〔論 文〕
韓国における NPO ・ NGO の 活動状況に関する研究
*──ソーシャル・キャピタルを手がかりに──
崔 銀珠(チェ ウンジュ)
(社会学研究科社会福祉学専攻博士課程(後期課程))
1.は じ め に
高齢化社会の進展に伴い,人間にとって福祉のもつ意味は大きく変化したと 考えられる。すなわち,従来においては,ある特定の条件を満たし,特定の階 級に属する者だけが福祉の受給者になることができたが,高齢化社会が進むと 誰でも福祉の受給者になる。というより,その受給者にならないと生活ができ なくなると言っても過言ではないであろう。
ところが,最近の新自由主義イデオロギーの拡大,活発に議論されている地 方分権の動きとも関連し,福祉における国家の役割は縮小しつつあり,そのよ うな傾向は,今後,より加速するであろう。このような現象は,韓国において も例外ではない。
しかし,福祉のニーズは,減るどころか,今後も急激な増大が予想される。
そうであるとすれば,国家の役割が減りつつある状況において,これからの福 祉の担い手をめぐる議論は非常に大きな意味をもつと考えられ,政府に代わる 福祉の担い手としてのNPO・NGOやボランティア組織の役割は非常に重要で あると言える。これからより複雑化,多様化するであろうと考えられる福祉の ニーズに対応するためにも,NPO・NGO及びボランティアの役割は非常に重 要な意味があると考えられる。今日ではもはや,ボランティアやNPO・NGO
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*2009年7月30日受付,査読審査を経て2009年11月18日掲載決定
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の存在を抜きにして福祉サービスは語りえないような状況になってきている。
以上の背景を踏まえ,本稿では,韓国の社会福祉におけるNPO・NGOの活 動状況に注目しつつ,まず,なぜNPO・NGO活動が地域に密着したサービス 提供型ではないのか,さらに,なぜNPO・NGOが一種の政治勢力のような政 策提言型として展開されるようになったのかを探る。分析の枠組みとしては,
信頼とソーシャル・キャピタルに注目し分析を進める。信頼とソーシャル・キ ャピタルに注目する理由は,第一に,一つのサービス提供の場としてのNPO
・NGOを考えるとしたら,新たなタイプのソーシャル・キャピタルを着実に 蓄積していくことが求められるが,その際に,韓国のソーシャル・キャピタル がどのような性質のソーシャル・キャピタルであったのか,韓国の現状を把握 することが不可欠であると考えられる。NPO・NGOが福祉の担い手として社 会に貢献し続けるには,外部に開かれた橋渡し型のソーシャル・キャピタルを 構築しつつ,時には内部結束型のソーシャル・キャピタルを活用しながら,社 会的課題に対して有効な活動を展開していかなければならないからである。
第二に,一つのサービスとしての福祉の特徴に注目したためである。「福 祉」の領域における最近の議論を検討すると,例えば,「措置から契約へ」と いった,いわゆる利用者の立場に立った社会福祉制度の構築のための様々な努 力がなされている。良質な福祉サービスの供給のためには,福祉サービスの受 給者が感じる不安や社会的不確実性をできるだけ軽減する(1)必要があると考え られる。そうであるとすれば,福祉サービスの供給者と受給者との間の信頼や 絆は非常に重要であると言えるためである。
2.先行研究の検討及び本稿の位置づけ
(1)NPOとソーシャル・キャピタルの関係に関する研究
従来の先行研究の中で共通するのは,NPOがソーシャル・キャピタルを創 出し,供給する上で非常に重要なアクターということである。また,NPOに とっても,ソーシャル・キャピタルの創出は,その様々な役割の中でも最も重
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要なものの一つである。
第一に,ソーシャル・キャピタルを創出するNPOの役割についてである が,パットナム(Robert D. Putnam 1993=2001, 2000=2006)によれば,活発 なアソシェーションは,ソーシャル・キャピタルの創出に重要であり,それ は,会員に,協力・連帯・公共の精神の習慣を身につけさせるとしている。サ ラモン(Lester M. Salamon 1997=1999, 2002)は,NPOは,ソーシャル・キャ ピタルの創出と維持に,重要な役割を担い,NPOにかかわることで,個人間 のつながりを築き,政治経済的生活にまで及ぶ協力の規範を学び,国家のソー シャル・キャピタルを拡大すると主張した。
Boris(1999)は,NPOは人々や組織をつなぐネットワークと関係性を創出
し,こうした関係によって,共通の目的に向かって協力するネットワークであ るソーシャル・キャピタルが創出されるとした。宮川(2004)は,ソーシャル
・キャピタルの創出と供給において,中心的な役割を担うと期待されるのは,
自主的な連帯的市民部分であるとした。
第二に,ソーシャル・キャピタルを創出するNPOの種類・形態についてで ある。パットナム(2000=2006)は,会員間で顔を合わせる組織のほうが,大 規模で官僚的な組織よりも効果的にソーシャル・キャピタルを創出できるとし
た。Eastis(2001)は,組織の環境が異なれば,異なった性質のソーシャル・
キャピタルが生み出されると主張した。Stolle and Rochon(2001)は,異なっ た種類のボランタリー組織と,組織内の多様性の度合いによって,様々な性質 のソーシャル・キャピタルが創出されるとしており,Dekker and Uslaner
(2001)は,結束型の組織よりも橋渡しの組織の会員のほうが,見知らぬ人と 協力する能力があり,多様性にも対応できるとしている。
第三に,相互の関係についてであるが,内閣府国民生活局(2003)は,市民 活動・NPOとソーシャル・キャピタル間の相互補強的な関係の可能性を示唆 し,地域活動やNPO・ボランティア活動が活発で,友人や近所に対する信頼 が厚い地域では,犯罪率や失業率が低く,平均寿命も長い傾向にあることを指 摘した。そして,山内(2004)は,ソーシャル・キャピタルと市民活動が相互
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補強的な関係をもつとすれば,NPO活動やボランティア活動を促す政策は,
間接的にソーシャル・キャピタルの育成にもつながる可能性があり,それがま た市民活動を活性化するという好循環も期待できるとした。
以上の先行研究は,市民活動やNPOにおけるソーシャル・キャピタルの重 要性に注目し,その相互関係の分析を進め,相互補完的な関係を指摘するもの が多い。
(2)韓国における先行研究
