第4章 大学進学者の学校生活とその構造
1 はじめに
児島 功和
近年、四年制大学(以下、「大学」)への進学者が増加 している。その社会的背景にあるのは、高卒労働市場の 大幅な縮小と1992年の205万人をピークに減少の一 途をたどる18歳人口1、そして文部省による定員にか んする量的規模の抑制策放棄2である。大学側が学生確 保のために多様な入試形態をとり入れていることも、進 学者増加の大きな要因となっている。学費を捻出できる 経済的条件がある場合、選びさえしなければ入学が可能 になるほどに容易になったのが、現在の大学をめぐる状 況といえるであろう。私たちがインタビューをおこない、
本章で分析することになる対象者は、このような状況の なか大学へと進学した者たちである。
私たちは今回を含めて、これまでに3回のインタ ビュー調査をおこなってきている。1回目は、彼ら彼女 らが高校3年次、2回目は大学1年次(一部の者は浪人)、
そして今回は大学3年次(浪人をしていた者は大学2年 次)である。本稿との直接的な関連でいえば、2回目と 3回目の対象者における特性の同一性と差異が当然分析 の焦点となるわけだが、2回目と3回目の調査には大き な変動がみられる。2回目調査において分析対象だった 大学進学者は13名。A高校出身者9名、 B高校出身者 4名がその内訳である。2回目調査では、A高校出身者 とB高校出身者の差異を重要な分析軸として、特にB高 校出身の「新規参入層3」の学校生活における困難に焦 点をあててきた。しかし、3回目の調査時においては、
B高校出身で在学中の者がわずか1名となってしまった のだ。1名はすでに中途退学しており、2名は調査自体 をおこなうことができなかった。また浪人を経て大学へ と進学した2名はともにA高校出身である。結果、3回 目の調査時に在学中の者でA高校出身者が9名(桑田泰 宏、下田洋平、原島智史、山口里沙、木村ちはる、窪田 千秋、川辺聡子、本田都美子、金山克也)、B高校出身 者が1名(川本裕)という内訳となった。
以上のことをふまえるかたちで、本章での大学進学者 についての分析はA高校出身者が中心となっている。こ のことは、2回目調査の分析における「高校入学前から 大学進学を考えていた層」の特質が今回の対象者たちに
もほぼそのまま該当することを示している。すなわち、
B高校出身者と比較して「家族が高学歴であること、(進 学に際して)親の意向や支援があること、そして大学進 学を可能とする経済的条件があること」4である。4年
という長期間の学校生活を可能にする安定した経済的条 件の存在は、今回の調査でもほとんど変動がないことが 確認されている。
また本論に入る前にもうひとつ、彼ら彼女らの学校生 活の前提となっている大学の制度的特性を示しておきた
い。この制度的特性は、専門学校との比較によってより 明快に示すことができるように思われる。2回目調査か らも明らかになったように、専門学校では特定の仕事や 資格取得に特化したかたちで授業が組まれ、学生がむす ぶ人間関係もそれにむけて明確に枠づけられていた5。
一方、大学はかならずしも特定の仕事や資格取得に特化 したかたちで授業や人間関係が組織されているわけでは なく、学生がどのような授業を選択し、どのような活動 をおこない、そこでどのような人間関係を築くのかも 個々人に任されている面が大きい。つまり授業において
も授業外活動においても、学生が自分の関心にもとつい て活動する余地が相対的に大きいということが、大学の 制度的特性としてあるのである6。本章は以上で述べて きた特性を前提条件としつつ、大学進学者が2回目の調 査以降どのような学校生活を送っているのかを詳細に検 討し、その構造を明らかにしたものである。
2 大学における授業の意味
下田洋平は、A高校から指定校推薦で私立大学の経済 学部へと進み、今回の調査時には3年生になっていた。
入学当初から教員志望だったこともあって、教職の授 業をとり、教育関係のゼミにも入っている。ゼミでは、
(自身の出身校の)教員にインタビューするといった活 動もおこなわれており、こうした経験が下田の教員への イメージをより具体的なものにしていた。彼はインタ
ビュー経験をふり返って、次のように話している。
先生が生まれてからの話やどういう経緯で教師になったのか とか、教育実習の話とか先生になってからどういう苦労があっ たとか、授業はどのように作られτいぐのかとか(を甥きま
