• 検索結果がありません。

        台湾東海大学における日本研究の現状

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "        台湾東海大学における日本研究の現状"

Copied!
6
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

〈特集「海外での日本語教育事情」〉

        台湾東海大学における日本研究の現状

      一「日本文学史概説」を視点に一

薫 幸君

 東海大学は台湾の中部に位置し、1950年、アメリカニューヨークにある中国基督教大学 聯合(The United Board for Christian Colleges in China, UBCCC)より発足され、1953

年に本格的に教育活動を開始した。文・理・工・農・管理・社会科学・創意設計芸術の7 学部、うち38学科と17のセンターを含む私立大学で、構…内には付属高校・中学校・小学 校・幼稚園まで完備している。台日の交流が盛んになるのにつれ、その架け橋となる人材 が広く求められるようになったため、1992年に日本語文学系は創立された。文学部に所属 するこの学科は、台湾の中部における初めての日本語文学系となり、以来、日中交流を担 う人材育成に力を注いできた。2000年より、台湾社会の多元的な発展を鑑みて、カリキュ ラムの改定に踏みきり、さらにその基盤のもとに、2006年に大学院を開設した。私が東海 大学に就任したのは、大学院開設の年である。

 紙幅の関係上、ここでは主にカリキュラム改定後の、日本語文学系における日本研究の 現状をふまえて、文化領域担当の一教師の立場から、これまで表象文化関連の授業に携わ ってきた範囲で、現在実施されている「日本文学概説」という授業について触れていくこ とにする。

1.カリキュラムの改定

 東海大学日本語文学系のカリキュラムの改定は、漸進する形で進められてきた。いわゆ る日本語教育を学科開設時から行ってきたことと関連し、しかも台湾の中部で初めて日本 語教育を実施する大学として、従来の日本語教育のイメージは自他ともに拭いきれないま ま、カリキュラム改定が決行された。そこに踏み込んだ主な理由は、社会の変化に適した 人材育成、つまり地域際交流の現場においてどのような能力が必要となりつつあるかを反 映できるカリキュラム作りが必要だと考えたからである。「多元文化理解」および日本語の 基礎科目を必修とし、さらに「文化領域概論」「言語コミュニケーション領域概論」「社会 領域概論」の三っの科目を、カリキュラム完成のための指標として開講するにあたって、

従来の日本語学習しか目的として考えない受講生もいるなか、カリキュラムの改定は漸進 する形で行った方が、より理想の教育環境作りができると思われたのである。

 大学院では、さらにこの三領域の強化を図るかたちで、専門知識と実践、社会貢献を三

(2)

位一体とするプログラムを実施する。学位の認定に関しては、修士論文を提出する他、メ ディア製作などの作品を論文と合わせて提出ことも可能にしている。つまり、専門書、研 究論文の読み込みのほかに、フィールドワーク、そして社会との連携が大学院教育にとっ て不可欠な要素であるとの考えに立脚している。そうすることによって、より独立した思 考、問題提起、問題解決の能力、かつ社会に還元していける人材育成に繋がると考えてい る。こうした認識のもとに、東海大学の日本語文学系は「多元文化」を目標として掲げた カリキュラムを実施している。

2.カリキュラム改定における「多元文化」

 新たなグローバル時代に突入し、多元的な発展というのは避けられない傾向であること はここで改めて強調するまでもないが、人口の移動に伴い、多くの外国人が暮らす台湾の 場合、こうした傾向はここ数年ますます顕著である。異なる文化背景をもつ人たちが共生 するには、交流を重ねた相互理解が基本となってくる。東海大学日本語文学系の卒業生は 台湾国内、あるいは日本と関わる仕事に従事することが多いという現状からみれば、台湾 と日本の相互理解、あるいは交流がすぐさま想起されるが、しかし、一口に「台湾」と言 っても、さまざまなエスニシティ・グループが共生しており、アジアの国々や西欧諸国か らやってきた定住者、さらに短・長期の仕事をする滞在者も加え、単一の理解、文化認識 ではカバーしきれない。それらをすべて引っ括めてはじめて「台湾」といえるのである。