まず,韓国における信頼に関する研究である。金インヨン編(2000),金ウ テック・金チヒ編(2000)においては,韓国社会における信頼の低さが指摘さ れ,信頼を高めるための方策の模索がなされている。
次に,韓国におけるNPO・NGO研究は,大きく分けて二つの流れがあると 考えられる。
第一に,民主化以降の韓国における「市民社会」の中核をなすアクターとし てのNPO・NGOが韓国社会において果たすべき役割のあり方を模索するもの である。例えば,金ヨンレ・李チョンヒ他(2004)においては,韓国の政治改 革のためのNPO・NGO の役割のあり方が模索されている。崔ナククァン
(2004)においても,NPO・NGOの政治参加の現状が診断され,その処方箋が 提示されている。チュソンス(1999)もこの流れに属するものである。
第二に,社会におけるNPO・NGOの役割ではなく,NPO・NGO そのもの に注目する研究である。金ジュンギ(2006)においては,NPO・NGOの内部 における意思決定のプロセスにおける問題点を分析し,より望ましい意思決定 のための方策を模索している。柳錫春・王へスク(2006)においては,韓国で 最も有名かつ活発な活動を展開しているNPO・NGOの一つである参与連帯だ けに注目し,内部の組織構造,意思決定構造,政府とのパイプなどを分析して いる。
そして,第三に,韓国におけるソーシャル・キャピタルに関する研究であ る。柳錫春(2002)においては,韓国の市民社会における社会資本の未熟さを
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指摘し,成熟した市民社会に成長するためのソーシャル・キャピタルのあり方 の模索がなされている。
このように,韓国における先行研究においては,韓国社会における問題点を 指摘し,それを克服ないし改善するための処方箋を模索する研究がほとんどで ある。
(3)先行研究の弱点
前述のNPO・NGOに関する研究,信頼,ソーシャル・キャピタルに関する 研究においては,社会福祉の観点からの分析も殆ど行われていない。また,社 会福祉における,NPO・NGOの活動状況とソーシャル・キャピタルの種類や 特徴に注目し,その因果関係を分析した研究は,管見する限り,殆どなされて いない。
3.分析の枠組みと仮説の提示
(1)ソーシャル・キャピタル論(2)
①ソーシャル・キャピタルとは
ソーシャル・キャピタルという概念が社会科学分野全般,さらには政府や企 業,NPO・NGOにおいて世界的に注目を浴びているが,ソーシャル・キャピ タルの概念を広く一般に普及させたのは,アメリカの政治学者,パットナム
(Robert D. Putnam)である。パットナムは1993年の著書『Making Democracy Work(哲学する民主主義)』において,民主主義を機能させる鍵としてソーシ ャル・キャピタルの概念を導入した。この中で,パットナムは,ソーシャル・
キャピタルを,「人々の協調行動を活発にすることによって社会の効率性を高 めることのできる,信頼,互酬性の規範,ネットワークといった社会組織の特 徴」と定義している。
パットナムは『Making Democracy Work(哲学する民主主義)』において,1970 年代に行われた,イタリアの地方制度改革以降20年間にわたる,イタリア20
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州における州政府のパフォーマンスを南北イタリアで比較調査した。優先投票 の度合い,国民投票への参加度,新聞購読率,結社数の4つの指標から合成し て作成した「市民共同体指数(Civic community index)」を用いて州ごとの市 民度−市民共同体の度合い−を測定し,この違いが政府のパフォーマンスの差 になるとした。垂直的なネットワークに支配され,社会的信頼が低いイタリア 南部では,政府の効率が悪く,腐敗も横行している。これに対し,水平的なネ ットワークが広がり,社会的信頼が高く連帯・参加・統合といった価値観が根 付き,結社への参加も高いイタリア北部では,効果的な政府が存在することを 分析したのである。
イタリアでの研究をもとに,パットナムは次にアメリカにおけるコミュニテ ィの崩壊,すなわち,ソーシャル・キャピタルの衰退に注目した。2000年の
著書『Bowling Alone』において,地域のボーリングクラブには加入せず,一
人で黙々とボウリングをしている孤独なアメリカ人の姿を象徴として,アメリ カのコミュニティにおいてソーシャル・キャピタルが衰退していることを実証
した。『Bowling Alone』はアメリカのコミュニティの崩壊を描いて警笛を鳴ら
すと同時に,コミュニティ再生への希望と処方箋を提示したのである。すなわ ち,現在失われつつある共同性を回復する試みとも言える。
これまでソーシャル・キャピタルは個人の属性と考えられていたが,パット ナムがコミュニティの属性として捉えた。その時,ソーシャル・キャピタルを 信頼,規範,ネットワークといった具体的で測定可能な変数を提供し,実証研 究を行った。更に,犯罪,福祉,教育などの政策と結びつけ,政策の展開を可 能にしたことなどがパットナムの功績といえる。
②ソーシャル・キャピタルの分類
ソーシャル・キャピタルにはその性格,特質からいくつかのタイプに分けて 論じられることも多いが,その中でも,最も基本的な分類として,内部結束型
(bonding)と橋渡し型(bridging)がある。内部結束型ソーシャル・キャピタ ルは組織の内部における人と人との同質的な結びつきで,内部で信頼・協力・
結束を生むものである。例えば,家族内や民族グループ内のメンバー間の関係
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である。これに対し,橋渡し型ソーシャル・キャピタルは異なる組織間におけ る異質な人や組織を結び付けるネットワークである。例えば,民族グループを 超えた間の関係とか,知人,友人の友人などとのつながりである。そのつなが りはより弱く,より薄いが,より横断的であり,社会の潤滑油ともいうべき役 割を果たすとみられる(パットナム2000=2006)。この分類を含め,表1のよ うに分類できる。こうした分類は,ある意味では,人間の性格のようなもの で,同じ組織にいずれも内在するが,本稿では内部結束型(bonding)と橋渡 し型(bridging)の区別を中心に分析を進める。
(2)信頼
①社会学における信頼
社会学における「信頼」研究の創始はG. Simmelであったと考えられる。Sim- melは,『貨幣の哲学』において貨幣に対する信頼の問題を取り上げている。
確かに,貨幣取引において,どれだけその貨幣がきちんと造られ,その取引相 手に対する問題がなかったにしても,多くの場合それだけでは取引は成り立た ない。目の前の貨幣そのものや人格的要素以上に,その背後にある貨幣秩序や 貨幣ネットワークに対する信頼がなければ,そのシステムは十分に機能しない
