【 寄 稿 】
不動産証券化における信託の役割とその現況・展望
~信託設定・信託受益権取引の鈍化傾向を踏まえて~
国土交通省総合政策局不動産業課 不動産業指導室長 齋藤 哲郎
■はじめに
わが国において不動産の証券化が始まったのが平成9 年頃、それから約10年の間に不動産証券化市場は急激な 拡大を見せ、これに伴い投資用不動産のほとんどが実物 不動産から不動産信託受益権へと置き換わったようにい われている。
しかしながら、不景気の中での企業からの余剰不動産 の掃き出しが一段落し、経済回復に伴って大都市圏の地 価が上昇する中で、不動産証券化における信託及び信託 受益権の位置づけにも変化の兆しが現れてきている。
本稿では、不動産証券化に際して信託が果たしてきた 役割について振り返るとともに、不動産証券化市場にお ける信託の現況、特に最近の変化について分析し、さら にその背景及び今後の展開について触れることとする。
なお、本稿は、筆者が(財)土地総合研究所在籍中に 得られた知見及び個人的な資料収集・分析に基づくもの であり、現職務とは無関係である。また、文中意見等に わたる部分は、特に注書き等のない限りあくまで筆者個 人の見解であることをお断りしておく。
1.不動産証券化市場における信託の役割
不動産証券化市場における資産の売買は、その大部分 が不動産信託受益権の形をとって行われてきている。例 えば、平成10年度から平成18年度までの証券化不動産 の累計額に占める不動産信託受益権の割合をみても、そ の84%に上っている。
このように不動産信託受益権がさかんに用いられてき た理由としては、通常以下のような要因が挙げられてい
図1.平成10~18年度証券化不動産累計額に 占める実物及び信託受益権の割合
実物, 5,374, 16.4%
信託 受益権,
27,372, 83.6%
資料:不動産証券化の実態調査(国土交通省)
る。
① 流通税コストが格段に低くなること。
不動産信託受益権は金融資産であって不動産ではない ため、不動産取得税の課税対象とはならない。また、登 録免許税についても、信託受益権の場合は登記数×
1000円で済むのに対し、実物不動産の場合建物価額の 2%+土地価額の1%を課税される。なお、信託受益権に よる場合には、受益権取引に先立ちオリジネーターから 信託会社への信託譲渡が前提となるが、信託譲渡の場合 不動産取得税は非課税であり、登録免許税は不動産価額 の0.2%であることから、信託譲渡による課税コスト自 体も一般の土地譲渡に比較してはるかに低くなっている。
なお、消費税については、建物価額又は建物価額相当分 の5%を課税されるため、両者に課税コストの差は生じ ない。
単位:10 億円
② 不動産特定共同事業法の適用を回避できること 投資家から出資を募り、その資金により不動産を取得 して運用益を投資家に還元する場合、当該事業は不動産 特定共同事業に該当し、資金募集・運用主体は不動産特 定共同事業法第3条に定める許可を得る必要が生じる。
この許可については、宅地建物取引業の免許が必要なほ か、資本金1億円以上の法人であること、不動産特定共 同事業を適確に遂行するに足りる財産的基礎及び人的構 成を有することといった要件が定められている。不動産 証券化において形式上出資募集・資産運用の主体となる SPCは、単なるビークルに過ぎず、そのようなペーパー 会社に宅建業免許や資本金1億円以上といった要件を満 たすことは困難であり、したがって実物不動産をSPCが 取得することは不可能である。不動産信託受益権を用い ることにより不動産特定共同事業法の対象外となり、S PCが出資を募って不動産(信託受益権)を取得しこれを 運用することが可能であった。(なお、金融商品取引法施 行後の取扱いについては、4.(1)参照。)
③ 信託銀行の介在により安全性・信頼性が高まること 不動産及び金融資産の管理・運用のプロである信託銀 行の介在により、資産運用に対するチェック体制が築か れることとなる。これにより、資産運用に係る遵法性、
安全性が高まり、投資家やレンダーからの信頼が得やす くなる。
また、投資対象資産は、信託財産という形で明確に分 別管理されることになるため、運用会社が対象資産を何 らかの形で毀損するといったことも想定しにくく、資産 保全がより確実に担保されることとなる。
④ 担保権の実効性確保が容易であること
レンダーが自らの債権を担保するためには、受益権に 質権を設定することにより可能である。実物不動産の場 合は、当該不動産に抵当権を設定することになるが、そ の実行には裁判所に対する申立て等の手続が必要になる ほか、民事再生法上の担保権実行中止命令の対象となる。
質権の場合、(競売申立等民事執行手続をとらない限り)
執行手続の枠外での債権回収が可能であり(会社更生法 による場合を除く)、担保権の実行確保が容易である。
もちろん、不動産信託受益権の活用にもデメリットが 存在する。まず、信託報酬の支払いが必要となる分コス トは増えることになる。また、手続的には複雑化、煩雑 化し、組成コストや組成に要する時間は増大する。そし てファンド組成後においても、このスキームの複雑さや
信託銀行による審査を経なければならないことが資産の 機動的運用の隘路となることも考えられる。
ただ、不動産信託受益権を用いるデメリットについて は、事業者によって認識にばらつきが多く、最近までは 特段のデメリットを感じていない事業者が多かったのが 実態のようである*。
