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近代の超克 -インド社会から見えるもの-

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Academic year: 2022

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(1)372. 社学研論集. V。 l. 10 2007年9月. 研究ノート. 近代の超克 ‑インド社会から見えるもの‑. 阿 部 守 利* 摘するように日間律である(1)それ以前は三角 はじめに. 形の頂点に位置する支配者が統治する全体主義. 「見えるものは一時的であり,見えないもの は永遠に続く。」(聖書Ⅱコリント4.. 的社会である。 したがって,前述の表現のよう 18日に. に「森」全体を見る社会であり,そしてその. 見えるものは,見えないものによってなりたっ. 「森」は神と表現することもできる。. ている。 この見えないものを本稿ではインド社. 代とともに崩壊していくのである。. 会を例にあげ,考察していく。. 産業革命他の様々な事柄が挙げられるが,根本. 近代という時代そのものが終幕しようとして. においては人間精神の変化にある。. いる。時代を大きく分けるならば,近代を中心. 中する精神,つまり思いの方向が「森」にでは. にそれ以前とそれ以後に分けることができる。. なく,「木」(自分とも表現することができる). 一言で愉えを持って説明するならば,近代以前. に向かってしまい,ついには自己中心的な考え. は,「森を見て木を見ない時代」,近代は「木を. すらも是とされ,効率中心の競争原理が最高の. 見て森を見ない時代」,近代を超克した新しい. 善とされるに至った。. 時代は,「木と森の両方を見る時代」というこ. この原理が行き詰った社会が現代であり,時. とができる。 われわは,この時代区分の中で,. 代は日岡律から相互律へと転換していく。. 「木」と「森」の両方を見,さらに両者を繋ぐ. て今後は即非律的世界へと移行していくであろ. 研究をしなければならない。. 即ち異質のもの,反対のものが一致してい う。. ければならないのである。. 新領域の創成しな それには原点回帰. (zuGrandegehen)への社会哲学的考察が不可 欠である。. それが近 その要因は. 香,その集. く世界である。 キリスト教学でいう「反対者の 一致」(2)ィェス・キリストの言葉でいうなら. ところで,キリスト教学でいう「エデン」の. ば「敵をも愛する」ところの社会の実現である。 これを信仰の世界だけに限定し,現実と分けて. 原語(ヘブライ語)の意味は,「土台」である。. 考えてはならない。. この原点への回帰こそが新しい時代の原理にな. 葛したと言える。. るであろう。 近代の特徴は難波田春夫先生が指. 言葉は実践されなければただの言葉にすぎな. そのような時代はもはや終. *早稲田大学大学院社会科学研究科 博士後期課程1年(指導教員 田村正勝). そし.

