早稲田大学審査学位論文 博士(スポーツ科学)
韓国における闘犬の文化研究 Cultural study of dog fighting in Korea
2020年1月
早稲田大学大学院 スポーツ科学研究科
李 承澤 LEE, Seungtack
研究指導教員: 志々田 文明 教授
目次
序章
Ⅰ.問題の所在 ··· 4
Ⅱ.研究の方法 ··· 7
Ⅲ.先行研究の検討 ··· 11
第1章 韓国における動物闘技 ··· 20
第1節 闘牛 ··· 20
第2節 闘馬 ··· 26
第3節 闘鶏 ··· 32
第2章 日本の闘犬 ··· 38
第1節 日本の闘技闘犬 ··· 39
第2節 土佐犬の展開 ··· 44
第3節 土佐犬のグローバル化 ··· 49
第4節 闘犬団体と伝承活動 ··· 54
第5節 闘犬の規則 ··· 70
まとめ ··· 71
第3章 韓国の闘犬 ··· 73
第1節 闘犬団体と伝承活動 ··· 76
第2節 闘犬の規則 ··· 90
第3節 日韓の闘犬交流 ··· 91
まとめ ··· 98
第4章 動物愛護と闘犬 ··· 99
第1節 動物保護法と動物愛護団体 ··· 99
第2節 動物愛護団体の活動 ··· 101
第1項 愛護団体の犬食への対応 ··· 103
第2項 安楽死事件 ··· 107
第 3 節 ロールモデルとしての韓国の公営ギャンブル清道闘牛 ··· 109
第1項 民俗闘技から公営ギャンブルへの軌跡 ··· 110
第2項 公営闘牛ギャンブルの運営 ··· 115
第3項 闘牛の選定とブリーディング ··· 116
第4項 競技場 ··· 118
第5項 広報活動 ··· 120
第 4 節 愛護運動と闘犬の対立の文化背景 ··· 124
結 章 ··· 132
引用文献 ··· 134
序 章
Ⅰ.問題の所在
動物を生きたまま楽しみのために利用する動物スポーツは、人類が新石器時代に動物を家 畜化したこと、すなわち動物飼養文化を形成したことに始まるとされる1。
本論文が対象とする韓国においても動物スポーツは古くからおこなわれ、高麗時代(918
-1392)の「鄭基煥筆舞踊塚狩獵圖」、朝鮮時代(1392-1910)の「金翊胄筆鷹狩圖」、ま た 1790 年の「武藝圖譜通志」中の「騎槍圖」などには、動物を使った狩の様子が描かれて いる。
他方、韓国は動物どうしを闘わせる闘技形式の動物スポーツをも知っており、そこでは、
牛、馬、鶏、犬など農業や畜産に利用される動物が、闘牛、闘馬、闘鶏、闘犬に用いられ、
これらが民俗的な遊びとして大衆の中で盛んに行われてきた歴史がある。
しかし、今日ではこうした動物闘技は全体的に衰退しつつあり、わずかに闘牛と闘犬が継 承されるばかりで、あまつさえ闘犬は存続の危機に置かれている。
動物闘技の存在に疑問を呈したのは、動物保護法とこれを背景に保護運動を展開する動物 愛護団体であった。問題は 1988 年のオリンピック・ソウル大会開催を契機に始まる。
1980 年代、開発途上国であった韓国は、経済的成長を優先する中、日本を含めた先進国か ら多様な文化・思想を受容したが、その中に動物保護があった。この思想は、それまで韓国 人にとって「けもの、食べ物」にすぎなかった動物に人権に似た動物権2を認めるもので、韓 国人がついぞ持たなかった新しい動物観であり、受容の結果、韓国人の意識が変わり始めた
3。特に犬については顕著な変化が認められた。
当時の韓国は、犬に対してはこれを伴侶動物とする意識はなく、家の資産を守る警備犬で
1 寒川 恒夫1987
2 1975 年に出版した「Peter Albert David Singer のAnimal Liberation」を通じて、動物権の定立がさらに拡散した。
Tom L. Beauchamp, R.G. Frey (2011) :「Oxford Handbook of Animal Ethics」,Oxford Univ. press, pp. 198-227。
3 パク・ウォンスン 1997、「動物権の展開と韓国人の動物認識」、生命文化叢書、3、pp. 44−74。
あるか、あるいは伝統的な養生食の食材4として扱われていた。しかし、オリンピック・ソウ ル大会の開催が確定した時、国際動物保護団体である IFAM は「犬の食用は野蛮である」と の論理をもって韓国政府に強く抗議し、犬を含めた全ての動物に対する虐待行為の禁止を要 請した5。
韓国政府は、貿易や外交を含めた今後の国際的立場を考慮して、この要請を受け入れ、1991 年に「動物保護法(以下、保護法と略す)」6を制定する。そして、同年「農林畜産食品部(以 下、農林部)」7の裁可で財団法人韓国動物保護協会8が設立され、さらに動物愛護に関わる協 会、連帯、福祉センターが設立された。
こうした法的整備を背景に、動物は韓国社会において「保護される生き物」に変わり、ま た動物の「動物権」や「道徳的地位(moral status)」に対する意識が高まった9。
その結果、「動物権」が主張される以前から民俗競技として各地で行われていた闘牛、闘 犬、闘馬、闘鶏などの動物闘技は、保護法が謳う規制虐待禁止項目条文10と動物愛護団体11の
4 飮食知味方(顯宗 18 代王 1659−1674 の貞夫人安東張氏が東アイジアでは最初に女性が記録した調理書であり、ハングルで書 いた最初の調理文書)には犬の料理に対して6つの方法が記録されている。この書を編纂した慶北大学出版部は、この当時に対 して豚肉より犬肉の消費がさらに多かったと記録している。
5 1990 年 5 月 2 日ハンギョレ新聞記事。
http://newslibrary.naver.com/viewer/index.nhn?articleId=1990050200289108009&edtNo=4&printCount=1&publishDate=199 0-05-02&officeId=00028&pageNo=8&printNo=607&publishType=00010
6 動物の生命保護、安全保障及び福祉の増進考え、動物の生命尊重など、国民の情緒を養うのに貢献することを目的した法律。
(1991 年5月31 日法律 第 4379 号)1988 年ソウルオリンピック前後、海外の動物愛護団体から`食用の犬肉`などのクレーム のため制定された法律。宣言的性向が強いという批判の的になっている。(Animal Protection Act and Protection of Source Animals in Xenotransplantation, Kang-won Law Review 27, 2008.12, 11-32, 22p, Soo-Hun Park)
7 農林畜産食品部(1948 年設立)―農業、畜産、食品、動物福祉などを政策、管理、認可する韓国政府の機関。
8 動物虐待行為の予防、遺棄動物の保護、絶滅危機動物の保存など、全ての動物の保護を通じて我が社会の情緒をつちかうと 博愛精神の具現を目的として 1991 年 12 月 4 日設立した農林部所属の財団法人。 http://www.koreananimals.or.kr
