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地域福祉での幸福に関する考察

小   野   達   也

1.なぜ福祉と幸福か

 福祉 1)はこれまで,社会生活事象の「負」の側面,「問題」に焦点を当ててきた。それを 対象化すること自体は否定すべきではない。留意すべきなのは対象化された人や地域が負 の烙印を押され,問題だとされることである。さらに重視するのは,対応の性格が「健康 で文化的な」という修辞はつくものの「最低限度」の生活(憲法 25 条)と表現されること に象徴される消極的なものになりがちなことである。

 かつて民主党政権下にあって菅直人首相は「最小不幸社会」を総理就任会見で示した。

「政治の役割は,貧困や戦争など国民や世界の人が不幸になる要素をいかに少なくしていく かだ」という見解である(朝日新聞 2010 年 6 月 8 日)。人の幸福のあり方は様々であって,

政治が関与すべきではなく,政治の役割は最小不幸社会をつくることにあるとしたのであ る。

 これは政治の世界だけでなく,あるいはそれよりも福祉の分野に当てはまる。福祉の目 的概念は「幸せ」の実現とされている。だが,「不幸を減らす」と「幸福を増やす」の対比 で言えば(広井 2017:19),圧倒的に前者のイメージが福祉にはついている。菅首相の指摘 した「最小不幸社会」と同様に,福祉の仕事は不幸を低減し,消滅させることであり,幸 福という領域は対象外という考え方である。

 ただし,福祉の系譜に積極的な取り組みを求める議論があったことは確認できる。例え ばそうした論者のひとりである海野幸徳は 1930 年代に,消極的社会事業に対して積極的社 会事業の考え方を提起している。海外諸研究を検討した海野は,それまでの社会事業を消 極的なものであったと性格づける。社会の欠陥を除去調整することを目的とする消極的社 会事業に対して,積極的な社会事業概念を提示する。それは thelackofwell-being を取り 扱うのではなく,well-being を扱うものである。消極的社会事業が「欠陥」を対象とするの に対して積極的社会事業 positivesocialwork は「福祉」を対象とする。異常状態を正常状 態にすることは手段であって,正常状態の獲得は人間生活の完成という究極目的に到達す る手段に他ならない(海野 1930:66-80)2)と論じている。

1)ここでの福祉とは,岩崎普也に倣い「関係のない他者」を援助する仕組み(岩崎 2018:ⅱ),とする。

ただし,次節以降で愛他の理念の基礎となる福祉の意味を探査する。

2)海野の理論は,吉田久一によって「観念的社会事業理論」とされている(吉田 1994:152)。

キーワード:地域福祉,幸福,目的実現型,ウェルビーイング,地域福祉の幸福の三角錐

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 しかしながら戦後は長らくこうした積極的な福祉は志向されてこなかった。この点に関 して,大橋謙策は,戦後の GHQ の指示によって,積極的社会事業の部分が文部省(当時)

に移管した影響を指摘している。そのため「戦前の社会事業の積極的側面が,戦後,十分 意識されないままに,「消極的社会事業」イコール「戦後の社会福祉」になってしまった」

という見解を示している(大橋 2011:25-26)。この大橋の指摘は重要である。だが,これ だけだと欧米でも社会福祉やソーシャルワークが消極的にとらえられていることについて の説明にはならない。欧米でも福祉は社会や生活の負の側面に焦点を当てて,その不足を 補うことを目指してきた。

 そこには福祉援助,ソーシャルワークの歴史や援助観の影響が考えられる。福祉には生 活に困難を抱える人を怠惰な人,道徳上問題ある人ととらえて劣等処遇を施してきた歴史 がある。また,医療モデルから影響を受けてきたソーシャルワークは問題を診断し,それ を直すという,マイナスの状態をゼロに戻すという発想があった。もちろん近年では,医 療モデルから社会生活モデルへの転換がうたわれている。エコロジカルソーシャルワーク,

さらには,現代のソーシャルワークとしてのジェネラリスト・ソーシャルワークへの展開 である。しかし,「生態学モデル」についても依然として欠陥や個人・社会の問題に焦点が あてられるという指摘があり(ラップ,ゴスチャ 2014:6),また「適応」の考え方が,現 代ソーシャルワークの基本的視座となっているとされている(岩間 2005:56)。幸福を増や すというより不幸を減らすという発想を見ることができる。

 近年,社会的格差が進行し,社会的排除や少子高齢化,人口減少等を背景に複雑化,多 様化した生活問題(厚生労働省によれば「地域生活課題」)が指摘され,福祉の対応が求め られている。ここにコロナ禍が加わり,最低限度の生活を保障する福祉への関心が喚起さ れている。しかしながらその一方で今,「時代」,「環境」,「状況」は動き始めている。

 時代としては,日本を含め先進諸国は「定常」の段階に入りつつある(広井 2001)。定常 化 3)とは一定程度の経済的・社会的発展の後に訪れる社会的均衡の状態を指す。成長の時代 は経済的な発展,人口増加,社会の拡大が進んでいく。これに対して,定常化では経済以 外の価値への関心,社会の持続可能性,生活や社会の質が意識されてくる。

 環境とは,定常化の段階と相まって,世界的に幸福への関心が高まっているという研究 実践の環境を指す。経済成長を示す GDP の拡大にとどまらない,あるいはそれによらない 重要な目標として幸福が意識されている。国連や OECD などの国際機関が率先してこうし た方向を開こうとしており,各国,また地域レベルでも幸福への志向が示されている。同 時に,様々な研究分野での幸福研究も盛んになってきている(高坂 2008,橘木 2016,内田 2020)。

 状況というのは,日本において 2000 年以降の地域福祉の主流化(武川 2006),さらに 3)広井良典(2001)は「定常型」としているが,現時点では定常に向かっている過程と考えられ,以

下では「定常化」と示す。

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2010 年代半ば以降の地域福祉の政策化を指す(地域力強化検討会 2017)。厚生労働省がイ ニシアチブを取るかたちで地域共生社会に象徴される地域福祉政策を進めようとしている。

地域は,それぞれの人の住む場,ホームグラウンドであり,本来的にその人の生活,暮らし,

生き方が繰り広げられる場である。地域福祉はこうした場での「福祉」を実現するものと 理解することができる。地域福祉の政策化が地域生活,地域社会にとってどのような意味 をもつのかが問われる。

 このような時代,環境,状況にあってポジティブで積極的な社会福祉やソーシャルワー クの考え方が萌芽的ながらも生まれはじめている。時期的には地域福祉の本格化の前後あ たりから,積極的な幸福に関わる福祉の論考が生まれてきた。一番ケ瀬康子の福祉文化(一 番ケ瀬 1997)や大橋謙策の自己実現サービス(大橋 2000)はその鏑矢である。ただし,こ うした動きはあるものの,地域福祉の時代に対応する積極的な福祉や地域福祉での幸福の あり方について,本格的な実践研究は取り組まれていない。

 筆者はこれまでも「増進型地域福祉」として積極的な福祉のあり方を探求してきたが(小 野 2016,2021),本論では特に地域福祉での幸福に焦点を当てて,福祉と幸福の関連を整理 し,地域福祉での幸福の捉え方を示す。さらに,幸福を生みだすための地域福祉実践につ いても基礎的に検討する。これにより地域福祉での本格的な幸福研究への一石を投じるこ とを目指すものである。

