干潟に見えるから鳥がたくさん来る というわけではないのではないかという感じでいます 。 これからはもう少し 、 多摩川河口に行っ て鳥を観察する時にも、鳥がどんな利用の仕方をしているのかというところまで観察をしないと 保護にはつながらないのではないかなと感じています 。 㧝㧚᧲੩ḧฦߩᐓẟߩ㕙ⓍᲧセ ᐓẟฬ ᄙᎹᴡญ ⋚ᵮᐓẟ ਃ⇟ἑ ⼱ᵤᐓẟ 㕙Ⓧ 㧥㧡㨔㨍 㧝㧞㧡㧜㨔㨍 㧝㧟㧜㨔㨍 㧠㧜㨔㨍 ᐓẟߩ⾰ ᵆ⾰ ⍾⾰ ⍾⾰ ᵆ⾰ 図 1 東京湾各地の干潟面積の比較
3 吉野川河口の橋脚建設と干潟 : 井口利枝子 ( とくしま自然観察の会 ) 皆さん、こんにちは 。「 とくしま自然観察の会 」 の井口と申します 。 今日は、多摩川河口と吉野川河口の共通点、 橋の工事についてお話をします。干潟に関わる橋脚 建設ということが多摩川の河口との共通点であり、実は吉野川の河口に架かる橋は今、一本建設 中のものと 、 もう一本 、 大きな高速道路橋の計画があって 、 多摩川よりも " 先輩 " になります 。 今日、私がお話をさせていただくことが今後の多摩川河口にいい影響が出ればと思って、吉野川 の状況をお話させていただきたいと思います 。 今日は三つテーマを用意しました 。1 つ目は 、 私たちがどういうふうに吉野川の河口を守ってい るのかという活動と 、2 つ目は、吉野川の河口の状況 、3 つ目が吉野川の開発の状況について、お 話させていただきたいと思います 。 これが吉野川の河口に架かる、東環状大橋 ( 仮称 ) の建設現場です 。 これが吉野川の河口干潟 です。河口の川幅が 1300m あり 、 日本で一番か二番を争う川幅をもち、ここには河口干潟があ り、中洲は約 100ha あります。現在河口から 4km のところに道路橋(吉野川大橋)があります が、河口からこの吉野川大橋のある 4km まで約 500ha が 、「 東アジア ・ オーストラリア地域シギ・ チドリ類重要生息地ネットワーク 」 というラムサール条約会議で立ち上げられた国際的なネット ワークに、谷津干潟とともに日本で最初に登録された場所です 。 それから 、 環境省の 「 日本の重 要湿地 500」 にも多摩川河口と同様参加、登録されています。 私たちの活動は、1994 年から河口干潟で定期的に自然観察会をしています 。 また、タウンウォッ チングをしたり、市内の公園でセミの羽化の観察会など身近な自然を見直そうという活動をずっ と続けてきました 。 小中学校や幼稚園の干潟観察や環境学習の応援もしています 。 また、干潟の 価値や干潟を守ることの大切さを一人でも多くの人に知ってもらうために 、 野外でコンサートを したり 、 手作りの人形を使って、干潟のことや人の暮らしと自然とのかかわりについて、わかり やすく伝えるためにオリジナル人形劇の公演もします。それから、吉野川の干潟の生物や暮らし を写真などで紹介する展覧会をしています 。 こういった少し大きなイベントは2, 3年に1度開催 します。さらに、干潟の調査も専門家や市民団体といっしょに定期的にしています。 吉野川は“四国三郎“と呼ばれ 、 河口は紀伊水道と出会う所です 。 四国のまん中の瓶ケ森からずっ と徳島県を西から東へ流れる 、 全長約 200 キロの川です 。 河口から遡って 14.5km の場所にある のが吉野川の第十堰で 、250 年前に作られた固定堰です 。 第十堰というのは 、 可動堰化という公 共事業に対して住民が全国で初めて住民投票で NO! といったことで全国に知られ、吉野川を有名 にしました 。 河口入口から第十堰までの 14.5 km の領域は汽水域です。 第十堰の所までは、大潮 の時には、干満の差が 2.5m から 3m くらいあるのですが、河口から 14.5km の所まで潮水が上がっ てくるまさに感潮域であり、全国でも最大級だと思います。 吉野川河口の汽水域の生物については、シオマネキが有名です。オスの片方の鋏が大きいシオ マネキは汽水域のシンボルであると言われていますが 、 吉野川ではごくごく普通に観られます 。 シオマネキとハクセンシオマネキの生息分布について、私たちは約 10 年前に様々な方たちに呼び かけて市民調査をしました。その結果をまとめて報告していますが、吉野川河口の汽水域において、 10.5km の地点まで、シオマネキ 、 ハクセンシオマネキが右岸側 、 左岸側に点々と健全にまとまっ て生息する干潟があることがわかりました。また、河口汽水域に点在する干潟には、たくさんの
シギ ・ チドリ類など渡り鳥が飛んできます 。 ホウロクシギはシギ・チドリ類の中では大形の鳥で すが、吉野川では大形の渡り鳥がたくさん飛来する場所として知られており、多種多様な渡り鳥 たちが利用しています。他には、クシテガニ、ウモレベンケイガニやヒロクチカノコなどの希少 種が普通に観察できます。トビハゼはこの多摩川にも生息していると聴いていますが、トビハゼ もごく普通にいます 。 この写真のように、干潟の観察会では子どもたちがトビハゼになろうと言っ て、泥だらけになって遊んだりします 。 干潟というのは環境教育の絶好の場所であり、ワイズユー スとして活用されている大事な場所であるといえます 。 河口や干潟のワイズユースについて、私たちの暮らしと吉野川の河口という視点でご紹介しま す。吉野川の河口は良質のスジアオノリが養殖されています。また、汽水域ではシジミ漁が生業 として成り立っているし、冬の間はウナギの稚魚のシラス漁がさかんで 、 黄色いランプをつけた 舟が往き来して 、 その光景は冬の風物詩として私たちの心になじんでいます 。 この写真は、おば さんが何をしているところかと言えば、実は野沢菜をとりいれている場面なのです。 吉野川は、 四国三郎と呼ばれ、かつて日本で三番目に暴れる川だったので、河口には、洪水が運んできた肥 沃な土地が広がっており、農業が盛んです。