復帰前 における琉球政府文書の保存活動 について
大 湾 ゆか りI
は じめに
1 復帰 までの主な動 き
2 琉球政府の文書管理 と文書の引 き継 ぎ
3 沖縄 史料編集所の役割 :琉政文書の保存 と文書館運動 4 考察
おわ りに
は じめに
戦後27年間にわたって米国統治下 にあった沖縄 が、1972年5月15日に 日本復帰 を果 た してか ら早30 年余の月日が経過 した。 この間、街は近代的な都市建設や道路網の整備等で発展 し、日常の暮 らしぶ
りもす っか り様変わ りした。米国統治の時代 を思い起 こさせ るのは基地の存在のみにな りつつ ある現 在、復帰前の生活体験の記憶で さえ社会の変化 とともに希薄 にな り、当時の記憶 は徐 々に 「記録」で 辿 らなければならなくなって きた。
そのような時代の到来 を予期 していたのか、復帰 まで沖縄の行政 を担 っていた琉球政府 は、その直 前に政府の保有す る行政文書等 をごく一部 を除いて沖縄県に引 き継 ぐことを決定 し、実際 に膨大 な量 の琉球政府文書 (以下 「琉政文書」 とい う) を残す とい う偉業 を成 し遂 げた。それか ら30年間余、琉 政文書は粁余曲折 を経 なが らも関係者の努力によって16万簿冊余が整理 され、1995年4月には沖縄 県 公文書館に収蔵 され、今 日誰 もが閲覧利用で きる資料 となったのである。
さて、筆者はその琉政文書の保存業務 に携わ る者 として、常々そ うした過去の経緯 を知 ることの重 要性 を感 じて きた。琉政文書の存在は公文書館設立の原動力 となったことはまざれ もない事実であり、
何 よりも通常の文書保存体系 1を飛び越 え、最終的には同政府 が保有 または作成す る文書すべて を残 そうとしたことに強い意図 を感 じるか らである。
琉球政府時代の文書や資料の保存活動 に関す る状況は、沖縄 史料編集所紀要や当館研究紀要等の大 城立裕 (1976・2000)や大域将保 (1982)、宮城悦二郎 (1998)、金城功 (2000)らの論文に垣間み る ことがで きるが、本稿では琉政文書の中か ら実際 に文書の管理 、保存 に関す る記録 を掘 り起 こ し、琉 政文書が引 き継 がれたいきさつや背景 を整理 し、紹介 してみたい。なお、今回は総務局広報渉外部文 書課および文教局沖縄 史料編集所の文書 を主 に参考 とし、 これ ら2つの部署での動 きを中心 に整理 し て若干の考察 を加 える程度 とした。今後引 き続 き他局庁の文書 および復帰後の保存の経緯 についての 記録や関係者か らの聞 き取 り等 をあわせて調べていきたいと思 う。
† 財団法人沖縄県文化振興会公文書管理部修復士
「行政府 文書管理規程」(1971.1.1訓令第1号)第86条に、文書の保存期間は、法令その他別 に定めがあるもののほ か、第1稽 (永年保存)、第2種 (10年保存)、第3種 (5年保存)、第4種 (3年保存)、第5種 (1年保存) とす ることが規 定 され、通常保存年限が過 ぎた文番は廃棄 され ることになっているが、残 された琉政文書 にはそ うした文書 も多 く含
まれている。
1 復帰 までの主 な動 き
本章では、復帰前 における琉政文書の保存活動 について述べ る前に、施政権返還が決 まった後の琉 球政府等の状況 について主 な動 きを整理 しておきたい。
1969年11月21日、佐藤 ・ニクソン会談で沖縄 の72年返還が合意 された。 この 日を境 に県民の悲願で あった援帰が現実的な ものにな り、基地のない平和 な沖縄 の創造へ と期待 も膨 らんでいったが、一方 で、軍雇用員の大量解雇 、コザ暴動 、毒 ガス輸送等、大 きな転換期 に向けて社会は 「復帰不安」に包 まれ、デモや反対運動 が各地で巻 き起 こっていた。
返還 が合意 された後、 日米間では70年3月に 「復帰準備委員会」の設置 を取 り決めた。 また、 日本 政府 は早速 「沖縄復帰対策の基本方針」 を閣議決定 し、5月には 「沖縄 ・北方対策庁」 を発足 させ、
那覇の出先機関 と して沖縄事務局 を置いて着々と準備固めに入っていた。
琉球政府 も同 じ頃 「本土法適用に関す る措置要請」のための作業 を終 え、8月6日に 「復帰対策大綱
」
を決定、10月1日に復帰対策室 を発足 させ た。同22日 「沖縄総合開発特別措置法 に関す る立法要請」
を行い、11月12日の局長会議では屋良主席 自ら提案 して 「復帰対策県民会議」 を設置 し、沖縄側の要 望 を日米へ答申す る構 えで準備 にあたっていた。県民会議 は翌
7
1年1月16日に各界の有識者47名か らなる第一回会合 を開 き、以後重要 な案件 を審議 して復帰準備 に大 きく貢献 した。
1971年6月17日、沖縄返還協定調印。その間、復帰対策室 は具体的な復帰施策 と して第一次 か ら第 三次 にわた り 「復帰対策要綱」 をとりまとめ、県民会議での審議 を経 て 日本政府 に提出。最終的に9
月3日に 「第三次復帰対策要綱」 が閣議決定 された。 この第三次要綱 には、行財政、産業 ・経済 、教 育 ・文化、司法 ・法務 などで復帰 により県民の生活や産業活動 に重大 な影響 を及ぼす と思われ るもの
について盛 り込 まれ、これで基本的な準備がほぼ整 ったかのように思われた。
ところが、基地の存続等 、返還協定の内容 を全面的に受 け入れ られなか った琉球政府では、10月11 日、再び臨時局長会議の席で復帰対策の総点検 と意見書の作成 を協議 し、結果 、「琉球政府の基本的 立場 を鮮明に し、諸要求 をまとめ、本土政府 と国会 に配布す る。作業 は副主席直接指揮により総務局 が当たる。各局は総務局 に協力す る」 ことを決定 した。11月12日の臨時局長会議 には建議書草案が検 討 され15日まで修正作業。17日には屋良主席が 「復帰措置 に関す る建議書」 を携 えて上京 したが、時 すでに遅 し、返還協定は主席の到着 を待 たず して衆議院返還協定特別委員会において強行採決 された のであった。 こうして、沖縄の最後の訴 えを綴 った建議書 も幻の もの と化 し、混沌 とした情勢下で復 帰 を迎 えることになったのである。
この ような激動の時代 に、復帰 によ り行政組織 を一新す ることになる琉球政府内では、沖縄県への 行政移行手続 き等の膨大 な準備作業 に追われ るとともに、職員 にとっては組織改変や自身の処遇 ・地 位への不安 を募 らせ る日々を送 っていた。そ うした中にあって、 しか も実質的にわずか2年余 とい う 間に、琉球政府の文書の行方 を左右す る様 々な活動 が展開 され、そ して大量の文書 を残す ことに成功
したのである。 その原動力 とは何 か、 これか ら琉球政府の当時の文書管理 と復帰に向けた文書の引 き 継 ぎに関す る動 きを探 りなが ら、保存の経緯 をみてい くことに しよう0