(2) 近代の超克. 373. ギリシャ語の「ロゴス」はヘブライ語の い。. 統計が正確でない国であるため,それは定 る。. 「ダーバル」が土台にあり,行動という意味が. かではないが,現地で調査した結果はその程度. 含まれている。 これが本来の「言葉」の意味で. であった。しかし,インドでは衣食住に係る基. あり,「行動」と「言葉」は同じ語源を持つ。. 本的な生活費用を数値で表すことが不可能な国. 新しい時代の原理は「一致」,「連帯」である。. でもある。なぜならば,市場経済が支配してい. 異質のものが一致・連帯するところの高度な共. ないからである。 勿論,ルピーという通貨はあ. 同体社会の実現である0. るが,貨幣を通して交換される物資は限られて. これは日本語では「共. 助」(3)と表現することができるが,共生社会は. いる。. その具体的な表現であり,その時代精神は益々. 特に農村社会は,家族,親族の集合体であ. 色濃くなっていくであろう。. このような視点に. り,お金を媒介としない社会である。. それゆえ. 立って,インド社会を考察しながら,近代の超. に,マザーテレサの詩に記されている「パンを. 克原理を考察していく。. 分ける」という表現が使用される。. 「分け合う」. ことはインドの共同体社会では当然の行為であ 社会・風土. 身寄りのない人々には,出合った人がパン る。. さて,アメリカ人の子供1人が生まれてから. を分け与える。そこに経済を超えた美しい共同. 6カ月間に使うエネルギー資源は,平均的なイ. 体精神が生きている。 一般の人々は食べていく. ンド人が一生涯かかって消費する量より多い。. のに精一杯であるが,自分の空腹だけを満たす. 地球環境の視点より見るならば,アメリカ人は. のではなく,隣人と分かち合う精神が生きてい. 大きな罪を犯している。. 近代化された社会に失われてしまった精神 る。. 日本人も同様であり,. 自ら生活スタイルを変えなければならない。. 部. 的な豊かさが存在している0. パンを分ける相手. 分最適が有限な地球環境の中では全体最適を侵. に出会うことを求めるような人格的な豊かさが. してしまうことがある。 一方,人口が急増して. 備えられている。 これが現実であり,合理性だ. いるインドも好ましい状態にあるとは言えな. けを追求する「近代の精神」からは考えられな. この現実を直視する意味で,カルカッタの い。. い光景である0. 地で身を捧げたマザーテレサの詩は大変興味深. ところで,動物にとって水は大切なものであ. い(4). 人間の肉体の70%程度は水分であり,それ る。. この「自分より他人を」という詩は,インド. ゆえに,人は水を求める。. インドに の実情を知る人には,大変意味深い。 はどの町にもホームレス(路上生活者)があふ. 給されなければ,人は生きられない状況にな. れている。カルカッタ,ムンバイ(旧ボンベ. える行為は非常に重大な行為となる。. イ),デリー等の大都会の光景が目に浮かんで. で人は水を求めて歩き回る。. また,インドで太っている人を見出すの くる。. 「飲み物を与える相手を探す行為」は,思惟の. は大変難しい。空腹状態の人が沢山いる。 2食で,その食費は日本円換算で50円程度であ. 1日. 3日間程度水分が補. 水はまさしく命であり,その水を相手に与 る。 砂漠の中. のどが渇くとき,. 産物である市場経済の原理(競争原理)では考 えられないことである。.

(3) 374. しかし,現実に貧しいインド社会ではそれがした時間が流れている。 われわれ日本人のよう 存在している。 そこには理屈はなく,人間に相. なせかせかした動きをする人を兄いだすことが. 手の状態や気持ちを理解できる豊かな感受性が 街中にラクダや牛がゆったりと動く できない。 備わっているとうい理由であろう。. 光景を見るが,人の動きも同様にゆっくりであ. 確かに外国人がインドで水を飲むことは,衛る。 犬も多くは放し飼いになっているが,その 生面で危険である。 しかし,現地の人はそれを. 動きも日本の犬とは違いゆったりしたものがあ. 飲むことができ,外国人はインド人よりひ弱と このようなゆったりとした社会環境は今は る。 言える。 文明が発達した社会の中では,人間は 日本のどこにも存在しない0 便利さやスピード を追い求めたあげく,人は逆に不便で忙しい生 ひ弱になるということがここに証明される。 そ 活を強いられている。 文明の持つ二面性であ れが身体のみならず,分け与えることを損と考 合 原点に立ち帰って,近代化がもたらす弊害 える社会では,精神までひ弱になっていく。 る。 理性を追求すると,社会は冷たいものになって を考えてみなければならないと思う。 人格が無視されていくからで いくのであろう。. さて,インド南部は赤道直下にあり,寒さを. あり,人の価値を金額換算するような社会は, 感じることはない。 一方,北部はヒマラヤ山脈 非人間的な社会となる。. に近く,朝晩の冷え込みは大変厳しいものがあ. 食に関しては,インドは菜食主義の国であ. 「寒さを感じるとき,暖めてあげる相手に る。. り,確かに貧しい社会ではあるが,暖かい国で 出会わせてください」と言える日本人がどれく あるゆえに,1年中大地から食物が産出され,らいいるであろうか。 インドの路上に寝泊りす 租食にさえ耐えられるならば,人は共存するこ るホームレスの人々を見ると,この言葉の真実 そこに乏しさを分け合う精神が健 さが身にしみてよくわかってくる。 かばい合う とができる。 全に働いていればである。 日本のように四季が. ようにして毛布にくるまっている姿は,日本人. 明確にあり,これに順応していかなければなら には特に強烈な印象を与える。 子供も母親も老 日本のように ない社会は,見方によってはインドより厳しい 人も身を寄せあって生きている。 変化に順応するには人間 と言わざるをえない。. 子供部屋に鍵がかかって一人でテレビゲームを. 側の努力が必要となる。. しているような光景はこの国には存在しないの. インドでは,路上で数人が集まり,なにごと であろう。 靴磨きの道具すら買えない10歳前後 熱い かささやき合っている姿をよく見かける。 の子供達が,路上で布きれ1枚を持ち,客を探 彼らは今日生きる糧のた釧こ精 日中に天日にさらされることは大変つらいこと し回っている。 自分のためにではなく,小さ であり,木陰に宿る習慣が自然と身についてい 一杯生きている。 明らかに,時間に追わ るからなのであろう。. い妹や弟のために,病身の母親のために働いて. れ,生産や販売のノルマに追われている市場経 但し,そのような家庭は父親 いるのであろう。 済の中にどっぷりとつかっている日本とは全く がいない場合が多いようである。 父親が仕事を 状況が異なる。. 持ち,給料をもらえるような生活をしている家. そこには,自然の流れにそった,ゆったりと 庭は,アパートを借りることができる。 しか.