日本とてグローバルな状況において、「単一民族」の神話をいまさら唱えることもないであ ろう。まして、出身地を同じくしていても個々人は異なる文化背景を持つことが、現代社 会において普遍的にみられる状況である。このように、従来、目本語教育によくみられる 均一な日本文化の学習では対応しきれず、多元文化理解、あるいは多元文化交流に立脚し た日本研究が求められるようになっている。このニーズを先取りした東海大学の日本語文 学系は、社会とのつながりを重要視し、カリキュラムのなかでは日本、沖縄、韓国、中国、

フィリピン、ベトナムと台湾の関係性を分析的に議論していけるように、学生の語学の力 を強化しながらも、社会問題を批判する力を持てるよう、授業設計を行っている。これら はたとえば、言語コミュニケーション、公共性などといった授業はもちろん、語学教育関 連の授業にも素材選びから反映され、また教室を出てじっさいに社会との接触を試みる方 法も採られている。

3.日本語学習から日本語を使う「専門分野」の獲得へ

 台湾の日本語教育関連の学科に入学してくる学生たちは、意識のうえで自分たちの専門

(3)

が「日本語」であると考える傾向が強い。専門が「日本語」というのは、たとえば日本語 教育なのか、日本語研究なのか、あるいは日本研究なのか。それともただ単純に日本語が 話せるようになれば、それをもって「日本語」が専門であると名乗るのか。一般的にぼん やりと自分の専門は「日本語」といってしまう学生たちの傾向を軌道修正し、よりはっき りと自分の専門分野を意識できるように、学部の二年目の後半にエントリーを開始し、三 年目に「言語コミュニケーション領域」「社会領域」「表象文化領域」の三分野から自分の 専門分野を選び、学習プランを立ててもらう。言い換えれば、専門分野選びをすることに よって、学生たちは学部四年間を通して「日本語」をマスターしさえすればよいという考 えから、日本語を媒介とする専門分野を持つという考えヘシフトできるようになる。した がって、「多元文化」を学科の中心主旨として掲げたこのような目標を設定することで、東 海大学の日本語文学系は、従来のように、「日本語を学ぶところ」ではなく、日本語を学ん で「何か」を実践するという、積極的な学習のモチベーションを持つ学生が在籍する学科 となる。それでも、はっきりとした動機を持たずに入学してきた学生も少なくないため、

一年目の前半に「多元文化理解」、後半に「文化領域概論」という授業を設け、学科の方針 を理解してもらう努力をすると同時に、専門分野を決めるための手がかりを与える。そし て、少し日本語の力が身についてきた二年目の前半に「言語コミュニケーション」、後半に

「社会領域概論」を入れ、三つの分野についてのイントnダクションを完了させる。これ らの授業を受けるなかで、自分の考えている方向と違うと感じた学生がいれば、早期に方 向転換をはかり、学習動機が定まらないまま大学を卒業してしまうということを回避させ

る。

4.「語学教育」と「独立思考」のはざま

 とはいえ、七年間あまり漸次的にカリキュラム改定を進めるなかで、決して迷いがなか ったわけではない。従来、台湾では語学教育に重点をおいてきたいわゆる「日本語学科」

のイメージがつきまとうのに加え、カリキュラム改定によって語学教育の授業が見直され、

自学に切り替えていくことによって語学学習のためのコマ数が減少されるのに代わり、専 門分野の授業が増加したことで、「語学教育」がおろそかになったという誤った認識が生じ てもいる。授業時間のなかで減らされたのは「練習」(exercise)の部分である。実際には、

少人数制にTA(Teaching Assistant)をつけてじっくり練習ができるようになったという 利点からみても、授業時間を使って練習するよりはるかに練習できる頻度が増える。しか

