﹃
尊
号
真
像
銘
文
﹄
広本選述の意趣
r
号
l
i
p − EJ徹
真
︵ 仏 光 寺 派 ﹀﹃
尊
号
真
像
銘
文
﹄
の異本
この書は真宗の本尊たる尊号と先徳の影像である真像に添えられた讃銘の文についての注釈文を集めたものである。 宗祖の晩年に種々の異説が起る中にあって、どこに師法然の真意があるのか、正しい信心のあり方を示されたのが本 書 で あ る 。 ﹁ 信 心 ヲ 浄 土 宗 ノ 正 意 ト シ ル ベ キ 也 。 ﹂ と言われ、最後に ﹁ヨクヨクコノ自力ノヤウヲコ、ロフベシトナ リ。﹂と結ばれているのは、正にこの書が選述された理由を明示している。宗祖晩年に惹起した諸事件を契機として、 ① この信心をひとすじに純潔ならしめ、渇りなき透明たらしめる、ためのものであったのである。 本書には宗祖真蹟本として二本が伝えられている。 一つは元法雲寺の所蔵になる建長七年六月二日の奥書のある八 十三一歳の時の書写とされる建長本又は略本と称されるものと、他の一本は高田専修寺の所蔵になる正嘉二年六月二十 八日の奥書をもち八十六歳の時に書かれた正嘉本又は広本と称せられるものとである。略本が十六の銘文について注 釈がほどこされているのに対して、広本には二十一の銘文についての釈文があって、 しかも単に銘文が増広されてい ﹃ 尊 号 真 像 銘 文 ﹄ 広 木 撰 述 の 意 趣 四﹃ 宣 号 真 像 銘 文 ﹄ 広 木 撰 述 の 意 趣 四 四 るばかりではなく、略本の文章表現を随所に改められた所が自につく。これら広略二本を比較校合することによって、 一且八十三歳の時に書写されて出来上っていた略本を、三年後の八十六歳の時に何故改訂されねばならなかったかを 考 察 し て み た い 。 広略二本を比較して気付くことは単に広本の方が分量的に多いということだけではなしに、略本には広本にある様 な尊号なり真像なりの銘文そのものが全く省略されていることである。これは恐らく略本選述の際にはこれら銘文ば かりを集めた銘文集といったものが手元にあって、それを見ながら注釈を加えられたからなのであろう。しかも略本 の奥書には﹁建長七歳︵中略﹀書写之﹂︵表二ハ二︶とあることから考えて、略本の草稿は八十三歳よりもっと以前に 出来ていたと見るべきであろう。広本選述の際には銘文を増広した上で銘文と釈文を合わせもつ形として完成された も の で あ ろ う 。 ところで宗祖の真蹟になるこれら二本の他にもう一つの異本が伝えられており、それは仏光寺の﹃真宗和語宝典﹄ 所収の一本である。ここでは広本より更に銘文が増広されていて、二十六文についての注釈がある。現在は明治四十 四年に出された刊本として見る事が出来るのである。
略本から広本へ文章表現の改訂
−助動詞﹁ベシ﹂の付加 ③ 宗祖の著わされた数多くの著述を通してみると、独特のかなづかいがなされていたり、文体についても特徴が見出 ﹁なり﹂という命令、断定の助動詞が多用されていることが指摘されてい勾が、 される。その和讃について﹁ベし﹂ この点に関しては﹃尊号真像銘文﹄についても同じことがいえ、釈文の大部分は﹁ナリ﹂で結ぼれているし、その中で も ﹁ ト シ ル ベ シ ﹂ ﹁ ト シ ル ベ シ ト ナ リ ﹂ ﹁ベシトナリ﹂といった命令又は義務の意味をもっ﹁ベシ﹂が用いられて い る 。 しかも略本から広本へと増広の際には一層ふえている。次にそれぞれの文例を示してみたい。 まず﹁トシルベシ﹂を加える例がある。 。南無阿弥陀仏往生之業念仏為本トイフハ、安養浄土ノ往生ノ正因ハ念仏ヲ本トストマフス御コト也トシルベシ。 ︵ 表 一
O
一 ︶ ﹃選択集﹄の意をうけて浄土往生の正因は念仏であることを強調せんがために﹁トシルベシ﹂の語を末尾に加えら れ た も の で あ ろ う 。 。貧愛損憎ノグモ・キリニ信心ハオホハルレドモ、往生ニサワリアルベカラズトシルベシト也。 ︵ 表 一 五O
︶ ﹃正信用閣﹄を釈する中で信心が煩悩のくもきりに覆われていても如来の本願のまことをいただくことによって往生 は間違いのないものとなることを強く示しておられる。 略本では﹁往生ニサワリアルベカラズトナリ。﹂ とあったも のに﹁トシルベシ﹂の語が挿入された文となっている。 次に﹁トシルベシトナリ﹂を加える例を示す。 。即是其行ハコレスナワチ法蔵菩薩ノ選択︹ノ︺本願也トシルベシトナリ。 ︵ 表 六 九 ︶ ﹃観経玄義分﹄別時意会通の文を釈する中で﹁一言阿弥陀仏者﹂とは﹁即是其行﹂なりとあるのをうけて法蔵菩薩の 選択本顕であることをより強調した表現となっている。なお略本では﹁選択ノ本願ナリ﹂とある。 文 o 念仏衆生摂取不捨ノコ、ロヲ釈シタマヘルナリトシルベシトナリ。 ︵ 表 一OO
﹀ ﹃往生要集﹄の文の中で﹁大悲無倦常照我身﹂を釈して、念仏衆生摂取不捨の心なることをよく﹁知るべしとな り﹂と源信の祖意を明示しておられる。 ﹃ 尊 号 真 像 銘 文 ﹄ 広 本 撰 述 の 意 趣 四 五﹃ 尊 号 真 像 銘 文 ﹄ 広 木 撰 述 の 意 趣 四 六 略本には全くなくて広本において新たに加筆された文章の中にも﹁トシルベシトナリ﹂という表現がある。 ﹃ 選 択 集﹄の文を釈する中で、その末尾に、 。信心ハ菩提ノタネナリ、無上浬繋ヲサトルタネナリトシルベシトナリ。 ︵表二一﹀ という一文が加えられて、信心の正固なることを明示されている。 また源空の讃銘を釈する中にも、 ノヒカリ 。仏光円頂トイフハ仏心ヲシテアキラカニ信心ノ人ノイタずキヲツネニテラシタマフト、 ヘ ホメタマヒタル也。コレ ハ摂取シタマフユヘナリトシルベシ。 ︵ 表 六 三 ・ 六 四 ︶ とあって、略本には﹁仏心ノヒカリ﹂とあったのを﹁仏心ヲシテ﹂と、 ﹁ホメタマヘルナリ﹂とあったのを﹁ホメタ マヒタル也﹂とそれぞれ改めた上で、末尾に﹁コレハ﹂以下の一文を加えて結ぼれている。 次に助動詞﹁ベシ﹂が加えられている例を示す。 。如来ノ本願ノミナヲ信ズル人ハ、自然−一不退ノクラヰニイタラシムルヲムネトスベシトオモへト也。不退トイフ ハ、仏ニカナラズナルベキミトサダマルクラヰ也。 コレスナワチ正定緊ノグラヰニイタルヲムネトスベシト、 ト キタマヘル御ノリナリ。 ︵ 表 八 ・ 九 ︶ 大経にある﹁自致不退転﹂の語を釈する中で、二ケ所にわたって﹁ベシ﹂を補うことにより如来の本願を信ずる人 は正定豪不退の位に定まることを要点として示される。なお﹁オモヘト也﹂とあることは諸仏勧讃の意を表わすと解 @ 釈 さ れ て い る 。 ノ セ dア 。乗我願力トイフハ、乗ハノルベシトイフ、マタ智也。智トイフハ願力ニノセタマフトシルベシト也。願力ニ乗ジテ 養 シ ム ル ト 安楽浄利ニムマレ判判判川也。 ︵ 表 七 九 ・ 八
O
︶善導の﹃観念法門﹄摂生増上縁の文を釈する中で﹁乗我願力﹂について乗はまた智也と示して、願力に乗托するこ とによって往生がかなうと説く。智とは願力に乗せたまうことと強調される。略本では﹁トシルナリ﹂ ﹁ ム マ レ シ ム ルトナリ﹂で終る二つの文がいずれも﹁知る﹂という語により結ばれている。 。信心ヲ浄土宗ノ正意トシルベキ也。 ︵ 表 一 五 七 ﹀ ﹃尊号真像銘文﹄を結ぶにあたり、これ迄に繰り返し述べられてきた信心の正因たることを一層強調せんがために、 命令の意をもっ助動詞が加えられている。これと同趣の文は﹃唯信紗文意﹄にもあって、宗祖八十四歳の建長八年の 奥 書 を も っ 光 徳 寺 本 ︵ 室 町 時 代 写 本 ︶ で は 、 。真実信心ヲウレバ実報土ニムマルトオシエタマヘルヲ浄土宗ノ正意トスベシトナリ。 ⑤ とある。これは善驚義絶の直前に書かれたものであるが、同じ﹃唯信紗文意﹄の真蹟本である宗祖八十五歳の康元二 ⑥ 年正月二十七日の奥書をもっ専修寺本によれば﹁浄土真宗ノ正意トストシルベシトナリ。﹂とあって、 信心が持土真 宗の正意なることを明示される。ここでは﹁ベシ﹂の前に﹁トシル﹂という語が加えられている。
