• 検索結果がありません。

義務教育における機会均等を 確保するための国の責任に関する研究

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2022

シェア "義務教育における機会均等を 確保するための国の責任に関する研究"

Copied!
15
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)【博士論文概要書】. 義務教育における機会均等を 確保するための国の責任に関する研究. 早稲田大学大学院 教育学研究科 金. 相. 奎.

(2) Ⅰ.問題関心 本研究の目的は、公教育制度の基礎的段階である義務教育の機会均等を確保するための 国の責任について明らかにすることである。 16 世紀から西欧の先進国においては、「すべて」の子どもに「均等な教育」の提供とい う理念のもとで公教育制度と義務教育が議論された。1852 年にアメリカのマサチューセッ ツ州を筆頭に欧米の先進国は 19 世紀後半までに民衆向けの普遍的な制度として近代公教 育を確立した。しかし、近代公教育は国家のイデオロギーの注入、特定階層向けという閉 鎖性、学校制度基準の不備などの限界があった。それで、性別や人種、社会経済的背景に よる教育格差が生じ、国民の教育を受ける機会の拡大には十分対応できなかった。 各国において第 2 次世界大戦後に確立した現代公教育は、次のような特徴がある。一つ は、すべての国民に等しく教育を提供することを前提として、これを実現するために国が 果たす責任や内容を法規範として明らかにしたことである。このような理念は国内法だけ ではなく国際的に承認した国際教育法になっている。もう一つは、思想・政治・宗教から 教育の中立性を確立することによって、教育を公共性が高い領域として位置づけたことで ある。さらに、教育の公共性を実現するために義務教育年限、義務教育の無償、教員の資 格、カリキュラムの標準化、教育財政の保障などを整備するとともに、国民に就学させる 義務を負わせることによって、社会経済的背景を問わず無差別的な教育を実施する条件を 確立したことである。 すべての国民に等しく教育を提供するという徹底した平等理念を持つ義務教育は展開 と発展過程において批判も少なくなかった。それは、親の教育の自由をめぐる問題や教育 の画一性、教育水準の低下などに関する批判であるが、これらの批判は近年において各国 が行っている教育改革の理念へ影響を与え続けている。 1980 年代以降、各国は社会の変動や様々な政治思想に基づいて教育改革を行った。これ については新自由主義教育改革として議論されている。教育改革における新自由主義は教 育の「選択・競争」と「民営化」の二つの戦略を持っている。この二つの戦略は、多かれ 少なかれ各国の教育政策に浸透しているが、必ずしも各国で共通した政策として実施され ているわけではない。 たとえば、イギリスは親が子女の学校を全国のどこでも選択できるように自由を幅広く 認めているが、公立学校の設置・運営や教育行政の運営管理に民間企業の参加を広げる民 営化政策は他の社会部門より限定的である。しかし、アメリカにおいて学校選択制は人種 1.

(3) 統合(マグネットスクール) 、社会的な差別の是正(バウチャー)、教育機関のアカウンタ ビリティー(チャータースクール、NCLB 法)などのように統合や効率を重視するモデル であるものの、公立学校の運営や教員研修などを民間企業へ開放・委託(チャータースク ール、NCLB 法)、公共財政による私立学校の就学(バウチャー)など民営化政策を広範 に設けている。 一方、日本では一部の地方団体が義務教育学校の選択制を導入しているが、 地域ごとの特性や条件に応じた規制された選択制であるがゆえに実際に学校制度の全体に 与えているインパクトは大きくない。また、民営化政策もイギリスとアメリカに比べて限 定的である。韓国における学校選択制は私立高校を対象とする選択制である。これは、国 の教育政策によって公立学校行政の一部分として扱われていた私立学校に対する自主性の 回復という側面が大きく、民営化のタイプも学校教育施設の改修や教育管理サービスの一 部に限定されている。 現代公教育と義務教育はすべての子どもに等しく教育を提供することを理念とする。し たがって、誰もが均質・均等の教育を受けられるように教育の機会均等に関する法律や学 校制度基準など教育条件の標準化政策を通じて国民の教育を受ける権利を保障してきた。 しかし、1980 年代以降に行われた新自由主義教育改革は学校制度基準を揺らぎ始めたこと で、教育の公共性の後退や教育格差の拡大などの批判を受けている。 日本も例外ではなく、1980年代以降の教育改革と2000年以降の教育分権改革について、 その適否と是非をめぐって二項対立が見られる。前者は、学校選択制の導入によって義務 教育学校の制度基準に揺らぎが生じたことについて議論した教育格差拡大論と教育改善論 の両論である。また、2003年から始まった財政の地方分権改革によって義務教育費国庫負 担金は引き下げられたが、後者はこの改革について議論した義務教育国家責任論と教育の 地方自治論の両論である。教育学においては、義務教育における教育の機会均等を実現す ることがもっとも重要な目標であって、国が設定した学校制度基準の維持や国が教育につ いて直接責任を果たすことによって教育の公共性・公平性が確保できると議論してきた。 したがって、新自由主義教育改革は平等・公平・公共性を損なうものとして批判的に捉え たことである。 しかし、教育学の議論については、次の二点が考えられる。まず、学校選択制批判論の 論拠となる教育格差拡大論は、 教育機会を確保する責任がある国の役割が後退した場合に、 教育が社会階層の影響に置かれて教育の不平等の深化あるいは教育格差の固定化が進むと 議論する。これに対し、現状の学校教育の問題として課題となっている教育の画一性・硬 2.