*(財)土地総合研究所「不動産ファンドにおける信託受益権 をめぐる実態調査」参照。
2.不動産証券化市場における信託活用の現況
以上のように、信託及び信託受益権は、不動産証券化 市場においてさかんに用いられてきた訳であるが、ここ 最近になってその風向きが変化する兆候が現れている。
(1)東京都心部における信託設定及び受益権取引の鈍 化
不動産の証券化は、全国津々浦々で行われている訳で はなく、その市場は証券化コストに見合うだけの収益が 得られる大都市圏にほぼ限られている。例えば、平成19 年3月末現在でJ-REITの物件取得価額合計に占める都 心5区(千代田、港、中央、渋谷、新宿)の割合は、45%
を超えている。そこでまず、不動産証券化市場の主な舞 台ともいえる東京都心部の状況についてみていくことと する。
図2は、全国の市区町村の中でずば抜けてJ-REIT物 件の多い東京都港区における平成9年から平成18年末 までの不動産信託設定登記申請のあった不動産登記の個 数の推移である。
この図でわかるとおり、信託設定が行われた不動産登 記の数は、平成15~16年頃にピークを迎え、平成17年 以降減少に転じていることがわかる。
この傾向は、不動産登記申請の件数でみても同様であ る。登記申請件数による場合は、平成17年の下落は目立 たなくなるものの、平成18年に大きく落ち込んでいる
(図3)。
ただ、信託設定に係る登記の個数や申請件数による分 析は、いわゆる不動産証券化を目的としていない信託も 含まれていること、実質的に一つの不動産について複数 の登記、複数の申請が関わる場合や一つの申請に複数の 不動産が関わる場合があること、信託受益権の取引規模 はわからないことといった点で問題が残る。
図2.東京都港区における不動産信託設定登記申請個数
94
262
343 364 680
1507
1276
969
85
390 257
530 840
1788
937
81
1532
112
1536
0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600 1800 2000
H9 H10 H11 H12 H13 H14 H15 H16 H17 H18 暦年
年度
注)受理されたものに限る。
各年末・年度末最後の信託目録番号による。まれに枝番や欠番があるため、実際の信託設定登 記申請個数からぶれることがある。
資料:土地等の流動化の実態把握調査(H19.3 国土交通省)
図3.東京都港区における不動産信託設定登記申請件数
49
72 82 139
398
296
148
56 59
117 145
433
328
88
359
98
284
0 50 100 150 200 250 300 350 400 450
H10 H11 H12 H13 H14 H15 H16 H17 H18 暦年
年度
資料:図2に同じ
そこで、原則として1建物とその敷地を1物件とみな す形で登記データを整理・統合し、そのうち不動産証券 化を目的とした信託を抜き出して受益権取引件数や信託 抹消件数も含めて分析し直したものが、図4である。
この図においても、平成18年になって信託設定件数、
受益権取引件数のいずれも急減している。その一方で、
信託抹消件数は増加し続けており、東京都心部での不動 産信託は、ストックベースでは増加しつつあるものの、
その増加ペースがかなり鈍ってきていることがわかる。
図4.東京都港区における信託設定・抹消件数と受益権取引件数
23 36
49 53
90
161 222
207
108
30 39 43
59
137
185 178
99
28
61 69
84
186 296
391
271
3 7 12 20 26
41 52
0 50 100 150 200 250 300 350 400
H10 H11 H12 H13 H14 H15 H16 H17 H18 (暦年)
信託設定件数 うち不動産証券化型
受益権取引件数(不動産証券化型のみ)
信託抹消件数(不動産証券化型のみ)
注)登記データを物件ごとに統合したデータをベースとしている(したがって、ほとんどの場合1件当たり複数の信託登記 が含まれる。)。
H9.4.1からH18.12.31までに設定された信託を対象としている。
1物件に含まれる信託登記の一部が抹消された場合であっても、他の信託登記が継続している場合は抹消件数に含めて いない(建物が取り壊されて当該建物の信託が抹消されたが、土地に係る信託が継続している場合等)。
1物件について事後に信託設定が追加された場合は、追加分は信託設定件数に含めていない(土地が先行して信託され、
建物竣工後に当該建物が信託された場合等)。
資料:図2に同じ
(2)全国レベルでの信託設定・活用の鈍化
信託物件を実質レベルで、かつ、受益権取引回数も含 めて全国的に把握することは、非常に困難である。ただ、
全国的にも不動産証券化市場における信託の活用が減退 する兆候を垣間見ることはできる。
図5は、全国における不動産に対する信託登記の受理 件数及び個数を示したものである。平成16年までは、右 肩上がりで加速度的に増加してきた信託登記設定の件 数・個数が平成17年になって一転して減少している。平
成12年頃からの信託登記設定件数・個数の変化は、平成 15・16年に急激に増加するなど(1)で触れた東京都港区 に係るデータとほぼ軌を一にしており、不動産証券化市 場の活性化に起因するものとみてまず間違いないであろ う。ただ、ここで表れた不動産証券化市場における信託 活用の鈍化が、全国的広がりを有しているものなのか、