2.福祉と幸福をめぐる検討

(1)福祉の語義について

 福祉の意味を一般的な辞書で引けば,第一義として,「さいわい」,「幸福」,と出てくる。

しかし池田敬正は,「福祉の意味を,単純に「幸い」あるいは「幸福」と理解することが許 されない」と述べる。福祉は先験的に存在しているのではなく,人とひととのつながりを 通じて醸成される,という。その上で漢語としての福祉を,漢文学者の白川静に基づいて「神 ひいては帝より与えられる幸福を意味する」としている。東洋では超越的権威から幸福を 賜ることを「福祉」と理解したのである(池田 2005:3-5)。

 これに対して,英語のウェルフェアは,well と fare の合成語であり,行為や道徳におけ る善と理解され「満足すべき状態」の意味を内包し,両者を合わせて「よくやっていく」

ことを意味する(池田 2005:6)。すなわち welfare とは「よいくらしむきを続ける」ことで,

14 世紀当時の社会状況である封建制解体期に,共同のもとでの「よいくらしむき」を維持 しようとする地域の人々の自主的な努力を内在させている。「ウェルフェア」は地域の共同 に基づく,パブリックのもとでの救済に具体化する。

 東洋における「福祉」が「天」の権威にも続く「帝」から賜り共にすることの幸福を意 味するのに対して,西洋の「ウェルフェア」は,地域社会で生活する人々が,地域の共同 を通じて自らの「よいくらしむき」を求めたことを示している。日本で,現在知られてい

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る「福祉」の最初の使用例は 1842 年とされ,ここでは古代の絶対者からの恩賜とする理解 とは異なり,「ウェルフェア」の訳語として人々の共同がもたらすくらしむきの意味として 使われていた。しかしその後は,古代的な恩賜にもとづく「福祉」理解が再編成されてい くことになった(池田 2005:14-15)4)

 池田は東洋の福祉の語源を批判的に検討しており卓見であるが,より広く見れば「福祉」

にせよ「ウェルフェア」にせよ,その内容は時代,社会の影響を受けてきており,その制 約条件の中での良い状態,「ひとの存在のよさ」(池田 2005:13)が意味されていることに なる。

(2)幸福としての福祉

 幸福への関心が高まっている現在,福祉の持つ意味合いをどのように考えればよいであ ろうか。特に,幸福としての福祉をどのように理解すればよいのであろうか。まず,西川 潤の幸福に関する整理を参照する 5)(西川 2011)。

 西川はポストグローバル化,脱成長での新しい豊かさのビジョンの重要性を唱える。人 間の豊かさを表す言葉としては富(wealth)や福祉(welfare)という言葉が使われてきた。

モノの豊かさである wealth はもともと「よい状態」を指し,近代社会での富は個人の効用 を追求した。与えられる福祉としての welfare は,良い状態(wellness)をつくり出すこ とを意味する。それに対して生活の豊かさとしての well-being は現代における福祉理論の 発展から出てきた用語である 6)。well-being は,人間の基本的な必要が実現し,社会参加を 通じて能力拡大している状態である。そして主観的な尺度によるものとして生活の満足度 satisfaction,充実度 sufficiency,幸福度 happiness がある。

 西川はこれらの豊かさに関する用語を主観性と客観性の程度で分類している(西川 2011:80)。主観性の高いものから①幸福度 happiness,②満足度 satisfaction,および,充 実度 sufficiency,③生活の豊かさ,良い生き方 well-being,④福祉 welfare,⑤富 wealth,

という 5 段階である。生活の豊かさ well-being が中間に位置し,主観性と客観性を備えた ものとなっている。生活の豊かさ well-being は,与えられる福祉 welfare に対する言葉で個 人にとっての良い状態を指している。西川は従来の「富」概念から,生活の豊かさや良い 生き方を示す well-being へと,豊かさの重点をシフトさせるべき時期が到来したと主張す る(西川 2011:83)。

4)ちなみに well-being は 17 世紀の初見とされ,個人一人ひとりの「人生において well であり,well な行為をしている状態」を意味する。welfare と well-being の訳語はともに「福祉」であるが,これ は日本語に well-being の個人主義的理解を示す言葉を成立させていなかったからと池田は指摘する(池 田 2005:8-15)。

5)以下は,西川潤(2011)『グローバル化を超えて』第 2 章をもとにしている。

6)ちなみにソーシャルウェルフェアは「保護的福祉観を代表する言葉とみなされ,新しい福祉問題に はあまり使用されなくなりつつある」という指摘がある(山縣 2005:ⅳ)。貧困研究からも「ウェルビー イング」概念に関わってポジティブな福祉の動向が検討されている(リスター 2011:35)。

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 西川の検討は,福祉での幸福を考えるうえで,示唆に富んでいる。西川は豊かさとして いるが,これを福祉と置き換えることも可能である。ここでは福祉を示すウェルフェアと ウェルビーイングが分かれていることに留意したい。ウェルビーイングは,上述のように 生活や生き方の良さを示す,主観性,客観性のバランスの取れたものである。それに対し てウェルフェアは客観性の高いもので,また,与えられるという受け身的な意味合いでと らえられている。

(3)福祉とエージェンシーの区別

 ウェルフェアとウェルビーイングの分離に関連して,アマルティア・センの福祉とエー ジェンシーを取り上げる。センは「人の福祉を評価することと,その人の総体的なゴール という観点から達成を判断することは同じではない」と述べる。「なぜなら,人は自分自身 の福祉の追求以外の目的を持つこともあるから」(セン 2006:65)である。これが人の「エー ジェンシーとしての側面」と「福祉の側面」との違いである。この 2 つの側面を一致させて,

人を単一の次元に限定してしまうことはできないとセンは主張する(セン 1999:85)。

 センは個人の福祉を「その人の生活の質,いわば「生活の良さ」としてみることができる」

としており,生活とは,「相互に関連した「機能」(ある状態になったり,何かをすること)

の集合からなっている」ものととらえている(セン 1999:59)。重要な機能としては,「適 切な栄養を得ているか」「健康状態にあるか」「避けられる病気にかかっていないか」「早死 にしていないか」などの基本的なものから,「幸福であるか」「自尊心を持っているか」「社 会生活に参加しているか」などといった複雑なものまで多岐にわたる(セン 1999:59)。

 一方,エージェンシーとは,経済合理性を超えようとするところに人間の自発性や主体 性を見出そうとするセンが用いる概念であり,自分の周囲にいる人たちなどの願いを自分 の使命として引き受けようとすることを言う 7)。エージェンシーの目的とはある人が抱く理 由がある様々な目的であり,自分自身の福祉の促進以外の目的を含む(セン 2006:65)8)。  人の状態を考えるうえで,センは評価を 4 つに分類する。まず,その人の幸福の促進とエー ジェンシーとしての目的追求を区別する。次に,達成された成果と達成のための自由を区 別する。これによって①福祉の達成,②エージェンシーとしての達成,③福祉のための自 由,④エージェンシーとしての自由,という 4 分類が生まれる。これらは,相互に関連す るものであるが,全く同じとは限らない。ちなみにここでの福祉は well-being である(セ ン 2006:65)。

 福祉とエージェンシーの関係をセンは次のように述べる。ある個人の「エージェンシー としての達成」とは,その人が追求する理由があると考える目的や価値ならば,それがそ

7)セン(1999:112)の翻訳者の注によっている。訳者は,池本幸生,野上裕生,佐藤仁である。

8)また「行動し変化をもたらす人物,そして…その人自身の価値と目的を基準に判断されるような人物」

とも説明している(セン 2000:18)。

(6)