9 チェ・フン(2017):「動物の道徳的地位と基本権」、環境法研究、39(2)、pp. 143−164。
10 動物保護法第8条(動物虐待などの禁止)②—3
ギャンブル、宣伝、娯楽、風俗などの目的を持って、動物に傷害をかける行為。ただ、民俗競技など、農林畜産食品部令で 決める場合は除く。この規定の違反者には「第 46 条罰則」を適用、1年以下の懲役、または1千万オン以下の罰金に処する。
(2018 年からは 2 年以下の懲役、または 2 千万オン以下の罰金で改定された)
11 動物の保護や愛護のため現在まで活動している団体は財団法人韓国動物保護協会(http://www.koreananimals.or.kr/
運動によって大会数が激減する。
特に闘犬は 2000 年頃までは韓国最大のお祭りである「3.1 民俗文化祭」12においても行わ れたが、ここでは現在は行われなくなった。他方、闘牛は政府農林部によって保護法の動物 虐待行為の対象外とされ、伝統的な民俗行事と公認されたばかりか、現在ではさらに発展し て、公営ギャンブルになっている。そして、こうした闘牛に対し動物愛護団体の反対運動は 見られない状況にある。
表 1 韓国の動物に対する認識
用途 動物闘技伝承団体 動物保護法 動物愛護団体
動物 闘技
牛 犬 その他 牛 犬 その他 牛 犬 その他
◯ ◯ ◯ ◯ × △ △ × ×
家畜 ◯ ◯ ◯ ◯ × △ ◯ × △ ペット ◯ ◯ ◯ △ ◯ △ △ ◯ △ 愛護 ◯ ◯ ◯ △ ◯ △ ◯ ◯ ◯ (◯認める、X認めない、△どちらでもない)、(表 2 のフィールドワークを参考にて作成)
(2019、李承澤作成)
闘犬と闘牛に対する動物保護法と動物愛護団体の対応の違いは、注目される。表 1 は、筆 者のフィールドワーク情報によって韓国の動物に関する用途別認識を、動物闘技伝承団体、
動物保護法、動物愛護団体別にまとめたものである。ここで見られるように動物の用途に対 する評価にはそれぞれ差があり、総じて動物闘技伝承団体と動物保護法・愛護団体との間に は顕著な対立関係が、さらに闘犬と闘牛の間にも特別な法的差別化が認められる。
こうした展望のもと本論文は、闘牛に比べて顕著に差別化された闘犬を主軸に据えて、こ うした状況が生起した過程を歴史的に再構成し、そして対立という問題状況を生み出した背
)動物自由連帯、(www.animals.or.kr)、韓国動物保護連合、(www.kaap.or.kr)、動物保護市民団体カラ、
(https://www.ekara.org/)、ケアー(fromcare.org)、などがある。
12 慶尚南道・昌寧郡(キョンサンナムド・チャンニョングン)から行なっている郷土文化祭で、毎年 3 月 1 日に開催し、綱引き、
シルム大会、弓道大会、闘犬、闘鶏、凧揚げ大会など、民俗遊びの祭り。(1961 年から施行)
景について考察することを目的とする。
Ⅱ.研究の方法
本研究は、論文作成者が 2012 年から 2019 年の間に断続的に実施したフィールドワーク情 報と文献資料を総合して進められる。
フィールドワークをおこなった主たる対象は、日本の闘犬団体(土佐闘犬センター)と韓 国の闘犬団体(韓国闘犬協会、大韓闘犬訓練所、韓国土佐犬協会、大韓警備犬協会、大韓軍 犬協会、土佐犬保存会、韓国土佐犬血統保存会、韓国総合犬登録協会、韓国土佐犬連盟13、 韓国名犬協会14)、韓国清道闘牛競技場、韓国動物愛護団体(財団法人韓国動物保護協会、
動物自由連帯、韓国動物保護連合、動物保護市民団体カラとケアー)である。文献資料とし ては 1910 年代から 2019 年までの新聞記事(YTN、TV 朝鮮、朝鮮日報、NEWS1KOREA、oh my news、
CHANNEL A、韓国農政新聞、JTBC、東亜日報、済州の音 news、釜山日報、連合 news、女性 新聞、中央日報、毎日新聞、ソウル新聞、ハンギョレ新聞、日曜事実、京郷新聞、アジア経 済)が用いられた。
本文中、特に注記がない場合は、論文作成者によるフィールドワーク情報によっている。
表 2 フィールドワーク
日付 場所 方法 インタビュー対象 内容
1 (日本の闘犬) 2012.8.26(日)
―28(火)
高知県とさいぬパーク (旧土佐闘犬センター)
競技場の環境調査
(26 日)
インタビュー(27 日)
とさいぬパーク 所属の闘犬伝承者
(弘瀬隆司)氏
闘犬の歴史、競技運営、
日韓交流、動物愛護団体 との関係など
資料収集(28 日) 闘犬関係の情報調査
13 京畿道を本館にして 2000 年代に設立した最近の闘犬団体で、全国15 ヶ所の各地域に支部を持っている現在において巨大な 土佐犬の闘犬団体である。本連盟は、土佐犬のみにて闘犬動物スポーツを行っていて、公式的には「土佐犬スポーツ」という タイトルで活動している。土佐犬を用いた闘犬動物スポーツや土佐犬の血統保存、また改良増殖の普及を目的としている。現 在は、日本から投入された土佐犬を、韓国式にブリーディングし、日・韓・中の闘犬動物スポーツの交流を行っている唯一な 団体でもある。
14 慶尚北道の亀尾を本館にして、韓国では最初に株式会社として設立した闘犬協会である。
日付 場所 方法 インタビュー対象 内容
2 (日本の闘犬) 2012.11.23(金)
―25(日)
高知県とさいぬパーク (旧土佐闘犬センター)
インタビュー(23 日)
とさいぬパーク 所属・競技参加の闘犬伝承者 (弘瀬隆司・T)氏
闘犬の歴史、競技運営、
日韓交流、動物愛護団体 との関係など
インタビュー(24 日)
とさいぬパーク 所属の闘犬伝承者
(弘瀬隆司)氏
闘犬の歴史、競技運営、
日韓交流、動物愛護団体 との関係など
資料収集(25 日) 闘犬関係の情報調査
3 (日本の闘犬) 2013.5.4(土)
―5(日)
茨城県坂東市 常設闘技場
競技場の環境調査
(4 日)
インタビュー(5 日)
(E)闘犬団体 所属・競技参加の
闘犬伝承者(S)氏
闘犬の歴史、競技運営、
日韓交流、動物愛護団体 との関係など
4 (日本の闘犬) 2013.6.30(日)
茨城県坂東市 常設闘技場 (新宿本部)
闘犬競技前の 取り組み調査
取り組み見学・記録
インタビュー
(E)闘犬団体 所属の(K)氏
闘犬の歴史、競技運営、
日韓交流、動物愛護団体 との関係など
5 (日本の闘犬) 2013.7.7(日)
茨城県坂東市 常設闘技場
資料収集 闘犬関係の情報調査
6 (日韓の闘犬) 2013.7.26(金)
高知県とさいぬパーク
(旧土佐闘犬センター) インタビュー
(K・S)闘犬団体 所属の闘犬伝承者
(M・O)氏
闘犬の歴史、競技運営、
日韓交流、動物愛護団体 との関係など
韓国土佐犬連盟 所属の(N)氏 7 (日本の闘犬)
2013.9.21(土)
―22(日)
高知県とさいぬパーク (旧土佐闘犬センター)
資料収集
(21 日−22 日) 闘犬関係の情報調査