し、練習時間を授業外の自習時間に移動させただけであることに、カリキュラム構成を一 見しただけでは気づかないのである。また、「語学教育」をおろそかにしているという誤っ

(4)

た認識は、学生の学習習慣とも関係する。これまで「教えてもらう」ことを受動的に待つ 姿勢に慣れていたためか、自発的に学習する姿勢を身につけ、自学のよさを感じられるま でに、時間を要する。こうして、専門分野別の知識や独立思考を培うための授業が充実さ れてきたこともあって、徐々に自発的に勉強する学生が増え、しっかりとした問題意識を 持つ学生も見るようになってきてはいるが、毎年の新入生のなかには、「日本語文学系」を

「日本語を勉強するところ」としか見ない学生がやはり少なくない。繰り返しの文型練習 のようなものを「語学教育」の一環と認識するが、日本語を使用した討論や、社会問題の 分析をする授業は「語学教育」と関係がないと考えてしまう学生の意見に日々、教壇に立 つたびに出会う。「語学教育」における偏った認識がいかに根強く台湾のなかにあるか、改 めて感じさせられる。東海大学の日本語文学系の日本研究はこうして、「語学教育」と「独 立思考」のはざまに立たされ、なおその強風に逆らって前進している。

5. 「日本文学史概説」という視点から

 長い前置きとなったが、私が担当する「日本文学史概説」という授業を例に、東海の日 本研究について見ていきたいと思う。この授業は学部二年次に習得する科目としておかれ ているが、本来は、日本文学の流れを把握するためのもので、留学試験の受験準備のため の授業としての性質もある。しかし、実際、日本の文学にまったく予備知識がなく、いか なる概念も持たない二年生の学生にとって、一年間で日本文学の歴史を学ぶのは、動機は それぞれ異なるにせよ、編年史的に文学者の作品群、そして文学様式の変遷を追うだけで せいいっぱいとなり、作品をじっくり味わうことで作家を認識していくことや、「日本文学 史」とはなにかを考える余裕もなく、固有名詞の森に迷い込んだまま、有名な作家の名前 と作品名を覚えたくらいで終わってしまうのがおちである。二年生の日本文学の基礎を築 く授業であることと、学生たちにとって初めての表象の授業であることを考えれば、授業 構成を工夫する際、もっとも伝えるべきことはなにか、ということにっいて考えさせられ

る。また、学科が掲げる「多元文化」の目標と合致する授業としていくため、そして理想 の人材育成を行っていくためには、なにをするべきか。以下、東海に就任してから三年近 くの模索を述べることとする。

 「日本文学史概説」は、授業名の通り、日本文学を全般的に包括したものである。しか し、東海の日本語文学系では、台湾と日本との関係性をカリキュラムの重点においている ため、私が担当する「日本文学史概説」の授業もそれに準じたかたちで捉えるならば、日 本文学のなかでも台・日の関係性の強い近代におかざるをえない。そこで、日本、そして 台湾にとっての近代とは何か、日本文学のなかの「近代」、「台湾」とはなにか、台湾にお

(5)

ける「日本近代の文学」とはなにかについてといったテーマが、まず優先的な課題として 挙げられる。また、文学史の概念として、なにを伝えるべきかという点において考えるの であれば、歴史形成の生成・交流過程について触れることは避けて通れないであろう。こ のようにして、「日本文学史概説」の土台となる授業構成が決まる。

6. 「日本文学史概説」における「多元文化」

 授業の基本優先課題が決まり、そこにどのように「多元文化」の視点を導入するかであ るが、私がまず実行したのは、いわゆる「教科書」を与えない、ということであった。正 確に言えば、受講者に自ら「教科書」を探させることからこの授業を始めたのである。こ れは日本文学の歴史形成の生成・交流過程にっいての概念を、受講者に直に実感してもら うためである。このウォーミングアップの作業は、オリエンテーション後に宿題「日本文 学史を探せ」として出した。受講者に2−−3種類以上の「日本文学史」と思われる単行本 を見つけ出して、その目次をコピーし、異同を比較したうえで、意見を提出するよう指示 をあたえた。学生がそれぞれ持ち出してきた本は実にさまざまで、タイトルに「文学史」

