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五十嵐誠一 『フィリピンにおける民主主義への移行と

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ソシオサイエンス Ⅵ)1.14 2008年3月 293

博士(学術)学位申請論文審査要旨

五十嵐誠一

『フィリピンにおける民主主義への移行と その定着に関する総合的研究

一市民社会の政治力学に注目して−』

1.主題について

本論文は,タイトルが示すように,アキノ氏暗殺事件あたりから顕在化するいわゆるピープルパワーがもたらし たとされるフィリピンにおける民主主義への移行過程と,新憲法のもとでその定着過程において大きな役割を果た

したといわれる市民社会の動態とに分析の焦点をおいて,両者を総合的に記述・分析した。

その主題が,大きく二つに分けられるのは自明である。一つは,民主主義への移行過程におけるフィリピンにお ける市民社会の実態にはかならない。ここでは,市民社会内部のヘゲモニー陶争に留意しながら分析を進めてい る。これまでにはあまり見られなかった視点から,市民社会がいかなる役割を果たしたのか,民主化の帰趨にいか なる影響を与えたのかを明らかにすることに挑戦したといえよう。

もう一つの主題は,新憲法制定だけでは当然不十分な現代フィリピンの民主主義が抱える欠陥を明らかにしなが ら,それを市民社会がいかなる手段で修復し,民主主義の定着と発展とを促してきたのかを実証的に検討すること にあった。

その意味で,本論文は,フィリピンの民主主義への移行過程からその定着過程に至るまでの市民社会の実態と動 態とを体系的かつ実証的に描き出した論文といえよう。当然このような主題の設定は,現代フィリピン研究のみな

らず,民主化研究と市民社会研究に対しても重要な示唆をもたらす。

2.論文の構成

論文の構成は以下の通りである。本文は,41文×28行,1頁は1148字で構成され,日次,参考文献一覧等を含め,

全403頁,脚注を含めて約40万字である。

主要略語一覧

1.本研究の目的 21−本研究の位置づけ 3.本研究の構成 第一部 分析の視点 第1章 分析概念の はじめに

1−1 民主化・民主主義

(1)「手続き的民主主義」

(2)「移行論」における民主主義

(3)「定着論」における民主主義

(4)「手続き的民主主義」と「実質的民主主義」

l 1 6 4

1

3 4 4 5 5 6 0 0 0 2 2 2 2 2 2 2 3

(2)

1−2 市民社会

(1)リベラルの市民社会論

(2)ラディカルの市民社会論

1−3 現代フィリピンにおける市民社会論

第2章 分析枠組み はじめに

2−1「構造主義アプローチ」における市民社会

(1)近代化論

(2)政治文化論

2−2「移行論」と「定着論」における市民社会

(1)市民社会論の4つの学派

(2)「移行論」における市民社会

(3)「定着論」における市民社会

(4)民主化分析における市民社会 2−3 「国家一市民社会アプローチ」

(1)非マルクス主義の「国家論」

(2)ネオ・マルクス主義の「国家論」

(3)非マルクス主義のポスト「国家論」

(4)民主化分析における国家一市民社弓

第二部 事例編(1)民主主義への移行と市民社会 第3章 市民社会の歴史的変遷

はじめに

3−1 スペイン・アメリカ植民地時代 3−2 戦後から1960年代前半ま 3−31960年代後半から戒厳令布告ま 3−4 戒厳令以降

第4章 民主化移行局面における市民社会 4−1 正統性の失墜

4−2 アキノ暗殺事件直後の政治的スペクトラム 4−3 選挙への参加をめぐる市民社会の亀裂 4−4 政治社会に対する市民社会の巻き返し 4−5 市民社会の分裂と政治社会への吸収 4−6 市民社会と政治社会の糾合 4−7 民主化と市民社会の比較考察

3 3 7 3 6 3 3 3 4 4

3 3 4 4 7 9 9 1 3 6 8 9 0 2 4 5 5 5 5 5 5 5 5 6 6 6 6 6 7 7 7 7

3 4 4 4 0 0 0 3 7

8

8

8

8

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9

9

9

(3)

審査要旨      295 第5章 民主化決定局面における市民社会

はじめに

5−1 アキノ政権の誕生と憲法制定委員会の発足

5−2 新憲法草案の審議過程における市民社会と政治社会の動向………‥=…‥146頁 5−3 新憲法草案の基本的特徴

5−4 新憲法草案の批准をめぐる市民社会と政治社会の動向………159頁

第三部 事例編(2)民主主義の定着と市民社会 第6章 アキノ政権以降の民主主義の実態

はじめに

6−1 フィリピンの民主主義の成熟度

6−2「3GJ「3PJ「カシケ民主主義」「ボス民主主義」

6−3 「エリート民主主義」

6−4「政党なき民主主義」

(1)制度的要因,文化的要因,構造的要因

(2)アメリカ植民地期における政党政治の開始

(3)戦後の二大政党制

(4)社会的・経済的・文化的条件の変化

(5)1992年,1998年,2004年の大統領選挙

第7章 アキノ政権以降の市民社会のエンパワーメント はじめに

7−1 現代フィリピンの市民社会の概況 7−2 新憲法と地方政府法における市民社会条項 7−3 国家と市民社会との協力関係

7−4 海外からの援助

第8章 公明選挙と市民社会 はじめに

8−1 COMELECと市民団体の沿革

__8_二2_市民団体の結成の背景と_組織概要

(1)NAMFREL

(2)NASSA

(3)PPCRV

8−3 市民団体の活動状況

(1)選挙監視

(2)非公式集計

(3)有権者教育

(4)選挙改革アドポカシー 8−4 選挙監視の功罪

(4)

第9章 農地改革と市民社会 はじめに

9−1 戦後の農地改革の歴史とCPARの結成 9−2 農地改革法案の審議過程におけるCPARの活動 9−3 農地改革法の成立後のCmRの活動

9−4 農地改革法の施行過程における三者協力と新たな市民社会連合の形成………283頁

第10章 都市貧困と市民社会 はじめに

10−1 都市貧困組織の歴史

10−2 都市開発住宅法案の審議過程におけるULR−TFの活動………301頁 10−3 都市開発住宅法の成立後の市民社会の活動

10−4 共同体抵当プログラムにおける三者協力

1.本論文の研究視座

2.民主主義への移行過程における市民社会 3.民主主義への定着過程における市民社会 4.今後の展望

5.今後の課題 参考文献一覧

304頁 308頁 313頁

317頁 317頁 319頁 325頁 328頁 333頁 337頁

上に示した目次からもわかるように,本論文は,その構成からも,学位論文として好感が持てる。最初に,目的,

位置づけ,構成を明らかに示し,各章に,いちいち「はじ釧こ」と「小括」とを配した。読者が容易に筆者の言わ んとするところを理解できるよう配慮した形跡がうかがえる。学位論文だからといってことさら難解な構成をと り,一部の専門的な読者にしか理解されない論文を以て是とするケースもあろう。逆に,本論文には,誰にでも理 解され誰からも批判と評価とを受けようとする真撃な姿勢が示されている。