8 (日本の闘犬) 2013.11.4(月)
茨城県坂東市 常設闘技場
補充調査 (E)闘犬団体 闘犬関係の情報調査
9
(韓国の闘犬) 2013.11
―2014.3
韓国総合犬登録協会 インタビュー 元会長ジョ・
ジョンイル氏
韓国の闘犬資料 3-1
10 (日本の闘犬) 2014.4.27(日)
―28(月)
高知県とさいぬパーク (旧土佐闘犬センター)
インタビュー(27 日)
とさいぬパーク 所属の闘犬伝承者
(弘瀬隆司)氏
闘犬の歴史、競技運営、
日韓交流、動物愛護団体 との関係など
資料収集(28 日) 闘犬関係の情報調査
日付 場所 方法 インタビュー対象 内容 11 (韓国の闘犬)
2014.10―11 韓国総合犬登録協会 インタビュー 元会長ジョ・
ジョンイル氏
闘犬の歴史、競技運営、
日韓交流、動物愛護団体 との関係など
12 (韓国の闘犬) 2015.5―6
慶北大学 獣医科大学 (1990 年代 韓国総合犬
登録協会の医療諮問)
インタビュー 獣医教授(G)氏
競技運営、日韓交流、
医療行為、動物愛護 団体との関係など 13 (日本の闘犬)
2015.11.7(土)
高知県とさいぬパーク
(旧土佐闘犬センター) インタビュー(7 日)
とさいぬパーク 所属の闘犬伝承者
(弘瀬隆司)氏
闘犬の歴史、競技運営、
日韓交流、動物愛護団体 との関係など
14 (韓国の動物 愛護団体) 2016.4―6
インタビュー調査 インタビュー ケアーの(P)氏
愛護思想、活動、対立対 象、闘牛、闘犬に 対する対応と認識など 15 (韓国の闘犬)
2016.5―6
韓国総合犬登録協会 インタビュー 元会長ジョ・
ジョンイル氏
韓国の闘犬資料 3-2
17 (日本の闘犬) 2016.11
高知県とさいぬパーク (旧土佐闘犬センター)
インタビュー (補充)
とさいぬパーク 所属の闘犬伝承者
(弘瀬隆司)氏
闘犬の歴史、競技運営、
日韓交流、動物愛護団体 との関係など
18 (韓国の闘牛) 2017.8.23(水)
慶尚北道 清道郡 ソ・サウム公営 ギャンブル競技場
インタビュー
清道公営事業公社の競技運 営部
闘牛の現況、政策、観光 化、競技運営、動物愛護
団体との関係など
資料収集 清道ソ・サウムテーマパ
ーク(博物館)の調査 インタビュー 闘牛ブリーダー ブリーディング技術、競
技運営、など
資料収集 闘牛関係の情報調査
19 (韓国の闘牛) 2017.12.20(水)
慶尚北道 清道郡 ソ・サウム公営 ギャンブル競技場
インタビュー
清道公営事業公社の 競技運営部
闘牛の現況、政策、観光 化、競技運営、動物愛護
団体との関係など
資料収集
競技場・清道ソ・サウム テーマパーク(博物館) の調査
資料収集 闘牛関係の情報調査
20 (韓国の動物 愛護団体) 2017.12.21(木)
インタビュー調査 インタビュー カラの(K)氏
愛護思想、活動、対立対 象、闘牛、闘犬に 対する対応と認識など
日付 場所 方法 インタビュー対象 内容 21 (韓国の動物
愛護団体) 2017.12.27(水)
インタビュー調査
(補充) インタビュー カラの(K)氏
愛護思想、活動、対立対 象、闘牛、闘犬に 対する対応と認識など 22 (韓国の動物
愛護団体) 2018.4―6
インタビュー調査
(補充) インタビュー ケアーの(S)氏
愛護思想、活動、対立対 象、闘牛、闘犬に 対する対応と認識など
23 (韓国の闘牛) 2018.9.12(水)
慶尚北道 清道郡 ソ・サウム公営 ギャンブル競技場
インタビュー 清道公営事業公社の 競技運営部
闘牛の現況、政策、観光 化、競技運営、動物愛護
団体との関係など インタビュー 闘牛ブリーダー ブリーディング技術、競
技運営、など
資料収集 闘牛関係の情報調査
24 (日韓の闘犬) 2019.1―3
インタビュー調査 インタビュー
全国土佐犬普及会 所属の(N)氏
闘犬の歴史、競技運営、
日韓交流、動物愛護団体 との関係など
インタビュー調査 インタビュー
四国淡路土佐犬普及会 所属の(S)氏
闘犬の歴史、競技運営、
日韓交流、動物愛護団体 との関係など
インタビュー調査 インタビュー
韓国土佐犬連盟 所属の(N)氏
闘犬の歴史、競技運営、
日韓交流、動物愛護団体 との関係など
25 (日韓の闘犬) 2019.4.20(土)
―21(日)
千葉県千葉市 東本州土佐犬協会常
設場
インタビュー
全国土佐犬普及会 所属の(H)氏
闘犬の歴史、競技運営、
日韓交流、動物愛護団体 との関係など
インタビュー
全国土佐犬普及会 所属の(N)氏
闘犬の歴史、競技運営、
日韓交流、動物愛護団体 との関係など
インタビュー
四国淡路土佐犬普及会 所属の(S)氏
闘犬の歴史、競技運営、
日韓交流、動物愛護団体 との関係など
インタビュー
韓国土佐犬連盟 所属の(N)
闘犬の歴史、競技運営、
日韓交流、動物愛護団体 との関係など
インタビュー
韓国名犬協会 所属の(P)氏
闘犬の歴史、競技運営、
日韓交流、動物愛護団体 との関係など
資料収集 闘犬関係の情報調査
日付 場所 方法 インタビュー対象 内容
26 (日韓の闘犬) 2019.5―7
インタビュー調査 (補充)
インタビュー
四国淡路土佐犬 普及会所属の(S)氏
闘犬の歴史、競技運営、
日韓交流、動物愛護団体 との関係など
インタビュー
韓国土佐犬連盟 所属の(N)氏
闘犬の歴史、競技運営、
日韓交流、動物愛護団体 との関係など インタビュー 韓国名犬協会
所属の(P)氏
韓国の闘犬資料 3-3
(インタビュー表記は、対象にした本人の要請によって、名前、所属を明らかにしないこともある。)
(2019、李承澤作成)
Ⅲ.先行研究の検討
動物闘技を含めた動物スポーツ、またこれに関係する動物文化についての研究は、以下の 様に、これまで内外ともに多く行われている。
(1)今和次郎・吉田謙吉(1930):「モデルノロヂオ考現学」、春場堂(日本)。
本文献は日本各地の生活、暮らしぶり、地域の風習などについて、それらの変貌の様を記 録するが、注目すべきは、青森県の闘犬について、筆者のフィールドワークが具体的な絵と 文によって表現されている。これは近代日本の闘犬の観察記録として貴重な資料といえる。
図 1 青森の闘犬会場 1928 年(『モデルノロヂオ考現学』p.346)
*青森県図書館および早稲田大学中央図書館所蔵
(2)高久兵四郎・中島凱風・須永政三・田村菊次郎(1938):「日本犬の研究」、成光館 出版部(日本)。
本文獻は、出版当時の日本犬を対象に、日本でおこなわれる闘犬をスポーツとして論じ、
また犬の闘技は犬の武士道であると定義する。また、土佐犬を中心に、特徴、変異差、闘技 化などに注目し、さらに各地におこなわれる闘犬の現況を現地調査によってまとめている
(表 3)。本論文で注目する韓国(当時の表記は朝鮮)についても言及があるが、土佐犬に よる闘技である。
表 3 『日本犬の研究』(1938)中の土佐犬闘犬の実施情況
