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千那伝書『鳳鳴談』考

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(1)

千 那 伝 書 ﹃ 鳳 鳴 談 ﹄ 考

復 本 一 郎

小稿は︑芭蕉の弟子で︑近江堅田の真宗本福寺十一世住職三上千那(慶安四年㎜〜享保八年㈱)の著作とされて

いる俳論書﹃鳳鳴談﹄を︑私の架蔵本によって翻刻紹介しつつ︑検討を加えることによって︑芭蕉俳論︑および芭

蕉俳論享受史の一側面を明らかにせんとするものである︒千那の他の俳論関係の本格的著作としては︑管見の範囲

では・中西啓氏紹介の﹁蕉門千那俳諸之伝﹂(﹁近世文芸資料と考証温7︑昭和葦2月)と︑太宰府天響.西

高辻家蔵の﹃芭蕉雑談千那聞書﹄(仮名)の二本が伝わるのみであり︑他の蕉門関係の俳論書とのかかわりにおいて

も︑﹃鳳鳴談﹄の出現は︑すこぶる興味深い問題を孕んでいると思われる︒

最初に架蔵本の書誌を記しておく︒﹃鳳鳴談﹄に他の伝本はないようである︒縦二十一糎︑横十四.九糎︑半紙本

]冊︒墨付三十六丁︒表紙は群青色︑題籏は︑枠無し白紙に雲型空色模様︑縦十二.五糎︑横三.五糎︑﹁鳳鳴談﹂

と墨書︑左肩に貼付︒内題も同様︒寛政七年(一七九五)写本︒ちなみに︑寛政七年は︑円山応挙が六十三歳で没

1(196)

(2)

した年である︒

まず︑本文の翻刻を示すことからはじめるが︑翻刻にあたっては︑表記を現行の字体に改め︑筆者によって句読

点︑濁点︑振り仮名等を施した︒また本文の章段の下に︑便宜︑私に通し番号を付した︒なお︑原文の明らかな誤

りは︑その文字の右に(ママ)と付した︒虫食いは口で示した︒

葡 ﹁ 鳳 鳴 談 ﹂ 本 文 の 翻 刻

上 巻 俳 譜 ノ 興

一 ① 発 句 調 練 之 教

発 句 は ︑ 簿 慧 の 心 を 深 島 弁 し て ︑ 是 長 雇 題 に 成 る 物 な ら ぬ 物 郁 春 の 賢 秋 の 野 は 題 に 成 灸 秋 の

山峯︑春の山の題は用ひず︒田植︑茶摘は題にて︑大根引︑午募がりは︑題にならず︒先師︑大根引といふ事を

と端書をして発句せり︒余を是より知るべし︒春の暮は︑暮春の事也︒秋の暮は︑秋の夕暮と云事也︒

神舐の題に向はゴ︑いかにも其心を恭く︑釈教の題は︑殊勝に︑旅はあはれに︑おかしみをそへ︑恋の題は︑心

の奥を一筋にして︑人は我を忘る﹀事有とも︑こなたは人をわすれじと思ふが本情翻︒鄭粥︑無常・述懐・廼旧・

各くその心を得て案べし︒交友の句は︑礼を厚して信を専に︑君臣父子の句︑かりにも不忠不孝麓べからず︒

(195)2

国 際 経 営 論 集No.71994

 一②案方の伝は︑題の外にかけ合と云物を求て︑発句に仕立る翻︒

一③句作りは上ミを下へなし︑下を上ミ 聞え安く︑口に唱へやすく仕立るなり︒畠山兵衛の佐と云は聞よ

(3)

く︑山畠助兵衛と号しぬれば︑無下におとる句作りと云は是也︒

一④発句は︑巻頭に立物なれば︑大将の位なくては成がたし︒いかにもたけ高︑尋常に仕立べし︒すはる・ふれる

と云事有︒

一⑤首きれ句といふ事︑小文庫に云へる︑あやまり︒

はれ物に柳のさはるしなへ哉

是︑首きれ也︒

はれ物にさはる柳のしなへ哉

一⑥案じ方秘伝︑題を筥の内に入て︑其上にあがり︑大虚にむかひて天地乾坤の間を広ク捜し荘.べし︒題の中ばか

りを案じ居たらんは︑案じ所狭き也︒

一⑦切字の伝

咲みだす桃の中よりはつ桜翁

行/\て倒レ臥とも萩の原曾良

是等︑落着したる句也︒

3(194)千 那 伝 書 『鳳 鳴 談 』 考

(4)

追出しのうきねに花の朝鳥千那

一⑧切.やは︑夕立や︑朝顔やの類︑上五文字のや也︒

一⑨捨ルやは︑おもはずや︑子孫かやの類︑下の留り也︒

一⑩遊ぶやは︑

出女になげて通るや大根引許六

一⑪やすめやは︑是は又少し替り有︒

いかめしき音や霰の檜木笠翁

一⑫疑のやは︑けふよりや︑あすよりや︑人やみる︑花や散らんの類︒

一⑬願のや︑

蓬莱に聞ばやいせの初便翁 是等也︒

国 際 経 営 論 集No.71994 (193)4

(5)

一⑭すみのや︑

む ざ ん や な 甲 の 下 の 蠕 蝉 翁

三字めを口あいと端︑四つめをすみのやとし︑五つ目に切レやといふ︒切字の穿盤にてはいくつ目とは限べから

ず︒是︑蕉門の習也︒

一⑮名所のや︑難波津や︑春日野やの類︒

一⑯挟,︑や︑

旅をして見しや浮世の煤払

是を中のや共︑はさみや共云︒

一⑰口あいのや︑煤や払︑水やのむの類︒

ロあいのや︑名所のや︑うたがいや︒

夕 顔 や 秋 は 色 く の ふ く べ 哉

此や文字︑皆ノ'\哉と留る也︒

一⑱下の五文字切︑

眉掃を面影にして紅の花

千 那 伝 書 『鳳 鳴 談 』 考

5(192)

(6)

馬篭にわかれてひとり秋の暮千那

是 ︑ 下 の 五 文 字 に 何 に て も あ れ ︑ 季 の 詞 を つ が ひ て 中 の 牽 の 黍 夢 馨 腰 ︒ 嬬 て に を は の 内 ・ 大 か た の 孕

多し︒外の手ホ葉にても切る﹀は同じ事也︒又︑

香の火に尼の相住鹿の声左角

一⑲韻字切︑又︑三段切とも云︒

奈良七重七堂伽藍八重桜翁

夏の月白波さけぶ由井の浜千那

吹れ行身は七里半ちる一葉千梅

是︑一句五七五の留りを皆韻字にて仕立ル醤︒

(191}6

国 際 経 営 論 集No.71994  

一⑳三名切といふは︑物の名を三つ羅たる物翻︒

梅若菜まりこの宿のとろ﹀汁翁

N九日もちかし︒菊の花翁

(7)

一⑳三字切︒

面白し︒雪にや︒ならん︒冬の雨翁

梅白し︒昨日や︒鶴を盗まれし翁

是等は︑切字いくつにても其心品替りぬれば︑一句落着する也︒同じ切字二つにては落着せず︒うたがいと治定

の切字に気を付べし︒

一⑳四字切

はつ真桑四つにや切らん輪にやせん翁

此切字四つ有︒皆うたがいの字也︒疑の切字には︑ いくつにても落着する也︒

一⑳ぬ文字の事︑不のぬ︑畢也ぬ翻︒不のぬとは︑のまぬ︑よはぬの類︑不の字に通ふ︒畢也ぬとは︑さめぬる︑

酔ぬると・るの字に通ふ醤︒紫に︑はねぬといふ習郁︒淡路かた通ふ千鳥の鳴声に幾夜ねざめぬの︑ぬ也︒

一⑮らんとはねるには︑やとか︑何とか︑いつとか︑上ミに疑の文字を置てはねると斗心得たれど︑いひ流しのら

んと云もあり︒しづ心なく花のちるらんの類也︒

縣粥・大廻し・玄妙切・なんど潔口授流布の書私苅出しぬ︒誤れるもあれば︑当れるもあり︒惣じて︑六か敷切

宅蕉門にせぬ法赴.〜)べし・嬬ぬ毒・古翁︑大廻し︑玄妙切の句︑一生なし長.