構成上の内容については,まず,はじめに,「目的,位置づけ,構成」を開陳したことは述べた。それに続く,

分析概念と分析枠組みとの検討をふくめて,第一部は,いわば,先行研究のサーベイに等しい。同時に,ここで共 通の「言語」を設定し,第二部・第三部の事例研究へと移る。事例研究は,年代にそって二部構成をとるが,その メプレケマ一一ル酷一一単なる一時間一軸土の推移では竜一く丁民主主義への「移行」−と,そ−の−「定着十であるもーしたがって,

構成上,第二部は,やや時間のスパンを拡大した時点から記述され,第三部は,民主化を経てなお残存したフィリ ピン社会固有の要素の抽出から始まっている。こうした三部構成は,論文に安定感をもたらしていると評価できよ う。

3.論文の概要

論文の主題すなわち目的が設定されたら,いかにその目的を達成するか,記述・分析・実証のための詳細な課題 と方法とが決定されなければならない。本論文の第一の目的である民主主義への移行過程における市民社会の実態 と動態を分析するた釧こ,筆者が設定した分析課題は以下の四点に絞られる。

第一に,市民社会では,おおむね階級的・イデオロギー的差異にそって集団が形成され組織化がなされる。ドラ スティックに社会が変容を遂げるときには多くの場合そうであるように,そうした差異をもとに,状況認識の推移

(5)

審査要旨       297 とともに,集団間の離合集散が繰り返されてきた。開発独裁の典型ともされてきたフィリピンにおいて,民主化は これ以ヰない社会変動といっても過言ではない。主導権をめぐる市民社会集団間の動きは,フィリピンでも例外で はなかろう。このような市民社会の実態を描き出すには,おうおうにして多数派を形成しやすい中道派といわれる 地位を握った集団や,穏健派とされるリベラルの系譜にスポットが当たりやすい。本論文では,より詳細に,「ラ ディカルの系譜」の市民社会の動向をも踏まえて体制変動過程における各アクターの位置づけを把超し,それらの 動向を整理することが,具体的な第一の重要な課題とされている。

第二に,フィリピンでは,概して政治セクターの諸アクターが穏健な民主化を志向していたのに対して,市民社 会では進歩的な勢力によって穏健勢力に対する対抗的ヘゲモニーが形成された。それが民主化を保守層の意向を反 映するだけには留まらない方向へと推し進めたと推測しうる。そこで,市民社会が民主化の性格に与えた影響をよ り正確に理解するには,市民社会と政治セクターとを一旦切り離して分析を進めることを第二の課題として提示し た。

第三に,民主化過程における市民社会の影響力を探る場合,国家と市民社会との関係が体制変動過程でどのよう に変化していったのかを分析しなければならない。国家は,非民主主義体制下では市民社会の自律性を窓意的に奪 うだけでなく,民主化過程における市民社会の影響力を規制するアクターでもある。こうした認識から,市民社会 を国家との関係の中に位置づけて分析を進めることを第三の課題とした。

第四に,民主化の性格にまで踏み込んで検証を行う場合,体制変動によって誕生する民主主義国家の性格をも分 析の対象としなければならない。市民社会を含めた民主化過程のありようが,誕生する民主主義国家の性格をいか に構造的に規定してゆくかという視点である。この点を明らかにするために,国家を独立変数としてのみならず従 属変数としても捉えて分析を行うことが,第四の課題として設定された。

以上の分析的課題を踏まえて本論文では,民主化運動が一気に高揚する1983年8月のアキノ暗殺事件から,新た に誕生した民主主義国家における民主化の集大成とも言える新憲法が制定されるまでの政治過程を時系列的に分析

している。

本論文の第二の目的である民主主義の定着過程における市民社会の果たした役割の分析を行うために,筆者は以 下の四つの分析的課題を設定した。

第一に,マルコス政権を打倒したあとに,すぐさま完璧な民主主義が定着したわけではない。そこには,さまざ まな民主主義の欠陥が潜んでいた。ここでいう民主主義の欠陥とは,民主的制度(「手続き的民主主義」)が作ら れてもそれが期待通りの機能を果たしていない実態を指す。こうした機能的欠陥は,貧富の格差を慢性的に抱える 発展途上国にとって,社会経済的民主化を含む「実質的民主主義」の達成が容易ではない現実をも合意している。

市民社会が果たす役割を分析する前に,まずは,こうした民主主義が抱える欠陥を具体的に明らかにしておくこと が肝要とならざるをえない。

第二に,「実質的民主主義」をも含めて民主主義の発展の問題を検討する場合,国家の「弱さ」に留意する必要 がある。フィリピン国家は,支配エリートからの「自律性」を確保することと政策を実行する「能力」が低く,こ れが「実質的民主主義」を実現する上で障害になってきた。こうした「弱い」国家に対して市民社会がどう働きか けて民主主義の発展を促して−きたのかに着甘する必要がある−。一一一

第三に,以上の分析的課題を跨まえて,民主主義の欠陥の修復に市民社会が直接取り組んできた事例として,本 論文が主として分析対象としたのは,公明選挙を求めて活動する無党派の市民団体であった。ここでは選挙,政党,

議会という「手続き的民主主義」の主要な構成要素の欠陥を,いかなる手段で市民団体が修復を試み,民主主義の 定着と発展に寄与してきたのかが実証的に考察されている。

第四に,本論文でつぎに取り上げたのは,「実質的民主主義」の定着と直接関係する農地改革と都市貧困層の支 援の分野で活動する市民団体であった。著しい貧富の格差を抱えるフィリピンにとって,農地改革と都市貧困は喫 緊の解決を要する社会間題にほかならない。市民団体がいかにしてこれらの問題の解決に取り組んできたのかを実 証的に分析することは,上述の目的に沿った課題として不可欠の作業となる。

以上が,本論文の目的に沿って設定された課題である。

以下,各章の論点を簡単に記す。

(6)

第一部を構成する第1章と第2章では,理論的な考察を中心に議論を進め,本論文で用いる中心的な分析概念と 分析枠組みの検討を行った。

第1章では,民主化 民主主義,市民社会という分析概念をあきらかにしている。まず,フィリピンをはじめと する途上国の民主主義が,制度と機能との承雛に加えて社会経済的不平等を抱えている実情を踏まえて,制度面を 重視した「手続き的民主主義」の確立で十分とする既存の民主化研究,より具体的には「移行論」と「定着論」の 研究姿勢を批判的に検討している。その上で,民主化を単なる「手続き的民主主義」の定着としてではなく,その 欠陥の改善と「実質的民主主義」をも達成してゆく包括的なプロセスとして捉え直す必要性を論じた。ここでいう