2
助動詞﹁ナリ﹂の付加 ﹃尊号真像銘文﹄の文の大部分は断定の助動詞﹁ナリ﹂によって結ばれる文体となっているが、広本になると一層 この傾向が強い。略本にはなくて広本において﹁ナリ﹂又は﹁トナリ﹂が付加されている例を示す。 。超ハコ且テトイフ。絶ハタチステハナルトイフ。去ハスツトイフ、 ユ ク ト イ フ 、 サ ル ト イ フ 也 。 ︵ 表 一 一 ︶ 大経中の﹁必得超絶去﹂の文を釈する中で絶についてタツ、 ハナルの訓にスツを加え、去についてスツ、 ユ グ 、 サ ルの三訓をあげて﹁ナリ﹂で結ばれている。 。閉ハトヅトイフ也。本願ノ業因ニヒカレテ自然ニ ︹ 安 楽 ニ ム マ ル 、 也 。 ︵ 表 二 ハ ﹀ ﹃ 尊 号 真 像 銘 文 ﹄ 広 木 撰 述 の 意 趣 四 七﹃ 尊 号 真 像 銘 文 ﹄ 広 本 撰 述 の 意 趣 四 J¥ 同じく大経の﹁悪趣自然閉﹂を釈して﹁閉ハトヅトイフ﹂ の後に﹁ナリ﹂が加えられている。 なお略本の ﹁ 安 楽 ごの語は省かれている。 源信の銘文を釈する中にも、 。摂取不捨ノ御メグミノコ、ロヲアラワシタマフ也。 ︵ 表 九 九 ︶ とあって﹁ナリ﹂が付加されており、これに続く文末には﹁トシルベシトナリ﹂が加えられていることは既に述べた 如くである。如来の摂取不拾の心を一層強調せんがために他ならない。 。ョクヨクコノ自力ノヤウヲコ、ロフベシトナリ。 ︵ 表 二 ハ 一 ︶ この文は﹃尊号真像銘文﹄を結ぶ最後としてあるものだが、略本には単に ﹁ ヨ ク ヨ ク コ 、 ロ フ ベ シ ト 。 ﹂ とだけあ ったものが、広木では﹁コノ自力ノヤウヲ﹂という語を加えると共に、文末に断定の﹁ナリ﹂を添えて一層明確にし ておられる。自力に対する強い戒めの現われである。 次に﹁トナリ﹂が付加されている例を示す。 。尋常ノ時節ヲトリテ臨終ノ称念ヲマツベカラズ、 タマ如来ノ至心信楽ヲフカクタノムベシト也。 ︵ 表 四 ︶ ﹁乃至十念﹂を釈する中にあって臨終の一念をまつのではなく、如来廻向の信楽を﹁フカクタノムベシ﹂に加えて ﹁ ト ナ リ ﹂ を 添 え て 指 定 の 意 を 強 め ら れ る 。 。マタイハク当知生死之家トイフハ、当知ハマサニシルベシト也。 ︵ 表 一
O
六 ﹀ 源空の銘文を釈して略本には﹁マサニシルベシ﹂とだけあったのに﹁当知ハ﹂の語を加えて、文末には﹁トナリ﹂ が 添 え ら れ て い る 。 。 無 碍 光 仏 ノ 心 光 ツ ネ ニ テ ラ シ 、 マモリタマフユヘニ、無明ノヤミハレ、生死ノナガキヨスデニアカツキニナリヌト シ ル ベ シ ト 也 。 ︵ 表 一 四 五 ︶ 正信侮の﹁摂取心光常照護﹂の文を釈する中で大悲の照護がある故に無明の聞があかつきになると知るべしと説い て 、 ﹁ ト ナ リ ﹂ で 結 ん で あ る 。 これらの三例はいずれも助動詞﹁ベシ﹂で結ぶ形に加えて﹁トナリ﹂を添えて一層意味を強めておられる。 更に﹁トナリ﹂の﹁ト﹂という助詞のみが加えられている例を見る。 。念弥陀仏トマフスハ尊号ヲ称念スルト也。 大 願 ノ 不 思 議 力 。大願業力ノ不思議ヲウタガフコ、ロヲモテ六道・四生・二十五有・十二類生−一トママルト也。 ︵ 表 五 二 ︶ ︵ 表 一
O
七 ︶ いずれも源空の銘文を釈する中にあるもので、 その教えを心にとどめよとの意であろう。 以上は略本になかった断定の助動詞﹁ナリ﹂ ﹁トナリ﹂あるいは﹁ト﹂が広本において加えられている例ばかりを 見てきたがこれとは逆に略本にあった﹁ナリ﹂ ﹁ト﹂が広本において省略されている場合もある。 ︵ 表 八 二 、 四 九 、 五 五 参 照 ︶ 3 ﹁ ト イ フ ﹂ ﹁ イ フ ﹂ の 付 加 尊号や真像の銘文を釈するにあたっては引用又は指定の意味をもっ ﹁トイフ﹂の語が繰り返し用いられているのだ が、広木において更に加えられている例を見る。 。唯除トイフハタマノゾクトイフコトパ也。 ズ ト 。自然トイフハハジメテハカラハザルコ、ロナリ。 ︵ 表 六 ︶ ︵ 表 七 二 ︶ 。スデニ尋常ノトキ信楽ヲエタル人トイフ也。 。本願名号正定業トイフハ選択本願ノ行トイフ也。 ︵ 表 八 三 ︶ ︵ 表 一 一 一 一 一 ︶ ﹃ 尊 号 真 像 銘 文 ﹄ 広 木 撰 述 の 意 趣 四 九﹃ 尊 号 真 像 銘 文 ﹄ 広 本 撰 述 の 意 趣 五
。
﹁ イ フ ﹂ の 語 が 加 え ら れ て い る 例 も あ る 。 。不違逆ハサカサマナラズトイフ、 タ ガ ハ ズ ト イ フ 也 。 ︵ 表 一 八 ﹀ いずれの場合も指定的な意味が添えられていると見ることが出来る。逆に略本にあったものが広本において省略さ れ て い る 場 合 も あ る 。 。マタイハグ、夫速欲離生死トイフハ、 ソレスミヤカニトク生死ヲハナレムトオモへト ︹ イ フ ︺ 也 。 ︵ 表 一O
一 一 一 ︶ この場合は後に続く文が﹁サシオケト也﹂ ﹁ サ シ オ ク ベ シ ト 也 ﹂ ﹁ イ レ ト 也 ﹂ な ど と あ っ て 、 いずれも﹁ト也﹂で 結ぼれている所に引かれて﹁オモヘト也﹂となったのではないかと思われる。4
敬語の付加 広本選述に際して略本にはなかった敬語が用いられている例をいくつか指摘することが出来る。 まず尊敬の意を表わす﹁御﹂が付加されている場合が五例ある。 。摂取不捨ノ御メグミノコ、ロヲアラワシタマフ也。 法 。ヒトヘユ弥陀ノ願海一乗ノミノリヲトカムトナリ。 ︵ 表 九 九 ︶ ︵ 表 二 三 ハ ︶ この二例はいずれも阿弥陀如来の働きに対する敬意を表わさんがためのものである。 二 一 口 南 無 者 ト イ フ ハ ︹ 南 無 ハ ︺ スナワチ帰命トマフスミコトパ也。 ︵ 表 六 五 ︶ 。以斯義故トイフハ正定ノ因ナルコノ義ヲモテノユへニトイエル御コ、ロ也。 ︿ 表 七O
︶ ﹂のニ例は善導の教えに対して敬意を表わしたものである。 。大師聖人ノ御オシエノ恩オモグフカキコトヲオモヒシルベシト也。 ︵ 表 一 二 七 ︶ この一例は師法然の教えに対して敬語を加えられたものである。﹁御﹂の他に敬語を加えられている場合がある。 。 摂 生 ハ 十 方 衆 生 ヲ 誓 願 ニ オ サ メ ト ラ セ タ マ フ ト マ フ ス コ 、 ロ ・ 也 。 ︵ 表 七 一 二 ﹀ 如来の誓願に摂取される喜びから﹁オサメトラセタマフ﹂と二重敬語に改められたものであろう。 。以信為能入トイフハ真実︹ノ︺信心ヲエタル人ノ ︹ミ︺如来ノ本願ノ実報土ニヨクイルトシルベシトノタマヘル ミ コ ト ナ リ 。 。他力ニハ義ノナキヲモテ義トスト本師聖人ノオホセゴトナリ。 ︵ 表 二
O