表1 ソーシャル・キャピタルの分類 性質
特徴例
内部結束型(bonding)
同質のものを結束,排他の危険性 民族グループ
橋渡し型(bridging)
異質なものをつなく,包含 環境団体
形態 特徴例
フォーマル(formal)
組織化されている,継続的 PTA,労働組合
インフォーマル(informal)
一時的,組織化されていない 家族での夕食,バスケットの試合 程度
特徴例
厚い(thick)
親密,「強い結合」
家族の絆,職場上の濃い人間関係
薄い(thin)
あまり親密でない,「弱い結合」
知らない人に対する相槌 志向
特徴例
内部志向型(inward-looking)
共益を目的とする 商工会議所,趣味の会
外部志向型(outward-looking)
公益を目的とする 赤十字,環境運動
出所:山内直人編(2004)『NPO白書2004』大阪大学大学院国際公共政策研究 科NPO研究情報センター,24頁より再引用。
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だろう。Simmelの言うように,貨幣取引は取引相手に依存するだけではな く,その取引相手の背後にいる別の見えない取引相手,さらにはその取引相手 全体が構成するネットワークに大きく依存する。つまり,貨幣取引が成立する ためには,貨幣機構の確実性よりも,この貨幣秩序や貨幣ネットワークという 抽象的システムに対する信頼がなければならないということになる。
「信頼」そのものをテーマとして明示的に取り上げた信頼研究は現代におい ても必ずしも充実したものとはいい難いが,Simmelのこうした分析は信頼の 対象に関わる面や,信頼の形成過程に関わる面について,その後の議論につな がっているという点で重要である(宮垣2003)。
②政治学からのアプローチ
社会学において,「信頼」に着目した研究はSimmel以来の歴史を有するも のであるが,近年そうした流れと異なる立場からの信頼研究がなされている。
本稿ではそれらの中から,フクヤマ(1995=1996),パットナム(1993= 2001),山岸(1998, 1999)の研究を検討する。これらはあくまでも理論上の 議論として行われてきた信頼研究を,人間関係や地域社会の問題という,より 実際的な事例に即して考えようとした点で注目に値する。
フクヤマは,家族主義的で家族以外の他者に対し信頼が乏しい社会を「低信 頼社会」,家族以外の他者に対して信頼のある社会を「高信頼社会」とし,前 者の例として中国,韓国,南イタリア,フランスを,後者の例としてアメリ カ,ドイツ,日本をあげた。中国などが低信頼社会だと言うのは,これらの国 において家族主義的な制度や規範が強固である一方,中央集権的な国家である ために,広範な信頼が形成されなかったからである。また,後者が高信頼社会 だと言うのは,国家と家族の間をつなぐ中間組織が多様に形成されることで,
信頼を広範に形成できるからだと言う。とりわけ,後者において中間組織が多 様に形成されるのは,その社会において「自発的社交性」があるからだとして いる。この自発的社交性も社会関係資本の一つであると考えられる。
こうしたフクヤマの分析は,南北イタリア地方におけるコミュニティや経済 の比較研究を行ったパットナムの議論とも重なり合う。パットナムによれば,
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南部地方ではその地域コミュニティにおいて非協力的行動をする傾向にある が,北部地方では必ずしもそのようなことはいえないという。実際,北部経済 の発展に比較して,南部経済の停滞はよく指摘されることでもあり,この違い もこうした成員の態度と大きく関係しているというのがパットナムの主張であ る。そして,この違いの源泉が,それぞれの地域コミュニティが蓄積してきた 社会関係資本の差に他ならないとパットナムは結論づける。
③社会心理学からのアプローチ
近年,こうした信頼や社会関係資本の違いから国際比較を行う研究は少なく ないが,以上が政治学的なスタンスからの分析であるのに対し,日本における 社会心理学からのアプローチで重要な意味をもつのは山岸の研究である。山岸
(1999)は,信頼と安心の概念を区別した上で,その本質的な違いの理解が重 要であることを強調している。山岸(1999 : 7−9)は,アメリカが信頼社会で あるのに対し,日本は安心社会であるとする。しかしながら,そのような安心 の背景にある社会や経済の「日本型システム」の有効性が疑われるようにな り,社会や経済のあり方に対する漠然とした不信感が人々の間で拡大しつつあ り,
このような「日本型システム」への不信の拡大を,これまでの安定した社会 関係のあり方が崩れつつあることの一つの表れとしており,その対策として,
アメリカ社会のような信頼社会の形成を目指すべきであるとしている。
(3)仮説の提示
本稿においては,韓国のNPO・NGOの活動状況−政策提言型−に注目し,
その活動状況が現れるようになった理由を探る。
本稿の仮説は次の通りである。韓国におけるソーシャル・キャピタルの類型 は内部結束型であり,他者に対する信頼は(相対的に)低いため,NPO・NGO の活動状況は(日本のような)地域密着サービス提供型にはなっていない。次 に,ソーシャル・キャピタルと信頼の関係であるが,ここでは,内部結束型ソ ーシャル・キャピタルと低信頼は循環論の観点から捉える。そして,韓国の
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NPO・NGOは一種の政治勢力としての政策提言型の活動を行うことができる 理由であるが,それについては,民主化の影響及びNPO・NGOと政権との関 係に注目し,内部結束型ソーシャル・キャピタルを手がかりに分析を行う。
本稿においては,信頼は,他者への一般的信頼を中心に分析を進める。本稿 では,韓国においては,他者への一般的信頼は他の国──例えば,日本──に 比べ,相対的に低いと考える。
信頼の概念については,山岸俊男の議論を参考にしつつ,本稿の主張を明確 にする。
山岸(1998)によると,信頼は,社会的不確実性が存在しているにもかかわ らず,相手の──自分に対する感情までも含めた意味での──人間性のゆえ に,相手が自分に対してひどい行動はとらないだろうと考えることである。こ れに対して安心は,そもそも社会的不確実性は存在しないと感じていることを 意味する。このような山岸の議論は,フクヤマの主張(3)を批判し,日本は高信 頼社会ではなく,安心社会であるとするものである。しかしながら,山岸の議 論には,次の二点の弱点があると考えられる。山岸が言うように,日本では社 会的不確実性は存在しないとすれば,日本社会では,そもそも社会的不確実性 というものは存在していなかったのか,それとも存在はしていたが,何らかの メカニズムでそれが低下してきたのかが解明されなければならない。山岸