2 琉球政府 の文書管理 と文書 の引 き継 ぎ
琉球政府の文書管理 は、政府設立の1952年4月1日に行政主席官房文書課 に文書主管課が設置 され、
その後幾度 かの改組の末、1966年か ら復帰 にいたるまでは総務局渉外広報部に所属す る文書課が中心 となって行われていた。文書課 は行政府の文書主管課 として諸法令の公布 、公報の編集発行、文書の 収受、発送、編集 ・保存、翻訳 、浄書および印刷事務、公印等 に関す る事務 を所掌す るとともに、文
一102‑
書取扱事務の指導や調整 を行い、各局庁 では総務課 がそれぞれ文書主管課 として事務 を執 っていた。
琉球政府 では じめて文書管理 に関す る法令2が成 立 したの は1954年で 、以降幾度 かの改廃 を経 て、
最終 的には 「行政府文書管理規程」 (1970.1.1孟Il怜 第1号、改正1970.10.15訓 令第32号 、改正1971.ll.1 訓令第68号)によ り復帰直前の文書管理 が行われた。
文書管理 に関す る主 な動 きは次の通 りである。
文書管理 関係 の主 な動 き 「文書 管理 日誌 (1952年4月1日以降)」 3よ り抜 粋 1952.4.1 琉球政府の創立 によ り、行政主席官房 に文書課設置
1954.3.22 文書取扱規程 (1954.3.22訓令9)制定
1963.5.1 行政府 文書取扱規程 (1963.4.12訓令25)制定 、文書取扱規程廃止 1967.3.2 物 資保管所 に保存文書管理室 を設置
1969.8.1 第1回行政府文書取扱主任会議
1969.8.1 行政府 文言取扱規稲の特例 に関す る規程 (1969.7.30訓令30)を制定 し、同運用方針 を例規通達 (1969.7.30総文41)
1970.1.1 行政府文書管理規程 (1970.1.1訓 令1)の制定 、行政府文書取扱規程廃止 1971.I.4 行政府の文書管理 資料 と して F文書 だよ り』 を創刊
1971.9.14 文書、記錨類 (公印 、資料 を含む) を破棄 しないよ う通達 (1971.9.14総文54) 1971,10.14 琉球政府の行政資料 を現地保存の方針決定 (局長会議)
1971.ll.1 文書、公印は保存年限を過ぎても原則として廃棄しない (1971.ll.1訓令68、69文書管理規程と公印規程の改正) 1972.1.22 公文畜類の引継要領 について依命通達 (1972.1.22総文6)
1972.1.28 公文書頬の引継 につ いて説明会
1972.2.3 公 文書類の引継 につ いて説明会 (於 :宮古 、八重山両支庁)
さて、文書課の動 きを追 ってい くと1969年以降 、新 しい試みが続 々 と見受 け られ る。当時の文書課 では儀間常盛課長 、照屋栄一係長 (71.10.23よ り文書課長)の もと、復帰 までの間 に実 に31件 もの例 規4を定 め、文書事務の改善 に取 り組 んでい る。 この とき決 まった例規 には文書の左横書 きの実施や 緑色の起案用紙への変更等、現在 もなお踏襲 されてい るもの も少 な くない。 また、ほ とん どの例規 が 実用的な内容の もので、実際の事務処理 に直接役立つ ものであった点 も興味深 い。
この頃は また、文書課 が要 になって行政府内の文書管理 に関す る連絡 や調整 が積極 的に図 られ た時 期で もあった。 それ に‑授 かったのが 『文書 だよ り』 5の発行 で あ り、 もう一つ が文書管理主任会議 および文書取扱主任会議の開催で ある。当時の行政機構 では、文書主管課で あった総務局の文書課 お よび各局庁の総務課 には課長の もとに文書管理主任 が、 また各主務課長の もとに文書取扱主任 が配置 されていた。 これ らの実務担 当者 が一堂 に会 して職場 間の事務調整や事案の協議 をす るため、1969年 8月より行政府 では文書管理主任会議 が、各局庁 では文書取扱主任会議 が毎 月1回開催 され るよ うにな ったのである。主任会議では文書管理 に関す る様 々なことが話 し合われ たが、中で も復帰の際 、移管 すべ き文書の取 り扱 いについてはたびたび議題 として取 り上 げ られ協議 された模様 である。
2 「文言取扱規程」(1954.3.22訓 令第9号)
3 『文書事務の手び き』1972.1.1 pp.154‑160
4 同上 p.158
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文吉 だよ り』 は、文書 事務の管理改善 をはか るため行政府 の 文書管理 資料 と して総務 局渉 外広 報 部文書課 が発 行 した小冊子で、1971年1月1日に創 刊 され1972年3月までほぼ毎 月1回発行 され た。『文書 だよ り』 には、文書管理 に 関す る新 しい情報 や レファレンスの内容等 が搭載 され、文書管理事務 に一役 を担 っていた。会議開催 日 会議回数 項 目番号 議 事 内 容 掲載号『文書 だよ り発行 日
』
1971′1/8 14回 2 本土復帰の際、移管すべ き文書の取 り扱いについて 第2号 1971/2′1 1971/2′12 15回 2 本土復帰の際 に、国の機関 または沖縄県に移管 され る文書、とくに 第3号 1971/3′1
許認可台帳等 を点検整備す ることo
1971/3′4 16回 2 文書の整理 と譲渡 :1971年の文書整理 に協力 し、保存年限 を過 ぎた 第4号 1971/4/1 文書で行政資料 として残 してお くべ きものは広報課 に連絡す ること○
1971/5/12 18回 6 県の文書管理機構 につ いて :県政移行後の文書管理機構 を検討す る 第6弓.1971/6/1 ことO
1971/6/9 19回 1 1972年度の文書管理業務 について :県政移行 に備 えて、沖縄 県の文 第7号 1971/7/1 書関係法規 を成案 し、かつ文書管理体制 を整 えること○
1971′7′7 20回 1 行政府資料管理暫定要領 について :現在保存 されてい る文書、資料 第9号 1971′9′1 および今後作成 され る文書 、資料等 は、保存期限 を過 ぎて も当分の
間、廃棄処分 しない ことなどその管理 に配慮す ることo
1971/8/ll 21回 1 現在保存 されている、および今後作成 され る文書、史料等 (公印お よび第1庁舎の献呈鋼板 に類す る看板 を含む○)の保存管理 につい て通達の こと○
1971′10′6 23回 1 廃棄 を決定 された文書の うち、行政 または県史編集の資料 として活 第11号 1971/ll/1 用す ることが適 当と認め られた ものは、広報課および 史料編集所 に
