資 料
アメリカ法判例研究(21)
アメリカ最高裁研究会
(代表者 宮 川 成 雄)
Ⅰ 特許権満了後のロイヤルティ徴収に関する違法性基準
─ Kimble v. Marvel Entertainment, LLC, 135 S. Ct. 2401 (2015) ─
藤 野 仁 三
Ⅱ イスラエルを合衆国市民の出生地とするパスポートの 記載と大統領の非承認権限
─ Zivotofsky v. Kerry, 135 S. Ct. 2076 (2015) ─
広 見 正 行
Ⅰ 特許権満了後のロイヤルティ徴収に関する 違法性基準
─ Kimble v. Marvel Entertainment, LLC, 135 S. Ct. 2401 (2015)─
1 事 実
上告人Kimble他(以下「キンブル」という)は1990年,クモ糸状の泡を放
出する手袋玩具に関する合衆国特許出願を行い,特許が認められた(以下「ス パイダー特許」という)(1)。被上告人Marvel Entertainment, LLC(以下「マー ベル」という)は,スパイダーマンを中心としたコミック本のキャラクター人 形を製造・販売している。
キンブルは,スパイダー特許が認可される前に,スパイダー特許出願の売却 のためマーベルと打ち合わせ,その席でスパイダーマン人形の手袋からクモ糸 状の泡を放出するという商品企画のアイデアをマーベルに伝えていた。結局,
特許出願の売却の話は不調に終わった。
スパイダー特許の成立後,マーベルはキンブルに断りなく,スパイダーマン の動きをまねた「Web Blaster」玩具を製作・販売した。キンブルは,Web
Blasterがスパイダー特許を侵害するとして,マーベルを連邦地方裁判所に提
訴した。結局,マーベルがWeb Blaster及び類似商品の過去の販売分として約 50万ドルをキンブルに契約締結時に支払い,将来のロイヤルティとして製品販 売額の3 %を支払うという条件で,両者に和解が成立した。
スパイダー特許の権利期間が消滅する頃になって,マーベルは合衆国最高裁 判所の判例であるBrulotte v. Thys Co.事件判決(1964)(2)の存在を知った。こ の最高裁判決により,特許の権利期間の消滅後(以下「特許満了後」という)
(1) 合衆国特許5,072,856号(1991年12月17日発行)。第1クレームは以下の内 容を請求する。「容器と調整弁を備えた泡導出管をもつ3つの要素(圧力体,
手袋および指で調整弁を収納・作動させるホールダー)から構成される糸状 の泡を放出するおもちゃの手袋であって,泡が無くなったときに交換可能な ように分離できる2つのユニットから構成された手袋。」
(2) Brulotte v. Thys Co., 379 U.S. 29 (1964).
にロイヤルティを徴収することは反トラスト法の「当然違法」(unlawful per se)であるとする判例が確立した。この判例を根拠として,マーベルはロイヤ ルティ支払い停止のための宣言的判決(declaratory judgment)を合衆国アリ ゾナ地方裁判所に求めた。
同地裁はマーベルの請求を認め,特許満了後のロイヤルティ支払いの契約上 の義務は無効であるとする宣言的判決を下した(3)。キンブルはこの判決を不服 として合衆国第9巡回区控訴裁判所に控訴した。同控訴裁は,Brulotte判決の 内容が不合理であることは認めたものの,結論として地裁の判決を支持した。
キンブルはこの控訴審判決を不服として合衆国最高裁に裁量上訴(certiorari)
し,合衆国最高裁はそれを受理した。
2 争 点
特許満了後のロイヤルティ徴収を反トラスト法上「当然違法」とする先例を 変更すべきか。
3 判 決
法廷意見は「当然違法」の先例判決を維持し原審の判決を支持した。Kagan 裁判官が法廷意見を執筆し,Scalia裁判官,Kennedy裁判官,Ginsburg裁判 官,Breyer裁判官,及びSatomayor裁判官が同調した。これに対し,Alito裁 判官が反対意見を執筆し,Roberts首席裁判官,及びThomas裁判官が同調した。
4 判決理由
( 1 ) 先例判決の検討 (ⅰ) Brulotte事件の概要
Brulotte事件の被上告人であるThys Co.は,ホップ収穫用機械に関する複 数の特許を保有していた。Thys Co.は,ホップ収穫期毎に500ドルか収穫した 乾燥ホップ200ポンドあたり3ドル33セント1 / 3のいずれか高い方の実施料
(ロ イ ヤ ル テ ィ) の 支 払 い を 条 件 に 関 連 特 許 の 実 施 権(ラ イ セ ン ス) を
Brulotteに許諾した。ただし,ライセンスの再譲渡や許諾地域外への製品持ち
出しは,特許ライセンス契約で禁止されていた。
契約では12件の特許がライセンスの対象となっていたが,ホップの収穫用機
(3) Kimble v. Marvel Enters., Inc., 692 F. Supp. 2d 1156 (D. Ariz. 2010).