農業地帯では、農産物が豊富で、特に野沢菜は全国 生産の 8 割 、9 割が吉野川の第十堰周辺から出荷されているそうです。出荷は野沢菜の菜っ葉の 方です 。 お漬物は信州の冷たい水でないと美味しく漬けられないと聴いていますので。 吉野川の魅力というのは、人の暮らしと川が密着した状態であるということ、全国で干潟環境 がどんどんと失われている状況のなかで、今や各地の干潟から姿を消しつつある生きものがごく 当たり前に見られる場所でもあり、生きものと人の暮らしが隣りあわせにあるということが、吉 野川の大きな魅力です 。 それと、もう一つは 、 古南さんからもお話がありましたが、河口という 場所は、海と川が出会う場所なので、風景 、 景観がものすごくひらけていて、私たちに安らぎを 与えてくれる場所でもあります 。 次に吉野川で起こっているこ と、つまり開発計画についてお話 させていただきたいと思います 。 現在、吉野川の河口から 2 km の 地点に東環状大橋が建設されてい ます 。2003 年 12 月に着工されて 10 年計画であり 、 約 200 億円の 予算で、全長 1300m の渡河橋で す 。 少し余談ですが、なぜ工事期 間が 10 年もかけるのかといえば、 吉野川は大きな川ですので冬の間 の渇水期のみの建設になるからで す 。 韓国のナクトン江という、吉 野川よりももっと大きな規模の河 口でも同様に大きな橋が建設され ていますが、ナクトン江では吉野 ࿑ ศ㊁ᎹࠍขࠅᏎߊ㐿⊒⸘↹ 図 2 吉野川を取り巻く開発計画およびシギ・チドリ類の利用状況
川とは逆に冬のハクチョウなどが飛来する時期を工事期間とするということでした 。 河口に架か る橋の建設という点で、河口や干潟生態系への影響を心配しています。 吉野川河口の二つめの橋の計画は、最河口に架かる高速道路の建設があります 。 この開発図の ように、沿岸域をずっと通ります。今、河口右岸の沿岸域では、マリンピア沖洲第 1 期埋め立て によって人工島がすでに出来ているのですが 、 人工島と陸域との間にできた海浜は良好な干潟環 境になっています。この干潟域を高速道路とインターチェンジ用地として埋め立てするという計 画です 。 つまり、吉野川河口の短い距離の間に、大きな事業が集中しています 。 現在、吉野川で は、国土交通省によって河川管理計画が作成されている最中ですが、2002 年に、国土交通省の徳 島事務所が流域の住民に対して 「 よりよい吉野川を目指して 」 というアンケート調査を行いまし た 。 その時のアンケートの中に、「 吉野川であなたの好きな場所はどこですか ?」 という問いがあ りました。徳島県では 「 河口が大好きです 」 と答えた方がトップでした 。 このことは、私も驚き ましたが、長年にわたって、多くの市民から吉野川河口が愛されてきた証拠だと思います。 私たちは 「 自然や自然保護について考えることが、特別な人が考える特別なことではない。身 近な自然でおこっていることについて、自然観察会を通じて様々な方が考える場づくりにしたい」 をモットーとして活動してきました。吉野川河口の公共事業に関して、私たち干潟のファンだけが、 干潟にかかわる開発に対して心配をしているのか、はたして市民との意識差が生じているのだろ うかという疑問もありました。そこで、一般の市民に対するアンケート調査を行ないました。そ の結果、回答総数 1380(回答者総数 832 人)のなかで、橋の数はともかくとして、「橋がほしい」 とする回答は、全体のわずか 6%に過ぎず、また橋が架かると「便利になってうれしい」および「自 然より便利さ優先」とする回答数も全体のわずか 3.9%にすぎません。一方、「環境や景観への影 響が心配」とする回答数は全体の 37.5% を、「計画について知らせて欲しい」とする回答数は全 体の 25.8%となっています。このような結果は、事業主である徳島県が主張する民意と大きくか け離れたものであり、事業自体に強い疑問を投げかけているものです。さらに東環状大橋建設に 関する街頭アンケート調査を行いました。この計画に対して 「 知っている 」 という人が半分 、「 知 らない 、 分からない 」 という人が半分でした 。 「 必要ですか ? 必要ないですか ?」 という問いに対 しては、「 必要でない 」 という方が 44% 、「 必要である 」 という人が 10%、 残りは 「 わからない」 という人が多数でした 。 河口で散歩している人には 、「 吉野川の河口のどんな処が好きですか ?」 という問いでは 「 大きさとか、開放感 」 というのが一番で 、 やはり多くの市民が大好きな場所で あることがわかります 。 この図は、高速道路東環状線のルートをお示ししました 。 土手の上から眺めると、河口の風景 は広大で、ちょうどこの大きな空間を塞ぐような形で、東環状大橋が建設されています。吉野川 河口の干潟は、人口 28 万人の県庁所在地である徳島市のまさに市街地のすぐそばに位置します。 県庁から 10 分くらいで気軽に行けますので、たくさんの方が、ウォーキングしたり、釣りや潮 干がりをしたりして楽しんでいます。2003 年 12 月に、この河口の真中に橋の建設が始まり、河 口の風景がどんどんと変わっていっています。私たちは、市民レベルでモニタリング調査をはじ めました 。 東環状大橋は 、 後でもまた触れますが 、 アセスメント対象外の事業でしたので 、「 環境 への影響は軽微である とする簡単な調査で着工が決まってしまいました。先ほど 、 たくさんの渡 り鳥が飛来するということを申しあげましたが 、 渡り鳥の利用状況について、大阪南港のウェッ