7(190)千 那 伝 書 『鳳 鳴 談 』 考

(8)

一⑳脇の習

脇の句︑心持︑付様︑数種有︒先︑発句にいひ出したる意味をうけて測継ぐ心醤︒或は一手柄別の事をいひたが

り︑発句心を云ほどき︑打返しなどするは脇の句の本意ならず︒大に悪し︒

手 ホ 葉 留 . 功 者 の 所 為 翻 ︒ + 百 輿 + 歌 仙 な ど に は 手 ホ 薄 耀 脇 も な く て 叶 は ず ・ 但 し ・ 下 手 に す れ ば 平 句 に

霧 ︒ 発 句 三 序 ・ に 渡 る 物 な れ ば ・ 脇 に て 鄭 月 を 定 る 脇 ・

五つの付方有と云は︑

むかふ付︑対付︑心付︑ちがい付︑比留也︒

臨五つの脇の事世本見へたるも郁・吾門の心と柳かはり郁・其五つは・

対付︑違付︑打添付︑心付︑時分付也︒

対付は︑

名が声かほと﹀ぎすとは郭公

卯の花や垣かきや卯の花

違付は︑

紙子着て川えはまらば竜田かな

冬の吉野は宝なき市

対付の裏を云たる付やう也︒心は対付とひとしく︑言葉違ひたれば脇︒

打添付︑

名月や前に名高き東山

国 際 経 営 論 集No.71994 (189)8

(9)

鈴 虫 鳴 て 誉 る 松 あ り

ひがし山に松と打そひたる也︒

心付︑

杖 笠 の 番 は た れ く 初 時 雨

むかしをけふに咲かへり花

古翁遠忌名職ふ句脇︒郷心は臨翁は︑生涯を行脚に終り給ひぬれば︑滅後の杖笠︑第一遺物也︒其番は︑たれく

ならんと・篤昔をしたへる心をうけて・今の俳風は︑欝へり花なると︑心にて付たる句醤.

時分付は︑

朝鷹の引すへられぬ鴫の声

野 は 雲 風 に 赤 菜 ぬ く 比

豆まく塀ほと︾ぎ毒・花の雌︑いくらも鐸し︒影時分付脇︒

辮いくらも猷事なれ蝿︑縣五つの間を灘べからず︒随分発句の光リをか﹀ぐべきを上・㎜の脇と云︒

一⑳脇に哉どまりする事︑大秘事也︒

色 は む か し 上 手 の 手 際 杜 若

今 日 鳴 て 来 て 時 鳥 か な

発句は︑忘たり︒

初卯の花のア・白イ哉

千 千 那 梅  

支 考

千 那 伝 書 『鳳 鳴 談 』 考

9(188}

(10)

目鼻だち迄口利なるかな/\

是非にいわれぬ浮世なる哉/\

物おもわするほと﹀ぎすかなく

今様に打返して吟ずるよふにするが習也︒

一⑳花の句に︑桜の脇︑秘伝也︒

辛崎の松は花より朧にて

山はさくらをしほる春雨

発句の花︑桜か︑さくらにてなきか︑ 翁千那

其出所を︒ 脇もさくらなれば︑七句去也︒

(187)10

国 際 経 営 論 集No.71994

一 ⑳ 第 三 之 姿

発句と脇は一躰にして︑客のごとし︒第三は︑相伴人の座敷に列りたるがごとし︒句がら購しからず・たけ高ク・

平句に落ざるやうに習也︒籾︑付はだへは少き所にたより︑転じて付逓ぬ様に心得べき翻︒て留・らん留・もな

し留︒に留などにもするなり︒抑第三に︑留り手ホ葉の定りたるは︑第三の姿を調へん為協︒大切のもの脇︒一

句つまらず︑不連続になきやうを心がけてよし︒て留︑らん留などにて留るといふは︑意味を云つめず︑句情残

 るやうに作る也︒

一⑳哉留りの発句に︑にて留メの第三せぬ也︒其故は︑治定の哉は︑必にてに通ふ故なり︒疑の哉︑或は濁ながし

(11)

の哉は︑にて留りの第三苦しからず︒能々見届てすべし︒

一⑳らん留の習は︑押へ字なくてはねる事也︒

鑑・通途は・何なぞ・いつ・いかに・いく・誰かは・かも︑さぞや︑撫︑と疑の言葉にて押へて︑はね急.

押へ字なくてはねるといふは・上にて疑の心を含めてはねる腰.又︑云ながしてはねるは︑.賄協らんが疑になる

やうに句作る也︒

山こしの朧は月の匂ふらん

是則︑らんが疑になる句作り也︒

一⑫いひ残して第三ノ姿を調るといふは︑

下駄の歯に一筋黒く解初て

斌︑第三ノふりを調へん為︑雪の字をいひ残したる也︒名句也︒

一⑬にて留の句︑上ミに現在のし文字有てはにてと留らず︒是も手ホ葉違にて落着せざる也︒

里遠し行もつゴかぬ山路にて

矯 讐 ず ・ 鰍 勘 弁 す べ し ︒ と か く 手 ホ 葉 載 醤 ︒

一⑭に留リの句に能句襟脇︒第三︑留リ多キ中︑殊にに留りの句︑句情を云残さん為の手ホ葉也︒

ll(186)千 那 伝 書 鳳 鳴 談 』 考

(12)

馬 時 の 過 て 淋 し き 牧 の 野 に

是︑翁の第三也︒此牧の野︑月花雪︑惣じて風雅に動く程の物︑皆句情にありて︑いひのこしたる脇︒n

唐土は郭公迄春鳴て18

のびあがり覗く垣こし花見へて

是等︑て留の手本成べし︒句情を云残たる事︑右にひとし︒‑

面第三字留︑世間にて大事におもへども︑別にはなし︒とか‑第三の姿︑ふりを付ん為にて︑らんなど爵る聯隷

第三の姿調ひたる上は︑別の穿髪し︒しかし上手わざ榴︒但し︑一句の内にらんとか・てとか・もなしとか・縮

柔葉をつかひて云わけとすべし・先は・嬢ざる憲・鴎

冬ノ日集に︑

花疎馬骨の霜に咲かへり

樫ひの木山家の躰を木葉ふり

雲 雀 鳴 小 田 に 土 持 比 な れ や

か様の第三も有︒是皆名人の所作也︒第三のふり︑姿申分なきに定りたる句共脇︒是等にて悟入すべし︒

一⑳四句目︑六句目にふり有りと云事︑書々に出したり︒鄭習は︑惣じて沓冠の揃ひたる句・のらぬ物聯心得べ

(13)