もっぱら東京都心部での鈍化に起因するものなのかは、
この図からは必ずしも明確ではない。
図5.不動産に対する信託登記の件数・個数の推移
0 2000 4000 6000 8000 10000 12000 14000 16000
H8 H9 H10 H11 H12 H13 H14 H15 H16 H17
(件数)
0 10000 20000 30000 40000 50000 60000 70000 80000
(個数)
件数 個数
注)設定、転売、抹消、条項の変更等信託に関するすべての登記が含まれるが、仮登記は含まない。
資料:民事・訟務・人権統計年報(法務省)
そこで、全国の各法務局別に信託登記の件数の推移を 示したのが、図6である。この図によると、平成17年に おいてはいずれの法務局管内においても信託登記件数が 前年より増加し、平成18年になると名古屋法務局管内を
除き一斉に減少へ転じていることがわかる。このことか ら、不動産証券化市場での信託活用の鈍化は、東京都心 部に限られた現象ではないものと考えられる。
図6.地域別信託登記件数の推移
0 1000 2000 3000 4000 5000 6000 7000
H8 H9 H10 H11 H12 H13 H14 H15 H16 H17 札幌
仙台 東京 名古屋 大阪 広島 高松 福岡
注)全国の各法務局管内別の信託登記件数の推移 資料:図5に同じ
(3)不動産証券化のスキーム別実績の推移
図7は、全国の不動産証券化実績の推移をスキーム別 に示したものである。このうち、その他スキームのほと んどは信託受益権を活用したYK(GK)-TKスキーム*
によるものと考えられる。
この図では新規信託物件の増減傾向がわかりにくいた め、各スキームの実績前年比を示したものが図8である。
なお、J-REITには、信託受益権と実物不動産のいずれ も含まれるが、J-REITに関する分析は(5)において取 り上げる。
* SPCを有限会社(YK)の形で設立し、SPCが投資家との 匿名組合(TK)契約に基づき資金を調達するスキーム。ほとん どの場合、出資のほかに金融機関からノンリコースローンで融 資を受けている。また、倒産隔離を確保するため、SPCの議決
権は別途設立した中間法人やケイマンSPCが保有する。なお、
平成17年5月の会社法施行後は有限会社に代わり合同会社(G K)が用いられるようになっている(4.(1)②参照)。
図7.不動産証券化のスキーム別実績の推移
0 1000 2000 3000 4000 5000 6000 7000 8000 9000
H9 H10 H11 H12 H13 H14 H15 H16 H17 H18
(年度)
(10億円)
J-REIT
不動産特定共同事業 TMK(実物)
TMK(信託受益権)
その他スキーム
資料:図1に同じ
図8.不動産証券化のスキーム別実績前年比
-100%
0%
100%
200%
300%
400%
500%
H12 H13 H14 H15 H16 H17 H18
(年度)
J-REIT
不動産特定共同事業 TMK(実物)
TMK(信託受益権)
その他スキーム
この図では、主にYK(GK)-TKスキームからなる
“その他スキーム”について、特段の減少傾向はみられ ない。ただ、東京都心部をはじめとする大都市部の地価 上昇傾向を勘案すれば、資産額レベルの伸び率で横ばい
であるということは、物件数や面積レベルでは減少傾向 にあるものと考えられる。
さらに、資産流動化法上の特定目的会社(TMK)の 資産構成において、注目すべき変化がみられる。TMK
は、制度上信託受益権、実物不動産のいずれの保有も可 能であり、かつ、不動産取得に当たっての課税標準が取 得価格の1/3となるといった税制上の優遇措置も設け られているため、本来実物不動産取得にさかんに活用さ れることが期待されていたスキームである。ただ、税制 上の優遇措置があるといっても不動産信託受益権の取得 には(消費税を除き)流通税がかからないことに比べれ ば実物不動産の取得はコスト高となることは否めない。
そのため、従前はTMKの保有資産においても不動産信 託受益権がその多数を占めていた。ところが、平成17年、
18年と不動産信託受益権の件数が減少する一方で、これ を補うように実物不動産の件数が増加し、平成18年には 全体の8割近くを実物不動産が占めるようになってきて いる(図9)。
図9.資産流動化法上の特定目的会社が 保有する特定資産の種類別割合
実物不動産 77%
42%
22%
36%
23%
不動産信託 58%
受益権 78%
64%
0%
20%
40%
60%
80%
100%
H10~15 H16 H17 H18 (年度)
したがって、TMKの資産保有形態に限っていえば、
信託受益権から実物不動産へ移行しつつあることがわか る。おそらく、TMKの場合他の事業体に比べて実物不 動産に係る流通税負担のハードルが低いことから、実物 不動産への移行がより起こりやすかったことによるもの と考えられる。
(4)資産流動化信託の全国動向
図10は、各年3月末・9月末における不動産に係る資 産流動化の信託の受託件数及び残高の推移を示したもの である。この図をみた限りでは、件数、価額ともに順調 に増加しつつあるようにみえる。ただ、ストックベース のデータなので、これを年ごとのフローベースのデータ に置き換え、さらにその前年比を示したものが、図11・