引 き継 ぐよう文書管理規程の改正 を考慮す ること○
2 古文書館 または資料館の設立 は、 「沖縄 史料編集所」の強化拡充策 の一環 として推進す ることo
3 琉球政府の文書 は、本土復帰の際原則 として沖縄 県に引 き継 ぐよう 検討す ること○
4 去 る1月28日旧家庭裁判所跡 に設け られた 「資料室」 (広報課所管) を拡充強化す ること○
5 各局長 が施行 した文書で例規 となるべ きもの を編 さん保存 し、その 件名一覧表 を整備す ることo
1971′11/17 24回 1 現在および復帰直前 に琉球政府 が保有す る文書 は、国政 に関す るも 第12号 1971/12/1 のであつて も、完結 した文書および保存年限 を過 ぎた文書 は、すべ
て沖縄県 に引 き継 ぐことoただ し、国に引 き継 がれ る処理 中の事業 に係 る文書は、県内の国の当該出先機関に引 き継 ぐ○(現地保存の原則)
3 市町村 において完結 されたもので、行政上不必要 となった文書、資 料等 を琉球政府 (復帰後は沖縄 県)に移譲 して もらうよう市町村お よび市町村関係団体 に対 し、協力要請す ること○
1971/12/8 25回 2 文書管理訓令の改正 について :文書管理規程 、公印規程 、公報発行 第13号 1972/1/10 規程の改正趣 旨説明 (要点 :現在琉球政府の保有す る文書、資料 、
公印等 は保存年限 を過 ぎて も廃棄 しないこと、および広告、告示等
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表1は、 『文書 だ よ り』 に掲 載 され た主 任 会 議 の結 果 報 告 日の うち、文 書 の 引 き継 ぎに関 わ る事 案 を ま とめ た もの で あ る。残 念 な が ら第
1 3
回 まで の会 議 録 は現 在 まで に入 手 で きて い な いの で その詳 細 は 不 明 だが、少 な くと も1971年1月8日の第14回 主任 会 議 で はす で に文 書 の移 管 に関 す る こ とが議 題 にの ぼ って い た こ とがわ か る。 た だ し、 この と きの協 議 内容 で は 、国 また は沖縄 県 に移 管 す べ き文 書 の 分 類整理 等 に 言及 した程度 で あ った よ うで あ る。その頃 、文 書 課 で は行 政 府 の 文 書 整 理 を暫 定 的 に実 施 し、 その 保 管 場 所 7の確 保 に奔 走 して い た 。 そ して、1月28日、旧家庭 裁 判 所 跡 に 「資料 室 」 が設 け られ た (広 報 課 所 管 ) こ とか ら、3月4日の主 任会議 で は、保 存 年 限 を過 ぎた文 書 の うち行政 資料 と して残 して お くべ き もの を広 報 課 に連絡 す る こ
とが確 認 され て い る。
また、10月6日に開 かれ た第23回主 任 会 議 で は 、本 土 復 帰 の際 、琉 政 文 書 を原 則 と して沖縄 県 に引 き継 ぐこ とが検 討 され 、廃 棄 決 定 後 の文 書 の うち、行 政 また は県 史編 集 の 資料 と して活 用 す る こ とが 適 当 な もの は、広 報 課 お よび 史料 編 集 所 に引 き継 がれ るよ う文 書 管 理 規 程 を改 正 す る向 きで の協 議 が 行 われ た。 そ して、10月14日の局長 会議 で琉 球 政 府 の行政 資料 につ いて は現 地保 存 の方 針 が決 定 され 、 11月1日には 「行政府 文 書管理 規 程 の一 部 を改 正 す る訓 令」 (1971.ll.1訓 令 第68号 ) が施 行 され たの で
あ る。 この規 程 改 正 で 、実質 的 に琉 球 政 府 が 当時保 存 又 は保 管 され て い る文 書 お よび その 後作成 され る文書 は、保存 期 間 が過 ぎて も原則 と して廃 棄 せ ず 引 き継 ぐこ とが明文化 され た とい える。
行政府文書管理規程の一部を改正する訓令 臼 (抜粋) 第88条の次 に次の1条 を加 える。
(文書の廃棄)
第88条の2 前3条の規定にかかわ らず、各行政機関において現在保存又は保管 されている文書 (資料等 を含む。
以 下同 じ。)及び今後作成 され る文書 は、保存又は保管期間を経過 して も、国の機関又は沖縄県に引 き継 がれ るまで、原則 として廃棄 しないもの とす る。
2 前項の場合において、主務課長及び文書主管課長が特 に保存又は保管の必要がないと認める場合には、文書 課長 と協議す るもの とする。
3 主務課長は、前項の協議の結果、廃棄 を適 当 と認めた文書は、文書廃棄台帳 (第20号様式)に登載の うえ、
文書主管課長の決裁 を受けて、焼却、裁断等、他 に利用 され るおそれのないような方法により処分す るもの と する。
(中略)
第90条を次のように改める。
(資料の引継 ぎ)
第90条 総務局渉外広報部広報課長 (以下 「広報課長」 とい う。)及び文教局沖縄 史料編集所長 (以下 「史料編 集所長」 という。)は、第88条の2の規定により廃棄 を決定 された文書の うち行政又は県史編集の資料 として活用
6 『文書だより』第2号より毎号、文書管理主任会議 (第14回以降)の結果報告が掲載 された。
7 文書の保存管理室については 「行政府文書管理規程」(1970.1.1訓令第1号)の中で次のように規定 されているO
「公報」号外第1号 1971.1.1 (文責保存管理等)
第89条 文書を保存するために、文書保存管理室を設置し、文書保存管理室は文書課長文は総務局長の指定する者が管押す る。
2 文書保存管理室においては、保存文書をいつでも閲覧に供し得られるように分類整理 しておくとともに、常に消潔を保 ち、かつ、火気、盗難等の予防に留意しなければならない。
8 「公報」r,i.外第145E3‑1971.ll.1
することが適当と認められるものについては、主務課長及び文書主管課長と協議 して、当該文書の引継ぎを受け ることができる。
2 前項の規定により引継 ぎを受けた文書の管理に関 し必要な事項は、広報課長及び史料編集所長が別に定め る。
さらに、11月17日の主任会議 では、現在 お よび復帰直前 に琉球政府 が保有す る文書 はすべて沖縄 県 に引 き継 ぐこと、国政 に関す る もの も完結文書 お よび保存年限 を過 ぎた文書 は沖縄 県に引 き継 ぎ、末 完結の文書で あって も県内の国の出先機 関 に引 き継 ぐこと、 また、市町村 の完結文書 、資料等 も委譲 して もらえるよ う協 力要請 す ること等 を内容 とす る 「琉球 政府 の保有 す る文書 の管理方針 (莱)」 が 話 し合 われてい る (1971.ll.24行政主席決裁)0