の人自身の福祉に直接結びついているかどうかにかかわらず,それを実現していくことで ある。エージェントとしての個人は,自分自身の福祉のためだけに行動するとは限らない。

そして,エージェンシーとしての達成とは,その人が考えている目的や価値の全体を成し 遂げることである。エージェンシーとしての目的は,その人の福祉に直接貢献しないもの も含む。エージェンシーと福祉という 2 つの側面は別個のものであるが,相互に深く依存 している。ポイントは,一方が他方から独立に分析できるということではなく,区別しな ければならないということである(セン 1999:85-86)。

 このようにセンは,福祉(ウェルビーイング)とエージェンシーの自由・達成を区別し ている。この 2 つは同一線上には並ばない。しかし,ウェルビーイングをその人らしい生 き方の実現という点まで含めてみるとどうであろうか。こうしたことはこれまで福祉,ソー シャルワークで考えられてきたことである。エージェンシーの自由・達成がその人の持つ 人生の目的,生き方に対応するのであれば,その自由とはその人らしい生き方をする自由 であり,その達成とはその人らしい生き方の実現と言える。そこまでもウェルビーイング に含めてとらえることは(センの福祉概念を拡張することにはなるが)無理なことではな いと考えられる。

 センの福祉とエージェンシーの違いはウェルフェアとウェルビーイングを区別すること にも関係する。その人のくらしむきと,その人の生き方,あり方の関係ということができる。

(4)欠乏と成長

 自分自身のくらしむきの豊かさ以外でも,自身の目的を追求したり,それを達成したりす るということは自己実現や存在のニーズから考えることができる。アブラハム・マスローは 欠乏欲求と成長欲求を区別している(マスロー 1998)。自己実現の達成は,自分よりも一段 と大きい全体の部分の一部として自己を没入することを容易にする(マスロー 1998:268)。

 欠乏欲求としての基本的欲求と成長欲求による自己実現との関係で言えば,「基本的欲求 が一つずつ完全に満たされて,はじめて次のより一層高次の欲求が意識にあらわれる」。基 本的欲求を土台に,特定の成長動機が示される。「基本的欲求と自己実現はたがいに矛盾し ない…一方は他方へと移る。しかも後者にとっては必要条件なのである」(マスロー 1998:

33)。マスローの理論では自己実現は基本的欲求が満たされることを前提条件としている 9)。  自己実現への成長は容易ではなく,それは「好ましく,満足すべきものを断念するとい う意味も持っている」,「単純で安易で無為な生活の断念と,それとひきかえに,要求の厳 しい責任のある容易でない生活をおくるという意味をもつことも多い」(マスロー 1998:

259)。自己実現では「人の力はとくに有効に,また非常に快適なかたちでもって集結さ れ」,ユーモラスで自己超越的で,自己の低次欲求より独立する。それによって「真に自己 9)この点はセンのエージェンシーと福祉の間との違いである。センの両者の関係は依存しつつ分離し

ているという複雑な関係である。

(7)

自身になり,完全にかれの可能性を実現し,かれの生命の核心に接するようになり,より 完全な人間になる」(マスロー 1998:123-124)。「欠乏を充足した人々が非常に密接に生命 Being の域に達している」ということである(マスロー 1998:49)。

(5)社会保障による自己実現

 塩野谷祐一は,社会保障と自己実現を結び付けることを試みている。塩野谷は,社会保 障のサービスが効用的に提供される目的は 2 つあるとして,消極的福祉政策と積極的福祉 政策をあげる。消極的福祉政策とは,「基礎的ニーズ」を満たしえない個々人のリスクに社 会的に対応するために,セーフティネットを用意することである。これは一般の福祉観に 近い。これに対して積極的福祉政策では,社会保障は「基礎的ニーズ」の充足をバネにして,

個々人の自立を助け,能力を開発し,社会的文脈の中での自己実現の機会を保障するような,

いわばスプリングボードを用意する(塩野谷 2002:248)。

 ただし,市場経済制度を前提としている限り,社会保障給付は限定的なものであり,「シ ビル・ミニマム」を保障するものとなる。「社会保障が,積極的福祉政策としての機能を発 揮するためには…他の経済政策・社会政策・文化政策などと意味のある連携を保ち,総体 としての社会の望ましいあり方に向けて積極的に位置づけられなければならない」(塩野谷 2002:249)のである。

 「基礎的ニーズ」の観念は人間「存在」の基礎的条件についての理解と合意を前提として いる。存在の倫理学は「徳」ないし「卓越」の倫理学であり,卓越主義が社会保障の観念 の中に導入されることを求める。そこでの社会保障は,ニーズの充足による人間の卓越の 追求を支えるものであって,その際「基礎的ニーズ」は,人間の卓越・向上・自己実現の ためのミニマムな条件として考えられる。つまりリスクへの対処の方法は「自己実現の機会」

の創出と再生を保障するようなポジティブなものとして設計されることになる。卓越主義 による「良き生」は人間本性を構成するさまざまな特性を発展させ,社会的実践において 優れた成果を生み,「存在」そのものの社会的文脈における発展を求めるものである(塩野 谷 2002:251-252)。ただし徳の理論としての卓越主義は,エリート主義と同じものではなく,

あらゆる人の自己実現の義務の行使を意味する普遍主義的なものである(塩野谷 2004:51)

と論じている 10)

 このように塩野谷は自己実現の機会を保障するような社会保障を構想する。自己実現と 存在,卓越のかかわりも示されている。この構想は自己実現の条件をつくるものであるが,

これが自己実現をそのまま生み出すとは限らない。自己実現をどのように生み出すかは,

福祉実践にもかかわるものである。

10)社会保障と自己実現を関わらせるこうした社会哲学は,先鋭的なものではあるが,決して塩野谷だ けのアイディアではない。フランスの哲学者は次のように語る。「公共の力を使って個人を支えると いうことは,個人の開花にともに関わることである」(ブルジェール 2016:140)。

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3.地域福祉での幸福

(1)加藤博史の福祉の構造

 福祉をウェルフェアとウェルビーイングから捉えることを見てきた。では,地域福祉で の幸福とはどのように考えられるだろうか。以下では,加藤博史の枠組みを参照する(加 藤 2013,2020)。

 加藤は「福祉は,幸福を目的とする」という公理を示した上で,「ウェルフェアを福祉の 必要条件,ウェルビーイングを福祉の十分条件としてとらえる」としている(加藤 2013:

13)。加藤はこれをもとに,福祉の立方体構造を提示する。X 軸を生活の「リレーション(社 会関係),すなわちエコロジカルな環境,パブリック環境,五感での交流,仲間との協働体験」

とし,Y 軸は自己実現や主体性・自由・自己決定等であり,さらに Z 軸が生活のストック(生 活基盤)とフロー(生活財消費)である。この中の X 軸と Z 軸で構成されるのがウェルフェ アであり,Y 軸がウェルビーイングを示す。

 ウェルフェアとしての福祉は,生活のフロー面(所得,消費物質と情報,気晴らし),お よび,ストック面(住宅,生活資本,環境資本,保険・保障制度,医療サービス,教育サー ビス,福祉サービス)と,生活のリレーション面(家族関係,友人関係,職場関係,地域 関係,社会参加,エコロジカルな社会関係,文化,宗教,倫理,習慣)からなっている。