(1998)の議論では,日本において社会的不確実性が高まり,安心を保つため の機会コストも高まっているため,そのようなコストを低下させるために,信 頼が必要であるとしている。山岸は,分析の道具として信頼と安心を区別して いるが,その両者の概念について明確な定義がなされているわけでもなく,両 者の違いも必ずしも明確ではない。信頼と安心は一応区別できるが,別の次元 に存在するのではなく,循環論的,すなわち,安心しているからこそ信頼で き,信頼できるからこそ安心もできると考えられる。そして,彼は,日本は安 心社会,アメリカは信頼社会としているが,図1に示されているように,日本 がアメリカより高信頼社会であるとの結果も出ている。一応,「高信頼」,「低 信頼」という表現が使われているが,信頼が「高い」,「低い」というのは,あ
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民主化 内部結束型
SC 他人に対する
低い信頼 NPO/NGOの活動状況 政策提言型
くまでも程度の問題である。例えば,信頼が何%以上であれば「高信頼」,何
%以下であれば「低信頼」と言い切れるものでもない。また,ゼロサム
(Zero-Sum)ではなく,相対的概念である。
次に,ソーシャル・キャピタルの類型であるが,前述の表1で説明がなされ ているソーシャル・キャピタルの中,本稿においては,内部結束型(bond- ing)と橋渡し型(bridging)の区別を中心に分析を進める。内部結束型と橋渡 し型の区別に注目する理由は次の通りである。内部結束型(bonding)と橋渡
し型(bridging)の区別は,組織内部での信頼,異なる組織間における異質な
人や組織を結び付けるネットワーク等の分析に適しており,ソーシャル・キャ ピタルの最も代表的な形であると広く言われており,他者への一般的信頼の相 対的高低とソーシャル・キャピタルを関連付ける,本稿の分析枠組みを構築す る上で格好の区別であると考えられるためである。
図1 本稿の仮説
表2 高信頼社会と低信頼社会 (単位:人,%)
高信頼社会 低信頼社会 日本 アメリカ ドイツ 韓国 有効票回収数
人は大体信用できる 用心するに越したことはない 友人・知人は大変重要だ
1,362 39.6 52.4 46.6
1,200 35.9 63.1 64.6
2,036 32.5 62.5 46.4
1,200 27.3 72.7 44.8
出所:電通総研・日本リサーチセンター編『世界60か国価値観データブック』
(2004)を参考に筆者が作成。
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4.仮説の検証
本節においては,まず,韓国のNGOの概念や歴史的な背景,特徴,活動状 況を検討し,次に,韓国における低信頼とその原因,ソーシャル・キャピタル について検討する。最後に,NGOの活動状況と信頼,ソーシャル・キャピタ ルの関係について検討しながら本稿の仮設である「韓国におけるソーシャル・
キャピタルの類型は内部結束型であり,他者に対する信頼は(相対的に)低い ため,NPO・NGOの活動状況は(日本のような)地域密着型ではなく,政策 提言型の活動を行うことができる」を検証する。
(1)韓国におけるNGO
①NPO・NGOの概念と歴史的背景
NPO・NGOの概念については,ジョンズ・ホプキンス大学のサラモン(Les- ter M. Salamon)の定義が標準的であるが,韓国では「NPO」より「NGO」が 一般的によく使われており,この場合,アドボカシー運動を展開する団体を指 している場合が多い。最近では市民団体,民間団体等とも混用されている。ア メリカや日本ではNGOは主に国際活動をする団体を指し,国内活動をする団 体はNPOと呼ばれるのとは異なる。
NPO・NGOは社会を動かす力として世界的にも注目を浴びているが,韓国 では必ずしも長い歴史をもっているわけではない。韓国の市民運動が今のよう な形で本格的に活動を開始するきっかけとなったのは1989年の「経済正義実 践市民連合」設立からである。
韓国のNPO・NGO活動は,民主化の結果として生まれてきたものと考えら
れる。韓国では,軍事政権が長らく国を支配し,朴正熙大統領が1979年に暗 殺されてからも,約15年間軍事政権が続いた。民主化を求め,デモ行進や反 政府運動が活発に行われていた時代であった。
1987年の民主化宣言以降,民主化の波に乗り,市民団体が積極的に活動を
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始めた。その代表的なのが1989年に設立された「経済正義実践市民連合」で ある。1990年代の市民運動は非常に急速に発展した。特に,金大中政権は
「国民の政府」というキャッチフレーズの下,市民団体を国政の重要なパート ナーとして位置づけている。1999年に行政自治部への民間協力課の設置によ り,市民・社会団体と政府との公式チャンネルが設けられた。そして,2000 年4月からNGO 法,正確にいえば,「非営利民間団体支援法」が施行され た。
②韓国のNGOの特徴
韓国のNGOは,民主化以降,いわゆる「市民団体」という形で誕生し,会 員の納める会費が運営費に占める割合が非常に高い。しかしながら,韓国の NGOは,少数のエリートや軍事政権時代に社会運動や労働運動を主導した勢 力が市民運動の一環として設立したケースが多いため,社会福祉政策だけでは なく,すべての政策分野において,積極的に政策提言を行っており,政策形成 のプロセスにも積極的に参加し,政策的方向性を決める上で非常に重要な役割 を果たしている。一応,NGOではあるが,一種の政治団体,政治勢力であ り,いつ政党の旗を掲げてもおかしくない。例えば,韓国を代表するNGOで ある「参与連帯」(4)は,社会の各分野における多数の専門家を抱え,様々な活 動や政策提言を行っている。そして,2008年7月の導入されている「老人長 期療養保険」の最大の反対勢力(5)であったといっても過言ではない。
韓国のNGO・NPOは,政府に対する批判勢力としての意味もなくはない が,政権との癒着もかなり強く,NGO の関係者ないしは経験者が入閣した り,政府の要職に抜擢されるケースが多い。NGO内部においては,少数のエ リート中心の寡頭制的支配構造をもっており,意思決定も非民主的であると批 判されている(柳2004)。これが,韓国のNGOが「市民なき市民団体」とい われるゆえんである。
③韓国のNGOの活動状況
韓国の市民団体の多くはソウル特別市を活動の基盤として活動をしている。
市民団体の活動分野も市民社会(6)(25.2%)が最も多く,次いで社会サービス