この よ うな過程 を経 て復帰 の年 を迎 えた1月には局長会議 で引継 要領 が決定 し、「公文書類 の引継 要領 につ いて」 ̀'(1972.1.22総文第6号)(下記 に要 旨部分 のみ抜粋 して記載)が各局庁 および行政委 員会 あて依命通達 され 、以後文書課の指導 の もと保管所 となった旭町の物 品保管 倉庫 に続 々 と文書類 が搬 入 されていったので ある。
公 文 書 類 の 引 継 要 領 (要旨)
1 文書引継の基本方針
現在および復帰直前に琉球政府が保有する公文書類は、現地保存の原則により、沖縄県に引き継 ぐ。
2 保有文書の確認
琉球政府の保有するすべての公文書類の目録を作成 し、その種類、数量等を確認する。
3 文書引継の方法
県または国の機関あるいは市町村に引き継 ぐ公文書類は、その引継区分に従い、行政主席名、各機 関の長名で引き継 ぎし、現物は現場引き渡 しとする。
4 完結文書の保存場所
現在国政相当機関が保有する公文書類で、琉球政府が処理 し、完結 したものを保存管理するために、
「沖縄県文書保存管理室」(スペース)を設け、書架を整える。 5 引継 ぎを受ける文書
復帰後沖縄県に移管 される機関が現在保有 している文書類を把握するために、あらかじめその保有 文書の目録を提出する。
6 留意事項
公文書引継の基本方針に留意 し、緊急かつ重要事項として万全を期すること。
3 沖縄 史料 編 集 所 の役 割 :琉 政 文 書 の保 存 と文 書館 運 動
1970年前後 、行政府 内で は復帰 が確定 す るとどの部署 で もその準備 に追 われていた もの と思われ る が、そ う した中で琉球政府 が保有 す る文書の保存 に関 して大 きな役割 を果 た したの が、琉球政府立沖 縄 史料編集所 (以下 、「編集所」 とい う)で あった。
9 F公文書類の引継要領に関する依命通達』(ROO160285B)
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編集所 は、1954年 に文教局研究調査課 で戦後 史料 の収集 に着手 したの を皮切 りに、1960年 に文教局 教育研究課の新設、1963年 に沖縄 県 史編集審議会の設置等 を前身 と して、1967年 、文教局 に専任職 員 (史料調査官) を置 いた琉球政府立沖縄 史料編集所 と して誕 生 した。編 集所 の業務 には、『沖縄 県 史』
の編集 発行業務 とともに沖縄 の歴 史に関す る史料収集 、整理 、保管 、調査研究 等 が あった。 『沖縄 県 史』編集発行事業 は当初5ケ年計画 (1965年‑1969年 )で あったが、教育研究 課時代 に行 われ た 史料 の発掘 、収 集活動 が予想以上 の成 果 をあげたため、67年 には8ケ年計 画 (1965年〜1972年 ) に変 更、
さらに1970年 には全24巻 川行のための11ケ年計画 が承認 されて75年 まで継続 す ることになっていた。
さて、復帰 前の編 集所の状況 は とい えば、史料 の調査収集 と 『沖縄 県 史』の編集業務 を進 め るか た わ ら、政府 、市町村 、民 間団体等の文書 ・資料類の調査収集 に力 を注 いでいた。同時 に、復帰後の組 織 の存続の問題 や職 員の処遇 、施 設の確保等 の問題 が浮上 した頃 で もあった。 そ こで話題 にのぼ った のが一つ に琉球政府の保有す る文書等の行方 で あ り、一つ に文書館の建設の ことで あったよ うだ。
当時の状況 につ いて、史料調査官の 一人で あった金城氏 は次 の よ うに述べてい る。
沖縄の復帰が決まると各職場ではその職場なりの復帰への準備が始まった。琉球政府立沖縄史料編集所では 琉球政府の保有 している文書のことが話題になったO沖縄史料編集所では、当時 『沖縄県史』の編集事業を進 めると共に沖縄に関する資料の調査収集に関わっていたこともあって、復帰によって消滅する琉球政府が保有
している文書の行方についての話が出るのは当然と言えば当然なことであった。
沖縄県史編集審議会 (当時の会長 ・豊平良顕氏)も資料の保存をということで関係機関に資料館の建設を陳 情 していたし、その他関係者からも琉球政府文書の保存については強い要請があった。
27年に及ぶ米凶統治 卜にあった沖縄は戦後の日本を考える時に特異な存在としてあり、記録と関わる琉球政 府の文書類は員重なものであると、沖縄史料編集所では認識 していたOそれ らの文書類を歴史資料として将来
どう保存 していくかが職場で話題になったo lO(以下略)
こうした状況 は、実際 に琉政文書の沖縄 史料編集所 の文書 に詳 しく記録 されてい るので紹 介 しよ う。
所内の編集会議 メモ を綴 った 『所 内編集会議覚書』等の文書 11に、施政返還 が決 まった後で編集所 の進 むべ き方向等の議題 が最初 に記録 され たの は1970年5月28日の ことで あ る。 それ に よる と、①所 が拡充存続 す ることを確認の上修正計画 を検討すべ きこと、②72年の転換期 におけ る史料 の収集 お よ び保存 、③ 史料編集所の方 向 (性格 )、の3点 が話 し合 われてい る。
その後 、編集 会議 で は毎 回 これ らの議題 が取 り上 げ られ た。 と りわ け7月16日の記録 は当時の編 集 所のおかれていた状況 を知 る上 で大 い に参考 にな るので紹 介す る (で きるだけ原文の まま翻刻 、人 名 は筆者 が変更 、文 中口 は判読 不 明の文字 )。 それ によ ると、 この時期編集所 で は同所 が設立 され た趣 旨を再確認 し、復帰 後の編集所 の役割や方 向性 、処遇等へ の要望 を出す ための足 固め を していた節 が 感 じられ る。
10 金城功 「琉球政府文書の整理 ・保存 ・利用等について
」
『沖縄県公文書館研究紀要』第2号2000p.14ll 『所内編集会議覚書』(ROOO98411B)/F編集会議メモ1971年9月1日以降』(ROOO98410B)
1970.7.16(木)編集会議 9:00‑ (参加者)A、B、C、D、E
1.編集所の今後の方向 イ 沖縄 史料編集所の方向
A:
設立の趣 旨 (資料の編集、収集、閲覧)◎ 占 ・新 しい資料の編集 (順序方法 はゆっくり、年間の冊数6) 資料の収集
閲覧
◎機構の拡充 (所の仕事の内容 がはっきりしなければな らない)
◎資料の収集 イ 組織的にす るにはどうす るか。
ロ 現在の仕事 との関連で どう組み合わせてい くか。
A:
編集所の小型 にす るか。発足当時は総務局、琉大、文教局のいずれかにおくか。結局、文教局になった。(注、人事交流の面で)
C:
①沖縄 県史の編集 は全精 力をそそいでいる。 (問題 がありは しないか)②資料の収集 ・‑時間 と労力 をさくべ きだ。
戦後の沖縄 における資料の収集。沖縄 だけでな く、内地か らもとりよせ る。
③所員のあ り方 :研究者であることを前提 として (研修の こと)
④閲覧は主 目的ではない と思 う。編集 と収集が主でなければな らないo
⑤ 文書館設立運動 (役所 、役所以外の資料 も集めてお く)
⑥ 県史の発行計画 はのば して も、資料の収集 はすべ きである し、そ うす るための職 員の処遇はどうす るか。所長の意見をききたい と同時に、みんなの意見 もききたい。単なる編集 者ではな く、研究者 であることが前提である。
※
C:
琉大 に移管す ることには反対 (72年 まで を含めて、10‑20年以降 まで とい うことではない)①国立移管の際、文部省の意向を全面的に受け入れようとしている。南方に関する研究所の設立。
②琉大の教授の態度 (資料の収集 、前口に対 して実 に安易であ り、歴 史観 を規制 しようとす る人たち は一緒 にで きない)
※現在の ことについて も、 もっと拡充で きないか (現在 をも)。
※資料収集は簡単ではない。
※可能 な限 り、資料収集の手 を尽 くすべ きである。
※史料編集所独 自の方法 を検討すべ きである。実際 に、所 としてや るべ きではないかO所 として戦後の資 料収集 をや るべ きだと云 う姿勢 さえも確認 されてな
い 。
※資料の収集の意義 (なんのために)
1.現在の資料の収集の態度 (置 県以前の ものは出張 してで も収集 して くるが、現在の ものは、相手方 が寄贈 され るもの しか受 け入れてない とい うことで ある)、そ うい う現在の資料の収集 をめ ぐる問 題の中か ら、所の将来の あ り方 もでて くるのではないか。
2.部分だけでな く、全面的にす る。
①所員の処遇の問題 (単なる編集屋 として解釈 されて もしかたないが、歴 史の編 者としては研究職で なければな らない)
・調査は している。 (人事委員会)
・従来の研究職の努力がみのってないO
・仕事 その ものが研究が主体であるとい う理解が必要である。
積極的な意見を出 してほ し
い 。
C氏の提案
①仕事の内容 (将来何 をす るか)
②所員の処遇 を含めて (機構の問題) 建物 、人容の件
‑108‑
会議 は翌 日も引 き続 き行 われ 、その結 果 、仕 事 の 内容 と して は 、機 能 拡充 との絡 み で県 史終 了後の 編 集 に も力点 をお くこ と、機 構 上 の 問題 と して は、建物 、研 修 、仕 事 を遂 行 す るた めの 人容 の 問題
(増員の方へ ) につ いて発言 で きるよ うに案 を準備 して お くことで合意 して い る。
また、8月7日お よび8日の編 集 会 議 で は、資料 収 集 を今 後精 力 的 に行 うこ とで 、編 集 所 の存 続 を打 ち出す基本 的考 え方 を確 認 し、 と くに戦後 資料 の収集 に関 して は他 の機 関 には あ ま り期待 で きないの で、編 集所 が 中心 にな るべ きだ とい う意 見が記録 され て い る。 さらに、収集 した資料 の閲覧 も重要 と の観 点 か ら、専門図書館 の よ うな機 能 を もつ ことが必要 だ との主張 もみ える。 そ して 、復 帰 後 には編 集所 は資料 の収集 、編 集 、保存 、閲 覧の面 で強化拡 充 す る方 向 に もって い くこ とで合意 が な され てい
るO
この よ うな方針 が決 まった後 、次 の段 階 は どの組織 へ移 行す べ きか とい う問題 が争 点 とな った。案 と して浮 上 したの は、現状 の ま まか 、 あ るい は琉 大 、図書 館 、総 務 部 、企 画 部等 へ の移 行 で あ った。
そ うした中、沖縄 県 史編 集審議 会 か ら歴 史資料 館 の構想12の話 が持 ち上 が った。編 集所 で は これ に対 して9月14日に編集 会議 を開 き、次 の よ うな議論 を行 ってい る。
1970.9.14(月) 編集 会議 (8:30‑ll:40) (秦加者)A、B、C、E、F、G 議題 :歴史資料館について
Bより、歴史資料館の構築 (?)がでてきた経緯について一通 り話す。
(審議会側からでてきた話なので具体的にどうだということはいえないので、疑問を出す程度)
C:
①新 しい機関をつ くることなのか.(諸般の陰路で、業務 を推進で きなかった) (診復帰記念事業ということで一つの事業 をおこすことを考 えているのかどうかoF:史料編集所以外に文化財、博物館をも包含させていこうという委員長の構想であった。那覇市の公会堂の あり方を構想 しているようであった。
A :資金は中央政府に仰 ぐとしても、運営は県庁がするD
C:
史料編集所は規模が小さいので大きな構想をもって資料館をつくり、そこに編集所を包含していくのかoG:
業務を遂行できるような資料館 を構想 していると感 じたのだが‑・。 F :復帰記念事業についての考え方 も違っている。C:
現在の編集所で も、当然できることなのに、何故今の編集所ではできないのか。史料編集所の強化発展 し か道はない。あらたに機構 をつ くるとなると、労力のロスではないかと思 う。※復帰記念事業、文化庁の出先機関への構想
※史料編集所の強化発展とは矛盾する。他の機構 をも巻 き込むような総合的なものでなければならない。別途 に道を講ず るために、別の名前で機関をつ くろうということであろう。
※別途にという構想であれば、現在の編集所の業務は自ら県史編集のみとい う風 に限定 して しまうことになり はしないか。
※ 1.現在の編集所を強化発展 させたような形での資料館構想であれば現在の編集所のあり方 と矛盾 Lは しな いか。
2.沖縄にある学術文化機関を統合するという形であれば結構なことだけど、審議会のあり方としてはどう か。
3.編集所の強化拡充は難 しい現状にあるので、いっきょに陣容貝をふやすために、別の機関をつ くる。た しかに論理的には矛盾するが、一方法ではないか。
※資料館の設置を現在私たちは必要 としているのかどうか (E)。編集所 とのかかわりで しか考えられないと思 うが‑・。
※強化拡充が軌道にのれば、そのあかつきに総合的なものを考えてはどうか。
12 昭和45年9月17日、沖縄県史編集審議会は、横田文部大臣の視察の際に沖縄歴史資料館設置を陳情 した。
※現在ある機関の維持で さえも不可能なときに、現在ある機関と同 じ業務内容 をもった機関を設置することは 論理の倒立である。それで、所の強化拡充に力を注 ぐべ きであると。新たに機関をつ くることによって所で 押 し進めてきた方針がぼけて くるO