(4) 直性の是正、子どもの教育を受ける権利、子どもの教育の自由との観点はそれほど多くな い。 次に、義務教育費国庫負担金改革を批判する義務教育国家責任論は、これまで国による 教育条件の標準化政策や直接財政措置によって教育の機会均等が確保されたことを高く評 価する。しかし、国と地方団体との間の教育財政構造の再編は、 「地方の権限と責任を大幅 に拡大し、国と地方の明確な役割分担に基づいた自主・自立の地域社会からなる地方分権 型の新しい行政システムを構築」(経済財政運営と構造改革に関する基本方針 2003)する ための取り組みで、地方の裁量権を拡大して教育の地方自治の確立を目ざそうとしたこと である。 以上の教育学で行われた議論や先行研究を丁寧に分析したうえで、これまでに行われた 教育改革の動向について考察を行うとともに、変化してきた教育統治構造の下で教育の機 会均等を確保していく教育責任のあり方を明らかにすることは本研究の重要な研究課題で ある。. Ⅱ.先行研究の考察と本研究の課題 近代公教育の確立以降、教育は主として公立学校と私立学校の二つのタイプの学校によ って行われてきた。公立学校はカリキュラム、教員資格、教育財政などを標準化して地域 の子どもに無差別的な教育を提供するが、私立学校は選択・競争・自由に基づいて運営さ れている。しかし、近年の教育改革は「選択・競争」と「民営化」の二つ戦略を持つ新自 由主義の理念に強く影響を受け、画一性・平等性を価値とする公立学校の制度的基盤を突 き崩し始めた。公立学校と私立学校の二つの学校制度はしだいに変化しており、これらが 混合する第三セクターが出現した。たとえば、公立学校の設置・経営を民間に開放するタ イプ、私立学校の授業料を公共財政によって支援するタイプなど様々なタイプがつくられ たことである。 日本においては、1980 年代中葉以降に臨教審が打ち出した教育改革案を契機として教育 格差の拡大について議論が行われた(佐和 2003、苅谷 2006、藤田 2007、佐貫 2012 など)。 とりわけ、学校選択制についての議論は、制度の導入が広がった 2000 年以降に活発にな ったが、この時期には実証的な研究(嶺井他 2010、安田他 2010)や、経験に基づいた自伝 的な著書もあった(藤原 2005、若月他 2008) 。これらの研究は、新自由主義教育改革(主 に学校選択制政策)を批判するものもあれば(佐和 2003、苅谷 2006、藤田 2007、嶺井 3.