一 ⑰ 付 合 の 差 別

俳譜付合の本情を︑古へ宗祇翁などの記置給ひし物にて思ひ合するに︑誠に世の教戒に成ぬべきわざならんにこ

そ︒彼記日︑夫︑敷嶋の和歌の道は︑心︑言葉高ウして︑今更いふべくもあらず︒連歌といふ物は︑始より珈歌

書 の 片 端 を も 学 ば ず し て は ・ 一 句 一 言 も 費 た き 薇 ︒ 俳 譜 は ︑ 俗 談 平 話 に よ り て 人 の 心 象 侍 れ ば ︑ 卸 慧

塊 事 安 し ・ 搬 薦 に 道 に 入 ぬ れ ば ・ . 購 田 夫 野 人 も 花 鳥 に 心 を 寄 せ ︑ 四 季 折 く の こ と ぐ 葛 難 て ︑ 風 雅 ︑

風情のやさしき心を弁ふるより︑自然に上古の風俗をも知り︑をのつから人の人たる道にも至ぬべきわざ也︒頑

畳 卑 賎 の 嘩 何 と な き や さ し き 心 に も 成 り ・ 世 の 情 を 為 ふ べ き 道 ︑ 俳 譜 よ 毒 か 磯 は な し 卦 し ︒ さ れ ば ︑

日々のわざを俳譜になして︑かれに付合を付て見るべし︒かりにも不忠不孝成べからず︒及び︑無理︑非道︑邪

路先べからざるの道理.曝.翻・たとへば︑年若き人の︑諜にいたくいさめられん時︑腹だこき心の出ん

に︑親といふ句に︑子として腹立ん付句を付て見るべし︒全俳譜の本意にあらずして︑付合に成べからず︒彼親

の招杖のよわきを悲しびし心こそ・前句へ鰍のりて︑付合の本意嘩けれ︒砦情曇にしらば︑など腹立.心

の面ひるがへりて︑孝心もおこらざらましや︒又︑主君につかふる人の︑おほやけ事を後になして︑己が心の趣

く 方 に 行 ひ も て 彿 た ら ん は ・ 付 合 撫 べ か ら ず ・ 織 て ︑ 兄 弟 交 友 の 世 間 の 事 徐 て も ︑ 日 々 の 諺 俳 諮 の 付 合

になして見ば︑少しも邪に趣クべき道なからまし︒

千 那伝 書 『鳳 鳴 談 』 考

一⑱付合の句は︑かたつまらず︑不落着になき様にすべし︒堅き句の跡へは和らか成句を付︑花過たる句の次へは︑の

()18実ある句を付る習也︒一句く留りを見合︑字留︑手ホ葉︑入交る様に心がけべし︒ー 13

(14)

一⑲艦句3きたる時翼き人は︑﹂.瀦力を入又︑知よりも増りたる句をせばやとはげめり・大きに非辱秀

逸と思ふ句︑一︑二句もつ暮たらん︑其次︑いかにもかるぐと付る習也︒さやうの次︑かろく云流したるは︑

秀逸にも増りてめやす文面白し︒とかく一巻のへん(部)に心がくべし・秀逸といふものは・昆の功によりて・

しぜんに出来ル也︒こしらへてならぬ事也と心得べし︒

一⑳付合の句の姿といふ︑是︑発句は大将の威なければ巻頭に立ず︒平句は士卒の働なければ鈍にしてあしく︑句

のふりに心をばかくべし︒

一⑪付合第一へん化に心を付け︑句情︑前の句へもどらぬよふに第一心をかくべし︒いかやふの名句鴫共︑打こし

へ心のさはる句は役に立ず︒季節の用様などは︑脇の句とは違ひて︑同季の内︑前後少の違ひ苦しからず︒心

持︑用捨は有べし︒腸をつよく案じて︑安くいひ出すといふが蕉門の習也︒

(183)14

国 際 経 営 論 集No.71994

一⑫趣向は八つ有

 付はだへの習︑五つ有︒是︑趣向とは別也︒

気色︑匂ひ︑ひゴき︑走らし

推量付

乗かけの挑灯しめす朝嵐木導

汐さしか︾る星川のはし許六

(15)

是︑気色也︒

一りん咲るしやくやくの窓翁

妻の喪に曇る涙の朧月千那

矯匂ひ脇・前の匂ひをとり︑ほのめかせたる脇︒

稲 の 葉 延 の 力 な き か ぜ 珠 碩

発 心 の 初 に 越 る 鈴 鹿 山 翁

斌 ・ ひ 暮 聯 力 な き と 奪 に て ︑ 慧 の 初 ・ 軽 た る 脇 ︒ 轡 ︑ 西 行 の う き 世 を よ そ に ふ り 捨 て の 歌 の ひ ゴ き

献 脇 ︒

数 珠 つ ぶ を ま ぎ ら か し た る 腹 薬 波 村

湯 好 き 旅 ず き 木 枕 の 夢 木 導

彫はしらかし慾・少しよせ撃きこと取合せていひはしらしたる物醤︒前の三躰は︑前句の心︑言葉より姿

うつりで出る・砦らかしは・取合せ物悌・蛎さひ鰍く弁へ嚥べし︒

札 焼 て 刀 斗 を 譲 り け り 千 那

つれなき美濃に茶屋をして居翁

堵 推 毒 か く 郁 そ う 蜜 ぞ と 蟹 し て 債 聯 ケ 様 に 存 ・ は は つ れ ま じ と 葎 藤 ︒ 某 刀 に み の 縁 郁 面

白き風躰也︒

右五つの付方・脇の五躰とは心替り郁︒脇は発句の余情を一句に述れぼ︑外の所を求ルに及ばず︒平句は︑一廉

離れて心通ひ︑或は︑言葉縁有て︑又︑寄せ物也︒此かひ︑能く弁べし︒

千 那 伝 書 『鳳 鳴 談 』 考

15(182)

(16)

一⑳一句の新しきと蹴︑遣︑趣向に郁︒新しみと澱は︑

精進日は先古からあぐる也

是︑常躰也︒

祖父祖母の精進あいにまびかれて

是こそ同じ句が少なしく新しみ出来る也︒

精進日をつけてむすごに世を渡し

ヤ 是有ふれたる事より︑古人云残したる所也︒

凡新古の差別より悟入すべし︒ 句作り有︒コツケイ伝に具に委ク有︒

(181)16

国 際 経 営 論 集No.71994

一⑭春秋に恋をむすびたる句の次へ︑恋のなき春秋の句郁べからず︒しかれば︑春秋の三句めには・恋結びたる句・

 遠慮する習也︒夏冬も同是に准ずれば︑二句めに恋結びたる句︑すべからず︒

一⑮真行草といふ事有︒是句作りに有事也︒尤︑

真の句

猿三声に有明の空

行の句

洗足の湯の光る夕月

草の句 心躰不二にて離れざる物故︑句情も通ずべし︒

(17)

