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イギリスにおけるコーポレート・ガバナンスの展開

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(1)

社学研論集 Vol. 17 2011年3月

Ⅰ . はじめに

Ⅱ . イギリスのコーポレート・ガバナンスの変遷

Ⅲ . UK Corporate Governance Code 2010の検討

Ⅳ . 非業務執行取締役の注意義務に関する若干   の検討

Ⅴ . おわりに

Ⅰ. はじめに

 現在,2008年のサブプライム問題に端を発し た世界的な金融危機の影響によって,世界の多 くの国々は経済的打撃を受けている。先進国の 多くは,この金融危機の原因の一つとして,金 融機関と上場会社のガバナンスを挙げ,改善に 向けた議論を進めている。

 これまでコーポレート・ガバナンスに関する 議論は,取締役会や各委員会の監督機能の強化 を目的として,独立性のある非業務執行取締役(1)

の員数の増加等により,機関の独立性・透明化 を図ることが中心であったといえる。これは取 締役会を経営上の機関というよりも,監督機関 として機能させることを志向した結果であろ う。

 また,イギリスでは投資家の多くは機関投資 家であり,この機関投資家は取締役会や各委員 会に独立性のある非業務執行取締役が構成員と

して何名いるかを見て企業評価のベンチマーク としていると見られることから,企業は独立性 のある非業務執行取締役の員数確保を優先し,

取締役自身の能力や責任の問題にはあまり注力 してこなかった部分がある。

 しかし,イギリスでは2010年に入り,統合 コード

(the Combined Code)

を改定して,ガバ ナ ン ス・ コ ー ド

(the UK Corporate Governance

Code

2010

)

を作成する際に,非業務執行取締

役に関して多くの規定を加えた。ガバナンス・

コードでは,今までの統合コードのような取締 役の独立性を要求することに加えて,取締役の 専門性を以前よりも強調して要求しており,非 業務執行取締役の質的変化をもたらしていると みることもできる。このことは,非業務執行取 締役が負う注意義務に大きな影響を及ぼすので はないかと考える。

 これまで多くの判例や文献では,非業務執行 取締役の機能について議論がなされているもの の,義務や責任について詳細に検討されたもの は少なく,通常の取締役と同様の義務を負うも のとしか述べられていなかった。しかしなが ら,非業務執行取締役は,通例,取締役会や各 種委員会において独立性のある監督者として機

*早稲田大学大学院社会科学研究科 博士後期課程2年(指導教員 川島いづみ)

論 文

イギリスにおけるコーポレート・ガバナンスの展開

-非業務執行取締役の役割と注意義務を中心に-

林  孝 宗

(2)

能しており,通常の取締役とは異なる立場の者 であるといえる。そこで,非業務執行取締役が 責任を負う場合,通常の取締役とは異なる説明 が必要であろうし,また,通常の取締役と同様 の責任を負うと考えるとしても,その理由につ いて説得力のある説明が必要であると思われ る。少数ながらも,イギリスや他の英連邦諸国 では,非業務執行取締役の義務に関して判示し た判例が現れてきている。このことから責任の 軽重を問わず,独立取締役を含めた非業務執行 取締役の責任の根拠を検討することは,今後の コーポレート・ガバナンスを検討する上におい ても重要であろう。

 ところで,現在,日本でも独立役員の導入に 関して多くの議論がなされている(2)。これは 国際的なコーポレート・ガバナンスの議論の 影響によるものであろうが,2009年12月には東 京証券取引所の業務規定の改定により,上場 会社が独立役員を1名以上確保しなければなら なくなったことも大きな原因といえる。日本以 外に,東南アジアなどのアジアの国々において も,海外投資家を市場に呼び込むために積極的 に独立性のある非業務執行取締役の導入を上場 会社に義務付けようとする流れができている。

 このような監督機関に会社から独立性のある 者が就任することによって,会社のガバナン スを担保しようとする考え方は,アメリカの ニューヨーク証券取引所の上場規則による規制(3)

やイギリスのキャドベリー報告書が嚆矢とい え,イギリスのコーポレート・ガバナンスに関 する議論は今後の世界的なコーポレート・ガバ ナンスの流れを知る上で大きな意義を有する。

また,会社法や証券取引法など日本の企業法制 をみると,戦後を契機としてアメリカの制度を

継受してきたといえる。しかし,近時は,これ までの証券取引法から改正された金融商品取引 法が,イギリスの金融サービス市場法を参考に 立法されているように,イギリス型の企業法制 を取り入れる動きも見られる。

 そこで,本稿ではイギリスのガバナンス・

コードについて,非業務執行取締役を中心に検 討することによって,日本の独立役員や監督者 としての取締役に関する議論に示唆を与えるこ とを目的としている。まず,Ⅱではこれまでの イギリスのコーポレート・ガバナンスについ て,非業務執行取締役を視座としてその変遷を 辿り,Ⅲにおいて2010年に改定されたばかりの ガバナンス・コードについて新しい改正点とそ れに付随する問題を検討する。最後に,Ⅳにお いて,イギリスの非業務執行取締役の注意義務 の若干の検討を行い,以上の検討を通じて,日 本に示唆を与えると思われる点を考察したいと 思う。

Ⅱ . イギリスのコーポレート・ガバナン    スの変遷

1. コーポレート・ガバナンスの基本構造  ここでは,イギリスのコーポレート・ガバナ ンスについて,非業務執行取締役に関する規定 を中心に,その変遷を辿ってみることにする が,その前にイギリスのガバナンスの構造の基 本を概観する。

 まず,会社法上,会社の機関は株主総会

(meeting)

と,取締役

(directors)

とされている(4) これは,歴史的にイギリスでは会社の多様性を 重視し,機関構成に関しては会社の定款自治に 広く任せていることに起因している。しかし,

上場規則により上場会社

(Listed Company)

の要

(3)

件とされている公開会社(

Public Company

)の 場合,会社法上,株主総会と取締役会以外に会 計監査役(

Auditor

)や会社秘書役(

Company

Secretary

)の設置が義務付けられている(会社

法271条,489条1項など)。

 イギリスでは,株主総会があらゆる権限を有 しており,取締役会は法定機関として要求され ておらず,附属定款(

article of association

(5) 基づいて設置される任意機関と位置づけられて いる。実際には,多くの会社では,附属定款附

A

Schedule A

)や類似した定款規定により,

取締役会は株主総会から経営権を委譲され,さ らに取締役会の構成員の中から業務執行取締役

executive director

)を選出し,経営権を再委譲 することが一般的である。業務執行取締役に業 務執行権限を委譲した取締役会は,主に業務執 行を監督する監督機関として機能しているとい われる(6)