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(18.5%)である。
韓国の市民団体の誕生時期も1987年 の民主化宣言以降の1990年代が50% 以上を占めており,最も多い(表3, 4, 5参照)。
(2)韓国における信頼とソーシャル・キャピタル
韓国社会を動かす規範は,関係の哲学の儒教,そして,縁故主義であると考 えられる。それは,学問の世界での議論だけではなく,様々なアンケート調査 の結果にも現れている。
韓国の信頼についての議論において,フクヤマは,韓国社会においては,家 表3 韓国における市民団体の地域別分布
地域別
(広域地方公共団体) 数 比率
(%)
ソウル特別市 釜山広域市 大邱広域市 仁川広域市 大田広域市 光州広域市 蔚山広域市 京畿道 江原道 忠清南道 忠清北道 慶尚南道 慶尚北道 全羅南道 全羅北道 済州道
2,196 169 98 119 96 135 38 336 74 82 85 124 101 120 197 53
54.6 4.2 2.4 3.0 2.4 3.4 0.9 8.4 1.8 2.0 2.1 3.1 2.5 3.0 4.9 1.3 合計
(支部は除く)
4,023 100
出所:市民の新聞ほか『韓国の民間団体 総覧』(2000)を参考に筆者が作成。
表4 韓国における市民団体の活動 分野
活動分野 数 比率(%)
市民社会 地域自治 社会サービス 環境 文化 教育・学術 宗教 労働・農漁民 経済 国際 その他
1,013 222 743 287 634 235 107 217 501 44 20
25.2 5.5 18.4 7.1 15.8 5.8 2.7 5.4 12.5 1.1 0.5
合計 4,023 100
出所:前掲『韓国の民間団体総覧』
(2000)を参考に筆者が作成。
表5 韓国における市民団体の誕生 時期別の比率
時 期 比率(%)
1960年代以前 1960年代 1970年代 1980年代 1990年代
5.7 7.2 9.0 21.6 56.5
出所:前掲『韓国の民間団体総覧』
(2000)を参考に筆者が作成。
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族主義の影響で1次集団に対する信頼が強いため,家族内の信頼は高いが,家 族の範囲を超える,個人や集団に対する信頼と制度に対する信頼は低いため,
社会全体の信頼が低いとしており,それを根拠に,フクヤマは,韓国を低信頼 社会と分類している(フクヤマ1995=1996)。このような家族主義が韓国社会 にどのような影響を及ぼすかを日本の毎日新聞,韓国のKBS(7),アジア研究 基金が共同で,1996年7月ソウル・東京・北京の市民それぞれ1000人を対象 に世論調査を行った結果によると(表6),「血縁が幸せな人生を送る上で影響 を及ぼすと思うか」という質問に対して,「そう思う」という答えは,ソウル では90.2%,北京では86.7%,東京では70.5% で,韓国と中国において,儒 教文化の影響もあって,日本より血縁への執着が強いことが伺える。地縁の影 響については,ソウルでは80.7%,北京では52.2%,東京では51.8% で,ソ ウルが他の都市に比べ,地縁を重要であると思っている回答者の割合が高い。
このような結果から,東アジア3カ国の中,韓国においては,人々の日常生 活を支配する一つの規範としての縁故主義の影響が最も強いと考えられる。こ れは,一次集団に対する強い信頼の背景には,このような強い縁故主義がある のであろう。
フクヤマ(1995=1996)の分類を表7に当てはめると,彼のいわゆる「低信 頼社会」に属する韓国,中国,そして南部イタリアはコネ社会であり,フラン スは福祉型全体主義に属すると言える。そして,「高信頼社会」のアメリカ は,信頼社会と自由放任的競争社会の間に,ドイツは,信頼社会と福祉的全体 主義の間にそれぞれ位置づけられているといえる。日本は,信頼社会とコネ社 会の間にあると言え,日本は韓国に比べ,ある程度の公的信頼が存在していた ことが,韓国とは決定的に違う。
表6 東アジア3カ国における縁故主義の影響力(単位:%)
ソウル 東京 北京 血縁は幸せな人生を送る上で影響を及ぼすと思うか
地縁は幸せな人生を送る上で影響を及ぼすと思うか 90.2 80.7
70.5 51.8
86.7 52.2
出所:KBS・毎日新聞・アジア研究基金による共同アンケート(1996)
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韓国社会の低信頼の原因は何なのか。韓国社会の特徴は,社会統合のための 公的信頼の欠如と伝統的な価値に基づく,過剰な私的信頼である。韓国社会の 低信頼の原因としては,下記のようにいくつか指摘できる(金インヨン2002 : 75〜76)。
第一に,儒教を統治理念とする朝鮮における,伝統社会の仁,義,礼,智,
信に基づく「信頼構造」が植民地統治によって歪められたことを指摘できる。
すなわち,日本の植民地になった朝鮮は,日本による植民地支配のプロセスの 中で伝統的な共同体が破壊され,韓国人同士の連帯や協力,信頼関係が意図的 に破壊されたのである。日本は,朝鮮における共同体の破壊によって,相互扶 助する雰囲気や,信頼する関係を破壊した。そして,いわゆる親日派を利用し た,分割統治方式(divide and rule)によって植民地住民同士の不信と対立を 深化させたのも歴史的な事実である。最も重要なのは,植民地朝鮮における
「公的制度」は日本帝国主義を意味していたので,当時の朝鮮人は,家族・親 族中心の信頼構造を強化せざるをえなかったということである。植民統治の指 導者は不信の対象であり,法,制度,教育なども,植民地朝鮮を支配している 日本人のためのものであったため,信頼の対象にはならなかった。要するに,
植民地朝鮮において,当時の朝鮮人には公的信頼が形成される余地は殆どなか ったのである。
第二に,日本による植民地支配から解放された1945年以降,信頼に基づく 民主主義的秩序を確立し,経済的に発展できるチャンスはあったが,政治,経 済,社会的混乱,朝鮮戦争,長期間にわたる独裁政権,軍事政権の誕生等は,
表7 信頼と社会の類型
高い公的信頼 低い公的信頼 高い私的信頼 信頼社会(フクヤマ流) 伝統的共同体社会,コネ社会 低い私的信頼 自由放任的競争社会,福祉型全
体主義社会
ホッブズ的自然状態,専制的監 視社会
出所:李載!「信頼の社会構造化」『韓国社会学』第32集夏号(1998年)329頁 より。
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市民的連帯や信頼形成の大きな障害物となった。
第三に,軍事政権の下で進められた,近代化を支えるイデオロギーとしての