12である。
これらの図をみてわかるとおり、特に件数ベースで新 たな資産流動化信託の設定が減少していることが如実に わかる。他方、受託価額の増加分は減少傾向にはあるも のの、件数の減少ほど顕著な変化はみられない。
この受託件数の変化と受託価額の変化との乖離の要因 としては、次のようなことが考えられる。
まず、最近の地価上昇に伴う不動産価額の上昇が、受 託件数の減少に伴う受託価額の減少をある程度補ってい る可能性がある。すなわち、新たな受託物件の価額の上 昇が受託物件数の減少による物件価額合計の減少を減殺 していることになる。なお、時価ベースでいえば、過去 に受託した信託不動産の価額も上昇しているはずである から、資産流動化信託に係る不動産価額全体はむしろ増 加ペースが強まっていることも想定できる。
図10.資産流動化の信託の受託状況の推移
(不動産)
0 1,000 2,000 3,000 4,000 5,000 6,000 7,000
H14/3 H15/3 H16/3 H17/3 H18/3 H19/3
(件)
0 50,000 100,000 150,000 200,000 250,000
(億円)
件数 残高
資料:信託統計便覧((社)信託協会)
図12.資産流動化信託の 年度別増減率の推移
-100%
0%
100%
200%
300%
H15 H16 H17 H18 増加数・前年比
増加額・前年比
また、昨今の金融行政当局の監督強化に伴い、信託の 引受けに当たっての審査が厳しくなり、比較的優良な不 動産でなければ受託に応じなくなってきていることも要 因として考えられる。優良物件であれば、それ以外の物 件に比べて高価額で規模の大きい物件が多くなり、結果 的に受託件数の減少ほどには受託資産価額が減少しない ことになる。
ちなみに、この小規模物件の減少、大規模物件へのシ
フトは、東京都心部の不動産証券化型信託においても観 察することができる。図13は、東京都港区における不 動産証券化型の信託物件に係る信託対象床面積別の設定 数の推移を示したものである。平成17年までは、小規 模物件の割合の増加傾向が続いてきていた。これは、都 心部での優良物件の不足、地価上昇に伴う取得コストの 増大、賃料上昇期待に伴う小規模物件の採算性向上期待 などによるものと考えられる。これが、平成18年にな ると小規模物件割合が減少に転じている。
図13.東京都港区における証券化不動産の規模内訳
(建物:信託対象部分)
7.8%
8.7%
10.4%
13.9%
10.5%
3.7%
10.9%
9.8%
12.0%
13.9%
19.1%
14.8%
12.5%
27.2%
25.6%
23.7%
27.2%
30.9%
26.6%
29.3%
18.4%
27.7%
27.2%
27.2%
17.2%
16.3%
14.4%
9.8%
6.2%
7.4%
25.0%
8.7%
19.2%
11.0%
9.9%
16.0%
0% 20% 40% 60% 80% 100%
H11・H12
H13・H14
H15
H16
H17
H18
(暦年) ~500㎡
~1000㎡
~2000㎡
~5000㎡
~10000㎡
10000㎡以上
注)各年に設定された不動産証券化型信託について、物件ごとの信託の対象となっている床面積で層 化分類し、各分類の物件数の割合を示したもの。したがって、土地のみの信託は含まない。
資料:図2に同じ 図11.資産流動化信託の年度別
増加件数・増加額の推移
0 500 1,000 1,500 2,000 2,500
H14 H15 H16 H17 H18
(件)
0 5,000 10,000 15,000 20,000 25,000 30,000 35,000 40,000 45,000
(億円)
件数・増加数 残高・増加額
図14-2. J-REITにおける各年別 純増物件数の推移
0 100 200 300 400 500
H13・H14 H15 H16 H17 H18 H19
不動産
不動産信託受益権
(5)J-REITの動向
それでは、わが国の不動産証券化市場の中核ともいえ る上場不動産投資法人(J-REIT)においては、信託及 び信託受益権はどのような動向にあるのだろうか。
図14-1は、特定資産の種類ごとの各年に新たに取得 した物件数から各年に譲渡した物件数を差し引いた額に ついて、それぞれの割合を示したものである。平成17年 までは実物不動産の割合が減少し、不動産信託受益権の 割合が増加する傾向が続いてきたが、平成18年に実物不 動産の割合が増加に転じ、平成19年上半期には実物不動
産の割合が2倍以上増加する一方、不動産信託受益権の 割合が2割半ば減少している。
各年の物件純増数でみても、平成18年になって信託受 益権の増加傾向がかなり鈍ってきている。なお、平成19 年の数字は8月末までのデータであるため、グラフ上で 信託受益権の純増数が大きく低下するのは当然である。
むしろ注目すべきなのは、実物不動産物件の純増数は、
8月末の段階ですでに前年の増加数を超えていることで ある。このペースでいけば、今年の実物不動産物件の純 増数は、昨年の2倍を超える可能性がある(図14-2)。
図14-1. J-REIT物件の各年増減分に占める不動産 及び不動産信託受益権の物件数割合の推移
58.3%
78.2% 83.2% 88.5%
83.1%
66.7%