した♪。(中略ク高狡のときは同じところにいで先一生という感
覚よりも、同じ生徒みたいな近い感覚だったんですけど、周
じ教職をめざすとなると、やっτみようかなっτなるとぜん
ぜん違うなっτ。(申略♪現実感というか、そういうものがで
τきた。わりと激務かなと。やっぱり採用試験受かっτも辞
めちゃう入がいるっτいうのも、やっぱりそういうどとなの かな。でもやっτみたいとは.療っでいる。
この話からは授業が、教員になりたいという下田の関 心に「現実感」をもたせる機能を果たしており、彼がそ れまでもっていたものとは異なる教員イメージの構築へ とむすびついていることがわかる。また下田は、自分の 進路希望とは直接には関係のない経済関係の授業も、「今 年くらいから」楽しくなってきたという。
経済の授業受けτいるときに、なんか目覚めたというか(笑)。
(1 1as♪けっこう楽しいですね。なんというか、一つはお金の 流れがわかることですね。皆がどうやって経済的な活動をし
τいるのかとか、需要と供紹bをやっτみたク、一入ひとりの 購買意欲とかがどういうふうなものを貨「っτいたクとか、貯
蓄したクとか。置の中どうやっτ動いτいるのかなと考える ときの一つの指標になるというか。
下田は同時期に「教職の糧になるかな」ということで ファイナンシャル・プランナー資格取得のための勉強も おこなっており、授業が本人にとっても予想外の関心へ とむすびつき、社会における経済の重要性を「目覚め」
させる契機となっていることがわかる。そして彼は、将 来教員になったときに、経済は難しいがおもしろいもの であることを生徒に教えたいとも話している。
今回の調査では唯一B高校出身の大学進学者となった 川本裕は、私立大学の福祉系学科に一般公募の推薦入試 で合格している7。彼は高校時代の成績もよく、大学入 学後の単位取得状況や成績も2回目調査時に引き続いて 良好だった。川本は保育士の受験資格取得のための授業 を受講するなど入学当初から子ども関係の仕事を考えて いたが、授業で出会った教員に「感化」されて、現在は 精神保健福祉士の資格取得をめざしている。彼は次のよ
うに話している。
その先生は厚生労働省の委貞会に出τるような入で、その入 に会ったことがビッグイベントといえばそうなる。だから、
いまの自分がぞういうふうになっちゃたんですけど。だから 前にお話したときよりも、考えかたがまた違っTきでるんで すよね。(中略)子どもっていうのは難しいですよね。そういっ た方面にかんしτぱそれぼど勤めたぐはなぐなっτ、だった ら精神障がいのほうでやったほうがいいのかなとなっτσ備 神深健福祉士への道はみえτきでる感じ?クそう、乗っかっ
ちゃったんですよね。
また川本は、この教員との出会いのほかにも授業では ないものの、学内の教員が関係者ということもあり、学 校に募集がきていた子ども電話相談員のボランティアを 2年間にわたっておこなっている。そこで出会った同僚 との話や、電話をかけてくる子どもの話を聴いたりする 経験も、彼に大きな影響を与えているようだ(「やっぱ
りいろんな考えかたってあるなってのがわかってきます
ね」)。
1節で述べたように、大学は専門学校などと比較する と、学生が自分の関心にもとついて活動する余地が相対 的に大きい。下田と川本のケースからみえてくる大学に おける授業の意味とは、第一に、その余地の大きさがあ ることによって、自分の関心にあった授業を選択するこ とができ、より「現実感」のある方向へとその関心を伸 ばしていくことが可能になっていることだといえよう。
そして第二に、卒業条件を満たすための単位取得におい て当初の関心とは異なる授業を受けることもあるが、そ こでの経験が本人にとって予想外の関心を「目覚め」さ せることにもつながりうるということである。しかしな がら、これらのことは授業どうしの連関の「緩さ」と表 裏一体でもあり、授業を個々人がいかに選択し、意味づ けるのかに大きく依存することを示しているように思わ れる。こうした「緩さ」が、たとえば2回目インタビュー 時の「最悪つまらない授業は休んでますね」という下田 の言葉につながっているといえるだろう。
3 美術大学の学校生活
本節でとりあげる本田都美子の学校生活もまた、自分 なりの関心にもとついて活動する余地が大きいという大 学の制度的特性を巧みに利用しているケー・一スといえるだ
ろう。
