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学校のエスノグラフィに関する一考察−福岡市A小学校の事例を中心に− [ PDF

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Academic year: 2021

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(1)学校のエスノグラフィに関する一考察―福岡市A小学校の事例を中心に― キーワード:エスノグラフィ, 多文化の子ども, 参与観察, 学校文化, 固有名の子ども. 発達・社会システム専攻 埀見 直樹. 1. 本論の構成. おいて比較的最近日本に来た、という意味で相対的な概念. はじめに. として用いられてきた。しかし、今日ではもはや「ニューカ. 第 1 章 多文化の子どもをめぐる動向. マー」の呼称が適切でない実態も浮上している。あわせて. 第1節 第2節. 学校の多文化化とその背景―日本社会の多文化. 「○○系日本人」もしくは「日本籍マイノリティ」の増加が進. 化. 行し、こうした状況にも目配りし、学校の多文化化をとらえ. 多文化の子どもをめぐるさまざまな動向. る視点が必要である。したがって、本論文では「複数の文化. 第 2 章 教育学研究の中のエスノグラフィ ―その性質と可能性. の間に生きる子ども」という意味で「多文化の子ども」とい う呼称を用いる。. 第1節. 教育学研究の中のエスノグラフィ. 日本の学校における多文化の子どもの「異質性」は日本. 第2節. フィールドワークというプロセス. の学校という場所が有する性格を相対化する契機となり、. 第 3 章 A小学校のエスノグラフィ. 日本の学校を批判的に問い直す視点を先鋭化させた。多文. 第1節. 調査の概要と調査者の位置づけ. 化の子どもたちの存在に焦点を当てることで日本の学校の. 第2節. A 小学校の概要と多文化の子どもの在籍状況. 姿を相対化し、かれらを含めた学校の姿の構想を試みるた. 第3節. 多文化の子どもへの指導形態. めには、学校現場の多様な事例を「見る」ことが必要である。. 第 4 章 学校の中の多文化の子どもとかれらへの対応. とりわけ多文化の子どもの多様な文化的背景をとらえるに. 第1節. 多文化の子どもの学校生活. 第2節. ワールドスタディールームの役割. 第3節. Y 先生の多文化の子どもへのまなざし. が出来る。エスノグラフィという方法を用いて日本の学校. 第4節. まとめ. の様子や多文化の子どもの実際を描き、日本の学校のあり. 終章 学校のエスノグラフィと多文化の子どもをめぐる研 究の展望 2. 本論の概要 はじめに エスノグラフィ(民族誌)とは、「人類学者が異文化におけ る日常生活を身近に観察し、記録し、それに自ら参加し(これ. は、この視点が必要である。 ここにエスノグラフィという方法の有用性を認めること. 方に関する考察を行なうのが本論文の目的である。 第1章. 多文化の子どもをめぐる動向. 本章では学校の多文化化の背景と共に、日本ないし日本 の学校の受け入れ態勢や、多文化の子どもたちをめぐる研 究状況を概観する。 第1節. 学校の多文化化とその背景―日本社会の多文化化. がフィールドワーク体験と呼ばれるものである)そして細部. 本節では現在日本に住む多様な文化的背景をもつ人々の. を丹念に記述しながらその文化についての話を書き上げる. 状況を確認し、日本の学校の多文化化の背景について概観. ような、そんな調査のプロセス」である(Murcus & Fisher. した。現在日本に居住しているのは「オールドカマー」と呼. 1986)。この人類学の方法は、自国を含めた近代社会にまで. ばれる在日朝鮮人の人々に加え、日系人労働者、中国帰国者、. 適用されるようになり、現在では広く社会科学においても. インドシナ難民、留学生などの人々である。こうした人々の. 用いられている。「学校のエスノグラフィ(スクールエスノグ. 日本における増加が、日本の学校の多文化化という現状の. ラフィ、学校民族誌)」はその名の通り、学校を記述の対象と. 背景となっている。. したエスノグラフィである。. 第2節. 多文化の子どもをめぐるさまざまな動向. そして、本論文で対象とするのは、現在日本の学校に増. 本節では①行政レベル―国・自治体の対応、②学校レベル. 加しつつある多様な文化的背景を持つ子どもたちである。. ―学校の対応・教育実践、③多文化の子どもをめぐる研究動. かれらは「ニューカマー」「外国人児童生徒」などの呼称で呼. 向、という分類に基づいて多文化の子どもへの対応やかれ. ばれている。この「ニューカマー」という呼称は在日朝鮮人. らをめぐる問題群を整理し、同時にかれらを対象とした研. を中心とする「オールドカマー」と呼ばれる人々との対比に. 究の現時点での外延もしくは到達点を描き出すことを目的.