︶ ︵ 表 一 五 八 ︶ この二例は師法然の言葉を釈したもので本師聖人に対する敬意の表現に他ならない。 ﹃浄土三経往生文類﹄にも広略二本が伝えられているが、真蹟本である略本によればその末尾に﹁コレラノ真文ニ テ、難思往生トマフスコトヲヨグヨグコ、ロウベシト。﹂と結ぼれている。これが八十五歳の書写になる広本では﹁ヨ ク ヨ グ コ 、 ロ エ サ セ タ マ ブ ベ シ 。 ﹂ とここでも二重敬語が用いられている。 ただし広本が宗祖の文章表現を忠実に伝 えているかどうかという疑問は残る。 同じく敬意を加えてある例として﹁イフ﹂が﹁マフス﹂に改められている場合がある。申すとは他に対して謙譲の 意味を表わすために用いられる敬語である。 ,A 1 7 0 我トマフスハ世親菩薩ノワガミトノタマヘル也。 イ 7 0 能念ハヨグ名号ヲ念ズト也。ヨク念ズトマフスハフカグ信ズル也。 イ フ ノ タ マ ヘ リ 。言阿弥陀仏者トマフスハ、即是其行トナリ。 イ フ マ フ ス 。浬繋之域トマフスハ、安養浄利ヲイフ也。 ︵ 表 三 一 ︶ ︵ 表 五 四 ﹂ ︵ 表 六 八 ︶ コ レ ヲ 浬 操 ノ ミ ヤ コ ト ハ マ フ ス ナ リ 。 ︵ 表 一O
九 ︶ この内、後の二例はイフ←マフスとなっているものの、その文末ではノタマヘリ←ナリ、 マフス←イフとなってい ﹃ 尊 号 真 像 銘 文 ﹄ 広 本 撰 述 の 意 趣 五﹃ 尊 号 真 像 銘 文 ﹄ 広 木 撰 述 の 意 趣 五 て 敬 意 が 省 か れ て い る 。 イ フ 。唯説弥陀本願海トマフスハ、諸仏ノ世ニイデタマフ ︹ 御 ︺ 本 懐 ハ 、 法 ヒトヘニ弥陀ノ願海一乗ノミノリヲトカムト ナ リ 。 ︵ 表 一 三 五 ・ 二 ニ 六 ︶ この例ではイフ←マフス、法←ミノリと改めて敬意を加える一方では、 ﹁御本懐﹂とあった御の字は省く結果とな っ て い る 。 ﹃唯信紗文意﹄を見ると建長八年三月二十四日の ① 奥書をもっ光徳寺本によれば﹁名ハ御ナトナリ、如来ノチカヒノ名号ナリ﹂となっている所が、康元二年正月二十七 @ 日の奥書のある専修寺本においては﹁名ハ御ナトマフスナリ。如来ノチカヒノ名号ナリ﹂とあって﹁マフス﹂の語が ﹁マフス﹂という謙譲語に改められる例は他の著作にもあって、 挿入されている。もっとも専修寺本は真蹟本として認められているが、光徳寺本は室町時代の写本として伝えられて いるものであって、宗祖自身の文章そのままであるのか疑問の残る所であろう。もし八十四歳の時に善驚義絶よりも 二ヶ月前に書かれたそのままを伝えているとするなら、義絶後八十五歳の時に書かれた専修寺本において﹁マフス﹂ という謙譲語が加えられたのは、 ﹃尊号真像銘文﹄の広略二本の聞に見られるものと同意趣のものと言えるのではな か ろ う か 。
広本選述の意趣
−信心の正因なることを強調 略本にはなくて広本において新たに加えられている言葉の中には信心という語が顕著に見えている。 。 現 生 護 念 増 上 縁 ト イ フ ハ 、 コノヨニテマコトノ信アル人ヲマモリタマフトマフスミコト也。 ︵ 表 九 一 ︶善導の銘文の最後に出ている文であるが、少し前の所で﹁捻不論照摂余雑業行者﹂の語を釈して略本には、 。スベテ雑行雑修ノ人オバミナテラサズオサメマモリタマハズトナリ。 と あ る 所 が 、 広 本 で は 、 。雑行雑修ノ人オバスベテミナテラシマモリタマハズト也。 ︵ 表 九
O
︶ 。雑行ヲ修シ雑修ヲコノムモノオパ、 ⑨ とあり、どちらかといえば広本に近く明解な文となっている。 より明解になっている。同じ語の釈文が﹃一念多念文意﹄にもあって、ここでは、 スベテミナテラシオサムトイハズトマモラズトノタマヘルナリ。 と 改 め ら れ て い て 、 八十五歳から八十六歳にかけて書かれた著述では誤解 を 生 み 易 い 表 現 は さ け て 、 はっきりと明示しようとする意図がうかがえる。 かかる雑行雑修の人ではなくて﹁マコト ノ信アル人ヲ﹂まもりたまうと示されたのである。 同じことは次の例でも見られる。 。摂取心光常照護トイフハ信心ヲエタル人オパ無碍光仏ノ心光ツネニテラシ、 マモリタマフユヘニ ︵ 表 一 四 一 ニ ﹀ この正信侮の釈文においても﹁信心ヲエタル人オパ﹂照らしまもりたまうとあって、先の例と同意趣のものである。 。 弥 陀 如 来 廻 向 ノ 真 実 信 心 ナ リ 、 コノ信心ヲ阿持菩提ノ因トスベシト也。 ︵ 表 二 三 一 ︶ これも正信備の釈文であるが、略本では一つの文章であったものが広本では如来廻向の信心なることと、この信心 がさとりへの正固なることと二文に分けて明解に示していかれる。信心の人をまもりたまうとは﹃尊号真像銘文﹄の 中でも繰り返し強調される点であるが、広本ではこれをなお一層強めておられる。 次に信心を強調せんがために略本にはない文章を加筆されている例を示す。 品 一 辛 口 導 の 銘 文 で ﹃ 観 念 法 門 ﹄ 摂 生 増 上 縁 の 文 を 釈 す る 末 尾 に お い て 略 本 に は 、 ﹃ 尊 号 真 像 銘 文 ﹄ 広 本 撰 述 の 意 趣 五﹃ 尊 号 真 像 銘 文 ﹄ 広 本 撰 述 の 意 趣 五 四 。 臨 終 ノ 来 迎 ヲ マ ツ モ ノ ハ 、 カ ク ノ ゴ ト ク ナ ル ベ シ 。 とあって、平生からの信心なき人は臨終に際して善知識のすすめにあって信心を得てはじめて往生を得るものもある、 とする前文を受けて﹁カクノゴトグナルベシ﹂と結ばれてある所が、広本では、 。 臨 終 ノ 来 迎 ヲ マ ツ モ ノ ハ 、 イマダ信心ヲエヌモノナレバ、臨終ヲコ、ロニカケテナゲクナリ。 ︵ 表 八 六 ︶ として臨終不来迎を明示しておられる。日頃からの信心が肝要であることを強調される。 源空の銘文の末尾にも略本にはなかった文が加えられている。 。信心ハ菩提ノタネナリ、無上浬襲ヲサトルタネナリトシルベシトナリ。 ︵表二一︶ 信心こそが正因なりとする宗祖の意がよく現われており、 ﹁信心ヲ浄土宗ノ正意トシルベキ也。﹂とする文とよく 相 応 し て い る 。 2 諸仏等同なることを強調 長子善驚の異義が諸仏等同の考えをめぐってのものであった所から、宗祖八十五歳の頃に書かれた消息類には諸仏 等同、入正定栗に関するものの多いことが指摘されてい旬。 ﹃尊号真像銘文﹄においてもその例外ではなく、既に略 本において繰り返し説かれていた正定莱に関するものが、広本では一層強調されてくる。 。不退ノ位ニイタラシムルヲムネトス叫判トオモへト也。 。正定褒ノグラヰニイタルヲムネトスベシトトキタマヘル御ノリナリ。 ︵ 表 八 ︶ ︵ 表 九 ︶ この二例は﹁ベシ﹂が加えられて一層強調されていることは前述の如くである。更に広本にしか見られない文章の 中にも入正定豪を説くものがある。正信傷の釈文中に、 。 大 慶 ハ オ ホ キ ニ ウ ベ キ コ ト ヲ エ テ ノ チ ニ ヨ ロ コ . フ ト イ フ 也 。 ︵ 表 一 五 二 ︶
と あ り 、 す ぐ 後 に も 、 。即横超ハ、即ハスナワチトイフ、信ヲウル人ハトキヲヘズ臼ヲヘダテズシテ正定褒ノクラヰニサダマルヲ即トイ フ 也 。 ︵ 表 一 五 四 ﹀ と続くが、この内﹁即ハスナワチトイフ﹂以下は広本にしかない文章で、信心をうれば直ちに正定褒不退の位に定ま る と 示 さ れ る 。 これと同趣の文は他の聖教にも見られる所であって、 ﹃一念多念文意﹄の即得往生を釈する中に、 。 即 ハ ス ワ チ ト イ フ 、 トキヲヘズ日オモヘダテヌナリ。 マ タ 即 ハ ツ グ ト イ フ 、 ソノグラキニサダマリツグトイフコ ト バ ナ リ 。 ︵ 中 略 ︶ オ サ メ ト リ タ マ フ ト キ 、 ス ナ ワ チ 、 トキ日オモヘダテズ、正定莱ノクラヰニツキサダマルヲ、 往生ヲウトハノタマヘルナリ。 と あ h川、同じく﹃唯信紗文意﹄の専修寺本では、 。即得往生ハ、信心ヲウレバスナワチ往生ストイフ、 スナワチ往生ストイフハ不退転ニ住スルヲイフ、不退転−一住 ストイフハスナワチ正定緊ノクラキニサダマルトノタマフ御ノリナリ、 とあ匂内の﹁スナワチ往生ストイフハ不退転−一住スルヲイフ﹂という部分は光徳寺本にはない所である。善驚事件を コ レ ヲ 即 得 往 生 ト ハ マ フ ス ナ リ 。 契機として強調すべき点の一つにこの諸仏等同の問題があったと思われる。