 このように実務上,取締役会の内部では,取 締役は,経営権を委譲された業務執行取締役と 監督を行なう非業務執行取締役(

non-executive

director

(7)に区別される。この取締役会内部

に業務執行機能と監督機能の双方を持つ取締役 会制度を,単層制取締役会制度(

unitary board

という。単層制取締役会は,業務執行機能と監 督機能を併有しているため,自己監査の構造を 持つことから業務執行者に対する監督機能が弱 まる危険性を有している。また,会社法上,取 締役に関しては一般的義務が規定されるのみで あって,非業務執行取締役は実務上の区別でし かないことから,業務執行取締役と非業務執行 取締役の義務・責任が不明確であることが指摘 される。

 そこで,イギリスでは単層制取締役会の欠点

を改善するため1990年代に入り,多くの報告書 が公表され,その結果,取締役会の監督機能が 強調され,また,非業務執行取締役の役割の明 確化が進められていったといえよう。

2. 1990年代以降のコーポレート・ガバナン   スの変遷

 次に,1990年代以降のコーポレート・ガバナ ンスの変遷をみるが,そこに表れる非業務執行 取締役について,はじめに概念を整理しておく ことにする。まず,前述したとおり,非業務執 行取締役は,実務上,業務執行取締役の反対概 念として,業務執行に携わらない取締役と定義 される。また,非業務執行取締役は,会社や業 務執行者から独立しているか否かを問題とする 場合,独立性のある非業務執行取締役と独立性 のない非業務執行取締役に分けられる。この独 立性のある非業務執行取締役を,独立取締役

independent director

)ということもある。ま た,ここでいう独立性とは,社外性のみならず 会社とは利害関係を有していないことも含んで いるといえる。

 イギリスでは,1980年代から1990年代初めに かけて長引く不況と多くの上場会社の不祥事が 生じたことによって,上場会社のコーポレー ト・ガバナンスに対する改善の声が大きくなっ ていった。そこで,1991年にロンドン証券取引 所や会計士協会が中心となって民間主導でコー ポレート・ガバナンスの企業財務的側面に関す る検討委員会

(

通称キャドベリー委員会

)

が設 置された。民間主導で行なわれた理由として,

企業不祥事が発生した当時,政府による規制を 危惧した実務界が政府の干渉を防ぐために,民 間主導で委員会を設置したと指摘されている(8)

(4)

この民間主導の流れは,その後の後継委員会に おいても受け継がれている。

 まず,1992年に最良実務コード(

the Code of

Best Practice

)を含むキャドベリー委員会の報告

(the Financial Aspects of Corporate Governance) (

以下,キャドベリー報告書という

)

(9)が公表 された。キャドベリー報告書では,表題の財務 的側面のみならず取締役会の監督機能や非業務 執行取締役についても多くの部分を割き,コー ポレート・ガバナンス全体について多くの勧告 を行なっている。この報告書では,ガバナンス を改善するには取締役会を会社の指揮・監督機 関の中心として機能させなければならず,そこ では非業務執行取締役が,大きな役割を果たさ なければならないとしている。具体的には,非 業務執行取締役は1

)

取締役会と業務執行取締 役の業績評価を行い,2

)

業務執行取締役と会 社の間に利益相反が生じた場合に,業務執行取 締役の専断行為を許さないことを役割とし(10), 取締役会の監督がうまく機能するために必要不 可欠なものとして位置づけられている。また,

取締役会にいる非業務執行取締役の過半数は,

会社から独立した存在でなければならないこと が述べられている(11)

 この報告書は,イギリスのガバナンスを考え る上で,独立性のある非業務執行取締役の存在 について言及した初めてのものといえる。しか し,まだキャドベリー報告書の時点では,監督 機能が担保されるため会社から独立しているこ とが強調されたのみで,どのような人物である べきかなどの点について記述はなく,これは 2010年の統合コードの改正まで待たなくてはな らなかった。また,この非業務執行取締役につ いてのみならず,取締役会の監督機能がうまく

機能するために,取締役会議長や各種委員会が 果たすべき役割についても言及しており,キャ ドベリー報告書は,イギリスにおける取締役会 の監督機能としての純化と非業務執行取締役の 役割の明確化の萌芽であると考えることができ る。

 同報告書が公表された後,ロンドン証券取引 所(

LSE : London Stock Exchange

)は,最良実 務コードを上場規則に採用し,上場会社に対し て最良実務コードを遵守しているかについて年 次報告書(

annual report

)で開示することを義 務付けた。この上場規則の規定によって,上場 会社は遵守状況について開示しない場合には,

上場規則違反として制裁を受け,最良実務コー ドが事実上強制的に機能するようになった(12)。 その後,新しい最良実務コード,そして後述す る統合コードが公表されるたびに上場規則を改 定して,上場会社にこれらの遵守状況を開示す るよう義務付けている(13)

 1995年には,取締役の報酬(14)に関して検討 したグリンブリー委員会により報告書(通称グ リンブリー報告書)が公表され,報酬委員会を 中心とした取締役の報酬に関する提言がなされ た。本稿に関係する点をあげれば,報酬委員会 は独立性のある非業務執行取締役のみで構成さ れるべきであるとし,独立性のある者が存在す ることによって監督機能が担保されることを述 べている。1998年には,上記2つの報告書の勧 告がどの程度実現しているか検討し,どのよう な改善が必要であるかを勧告するための委員 会(通称ハンペル委員会)が設置され,ハンペ ル報告書が公表されるのと同時に,従来の3 つの報告書(15)の勧告と最良実務コードをまと めて,1999年6月に統合コード(

the Combined

(5)

Code

(16)として公表された。そして,また同 時期(1999年9月)に内部統制に関するターン ブル報告書(17)も公表されている。

 統合コードにおいて,取締役会は経営機関と いうよりも主に監督機関として機能することが 期待されていると思われる。しかし,この時点 での統合コードでは,取締役会の監督機関とし ての徹底化は不十分であり,また非業務執行取 締役の独立性に関しても不十分であった。具体 的に規定を見ていくと,取締役会には,構成員 として非業務執行取締役が3分の1以上いなけ ればならず,またその中で非業務執行取締役の 過半数は独立性がなければならないとされてい る(2003年改正前統合コード

A.

3

.

1

, A.

3

.