星もはらりと能星節句しや

真行草は︑句作りの穿難也と知るべし︒

一⑯当時︑俳譜はつかぬが醒とて︑程らい知らず︑別々の事ならべ侍る︑言語道断の事也︒先師の日︑俳譜の連歌

鶴︒鰍債といふ字心脇︒今蕉門の骨髄といふは︑間に髪といれず︑一字も動かしがたきこそ俳譜の連歌とは云べ

け れ ・ 又 ・ 傾 句 と 佛 る と の 差 別 轡 寄 ・ 債 と い ふ は ︑ 自 然 の 道 器 と 乱 ︒

一⑰月花の捌

月花には︑昔より定座有りて︑むざとはせぬと云事は知りて︑其定座は何故定めたると云事を知らざれば︑自在

りさを得て月花の句藤まじき醤︒凡︑月花は一巻の骨目なれば︑一座斜酌時宜ありて︑功者に譲り︑平人は貴人に譲

り・或は・一座の達人も一旦は謙退して︑客段脈せず︒故に︑八句表の内七句迄残せり︒八句目は︑下の句なれ

ば︑七句目を定座と定めたると知るべし︒花の十三句目も︑又︑しか也︒歌仙の時︑五句目︑月︑裏の十一句目

花 も 同 前 醤 ・ 一 座 の 宗 匠 貴 人 な ど は ・ じ ね ん に ・ 更 に 欝 ま ひ 建 か ら ず . そ れ 髪 よ び み し 花 饗 戦 誰 も す

る事︑片腹いたき事也︒

一 ⑱ 月 花 結 び た る 句 は ・ 欝 大 毒 ︒ 功 者 入 つ ぎ 愚 ︒ 雪 月 花 の 句 ︑. 彫 ︑ 作 有 べ か ら ず ︒ 発 句 の 作 煮 花 の 句 遠 慮

なしにも苦しからず︒

千 那 伝 書 『鳳 鳴 談 』 考

17(igo)

(18)

一⑲俳譜定座の花︑桜と覚へたる作者︑大きに非也︒唐朝の花は牡丹にして︑吾朝詩歌の花は桜悌︒連歌俳譜の花

は︑桜にも限らず︒唯賞翫の惣名也︒何にても賞して花と動たる禦花協︒茶の出花︑藍の出花・花客花塗

花かいらぎ︑皆正花也︒是を以て知ルベし︒

一 ⑩ 月 の 句 の 肇 或 は ︑ 見 渡 し ︑ 綾 に 捷 の 月 な ど 出 て ・ 同 字 罎 が た き 時

を隠してする事︑常の事也︒同字︑さし合もなきに︑有明︑さかづきの影︑

用ず︒尤︑只秋也︒宵闇の句︑月に用られたる事︑廿五ヶ條にくわし︒ 有明︑弓はり︑盃の影など︑月の字

おかしからず︒又︑星月夜は︑月に

一⑪むかしは︑月花の句は勿論︑雪雨郭公の類迄も︑一座時宜︑斜酌ありて︑功者︑或は貴人の外はせざる醤︒今

の世︑月花などせり合て仕る事︑言語同断︑有るべき口なし︒

{179)1S

国 際 経 営 論 集No.71994

一⑫宗舐翁の時代迄︑百韻に花三つ︑雨一つ︒宗長の時に至りて︑今・花一つ︑雨壱つ︑勅許を勲り魔旨奏聞せら

れて︑花四雨二に定りぬる︒されば︑俳譜は地下の俗談にて︑公界艦事はなしと覚へたる︒旅も・遣等の事を知

 らぬ故也︒総て︑月花は︑一座の骨目也︒ゆるがせにおもふべからず︒

一⑬一座之法井執筆之法

俳譜の連歌は︑仮初ながら吾国建立の源︑大和歌の一躰にして︑末世の俗詠に神慮をすゴしめ︑君をいわゐ︑鄭

余流四海に及ぼして︑人倫の和ぎ交るの道也︒しかれば︑一座の礼法たゴしく︑時宜︑会釈専にせずんば麓べか

(19)

箔・上座に貴人御座あれば︑鄭次に一座の宗匠︑次に文台あるべし︒

二見形文台の図有︒寸法有︒

短冊︑色紙之寸法有︒

下巻

一⑭発句︑脇︑第三︑表八句の事

発句は︑発句の姿郁︑平句は︑平句の姿あり︒発句は︑大将の位なくしては巻頭に立ず︒平句は︑士卒の働なく

し て は ・ 鈍 に し て 役 蚤 ず ・ そ れ ぐ の 役 目 郁 ・ 彩 轡 持 篁 の 私 ︒ 発 句 に 切 字 長 物 を 定 め た る も ︑ 発 句

の姿を備ん毎筍に曲節ありて・それはか・つ懸はそうと壊の骸わかれて︑切字もおのつから磁り︑風姿の

調ひたるを発句と云也︒

一 ⑮ 脇 の 句 は ・ 発 句 三 躰 の 物 悌 別 に 異 な る 趣 向 舞 べ か ら ず . 平 句 の 癖 と は 大 き 籍 た る 憲 . 尺 時 節 の

景物など職講.て・発句の余情象畷して︑鄭光りをかきるなり︒脇に五つの付方有︒前に有︒

一⑯第三は・相伴人のごとし長り・節ありて曲なし︑磁は︑半曲半節ともい怒︒転の句といふこと︑皆い重

醤 ・ 脇 に 対 し て の 毒 第 三 の み に 限 ら ず ・ 脇 の 粥 は ︑ 百 韻 は 百 句 な が ら 皆 転 の 臥 ︒ 夢 変 化 と い ふ . 変 化 せ

千 那 伝 書 『鳳 鳴 談 』 考

19(i78)

(20)

ざれば︑蕉門の俳譜にあらず︒但シ︑第三の句は︑第一

ざる所︑第三の形翻︒次の句へ及すべき心翻︒兎轍第一

する習也︒ 二の形にせん為翻︒鄭形︑発句のたけに似て・曲節a難

二の句︑意の残りて︑つまらず︑又︑不落着になきやふに

一⑰第四句めにふり有といふ事︑先︑発句︑脇︑第三と厳重に物の極りたる次の句なれば︑かるき句を好めるは勿

論也︒其かろさを皆四句めのふりと思ふて居る悌︒さにはあらず︒欝りといふは・沓冠の揃ひたる句は・四句

めにのらぬ物也︒是習也︒

一⑱第五︑第六︑さらノ\と大やうに︑奇言を求ず付べし︒第五よりの句拍子にて︑おもてと裏のわかる﹀やうに

(177)20

国 際 経 営 論 集No.71994

一⑲七句目は︑月の座也︒貴人︑高位に譲り︑又は︑貴人も一座の功者にゆずりて︑たやすくせず︑等々時宜の礼

式ありて︑すまでもらしたる物也︒但シ季の差合あれば︑前へもよび出し︑後へもこぼしてもする翻︒.僻"表の

 月は︑こぼさぬ法也︒宗匠の言葉を給ひてする也︒表の月は︑やすらかにする習翻︒

一⑳八句め︑裏へのうつりなれば︑かるく流して︑はやくすべし︑

神祇︑釈教より初め︑恋︑述懐︑哀情に至る迄︑表にせざるも︑ すべて表八句︑理屈らしき句︑一切有べからず︒

重く︑ふし立たる事を嫌る謂也と知るべし︒

(21)

