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ナシ族の文字と漢字

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Academic year: 2021

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10 FIELDPLUS 2020 07 no.24

であるトンバ文字の経典には漢字が入り込 んでいる。例えば、写真1の中央部分に見 える「上」の文字は、漢語(いわゆる中国語)

の発音shàngを借りてナシ語の「言う」(発 音はshel)を表記する。また、「了」は文字 通り完了を表すが、こちらはナシ語の「終 わる」を意味するseiqという発音で読む。

これは日本語の漢字で言えば訓読である。

一方で、ゴバ文字は音節文字(一字が一音 節を表す文字)であり、ゴバ文字で書かれ た経典にはさらに多くの漢字が入り込んで いる(写真2)。例えばゴバ文字の「下」(写 真2、2行目の左から3文字目)は、漢語の 発音xiàを借りて、ナシ語の「休む」(発音 はxieq)を表記することがある。また、「犬」

(写真2、3行目の右から3文字目)は、文 字通り犬を意味するが、ナシ語の「犬」の 発音であるkeeと読む。さらに、ゴバ文字 には一見すると漢字のようでもあるが、本 当に漢字が起源であるのかよく分からない 文字もある。

ナシ族の経典に見られる漢字

 1990年代後半の約3年間、筆者はナシ族 の街である雲南省の麗 江 市に住み、ナシ 語(チベット・ビルマ語派に属する少数民 族語)を学んだ。その後も毎年の夏休みな どを利用して、年に一度は現地に足を運ぶ ようにしている。筆者の関心は主に話し言 葉のナシ語にあるが、ナシ語には経典を記 すために使われるトンバ文字(「トンパ」と 書かれることがあるが、ナシ語の発音は「ト ンバ」)やゴバ文字といった文字もある。こ れら経典の文字については、これまでにな された研究も数多いが、文字自体が非常に 複雑な上に、ナシ族の居住地の中での地域 的な差異もあるため、細かな部分について は現地で尋ねないと分からないことも多い。

 ナシ族の住む地域は、13世紀には元朝 の支配下に入り、その後の明代・清代を通 して、漢民族の文化が深く浸透した。こう した歴史的な背景から、ナシ族独特の象形 文字(物の形をかたどって作られた文字)

書写方向と漢字の影響

 一般的なトンバ文字の経典は、手漉きの 紙を横向きに用い、フレーズごとに文字が 縦線で区切られている(写真1参照)。区切 られたコマは左から右に進み、右端まで来 ると下の行の左端に移る。このような形式 は、文字自体は全く異なるものの、大きく 見ればチベット語の経典の様式をモデルに していると思われる。しかし近年、麗江市 の北に位置する廸慶チベット族自治州のナ シ族居住地では、やや異なる形式のトンバ 文字のテクストが見つかっている(写真3)。

その中には、一族の家系を記した家譜と して、手漉きの紙を横向きに用いながらも、

トンバ文字を縦に書くものがある。こうし た家譜に見られる縦書きのトンバ文字は、

おそらく漢字の縦書きの影響を受けている と思われる。漢字の影響は、場合によって は文字そのものだけでなく、書写方向(文 字を書き進める方向)といった運用法にも 及んでいる可能性がある。

ナシ語の現在と漢字

 近年の麗江市ではナシ語やトンバ文字の 保存・継承活動が始まり、ナシ語を使った テレビ番組やポップミュージックも増えて きた。しかし、ナシ語を正確に記すのに有 用なラテン文字による表記法がまだ十分に 普及していないため、ナシ語の歌詞を記す 時には、その発音に近い音の漢字を当てて、

その音だけを記す方法が広く見られる(写 真4)。これはちょうど日本の万葉仮名(特 に音仮名と呼ばれるもの)のようなもので ある。ただし、ナシ語の一つの発音に対し て常に決まった漢字を当てるわけでもなく、

そもそもナシ語と漢語の発音の違いも大き いので、この漢字の当て字のみからナシ語 を読むことはナシ族であっても難しく、通 常は漢語の訳文を併記することが多い。現 在、ほとんどのナシ族は漢語とナシ語のバ イリンガルである。このように、近年、ナ シ族が自らの言語と文化を意識する中でも、

ナシ語を記すために不完全とはいえ漢字が 用いられ、さらにその意味を理解するプロ セスにおいても、補助的に漢字が用いられ ることがあるのである。

中国西南部に住む人口約32万人のナシ族は、独特の象形文字である

トンバ文字を持つことで知られるが、歴史的には漢民族の影響を強く受けてきた。

ナシ族の文字で書かれたテクストには、様々な形で漢字が入り込んでいる。

黒澤直道

くろさわ なおみち / 國學院大學、AA研共同研究員

ナシ族の文字と漢字

写真1 「上」の字が 見えるトンバ 経 典。

(筆者撮影)

写真2 「下」・「犬」などの字が見えるゴバ 経典。文字の下には研究者が書き込んだ 音声記号が見える。(AAGICAS所蔵)

写真3 (上)廸慶州の ナシ族、習尚洪さん に縦書きのテクスト について教えを乞う。

右は筆者。(撮影:山 田勅之)/(下)縦書 きのテクスト。(出典:

和尚礼著『探訪納人 古遷徙路』民族出版 社、96頁、2016年)

写真4 ナシ語ポップミュージックのMTVの一場面。左下は漢字の当て 字によるナシ語の歌詞、右はその漢語訳。(革嚢渡組合「二月八日」より)

アスワン

雲南省 麗江市

廸慶チベット族自治州

参照

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