2)。こ れに対しては,当初,取締役会内部において非 業務執行取締役が過半数いるとすれば,非業務 執行取締役のみで業務執行取締役を解任するこ とが可能になるため,社外の者の力を取締役会 で過度に強くしたくないという実務界の要請か ら,非業務執行取締役の員数を3分の1以上と いう基準にしたと考えられる。また,2003年改 正前統合コードにおいて,取締役会議長と業務 執行者が同一である場合や,非業務執行取締役 の独立性に関して具体的な記述はなく,どのよ うな者が会社から独立しているかなど明確では なかった。このように,取締役会や各種委員会 が監督機関として機能するために,機関の独立 性を保つことは,1990年代の時点では,不十分 であったといえる。

 2000年代に入ると,イギリスの非業務執行取 締役を検討する上で重要な報告書であるヒッグ ス報告書(18)が現れる。2001年末からアメリカ では上場会社による企業不祥事が発覚し,企 業会計また監査に対する信頼が失われていた。

このような企業不祥事を契機としてアメリカ では,ニューヨーク証券取引所(

NYSE : New York Stock Exchange

)の上場規則による自主規 制に加えて,連邦法として

SOX

法(

Sarbanes-

Oxley Act

2002)を制定し,上場会社のガバナ

ンスに対して制定法による政府の介入が進めら れた(19)

 このアメリカの影響によって,イギリスでも 通商産業省と財務省は,コーポレート・ガバナ ンスのうち,非業務執行取締役についてはヒッ グス委員会,監査委員会についてはスミス委員 会(20)に検討を委嘱し,2003年1月にヒッグス 報告書が公表された。また,その際にスミス報 告書も同時に公表されている。ヒッグス報告書 では,アメリカの連邦法のような制定法による 政府の介入ではなく,今までの自主規制ベース によるガバナンス・システムを前提に,非業務 執行取締役およびコーポレート・ガバナンスに ついて検討している。そして,ヒッグス委員会 の提案を受け,2003年6月に改正統合コード(21)

が公表された。

 2003年の統合コードの改正によって,取締役 会構成員の過半数は非業務執行取締役であるこ とが要求されることになり,取締役会の監督機 能を強化する方向で改正が進んだ(改正統合 コード

A.

3

.

2)。このことにより,取締役会は監 督機能に一層特化した機関になったといえる。

また,非業務執行取締役の独立性に関して,具 体的な基準が規定され,独立性が明確化された

(改正統合コード

A.

3

.

1)(22)。しかし,改正統合 コードにおいても,取締役の「専門性」に関し ては取締役の研修を行なうことに関する規定が 置かれたのみであり,能力要件のような規定は 設けられなかった。

(6)

 また,各委員会においても,監督機関とし て独立性を担保するために,委員会の構成員 の過半数は非業務執行取締役でなければなら ないとの規定がなされている。まず,指名委員 会では委員会の構成員の過半数は非業務執行取 締役でなければならない。また,監査委員会の 構成員の過半数は独立性のある非業務執行取締 役でなければならず,報酬委員会においては構 成員全てが独立性のある非業務執行取締役でな ければならないことが求められている。指名委 員会のみ独立性という要件が付されていないも のの,2003年改正統合コードは,独立性のある 者の存在が監督機能を担保する重要な要素であ ると考えていることが伺われる。そして,2006 年,2008年に 

FRC(

財務報告評議会

)

による2 度の小規模改正を経て,今回の改正に至ってい る。このように,監督機能を有する機関に独立 した者を入れることになったのは,機関投資家 の影響によるところが大きいものと思われる。

現在,イギリスでは,全ての上場会社の90

%

くの株式を機関投資家が所有していることから

(23),自ら取締役に就任するなどして直接業務 執行者を監督することができない機関投資家の 代わりに,取締役会がその監督を行なうことが 期待され,その構成員として非業務執行取締役 の存在が重要視されていると考えられる。

Ⅲ . UK Corporate Governance Code    2010の検討

1. 改正の経緯-ウォーカー報告書-

 今回の統合コードの改正は,2008年にアメリ カのサブプライム問題から生じた世界的な金 融危機に端を発したものである。イギリスで は,この世界的な金融危機に対処するため,財

務省が,金融機関におけるガバナンスの検討 をデヴィット・ウォーカー卿に委嘱し,2009年 11月にウォーカー報告書

(A review of corporate governance in UK banks and other financial industry entities final recommendations)

(24)を公表 した。ウォーカー報告書では,金融機関のガバ ナンスについて多くの提案を行なっているが,

これらの提案は上場会社に対する提案でもある とされており(25)

FRC

も統合コードの改正に おいてウォーカー報告書の提案の多くを参考と している。ここでは,非業務執行取締役に関わ る範囲で検討を行なう。

 具体的に見ると,ウォーカー報告書はガバナ ンスに対して次のような提案をしている。ま ず,会社の長期的な利益を追求するためには,

取締役会の監督機能が重要であるとして,取 締役会は業務執行者に対してこれまで以上に 厳格な業績評価を行なう責任を負うとしてい る(

recommendation

12)。それと関連して,取 締役会の監督がより機能するために,取締役会 議長と非業務執行取締役の役割と責任の明確 化が必要であるとしている。取締役会議長に 関していうと,取締役会議長は取締役会を効 率的に運営するため会社に関する十分な知識 とリーダーシップを持っていなければならず

recommendation

8),取締役会が効率的に機能

するために,自身が監督や審議をする上で必要 な適切な時間を確保しなければならないとする

recommendation

7)。

 次に,非業務執行取締役に関してであるが,

ウォーカー報告書では,以前公表されたヒッグ ス報告書と比べて,より具体的に非業務執行 取締役の役割や備えているべき要件を提案す る。具体的には,非業務執行取締役は,会社

(7)

の業務に関してリスクを含めた十分な知識と 理解を備えるべきであり(

recommendation

1),

また外部からの調査も含めた正確な情報に基 づいて,監督などを行なわなければならない

recommendation

6)。また,非業務執行取締役

は,取締役会議長と同様に,監督などを行なう ための適切な時間を自ら確保しなければならな

い(

recommendation

3)。この,会社に関する

知識や理解を得るために取締役会議長や非業務 取締役に対する研修(

training

)が十分行なわ れる必要があることが指摘されている(3

.

13な ど)。

 他方で,取締役会議長および全ての取締役 は,毎年再任手続きに付されなければならず

recommendation

10),取締役会議長が適切で

ない判断を行なった場合に,筆頭独立取締役

senior independent director

)が,議長に代わっ て取締役会を運営し,また株主と取締役会議長 の関係を構築するためにさらなる役割を負うべ きである(

recommendation

11)とされ,常に取 締役会の構成員の健全性が維持されるように配 慮されている。また,取締役会議長と非業務執 行取締役の報酬については,業績とは関連しな い形で報酬制度を構築することが求められてい る(7

.

