中小M&Aをめぐる政策過程 : 2010年代の変化に注目 して
著者 佐藤 憲
出版者 法政大学大学院
雑誌名 大学院紀要 = Bulletin of graduate studies
巻 86
ページ 92‑101
発行年 2021‑03‑31
URL http://doi.org/10.15002/00023772
中
中小 小 M M& &A A を をめ めぐ ぐる る政 政策 策過 過程 程
―
―2 20 01 10 0 年 年代 代の の変 変化 化に に注 注目 目し して て― ―
キャリアデザイン学研究科 キャリアデザイン学専攻 研究生
佐藤 憲
1.問題の所在
本稿の⽬的は、中⼩企業の M&A(mergers & acquisitions)をめぐる政策決定過程の⼀側⾯を 2010 年代以 降の変化に注⽬して、公開資料から明らかにすることである。
⽇本の中⼩企業は、⾼度経済成⻑期にその多くが誕⽣し、激しい外部環境の変化に対応しながら⾼い技術⼒
で戦後⽇本の経済成⻑を⽀えてきた。しかし、中⼩企業の廃業はここ数年増加傾向にあり、特に問題と⾔われ ているのが、廃業企業の中には、経済成⻑を⽀える⽣産性の⾼い企業が含まれていることである(中⼩企業庁,
2020)。
廃業の要因は様々であるが、その⼀つとして考えられるのが、経営者の⾼齢化と後継者不在である。中⼩企 業の経営者の年齢分布は、最も多い年齢(最頻値)は 1995 年に 47 歳であったが、年々⾼齢化が進み 2018 年 には 69 歳となっている(中⼩企業庁,2019)。その理由として、後継者として考えていた⼦どもが他社に勤め てしまい承継を断られることや、従業員の承継を検討しても経営者保証の負担が⼤きいために断られる場合も あり、結果として事業承継が進まずに経営者が⾼齢化し、後継者不在による廃業につながっていることも少な くない。
このような状況が改善されない場合、中⼩企業の休廃業が増加し雇⽤や⾼い技術⼒が失われることが懸念さ れる。つまり、事業承継が急がれる現在において、親族内承継と従業員承継といった限られた選択肢だけでな く、後継者不在でも第三者に事業を引き継ぐことができる M&A による事業承継が求められていると⾔えよう。
かつて M&A は⼤企業による企業買収といったイメージがあったが、ここ数年は中⼩企業を対象とした M&
A 仲介業務を営む新規参⼊企業も増加し、中⼩ M&A が市場取引で成⽴する件数も増加している。中⼩企業庁 も 2019 年に第三者承継⽀援総合パッケージを発表し、10 年間で 60 万者の第三者承継の実現を⽬指すことを
⽬標値に掲げ、後継者不在による廃業を改善しようと積極的に働きかけている。
このように、中⼩ M&A をめぐっては⺠間の仲介会社による市場取引が活発に⾏われているとともに、中⼩
企業政策の重要事項の⼀つとしても考えられている。そこで本稿では、中⼩ M&A の政策が、どのような過程 で重要政策と位置付けられたのかについて、公開されている中⼩企業政策審議会の資料から検討したい。これ までの研究でも、中⼩ M&A の事例紹介や実証分析などが存在するものの、政策決定の過程について論じられ ることは少なかった1。それゆえ、本稿が政策過程の⼀側⾯を検討することは意義があると考える。
なお、本稿の構成は次の通りである。次節では、中⼩ M&A の概況を説明する。第 3 節では中⼩ M&A の先
⾏研究を整理し、第 4 節では中⼩ M&A の政策と市場取引の経緯と実態を説明する。第 5 節は中⼩企業政策審 議会の議事録から中⼩ M&A の政策過程を分析し、第 6 節は結語である。
2.中⼩ M&A の概況
本節では、公表データから中⼩ M&A の実態を把握する。はじめに、⽇本国内全体の M&A の動向から確認 しよう。M&A の件数は、リーマンショック後に減少したものの 2012 年以降は年々増加しており、国内の M
&A 市場は活発であると⾔えよう(中⼩企業庁,2018)。株式会社レコフの調査によると、2019 年は過去最⾼