生活のリレーション面は「生活世界」である。その一方で,ウェルビーイングとしての福 祉は,自己実現やエンパワメントという「相互主体性」と「相互創造性」の実現に取り組 んで行くことを目的としている。福祉がどこまでを射程とするかは,いくつかの考え方が あるが,目の届きやすい「生活のストック面やフロー面のみに着眼し,生活世界の再生と 自己実現を目的としない福祉概念は,偏狭で浅薄な福祉概念と言える」と言明する(加藤 2013:16)。この「〈生活の質〉の立方体がある程度の容積を持ってバランスよく構成され ることが望まれる」としている(加藤 2020:9)。立方体のサイズが大きくそのバランスも よい状態が,望ましい福祉のあり方を示しているということである。

 加藤の福祉の立方体構造の考え方は,ウェルビーイングとウェルフェアを分けて考えて おり,福祉での幸福を理解するうえでの含意は大きい。子細に見れば,生活のストック面 とフロー面の間に一定の緊張関係を見ることができる。加藤も「生活のストック面」の労 働内容や居住空間での貧しさを補償するようなかたちで「生活のフロー面」の量的増大が 進んでいるとし,これを「生活のストック面」の居住と生活資本の貧弱さを補う目的での ひずみとしている(加藤 2013:14)。

 また Z 軸(生活のフロー面とストック面)と X 軸(リレーション面=生活世界)の間に も緊張関係があることを示している。これは,ハーバーマスの考え方によれば,システム と生活世界の間の緊張関係である。現代では,生活世界にシステムが侵入し,これを植民 地化する傾向がある。それは地域福祉においても生起している(小野 2014)。

(9)

(2)地域福祉の三角錐

 こうしたことを踏まえて加藤の立方体モデルをもとに地域福祉での幸福の枠組みを構想 する。

 緊張関係にあるフロー面とストック面は,ハーバーマスのシステムを示しており,これ を一つの軸にあえてまとめなくてもよいと考える。ハーバーマスの示すシステムは,政府 行政(以下,政府とする)と市場により構成されており,生活に関する生活基盤であるス トックや消費財のフローは政府と市場から様々なものが提供されてくる。政府は公的に整 備,提供が期待される生活資本を形成する公共財や市場で提供され難い財,サービスを主 に提供し,市場は商品として消費財,サービスを提供する。生活世界は X 軸に示されてい たリレーション,社会関係,エコロジカルな関係である。このシステムと生活世界は,関 連しつつも緊張関係にある。

 そこで,地域福祉に関するウェルフェアの部分を,次のように再構築することができ る 11)。加藤の Z 軸をシステムと解釈して,政府と市場の 2 つに分ける。仮に線分 a を政府,

線分 b を市場とし,さらに線分

を生活世界とする。この 3 つの線分 abc による三角形がウェ ルフェアを構成する。これは,政府-市場-生活世界,という枠組みでウェルフェアを理 解することである。

 そしてこの三角形上の高さを示すのが加藤の Y 軸に示されたウェルビーイング(より良 い暮らし,自己実現,その人らしさの実現,よりよい存在)である。これによりウェルフェ アの三角形を底面とし,ウェルビーイングを頂点とする三角錐となる。ウェルビーイング の度合いが高いほどその高さも増す。不幸な状態,自己が疎外された状態,その人らしさ のない状態は,この高さが出ていない。これは,ウェルフェアとウェルビーイングからな る地域福祉での幸福を示す三角錐である。

11)こうした社会の把握の方法は「SocialQuality 社会の質」(Becketal.2001)の考え方と関連したも のである。

図表 1 ウェルフェアの三角形

(10)

 ウェルビーイングは自己実現,その人らしさの実現,その高まりを意味する 12)。卓越を示 すものであるが,それは存在の意義としての卓越であり,競争から生まれるエリート主義 のものではない。高さが高いほどその人らしさが発揮されている状態である。ただしその 高さは「健常」で,生活上の条件に恵まれた人だけが実現できるのではない。どのような 障害があっても,生活困難を抱えてもウェルビーイングを志向し,達成することは可能で ある 13)

 この基盤の三角形であるウェルフェアと高さのウェルビーイングとの関係はどのように 考えられるだろうか。土台となる三角形は,政府,市場,生活世界で構成されているので,

線分が長くなるということは各要素が発展し,充実していることを示す。政府の線分は社 会福祉サービスを含む公的な社会制度や公的に提供される生活資本,サービスを示し,市 場の線分は市場から提供される財やサービス,情報等であり,生活世界の線分は家族,友人,

近隣などの身近な関係から,より広い社会関係や自然との関係を含む。これらの線分によ り形成される三角形の面積がどの程度の大きさなのかは,論点の一つとなる。三角形が大 きくなることは,ウェルフェアとしての福祉が充実することである。

 また,三角形のバランスが問われる。正三角形なのか,いずれかの線分が長かったり,

短かったりしているのか。現代社会で一般的に指摘されているのは,近隣社会や共同体の 弱体化である。つまり生活世界の割合の弱さである。さらに新自由主義下では,小さな政 府が目指され,市場の役割が大きくなる。つまり,市場の線分が長く,政府や生活世界が 短くなっているという構図である。これは地域単位でも,個々人の生活状況でも検討でき,

そこで描かれる三角錐の形状は異なってくる。

 基盤となる三角形と高さは関連しつつも相対的に独立している。三角形の面積が小さく 12)地域福祉とかかわらせれば,その地域らしさの実現も意味する。

13)ウェルビーイングの達成レベルをどのように判定するかは検討が必要となる。その人らしさの実現 の判断は客観的な指標だけでなく,また,本人の主観的な評価だけでなく,専門的援助者,および本 人をよく知る人達との対話に基づいて合意されることで,正しさが高まると考えられる。それはコミュ ニケーション的行為であり,対話的行為である(小野 2014)。

図表 2 地域福祉の幸福の三角錐

(11)

ても,三角錐が高くなることはある。しかし,そうした場合のウェルビーイングは一般的 には脆弱なものと言える。三角形がバランスよく大きいほど,ウェルビーイングが高まっ ても三角錐として安定する。

 地域福祉での幸福をこのように,ウェルフェア(政府・市場・生活世界)とウェルビー イングという枠組みの三角錐で示すことが考えられる。

4.ウェルフェアと幸福

 地域福祉の幸福をウェルフェアとウェルビーイングから捉え,三角錐を示した。

 まずウェルフェアに注目する。三角錐の基底をなすウェルフェアをどのように捉えるこ とができるだろうか。そのヒントとなるものが,近年さまざま提示されている幸福を評価 する枠組みである。そこでの幸福は地域福祉のウェルフェアとどの程度関わるのか代表的 な報告を整理することで考察したい。

 取り上げるのは,こうした動きの先鞭をつけたスティグリッツ委員会報告,そして国際 機関である OECD による幸福測定のアプローチ,また世界的に有名になったブータンの取 り組み,日本の政府も開発していた幸福度指標,最後に地域レベルでの取り組みとして東 京都荒川区の幸福度指標である。その主要な指標を図表 3 に示す。まず,それぞれの特徴 を整理しておこう。

図表 3 幸福度に関する指標

A スティグリッツ

委員会

B OECD 幸福度白書

C ブータンの

GNH

D 日本政府 内閣府 2011

E 荒川区民総幸福度

(GAH)

1.物質的な生活水 準( 所 得, 消 費 および財産)