※資料館の性格がどこにあるか。所の業務の拡張であれば止めた方がよい。あくまでも所の業務の強化拡充で なければならない。
また関係の機関を口で統合す るような機関でがあればよいが、そのときにはそのときで各関係者があっまっ て論 じあうべ きではないか。
※所の強化拡充に力を入れてもらい、独自の建物が必要であるので、そのために委員に動いてもらう、という ことしぼる。
※所の強化拡充について全力投球 して所の業務が拡充 された段階で新たに資料館等の建設を考えるべきではな いかo
※戦後の資料の収集について考える。各大学でも政府関係の資料 を一括 して引 き受けようとしている動 きがあ る。そういう中で所 としてはどうするか。所の場合、政府関係の資料の収集 ということでは、条件が恵 まれ ていると思 うので、新たに機関をつ くるよりは所の業務の強化拡充に力を入れる方がいい。
※新たな機関が編集所の業務 と大同小異であれば、現在の所の強化拡充に力を注ぐべきではないかO
※大同小異であればいいとい うが、そうでなければどうするのか。
※例 え他の機関があっても、所の業務の強化に全力を注 ぐべ きだと0
※機関の設置は長い過程 をへないとでてこないのではないか。
結論
審議会が構想 している沖縄歴史資料館について、現在の編集所の機能を強化拡充 したような方向での機関で あれば、そういう機関をつ くるよりも現在の編集所の機能 を強化 した方がよりいいと思 う。また、政府の機構 の整理統合が日程にのぼっている現在、編集所の維持だけでもむずか しいのに、新たに機関をつ くるというこ とはどうだろうか。不可能に近いのではないか。
統合的なものであれば、編集所の強化拡充 をもすすめながらであれば、なんにも所 として口ば Lをいれる必 要はないO
この件 は さらに9月16日の編 集 会 議 で 、資 料 館 の構 想 につ いて陳情 す る こ とを前提 に話 し合 われ 、 す で に あ る編 集所 を中核 と して資料 館 を創設 す る方 向で合 意 。 そ して、同 日の審 議会 で は、①編集所 の強 化拡 充 に力 を入れ る こと、②復 帰 の前 後 に政府 の文書 関係 (戦後 資料 )の編 集所 への移管 を訴 え
る こと、③ 所 属 は現 状 の ま ま とす る こ と、の3点 を主 た る方 針 と し、 それ とは別 に沖縄歴 史資料館 を 復帰 記念 事業 と して建 設 す るよ う推 進 す ることが決 め られ た。 こ う したや りと りを経 て 、翌17日、沖 縄 県 史編 集審 議 会 は 、復 帰準備 の視察 の ため来 沖 して い た坂 田文部大 臣 に対 して 「沖縄歴 史資料館設 置 につ いて」 の陳情 を行 ったわ けで あ る。
それ以降 、編集 所 は組織 の強化拡充 につ いて関係 局 を通 じて行政 主席 に まで要請 して い った よ うだ が、残 った記録 か ら察 す るに組織 の問題 も、資料館建設 もか な り難 渋 な問題 で あった よ うで ある。
さ らに、1971年2月18日の記 録 に よ る と、 この頃 総務 局 で は編 集所 を県 史編 集係 に しよ うとす る案 が あ った ら しく、 これ に対処 す るため主席 や総 務局 長 らに再 度編 集所 の強化 拡 充 を求 め るとと もに、
行政管理 課の職 員 、復帰対 策室 の職 員に も所 の存続 、資料の保存 につ いて説 明す ることを決 めてい る。
また 、沖縄 県 史編 集審 議会 の委 員長 か ら昨 年来 、審 議 会 と編集 所 が設立 方 を要請 してい る沖縄歴 史 資料館設立促 進 の ため、民 間団体 をつ くる必要 は ないか とい う提 案 が あ り、常 に初 心 を貫徹 す るよ う に運動 をチ ェ ックす る こ とで大方 合 意 し、 「沖縄 歴 史資料 館 」設 立推 進 協議 会 (仮称 ) につ いて話 し 合 うことに もな った。
この よ うに 、編 集 所 は 当時 か ら文 書 館 と同様 の機 能 を もっ た資料 館 建 設 にか な り意 欲 的 で あ り、
‑110‑
1970年 に は全 国 で初 め て設 置 され た 山 口 県 文 書 館 や 東 京 都 資料 館 等 を視 察 した り、 国 立 公 文 書 館 (1971.7.1設置 ) をは じめ国 内外 の公 文書館 につ いて調 査 して い た。
さらに、戦 後 資料 と して行政 府 の文 書 や 資料 の収 集 、保 存 に も積極 的 に取 り組 み 、文 書課 へ は たび たび文書 ・資料類 の譲 渡 や保存 に関す る提 案 を出 して い た模様 で あ る13.140
一 方、沖縄 県 史編 集 審議 会 で は1971年 5月に 中央 教 育 委 員会 に対 して 文書 等15を送 り、沖縄 史料編 集所 の強化拡 充 につ いて以下 の よ うな要請 を行 って い る。
1 沖縄 史料編 集所16を現状 以 上 に拡 充 し、県教 委 の付属機 関 とす る こ と。
2
資料 の整理 ・保 管 の ため独 自の建 物 を建 造 す る こと。3
沖縄 史料編 集所 を研 究機 関 と して位 置づ け、 史料 調 査官 を研 究 職 と して処 遇 す る こ と04
行政 府 の 各種 資料 を逐次 「沖縄 史料編 集 所 」 に移 管 す る こ と。5 将来 、沖縄 史料編 集所 を発展 的 に拡充 して 「沖縄 歴 史資料 館 」 を設 立 す る こ と。
この よ うな編 集 所側 の 活 発 な活 動 が よ うや く実 を結 び始 め た現 れ と して、 10月6日の文 書 管理 主任 会議 で編 集所 が構 想 して い る 「文 書館 (資料 館)」 の 設 立 計 画 につ い て説 明 して ほ しい との 要 請 が な され た。早 速 、編 集 所 で は編 集 会議 を開 き、所 員 の意 見統 一 を図 る と と もに 、具 体 策 と して文 書 の廃 棄の際 は史料編 集所 に連絡 す るよ う文 書 を流 したい こ と、 また それ を実 践 に移 す場 合 に ど うす れ ば い いか主任会議 で協議 して ほ しい こ と等 を決 め た。
この主任 会議 の 後 、編 集所 は今度 は14日の局 長 会議 に提 案 す る資料 づ く りに入 った。 そ して、 10月 14日の局長 会議 で下記 の 資料17が配付 され 、 この 間題 が審議 され た結果、11月1日には訓 令 第68号 を も って 「行政府 文書 管理規 程 」 第88条 お よび第90条 が改 正 され たの で あ る。 こ う して 、琉 政 文 書 は廃 棄 され るこ とな く、た とえ廃 棄 決 定 文 書 で あ って も県 史編 集 に必 要 で あれ ば編 集 所 に移 管 で きる シス テ ムが築 かれ たの で あ った。