の 4,088 件が成⽴している。
それでは、中⼩ M&A の動向はどのようになっているのだろうか。中⼩ M&A は、官と⺠の仲介業務によっ て成⽴しているケースが少なくない。官の仲介業務の担い⼿は「事業引継ぎ⽀援センター」であり、全国に 47 都道府県 48 か所設置されている。⺠の中⼼は「中⼩ M&A 仲介会社」であるが、市場動向を確認する際には⼤
⼿ 3 社の件数が確認される場合が多い(中⼩企業庁,2018)。それゆえに、官⺠双⽅の仲介業務によって成⽴
した件数から、中⼩ M&A の市場動向を読み解くことにする。
表 1 に⽰したのは、事業引継ぎ⽀援センターで成⽴した件数の推移である。2015 年は 209 件であったが、
それ以降は年々件数が増加していることが確認できる。続いて、表 2 は中⼩ M&A 仲介会社⼤⼿ 3 社の株式会 社⽇本 M&A センター・株式会社ストライク・M&A キャピタルパートナーズ株式会社の公表データ2より、2015 年から 2019 年の成約件数を⽰したものである。事業引継ぎ⽀援センターと同様に年々増加していることが確 認できる。ただし、先述した通り 2019 年の M&A 件数が 4,088 件であったことから、市場取引で成⽴してい る M&A の多くが規模の⼤きな企業によるものであると⾔えるだろう。
表 1 事業引継ぎ支援センターの成約件数
出所:事業引継ぎ⽀援センターの公表データより筆者作成。
表 2 中小 M&A 仲介会社大手 3 社による成約件数
出所:3 社の公表データより筆者作成。
ここまで、官⺠で成⽴した中⼩ M&A の件数の推移を確認してきたが、後継者不在による廃業を回避するた 209
430
687
923
1176
0 200 400 600 800 1000 1200 1400
2015 2016 2017 2018 2019
424
526
702
852
1018
0 200 400 600 800 1000 1200
2015 2016 2017 2018 2019
⽇本M&Aセンター ストライク M&Aキャピタルパートナーズ
めにも、第三者承継である M&A の選択肢が⼀層重要になってくると考えられる。しかし、第三者承継⽀援総 合パッケージで⽰されている 10 年間で 60 万者の第三者承継の⽬標件数を考えると、現在の官⺠を合わせた成 約件数は少ないということは明らかであり、成約件数の増加につながるような政策的⽀援が急がれていると⾔
えよう。
3.先⾏研究
本節では、M&A の先⾏研究を整理し、本稿の研究の位置づけを明確にしたい。これまで国内の M&A の先
⾏研究では、M&A が企業の成⻑を促すかという効果を検証するために、主に上場企業を対象に合併と企業成
⻑の関係や、M&A の投資⽐率と業績の関係などについて実証分析が⾏われてきた(例えば、⻑岡,2005;芳 賀・⽴本,2018 など)。歴史的変遷についての研究もあり、戦前から企業の成⻑戦略の⼿段として M&A が役 割を担い、戦後に⼊ると低調であったが 1990 年代末から急増していることを確認している(宮島,2006)。
本稿が注⽬する中⼩企業の M&A に焦点を当てた国内の研究は、蓄積が進んでいないものの、政策や市場取 引に焦点を当てた研究がいくつか存在する。⽯川(2017)は、親族内承継の限界から親族外承継が重要性を増 し、事業引継ぎ⽀援センターが中⼼的役割となることを指摘している。中⼩企業政策史の視点からは、1980 年代から税制を中⼼に事業承継の政策の検討が始まり、М&A に関連する施策は、仲介会社の市場取引が定着 してから始まっていることが明らかになっている(佐藤,2018)。仲介会社に関する研究を⾏った杉浦(2017)
は、買⼿として経験のある中堅・中⼩企業に対して実施したアンケート調査から、M&A を成功させるために は、信頼できる M&A アドバイザーとの良好なコミュニケーションの維持が重要であるという事実を指摘して いる。