44)。これは,短期的利益を求めがちな 業務執行者に対して,取締役会が同一の傾向を 持つことなく,一種の歯止めとして機能するこ とを期待したものである。

 また,取締役会とは別に会社に関するリス クと内部統制を検討するリスク委員会(

the board risk committee

) を 設 置 す る べ き こ と

recommendation

23)が提案された。これは,

今回の経済危機の原因が,金融機関のリスク管 理と内部統制の整備の不足にあるという認識か

ら生じたものと考えられる。報告書では,リス ク委員会の構成員である非業務執行取締役は,

会社各々の情報を十分理解している必要がある ことが指摘されている。

 このように,ウォーカー報告書はガバナンス に関して多くの提案を行なっているが,注目す べきは取締役会の監督機能を向上させるため,

構成員に対し会社に関する知識や理解を求める 部分である。これは,独立性のみを求めてきた これまでのガバナンスの考えに加えて,取締役 の「専門性」を要求してきたとものと考えるこ とができる。この方向性は,後述するガバナン ス・コードでも色濃く現れており,注目すべき 部分であるといえる。

2. UK Corporate Governance Code 2010   の構造

 2009年12月 に

FRC

か ら 統 合 コ ー ド の 改 正 に 関 し て

Final Report

(26)

Consultation Paper

(27)が公表され,実務界など外部の声を集め 検討した後,2010年5月に統合コードから

UK Corporate Governance Code

(28)という名称変更 を伴って新たなコードが公表された。新しく改 正されたガバナンス・コードは,今までの統合 コードと同様に,キャドバリー報告書以来のソ フトローによる規制を踏襲しており,このガバ ナンス・コードも上場規則に採用されていて,

上場会社に対する強制力は統合コードと同等で ある。

 また,ガバナンス・コードは,ウォーカー 報告書を参考に,多くの規定の追加,変更を 行なっている。ガバナンス・コードの構造を 見ると,統合コードと同様に,主要原則

(Main

Principles)

と 補 助 原 則

(Supporting Principles)

(8)

定められ,そして,それを敷衍した規範条

項(

Code provisions

)が定められている。しか

し,項目に関して若干の変更が見られる。今 回のガバナンス・コードでは,大きく5つの 項 目

(Section)

に 分 け て, 1

)

リ ー ダ ー シ ッ プ

(leadership)

, 2

)

効 率 性

(effectiveness)

, 3

)

明責任

(accountability)

,4

)

報酬

(remuneration)

)

株主との関係

(relation with shareholders)

とし ている。以前の統合コードでは,リーダーシッ プと効率性に関する部分は,取締役

(director)

という項目にまとめられていたが,今回の改正 により,取締役会におけるリーダーシップに関 する規定と,効率的な運営に必要な規定とに分 け,細かく規定された。これは,取締役会の監 督機能を向上させるために,取締役会議長と非 業務執行取締役に関する規定を明確に分けるな ど,より細かい規定を置くことを考えた結果で あるといえる。そして,この取締役会の構成員 の役割と責任の明確化は,ウォーカー報告書 の影響もあり,今回の改正の中心といえる(29)。 そこで,取締役会と非業務執行取締役に関する 規定のうち,新しく追加,変更された規定を中 心に検討していく。

(1)取締役会

 まず,取締役会は会社が長期的に成功(

the

long-term success

)するよう全体として責任を

負うべきであるとする(

A.

1)。今回の改正では

「長期的に」という文言を追加し,統合コード と比べて,さらに取締役会の目的が具体的に規 定されたといえる。今回の世界的な金融危機の 原因の1つとして,会社が短期的利益を上げる ことで株価を上昇させようとしたことが指摘さ れており,ガバナンス・コードも取締役会に対

して短期的利益のみならず長期的利益を重視す るよう要求する。また,取締役会の独立性を高 めるために,取締役会の構成員である非業務執 行取締役の報酬は,業績とは連動しない形で,

支払われなければならない(

D.

1

.

3)ことを規 定し,女性を含めた取締役会の構成員の多様性 を強調する

(B.

2

supporting principle

)。他にも,

FTSE

350に入る上場会社の取締役は毎年選任 手続きに付され,それ以外の会社も3年おきに 選任手続きに付されなければならず(

C.

1

.

2),

FTSE

350に入る上場会社のみではあるが3年お きに取締役会の業績について外部の監査を受け なければならないとされる(

B.

6

.

2)。このよう に,ガバナンス・コードには取締役会の独立性 を高める新しい規定が置かれている。

 また,ガバナンス・コードは,取締役会に対 して独立性に加えて義務や責任を果たすために 必要な知識や経験を有していることを要求す る(

B.

1)。これは今回の改正で新しく追加され た主要原則であり,取締役会は独立性のみなら ず監督などの業務を行なう上で必要な知識や経 験を備えなければならないことを要求されてい る。このように,取締役会が業務執行者に対し て短期的利益を求めることを抑止し,また業務 を監督するために,独立性に加えて会社につい て一定程度の知識や経験,理解を備えることが 必要とされることから,取締役会の構成員に対 してある程度の専門性や能力を課す規定やこれ を担保する規定が改正によって加えられた。

(2)取締役会議長

 まず,取締役会議長に関する規定(

A.

3

main

principle

)が新しく主要原則として設けられた。

今回の改正では,取締役会が機能するために

(9)

は,取締役会議長が,積極的に機能する必要が あると考え,取締役会議長の役割や責任をより 具体的に規定している。これまでは,取締役会 議長に関しては,業務執行者と同一人物ではな らないということが重要であるとされていた が,近時のイギリスでは,取締役会議長と業務 執行者の分離が進んでいることもあり(30),今 回の改正では取締役会議長自身に関する規定が 設けられた。具体的には,取締役会議長は,ま ず独立性のある非業務執行取締役に課されるの と同様の独立性(

B.

1

.

1)がある者でなければ ならない

(A.

3

.

1

)

。また,取締役会議長は,取締 役会が議事を進める上で,全ての議事を審議す る十分な時間を確保し,構成員が正確な情報を 得て審議することに責任を負い(

A.

3

supporting

principle

),効率的に運営されるために,取締

役に対して審議に必要な知識などを常に新しく 与え(

B.

4

supporting principle)

,それは適時で 正確な情報でなければならない

(B.

5

supporting

principle

)。それに加えて,取締役が適切な研修

を受けているかレビュー(

review

)しなければ ならない(

B.

4

.

2)。

(3)非業務執行取締役

 次に,非業務執行取締役について検討する。

これまで通り取締役会の構成員の過半数は独立 性のある非業務執行取締役でなければならず,

独立性の基準については改正されることなく維 持されている

(B.

1

.

1

)

。今回の改正点であるが,

非業務執行取締役の役割や責任を明確化するた めに,新しく非業務執行取締役に関する主要原 則(

Main Principle A.

4)が規定された。非業務 執行取締役は,業務執行に対して綿密に監督し なければならず,財務面が適正であること,会

社の内部統制が適正であることについて責任を 負う(

A.

4

supporting principle)

。そして,ガバ ナンス・コードでは,非業務執行取締役が,こ の責任を果たすために様々な規定を置いてい る。まず,取締役は自身の業務を行なうために 十分な時間を確保しなければならない(

Main

Principle B.

