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佐藤友幸

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(1)

137

イギリスにおけるコモンロー上の伝聞法則

(2 .完)

一一伝聞法制改革前史一

佐藤友幸

第1 本稿の目的

第2 コモンロー時代のイギリスにおける伝聞法則の概要 1 伝聞法則の適用範囲

2伝聞例外の創出に関する状況 (以上、本誌170号)

第3 「黙示的主張」をめぐる展開 1 「黙示的主張」とはいかなる概念か

(1) はじめに

(2) 「黙示的主張」という概念とその具体例 ア.概念の説明

イ.具体例

2 「黙示的主張」をめぐる判例(1)‑Wright対'Ihtham判決(1837年)

(1) 事実関係および判決内容 ア.事実関係

イ.判決内容

(2) 本判決の位置付け ア.本判決の論理 イ.本判決の地位

3 「黙示的主張」をめぐる判例(2)‑T℃per判決(1952年)

(1) 事実関係および判決内容 ア.事実関係

イ.判決内容

(2) 本判決の位置付け ア.本判決の論理 イ.本判決の地位

4 「黙示的主張」をめぐる判例(3)‑Kearley判決(1992年)

(1) 事実関係

(2) 判決内容①:多数派裁判官の見解

ア.関連性の問題について

イ. 「黙示的主張」に対する伝聞法則の適用の問題について

(2)

138 早稲田大学大学院法研論集第171号(2019)

(3) 判決内容②:少数派裁判官の見解

(4) 本判決の影秤

第4 まとめ−コモンロー時代における伝聞法則の問題点 (以上、本号)

第3 「黙示的主張」をめぐる展開

1 「黙示的主張」とはいかなる概念か

(1) はじめに

ここまで取り上げてきた議論は、証明される内容がその供述によって明示

的に表現されている場合が念頭に置かれてきた。

しかし、 イギリスでは、 「黙示的主張(impliedassertion)」に伝聞法則が適

(58)

用されるべきかという難問が長年にわたって議論されている。さらに、この

(59)

問題をめぐる貴族院判決(後述のKearley判決)を一つの契機として、 イギ

リスの伝聞法則の制度改革が促進されたという経緯がある。

そこで、ここでは、コモンロー時代のイギリスにおける「黙示的主張」を めぐる判例の展開を概観する。もっとも、そもそも「黙示的主張」という概 念について、 日本ではきわめて馴染みが薄いと思われるので、 まず、問題の 所在について具体例を挙げつつ、概念それ自体について詳細に説明すること

とする。

(2) 「黙示的主張」という概念とその具体例 ア.概念の説明

「黙示的主張」の問題とは、人の供述・行為の証拠であり、当該供述者.

行為者が、その証拠を提出して証明しようとする事実を主張することを意図

していなかったが、その事実の存在を信じていたことが当該供述・行為の基

(60)

礎であるものに関する問題である、などと説明されている。つまり、 「黙示

(3)

イギリスにおけるコモンロー上の伝聞法則(2.完) (佐藤) 139 的主張」とは、当該供述・行為の基礎となる事実について観念される主張の

ことである。日本での用語法に従えば、 「黙示的主張」とは、供述・行為の 中に、要証事実の存否に関する主張が明示的には含まれていないが、その要 証事実の存否が供述・行為の前提となる場合の、当該前提についての主張を 指す概念である。

イ.具体例

抽象的な説明のみではこの概念を理解することは容易ではないと思われる

(61)

ので、これについて、 さらに具体例を挙げて説明する。

例えば、甲ビルという建物で火災が発生したことを証明するために、証人 がAという人物の以下のような供述・行為について証言をすることが許容 されるかという問題について考える。なお、A自身は公判廷で証言すること ができないと仮定する。

証言①: 「Aさんが、 「甲ビルで火事が起きました。消防車を呼んでくださ い。」と叫んでいました。」

証言②: 「Aさんが、 『消防車を呼んでください◎甲ビルです。』 と叫んでい ました。」

証言③: 「Aさんが、消火器を持って、甲ビルに入って行きました。」

まず、証言①については、これが伝聞証拠に該当することに疑問の余地は ない。すなわち、この場合には、証言①は、Aによる、甲ビルでの火災発生 の明示の主張についての伝聞証言となることが明らかである。

続いて、証言②はどうであろうか。証言②によれば、Aは、明示的には、

「甲ビルの場所まで消防車を呼んでほしい」という旨の主張しか行っていな

(62)