一⑪四折に曲節地のくばり有事

俳書韻は・四折八面にして︑表裏の句法有り︒活法の書に︑百韻に四つの物は折を墜と云.︒百韻に八つの

物は・面を誉書けり忌ひとつの瓢.面と表のちがひ葺薙べし.表の時は︑表裏にて︑四折に表は四所醤・面を蓼いふ時は・裏も面の字を用ひて︑八面悌︒これにて折を嫌へる物と︑面を去物との差別を知るべし︒

霧 折 は ・ 地 を 専 に し て ・ 総 て 奇 言・ 怪 語 毎 ず . 当 句 も ︑ 讐 蔭 な る べ し . (響 は ︑ 表 の 七 句 め に は や 月 郁

裏の+句より・又︑月秋にして︑+三句めは花の定座なれば︑初折は︑月花の義式も多く︑俳譜の礼法正しき所

脇・よつて・地を先にして︑曲節を嗜むべき場と知るべし︒勿論︑恋句などに︑心を付べし︒当時︑裏の折かへし

よりも・はや恋を出す無ひ・不遠慮の第一醤︒二の折にいたりては︑半地半言と心得べし︒初折の礼法をほどき

たる物博礼の用は・和といへる塩犠.鄭礼を知るべしと鵡︒三の折は︑俳譜の遊び所也.専.花やか盛︒を

かざり・おかしみを求めて︑曲節を尽すべし︒されども︑和すれども︑礼を忘れずといふ掟は︑何の道にも在也︒

ことに俳譜は・実に居て虚に遊ぶの道なれば︑篠又︑磐用ひずんば建からず.撰︑名残の折は︑一巻の首尾

なれば︑蓄の時宜をはからひ︑響のよしあしにか︑わらず︑人に屈せさせぬやつにすバ鉱まして︑匂ひの

花鑛働花︑あげ句に至りては︑尊貴の人を待すれば︑雇不興に成りて︑俳譜せぬにはおとりなり.な犠は︑藍口

語の遊にして・語を以て.秘.ギ交るの喜︒藩については︑たまー尊貴の傍へも出べき事︑勿論也︒されば︑

妙句に一座を不興せんよりは︑疎句舞座の首尾をとあへよと︑先.師翁のいましめ也︒

一⑧

付 合 の 句 変 化 の 事

千 那 伝 書 『鳳 鳴 談 』 考

21(176)

(22)

同 趣 向 八 つ 有 事

其 人 其 場 其 物 其 噂 岨 徹 揃 殉 い 噂 ニ ハ 非 ず ︒

天 象 観 想 面 影 時 分 蔽 慰 特 節

一 ⑭ 心 持 に 四 つ の 品 有 事 諏 牝 帖 駄 躰 と も

有 心 会 釈 拍 子 遁 句 畑 舗 向 付

此 外 琶 匂 ひ い り ひ , ミ は し 防 か し ︑ 推 量 付 な ど と 獅 ふ 置 職 は 親 疎 の 付 は だ へ に て ︑ 別 に 暮 毎 又 ︑ 空 擁 と い (菊 様 も 蔦 皆 礁 の 為 也 . と か 垂 は 変 化 穐 前 勉 鄭 人 な れ ば ︑ 次 は ︑ 或 は 其 場 に て ・ 其 物 を 位

時分︑天相と付ちがへて行ば︑をのつから変化して︑三句の当りに苦しむ事なし・齢所・それぐの句共あり・

一⑮月花の句︑晴の会にて同作有べからざる事︒

一⑯発句の作者︑花の句︑遠慮すべからず︒

一⑰俳譜と誹譜の字の事︑蕉門には俳の字を用ゆるわけ麓事︒

一⑧発句にも︑平句にも限らず︑句の新しみといふこと︑コツケイ伝の奥に郁︒

国 際 経 営 論 集No.71994(175)22

(23)

一 ⑲ 蕉 門 に 習 の 切 字 の 事

心切是は句情をいひのこして︑心にて切る︑也︒

いざ﹀らば雪見に転ぶ所まで︒

頓而死ぬけしきも見へず︒蝉の声

一⑩中の切是は句の真中迄言を延て︑一句を二つに読やうに句作る也︒

猫の恋止む時︒ねやの朧月

やす/\と出ていざよふ月の雲

一⑪挨拶切騒はこれにそれを︑それにこれをなど﹀︑自他の挨拶をするやうに仕立ル︒

世を旅にしろかく小田の行戻り

人に家を買せて我は年忘レ

一 ⑫ 四 つ の 切 冠 は 二 勉 毛 五 と 三 つ に て 鐸 き を ︑ 四 つ に 句 読 す る や う に 句 作 る 膨 ︒

夕にも︒朝にも︒つかず︒瓜の花

空鮭も︒空やの︒痩も︒寒の中

一 ⑬ 燕 シ ・ に 響 斌 は ・ を の 宅 に の 完 ζ ﹂ に お い て も ︑ 些 字 に 二 象 攣 う に 句 作 る 聯

23(174)千 那 伝 書 『鳳 鳴 談 』 考

(24)

青くても有べき物を︒唐がらし

米くる︾友を︒今宵の月の客

桐の木に鶉鳴なる塀の内

柚 の 花 に 昔 ふ 料 理 の 間

一⑭押へ字是は七文字の留りをエケセテネヘメレの横かなにて押ゆる悌︒

四 方 よ り 花 吹 入 れ て 嶋 の 海

五 月 雨 の 雲 吹 落 せ 大 井 川

国 際 経 営 論 集No.71994 (173)24

一⑮句読切て是は︑すらくと下の五文字へ懸ていひつゴくる作りやう翻︒但シ︑下三字を句読する翻︒斌を沓

 切ともいふべし︒

忘れずば佐夜の中山にて涼め

海暮れて鴨の声ほのかに白し

一⑯切所なくして︑それはかう︑是はそうと増の能.分.て︑云分なきといふは︑

降ずとも竹植る日は蓑と笠

木啄も庵は破らず夏木立

以上︑習の切字︑何れも古翁の秀吟を引句に用︒余は︑是に准へさとすべしと云々︒

(25)

↓⑰さし合︑去嫌の事

郵.簾㎜は・がい連歌に一と郁物を︑俳譜には二つよし︒三つ有物は︑四つとなし︑六つ有物は︑八つなせるより︑

七句去りし物は︑五句おにし︑折を嫌へる物は︑面を嫌ふとゆるしたれど︑惣じて︑それにもか︑るべからず︑

山川草木・鳥獣・器財・食︑服にいたり︑目に並︑耳に響く物は︑見渡しに遠慮すべき事︑勿論にして︑人の制

せ ず と も ︑ 我 と 静 捨 は 知 べ き 毒 た と へ ば ︑ ほ と 含 三 つ ︑ 舗 不 如 婦 と い ひ か へ て ︑ 又 一 罫 肢 お