41.0%
21.8% 16.8% 10.7% 16.1%
33.3%
0%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
70%
80%
90%
100%
H13・H14 H15 H16 H17 H18 H19
不動産
不動産信託受益権 その他
注)特定財産の種類別に各年内において取得した物件数から譲渡した物件数を差し引いた件数の割合。
不動産の中には、不動産信託受益権として取得すると同時に信託契約を解除して不動産として保有す るものを含む。
その他は、優先出資証券、匿名組合出資及び実物不動産と信託受益権との複合物件。
H19は、平成19年1月から8月31日までのデータ。
公開資料より作成
注)不動産及び不動産信託受益 権の各年内において取得した 物件数から譲渡した物件数を 差し引いた数。
不動産の中には、不動産信託 受益権として取得すると同時 に信託契約を解除して不動産 として保有するものを含む。
H19は、平成19年1月から 8月31日までのデータ。
公開資料より作成
図15-2. J-REITにおける各年別 取得価額純増分数の推移
0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600 1800
H13・H14 H15 H16 H17 H18 H19
(10億円)
不動産
不動産信託受益権
また、取得価額ベースでの不動産と不動産信託受益権 との割合の推移についてみると(図15-1)、物件数の推 移ほど明確ではないものの、平成19年に実物不動産の占 める割合が最も高くなっており、物件数の場合と同様の 傾向を示している。取得価額純増分をみても(図15-2)、 平成19年の不動産取得価額が8月までに平成15~17年 の通年分を超えており、実物不動産の増加傾向をみてと ることができる。
さらに、最近目立つのは、投資法人が信託受益権を取 得した上で、速やかに信託契約を解除し、実物不動産と して保有する事例が増えていることである。取得先がS PCの場合、不動産特定共同事業法との関連で実物不動産 としての保有は想定できないことから、当然投資法人は 不動産信託受益権の形で取得することになるが、投資法 人であれば同法の適用対象外となるため、実物不動産と しての保有も可能である。もちろん、信託銀行・信託会 注)特定財産の種類別に各年内において取得した物件の取得価額合計から譲渡した物件の取得価額合計を差し引いた
価額の割合。
不動産の中には、不動産信託受益権として取得すると同時に信託契約を解除して不動産として保有するものを含む。
その他は、優先出資証券、匿名組合出資及び実物不動産と信託受益権との複合物件。
H19は、平成19年1月から8月31日までのデータ。
公開資料より作成
図15-1. J-REIT物件の各年増減分に占める不動産 及び不動産信託受益権の取得価額割合の推移
67.5%
80.6%
66.0%
82.4% 78.4%
65.3%
32.1%
19.4%
34.0%
17.3% 20.9%
34.7%
0%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
70%
80%
90%
100%
H13・H14 H15 H16 H17 H18 H19
不動産
不動産信託受益権 その他
注)不動産及び不動産信託受益権の各 年内において取得した物件の取得価 額合計から譲渡した物件の譲渡価額 合計を差し引いた数。
不動産の中には、不動産信託受益 権として取得すると同時に信託契約 を解除して不動産として保有するも のを含む。
H19は、平成19年1月から8月3 1日までのデータ。
公開資料より作成
社からの不動産取得の際に流通税がかかることになるが、
J-REITの場合長期保有を前提とした取得が主であるこ とから、その後の信託報酬コストがなくなることを考慮 すれば、取得時の流通税コストはさほど問題にならない とも考えられる(3.(1)①参照)。
3.信託及び信託受益権活用の鈍化の要因・背景
以上みてきたように、不動産証券化市場における信託 及び信託受益権の活用が、以前に比べて鈍化してきてい る。そこで、次に信託及び信託受益権活用の鈍化の要因 や背景について触れることとする。
この問題を取り上げるに当たっては、信託に限らず不 動産証券化市場全般に関わる事項と信託及び信託受益権 特有の事項とを区別して考察する必要がある。すなわち、
不動産証券化市場自体の拡大が鈍化する要因があれば、
不動産証券化の主たるスキームである信託設定や信託受 益権取引の活用が鈍化するのは当然だからである。
図16は、国土交通省調査に基づきJ-REITの上場が開 始された平成13年度以降における不動産証券化実績(取 得価格ベース)の前年比の推移を示したものである。平 成15年度以降前年比プラスが続いているため、年度ごと
(=フローベース)での資産増減額は増加傾向にあるも のの、その勢いは明らかに低下していることがみてとれ る。
図16.不動産証券化全体の実績前年比
-10%
0%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
H13 H14 H15 H16 H17 H18
(年度)
もっとも、信託に関していえば、J-REITやTMKに おいて実物不動産の割合が上昇し、信託受益権の割合が 減少していること(図14、図9)、ストックベースでの