(5) 正也他 2010、佐貫 2012)、学校選択制を学校改善の方法として評価するものもある(黒崎 2003、藤原 2005、若月他 2008、安田他 2010)。また、権利論の視角で研究が多数行われ て、国の責任を前提に据えつつ、人権として教育を受ける権利のあり方を解明した研究成 果もある(憲法教育研究会 2006;渡部 2006;日本教育行政学会研究推進委員会 2013)。 なお、2006 年の教育財政改革による義務教育費国庫負担金の国庫負担率の引き下げにつ いて、21 世紀義務教育問題として俎上に載せて(藤田 2007、苅谷 2012)、その解法とし て義務教育国庫負担金の国庫負担率の引上げなどを主張する(横山 2010、三輪 2012)。教 育改革の是非をめぐって多数の実証研究が行われたものの、人件費の削減や定数崩し(小 川 2010)、地方の財政力格差による教育費格差の拡大(山本 2008、末冨 2012)など批判 論を裏付ける考察が多数を占めており、学校統廃合など教育運営の効率化の可能性をも指 摘する(斎藤 2011)。 しかし、以上の先行研究は国による学校制度基準が教育の機会均等を実現する最適な手 段として捉えて、学校教育の選択・競争を通じて得られる親や子どもの利益についての観 点は希薄である。また、地方自治を拡大することによって生み出される地域の個性は、さ ほど重要視しなかったとの問題点が指摘できよう。 本研究は、以上の先行研究で明らかにしなかった次の二つを中心課題とする。 第一に、義務教育における教育の機会均等の問題を明らかにすることである。現代公教 育の最大の成果は誰もが教育を受けられる大衆教育社会の確立であり、大衆教育社会の確 立は学校制度基準や教育条件の標準化など国が積極的に教育行政を実施した結果であるこ とは疑いない。ところが、1980年以降に行われた新自由主義教育改革は教育の市場主義と いう批判とともに教育格差の拡大など教育の公共性に疑問を呈した。新自由主義教育改革 についての批判は国際的に共通点を持つが、大多数の先行研究は日本国内の事例研究や理 論研究、アメリカやイギリスにおける教育改革の特徴を対象とするものが多かった。本研 究は、単一の国あるいは二か国の比較という研究視点をより広げて、多数の国を対象に義 務教育の展開や内容、新自由主義教育改革による国の役割変化を明らかにしたうえで、教 育の機会均等を確保するための国の責任のあり方は何かについて検討を試みる。 第二に、財政の地方分権改革による国の教育責任の変容と新たな教育行政の可能性を探 ることである。財政の地方分権改革によって国が負担する義務教育費国庫負担金は引き下 げられ、その分地方団体の一般財源が増えた。教育財政改革の前後にわたって改革の是非 をめぐる議論が活発化したが、これまでの教育行財政研究においては地方団体が行政主体 4.

(6) として地域の諸条件や特性を生かして地方自治を活性化していくことが教育条件をいっそ う改善するという視点は乏しく、義務教育の責任から国の後退、活動停止という評価が根 強い。しかし、時代や行政環境の変化に伴って行われた教育改革についての一面的な批判 よりも、国と地方の役割分担による新たな教育行政の可能性を丁寧に評価したうえで、教 育における国の責任のあり方は何かを問うのが教育の機会均等を充実するための現実的な 処方箋であろう。. Ⅲ.研究の方法および意義 本研究で用いた研究方法は、 「歴史的研究」(第 1 章~第 5 章) 、「比較研究」(第 1 章〜 第 3 章) 、 「理論的研究」 (第 1 章〜第 6 章)、 「実証的研究」 (第 2 章、第 6 章)の四つの研 究方法を用いる。研究資料はイギリス、アメリカ、日本および韓国の政府文献や統計資料、 論文検索システム(SAGE Journals, CiNii Articles, 早稲田大学電子ジャーナル・ポータ ル、韓国国会電子図書館)、各国で公刊された図書、論文などを参考する。 本研究の意義は、次の三つにまとめられる。 第一に、教育行政学研究としての意義である。本研究においては、就学指定制度を内容 とする学校制度基準の正統性や有効性を堅持する教育学の議論と、公教育の制度的基盤に 疑問を呈した教育改革及び規制改革について対比的に考察したうえで、国と地方政府との 統治構造の改編によって期待される教育の地方自治の可能性を探求することに意義がある と思われる。 第二に、日本と韓国の法制度や社会制度には共通点が多く、特にアメリカの教育制度を 根幹にした両国は公教育制度の組織原理に共通点が多い。一方、経済規模や社会環境、国 民のニーズ、政治的理念などの違いによって公教育の展開過程、教育条件、教育政策の内 容に相違点が多い。ところが、近年の日本で研究された韓国の教育制度に関連する著書や 論文は多くない。韓国の教育制度の内容や教育政策の動向の研究は日本の教育改革を展望 するに際して貴重な示唆となろう。 第三に、韓国の教育学及び教育行政に与える意義である。韓国では義務教育に対する国 の責任が十分ではないという指摘がある。日本は教育の機会均等を目的とした法律に基づ いて、教育条件の標準化政策と義務教育費国庫負担金など国の責任の下に教育の機会均等 を支えてきた。しかし、韓国においてはこのような制度的な取り組みは十分ではなく、義 務教育に対する国の直接責任も成立していない。本研究は、日本の制度や政策過程を中心 5.