「成長第一主義」は,目的達成のためならどのような手段・行動も正当化し た。そのような一連の経済開発のプロセスの中で,政府や法律への信頼は急激 に低下したと考えられる。
次は,韓国におけるソーシャル・キャピタルについてである。韓国における 内部結束型ソーシャル・キャピタルは,「縁故主義」,「家族主義」とも表現で き,政治の世界においては,選挙の度に非常に克明に現れる「地域主義」(8)と も表現できる。それらについては,確かに批判も多い。そして,今やほとんど の近代社会で家族はその重要性を失っている(フクヤマ1999=2000 : 57)と の主張もある。しかしながら,韓国社会は,まだ,西洋諸国における,「一次 集団」から「二次集団」への,あるいは,「共同体(Gemeinschaft)」から「利
益社会(Gesellschaft)」への変化のような根本的な変化を経験していない(柳
2002)。そして,社会の様々な分野における,「縁故主義」や「家族主義」の影 響は依然大きく,国家や市場が提供できないサービスを提供する部分があり,
社会心理学的にはどこかに所属したがる人間の欲求を満たす等,肯定的な部分 もある。そのため,韓国における内部結束型ソーシャル・キャピタルの意味合 いは,歴史的背景,経路依存等の観点から考えるべきである。
(3)NPO・NGOの活動状況と信頼,ソーシャル・キャピタルの関係
日本においては,30年以上前に老人ホームなどの福祉施設ができはじめた が,最初の頃は,いわゆる迷惑施設に過ぎず,人里離れたところに建設される 傾向があったが,様々なイベントの開催や説明会などを通じて地元住民との交 流を深め,地元住民に積極的なアピールを行うなどの努力の結果,最近になっ ては,地域における文化の拠点にまで成長した(9)。また,古川孝順らは,特別 養護老人ホームや教護院をはじめ多くの福祉施設が1970−80年代に「迷惑施 設」として住民から忌避され,それが次第に住民の理解をうけてゆく過程につ いても分析している(古川ほか編1993)。そのような努力は日本におけるソー
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シャル・キャピタルの拡大につながったと考えられ,それによって,地元住民 と福祉施設との信頼も高まったと考えられる。例えば,フクヤマ(1995= 1996)をはじめとした殆どの研究において,韓国社会は,日本社会に比べ,信 頼が低いとされている。このような背景もあって,日本においては,地域に密 着して活動をしている社会福祉系のNPO,ボランティア組織が多い。しかし ながら,韓国においては,日本のような流れはなく,NPO・NGO,ボランテ ィア組織は1987年の6.29民主化宣言による民主化の副産物としての意味合い が強く,その主な活動分野も日本とは異なる。社会福祉政策の歴史も浅く,民 主化と共に社会安定のための手段としての意味合いが強くなり,これから本格 的な社会福祉の時代に入るための準備作業が行われている段階である。
韓国においては,NPO・NGO活動が地域密着サービス提供型ではなく,一 種の政治勢力のような政策提言型としての特徴をもつ理由を説明するために,
特に,韓国については,次の二点についての明確な説明が必要である。第一 に,なぜNPO・NGOの活動が地域密着サービス提供型ではないのか。第二 に,なぜNPO・NGOが一種の政治勢力のような,政策形成のプロセスにおい てもかなりのインパクトをもつ活動を行うことができるかである。
まず,なせNPO・NGOの活動が地域密着サービス提供型ではないのかにつ いてであるが,他人に対する信頼が形成され,それが地域レベルにおける様々 な活動ができるようなソーシャル・キャピタルの形成につながるためには,一 定の継続的な相互作用が必要であると考えられる。しかしながら,韓国におい ては,軍事政権の歴史が長く,1976年からの住民自治組織として「班常会」(10)
があるが,民主化以降は有名無実化しており,日本のように地域に密着した住 民自治組織として活動しておらず,地域レベルに根付いてもいない。また,韓 国のNGOが政策提言型になっているのは,一種のコミュニティ・センターと して地域の社会福祉サービスの提供においては社会福祉館(11)の機能が充実して おり,社会福祉における役割も大きいため,地域レベルにおけるNPO・NGO 活動の必要性はあまりないためであり,日本においては逆にコミュニティ・セ ンターとしての社会福祉館の機能が充実していないため,NPOが地域に密着
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した形で活動を展開しているとの見方もできる。しかしながら,韓国の社会福 祉館が地域の社会福祉サービス提供において重要な役割を果たすようになった のは,表8に示されているように最近のことであるため,歴史も浅く,その活 動のあり方を模索中であると考えられる。そして,韓国における社会福祉は,
1987年の民主化以降,社会安定化の手段としての意味か強まり,その影響で 社会福祉館も急増したのであり,社会福祉館の機能そのものも必ずしも十分で あるとはいえない部分がある。その役割も,必ずしもNPO・NGOによる地域 密着サービス提供型活動を排除するほどのインパクトをもつものでもない。そ のため,社会福祉館の機能の充実とNPO・NGOの活動状況が政策提言型であ ることとの因果関係は必ずしも明確であるとはいえないであろう。
次に,なぜNPO・NGOが一種の政治勢力のような,政策形成のプロセスに おいてもかなりのインパクトをもつ活動を行うことができるかについてであ る。
韓国においては,1987年の民主化宣言による民主化がなされた。NPO・NGO は民主化以降に急激に増え,急成長を遂げ,注目されるようになった。その背 景には民主化がある。要するに,NPO・NGOは市民団体の旗を掲げて登場し たが,これは,民主主義と符合しているのである。
第一に,ここで重要なのが韓国社会における信頼の低さである。一般的に信 頼が低い状態において,正統性の主張ができるためには,ほかに信頼できる何 らかに頼らなければならない。そうであるとすれば,政権とNPO・NGOとの パイプの維持は互いに非常に好都合である。
1987年の民主化により政府は民主化以前の権威主義政権とは異なる形で政 表8 ソウル特別市社会福祉館の設立年度(開館年度基準)
年度 1921−
1925 1955−
1960 1971−
1975 1981−
1985 1986−
1990 1991−
1995 1996−
2000 2001−
2005 合計
数 比率(%)
1 1.1
1 1.1
1 1.1
4 4.2
12 12.7
48 51.1
22 23.4
5 5.3
94 100
出所:ソウル特別市社会福祉協議会『ソウル福祉改革のためのソウル市長候補者の 社会福祉政策課題』(2006)83頁より。