3)。非業務執行取締役でいえば,監

督を行なうために必要な時間を確保することが 求められることを意味する。改正を検討する際 に,この必要とされる時間を具体的に明記する か議論されたが,個々の取締役によって必要な 時間は異なり,取締役の負担となるという理由 から明記されなかった(31)。しかし,これに対 して多くの会社を兼任する非業務執行取締役の 場合,このような取締役が監督を行なう上で十 分な時間を確保することが可能であるかには疑 問符がつく。そこで,このような監督を行なう 非業務執行取締役の十分な時間を確保するため に,今後,ガバナンス・コードによって兼任規 制を行なうことが必要かについて,さらなる議 論がなされることが予想される。

 取締役は取締役会に参加するために必要なス

キル

(skill)

と知識を備えていなければならない

(main principle B.

4

)

。これは,非業務執行取締 役でいえば,監督に必要なスキルや知識などを 備えていなければならないことを意味する。前 述したとおり,この知識を備えるために研修を 受ける必要があり,また取締役会議長が中心に なってスキルと知識を常に更新するよう促進さ れる。非業務執行取締役のスキルと知識に関連 して,会社の内部統制に関する新しい規定がな されている。会社は,年次報告書において会社 のビジネスモデルを開示しなければならず,取 締役は会社のビジネスモデルを説明する義務を

(10)

負う

(C.

1

.

2

)

。この規定から,非業務執行取締役 は,会社のリスクに関する一定程度の情報,知 識を有していることが要求される。また,各種 委員会の構成員である非業務執行取締役にも一 定程度の専門性や能力を備えるべき規定が追加 された。改正前の統合コードにおいても,監査 委員会の構成員に対して一定程度の財務経験を 要求していたが,この追加された規定によって 委員会の構成員になった非業務執行取締役全員 が一定程度の知識や能力を備えることが要求さ れることになった

(main principle B.

1

)

 このように,非業務執行取締役は,監督をす る上で非常に高いレベルのスキルと知識を要求 されることが明記され,また,取締役会議長が 取締役に常に新しい知識を提出するなど,取締 役のスキルや知識を担保する規定も置かれた。

これは,非業務執行取締役をより専門的な存 在としたいという意図によるものといえる(32)。 しかし,このような非業務執行取締役を,会社 がどのように確保するかは今後の課題となろ う。イギリスの実務では,すでに統合コードの 時期から,英国取締役協会(

IOD : Institute of

Directors

)による取締役認証制度(33)や,非業

務執行取締役のデータベース化が進められてい る。

 後述するように,この非業務執行取締役に対 して一定程度の専門性と能力を要求するような 規定は,これまでのイギリスの取締役の責任に 関する議論に大きな影響を与える可能性がある と考えられる。

Ⅳ . 非業執行取締役の注意義務に関する    若干の検討

1. 非業務執行取締役の注意義務に関する従来   の議論

 これまでの検討により,今回のガバナンス・

コードの改正によって,取締役会の監督機能の さらなる純化に伴い,非業務執行取締役に,独 立性に加えて,専門性や能力を課す規定が加え られたことを述べた。この取締役に専門性や能 力を課す規定は,非業務執行取締役の責任に大 きな影響を与える可能性があることから,以下 若干の検討を加える。  

 まず,非業務執行取締役は,前述したとお り,実務上の区別であって,制定法上または判 例法上,特有の義務を有しているとは,従来考 えられていなかった。また,非業務執行取締役 に関して述べた判例は少数であって,議論が進 展する土台もなかったといえる。しかし,最近 は,上場会社における取締役会の監督や内部統 制に関心が集まっており,

the Secretary of State v. Swan and North

事件や

Commonwealth Oil and Gas Co. Ltd. v Baxter

事件において非業務執行取 締役について重要な判示をする判決も現れてき ていることから,取締役会や監査委員会の構成 員の中心である非業務執行取締役の責任につい て,大きな関心が集まっているといえる。

 非業務執行取締役の重要な義務違反として挙 げられるのは,監督義務違反などの注意義務

(duty of care and skill and diligence)

の違反の問題 である。そこで,イギリスにおけるこれまでの 取締役の注意義務の変遷について簡単に述べ る(34)

 2006年のイギリス会社法の改正まで,取締役

(11)

の義務について制定法上の規定はなく,判例法 上の基準によって多くの事件が解決されてき た。まず,取締役に関する注意義務についての リーディングケースとして,1925年に判示され た

Re City Equitable Fire Insurance Co. Ltd

事 件 判決(35)が挙げられる。この事件は,業務執行 者に対する詐欺行為を発見できなかった取締役 に過失があるとして責任追及された事案である が,裁判所は,取締役は通常人が自らのために 払うと期待されるのと同等程度の合理的な注意 をしなければならないが,取締役はその者の有 する知識および経験から合理的に期待される以 上のレベルの技量を示す義務を負うものではな いとして,取締役自身の持っている知識や経 験を注意義務違反の判断基準とする主観的基 準

(subjective standard

)によって判断するとし た。このような主観的基準が生まれた背景とし ては,イギリスでは取締役を受託者(

trustees

または準受託者(

quasi-trustees

)として信託法 と同様の概念で捉えてきたことが影響してい るといわれる(36)。この信託的な考え方は,南 海泡沫事件後の立法を契機として,株式会社

Partnership

法理に基づいた取締役と株主との

契約関係として観念していく歴史的な流れに起 因していると思われる。このイギリスにおける 信託の考え方によると,受託者に対して自身の 知識や経験によって,義務違反を判断すること から,取締役も同様の基準で考えられ,上記の ような主観的基準によって義務違反が判断され た。これは,取締役に対して専門性を求めるこ とはしないことを意味し(37),この基準に対し ては,取締役の責任を過度に低下させてしまう おそれがあるといわれている(38)。しかし,20 世紀の終わり近くになると,裁判所は取締役を

信託法上の受託者と捉えたとしても(39),主観 的基準に加えて異なる基準も用いて判断するよ うになっていく。

 1991年の

Norman v. Theodore Goddard

事件判(40)においては,責任追及された取締役に対 して,取締役の義務を履行する者として合理的 に期待されうる技量を基準とする客観的基準

(objective standard)

によって判断するとした。ま た,この判例では,取締役の注意義務の判断 基準は,以前から倒産会社の取締役に適用さ れてきた1986年倒産法214条4項(

insolvency act

1986)の基準によって判断されると判示した。

この点については2年後の

Re D'Jan of London Ltd

事件判決(41)でも,同様の判示がなされ,

現在の判例の流れを形成したといわれる。この 1986年倒産法214条4項は,主観的基準と客観 的基準を各々の取締役に応じて使い分ける規定 であり,その後,2006年イギリス会社法174条 の新設時に参考にされた規定である。具体的に みると,取締役の注意義務の判断基準として は,取締役は当該会社における職務を遂行する 者に合理的に期待される一般的知識,技量,経 験(客観的基準)と,当該取締役が有している 知識,技量,経験(主観的基準)によって職務 を遂行したか否かが判断される。この客観的基 準と主観的基準の2つの基準によって,取締 役の注意義務を判断する基準を二重基準