と銘打った本はもちろん、作品の選集、文学関係の研究書、歴史関係の本まであった。目 次の構成、項目について解説させ、さらに比較から得た感想と意見を述べてもらうことで、

日本の文学史がさまざまな視点で解釈された。女性文学、テレビドラマの作品、戦後文学、

原爆文学、植民地文学、日本語文学、沖縄文学などといった項目が本によっては登場する ことになり、日本「文学史」の多面性、そして編纂の視点の違いに、受講者が気づくよう になった。

 このことをきっかけに、受講者が異なった視点でものを考えるようになり、またさまざ まな角度から意見を言うようになったが、もっとも重要なのは、書物で読めるような歴史 は人の手によって再編されたもので、視点の持ちようではまったく相反する記述を目にす ることさえあるということを、受講者が改めて意識するようになったことである。このよ うなことを意識することで、文学の知識が増えていく度に、受講者各自の「文学史」が形 成され、再編されていく。これはもちろん、学習を積み重ねていけば、誰でも容易に気づ

くことであるが、いかに早い段階で記述の持つ多様性に気を配るかが、その後の学習に大 きな影響を与えることはいうまでもない。

 このように、独立した思考、自力で学習資料を探し、調べる習慣を身につけるトレーニ ングをしていくのであるが、しかし日本語学習の初心者である二年生の受講者にとって、

悩みの種は尽きないようである。たとえば、日本語の語学力の不足が、そのままテキスト や資料の読み込み能力に比例する。授業中に受講者の発表を聞いていると、中国語で書か

(6)

れる文献やインターネット情報を頼りにしている部分もあるが、日本語の資料をあたった 受講者のなかでは、「読んでみたが意味が把握できなかった」という声があがってくる。ご

く初歩的な問題は、院生のTAをおいて一緒に議論してもらうことで解消しているが、語 学力の制限のため日本語の補足資料の使用は多くの場合、割愛せざるを得ない。映像資料 の使用も、このような意味において不自由である。さらに欲を言えば、新聞、雑誌などの 関連情報もなかなか活用が困難である。こうした語学力不足がもたらす学習への制限を、

いかに学生のモチベーションに変えていくかが、これらの困難をいかに乗り越えるかが、

今後、工夫するポイントになるであろう。

7.今後の課題

 以上、「日本文学史概説」を例に、東海大学のカリキュラムの方針に関連づけるかたちで、

東海における日本研究の現状の一部を報告した。ほかに、文学をはじめ、メディアなどの 表象関係の授業は、たとえば、三、四年生が受講する「日本近現代文学」「日本近現代表象 文化論」「日本古典表象文化論」「台湾日語文学」「日本メディア研究」「台日メディア製作」

などの授業がある。このなかでもとくに文学関係の授業間の連携に改善の余地が残ってい るが、現状では手が着けられていない。カリキュラム上「文化領域」に属している科目だ が、「社会」・「言語コミュニケーション」とも重なる部分を多く持っているだけに、これら の授業をいかにシステマティックに段階分けし、学習ポイントをおさえていくかが、重要 な課題となる。

参照

関連したドキュメント

本稿では衰退しつつあるブラジルの日系団体経営の日本語学校で一定の日本語

現在、日本で生活している日本語学習者は、学習環境も言語背景もさまざまである。し

このような在留邦人による親子間の日本語継承は、日本語教育の分野ではおもに「継承日

 発表では作文教育とそれの実践報告がかなりのウエイトを占めているよ

来日初期の場合は、JSL

文部科学省は 2014

日本語教育に携わる中で、日本語学習者(以下、学習者)から「 A と B

早稲田大学 日本語教 育研究... 早稲田大学