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権の正統性を確保する必要がある。そこで,非常に好都合なのが民主主義,市 民団体である。この観点から,政権と市民とのパイプ役を果たしてくれる,う ってつけの存在がNPO・NGOである。たとえば,政府のポストに民主主義の 象徴とも言える,市民団体の関係者や経験者を採用することにより,また,政 策形成プロセスにNPO・NGO関係者を直接,間接的に参加させ,彼らの意見 を政策に反映することにより,民主主義的な政権運用をアピールできる。その ようにして策定された政策に問題が発生すれば,その責任をNPO・NGOに負 わせることもできる。
第二に,内部結束型ソーシャル・キャピタルとの関連である。韓国のNPO
・NGOは非常に集権的な意思決定の構造をもっており,多くの専門家が活動 を展開している。また,その関係者や会員同士の結束は強い。そのため,組織 としての専門性は高いが,NPO・NGOのソーシャル・キャピタルは内部結束 型であると考えられる。韓国のNPO・NGOが専門性の高い組織である点を考 慮すると,内部結束型のソーシャル・キャピタルが形成されるのは容易に理解 できる。つまり,内部結束型のソーシャル・キャピタルの特徴は外部の,異質 なものの排除にある。そうであるとすれば,高い専門性を独占し,維持するた めにも内部結束型のソーシャル・キャピタルは必要である。
また,専門性が高い組織はそれに相応しい活動を展開することが求められ る。ここで,注目する必要があるのが韓国社会における一般的な信頼の低さで ある。
要するに,一般的な信頼の低い社会で活動を展開するためには,信頼の低さ をカバーしてくれる権威が必要である。そのため,NPO・NGOは政権側にそ の権威を求めたと考えられる。
韓国における,このような,NPO・NGOと政府との関係を,柳・王(2006 : 82〜83)は,参与連帯を事例として分析している。そこでは,政権との強い癒 着(12)が指摘されており,その証拠として,例えば,相当数の参与連帯出身者が 政府の政策形成に直接,間接的に関与している,参与連帯の主張する政策案を 政府が受け入れる,公式のチャンネル以外にも以心伝心の交流をしている等が
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指摘されている(13)。
5.お わ り に
本稿では,韓国の社会福祉におけるNPO・NGOの活動状況が政策提言型で あることに着目し,その活動状況が現れるようになった理由を探ってみた。そ れについては,民主化の影響及びNPO・NGOと政権との関係に注目し,内部 結束型ソーシャル・キャピタルを手がかりに分析を試みた。韓国のNGOが日 本のNPOと活動状況の違いが現れた理由は,まず,韓国のNGOは,市民運 動の歴史を振り返りながら,現在の市民社会のあり方を政治的に捉え,市民を 社会改革の担い手として位置づけているのに対し,日本のNPOは,市民活動 の経済的側面に着目し,社会における新たな公共サービスの担い手・供給者と して捕らえていたといえる。こうした相違は,韓国のNGO は,前述のよう に,民主化の流れの中で市民活動が成長したのに対し,日本の市民活動は90 年代の公益を再定義する過程において,行政の行き詰まりを打破し,新たな公 益の担い手としてNPOが注目されるようになったという歴史的経緯の違いに 起因するものであるといえる。
近年,日本と韓国は,社会福祉の需要は増大,新自由主義的イデオロギーの 拡大,地方分権の進行等によって,社会福祉の供給における国家の役割は減り つつある一方で,特に,韓国の地方分権改革の流れを考慮すると地方公共団体 間における格差の問題等,今後乗り越えなければならない問題は山積してい る。新たな社会福祉の担い手としての市民運動団体やNPO・NGOの役割は,
今後,ますます重要になってくると考えられる。そのため,今後,NPO・NGO 活動のあり方は社会福祉のあり方を考える上でも非常に重要なファクターにな るであろう。その意味で本稿は,ようやくスタートラインに辿りついたと考え られる。
また,社会福祉という政策領域の特徴を考慮すると,住民により身近な主体 がその担い手になり,地方公共団体や地域レベルを中心に様々な活動を展開す
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ることができるような制度的,社会的環境づくりは欠かせない。地縁関係・地 域団体とは異なった,新しい考え方や専門性をもったNPO・NGOが,地域に 根ざして,地域の魅力を引き出しつつ,他の地域とも広域的な連携やネットワ ークを構築することが,結束型と橋渡し型の両方のソーシャル・キャピタルを 融合させ,地域再生につながるのではないかと考えられる。そして,そのよう なソーシャル・キャピタルの基盤を利用することによって,前例主義に陥り,
消極的な活動に留まっている町内会や自治会等の地縁組織とのパートナーシッ プの構築も可能になると考えられる。社会全体としてプラスになるようなパー トナーシップのあり方について,議論をさらに深めていくことが重要かつ不可 欠の課題である。
本稿では,韓国の社会福祉におけるNPO・NGOの活動状況が政策提言型で ある理由について分析を行ったが,社会福祉の担い手は必ずしもNPO・NGO だけではない。様々なアクターが存在しており,それによって社会福祉活動が 行われており,福祉サービスの供給がなされている。NPO・NGO活動はその 一部に過ぎない。本稿においてはNPO・NGO活動に焦点を絞って分析を進め てきたが,社会福祉サービス供給体系全般についての理解や分析には必ずしも 至っていない部分がある。今後の課題にしたい。
*この論文の査読の段階で匿名の審査員の先生方から貴重なコメントを頂いた。ここ に記して感謝申し上げる次第である。
注
⑴ これについては,ルーマン(1973=1990)を参考にした。
⑵ ソーシャル・キャピタルを直訳すると「社会資本」になるが,社会資本は,道路 や空港など,ハードのインフラを意味するのが一般的である。ところが,今注目 されているソーシャル・キャピタルは,信頼や規範,社会的ネットワークといっ た,協力や相互扶助などのつながる,目に見えない資本を指す言葉である。その 特徴を捉えて「社会関係資本」や「市民社会資本」といった用語が使われたりす るが,まだ定訳がないため本稿ではソーシャル・キャピタルと表現する。
⑶ フクヤマは,家族主義的で家族以外の他者に対し信頼が乏しい社会を「低信頼社 会」,家族以外の他者に対して信頼のある社会を「高信頼社会」とし,前者の例
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として中国,韓国,南イタリア,フランスを,後者の例としてアメリカ,ドイ ツ,日本をあげた。