「実質的民主主義」とは,政策決定過程への民衆の積極的な参加の実現という政治領域における民主主義の深化を 意味するだけでなく,社会経済領域においても民主主義の実現を求めた概念にはかならない。いわば,欧米の自由 民主主義を半ば無批判に到達点として採用してきた既存の民主化研究の呪縛からの離脱を試みたともいえる。つい で,市民社会のネガティブな側面と解放的な側面をも照射して分析を行う必要性から,リベラルだけでなくラディ カルの系譜の市民社会の議論をも下敷きにして市民社会概念の精緻化を行い,市民社会を理想化しがちなリベラル の見方が強い既存の市民社会研究の姿勢に対して修正を迫っている。本論文でいう二つの系譜とは,より具体的に は,一つは,ロックやスミスを囁矢とするリベラルの系譜の市民社会論であり,もう一つは,ヘーゲル,マルク ス,グラムシらに代表されるラディカルの系譜の市民社会論である。そこで,フィリピンという発展途上国の市民 社会の現実を踏まえて,市民社会をラディカルな系譜からも照射し,市民社会が持つ排他性や不平等性というネガ ティブな側面とそうしたネガティブな側面ゆえに形成され開放される社会ダイナミズムを抽出することに成功して いる。これらの議論を踏まえて,最後に,フィリピン国内の市民社会に関する代表的な議論を検討し,内発的な視 座から市民社会概念の整合化を図った。

第1章での分析概念の整理を踏まえて,第2章では,市民社会の視角から民主主義への移行とその定着にアプ ローチするための分析枠組みの検討を行っている。まず,「構造主義アプローチ」を代表する近代化論と政治文化 論に着目し,両アプローチでは市民社会が一枚岩的に扱われ,市民社会がいかにして民主主義体制の誕生と結びつ くかについての詳細なダイナミズムの分析は看過されていることを明らかにした。つぎに「移行論十と「定着論」

という民主化研究の代表的なアプローチを取り上げている。本論文は,「移行論」が民主主義の移行過程において ミクロなアクターの役割に着目する点と,「定着論」が民主主義の定着過程において自発的なアソシエーションの 役割に着目する点とにおいては分析の視点を共有している。しかし,その方法においては無条件に採り入れている わけではない。これらのアプローチが,欧米の自由民主主義の焼き直しに過ぎない「手続き的民主主義」を分析の 大枠として採用しているために,エリート主義に由来する市民社会の道具的な扱いに陥りがちな点と,リベラル的 な見方に過度に偏っていることを批判している。その上で,「構造主義アプローチ」の欠点をも踏まえながら,政 治社会と区別される市民社会の自律的な機能を見出すとともに,ラディカルの系譜の着眼点からも市民社会を捉え てゆくアプローチの重要性を指摘した。

つぎに,市民社会の分析には,国家との関係を盤上にのせることが不可欠であることから,既存の国家論アプ ローチを援用して国家概念の検討をし,民主化および民主主義の問題に切り込むための分析枠組みとして「国家一 市民社会アプロ ̄−チ十の検計に取り ̄紅んでいる盲 ̄ ̄具体的には,非マルクス主義の ̄「国家論十か ̄らは, ̄制度であれア クターであれ国家が政府以上の存在であり社会から自律した独自の目標と機能を有するという視点を導き出した。

ネオ・マルクス主義の「国家論」では,国家は支配階級の利益に貢献する機能を有する一方で,それから自律した 側面を持つことが示されている。最後に非マルクス主義のポスト「国家論」からは,国家の「自律性」と「能力」

を市民社会との相互作用の中で分析する視点を獲得している。こうした諸理論の複合性の中に「国家一市民社会ア プローチ」を位置づけた。

第3章,第4章,第5章から構成される第二部は,本論文の第一の目的と関係する部分であり,体制変動以前の 市民社会の動向に焦点を当てて記述している。第二部での考察を通じて,体制変動過程において市民社会の実態は いかなるものであったのか,市民社会はいかにして民主化を推し進めたのか,そして市民社会は民主化の帰趨にい かなる影響を与えたのかが具体的にあきらかにされている。

第3章では,一方で,植民地政府を含めた国家との関係に注意を払い,他方で,市民社会を舞台とするへゲモ

(7)

審査要旨      299 ニー甑争に留意しながら,植民地時代から1980年代に民主化運動が高揚するまでの市民社会の盛衰の歴史が簡単に 整理されている。まず,スペイン植民地期にはイルストラーダによって平和的な改革運動が形成され,アメリカ植 民地期には社会主義と共産主義の台頭によって農民運動と労働運動が組織化され反政府的な大衆抗議運動が拡大し ていったことが簡潔にまとめられている。とりわけ,スペイン植民地期にカトリックが持ち込まれ,アメリカ植民 地期に左派勢力が形成されたことは,フィリピンの市民社会を論ずるうえでは欠かせない事実であろう。すなわ ち,両植民地期を通じて,フィランソロピーの影響を受けたエリート家族とカトリック教会によってさまざまな非 営利組織が形成され,それがエリート家族の社会的地位と教会の宗教的ヘゲモニーの維持を可能にし,植民地の安 定化を図るために植民地政府も積極的に支援した。戦後から1960年代前半までの時期には,東西冷戦下の反共主義 の「大義」のもとに,左派革命勢力の台頭を抑えるために,政府やアメリカは宗教勢力やビジネス・セクターを支 援したのである。これによって,教会やビジネス・セクターがイニシアティブをとり,農村開発や選挙監視に従事 する市民団体が形成されていったことが明らかにされている。今日につながる選挙監視の市民組織は,その出自か らいって,左派革命勢力が生み出しものではなく,右派あるいは穏健・中道・リベラル勢力から生み出されたので ある。しかし,1960年後半以降には,「新しい社会運動」の浸透により社会改革を志向する運動や組織が形成され,

さらには新たな共産主義勢力の台頭によって農民運動や労働運動が大きく刺激され,市民社会の政治化が促されて いった様子が分析されている。戒厳令以降は,市民社会の成長は一時的に停滞を余儀なくされるが,唯一の合法的 な社会組織ともいえる教会を中心にCDとCOによる草の根活動が推し進められ,また人権や環境,ジェンダーな どの新たな問題に取り組む市民団体が出現し,さらには,フィリピンの市民社会の大きな特徴のひとつである共通 の目的を持つ市民団体による全国的なネットワークが形成され始めたことが指摘された。以上のように本章は,本 論文で提示した基本的な視座を用いて体制変動過程以前の市民社会の動向を考察することで,本格的な分析を行う 第4章と第5章への橋渡しをする役割を果たしている。俗な表現を使えば,主役はおおむね出揃ったといえよう。

第4章は,本論文の第一の目的を達成する上で中心となる章であり,民主化の移行局面を扱っている。ここでは,

民主化運動が一気に高揚する1983年8月のアキノ暗殺事件から86年2月に「ピープルパワー」によってマルコス体 制崩壊までの政治過程を分析している。まず,市民社会の政治化を一気に促した経済危機と政治危機によって引き 起こされた国家の正統性の危機の構造を分析し,ついで,こうした国家の正統性の失墜を受けて一気に高揚した市 民社会を中心とする民主化運動を,市民社会内部のヘゲモニー闘争という側面に留意しながら政治社会との関係を 含めて時系列的に検証した。こうした検証作業によって体制変動過程では,一方で,主として争点を重視する「大 義重視団体」(COG)による大衆抗議運動と「自由選挙のための全国市民運動」(NAMFREL)という市民団体に よる選挙監視活動を介して独裁体制に対時する市民社会の領域が構築され,そうした市民社会による下からのダイ ナミズムが民主化を促す原動力となったことが明らかにされている。他方で,ヘゲモニー闘争という側面から見た 場合,市民社会は離合集散を繰り返し,次第に分裂の様相を呈していったことが把握されている。すでに市民社会 勢力は,84年の議会選挙において,民主化の主導権をめぐって,選挙への参加を求める穏健勢力とCOGを中心に ボイコットを求める急進勢力とに分裂していた。86年繰り上げ大統領選挙へと至る過程では,イデオロギー的差異 によって市民社会は大きく引き裂かれ,それによって争点を重視するCOGによる対抗的ヘゲモニーは逓減し,民 主化の主導権が次第に穏健勢力へ移っていっ桑様子が詳細に措かれている。最後に,一国家の統治構造や国家装置の