トランドグループと調査し、河口の干潟では、多くのシギ・チドリ類が干満の状況によって場所 を使い分けつつ、河口や沿岸域を往き来しながら、連続的な空間利用をしていることがわかりま した。橋脚建設の渡り鳥への影響がとても心配されます。河口の開発図をみても、せまい領域に 2本も橋ができるということは、河口域の空間の広がりや 、 生態系の連続性を分断してしまうの ではないかと心配しています 。 それから、河口という場所は平地から川、海、空へとずっとつながっ ている場所であり、複雑な生態系がいろいろ絡み合っている場所、さらにダイナミックな生態系 が微妙に保たれている場所なので、河口にかかわる三つの開発事業がそれぞれどう影響していく のか、そのことが残念ながら見えにくい場所なんだなあと思って、とても不安な気持ちで見守っ ています。 吉野川河口の複数の開発は、果たして、私たち市民の思いや、環境への影響をきちんと評価さ れて、反映されてきたものなのだろうかと疑問が残ります。 川と海が出会う場所というところである河口は、その流域全体の 「 川の顔 」 だと私は思ってい ます。流域に降る雨など自然環境の出来事は、河口や沿岸の漁師さんの生業にすぐに表れますし、 河口が健全で元気な状態であればその川や海や自然や人の気持ちも元気であるように思えます。 河口という場所が、山、川、海、空、陸地という様々な環境が出会い、たくさんの人々の暮らし を支えている場所 、 いろんな出会いがある場所というような位置づけをして、一人でも多くの人 がこのことに気がついて 、 もう少し丁寧に守っていくような場所になればいいなと思っています。 吉野川河口の開発計画にいろいろ疑問を持って 、 いろいろな省庁とか行政を訪ねたりしていま す。多摩川についていえば、川の住民運動の先進的な場所、という印象を私は持っています。で きましたら多摩川河口で今 、 おこっている開発計画については、様々な立場の皆さんの参加のも と、どういうふうに折り合いをつけて、どういうふうな守りかたをされていくか、多摩川の新た な住民活動がどう展開されていくのか、とても興味をもって今日はお伺いをしました 。 できまし たら、吉野川河口の方にも 、 多摩川のこれからの皆さんの活動や思いが伝えられ、私たちも参考 にさせていただけたらありがたいと思って 、 今日は情報提供させていただきました 。 ありがとうございました。 4 多摩川河口干潟の生物観察活動 : 鈴木覚 ( 海辺つくり研究会 ) それでは多摩川河口干潟の生物観察活動ということで 、 鈴木が発表いたします 。 先ほど 、 吉野 川の方から参考にされたらというお話でしたが、我々の行っている活動が参考になるかどうか ちょっと分かりません 。 なぜ調査活動という名前にしましたかということですが 、 実は私はあま り、干潟生物の専門家というわけではないので、干潟の生物について何かを語るというか、どう いう活動をしてきて 、 その結果をどういうふうに私自身の目で見たというようなことをお話した いと思います 。 海辺つくり研究会ではこれまで三つの活動を行ってきております 。 一つはトビハ ゼの生息環境に関する調査を 、2005 年くらいからです 。 それからアサクサノリ観察会 、 これは一 回だけですが観察会をやりました 。3 つ目は、昨年から多摩川河口干潟の生物調査という形で一般 市民の方と専門家が協働して干潟の生物の生息調査をしようということで活動をやってきていま すので 、 この辺を中心にお話をしたいと思います 。 トビハゼの生息環境に関する調査研究ですが、一番最初は市民サイドでやろうということで、「
探検 ・ 発見 ・ ほっとけん 」 という言葉があるらしいですが 、 そういう中で行いました。ここはちょっ と多摩川の河口で泥も多くて填まりやすいので、「 危険 ・ 冒険 ・ 汚いけん 」 も省みずでいきました。 こういう左の写真のような処に吉野川と同じようにトビハゼが普通に見られます 。 進め方として は 、 いろいろな方面から行いました 。 一つは 、「 多摩川の河口ってどんなとこ 」 ということで 、 現 場へ行ってトビハゼだけではなくて 、 河口の自然環境のいろんな所を見てこようということです。 それから 、「 見つけようトビハゼ 」 ということで 、 トビハゼの生態を調べる 。 それから、多摩川の 河口の歴史や文化に触れようということで、資料館へ行っていろいろ話を聞く 。 それから、われ われの活動ですので 「 味わおう 」 ということで 、 多摩川の河口で採れる生き物を採って食べよう ということでハゼを味わいました 。 あと、多摩川河口にアサクサノリなんていう話をうかがいま したが、これは漁師や市民団体の方がそういう発見をされたということで、その探検隊について 加わっていきました 。 こんな感じでヨシの茎のところにアサクサノリが付いていますので、少し 味わってみました 。 ちょっと、味はよく分からなかったですけれど、これがアサクサノリだとい う感動だけは残りました 。 多摩川の河口干潟ですが 、 今年 、 平成 19 年の 5 月 19 日に行った内 容についてお話したいと思います 。 三つ調査を考えていまして 、 一つは現場の環境調査というこ とで釣りによって得たものを調べる 、 それから干潟の観察をすることによって得たものを調べる、 それからあとは地域の人たちのお話を聞いて過去の環境を調べる、という三本柱のうちの一つと して行っております 。 進め方ですが 、 干潟の生物調査については事前に調査して、それから干潟 の勉強会を行って、最後に実際の観察会をやるという三本柱でやりました 。 これは事前準備とい うことで干潟について学び 、 相談しながらやりました 。 どういう形で干潟の生き物を調べるかと いうことですが 、30 分でみんなが見つけた生き物を持ち寄って、30 分で何種類の生き物が見つか るかという、そういう 「30 分で見つけよう調査 」 と、それから 「 定量調査 」( 筒掘調査 ) で、ある 図 3
