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H 古代 中国の金属製容器

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(1)

i 岳

才 ウ

器 種 名 につ い て

H 古代 中国の金属製容器

器種 名 につ い て

 本 研 究 で 取 り上 げ る 漢 代 以 降 の古 代 金 属 製 容 器 につ い て は、 器 種 名 を 記 し た い わ ゆ る 自 名 の 器 か 極 め て 少 ない が 、 漢代 の 金 属 製 容 器 に は殷 周 銅 器 か ら 変 化し た も の か 多 い こ と か ら 、 そ れ ら に記 さ れた 器 種 名 を 準 用 す る の か 一 般 的 で あ る 。た だし 、 報 告 者 に よっ て 幾 分 か混 乱 があ り、

整 理 し て お く必 要 が あ る 。    i  殷 周 銅 器 の 概 観

 ここで は、 19 67年刊行 の樋口隆康 著「中国 の銅 器」 (以下、樋口 1967 と称す)を基 に、 殷周 銅器の器種名を再認識し、 その消長も概観する。

 樋口19 67で は、殷 周銅 器を、 白名器を基 に以 下 のように分類した (・ を付した 器種は、殷周 代だけ に特有で、漢代以 降の ものと直接関 わらない ため省略し た) 。

 A  食器

B  酒 器   工 盛 酒 器  H  温 酒 器  Ⅲ  飲 酒 器  Ⅳ 悒 注 器 C  水 器

i 、 直

I H

煮炊 器 盛食器 描 取器

テ イ 鼎 、 殴タ イ

か 爺

脱 ゛

カ ン

レ キ  ゲン  ソ ウ 扁 、 匯 ・ 甑 、 ( ま た は 篁 )、

孟 、

鎧 ( また は 綺 )

シ ユ  ト ン 堡 ゛、 敦 ゛

  ジ コ ウ  ユ ウ  コ  ホ ウ  と捧ウ コ

、 兇 胱 、 自 、 壹 、 妨 、 瓢 壷 ・ 、

尚 九

献 扉

ト ウ

ラ イ

カ ク

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斗 

い 盆

セ ン

i 4 琥

  (中略)

 F  雑器 鐘

 そ れぞ れの解説を抜粋 すると、以下の如くであ る。

剱(脚付 鍋) 鍋状の器に両耳をつけ、三足あるい は四足 で支えた もの。豚や羊 のほか、 穀物 も煮 たらしい。 殷・西周代では一般 に青銅 の蓋で なく、茅でおおった という。春 秋期 にはボウ ル形 の胴 に蓋 がつ き、脚が 蹄形 となる。漢代 に存 続する。

高 (湯沸し) 鼎に似るが、脚が 中空であ り、 物を煮るという よりも、 湯を沸すのに適してい る。 この上に鴛酋をのせて、五 穀やイモ、 パンを蒸した か、 鳥や豚 を煮た可能性 もあ る。 戦国 期にも盛んにつくられた。

裁 (蒸 器) 上 の甑 に し き) と、下 の烏が一つづ きに作ら れた 器。東周以 降になると所 と甑 か分離し、 やがて竃 が発 達すると、扁 の代 わり に釜ができ、甑 と組み合わさ れて、新しい形式 の蒸器と なる。

(2)

殷 周 銅 器 の 概 観

甑 に し き) 蒸器の上半部 のせいろである。戦国期 のものが多 く、 すぽまっ た底に小孔がい くつ も透してある。

釜 一腹 また は 鈍  茶釜に似て□がすぽみ、 球形 に近い形 の炊 器であ るが、 脚のない ものを釜、

三脚をつ けた ものを 腹 また は 鋳 とい う。 釜は竃の上にかけ、そ の上に甑 をのせた。 腹 は戦国 期 から漢 代にかけて盛 んにつ くら れた。

篁 また は 篁 (鉢) 鉢形の 器で、 圏台 (高台。 圏足 ともい う)のつい てい るのを原則 とする。

把 手かつ く ものと ない もの、蓋 のあ るものとない もの、 方台のつく ものなどがある。殷から周 末 まで広く使用さ れた円形 の器であ る。 字はもみからと七(さじ)の象形であり、穀類を盛っ たものをい う。 漢代 には、『説文』のように、 すで に篁 と後述する 簑 との混乱がある。

孟 (飯ちゃ わ ん) 大口 の深鉢 で、 圈足 と両耳 のつ い た形は、 篁 のある もの に似てい るが、

一般に大型で、耳 は両脚 が水平 に器腹につ き、中ほどで祈れ上がるのが特色。殷から四周前期 に限ら れ、そ れ以 後はみない。東周代 に後述する 匝 の器名に「査孟」「飲孟」とした ものがあ り、この時 期にはすでに孟が転用 さ れるようになってい た。

豆 (高坏) 両環耳 のあ る浅皿の下に、 裾ひろがりの高足をつけた もの。黍 (きび) や綬(高 梁)を盛っ たと解さ れるが、肉 やスープ 、カユ など も盛った。 銅器は四周晩期 からであ るが、

この器はその後 も長く用い ら れた。

£ (匙) 料理し た穀物 や肉をすくいとる匙である。先が尖り、柄 に曲かっ たものと真っ 直ぐ な ものとがある。 西周初期の自名器があ る。

画 (酒壷) 基本的 には、壷 に提 梁 (釣り手) をつ けた もので、蓋 がつ いてい る。形 は稲円 壷、細査形や 飢形 の円壷、筒形 などバラエ ティに富 む。股 から西周 まで盛 んにつ くら れた。

壷 酒 や水 を入れた器。 長頚で、蓋、両耳、圏台がついている ものが多い。 すでに股 代から口 頚部が幅広 の豊壷と、頚部が強 くくび れる細壷の2種かあ る。

紡 (酒壷 ) 方形の壷。 戦国期 から漢代 にかけ てあっ た。

絣 (査) 台 のない平底 の 査。 古典 による と「 絣 は小形 で、常 に大 きな指から 酒を うけ る」

とある。春 秋期 に限ら れている。

鰹 (壷) 春 秋期 の自名 器で みる と、 平底 の小 形壷で、 肩が張り、 □は外 に反って短 頚であ る。漢代 の『説文』 に「 拙 は 滸 に似て耳あり」とあるのに一致する。

缶 (壷) 自名器によると、球形に近い胴 に、筒形 の□ 頚と低い 圏台がつ く壷。 蓋 と胴 に環 耳 をつけてい る。春 秋・戦国期 に限ら れる。

盟缶 高さより横が広くなり、□か広 く頚が とくに短い点で、缶 と異なり、むしろ次述す る蓉 に近い。 提梁がつ き、蓋を伴う。手洗い用 の水 をい れたものと推 定している。自名 の器は春 秋 期 のもの。

暴 (大麦) 大型の査で肩が張り、頚は短 く、両肩 と下腹の三 ケ所に環耳がつ く。酒 や水 を貯 蔵す る麦であ る。殷・西周代 のものである。 自名 の器はなく、本 来の器形 ははっ きりし ない。

瓶 (甕) 傍に似 るが、 高さより横が広く、大□であ る。 殷にある が四 周以 後は消えてい く。

自名の器はない。

匡 扁壷 であ る。 戦国期 から漢初に限られる。

委 筒状 の江口と把手を もった器で、器形 は扁形 と壷形 とかあ る。 前者 は古 く、後者 は殷 末・

(3)

器 種 名につ い て

西周初にある。戦国 づ英代には提梁をもっ た薬緩形で、三蹄脚をつけ たものがある。

肯糾 (さかず き) 浅い 楕円形の長辺 に、 櫛形 の耳をつけ たものであ る。戦国期からあるが漠

        ハ イ 

代 に 多 い 。「 杯 」「 栢 」「漏i ぬ の 自 名 が あ る 。 さ かづ き とし て 酒 を い れ る以 外 に 、 奨 ( あ つ も の。 肉 と 野菜 の シチ ュ ー ) を盛 っ た よ うで 「奨 括 」 と い う 銘 があ る。 後 漢 の 墓で は 鶏 ・豚 の骨 も入っ てい た。

后 (さ か ず き) 楕 円 形 の 小 訟 で 、 長い 方 の 側面 に環 耳 をこ ない し 三 個つ け て い る。 東 周 代 に 限 ら れ る 。 自 名 の 器 は な い 。 漢 代 の 『説 文 』 で は 「 危 は 円 い 器 」 と あ る。「 舟 」 と 呼 ぶ 人 もい る が、「周 礼 』 に 「舟 は尊 (盛 酒 器 ) の 承 盤 」 と あ り、 あ わな い 。 奨 を 盛 っ た 可 能 性 もあ る。