械に実際に使用されていた特許は7件であった。それらはすべて1957年に権利 が消滅したが,ロイヤルティの支払い義務は特許満了後も継続した。Brulotte は期間満了後に発生したロイヤルティについてはその支払いを拒否したため,
Thys Co.は,ロイヤルティの未払いが特許ライセンス契約の違反にあたると
して,Brulotteを州の地方裁判所に訴えた。
Brulotteは,特許の権利期間を超えて特許ライセンス契約を延長することは 特許権の濫用(patent abuse)にあたると反論したが,州地裁はその反論を退 け,特許満了後のロイヤルティ支払い義務は存続すると判決した。Brulotteは この判決を不服としてワシントン州の州最高裁判所に上訴した。ワシントン州 最高裁は,ライセンス料を特許期間後に支払うためのライセンス契約の規定は 合理的であるとの理由から,Thysによる特許満了後のロイヤルティの徴収を 合法とした。
Brulotteは合衆国最高裁判所に裁量上訴(certiorari)し,合衆国最高裁はこ れを受理した。
(ⅱ) Brulette事件の最高裁判決 合衆国最高裁は以下のように判決した。
特許ライセンス契約の目的は州最高裁が認定したような限定的なものではな い。ライセンス料は定額なので各年のロイヤルティ支払いはその年の特許実施 に対するものであり,権利満了後のロイヤルティは,許諾製品の権利満了後の 使用に対する支払いであって,権利満了前の実施に対する支払いではない。権 利満了後も許諾製品の譲渡や移動が禁じられており,これらの制限は,特許権 による排他権を法定の期間を超えて行使しようとするものである。したがっ て,州最高裁の判決には誤りがある。
Brulotteは,権利満了後のロイヤルティ支払いは権利期間内に発生したライ センス料の後払いであると主張する。もし単なる後払いであれば,それは州法 の契約法の問題であり,連邦法で取り上げる必要はない。特許は合衆国全域を 対象とするものであり,いかなる理由であっても特許満了後にその排他権を延 長することはできない。しかし,本件では,特許満了後のライセンスやロイヤ ルティ支払いの扱いについて何ら区別しておらず,これは,権利満了後も権利 期間中と同じ契約条件を執行しようとする意図であったことは明らかである。
特許満了後に特許権者がロイヤルティの支払いを求めることは当然違法である。
Brulotteの反論の根拠は,Hazeltine判決(4)であるが,それは本件の参考と はならない。なぜならば,Hazeltine判決の場合,許諾特許のいくつかが満了
していたが,すべてが満了した訳ではない。何百件という特許が一括してライ センスされ,ロイヤルティ計算は売り上げをベースに行われた。すべての許諾 特許を実施しなくても,契約上,ロイヤルティの支払い義務は発生していた。
このようなロイヤルティ支払いは便利であり,かつ合理的でもある。
特許権者はライセンス交渉で,特許を「てこ」に高いロイヤルティ率を設定 することは認められるが,特許満了後にロイヤルティを徴収することはできな い。そのような行為は,特許保護のある製品と,特許保護のない製品と抱き合 わせるのと同じことで,実質的に特許の排他権を拡張する試みとなるからであ る。
特許満了後の特許は,一般に開放され,誰でもいつでも自由に使用すること ができる。そのような特許についてロイヤルティの支払いを求めることは,特 許満了後の権利行使にあたる。許諾特許の権利満了後もライセンス契約を継続 し,満了後もそれを行使しようとする試みは許されない。
( 2 ) 本件の判決理由 〔法廷意見〕
(ⅰ) 特許満了後のロイヤルティ
特許の排他権は有限であり,出願日から20年経過後に消滅する。特許満了後 は,誰でも自由に特許の発明技術を使用できる。これまでも当法廷はこの原則 を尊重してきた。Brulotte判決は,特許満了後にロイヤルティの支払いを求め るライセンス契約は反トラスト法上,「当然違法」であるとした。その理由は,
権利期間を超えて特許の排他権を延長させることになるからである。もし排他 権の延長が認められるならば,特許は消滅すれば公共の所有物となるという特 許法の原則が崩れるからである。
確かに,Brulotte判決が取引を制約する状況も生じうる。ロイヤルティの一 括払いの代わりに分割払いを望み,売上げが発生するまで支払いを遅らせるこ とを望む人がいるであろう。ロイヤルティの料率を低くして特許満了後でも支 払えることを望む人もいるであろう。しかし,Brulotte判決の下で同じ効果を 得る契約は可能である。例えば,権利期間内の特許実施に対するロイヤルティ 支払いを,特許満了後に行うようにすることもできるし,特許以外の知的財産 権と組み合わせたロイヤルティにすることもできる。ロイヤルティが発生しな
(4) Automatic Radio Co. v. Hazeltine Research, Inc., 339 U.S. 827 (1950).