2.健康 3.教育

4.仕事を含む個人 的な諸活動 5.政治への発言と

統治

6.社会的なつなが りと諸関係 7.環 境( 現 在 お よ

び将来の諸条件)

8.経済的および物 理的な安全度

【現在の幸福】

(物質的な生活条件)

1 .所得と富 2 .仕事と報酬 3 .住居

(生活の質)

4 .健康状態 5 .ワークライフバ

ランス 6 .教育と技能 7 .社会とのつながり 8 .市民参加とガバ

ナンス 9 .環境の質 10.生活の安全 11.主観的幸福

【未来の幸福のため の資源】

12.自然資本 13.経済資本 14.人的資本 15.社会関係資本

1.暮 ら し 向 き( 生 活を営む上で必 要な経済的基盤)

2.健康-身体面の 健康

3.教育-教育や知識 4.コミュニティーの 活力-地域コミュ ニティーの活力 5.良い政治-民主的

な意思決定に裏 打ちされた政治 6.時間の使い方-

仕 事, 余 暇 の バ ランス 7.文化の多様性-

ブータン文化の 尊重と保全 8.多様性-環境保護 9.心の健康-精神

面の健康

*主観的幸福観 1.経済社会状況   基本的ニーズ   住環境   子育て・教育   仕事   制度 2.心身の健康   身体的健康   精神的健康   身体・精神共通 3.関係性   ライフスタイル   個 人・ 家 族 の つ

ながり   地 域・ 社 会 と の

つながり   自然とのつながり 4.持続可能性

*幸福実感 1.健康・福祉 2.子育て・教育 3.産業 4.環境 5.文化 6.安全・安心

(12)

(1)幸福に関する報告書

①スティグリッツ委員会報告

 フランスのサルコジ大統領の命を受けたジョセフ・スティグリッツを委員長とする委員 会の報告書が 2009 年に出された。この委員会の任務は,GDP を中心とする経済業績を評 価する基準についての疑念が高まっていることに応えることにあった(スティグリッツら 2012:13)。端的には GDP を超えた幸福度を指標化するという課題である。報告書でスティ グリッツらは幸福を定義するには多くの次元でしなければならないとして,8 つの次元をあ げている。

 1)物質的な生活水準(所得,消費および財産),2)健康,3)教育,4)仕事を含む個人 的な諸活動,5)政治への発言と統治,6)社会的なつながりと諸関係,7)環境(現在およ び将来の諸条件),8)経済的および物理的な安全度,である。その上で,幸福度の客観的 な次元と主観的な次元はともに重要であると述べている。

② OECD による幸福測定のアプローチ

 OECD の幸福測定のための枠組みは 2011 年に提示されて,それに基づいた報告が継続的 にされてきている。この考え方にはスティグリッツらの報告やセンの「潜在能力アプローチ」

の影響がある。その測定方法には次のような特徴がある。第 1 に,評価の中心に個人や家 族という人を置くこと。人の生活環境や幸福経験に注目する。第 2 に,幸福の成果(アウ トカム)に注目すること。インプットやアウトプットではなく,例えば教育では学校への 投資額や研修を受けた教員の数ではなく,人々が獲得した技能や能力に目を向ける。第 3 に,

成果には客観的な側面と主観的な側面のどちらも含むこと。生活環境に関する客観的なデー タは,生活に対する感じ方をとらえる主観的なデータによって補完されると考えるからで ある。最後に,社会の幸福を形成する重要な特徴として,人口集団間の幸福の分布に注目 する。年齢,性別,学歴,所得などによる格差である(OECD2019:31-32)。

 OECD の幸福の枠組みは,「現在の幸福」と「未来の幸福のための資源」によって構成さ れる。現在の幸福はまた「生活の質」と「物質的な生活条件」に分かれている。生活の質 に属する項目は,健康状態,ワークライフバランス,教育と技能,社会とのつながり,市 民参加とガバナンス,環境の質,生活の安全,主観的幸福,である。物質的な生活条件に 属する項目は,所得と富,仕事と報酬,住居,である。未来の幸福のための資源には自然 資本,経済資本,人的資本,社会関係資本,が含まれている。

 現在の幸福と未来の幸福のための資源は矢印で結ばれ関連しあっている(OECD2019:

30)。

③ブータンの GNH GrossNationalHappiness

 ブータンは GDP ではなく GNH(GrossNationalHappiness 国民総幸福)という考え方を

(13)

示して,注目を浴びた。GNH の発想は 1970 年代に示されていたが,それが指標化される のは 2008 年である。GNH の立脚点は,「人間は物質的な富だけでは幸福になれず,充足感 も満足感も抱けない,そして経済的発展及び近代化は人々の生活の質および伝統的価値を 犠牲にするものであってはならない」というものである(草郷 2011:45)。GNH の 4 本柱 は「公正で持続可能な社会経済発展」,「自然環境保全」,「伝統文化の保全とその促進」,「良 い政治」となっている(草郷 2011:46-47)。これをもとに,ブータン GNH 指標が開発され,

2008 年に国際会議の場で正式に発表された。それには,1)暮らし向き(生活を営む上で必 要な経済的基盤),2)健康(身体面の健康),3)教育(教育や知識),4)コミュニティー の活力(地域コミュニティーの活力),5)良い政治(民主的な意思決定に裏打ちされた政治),

6)時間の使い方(仕事,余暇のバランス),7)文化の多様性(ブータン文化の尊重と保全),

8)多様性(環境保護),9)心の健康(精神面の健康),という 9 つの領域がある(草郷:

2011:57-58)。

④日本政府による幸福度指標

 日本の内閣府は 2010 年に「幸福度に関する研究会」を設置し,2011 年の報告書で幸福度 の指標案が示された。これは,「主観的幸福感」を従属変数の位置において,これを支える 3 つの柱として「経済社会状況」,「心身の健康」,「関係性」があり,さらに別の軸としての

「持続可能性」から構成されている。

 主観的幸福感の指標に含まれるのは,主観的幸福感,理想の幸福感,将来の幸福感,人 並み感,世帯内幸福度格差である。経済社会状況の項目には,基本的ニーズ(11 指標),住 環境(9 指標),子育て・教育(13 指標),仕事(15 指標),制度(5 指標)がある。心身の 健康の項目には,身体的健康(5 指標),精神的健康(9 指標),身体・精神共通(7 指標)

がある。関係性の項目には,ライフスタイル(7 指標),個人・家族のつながり(8 指標),

地域・社会とのつながり(13 指標),自然とのつながり(5 指標),がある。持続可能性の 指標には,地球温暖化,物質循環,大気環境,水環境,化学物質,生物多様性,環境容量 の占有量,消費者行動,企業などの情報開示,が含まれている(内田 2020,内閣府 2011)。

 この研究会は政権交代により 2013 年に閉じられ,重要な議論のいくつもが宙に浮いたま まになっている(内田 2020:36)。

⑤荒川区民総幸福度(GAH)指標

 東京都荒川区では,2004 年に就任した西川太一郎区長が「区政は,区民を幸せにするシ ステムである」という方針を示し,2005 年には GAH(GrossArakawaHappiness)を区政 の指標にすることを宣言している(草郷孝好,平山修一 2011:77)。

 GAH 指標には,健康・福祉,子育て・教育,産業,環境,文化,安全・安心,という 6 つの分野とこれらを総合する「幸福実感」が設けられている。健康・福祉には,健康の実

(14)