1 高知県 13 樺太、からふと、サハリン 25 廣島(広島) 37 福岡県 2 東京 14 神奈川県 26 山口県 38 大分県 3 千葉県 15 静岡県 27 島根県 39 宮崎県 4 栃木県 16 岐阜県 28 鳥取県 40 鹿児島県 5 茨城県 17 愛知県 29 福井県 41 熊本県 6 福島県 18 三重県 30 石川県 42 長崎県 7 新潟県 19 和歌山県 31 富山県 43 佐賀県
8 山形県 20 京都 32 長野県 44 朝鮮
9 宮城県 21 奈良県 33 山梨県 45 臺灣
10 秋田県 22 大阪 34 徳島県 46 満州
11 岩手県 23 兵庫県 35 香川県 12 北海道 24 岡山県 36 愛媛県
(以下は直接引⽤)
・沖縄県は未記録。
・埼玉県は調査不備にて詳にあらざれども大宮方面は十数年前隆盛なりしも現今は 全体に少数は飼養致してゐるのであらうが、様子は知れない。
・青森県は隆盛なる處で乙供を中心に相当盛んにて、小原氏等のブリーダーがをり 時々優秀犬輩出して大会に出場し好成好成績を得て東京地方等に移出されてる。
今少し体形に研究作出致したらよいと思ふ、現在東京にて活躍せる(赤城三號)、
(花錦號)、(出雲號)などは当地の出産である。
・朝鮮は相当に隆盛にて高知より京城方面に相当移出され、財產生命を守護して ある。慶北慶州郡の金氏は熱心な愛護家で飼養犬、大雷電號は優秀犬である。
(3)小川菊松(1953):「愛犬の友」、土佐闘犬特集、愛犬の友社(日本)。
本文獻は日本に発行される犬の専門誌であるが、1953 年発行の第 3 号が「土佐闘犬特集」
を組んでいる。ここでは、愛護対象としての土佐犬、闘犬、土佐犬闘技の見方、土佐犬の闘 技訓練法、土佐闘犬の観光価値、戦後における関東の土佐犬状況などが記述される。
写真 1 「スポーツ」として取り上げられた土佐闘犬
(4)Peter Albert David Singer(1975):「Animal Liberation」、キム・ソンハン訳、2012、
ヨナムソガ社(韓国)。
本文獻は、哲学、倫理学、心理学から接近して動物に対する不当な扱いを告発し、動物 の解放を訴え、後の動物権議論を誘発した記念碑的著作と評価される。
(5)寒川 恒夫(1987):「動物とスポーツ」、岸野雄三(編集代表)最新スポーツ大 百科、大修館、pp.870-874、(日本)。
本文獻は「動物スポーツ」という言葉が初めて用いられた論考で、ほぼ 1 万年前の新石器 時代人が農耕と家畜飼養初めて以後世界に現れた動物スポーツについて、種目ごとの成立や その広がりについて概観する。
(6)ジョ・ヒュイク(1992):「土佐犬」、内外出版社図書、(韓国)。
本文獻は、獣医師による土佐犬とその環境の全般的分析である。そこでは、土佐犬の体型 や特徴(図 2)、飼育の方法、闘犬観覧のための闘技ルールの解説、土佐犬の闘技技術、闘 犬訓練法、ブリーディング法、交配法などが記述される。犬自身は闘技を楽しんでいること、
そしてそれ故に動物虐待ではない旨の主張をおこなっている。また、ブリーダーには、ブリ ーディングに武道やスポーツのような精神性や真摯な態度が求められるとコメントする。
図 2 土佐犬の理想的な体型
(7)ハン・ヤンミョン(1995):「闘牛ソ・サウムの変化とその原因に関する考察-村の共 同体的な性格と遊びの原理を中心に」、民俗学研究、(2)、pp.277-304、(韓国)。
本文獻は、ロジェ・カイヨワの遊び概念すなわち競争(アゴン)、運(アレア)、模倣(ミ ミクリー)、眩暈(イリンクス)を用いておこなった韓国民俗社会に伝承される闘牛の文化 分析研究であり、民俗の伝承に果たす競争(アゴン)原理の重要性を指摘する。
(8)パク・ウォンスン(1997):「動物権の展開と韓国人の動物認識」、西江大学校生命 文化研究院、生命研究、(3)、pp.44-74、(韓国)。
本文献は韓国人の動物認識をとりあげ、これを社会学・法学・心理学から接近して、動物 実験、狩猟、ペット文化、養生動物食文化の 4 テーマについて論じ、さらに動物権について
「動物に権利はあるのか」を中心に、人間による愛護の基準を探索する。
動物実験については、人間に豊かな暮らしを提供するための動物生体実験がもたらす苦痛 は生命倫理に反するとの立場を主張する。
狩猟については、「残酷なスポーツに反対する同盟(The League Against Cruel Sports)」
を擁護する立場から、イギリスの民俗スポーツである狐狩りを事例に、犬を用いて狐を狩る 方法は残酷であること、また個体数を制限する必要性がある場合でも、それは狩りなどの方 法ではなく、人道的な方法で行うべきことを論じる。
ペット文化については、動物をペットにすること自体が間違っているとの一部動物愛護者 の主張を擁護する。それは動物のペット化が人間に与える利益より動物に与える被害の方が はるかに大きいことが理由であり、野生動物も含めて人間によって監禁されることで動物は 苦痛を感じると批判する。
養生動物食文化については、昔からの習わしであるとはいえ、犬を食材に用いることにつ いては、国際倫理から、これに反対する立場を述べる。
以上を総合して筆者は、動物を人間と共同生活をいとなむ存在とみなし、より人道的な方 法によって動物が精神的にも物理的にも苦痛を感じない次元を動物権として設定すべき旨 を提案する。
(9)べ・ドシク(2000):「闘牛遊びの民俗的考察」、韓国民俗学会誌、(32)、pp .121
−149、(韓国)。
本文献は韓国における闘牛の歴史、闘牛の社会的背景、闘牛の技術と用語、伝承地域と牛 主を取り上げ、これが単なる遊びではなく、韓国民族の情感を孕んだ特異な文化であると論 じる。
(10)青木 人志(2002): 「動物の比較法文化-動物保護法の日欧比較」、有斐閣、(日本)。
本文献は動物保護についての宗教的背景や法文化を持つヨーロッパ(イギリス、フランス、
ドイツ、スイス、オーストリア)と日本の動物保護法を比較し、動物に法人格は認められる かについて論じる。
(11)Steve Ostuni(2003):「JAPANESE TOSA」、 Kennel Club Books、(米国)。
本文献は、高知県の「とさいぬパーク(旧土佐闘犬センター)」の情報を中心に、土佐犬の 闘犬としての優秀性、外貌(図 3)、姿勢、人への忠誠心、それらを含めて多芸多才な性格 と特徴を紹介し、犬種の希少品種としての価値について述べる。
また、闘犬用に改良された土佐犬を闘技ではなくドッグショーに用いるための管理・飼育 法(図 4)やドッグショーのためのトレーニング法などについても記述する。
図 3 土佐犬の体型特徴
図 4 土佐犬飼養のための予防接種を含めた基本情報紙
(12)松井良明(2007):「19 世紀イギリスにおける動物闘技の違法性と制定法に関する基 礎的研究—動物虐待法(1835 年)と先行法との歴史的関係を中心として」、スポーツ史研究、
(20)、pp.35−50、(日本)。
本文献は、イギリスにおけるスポーツの近代化に果たした刑法の歴史的役割に関する研究 の一環として、1835 年に成立した動物虐待法と先行法との歴史的関連を検討することにより、