いように相殺する取り極めもできる。
(ⅱ) 先例拘束の原則
「先例拘束の原則」(principle of stare decisis)は,法の支配の礎石であり,先 例変更には慎重さが求められる。この原則のために,誤った判決に拘束される 場合もあろう。しかし,単に誤りがあるというだけで定着した先例を葬り去る ことはできない。先例を変更するためには「特別な正当化事由」(special justification)が必要となる。
Brulotte判決に何らかの誤りがあるとしても,その誤りを正すのは連邦議会 の役割である。連邦議会がBrulotte判決を変更する機会はこれまでに何度も あったがいまだに変更されていない。また,Brulotte判決の「当然違法」ルー ルを「合理の原則」ルールに変えるための法案も出されてきたが,いまだに成 案にはなっていない。このような経緯からも,本件のように財産法(特許法)
と契約法(特許ライセンス契約)という二つの法領域が重なる場合には,先例 拘束の原則を優先すべきである。
Brulotte判決の下での「当然違法」ルールは依然として支持されており,そ こで議論された特許法上の争点も基本的に変わっていない。今でも効力ある法 として機能しており,他の多くの判例と密接に関連している。それを見直しす れば,関連法にも大きな影響を与えることになる。逆に,Brulotte判決が機能 していないとする主張の根拠は証拠で立証されていない。
同判決はシンプルであり適用しやすい。契約に,特許満了後のロイヤルティ 支払い規定が有るかどうかだけを問題にすればよい。そのような規定が無けれ ば違法性の問題は生じない。キンブルが提起した「合理の原則」にもとづく解 釈論は,高額の訴訟費用と予測不能な結果をもたらすことになる。
(ⅲ) 正当化理論
キンブルは,Brulotte判決の変更を求める根拠として,「経済学的な瑕疵あ ること」と「イノベーションを阻害すること」を挙げた。
経済学的な瑕疵についてのキンブルの主張の根拠は,Brulotte判決に経済学 的な不合理性があることである。これは,特許満了後のロイヤルティ支払いは 常に反競争的であるという前提に立つものである。しかし,たとえ分析方法に 経済的な誤りがあったとしても,特許法はシャーマン法の場合と異なり,先例 変更の権限を裁判所に認めていない。それができるのは連邦議会だけである。
また,キンブルの主張は新しい経済理論に立脚したものではなく,Brulotte 判決での裁判所の解釈手法の誤りを指摘しただけのものである。そのような主
張は,先例変更を正当化する上で十分とは言えない。
キンブルは,Brulotte判決によって特許の商業化のための契約が難しくな り,それが技術的革新を抑制し,ひいては国家経済の発展の阻害につながると 主張する。しかし,この主張も正当とは言えない。なぜならば,Brulotte判決 の下でも,当事者はロイヤルティ支払いを特許満了後にも継続できるし,ビジ ネスリスクを分散するための処置を講じることができるからである。キンブル の立場を擁護する意見書(amicus curie)が提出されているが,その意見書は,
Brulotte判決がイノベーションの低下をもたらすことを立証していない。仮に
同判決にイノベーション阻害の懸念があるとしても,その懸念を払拭するのは 議会の役割であって,裁判所に課せられたものではない。
〔反対意見〕
Brulotte判決は,特許満了後のロイヤルティ支払いの目的と効果を誤解して いる。この誤解は,特許権者の独占力が特許満了後もロイヤルティ支払いを強 要すると考えたために生じた。この問題の経済原理は単純であって,ロイヤル ティの支払い期間を延長すれば,ロイヤルティ支払いが長期に分散され,結果 として特許期間中の支払い比率を相対的に低く抑えることができることである。
このような支払い延長方式が望ましく競争促進につながるのは,大学や病院 など,研究開発の期間が長期にわたりしかも商品化するまでに時間がかかる場 合である。このような場合には,支払い期間を長期にして一回あたりの支払い 額を低くするのが望ましいのは明らかである。しかし,Brulotte判決は,この ような効率的な支払い方式を採ることを難しくしている。当法廷は,特許法お よび他の法分野で「当然違法」の原則をこれまで見直ししてきた。例えば Illinois Tool Works Inc.判決(2007年)(5)で,これまで「当然違法」とされてい た特許の抱き合わせ規定を「合理の原則」(rule of reason)に基づく判断にす ることに変更しており,今回もそうすべきである。