(7) に義務教育の機会均等を実現する国の責任のあり方について考察することで、韓国の教育 行政や教育政策へ示唆を与えることとなろう。. Ⅳ.本研究の構成 本研究は、序章、第 1 章~第 6 章、終章の全 8 章で構成されている。 目次は以下の通りである。. 【目. 次】. 序章 第1節. 問題関心. 第2節. 本研究の目的及び研究課題. 第3節. 先行研究の考察. 第4節. 研究領域・方法及び構成. 第5節. 本研究の意義. 第1章. 教育の機会均等. 第1節. はじめに. 第2節. 理論的背景及び先行研究の検討. 第3節. 教育の機会均等の組織原理. 第4節. 韓国における義務教育と教育の機会均等. 第5節. まとめ. 第2章. 義務教育と国の責任. 第1節. はじめに. 第2節. 義務教育制度の起源と展開. 第3節. 日本と韓国における義務教育の展開. 第4節. 義務教育制度の組織原理. 第5節. まとめ. 第3章. 公教育の再構造化と義務教育の課題. 第1節. 理論的背景. 第2節. 各国の教育改革. 第3節. 各国における学校選択制についての論点 6.

(8) 第4節. 考察. 第5節. まとめ. 第4章. 教育行政における政府間関係の変容と課題. 第1節. はじめに. 第2節. 教育委員会制度の変容過程. 第3節. 改正地方教育行政法の内容及び評価. 第4節. 教委制度の存廃をめぐる争点. 第5節. まとめ. 第5章. 設置者負担主義と義務教育における国の責任. 第1節. はじめに. 第2節. 学校法第 5 条の再検討. 第3節. 義務教育費国庫負担制度と教育条件の整備. 第4節. 義務教育における国の位置付け. 第5節. まとめ. 第6章. 地方団体の教育費支出実態 はじめに. 第2節. 分析の枠組み及び分析データ. 第3節. 先行研究の動向. 第4節. 財政の地方分権改革をめぐる論点. 第5節. 都道府県における教育費支出の現状. 第6節. まとめ. 終. 第1節. 章. Ⅴ.本研究の内容 本研究では、義務教育における機会均等を確保するために国はどのような責任を持って いるかを明らかにするために、公教育の再構造化や政府間統治構造の変化に視点をおきな がら考察を行った。以下において各章の内容を要約することとしたい。 第 1 章は、教育の機会均等についての概念と論点を中心に考察を行った。西欧各国で行 われた教育の機会均等についての議論を考察するとともに、韓国における義務教育の展開 を事例に教育の機会均等と国の責任との関係を分析したうえで、教育の機会均等を実現す 7.

(9) るために国が果たす責任のあり方について検討を試みた。 現代公教育において教育を受ける権利や義務教育の無償などは法規範になっている。日 本の場合には、1950~60 年代にかけて教育の機会均等を支える数多くの法律を制定した ことで義務教育の機会均等に大きく貢献した。本章では、韓国において義務教育の実施が 教育の機会均等にどのような影響を与えたかを考察するために教育へのアクセスへの平等、 教育条件の平等、教育結果の平等の三つに教育の機会均等を分節化して検討した。韓国に おいて教育機会の拡大は義務教育政策の効果もあるものの、国家財政の限界による高効 率・低コストの教育政策のもとで国民の教育熱心が教育の量的拡大に寄与したという特徴 がある。 さて、日本と韓国において家計所得による塾など学校外教育費の支出格差に注目しなけ ればならない。これは個々人の才能や努力以外の社会経済的背景が教育達成に影響を与え て親から子どもへ格差が連鎖する可能性である。今後、義務教育の機会均等を実現するた めには、国のイニシアティブによる方法と地方自治の活性化による方法があろう。前者は 国の義務教育財政保障とともに地方団体の義務教育実施に対する事後政策評価が考えられ る。また、後者は地域における義務教育費負担に関する条例制定など、新たな教育統治構 造のもとで義務教育水準が確保できる地方団体の創意工夫が求められる。 第 2 章は、義務教育が国の制度として導入された背景を踏まえながら、教育の機会均等 を実現する制度として義務教育の現代的意義は何かについて考察を行った。 本章においては義務教育の概念を明らかにするためにドイツ、フランス、イギリス、ア メリカ、日本および韓国における義務教育の展開過程を概観した。第 2 次世界大戦を通じ て人権保障の国際化の進展に応じて 1940 年代後半以降に各国で整備された義務教育は、 公教育の基礎的部分において「各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生 きる基礎を培い、国家及び社会の形成者として必要とされる基本的資質を養う」 (教基法[日] 第 5 条第 2 項)ために、国民の誰もが等しく教育を受けられる権利を保障する制度として 発展したが、次のような特徴を有している。 第一に、各国の憲法や教育関連法制において、すべての国民が等しく教育を受けられる 権利の保障を前提として組織されているとともに、世界人権宣言や子どもの権利条約など 国際的に合意した国際教育法の規範になっている。第二に、教育の党派性や宗派性の遮断 による思想的・政治的・宗教的中立性の確保や、近代公教育制度の下では不完全であった 学校制度基準が精緻に組織されたことである。すなわち、義務教育年限の拡大、修業日数 8.