2回目調査時に浪人生だった本田は、1年間の予備校 生活を経て、今回の調査時には私立の美術大学へと進学 して2年生になっていた。本田の家庭は、父親が大学の 事務職員、母親は弟の高校のPTA会長、兄は有名私立 大学の文学部に通っているという経済資本も文化資本も きわめて豊かな家庭である8。彼女は幼いころから絵を 描くことや粘土で遊ぶことが好きで、小学校4、5年生 のときには金賞をとったこともあるという(どの分野で、
どこでとったのかは聞くことができなかった)。小学5
年生のときに母親の勧めで絵の教室に通いはじめ、「油
絵やってみない?」とその教室の先生に勧められてから
は、ずっと絵を描くことに関心をもちつづけてきた。そ
して1年間の浪入は経験したものの、念願かなって美術
大学へと彼女は進学する。授業について本田は、次のよ うに話している。
普遍の学科授業と実技授業に分かれでいτ、1年生だ と1、
2時隈が実技で3〜5が学科授業。自分は2年なので2、3 年は1、2時限が学科で3〜5がだいたい実技』薮職とかを とると5時限百もあっτ大変なんだけどし仲略)私の場合は、
1、2時限が学科で、5時鰻百もあるんですけど教職とって いるんで。そのあともまたずっと作業、制作に戻ったりとか みんなけっこう普遭にやっτいτ、夜9時ぐらいまでやっτ
ます。
このように大学にいる時間は大変に長く、また「みん なけっこう普通にやっていて」という言葉からうかがえ るように、授業外での製作活動が本田だけでなく他の学 生にとってもあたりまえのこととして共有されているこ とがわかるdそれでも本田はまったく苦にならないとい う。次の言葉は、彼女の充実感を物語っているといえる
だろう。
ときどき、履也ない?」っτ言われるげど、でも好きなどと やっτいるから、そういうのは疲れとかじゃないだろうって。
疲労は感じるけど、別〜こいい惹:味での疲労かなっτ。精神的 に/「あ一疲れたノというよク喉したノっτいラ感じ。(申」略♪
自分は作晶を直接スに見せにいぐっでいうのが多かったので、
自分の作易を展示に出しτいったいどれぐらいの評価をもら えるのかっτいうのを今はやっτいごうかなと思っτいる。
幼いころから絵を描くなど美術が好きで、これまで ずっと関心をもちつづけたことに打ち込めることへの喜 びが、この言葉からは感じられた。また本田は、自分の 所属している学科以外の教師に作品を見せにいったり、
写真を撮っては友人が通っている他大学の教員にその評 価を聞きにいったりなど、活発に動いている。
ところで本田の学校生活の話には、他のケースには まったくみいだせないものがたびたび登場してくる。予 備校ネットワークの存在である。本田は次のように、学 校生活における予備校ネットワークの重要性について話
している。
大学にスっでも現役の子だと、やっぱり作品つぐるっτ、自 分のなかですごぐなんか重ぐなっちゃったりする子もいたり しτ。自分でそういう自由な作扇をつぐったどととかないか ら分からなぐなって悩んじゃっτ、もう精神的な感君でよぐ ないことが多いんですよ。なんか実家帰っちゃったりとか、
そういう感じでけっこう病んじゃう子もいる。逆にこういう ときに、漠入生っですごい多いので、三渡四浪した入とかが 相談にのったりとか予億校つながりっτなんかあるんで、そ ういうときにごうr泌んでるね」みたいな感じで助けあいな がらやっτたりとかして。予傭狡っτとっでも大事だなっτ 最近よぐ想います。
この話からは予備校での経験がたんに制作活動に役立 つというだけでなく(「一浪したことでいろいろ考えら れたりとか受験用の絵として客観的に見れたりとかそう いう風にできるようになれてて」)、予備校で築かれた ネットワークが、制作活動を中心とする学校生活全般を 支えているということがみえてくる。また興味深いこと に、予備校ネットワークは自分の在籍している大学以外 にも広がっているのである。たとえば自分たちの作品を 多くの人に見てもらおうと他大学に行き、そこの掲示板 にDM(ダイレクト・メール)を貼ろうとすると、予備 校時代の知り合いに会うことがあるというのだ9。
効吻合いがいるじゃないですか予億狡のときの。Lあ一やるん だ一ノっτそれでギャラグーとかに行ぐと、「その子いま芸大 でこういうごとやっτで・・ソっでいう感じで。そこでまたつ ながっτ「そういえぱ最近・・ゴみたいな話になっτ。ホント 狭いんですよ。誰かカ、しら知っでるような。 1入知っでい也