19 世紀イギリスにおける動物闘技の違法性と制定法の関係について論じている。
(13)松井 良明(2008):「19 世紀初期ロンドンの闘犬文化複合—1832 年の下院特別委員会 報告書を手かがりとして」、スポーツ人類学研究、(9)、pp.111−116、(日本)。
本文献は、世界で最初の動物保護法である 1835 年の動物虐待法(イギリス)の前提となっ た 1932 年の同法提案者マッキノン下院議員による関係者への尋問報告者の内容紹介と、ス ポーツ文化複合概念を用いての分析を試みている。
(14)ユン・ミヒョン(2010):「暮らしの質の向上に向けた動物対象スポーツの可能性探索」、
梨花女子大学、修士論文、(韓国)。
本文献は、動物スポーツは人と動物の互恵関係に立つ行為であるとの議論に立って、動物 スポーツを利用した暮らしの質の向上について提案する。
(15)ハム・テソン(2015):「韓国動物法制の問題点と改善案に関する考察」、梨花女子大 学、法学論集、19(4)、(韓国)。
本文献は、現行の動物保護関連法が国民の動物に対する認識の変化に十分に対応しえてい ない状況にあるとの認識に立って、今後の対応策を論じる。論議を明確にするために検討対 象を動物保護法の意味と対象動物に限り、その改善案を提案する。
(16)イ・スンフン、キム・ドンギュ(2016):「スポーツ系での動物法適用の争点と課題」、
韓国体育哲学会誌、24(2)、pp.23−41(韓国)。
本文献は、スポーツにおいて動物倫理は無視できない問題であるとの認識から出発して、
社会を人と動物の共生体とみる新しい思想の中で動物の権利や福祉をどのように考えるべ きか、その議論をスポーツ場面と日常生活場面において展開する必要性について提案する。
以上の先行研究(また上掲以外の諸研究15)からは、動物スポーツが歴史や法の問題とし て多様に論じられてきた状況を知ることができる。
しかし、韓国の闘犬を主対象にして、これが同じ動物闘技でありながら闘牛と法的に顕著 に差別化される特異な状況に注目し、そうした状況が生起した過程を歴史的に再構成し、差 別化・対立という問題を生み出した背景について考察するという本研究のめざす試みは、未 着手であると結論される。
15 ゴ・ウォンギュ、シム・サンファ(1998):「参与観察と面談調査においての伝統ソ・サウムの活性化に関する研究」、観光・
レジャー研究、10(2)、pp.7−29、韓国。
ユ・ヨンジュン(2001):「淸道ソ・サウム(闘牛)の祝祭における観光者の満足度に関する研究」、慶州大学、観光学論叢、6、
pp.23−51、韓国。
ユン・シングン(2005):「犬と韓国民俗−韓国の犬養う」、国立民俗博物館、民俗研究科学術資料集、45、pp.7−34、韓国。
ノ・ユング(2006):「祝祭に関する地域社会の愛着度が住民の態度に与える影響」、大邱大学大学院、博士論文、韓国。
パク・チャンウン(2010):「動物保護と動物福祉論−ヨロッパの状況を中心として−」、法曹協会学会誌、法曹、59(1)、pp.
300−335、韓国。
パク・ジョンギ(2010):「動物の法的な地位に関する研究」、釜山大学法学研究所、法学研究、51(3)、pp.25−53、韓国。
ゴ・ウォンギュ(2010):「晋州ソ・サウムを通じた伝統の再構成と観光」、民俗文化論叢、46、pp.479-513、韓国。
ゴ・ウォンギュ(2011):「ソ・サウムで見た文化観光」、デワン社、韓国
イ・スンフン、イ・ジョンシク(2013):「スポーツから現れた種差別主義と動物の道徳の地位問題」、韓国体育哲学学会誌、
21(4)、pp.85−103、韓国。
中塚圭子(2013):「人とペット犬との共生空間に関する研究」、群馬県立大学大学院、博士論文、日本
ミョン・ボヨン(2013):「遺棄動物の保護センターの現況及び運営に関する研究」、全南大学大学院、博士論文、韓国。
ユン・イックジュン(2016):「動物の地位に対する法政策的な談論、-現行法上の動物の保護と動物の福祉を中心として-」、
韓国法政策学会誌、法と政策研究、16(1)、pp. 37–65、韓国。
第1章 韓国における動物闘技
第1節 闘牛(ソ・サウム)
韓国におけるソ・サウムは、口伝によると、三國時代(313〜676 年)に始まる。新羅が百 済を討った戦勝記念としてソ・サウムを行ったとされるのである16。
また、放牧して草を食む雄牛の雌牛をめぐる喧嘩から始まったとする自然発生説も晋州の観 光闘牛ではおこなわれている17。
口伝を信じるなら三國時に始まるソ・サウムは、その後、高麗時代(918−1392)に復興し、
朝鮮時代(1392−1910)に盛行した民俗遊戯であった18。
また近代については、日本による朝鮮の植民地時代(1910-1945)の情況が当時の新聞記事 や写真などから確認される。
日本朝鮮総督府は、「3.1 運動(サン・イル運動:1919 年 3 月 1 日に起きた大韓独立運動)」
によって高まった民族意識がソ・サウム競技を通じて拡散することを恐れ、そのため、民情 が沈静するまでソ・サウムを中止したが、その後、ソ・サウムが良い牛種の確保に有益であ る点が評価され、1923 年頃から畜産奨励目的でソ・サウムを復活させる19。
16 晋州チンジュ文化院(1996):「晋州礼賛」、p.430。
17 ゴ・オンギュ(2010):「晋州ソ・サウムを通じた伝統の再構成と観光」、民俗文化論叢、46、p.483。
18カ ン ・ ビ ョ ン ジ ュ (2009) : 「 晋 州 の ソ ・ サ ウ ム 」 、 韓 国 中 央 研 究 院 、 晋 州 郷 土 文 化 百 科 オ ン ラ イ ン http://jinju.grandculture.net/Contents?local=jinju&dataType=98&callFunc=goSearch()%3B&keyword=%EC%86%8C%EC%8B%B8
%EC%9B%80
19 朝鮮(1925):「晋州の闘牛」、朝鮮総督府 慶尚南道、 61。
図 5 1925 年 9 月 22 日発行した釜山日報中、「特別畜牛大市場、晋州邑内にて開催」
「(晋州)晋州は古来優良牛の産地として知られ毎年他府郡に供給する 畜牛の数は多大であり又有名なる闘牛の盛んなる地であるが隨つて晋州
の牛市場は非常に盛んであるが慶南道営局に於いて晋州郡を種牡牛の 育成地たらしむる計量もあるより郡に於いては一層優良牛の増殖を圖り 廣くこれを供給してその改良に資する方針で先づこれが手姶めとして来る 二十八日道の命によりて邑内牛市場で特別大市場を開設するに決したが晋州 畜産組合に於いては種牡牛を初め一般優良牛の賣買供給に就いて仲介の労を
執る由で各郡の来場を希望してゐる 」
写真 2 1910 年代の晋州のソ・サウム(晋州市役所)
写真 3 1920 年代の晋州のソ・サウム
(晋州観光、http://www.jinju.go.kr/02793/02259/02323.web)