(dual

standard

(42)という。これは,主観的基準とは

対照的に,取締役に対して専門性を求めたもの といえ,責任を加重したものといえる。この二 重基準に対しては,客観的基準の適用によって 過度に取締役の責任を厳格化するという懸念が 示されている(43)。これは,たとえば,多くの 会社を兼任する非業務執行取締役である場合,

(12)

1つの会社の監督に注ぐ時間や労力,知識は,

兼任をしていない取締役に比して少なく,責任 を追及された際に予想以上に重い責任を負わさ れる可能性があるためである。現在,多くの非 業務執行取締役は複数の会社を兼任することが 多いことから,多くの非業務執行取締役候補者 が,上記のような重い責任を負わされる懸念か ら取締役に就任することに慎重になりすぎ,取 締役の確保が困難になるという指摘がされてい る(44)

 しかし,判例を見ると取締役の責任を追及す る際に,二重基準を用いることは,現在のとこ ろ最も有用な基準であると理解されているよう である。これは,主観的基準のみでは,取締役 の責任が軽くなってしまい,取締役の責任を適 切に追及するためには客観的基準を含めて判断 することが必要であると考えているからといえ よう。

2. ガバナンス・コードの影響

 このように現在イギリスでは,この二重基準 を用いて取締役の注意義務を判断しているが,

今回のガバナンス・コードの改正が,この基準 に大きな影響を及ぼすのではないかと考える。

これまで,主観的基準を補完するために客観的 基準を加えることが有用であるという考えが一 般的であったと思われる。しかし,今回のガバ ナンス・コードの改正により取締役に専門性や 能力を課す規定が設けられたことによって,主 観的基準による判断基準が,実質的に大きく引 き上げられることが考えられる。今までも取締 役の専門性の高まりから,主観的基準が引き上 げられることは指摘されていたが(45),これま で抽象的にしか捉えられなかった取締役の専門

性が,ガバナンス・コードの規定によって具体 的に示されたことで,取締役が認識していたこ とを基準に判断したほうが,抽象的な取締役に 要求するような客観的な基準によって判断する よりも重い責任が課される可能性が高まってい る。このような傾向は,主観的基準によって,

かなりの会計知識を有していると考えられた非 業務執行取締役に重い責任を認めた1977年の

Dorchester Finance Co. Ltd v. Stebbing

事件判決(46)

にも現れている。このような判例を見ると,二 重基準がある現在でも主観的基準によって客観 的基準よりも重い責任が課される可能性は否定 できない(47)

 今後,上場会社は,年次報告書などで取締役 が能力を有していることを開示した場合,開示 された取締役は,取締役としての専門能力を有 していると推定され,不祥事が起きた際に主観 的基準によって重い責任を負わされる可能性が ある。一方で,役職により専門性が異なった場 合には,主観的基準であるならば,きめ細やか な判断が可能となり,適切な責任追及ができる ともいえる。これを非業務執行取締役の観点か 見ると,取締役の専門化に伴う責任の厳格化は 非業務執行取締役の成り手を減らす可能性があ り,また,それに伴い取締役を対象とする保険

(D&O insurance)

の問題も生じる。しかし,上 場会社に限っていえば,取締役の専門化は必然 の流れであって,非業務執行取締役も監督する 者としての専門的な知識・経験を有するよう努 力する必要があり,しかるべき責任を負うべき であるだろう。近時では,

the Secretary of State v.

Swan and North

事件判決(48)で,裁判所は,取 締役会の副議長,監査委員会の委員長などを兼 ねていた非業務執行取締役に対して,多くの知

(13)

識や経験があることから,被告である非業務執 行取締役は財務担当取締役からの情報を単に信 用するだけでは足りず,自ら適切に監督する必 要があり,もし十分に監督しなかったならば責 任を負うことを判示した。

 このように考えると,これまでの主観的基準 を補完するための客観的基準から,客観的基準 を補完するための主観的基準へと機能的変化が 見られているといえる。当初,イギリスで取締 役の注意義務が問題になる事件は,中小規模の 会社が多く,取締役に専門性を求めることがで きないような名目的な取締役にどのような基準 で責任を負わせるべきかが問題であったといえ る。そこでは,歴史的に主観的基準によって取 締役の責任を免れることが多く,その対応策と して客観的基準が用いられてきた流れがみてと れる。しかし,現在では,取締役の注意義務が 問題となる事案は,上場会社における事件にシ フトしてきている。そして,上場会社における 取締役会の監督機能の高まりと相まって,取締 役会の構成員である非業務執行取締役の注意義 務は大きく変容していくであろう。そこでは,

監督者として期待される最低限の基準として客 観的基準があり,主観的基準は,弁護士や会計 士のような専門家やガバナンス・コードによっ て一定の知識や能力を要求される取締役に対し て,客観的基準を超えた厳しい責任を負わすた めの基準として機能する可能性がある。これ は,上場会社に対して,実質的に,構成員の質 の面から取締役会の適切な監督機能を求めるこ とを意味する。

Ⅳ . おわりに

 今回のガバナンス・コードの改正によって,

上場会社の取締役会は,これまで以上に独立性 を高める規定が置かれたことにより,監督機能 の純化が進んだといえる。このような流れは,

今後,企業法制のグローバル・スタンダードを 考える上で示唆に富んでいると考える。日本の 上場会社における取締役会は,経営上の意思決 定機関としての側面が強く,従業員出身取締役 や従業員兼務の取締役が過半数を占めることか ら監督機関としての側面は弱いといわれてい る。しかし,世界の機関投資家は,取締役会に 対して業務執行者に対する監督を期待し,そこ では監督機能を担保するために独立した者が過 半数を占めていることを望む。今後,日本の企 業法制が世界的に認められるためには,取締役 会の監督機能の向上は不可欠であると考える。

 さらに,今回の改正では,取締役に対して一 定の専門性や能力を課す規定が置かれた。これ は,取締役の専門化の流れから必然であったと いえる。非業務執行取締役の面でいえば,今回 の経済危機もあり,監督者として単に会社から 独立しているのみでは,取締役会の構成員とし て業務執行者を監督することは不可能であった ということが大きいと思われる。しかし,一方 で,この専門性や能力を取締役に求めることは 独立性と相反することも指摘できる。たとえ ば,取締役が高い専門性を有していることに よって,同じ業種の会社を複数兼任することも 考えられ,このような場合に独立性をどのよう に保つことができるか問題となる。今後,この 専門性と独立性をどのように調和させていくか は,イギリスの企業法制の課題といえる。ま た,日本においても上場会社の取締役の専門化 は,必然の流れであり,会社法でないとしても 上場規則などソフトローによって専門性や能力