ぱ10入ぐらいわ一っτなるみたいな。
また彼女は、友人のつてでドイツの作家のパーティに も参加している。
ドイツの作家さんのパーティにもぐりこんで、rどういうこと やっτいるんですけど、学生ですyみたいな。学生ってEあ あ学生カソっτことでみτもらえるんです。(そのパーティ iごぱ♪自分たち〜ご教えでぐれでる先生とかいるんですよ。「な んでおまえいるの?ノっτいうどと〜こなっで、!緻しτやる よ一/っτ言われτ。1:今痩『凋展やるから見にきτぐれノっτ言 われたりしτ。
以上の話からは、本田自身が「最近はなんか手に取る
ようにどんどんとつながっていって」と話しているよう
に、予備校ネットワークが基点となってさらに拡張して
いくネットワークの様子がみえてくる。ネットワークを
拡張する彼女の気持ちの根っこにあるのは、「自分の作
品を見てほしい」という気持ちのようだが、こうした活
動が卒業後に美術にかかわる業界で仕事をするための重
要な社会関係資本として機能することにも、彼女は自覚
的になりつつある。次の言葉は、そのことを示している ように思われる。
ギャラリーとかに行ぐんですけど、(申略♪(そこで仕事をし τいる入から♪rごういうことをしでいτス数が湿りないんだ けどやらない?ノみたいな、fバイトがτら就活にもつながる んだけどやらない?ノっていう声がかかると、ああごういう(ふ うにしτ仕事をみつけたりする♪道もあるんだなって いうに とを実感する)状況にはいます。(中略♪話を嗣いでるとやク たいごとあるからっで想っτちょっと断ったクとかしてるん ですけど、でも徐々にそういうのともつながっとかないとな、
というとごろもあるなって想っτで、だから3年生からは声 がかかクやすいようにしでおこうかなっτ思ってる。
c
もっとも彼女は2年生ということもあり、進路選択に ついては、卒業後に海外で制作活動をおこないたいとい
う気持ちや、教員になるのも「あり」という気持ちもあ れば、ギャラリーの企画・立案などをする「キュレーター
10
v、大学院への進学などの選択肢もあって、まだ大き く揺れている段階である。しかしながら、上述した多様 な広がりをもったネットワークが、今後の本田の制作活 動のみならず、進路選択にも大きな影響を与えるであろ
うことは想像に難くない。
4 体育大学の学校生活
山口里沙と木村ちはるは、ともにA高校から一般公募 の推薦入試で私立の体育大学へと進学し、山口はハンド ボール部、木村はバスケットボール部へと入部した。山口 は中学時代の教員から「体育の先生になれよ」と言われ、
「あ、それっていいな」と思うほど体育が好きだった。そし てそれから体育関係の仕事を希望するようになり、体育大 学に進学した。木村の場合、両親は「普通」の文科系の 大学に進学してほしいという希望があったが、次に引用す
るような彼女の強い気持ちに両親が押し切られたようだ。
「私は体育が大好きで、体育しかできないんで、これから もスポーツ関係でやっていきたいから、体育大がいいなっ ていったら、(両親は)いいよって」。二人はこのような強 い気持ちをもって体育大学に進学したわけだが、1年次で あった2回目調査時には、部活動(以下、「部活」)の肉体 的・精神的な厳しさを次のように訴えていた。
だいだい諾まっτいるときで、朝7碍前に学狡に行っτ、部 活(で使う場所)を少し整備をしで、9時から授業で、お昼 12時に菓合で、1碍…半ごろに授業また爾始しで、4時に終わっ
て、4時から部涯で8峙ごろまで。(rt 1口♪
ぼとんど毎日あっで、一年生ぱ体育大だからすごい厳しぐで、
いろんな仕事とか決まりがあっτ、それだけでイッパイイッ パイで、勉強がちょっとやばぐなっτきた。あいさつとか。(先 輩力S)遠ぐにいても、探しだしてLおはようございますノ」っ
て。(木初
そして今回の調査で山口は、2年次の後半には部活を 本気で辞めようと思うまでに追い詰められていたと話し ている。疲れているにもかかわらず「本当に夜、布団に 入ってずっと眠れなくて時計を見たら5時で、明日9時 からなのに眠れない」状態が続き、市販の睡眠改善薬ま で飲んでいたという。彼女はそのときの状態について次 のように話している。
毎日毎日朝9時からじゃないですか。で、午後がオフだとし τも元気がないんですよ。朝っぱらから学校行きたぐなぐで 涙出τぐるんですよ、行きたくなぐτ。でも(部活に行ぐた めに♪自転車ごいでるんですよ。もう本当に嫌で。部涯に行っ τも一言も喋らなかったク。