だまき・はなひ等の書にはあれど︑蕉門にはこれを免さず︒其故は︑右の二品︑音ンも訓も同じ郭公︑牡丹也︒た

とひ異名にても︑同躰の物は︑我門には免シがたし︒又︑同名成とも︑異躰ならば︑ふたつも三つもすべし︒た

とへば・牡丹と出たり誓・も﹀引のぼたん・又牡丹餅三望︑折を賛︑面を去て?らもすべし.青柳に

柳楊とは勉しがたし︒柳樽とはすべし︒桜と書て︑桜鯛も異躰也︒豆腐と書て︑おかべと名をかゆるも同じとふ

ふ醤・憲は艦さず︒但シ︑同躰の物も︑鶯︑螢︑蝉の類ひ︑春︑夏︑秋と通へる物なれば︑残ルの字を添︑或は

夏秋の字を入ては︑二つも有べし︒

一⑱さし舗といふは︑語路の拍子︑手ホ於葉の重るなどを吟味する事也︒同じやうに拍子をつゴけ︑或は︑似たる

やうのてにをはの重りたるは・俳譜ならでも燃べき轟誓が︑文字で文字る孝など心篠べし.俳書に蕩

となきとても・撃は・誘.薙べき筈脇︒言語さはやか曝者の︑主人の使請取て︑長・上をいふがごとし︒ねん

ごろにして人と艇ず・言義らずして・一く轡けの際ゆるが弁舌利・の者脇.一所にても云廻しあしけれ

ば・今のは轡・と人も知り︑我蕪べき事勿論鶴と云々︒

千 那 伝 書 『鳳 鳴 談 』 考

25(172)

(26)

一 ⑲ 季 節 の ま た げ た る 物 蕉 門 に 習 有 事

藪入︑出代︑彼岸︑峯入︑編︑燕︑此類ひ︑後の字を添︑或は順逆の字を以て春秋を分ちぬれど・我門にはそれ

に及ばず︒春句へ付ては春︑秋句へ付ては秋とすべし︒低シ鷹︑燕は︑帰来の字をかへてすべし︒

一⑳鵯︑鵯︑目白︑頬白︑瑠璃︑鵬故︑鵬︑鴫の類ひは秋の渡り鳥なれど︑一句はなれては艦とすべし︒春秋につ

れては季たるべし︒帰来の字を断ルには及ず︒

一⑳雨乞︑懸乞︑夏冬と鐙麗は騒がたし︒一句の時は・斌も纈たるべし︒

一⑫節句は三季に有物なれど︑付句につれて賀鄭季たるべし︒発句の時は︑椀あやめ・菊齢だるも讐藤・

一⑬椋鳥樫鳥︑菊いたゴき︑豆廻.︑山糞日雀︑四+雀︑皆秋脇︒渡り鳥脇︒されど・帰ルといふ字齢で春

にも用ゆべし︒駒鳥は決シて春の物也︒渡ルといへば秋に成也︒

一⑭升鵬︑活法の書には秋の渡り鳥と皆云置しかども︑全ク我門に冬に用ゆべし︒

一⑳水芙蓉は︑.彫︑秋の部になし轡かども︑謙夏にすべき翻・(響も水蓑蓮の一名と郁り・

国 際 経 営 論 集No.71994(171)26

(27)

一⑳冷汁・冷麦︑冷おの類︑古法︑皆秋なり︒冷の字になつみて誤れり︒俳譜は俗談平話の姿情なれば︑冷の字か︑

る事なし︒皆夏に用ゆべし︒

一⑳星月夜は︑

秋也︒月にあらず︒卯の花月夜は夏にて︑賞翫の月に用ゆる也︒ 青葉は夏にあらず︒若葉として夏

一⑱虫・薩ぽ・毒夜分なれども︑夜分のさし窟なしと心得べし︒

一⑧夜着︑蒲団︑足袋︑頭巾︑袷︑扇︑発句の時は当季を持て︑平句の時は︑差合をくるべからず︒但シ︑其}句

讐 粟 讐 冬 と 見 ゆ る 時 は ・ 象 )に 及 ぼ ず ・ 此 掟 は ︑ 道 理 の 蕃 為 へ て ︑ 文 字 に な つ む べ か ら ず と 云 毒

世流の俳譜は︑姿情をわかたず︒たゴ名目︑文字を替むる故に︑差合︑去嫌に害ありて行づまる事多し︒我門に考

は︑嬬句意︑姿情をとくとにらみて︑文字︑名目にか﹀はらず︑用なくば替むべからず︑三句去ラば︑殊に可也︒轍

さればとて︑これは不苦︑それはかまはずとて︑好みて打こしにも出す族は︑蕉門の論にはあらず︒

右叢齢・お簾ψ季のまたげたる物︑纈となり季となるべき物の穿盤は︑他にむかって云べき篇目には非ず︒是は

蕉 盟 派 の 袈 に し て ・ 自 分 宗 匠 と 成 り て 俳 譜 屋 を 謁 ク べ き 時 の 沙 毒 ︒ 他 に 対 し て 寄 か ら ず ζ . . .

一⑳て簑はの掃曾いふは︑下の句の中にて︑文字に文字有りて︑上の句の留りに同字あれば折ム・也︒高句の中

に郁ば・蓼なし・或は・見れば・蹴ば・それが・これが︑など廊婁嫌ひて︑文字は蚤・ければ︑慧をも

千 那 伝 書 『鳳a

27(170)

(28)

難 し . 麟 ぬ は ︑ 推 馨 を 嫌 ひ ︑ 不 の ぬ は ・ 壕 輩 を 獲 ・ 皆 蟹 の 差 別 榴 ・ 不 の ぬ 文 字 蕃 た り と て ・ ず と

直しても同じ不の字也︒されども初心にて︑其弁へなく直したらば︑鄭分にて替メぬが宗匠の搦キ翻︒執筆の合

点と云は︑鈴鹿に鹿染物の鹿の子などは︑真なく︑かなのくばりにて巻つらを隠しぬれば︑文字の答メなし︒大

躰の差合も︑のがる﹀也︒名所︑或は︑人の名などに同字郁物脇︒二句去は槻スベし︒古法に搬越は嫌へども・

付くは苦.からぬ物多し︒親子に障子︑桑名に名の字︑月に(塁月などの憲・一理万通にして・一をあげて万

の事は皆通ずる脇.三句華き物も︑躰用を詮(都)して三句に燕すべし・或は・家に垣とい熱ひ・居所なれ

ども二句にて苦しからず.斌︑我門の謁・なり︒他に離て尋からずと・難文字と鱒轡磯べき物の事・

一⑪春の物

鳥の巣︑鶴の巣︑鷹の巣︑

冬にいふ説も有也︒ 蜂の巣︑ 季に用ありらば︑春季たるべし︒ 用なき時は雑とすべし︒但シ︑鷹の巣は︑

(169)28

国 際 経 営 論 集No.71994

一⑫夏の物

 鶉の巣︑嶋の晶鴫蟻禦羅響︑台子醐囎︑袷︑単物︑扇団漿︑汗・川波・発句にし・平句の時も・

あらば夏季膓︒只は︑纈とすべし︒三句去らば・篠く可鵬・

一⑳

秋 の 物

(29)