(4) 近代の超克. 375. し,父親が失業し,またアル中になり,罪を犯. 界大戦後に日本が選択した富国オンリーのシ. して刑務所に入っているような家庭では,子供. ナリオを採用することはないということであ. 達は必然的に都会に出てストリートチルドレン. 確かに米国のシリコンバレーのようにコン る。. としての生活を余儀なくされる。. そのような家. ピュータの技術者を集め,ソフト開発等を集中. 庭を支える福祉財源をインド政府は持ち合わせ. して行っているバンガロールのような都市も存. ていない。カースト制は歴然として長い歴史の. 在している。しかし,それはインド全体から見. 中で,国を治める為政者の手段として残存して. るとごく限られた地域である。. 特に地方には今も色濃く残存している。 いる。. は非常にゆっくりとしたペースで進むに違い. この国の観光地とは王様が住んでいた城や王妃. 但し,熱帯地域では,暑さゆえにコン ない。. の墓等である。 世界遺産に指定されているター. ピュータや自動化技術が発達する必然性があ. ジ・マハル等がそれであるが,インドの人々は. 暑さゆえに,特に日中は人間が労働できる る。. 王様の生活見たさにそこに集まって来る。. これ. インドの近代化. ような状況にはないからである。. はカースト制が歴然と存在している証拠でもあ. 10年以内にインドの人口は中国を追い越すと. る。. 推定されている。 それは豊かさからではなく,. インドにはヒンズー教,イスラム教,仏教, キリスト教等様々な宗教が混在している。. 貧しさゆえに起こることである(5)労働力不足 それ. も支配者の思想により,また地域により,少し ずつ異なっているようである。. 宗教には,国を. や宗教による影響が強い。 特に今後はイスラム 教徒の数が増えていくものと思われる。. イスラ. 1日5回祈る. ム教のモスクの数が増えている。. 統治する手段として上から強制している面が確. 習慣が徹底しているこの宗教は,家族,親族の. かに存在する。 民族にはそれぞれの歴史があ. 宗教であり,更に民族宗教となる。. り,もともと最初は少数の家族,親族,すなわ. は,一部のテロリストが巧みに利用しているよ. ち血縁,地縁の中から共同体を秩序づける手段. うな過激な神ではなく,旧約聖書に表現されて. として宗教が生れてきた。. いる偉大な力ある唯一の神である。. 四大文明の発祥地の一つであるインドは,長. ために為政者が利用していく。. い歴史の中で大国の力に支配されながら生き続. 外見からでも区別される。 これは制服のような. けてきた。オランダ東インド会社の支配した痕. ものでもあり,支配者の側からの論理が働いて. 跡が色濃く残っている。 ペルシャ文化,イスラ. いるゆえであると考えられる。. ム文化,古代ユダヤ文化等の影響も強く受けて. は宗教と政治を切り離して考えることはできな. 釈迦が菩提樹の下で悟りを開いたガンジ いる。. 今後も宗教による人の管理(区分化)は継 い。. ス川上流には,今も宗教のメッカとしての雰囲. 続されていくに相違ない。. 気を漂わせている。 ゆったり流れる時間の中. さて,人はまず衣食住が満たされなければ生. で,インドはどのように近代化をはかるかは未. 活ができない。 衣は,常夏の国ではあまり必要. 知であるが,ただ言えることは,明治維新以後. としない。食については近隣から大地の産物が. の日本がたどったような道,とりわけ第二次世. 容易に手に入る環境下では,お金によってそれ. 神アツラー. 民族統一の. イスラム教徒は. インドにおいて.