感という上位指標があり,下位指標として,体の健康,心の健康,健康環境,がある。子 育て・教育には,子どもの成長の実感という上位指標があり,下位指標として「生きる力」,

家族関係,子育て教育環境,がある。産業には,生活のゆとりという上位指標があり,下 位指標として,仕事,地域経済,がある。環境には,生活環境の充実という上位指標があり,

下位指標として,利便性・ユニバーサルデザイン,快適性,持続可能性,がある。文化に は,充実した余暇・文化活動,地域の人とのふれあいの実感,という上位指標があり,下 位指標として,余暇活動,地域文化,がある。安全・安心には,安全・安心の実感という 上位指標があり,下位指標として,犯罪,事故,災害,がある。主観的な幸福実感を含めて,

指標の数は 46 に上っている(荒川区自治総合研究所 2020:1-2)。

(2)ウェルフェアの要素に向けての基礎的考察

 これらの指標は比較的近年,生み出されてきたものである。そのためにデータ収集にせよ,

実践にせよ取りかかりはじめの段階であり,充分な蓄積があるわけではない。本論で目指 す地域福祉での幸福の枠組みでは,これら指標をそのまま活用することはできない。それ でもこうした指標を今後,地域福祉での幸福を考える上での出発点とすることはできる。

以下では,基本的な部分の整理をしておく。

 それぞれの指標は目的や地域性,文化等の違いという背景がありこの点は留意すべきで ある。また,主観的幸福感は多くの場合に総合的な指標という位置づけになっており,ウェ ルフェアの構成要素からは相対的に区別しておくことが考えられる。

 その上で重複している指標をあげてみれば①所得・財産(生活水準),②健康,③教育,

④仕事,⑤政治,⑥社会的つながり(関係),⑦環境,⑧安全(経済的,物理的),⑨住居,

⑩ワークライフバランス,⑪文化,⑫持続可能性,があげられる。これらは地域福祉でのウェ ルフェアを考えるための視点と言うことができよう。

図表 4 共通する指標

指標内容 対応箇所

①所得・財産(生活水準) A1,B1,C1,D1

②健康 A2,B4,C2,C9,D2,E1

③教育 A3,B6,C3,D1,E2

④仕事 A4,B2,(C6),D1,E3

⑤政治 A5,B8,C5

⑥社会的つながり(関係) A6,B7,C4,D3,E5,E1

⑦環境 A7,B9,C8,D3,E4(生活環境中心)

⑧安全(経済的,物理的) A8,B10,E6

⑨住居 B3,D1

⑩ワークライフバランス B5,C6,(E3)

⑪文化 C7,E5

⑫持続可能性 B12 ~ 15,D4 A ~ E は対応する報告の指標を示している。

A スティグリッツ委員会/ B OECD / C ブータン/ D 日本政府/ E 荒川区

(15)

 地域福祉の基盤を支えるウェルフェアの三角形という観点からすれば,これらの要素は 政府,市場,生活世界のいずれかから,あるいは複合したかたちによって提供され,整備 されている。例えば,①の所得・財産は主に市場との関係が強いが,生活水準の保障とな ると政府の役割が重要となる。ワークライフバランスや持続可能性は,政府,市場,生活 世界すべてに関わるものとなる。こうした事項は,地域福祉の幸福を追究していくうえで,

さらに検討が必要である。

5.ウェルビーイングとしての幸福を生みだす福祉的実践

(1)4 つのアプローチ

 ここでは地域福祉としての幸福をウェルビーイングに焦点を当てて,これをいかに生み 出していけるのかを検討しよう。ウェルフェアはシステムや生活世界から構成されている のに対してウェルビーイングは,個人その人(地域社会を単位とすればその地域)のあり よう,状態,存在に関するものである。その人(その地域)らしさの実現を意味する。も ちろん自らこれを実現できるのであれば,地域福祉のかかわりは生まれなくてもよい。さ まざまな困難を抱えて,自らだけで実現することが難しい場合に地域福祉がかかわること になる。ここで考察するのは,ウェルビーイングを生み出す地域福祉実践,地域でのソーシャ ルワークである。

 これを構想するために以下では 4 つのアプローチを参照する。地域づくり型保健活動,

解決構築アプローチ(SFA =ソリューション・フォーカスト・アプローチ)14),ストレング スモデル,未来語りダイアローグである。まずそれぞれの概要を示しておく。

①地域づくり型保健活動

 岩永俊博が唱える地域づくり型保健活動は,熊本県の阿蘇地方での保健活動から生まれ た 15)。保健活動となっているが,その内容は当事者,住民参加型のコミュニティワークによ る計画づくりであり,広く地域援助技術と見ることができる。

 岩永が指摘するのが,分析的な問題解決志向である原因志向型問題解決法の限界である。

原因志向型問題解決法は問題の原因について分析し,問題が改善しない原因を探す。さら にそこで見出した原因の原因を探していく。これは原因という犯人探しというネガティブ な行為となりがちである。あるいは,原因が複雑に絡み合う場合にはその特定が難しく,

結果的に原因を取り除くことができない。疾病構造が急性感染性疾患の場合にはこの方法 は適合するが,慢性疾患中心になると対応できなくなる。

 これに対して,岩永はブレイクスルー思考をもとに「将来像志向型」の活動を提案する。

14)治療の意味合いでは SFT(ソリューション・フォーカスト・セラピー)とも表現されるが,以下で は問題構築アプローチ(SFA)に統一する。

15)以下は,岩永俊博(2003)『地域づくり型保健活動の考え方と進め方』医学書院,によっている。

(16)

それが「地域づくり型保健活動」SystemOrientedJoyfulOperationmodel:SOJOmodel である。関係者(当事者,住民,専門家,行政職員)が集まって,理想の健康な地域を目 指して,生活の具体的なイメージを描いて,それを実現しようとするものである。以下の ように説明されている。

  「保健活動の目的を,地域住民の健康な暮らしの具体的な姿として描き,その目的の実 現を統合的に志向し,そのための方法を住民や多分野の人たちで一緒に考えて決めて いくという話し合いの方法と,そのような経過をたどってできた計画書に基づいて活 動を始め,途中経過を検討しながら進めていくという活動方法」(岩永 2003:63-64)

 その内容は,準備期-活動方針検討期-実施期-評価・再検討期,と進行する。準備期には,

ファシリテーターの練習,地域の調整を行う。活動方針検討期は計画づくりの時期であり 1)実現すべき理想の姿の仮説をつくり,2)理想実現のための条件や行動,事業を検討する,

3)その上で行動,事業をもとにした目的関連図を作成,4)計画書を完成させる。計画書 に基づいた行動を実施するのが実施期である。評価・再検討期では理想実現や条件充足の 状況を把握して,展開方法,条件,目標の再検討を行ったうえで,新たな行動を展開する ことになる。

 とりわけ活動方針検討期で用いる「参加的目標描写法」がこの考え方の中核である。実 現すべき状況として,理想とする健康な姿を具体的に描いて,その状況を実現するための 行動や事業を明確にして,これを計画化していくという方法である。

 期間的には,準備期には数週間から数か月,活動方針検討期には数週間から数か月,実 施期として数年である。そして実施から 5 年ぐらいたった時点で数週間から数か月かけて,

評価・再検討を行うのが適当とされている(評価・再検討期)。

②解決構築アプローチ(SFA)