(2) とする。①では多文化の子どもに対する文部科学省の施策. いて考察する。またエスノグラフィというテクストを支配. について、主に日本語指導に主眼を置いた政策が採られて. するフィールドワーク、特に、フィールドワークの中核をな. いることを確認した。さらに現在では国レベルでの施策だ. す参与観察というプロセスが不可避的に内在する特徴を踏. けでなく、自治体による単独事業も徐々に増加しつつある。. まえ、エスノグラフィの有する性質について考察する。. ②では現場からの事例報告と、教育実践の現状について概. 第1節. 教育学研究の中のエスノグラフィ. 観した。学校での現場の事例からは、多文化の子どもたちを. 本節では、教育のエスノグラフィが4つの性格を有してい. 日本の学校が受け入れた際の戸惑いや、かれらやその家庭. ることを導き出した。それは、学校内での過程をブラックボ. と学校との間に生じたコンフリクトの例の報告が多くなさ. ックスとしてとらえていたことへの批判に応えるかたちで. れている。またこうした状況を受け、日本の学校現場では. の「実証的」性格、現場で得た知見やデータを元に新たな知. 「国際理解教育」をはじめとする様々な教育実践が行なわれ. を生み出す「理論生成的」性格、ミクロな事象を通してマク. ている。しかしこうした実践には「博物主義」という批判や、. ロな文脈に批判の目を向ける「批判的」性格、研究成果や知. 実践が日本人の児童・生徒の教育としてのみ位置づけられ、. 見を社会が当面している実際的、政策的諸問題の解決に適. 多文化の子どもたちを積極的に力づける意識が希薄である. 用する「応用的」性格である。. などの問題が指摘されている。こうした実践では、マジョリ. このように、学校のエスノグラフィは様々な可能性に開. ティとマイノリティとの相互作用を通して新しい価値創造. かれている。多文化の子どもを対象としたエスノグラフィ. が可能となるような「共生教育」が求められている。③では. においても様々な可能性を追究する必要がある。しかし現. 主に日本の教育学研究の中で多文化の子どもがどのように. 在のところ、特に新たな知見を立ち上げようとする「理論生. 語られているかを概観する。そうした言説では、かれらの抱. 成的」性格が十分に発揮されていないということができる。. える「問題群」(例えば、 「適応」「言語」「学力」「アイデンティテ. 第2節. フィールドワークというプロセス. ィ」など)の指摘がその主流であった。そして近年かれらへの. フィールドワークというプロセスの中核をなすのは、参. 新しいアプローチとして増加しつつあるエスノグラフィと. 与観察である。ピーコック(1993[1986])は「経験」「立場の確. いう方法に注目した。こうした方法による先行研究の蓄積. 立」「解釈」というステップが「フィールドワークという方法. はまだ十分とは言いがたいが、太田(2000)や志水・清水. の核心」である参与観察というプロセスに内在していると. (2001)では、学校にとっての第三者としての研究者が現場. 述べる。しかしクリフォード(1983)が、参与観察をパラドッ. に入ることで現場の成員の発話や行動を微視的にとらえ、. クスであると表現したように「参与」と「観察」というのは相. 現場の声を反映しながら新しい知見を生み出す可能性を示. 矛盾する行為である。したがって参与観察では、完全に客観. 唆している。しかしこれらは多文化の子どもへの日本の学. 的な観察はあり得ない。それはハマスリー(1984)が「われわ. 校の対応に対する批判、問題点の指摘へと議論が収束し、. れ自身が、われわれが研究する社会的世界の一部分である」. 「多文化教育」的な教育実践の必要性を提唱するにとどまっ. と表現した「再帰性(reflexibity)」という性格を参与観察. ている。こうした「紋切り型」の結論は具体性にかけ、結局特. は不可避的に内在することを意味している。したがって、エ. に新しい提案とはなっていない。エスノグラフィという方. スノグラフィというテクストは分析対象と調査者が共同し. 法の中から、多文化の子どもに対する教育の具体的な改善. て作り上げるものであるという視点が現在支配的になりつ. 案を練り上げ、提示するような研究が求められる。. つある。. 第2章. 教育学研究の中のエスノグラフィ−その性質と可 能性. また関本(1988)は「民族誌においては、民族誌家の直接の 経験ということが、学的産物の権威や正当性の源泉として、. 