山口がここまで追い詰められたのには、厳しい事情が 重なったということがあった。2回目インタビューでも くり返し語られていた部内の人たちとの温度差一「あの 学校自体に友達になれそうな子がいなそうで、(中略)
まっすぐな子ばかりで。どっちかっていうと私はひねく れてるほうなんで、友達になれる子いないんだろうなっ て思って」一に耐えられなくなったことや、大好きだっ た祖母が亡くなったこと。そして、彼女は両親は離婚し ており母親と弟との3人暮らしであるが、母親との関係 がそれまで以上に困難なものになったということがあっ た。また、精神的な支えだった地元の友人がひとり暮ら しを始めるために遠くに行ってしまったり、友人が彼氏 の家に泊まりにいくようになるなど、部活で時間調整が 困難な山口となかなか会えなくなったことも理由として 挙げられた。
しかし、3年生になったことで、部活にたいする山口 の意味づけは変化することになる。地元の「顔」と部活 の「顔」を使い分けることをやめようと決意したことも あった。だが、それよりも重要な契機となったのは、同 じ高校の後輩が入部してきたことや学年が上がることで 部内でのポジションが変化したことだった。「(後輩への)
見栄ですかね、たぶん」と彼女は話しているが、なによ
り3年生になったことで部活を引っぱっていくポジショ
ンになったことが、部活への意味づけを変えたようだっ た。山口はそれまでの語りかたとは対照的に、「やっぱ りハンドが好きなんだと思います。一本一本が大事だっ ていう気持ちもわかるし、3年生が、私が1年生のとき に言ってくれたことがよくわかるし(中略)今はすごく 楽しいです」と話している。
先述したように木村も部活の大変さを訴えていたが、
すぐ上の代の先輩がそうした状況を変えるよう動いてく れたこと、自分たちの代でもそうした動きを引き継いで いることが、彼女の部活への意味づけを変えたようだっ た。「自分たちの上の代から、そういうのはやめようっ てなって、変えてくれる人たちで、仕事とかみんなでや ろうっていう人たちだったんで、上下関係がなくなって きて、そんな遅くならなくても帰れるようになってきて
(中略)よかったです」と木村は話している。
ところで二人は、ともに高校3年生のときから体育教 師やトレーナーといった体育関係の仕事を希望してお り、この希望は彼女らが大学1年になっても続いていた。
しかしながら今回の調査時に二入の進路希望には分岐が 生じていた。木村は教職にかんする授業をとっているこ ともあり、体育教師をめざす気持ちがさらに強くなった ようだ。教員採用試験に落ちたとしても、非常勤の教員 やスポーツインストラクターなどの仕事をしながら教員 をめざすという。「5年後、10年後の自分はどうなって いますか?」という質問にも「体育の教師になれてたら、
いいな一とかはあります」と答え、「やっぱりちゃんと 先生になりたい!」とも話している。一方山口は、「体 育関係の仕事は考えてないのかな?」という質問に、「考 えないです」と言い切っている。そして、それまでの体 育教師という希望から一転して経営や営業にかかわる仕 事をしたいと話している。木村と同じように教職にかん する授業をとっていながら、また部活への意味づけもよ い方向に変化しているにもかかわらず、なぜこのような 希望の変更がなされたのか。残念ながら、今回のインタ ビューでは、その明確な理由を聞くことはできなかった11。
だが、体育大学で特に部活をおこなってきた者が、体 育関係以外の仕事へと進路希望を変更することは思った ほど容易ではないようだ。体育関係以外の仕事への見通 しを与えてくれるモデルとなる他者の不在、そして部活 によって就職活動がほとんどできないというのが、その 理由である。山口は部活の先輩の就職先は正確に把握し ている(「フィットネスクラブとか中学、高校の教師とか、
(中略)あとは学校関係の事務とか」)。そして、部活の 顧問をしている教員もスポーツ関係の仕事を紹介してく れることもあるという12。しかし、経営や営業といった
仕事に進路希望を変更した山口は、「モデルになる先輩 は?」という質問にも「いないですね」と答えている。
また部活は引退となる4年次の12月になるまでほぼ在 学中続いており、大学などが開催する就職オリエンテー