一部としての軍部に着目しながら比較の視座から考察が加えられた。具体的には,比較政治学の政治体制の分類を 踏まえてマルコス体制をスルタン主義と位置づけ,スルタン主義における体制変動の類型を参照することで,フィ リピンではなぜ革命という手段で民主化が達成され,なぜ市民社会の圧力が民主化を決定づける重要なファクター になりえたのか改めて検討し,国家の抑圧能力を上回るほどの市民社会の民主化圧力によって,マルコス体制の崩 壊が決定づけられたと結論づけている。

第5章は,第4章とともに本論文の第一の目的を達成するために必要となる章であり,民主的制度が導入される 民主化の決定的局面を扱っている。ここでは,1987年2月に国民投票によって承認された新憲法を新たに誕生した 民主主義国家の制度的支柱であり体制変動のひとつの結果と位置づけ,前章と同様に市民社会のヘゲモニー国争に 留意しながら新憲法が制定されるまでの政治過程を時系列的に検証している。まず,アキノ政権の閣僚の構成と憲 法制定委貞会のメンバーに着目し,体制変動過程での活躍によって市民団体の指導者が数多く登用されていること

(8)

を指摘した。つぎに,新憲法草案の制定過程における政治社会勢力と市民社会勢力の動向を丹念に追跡し,市民社 会勢力が多様な活動を通じて体制崩壊後も継続的な圧力政治を展開していった様子が描かれている。その上で,市 民社会勢力が掲げてきた要求が実際に新憲法草案に反映された証左として,COGがとくに強調してきた政治参加 の拡大,社会経済的不公正の是正,ナショナリズムに関係する条項に焦点を当てた分析を展開した。ついで,新憲 法草案が可決されるまでの政治過程の分析に移り,草案に対しては批判的な態度を取る組織が多かったものの,評 価できる数多くの条項が含まれていたことから,大半の組織が批准を後押しする方向へと向かい,新憲法草案が圧 倒的支持を待て承認されたことを検証している。以上の新憲法制定までの政治過程を考察することによって改め て,市民社会が,新たに成立する民主主義体制の性格を左右する重要なファクターであったことが説得力をもって 実証されている。同時にヘゲモニー閲争による市民社会の分裂によって,体制変動は保守層の意向を反映する方向 へと向かったものの,そうしたヘゲモニー闘争を通じて市民社会勢力がさまざまな民主化要求を継続的に提示して いったことで,成立した民主主義体制には必ずしも保守層の意向を反映するだけには留まらない要素が数多く含ま れることになったことが明らかになっている。

第三部を構成する第6章から第10章は,本論文の第二の目的を扱う部分である。ここでは,体制変動後の民主主 義の実態を明らかにするとともに,市民社会がいかにして民主主義の定着と発展を促してきたのかを具体的な事例 を通じて実証的に分析している。

第6章では,フィリピンの民主主義の制度と機能との乗離が具体的に検討される。まず,計量分析で頻繁に用い られる民主化データ(「フリーダム・ハウス」「ポリティ・プロジェクト」)を援用して,制度面ではフィリピンの 民主主義が概ね定着している様子を客観的に確認している。つぎに,こうした制度面での評価だけでは確認できな いアキノ政権以降の民主主義の実際の機能的欠陥を,「3G」(銃,私兵団,金),「3P」(パトロネージ,ペイオフ,パー ソナリティ),「カシケ民主主義」,「ボス民主主義」,「エリート民主主義」,「政党なき民主主義」というフィリピン 特有の言説を手がかりにして分析を行い具体的に明らかにした。これらは選挙,議会,政治政党という政治社会の 諸要素を簡潔に捉えた表現でもある。その特徴をおおまかにまとめれば,カシケやボスと呼ばれる政治エリートに よる暴力的な支配,それらを含めた伝統的なエリート家族による寡頭支配,その結果として生じる政治政党の弱さ に関する表現であった。このように一見制度面では整った政治社会の民主化が実践の場で「歪曲」されるのは,国 家の「自律性」と「能力」の弱きとも結びついていると論じている。本章の考察によって,フィリピンの政治社会 はさまざまな欠陥を抱えており,それに対して市民社会がどのように対応してゆくのかという論点が明確に示され たといえよう。

第7章では,現代フィリピンにおける市民社会の特徴を概観しその全体像を探るとともに,民主化以後の市民社 会のエンパワーメントを促した条件を検討している。具体的には,新憲法と地方政府法による市民社会条項,国家 と市民社会との協力関係の制度化,海外からの援助の増大に着目し,順に検討している。まず,国家の最高法規た る新憲法では国家が市民団体の活動を促進し,国家の政策決定過程への積極的な参加を求める条項があり,1991年 に制定された地方政府法では市民団体が地方政府と密接なパートシップを結んでゆくことが明記されていることを 指摘した。ナショナル・ガバナンスだけでなくローカル・ガバナンスにおいても市民社会の積極的な参加が法的に 保酷きれでい−るミ七一を一明ら−かヰ二七た七十一えーよう丁一国家と市民社会との協力防備が比較的発達している農地改革省,

農業省,保健省,環境・天然資源省を具体的に取り上げて,大統領令,行政命令,共和国令に従い協力関係が制度 化されている様子を実証的に示した。最後に海外からの援助に関しては,とりわけ80年代後半以降に国際機閑や政 府機関が,市民社会の成長を促すために直接的に資金援助を行うようになり,市民社会のエンパワーメントが外部 からも図られていったことが指摘されている。本章は,分野別に具体的な分析を行う次章以降への制度的側面にお ける傭轍図を措いたといえよう。

第8章は,第7章を受けて,まず,各分野の中から,公明選挙の実施を目指して活動する無党派の市民団体に注 目し,それらが「手続き的民主主義」の中核をなす選挙,政党,議会の機能的欠陥の修復にいかに取り組んでいる かを実証的に検討している。三つの市民団体,すなわちNAMFREL,「社会行動,正義,平和のための全国事務局」

(NASSA),「責任ある投票のための教区会議」(PPCRV)が分析対象として取り上げられた。フィリピンでは民主 化以後もさまざまな選挙不正が蔓延していたため,上述の市民団体は選挙監視や非公式集計によって自由選挙の実

(9)