本章では、エスノグラフィという方法について考察する。. いちじるしく強調される」と述べている。これは、クリフォ. 多文化の子どもを対象としたエスノグラフィにおいては、. ード(1996[1986])が、エスノグラフィの描く「真実」について. 「外側から見えない事象の実態を内側から見る」ということ. それは本質的に「部分的真実」であると述べたように、調査. の有用性が強調されている。しかし、エスノグラフィという. 者の「経験」に基礎を置く参与観察という方法は、エスノグ. 方法の有する性質や特徴は果たしてその 1 点に留まるもの. ラフィが主観的、恣意的な性格を不可避的に有しているこ. なのか。本章では、この問いへの回答を見出すため、現在ま. とを意味している。その主観性、恣意性が批判的に問い続け. での教育学研究におけるエスノグラフィの歴史、特に日本. られてはいるが、むしろこうした性格は積極的にとらえ直. に先駆けて学校のエスノグラフィが発展したイギリスやア. される必要がある。それは中村(1992)が「臨床の知」として. メリカの例を概観することで、学校のエスノグラフィの可. モデル化した新たな知の可能性とも通じる。エスノグラフ. 能性、また、エスノグラフィというテクストのもつ性格につ. ィという方法により「臨床の知」を練り上げ、多文化の子ど.

(3) もたちへの教育のあり方を構想する試みが必要である。 第3章. A 小学校のエスノグラフィ. 第1節. 多文化の子どもの学校生活. A 小学校では、多文化の子どもの存在によりかれらの宗教. 本章と続く第4 章では前2 章での議論を踏まえ、実際に筆. 的差異、言語的差異が日常的に顕在化している。ムスリムの. 者が多文化の子どもが多数在籍する福岡市 A 学校での参与. 子どもが給食のメニューに食べられないものがある日は、. 観察をもとに、多文化の子どもと A 小学校のエスノグラフ. 家からお弁当を持ってくるのが当然であり、休み時間にお. ィを作成した。参与観察により、「実際にかれらはどのよう. 祈りをするムスリムの子どもも存在している。日本語が不. に学校生活を送っているのか」ということを明らかにする. 十分な子どもに対しては、その子どもと同じ言語的背景を. ことを目的とする。こうした問題意識は第1章で触れた太田. もつ子どもが教師や保護者との通訳に入ることがしばしば. (2000)や志水・清水(2001)のそれとも一致する。そしてさら. ある。同じ言語を話す子ども同士の会話では、日本語以外の. に、上で触れたようなエスノグラフィの「理論生成的」な性. 言語が日常的に飛び交っている。そしてこうした文化的背. 格を意識し、学校での日常的営為の中に多文化の子どもを. 景の「異質性」は教師達にとっても当然のこととして許容さ. 含めた学校教育のあり方に関する何らかの「ヒント」を見出. れている。. そうというスタンスを採る。そして、多文化の子どもたちへ. またA 小学校では、日本人児童による多文化の子どもへの. の教育の改善の手がかりを模索することがもうひとつの目. 「差別的なまなざし」と「好意的なまなざし」の双方を見出さ. 的である。. れた。かれらへの「差別的なまなざし」は、多文化の子どもに. 第1節. とっての「異文化適応」の「自由な選択」を妨げるものであり、. 調査の概要と調査者の位置づけ. 平成 15 年 12 月から平成16 年 12 月までのおよそ1 年間、. 多文化の子どもへのまなざしを「差別的」なものに転化させ. およそ週に 1 回足を運び、A 小学校での調査を行なった。筆. ない実践の構想が必要である。. 者の志水(2001)による「学校臨床学的研究における研究. 第2節. ワールドスタディールームの役割. 者の類型」によれば、「ボランティア」型としての類型に当て. 本節では WSR に焦点を当て、A 小学校の中でどのような. はまる。本章と第4章は、授業補助・見学、諸行事の補助、校外. 役割を果たしているか、多文化の子どもにとってどのよう. 学習の引率補助などの活動を行う中での観察や、教師への. な役割を果たしているかという点について考察した。WSR. 聞き取りをもとに構成されている。. は、多文化の子ども同士の関係性の構築の媒介となってい. 第2節. A 小学校の概要と多文化の子どもの在籍状況. ることが明らかとなった。また、現在 A 小学校に派遣されて. A 小学校には、全校児童のおよそ1 割に当たる37 名の多文. いる福岡市日本語派遣指導員からの聞き取りをもとに、派. 