い。しかし、一般論として、常識的な人間であれば、甲ビルで火災が発生し ていると認識しない限りは、他人に消防車の出動を要求することはしないと 考えられるから、Aがこのように他人に消防車の出動を要求しているのは、

(4)

140 早稲田大学大学院法研論集第171号(2019)

甲ビルで火災が発生したことを前提としているといえる。したがって、A は、甲ビルで火災が発生したことを黙示的に供述の基礎としていることとな る。すなわち、このような場合にも、Aは、甲ビルで火災が発生したという 認識を基礎として供述しているのだから、伝聞証拠に固有の誤謬の危険性が 内包されており、伝聞法則を適用すべきではないか、 という点が理論上問題

となるのである。

証言②は、ある供述が存在し、かつ、争点との関連性を有する「黙示的主

張」がその供述内に含まれている場合の例である。しかし、 「黙示的主張」

(63)

は、言語的性質を有しない単純な行為にも含まれることがある。そのことを

説明する例が証言③である。この場合においても、証言②の場合と同様に、

常識的な人間であれば、甲ビルで火災が発生していると考えない限りは消火 器を持って甲ビルに入って行くようなことはしないと考えられる。つまり、

Aの行動は、甲ビルでの火災発生を認識した上でなされたものであるから、

やはり、伝聞証拠に固有の誤謬の危険性が内包されているといえる。そのた

め、証言③にも、A自身は何ら供述を行っていないにもかかわらず、理論的 観点からは伝聞法則が適用されるべきだという主張が成り立ち得る。

なお、 「黙示的主張」に伝聞法則が適用されるべきかという問題について

は、証言②のように、供述の中に「黙示的主張」が含まれている場合と、証 言③のように、言語的性質を有しない単純な行為の中に「黙示的主張」が含

まれている場合とを明確に区別した議論がなされることがある。( )

コモンロー時代のイギリスでは、 「黙示的主張」に伝聞法則の適用を認め

たと考えられる判例が3件存在する。先に述べたように、 とりわけKealley 判決は、 2003年法制定による改革を促進するインパクトをイギリスの実務界

および学界にもたらした。以下では、それら3件の判例について順を追って 説明し、それぞれの位置付けを確認する。

2 「黙示的主張」をめぐる判例(1)‑Wright対Tatham判決(1837年)

「黙示的主張」に関する第一の判例は、伝聞法則が理論的に整理されるよ

(5)

イギリスにおけるコモンロー上の伝聞法則(2.完) (佐藤) 141

(65)

りも前の時代に当たる1837年に下された、Wright対'Iatham判決である。

(1).事実関係および判決内容 ア.事実関係

本件は、被相続人であるMarsdenが、その生前に、 自身の使用人であっ た被告Wrightに対して財産を遺贈する旨の遺言を行ったとされるところ、

Marsdenの法定相続人である原告'Ihthamが当該遺言の有効性を争った民事 訴訟である。そして、その審理において、原告側は、そもそもMarsdenは 遺言能力、すなわち有効な遺言を行うことができるだけの知能を有する人物 ではなかったと主張したところ、その主張の当否が中心的争点となった。

被告側は、Marsdenが過言能力を有していたことを証明するために、第 三者がMarsdenに対して書いた3通の手紙一以下、 「本件手紙」とする

−を証拠として提出しようとしたが、原告側がその許容性について争っ た。本件手紙は、Marsdenが死亡する前に書かれたものであり、 また、そ の内容は、読み手となるMarsdenが一定の知能を有する人物であることを 前提とするようなもの−一定の知能を有する人物でなければ理解できない ような内容のもの−であった。したがって、本件手紙の作成者は、Marsden が遺言能力に匹敵するだけの知能を有する人物であると認識していたことが

(66)

窺われた。

なお、Marsdenが若い頃に「馬鹿なJack(Marsdenのファーストネーム)」

と呼ばれていたことなどの証拠は、Marsdenの遺言無能力を証明するため の原告側の証拠として、異議なく許容されていた。

イ.判決内容

(67)

財務室裁判所(CourtofExchequerChamber)は、本件手紙の許容性を否定 した。本判決における裁判官の意見のうち、最も著名かつ一般的に引用され ているのは、 Parke裁判官によるものである。Parke裁判官は、Marsdenの 遺言能力を証明する目的で用いられる場合には、本件手紙は伝聞証拠に該当

(6)