(14)

を課すような規定を置くかべきか否かも議論さ れるべきである。

 最後に,このガバナンス・コードの改正に よって,上場会社のような大規模会社の非業務 執行取締役の責任,とりわけ注意義務に関する 判断基準に大きな影響を及ぼす可能性があるこ とを述べた。そこでは,非業務執行取締役は,

ガバナンス・コードによって専門性や能力を求 められることから,主観的基準によって客観的 基準よりもさらに重い責任を負わされる可能性 があることを指摘した。このように高まってい く非業務取締役の責任に対して,どのような場 合に責任を免れうるのかは,今後の問題として 残る。現在,イギリスでは取締役の責任追及 の制度として株主代表訴訟制度が整備され(49), 今後多くの利用が期待されている。また,取締 役責任免除制度との関係も重要になると考えら れる(50)。主観的基準によって重くなりすぎた 非業務執行取締役の責任を免除する制度につい て現行の取締役責任免除制度を用いるか,また は新しい安全港ルール

(safe harbor rule)

を作る かは大きな問題であるといえる。

 また,日本でも,取締役の専門化が進む中で,

どのような判断基準によってその責任追及を行 なうべきか,イギリスの議論は参考になる面が 大きいものと思われる。日本では,取締役の注 意義務違反は経営判断原則によって判断されて いる。しかしながら,判例をみても,この経営 判断原則の適用基準とされる取締役として,ど のような取締役が想定されているのか必ずしも 明らかではない。客観的基準のような抽象的な 取締役を想定するとしても,専門化が進む中で 適切な基準として機能するかは疑問である。今 後,イギリスのように主観的基準を含めた二重

基準を取り入れることは大いにありうることだ ろう(51)。また,イギリスの非業務執行取締役 にあたると思われる独立役員や社外取締役につ いて,どのような基準によって注意義務の違反 を判断するべきか,また責任を免除していくべ きか,イギリスにおける議論の進展から示唆を 得られることが期待される。このような観点か ら,イギリスにおける非業務執行取締役に関す る判例の再検討,そして取締役責任免除制度と の関係についての検討を,次の課題としたい。

〔投稿受理日2010.11.20/掲載決定日2011.1.27〕

⑴ 非業務執行取締役には,会社から独立性を有し ている非業務執行取締役と,独立性を有していな い非業務執行取締役が存在する。そして,独立性 を有した取締役を独立取締役(independent director) という。

⑵ これまでの日本の独立取締役に関する議論をま とめたものとして,豊田祐子「独立取締役をめぐ る主な論点」商事法務1901号(2010年)37頁以下 がある。

⑶ アメリカでは,SOX法が規制されるまで連邦法 によって会社のガバナンスに関する直接的な規制 を設けることは行われていなかった。そこで,上 場会社のみではあるがニューヨーク証券取引所 が,上場規則によってガバナンスに関する規制 を行なってきた。たとえば,1950年代においては 株主総会の最低定足数に関する条項,社外株式の 20%以上の新株発行に株主総会の承認を要求する 条項などが規定され,1970年代には利害関係のな い取締役のみで構成される監査委員会の設置を要 求する条項を規定するなどが挙げられる。黒沼悦 郎『アメリカ証券取引法第2版』(2007年,弘文堂)

107頁。

⑷ イギリスでは,Partnership法理に基づいた株主 間の契約的結合として会社を捉え,このことから 契約自由の原則により機関構成は広く弾力的に認 められ,会社の基本的な機関構成を株主総会と取 締役としている。酒巻俊雄「株式会社の本質観と 会社法理−イギリス法とアメリカ法−」星川長七

(15)

先生還暦記念論集『英米会社法の論理と課題』(日 本評論社,1972年)1頁以下。

⑸ イギリスでは,今まで会社の定款が対外的事項 を規律する基本定款(memorandum of association) と,会社の対内的事項を規律する附属定款の2つに 分かれており,会社の各機関の設置や権限配分は 附属定款に記載されていたが,会社法の現代化の 際に多くの記載事項が基本定款から移され,実質 的に一本化したといえる。また,イギリスでは模 範附属定款(model articles)が存在し,会社が定款 で特段の定めをしない場合,模範附属定款を採用 したとみなされる(会社法20条)。

⑹ イギリスにおける取締役会の監督機能の肥大化 は,1970年代から指摘され,イギリスの法制度に 影響を受けている多くの英連邦諸国でも見られる 傾向といわれる。酒巻俊雄「オーストラリアの会 社法(12)」海外商事法務105号(1971年)23頁以下。

⑺ イギリスの非業務執行取締役は,当初名目的な 取締役であることが多く,監督者としての役割が 認識されるまでには長い期間を要したことが指摘 されている。非業務執行取締役の生成については,

一ノ澤直人「イギリスにおける非業務執行取締役 の検討(1)」山口経済雑誌46巻5号667頁以下に 詳しい。

⑻ Alan Dignam, Capturing corporate governance: The end of the UK self-regulating system, (2006) Vol.4(1), International Journal of Disclosure and Governance, at p.

25.

⑼ キャドベリー報告書については,日本コーポ レート・ガバナンス・フォーラム編『コーポレー ト・ガバナンス−英国の企業改革−』(商事法務研 究会,2001年),本間美奈子「イギリス法上の株式 会社運営機構とその課題(一)−キャドベリー報 告書の検討を通じて−」早大法研論集75号(1995 年)221頁以下に詳しい。

⑽  Committee on the Financial Aspects of Corporate Governance, Report of the Committee (1992) [hereafter as Cadbury Report], at para. 4.1, 4.5, 4.6.

⑾ Cadbury Report, ibid, at para. 4.12.

⑿ Dignam, supra note 8, at p. 24.

⒀ 2000年には,上場に関する権限がLSEからより 公的な金融サービス機構(FSA: Financial Service

Authority)に委譲され,さらに金融市場サービス

法(Financial Service and Markets Act 2000) に お

いて上場規則違反に対する法的制裁を規定した ことによって,統合コードはより強力な強制力 を機能するようになったといえる。このことか ら,最良実務コードや統合コードなどのCorporate

governance codeは単なる自主規制を超えた強制力

を持った法として機能していることを指摘する文 献も存在する。Dignam, supra note 8, at p. 24.