一定の泥を採ったらその中にどれだけ生き物がいるかというちょっと専門的な調査を、しました。 多摩川河口にはシジミが一杯いますので、干潟のシジミがどれだけいるか 、 全体としてどれく らいいるかという、国勢調査ではないですが 、 シジミの " 干潟勢 " 調査という、この三つを行いま した 。 こんな感じで歩いていますが、干潟にはまります。事前準備ということで勉強会を開いて います 。 干潟の観察会をこのような状況で行いまして、場所は多摩川の川崎側の河口側で 3 ヶ所、 それから大田区側で 2 ヶ所です 。 一番下流側は①の所で 、 下流から段々に③番 、 ⑤番の所までや ります 。 それぞれ非常に地形や状況が違います 。 一番下は標高が高く、砂地で泥はほとんどあり ません。それから②の点はほぼ砂地で、③の点に行くと今度は泥地になってきます 。 大田区側は ほとんど泥地です 。 標高が低くなってそれから川の中流へ行くとやや高 < なる 。 そういう特徴が あります。砂地のところはこんな感じで、海側の場所です 。 それから中間点は砂と泥がやや混じっ たところで 、 ヨシが入らずにいるところです 。 そういう場所が②の所です 。 ここではシジミを採っ ている市民の方が大勢いらっしゃいます 。 ここはトビハゼの生息調査を行った場所ですが、泥の 場所です 。 川崎側ですと、泥場の干潟ということで 、 スタッフと一緒に歩きましたが、ここまでで、 これから先はちょっとはまりそうだという感じです 。 「30 分で生き物を見つけよう調査 」 は、こんな感じです 。 参加者はスタッフが 27 名 、 集まった 方が 50 何名で、全部で 83 名でした 。30 分で生き物を探そうということで 、 ヨシのまわりとか、 砂地の中とか 、 岩の下とか 、 泥の中とか、いろいろな場所を、それぞれの人たちが思い思いの場 所を探しました 。 それからゴカイ類、アナジャコ、いろいろなカニ 、 そういったものをすべての 人が見つけてくれました 。 定量調査というのは、泥を “ふるい " で振って、その中にいる生き物を 探すということを行います 。 それからシジミの調査はこういう形である一定の枠の中でシジミを 徹底的に大きいものから小さいものまで採って、そのシジミの大きさを計量します。室内に帰っ てから 、 それぞれシジミの大きさを計ったり 、 分からない生き物を調べたりとかをします 。 参加 された方にアンケートを送りまして、生物採取が面白いかどうかを聞きました 。 好きだから来る のであって 、 みんな面白いというのは当り前ですが。「30 分で生き物を見つけよう調査 」 はこん な感じで下流側の 1 班と 2 班 、 ①と②の点で、数が非常に多いことが分かりました 。 上流側では 少ないと、そういういう特徴がありました 。 それをもう少し 、 補足しますと、見つけた人が多かっ たのは 1 班で何を多くの人が見つけたかというと 、 ゴカイです 。 チロリ、ゴカイとかアラムシロ ガイ 、 そういうものを見つけました 。2 班の人はほとんどの人がヤマトシジミが多かった。3 班の 人はチゴガ二を大勢の人が見つけたと、それからヤマトシジミ 。 まあ、場所によって見つけたも のが微妙に違うことが分かります 。 それぞれの干潟は同じものではなくて違うのだと 、 いろいろ な生き物がそれぞれの場所にいるということが分かります 。 もう少し 、 分析をしてみますと、川 崎側の中流では節足動物のカニ類が非常に多いということが分かります 。 それから 、 一番生き物 が多かった①班、下流側の点は軟体動物の種類が非常に多かったことが分かります 。 これは二枚 貝だと思いますが、いろいろな貝がいました 。 これをそれぞれ環形動物と節足動物と軟体動物に 分けますと 、2 班の人はカニをいっぱい見つけた 、4 班もカニが多かったです 。 場所によってこの ように利用の状況が変わっています 。 一人が何種類見つけたかということと 、 探した人が増える とその種類数がどのように増えるか。いろいろな所にいろいろな生き物がいる所は大勢で探せば 種類はどんどん増えてくる 、 そういう性格があるのです。これでいいますと 2 班の人が、一人の
ときは 5 種類だったですが 、10 人で探したら 20 何種類見つけたということです 。 多分 、2 班の場 は砂場とか泥とか多様な場があって 、 多様な所にいろいろな生き物がいる 、 そういう干潟だとい うふうに特徴を整理できます 。 定量調査も同じように行いました 。 定量調査で見つかったのはホソイトゴカイが一番多く見つ かりました 。 次は、定量調査の結果ですが、下の種類数に見られるように下流側の地点が一番よ く、生き物の種類が多く見つかったということです。なぜかわかりませんが、下流側ほど多様性 があるのではないかというふうに感じられました。あと、シジミですが一番下流側の生物多様性 の高い所にはあまりいなくて、泥場といわれている③ 、 ④ 、 ⑤の所に非常に 4-5mm くらいをピー クとして多くのシジミがいました 。2cm くらいのやや大きめのシジミは多分 、 採られてしまって、 あまりいないです。しかし、その子供たちはしっかり、繋がっているということが分かります 。 まとめですが 、 まあ、気がついたらやっていることがアナゴとか、ハゼとか、海苔とか、シジミ とか、食いものに関することはいろいろよくやりました 。 二番目に河口干潟と一言でいいますが 、 距離がちょっと変わると生き物が違うということがわ かりました 。 下流側で今回、生物の種類や個体数が多いということで海の影響がやはり大きい 、 海が生き物を豊かにしているのだなという感じがしました 。 それから 、 多摩川の生き物がどうなろうと関係ないんだと私は思っていたのですが、ああやっ て実際に生き物を見てしまうとやはり気になって 、 生き物に対する親しみというものを感じるこ とができました 。 