痛 ・ 4 ( ひ し ゃ く ) 勺 は 瓢 を 縦 割 り にし た もの 、斗 は 小 さ な コ ップ 状 の容 器 の 腹 部 に 柄 が つ い た もの。

盤 祭 祀 や 饗 宴 の 前 に、 客 人 が 手 を 洗 う の が 沃 査 の 礼。 そ の と き、 次 述 す る 巨 で 水 を そ そ ぎ、

下 に 盤 を 置 い て 水 を 受 け る ので あ る 。 大 き く て 浅 い お 盆 に 、 圈 台 と 両 耳 を つ け た の か 一 般 で 、 内面 に魚 、 烏 な ど の文 様を 配 す る 。 殷 代 にあ り、 漢 以 降に も存 続 す る 。

i ( 水 指 し ) 楕 円形 の 器 の 前 方 に江 口 、 後 方 に把 手 があ り、底 に は 四 足 を つ け る の が 一 般 で 、 時 に三 足 あ るい は 圏 台、 平 底 の も の も あ る 。 四 周 晩 期 から 東 周 に限 ら れる。 蓋 付 きや 平 底 の類 は戦 国 期 に多 い 。 自 名 器 が あ り、「 窓 」 と 呼 ば れた 。 また 、 酒 を 江 ぐ 用 に も 便 わ れ た。

遍 ( た らい ) 大 き な 鉢 形 を し た 器で 、 圏 台 がつ き、 器 側 に 両 耳 な い し 四 耳 が あ る 。 春 秋 末 期 の 器 に 自 名 が あ る 。 水 浴 に 用 い た り、 水 と と もに 食 物 を 入 れて 保 存 し た り、 水 をい れ て 姿 を う つ し た 鏡 の 用 も は たし た。 春 秋以 後 と 、 戦 国 の 交 替 期 に多 い 。

k・ 鍋 (鉢 ) 盆 の 自 名 器 を みる と、 腹 部 に折 稜 があ り、 大 口 で 、 小 さ な平 底 の鉢 で あ る 。 □ 唇 は広 い 水 平帯 を なし 、 両 耳 をつ け て い る 。 東 周 代 に 限 ら れ る 。 古 典 に よ る と 、 盆 は 鑑 の小 な る も ので 、 犠 牛 の 血 を 盛 る 特 別 な用 途 の ほ か に 、 盛 水 器 や 鉄 器 な ど と し て 用 い ら れ た。 漠 代 の r説 文 』 は 「 小 さ な 盆 を 釧 と い う 」。

鐘 ( 火鉢 ) 長 方 形 か 円 形 の 盤 状 器 で 、短 い 足 が 三 ない し 四 個あ り、 器 側 に環 や 長 い 鎖 が つ く。

自 名 器 は 隅丸 方 形 。 春 秋期 や 漠 代 の 例 が あ る。

    ii  漠 代 以 降 の 器 種 名 と そ の 用 途 ( 第 1 図 )

  幾 分 か まと まっ て 白 名 器 か あ る の は、 前 漠 の 前 1 13年 に 没 し た 河 北 ・ 中 山 王 劉 勝 墓 ( 以 下 、 満 城 M 1 ) と 、 前 1 18〜 10 4年 の 間 に没 し た 妻 の 墓 (以 下 、 満 城M 2 )、 前 漢 晩 期 の 湖 南 ・ 張 瑞 君 墓 及 び唐 墓 出 土 品 な ど で あ る 。 自 名 の ない 器 種 は 、 主 に 中 国 の 報 告 書 等 で 混 乱 し て い る 名称 につ い て 、 樋口 19 67や 197 6年 の 林 巳 奈 央 「 漢 代 の 文 物 』( 以 下 、 林 1976 と 称 す ) を 勘 案 し 、 整 理し た 上 で 用 い る こ と にす る。 以 下 、 基 本 的 に は 供 膳 其 、 貯 蔵 其 、 煮 沸 具、 雑 器 の順 に 取 り上 げ る。 た だ、 漠 代 に は 、沃 査 の礼 な ど に関 わる 水 器が 残 り、供 膳 具 と区 分し が た い もの もあ る 。 便 宜 上 、 水 器を 供 膳 其 のと こ ろ で 取 り上 げ る。

高 足杯 ・ 后 ・ 曲 長 杯 長 い 脚 の 付 い た ワ イ ン グ ラ ス 状 の 杯 を 高 足 杯 と 呼 ぶ の が 一 般 的 で あ る 。 身 部 が 半 球 状 の も の も 含 め て お り 、 こ れ に 従 う。 冠 は 、 樋 口 1967 で は 環 耳 を 持つ 楕 円 体 の小蜃 と し て い る が 、 漠 代 以 降 の用 例で は 円 筒 形 で 横 に環 状 把 手 を もマ グ カ ッブ 状 の も の に 使 用 し て 1芯 。 混 乱 を避 け 、 前 者 を把 手 付杯 I 類 、 後 者 を把 手付 杯 n 類 と 呼 ぶ 。 こ れら の な か に は 量 器

(4)

漠代 以 降 の 器 種 名 とそ の用 途

( 桝 は か り ) が あ り 、 注 意 を 要 す る。

 高 足 杯 を 壁 画 や 画 像 石 ・ 溥 な ど の 資 料 ( 以 下 、 絵 画 資 料 ) で 見 る と 、 片 手 に もっ て □ に 運 ぼ う と す る 北 斉 から 隋 の諸 例 ( 第 9 図 1・7 ・ 8、 第10図 1 ) か あ り、 鉄酒 器 と み て 誤 り が な い。

高 足 杯 を 下 盤 の 上 にお い た 北 魏 例 ( 第 8 図 4 ) や 手 に 捧 げ る 唐 例 (第 11図 1) な ど もあ る。 把 手 付杯 ら し き もの を 片 手 に もつ 後 漠 例 もあ る ( 第 2図 3・ 6)。

 曲 長 杯 の ル ー ツ は 西 ア ジ ア にあ る。 こ れを 両 手 あ る い は 片 手 に もっ て □ に運 ぼ う と す る 絵 画 資 料 は 、 五 胡 十 六 国 時 代 例 ( 第 8図 )、 隋 例 ( 第 1 0図 2 ・ 3 ) な ど が あ り 、 鉄 器 と み て よい 。 耳 杯 で 鉄 もう と す る 南 北 朝 後 期 例 ( 第 9図 5) もあ る。

杯 ・ 碗 ・鉢 ・ 酒 謳  杯 ・ 碗 ・ 鉢 の 白名 器 は ない よ う で あ る 。 こ れ ら は 、 通 常 は食 器 や 鉄 器 で あ り、 環 耳 は な く、 口縁 が 強 く 外 祈 し た り 、 あ る い は 強 く内 奪し ない も の に 使 用 し て い る 。 小 型 品 を杯 、 中 型 品 を 碗、 大 型 品 を 鉢 と 呼 んで い る 。 高 台 のあ る も の も ない もの もあ る。 南 北 朝 頃 から は小 型 品 と 中 型 晶 そ れ に 大 型 品 と セ ット に なっ て 出 土 し て お り、 口 径1 0cm 前 後 の小 型 品 を 杯 、口 径 1 5cm前 後 の 中型 品 を碗 、 大 型 晶 を 鉢 と、 ほ ぼ 呼 び 分 け てい る よ う であ る。 中 国 で は 、 杯 の 一 部 の も の を 遺 や 忠 と 呼 ぶ 場 合 も あ る が 、 こ こ で は 用 い な い 。 杯 に は、 器 体 か 横 長 な長 杯 と呼 ぶ も のを 含 む 。日 本 ・ 正 倉 院 の ハ 曲 長 杯 の よ う な も の と 楕 円 形 と があ る。前 者 を 曲長 杯 、 後 者 を 楕 円長 杯 と称 す る 。

  絵画 資料 で は、 後 述 す る よ う に 、 杯 か 碗 を 盤 に のせ て 運 ぶ 後 漢〜 唐 の 諸 例 が あ る ( 第 4図 3,

第 6 図 1 〜 3、 第 11図 8)。 そ の う ち の 一つ で は 、 後 述 す る 「 温 酒 器 ] か ら 勺 で 、 托 上 の容 器 に掬 い 取 ろ う と し て い る 後 漢 例 ( 第 4図 3) が あ る 。 杯 か 碗 を片 手 に 持 ち 、 口 に運 ぼ う と す る 北 周 例 ( 第 9 図 10) も鉄 器 で あ る 。 小 型 品 で あ る杯 の、 少 な く と も一 部 は鉄 酒 器で あ っ た 可 能 性 は 高い 。 後 述 す る 晩 唐 の 「 茶 托 」 は 大 きさ から み て、 碗 か こ の 上 に あ り、 鉄 茶 器 とし て 用い ら れ たこ と か わ か る。 他 方 、 碗 や 丸底 の鉢 か碗 に は、 乞 ( 匙 ) や勺 (散 蓮 華 ) をい れ た もの か、