(5) 376. を入手する必要性もない。 雨季と乾季のある常. ルビニズム)は神と結びついているが,インド. 夏の国では,野菜や果物等の天然物が豊富に入 も同様である。 日本の江戸時代の身分制度は 手できる。 すべての食をお金で買う必要はな. 「上」に結びついていた。 いずれにせよ,選び. く,家族からは勿論,親族や近隣からも分け与は上からくるものなのであろう。 えられる慣習がある。 多く持つ者は持たない者. 一方,インドの都市部ではこのカースト制度. 農 これに代わ に分け与えるのが当然の行為となっている。 が崩れてきているといわれている。 産物を独り占めしたところで,なんの意味も存 り,お金による身分制度ができあがりつつある 在しない。 腐らないうちに分配するのが当然の ようでもある。 路上生活を余儀なくされている 行為なのであろう。 しかし,お金を媒介すると. 人々から,豪邸に住む人々まで様々な生活様式. お金が大変重要な意味を こうはいかなくなる。. が存在する。. もってきて,やがてお金が交換のための手段と 宗教 しての役割を超えて,日的化してしまうように お金による価値の転倒が起こり,お金が インドはヒンズー教の色彩が強い国である。 なる。 人を支配する。. 80.5%がヒンズー教徒である(2001年国勢調. インドの住はどうであろうか。 昼間の気温と. 査)0 ここには上下の階層の区分が明確に存在. 夜の気温が殆ど変わらない地域においては,屋 している。 王様やその王様に仕えた動物すらも 外で寝ても支障ない環境である。 夜になれば都. 神様になっており,礼拝の対象とされている。. 市部ではホームレスの人々(日本とは違い子供 象は幸福をもたらす神として敬われている。 そ や女性が多い)が路上のいたるところで寝てい の中でイギリスやスペイン,ポルトガル等から 家族単位で寝ている。 集団 る光景にぶつかる。. 伝えられたキリスト教はどうかというと,全人. の連帯意識も生れ,恥ずかしさもやわらぐので 口の2.3%のマイノリティである(2001年国勢 住については,日本の環 はないかと思われる。. カースト制の中で,キリスト教信仰を 調査)0. 境と大きく違うため単純に比較をする訳にはい 表明する者はアウトカーストになってしまうの それゆえに,高いカーストにある人 かないが,雨露さえしのげれば,という視点にであろう。 たてば,住を得ることはインドの方が遥かに容 がその信仰を表明することは難しい。 カースト 香,住の必要性が日本と比べそれほ 易である。. に入れない人々の中からキリスト者が生れてく. ど高くない。 日本社会ではすべてがお金に換算 るのが現実のようである。 インド社会には されて価値判断されてしまう。. そもそもすべての宗教は天国や極楽を所望し. 今のどうにもならない苦しみからの解 お金以外の精神的な価値が存在している。 ている。 また,カースト制が歴然として存在してい. 放欲求がその根底に存在している。 これが宗. 先祖の職業を子孫が継承していく。 職業 る。. 教の根底にある。 すべての人は苦しんでおり,. によってカーストが形成されており,そこに 人々の地上の生活は,生老病死の輪廻と認識さ それが社会秩序の安 は「選びの思想」がある。. れる。 人はなぜ生まれるのか,なぜ生きるの. 定に結びついている。 西洋流の選びの思想(カ. か,なぜ苑ぬのであろうかと,実存について探.