このほか、実証分析による研究も存在する。古瀬(2011)は、買い⼿企業・売り⼿企業・仲介会社・公的機 関に聞き取り調査を⾏い、売り⼿の経営者が会社や従業員の将来を重視して、買い⼿企業を選択する贈与の要 素が加わることで、中⼩ M&A の市場取引が機能していることを確認している。⼭本聡(2018)は、中⼩製造 業を事例に、企業家的情熱が M&A の実⾏と買収先企業の強みの発⾒につながることを明らかにしている。計 量分析では中井(2008)が、親族内承継では節税意識から企業価値を下げるために借⼊⾦の存在が必要となり、
第三者承継では売却価格を引き上げたい意識から企業価値を⾼くするために収益⼒が必要となることを確認し ている。
先⾏研究を確認してきたが、M&A の政策決定の過程については述べられることは少なかった。それゆえ、
本稿では新たに政策決定の過程を検討したい。
4.中⼩ M&A の政策と市場取引
本節では、はじめに中⼩企業政策における M&A がいつ頃から展開されてきたのかを説明した後に、仲介会 社が中⼼となる M&A の市場取引を説明し、政策と市場取引の経緯と実態を把握する。
(1)政策の変遷
中⼩企業政策における M&A は、経営者の引退にともない経営資源を引き継ぐ事業承継の⼀部と考えられて いる。そのため、親族内承継や従業員承継といった事業承継の政策を説明し、M&A の政策的位置づけを明確 にする必要があろう。
それでは、親族内承継と従業員承継の政策から説明していこう。歴史を辿ると、政策が検討されたのは、1960 年頃から中⼩企業関係の団体で相続税や贈与税の問題が事業承継の観点から検討され始め、制度改善を求める 要望が提出されたことに始まる(佐藤,2018)。その後 1980 年代頃から、事業承継に関する税制の改正を⽬的 に研究会が設置され、税制の改正が⾏われ事業承継税制とも呼ばれている。そして、事業承継税制はこれまで 何度か改正が⾏われている。
その後、なかなか進まない事業承継を促進するために 2008 年に「経営承継円滑化法」が成⽴し、国による
⽀援が強化された3。第⼀に、遺留分に関する⺠法の特例⼀定の要件を満たす後継者が、⺠法の特例適⽤を受け ることができるようになった。第⼆に、資⾦調達⽀援や信⽤⼒低下による経営への影響を緩和するための、信
⽤保証枠の拡⼤と⽇本政策⾦融公庫等による貸付制度が創設された。第三に、事業承継税制(法⼈版・個⼈版)
による、贈与税と相続税の納税猶予もしくは免除を申請することができるため、承継時の負担軽減が実質可能 となった。2010 年代以降も、親族内・従業員承継に関する施策の普及活動は引き続き⾏われている。
続いて、中⼩ M&A の政策を説明していこう。表 3 は、2011 年の事業引継ぎ⽀援センター設置の開始以降に M&A の政策に変化が確認できることから、2000 年代と 2010 年代以降に政策を時期区分したものである。
表 3 中小 M&A の政策の時期区分
出所:筆者作成。
はじめに、第 1 期(2000 年代)から⾒ていこう。2000 年代に⼊ると、中⼩企業庁としてはじめて M&A マ ッチングサポート事業などいくつかの中⼩ M&A の政策を展開したが、相談件数の伸び悩みなどでその多くは 短期間のうちに廃⽌となり、現在まで⾏われている事業は多くはない。
続いて、第 2 期(2010 年代以降)を説明しよう。代表的な政策の⼀つとして「事業引継ぎ⽀援センター」の 設置がある。これは、⺠間の仲介業者が扱わないような企業規模の M&A を促進するために、2011 年に施⾏し た「産業活⼒再⽣及び産業活動の⾰新に関する特別措置法」により「事業引継ぎ⽀援センター」の設置を始め た。47 都道府県 48 か所に設置され、後継者不在等の理由により第三者に事業を引継ぐ意向がある中⼩企業と、
他社から事業を譲り受けて事業の拡⼤を⽬指す中⼩企業からの相談を受け付けている。加えて、センターが⾏
う事業の⼀つとして「後継者⼈材バンク」がある。この事業は、創業希望者の情報を登録し後継者不在企業と 創業希望者をマッチングさせる仕組みである。