化の子どもが在籍している。その内訳は、留学生の子どもが. 遣事業の限界性を明らかにし、WSR が「取り出し指導」によ. 27 名と中国帰国児童 9 名である。A 小学校の特徴として、中. って学力や日本語能力を保障する有用な場所であることを. 国帰国児童の存在が挙げられる。かれらの中には「日本生ま. 見出した。さらに、Y 先生は、WSR を多文化の子どもたちだ. れ」の児童も多く、日本語能力も学校に入学する時点で非常. けでなく学校全体に「開かれた」場所として構想しており、. に高い子どもも多い。こうした、「見えない」子どもたちの存. 積極的に学校全体への働きかけを行なっている。. 在をどのように学校が受け止めるかという課題がある。 第3節. 多文化の子どもへの指導形態. そこでは太田(2000)が危惧した「孤立したエングレイブ」 ではない日本語教室のあり方が模索され、様々な工夫がな. A 小学校では平成 16 年度から日本語教室(ワールドスタ. されている。それは、日本人児童、多文化の子どもの双方に. ディールーム、以下 WSR)が設置され、担当教諭 1 名が加配. いつでも開かれている場所として構想する Y 先生の実践に. されている。A 小学校ではこの WSR を中心として、多文化. その可能性を見出すことができる。. の子どもへの指導がなされている。多文化の子どもへの日. 第3節. 本語指導・適応指導、多文化の子どもと日本人の子どもとの. Y先生の多文化の子どもへのまなざし. 本節では主に Y 先生への聞き取りをもとにかれらへの対. 相互理解としての異文化理解が実践されている。. 応のあり方について考察を行なった。Y先生の語りに頻繁に. 第4章. 学校の中の多文化の子どもとかれらへの対応. 現れ、実際に行動に見て取れるのは、個々の子どもへの明確. 本章では、多文化の子どもの学校生活の実際と学校の対. な「区別」である。現在日本語派遣指導を受けている中国帰. 応に関する記述を通して、多文化の子どもの学校における. 国児童の男子 HO と、留学生の子どもであるウィグル出身. 生活の断片を描き出す。特に、WSR における実践や WSR の. の男子 RI に対する Y 先生の考えは「HO は将来日本に住む. 担当教師である Y 先生の実践を手がかりにしながら、多文. し、親からも日本語の力をつけるよう頼まれているので、厳. 化の子どもの様子を描き出すと同時に、かれらに対する日. しく指導する」のに対し、「RI はウィグルに帰るので、HO ほ. 本の学校のあり方の手がかりを探ることを目的とする。. ど厳しくしようとは考えない」というものである。この Y 先.

(4) 生の語りからは、文化的差異に応じて2人の児童を区別して. 有名の子どもの発見」が「同一性」からの脱却につながると. いる印象を受けるが、「○○人だからといった見方はしな. いう佐藤の議論に基づけば、子どもの「将来」を念頭におい. い」といった一見矛盾した語りも見出すことができる。しか. た Y 先生の個々の児童への個別的な対応による「固有名の. しこの 2 つの語りは矛盾しているのではない。Y 先生の語り. 子どもの発見」には、これまで批判にさらされてきた「日本. には、子どもの「将来」「親の希望」を意識した発言が頻繁に. 的学校文化」を変容させる手がかりがあるように思われる。. 見られる。そのことから、文化的背景ではなく、「将来」「親の. 第4節. まとめ. 希望」といったことに目配りすることによって個々の子ど. 本調査において、検討すべき課題が多数生まれた。日本人. もへの対応を区別しており、それが結果的に文化的背景に. 児童は多文化の子どもをどのようにとらえているか。日本. よって区別しているように見えるだけではないかという解. 人児童との「異質性」をどこに認めているのか。こうした課. 釈が可能となる。. 題については、今後の調査の中で明らかにしていきたい。. しかしこうした教師の対応は先行研究の中で批判にさら されている。志水・清水(2001)や恒吉(1998)は、多文化の子ど. 終章. 学校のエスノグラフィと多文化の子どもをめぐる 研究の展望. もについて、かれらがマイノリティであるがゆえに置かれ. エスノグラフィのように研究者が学校現場に積極的に参. ている差別的な社会的コンテクストや文化的背景などの属. 入し「対話」の中から新しい知見を練り上げることに日本の. 性に目配りせず、すべて個人の資質の問題に還元して子ど. 学校のあり方を再検討する契機があるように思われる。