 解決構築アプローチは 1970 年代から取り組まれてきたブリーフセラピーをもとにシェイ ザー,キム・バーグおよび,同僚らによって創り上げられた 16)。ブリーフセラピーは,ミル トン・エリクソンの影響を受けており,それにはいくつかの理論モデルがある。ブリーフ brief は,期間や回数の短さ,簡潔さというより,治療の効果性や効率性を問題とする概念 である(森 2000:11)。

 「問題の解決」ではなく,問題には注目せず「解決の構築」をはかるのが解決構築アプロー チの特徴である。解決構築アプローチは問題解決アプローチや医学モデルへの疑問を呈す る。それらは,一つの問題には一つの必然的な解決があるとしており,クライエントの問 16)以下は,ディヤング,ピーター/キム・バーグ,インスー(2016)『解決のための面接技法』第 4 版,

金剛出版,によっている。

(17)

題は客観的な事実と考えられ,科学的に研究される。これに対して,解決構築アプローチ はクライエントの問題をパズルとはとらえず,クライエントをエンパワーし長所に焦点を 当てる。

 解決構築の段階は,まず,クライエントが心配ごとの説明をして問題を描写する。それ に対する目標(ウェルフォームド・ゴール)をつくり,例外探しをおこない,フィードバッ クをする。その後,面接のたびに解決にどれだけ近づいたかクライエントとともに評価する,

というものである。この方法の基本的性格は「協働的対話としての解決構築」というもの でありコミュニケーションを重視する。

 初回の面接では,問題の描写だけでなくクライエントの願望を聞き,解決構築の対話を 進める。問題が解決した時の具体的で明確なイメージから,クライエントにとって重要で,

他者との関係の中で示されるウェルフォームド・ゴールをつくる。この目標の表現で大切な ことは,「問題と思うことがない状態ではなく,肯定的な何かが存在する形で示される」こ とである。その際,用いられる手法の一つがミラクル・クエスチョンである。これはクラ イエントに対して,奇跡が起こり,問題が解決したとしたら,生活がどう変わっているか を尋ねるものである。奇跡について尋ねることで,クライエントは無限の可能性を考える ことができ,将来に焦点を当てることができる。奇跡についての説明はクライエントにとっ てやりがいのある目標となる。奇跡が起きた時に生じる生活の違いについて具体的に詳し く描くことができれば,次はそこに到達するための方法を探す。それが例外の探究である。

「例外とは,クライエントの生活の中で当然問題が起こると思われるときに,どういうわけ かそうならなかった過去の経験」である(ディヤング,キム・バーグ 2016:100)。例外を 見つけたら,例外の意味と重要性を探る対話をさらに進め,それをもとにクライエントの 解決構築に役立つ提案を含めてフィードバックを行う,以上が面接の主要部分となる。

 こうした解決構築の実践は様々な分野に適用されてきており,その成果の研究も進めら れている。日本でも実践の意見交換の集まり(ソリューション・ランド)が実施されている。

③ストレングスモデル

 ストレングスの視点は,ソーシャルワーク誕生の当初より,実践原則につながる底流に ある理念とされている(神山 2006:2)。それが本格的に注目され始めるのは 1980 年代以 降である。ここでは,精神保健領域のラップとゴスチャのストレングスモデルを取り上げ る 17)

 ラップとゴスチャは,社会や生活で「注意が向けられてきたのは…負極,すなわち,悪,

危険,敵の方である」としている。これにより,福祉の支援専門職の関心が病理の方に大 きく傾斜することになった。病理に重点を置くことは,合理的な介入の方法を追求しなが 17)以下は,ラップ,チャールズ/ゴスチャ,リチャード(2014)『ストレングスモデル』第 3 版,金剛

出版,によっている。

(18)

ら人間の欠点を病理的な用語で表現することにつながる。近年でも例えば生態学的モデル は,微妙でわかり難いながらも個人・環境の欠陥や問題に依然として焦点を当てている。「問 題」を適切に評価し,診断することは専門家に深く根づいている(ラップ,ゴスチャ 2014:6)。

 これに対してストレングスという視点は,人々と社会の負の側面ばかりに注意する従来 の方法にとって代わるものとして提示されている。そこでは,リカバリー志向が重視され,

この志向は人間の持つ可能性をウェルビーイングに向かわせることになる。リカバリーは,

「障害のなかで,あるいはそれを超えた目的を回復させることである。熱望は,意義ある貢 献ができる地域で生活し,仕事をし,人を愛することである」。ストレングスモデルでは,

すべての人は目標や才能や自信を有しており,また,すべての環境には,資源や人材や機 会が内在していると見るのである。

 ストレングス理論の要素には,「望まれる生活」,「生活の場」,「個人のストレングス(熱望/

能力/自信)」,「環境のストレングス(資源/社会関係/機会)」が含まれている。またス トレングスモデルの 5 つの機能は,1)協力的支援関係を生み出す,2)アセスメントとして,

生活領域,クライエントの望み,個人のストレングスと環境のストレングスの情報を収集,

3)個別計画では,目標の達成に重点を置く,4)資源の獲得,5)継続的な協働と段階的な 契約解除,である。中でも注目されるのは,アセスメントでの願望や熱望であり,これを 前提に計画段階でクライエントの目標とその目標達成にいたる道筋が導かれる。長期的な 目標は一番心から願っていることであるが,目標が妄想的であったり曖昧なものではない ようにする。目標達成のための資源の獲得にも段階モデルが示されている。1)アセスメン トとして,資源が利用できるかどうか,誰が管理しているか,脆弱性はどうかという点。2)選 択の戦略として代替戦略を明確にしたうえで戦略を選択すること。3)そして実施,となる。

また,ここでは合意形成の重要さが指摘されている。

④未来語りダイアローグ

 未来語りダイアローグは,オープンダイアローグの一種であり,トム・アーンキルらによっ てフィンランドの地方自治体で取り組まれてきた 18)。未来語りダイアローグは心理療法的な アプローチを目指したものではなく,「多数の機関がかかわる混乱状態を解決することに焦 点をあてたもの」である。ある課題に対して多くの関係者(当事者側,専門家側)が集い,

2 人のファシリテーターの進行によって「未来から現在を振り返る」ミーティングである。

 オープンダイアローグは説明モデルの研究ではなく記述的な研究であり,対話主義とい う新しい流れの中で,専門家の立ち位置を逆転させる。EBM(根拠に基づいた医療)には

18)以下は,セイックラ,ヤーコ/アーンキル,トム(2019)『開かれた対話と未来』医学書院,および セイックラ,ヤーコ/アーンキル,トム(2016)『オープンダイアローグ』日本評論社,によっている。

オープンダイアローグの中でも未来語りダイアローグを取り上げたのは,ポジティブで未来志向の度 合いが明確であるからである。

(19)

批判的であり,実践を評価するモデルとしての臨床試験は,現実の臨床実践の一部しか反 映しないと述べている。さらにモノローグ的な相互性を欠いた一方的な介入研究は,トッ プダウン型の実践管理とも関係し,PDCA サイクルのイメージも多様性を切り捨てると批 判している(セイックラ,アーンキル 2019:297-298)。オープンダイアローグでは,全体 を通して対話が基本となり,問題を俯瞰するような客観的な視点ではなく,主観性を出し 合うことで形成される間主観性が重視される。