審査要旨       301 施を継続して支えなければならなかった。また,有権者教育を通じて市民の意識を変革することで社会に根づいた 3Gや3Pという悪弊を一掃し,さらには,選挙改革アドポカシーを通じて既存の制度を改革することで,「エリー ト民主主義」や「政党なき民主主義」と呼ばれる状況の改善をも目指していた。こうした一連の活動は選挙ガバナ ンスへの関与にはかならず,フィリピンでは選挙ガバナンスは市民団体に大きく依存している状況が実証的に示さ れている。同時にそうした市民社会の活動は,選挙という「手続き的民主主義」の一手段を最大限に活用すること で,「実質的民主主義」の実現をも促すものであったことが明らかにされた。要すれば,市民団体は,選挙監視,

非公式集計,有権者教育,選挙改革アドポカシーの活動を通じて「民主化以後の民主主義」の定着と発展に寄与し てきたことを評価している。

第9章は,「実質的民主主義」に直接関係する農地改革の分野で活動を展開する市民団体を取り上げる。ここで は焦点の一つは,1987年6月に成立した「包括的農地改革法」(CARL)の審議過程における市民団体のロビー活動 にあった。CARLの審議過程では,「民衆のための農地改革会議」(CmR)という巨大な市民団体連合が,地主議 員が支配する議会に対して対抗的ヘゲモニーを形成することで,農民よりの農地改革法の制定を促していった様子 が時系列的に考察されている。CPARのロビー活動がなければCARLははるかに地主にとって有利な法律になって いたと予想された。その活動は社会経済的民主化の障害ともいいうる「エリート民主主義」を最小限に抑える機能 を果たしていたことが示されたといえよう。つぎに,市民団体は,CAR上の施行面でも重要な存在となっていたこ とが具体的に分析されている。国家は,単独では迅速に農地改革を実施しえなかったため,「農地改革と農村開発 のための三者協力」(取iPARRD)によって市民社会との協力関係を構築する戦略を採用することで,より効率的 な農地改革を推し進めた。この戦略は,「農地改革共同体」(ARC)と呼ばれる新たな農村開発計画にも引き継がれ,

国家と市民社会との協力関係は現在に至るまでさまざまな形で保持されていることが明らかにされている。

第10章では,「実質的民主主義」に直接関係するもう一つの事例として都市貧困層支援の分野で活動する市民団 体に焦点を当てた。まず,都市貧困に関連する法の制定に向けて市民社会がいかなるロビー活動を行ったのかを具 体的に検討している。1992年3月に成立した「都市開発住宅法」(UDHA)の審議過程が取り上げられ,同法の審 議に先立って「都市土地改革特別斑」(ULR−TF)という大きな市民社会連合が結成され,それによって議論の出 発点から市民社会の意向を法案に反映させることができたことが指摘された。農地改革の分野との比較でみれば,

都市貧困の分野では都市の不動産に関心を持つ議員の数が少なかったこともあって,市民社会によるロビー活動は 大きな効果を生んだとも分析している。さらに,市民社会はUDHAの施行局面でも重要な役割を担っていたこと が具体的に分析された。本格的な地方分権化が開始された時期に成立したUDHAでは,都市貧困の解消に当たっ て市民社会とともに地方自治体の役割が重視されている。とりわけUDHAの一翼を担う「共同体抵当プログラム」

(CMP)では,NGOが事業支援団体として機能している共同体の数が最も多く,近年ではNGOと地方自治体と いう非国家アクター同士が協力して効率的にCMPを推進する事例が数多くなっていることを実証した。

結論は,本論文を通じて導かれた分析結果をまとめる部分となる。ここでは,本論文で明らかになった点を整理 するとともに総合的な考察が加えられている。

第一の課題に関しては,フィリピンの民主主義への移行過程において,市民社会は,さまざまな運動を介して民 主北という_体制変動を促す原動力であっ_た二方で,⊥をの∠ゝゲ三Eこ二瀾争_の帰趨が成立_した民主主義体制の性格を左 右する重要なファクターであったことを改めて指摘した。また,従来の研究では,フィリピンの体制変動過程は保 守層・支配層の意向を反映する方向へと向かったと指摘されていたが,本論文の分析を通じて市民社会の草新勢力 による継続的な対抗的ヘゲモニーの形成によって,民主化は保守層・支配層の意向を反映するだけには留まらない 方向へと帰着したと結論づけた。

第二の課題に関しては,三分野の市民団体の活動の検証結果を踏まえて,市民社会は「手続き的民主主義」の欠 陥を修復し「実質的民主主義」を実現するために,国家の「弱さ」を補完する重要なアクターであると結論づけら れた。くわえて,国家と市民社会とのポジティブ・サムもしく相互依存的な関係がフォーマルな形で構築され,そ れを介して民主主義の定着と発展が促されていたことを改めて指摘した。

(10)

4 公聴会における質疑応答

公聴会における主たるコメント,質疑応答について,取りまとめの上,以下に記す。

(1)全体的コメント

フィリピンの国家(政府・公的統治機構)としての脆弱性と,NGO活動がそれを補って強力であること等,これ までフィリピン内や日本のフィリピン関係者たちの間で仮説のようにいわれてきたことを,理論的整理とともに,

きちんと根拠を示してアカデミックに議論・解明した本博士論文は,たいへん貴重な貢献であると考えられる。

ことにフィリピンの87年(現行)憲法とLGC(地方政府法=通常は地方自治法と呼ばれている)がNGOの役割 を認知し,行政への関与を位置づけたこと,それを活用する市民社会側の主体が育っていることなどの事例をふま えた論証はきわめて重要な成果と受けとめられる。

これは難題を抱えて行き詰まっているようにも見える西欧を模範とした民主制国家像への接近過程ととらえるよ り,民主制国家像自体の多様化へと理解を導く一歩ともなりうる。理論の修正を行い,それを事例にフィードバッ クした点で理想的な地域研究である。

(2)質疑応答(応答部分を「」内に入れた)

冒頭,政治経済の観点から次のような質疑応答があった。

米軍基地やODAの政治的意味合いの検討をふくむ外国との関係がほぼ捨象されているのはなぜか。たとえば主 要選挙と日本のODA実施の関係を指摘した論文がある(横山正樹『世界』86年4月号論文,横山正樹『改訂新版 フィリピン援助と自力更生論』<明石書店,1994年>,第4章に所収)。ODAがマルコス政権を支持してきたのも 確かである。国内の経済構造の変化についてはどうか。フィリピンの経済構造は,80年代から90年代に大きく変化

し,アシエンデロ(糖業など)からアグリビジネスへの変化 華人系資本の拡九 外資の下請化の進行,新興財閥 の台頭などが見られるようになった。グローバル化する経済の影響とそれへの対応を分析に組み込む必要はないの か。また,企業は市民社会に含めるか。企業のNGOに対する資金援助は増えてきているのか。