資産額は増加傾向になるものの年ごと(=フローベース)
での資産増減額は減少に転じていることがほぼ間違いな いこと(図4・5・11)からみて、信託設定や信託受益 権取引が不動産証券化市場の伸びの鈍化以上に減退しつ つあることがわかる。
そこで、以下では不動産証券化市場全般の伸びの鈍化 に係る要因と信託設定及び信託受益権取引の減少に係る 要因とに分けて考察していく。
(1)不動産証券化市場の伸びの鈍化要因
平成15年頃から急速な拡大を続けてきた不動産証券 化市場であるが、すでに述べたとおり昨年あたりからそ の伸びにかつてほどの勢いがなくなってきている。その 要因としては、次のような点が挙げられる。
① 物件の枯渇化
まず、不動産証券化の進展に伴い、証券化に見合うだ けの収益が期待できる物件が枯渇してきたことが挙げら れる。投資適格物件の不足は特に不動産証券化の主な舞 台である東京都心部において顕著であり、都心周辺・外 環部や近畿圏・中部圏、さらには地方政令都市へと目を 向ける動きが強まっている。ただ、大阪市、名古屋市、
福岡市などを除き、地方都市の物件は、賃料収入が相対 的に低く、空室リスクも高いため、一気に地方物件へシ フトする訳にもいかないであろう。
② 地価の上昇
最近の地価上昇は、物件取得コストの上昇を招き、新 たな物件が取得しにくくなっている。これは、物件取得 に当たってより多くの資金を工面する必要があるという こともあるが、たとえ十分な資金を調達可能であったと しても賃料の硬直性のゆえに初期投資が膨らむ分収益率 が低下せざるを得ず、そのことが投資戦略上物件取得の 決断に向けての隘路となることも意味している(この点 については、本節の最後で詳述する。)。
③ 物件獲得競争の激化
都心物件をはじめとする優良物件を取得しようとする 動きは、デベロッパーやマンション業者等の間で、かな り活発化しており、一部では過熱化の様相も呈している。
不動産ファンドが物件を取得しようとする場合も、不動 産ファンド間での競争のみならず当然これらデベロッパ ー等との獲得競争も強いられることになる。その際、投 資家との関係上確実な運用益が求められる国内の不動産 ファンドが、経営戦略の一つとしてハイリスク・ハイリ 資料:図1に同じ
ターン投資を選択する不動産会社や投資銀行、特に分譲 価格への転嫁が比較的容易なマンション業者に対抗する ことは容易ではなく、結果的に優良物件の取得が難しく なることとなる。
④ 一般企業の不動産保有指向の高まり
一般企業の不動産保有指向は、バブル崩壊後一貫して 減退してきたが、昨今の地価上昇等を背景にこれが反転、
高まりつつある(図17)。このため、従来潤沢に供給さ れてきた一般企業の保有物件が、財務体質の適正化に伴 う遊休資産の処分が一段落したことと相俟って不動産証 券化市場に供給されにくくなってきている。一般企業は 不動産証券化市場にとっての最大の物件供給源であり、
そこからの供給が細るということは不動産証券化市場の 拡大にとってかなりの足枷となることを意味している。
図17. 今後の土地所有の有利性についての企業意識
0 10 20 30 40 50 60 70
H5 H7 H9 H11 H13 H15 H17
(%)
今後所有が有利 今後借地・賃貸が有利
以上、不動産証券化市場拡大の鈍化要因として4項目 を挙げたが、これらの要因は相互に密接な関連を有して いる。
例えば、不動産保有指向の高まりは不動産市場に流入 する物件の減少という形で投資適格物件の枯渇の原因と なり、物件の枯渇は需給逼迫による物件獲得競争の激化 の要因となる。物件獲得競争が激化すれば当然地価の上 昇に結びつくことになる。地価の上昇は、不動産の資産 としての優位性を高めることから土地保有指向の高まり に結びつくとともに、取得コストの増大に伴う投資効率 の低下による投資適格物件の減少という形で物件の枯渇 の要因ともなる。
そして、地価上昇や不動産保有指向の高まりの背景に
は、景気回復に伴うオフィス・業務用施設への需要の増 大や保有資産縮減(オフバランス化)を通じての経営合 理化の必要性の低下、さらには大都市部への人口集中に 伴う都心等での住宅需要の拡大といった事情が存する。
一方、金利、為替相場といった基礎的経済要因の影響 も無視できない。まず、金利が上昇すれば、長期金利と 不動産利回りとのスプレッドが縮小し、不動産の利回り の持つ優位性が減退することになる。また、当然借入利 息も上昇することから、金利の低い状況下と比べれば同 じ借入コストで調達できる借入金の額が小さくなり(借 入率が同じであれば借入コストの割合が高くなる)、投資 総額が同じであればレバレッジ効果が低下することとな り、投資のうまみも減退することになる。ここ数年の間 は長期金利が低い一方、不動産は比較的順調な運用利回 りを継続してきたことから、長期金利と不動産利回りと の差が大きい状態が続いてきており、借入比率を高めれ ばかなり高い運用利回りを確保することが可能であった が(図18)、今後の金利上昇への警戒感から不動産投資 に消極的になることが考えられる。為替相場については、
最近の円高基調への変化に伴い円安時期に比べて海外資 金が入りにくくなってきている。そもそも金利上昇は円 高の大きな要因となることから、これらの事象は相乗的 に不動産証券化市場成長の鈍化要因として作用する可能 性が高い。
なお、地価上昇が不動産証券化における資産取得にと って大きな問題となるのは、単に取得コストの増大にと どまらない2つの側面があると考えられる。