ションなどにも参加が困難であると話している。
以上、山口と木村のケースから体育大学進学者の学校 生活を明らかにしてきたが、ここからみえてくるのは、
2回目調査時と同様に部活が二人の学校生活にとって大 きな割合を占めているということである。だが、二人の 部活への意味づけは、大変で厳しいといった側面を強調 するものから、大変ではあるけれど活動の楽しさを強調 するものへと変化していた。この変化には、木村のケー スのように先輩の代替わりという契機もあったにせよ、
彼女らが上級生になっていくにしたがって先輩の気持ち がわかるようになり、またそれにあわせるようにして活 動自体のおもしろみに気づいていったということがあっ た。そして進路選択においては体育関係の仕事を希望す るのであればトラックは明確なものとなるが、体育関係 以外の仕事へと希望を変更した場合、部活に専心してい るということがむしろトラックの不明確さへとつなが り、またそれを認識していながらも就職活動をおこなう ことができないというジレンマに置かれることが明らか になった13。「大学っていっても4年間ある専門学校み たいなもんなんで」という山口の言葉が、こうした体育 大学の特性を象徴的に示しているように思われる。
5 「新設学科14」の学校生活
川辺聡子と窪田千秋もともにA高校出身である。川辺 は、幼いころに飼っていた犬を獣医さんに診てもらった ことが契機となって、獣医になるための勉強ができる大 学をめざしたが不合格となり、一般入試で私立理系大学 の動物関連の学科へと進学した。窪田は、薬剤師になる ことを希望し、関連の大学を受験したが不合格となり、
教員の勧めもあって指定校推薦で私立大学の生物工学系 の学部に進学した。二人はともに、ごく最近設立された 理科系の「新設学科」に進学している。
授業についての二人のスタンスは異なっている。川辺 は動物にかかわる仕事に就きたいという希望を入学後も 変わらずにもちつづけており、動物看護師15やドッグ トレーナーといった動物関連の資格取得に役立つと考え ている授業を積極的にとっている。1年生の夏休みには、・
鳥の展示やえさ、玩具の販売をしている専門店にみずか
ら頼みこんで、鳥の世話をさせてもらう(川辺の言葉に
よれば)「体験学習」もしている。3年生になり、授業
内容も専門性が高くなってきたことで多少の困難を感じ てはいるが、犬とハードルをする授業やネズミの生活し やすい環境をっくるといった授業も受けられることが、
それまでの座学の授業よりも楽しいと話してくれた。ま た動物の行動を研究しているゼミに入るなど、以上のこ とからは、当初からの動物にかかわりたいという彼女の 一貫したスタンスをみることができる。
一方、窪田も心電図を実際に使ってみる授業や心臓 マッサージを人形相手におこなう授業のおもしろさを話
しており、授業についていくことの大変さを強調してい た2回目調査時とは授業についての意味づけも変化した ようだった。しかし、窪田は川辺とは異なって自分の関 心が明確ではないということもあって、たとえばゼミを 決定した経緯は次のようなものだった。
(ゼミの選択についτ♪どうしようっτ友達と言っτいたとき に、コンタクFレンズのことが書いτあっで、あたしコンタ クFしTるから、じゃあ、それにしよ一っτ軽い感じで。僧 分ひとクで決めたのかな?)そうですね。なんか冗談っぽぐ、
あたしどこいぐんだ一みたいなことはあったんですけど、一 結にいこうねみたいな感じでぱなかったですね。
川辺は動物とかかわるという一貫した関心にそって授 業を選択しているのに対して、あくまで相対的ではある が窪田は、その時々にもっている関心から授業を選択し ているように思われた。二人のこうした選択が可能にな ること自体が、1節で述べた大学の制度的特性ゆえとい えるだろう。
ところで授業にかんしてはスタンスが異なっている二 人であるが、共通の悩みをかかえている。進路選択をど
うするのかという悩みである。二人は次のように話して
いる。
なんか動物の行動に衡係ある職業っτ少ない。まだどういう とこいこうとかはわからない。(中略♪乙友達どうしでも話題 にあがる?ク話したりするけど、みんなどう始めたらいいか わからないって。乙先輩から情報ぐることはない?ノまだ先輩 とのそういうのはないんで。(ltL辺)
うちの学部はできたτで、私たちが1年生っτいうか、初代 だから、先輩に溺くわけにもいかないし。なんにも…週去の