142 早稲田大学大学院法研論集第171号(2019)

(68)

するということを指摘した。そして、争点に関する第三者の供述または意見 を黙示するものとして初めて関連性を有する証拠は、当該第三者が宣誓の下 で証言しない限り許容性が否定されるところ、本件手紙はそのような証拠に

(69)

該当するとした。

また、Parke裁判官は、本件手紙と同様に排除されるような証拠の例を多 数挙げている。そのうち、代表的なものは、次の例一以下、 「船長事例」

(70)

とする−である。すなわち、ある船舶が、出航時点で航行可能な状態であ ったか否かが争点となった場合において、その船舶の船長(故人)が、出航 前に当該船舶を入念に点検した上で、家族とともに出航したという証拠は、

これが航行可能な状態であったということを証明する目的のためには許容さ れないという例である。

(2) 本判決の位置付け ア.本判決の論理

本判決自体は、伝聞法則が理論的に整理されるよりも前の時代に出された 判決であることもあってか、必ずしも明瞭な説明がなされたものとはいえな い。しかし、後年の証拠法学者による整理をもとに、本判決の内容を理論的 に敷術すると、以下のような説明が可能である。

まず、本件手紙の内容には、Marsdenが遺言能力を有しているという

「黙示的主張」が含まれている。そして、仮にMarsdenが遺言能力を有して いるという明示的主張が含まれた手紙が存在するならば、その手紙は伝聞法 則の適用を受けるはずであるから、 「黙示的主張」の場合にも同様に伝聞法

(71)

則を適用すべきとの理屈が成り立ち得る。

また、船長事例についてみると、船長の行為には、出航時に当該船舶が航 行可能であったという明示の主張と同等の、 「黙示的主張」が含まれており、

こちらについても伝聞法則が適用され得る。そもそも、船長は、当該船舶が 航行可能な状態であると判断しない限りは、家族とともにこれに乗船して出 航しないであろうと考えられる。それにもかかわらず、結果として出航した

(7)

イギリスにおけるコモンロー上の伝聞法則(2.完) (佐藤) 143 のだから、船長は、出航時点で当該船舶が航行可能な状態であったとの認識 を有していたという推論が可能であるということが、 「黙示的主張」が観念

(72)

され得る理由である。

イ.本判決の地位

以上のように、本判決は、本件手紙が争点との関係で作成者の「黙示的主 張」を含むものであるため、伝聞法則により排除されると判断したと同時 に、船長事例についても「黙示的主張」を含むものとして伝聞法則が適用さ

(73)

れるという理解を示したものとして受け止められている。そして、本件手紙 に関するParke裁判官の見解と船長事例は、 ともに多くの文献で引用され ているものである。しかし、それにもかかわらず、本判決は先例としての地 位が強固であったとはいえず、本判決によっては、 イギリスにおいて「黙示 的主張」に伝聞法則が適用されるという立場が判例上確立されるまでには至

(74)

らなかったとされる。

その理由として、本件手紙は伝聞法則によらずとも排除され得る証拠であ ったと考えられるという点を挙げる論者が存在する。まず、本件手紙は、い ずれもMarsdenが遺言を行った時点よりもはるか前に作成されたことなど

(75)

から、証拠価値が非常に低く、一般的な関連性の観点からも排除され得るも

(76) (77)

のであったといえる。また、本件手紙は、意見証拠法則(opinionrule)によ

(78)

っても排除される可能性があったという指摘も存在する。

さらに、本件は、当時世間を賑わせた重大事件であり、判断に政治的考慮 が働いていた可能性があった点や、原告側がMarsdenの過言無能力を証明 するために提出した証拠は−本件手紙と同様の理由により 「黙示的主張」

に該当するように思われるにもかかわらず−異議なく許容されていた点な

(79)

どにも注意を要するとも指摘されている。

3 「黙示的主張」をめぐる判例(2)‑Teper判決(1952年)

Wright対'1htham判決の次に、 「黙示的主張」に対して伝聞法則を適用し

(8)

144 早稲田大学大学院法研論集第171号(2019)

たとされるイギリスの判決は、それから100年以上経過した−しかし、

(80)

Myers判決よりも前の時点である‑1952年に下された'1℃per判決である。

(1) 事実関係および判決内容 ア.事実関係

被告人'1℃perは、 自身が商売をしており、妻が所有している衣料品店店 舗の放火で訴追された。その事実審理において、当該火災が放火によるもの

であることについては争われなかったものの、 '1℃perは自身のアリバイに関 する証拠を提出して犯人性を争った。この'1℃perの主張に反駁するための 訴追側証人として、火災発生から少なくとも26分経った後、火災現場から 200メートルほど離れた場所の群衆に居合わせていた警察官が証言を行った。