2015 年には中⼩ M&A 促進のために、『事業引継ぎガイドライン』4が策定され、M&Aの⼿続きや、利⽤者 の役割・留意点、トラブル発⽣時の対応などが⽰されている。しかし、中⼩企業経営者の中には、M&A に関 する知⾒がなく、業務の⼿数料の⽬安の不透明さや、そもそも M&A ⽀援に対する不信感があり、⻑年経営し てきた⾃社を第三者に「売る」ことに対して躊躇するケースも少なくない。そのため、旧ガイドラインを全⾯
改訂し5、2020 年に『中⼩ M&A ガイドライン』を新たに策定した。後継者不在の中⼩企業向けに M&A を適 切な形で進めるための⼿引きを⽰すとともに、⽀援機関向けに適正な業務遂⾏のための基本事項が提⽰され、
仲介業者や⾦融機関などの⽀援機関はガイドラインの遵守が求められている。
年 政策
M&Aマッチングサポート事業(2005年に終了)
後継者人材マッチング促進事業(2008年に終了)
2008 事業承継支援センター事業(2009年に終了)
2011 全国に「事業引継ぎ支援センター」の設置が始まる 2014 後継者人材バンク事業の開始
2015 『事業引継ぎハンドブック』を策定 2019 第三者承継支援総合パッケージの策定
中小M&Aガイドラインの策定 2020 経営資源引継ぎ補助金
第三者承継推進徹底会議 第1期
2003
第2期
また、2019 年には第三者による事業承継を総合的に⽀援するため、第三者承継⽀援総合パッケージが策定さ れた。今後の 10 年間を集中実施期間とし、官⺠の⽀援機関が⼀体となって M&A を中⼼とした第三者承継を 推進することが掲げられている。
以上、ここまでの政策の変遷から事業承継の政策において、2000 年代までは親族内承継と従業員承継が政策 の中⼼であったが、2010 年代に⼊ると徐々に M&A の政策が増え始めていたという事実を確認することができ た。
(2)市場取引
ここからは、仲介会社が中⼼となる中⼩ M&A の市場取引を時代背景にも留意しながら仲介会社の設⽴とサ ービスを説明していこう。表 4 は、先述した M&A の政策の時期区分を参考に、仲介会社の設⽴サービスに焦 点を当てながら 2 つの時期区分に整理したものである。
表 4 中小 M&A 仲介会社の設立サービスの時期区分
出所:筆者作成。
はじめに、第 1 期(1980 年代〜2000 年代)から説明していこう。1980 年代後半に⽇本企業による海外企業 の買収(いわゆるクロスボーダーM&A)が増加し、国内の⼤⼿企業間を中⼼に急速に増加していた。そして、
M&A の仲介を担っていたのは⼀部の⼤⼿証券会社や⼤⼿銀⾏と総合商社であった。このような M&A が増加 する時期に、M&A 仲介の専⾨会社の株式会社レコフは設⽴された。国内の仲介会社としては最も⻑い歴史を 持ち、上場企業から中堅中⼩企業が取引の対象である。
1990 年代は、後継者不在問題の解決策として M&A が注⽬され始め、仲介業に参⼊する企業が増加しはじめ た時期である(古瀬,2011)。「中⼩ M&A 専⾨業者」として、1991 年に株式会社⽇本 M&A センター、1997 年に株式会社ストライクが設⽴され、ほかにも数社の仲介会社の設⽴が 2000 年代まで続いた。この時期に設
⽴された仲介会社は、主に中⼩企業から中堅企業を顧客にし、売り⼿側・買い⼿側とそれぞれアドバイザリー 契約を結び、マッチングさせるのが主な業務である。この時期の特徴について古瀬(2011)は、地域⾦融機関 なども仲介業に参⼊し仲介業者が増加していることから、中⼩ M&A 市場が整備されつつある状態であったと 指摘している。
年 M&A仲介会社の設立など
1987 株式会社レコフの設立
1991 株式会社日本M&Aセンターの設立 1997 株式会社ストライクの設立
2001 株式会社名南経営の設立
M&Aキャピタルパートナーズ株式会社の設立 株式会社オンデックの設立
2011 株式会社トランビ :TRANBI(マッチングサイト)提供開始