ロイヤルティの延べ払い方式について,法廷意見は,Brulotte判決の下でも さまざまな取り極めが可能であるので実害はないとしている。しかし,問題 は,その根拠となっている経済学的な不合理性そのものにある。当事者が別の 方式の取り極めにしたところで,本件で争われた特許満了後にも継続してロイ
(5) Illinois Tool Works Inc. v. Indep. Ink, 126 S. Ct. 1281 (2006).藤野仁三「特 許品の抱き合わせ事件における市場支配力推定の否定」比較法学41巻1号 228─238頁(2007年)参照。
ヤルティ支払いができる経済的合理性には及ばないからだ。
重要な点は,特許の買い取り交渉時に当事者がBrulotte判決を知らなかっ たことである。交渉時に両当事者は,将来の販売に対して3 %のロイヤルティ を支払うことで合意した。もしその時にBrulotte判決の存在を知っていたな らば,特許期間中に支払うロイヤルティはもっと高くなっていたであろう。そ れを高くしないために,両者はスパイダーマン人形の販売を停止するまでロイ ヤルティの支払いを継続することにしたのである。
法廷意見は,Brulotte判決が依然として機能していると述べている。しかし それは幻想である。実務家には,Brulotte判決の枠組みの中で契約上の取り極 めをする傾向がある。法廷意見は,契約書で支払い義務の期限を明記しなくて
もBrulotte判決により実質的な支払い期限が設定されることを根拠に挙げて
いるが,それはマーベルの主張するところであって,必ずしも立証された訳で はない。
最後に,Brullotte判決は当法廷の先例ではあるが,そのために先例変更が 難しくなる訳ではない。先例拘束は重要な原則であるが,それは先例が正しい 判断の場合に限定される。伝統的なアプローチに基づくならば,本件に
Brulotte判決に基づく「当然違法」のルールを適用するのは誤りである。
Brulotte判決は法律的な根拠が薄弱であり,それに拘束される必要はない。
また,法廷意見は,この問題を解決するのは議会の役割であることを強調し ているが,立法による解決も容易ではない。先例拘束の原則の趣旨を正しく理 解するなら,当法廷には先例変更を行う権限があり,先例判決に明らかな誤り があればそれを見直して変更すべきである。
5 判例研究
( 1 ) 判決理由
判例上,特許満了後のロイヤルティ徴収は「当然違法」とされている。本件 はその判例の見直し(「先例変更」)を求めた事案である。法廷意見は先例判決 の市場分析に誤りがあることを認めたが,制定法(特許法)の解釈は立法権と の兼ね合いから慎重であるべきとして,先例変更にまでは踏み切らなかった。
それに対して反対意見は,本件は特許法が適用される事案ではないとして,先 例変更を主張した。この点での両者の違いは,特許法の適用を認めるどうかの 解釈の違いということができる。
特許法を含む制定法の解釈の場合,裁判所は一般に先例の変更に慎重である
とされる。いったん裁判所が法解釈を行ったならば,その解釈に不満があれば 議会が法改正の手続きをとることを前提にしているからである。議会が法改正 に着手しないとき,つまり議会が「沈黙」するとき,裁判所の解釈を議会が支 持したとの推定が働く。議会の支持が推定されている法解釈について裁判所が 改めて解釈し直すことは,議会の立法権に干渉するという考え方である(6)。 法廷意見が本件で先例変更を退けた理由は,①特許権の存続期間を定めた規 定の重要性は何ら希釈されていない,②Brulotte判決は実務上の利便性が高 くこれをあえて費用のかかる「合理の原則」に変える必要はない,の2点に集 約できる(7)。
第1の理由は,特許法154条(特許の有効期間)に言及したものであるが,
それが本件で問題となっている特許消滅後はだれでも自由に特許発明を使用で きるとする制度趣旨とどう論理的に関連するのかはっきりしない。個人の発明 を一般に公開させるための交換条件として発明者に有限の排他権を認めるとい う特許制度の趣旨からすれば,154条を根拠にして特許消滅後の行為の違法性 を判断するのはむしろ逆転した解釈アプローチであろう。第2の理由について も,現在の特許契約実務では,特定の契約条項の有無でもって反トラスト法の 違法有無を判断することはあり得ないことを考えれば,実務上の利便性が高い という指摘は安直に過ぎると言えよう。