3
自力のいましめ ﹃尊号真像銘文﹄の最後は自力のはからいをいましめる言葉で結ぼれている。 。ョクヨクコノ自力ノヤウヲコ、ロフベシトナリ。 ︵ 表 二 ハ 一 ︶ とあり前文を受けて略本には見られない﹁コノ自力ノヤウヲ﹂という語を加え、 しかも末尾は断定の助動詞﹁ナリ﹂ ﹃ 尊 号 真 像 銘 文 ﹄ 広 本 撰 述 の 意 趣 五 五﹃ 尊 号 真 像 銘 文 ﹄ 広 本 撰 述 の 意 趣 五 六 で結んであることは、正しく善驚をはじめとする異義に対するいましめの言葉に他ならない。これより少し前の文に も 。他力ニハ義ノナキヲモテ義トスト本師聖人ノオホセゴトナリ。 義トイフハ行者ノオノオノノハカラフコ、ロナリ。 コノユヘニオノオノハカラフコ、ロヲモタルホドオバ自力トイフ也。 ︵ 表 一 五 八
l
一 六O
︶ とあり、ここでも略本にはない言葉がかなり加えられている。無義為義の語が﹁本師聖人ノオホセゴトナリ﹂とある のは、浄信御房宛の手紙の結び近くにも﹁しかれば如来の誓願には義なきを義とすとは大師聖人の仰に候き﹂とあっ ⑬ て、はからいをやめよとの師法然の言葉を引いておられる。その行者のはからいを述べる際に広本では﹁オノオノ﹂ の語が二度にわたって添えられている。同じ浄信御房宛の手紙の中に﹁義とまふすことは行者のをのをののはからふ ことを義とはまふすなり﹂とあって、この手紙が宗祖八十五歳の時のものであるから、普驚事件以後に書かれたもの の中には一人一人の自力のはからいを強くいましめられた表現が自につく。 大経を釈する文の末尾にも、 。他力ノ至心信楽ノ業因ノ自然ニヒグナリ。コレヲ牽トイフ也。自然トイフハ行者ノハカライニアラズトナリ。 ︵ 表 一 九 ︶ とあり、ここでも自然という語を釈して行者のはからいではないことが明示される。 ﹃ 唯 信 紗 文 意 ﹄ の 専 修 寺 本 を 見 る と 、 。ミヅカラノオノオノノ戒善、オノオノノ自力ノ信、自力ノ善ニテハ実報土ニハムマレズトナリ。 @ とあって光徳寺本にはない﹁自力ノ善﹂の語が加えられている。 ﹃尊号真像銘文﹄なり﹃唯信紗文意﹄なりが書き改められる必要があった背景の一つには正におのおのの自力のはからいを強く否定しようとする意志が働いていたからに他ならない。
4
内なるものへの批判 ﹃唯信紗文意﹄の康元二年正月二十七日本と八月十九日本の間にあって、その趣きが異っており、前者に比べ後者 ⑮ は外なるものから内なるものへの批判となってきていることが言われている。わずか半年程後に書かれたものではあ るが、この二本の聞に相違がある。 ﹃尊号真像銘文﹄の広略二本についてもこの指摘があてはまるといえる。即ち先の敬語の付加の項で見た如く、広 本では略本に比べて如来の誓願に対する敬意、書導・法然の先師に対する敬意がより一層強められていることが知ら れたが、その背景には善驚義絶を一つの契機として宗祖自身の上にますます内愚外賢の気持ちが強まっていたからで あろう。長子善驚の自らへの背反という事実をうけとめて、 いよいよ宗祖自身の内なるものへの批判となって現われ ているといえよう。﹁御﹂の字が新しく付加されたり、﹁イフ﹂が﹁マフス﹂に言い換えられていることは、自力のい ましめが﹁オノオノノ﹂はからいを否定してゆかれることと相侯って、 一層自らに対する批判となって示されてくる。四
ま と め 尊号と真像の銘文に関する釈文を集めたものが宗祖八十三歳の時には既に出来上っていたわけだが、その略本を増 補して広本を選述された意図が何であったかを考察せんとして、広略二本を校合することによってまず文章表現の違 いについて検討した。その結果﹁ベシ﹂ ﹁ ナ リ ﹂ ﹁トイフ﹂といった命令や断定の助動詞などを添えることによって 一層意味を強めておられることが明らかとなった。その際に強調されんとした内容が何であったかといえば、 ﹁ 信 心 ハ菩提ノタネナリ。無上浬繋ヲサトルタネナリトシルベシ。﹂ の文でもわかる如く、信心が往生の正因なることを強 ﹃ 尊 号 真 像 銘 文 ﹄ 広 木 撰 述 の 意 趣 五 七﹃ 尊 号 真 像 銘 文 ﹄ 広 木 撰 述 の 意 趣 五 八 く示して﹁信心ヲ浄土宗ノ正意トシルベキ也。﹂というこの書の全体を通しての帰結へと導いてゆかれる。しかも﹁信 ヲウル人ハトキヲヘズ日ヲヘダテズシテ正定楽ノクラヰニサダマルヲ即トイフ也。 L と 述 べ て 、 金剛の信心をうれば 正定緊不退の位に定まるという諸仏等問、弥勤等同の喜びを示される。弥勤等同の考えは八十三歳の建長七年頃より 高調されており、略本にも説かれる所ではあるが、 八十五歳で書かれた康元二年正月二十七日の﹃唯信紗文意﹄ 専 修寺本︶を境として、同じ年の二月十七日の﹃一念多念文意﹄から、大きなうねりをもって強く打ち出されるように @ なったとするなら、広本もその延長線上にあるといえる。信心正園、諸仏等同の思想を強調し、自力のはからいをい ましめなければならなかったのは善驚をはじめとする異義が起ったからなのであろう。広木では自力に対するいまし めが繰り返され、最後に ﹁ ヨ グ ヨ ク コ ノ 自 力 ノ ヤ ウ ヲ コ 、 ロ フ ベ シ ト ナ リ 。 ﹂ と結ばれていることから湖って考えて みると、善驚のとなえた異義の内容も、どちらかと言えば専修賢善計に近いものであったのではなかろうか。 それはとも角として異義異安心に直面した結果、敬語の付加に見られる如く、外なるものへの批判から自己の内な るものへの批判を強め、自信教人信を身をもって示さんとして選述されたのが広本の﹃尊号真像銘文﹄であったと思 わ れ る 。 最後に和語宝典本について少しくふれると、銘文の数においても広本より多くて大経の出世本懐の文と第十一願、 第十二願、第十三願の文に加え、道紳禅師真像銘文として﹁大集月蔵経﹂の文が引かれている。広本には七高僧の内 で道縛禅師だけはその銘文が引かれていない。 また広本には﹁婆薮般豆菩薩銘文﹂の語がなくて、すぐに浄土論の文 が引かれているが、和語宝典本にはこの語が見える。その他広略二本と異る点も少なくない。 和語宝典本は光明本尊との関連において出来上ったことは明らかであり、道紳禅師の銘文が加えられているのもそ の た め で あ ろ う 。 ただしこの一本が広本を基として増修を加えたというより、 むしろ略本と広本を合わせて新たな一
本が生まれたと見るべきで、これら三本を対校すれば明らかである。 略本、広本、和語宝典本の三本を対校した結果を末尾に示す。 ただし釈文の異同のみを示して、讃銘そのものは略 本に無いことから省略しているし、広本にしか無い銘の釈文についても和語本典本との異同だけを示して全文は掲げ ていない。また和語宝典本にしか無い銘文については全て省略した。広略二本の釈文の対校に重きをおいた結果であ る。なお表の中で本文の両側に傍綜の入った所は一本に全く無くて他本にある部分で、右側にのみ傍線のあるのは一一一 本に異同があることを示す。 ② ① 註 井 上 昭 信 ﹁ 親 驚 書 簡 に お け る ﹁ 如 来 と 等 し ﹂ の 一 考 察 ﹂ ︵ ﹃ 宗 学 院 論 集 ﹄ 第 四 二 号 八 八 頁 ︶ 。 ﹃ 親 驚 聖 人 真 蹟 集 成 ﹄ 第 四 巻 、 = 一