2017 ビジョナル・インキュベーション株式会社:ビズリーチ・サクシード(マッチングサイト)提供開始 株式会社バトンズ:Batonz(マッチングサイト)提供開始
株式会社ビジネスマーケット:ビズマ(マッチングサイト)提供開始 株式会社M&Aクラウド:M&Aクラウド(マッチングサイト)提供開始 株式会社スピードM&A:スピードM&A(マッチングサイト)提供開始
株式会社リクルート:事業承継総合センター(条件に合う仲介会社の紹介)提供開始 第2期
第1期
2005
2018
続いて、第 2 期(2010 年代)を確認していこう。それまで M&A は、2008 年のリーマンショックの影響も あり減少傾向にあったが、2010 年代に⼊ると増加傾向となり 2019 年には過去最⾼となった6。さらに、2010 年代は中⼩企業経営者の⾼齢化が問題となり、事業承継が政策上の主要課題となり始めた時期でもある(佐藤,
2018)。そのような時代背景のなか、M&A のマッチングサイトのサービスを提供する「M&A プラットフォー マー」が多く設⽴された。2011 年に株式会社トランビが TRANBI によるオンライン上でのマッチングサイト のサービス提供を始め、その後 2018 年までに 5 つのサイトのサービスが提供され、現在 6 つのマッチングサ イトが存在している。オンライン上で企業を検索し、仲介業者を通さずに売り⼿と買い⼿がつながることが可 能となった。ここで注⽬すべき点は、マッチングサイトに掲載される企業規模は、中⼩ M&A 専⾨業者が扱う 規模より⼩規模ということである。
以上、中⼩ M&A 仲介会社に焦点を当てながら中⼩ M&A 市場の形成について説明してきた。2000 年代には
「中⼩ M&A 専⾨業者」が中⼼となって市場が形成され、2010 年代に⼊ると「M&A プラットフォーマー」に よる市場取引の拡⼤が確認できた。ここで明らかになった点は、従来は専⾨業者を介した中堅・中⼩企業の M&A が中⼼となっていた市場が、「マッチングサイト」を提供するサービスが拡⼤してきたことで、⼩企業ま で M&A が可能となり、市場取引が拡⼤してきたという事実である。
5.政策過程の分析
前節では、2010 年代から中⼩企業政策として M&A が本格的に始まったことを確認することができた。し かしながら、どのような過程で政策が決定し展開されたのかについては明らかになっていない。本節では、こ のような疑問に答えるためにも中⼩企業政策審議会の概要について説明した後に、議事録の発⾔内容の分析を
⾏うことで中⼩ M&A の政策過程を明らかにしたい。
(1)中⼩企業政策審議会
はじめに、中⼩企業政策審議会の概要について説明しよう。中⼩企業政策審議会は 1963 年に設置されて以 来、中⼩企業政策に関する重要事項を調査・審議することが⽬的であり(清成,2009)、中⼩企業基本法第 26 条によれば、審議会の委員の定数は 30 名以内となっている。公開資料から審議会の歴代の会⻑には、中⼩企 業を基盤とした経済団体である⽇本商⼯会議所の会頭が就任していることが確認できる。第⼀回中⼩企業政策 審議会に出席した構成委員は以下に⽰した通りである。
⼤阪市⽴⼤学商学部教授・⽯原委員 会⻑ ⽇本商⼯会議所会頭・稲葉委員
東京商⼯会議所常議員・井上委員 東京学芸⼤学教育学部教授・上野委員 中京⼤学学⻑・⼩川委員
主婦連合会参与・⾓⽥委員
中⼩企業総合事業団理事⻑・⽊下委員 法政⼤学総⻑・清成委員
全国商店街振興組合連合会副理事⻑・鯉江委員 社団法⼈配合飼料供給安定機構理事⻑・鴻巣委員 商⼯組合中央⾦庫理事⻑・児⽟委員
国⺠⽣活⾦融公庫副総裁・坂本委員
ユニ・チャーム株式会社代表取締役社⻑・⾼原委員 全国商⼯会連合会理事・都村委員
弁護⼠・中村委員
法政⼤学経営学部教授・橋本委員
社団法⼈全国中⼩建設業協会副会⻑・樋⼝委員 学習院⼤学法学部教授・前⽥委員
株式会社電脳代表取締役社⻑・美安委員 空港施設株式会社代表取締役社⻑・⼭本委員 全国中⼩企業団体中央会常任理事・佐伯委員 中⼩企業⾦融公庫総裁・堤委員
茨城県知事・橋本委員