後述 す る よ う に 、 前 漢 早 期 、 後 漢 中 期 や 後 期 例、 西 晋 例、 隋 例 な ど にあ り、 勇 一粥あ るい は 五 穀 の 食 器 であ っ た こ と を 示 す。

  白 名 器 は 張 瑞 君 墓 の 「 酒 鎬 」( 第 1 図 12 ) で あ る 。 □ 縁 か 外 反 す る 碗 形 だ か 、 口 径 2 2.4 cm 、 高 さ 12 cm と 大 きい 。 後 述 す る よ う に、 こ の時 期 とし て は 高 い 高 台 を もつ の も特 色 であ る。 鉄 酒 器 と し て は 大 きく 、 酒 を一時 的 にい れる か、 北 宋 代 に み る よう に、 注 酒 器 を 内 に 入 れ て 温 め る 器 の 可 能 性 が あ る 。『 説 文 』 は 「 瓶 は小 盆 」 と い う。 鑑 は 、 本 来 は 酒専 用 で は な かっ た の か も し れ ない 。

鉄鉢 形 ・ 孟 ・ 舟 鉢 の中 で 、 体部 が 内膏 気 味 の もの を 、 日本 の用 語 に 従い 鉄鉢 形 と 呼 ぶ 。 内 育 の 程 度 が 強 い も の は 、 中 国 で 通 常 用い てい る 孟 を 採 用 す る。 孟 は 水 孟 と 称 さ れ る こ と が 多い 。   舟 は 、 既 述 し た よ う に、「 周 礼 』 に 「 舟 は 尊 (盛 酒 器 ) の 承 盤 」 と あ る 。 楕 円 形 の 器 で 、 大 小 が あ る 。 後 述 す る よ う に 大 型 品 で は勺 ( 杓 子 ) の入 っ て い た 例 かあ り 、 鉢 の よ う な 用 途 が 考 え ら れる 。 端 に 1 個 の環 状 把 手 かつ く もの もあ り、 液 体あ るい は ス ープ な ど を一時 的 に い れ た ソ ー スパ ン の よう な用 途 も考 え ら れよ う。 大 小 を入 れ子 にし た 例 か ら は 量 器 と の 見 方 も出 さ

れて い る 。

魁 ・ 匝  匝 は 鉢 形 に 片 口 状 の 注 口 を つ け た も の。 自 名 器 があ る (文 献 43)。 円 形 品 は 前 漢 代 に 多 い ( 第 1 図 10)。 王 振 鐸 の論 文 (文 献 301 ) で は 、『説 文 』 に 「[庶 は葵 魁 に 似 る 」 と あ る こ と

(5)

器 種 名 につ い て

から、魁 は 既 に似てい るが、片側に往日 ではなく把手をつ けた器に比定。 絵画資料には、片 手 で 魁の把手をつ かみ、 他方 の手に持った箸 か箇で魁 内の食べ物を はさんだ後漢 例(第2図 5)

があ る。 王振 鐸は煮芋 をい れてい たこ とも示した。

バン モ クバン ヨ y ケ ン

盤 ・ 沫 盤 ・ 浴 鍋 托 盤 と 呼 ん で い る も の に は 、 口 径 15cm 前 後 の 小 型 品 か ら6 0cm を 超 え る 特 大 品 ま であ る 。 特 大 品 や 大 型 品 に は、 次 述 す る 泳 盤 や 、 食 膳 と し て 用 い た扁 平 な 円 案 の 他、 絵 画 資 料 で は 肉 な ど の 食 物 を 盛 っ た 前 漢 例 ( 第 3図 5) や 三 国 時 代 ・西 晋 例 ( 第 7 図 2 ・ 6 ・ 8 )、

お そ ら く果 物 を 盛 っ た 北 周 例 や 隋 例 ( 第 9図 10、 第 10図 3 ・ 4 ) もあ る 。 中 ・ 小 型 の 盤 で は 、 桃 を 盛 っ た 前 漢 例 ( 第 2図 1) の ほ か、 既 述 し た よう に、 1 個 の杯 か 碗 を の せ て 主 人 に 差 し 出 し て い る 後 漢以 降 の諸 例 ( 第 4 図 3、 第 6図 1〜 3 、 第 11図 8 )、 高 足 杯 を の せ た 北 魏 例 ( 第 8 図 4)、 な ど か あ る。 北 燕 415年 の 馮 素 弗 墓 で は 銅 杯 を の せ た 銅 盤 (付 図 4 −X5) が 出 土 し て い る が 、 こ の 盤 内 に は 低 い 凸 帯 があ り 、 托 と 認 定 で き る。

  張 瑞 君 墓 の 「 泳 槃 ( 盤 )」( 第 1 図 19) は 、 口 径 6 4cm 、 高 さ1 3.5cm の 特 に大 型 の 盤 状 品 。 日 録 が 水 平 状 に折 れて 伸 び、 環 耳 がつ く。 高 台 もつ く。 体 部 に 強い 稜 があ る の は 後 で 詳 述 す る よう に 漢 代 頃 まで の 特 色 。 白 名 か ら 、 手 洗 い の 水 を 受 け た もの で 、 前 述 し た 匝 と 組み 合 う 。 沃 査 の 礼 器 で あ る 。 後 述 す る よ う に 、 休 盤 に は 口 径 30cm 程 の もの も あ る。

  前 漢 早 期 の 江 蘇 ・ 徐 州 楚 王 墓 出 土 銀 器 ( 第 1 図 1 1) も 口 径 47 .2cm 、 高 さ 11.4 cm の 特 大 品 で 、 こ れに は 「 浴 休 銅 」 の 白 名 があ る。 目 縁 下 が く び れた の ち 、目 縁 が 水 平 に の びる の か特 徴で あ る 。 満 城M 1 の 「常 浴 」 も口 径 66 cm、 高 さ19.5cm の特 大 品 ( 第 1 図 8)。 徐 州 楚 王墓 例 と 器形 は

異 なる か 、 一 括 し て 浴 鎖 とし て取 り扱 うこ と に す る。

  唐 代 の銀 器 には 、 稀 少 例 な が ら 「 茶 托 」(付 図 1 1− L b 3) の 自 名 器 があ る 。「 托 」 は 台 付 皿 で、

内 面 に杯 や 碗 の 高 台 を 承 け る 突 帯 (以 下、 承 け 台 ) が あ る 。 以 下 で は 、 承 け 台 のあ る も の に 限 っ て 托 を 用い る こ と にす る 。 承 け 台 が 細 く て 高 い の は 燈 萱 の 台 で あ る ので 注 意 を 要す る。 南 北 朝 頃 か ら の小 盤 に 喋 の 名 称 を 使 う 人がい る が 、 盤 と の 区 別 が 難し く、 こ こで は 牒 を 用 い な い。

鉦 . il  ・ 涙 満 城y 1・ 「 盆 」( 第 1 図 1 ) と x/1 2 の 「 絹 」( 第 1 図 2) は 酷 似 し た 器形r 、 と もに目 縁 か わず か に く び れ た の ち 外 折 し 、 体 郡 上 寄 り に突 帯 か あ る 。 環 耳 がつ き、 低 い 高 台 を もつ 。 口 径 は 前 者 が 29.3cm 、 後 者 が 2 7.8cm 、 高 さ は 前 者 が 12 .5cm 、 後 者 が12 .5〜 12.8cmで 、 と もに 容 量 は当 時 の 「 三 斗 」。 漢代 の 「 説 文 」 に 「小 盆 を 銅 とい う 」 が 、 満 城 漢 墓 例で は 区 分 で きない 。 林 197 6で は、 平 底 で、 体 節 が ほ ぼ 直 に 外 傾 し て目 縁 で 水 平 に外 折 す る 器形 に 「 鎖 ] の 自 名 器 が あ る 。 漢 代 に は 多 い 器 形 で あ り 、 こ れ を 以 下 で は 銅 と し 、 盆 の 器 形 は 満 城 漢 墓 の