O
四 一 長 。 ﹃ 親 驚 聖 人 全 集 ﹄ 和 文 篤 、 二 ハ 一 一 貝 。 ﹃ 親 驚 聖 人 全 集 ﹄ 書 簡 篇 、 真 蹟 書 簡 第 六 透 、 末 灯 紗 第 七 遇 。 ⑪ ﹃ 親 驚 聖 人 全 集 ﹄ 和 文 篇 、 二 ハ ム ハ 頁 。 ⑬松野純孝、前掲害、三一O
真 。 ⑬松野純孝﹃親驚ーーその生涯と思想の展開過程﹄四七九 頁 。 ⑫ 寺 田 正 勝 ﹃ 尊 号 真 像 銘 文 序 説 ﹄ 一 一 官 具 。 拙 稿 ﹁ 真 蹟 木 に 見 る 親 驚 聖 人 の か な の 用 法 ﹂ 究 ﹄ 第 二 十 一 輯 ︶ 参 照 。 松野純孝﹃親驚S I
− − そ の 行 動 と 思 相 ヤ | | ﹄ 二 八 三 頁 。 梅 原 真 隆 ﹃ 尊 号 真 像 銘 文 講 義 ﹄ 一 六 二 一 良 。 ﹃ 親 驚 聖 人 全 集 ﹄ 和 文 篇 、 一 九 八 頁 。 同 書 、 一 六 七 頁 。 同 書 、 一 九 五 頁 。 同 書 、 二 ハ 四 頁 。 ﹃ 親 驚 聖 人 真 蹟 集 成 ﹄ 第 四 巻 、 一 一 一 一 一 一 一 一 頁 。 ⑬ ⑫ ⑪ ︵ ﹃ 真 宗 研 ⑨ ③ ⑦ ⑤ ⑤ ④ @ ﹃ 尊 号 真 像 銘 文 ﹄ 広 木 撰 述 の 意 趣 五 九Eヨ 豆王 フ 守 → = r-ブt, Cコ ﹃ 尊 号 真 像 銘 文 ﹄ 広 木 撰 述 の 意 趣
﹃尊号真像銘文﹄諸本の校異
︵ 建 長 本 ︶ 本 A 13 大元量寿経トイフハ四十八願ヲトキ タマヘル経ナリ モシワレ仏ニナリタラムトキトイフ 御コトハナリ 他力ノ至心信楽ヲモテ安楽浄土ニム マレムトオモへ 夕、如来ノ至心信楽ヲフカクタノム ヘ シ 13 16 18 加唯除ハ夕、ノソグトイフコトハナリ 20 主逆ノツミヒトヲキライ誘法ノオモ キトカヲシラセムト也 不退ノクラキニイタラシムルヲム子 トストオモヘトナリ 正定家ノクラ牛−一イタルヲム子トス トトキタマヘル カナラストイフハ自然トイフコ、ロ 24 25 26 ︵ 正 嘉 本 ︶ 広 本 B 133 大元量寿経トイフハ如来ノ四十八願 ヲトキタマヘル経也 モシワレ仏ヲエタラムトキトイフ御 コトハナリ 他力ノ至心信楽ノコ、ロヲモテ安楽 浄土ニムマレムトオモへ 夕、如来ノ至心信楽ヲフカグタノム ヘシト也 コノコ、ロハスナワチ至心信楽ヲエ タルヒトワカ浄土ニムマレスハ仏ニ ナラシトチカヒタマヘル御ノリ也 唯除トイフハ夕、ノソクトイフコト ハ 也 五逆ノツミヒトヲキライ誹誘ノオモ キトカヲシラセムト也 不退ノクラヰニイタラシムルヲム子 トストW
トオモヘト也 正定褒ノクラキニイタルヲム子トス ヘシトトキタマヘル カナラストイフハサタマリヌトイフ 134 明 叫 ー 138 139 141 141 144 145 146 ー オ 5 ウ 7 オ 六O
和 宝 典 本 一 諸 B B A A B A A A B26 ナ リ 絶ハタチハナルトイフ去ハスツトイ フユクトイフサルトイフ 裟婆世界ヲタチステ流転生死ヲコエ ハナレテ安養浄土ニ往生ヲウヘシト ナ リ 安養トイフハ安楽浄土ナリ 26 27
−
Eヨ お透ニ対スルコトハナワ竪ト透トハ白 カ聖道ノコ、ロナリ 主主 州出横ト超ハスナワチ他力真宗ノ本意ナ 円 り ’ ’ フ可 30 閉ハトツトイフ本願ノ業因−一ヒカレ テ 自 然 − 一 安 楽 ニ ム マ ル 、 ナ リ 易往而克人トイフハ易往ハユキヤス シトナリ 寸二2 31 /、 33 其国ハソノクニトイフ不違逆ハサカ サマナラストイフタカハストナリ ブ1., お他力ノ至心信楽ノ業因ノ自然−一ヒグ ナリトナリ ﹃尊号真像銘文﹄広木撰述の意趣 147 阿川畑出河川自然トイフ 絶ハタチステハナルトイフ去ハスツ トイフユタトイフサルトイフ也 裟婆世界ヲタチステ、流転生死ヲコ エハナレテユキサルトイフ也安養浄 土ニ往生ヲウへシト也 安養トイプハ弥陀ヲホメタテマツル ミコトトミエタリスナワチ安楽浄土 也 透ニ対スルコトハ也竪ハ夕、サマ遣い
M
M
M
同防げ竪ト逗トハ自力聖道 ノコ、ロ也 147 147 9 4 1 山積超ハスナワチ他力真宗ノ本意也 0 5 1 閉ハトツトイフ也本願ノ業因−一ヒカ レテ自然ニムマル、也 易往市克人トイフハ易往ハユキヤス シト也 其国ハソノグニトイフ利引引例到劃 浄利ナリ不違逆ハサカサマナラスト イフタカハストイフ也 他力ノ至心信楽ノ業因ノ自然ニヒグ ナリコレヲ牽トイフ也自然トイフハ 行者ノハカライニアラストナリ 1 5 1 153 154 B A A A A B A 叩オ易往ハユキヤスシトナリ B B Am
ウ自然トイフハ行者ノハカラ ヒニアラストイフナリ --' -/、﹃尊号真像銘文﹄広本撰述の意趣 Cコ IZY 互王 フ可 云 ] ニ 八 ニ 九 お震且ニハ天親窓口薩トマフス、マタイ マハ世親菩薩トマフス と ヨ 36 弥陀ノ本願ヲ釈シタマヘル御ヨトヲ 論トイフナリ 我トイフハ世親菩薩ノワカミトノタ マ ヘ ル ナ リ 37 9 5 1 スナワチ座ヨリタチ仏ノ御アジヲ礼 γ − ア 世ニイテサセタマヒシ仏ハ阿弥陀如 来ナ F ト 念仏三昧ヲ勢至ニハオシエタマフト ナ リ 念仏ノコ、ロモテル人ニ勢至ノコ、 ロヲカウハシキ人ニ 浄土ニ帰セシムトノタマヘルナリト 160 162 164 167 8 5 1 コノ仏ノ売量ノ功徳ヲ念スヘシトナ リ 1 5 1 リ 陀 モ ト シ イ 人 フイム 心 ニ ニ ナ 阿 ラ 弥 ム 陀 ト ヲ 願 念 セ ス ハ へ 心 シ 念 ト 阿 ナ 弥 172 172 究寛如虚空広大無辺際ト 長且ニハ天親菩薩トマフス、マタイ マハイハグ世親菩藤トマフス旧訳ニ ハ天親新訳ニハ世親菩薩トマフス 弥陀ノ本願ヲ釈シアラハシタマヘル 御コトヲ論トイフ也 我トマフスハ世親菩薩ノワカミトノ タマヘル也 173 174 ム ノ、 11 ウ スナハチ座ヨリタチテ仏ノ 御アシ 世ニイテサセタマヒシ仏ヲ 阿弥陀如来ナリト 念仏三昧ヲ勢至ニハヲシヘ タマフナリ 念仏ノコ、ロヲモテル人ヲ 勢至ノョ、ロニ 11 ウ ロ ォ ロ オ ロウ浄土ニ帰セシムトノタマヘ ル ナ リ 日 オ コノ仏ノ無量力功徳ヲ念丸 ヘジトナリ 13 オ モシ人仏ニナラムト願セハ トイフナリ心念阿弥陀トイ フハ心ニ阿弥陀 婆薮般豆菩薩御銘文 究寛如虚空広大無辺際 A 13 13 ウ ウ B B B
= 主主 出
−
E豆 ゴ ゴ 宍 豆−
-t:: 士 官 冗 ア て 区ヨ 亡コ Eヨ ー 巨ヨ四
一
一
一
37 教主世尊ノミコトヲフタコ、ロナグ 38 帰命トマフスハ如来ノ勅命ニシタカ ヒタテマツルナリ 王尋トイフハサワルコトナシトナリ 衆生ノ煩悩悪業ニサエラレサルナリ 39 40 40 コ ノ 如 来 ハ 相 官 慧 ノ 相 ナ リ カノ克尋光仏ノ願行ヲ信シテ安楽園 ニムマレムト 必誓願ノ尊号ナリ説願侮捻持トイフハ 44 43 元専光ノ智ヲ捻持トマフスナリ コノ論ノコ、ロハ釈尊ノ教勅弥陀ノ 誓願ニアヒカナヘリ ホトリキワナキコト虚空ノコトシ、 ヒログオホキナルコト虚空ノコトシ 44 ト ナ リ 46 功徳ノ大宝海ヲ信者ノソノミニ満足 セシムルナリ ヒログオホキナルコトヲ大海ノミツ ノミチミチルカコトシトタトヘタテ マツルナリ 47 ﹃尊号真像銘文﹄広本撰述の意趣m