(6) 近代の超克. 377. く考えざるを得なくなる。 そこが,宗教の原点. ツがあることは明確である。. そうして神の概念が生れ,人間観,救 である。. フェニキア地方(現在のシリアの地中海沿岸地. 霊観が確立されていく。 究極的には,永遠の生. 方)にあると言われている。. 命の問題になり,永世への希望に生きる生き方. ているセム族がその始原である。. を教える思想が登場してくる。. 「神,罪,救い」. 文字のルーツは. 旧約聖書に記され イスラム教徒. は,この世の「生」はかりそめであり,最後の. の思想であり,為政者は社会を秩序づけるため. 審判とあの世(来世)の生活の存在を信じてい. に,宗教も利用する。 この世の苦労は来世で報. 厳しい現実の中では,当然希望を来社に置 る。 し. われると教え,苦役に耐えさせるのである。. く思想が生れてくる。 インドの宗教は実にミッ. かし,本来の宗教は神と人を「再び結ぶ」(re. クスしており,ヒンズー教は土着宗教とイスラ. noする)所にあり,個人的には肉体,精神,. ム教や古代ユダヤ教等との総合的な混合体であ. 魂のバランス化させること,そして家庭,地域,. るとも言える。 恐らく,言語の発祥の地である. 国家を大家族のようにリンクさせ,平和(秩序. フェニキアから,聖書に記されているノアの子. の静けさ)を保たせることに目的を置く。. 宗教. 孫であるセム,ハム,ヤペテのセム族の末商で いずれにせよ,イ. の行き着くところは,平和であり,究極的には. はないかと推測されている。. 神との平和を基にした人と人との平和である。. ンドは中東の影響を強く受けている。. 人間同士は神の子供としての兄弟であり,平和 おわりに. の梓で結ばれると説くのである。 インドにはイスラム教徒が13.4%存在してい る(2001年国勢調査)0. インドはバイオ大国でもある。. インドの大方のイスラ. 石油資源に頼. らず,バイオマスを利用したエネルギー開発も. ム教徒はテロリストのような過激な思想を持っ. 手がけている。これは今日に始まったわけでは. ていない。年に1度は聖地メッカに巡礼に行. なく,石油を利用した化学産業が発展しなかっ. き,9月から10月にかけては40日間の断食を行. た代わりに,昔ながらの自然を活用した生き. い(これをラマダンと呼ぶ),1日に5回の祈. 方,生活の仕方を続けてきたからに他ならな. りと,金曜日の午後の礼拝を欠かさない人々が. インド人留学生の中には,バイオ分野の学 い。. 飲酒は禁じられており,豚は不潔な動 多い。. びをする人も多い。 これは,実際に自国に帰り. 物として認識し,食べない。. 実践ができるからである。 インドは農業大国で. これは預言者マホ. ある。 小麦生産量はアメリカに次ぐ世界2位で. メットが起源610年頃に神(アラビア語でアツ ラー)より啓示を受けたことに起源を持つ。. そ. あり,今後も農業はインドの主要産業として継. もそもイスラムという意味は,「まったき平安」. 続していくであろう。. の意味であり,聖書に記されているアダム,ノ. 10年後のインドの人口は中国を追い抜くと予. ア,アブラハム,モーセ,イエスを神の言葉を. 想されているが,食糧の一層の増産が必要にな. 伝える5大預言者とし,・最後の預言者をマホ. 人口,食糧,環境等の問題は,今よりもっ る。. メットとする教えである(6) 中近東からインドにかけて世界の宗教のルー. と深刻になるであろう。 今後のインド社会の動 向を占う鍵は,インド人の若い層がどのように.