行った方は皆 、 そうだと思います 。 あとは市民参加についてですが 、 われわれ 素人がこうやっても 、 専門家の協力とか指導とかが得られるのであれば 、 かなり面白い結果が得 られるのではないかということを感じることができました 。 ということで終わりたいと思います。 5 東京湾再生に向けた横浜技調の取り組み : 諸星一信 ( 国土交通省関東地方整備局横浜港湾空港技術調査事務所 ) 私どもの事務所では、港湾関係の調査や 、 東京湾環境の修復とか 、 いろいろなことを行ってい ます 。 その中で環境については東京湾再生ということで 、 全体的なことを紹介させていただきた いと思います 。 私どもの事務所は、右上のほうが京急の仲木戸駅 、JR の東神奈川駅でございます けれども 、 横浜方面の一番奥 、 瑞穂埠頭のつけ根にあります 。 こんな感じで海に面した事務所で す 。 昔は、ここには横浜機械整備事務所というのがありまして 、 ここで港湾工事向けの船を作っ たり 、 修繕をしたりしていました 。 このあたりに桟橋がありますが 、 ここは昔、船の艤装用の桟 橋として使っていました 。 お話の内容ですが 、 1. 東京湾水質環境への基本認識 、 2. 水導入池などに関する事務所構内での活動、 3. 羽田周辺水域での環境調査、東京京湾の環境モニタリングの充実 、 4. 構内の干潟造成 5. 環境データの発信ということでご紹介したいと思います 。 まず 、 東京湾水質環境への基本認識ですが、皆さんご存じのとおり明治時代の埋め立てのため に干潟は大きく減少して 、 今では盤洲や三番瀬等にしか自然の干潟は残っていません。最近にな
りますと人工的に砂場 、 あるいは干潟 、 磯場が造られています。こうした中で今、話題になって いる多摩川の河口周辺から横浜市の海の公園にかけては 、 この間には干潟とか 、 浅場とか 、 人が 海に直接入っていけるような所は今のところ全くありません。 次に 、 東京湾への汚染物の流入ですが 、 これもいろいろなデータがあると思いますが、窒素の 流入負荷等 、 こういうデータを見ていると 、 統計ベースでは下水道が整備されたことで随分 、 下 がってきていると言われています 。 これは一例ですが水質の指標はどうなっているのか ? という ことです。このグラフ 、 一番左側は昭和 49 年ですが 、 例えば東京湾における指標類の動向推移を 見ると 、 思っているほど画期的に変わっているわけではないと言えます 。 赤潮 、 青潮なども発生 しますし、この写真は今年の夏 、 千葉港で発生した青潮の模様ですが、こういった形で依然とし て発生をしているという認識です 。 こうした中で、関東地方整備局では、関東地域の港湾の基本 方針というのを平成 18 年に作りました。この中にいろいろな項目があります。干潟については現 状 3160ha と書いてありますが 、 これを 600ha 増やそうという目標を立てて公表をしています 。 次に 、 私どもの事務所の中でいろいろな活動を最近になって行っていますが、そのいくつかを ご紹介したいと思います 。 こちらは海水導入池ということで、出来上がってからもう 3 年以上に なります。平成 16 年 3 月 、 昔は岸壁だった所に、地面を掘り下げ、海の水が入る池を造りまし た 。 自然観察活動や生物の観察を続けています 。 その前の水域でも生物のモニタリングを今でも NPO の皆さんに毎月行っていただいております。約 90 種類の生物が確認されております 。 この 写真にあるのは今年の 8 月に見つかりましたトビウオの稚魚の写真です 。 続いて、活動の一端ですが 、 今年の 5 月に池の排水を行い 、 掻い掘りをしまして 、 池にどんな 生物がいるのか 、 調査しました 。 ここは、海と直接繋がっていなくて、上にコンクリート部分が 図 4
ありますが 、 コンクリートとコンクリートの隙間から水がろ過されて流れ込む 、 そんな状況の所 です 。 そういう所に、こうして集めたハゼが 600 匹 、 ボラが 1 匹、それからエビとかカニとかも 狭い水域ですが、生息していました 。 これ以外にもオイスターガーデンということで 、 各地域帯 との連帯を図っています。これとは別にですが、非常に狭い範囲で事務所の前面の水域で広さが 6m × 6m ですが砂を撒いて覆砂をして 、 観察を行っています 。 その覆砂をした所ではアサリが大 変いっぱい採れて、私どもこのアサリを食べてみましたけれど大丈夫でした 。 けれどもやはり硫 黄の臭いがして 、 人様に勧められるほどではございませんでした。 次に少し話題が変わりますが 、 羽田周辺水域の環境調査は、工事が進められております羽田空 港 D 滑走路のアセスメントです 。 影響は少ないということにはなりましたが多摩川のような大き な河口地域に桟橋を造るというのは 、 あまり例がないということで 、 より詳細な環境調査を行う とアセスメントの中で位置づけられています 。 私どもはこれを受けて調査を行っておりまして 、 多摩川の下流 、 東京湾の物質循環とか 、 生態系だとかいうことですが 、 海水と真水が混じりあう 非常に複雑な所であるわけです。土砂が流れるとか 、 そういった中で、生態系の解明のために現在、 データを、水質とか生物まで含めたことを調べています 。 2 番目の事項ですが、多摩川河口域における生物調査です 。 これが 、 どういうふうに変化する かということが最終的に問題ですが 、 その前に現状の詳細が調べられていないので、いろいろな 調査を行っております 。 最終的にはこうした知見をもとに東京湾全体を調べたりとか、河口域の 環境保全に関する手法の提供を行うとかを将来的な目標にしています 。 