「 盆 」「 偵 」 の よ う に目 縁 下 で く び れる も の とし て お く。

  盆 は 、 後 述 す る よ う に、 釜 ・ 甑 と 一 具 と 明 記 し た 例 があ り、 蒸し た 穀 類 や 芋 な ど を 盛 っ た と 推 定 さ れる 。 絵 画 資 料 だ と 、 盆 に 似 た 大 型 品 に勺 を入 れ、 傍 ら に 食 物 を 盛 っ た 容 器を 置 い た 例 が あ り、 参 考 と な る ( 第 2 図 6)。「 通 鑑 記 事 本 末 』 に は 玄 宗 か 「 銀 淘 盆 」 を 賜 う (文 献 16) と あ り、 米 を と ぐ こ と な ど に も用 い ら れた 。 林 1976 に よ る と 、 盆 は 水 や 屠 殺 し た 動 物 の血 も 入 れ た 。 鍋 と す る 器形 は、 絵 画 資 料 だ と、 箸 が 置 か れた 後 漢 例 ( 文 献 13 )、 宴 会 の 食 膳 脇 に 置 か れ た 後 漢 末 の 例 ( 第 4 図 3 ) が あ る 。 動 物 の 血 を う け る 後 漢 例 ( 第 3 図 5) や 西 晋 例 ( 第 7 図 5 ・ 9) や 炊 事 用 の 後 漢 例 ( 第 3図 5、 第 4図 4、 第 5図 4) もあ り、 用 途 は盆 に類 し た点 も あ っ た と推 測 で き る。

(6)

1 1 漠 代 以 降 の器 種 名 とそ の用 途

 洗 は、『儀 礼 』 に よる と、 士 冠 礼 や 士 婚 礼 に 「 設 洗 」 の 儀 か あ り、 そ の 注 に 「洗 は 査 で 洗 っ た 汚 水 を 捨 て る た め の 器 」 とあ る 。 張 瑞 君 墓 の別 名 が あ る 器 ( 第 1 図 1 4) は 、 上 述 の 絹 に 酷 似 す る が、 体 節 は 内 膏 気 味 で 、目 縁 が 上 向 きに 折 れて 伸 び る点 が特 徴。 別 名 を 報 告 書 で は 「洗 」

と み た が、 林 197 6で は 「 汗 」 と みて 孟 と理 解 し てい る。 樋 □1967 に よ る と 、 孟 は 殷 周 代 に は 円 形 の 飯 じ ゃ わ んで 、 水 を い れる 器 に も転 用 さ れ た とい う。 張 瑞 君 墓 例 は 、 水 を 受 け る に 適 し た 器形 で あ り、 中 国 で も洗 を 通 用 し て い るこ と か ら、 こ れ に 従 う。 な お 、 張 瑞 君 墓 で は ミ ニ チ ュ ア の 銅 製 小 洗 と小 壷 ( 付 図 1 −N8・ 2 −N3) が あ り、 文 様 の 一 致 か ら、 こ れ ら が 一 具 で あ っ た と推 測 で きる 。 樋口 1967で は、 洗 は漢 代 に限 ら れる と い う 。

豆・高 足 盤  日本 の 高杯 にあ た る も の。南 北 朝 後 半 頃か ら は、 高足 盤 の 名称 も 使 わ れ てい る が、

以 下 で は豆 を 用 い る 。 周 代 に は 穀 類 や ス ー プ ・ 粥 な ど を 盛 っ た 食 器 (樋 口 196 7、 林 19 67) で あ り、 そ れに ふ さ わし く蓋 のつ く も の もあ っ た が、 戦 国 期 に 有 蓋 豆 は す た れ、 無 蓋 豆 のみ が 残 る。 絵 画 資 料 に は 、 食 物 、 お そ ら く 果 物 を 盛 っ た 北 周 例 (第 1 0図 1 ) が あ る 。 晴 代 の 大 形 豆

( 高 足 盤 ) に は 多 数 の杯 を のせ た 出 土 例 があ り、 器 台 と して も 使用 さ れた 。

童 蓋 を 伴 う 円 筒 状 や 碗 形 の も ので 、 遅 く と も 戦 国 期 に は あ る 。 前 者 は 、 化 粧 材 など を い れ た 漆 器 が 主 で、 唐 代 に は銀 器 の 自名 器 ( 文献 16 ) も あ る。 後 者 の う ちで 、 身 の 口 縁 端 に蓋 受 け を つ く る もの は 兪 と し て も、 そ れ以 外 は蓋 を 伴 う 碗 と す べ き で 、 以 下 で は 碗 で 取 り扱 う 。 盆 に は 酒 や 粥 を い れ た も の が あ り 、 丈 の 高 い 円 筒 形 容 器 は F 篇 ] で 飯 を 盛 っ た とい う (文 献 13)。 盆 とい う よ り 蓋 付 の 鎌 と す べ き、 前 漢 の 大 型 の 陶 製 容 器 に は 「 飯 」 と 墨 書 す る ( 付 図 2 ‑  U a s) も の があ る。 お ひつ で あ る 。 大 型 の 碗 形盆 や 大 型 の 蓋 の 付 く 碗 や 鉢 に は お ひつ に なる 可 能性 が あ るこ と は、 注 意 すべ きで あ る。

扁 畳 樋 口 1967 に よ れ ば 巡 だ が 、 漢 代 の も の に 神 を 用 い る 人 も い る 。 だ が 、 中 国 で も一 般 的 な の は扁 壷 で あ り、 こ れに 従 う。

畳 ・ 鍾 ・ 唾 壷  自 名 器 は満 城M I の 「壷 」(第 1 図 6) と 「 鍾 」(第 1 図 7)、 張 瑞 君墓 の 「壷 」

( 第 1 図 1 5・ 16) だ が 、 相 似 た 器 形 で 区 別 で き ない こ と か ら、 壷 を 通 用 す る。 壷 の う ち で 、 丈 が低 く、 □ が 大 き な も の は唾 壷 を用 い る の が 一 般 的 で あ る 。 左 手 に 壷 状 の提 梁 鍍、 右 手 に 角杯 を持 っ て 運 ぶ 初 唐 例 ( 第11 図 2) は、 そ の な か に 酒 の 入 っ て い た こ と を 示 そ う。 漢 代 の 出 土 品 で 、 壷 に 「 米」「 鼓 」 と 墨 書 (付 図 2 − U a3) か あ り、 酒 や 水 だ け で な く 穀 類 や み そ な ど もい れてい た こ と が わ か る。

細 頚畳 ・ 瓶 ・ 投 畳 韻 の 細長 い 壷 と 瓶 の 区 別 は 、 中 国 で も明 確 で は ない 。 日本 の 自 名 器 な ど か ら、 胴 部 の 形 状 の差 異 に 関 わ ら ず、 韻 が 極 め て 細 長 い もの を 瓶 と す る 。 従 っ て 、 中 国で 蒜 頭壷 と 称 し て い る も の や 枡 ( 長 韻 壷 ) と 称 し て い る も の も瓶 と し 、 韻 が 長 く て も 太い 細 頻 壷 と は 区 別 す る。

  絵 画 資 料 で み る と、 瓶 は北 魏 や 晴代 の 石 窟 で 菩 薩 が 手 に もつ 例 ( 第10図 6) や、 供 養 者 が 盤

( 浅 い 洗 ) に 瓶 を のせ て 運 ぶ 例 ( 第12 図 2・ 3)、 中 一晩 唐 の 石 窟 で 坐 し た 僧 の 傍 ら の 本 に 網 袋 状 に 入 れて 吊 し た 例 ( 第12 図 6 ) な ど が あ る 。 水 瓶 で あ る 。 花 を 挿 し 込 ん だ北 斉 や北 周 例 (第 9図 2・ 6) や 晩 唐 例 ( 第12 図 8 ) な ど も あ る 。 細 類 壷 は 、 矢 投 を 楽 し ん だ投 壷 が 後 漢 例 (第 2図 4 ) に もあ り、 注 意 を 要 す る。

注畳 ・ 把 手 付 注 畳 壷 ない し 瓶 に 注目 ・ 把 手 を つ け た もの 。 把 手 付 で 片 口 を もつ もの は 、 高 足

(7)

器 種 名 につ いて

( ]ごう

満 城M I 銅 「 盆」

満 城 M I 鍍 金 銅 「 盆 」

満 城 M I 鍍 金 銅 F曾瓦」 「胤 」

満 城 M I 鍍 金 銅 F壷 」

7 満 城MI 銅「 鏝」

        満 城 M I 鍍 金銅「 常浴 」

1 〜8 河 北 ・ 満 城 M I ( 前113年 ) 及 びM 2 ( 前118〜104年 頃 文 献 3 ) 10・ 1 1 江 蘇 ・ 徐 州 楚 王 墓 (前漢早期 文献.433)