局長会議付議事項
復帰の際に琉球政府の諸記録 ・文書類 を沖縄 史料編集所へ移管することについて
1971.10.14 文教局 (沖縄 史料編集所)
1.戦後沖縄の根本史料である政府関係資料を散逸 させてはならない (沖縄史料編集所に引き継 ぐこと)0
2.史料の収集、整理、保存、公開利用の点か らみて資料 は現地に保存 されるのが望 ましい (資料の現地保存の 原則)0
13 「文書 ・資料頬の譲渡について (回答)」 (1971.3.13総文第19号)F1971年 文書綴 り』 (ROOO98355B)
この文書によると編集所から2月23日 (沖史第13号)および3月1日付け (沖史第14号)で保存年限を過ぎた文書 ・ 資料等を譲渡するよう申し入れたことに対 し、それらは1月28日に広報課に設置 された資料室で 応 総務局が保管 し、
編集所や各局庁の便宜をはかりたいという主旨の回答がなされている0
14 「文書 ・資料等の保存管理について (通知)」(1971.9.14総文第51号)F答申書綴』 (ROOO98373B)
これによると、編集所から文書課に対 して9月9日に行政府文酋 ・資料等の保存管理について提案があり、これについて 各行政機関に通達を出すほか、県政移行後における文書 ・資料等の保存、廃棄手続きについても編集所と協議すると回答 されている。
15 「沖縄史料編集所の強化拡充について (要請)」 (1971.5.18沖史審第2号)『答申書綴』 (ROOO98373B)
16 原文では 「所」は記されていないが、内容的に脱字と思料 されるので、筆者が加筆 した。
17 F報告書 (予算関係以外)綴』 (ROOO98414B)
3.とくに外国の研究機関に持ち去 られた場合には、わたしたちによってその利用はほとんどできない (米軍の 沖縄統治関係資料は米国に持ち去られることがほぼ決まっている)。
4.国内にあっても、たとえば国立大学や国会図書館など国立機関へ移管 された場合、その利用はきわめて制限 されたものになる。
5.したがって、たとえ 「国政に関する資料」であっても、琉球政府時代の資料は現地沖縄に保存するという要 望を堅持 したい。
6.局長会議において 「政府関係資料の現地保存」と 「公開利用 (サービス)」の基本原則を確認 していただき たい0
7.そのためにも恒久機関として沖縄史料編集所を強化拡充 してもらいたい。
8.なお、沖縄史料編集所は沖縄の歴史の全領域にわたって史料を編集発行することを主な業務としている。 し たがって、その業務の性質からは復J)@後は県教委の独自の付設研究機関とすることが望 ましい (史料を県庁 が県教委機関へ移管する際に予想 される若干の面倒はやむをえない)0
4 考 察
これ までみて きた とお り、復帰 前の琉政 文書の保存活動 において沖縄 史料編集所の果 た した役割 は 大 きい。 そ して 、編集所 や沖縄 県 史編集審議 会等の要請 に文書課 が耳 を傾 け、復帰準備対策の一部 と
して積極 的 に取 り組 んだ ことか ら、結果 的に膨大 な資料 を引 き継 ぐ体制 が築 かれ たので あった。
そ こで、 ここで は今一度 、琉政 文書 が引 き継 がれ るまでの経緯 を整理 し、 これ を保存す る意義 と将 来 に向 けての展望 につ いて考 えてみ たい。
まず第‑ に、琉政 文書の保存 活動 には、その背景 に沖縄 の歴 史資料 を残 す ことが重要 で あるとい う 認識 が強 く働 いていた とい える。琉球 政府 は、設立 当初 か ら戦争 によって失 われ た歴 史資料の損失 を 惜 しみ 、戦 後資料の収集 や保存 に取 り組 んでいた ことや 、沖縄 の歴 史 を記録 と して残す ため 『沖縄 県 史』編集事業 を進 めた ことな どがその根底 にある。 また、1950年代 か ら60年代 は全国的 に地域 史料の 調査 、収集活動 が活発化 し、文書館 や史料館 の設置運動 が高 まった時代 で もあ ったので、その影響 も 多分 に受 けていた と推測 され る。
つ ぎに、琉政文書 が引 き継 がれ るまでの過程 で無視 で きないのが沖縄 史料編集所 の活動 で ある。編 集所 は本土復帰 を 目前 にひ か え組織 の存続 とい う問題 に直面 し、その方策 と して所の強化拡充 と将来 的 には資料 館設置へ と発展 させ よ うとい う方 向性 を編 み だ した。 そ う した議論 を重 ねてい くうちに、
琉政 文書 が沖縄 の歴 史 を後世 に伝 える重要 な資料 で あ ると位置づ けて、その保存 を訴 えるために文書 課 をは じめ とす る関係局課 に働 きか けた経緯 がある。
さらに、編集所 の要請 が徐 々に 日の 目を浴 び ることにな ったの は、文書課の裡解 とすばやい対応 に あった とい えよ う。復帰 の前年 には、琉政文書 の保存 に関す る編 集所 の要請 は、直接文書課の動 きに 反映 す るよ うにな る。 これ は 日頃 か ら文書課 が文書管理主任会議等 を開催 した り、全庁 か らの質 問に 答 えるなど して文書 管理 の指導 や調整 役 を一手 に引 き受 けていたか らで あろ う。 と りわけ 『文書 だよ り』 は、刻一刻 と変化す る復帰準備 の情勢 の 中で情報 を共有 で きる手段 と して効 果的で あった もの と 思 われ る. 中で も、第7号 (1971.7.1発行)の資料保存 や公文書館 に関す る特集18、第10号 (1971.10.1) 掲載 の 「文書 ・記録 を整理保存 しよ う」 とい う記事等 か らす ると、文書課 自身 が琉政文書の保存活動
18 この引 二は 「資料保存のシステムを」大域立裕公務員研修所長 (のち沖縄史料編集所長)、「沖縄の行政資料を保存 しよう」文責課、および世界の公文書館の設置状況等の記事が掲献されている0
‑ 112‑
に積極的であったことがわかる。 この ようなシステムがあったか らこそ、復帰前の忙殺 された時期 に あって も様 々な要望 に対処 し様 々な事案 を協議 して、早急 に実行 に移す ことがで きたのではないか と 思 う。
こうしてみ ると、琉政文書 は編集所の存続の問題か ら端 を発 し、歴 史資料 として位置づ け られたこ と、そ して、文書 を残すための活動の波及 と引 き継 ぎ作業 を実現化す るための規程等の整備や具体的 な要領の制定、とい う一連の活動 によって残す ことがで きたといえる。 もちろん、その背景 には沖縄 の歴 史資料の収集、保存 を重視す る認識があったことはい うまで もない 。