⒁ グリンブリー報告書と関連したイギリスにおけ る取締役の報酬については,菊田秀雄「EUにおけ る取締役報酬規制をめぐる近時の動向−EUおよ びイギリスにおける展開を中心に−」駿河台法学 22巻1号(2008年)21頁以下,山崎雅教「英国におけ るコーポレート・ガバナンスと取締役報酬開示規 制について−コーポレート・ガバナンス改革のた めの各報告書を中心として−」大東文化大学経営 論集11号(2006)83頁以下に詳しい。

⒂ キャドベリー報告書・グリーンベリー報告書・

ハンペル報告書の翻訳として,八田進二・橋本尚

『英国のコーポレート・ガバナンス』(白桃書房,

2000年)がある。

⒃ 統合コードについては,河村賢治「英国公開会 社法における取締役会の機能−統合コード(the Combined Code)を中心に−」早法76巻2号(2000 年)239頁以下が詳しい。

⒄ ターンブル報告書の和訳として,八田進二・橋

本尚「ICAEW・ターンブル委員会報告書」駿河台

経済論集9巻2号(2000年)153頁以下がある。

⒅ ヒッグス報告書については,一ノ澤直人「英国 における社外取締役の規整の展開−ヒッグス報告 による影響の検討を中心として−」山口経済学雑 誌52巻3号(2003年)167頁以下に詳しい。

⒆ 黒沼(前掲・注3)108頁。

⒇ スミス報告書については,川島いづみ「英国に おける内部統制システム−最近の動向と法的課題

−」月刊監査役474号(2003年)42頁以下に詳しい。

 2003年改正統合コードの翻訳として,中村信男

=上田亮子「イギリスのコーポレート・ガバナン スに関する改正統合規範(2003年7月)」比較法学 38巻2号(2005年)209頁以下がある。

 改正統合コードの独立基準をまとめると,①過 去5年以内に当該会社またはその会社の属するグ ループ企業の従業員であった者,②当該会社との 間において直接,重要な取引上の関係を現に有し,

もしくは,過去3年以内にそのような関係を有し

(16)

ていた者,③当該会社との間において直接,重要 な取引上の関係を有する組織のパートナー,株 主,取締役または上級従業員としてそのような関 係を現に有し,もしくは,過去3年以内にそのよ うな関係を有していた者,④取締役としての報酬 以外に会社から別途報酬を受けていたか,もしく は,現に受けている場合,⑤当該会社のストック オプションまたは業績連動型報酬制度に参加して いる,または年金制度を受けている場合,⑥当該 会社の顧問,取締役または上級従業員のいずれか の者との間において近親関係(Close Family ties) を有する場合,⑦取締役派遣相互制度がある場合,

または他の会社または組織への関与を通して他の 取締役との間において重要な結びつきがある場 合,⑧主要株主の代表者,⑨在任期間が9年以上 ある場合のいずれにも該当しない非業務執行取締 役が,独立取締役になれるとしている。

 イギリスの「National statistics:share ownership

bulletin 2010」によると,イギリスにおける機関

投資家の株式保有率は1963年の36%から2008年に は90%近くにまで上昇していることが統計として 示されている。

 Walker, et al, A review of corporate governance in UK banks and other financial industry entities (2009).

 Walker, ibid., at p. 7.

 Financial Reporting Council , Consultation on The Revised UK Corporate Governance Code, (2009).

 Financial Reporting Council, Final Report on The Revised UK Corporate Governance Code, (2009).

 Financial Reporting Council, the UK Corporate Governance Code , (2010).

 Financial Reporting Council, Revisions to the UK corporate governance code (formerly the combined code) (2010), at p.18.

 関孝哉「英国における非業務執行取締役の役割 と監査委員会の機能-ジョナサン・チャーカム氏 に聞く-」商事法務1667号(2003)32頁。

 FRC, supra note 27, at p. 14.

 FRCの報告書には,たびたび「専門取締役」

(Professional director)という用語が現れているこ とからも,非業務執行取締役は単なる独立した者 ではなく,監督を行なう上で適切な能力を有した 者である必要があることが伺われる。

 取締役認証制度については,村橋健司「英国に

おける取締役認証制度」取締役の法務74号(2000)82 頁以下に詳しい。

 この取締役の善管注意義務の詳しい変遷は,川 島いづみ「イギリス会社法における取締役の注意 義務」比較法学41巻1号(2007年)21頁,一ノ澤 直人「イギリスにおける非業務執行取締役の検討

(二・完)」山口経済学誌49巻3号(2001)110〜114頁 を参照。

 [1925] Ch.407.

 Vanessa Finch, Company directors : who cares about skill and care ?, (1992) 55 Modern Law Review 179, at p.200.

 Andrew Hicks, directors liability for management errors, (1994) 110 Law Quarterly Review, at p.390.  Finch, supra note 36, at p.179.

 R.C.Nolan, Controlling fiduciary power, (2009) 68(2) Cambridge Law Journal, at p.309.において,取締役 を受託者として捉えることは現在でも続いており,

注意義務を考える上でも同様であることを指摘し ている。

 [1991] BCLC.1028.  [1993] BCLC.646.

 この二重基準については,石山卓磨「英国会社 法における取締役の義務規定の改革−取締役の注 意,技量,勤勉義務を中心にして−」酒巻俊雄先 生古希記念論集『21世紀の企業法制』(商事法務,

2003年)81頁以下に詳しい。

 Finch, supra note 36, at p.392. また,同論文では,

会社法174条が新しく規定されることによって,会 社の規模に関わらず客観的基準が採用され,小規 模会社の取締役に過度の負担を強いることを指摘 している。また,C. .A. Riley, the company director's duty of care and skill: the case for an onerous but subjective standard, (1999) 162 Modern Law Review, at p.709以下においても客観的基準の問題点について 指摘している。

 Riley, ibid., at p.714.  川島(前掲・注34)34頁。

  [1989] BCLC.498.

  Hicks, supra note 37, at p.392で は,Re City Equitable Fire Insurance Co. Ltd事件判決とそれ以 前の判決は非業務執行取締役に相当する取締役の 注意義務の問題が大半であり,一方のNorman v.

Theodore Goddard事件判決の二重基準で判断した

(17)

事案の多くは業務執行取締役の問題で状況が異な り,判例は変更されていない可能性を指摘する。

(48) [2005] EWHC.603.

(49) 2006年イギリス会社法において新設された株主 代表訴訟については,川島いづみ「イギリス新会 社法における株主代表訴訟制度」比較法学43巻2号 1頁以下に詳しい。

(50) 2006年イギリス会社法改正以前ではあるが,イ ギリスの取締役責任免除制度に関しては,吉本健 一「イギリス会社法における取締役の義務違反行 為の承認と責任免除」酒巻俊雄先生古希記念論集 (『21世紀の企業法制』商事法務,2003年)869頁以 下に詳しい。

(51) 石山卓磨『現代会社法講義 第2版』(2008年,

成文堂)219頁において,日本の善管注意義務の判 断基準についても,二重基準で判断するような規 定を新しく定めることを提唱している。

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