今. もをとらえる教師に対する批判がなされている。そしてそ. 回の調査では多くの課題を見出すことができた。「課題の生. うした教師の対応の背景には、日本的な学校文化(一斉共同. 成」は新たな知見ないし理論が生成されるひとつのステッ. 体主義)に基づき、子どもを特別扱いしないという風潮があ. プであり、その萌芽であるととらえることができる。学校に. り、結果として多文化の子どもに対して同化を強いる圧力. おける「臨床の知」の蓄積が、多文化の子どもへの対応を含. が作用しているという。そして志水・清水や恒吉による批判. め、日本の教育や学校のあり方を構想する上での原動力と. では「個々の文化的背景を見る」という認識が必要であると. なるのではないか。その意味で学校のエスノグラフィは. 主張される。もちろん多文化の子どもの文化的背景が置か. 様々な可能性を秘めている。. れている文脈への目配りが必要であることには依存はない。. 3. 主要参考文献. しかし、これらの批判には「文化的背景や属性を見る」こと. Clifford,J.,1983「On Ethnographic Authority」『Represen-. の問題性に関する認識が希薄である。. tations1-2』,University of California Press.、クリフ. 小坂井(2002)の社会心理学的考察によれば「中国人だか. ォード、J.・マーカス、J./春日直樹他訳、1996[1986] 『文. ら」「日系人だから」という認識は、そうした枠組みに包摂さ. 化を書く』紀伊國屋書店 Hammersley,Martyn,1984「Introdu-. れる個々の子どもに根拠のないラベリングを施すことにな. ction:Reflexibity and Naturalism in Ethnography」Hamme-. る。その結果個々人の子どものもつ差異がそのカテゴリー. rsley, Martyn『The Ethnography of Schooling』The Bemrose. に埋没することになる。つまり「この子は中国人だから」「こ. Press Ltd:Great Britain、中村雄二郎、1992『臨床の知と. の子は日系人だから」という認識枠組みの形成が、多文化の. は何か』岩波新書、ピーコック、J.L./今福龍太訳、1993. 子どもにとっての「新たな同化圧力」となって作用するとい. [1986]『人類学とは何か』岩波書店、関本照夫、1988「フィ. う捻れた構図を生み出す可能性があるのである。. ールドワークの認識論」伊藤幹治・米山俊直編『文化人類学. Y 先生は、親の希望などの家庭の様子を念頭に置き、文化. へのアプローチ』ミネルヴァ書房、太田晴雄、2000『ニュ. 的差異を認めながら、個々の子どもの「将来」を見据えた対. ーカマーの子どもと日本の学校』国際書院、志水宏吉、2001. 応をしている。これは佐藤(1999)のいう「固有名の子どもの. 「研究 vs 実践―学校の臨床社会学に向けて―」『東京大学. 発見」のひとつの形とはいえないだろうか。佐藤は、教室の. 大学院教育学研究科紀要第 41 巻』 、志水宏吉・清水睦美、. 「共同体」が同一性を志向してきたことを指摘する。この佐. 2001『ニューカマーと教育―学校文化とエスニシティの葛. 藤のいう「同一性の志向」は「一斉共同体主義」と批判される. 藤をめぐって―』明石書店、恒吉僚子、1998「ニューカマ. 日本の学校文化とは無縁ではない。この「同一性」を乗り越. ーの子どもと日本の教育」佐伯胖他編『岩波講座 11 現代の. える方途として、佐藤は「抽象的な子ども」と接するのでは. 教育 国際化時代の教育』岩波書店、小坂井敏晶、2002『民. なく「固有名の子どもの発見」を達成することを提案してい. 族という虚構』 東京大学出版会、 Marcus, G. E. & Fisher, M.. る。Y 先生の対応に見られるような実践―かれらの文化的. J. J.、1986『Anthropology as Cultural Critique』 、Chicago. 差異を認め、ひとりひとり子どもの将来を見据えた対応―. Univ. of Chicago Press、佐藤学、1999『学びの快楽―ダイ. は「固有名の子ども」の発見といえるのではなかろうか。「固. アローグへ―』世織書房.

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