教主世尊ノ御コトノリヲフタョ、ロ ナ ク 帰命トマフマハ如来ノ勅命ニシタカ フコ、ロ也 元尋トイフハサワルコトナシト也サ ワルコトナシトマフスハ衆生ノ煩悩 悪業ニサエラレサル也 コノ如来ハ智慧ノカタチナリ カノ克尋光仏ヲ称念シ信シテ安楽国 ニムマレムト 175 6 7 1 177 177 1 7 1 誓願ノ尊号ナリ相ハカタチトイフコ 川戸地説願偽総持トイフハ 元専光ノ智慧ヲ捻持トマフスナリ コノ浄土論ノコ、ロハ釈尊ノ教勅弥 陀ノ誓願ニアヒカナヘリ ホトリキワナキコト虚空ノコトシヒ ログオホキナルコト虚空ノコトシト タトヘタルナリ 功徳ノ大宝海ヲ信スル人ノソノミニ 満足セシムル也 ヒログオホキニヘタテナキコトヲ大 海ノミツノヘタテナクミチミテルカ コトシトタトヘタテマツルナリ 釈ノ曇驚法師ハ弁州ノ波水県ノ人也 A H U 1 1 0 1 1 1 1 1 3 1 1 183 5 1 1 A A B A A A A 15 ウ コノ浄土論ノコ、ロハ釈迦 ノ教勅 ホトリキハナキコキ虚空 ノ コ ト シ A 15 ウ B B B 日山オ釈曇驚法師ハ井州ノ扮水県 ム ノ、区玉ヨ 区司 lzY 三玉 "" lzY 寸二三 フ可 ロ耳 Jー、 E耳 フU き ヨ王 主Z主芸 豆 四 歪 ﹃尊号真像銘文﹄広木撰述の意趣 49 南元阿弥陀仏ヲトナフルハホメタテ マツルヨトハニナル スナワチ安楽浄土ニ往生セムトオモ フニナルトナリ 俗ニフタリハ一ニハ仏ノミノリヲ信 シ行スル男ナリ 一一ニハ仏ノミノリヲ信シ行スル女ナ 50 52 52 リ 日 尊 号 ヲ 称 念 ス ル ナ リ 臼能念ハヨグ尊号ヲ念ストイフ 53 ヨク念ストイフハフカク信スルナリ 54 化仏菩薩ヲミムトオモフ人ハミナミ タテマツルトナリ 5 1 1 井州ハクニノナ、リ放水県ハトコロ ノナ、リ 貌末トイフハ長且ノ世ノナ、リ 山山初ハ斎トイフ世ノハシメトイフ也 1 1 1 9 1 1 釈迦才ノ三巻ノ浄土論トイフハ コノ曇驚ノ御コトハアラハセリトナ 192 内 り ’ ’ 南元阿弥陀仏ヲトナフルハ仏ヲホメ タテマツルニナル スナワチ安楽浄土−一往生セムトオモ フニナル也 俗ニフタリ一ユハ仏法ヲ信シ行スル 男也 一一ニハ仏法ヲ信シ行スル女也 3 1 1 お3 233
m
尊号ヲ称念スルト也 出 能 念 ハ ヨ ク 名 号 ヲ 念 ス ト 也 233 ヨク念ストマフスハフカク信スル也 234 化仏菩薩ヲミムトオモフ人ハミナミ タテマツル也 六 回 16 ウ ノ人ナリ井州ハクニノナナ リ扮水県ハトコロノナ、リ 貌末トイフハ震且ノ世ノナ ナ リ 初ハ斉トイフ世ノハシメナ 釈迦才三巻浄土論トイフハ コノ曇驚ノ御コトハヲア ラハセリトナリ B 16 ウ げ オ げ オ A A 末 3 ウ A A 4 オ A 能念ハヨタ尊号ヲ念スト イフナリ A A芸 ハ E 七 豆 八 五 九 フT 亡コ フT フ可 プて τコ ー ノ 、 巨耳 J、 三n.. プミミ 55 55 往生ストイフコトヲ要術トイフ 如来ノミナヲトナフルニスキタルコ トナシトナリ 元上道ヲネカヒシタフトイフナリ 化物トイフハ衆生ヲ利益ストマフス ナ リ 56 56 57 マトハサルユへニ心照迷境トイフナ リ心照迷境トイフハ信心ノタマヲ 願力ヲウタカフコ、ログモニタトヘ タルナリ 信心ヲエタルヒトヲツネニテラシタ マフユへニ 58 59 日仏光円頂トイフハ仏心ノヒカリアキ ラ カ ニ 回ツネニテラシタマフトホメタマヘル ナ リ 60 言南若者トイフハ南元ハスナワチ帰 命トマフスコトナリ 釈迦弥陀ノニ尊ノ勅命ニシタカヒメ シニカナフト 60 ﹃ 尊 号 真 像 銘 文 ﹄ 広 木 撰 述 の 意 趣 235 235 ヨ | 化 元 ト 如 往 ロ | 物 上 ! ハ | 来 生 ツ | イ 道 ナ ノ ス ノ | ト ヲ シ ミ ト モ | フ ネ ト ナ イ ノ1ハ カ 也 ヲ フ ヲ|物|ヒ ト コ 利 | ト | シ ナ ト 益|イ|タ フ 要 ス lフ|フ ル 術
品
I
ぷ
I
1
;
二
|
よ
|
生|ト| キ ト 也 | 也 タ イ 化| ノレフ i コ 236 235 236 マトハサルユヘニ心照迷境トイフ也 信心ノタマヲモチ 願力ヲウタカフコ、ロヲクモニタト ヘタル也 信心ヲエタル人ヲツネニテラシマモ リタマフユへニ 仏光円頂トイフハ仏心ヲシテアキラ カ ニ 237 1認 238 238 ツネニテラシタマフトホメタマヒタ ル也、コレハ摂取シタマフユヘナリ トシルヘシ 5 1 1 言南元者トイフハスナワチ帰命トマ フスミコトハ也 釈迦弥陀ノ二尊ノ勅命ニシタカヒテ メシニカナフト 5 3 1 A A 4 ウ フスナリ A B A A 5 オ ツネニテラシタマフトホメ タマヒタルナリコレハ摂取 シテステタマハサルユヘナ り Aω
ゥ 釈 迦 弥 陀 二 尊 ノ 勅 命 ニ シ タ カヒメシニカナフト 六 五三 ] 六 八 プマ ブl., き 4コ 生ヨ 主三 -t:l Eヨ 主 -t:l --1コ ペ= フ可 ﹃尊号真像銘文﹄広本撰述の意趣 61 二尊ノメシニシタカフテ安楽浄土ニ ムマレムト 言阿弥陀仏者ト刑判ハ即是其行ト川 タマへリ 法蔵菩薩ノ選択ノ本願ナリ 61 62 62 63 カナラストイフハ自然ノコ、ロヲア ラ ワ ス 臼自然ハハシメテハカラハストナリ 64 十方衆生ヲ誓願ニオサメトリタマフ トマフスコ、ロナリ 如来ノ本願ヲトキタマヘルミコトナ リトシルヘシトナリ モシワレ仏ニナリタラムトキトナリ 64 65 65 65 安養浄利ニムマレムトネカヘトナリ ワレ仏ニナレラムニワカナヲトナヘ ラレムトナリ 5 9 1 二一尊ノメシニシタカフテ安楽浄土ニ ムマレムト 言阿弥陀仏者ト引判別ハ郎是其行ト ナ リ 法蔵菩薩ノ選択本願也川判川べ判川 ナ リ 以斯義故トイフハ正定ノ因ナルコノ 義ヲモテノユヘニトイエル御コ、ロ 也必ハカナラストイフ得ハエシムト イフ往生トイフハ浄土ニムマルトイ フ 也 カナラストイフハ自然ニ往生ヲエシ ム ト 也 自然トイフハハシメテハカラハサル ョ、ロナリ 5 1 1 5 1 1 197 197 8 9 1 200 問十方衆生ヲ誓願−一オサメトラセタ マブトマフスコ、ロ也 如来ノ本願ヲトキタマヘル刑制パ側 ノリナリトシルヘシトナリ 200 ム ワ 安 フiモ トレ楽| シ 也 仏 | 浄 ワ ヲI: 利 レ エ(ニ ムイ ム | ム ヲ ご二 円ミP :;c. ワ レ タ カ ム ラ ナ ト ム ヲ ネ ニ ト カ ト ナ へ ト エ ト キ ラ 也 タ レ ・マ 201 200 六 六 却オ二一尊ノメシニシタカ叫テ安 楽浄土ニムマレムト A A 却 オ 以斯義故トイフハコノ義ヲ モテノユヘニトイヘル糊コ 、ロナリ必得往生トイフハ カナラス往生ヲエシムトイ フ ナ リ 必 ハ A A B B A A B