写真 4 1930 年代の晋州のソ・サウム
(晋州観光、http://www.jinju.go.kr/02793/02259/02323.web)
植民地から解放された後は、1972 年に晋州に「晋州闘牛協会」が発足し、また 1982 年に は「韓国闘牛協会」20と名前を改めて法人として登録される。
こうした地域の保存会(晋州、晋陽、昌寧、蜜陽、金梅など 12 地域)が、以後、独自の 全国大会を催すが、他方、全国民俗闘牛連合会を中心とする大会もあり、そこでは 2009 年 に 13 回目を迎えている21。
20 この時期までは、ソ・サウムと闘牛との単語を混用したのが一般的であったが、ソ・サウムの単語が本格的に使い始めたの は、2000 年代前後によって(ソ・サウム)闘牛による関連法律が制定してからであると見なされる。
21 李承洙(2015):「大韓民国の民族スポーツ」、21 世紀スポーツ大事典、pp.632−635。
写真 5 1960 年代の晋州のソ・サウム
(晋州観光、http://www.jinju.go.kr/02793/02259/02323.web)
写真 6 1970 年代の晋州のソ・サウム
(晋州観光、http://www.jinju.go.kr/02793/02259/02323.web)
写真 7 1980 年代の晋州のソ・サウム(晋州市役所)
写真 8 最近の晋州のソ・サウム
(晋州観光、http://www.jinju.go.kr/02793/02259/02323.web)
さらに、2002 年に動物保護法の対象外とされた「伝統ソ・サウム競技法(第 6722 号)」が公 布されると、慶尚北道の清道郡にはソ・サウム公営ギャンブル競技場が開場する。
第2節 闘馬(マル・サランサウムノリ)
韓国では珍しい動物スポーツである闘馬は、済州市だけでおこなわれてきた。
公式には「チェジュ(済州)マル(馬)・サラン(愛)サウム(喧嘩)ノリ(遊び)」と称し、競技 方法は他の動物闘技とほぼ同じで、2頭のオス馬が前足で相手の首や胸などを攻撃する。ま た口で噛むこともおこなわれる。
闘馬が広く知られるのは 1990 年代からである。1996 年 10 月5日付け東亜日報が済州の闘 馬大会を報じているのであり22、その後、大会日程などについての報道がおこなわれている23。
2001 年には、この闘馬を創始したキム・ビョンリョン氏 24のインタビュー記事25が掲載され る。キム・ビョンリョン氏は 50 年ほど前に偶然に馬を購入した時に始めたと言う。目的は 済州原産馬を繁殖して普及させることであった。それなりに済州原産馬が定着した 1980 年 代に済州競馬場が開かれたことも手伝って経済効果もあったと言う。その後、済州馬テーマ パークを建設し、済州原産馬が天然記念物 347 号に指定されたことを受けて闘馬競技を創始 し展開したが、韓国が経験した IMF 通貨危機(1997-2001)によって運営は厳しくなった。
しかし、そうした状況を克服してからは済州の祝祭として広く知られるようになり、済州市 役所のネット掲示板26(済州島内の祝祭とイベント行事 2007・2008 年)には公開プログラムと してマル・サランサウムが表記されるようになる(図 6)。
ネットでは、主管は済州市役所観光政策課、行事の類別表記は「伝統文化」、闘馬の表現
22https://newslibrary.naver.com/viewer/index.nhn?articleId=1996100500209135001&editNo=45&printCount=1&publishDate
=1996-10-05&officeId=00020&pageNo=35&printNo=23329&publishType=00010
23 東亜日報(1996、1997)。
https://newslibrary.naver.com/viewer/index.nhn?articleId=1997031300209141010&editNo=45&printCount=1&publishDate
=1997-03-13&officeId=00020&pageNo=41&printNo=23478&publishType=00010
https://newslibrary.naver.com/viewer/index.nhn?articleId=1996041500209135004&editNo=45&printCount=1&publishDate
=1996-04-15&officeId=00020&pageNo=35&printNo=23168&publishType=00010
24 闘馬文化の創始者でもあるが、ユネスコ指定(NEW 7 WONDERS OF NATURE)である`萬丈窟マンジャングル`文化院の院長と しても勤めている。
25 中央日報 2001 年 2 月 23 日。 https://news.joins.com/article/4041991
26 済州市役所のホームページ。http://www.jejusi.go.kr/
は「マル・サウムノリ」となっている27。ノリは「遊び」の意で、民俗を意識する時によく 用いる表現で、伝統文化化の意識の表出といえよう。
図 7 のネット掲示は、同じく済州市役所観光政策課の管理ながら主管は競馬を業とする韓 国馬事会済州本部であり、注目されるのは、ここでは表記が「マル・サランサウム」28と「ノ リ」が欠落する点である。
写真 9 済州マル・サランサウム(2007 年 5 月 10 日、連合ニュース`闘馬大会`)29
他方、毎年、各地の市は政府に市の問題点の改善等の要望書を提出しているが、済州市が 提出した要望書の中にマル・サランサウムがあった。
2013 年 2 月 8 日、済州市は「済州特別法の制度改善の本格的推進」を作成し、政府にマル・
サランサウムの公的許可や運営権などについて願い出たのである(図 8)。
この提案書は総 14 ページになっていて、そこには、「道民の生活と地域経済に極めて有
27 済州市役所のネット掲示板。 http://www.jeju.go.kr/news/news/news.htm?act=view&seq=734155
28 済州市役所のネット掲示板。 http://www.jeju.go.kr/news/news/news.htm?act=view&seq=738608
29 https://news.naver.com/main/read.nhn?oid=001&aid=0001632195
用な特別法」として、「競争力強化に向けた新しい産業・サービス産業の育成」「財政特例 による自治財政の強化」「権限移譲による自治権の拡大」が謳われていたが、そこにマル・
サランサウムの法的庇護と普及についての提案が載せられている(図 9)。
そこには、「新しい産業の育成」のタイトルのもとに、先行する清道の公営闘牛ギャンブ ルをロ-ルモデルに、清道のソ・サウムと同じように済州のマル・サランサウムノリにも法 的特例を導入し、これによって済州にマル・サランサウムノリ拠点を建設して地域経済の活 性化に資したい旨が記述された。