これらについては,「市民社会の事例としては重要な部分のみを取り上げたために,直接体制変動に多大な影響 を与えたとは思われない要素は取り上げていない。民主主義への移行過程については,国内の市民社会アクターが どのような役割を果たしたのかを検証することが目的であったため,外国との関係についてはアメリカの影響力を 除けば国際的要因については取り上げなかった。また,民主主義の定着過程については,市民社会が重要な役割を 果たしたと考えられる三つの分野を事例として取り上げて民主主義の定着と市民社会との関係を検証したため,米 軍基地やODAの問題を一つの章を設けて検討することはしなかった。経済構造については,確かに変化してきて いることは間違いないが,本論文では市民社会の政治的影響力に焦点を当てて分析を行った。経済および経済界の 事例は,主として農地改革,都市貧困問題とのつながりで触れたのみである。フィランソロピーの発想から,70年 代後半以降,企業による市民社会に対する資金援助が行われてきたが,とくに増加したとは思われない。ここでは,

企業は市民社会に含めないが,企業が税金逃れのNGOを作ることがある。それはNGOとは言えない。」

さらに,フィリピン地域研究の観点から多くの質問が出された。すなわち,カトリック教会の政策ベースに影響 を与えた第2バチカーン公会議−(19621965年の寮2−バチカーン公会議は教皇ヨハネ23世が開−き,パウロ6世が後を健 いだ)や解放の神学などとの関係が捨象されているのはなぜか。フォーティツチ司教などの役割,今もロサレス枢 機卿(前リパ司教)などの存在がある。BCCとBECの微妙な関係(バコロド司教区ではBCCが前司教に抑圧され,

BECと改称させられたが,その後予算が切られ,事務局も2年前くらいに閉鎖された)もある。こうした点はど うか。

「カトリック教会が市民社会における重要な社会組織であることは確かである。しかし,本論文の主題は,民主 主義への移行過程とその定着過程における市民社会の分析にあり,カトリック教会それ自体を正面から取り上げて はいないが,その支援を受けたNGOの動きは具体的に分析している」という答えであった。

つぎに,国軍の政治的影響,国軍の分派(「改革派」),再三のクーデター計画などと民主化・市民社会との関係 は重要点として論じるべきではないか。国軍も必ずしも一枚岩ではなく,これと市民社会との関係,民主化との関 係はどうか。また,左派勢力に重点を置いて分析を行っていないのはなぜか。左派勢力の分裂の市民社会への影響

(11)

審査要旨       303 はどうか。90年代に分裂したその影響はどうか。そろそろ研究に反映せざるを得ない。日本とフィリピンとのかか わりよりも,国際的にもNGOの協力などでフィリピンは活躍している。

答えは以下のようになされた。「国軍の台頭は,国軍と市民社会の左派勢力との対立と深い関係にある。近年,

politicalkiningが大きな問題となっている。人権団体ですら,軍部が出した共産勢力と関与がある団体のリストに 掲載されている。民主化以後の定着過程を追って,左よりの団体を含めた分析をおこなった。左派からは,インタ

ビューや資料をえるためにアプローチして協力してもらうことが極めて困難である。したがって,いきおい左派勢 力の分裂については,二次資料や推測がもとにならざるを得ない。その分分析が薄くなった印象を与えたと思う。

正面から左派勢力と国軍を分析することはしなかったが,とくに『実質的民主主義』の観点で重要と思われる農地 改革法と都市貧困法を取り上げ,そこで左派系の市民団体も参加した市民団体連合の役割を検討した。」

NPO/POの区分とその評価検討についてはどうだろうか。フィリピンでの区分をそのまま持ち込んだきらいが ある。タルラック(アキノの地)でプスカイノ(NfAの司令官)が農民組合を結成したりしている。

「現実レベルでは,多くの会貞を抱えるNGOもあれば,専門スタッフを有するPOも存在するため,あくまでも 両者の区別は便宜的なものである。」

さらに,フィリピン社会のダイナミックな動きとの関係について,第10章に関係した典型例の一つ,日本の ODAバタンガス港拡張事業にともなう取り壊し・強制立ち退き問題に言及しないのはなぜか。90年代半ば,バタ ンガスでは,これをめぐって反対運動が組織され日本のODAが半年延期され,日本で報道された典型的事例であ る0アロヨ政権については民主化との関係をどうとらえるか0アロヨ政権の評価,選挙不正や政治的暗殺pohticd killingの頻発と汚職体質,たとえば最近問題化しているNBN疑惑(3億2950万ドル相当の中国ZTE社との全国ブ ロードバンド・ネットワーク・プロジェクト)などが,民主政治を脅かしているのではないのか。グローバルな市 民社会との関係はどうか。フィリピンの市民社会がそれだけで成立しているのではない。国際的なネットワークに 助けられ,また国際的な協議の場へ積極的に参加して貢献している。たとえば国際融資事業における住民立ち退き 間題にかんする国際ガイドライン策定などに際して影響力を発揮し,それが世銀・アジア開銀・JBICなどの対比融 資事業にも跳ね返ってくるような,相互性があるのではないか。また,市民社会のグローバル化の影響はどうか。

対抗関係も時代とともに変化している。

「アロヨ政権については,国軍のクーデター未遂や左派系の市民団体に対する弾圧などといった民主主義の不安 定要因が顕在化し,民主主義の定着とはもはや呼べないのが現状である。グローバル化の市民社会への影響は,と くに90年代になって国際的なネットワークを拡大してきている。グローバル化と格差とが同時進行していくために 争点となる。民主化についての国際的影響力,逆に,民主化が国際的影響力を及ぼした面も否定できない。アメリ カが一定の役割を果たしたのが,定着の面ではないか。」

民主主義の定着過程の分析がstadcではないかというコメントに対して「個別事例を取り上げたために分析が staticにならざるを得なかった」という答えがあった。

国際政治の見地からは,左派の分裂等,他の運動が続かなくなることの原因として,国際的要因も取り上げてほ しかったという意見が出された。そのひとつとして,たとえば,第10章で扱ったDiamondの指摘の10番目に国際 一一一一変周が挙がサてい−る。−そ−こにあるまう一に,一丁国際的要因」−は,一一移行一・一定着両過程において,一国家およ−び国家−一市民 社会関係の民主化の様相に,直接・間接的に影響を与える重要要因の一つであるため,本論文でもこの点に踏み込 んだ考察を展開する余地はあったのではないか。とくに冷戦期のアメリカの与えた影響はどうか。フィリピンでは 市民社会が民主化の最大の貢献要因であるとの認識から,考察対象を主として市民社会に絞ったことは理解できる が,市民社会それ自体が国民国家の領域内で完結するものではなくなっていることもあり,この国際要因をどう伸 ばすのか,あるいは,ここで意図的に切ったのかどうか,国際要因に関する今後の筆者の研究の発展に期待したい。

「国際的な要因については,別稿でフィリピンとミャンマーとの比較分析を行い,両者の民主化の成否を分けた 要因の一つが対外従属であると指摘したことがある。フィリピンの場合,アメリカに対する従属皮が高かったた め,最終局面でアメリカがマルコス体制を見限ったことが民主化の決定要因の一つであった。これに対して中立主 義を固持してきたビルマの対外従属度は低く,それが民主化の失敗に大きく関係していた。従属論が指摘するよう に,極端な貧富の格差などフィリピンにおける『実質的民主主義』の実現が困難なのは,国内要因のみではないと