これに対して反対意見は,Brulotte判決自体,表面上特許問題を争点にして いるがその本質は反トラスト法の問題であるとの理解に立ち,先例拘束の原則 に縛られる必要はないと主張する。従って,本件でも反トラスト法の場合と同 じように裁判所の判例法形成の観点から判断すべきであり,先例変更は議会で はなく連邦裁判所が果たすべきであるとする(8)。特許権の行使が反トラスト法 違反に問われた事例で,合衆国最高裁は近年,先例変更を積極的に行っている ことを考えれば,反対意見は,ロバーツ・コートの特徴を表していると言えよ う(9)。
(6) このような解釈は形式論であって合衆国最高裁の多数意見になっていない との見解も存在する。宮原均「先例拘束についての一考察─アメリカにおけ る先例拘束理論の歴史的形成─」中央ロー・ジャーナル11巻3号90─91頁
(2014年)参照。
(7) 法廷意見III, Kimble, at 2410─11.。
(8) 反対意見II, Kimble, at 2418 (Alito, J., dissenting).
(9) 例えば,2006年から2014年の開廷期に合衆国最高裁は18件の特許法関連の
( 2 ) 競争政策
特許権行使についての反トラスト法上の違法性判断基準は,歴史とともに変 化している。20世紀前半には,違法と考えられる特許権行使の類型が定められ ており,その類型に属するものはすべて違法(「クロ」)とされていた。代表的 なものが,「ナイン・ノー・ノーズ」(Nine No─No s)と呼ばれる契約条項で ある(10)。それらは「当然違法」とみなされた。
しかし,20世紀後半になると,「当然違法」とされる契約規定は徐々に減少 し,個々の事案ごとに市場競争を阻害するかどうかを検討してその違法性が判 断される「合理の原則」(rule of reason)に移行した(11)。今日では,「合理の 原則」が主流であり,「当然違法」とされるのは価格固定など「ハードコア・
カルテル」と呼ばれる市場競争への影響が明らかなものだけに限定されてい る(12)。
競争政策における違法性判断は,1990年代にはほとんどの行為について「合 理の原則」を適用するようになった。しかし,「当然違法」から「合理の原則」
裁量上訴を受理し,すべてについて判決を出している。そのうち10件が判例 を変更したものである。特に2014年には4件のうち3件で判例変更を認めて いる。(2013年開廷期の場合,知的財産権関連の事案は正式審理した総案件 のうち10%を占めるという報告がある。市川正人「保守化の中のアメリカ合 衆国最高裁─2013年開廷期の判決から」」立命館法学357・358号1596頁
(2014年)参照。
(10) 連邦司法省の特許ライセンス契約における制限条項に関する規制方針で,
9項目の条項が反トラスト法上当然違法の原則によって律せられることが表 明された。それらは,(1)抱き合わせ条項,(2)グラント・バック条項,
(3)再販売の制限,(4)競合品の取り扱い制限,(5)排他的ライセンス 条項,(6)一括ライセンス条項,(7)不当なロイヤルティ,(8)特許製 品の用途制限,(9)販売価格制限─である。
(11) 当然違法から合理の原則への移行という歴史的な視点で見れば,1964年の
Brulotte判決は,当然違法の原則が依然として反トラスト法解釈上主要な基
準となっていた時期に出されたものと言えよう。
(12) 特許法関連で合理の原則への移行を決定づけたのが,司法省・連邦取引委 員会が1995年に公表した「知的財産のライセンシングに関する反トラスト法 ガ イ ド ラ イ ン」(Antitrust Guidelines for the Licensing of Intellectual Property)である。このガイドラインは,知的財産権のライセンス契約は基 本的に競争促進的であるとし,ライセンス契約で競争を制限する条項が契約 に挿入されれば違法とみなすことを明らかにした。違法性の有無は「合理の 原則」により判断される。
への判例の変更は21世紀に入ってからで,その代表的な事例が,2006年の Illinois Tool Works事件(13)や2007年のLeegin Creative Leather Products事件(14)
である。いずれも,従来の「当然違法」の判断基準を「合理の原則」の判断基 準に変更した(15)。
このように,後追いではあるが,裁判所も「当然違法」から「合理の原則」