データもないんで。みんな不安っで、そういう話はしτます ね。碓学科とはぜんぜん違う?)ど一なんだろう。(中略♪蹴 職活動のイメージつぐれるような入はいる?)いない…です ね。勉の学部のいま4年生とかっでいう入の話?体鹸談みた
いのはあったんですよ。でもやっぱ同じ学部の入ではないか ら、具体的に自分に当ではめでどうなのかっτいうと、わか
らない。(窪田♪
以上の二人の話からは、2回目調査時にも指摘されて いた学科の内容や狙いのあいまいさが、進路選択におけ る見通しの悪さや不安へとつながっていることがあらた めて確認できる16。と同時に、見通しを与えてくれるモ デルとなるべき先輩やOB17が不在であること一窪田 はその学科の一期生であり、川辺は二期生である一が、
そうしたことと関係していることが浮かびあがってきた のである。このような進路選択にかんする困難は、二人 がともに「みんなどう始めたらいいかわからないって」
「みんな不安って」と話しているように、同学科の学生 が共通してかかえている困難ではないかと推測される。
窪田が理科系にもかかわらず技術系ではなく事務系の公 務員になるための勉強を大学の開催する講習で始め(「で きればどっかの市役所とか、そういうところがいいなと は思って。事務系の仕事」)、川辺が早い時期から動物看 護師・学芸員・ドッグトレーナーの資格取得にむけた勉 強をしながらも進路希望を絞りきれていないのも、上記 で挙げた学科の構造的な理由が関係しているのではない だろうか。
6 大学における授業外活動の意味
本節では、部活やサークルといった授業外活動の意味 を、イニシエーション的経験、進路選択とOBネットワー クという二つの視点から明らかにする。これまでの節で とりあげたケースでは、下田(2節参照)がサークル、
体育大学の山口と木村(4節参照)が部活に参加してい た。彼ら彼女らに加えて、本節では原島智史のケースを とりあげていきたい。
1)イニシエーション的経験
下田は、1年生のころから社会哲学サークルに参加し ており、今回の調査時には副部長になっていた。このサー クルは小規模なものだが、週に1回程度で集まって本を 読んで話し合うなどの活動の他に、学内の学生や教員に 大規模なアンケート調査をおこなう活動もおこなってい る。特に調査への印象が深かったようで、下田は次のよ うに話している。
たとえばいま勉強をどれくらいするかとか、本はどのぐらい
読1むかとか、テレビはどのぐらい月τいるとか、将来の夢と
,かをアンケート400入ぐらいにとって。 どんな結論に?)
勉強はあまりしτいないですね。30分以下が多かった、1H に。バイトが多ぐτ、1日6〜8碍澗)ぐらいかな。将来 の夢だと、お金持ちになりたいとかビッグになりたいとかい う感じで。まず、なんかごの大学(生活♪の娚潤のうちに夢 をもっτいきたいというか。教授Wこもアンケートをとったん ですけど、教授と学生との燭にも隔たりがあるなっでいうか、
それをなくしτいきたいというようなところで…まずはぞう いうとどろから始めτみたらいいのでぱという(気がしまし
た)。
下田にとってこの活動の意味は、調査結果から自分の 大学の実情を知ったということだけではない。小規模な サークルだからこそ自分が積極的に動くことでアンケー ト用紙を400人という大人数に配り、質問に答えても らうという経験をしたことの彼にとっての意味を考える 必要がある。具体的には、そうした活動に仲間と積極的 にかかわることによって、自分の認識が組みかえられた という経験をしたこと、そして大学のあるべき方向性に まで自分たちが提言しうるのだという感覚、すなわち自 信のようなものを得たことの意味の大きさである。
仲間と協力しながら、積極的にある活動にかかわるこ とで得る意味の大きさ一このことは原島のケースから もうかがうことができる。原島は、A高校出身で私立の 理工系大学の工学部に指定校推薦で入学した。学校生活 の中心となっているのは、部活である18。彼は1年次か ら自転車で旅行やレースをおこなう自転車部に参加して いる。その自転車部は関東地区の大学で構成される学生 連盟組織にも属していて、ホームページも開設している。