調べているのは、底生生 物、地形物質、栄養環境、水質環境、、プランクトンなどです。この調査は私どもの調査ですが、 調査というと、だいたい資料が出てきて会議で議論して終わるということが多いのですが 、 それ に対するご批判の声があります。そのために大学の研究者や、NPO の方 、 それぞれ平等にやろう としています。調査は検討過程を公開しながら進めています 。 それから 、 鈴木さんの説明にあり ました市民の調査ということで内容を少し記しています。聞き取り調査によって 、 周辺水域の環 境と人のつながりについて 、 リレー方式で地元の方にお聞きしていくことにより記録していこう ということで、羽田周辺の釣り宿の船長さんなど関係者にいろいろ聞いて周辺の釣りの状況はど ういうふうになっていましたかなど 11 月にシンポで発表する予定です。 6 神奈川口構想について:林秀明 ( 神奈川県企画部京浜臨海部活性推進課長 ) 多摩川河口の自然を考えるシンポジウムで神奈川口構想について報告する機会をいただきまし た。今日は、この構想の背景にある神奈川県や川崎市の思い、考え方を中心にお話ししたいと思 います。 京浜臨海部は 100 年にわたって日本経済を牽引してきた地域であります。この歩みは日本の近 現代史そのものであります。一方で、この 100 年は埋め立てや公害という環境破壊とそれとの戦 い克服の歴史でもありました。産業の集中が、公害の発生などの問題を顕在化させると、大都市 から工場を追い出してしまえという政策も取られました。工場制限三法に代表される国の政策で す。神奈川県や川崎市の主張・政策は違います。生産機能、ものづくり機能を大切にしながら環 境を創造しようとする政策です。この政策をやってきました。成果が出てきています。その政策 に羽田空港の再拡張・国際化で弾みをつけたい、それが神奈川口構想です。京浜臨海部を環境創
造型の未来型の産業拠点に転換させる、そのための政策だということをお話ししたいと思います。 (1) 公害防止条例 ~京浜臨海部で操業し続けるためのルールづくり~ 左側の図は明治時代の多摩川河口付近です。多摩川は六郷川と呼ばれています。大きく蛇行し ながら流れていますが、今よりずっと細い川です。左岸に「羽根田」という地名が見えますが、 その前面に、「羽根田洲」と呼ばれる前浜干潟が広がっていました。エビやアサリやアジなどが獲 れる豊穣な海です。 右側の写真が現在の姿です。河川改修で川幅を広げた結果、干潟が河口に入ってきました。河 口干潟です。おいしそうな大和シジミがたくさん取れる干潟です。アサクサノリも見つかってい ます。東京湾奥の西側に残る貴重な干潟です。 そうした、豊かな海や自然を傷つけ、犠牲にした経済発展は、当然、人間に対して牙をむきます。 公害の発生です。 神奈川県や川崎市は水質汚濁や大気汚染など公害の防止に対して、様々な先駆的な取組を行っ てきました。公害防止条例も全国に先駆けて整備し、昭和 47 年の川崎市公害防止条例は、我が国 における総量規制の草分けとして、高く評価されています。 皆さんにご理解いただきたいのは、公害防止の取組というのは、企業が京浜臨海部で操業し続 けるためのルールづくりだということです。企業がこのまちで操業を続けるために守るべきルー ルを作り、監視し、守っていただく、取組だということです。 (2) 工業制限諸制度と県と横浜・川崎による廃止への取組 もう一つの政策が取られます。国による工業制限諸制度、工場制限三法に基づく政策です。「工
業再配置促進法」、「工業等制限法」及び「工場立地法」のいわゆる「工場制限三法」は、産業や 人口の過度な集中や深刻化していた公害問題などに対応するため、昭和 30 ~ 40 年代にかけて制 定されました。これらの法律の下で、京浜臨海部をはじめとする首都圏の既成市街地における作 業場等の新設・増設を制限する一方、補助金交付などの優遇措置で工業の集積度が低い地域へ工 業の再配置を促進する政策が取られてきました。一言で云えば、京浜臨海部から工場を追い出す 政策です。 1984 年に、県と横浜、川崎の三団体で大都市産業問題協議会を作って、工業制限諸制度の影響 を調べました。立地企業にアンケートを取りました。企業は古い設備で頑張っていました。工場 を新しくすると作業場面積を減らさなければならないので、古いままで我慢していました。工業 制限諸制度、これは京浜臨海部の産業高度化を妨げ、環境への負荷をかけ続けるための政策でし かないということがわかりました。三団体では産業の高度化の方向性をまとめて、制限諸制度の 廃止を要望します。 平成元年 1989 年に、県と横浜市、川崎市の三首長懇談会でものづくり機能を核にした高度技 術複合地域、テクノコンプレックスを目指すという方針が確認されます。平成 8 年 1996 年に三 団体で取りまとめた「京浜臨海部の再編整備に関する基本方針」、平成 16 年 2004 年に三団体に 経済・労働界が加わって組織した京浜臨海部再生会議で合意した報告書「京浜臨海部の再生に向 けて」においても、この方針は貫かれています。 2002 年に制限法は廃止されます。再配置促進法の廃止は 2006 年です。立地法も緑の確保を個々 の工場に義務付けではなく、臨海部全体の中で確保できるように、要望してきましたが、それに沿っ