委員の構成は主に中⼩企業の経営者、学識者、地⽅⾃治体の⻑、業界団体や経済団体で構成されているため、
中⼩企業経営の現場について本⾳に近いところで把握できると⾔えよう。なお、審議会には⼩委員会(基本問 題⼩委員会・⼩規模企業基本政策⼩委員会)が設置されている。
(2)分析
それでは議事録の発⾔内容を分析するが、その前に本稿で使⽤する資料を紹介しよう。今回使⽤する議事録 は、中⼩企業庁のホームページ上で公開されており7、対象年は 2001 年 1 ⽉ 9 ⽇から 2018 年 3 ⽉ 29 ⽇の議事 録である。年 1〜2 回開催され、合計 28 回の審議会が開催されている。
前節で説明したように、2000 年代には⺠間の仲介会社が中⼼となり、中⼩ M&A 市場が形成されている状況 であった。このような時代背景のなか、中⼩企業庁の調査室⻑は議事録の中で、次のように発⾔している。
「‥‥中⼩企業のM&A市場の特徴といたしまして従業員の雇⽤を⾮常に⼤事に考えるという特⾊がござい まして、こういう部分で事業承継をうまくやるために中⼩企業のM&A市場をさらに整備していくことが重要 ではないかということを分析してございます。(下線部は引⽤者)」(中⼩企業政策審議会 平成 18 年 3 ⽉ 29
⽇)
ここでの発⾔において注⽬すべき点は、2000 年代に中⼩企業庁は事業承継の⼿段として、中⼩ M&A の重要 性を認識していたという事実である。中⼩ M&A 専⾨業者が中⼼となって形成された M&A 市場が評価されて いたと解釈することもできる。しかし、それ以降の審議会では中⼩ M&A に対する懐疑的な意⾒があった。例 えば⼀部の審議会委員から次のような発⾔があった。
「‥‥もしくは本当に会社の業績が落ちれば、個⼈保証の問題もあり、例えばM&Aされてしまい、⼤げさ に⾔えば海外に技術が流出される形につながる可能性もあるので‥‥(下線部は引⽤者)」(中⼩企業政策審議 会 平成 19 年 3 ⽉ 29 ⽇)
「‥‥先⽇、実際起きた話なのですが、廃業⼨前のところに M&A の話が来まして、ブローカーか何かが間に
⼊ったらしいのですが、これなら事業も安泰ということで、実際売ってみたら相⼿先が中国の企業で技術を持 っていかれてしまったという話があるということを聞きましたので‥‥(下線部は引⽤者)」(中⼩企業政策審 議会 平成 20 年 3 ⽉ 31 ⽇)
これらの発⾔から、技術⼒は⾼くても資本が脆弱な中⼩企業が M&A によって、技術流出など危険にさらす という警戒感がうかがえよう。この発⾔に加え、ちょうど 2000 年代は事業承継の選択肢として、親族内承継 が中⼼であったことから、以降の審議会では M&A に関する発⾔は急減した。
しかし、なかなか進まない事業承継の状況もあり 2010 年代に⼊ると再び中⼩ M&A に対する多くの発⾔を 確認することができた。以下は、中⼩企業庁の財務課⻑の発⾔である。
「M&A でございますけれども、こちらは規模の⼤きな会社、これは⺠間の事業者が⼿数料収⼊がとれます ので、参⼊できるのですが、中⼩・⼩規模の皆さん、なかなかそういったこともございませんので、国のほう で前に出て事業引継ぎ⽀援センターを今、全国展開中でございます。(下線部は引⽤者)」(中⼩企業政策審議会 平成 26 年 9 ⽉ 12 ⽇)
ここでの発⾔から、中⼩ M&A 専⾨業者が中⼼となって形成した市場だけでは、その対象が中堅・中⼩企業 といった⽐較的規模が⼤きい企業に偏り、⽇本企業の 99.7%を占める中⼩・⼩企業の M&A が進まないと認識 していることがわかる。つまり、これまでの M&A 市場だけではカバーできなかった部分を政策で補完し、国 が主導して⼩企業の M&A 市場を形成させるという意図をうかがうことができるだろう。平成 30 年の審議会で は、M&A が事業承継の有効な⼿段という認識をうかがえるような発⾔が多く述べられていた。注⽬する発⾔
の⼀つとして、委員から次のような発⾔があった。