提案書作成は 2008 年に行なったマル・サランサウムについての懇談会に始まる。済州市 長、伝承者、馬関連団体、学識経験者、観光団体、祝祭専門家、関連公務員など20名ほど の会合であった30。
懇談会では、政府からは馬の安全や種の保護のため、また動物虐待予防の理由から競技の 際には馬に保護装備を着用すべき旨の要望が出されていることが披露されたが、それに対し て伝承者などの団体は、馬が闘うのは闘牛の場合と同じく馬の本能的な行動であり、闘馬は 馬の自然のままの行動を競技に再構成したものであり、こうした制限を受けるのは民俗文化 の原型を毀損するものであり、保護装備をつけずにおこなう闘牛を認めた政府の政策と矛盾 するものであるとの主張が出された。
ここには、動物闘技をめぐる伝承団体と許認可権をもつ政府の立場の違いと、その根拠の 違いが顕著に表れていて、興味深い。この議論はのちに再び取り上げられる。
懇談会のその後、2014 年に首相室の済州特別自治道支援委員会が行なった済州特別自治道 制度改善案審査は、闘馬マル・サランサウムノリを非許可とした31。
これ以降、伝承団体の動きはほとんど見られなくなり、韓国の闘馬はこの時期以来止まっ ているかに見える。
30 済州の音ニュース 2008 年 11 月21 日。http://www.jejusori.net/news/articleView.html?idxno=56073
31 連合ニュース 2014 年 2 月 3 日。 https://www.yna.co.kr/view/AKR20140203125900056
図 6 済州市役所のネット掲示板(2007 年)
図 7 済州市役所のネット掲示板(2008 年)
図 8 報道資料、「済州特別法の制度改善の本格的な推進―2 月道議会の報告・同意後 制度の改善 案の政府提出―」、特別自治行政局、提供部署−特別自治教育支援課、特別自治担当−キム・チャンホ、
制度改善担当−キム・ナムジン
図 9 済州特別法の制度改善の本格的な推進―2 月道議会の報告・同意後制度の改善案の政府提出―」
第3節 闘鶏(ダク・サウム)
韓国の闘鶏は歴史が深いと見られる。最初の記録は朝鮮王朝実録に確認される。成宗康 靖大王實錄の 297 冊中の第 72 冊(成宗 7 年:1476 年 10 月 21 日)に成宗が「豹貀、鬪雞、鷹 犬」などの動物を自由にしたことの言及がある32。
また近代になってからの闘鶏は、日本植民地時代に出版された『朝鮮の郷土娯楽』(1941)
に確認される。この書は、1924 年から 1941 年までの間、朝鮮総督府が刊行した朝鮮半島調
32 国史編纂委員会。http://sillok.history.go.kr/id/wia_10710021_008
査資料集(全 47 冊)中の 47 番目で、村山智順の編纂になり、1930 年代と 40 年代に衰退し ていく朝鮮半島の民俗伝承遊戯を調査・記録したもので、当時の動物闘技状況を知るには第 1 級の資料と評価される。
そこには半島の各地で闘鶏が様々な文化的意味を持って民間におこなわれていたことを 知ることができる。当時、闘鶏を行っていたのは京畿道、忠清道、全羅道、慶尚道、黄海道、
江原道、平安道、咸鏡道の全国に及んでいる。
1950 年代以降は、朝鮮戦争の休戦(1953)後、政府は都市部における家屋を経済優先で設計 し、これを市民に強いたが、そうした家屋は旧来のものと違って鶏の飼育に不向きであった ため、自ずと鶏を飼う者も減り、闘鶏が急減していった経緯がある33。
闘鶏文化が復興するのは 1987 年に設立された「韓国闘鶏研究所」がきっかけとなってい る。この研究所は、多様な活動の中に闘鶏を含め、そのため各地に残る闘鶏関連の民俗文化 を調査・研究し34、その成果を新聞や雑誌などに寄稿し、同時に各地の自治体が行なう祝祭 行事に闘鶏を採用するよう要望したのである35。
33 京郷新聞 1996 年 3 月 21 日
https://newslibrary.naver.com/viewer/index.nhn?articleId=1996032100329128001&editNo=40&printCount=1&publishDate=
1996-03-21&officeId=00032&pageNo=28&printNo=15715&publishType=00010
34 リ ・ ヒ フ ン (2000) : 「 闘 鶏 の 強 い 勝 負 欲 で 新 千 年 を 開 く 」 、 月 間 養 鶏 研 究 、 118 、 pp . 36 − 38 。 http://www.koreanpoultry.com/tt/board/ttboard.cgi?act=read&db=poultry_news&page=7&idx=4
35 京郷新聞 1996 年 3 月 21 日
https://newslibrary.naver.com/viewer/index.nhn?articleId=1996032100329128001&editNo=40&printCount=1&publishDate=
1996-03-21&officeId=00032&pageNo=28&printNo=15715&publishType=00010
図 10 「再び`ダックサウム`が始まった」京郷新聞 1996 年 3 月 21 日36
36https://newslibrary.naver.com/viewer/index.nhn?articleId=1996032100329128001&editNo=40&printCount=1&publishDate
=1996-03-21&officeId=00032&pageNo=28&printNo=15715&publishType=00010
写真 10 韓国の闘鶏(ダック・サウム)、韓国学中央研究院、韓国民族文化大百科事典(1)
写真 11 韓国の闘鶏(ダック・サウム)、韓国学中央研究院、韓国民族文化大百科事典(2)
写真 12 1986 年に行なった江陵端午祭での闘鶏(ダック・サウム)37
図 11「闘鶏シャモ」、แนวทางและแบบอย่างการเพาะเลี2ยงไก่ชน & ทําฟาร์มไก่ให้รวย38
37 江陵端午祭委員会 http://www.danojefestival.or.kr/contents.asp?page=333&kind=2&IDX=3415
その結果、1990 年代から 2000 年代初期まで、日本の盆に当るチュソクにおいて(主に慶尚 道)、また市場祭りにおいて(大邱、晋州、昌寧など)、端午祭に(江陵)、さらに韓国相撲 のシルム大会39や 3.1 民俗文化祭40などの機会に、ギャンブルを含めた民俗遊びとして闘鶏が 行われた41。
こうして闘鶏が復活する中、これに用いる鶏も、インドや東南アジアのシャモ種や日本のハ ンド種が輸入され、またこれらをかけ合わせて作った新種ウドリ(우두리