た形で改正されました。 (3) テクノコンプレックスをめざして テクノコンプレックスですが、三首長懇に大都市産業問題研究会から報告した中に、二つ大き な方向が示されています。一つは生産基地から研究開発地域へという方向です。もう一つは国際 水平分業が進行する中で、京浜のポテンシャルを活かすという方向です。 テクノコンプレックスをめざして、県、横浜、川崎協調して、施策を進めています。臨海部か らちょっと離れていますが、かながわサイエンスパークを県と川崎市が共同して創設し、理化学 研究所を県と横浜市が協力して誘致しました。さらに、民間のサイエンスパーク THINK もできま した。 工場も研究開発拠点としての機能を高めています。もちろん、県も応援をしています。インベ スト神奈川、産業集積促進のための助成や融資です。京浜臨海部では日本ゼオン ( 株 )、新日本石 油精製 ( 株 )、味の素 ( 株 )、旭硝子 ( 株 ) などが助成制度を活用して、研究施設や生産施設の整備 を行っています。JFE スチール ( 株 ) の新型シャフト炉は CO2 の大幅な削減効果が期待されてい ます。 京浜臨海部の製造業、事業所や従業員は減っていますが。製造品出荷額でみると、もの作り機 能は高い水準を維持しています。 (4) 神奈川口構想と環境創造型テクノコンプレックスの形成 神奈川口構想は、羽田の再拡張国際化を京浜臨海部など都市の再生に結びつけるためのプロジェ クトです。 羽田の再拡張は、都市再生のプロジェクトとして、小泉内閣のもとで、平成 13 年度に決定され
ます。都市の国際競争力の強化が目的です。ですから、空港を都市と結びつける仕掛けがあって の羽田再拡張国際化です。その神奈川からの提案が神奈川口構想です。 多摩川をわたる羽田側との連絡路を整備し、羽田の対岸地域に交流拠点を作るという構想です が、それが京浜のものづくり機能の高度化、テクノコンプレックスの形成にどうつながるかがポ イントです。 先ほど、テクノコンプレックスのところで、国際水平分業が進行する中で、京浜のポテンシャ ルを活かすと申し上げました。国際分業の中で、かつての日本は原材料を輸入して、製品を輸出 していました。今は、製造工程を様々に分割して、国境を越えた分業を展開しています。分散し た分業を結ぶサービス・リンク・コストが大きいと生産プロセスが丸ごと海外に出ていってしま う。とくに部品や製品の迅速な輸出入が決め手です。そのためにコンテナなどでスピード化を図る。 京浜三港で整備が進んでいます。 それに、空港内の国際貨物ターミナルが加わる。神奈川口の連絡路によって、海と空の物流拠 点が結ばれる。企業は国際分業の中で戦略的に重要な部門を残していくことができます。高度化 にはずみがつきます。 また、水平分業の中でアジアに生産拠点が展開していく場合、環境の技術が不可欠です。川崎 には、公害を克服した環境技術の蓄積があります。阿部市長は、神奈川口を世界の環境問題解決 に貢献する地域にしたいと言っています。市の環境総合研究所の立地も検討されています。都市 と産業の共生についての国際貢献の拠点です。 京浜臨海部をこれまで支えてきた素材系産業にも、国際空港に隣接する都市に相応しい、より 競争力の高い、より安全な、よりよい環境を創造するコンビナートを目指す動きが始まっています。 ( 註 本年 1 月 23 日、立地企業を中心に、県、横浜市、川崎市が加わり「京浜臨海部コンビナート 高度化等検討会議」を立ち上げました。) 羽田の再拡張国際化の工事が進み、神奈川口構想が具体 化する中で、京浜臨海部が環境創造型の未来型の産業拠点へと変貌を遂げつつあります。神奈川 口構想が、多摩川の自然を次世代に残そうという皆さんの思いと重なるものであることをご理解 いただければと思っています。 7 戦略的環境アセスメントについて : 村山武彦 ( 早稲田大学教授 ) 30 分の時間をいただきまして、戦略的環境アセスメント 、 それに関するお話をしていきたいと 思います 。 皆さん、よくご存じだと思いますが、環境アセスメントは日本ですでに長い歴史を持っ ています 。 こちらの川崎市は全国で初めてこの制度を条例としました 。 そういう意味では非常に 先進的な取り組みをしている地域なのですね 。 ただ 、 これまで行われた環境アセスメントは幾つかの課題があると、従来から指摘がされてき ました。その一番大きな問題、課題はこちらのスライドにありますように 、 これまでの環境アセ スメントは事業がほとんど決まってから行われる 。 例えば今回の話であれば 、 ここに道路を造る 、 道路の車線は何本である、どれくらいの価格であるか 、 そういったものがほとんど決まってから アセスメントをする 。 それによって出てきた結果でかなり影響があると、環境に影響があるとい うものについては対策をとりましょう 。 それが日本で行われてきたアセスメントだと、言われて おります 。 しかし 、 皆さんすでにお感じになっていると思うのですね、そういった段階でアセス
メントをやってもどういう意味があるんだと 、 ほとんど変わらないのにちょっとした対策をとる だけで 、 どういう意味があるのだろうかと 。 そういったことは随分以前から指摘をされてきたわ けです 。 さらに 、 単に事業レベルだけではなくて、もう少し計画段階あるいはもっと早い政策段 階 、 先ほどのお話にもありましたが、さらには法律ができるかどうか、そういった段階でも 、 よ くよく考えてみると環境に対する影響はある程度考えられるのではないか 。 むしろそういった段 階で影響を考えて、より環境に優しい 、 あるいは地域にとってよりよい形の計画や政策は作れな いのか ? そういった課題が出てきているわけです 。 さらに、比較的アセスメントに適応されるの は規模の大きな事業が多いのですが、例え小さな事業であってもそれが多く集まってくると、地 域全体としてはそれなりの影響が出てくる 。 特に地球環境などを考えれば、そこにあるからとい うだけではなくて、地球全体に影響を与えるわけですので 、 そういった蓄積された影響について ももっと考えていく必要があるのではないのか 、 そういうことが言われています 。 これをまとめ て一つの言葉として言ってしまえば 、 その都市あるいは地域がこれからどういうふうに伸びてい くのか ? それを十分に考慮していく、成長管理という言葉があります。