原島は高校在学中から自動販売機を運搬するアルバイト を続けているが、その収入のほとんどを部の活動に費や している。部活で彼は1年生のときに先輩から将来の幹 部候補への打診を受けるほど「目立った」存在であった が、今回の調査では「主将みたいなのになった」と話し ており、学連組織内でも一つの委員会の委員長も務めて いた。それでは、原島は部活にどのような意味づけをお こなっているのであろうか。
大変だけど楽しい。入と入との園孫を調整するのが簗しぐなっ できたというか。〔2年前は入とのつきあいかたや話しかたが 身についたとカ、言っτたよね?クですカ、ね。 グーダLとカ、やっ たごとなかったので。(中諮♪連盟の行事でレースやったり飲 みにいったクするんだげど、レースぱ連盟に加盟しでいない とごろにも話したりする。連絡したり、参加しでぐれたクす るようにがんぱったりとか。
この話からは、部内の人間関係、そして他大学の人た ちとの関係を調整し、組織を自分たちで動かしてきたと いう原島の自信をみることができる。こうした感覚は、
自分が責任をもって部活にかかわってきたという経験か らきているものだといえるだろう。この点では体育大学 で部活に参加する山口と木村にも、同じような経験への 意味づけをみることができる。次に引用する山口の言葉 はそれを表しているように思われる。
2年生になっT1年生を指揮する立場になうで、黄任が全部 自分にぐるようになっτ。今まで仕事、仕事できたんですけど、
(中諮♪自分が3年生になるどどで、2年生が1年生を指揮す るようになったんで、少し楽な立場になって余裕ができτい ろんなことがみえできで、先輩の気持ちもわかっτきτ。
原島ほど明確には語られていないものの、部活に責任 をもって参加する経験によって、「いろんなことがみえ て」くるようになったという山口の自信のようなもの を、この話からはみいだすことができるのではないだろ
うか。
以上、下田、原島、山口、木村のケースをとりあげて きた。4人の間には部活にサークル、文化系に体育系と いう組織形態や活動内容の違いが確かにある。しかし、
4人はそれぞれの活動から共通する意味を引きとってい るように思われる。下田は本を読んで話し合うことで、
またアンケート調査をおこなうことで自分たちの大学の 現状を学んでいた。原島、山口、木村は部活でそれぞれ の競技についての技能を獲得し、知識を学んできたこと もあるだろう。しかしながら、それらのこと以上に強く、
また4人の話から共通して浮かびあがってくるのは、そ の活動に積極的にかかわっていくことで「自分のなにか」
が変わった、「自分がひとまわり成長した」という自信 のようなものである。原島の話に顕著にみいだすことが できるが、当然そうした感覚には、先輩や後輩や同期、
そして他大学の人も含むいろいろな人との関係性を築い
てきたという経験も含まれている。このような変化を促
したということを考慮するならば、授業外活動は一種の
イニシエーション(通過儀礼)的な機能を果たしている
ということができるだろう。たとえ顧問の教員がいたと
しても、基本的には部活もサークルも学生が活動内容や
ルールを築いていかざるをえないのであり、こうした「自
主的」活動が、彼ら彼女らにとってイニシエーション的
経験となっているように思われるのである。
2)進路選択とOBネットワーク
部活やサークルは、彼ら彼女らにとってイニシエー ション的経験の場となっていた。だが、進路運択という 面に焦点をあてたとき、部活やサークルはそれとは異な る機能をもっている場であることもみえてくる。前項で 述べたように、原島は自転車部に入っているが、その部 活は何十年もの伝統をもっており、OB会も毎年開かれ ているという。
みたときも、二人はお金が必要なときや時間の空いたと きに短期のアルバイトをおこなってはいるものの、部活 にもサークルにも参加していない19。こうした授業外活 動でのネットワークの薄さ(弱さ)が、今後の二人の進 路選択に少なからず影響を与えることが考えられるので はないだろうか。
7 まとめ
OB会になると、何ナ代も前のときの入とかが来る。(中諮♪
OB会は毎年ある。すき焼き屋さんで(やっτます♪。(その すき焼き屋さんには部員が)代々アルバイトとしτお置話に なってる。代々、先輩がバイトの翰旋をしたクする。仲略♪rぞ ういう葉まりっτどういう話をしでいるか想像ができないん だけど・・ヲOBの入どうしだと、やっぱりみんな理系出身だ から、就職先が阪定ざれでτ、メーカーとか業界の話とかし
てる。乙就職の置話とかもあるのかな?クぞういうのはありま
すね。