これについて大域将保氏は、復帰 を目前 にひか えて琉政文書 をどうす るか とい うことは、「単に行 政執行上必要 とされ る文書の引 き継 ぎとい う問題 にとどまらず、 日本の戦後 史の上で特異 な存在であ る琉球政府 に関わる文書類 を歴 史資料 と して どう保存す るか とい う問題 を含んでいた」 19と記 してい る。 また、「基本方針の精神 は、要約すれば、行政 および歴 史 (学術)の両観点か らみて価値 ある文 書 を現地で保存す る」 ことで、「この方針が確立 された背景 には、総務局文書課 と史料編集所の間で 協議が もたれ、相提携 して琉政文書の散逸 を防止 しよ うとす る確認があった」 ことを言明 している。
ここに、当時か ら琉政文書は沖縄の戦後 史を語 る重要 な歴 史資料 として認識 され、将来 にわたって保 存 されることを前提 に引 き継 がれたのだとい うことを確認す ることがで きる。
こうした志高い意識の もとで保存 され ることになった琉政文書 も、当時の慌 ただ しい情勢下では将 来の ことなどお構 いな くただ倉庫 に集積す るのが精一杯の状況 であった。文書 を載せ た トラックが 続 々と到着 した保管所では、書架はたちまち文書で埋 まり、棚 に入 りきれない ものは土間に山積みに な り、壊れた段 ボール箱か ら文書が散乱 して足の踏み場 もない状態 になったとい う。
徒労の未集め られた文書は、そ うした劣悪 な環境 に置かれつつ その後 もいろいろな策 を講 じて管理 され、多くの関係者の手 によって整理 され ることになる。 この間、文書整理 に携 わった人々は水害や シロア リ被害 など度重なるアクシデ ン トと格闘 しなが ら作業 を続 けて きた。琉政文書が今 日もなお利 用で きる状態 を保 って存在す るのは、 こうした努力の積み重ねがあったか らに他 な らない 。そ して、
それを支 えていたのはやは り、琉政文書が重要な歴 史資料 だとい う意識であったと想像す るわけであ る。
したがって、私 たちも再度30余年前の原点に立 ち戻 り、琉政文書の保存に関わった先輩方の努力と 精神 を受 け継 ぎなが ら、いかにこれ らを歴 史資料 として現在および将来への保存 と利用につ なげてい くかを考 えるべ きであろう。 と同時に、沖縄県に引 き継 がれた後の琉政文書への取 り組みについて も ます ます理解 を深め、これ らの情報 を将来の保存業務等 に役立ててい くことを検討 していかなければ ならない 。
おわ りに
開館直前、莫新 しい書庫 に琉政文書が運び込 まれた とき、 ミカン箱ほどの大 きさの文書保存箱が1 万1千箱余ず らりと並べ られた様 は圧巻であったが、その中身については全 くベールに包 まれていた。
箱の一つ一つに沖縄の戦後史を語 る重要な資料が入っていることだけは理解 していたものの、実際 に 中を開けるまで琉政文書の正体 はごくわずか もわかっていなかったように思 う。
その琉政文書 に対 して、当館では平成15年度 より新たな試み を開始 した。16万簿冊余の文書群 を整 理、保存 、修復、マイクロ化等、関係す るあらゆる業務 を視野 に入れて包括的に整備 しようとい うも
19 大域将保 「県立文書館設立構想の意義
」
FI沖縄 史料編集所紀要』第7号 1982 pp.84‑85のである。 この事業計画 を立てるに先立 ち、琉政文書の現状 を掌握す るため現在2つの調査に着手 し ている。一つ は、琉政文書が酸性紙 による戦後資料特有の劣化状態 にあることを鑑み 、化学分析 を含 めた素材調査 を実施 したことである。 もう一つは、16万冊 とい う膨大 な資料 をすべて対象に した保存 状態の調査である。 この調査では、実際 には16万全部 を終 えることがで きないが、それで も半数以上 の簿冊について各々の保存状態が記録化 され、劣化の著 しい資料が特定 され ることになっている。
筆者 は今、これ らの調査 によって毎 日た くさんの薄冊 をみ る機会がで き、まさに琉政文書のベール が解 き放 たれたように感 じている。琉政文書 には さまざまな特徴 がみ られ簿冊 ごとに劣化状態は違 う ものの、そこか ら共通 した劣化要因を推測で きるなどの新 しい発見 も多い。 これ らの調査は、今後琉 政文書の保存業務 を推進す る基礎データとして大 きな効果 をあげるもの と確信 している。
さて、一方で本稿 を通 じて琉球政府時代の文書の保存 について資料調査 を してみて、改めて琉政文 書の歴 史資料 と しての価値 を強 く感 じた。冒頭で述べたように、「記憶」 を 「記録」で確認 しなけれ ばな らな くなったときに必要な資料がそこにあること、そ してそれ を見ることがで きること、これが 最 も重要だと思 うわけであ り、その点において琉政文書 を引 き継 いだ公文書館の担 っている責務は重 い。 この大 きな使命 を果たすため、琉政文書の適切 な保存 に一層努めるとともに、新たな歴 史を築 く ための財産 としてより多くの人がより多 くの機会 に活用 されるよう工夫 していきたい。
(おおわん ・ゆか り)
参考資料 ・文献 :
・ F文書事務の手び き」琉球政府総務局渉外広報部文書課 1972.1.1
・ F文書だよ り』創刊号‑第24号 琉球政府総務局渉外広報部文書課 1971.1‑1972.3 i 「公報」号外第1号 琉球政府総務局渉外広報部文書課 1970.1.1
・ 「公報」 号外第145号 琉球政府総務局渉外広報部文書課 1971,ll,1
・ 『公文書類の引継要領 に関す る依命通達」琉球政府総務局渉外広報部文書課 (ROO160285B)
・ 『所内編集会議覚書」琉球政府文教局琉球政府立沖縄 史料編集所 (ROOO98411B)
・F編集会議 メモ1971年9月1El以降』琉球政府文教局琉球政府立沖縄 史料編集所 (ROOO98410B)
・ F1971年 文書綴 り』琉球政府文教局琉球政府立沖縄 史料編集所 (ROOO98355B)
・『答申書綬』琉球政府文教局琉球政府立沖縄 史料編集所 (ROOO98373B)
・F報告書 (予算関係以外)縛j琉球政府文教局琉球政府立沖縄 史料編集所 (ROOO98414B)1972
・瀬長治 r世がわ りの記録 一復帰対策作業の総括』若宮社 1985
・ 「沖縄 史料編集所の変革」r沖縄 史料編集所紀要j創刊号 沖縄 県沖縄 史料編集所 1976
・入城且裕 「沖縄 史料編集所の課題」r同上』創刊号 沖縄 県沖縄 史料編集所 1976
・金城功 「琉球政府文書の整理 ・保存 ・利用等 について」r沖縄県公文書館研究紀要』第2号 沖縄 県公文書館 2000
・大域将保 「県立文書館設立構想の意義」r沖縄 史料編集所紀要j第7号 沖縄 県沖縄 史料編集所 1982
・波口薯明 『税政文書 と十七年」沖縄 マイクロセンター 1995
‑114‑