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2 満城M 2 銅 F鍋j

4 満城MI銅「楯」

9 広州漢墓銅「温酒樽」

10 徐 州 楚 王 菓 銅 匝

1 1 徐州楚王墓銀 F浴沫 鋼」

17 張端君墓鍍金銅「 薫 廬」

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張端君墓銅 「酒 儡」

14 張端君 基調 「 洗(汗 )」

15 張端君墓銅 「 壷」

1 6 張端君墓銅「 壷 」

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大 々二 二ア

1 8 張端君墓銅 「 慰斗」

   1 9 張 端 君 墓 銅「沫 槃 」 広 東 ・ 広 州 漢 幕 (前漢早期 文 献 4 ) 12 〜 19 湖 南 ・張 端 君 墓 ( 前漢晩期 文献70)

第1図 前漢 の自 名金属器  1 : 10

(8)

1 1 漢 代 以 降の 器種 名 とそ の 用 途

    3 日 本 ・ 東 京 大 学 所 蔵 画 像 濤          (満代 文献38) y y7 た

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4 河 南・南陽出土画像石    (満代 文献525)

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山 東 ・ 武 氏 祠 画 像 石     ( 後 漢 文 献 3 0 1 )

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7 四川・成都出土画像 博    (後漢晩期 文献49)

河 南 ・ 洛 陽 壁画 墓 ( 前漢晩 期 文献217)

山 東 ・ 金雀 山 出 土帛 画 (前漢晩期 文献331)

6 四川・成 都出土画像 濤     (後漢 文献49)

第 2図 絵 画 資 料 1  前 漠 ・ 後 漢 の壁 画 ・ 画 像 石 等

(9)

器 種 名 につい て

河 南 ・ 淮 陽 画 像 石 墓  ( 1 2 0年 頃 文 献 38 8 )

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山東 ・諸 城 画 像 石 募  (後備晩期 文献45・ 524 )

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4(左 )・5( 右) 山東・諸城画像石墓 (後漢晩期 文献45 ・ 524}

第 3 図 絵 画 資 料 2  後 漢 の 河 南 及 び 山 東 の 画 像 石 墓

(10)

1 1 漠 代以 降 の 器 種 名 と そ の 用 途

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第 4 図 絵画資料 3 河南 ・密県打虎亭 画像石 墓(後 漢晩期 文献 313)

11

(11)

j2

器 種 名 につ い て

食膳 ・ 器 財図

前 説

ぶ 、に謳 ヨ 防

進 講 ・ 宴 会 図

      4 庖 厨 図

第 5図 絵 画 資 料 4  山 東 づ 斤南 画 像 石 墓 (後 漢 末 頃 文 献 10 )

(12)

2 飲 食 図

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家 居 飲 食図

4 家 居 図

ii 漢 代以 降 の 器 種 名 と そ の 用 途

5 庖厨図(汲水)        6 楽 伎 図

   第6図 絵画資料5 遼 寧・ 遼陽壁 画墓(後漢 晩期 頃 文献278・497)

13

(13)

j 4

器 種 名 につ いて

汲 水 図 ( 2 5 7 年カ )

庖 厨 図 (257年力)

4㎝四 天r  ̄ ̄ 〃

進 食 図 (西 晋) 宰 猪 図 (西 晋)

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進 食 図(西 晋)

宴 飲 図 (西晋 )

 9 殺鶏図(西晋)       10 進食図(西晋)

第7図 絵画 資料6 甘 粛・嘉略関画 像博 墓(三国時代〜西晋 文献17・315)

(14)

Å レ

新彊 ・ 庫 車 石窟 壁 画  ( 4世紀 文献 186)

  2 山 西 ・ 大 同 石 槨 壁画     (北魏5世紀末 文献456)

んツ ヘ

河 南 ・ 龍 門 石 窟 彫 像   (6世紀末 文献40)

牡ネ尚プ犬ノ こ づ 説

}付石

孝 子 伝 石 棺 刻 画   (522年 文献 39 )

1 1 漢 代 以 降 の 器 種 名 と そ の 用 途

5 河 南・宵想石 室刻画    {501年 文献14 )

6 河 南・宙思慕石 室刻画    (501年 文献14) 第 8 図 絵 画 資料 7  五胡 十 六 国時 代 〜 北 魏 の壁 画・ 石 刻 画等

j 5

(15)

器種 名 につ い て

山 東・益 都画 像 石 墓 (北 斉573年 文献 354)

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西

    ( 北 周 文 献 1 2 )

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2 .山 東 ・臨 駒画 像 石 墓    (北斉 文献.466}

J 2 こ な で ご?

  6 〜 10 西 安 ・ 安 伽 墓石 門 ・ 石 橋 屏 刻 画−    一一

      (北 周579年 文献36・449)

3 映西出土仏座線刻画    

(北周 文献285)

南 京 ・西 善 橋 塘 室 墓   (南朝後 期 文献14)

第9図 絵画資料8 南北朝後期の石刻圃等

(16)

3 i

山 東 ・ 徐 敏 行 墓 壁画 ( 隋584年

2〜4 山西・ 虞弘夫婦 墓石棺 刻画(隋598年 文献449)

文 献 3 3 8 )

漢代 以 降 の 器 種名 とそ の用 途

5 甘 粛・ 天水墓石屏刻両    (隋〜初唐 文献151)

6(左 )・7 (右 ) 敦煌・莫高窓第27 6窓壁画 (隋代 文献44)   第 10 図 絵 画 資 料 9  隋代 の壁 画 ・石 刻 画 等

j 7

(17)

器 種 名 につ い て

挾 西 ・ 永 奉 公主 薬壁 画  (唐706年 文献 300 )

 3      

1〜6 映 西 ・ 李 寿 墓 壁 画 (唐630年 文献 42 1}

新彊 ・西 州 出土 絹 絵(唐 8世紀前半 文 献 3 2 4)

1 0

9〜 1 1 映 西 ・ 髭 徳 太 子 墓 壁 画 (唐706年 文献81)

  第 1 1図 絵 画 資 料 10 初 ・ 盛 唐 の 壁 画 等

(18)

 四 川 ・ 広 元 千 仏 洞 彫 像 (唐710年〜7 12年 文献379)

敦 煌 ・ 莫 高 宮 壁 画 (8 世紀 前〜中頃 文献421〉

4 河南・慶山寺培地宮壁画    (唐741年 文献.484}

6 教壇・莫高窓 蔵経洞壁画・ 彫像      く中・晩唐 文献332}

  9 宮 楽 図 。

( 原 画 9世 紀 前 半 文 献 1 4 )

1 0 摘 練 図 。  (原 画 唐 代 文 献 1 4 )

第 12 図 絵 画 資 料 11 盛 ・ 晩 唐 〜 五 代 の 彫 像 ・ 絵 画 等

漠 代 以 降 の器 種 名 とそ の用 途

教 壇 ・ 莫 高 富 壁 画 ( 8世紀前〜中頃 文献14)

5 河 南出 土 鍋 鍍 背 文   (唐784年 文献283)

笥 四 5

7 同左戴経洞出土紙両  8   (晩唐カ 文献

.

332)

映 西 ・ 法 門 寺 迫 害 壁 画  (唐87 4年 文献 370}

11 河 北 ・ 王 処 直 墓壁 画    (五代 923年 文献 423 )

J リ

(19)

器 種 名 に つ い て

江 蘇 ・ 徐 州 出 土 陶 竃 (前漢早期 文献426)

広 東 ・広 州 出 土 陶 竃   (前漢中期頃 文献207)

6 広西・合浦出土鍋竃   (前漢晩頃 文献75)

河 南 ・ 洛 陽 出 土 陶 寵    (新代 文献:403)

湖北 ・宣 昌 出 土 陶 竃   ( 前漢 前期 文献218)

3 映西・景帝陽陵従葬坑出土陶竃      (前漢早期 文献397 )

5 内 蒙 古 出 土 鍋 竃  ( 前 漢中 期頃 文 献3 0 )

内 蒙 古 出 土 同 趣 ( 前 漢 晩 期 文 献 3 0 )

第1 3図 前 漠 ・ 新 代 の 竃 1:8(6のみに10)

(20)

   9 南 京 出 土 陶 竃 ( 三国 時 代 晩 期 〜西 晋 文 献 4 6 1 )

7 江西・端昌出土間寵

期頃 文 献 2 6 )

『ペ ン T!