(12)

いう認識は持っている。たとえば,91年に米軍基地がなくなったにもかかわらず,未だにハリカタンという合同演 習が行われている。経済のグローバル化 すなわちネオリベラリズムの拡大による貧富の格差の拡大は,とくに90 年代後半以降フィリピンでも見られる。市民社会におけるグローバル化 ネットワークがどう影響してくるか,ト ランスナショナル・ネットワーク,インターネットの機能拡大などの要因も見逃せない。たとえば,フィリピンの 民主化から約10年後に民主化したインドネシアでは,インターネットが市民社会をつなぐネットワークとして重要 な役割を果たしていた。」

フィリピンのNGOのリーダーたちが,国際的なネットワークのリーダーであるケースが多い。大きな役割を果 たしている。国連などを含む国際会議でグローバルスタンダードを作ったり,立ち退きには代替地を与える融資事 業についてのスタンダードを作っている。こうした活躍がフィリピン国内の市民社会の発達を支えてきたことは重 要な視点であるというコメントがあった。

比較地域研究的視点から,地主層の変化について,再度質問があった。ラテンアメリカもそうだが,地主エリー トも大きく変化を遂げている。『すなわち,NAMFRELの中にも企業の支援を受けている要素があるが,一方で地 主=Ohgarchyというイメージもある。このイメージは民主化を通じて崩れただろうか0

「民主化直後は地主議員は数多くいたが,現在までに減少していることは間違いない。ただし,政治エリートの 社会的背景を調べてみると地主がagribusinessを始めたりしているケースもあり,政治エリート家族による寡頭支 配構造は基本的に変化していない。」

これに関連し,いわゆるピープルパワーⅡでは,財界,教会の支援があるが,グローバル化の影響を介して財界 と地主との結びつきや離反があるのではないかという質問があった。

「ピープルパワーIは非民主主義体制下で,ピープルパワーⅡは民主主義体制下で出現したことから,構造的条 件は異なっている。また,ピープルパワーIは,口コミによって市民の結集が促され,ピープルパワーⅢでは携帯,

SMS(ShortMessageService)によって市民が動員されたが,重要な共通点がある。それを主導したのがカトリッ ク教会と財界であり,たとえば財界は投資を呼び込むために,健全な選挙や汚職のないことを宣伝したかった。2 つのピープルパワーは,穏健勢力によるヘゲモニーの確保という点で共通していた。また,ピープルパワーⅢでは,

自由選挙を支えた教会と財界は,その選挙で当選した汚職の疑いが強いエストラーダ大統領を,選挙以外のピープ ルパワーⅡという手段をとらざるを得なかったところに,民主主義の制度と機能との承離が垣間見られた。」

移行と定着をそれぞれひとつのシューレとしてまとめているが,事態の推移に応じて研究課題が動いてきている のではないか。フィリピンにおいては,有力家族もアグリビジネスに手を染めるなど財界もNGOも変化してきて いるのに政党が変化していないのはなぜか。実質的民主主義の定義についてはやや不明確なのではないか。実質的 民主主義までをも含めた長期的視点で,これをどのように扱うのか。結論部分では従来どおりの手続き的民主主義 の定義に落ち着いているのは整理が必要だろう。実質的民主主義の定義が明確にされていれば,9,10章で論じら れたフィリピンの民主主義の欠陥を補う事例研究の意義がよりクリアになったのではないか。

「民主主義の定義については,現実レベルでは,体制移行過程を見れば明らかなように,手続き的民主主義と実 質的民主主義が重層的に進行しているものと理解している。ただし,定着過程においては,手続き的民主主義がう ま ̄ぐ機能tないことで実質的民主主義の障害となすうる場合もあることに注目 ̄した。 ̄その障害に市民社会が取サ組 んだ典型的な事例として農地改革と都市貧困を取り上げた。また,実質的民主主義については,政治的領域におい て政策決定過程への民衆の積極的な参加が図られると同時に社会経済的領域においても民主主義の実現を求めるも のと定義づけた。政党の弱さについては,パトロン・クライアント関係や家族主義といった政治文化的な要因,大 統領制,小選挙区制で選出される下院,全国区で選出される上院といった制度的要因などが複合的に作用して生じ ていることを強調しておきたい。」

機会の平等と機能の平等とがある。要求に対して答えを出せる制度であるかないか。市民社会は水平的であり,

政治社会は垂直的である。政治社会になぜ市民社会がリンクされないのか,市民社会がここまで強くなったのはな ぜか。

「重要なのは,選挙に関してはその中身で,政党に関してはその実態である。なぜなら,政治文化とされるパト ロンークライアントの政治マシーンによって水平的関係が遮断されている。ここでいう政治文化には制度的な側面

(13)

審査要旨       305 で,繰り返しになるが,大統領制とその選挙の実態が強い政党の形成を阻んでいること,下院は小選挙区制で,パ

トロンークライアント関係を強化していること,上院は,大統領選挙への登竜門と位置づけられ全国的な知名度争 いになることが,あいまって政党の弱さを導き出している点も強調したい。」

行政学の視点から以下のような質疑があった。市民社会論ということで,市民社会を考えるとそのイメージは,

篠原一先生,松下圭一先生が思い浮かぶ。政府権力対国民,資本対労働者あるいは,その延長上に福祉社会化があ り,そこから抜け落ちたものとして市民社会論がある。たとえば,石牟礼道子さんの『苦界浄土』。こういう人び とがどう生きるか,そこに市民社会論が登場した。こういう流れもあることからみると,最初の部分で先行研究整 理と概念整理を行うが,たとえば,リベラルの系譜としても,ロック,トクビルからハバーマスまであまりにも間 があいていないだろうか。この枠組みはフィリピン用に筆者自身が用意したものではないか。また,地域を筆者は どのように理解しているのか。民主主義への移行過程ではマニラが分析の中心となっているが,第10章では地方自 治体との関係がでてくるのはなぜか。

「市民社会の理解については,運動の歴史を丹念に追ったり,網羅的に示すことを目的としたのではなく,左派 の見方を取り入れて分析概念としての市民社会を明確に整理したかったためである。また,移行過程で権力中枢の マニラに焦点を当てたのは,そもそも非民主主義体制から民主主義体制への移行とは,権力の中枢が変化すること が大きな問題となるからである。民主化自体がマルコスをいかに追放するかを意味し,マニラのアクターに注目し た。もちろん,『中心』からの民主化だけでなく『周辺』からの民主化もある。同時期にミンダナオで別の形の自 治を求める民主化運動があった。しかし,本論文では,上述の理由から分析の対象とはしなかった。また,第10章 で地方自治体との関係を含めて考察を行ったのは,1991年に地方政府法が成立して地方自治が本格的に開始する時 期に成立した都市貧困法では,NGOだけでなく地方政府も重要な実行主体となっていたからである。」