その証言の内容は、ある女性が叫びながら、群衆の中を通り過ぎて行った 車の中の人物に向かって、自分の店が燃えているのにその現場から離れたの か、 という趣旨のことを述べており、 また、その車の中の人物の顔は被告人 に似ているように見えたというものであった。事実審段階では、 '1℃perはこ

の証言の許容性を争っていなかったが、事実審裁判所は、これを犯人識別の 唯一の証拠として'1℃perに有罪判決を下した。そこで、T℃perは上訴を行

い、その許容性について争った。

イ.判決内容

Tもperの上訴を受けた枢密院は、当該警察官の証言は伝聞証拠であり、か つ、伝聞例外に該当しないために許容されないと判示した上で、有罪判決を 破棄した。ただし、本判決では、 これが伝聞証拠に該当する理由については

(81)

特段の説明がなされていない。

(2) 本判決の位置付け ア.本判決の論理

本判決と「黙示的主張」の問題との関係について、証拠法学者の分析によ

(9)

イギリスにおけるコモンロー上の伝聞法則(2.完) (佐藤) 145

(82)

れば、以下のような説明が可能である。

警察官の証言によって証明される事実として考えられるものは、 まず、叫 んだ女性が、T℃perが火災現場にいたことを認識していたということである が、そのような事実の存在を証明するだけではT℃perのアリバイとの関係 で関連性が認められるわけではない。すなわち、当該女性が認識していたと いうことだけではなく、当該女性の認識内容まで証明するものでなければ、

証言に関連性は認められない。一方で、そのような認識は当該女性によって 明示的に主張されているわけではない。

しかし、当該女性が、 ′1℃perが火災現場にいたことを認識しなければ、叫 びながらこのような趣旨のことを述べなかったであろうと考えられる。した がって、 これには、火災現場に'1℃perがいたことについての当該女性によ る「黙示的主張」が含まれており、警察官の証言はこの「黙示的主張」につ いての伝聞証言であるといえる。

そうすると、 この判決は「黙示的主張」に伝聞法則が適用されたものであ るといえる。

イ.本判決の地位

もっとも、Writght対'Ihtham判決と同様に、本判決における警察官の証 言は、証拠価値が低いものであると考えられており、関連性が認められるか も疑わしかったことから、許容性を否定した結論は妥当であったという評価

(83)

がなされている。

そして、結局のところ、Wright対'Intham判決と同様に、本判決によっ て、 「黙示的主張」に伝聞法則が適用されるという立場が判例上確立される

(84)

ことにはならなかったとの指摘がある。

4 「黙示的主張」をめぐる判例(3)‑Kearley判決(1992年)

以上の検討から明らかとなったように、Wright対'Ihtham判決および T℃per判決が下されてもなお、 「黙示的主張」に対して伝聞法則の適用を認

(10)

146 早稲田大学大学院法研論集第171号(2019)

めるという判例上の立場が確立したとはいえない状況にあった。

そもそも、両判決で問題となった証拠はいずれも証拠価値が低いものと考 えられていたため、その排除による審理への影響は必ずしも大きいものでは なかった。また、両判決は、いずれもMyers判決よりも前に下された判決 であった。そのため、仮に「黙示的主張」に伝聞法則の適用を認め、 さら に、当該「黙示的主張」が既存の伝聞例外に該当しなかったとしても、当時 は司法上の伝聞例外の創出により許容性を肯定する余地が完全に否定されて いたわけではなかった。すなわち、証拠価値が高い「黙示的主張」について も伝聞法則が適用されるかどうかは完全には明らかにされておらず、 また、

Myers判決以降も両判決の見解が同様に妥当するかという点も不明確であ

った。

そのような状況の中で、証拠価値の程度にかかわらず「黙示的主張」に伝 聞法則が適用されるということを確立した判例が、 1992年に貴族院によって

(85)

下されたKearley判決である。

(1) 事実関係

(86)

被告人Kearleyは譲渡の意図を伴った規制薬物所持の罪で訴追された。本 件では、まず、警察官PらがKearleyの自宅の捜索を行い、多量の薬物を発 見した。しかし、それだけではKearleyが譲渡の意図を有していたことを公 判で証明することが困難であると考えられたため、Pらは、Kearleyを逮捕 した上で、その自宅建物内に数時間留まった。その間に、以下のような出来