河 南 ・ 葦 義 出 土 陶 寵   (後漢晩 期 文献 235 )

8 遼寧・朝陽出土陶竃    (北燕代 文献.491)

 1 4 河南・恭陵哀皇后葛出土陶竃       (Ji 675年 文献273) 第 14 図 後 漠 〜 唐 代 の 廬 1:6

2 j 15 河 南 ・常 義 出 土 陶 竃

 □ 世紀〜8世紀初 文献235)

     1

5 ( 認 識月諮問

10 南 京出 土 陶 竃 (劉宋代 文献 464}

1 2 山 西 ・ 庫 秋 廻 洛 墓 出 土 陶 竃     く北斉562年 文献221)

1 3 山 西 ・ 武 帝 孝 陵 出 土 陶 寵   (牝周57 8・582年 文献264)

湖 南・ 資 興 出 土 陶 寵 (後漢早期 文献227)

2 青海・上孫家蜜出土陶竃

八 白

1 1 漢 代以 降 の 器 種 名 と そ の 用 途

湖 北 宜 昌 出 土 陶 竃

(後漢前期 文献218}

雲 南 ・ 昆 明 出 土 陶 寵 (後漢 中期 文献455)

1 1 河 南 ・ 洛 陽 出 土 陶 寵 (北魏522年 文献467 )

(21)

1 器 種名 につ い て

杯 を 持つ 人 の 前 に 置 か れた り、 右 手 に 高 足 杯 を 持つ 人 か左 手 に 吊 げ て い る 北 周 例 ( 第 9 図 8 ) かあ り、 注 酒 器 と み て よ い 。 ワ イン 用 ら し い 。 肩 に筒 状 の注 目 を付 け た把 手付 注 壷 は、 後 述 す る よ う に 「茶 杜瓶 」 や 「 酒注 」 の墨 書 や 刻 名 か あ り、 茶 用 と 酒 用 と があ っ た こ と が わ か る。

遍 I這 般 周 代 の 温 酒 器 で あ る 云 に は、 薬 鎌 形 が あ っ た。 こ れ は 戦 国 晩 期 に なる と 、 器 腹 の 一 方 に 把 手 がつ く 急 須 形 に 変化 す る。 こ の タ イプ を 鑑 査 と 呼 ぶ こ と が 多 い。 樋 口 19 67 の 指摘 の よ う に 「 鑑 」 は 鑑 斗 にあ て るべ き だ が、 慣 例 に 従 う。

纏 ・ 曇 ・ 瓶 ・爰 ・場  日本 で い う 甕 類 や 一 部 は壷 類 も含 め て 、 中 国 で は 緩 と 総 称 し て お り 、 バ ラ エ テ ィ に 富 む 。 般 周 銅 器 の 系 譜 を ひ く 器 形 は 唇 、 瓶 を用 い る 。 鍍 は 比 較 的 口 の 大 きな もの に 限 り、 口 か 小 さ な も の は 査 や 堰 と し て 取 り扱 う 。 唐 代 に は 「 酒 兌 」 の 自 名 銀 器 が あ る 。 短 顕 で 肩 が 張 っ た 器形 で あ る。 兌 は 甕 の 簡 略 字 。 絵 画 資料 に は、 薩 を 2 本 の 木 組 み の 上 に の せ て 井 戸

に 向 か う 三 国 時 代 例 ( 第 7 図 1 ) もあ る 。『 通 鑑 紀 事 本 末 』 に よ る と、 玄 宗 が 「 金 飯昼 」 を賜 っ た とあ る (文 献 16 )。 俯 は 甕 類 の 総 称 で もあ り、 特 定 の 器 形 で は ない よ う で あ る が 、 そ の 一 部 がお ひつ に 用 い ら れた こ と は注 目 さ れ る。 堰 は 磋 の 中 で も□ が 小 さ な も の。 後 漢 の と こ ろ で 触 れる よう に 「 瓶」 の 自 名 ( ィす図 5 − l a1) が あ る 例 もあ る が 、 日 本 の 自 名 器 と はそ く わ ない の で、 中 国 で も一般 に 用い てい る垠 に 従 う。

釜 ・ 甑 ・ 戴 ・ 鍋  自 名 器 は 満 城 M 1 の 「 甑 」「 甑 」 一 級 ( 第 1図 5) とこ れに備 え て い た こ と を 明 記 す る 「 盆 」( 第 1図 3 ) の 一 典 で あ る 。 噺 は甑 を備 え た も の で あ り、 茶 釜 状 を 呈 す る 下 半 部 は 通 例 に 従い 釜 と す る 。 鍔 の な い も の もあ る 。 大 口 で 無 頚 査 の よ う な もの や 、 甕 に近 い も の もあ る が、 底 に火 を うけ て い る も のが あ り、 釜と し て 扱 う。

  満 城M 1 ・M 2 の 報 告 書 で は 、 他 の報 告 書 等 と 同 様 に 、 半 球 状 の 器 で 、 目 縁 が 外 折 す る 丸 底 の 器 も 釜 と し て い る が 、 混 乱 を 避 け 、 鍋 と称 す る。 比 較 的 小 形 の も ので も底 に 火 を う け た 例 が あ る。 環 耳 が あ る もの と 、 ない も の と があ る。 鍋 に 脚 が つ く も の を 三脚 鍋 と 呼 ぶ が、 浅 い も の は 鍾 であ る の で 注 意 を 要 す る。

護 ・ 茎  自 名 器 は満 城 M 1 の 「 鏝 」( 第 1図 4 )。 環 耳 が あ り 「盆 」「 銅 」 に似 た 器 だ か 、 □ 径 41cm 、高 さ 22.5cm の 大 型 品 で、 頚 部 が 強 く く び れ てい る点 で 異 なる 。低 い 台 が付 くが 、「説 文 』 に よ る と 、 鏝 は煮 る ため の 器 に なる 。 鍋 の一 種 だ か 、 類 例 は少 ない 。

  茎 と 呼 んで い る の は、 査 に似 る が、 口 か大 きく、 肩 に 1 個 ない し 2 個 の環 耳 がつ く。 底 に 火 を う け て い る。 白 名 器 があ る (文 献 43)。 主 に 中 国南 半 部 で 出 土 し て い る 。 地 域 色 を 考慮 し て、

こ の名 称 を 使 用 す る 。

鼎 ・ 槐 斗  自 名 器 は 張 瑞 君 墓 の 「 鼎 」( 第 1 図 1 3)。 蓋 の 報 告 は ない が 、 身 の目 縁 の形 状 か ら 、 も と はあ っ た と 推 測 で きる 。 鼎 に は 蓋受 け の な い もの もあ る 。 鍋 状 の容 器 の底 部 に 三脚 、 腹 区 部 に 1 本 の 長 い 把 手 か 付 く も の を 一 般 に 鑑 斗 と 称 し て い る 。『説 文 』 の 廣 約 注 に 「 温 器 な り 。 三 足 に し て 柄 あ り」 と い う の に あ た る 。 自 名 器 もあ る ( 文 献 43)。 江 口 の 付 い た も の もあ り 、 液 体 を 温 め る 温 器 で もあ っ た。

鍍  鎧 は 、 樋 口 1967 で は 三 脚 の 釜 だ が 、「 説 文 」 で は 「 大口 釜 」 とあ り、 混 乱 し て い る 。 以 下 で は五 胡 十六 国 時 代 や 、 北 魏 代 の出 土 資 料 で 、 把 手 付 の深 鍋形 を 抜 と 呼 ぶ に 従 う。 三脚 付 の 茶 釜 形 は釜 とし て 取 り扱 う 。

温酒 樽 ・奮 ・ 姚 尊 會 は 円 筒 形 の 器 で 三 脚 か 付 く もの もあ る 。 漆 器 の 場 合 は 、 化 粧 用 品 を い れ

(22)

た こ と があ き ら か で あ る が 、 漢 代 の 金 属 製 容 器 に は 「 温 酒 樽 」 の 自 名 (第 1 図 9 ) が あ る 。 三 脚 付 の盤 を 伴 う こ と が 多 い 。 絵 画 資 料 は 後 漢 や 魏 晋 の 語 例 が あ り 、 勺 を 伴 う こ と が 多 い ( 第 2 図 4 、 第 3図 3 ・ 4、 第 4図 3 、 第 5 図 4、 第 7 図 4 )。 林 1976 に よる と、 億 をい れ たこ と もあ っ た 。 だ が 、 後 漠 の 絵 画 資 料 ( 第 3図 4 、 第 4 図 3 ) だ と 、 温 酒 樽 と、 中 国 で 銭 尊 と 呼 んで い る 三 脚 壷 が セ ッ ト で 描 か れて お り 、 そ れぞ れ が 酒 、受 類 の 専 用 温 器 と推 測 す る。