「M&A という⾔葉は、しかし経営者にとってはアレルギーがございます。よい事例がしっかり⽩書を通じて 出ることで、アレルギーは少しずつ緩和されていくのではないかと思います。近い将来、M&A 市場が健全に 成⻑できるように、アメリカのようにウエブ上で簡単にできるまでにはいかないかもしれませんが、何らかの 形でもう少し進展できるのではないかと思います。(下線部は引⽤者)」(中⼩企業政策審議会 平成 30 年 3 ⽉ 29 ⽇)
この発⾔内容から、中⼩ M&A をさらに増加させるためには、経営者の M&A の抵抗感を緩和していく必要 があるという問題意識をうかがうことができる。なお、過去にガイドラインを発表しているものの、成功事例 を積み上げていく必要があることを述べている。加えて、ここで重要な点は、従来の M&A 市場だけでなく市 場を活発にするためにも、新たな形での市場の提供が必要になると認識していることである。そして、2010 年代後半には M&A プラットフォーマーの参⼊が進み、⼩企業でも「マッチングサイト」から情報にアクセス できる状態となっている。
ここまで中⼩ M&A の政策過程について、中⼩企業政策審議会の 2000 年代からの議事録の発⾔内容から検 討してきた。ここまでの資料から読み取れるのは次の⼆点である。第⼀に、仲介会社が中⼼となって形成され た中⼩ M&A 市場は⼀定の評価を得ていたが、M&A に対する技術流出といった警戒感などから、政策として 積極的に展開されることはなかったということである。第⼆に、2010 年代からなかなか進まない事業承継を背 景に、再び事業承継の有効な選択肢の⼀つとして M&A が検討され始め、仲介会社が形成した中⼩ M&A 市場 を補完するように、国が主導して規模の⼩さい企業を含めた M&A 市場を形成するような政策を展開していっ たことである。
6.結語
本研究では、中⼩ M&A をめぐる政策過程を政策の変遷と市場取引の実態把握を⾏った後に、中⼩企業政策 審議会の公開資料の⼀つである議事録の発⾔内容から検討した。本稿の検討から、新たに確認された事実は以 下の三点である。
第⼀に、2000 年代に中⼩ M&A は重要性が認識され⾼い評価を得ていたが、M&A に対する抵抗感も強く存 在したという点である。加えて、2000 年代は事業承継税制といった親族内承継が政策の中⼼であったこともあ り、政策として積極的に展開されることはなかった。
第⼆に、2010 年代に⼊ると中⼩ M&A の評価が⾒直され始め、政策として展開していたという点である。仲 介会社が中⼼となって形成された中⼩ M&A 市場は、中堅企業や中⼩企業を対象としており⼩企業は市場の対 象外となっていたことから、市場を補完するように国が主導して⼩企業を含めた M&A 市場を形成する政策を 展開した。
第三に、2010 年代後半に⼊ると M&A プラットフォーマーの参⼊が進み「マッチングサイト」を提供するサ ービスが拡⼤してきたことで⼩企業まで M&A が可能となり、現在は官⺠で⼩企業を含めた M&A 市場を形成 している点である。
地域経済を⽀えるような中⼩企業が、後継者不在による廃業を選択しないためにも、親族内承継や従業員承 継に加えて M&A を促進する必要があろう。現在の成約件数は官⺠で増加傾向にあり、2010 年以降の政策効 果とも⾔えるだろう。しかし、政府が
第三者承継⽀援総合パッケージで掲げている
⾼い⽬標値は、現在の成 約件数の状況を考えると達成するにはハードルが⾼いのではないだろうか。というのも、古瀬(2011)も明ら かにしているように経営者は⾃社に対する特別な感情があるために、M&A の政策が期待した結果を得られる までに⻑期間を要する可能性もあるからである。そのため、これまでの政策に加えて多くの成功事例の蓄積や、後継者不在に悩む経営者が M&A を決断できるインセンティブを設計するような新たな政策が必要であると思 われる。
【注】
1 中⼩企業政策審議会の公開資料を利⽤した先⾏研究としては、和⽥(2015)が⼩規模企業振興基本法の制定過程を検討し ている。