事が発生した。

第一に、Pらが留まっている間に、Kearleyの自宅に10件の電話が掛かっ てきた。そして、その電話の内容は、Chippie(Kearleyのニックネーム)に対

して薬物の譲渡を求めるものであった。第二に、 7名の人物がKearleyの自 宅を訪れ、直接薬物の譲渡を求める呼びかけをしてきた。

事実審理において、Kearleyは薬物譲渡の意図を否定した。そこで、

Kearleyがそのような意図を有していたことを証明するために、訴追側が上

(11)

イギリスにおけるコモンロー上の伝聞法則(2.完) (佐藤) 147 記出来事の存在をPに証言させることが許容されるかが問題となった。事 実審裁判官は、 これを許容した上で譲渡の意図の存在を認定し、Kearleyに 有罪判決を下した。さらに、控訴院(CourtofAppeal)においてもその判断 が是認された。ところが、貴族院は、 3対2でPの証言が伝聞証拠に当たる と判断し、その許容性を否定した上で、Kearleyの有罪判決を破棄した。

(2) 判決内容①:多数派裁判官の見解

pの証言の許容性を否定した3名の多数派裁判官は、その判断に際して、

それぞれ、Kearleyに薬物を要求した人物が17名存在したという事実一以 下、 「本件事実」とする−それ自体についての、Kearleyの薬物譲渡の意 図という争点に対する関連性の問題と、 「黙示的主張」に対する伝聞法則の 適用の問題という2つの問題について詳細に検討している。以下、それぞれ の問題について、多数派裁判官の見解を説明する。

ア.関連性の問題について

Pの証言の許容性を判断するためには、 まず、Kearleyに対する薬物要求 の事実が存在したということそれ自体が、Kearleyの薬物譲渡の意図の証明

に関連性を有するかが検討されなければならない。もしそのような事実の存 在それ自体で関連性が認められるならば、Pはその事実を直接認識した上で 証言したのだから、仮に「黙示的主張」に伝聞法則が適用されるという見解 に立ったとしても、Pの証言の許容性を認めることが可能である。

この問題について、多数派裁判官は、大要以下のように述べて、そのよう な意味での関連性を否定した。

Pの証言によって、本件事実を証明することが可能であり、そのことによ って、Kearleyに薬物を要求した17名の人物が、Kearleyが当該薬物を譲渡 してくれると考えていたという心理状態が合理的に推認され得る。しかし、

(87)

これら17名の心理状態は、公判で争点となっている事実ではない。

そして、そのような心理状態を有する人物が存在したという事実は、

(12)

148 早稲田大学大学院法研論集第171号(2019)

Kearleyの薬物譲渡の意図について証明力を有しない。すなわち、そのよう

な心理状態を有する人物が存在するということは、単体では、Kearleyが薬

物譲渡の意図を有していたということについての蓋然性を高めない。さら に、そのような心理状態を有していた人物が大勢いる場合であっても、その

(88)

理屈は変わらないため、関連性は否定されるべきである。

また、本件は、Ratten判決のような、公判外供述を証言的に用いずとも

(89)

その関連性が認められる先例とは事案を異にする。

イ. 「黙示的主張」に対する伝聞法則の適用の問題について

薬物を要求した17名の人物は、要求の前提として、Kearleyが薬物を譲渡 してくれる人物であると認識していたと考えられる。そうすると、その要求 は、Kearleyが薬物を譲渡してくれる人物であるという事実−その事実に よって、Kearleyが薬物譲渡の意図を有していたという推論を合理的に導く

ことができる−の「黙示的主張」だといえる。

そして、Pの証言について関連性を肯定するためには、−本件事実それ 自体には関連性が認められないとする以上一そのような「黙示的主張」に 対する伝聞法則の適用の是非を検討せざるを得ない。

この問題について、 3名の裁判官は、 「黙示的主張」に対して伝聞法則が 適用されるべきであると結論付けた。 3名全員が強調したことは、明示的な 主張には伝聞法則が適用されることとの比較の視点である。すなわち、

Kearleyが薬物を譲渡してくれる人物であったということを明示的に主張す る人物がいる場合には、その主張については、当然に伝聞法則が適用される が、そうすると、 「黙示的主張」が問題となる本件証言についても伝聞法則 が適用されるべきであり、そのことを否定する先例や原理を見出すことは出 来ないという論理である。そして、Wright対'Ihtham判決におけるParke(90)