(7) 378. 生きようとしているかにかかっている。 一つ言. 「主よ,私が空腹を覚えるとき. えることは,今後50年,100年の長い歴史スパ. パンを分ける相手に出会わせてください。 のどが渇くとき. ンの中で,インド社会全体は,ゆっくりとした. 飲み物を分ける相手に出会えますように。. イ 変化をしていくであろうということである。. 寒さを感じるとき. ンドは近代化を経ずして近代を超克していくに暖めてあげる相手に出会わせてください。 不愉快になるとき インド社会から日本を見ると,日本 違いない。 喜ばせる相手に出会えますように。 インドは決して の異常さがよくわかってくる。 私の十字架が重く感じられるとき 日本と同じような経済オンリーの道を辿ることだれかの重荷を背負ってあげられますように。 乏しくなるとき 人々が経済を超えた所に人間 はないであろう。 乏しい人に出会わせてください。 としての生きる道を見出しているからである。ひまがなくなるとき インドでは物の貧しさゆえにホームレスになる時間を割いてあげる相手に出会えますように。 人が多いが,日本では物の豊かさゆえに心の これが近代以前と ホームレスになる人が多い。. 私が屈辱を味わうとき だれかを褒めてあげられますように。 気が滅入るとき. 近代以後のコントラストである。. だれかを力づけてあげられますように。. 近代を超克する原理は,マザーテレサの詩の. 理解してもらいたいとき. 中に語られているように思われる。 当面は「自. 理解してあげる相手に出会えますように。. かまってもらいたいとき 助」を引き出すための「共助原理」がポストモかまってあげる相手に出会わせてください。 これは近代社会が ダンの主流となるであろう。 置き忘れていた原理である。 「近代の基本的特. 私が自分のことしか頭にないとき 私の関心が他人にも向きますように。. 空腹と貧困の中に生き 徴は合理主義であって,理性が宗教から解放さ そして死んでいく世の兄弟姉妹に 社 れ,ひとり歩きするようになった点にある。. 奉仕するに億する者となれますように. 会の危機は実にここに根ざしている(7)」. 主よ,私をお助けください。 主よ,私たちの手をとおして. 「主よ,私が空腹を覚えるとき,パンを分ける. 日ごとのパンを. 相手に出会わせてください」と言える社会が理今E]彼らにお与えください。 私たちの思いやりをとおして 想である0 主よ,彼らに 〔投稿受理日2007. 5.25/掲載決定日2007. 6.13〕 平和と喜びをお与えください。」 (5)沖浦和光1983『近代の崩壊と人類史の未来』 注. 日本評論社117人口増加のロジックを的確に表. (1)難波田春夫1982『危機の哲学』早稲田大学出 現しているので引用する。 「途上国における出生率の高さを解明できる。 版部23 1)唯一の富の資源である労働力(あるいは補助 (2)難波田春夫1982『国家と経済』早稲田大学出 労働力)を増やすことが,経済的にすこしで 版部327 も上昇する道につらなること。 そし,養育の (3)田村正勝2007『社会科学原論講義』早稲田大 ためのコストはきわめて低く(したがって乳 学出版部274 幼児死亡率は高い),教育費も比較にならぬほ (4)マザー・テレサ1992『マザー・テレサの祈り』 ドン・ボスコ社14. ど低いこと。.

(8) 近代の超克 2)国家による社会保障の普及度がきわめて低い ので,子沢山による大家族制度こそ,家庭の 安全を確保し,老年問題を解決する唯一の道 であること。. そして,そのような大家族制度. についての,伝統的,宗教的な信念。 3)医療と保健衛生思想が全面的には普及してい ないので,合理的な家族計画をたてて実行に 移すことが困難なこと。. このような理由を. もって,高い出生率が続いているのである。」 (6)吉田光邦1969『世界の宗教5イスラム』淡 交社77 (7)難波田春夫1983『社会哲学序説』早稲田大学 出版部54 参考文献 沖浦和光1980『近代の崩壊と人類史の未来』日本 評論社 『聖書』日本語(口語訳)1955日本聖書協会 『旧訳新訳聖書語句大辞典』1959教文飴 田村正勝2007『社会科学原論講義』早稲田大学出 版部1986『社会科学のための哲学』行入社 兼備隆進2004『よい社会とは何か』成文堂 難波田春夫1982『危機の哲学』早稲田大学出版部 1982『国家と経済』早稲田大学出版部 1983『社会哲学序説』早稲田大学出版部 マザー・テレサ1992『マザー・テレサの祈り』ド ン・ボスコ社 吉田光邦1969『世界の宗教5イスラム』淡交社. 379.

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参照

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