敢 ・ 架 崔 は、 陶 製 が 主 だ が 銅 製 もあ る。 明 器 が 多 い が 、 釜 や 鍋 を 備 え 、 勺 や 箸 、 叉 な ど を 配 し た 例 が あ り 、 参 考 と な る (第 13 ・ 14図 )。 架 は 釜 、 警 、 鍋 を こ の 上 に 置 い て 煮 沸 し た も の で 、 釜 、 警 の 底 に つ い て 出 土 し た 例 か あ る 、

案 ・ 参 案 は 食 台 あ る い は 食 膳 。 扁 平 なつ く り で 、 方 形 と 円 形 と が あ り 、 そ れ ぞ れ 2 な い し 4 個 の 脚 のつ く も の と つ か な い も の と が あ る 。 案 は 方 形 で 、 円 形 は 根 ( 文 献 43) だ か、 通 例 に よ っ て 方 案 、 円 案 と 呼 ぶ 。 方 案 は 前 漢 、 円 案 は 後 漢 か ら 出 土 例 が あ り 、 複 数 の 耳 杯 や 、 杯 、 碗 あ る い は 小 形 盤 を 上 に お く ( 第 4 図 3、 第 6図 6 第 15図 1 ・ 2な ど )。 北 魏 で 触 れる よ う に、 円 案 上 に 姿 杯 5個 と 銀 製 盤 状 高 足 杯 l 個 そ れ に 銀 製 小 瓶 と金 製小 銭 斗 各 1個 を のせ た北 魏 例 もあ る。

  絵 画 資 料 も後 漢 か ら の 例 が 多 く 、 宴 会 で は 主 人 が 方 案 上 に 器 物 を 並 べ た 円 案 (第 15図 3)、 他 の 人 は 円 案 と い う 状 況 が 窺 え る ( 第 4図 3、 第 5図 1)。 円 案 や 方 案 上 で は、 実 際 に 鏡 ( 箸 ) や 勺 、 乞 が 杯 や 碗 と と も に 置 か れ た 資 料 (第 3 図 2 ・ 3、 第 6図 6、 第 7図 2・ 8) な ど があ る 。   参 と 呼 ん で い る の は 、 複 数 のお そ ら く杯 を い れ た 容 器で あ る。 円 案 に 比 し て や や 深 目 で 、 蓋 受 け が あ る も の も あ る 。 日 本 で 茶 器 を い れる 容 器 に似 てい る。

七 ・勺 ・斗 乞 は 匙 で 、 主 に 食 事 具 。 勺 と 斗 は、

酒 や 水 あ る い は 傍 や ス ー プ な ど を 大 型 容 器 か ら す く い 取 る も の。 円 形 も し く は 楕 円 形 の 浅 目 の

1 1 漢 代 以 降の 器種 名 とそ の 用 途

1 洛陽・五女塚出土陶案(新代 文献418}

2 雲 南・昆明出土銅案(後漢中期 文献455)

3 洛陽・朱村壁画墓案(後漢晩 三国時代 文献402) 第1 5図 新 〜 三 国 時 代 の 案 1・2  1:10

(23)

器 種 名 につ いて

容 器に斜 めに柄がつ くのを勺、円筒状の深 目の容 器にほぽ直角に柄がつ くのを斗と呼 び分け て いる。瓢 を縦 割りにしたいわゆる散蓮華形 も勺 と呼 んでい るが、後漠から盛行する小型品 (以 下、 とくに散蓮華と称す) は、境や粥や スープ を食べた可能性 があ り、注意を要する

盲 叉  検 は箸、火箸 もあ る。笑 は綿板を曲げて 挟む ようにした もの。 食事 典以外 に火

鋏 もあ る。 又 は フ ォー ク状 品 。 小 型 品 は 食事 用 だ が、 大 型 品 は 肉 を 刺 し て 調 整 し た り 串焼 き に 用い た ( 第 7図 2 ・ 8 )

4 4 ・i i ・ 這  自 名 器 は 張瑞 君 墓 の 「 影 ト 」(第 1図 18) と 「魚 腹 」(第 1図 17 )。 脱斗 は 北 魏 の 太 和 3 年 ( 479 ) 銘 の 例 で は 柄 が 長 く 、 透か し 彫 り のあ る 蓋 が つ き、 柄 を 差 し 込 んで お く ス タ ンド もあ る こ と か ら、 ひ の し ( ア イロ ン) に ふ さ わ し い (文 献 41)。 唐 代 と み る 絵 画 に は 張 っ た 布 に 慨斗 をあ て て い る (第 12図 1 0)。 柄 の 短 い も の は把 手 付 鍋 と す る 説 が あ る 。 張 瑞 君 墓 例 は 柄 は 短 い が 、 中 空 で あ り、 木 柄 を 差 し 込 んだ もの 。 鍋 か喫 斗 か は、 底 か 丸 底 か 平 底 か に 拠 ろ う。

 「 黛 腹 」 はい わ ゆる 博 山 壇 と 呼 ぶ 薫 耀 (香 煌 ) で あ る 。 薫 墟 は 、 前 漢 代 に は 博 山殖 以 外 に も い く つ か の タ イプ が あ り、 バ ラエ テ ィ に 富 む 。 三 国 時 代 頃 か ら は 次 第 に 種 類 も 出 土 量 も減 少 す る 。「 燈 」 は動 物 詣 の膏 や 蝋燭 を 燃 し た 燈 火 器 (以 下 、 燈)。 漢代 の 自 名 器 か あ る 。 こ れ もバ ラ エ テ ィ に 富 む。 絵 画 資料 に は、 蝋 燭 をつ け た 燈 は 後 漢 例 ( 第 5図 1) や 盛 唐 例 ( 第11図 9 ・11)

な ど が あ る 。

  第 2〜 4 節 で は 、 原 則 と し て、 供 膳 具 (水 器 の 一 部 を 含 む )、貯 蔵具 (注 器 を 含 む )、煮 沸 具、

雑 器 の 順 に 、 時 代 に よ っ て ど の よ う に 変 遷 し た か を み る 。    iii  研 究 略 史

  殷 ・ 西 周 銅 器 は 中 国 内 外 の 研 究 が 多 く 、 東 周 ( 春 秋 ・ 戦 国 期 ) 銅 器 の 研 究 も 少 な く は な い 。 だ か 、 銅 器 が ま だ 多 い 漬 代 に つ い て は 、 後 で 触 れ る よ う に 、 河 北 ・ 満 城 漬 菜 や 広 東 ・ 広 州 漬 墓 な ど の よ う に 個 々 で は 詳 細 な 報 告 が あ る も の の 、 前 漬 あ る い は 後 淡 に 中 国 の 広 い 範 囲 で 銅 器 の 諸 器 種 ・ 器 形 が ど の よ う に 変 遷 し た か を 提 示 し た 研 究 は 見 当 た ら な い 。 金 属 製 容 器 が 概 し て 少 な い 三 国 時 代 〜 隋 代 で は 、 総 括 的 な 論 功 は な い 。 銀 器 や 鍍 金 銀 器 が 盛 行 す る 唐 代 で は 、 後 述 す る よ う に 韓 偉 ら に よ る 『 唐 代 金 銀 器 』 な ど が あ り 、 そ れ ら の 成 果 を 基 に 研 究 が 進 展 し て い る 状 況 に あ る 。

満 代 主 に 銅 器 を 対 象 と し た 論 功 で は 、 既 述 し た 19 7 6 年 の 林 巳 奈 夫 「 漢 代 の 文 物 』 が 史 料 と 考 古 遺 物 の 両 面 か ら 、 器 名 と 器 種 ・ 器 形 を 総 括 的 に 研 究 し た ほ ぼ 唯 一 の も の 。 他 に 1 9 8 5 年 の 李 陳 奇 「 蒜 頭 壷 考 略 」( 文 献 .3 5 3 )、 2 00 1 年 の 李 龍 章 「 西 淡 南 越 王 墓 越 式 大 鉄 鼎 考 弁 」( 文 献 1 9 7 )、