(10) の通年制、教員資格の法定化、カリキュラムの標準化など均質・均等の教育条件の整備な どが挙げられる。第三に、教育の機会均等を図るための手法として多種多様な教育の機会 均等に関する法律の整備や教育財政の拡大によって義務教育における平均的正義の実現が 図られただけではなく、社会経済的背景によって不利益を蒙っている人びとを手厚く待遇 する積極的な教育格差是正政策が増加し続けたことである。 加えて本章では、日本と韓国における義務教育の現実的な課題として外国人の子どもの 義務就学や義務教育の延長、オルタナティブ教育の是非も検討した。 第 3 章は、教育学の中の論点である教育格差拡大論に注目して公教育の再構造化による 義務教育の課題について考察を行った。1980 年代以降から OECD 加盟国の多くは新自由 主義教育改革を推進したが、本章はイギリス、アメリカ、日本および韓国の四か国を対象 として各国で新自由主義が教育改革にどのように受容されて、教育政策に影響を与えてい るのかを明らかにした。1980 年代以降に行われた新自由主義教育改革は二つの戦略がある。 一つは、教育において競争・選択を導入する学校選択制であり、もう一つは公立学校の設 置・運営を民間部門に開放する教育の民営化政策である。本章が対象とする国では、この 二つの戦略が様々な形で教育政策を構成している。まず、イギリスは学校選択権を親の権 利として確立して広範な選択の自由を認めているが、教育の民営化政策は限定的である。 次にアメリカは、学校選択制を人種統合、人種差別の是正、教育機関のアカウンタビリテ ィーなどと関連づける規制された選択制の導入を図るとともに、民間による公立学校の経 営や民間機関による教員研修、私立学校に入学する児童・生徒へのバウチャーの支給など 公教育を民間へ幅広く開放している。イギリスとアメリカの特徴は、民営化政策として第 3 セクター的な教育機関が創設されたことである。 日本は学校選択制を制度化していても政策の選択肢は学校設置者の地方団体が持つが ゆえに、地域限定での統制された選択制である。一方、韓国は以上の三つの国とは大きく 異なる学校選択制であるが、公立学校行政の一部分として扱われている私立高校の一部の 学校を対象に選択を広げる政策である。日本と韓国ではイギリスやアメリカのように教育 の民営化は進んでいないが、日本における構造改革特区や国家戦略特区政策による公私協 力学校は、今後、民営化を促す要因になると思われる。 各国では、新自由主義教育改革をめぐってその是非や適否について議論してきた。イギ リスは社会階層と教育との関係が主たる議論になっており、アメリカは伝統的な教育格差 論として人種と教育との関係の文脈で社会階層と教育との関係についての議論が多い。そ 9.