燈 嬢 灘 麹 繕 瓢 甥 ︑五 式 な れ ば ︑ ︑

一⑭冬の物

鴛︑鴨︑居風呂︑

同じ︒以上︒ 媛酒︑鳥おどし︑ 放生絡蒜擁︑︑放ち鳥︑野遊驚にの類︑前に同じ︒

囲炉裏︑埋火︑禍︑焼火︑裳︑紙子︑夜着︑蒲団︑踏皮︑頭巾︑綿帽子︑腓︑膵の類︑皆前に

一 ⑮ 独 吟 俳 譜 井 三 物 の 事

独吟俳譜は︑惣じて会釈遠慮すべき相手なければ︑先は勝手次第たるべし︒其内に︑去嫌︑差合等は︑猶/\吟

味すべし︒月花の定座は︑かまひなし︒たとへば︑初表の四句め︑五句め︑六句たりとも︑花の句︑たより次第

にする脇︒まして︑裏にては︑何かたにてもすべし︒一折に花一本︑月二つの数は守るべし︒有り所は︑且てか

まひなきと心得べし︒

一⑯三つ物の事︑或は歳且︑講の事にても︑三つ物といへば︑世間︑百韻の発句︑脇︑第三を引はなし︑並べた

る物と同じやうに覚へり︒大きに非脇︒三・物の趣向は︑小車のさびしく巡る蚕﹂とし︒脇は︑九+八句の替り

にして・第三は・あげ句⑫︒しかれば︑脇︑第三に︑神祇︑釈教︑恋︑哀情︑更にかまひなし︒まして名所︑専

ラに用ゆべし・第三の留り字霧羨第脇・影下の四句めへ薦すべき事いらざる巻.何留・にな(ママり)とも勝

手次第にして苦しからず︒先は︑極りたる留にあらず︒字留なるべし︒

29(168)千 那 伝 書 『鳳 鳴 談 』 考

(30)

一⑰本式俳譜十句表の事

表の内︑名所かまはずすべし︒

一⑱名残の裏六句也︒其外は︑常の通︒

一⑳景物並べて三句すべからず︒又︑打越嫌ふべし︒

一⑩月と花と雪と郭公︑霞の類︑打越を嫌ふ︒

一⑳花︑見渡しに一句づ︾︑都合八本有べし︒

一⑫月もやはり八つ有べし︒然レば︑名残の裏︑六句の内に月花あり︒鶏表の花の見合せ・他の季の花にすべし︒

一⑬同季は︑七句蒲醤︒但シ︑間に他の季聾麻.べし︒

一⑫名所とく︑五句去也︒降物︑箋物︑草木︑全二句去︒

国 際 経 営 論 集No.71994 (167)30

(31)

賦 物 の 事

廿 五 ヶ 条 の 事

二﹃鳳鳴談﹂という俳論書

俳論書﹃鳳鳴談﹄の素性を検討する前に︑他の二つの千那伝書といわれているものに︑簡単に触れておくことに

する︒

まず︑中西啓氏報告の﹁蕉門千那俳諮之伝﹂(とタイトルに記されている)である︒成立年次等の記載はまったく

なく︑不詳︒中西氏は︑解題において︑﹁千那系俳論作法の伝書として︑他にあまり聞かないので紹介しておきたい﹂

と記されている︒が︑これが︑実は︑明和元年(一七六四)刊の俳論書﹃うやむやのせき﹄の前半分︑すなわち︑

序文︑桃青(芭蕉)の﹁発句切事の事﹂に関する一文に続けての︑﹁十八躰引手ホ葉﹂﹁発句竪横井狂句仕立様之事﹂

﹁姿情の事﹂﹁虚実正事﹂﹁不易流行之事﹂﹁発句五品の事﹂﹁発句八躰之事﹂と一致するのである︒﹁千那系俳譜之伝﹂

では・序文に続けての桃青の一文が﹁落雁亭主人﹂となっている︒﹁落雁亭主人﹂は︑千那と見てよいであろう︒以

下︑﹁十八体﹂﹁発句竪横井狂句之事﹂﹁虚実正之事﹂﹁不易之句﹂﹁流行之句﹂﹁発句五品﹂﹁八体之句﹂と続くが︑本

文に異同は︑ほとんどない︒﹃うやむやのせき﹄は︑右に続けて︑﹁奉納伝三品﹂﹁付合八躰の事﹂﹁付合八躰の七名﹂

﹁付合八躰の転句﹂﹁俳譜五花の口決﹂﹁俳諸月之伝﹂﹁七夕伝の事﹂﹁月次の月の事﹂﹁名所前後の事﹂﹁本式表十句

之章﹂となるのであるが︑﹁蕉門千那俳諮之伝﹂では欠いている︒

昭和三十一年(一九五六)に没している俳人西村燕々氏の著作﹃千那﹄(本福寺︑大正13年7月刊)中の﹁略譜﹂

(千那年譜)を見ると︑

千 那 伝 書 『鳳 鳴 談 』 考

31(166)

(32)

明和元年(甲甲)

○幻住庵俳譜有也無也関上梓さる︑これ千那の編し置きしものと云ふ︒(風之の﹁耳底記﹂に﹃堅田の浦に雁が

音ならで有也無也と鳴くもあり﹄とあるは此の事を指したるならんか)

と記されている︒風之の﹁耳底記﹂とは︑芭蕉の弟子野披の俳論を風之が祖述した刊本(刊年不詳)﹃俳譜耳底記﹄

を指す︒風之は︑延享四年(一七四七)に没しており︑その後の刊︒宝暦年間(一七五一〜一七六三)の刊と考え

られている︒その﹃俳譜耳底記﹄の中に︑芭蕉の弟子達を諸鳥に醤えた記述が見える︒一部を摘記してみると・左

のごとくである︒

東の杉の梢に正風を守る鳥あり︒美濃のほとけを甚にくむ︒大廻しを自得して翁にほめられたり︒近江に秀︑

伊賀に芳しく︑堅田のうらに鷹が音ならで有也無也と鳴もあり︒皆大鳥なり︒吾妻にむつ千鳥︑又雪中に鳴嵐

といふ名鳥もあり︒

といった具合である︒詳しい説明は省略するが︑右の文章の中に登場する芭蕉の弟子達は︑順次︑杉風︑支考︑正

秀︑土芳︑千那︑桃隣︑嵐雪ということになる︒燕々氏の記述に見えるように︑﹁堅田のうらに鷹が音ならで有也無

也と鳴﹂く﹁大鳥﹂は︑千那と考えてよいであろう︒とすると︑﹃うやむやのせき﹄は︑千那の著作ということにな

るのである︒そして︑この﹃うやむやのせき﹄の前半部と同内容の伝書が︑﹁蕉門千那俳譜之伝﹂として存在することは︑このことを裏付けることになるのである︒もっとも︑某が︑﹃うやむやのせき﹄と﹃誹譜耳底記﹄の右の記述

を参看して︑千那仮託の偽書﹁蕉門千那俳譜之伝﹂を作り上げた︑という可能性がないこともない︒が・﹃誹譜耳底

記﹄が野披の俳論の祖述として信懸性のあるものであるので︑﹃うやむやのせき﹄と﹁蕉門千那俳譜之伝﹂は・二つ

ながら︑千那系俳論伝書と考えてよいように思われる︒冒頭の﹁発句切字の事﹂の一条の署名を︑﹃うやむやのせき﹄

(165}32

国 際 経 営 論 集No.71994

(33)