への先例変更を行っている中で出されたのが今回の判決である。
( 3 ) 評 価
Brullote判決に対しては,市場実態にそぐわないとする批判がある(16)。法廷 意見はその事実を認めたが,Brulotte判決の存在下でも実務にはそれほど影響 はないという判断をした。その判断はこれまでの最高裁判例に依拠するもの で,その一つが法廷意見で引用しているZenith Radio事件(17)である。同事件 は,販売総額に対するロイヤルティ,抱き合わせ,外国のパテントプールから の差別的排除などが特許濫用(patent misuse)にあたるかという反トラスト法 違反の事案であって,特許満了後のロイヤルティ支払いは直接の争点となって いない。このような複雑な事実関係をもつ本格的な反トラスト法違反事例を,
本件のようにシンプルな事実関係の事案に引用するのは適切ではないように思 われる。
反対意見の「[争点は]特許法の解釈に関連しない」という立場は,立法権 への干渉という懸念を生じさせるものではなく,ロバーツ・コートの判例変更 に積極的な姿勢とも整合する。しかし,反対意見が特許法の適用を否定しなが
(13) 前掲注5参照。
(14) Leegin Creative Leather Products v. PSKS, 27 S. Ct. 2705 (2007),藤野仁三
「再販売価格の違法性基準を当然違法から合理の原則に変更」比較法学42巻 2号290─297頁(2009年)参照。
(15) 両事件とも,ロバーツ・コートにおける先例変更の事例である。
(16) これらの批判は,本件に対する意見書(Amicus Curie)や諸文献に見られ るが,合衆国第7巡回区控訴裁判所のRichard Posner裁判官(同裁判官は
「法と経済」分野で大きな影響力をもつ学者でもある)からも出されている。
Posner裁判官は,Scheiber v. Dolby Lab., 293 F. 3d 1014 (7th Cir. 2002)判決 において「Brulotte判決は学者のみならず実務家からも批判されている」と 指摘している。(See Wei─Lin Wang, A Study on the Legality of Royalty Collection Clauses after Expiration of Patent Rights, 15 J. MARSHALL REV. OF INTELL. PROP. L.
213, 219 (2016).
(17) Zenith Radio Corp. v. Hazeltine Research, Inc., 395 U.S. 100, 136 (1969).
ら,なぜ「本件は契約問題である」という論点にまで踏み込まなかったかとい う疑問は残る。特許法の適用を否定するならば,本件で適用される法律は反ト ラスト法か契約法である。いずれも,法廷意見が強調した先例拘束の原則の縛 りは弱く,立法権への配慮をそれほど必要としない法分野である。
先例であるBrulotte事件が,当初,「契約問題」として州裁判所で争われ,
州の最高裁判所に上訴されたという経緯を考えれば,この論点は,管轄にもか かわる重要なものである。特許満了後のロイヤルティ徴収を当然違法とした先 例の変更は,いずれ最高裁で再度取り上げられる可能性も否定できない(18)。
(藤野仁三)
(18) ロバーツ・コートには前例がある。血中の特定アミノ酸濃度とビタミンB 欠乏症との相関関係を利用した診断方法特許(いわゆる「バイオマーカー」
特許)が特許法第101条の適格要件を満たすかについて争われた事件(「メタ ボライト事件」)で,最高裁は一度は裁量上訴を受理したものの,手続き上 の誤りがあったという理由で実質的な審理をせずに棄却した。(これに対し て,Breyer裁判官がバイオマーカー特許のような特許に排他権を認めるこ と に は 社 会 的 な 観 点 か ら 問 題 が あ る 旨 の 長 文 の 反 対 意 見 を 書 い た。
(LabCorp. of Am. Holdings v. Metabolite Lab., 548 U.S. 124 (2006))それから 6年後,最高裁は「プロメテウス事件」で一転してバイオマーカー特許を認 めないとする全員一致の判決を下した。この事件の法廷意見を執筆したのが メタボライト事件で反対意見を執筆したBreyer裁判官である。藤野仁三
「代謝物を利用した治療方法の特許適格性」比較法学46巻2号224─235頁
(2012年)参照。