(11) れで、学校選択政策の拡大は人種間・社会階層間の居住区域や通学区域を分離し教育格差 を固定化するとの批判が少なくない。日本では教育の公共性・公平性が損なわれる懸念や、 所得階層間における教育格差の拡大をめぐって議論が行われている。韓国においても所得 階層と教育との関係が新自由主義教育改革の主な論点となっている。 さて、学校制度基準=教育の機会均等、学校選択制=教育格差という議論があるが、学 校選択権を親が行使することによって得られる利益も考慮しながら制度のあり方を慎重に 判断すべきであり、また、日本のように政策選択肢が地方団体に委ねられている場合には 地方の教育自治の活性化についても考えるべきであろう。 まず、学校選択制=教育格差ではなく、学校選択制=教育の機会均等という定式の可能 性である。イギリスとアメリカは教育の選択・競争を通じて学力向上を目指しているが、 この背景には時代に必須的である一定水準の教育が満たさなければ国民生活に十分な参加 の機会を得られないという理念の下で、学校選択による教育機関の競争を通じて官僚主義 を打破し教育成果に対する厳格なアカウンタビリティーを確保することが目的であった。 このように、学校選択制を許容することによって確保できる教育の機会均等もあろうが、 これについて議論を広げていく必要がある。 また、地方の教育自治の活性化によって確保される教育の機会均等も考慮しなければな らない。2003 年学校法施行規則改正によって学校選択制が制度化されて以来、学校選択制 を導入している地方団体は少なく、学校選択制を導入しているものの、規制された政策を 採用している。これは親に学校選択の自由が幅広く認められるイギリスとは違って、日本 においては学校選択制を導入するかどうかの選択肢が地方団体に委ねられていることで、 教育の機会均等など教育問題が地域の創意工夫によって解決されていく可能性であろう。 第 4 章は、日本において教委制度の導入後に制度の是非をめぐって議論されてきた改革 の論点と、第 2 次安倍内閣が行った教委制度改革の内容と課題について考察を試みた。 1948 年に成立した教委制度は、1956 年地方教育行政法の制定と、その後のいくたびかの 改革によって教委の原型の変容とともに教育の統治構造に再編が行われた。特に 2014 年 に安倍政権が行った地方教育行政法改正は、首長の教育への関与を制度化したことで教委 の運営に大きな影響を与え得る改革であった。この改革については首長の政治的な意向に より教育が左右されるとの批判がある。しかし、新設されている「総合教育会議」を通じ て首長と教委が地方の教育問題―教育の機会均等の確保、教育水準の維持・向上など―に ついて協議・調整を行うことで、地方の教育問題を総合行政の観点からよりいっそう改善 10.

(12) していく可能性もあろう。 今後、総合教育会議などの公式機関による教育ガバナンスの構築などの課題がある。言 い換えれば、教育の機会均等が国の直接責任によって達成されるという視点よりも、国と 地方が役割を分担しながら地域ごとに地方自治を活性化することによって創り上げるとい う視点への転換が必要であろう。 財政の地方分権改革を議論する際に国の地方に対する財政的関与を最小限に抑える論 理(地方の財政自主性を最大限に確保すべきとの主張)として学校法第 5 条の解釈が行わ れた。これを踏まえて第 5 章は、義務教育における設置者負担主義の意義について再考す ることと、義務教育における国の関与並びに責任について論じた。2000 年地方分権改革前 後に学校教育法第 5 条に基づいて、学校設置者の地方団体が自己責任で住民のニーズや地 域の実情を反映しながら義務教育に関する事務を決定すべきであるとの議論が行った。し かし、義務教育は社会の維持や国の発展を担う国民を育成する営みであり、地方分権改革 など行政改革の最終到達点は地方団体ではなく地域住民である。したがって、地域におけ る教育の機会均等や教育水準の維持向上は国と地方団体が役割を分担し共同に責任を負わ なければならないであろう。 第 6 章は、2006 年に行った財政の地方分権改革によって義務教育費国庫負担金の国の 負担率が引き下げられたが、これが都道府県の教育費にどのようなインパクトを与えてい るかについて都道府県のパネルデータを用いてその現状と実態を考察し、国の教育財政責 任の現状や問題点と今後の課題について検討を試みた。 本章は、地方団体の間に顕在化している財政力格差が教育格差へ直結するという教育学 の視点を踏まえて、教育財政改革以降における地方教育費の変化に視点を置いた。その結 果、1)財政の地方分権改革以降に都道府県における教育費の基準財政需要額対実支出額 の比は、財政力が高い都道府県は実支出額の比率が下がっていく傾向を示しているが、財 政力が弱い都道府県においては逆に実支出額の比率が増えていく傾向がある。2)児童・ 生徒の一人当たりの教育費支出は財政力指数の下位グループの地方団体が財政力指数の上 位グループの地方団体に比べて高いという特性は教育財政改革以降も変わらない。このよ うな特性は小規模学校の割合という環境的要因であって、地方団体の特性(首長の教育政 策努力度、地域の人的・物的特性など)とは関係が弱い。3)教職員人件費は都道府県に おける教育費の消費的支出のなかで最も割合が高い支出であるが、地方団体の財政力との 相関関係は確認できない。4)教育活動費は財政力指数の高い都道府県で支出額が高い傾 11.