これに関連して,以下のようなコメントと質問があった。事例を包括する枠組みを作ろうとしているところは評 価できる。市民社会論,比較政治,制度と機能など。比較のダイナミズムからは,なぜ途上国か,別の民主主義の ありようがでてくる。フィリピンの中で芽が出たネガティブな表現が「エリート民主主義」「ボス民主主義」「カシ ケ民主主義」といったものであれば,ポジティブに表現した場合にどのような形容詞を用いて表現することができ

るだろうか。

「本論文で試みたように,市民社会における多様なアソシエーションの活動に着目すれば,まさにフィリピンの 民主主義はassociahedemocracyと表現することが適切と言える。

比較市民社会研究と比較民主化研究を跨境しようとする筆者の試みにおいて,比較とは,少なくとも,第一に,

東アジア諸国において民主主義への移行が起こる国とそうでない国,民主主義の定着が進む国とそうでない国,に 関する比較・分析,第二に,フィリピン等東アジア諸国における民主化(移行・定着過程)に関する差異・共通性 の抽出を通じて,欧米中心のリベラル・デモクラシーを相対化し,東アジアなりの,さらには,ならではの民主主 義のあり方を模索・追究すること,の二つの側面を含むものなのではないか。東アジア地域レベルの越境的な市民 社会ネットワークの実態及び可能性も含め,国際要因との関わりも踏まえ,この文脈において,筆者は今後の研究 をどのように位置づけ,構想しているか0とくに,ポジティブなassociativedemocracy,POStdemocracystudyの構想 は−どうカ㌔」専士論文後の研究の方向性につ−いて−は−どう一考えているか。 一一一

「一つは東アジアにおける民主化の比較考察,すなわち民主化移行国と民主化非移行国という従属変数を選択 して,民主化の因果関係を探りたい。もう一つは東アジアにおける市民社会同士のトランスナショナルなネット ワークに着目し,東アジア共同体と市民社会の関係を考察していきたい。たしかに,NGOの多出からassociative democracyと呼べるものが出現している。どのようにエネルギーが下から沸いてくるのか,その際,アジアを欧米 学で切るのではなく,本論文で行ったようにアジア的手法で切れればよいと思っている。」

論文を書くにあたって,第一に,焦点を絞る,限定することが独自性だと主張することが大事である。第二に,

重要な方法としてインタビューを実施しているが,それが文中にあまり示されていない。重要部分の引用などは本 文,あるいは注にでも含めてはどうか。また巻末に資料編としてインタビュー抄録を入れてもいいのではないか。

あるいは,貴重なインタビューであるから,テープを起こすなり,メモを起こすなりして,括字化するか,番号整 理などしておいて,そこに引用をかける方式も望ましいという助言があった。

(14)

努力の結晶した論文で丹念に書かれた論文である。今後比較を行うにあたっては,すべてをひとりでやろうとせず に,他国の研究者とチームでやることも必要であり,国際的パートナーシップを築くことも大切であるという助言 がなされた。

5.本論文の研究上の位置づけとその評価

本論文は,フィリピンでは市民社会が民主化を促すダイナミズムとして機能してきたという認識に基づき,民主 主義への移行過程と定着過程における市民社会の実態と動態を検証した。民主化および民主主義と市民社会との関 係は,近年,市民社会研究からのアプローチのみならず,民主化研究からのアプローチも盛んである。市民社会に よる民主化力学が継続的に発揮されてきたフィリピンは,両研究に対しても重要な貢献をなす事例であった。この ような問題意識から本論文では,フィリピン一国を対象とする地域研究のみならず,市民社会研究と民主化研究と を跨際する形で研究視座が設定されている。この点を旗臓鮮明に打ち出した研究成果は未だ多いとは言いがたい。

本研究の評価すべき第一の点はここに存する。

これまでマルコス独裁体制からアキノ民主体制に至るまでの移行過程については,市民による下からの民主化圧 力が顕著に観察された。そこから,かつて「草の根」として描かれたこうした集団に対して市民社会というキー ワードを用いて記述されるケースが増加している。しかし,先行研究の大半は,この市民社会の実態に十分な注意 を払っていない。市民社会は一枚岩的な空間として扱われ,その内部の複雑なヘゲモニー闘争の実態はおろか民主 化との実は複雑な関係性の精緻な分析は等閑視されてきた。

他方で,体制変動後の民主主義の定着過程における市民社会については,現在までに数多くの実証的な研究が世 に問われている。しかしながら,研究の大半は,成立した民主主義を市民社会の活動を保証する良好な環境として 無批判に捉えてきたため,さまざまな欠陥を抱える民主主義をいかに市民社会が修復し,その定着と発展を促すか という点については看過される傾向あった。

このような先行する研究の欠落をも踏まえて,本論文では可能な限り多くの一次資料を収集し,二次資料を渉猟 して,民主主義への移行過程と定着過程における市民社会の実態を実証的に考察してきた。その意味でも本論文 は,フィリピンの現地に根ざした市民社会に限りなく近い目線から市民社会の実像を探ったものであり,確かな観 察と記述がより真実に近い分析を生み出した好例といえよう。このように,本論文が,地域研究の成果として先行 研究の隙間を埋める成果を挙げえた点が第二に評価しうる。

また,検証を行うにあたって本論文では,比較政治学を中心に発展してきた既存の民主化研究の分析概念と市民 社会研究の分析概念を批判的に検討する作業から出発した。すなわち,自由民主主義の焼き直しともいえる手続き

的民主主義にのっとった民主主義概念とそれと軌を一にするリベラルの系譜の市民社会概念を,フィリピンをはじ めとする発展途上国の現実を意識しながら再構築した。くわえて,市民社会は国家との相互作用の中で検討する必 要があることを提示し,「国家一市民社会アプローチ」を分析の大枠として採用した。これ自体は,第三に評価し うる点であるが,同時に,そうしたアプローチが,どれほど,これまでなされてきた「国家一社会」アプローチと 異なるかについて,筆者は言及していない。ここでとったアプローチが,かつての一般的なアプローチが拾い上げ

た要素や事象を取サ落と ̄していはtfいかという危供の念が残るも しかし, ̄その点は,質疑応答において十分解消 されたオ己菱であった。

このようなアプローチによって検証を行った本論文は,フィリピンという一事例を扱うものではあっても,既存 の民主化研究と市民社会研究に対して理論面と実証面で新たな知見を加えうる性格を有するものとして評価しうる といえよう。

形式的な面では,先に述べたように,本論文は構成においても優れている。また,ここで使われた資料が,単な る二次的資料や文献ではなく,筆者が数度にわたって直接現地に赴いて収集した一次資料やインタビューが,大き な役割を果たした。弾着の地に座して巷間広くゆきわたった文献のみに依存する研究ではなし得ない成果を挙げた といえよう。

(15)

概 要 書       307 結論

以上の審査の結果,審査委貞は全員一致で,本論文の提出者が博士(学術)の学位を受けるに値する者と認める。

2008年2月8日 審 査 員

主 査  早稲田大学教授 早稲田大学教授 早稲田大学教授

早稲田大学専任講師     政治学博士(早稲田大学)

フェリス女学院大学教授   経済学博士(立教大学)

敏   子 夫 元 樹

多 畑 辻 奥 横

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