(91)

裁判官の論理は正しいとした。

(13)

イギリスにおけるコモンロー上の伝聞法則(2.完) (佐藤) 149

(3) 判決内容②:少数派裁判官の見解

Pの証言の許容性を肯定するべきであると主張した2名の少数派裁判官 は、Kearleyに薬物を要求した人物が17名存在したという事実それ自体の関 連性の問題について、大要以下のような意見を述べた。

確かに、ある人物が、Kearleyが薬物を譲渡してくれると考えていたとい

(92)

う心理状態は、それ単体では争点との間で関連性が認められ難い。しかし、

17名もの人物がImalleyに薬物を要求したという本件事実は、人数の多さと いう要素が加わることによって、それ自体、Keadeyが薬物の譲渡人である

(93)

ことを推認させる情況証拠として高度の証拠価値を有する。しかも、この点 に関連性を認めないという判断は、 コモンウェルスの諸判例とも整合しな

(94)

い◎

一方で、どちらの裁判官によっても、 「黙示的主張」に伝聞法則が適用さ れるべきという見解に対しては明確な反論はなされていない。要するに、P の証言の許容性を認めるべきだとする両名の主張の力点は、 もっぱら関連性 の問題に置かれていたものといえる。

(4) 本判決の影響

以上のように、本判決は、Wright対'Ibtham判決およびT℃per判決に引

(95)

き続き、 「黙示的主張」について伝聞法則を適用した。そして−両判決と は異なり−少数派裁判官が批判するように、 また、法律委員会の報告書が 指摘するように、本判決で問題となった証拠は高度の証拠価値を有していた(96)

と考えられている。

つまり、本判決は、理論的にみて「黙示的主張」に伝聞法則を適用した初 めての判例ではないものの、証拠価値の高い「黙示的主張」について初めて 伝聞法則を適用し、判例上の立場が確立されたと同時に、Myers判決の後 に初めて「黙示的主張」に伝聞法則を適用したものとして、重大であった。

そして、そのために、本判決は、妥当性を欠くものとして激しい批判にさら

(97)

された。

(14)

150

早稲田大学大学院法研論集第171号(2019)

第4 まとめ−コモンロー時代における伝聞法則の問題点

最後に、本稿で述べた議論によって明らかにされたコモンロー時代のイギ

リスの伝聞法則の問題点を整理する。

まず、伝聞例外に関する規律の不明確性などが問題視された結果として下

されたと推察されるMyers判決によって、司法上の伝聞例外の創出をする

ことが不可能となった。それによって、当該伝聞証拠に高度な証拠価値が認 められる場合であっても、それが既存の伝聞例外に該当しない限りは、常に 排除されることになるという事態が生じた。

さらに、Keadey判決によって、 「黙示的主張」についてもその証拠価値

の程度にかかわらず伝聞法則が適用されるという厳格な立場が確立された。

法律委員会による伝聞法制改革の重要なテーマとして、その不明確性およ び複雑性を解消した上で、証拠価値が高く、許容すべき必要性が高い伝聞証 拠が排除されないように適用範囲を限定し、かつ、適切に伝聞例外規定を立 法化するということが挙げられる。このようなテーマのもとで改革に取り組 んだ背景には、以上のようなイギリス固有の歴史的沿革が影響していたとい える。

次稿以降は、法律委員会がいかなる見解を支持した上でいかなる内容の改 革の勧告を行ったのかという点、そして、その勧告が2003年法にどのように 結実したのかという点について、本稿で明らかにされた問題との関係性を意 識しつつ詳細な検討に入ることとする。

(58) ,assertion' という英単語の、伝聞法則と関係しない場面における、 日 常用語としての一般的辞書的意味には、 「積極的に(positively)、 または、

強力に(strongly)述べること」というニュアンスが含まれていると考えら れる。一方で、英米証拠法圏の伝聞法則の領域の議論における ・assertion' という用語は、何らかの厳密な定義が定着しているわけではないものの、こ のような一般的辞書的意味とは異なっているということが指摘されている。

(15)