(13) 向があるが、必ずしも一般的な傾向とは言えない。5)教育財政改革以降、補助活動費は 財政力が高い地方団体よりも財政力が低い地方団体で増えていく。補助活動費は教育福祉 政策と関連性が高い費用で構成されていることから地方の財政力とは関連性が弱く、要保 護児童・生徒数、準保護児童・生徒数、就学援助受給者率などによって支出規模が影響を 受けられる。6)図書購入費は財政力が高い都道府県がより多く支出することではなく、 財政力が低い地方団体においても安定的に支出する傾向があることなどを確認した。. Ⅵ.本研究のまとめ 本研究のまとめについては、以下の通りである。 第一に、教育における国の役割のあり方である。近年の社会改革が指向する分権と選択 の理念は教育改革の理念に影響を与えているが、教育における国の役割が後退しているか どうかの評価については次の二点が考えられる。第一点は、義務教育について国の責任が 近年の教育改革によって後退しているかどうかである。義務教育は各国における共通的な 制度であるので国際的な動向から検討を行うことはより意義があろう。本研究で分析対象 とした国は最短 5 年から最長 14 年まで義務教育年限を設けているが、近年の動向からは 多くの国が義務教育年限の延長に取り組んでいる。近年、OECD 加盟国 35 カ国の中で 10 カ国が義務教育年限を延長しており、アメリカにおいても義務教育年限を延長する州が増 えていく。アジアでは台湾が高校まで義務教育年限を延長している。日本も義務教育年限 の縮小よりも延長を前提に議論が続いており、韓国においても高校無償教育を含む年限延 長の議論が行われている。 第二点は、国が支出する教育費の規模である。OECD 資料(Education at a Glance) では、1990 年以降に各国で支出している公教育費は増加の傾向である。児童・生徒一人当 たりの公財政支出推移(GDP の割合)はイギリスが 1998 年 3.4%から 2010 年 4.8%へ、 日本が 1998 年 2.78%から 2010 年 2.8%へ、韓国が 1998 年 3.15%から 2010 年 3.6%へ 増加している(OECD)。アメリカは NCLB 法の下で連邦政府が地方団体へ支援する財政 規模は増加し続けている(U.S. Department of Education)。すなわち、公教育費支出額 から見ると国の役割が縮小したとの証拠はない。 第三に、公教育の再編と教育の機会均等との関係である。本研究の対象国は、多かれ少 なかれ公教育の再編に影響を与える新自由主義教育改革を行った。これについては、競争 を重視する市場原理を教育に適用するものとして理解し、国の教育責任の後退あるいは衰 12.