 未来語りダイアローグは,2 人の中立的なファシリテーターによって進行する。それは,

うまくいった未来からインタビューする第 1 段階と計画を具体的に要約する第 2 段階があ る。第 1 段階では,まず当事者・クライエント側にインタビューが行われる。聞かれるの は未来の視点からの次の 3 点である。1)すべてがうまくいった今の状態をどんな風に感じ ているか,2)何を行い,誰に助けられ,どうやって今の状態にいたったか,3)当時あな たを悩ませていたものは何か,何が悩みを和らげてくれたのか。また,治療チームが聞か れるのは 2 点である。1)このよい状態を続けるために何をしたか,誰が助けてくれたか,2)当 時あなたを悩ませていたのは何だったか,何が悩みを和らげてくれたのか。ここでのポイ ントは,好ましい未来像を話すのはクライエント側であり,専門職側である治療チームで はないという点である。自分たちの未来をどうしたいのかを決めることは当事者・クライ エントであり,それは専門職の仕事ではない。

 第 2 段階では,うまくいった未来を実現することが具体的に計画化される。誰が,誰と,

何を行うかを決めるのである。この内容が全員で共有されてミーティング終了である。必 要に応じて,6 か月後に会うこともある。その際には,最近の調子,感謝したいこと,やり たいことが質問される。

 未来から現在にアプローチするのは,手段であり,目的ではない。未来をツールとする ことで創造性がもたらされる。今感じている心配事に対してよりよい状況への希望を抱き,

相互の助け合いたいという望みを生み出す。未来を想起して望まれる結果を意識すること が出発点であり,行動はそこを起点に生まれるのである。「未来をツールにして日常生活を 支援する」ことになる。

(2)目的実現型アプローチ

 上記には個別支援(個人・家族)に関するもの(解決構築アプローチ,ストレングスモデル)

も組織,地域レベルのもの(地域づくり型保健活動,未来語りダイアローグ)も含まれていた。

考えたいのはこれらのアプローチからウェルビーイングを生み出す地域実践をいかに構想 できるかである。

 4 つのアプローチには以下の特徴がある。

  ①当事者,本人たちの思いの重視である。どの方法も,当事者側が理想や熱望,問題 が解決している状況,うまくいった将来を描くことが出発点となっている。これは

(20)

当事者を起点とした支援を基本としているということである。

  ②将来,未来を描いてそれを実現するという将来志向,目的志向である。これは,問 題解決型の方法とは明らかに異なるスタイルである。

  ③対話,話し合いを重視することである。オープンダイアローグの一つである未来語 りダイアローグはもとより,住民や当事者と支援者,専門職らとの話し合いを基礎 として,かかわりあう人すべてが納得する支援が展開されている。

  ④高い目的への志向である。意識されるのは理想や熱望であり,すべての問題が解決 している状態,うまくいった将来という望ましく,良い状態である。問題というマ イナスの状態をゼロにするということではなく,より良いレベルを目指すのである。

 その一方で次のような不明確な点,疑問や課題点もある。

  ①このアプローチの有効性や効果はどの程度のものか。これによって目指したものが 実現できるのかという効果や実効性の検証という点。この点について取り組みは進 められているものの,今後さらに蓄積が必要である。

  ②目的を目指す際の資源をどうするか。解決構築アプローチや未来語りは,インフォー マルな資源や専門職自身が資源の中心であり限定的である。ストレングスモデルと 地域づくり型保健活動では地域や行政などより広い資源が想定されるが,それが高 い目的を実現するのに十分であるかは明確ではない。

  ③目的の高さの基準をどう考えるか。これは解決構築アプローチや未来語りに特に言 えることで,問題が解決している状態やうまくいった未来によって設定されるレベ ルの高さの評価である。高い目的としても,それは絶対的な高さがあるのではない。

あくまでその人,その地域にとっての高い目的であり,その人らしさ,その地域ら しさの実現と言えるものである。

  ④コミュニケーションや意思決定,実践への取り組みが自力だけでは難しく支援が必 要な場合がある。自らの願望や理想を示さない,示せない場合など支援が必要な場 合にこれをどのように進めるかが明確ではない。

 上記の特徴,課題も踏まえて,こうした方法を「目的実現型アプローチ」とする。目的 実現型アプローチとは当事者を中心とした対話により生み出した目的を実現するための地 域福祉実践の取り組みである。問題解決というアプローチではなく対話により理想や幸福 という高い目的を共有して共同で実践を進める方法である。これによって地域福祉の幸福 であるウェルビーイングの実現を目指す。

(3)ウェルビーイングを生み出す地域福祉実践の可能性

 目的実現型アプローチはどのような可能性を持つのか考えてみよう。この実践がフルに 進んでいく場合の「理想の」展開を描いてみることができる。これは,よく整備された望 ましいウェルフェアの状態があることでその可能性が高まることは間違いないが,必ずし

(21)

もそれに規定されているわけではない。

 対話により生み出された自らの目的(理想,こうなればいい)を追求すること自体が楽 しみ,歓びになりうる(即自的な喜び,コンヴィヴィアリティ)。この場合の理想やこうな ればいいという目的はその人,その実践にとっての高いレベルを示すものであり,それぞ れのケースや実践に応じたものである。こうなればいいという絶対的な基準があらかじめ 設定されているのではなく,話し合いの中で確認していく。その目的と取り組む力量の適 切なバランスが取れていれば,ミハイ・チクセントミハイの言うフロー,さらにはその継 続のフローチャンネルが生まれる(チクセントミハイ 1996)。この目的を追求することは単 に未来の目的達成のために現在を手段とするのではなく,未来の理想状態を求めることを 一つの手段として今を充実させることである。

 目的実現型アプローチの実践に取り組むことは自分らしさを現していくことになり,ま たは自分という枠組みの作り直し,枠組み外しともなり(竹端 2012),自己実現にもつながっ ていく。場合によっては,狭い意味での福祉(安寧,安楽,暮らし向きの良さ)を抑制す る状況も生むかもしれないが,それでも自らの意思に基いて共同決定して設定した目的を 追求することは,センの言うエージェンシーとしての自由・達成に重なる。その目的の追 求の過程で,および成果として,よりよいあり方・存在としてのウェルビーイングが生ま れてくる。他の人との比較という意味ではなく,自らを超えるという意味での卓越が実現 していく(他者ではなく自己に対する卓越)。これ自体が自尊の念も伴うこともあろうが,

それよりも,この体験を持つことでまた次の成長欲求を生み出し,特定の目的達成に終わ らない持続的なウェルビーイングが意識され,その人らしさを実現しつつ生きていく可能 性を拓くことになる。これらを通して見田宗介が指摘する幸福感受性が醸成され,持続可 能な幸福が展望されよう(見田 2018)。

 この過程は個別支援でも現れるが,それは共同で生み出すプロセスを伴っており,個に 終わる実践ではない。対話(話し合い)をもとにするこの実践に関わる者同士(本人を取 り囲む人たち,家族,友人,住民,専門職,多様な支援者等)がウェルビーイングを共有 していくことになる。地域づくりの実践として,地域共有の課題に取り組む場合は,なお さら共同主観の形成による共通の目的,共同の実践によりその地域らしさの実現という地 域のウェルビーイングが生み出されることになる。

 これは,システムを有効化してそこに適応することを目指すのではなく,生活世界から その人らしさやその地域らしさを生み出し,システムとのダイナミックな相互関連を生活 世界から再構築していくことになる。

6.終わりに

 本論文は福祉を消極的にとらえるのではなく,積極的にとらえ,地域福祉での幸福につ いて考察した。ここでの幸福は単に主観的なものではなく,また,単に客観的なものでも

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