イギリスにおけるコモンロー上の伝聞法則(2.完) (佐藤) 151 すなわち、 ここでは、必ずしも献極的・強力といったニュアンスが含まれて いるとは限らず、単に、 「「何かが発生している」または、 「何らかの状態が 存在する」などといった事項を述べること」といった程度の意味に理解され ることもあるようである。したがって、 .assertion' という語は、英米証拠 法間において、一般的辞書的意味と伝聞法則の用語としての意味との間で食 い違いが生じていると考えられる。 .assertion'の一般的辞書的意味および 伝聞法則の領域の議論における意味について、KennethS・Brownetal., McComlickonevidence(7thed.2013),5246参照。

そこで、本稿では、 .asse'tion'の訳語として、ひとまず、一般的な訳語 である「主張」という語を用いるが、ここでの「主張」の意味は、−日本 語の「主張」の一般的辞書的意味が、英単語の .assertion.におけるそれと 同様に、通常は穣極的・強力といったニュアンスを含意していることに注意 しつつ−上記の、英米証拠法圏の伝聞法則の用語としての .assertion'の 理解と同様のニュアンスのものであるとしておく。

(59) なお、この問題は、 イギリス固有のものではない。イギリス以外の英米 証拠法圏の国家の多くでも、同様の問題が論じられており、この点に関する 判例も少なくない。 イギリス以外の英米証拠法圏における代表的判例とし て、例えば、アメリカ合衆国のUnitedStatesv.Zenni,492F.Supp.464(E.D.

駒.1980)や、オーストラリアのWaltonv.R(1989)166CLR283;Rv.Benz (1989)168CLR110に加えて、カナダのRv.Baldree[2013]2SCR520など が挙げられる。

(60) Dennis,s""note27,at706.

(61) 以下で述べる具体例は、 J.D.Heydon,CrossonEvidence(11thed.

2017),atll80の説明をもとにしている。

(62) なお、仮にAがこのような主張を行っているという事実の証明を行っ たとしても、甲ビルでの火災発生という事実の証明との関係では、一般的な 意味における関連性に欠けると考えられる。

(63) なお、ここでいう「供述」には、質問に対する頷きの動作などといった 言語的行為も含まれるものとする。

(64) 例えば、Heydon,s""note61,atll83‑1184では、前者については伝聞 法則の適用を認めるべきであるが、後者についてはこれを否定すべきである

という見解が紹介されている。

(65)Wrightv・DoeTatham(1837)7Ad&El313.

(66) なお、本件手紙の作成者は訴訟の段階で既に全員死亡していた。

(16)

152 早稲田大学大学院法研論集第171号(2019)

(67) イギリスで−エクイテイ (equity)と対比される法体系である−コ

モンローを適用していた裁判所には、当初、女王座(王座)裁判所(Court

ofQueen'sorKingsBench)、人民間訴訟裁判所(CourtofCommonPleas)、

財務裁判所(CourtofExchequer)が存在しており、それらはコモンロー裁 判所と総称されていた。そして、 1837年当時、これらのコモンロー裁判所の 上訴裁判所として財務室裁判所が置かれていた。この点につき、田中・前掲

注(21) 134頁以下参照。

(68)Wrightv・DoeTatham,s"71anote65,at385.

(69)〃・at388‑389.

(70) ".at388.

(71) Choo,s""note26,at75.

(72) ".at76;Dennis,s"rIznote27,at706.

(73) なお、本件手紙は、供述の中に「黙示的主張」が含まれている場合に該 当すると考えられるが、一方で、船長事例は、言語的性質を有しない単純な 行為の中に「黙示的主張」が含まれている場合に該当すると考えられる。そ のため、 Parke裁判官は、両者を意識的には区別していないと思われる。

(74) この点を指摘する文献として、例えば、 Choo,s""note26,at77;C.R WilUams,"IssuesatthePenumbraofHearsay, (1987)11Adel.LR113,atl35

などがある。

(75) E.Morgan,"HearsayDangersandtheAPPlicationoftheHearsay ConceptJ・ (1948)62Halv.L.R177,at208.

(76)WilUams,s""note74,atl35は、本件手紙が排除された真の理由は証拠

価値の低さにあった可能性があるとする。

(77) 証人は、一般に、事実からの推論・事実の原因の推測.事実に関する価 値判断をしてはならないとする英米証拠法の証拠排除法則をいう。

(78) MoIgan,s""note75,at208.

(79) Choo,s""note26,at76‑77;Winiams,s""note74,atl35.

(80) T℃perv.R[1952]AC480.