⑷ 以下の記述については,2006年9月5日に行った,参与連帯の朴ウォンソク協力 処長とのインタビューによる。今や世界的に有名になった韓国の落選運動を主導 した「参与連帯」は,1994年に設立。設立目的は,①国会,司法,行政の監視,
②社会的弱者への援助,③朝鮮半島の平和に関する研究である。参与連帯は専門 団体ではなく,市民とともに運動していく総合的市民運動という形態で運動して いる。組織としては,今現在,8つの活動機構をもっている。司法監視センタ ー,経済改革センター,クリーンな社会を作る本部,社会福祉委員会等である。
特に,社会福祉委員会では,国民の福祉基本権の確保運動,国民基礎生活保障法 制定運動,医療保険統合化と医療分業等に関する立法を推進してきた。現在は主 に国民基礎生活保障法の改正と国民年金,健康保険,児童保育の問題に取り組ん でいる。
参与連帯は,企業,政府から一切金銭的に支援を得ていない純粋な市民運動とし て活動している。会費を収める会員だけで1万5千人いる。会員の中には,100 人の弁護士,300人の大学教授,50人の一般活動家が活動をしている。
⑸ 「参与連帯」が「老人長期療養保険」を反対した理由は,①公的なインフラの不 足,②民間施設中心のサービス提供による費用の上昇とサービス質の低下,③政 府の財政に関する責任の不明確さ,④障害者の排除,⑤社会的なコンセンサスの 不在などを理由に「老人長期療養保険」導入は時期尚早であるため,再検討すべ きであると主張した。
⑹ 市民社会というのは①法律,行政,政治②国民運動③消費者④人権,追悼事業⑤ 青年,学生⑥平和,統一,民族等の分野を含めた活動を意味している。
⑺ 日本のNHKに当たる。
⑻ 地域主義は,韓国政治における非常に特徴的な現象である。それは,「地域感 情」,「地域情緒」とも言われており,特に,選挙の結果において非常に克明に現 れる。これは,選挙の種類に関係なく,例外なく現れる。その本質的な特徴は,
特定の政治家が自らの縁故地域において排他的な支持を得るだけでなく,彼らが 率いる政治勢力−政党−までも,同様の支持の偏りを示し,それらの地域で政治 空間を文字どおり「独占」することである
⑼ 2006年4月の兵庫県のK施設でのインタビューによる。
⑽ 「班」は韓国の行政区域の最末端組織である。班組織の法的根拠は地方自治法,
そして,それによって定められた市,郡,洞,班の設置条例の規定である。班常 会が現在の形で運営されたのは1976年からである。都市と農村の差はあるが一 つの班には平均約25世帯で構成されている。班の機能としては①住民同士の親 睦や相互扶助②地域社会の発展の推進③自治の訓練や政府の施策の広報④村の実 態や住民のニーズの把握⑤反政府活動家の割り出し等である。
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⑾ 社会福祉館は1906年,アメリカの宣教師による女性啓蒙運動事業として元山
(現在は北朝鮮)に開かれた活動を源流とするが,1980年代,社会福祉事業法改 正(1983年)に伴い,社会福祉館が社会福祉法人格をもつ地域福祉機関として認 められ国庫補助対象として法的に規定された。さらに「住宅200万戸建設計画」
に伴う住宅建設促進法(1989年)などにより,低所得層向けの永久賃貸住宅を建 設する際,スラム化防止のため一定規模の社会福祉館の建設が義務化されたこと で全国に広がった。全体的には低所得者を優先した在宅福祉サービス提供,福祉 相談を含む総合福祉センター的な機能と一般住民を対象とした生涯学習センター 的な機能とを併せもっている。
⑿ 「癒着」の概念についてはネガティブな意味合いが感じられるが,特に金大中政 権やノムヒョン政権のような進歩的な政権の時期にその関係が良く見られた。政 府とNGOの関係を「癒着関係」として見るのか,「パートナーシップ」として捉 えているのかが論者によって異なるため,ここでは,柳・王(2006 : 82〜83)の 言葉をそのまま使うことにする。
⒀ 例えば,参与連帯の役員(共同体表,幹事,顧問,運営役員,執行役員等)531 人の中,職業の確認ができるのは416人であるが,この416人の中,150人が313 個の政府の要職を経験している。
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The activities of NPOs/NGOs in Korea
──Focused on social capital──
Choi, Eun Ju
The activities of NPOs/NGOs related social service delivery in Japan and Korea are quite different. In Japan, the activities of NPOs/NGOs are mainly community- based, the political influence of NPOs/NGOs is not so strong. NPOs/NGOs are not directly involved in policy making processes but in the supply of social welfare serv- ice. In Korea, on the contrary, NPOs/NGOs are advocacy oriented, have strong rela- tions with democratization and have strong political affiliations.
We cannot neglect that Japan has been and will be one of the most influential countries to Korea. Social welfare is not an exception. Korea government was intro- duction of long term care in July 2008. In Japan, that was introduced in 2000.
NPOs/NGOs are new social welfare delivery system also cannot be ignored re- gardless of countries and political circumstances.
The analytical framework of this analysis provides a framework on level of trust on people and the type of social capital in Korea.
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