が・﹁落雁亭主人﹂ではなくして︑﹁桃青﹂(芭蕉)としたのは︑;日を︑芭蕉の伝書めかして権威付けをせんとした

ためであろう︒

次に・太宰府天満宮・西高辻家蔵の琶蕉雑談千那聞書﹄(嬢︑﹃古曲籍総ム・目録﹄による)である.この寳

奥書に﹁右は幻住庵中にして︑翁の雑談品々を︑千那法師︑是を書留﹂と見えるものである︒﹁甘千羅籍﹂とも見

える︒千嬰は︑芳室のこと︒

芭蕉が・幻住庵に滞在したのは︑元緑三年三ハ九〇)四具日から七月二+三日まで︒その折の智記冗右

日記﹂に・千那の︿軒ちかき岩梨おるな猿のあし﹀の局が見え︑千那が︑芭蕉在庵の幻住庵に足を運んだのは事

実である・その折の聞書が︑﹃芭蕉雑談千那聞書﹄であるというのである︒ア﹂れも︑あり得ない.﹂とではない︒

﹃芭蕉雑談千那聞書﹄・内容は︑長頭丸(貞徳)の伝書︑﹁秘毒決﹂﹁誹薪式﹂の三部より成る大部のものであ

ところが・これまた・先の薫門俳諮之伝L同様︑類書があったのである︒石川真弘︑牛見正和両氏によって紹

介されている﹃躾芭蕉翁伝書﹄(﹁ビブリア﹂鴨︑昭和55年m月)が︑それである︒タイトルは︑石川︑牛見両氏に

よる仮題・内容は・﹁大秘伝白砂人集﹂﹁俳譜新々式﹂﹁俳譜新式籍伝童同﹂のゴ蔀より成る︒許六は︑三部とも︑芭

蕉より伝受のものとして・その時期を︑元緑六年三ハ九三)三月としている︒ヲ︑の中の﹁大秘伝白砂人集﹂(含﹁秘

毒決﹂)と﹁俳譜新々式﹂の部分が︑﹃芭蕉雑談千那聞書﹄と重なるのである︒無論︑許六の識語等は省略されて

いるが・両書の内容は・一致している(字句の多少の異同はあるが)︒とすると︑﹁大秘伝白砂人集﹂と﹁俳譜新々

式﹂(﹃芭蕉雑談千那聞書﹄では﹁誹薪式﹂となっている)は︑許六に元緑六年に伝授するに先立って︑元緑三年

に千那に伝授されていた︑ということになるのである︒

33(164)千 那 伝 書 鳳 鳴 談 』 考

(34)

ちなみに︑7︑れとは別に︑扉護新々式L(﹁藷新式﹂)中の﹁四季之詞﹂(西季の詞L)のみを独立させての去来系の芭蕉伝葉﹃元嚢﹄と名付けられて伝わり︑東聖子氏によって紹介されている(扉茎一調﹂3・号・昭和62釜月)︒.﹂の書(巻子本)には︑元緑三年三月︑芭蕉より去来に伝授する旨の識語寛られる・この点では・琶蕉雑談千那聞書﹄と藪する︒去来も︑元隷三年︑幻住篶在中の芭蕉を訪ねており︑﹁几曹記﹂に︿鶏もばらー時

か水鶏なく﹀の句が見・える︒が︑.﹂の﹁四季の詞﹂の中には︑東氏も指摘されているように・元肇年作の︿誰かみし春やかゴみの,つらの梅﹀︑元緑六年作の︿窓形に昼寝の募たかむしろ﹀(﹃芭蕉嚢千那聞豊の句形による)の二つの芭蕉句が早え︑伝授の時期に矛盾が生じて‑るのである︒とすると︑琶蕉雑談千那聞豊も・﹃元嚢﹄同様︑許六系の伝書か旅生したもののよ・つにも思われるが︑芭蕉句の;︿窓形に﹀は︑許六の﹁俳碧々式﹂

では︑︿窓なりに昼ねの床やたかむしろ﹀の句形であるので︑全‑同系統のものとも言い切れない・ただ・許山ハの言

璽﹂とく︑元緑六年三月の伝授としても︑︿窓なりに﹀の筍は︑同年夏の作なので・総てが解決するわけではない(この点も︑すでに東氏が指摘されている)︒

*

ということで︑いよいよ千那伝書﹃鳳鳴談﹄の検討である︒

﹃鳳鳴談﹄を経くと︑遊び紙に続いて︑墨付第一丁の表に・

芭蕉翁直指

千那律師正伝

と記され三る︒﹁直指﹂は︑仏教用語で︑﹁直ちに指し示すこと︒たとえや因縁などの方便を用いず二言︒葉や文字

などにわたらず︑端的に指し示す.︑と﹂(﹃禅学大辞典﹄)である︒﹁正伝﹂も︑同様︑﹁正しい伝統・師から弟子へ正

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国 際 経 営 論 集No.71994

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しく仏法を伝えること︑また︑その仏法をいうL(同)というのが︑本来の意味である︒葎師Lは︑僧官︒僧正︑

僧都に次ぎ・正権の二階に分かれ︑五位に準ずる︒真宗本願寺派本福寺±世住撃那は︑宝永二年二七〇五)

四月・権律師に勅許されている︒没年は︑享保八年二七二三﹀︑享年七+三︒宝︑水二年は︑辛五歳である︒

すなわち・右の二行は︑芭蕉俳諮の要諦が千那に伝授されたことを示すものであり︑﹃鳳鳴談﹄が︑千那の伝書で

あることを語っているのである︒﹃鳳鳴談﹄転写の時期は明らかにされていないが︑ただ︑﹁千那律師﹂とあるので︑

宝永二年以降であることは明らか︒千那没後と考えるのが自然か︒

そして︑﹃鳳鳴談﹄の巻末︑墨付三十六丁目の表裏︑三十七丁目の裏には︑次のように記されているのである︒

右 蕉 門 直 指 之 要 旨 必 不 可 疎 見 者 也

永 田 白 轄 行 党

寛 政 七 乙 卯 年 六 月 圃 圃

鈴 木 静 正 子

圃 團

こ の 中 で ︑ 最 初 の 印 と 一 行 目 が ︑ 三 十 六 丁 の 表 ︑ そ し て ﹁ 鈴 木 静 正 子 ﹂ ま で が 三 十 六 丁 の 裏 ︑ 最 後 の 二 つ の 印 が

三+七丁の裏に押されている︒﹁右蕉門直指之要旨必不可疎見者也﹂泉田白轄行党L﹁寛政七乙卯年六月﹂﹁鈴木

静正子﹂は・同箋本文とは別筆である︒﹁疎見﹂が明らかでないが︑要は︑﹃鳳鳴談﹄は︑蕉門の要諦が記されて

いるので・やたらに見せてはいけない書物である︑というのであろう︒﹁疎見﹂は︑伝書類に散見する﹁他見﹂と同

義 と 解 し て 茗 雷 暴 行 党 L の ﹁ 征 億 ﹂ も 解 ら な い . 明 治 期 の 刊 行 物 に 星 る ﹁ 難 ﹂ は ︑ 書 籟 雑 誌 な ど

千 那 伝 書 『鳳 鳴 談 』 考

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