(8') 上訴審の審理では、訴追側は、警察官の証言がレス・ジェステーの伝聞 例外に該当するため許容されるべきであるという主張を行っていたに過ぎな い。したがって、証言の伝聞証拠該当性について枢密院が詳細に判断する必

要がなかったと考えられる。

(82) 以下の説明は、特に、Dennis,s""note27,at707,724を参照した。

(83) J.D.HeydonandM.Ockelton,Evidence:CasesandMaterials(4thed.

(17)

イギリスにおけるコモンロー上の伝聞法則(2.完) (佐藤) 153 1996),at332;Dennis,s"Panote27,at707.

(84) Choo,s"ranote26,at77.

(85) Rv.Kearley[1992]2AC228.

(86) 以下、 「薬物」とは、Kearleyの犯罪との関係で問題となっている規制

薬物のことを指すものとする。

(87) Rv.Kearley,s"zznote85,at243perLordBIidgeofHarwich,253‑254per LordAckner,263‑264perlprdOliver.

(88)"at243‑244perLordBridgeofHarwich,273perLordOliver.

(89)"at245‑246perLordBIjdgeofHalwich,257‑258perLordAckner,261,

266‑267perLordOliver.

(90)"at243‑244perLordBridgeofHalwich,255‑256perLordAckner,264‑

265perLordOliver.

(91)"at243‑245perLordBridgeofHalwich,256perLordAckner,265‑266

perlDrdOHver.

(92)"at238perLordGIimths,279perlprdBrowne‑Ⅵmlkinson.

(93) 必越

(94)"at239‑240perLoIdGIifnths,280‑283perLordBrowne‑Wilkinson・ニュ

ージーランドの判例として、 Davidsonv.Quirke[1923]NZLR552;Policev.

Machims[1977]1NZLR288が、オーストラリアの判例として、McGregor v.Stokes[1952]VLR347;Marshallv.Watt[1953]Tas.SR1が引用されてい る。これらの判例は、ある建物が違法賭博のために利用されていたという事 実の証明との関係で、当該建物に賭博の申込みの電話が多数掛かってきたと いう事実についての証言が、それ自体で関連性を有し許容されるとしたもの など、本件と類似の問題状況の存在が認められるものである。

なお、アメリカ合衆国以外の英米法諸国は、 「コモンローの一体性(Unity ofCommonLaw)」という観念によって、国家間の垣根を超えた判例の相互 参照が行われることが珍しくなく、 とりわけ、 イギリス法を原則的に継受し たカナダ、オーストラリア、ニュージーランドとイギリスとの関係性は深い とされている。そして、近年では弱まったとはいえ、その関係性は依然とし て残っているという。以上の点につき、浅香吉幹「コモン・ロー諸国間の判 例の相互引用:イングランド、 カナダ、オーストレイリア、ニュー・ジーラ ンド(ミニ・シンポジウムイギリスの新最高裁判所)」比較法研究74号

(2012年) 198‑203頁参照。また、同「ニュー・ジーランドにおける枢密院司 法委員会上訴の廃止と最高裁判所の創設」国家学会雑誌120巻5=6号

(18)

154 早稲田大学大学院法研論集第171号(2019)

(2007年)72‑73頁も参照。

(95) もっとも、以上の3つの判例は、全て、供述内に「黙示的主張」が含ま れている場合について伝聞法則が適用されると判断したものである。そうす ると、 「黙示的主張」が言語的性質を有しない単純な行為に含まれる場合に おいても伝聞法則が適用されるべきかという問題については、直接的に判断 した判例は存在しないと考えられる。ただし、先に述べた通り、 Parke裁判 官は、船長事例などの後者の事例についても同じく伝聞法則が適用されると 説明していた。そして、本判決の多数派裁判官は、−船長事例の妥当性に ついてまで明示的に検討しているわけではないものの−Parke裁判官の 論理は正しいと述べている以上、 これについても伝聞法則が適用されると考 えているとの理解が可能である。そのような理解をする文献として、例えば Dennis,s""note27,at710,Heydon,s"rIznote61,atll81がある。

(96) LawCommssion,s"rMznotel6,para.4.20では、 コモンロー時代の問題

点として、説得力のある(cogent)伝聞証拠がしばしば排除されているとい

うことが指摘されおり、その例としてItarley判決が挙げられている。

(97) 代表的な批評として、C・亜pper,"HearsayandlmpliedAssertion3 (1992)1081QR524;ARem, I11eScopeofHearsay"(1994)110LQR431など

がある。

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