(14) 退という批判がある。一方、批判に対する反批判は、学校選択制が学校間の競争を促進す ることによって学校教育を改善するという。日本の場合に 1990 年代以降に学校選択制を 導入しているものの、学校選択制を導入している地方団体は約 15%に止まっており、学校 選択制を導入している地方団体においても廃止あるいは見直しを検討する事例が少なくな い。しかも、学校選択制を導入しているものの、学校選択を全面的に許容する自由選択制 は小学校 10.5%、中学校 27.1%に止まっているのが現状である。 これは、親の無限定的な権利行使を容認する学校選択制ではなく、ブロック選択制、隣 接区域選択制のように特定の学校・地区を対象とする規制された選択制を実施しているた めである。すなわち、地域の教育問題について地域が抱えている条件や住民の意見など地 域の特性を十分に反映した結果であろう。ただし、政府の私立小中学校設置の促進政策に よって著しく増加していく私立小中学校は、先行研究が指摘したように公立学校の選択制 よりも所得階層による教育格差を生じさせる可能性がある。 第四に、教育の地方自治と国の教育責任との両立可能性である。本研究では、国の教育 財政改革によって 2006 年から国の義務教育費国庫負担率を 2 分の 1 から 3 分の1に引き 下げたことが地方の教育費にどのような影響を与えているかについて「教育の地方自治」 の可能性に焦点を置いて分析を行った。結論からいうと地方財政の格差がただちに教育の 格差に直結するとの証拠はなく、地方自治の可能性が見られた。 その証拠として次の二点が挙げられる。第一点は、義務教育費国庫負担率の引き下げ以 前(2002 年、2004 年)においては、財政力が高い都道府県は基準財政需要額に上乗せし て教育費を支出したが、財政力が低い都道府県は基準財政需要額より実支出額が顕著に低 かった。さらに、実支出額の比率が高い都道府県と低い都道府県の間に格差が大きかった。 しかし、2006 年教育財政改革以降は、財政力が高い都道府県の実支出額は低下しつつ、逆 に、財政力が低い都道府県は実支出額が増えていく傾向を示し、教育財政改革の以前で現 れた財政力の格差による教育費支出の格差が縮小していく。 第二点は、財政力が高い都道府県が教育費を多く支出するという理解が一般的であるが、 一人当たり教育費は財政力ではなく他の変数によって影響を受けている。他の変数とは 様々であろうが、本研究では人口千人当たり中学校数が多い都道府県ほど一人当たり教育 費が高くなることである。このような教育費の支出構造は義務教育費国庫負担金の一般財 源化が行われても変化が見られない。また、消費的支出の中で最も割合が高い教員人件費 は、義務教育費国庫負担金の一部が一般財源に組み入れられたことで都道府県の裁量は増 13.

(15) えているものの、財政の地方分権改革以降にも支出構造に変動がない。これは住民自治の 可能性について考慮することなく地方財政力の格差と直結した教育格差として捉える教育 学の議論が一般的な評価とはならないということであろう。 ただし、国が負担する費用分を都道府県が着実に市町村に補助しても残り 3 分の 2 に当 たる都道府県分は確実に担保できない場合もあろう。これが学校設置者である市町村に対 して学校統廃合を推し進めたり、都道府県みずからも兼務教員の活用等教員組織の再設計 や弾力化を工夫する可能性は残る。今後、地方交付税の充実など地方自治を活性化する地 方財政保障制度が求められる。 今後の研究課題として、次の二つが挙げられる。 第一に、選択・競争を認めないことが平等というステレオタイプ的な考え方は変えなけ ればならないであろう。学校制度基準のように同一条件の教育をつくることが教育の機会 均等であるのか、選択・競争を通じて子どもが受けられる学校教育の水準を保つことによ って生活に必要な知識を備えさせ、社会に参加する機会を保障することが教育の機会均等 であるのかについて議論の拡張が求められる。科学技術の高度化とともに公教育への要求 が多様化しつつある現状を踏まえたら、教育における国の責任や教育のアカウンタビリテ ィー、保護者の教育選択などが重層的に機能する教育政策について理論的な体系化に進む 必要がある。 第二に、本研究では地方分権改革以降に地方教育費支出構造にいかなる変化があるかに ついて分析した。その結果、暫定的であるものの、総じていえばネガティブな変化はなく、 逆に地方自治の可能性などポジティブな変化を確認した。しかし、地方の諸特性と教育費 の支出構造との関係については実証できなかった。今後、地方自治の拡大によって地方の 諸特性(首長・教委・教育長・教育アクターの特性、人口構造の変化など)が教育政策や 教育費支出構造にインパクトを及ぼしていくであろう。そこで、いかなる地域の特性が教 育に影響を与えているかについての精緻な実証分析と、これに基づいた教育の地方自治を 活性化するモデルの体系化が求められるが、この点の解明は今後の課題としたい。. 14.

(16)

参照

関連したドキュメント

2021 年 7 月 24

・子会社の取締役等の職務の執行が効率的に行われることを確保するための体制を整備する

3.仕事(業務量)の繁閑に対応するため

3 ⻑は、内部統 制の目的を達成 するにあたり、適 切な人事管理及 び教育研修を行 っているか。. 3−1

その他 2.質の高い人材を確保するため.

 英語の関学の伝統を継承するのが「子どもと英 語」です。初等教育における英語教育に対応でき

経済学研究科は、経済学の高等教育機関として研究者を

● 生徒のキリスト教に関する理解の向上を目的とした活動を今年度も引き続き