第一に、賃料水準は不動産価格に比較して硬直的であ るため(例えば、平成7年から17年までの10年間に東 京圏商業地の地価は半分以下になっているにもかかわら ず、(別途建物価格分があるとはいうものの)オフィス賃 料は15%弱しか下落していない(図19)。)、地価上昇局 面においては不動産価格に見合うだけの賃料収入がすぐ に得られるとは限らないこと、すなわち、本来あるべき 水準より低い賃料収入しか得られず、結果的に少なくと も一時的には採算性(インカム収益率)が低下するおそ れがあることが考えられる。
資料:土地所有・利用状況に関する企業行動調査(国土交通省)
図19.東京圏における賃料及び地価の推移
(H7=100)
0 20 40 60 80 100 120
H7 H8 H9 H10 H11 H12 H13 H14 H15 H16 H17 H18 オフィス賃料
住宅賃料 地価(商業地)
地価(住宅地)
第二に、不動産ファンドが物件を取得する際は、投資 家(さらには金融当局)に対して合理的に説明可能な価 格、すなわち得られるはずの収益から割り出した金額(収 益還元価格)を取得価格として設定することになるが、
地価上昇時においては往々にして(DCF法をとるにせよ 直接還元法をとるにせよ)このような収益還元価格が実 際の市場価格に追いつかず、市場価格での物件取得が困
難となりやすいことが考えられる。
前者は実際の賃料が不動産価額に見合った賃料に比べ 低すぎることにより生じ、後者は市場価格が適正価格(収 益還元価格)に比べて高すぎることにより生じる。この うち、前者の賃料の硬直性については、不動産価格がバ ブル的なものでない限り、後追い的に適正な水準まで上 昇し、いずれ来るであろう地価下落局面では逆にその硬 注)賃料は各年9月末日、地価は翌年1月1日現在のデータ。
「東京圏」とは、首都圏整備法による既成市街地及び近郊整備地帯を含む市区町村の区域をいう。
建物価格が含まれていないため、実際の不動産価格の動きとずれが生じている可能性がある。
資料:全国賃料統計((財)日本不動産研究所)、平成19年地価公示(国土交通省)
注)長期金利(新発10年国債金利)は、各年度の月末利率平均。
インカム収益率は、東京8エリア(千代田区丸の内・神田、中央区日本橋・銀座、港区新橋・赤坂、新宿 区、渋谷区)の平均。
借入利息は、長期金利にリスクプレミアムとして1%を加えた割合。
資本的支出(長期営繕積立金等)などが含まれないため、実際の収益率はグラフよりやや低くなる可能性 がある。
資料:STIX(住信基礎研究所)、日本銀行HP
図18. エクイティ部分のインカム収益率の推移
0%
5%
10%
15%
20%
H6 H7 H8 H9 H10 H11 H12 H13 H14 H15 H16 H17 (年度)
LTV:0.3 LTV:0.6 LTV:0.8 長期金利 インカム収益率
直性のゆえに不動産価額に見合った賃料水準に比べ高す ぎる状態が一定期間生ずることから、長期的にみれば採 算が合うことが期待される。
ただ、後者についてはそもそもここでの「適正価格」
が本当にその時点での適正価格といえるのか疑問が残る。
収益還元価格は現在までの賃料実績をベースにして算出 せざるを得ないことから、NOIを多少高めに設定する等 地価上昇傾向を勘案するにしても、昨今のような地価上 昇局面においては市場価格に対する遅行性をぬぐい去る ことはおそらく困難である。したがって、取得価格を旧 来の収益還元価格に拘束することは、適正かつ機動的な 資産取得の障壁になりかねず、より多くの要因に配慮し た柔軟な価格設定手法の創出が今後の不動産証券化にと って重要であると考えられる。
ちなみに、前者の実際の賃料と本来あるべき賃料との 乖離については、開発型物件等新築物件では既存の借主 がいないことから問題にならないのではないかとの指摘 もあり得るが、新築物件の成約賃料は当該不動産の適正 価格よりも他の不動産の賃料に影響されることが予想さ れ(そうでなければテナントが他の物件へ逃げてしま う。)、新築であることによる若干の上乗せはあるにせよ、
新築物件であっても賃料の硬直性の影響を受けることは 避けられないものと考えられる。デベロッパー等が成約 賃料に係る情報の開示に消極的なのには、情報の囲い込 みによる利潤の最大化という側面のほかに、新築物件や 大規模改築物件でありながら賃料の硬直性の影響を受け ることをできる限り回避するという意図があるのではな いか。
(2) 信託設定及び信託受益権取引特有の鈍化要因 不動産証券化市場の伸びが一時期ほどではなくなって きた一方で、すでに述べたとおり不動産証券化における 信託設定及び信託受益権取引の比重自体が低下している ことも確かである。この信託設定及び信託受益権取引の 比重低下の要因としては、次のような事項が考えられる。
① 信託報酬等信託に係るコストの上昇
まず、信託報酬に代表される信託に係るコストの上昇 が考えられる。不動産証券化を目的とした信託における 信託報酬額がどのような増減で推移してきているかにつ いては、明確なデータは見当たらない。アセットマネジ メント会社等においても、信託報酬の上昇を指摘する事 業者が存する一方で、従前と特段の変化はないとの声も あり、あまり断定的なことはいえない。ただ、平成16年 の信託業法改正により、信託業務の一部を外部委託する