ー 白 /、 4コ プu /、 Cコ /、 ノ1 F、、 = ノ、 区ヨ /、 主王 /、、 フ可 f¥. -t:, f¥. J、、 66 下至トイフハ十声ニアマレルモノ︺ l 念二念開名ノモノヲ 67 智トイフハ願力ニノセタマフトシル ナ リ 願力ニノセテ安養浄利ニムマレ判判 ルトナリ 67 68 チカヒヲ信シタルモノモシ本願ノ実 報 土 ニ コレスナワチ往生ヲネカフ人トイフ ナ リ ステニ尋常ノトキ信楽ヲエタル人ナ 68 69 70 刊 u , , 信心決定シテ摂取ニアツカルモノニ ア ラ ス ヒコロカノ心光ユ摂護セラレマイラ セタル金剛心ヲエタル人ナレハ 臨終ノ来迎ヲマツモノハカクノコト グナルヘシト 70 72 73 マコトノ信心ヲエタルヒトヲコノヨ ニテツネニマモリタマフトマフスコ ト ナ リ 万テラストイフハカノ仏心光ニオサメ ﹃ 尊 号 真 像 銘 文 ﹄ 広 木 撰 述 の 意 趣 加下至トイフハ十声ニアマレルモノ開 名ノモノヲ 202 智トイフハ願カニノセタマフトシル ヘ シ ト 也 願 力 三 期 判 判 安 劇 浄 利 − 一 ム マ レ 判 川 町 シル也 202 却2 チカヒヲ信シタル人モシ木願ノ実報 土 ニ コレスナワチ往生ヲネカフ人トイフ 203 204 ステニ尋常ノトキ信楽ヲエタル人ト イフ也 信楽決定シテ摂取ニアツカルモノニ ハ プ ラ ス ヒコロカノ心光三役護セラレマイラ セタルユヘニ金剛心ヲエタル人ハ 臨終ノ来迎ヲマツモノハイマタ信心 ヲエヌモノナレハ臨終ヲコ、ロニカ ケテナケグナリ 204 204 206 208 マコトノ心ヲエタル人ヲコノヨニテ ツネニマモリタマフトマフスコトハ 也 テラストイフハカノ仏心ノオサメト 209 幻 オ 下至トイフハ十声ニアマレ ルモノモ一念二念関名ノモ ノ ヲ モ A 幻オ願カニ乗シテ安養浄利回一ム マ レ ム ト B A A A A A B A B A 六 七
/' -才、ー ブU Cコ ブL ブじ ブt., 7t., Eヨ ブt., 三玉 九 六 フU --t, プL
ノ
、
ブし ブL ﹃ 尊 号 真 像 銘 文 ﹄ 広 木 撰 述 の 意 趣 75 トリタマフトナリ 阿弥陀仏ノ御コ、ロニオサメタマフ トシルヘシ スヘテ雑行雑修ノ人オで、、ナテラサ スオサメマモリタマハストナリ 77 78 コノヨニテマモリタマフトマフス コトナリ 81 常ハツネニトイフ照ハ元専ノ光明信 心ノ人ヲ 我身ハワカミヲ大慈大悲心モノウキ コトナク 摂取不捨ノコ、ロヲアラワシタマフ 82 82 210 リタマフト也 阿弥陀仏ノ御コ、ロニオサメタマフ トシルヘシ 雑行雑修ノ人オハスヘテミナテラシ オサメマモリタマハスト也 211 出 コ ノ ヨ ニ テ 片H
H
μ
惜げ同人ヲマモ リタマフトマフスミコト也 214 御縁起日トイフハ聖徳太子ノ御縁起 也 聖明王ワカコノ阿佐太子ヲ勅使トシ テ 215 山上官太子ハ四十九歳マテソコノ和国 出演説ハ上宮太子仏教ヲトキヒロメ 220 聖徳太子ノナラセタマヒタルトマフ シケル也 常ハツネニトイフ照ハテラシタマフ トイフ元尋ノ光明信心ノ人ヲ 我身ハワカミヲ大慈大悲モノウキコ トナクシテ 摂取不捨ノ御メクミノコ、ロヲアラ 229 230 230 六 八 22 ウ 阿弥陀仏ノ御コ、ロニオサ メトリタマフトシルヘシ 雑行雑修ノ人ヲハ利ベ判 ミナテラサスオサメマモリ タマハストナリ コノヨニテマコトノ信心 アルヒトヲマモリタマフト マフスミコトナリ 御縁起トイフハ聖徳太子 ノ御縁起ナリ 聖明王阿佐太子ヲ勅使トシ テ 23 オ お オ 末 1 オ 1 ウ 2 オ 上官太子ハ四十九歳マテコ ノ和国ニ 演説ハ上官太子仏法ヲトキ ヒ ロ メ 聖徳太子ノナラセタマヒタ ルトマフシケルナリト B 2 オ 2 ウ B B'=:
8
亡つ o z一
O 四 くこコ 豆玉 実 宅 宍 完一
一
。
82 念仏衆生摂取不捨ノ文ヲ釈シタマヘ ル ナ リ 安養浄利ノ往生ノ正因ハ念仏ヲ本ト ストマフスミコトナリ 83 83 正因トイフハ浄土へムマル、夕、不ト マフスナリ 生死ヲハナレムトオモへトイフナリ 正定ノ業因ハスナワチコレ仏名ヲ称 ス ル ナ リ 仏ノミナヲ称スルハカナラス安養浄 土 ニ 又日当知生死之家トイフハマサニシ ルヘシ生死ノイヱトイフナリ 88 84 89 90 90 大願ノ不思議カヲウタカフコ、ロヲ モテ六道四生二十五有ニト、マルナ リ 川出イマニマヨフトシルヘシトナリ 91 浬繋之城トイフハ安養浄利ヲマフス ナ リ 真実ノ信心ヲエタル人ノミ本願ノ実 92 ﹃尊号真像銘文﹄広木撰述の意趣 230 ワシタマフ也 念仏衆生摂取不捨ノコ、ロヲ釈シタ マヘルナリトシルヘシトナリ 安養浄土ノ往生ノ正因ハ念仏ヲ本ト ストマフス御コト也トシルヘシ 242m
正因トイフハ浄土ニムマレテ仏ニカ ナラスナルタネトマフスナリ 生死ヲハナレムトオモへト也 正定ノ業悶ハスナワチコレ仏名ヲト ナフル也 御名ヲ称スルハカナラス安楽浄土ニ 246 243 246 247 マタイハク当知生死之家トイフハ当 知ハマサエシルヘシト也生死之家ハ 生死ノイヱトイフ也 大願業力ノ不思議ヲウタカフコ、ロ ヲモテ六道四生二十五有十三類生ニ ト、マルト也 イマニヒサシク世ユマヨフトシルヘ シト也 浬柴之城トマフスハ安養浄利ヲイフ 也 真実信心ヲエタル人ノ如来ノ本願ノ 247 248 248 248 A B 5 ウ安楽浄土ノ往生ノ正因ハ念 仏ヲ本トストマフス御コト ナ リ 5 ウ正因トイフハ浄土ニムマル 、タネトマフスナリ B A A A A B B A 6 ウ真実ノ信心ヲエタル人ノ 六 九一
一
ー=三一
一 一 回 互王 フ可 → = 一 一 八 二 九 c5 ﹃ 尊 号 真 像 銘 文 ﹄ 広 本 撰 述 の 意 趣 報土ニヨタイルトシルヘシトナリ 93 利トイフハコ、ロノトキヒトナリ鈍 トイフハョ、ロノニフキヒトナリ コノユへニ行有難易トイへリ行ニツ キテ難アリ 咽 畑 狭 情 難 学 ト イ フ ハ ワ レ ラ カ コ 、 ロ ヲサルノコ、ロニ 牛羊限易迷トイフハワレラカマナコ ヲウシヒツシノ 95 97 98 99 実報土ノ正因トシテ十声称念スレハ 玉 上 菩 提 − 一 イ タ ル 三 心 ヲ 具 ス レ ハ カ ナ ラ ス 安 楽 − 一 ム マ ルトノタマヘルナリト 念仏一門ヲヒロメタマフトシルヘシ ト ナ リ 聖人ハ善導和尚ノ御身トシテ 100 102 103 郎自此漸弘元間元余之勤トイフハ 似往生之道トイフハ破戒元戒ノ人 実報土ユヨクイルトシルヘシトノタ マヘルミコトナリ 249 信心ハ菩提ノタネナリ元上浬架ヲサ トルタネナリトシルヘシトナリ 利トイフハコ、ロノトキ人ナリ鈍ト イフハコ、ロノニフキ人ナリ コ ノ ユ へ − 一 行 有 難 易 ト イ フ ハ 行 ニ ツ キテ難アリ 滴猿情難学トイフハコノ世ノ人ノコ 、 ロ ヲ サ ル ノ コ 、 p z 牛羊限易迷トイフハコノ世ノ仏法者 ノマナヨヲウシヒツジノ 実報土ノ正因トシテ乃至十声一声称 念スレハ克上菩提ニイタル 三心ヲ具スレハカナラス安楽ニムマ ルトノタマヘルナリト 念仏ノ一門ヲヒロメタマフトシルヘ シ ト ナ リ 253 255 257 258 259 259 村 叫 262 聖人ハ善導和尚ノ御身トシテm
自此漸弘元間元余之勤トイブハ 加往生之道トイフハ然則ハシカラシメ 七。
如来ノ本願ノ実報土ニヨク イルトシルヘシトノタマヘ ルミコトナリ B 7 ウ利トイフハコ、ロノトキ人 ナ リ A A A B 8 ウ三心ヲ具スレハカナラス安 養ニムマルト B 9 オ 聖人ハ善導和尚ノ後身トシ テ 自此漸弘元間五余之勤在今 始知トイフハ A 9 オヨ王 区玉置 寸コ フ可 /¥. 才t, ニ 己 =
一