2 それぞれ決算期ごとに作成している。決算⽉は、⽇本 M&A センターが 3 ⽉、ストライクが 8 ⽉、M&Aキャピタルパー トナーズが 9 ⽉である。
3 例えば、後継者未定の経営者のうち多くが、経営者保証を理由に後継者に承継を拒否されている事実から、2014 年に『経 営者保証ガイドライン』を策定し、後継者の経営者保証を可能な限り解除する総合的取り組みを実施している。
4 『事業承継ガイドライン』は 2006 年に策定され、2016 年に改訂されている。新しい『事業承継ガイドライン』は、親族 内承継と従業員承継を中⼼に議論し、『事業引継ぎガイドライン』は、M&A を中⼼に議論されている(⼭本昌弘,2018)。
5 2019 年に策定された第三者承継⽀援総合パッケージに基づき、2015 年の『事業引継ぎガイドライン』を全⾯改訂した。
6 ㈱⽇本 M&A センター『FACT BOOK データ編』
(URL:https://www.nihon-ma.co.jp/corporate/media/pdf/factbook_date_202008.pdf 最終閲覧⽇:2020 年 9 ⽉ 20 ⽇)
7 省庁改⾰に伴い国の審議会の整理と合理化の影響もあり、2001 年が第 1 回⽬の審議会となっている。
【参考⽂献】
古瀬公博(2011)『贈与と売買の混在する交換:中⼩企業 M&A における経営者の葛藤とその解消プロセス』⽩桃書房.
芳賀裕⼦・⽴本博⽂(2018)「M&A 投資が企業業績に及ぼす効果の研究」『組織科学』52(1), pp.4-17.
⽯川和男(2017)「事業承継⽀援と⽀援事業枠組み:中⼩企業の事業承継に向けた政策転換期における模索」『専修ビジネス・
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清成忠男(2009)『⽇本中⼩企業政策史』有斐閣.
宮島英昭(2006)「急増する M&A をいかに理解するか:その歴史的展開と経済的役割」RIETI Discussion Paper Series 06-J-44.
⻑岡貞男(2005)「合併・買収は企業成⻑を促すか?−管理権の移転対その共有(特集 M&A と企業再編のマネジメント)」
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中井透(2008)「中⼩企業の事業譲渡型 M&A:企業価値評価と営業権の視点から (藤井則彦名誉教授記念号)」『京都マネジ メント・レビュー』14, pp.75-88.
佐藤憲(2018)「事業承継をめぐる戦後中⼩企業政策史:1980 年代以降の変化に焦点を当てて」『法政⼤学⼤学院紀要』(81), pp.141-153.
杉浦慶⼀(2017)「⽇本の中堅・中⼩企業のM&Aアドバイザーに関する⼀考察」『東洋⼤学⼤学院紀要』 第 53 集, pp.101-117.
中⼩企業庁(2018)『2018 年版中⼩企業⽩書』⽇経印刷.
中⼩企業庁(2019)『2019 年版中⼩企業⽩書』⽇経印刷.
中⼩企業庁(2020)『2020 年版中⼩企業⽩書』⽇経印刷.
和⽥耕治(2015)「⼩規模企業振興基本法の制定過程に関する考察」『企業環境研究年報』(20), pp.101-109.
⼭本昌弘(2018)「事業承継ガイドラインの改訂について」『経理知識』(97),pp.19-35.
⼭本聡(2018)「中⼩製造業の M&A と事業成⻑における企業家的情熱, 使命感, やり抜く⼒」『⽇本政策⾦融公庫論集』(39),
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【資料】
中⼩企業政策審議会 第 1 回(2001 年 1 ⽉ 9 ⽇)〜第 26 回(2018 年 3 ⽉ 29 ⽇)議事録
(https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/shingikai/soukai/index.html 最終閲覧⽇:2020 年 9 ⽉ 20 ⽇)