)
の三品種で闘鶏 がおこなわれたが、最もよろこばれたのはシャモであり、この種がもっぱら使用された42。 シャモはキック力など他の鶏と比べ格段に優れていたのである43。しかし、闘鶏復活に大いに寄与した「韓国闘鶏研究所」の活動も 2000 年代に入ると低調 になり、今日では闘鶏は歴史的文化になりつつある。
闘鶏は古い歴史と長い伝承事実を持ちながら、21 世紀の今日ではすっかり衰退している。
闘鶏衰退の背景に動物虐待などの問題はほとんど認められない。原因はどのように考え られるか。
今日の韓国における「鶏」のイメージは、「牛=食用、農業、ソ・サウム(闘牛)」、「馬
=移動手段、競馬、乗馬、食用」と違って、「鶏=食用:食材・卵・フライドチキン」とも っぱら食文化の範囲にとどまっている。牛や馬には食以外の役割が期待されるのに対し、鶏 はもっぱら食のためという人々の観念が認められるのである。韓国は、今日、「鶏の料理天
38 闘鶏と豊かな養鶏場を作るためのガイドラインと先例(2013): SE-EDUCATION Public Company Limited、タイ。
39 ジョン・スンモ(2011):「韓国文化史 36」、国史編纂委員会。
40 慶尚南道昌寧郡霊山から行なっている郷土文化祭で、毎年 3 月 1 日に開催し、綱引き、シルム大会、弓道大会、闘犬、闘鶏、
凧揚げ大会など、民俗遊びの祭り。(1961 年から施行)
41 3.1 民俗文化祭の日程。(市役所のネット掲示板)
http://www.cng.go.kr/news/00000372/00000402.web?amode=view&idx=422724
42 ジャン・ジュグン(1995):韓国学中央研究院、韓国民族文化大事典。
43 京郷新聞、1996 年 3 月 21 日。
https://newslibrary.naver.com/viewer/index.nhn?articleId=1996032100329128003&editNo=40&printCount=1&publishDate=
1996-03-21&officeId=00032&pageNo=28&printNo=15715&publishType=00010
国」と言われるほどに、鶏には食以外の役割がほとんど考えられていない。加えて鶏の料理 に関しては、レシピの産業化が強く発達したため、飼育法や品種改良などを含めいいろいろ の分野から学術的なアプローチを受け、またメディアを巻き込んで巨大ビジネスを形成して おり、これが鶏を闘わせる文化を衰退させる遠因とも考えられ、現にそうした指摘をおこな う研究も見られるのである44。
第 2 章 日本の闘犬
韓国における闘犬は『朝鮮王朝実録』に闘犬の字が見えるものの、それは、羽根を折った 鶏を放ち、これを犬に追いかけ捕えさせる狩の形式のものであった。
犬と犬を闘わせる闘犬は 1910 年代から、日本の影響のもとに始まっている。そこで、韓 国の闘犬について論じるなら、日本の闘犬について概観しておく必要がある。
日本では人と犬との交流はその歴史が長く、記録としては日本書紀45に登場する垂仁天皇 の時代46のものが古い。統治 87 年の条に、甕襲みかそという人の家で飼っていた猟犬と思われる
「足往あゆき」(足が速いことに因む名)47という犬の話が載っているのである。48
この頃の時代を含め、犬とかかわる生活を続けてきた日本は犬をそれぞれの目的に合わ せて狩犬、警備犬、軍用犬、救助犬、案内犬、闘犬などの犬種と、それぞれの犬文化を創り、
そのいくつかを民俗文化として保存してきている。
本章では、こうした民俗文化の一つである日本の闘犬を、とくにこの闘技のために改良 された土佐犬を中心にその文化を考察する。
44 ソン・インジュ(2014):「チキンが知りたいのか、その始まりと終わり」、韓国農村社会学会誌、24(2)、pp.299−311。
45 奈良時代(710 年−794 年)に成立された日本の歴史書。
46 垂仁天皇元年 1 月 2 日から垂仁天皇 99 年 7 月 14 日。
47 谷口 研語(2012):「犬の日本史」、吉川弘文館、p.23。
48 宇治谷 孟(1988):「日本書紀」、講談社、(上)、pp.134−151。
第1節 日本の闘技闘犬
日本の闘犬が公式におこなわれるのは鎌倉時代末期の頃である。当時、北条高時49が月に 一二度、「犬合わせの日」を決め、闘犬を行わせていたのである50。 それ以降の闘犬文化は、
戦国時代(1467 年−1616 年)から始まる。51
表 4 日本の闘犬文化の展開52
年式 事項
戦国時代 1467 年-1590 年
戦国時代末期から江戸時代初期にかけて 「イノシシザキ」と呼ばれていた狩猟犬 (現在の四国犬)が現在闘犬の祖となる。
江戸時代 1603 年-
土佐の住人である「大高坂盤益」が長崎より洋犬(ブルドック)を連れ帰り、四国犬 と交配し始めた。
慶応 2 年 1866 年-
風俗を乱すことを理由に闘犬禁止令が発布。その中、愛好家達は密かに土佐犬を飼 育し続け、山や海などの僻地で闘犬を行っていた。
明治 30 年 1897 年-
愛好家から闘犬の許可を懇請された自由民権運動の上、板垣退助53公の尽力より明 治 30 年 9 月 30 日「闘犬取締規則」が発布、全国では初の闘犬許可の形になった。
明治 32 年-40 年 1899 年-1907 年
32 年には文部大臣、38 年には司法大臣、40 年にはのちの大正天皇が闘犬をご覧に なったため、これにより届け出次第でどこでも闘犬興行が許可された。
大正 3 年 1914 年
明治の終わり頃から昭和の初めにかけて闘犬の全盛期と言われ、秋田犬との対抗試 合で勝利を収めていた。当時に日本初の横綱が誕生した。 (直太朗號)
昭和 12 年 1937 年
日中戦争が始まると、闘犬は兵士の士気を高めたり各地の病院を慰問するためにも 行われるようになり、昭和 18 年頃は山岡仕氏を団長とする闘犬慰問団が編成。
昭和 24 年 1949 年
この頃から土佐犬を各地域へ普及し始めた。
表 4 に見るように日本の闘犬文化は長い歴史をもち、それは現在においては動物スポーツ 文化として定着していると考えられる。
一方、たびたび出された動物法は、闘犬にも適応される公的な動物管理政策であったが、
闘犬に限定した法も存在した。なかでも、1886 年に発布された「闘犬禁止令」によって日本
49 鎌倉幕府第14 代執権(在職:1316 年-1326 年)、第 9 代執権・北条貞時の三男。
50 谷口 研語(2012):「犬の日本史」、吉川弘文館、pp.61−64。
51 李承澤(2019):「スポーツ人類学で見る動物スポーツの考察、−日本の闘犬文化を中心として−」、大韓ヒューマンムーブメ ント学会誌、(1)、pp.47−59。
52 高知県(旧土佐闘犬センター)とさいぬパーク博物館より引用。
53 板垣退助(1837 年−1919 年)、日本の武士(土佐藩士)、政治家。