問何悲智限闇トイフハマコトニシリヌ 106 ナムソ智慧ノマナヨグラシトカナシ マ ム ヤ ト 生死大海之大船筏也 極悪深重ノミナリトモナケグヘカラ ストノタマヘルナリ 弥陀悲願者トイフハ 犬師聖人ノオシエノ恩オモタフカキ コトヲオモヒシル 身ヲグタキテモ恩ヲムダウヘシトナ 107 106 107 107 3 0 1 リ 9 0 1 ヨク、、ョノ和尚ノコノオシエヲ御 覧スヘシト 愚 禿 親 驚 正 信 侮 − 一 イ ハ ク 本願名号正定業トイフハ選択木願ノ 行ナリ 弥陀如来廻向ノ真実信心ヲ阿縛菩提 ノ因トスヘシトナリ カナラス大般浬繋ヲサトルトシルヘ シ 9 0 1 0 1 1 110 2 1 1 ﹃尊号真像銘文﹄広本撰述の意趣 264 テコノ浄土ノナラヒユテ破戒元戒ノ 人 何悲智限闇トイブハ誠矧川マコトニ シリヌトイフ ナムソ智慧ノマナコクラシトカナシ マ ム ヤ ト 264 5 6 。 , h 5 m 叫 生死大海之大船筏也 極悪深重ノミナリトナケクヘカラス トノタマヘルナリ 弥陀悲願者トイフハ 大師聖人ノ御オシエノ恩オモタフカ キコトヲオモヒシル 身ヲクタキテモ恩徳ヲムクウヘシト 也 266266 267 267 ヨ夕、、ョノ和尚ノコノオシエヲ御 瞥 見 シ シ ル ヘ シ ト 和朝愚禿釈親驚正信侮文 本願名号正定業トイフハ選択本願ノ 行トイフ也 弥陀如来廻向ノ真実信心阿川副川岡田 仙ヲ阿縛菩提ノ因トスヘシト也 カナラス犬般涯繋ヲサトルトシルヘ シ滅度トマフスハ犬浬繋也 T H 2 1 5 2 270 271 A 9 ウ ナムソ智慧ノマナコクラシ トカナシムヤト 生死大海之船筏也 A 9 ウ 叩オ弥陀悲願者欺トイフハ B B B 叩オ愚禿釈親驚正信偲云 A B ロオカナラス大畑出紫ヲサトルト シルヘシ滅度トマフスハ大 混繋ナリ 七=
−
"
"
'
ゴ 主主 ゴ ヲ寺 ゴ 石 = アて 七 三 才U 四︵︺ ﹃ 尊 号 真 像 銘 文 ﹄ 広 木 撰 述 の 意 趣 112 諸仏ノヨニイテタマフユヘトマフス ミコトナリ 3 1 1 唯説弥陀本願海トイフハ諸仏ノヨニ イテタマフ御本懐ハヒトヘニ 願海一乗ノ法ヲトカムトナリ 113 114 如来如実言トイフハヨロツノ衆生如 来ノコノミコトヲフカグ信受スヘシ ト ナ リ 114 能発一念喜愛心トイフハ一念慶喜ノ 真実信ヨク発スレハカナラス本願ノ 実報土ニムマルトシルヘシ 272 諸仏ノ世ニイテタマフユヘハトマフ スミノリ也 唯説弥陀本願海トマフスハ諸仏ノ世 ニイテタマフ本懐ハヒトヘニ 弥陀ノ願海一乗ノミノリヲトカムト ナ リ 272 272 273 如来所以興出於世ハ如来トマフスハ 諸仏トマフス也所以トイフハユヘト イフミコト也輿出於世トイフハ世−一 仏イテタマフトマフスミコト也欲盤 群萌ハ欲トイフハオホシメストナリ 盤ハスタハムトナリ群萌ハヨロツノ 衆生ヲスクハムトオホシメスト也 仏ノ世ニイテタマフユヘハ弥陀ノ御 チカヒヲトキテヨロツノ衆生ヲタス ケスクハムトオホシメストシルヘシ 274 275 如来如実言トイフハ五濁悪世ノヨロ ツノ衆生釈迦如来ノミコトヲフカク 信受スヘシト也 能発一念喜愛心トイフハ能ハヨクト イフ発ハオコストイフヒラクトイフ 一念喜愛心ハ一念慶喜ノ真実信心ヨ クヒラケカナラス本願ノ実報土ニム 275 七 B A A U オ 弥陀ノ願海一乗ノ法ヲトカ ムトナリ 日 オ 仏ノ世ニイテタマフユヘハ 弥陀ノ御チカヒノ真実ヲト キテヨロツノ衆生ヲタスケ ス ク ハ B 11 ウ 能発一念喜愛心トイフハ一 念慶善ノ真実信心ヨタ発ス レハカナラス本願ノ実報土 ニムマルトシルヘシ慶喜ト"
"
"
"
四 一 一 ロヨ 豆王 回 六 ロヨ 寸二三 区y "" ;tt, _r、
き ヨ ョι 5 1 1 不断煩悩得浬繋トイフハ煩悩具足セ ルワレラ売上大浬繋ニイタルナリト シルヘシ 5 1 1 衆水海−一イリテヒトッアチワイトナ ルカコトシトナリ 6 1 1 摂取心光常照護トイフハ克辱光仏ノ 心光ツネニテラシ 生死ノナカキ夜ステニアカツキニナ リヌトシルヘシ 信心ヲウレハアカツキニナリヌトシ ル ヘ シ 7 1 1 8 1 1 1 1 1 ワレラカ貧愛蹟憎ヲグモキリニタト ヘタリ貧愛ノクモ損憎ノキリツネニ 信心ノ天ヲオホエルナリトシルヘシ 警如日光覆雲霧 1 1 1 1 1 1 ト ミ | 日 夕 ハ | 月 レlノ テ|ク ク モ モ キ キ リ ノ オ シ ホ タノ、 ア| ノレ カ|レ キ|ト カ モ コ ヤl
120 往生ニサワリアルヘカラストナリm
獲信見敬得大慶トイフハ ﹃ 尊 号 真 像 銘 文 ﹄ 広 木 撰 述 の 意 趣 276 マルトシルヘシ慶喜トイフハ信ヲエ テノチヨロコフコ、ロヲイフ也 不断煩悩得浬繋トイフハ不断煩悩ハ 煩悩ヲタチステスシテトイフ得浬繋 トマフスハ売上大浬繋ヲサトルヲウ ルトシルヘシ 衆水ノ海ニイリテヒトッアチワイト ナルカコトシトタトエタルナリ 摂取心光常照護トイフハ信心ヲエタ ル人オハ元尋光仏ノ心光ツネニテラ 生死ノナカキヨステニアカツキニナ リヌトシルヘシト也 信心ヲウレハアカツキニナルカコト シトシルヘシ 277 278 278 279 279 ワレラカ貧愛膿憎ヲクモキリニタト エテツネニ信心ノ天ニオホエルナリ トシルヘシ 警如日月覆雲霧 280 280 日月ノグモキリニオホハルレトモヤ ミハレテクモキリノシタアキラカナ ルカコトク 281 往生ニサワリアルヘカラストシルヘ シト也 獲信見敬得大慶トイフハ 281 イフハ信ヲエテノチニヨロ コフコ、ロヲイフ A B A B B A A A ロ オ 日月ノグモキリニオホハル レトモクモキリノシタアキ ラカナルカコトク B ロウ獲信見敬大慶喜トイフハ 七 リ芸 豆ヨト 五 回 歪 一 五 六 一 五 七 一 五 八 売 フT Cコ フ可 ﹃尊号真像銘文﹄広木撰述の意趣 121 信心ヲウレハスナワチ横ユ五悪趣ヲ キルナリト 横超トイフハ横ハ如来ノ願力他力ヲ マフスナリ 1 2 1 山超ハ生死ノ大海ヲヤスクコエテ 122 122 121 元上大浬繋ノミヤコニイルナリト 信心ヲ浄土宗ノ正意トシルナリ 他カハ義ナキヲ義トストナリ 山義トイフハ行者ノハカラフョ、ロナ 円 リ 〆 122 コノユヘニ自力トイフナリ 123 ヨ夕、、コ、ロフヘシト 加大慶ハオホキニウヘキコトヲエテノ チニヨロヨフトイフ也 おl 信心ヲエツレハスナワチ横ニ五悪趣 ヲキルナリト 即横超ハ即ハスナワチトイフ信ヲウ ル人ハトキヲヘス日ヲヘタテスシテ 正定緊ノクラヰニサタマルヲ即トイ フ也横ハヨコサマトイフ如来ノ願力 ナリ他力ヲマフスナリ 282 283 超ハコエテトイフ生死ノ大海ヲヤス グヨコサマニコエテ 元上大浬般市ノサトリヲヒラク也 信心ヲ浄土宗ノ豆意トシルへキ也 他力ニハ義ノナキヲモテ義トスト本 師聖人ノオホセコトナリ 283 283 283 加義トイフハ行者ノ刑パ刑パパハカラ フコ、ロナリ
m
m
七 回 12 ウ 大慶喜トイフハオホキニウ ヘキコトヲエテノチニヨロ ヨフトイフナリ B 12 ウ 即横過トイフハ即ハスナハ チトイフ信心ヲウル人ハト キヲヘタテス日ヲヘタテス シテ正定家ノクラヰニサタ マルヲ即トイフナリ横ハヨ コサマトイフ如来ノ願力ナ リ他力ヲマフスナリ B B 13 オ R U 他力ニハ義ノナキヲモテ義 トスト大師聖人ノオホセコ ト ナ リ B B Bプマ 123 ヘシトナリ 正嘉二歳戊午六月廿八日 書之 愚 禿 親 驚 一 小 針 数 字 は ー「 真 蹟 集 成 L 第 四 巻 の 頁 数 を 刀t す 建 長 愚 七 番 禿 歳