そういったことを考える 上で 、 非常に重要な観点だと言えると思います 。 これまでの環境アセスメントは具体的な対策を とるという意味ではそれなりの効果がありましたが 、 もっと早い段階でより以前の計画とか政策 という段階で適応するということがなかったわけです 。 そういう意味で 、 私の講演内容にもあり ますように、少しこれまでとはタイプの違うアセスメントが必要ではないかということが考えら れています 。 この図は、意思決定のプロセスで地域で何か政策が決まったり 、 計画が決まったりする 、 そう いった決定プロセスを絵にしたものです 。 例えば 、 今回のテーマであれば神奈川県とか東京都と か 、 あるいは多摩川といったそういった地域全体の基本的な政策がある。羽田空港も入ると思い ます 。 そういうものについていくつかの計画があって、川崎市の計画、あるいは神奈川県の計画、 東京都の計画もある 、 さらには多摩川の保全計画というのもあります。そういったものに基づい て 、 より具体的な事業が決まってくる 。 その一つが今回構想をしている連絡橋ということになる のかもしれません 。 これまでの環境アセスメントではこの中のこの最後の段階 、 事業がほとんど 決まったこの段階で実施されています 。 この分野では事業アセスメントというふうに言っていま すが 、 こういった段階で行うのが日本で従来行われてきたアセスメントです。しかし 、 先ほどお 話したようにもっと以前に 、 同じような考え方でアセスメントはできないか ? そういうアセスメ ントをこの分野では戦略的アセスメントと呼ばれています。もともと外国から入ってきた概念で すので英語では strategic という言葉が使われています 。 それで戦略という言葉を使っているので࿑㧡 ᚢ⇛ࠕࠬࡔࡦ࠻ ╷ ⸘↹# ⸘↹$ ⸘↹% ᬺ# ᬺ$ ᬺ% ᚢ⇛ࠕࠬ ⸘↹ࠕࠬ ᬺࠕࠬ 図 5 戦略アセスメント
すが、これは環境保全という点ではちょっとふさわしくない言葉ですが 、 言わんとしていること は、事業でアセスメントを実施するのではなくて 、 もう少し前の、計画あるいは政策というもっ と前の段階から、アセスメントを戦略的に適応していきましょうということです 。 それによって、 よりよい地域の政策や計画を考えていこうというのがこの主旨です 。 以前から 、 日本でも計画ア セスメントという言葉がありました 。 これがこの絵でいくと真ん中の絵なのですが 、 実は神奈川 県や川崎市は比較的早い段階でこういう枠組みを行ってきたという経緯があります 。 それでは、 戦略的な環境アセスメントをどのように進めていくのかということですが 、 国際的なアセスメン トの学会で用いられている定義があります 。 目的として 、 決定を行うできるだけ早い適切な段階 において、もちろん環境への配慮ということも考えますけれど 、 同時に経済的あるいは社会的な 配慮ということを総合的に考えよう 。 その上で適切な対策がとられることを狙っているというわ けです 。 少しアセスメントの手続きに沿って、この戦略的アセスメントの考え方についてお話をしたい と思います。環境アセスメント、現在行われているアセスメントも同じですが 、 最初にアセスメ ントを行う対象を決めます 。 これまでですと 、 何か道路を造ったり 、 港湾を整備したりというよ うな事業がまず決まります 。 その上で 、 どういう観点からアセスメントを行うかということがこ の段階です 。 これが検討範囲の絞り込み 、 あるいはスコーピングという言葉が使われていますが、 ここでどういう観点から評価するかということが決まります 。 その上で、現在の環境の調査を行 い、対象になっている事業が将来行われると、どういう影響が生じるか ? この予測をした上で最 終的に評価をして 、 実施に入るということが、従来進められてきたパターンになります 。 これを 戦略的環境アセスメントに適用するとどうなるかということを 、 すこし右の方に示していきたい と思います 。 最初の対象は、事業アセスメントはすでに行っていますので 、 もう少し前の施策あるいは計画 のレベルでこういったアセスメントを適用する 。 さらに二番目の 、 検討範囲の絞り込みという問 題では、まだ事業の内容がそれ程固まっていません。橋を作るか 、 あるいはどういうタイプにす るのか、まだ決まっていない段階です 。 そうするといろいろなことが考えられるわけです。中に は何もしない 、 外国ではノーアクションというふうに言っていますが、事業を実施しないという 案もありえます 。 そういった 、 どういう案についてこれから考えるかということがこのあたりで 出てきます 。 社会 ・ 経済的な側面も含めて考える 、 これが戦略的なアセスメントの一つの特徴で す。これについてはまた後でお話をしたいと思います 。 さらに 、 現況調査をした上で 、 計画とか 政策の段階でアセスメント予測を行うとすると 、 これまでのようにあまり事業の内容が決まって いません。仮に橋を作るにしてもどういうものを作るのか決まっていない 。 そうすると、どうい う影響が出てくるのか、あまり分からないわけです 。 これまでのアセスメントでははっきりと事 業が決まっているので、予測がしやすい 、 非常に技術的にやりやすいわけです 。 ところが戦略的 アセスメントになりますと 、 まだあまり内容が決まっていないので 、 そんなにはっきりとした予 測はできない可能性がでてきます 。 ですから、これまでのように数字で表すような予測はもしか すると出来ないかもしれない 。 だけど 、 それでもいいわけですね。とにかくこういった段階で、 予測をしていこう。それを最終的な評価に反映させようということが 、 こういうアセスメントで は目指している、あるいは目指されているということです 。 そういう意味で、最終的にはこういっ