2 0 0 2 年 の 蒋 廷 珊 「 漬 代 暫 刻 花 紋 銅 器 研 究 」( 文 献 2 4 4 ) な ど が あ る 。 後 二 者 で は 中 国 南 半 蔀 の 諸 銅 器 の 特 色 を 示 し た 。 1 9 9 4 年 の 陳 文 鎮 博 「 銅 望 研 究 」( 文 献 2 6 1 ) も 主 に 中 国 南 半 蔀 で 展 開 す る 警 に つ い て 変 遷 を 提 示 し た。 陶 器 で は 、 1 9 8 1 年 の 姚 仲 源 「 浙 江 漬 、 六 朝 古 墓 概 述 」( 文 献 .4 8 3 ) な ど が 、 省 単 位 で 容 器 の 変 遷 を と ら え よ う と し て い る 。 19 6 4年 の 王 振 鐸 「 論 漬 代 飲 食 器 中 の 危 と 魁 」( 文 献 3 0 1 ) は 、 飲 器 の 危 と 食 器 の 魁 を 文 献 と 考 古 遺 物 に よ っ て 同 定 し た 論 考 と し て 、

後 の 研 究 の 母 胎 の 一 つ に な っ た と い え る 。 春 秋 期 の 銅 器 を 対 象 と し た も の で は あ る が 、 1 9 5 6 年 の 陳 夢 家 「 寿 県 蔡 候 銅 器 」( 文 献 2 09 ) は 、 各 種 の 銅 製 容 器 や 乞 ( 匙 ) の 器 名 や 用 途 に つ い て 研

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iii 研 究 略 史

究 し た も ので 、 漢代 か ら の銅 器研 究 に とっ て もバ イブ ル的 存 在 と し て 高 く 評 価 で きる 。

三国 時 代 〜 隋 金 属 製 容 器 につ い て、 省 の 範 囲 を 超 え た研 究 は 極 め て 少 な い が 、 1989 年 の B .I . マ ル シ ャ ー ク ・ 穴 沢 昧 光 「北 周 半 賢 夫 婦 墓 とそ の 銀 製水 瓶 に つ い て 」( 文 献 502)、 孫 機 に よ る 1 989年 の「 固 原 北 魏漆 棺 圃研 究」( 文献 376 ) や 19 99年 の 「 建 国 以 来 の西 方 古 器物 の我 国 に お け る 発 現 と研 究 」( 文 献 437 )、 199 0年 の 初 師 実 「 甘 粛靖 道 話 出 土 東 ロ ー マ 茎 金 銀 盤 略 考 」( 文 献 377 ) は 西 方 と の比 較 研 究 を 試 み た 論 功 、 1996 年 の 尚 暁 波 「大 凌 河 流 域 鮮 卑 文 化 双 耳 鍾孔 圏 足 釜 及 相 関 問 題 考」(文 献 49 0) はい わ ゆ る 鏝 の編 年 を 行 っ た 論 考 と し て 特 記 で きる。 陶 ・ 姿 器 に つ い て は 、 馮 先 銘 に よ る 19 59 年 の 「 略 談 魏 者 か ら 五 代 に 至 る 姿 器 の装 飾特 性 」( 文 献292 )、「 姿 器 浅 説 」( 文 献 297 )、 19 65年 の 「 新 中 国 陶 姿 器 考 古 と 主 要 収 穫」(文 献 3 05) が 早 い 時 期 の、 し か も的 を 得 た 研 究 で あ る。 陶 ・ 姿 器 の 編 年 に つ い て は 、 1977 年 の 智 雁 「 隋代 姿 器 の発 展 」(文 献 327 )、 19 79年 の 半 知 宴 「三国 、 両 者 、 南 北 朝 制 姿業 の 成 就 」( 文 献 333 )、 19 83年 の 魏 正 瑳 ・ 易 家 勝 「 南 京 出 土 六 朝 青 姿 分 類 掃 討 」(文 献 10 5)、 1986 年 の 宋 百 川 ・劉 凰 君 「 山 東 地 区 北 朝 晩 期 と 隋 唐 時 期 姿 窯 遺 址 の 分 布 と分 期 」( 文 献 133 )、 19 87年 の内 丘 県 文 管 所 「 河 北 省 内 丘 県 耶 窯 調 査 簡 報 」(文 献 367 )、 199 0年 の 林 忠 于 ほ か 「 福 建 六 朝 隋 唐 墓 葬 の 分期 問 題 」(文 献 138)、 2000 年 の楊 敗 俊 「 東 魏 、 北 斉 墓 葬 の考 古 学 的 研 究 」( 文 献 269 )、 2 003年 の 張 増 午 ・ 傅 暁 東 「 河 南 北 朝 姿 器 匍 議 」(文 献 27 7) な ど があ る。

唐 〜 五 代 ・ 十 国時 代 唐 代 に は 銀 器 や 鍍 金 銀 器 が多 い 。 19 56 年 の梅 原 末 流「中 国 古 代 の金 銀 器」

(文 献.498 ) は、 中 国 解 放 後 の研 究 の 最 も早 い 研 究 成 果 の一 つ 。 桑 山正 進 に よ る 197 7年 の「 1956 年 来 出 土 の 唐 代 金 銀 器 と そ の 編 年 」( 文 献 499 ) や1 979年 の 「 唐 代 金 銀 器始 原 」(文 献 501) は 、 解 放 後 の 中 国 出 土 資料 に一早 く 取 り 組 み 、 し か も西 ア ジ ア を 含 め た 広い 視 点 か ら編 年 し て 歴 史 的 位 置 付 け も行 っ た 本 格 的研 究 であ る。 中 国 側で は、 19 85年 の 韓 偉 ら に よ る 『唐 代 金 銀 器 』が 、 代 表 的 な 資 料 を 集 め 、 し か も唐 代 を 4期 に 編 年 し た 優 れ た 論 功 。 中 国 で は こ れ に刺 激 さ れ、

1986 年 の 盧 兆 蔭 「 試 論 唐 代 の 金 花 銀 盤 」( 文 献 486 )、 斉 東 方 に よる 199 4年 の 「唐 代 銀 高 足 杯 研 究 」( 文 献 488 ) と 1996年 の 「 西 安 沙 波 村 出 土 の ン グト 鹿 紋 銀 碗 考 」(文 献 419 )、 199 6年 の 王 維 伸 「 試 論 日 本 正 倉 院珍 蔵 の 鍍 金 鹿 紋 三 足 銀 盤 」( 文 献 262 )、 1998 年 の 斉 東 方 ・張 静 「 サ サ ン 式 金 銀 多 曲 長杯 の 中 国 に お け る 流 伝 と 演 変 」(文 献 186 ) な ど が 相 次い で 出 来 す る 。 1988 年 の 韓 偉

「 飲 茶 風 尚 を 法 門 寺 出 土 の 唐 代 金 銀 器 茶 具 に み る 」( 文 献 374 )、 孫 機 に よ る 1991年 の 「 論 西 安 何 家 村 出 土 の 瑞 瑞 獣 首杯 」(文 献 39 0)、 そ れ に 1996 年 の 「 唐 半 寿 石 槨 線 刻 侍 女 図 楽 舞 図 散 記 ( 上 )」(文 献 421 ) な ど も、 中 国 出 土 の 金 属 製 容 器 を 歴 史的 に 位 置 づ け た 研 究 と し て 高 く 評 価 で きる 。

  陶 ・姿 器で は、 半 知 宴 に よ る 1972年 の 「 唐 代 姿 窯 概 況 と唐 姿 の 分 期 」(文 献.311 ) や19 81 年 の

「 西 安 地 区 隋 唐 墓 葬 出 土 陶 姿 の初 歩研 究 」( 文 献 24 5) が 早 い 段 階 の 卓 見 で あ る 。 三 国 時 代 〜 隋 代 で 取 り 上 げ た 研 究 の 他 に 、 19 80 年 の 長 沙 市 文 化 局 「 唐 代 長 沙 銅 官 窯 址 調 査 」( 文 献 2 2 2 )、

19 82 年 の 周 世 栄 「 長 沙 唐 墓 出 土 姿 器 研 究 」( 文 献 225 )、 1989 年 の 徐 殿 魁 「 洛 陽 地 区 隋 唐 墓 の 分 期 」( 文 献 231 )、 1992年 の 権 奎 山 「 中 国 南 方 隋 唐 墓 の 分 区 分 期 」( 文 献 232 ) な ど が あ る 。 た だ し、 五 代 ・十 国 時 代 は、 期 間が 短 い こ と もあ っ て 、 広 い 視野 に立 っ た 研 究 は 見 当 た ら ない。

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