際における信託会社の責任が厳格化され、これへの対応 が信託会社側のコスト増を招いていることは、信託銀行 関係者のほぼ一致した見解のようである。そもそも信託 銀行の合併等により国内で不動産信託を取り扱える事業 者の数が減少してきた上に、不動産証券化市場が急拡大 して、不動産信託に係る業務がかなりタイトになってき ていた。さらに、信託業法改正前に期待されていた不動 産信託専業の新たな信託会社の設立もほとんどなされて おらず、引き受け手不足に起因する信託報酬の上昇が生 じやすい状況にあったことは確かである。
特にJ-REITをはじめとする長期保有型のファンドに おいては、定期的に支払わなければならない信託報酬に 係る費用は、中長期的にみれば流通税の負担と比べて必 ずしもコストパフォーマンスに優れているとはいえなく なってきていると考えられる。
② 信託関連手続の厳格化
金融当局による信託会社に対する監督の強化、①でも 触れた信託業法改正による信託会社の責任の厳格化に伴 い、信託会社側の信託受託や信託受益権売買に当たって の審査も厳しくなったことが挙げられる。これにより受 託を拒まれる事例が増加したほか、受託や受益権取引に 至るまでの手続がより煩雑となり、時間も要するように なったといわれている。
手続の煩雑化や長期化は、市場での機動的売買の支障 になりかねないため、不動産証券化において信託活用を 回避する要因となる可能性がある。ましてや、信託受託 に当たっての審査のハードルが高くなり、引受けを拒ま れる事例が増加すれば、必然的に信託活用事例が減少す ることになる。
③ 金融商品取引法施行に向けての警戒感
金融商品取引法施行に伴う規制強化の内容については、
次章において触れるが、信託受益権が金融商品に加えら れたことにより信託受益権に係る取引の代理や媒介が金 融商品取引業として金融商品取引法の規制下に置かれる。
同様に自己募集が金融商品取引業に加えられたことによ ってSPCによる自己募集が困難となりアセットマネジ メント業者による金融商品取引業登録が必須となってア セットマネジメント業者が金融商品取引業の規制下に置 かれる。
現在のところ、金融商品取引法がどのように運用され るかは不明な点も多いことから、その規制に対する警戒 感が強く、勢い金融商品である信託受益権の取引を躊躇 する傾向が生じていることも予想される。
4.今後の不動産証券化市場における信託活用に向けて の展望
最後に、今後の不動産証券化市場において信託がどの 程度活用されていくのかについて、これから予想される 新たな要因に焦点を当てつつ、プラスの側面とマイナス の側面とに分けておおまかに触れていくこととする。
(1) 今後の信託活用に当たっての消極的要因
① 金融法制上の規制強化
平成18年6月に証券取引法が全面改正され、新たに金 融商品取引法が制定された(平成19年9月30日施行)。 この金融商品取引法の制定により、信託を用いた不動産 証券化手法、特にGK(YK)-TKスキームに対する規制 が強化された。
まず、信託受益権が新たに集団投資スキームに係る権 利の一つとしてみなされ有価証券として位置づけられた ことが挙げられる。ただ、GK(YK)-TKスキームにお いては、出資はすべて匿名組合契約の形で行われ、信託 受益権自体を分割・証券化することは行われていない。
匿名組合出資持分については、すでに平成16年の証券取 引法改正において有価証券に組み入れられていることか ら、少なくとも出資募集段階で信託受益権の有価証券へ の組み入れにより新たな影響を受けることはない。ただ、
信託受益権の取得・管理・売却に係る業務については、
金融商品取引業に該当することとなり(これに併せて信 託業法上の信託受益権販売業に係る条項は廃止される。)、 アセットマネジメント業者は、内閣総理大臣への登録が 必要となり、金融当局の監督が及ぶこととなる。
また、証券取引法においては、集団投資スキームに係 る権利を発行者が自ら販売・勧誘する行為(自己募集)
は規制の対象外であり、GK(YK)-TKスキームにおけ る出資の募集はSPCによる自己募集の形をとっていた が、金融商品取引法においては、自己募集であっても金 融商品取引業に該当し、金融商品取引業の登録を要する こととなった。
SPCは、単なるビークルであり、金融商品取引業者と しての要件を満たすことは困難である。したがって、改 正法施行後は金融商品取引業の登録を有するアセットマ ネジメント業者等に募集の取扱いを委託するよりほかな いことになる。逆にいえば、従前はSPCによる自己募集 の形をとることにより、アセットマネジメント業者が匿 名組合出資に係る証取法の規制を免れていたが、今後は
金融商品取引業の登録を取得することが必須となる。(な お、適格機関投資家等特例業務として位置づけることが 可能な場合については、事前の届出によりSPC自らが行 うことも可能である。ただし、発行体SPCと借入人SP Cとが異なる場合には、より複雑な規制に服することに なるが、その詳細は割愛する。)
これらの制度改正は、不動産投資ファンドの透明性を 高めるとともに、利用者保護に資することは確かである。
ただ、手続的コストが増大することは間違いなく、金融 商品取引業登録に当たっての審査や金融当局の監督の程 度によっては、不動産信託受益権の金融商品としての収 益性に悪影響を及ぼし、機関投資家等の投資対象が実物 不動産や他の金融商品へシフトする要因となり得る。
② 有限会社制度の廃止と有限責任中間法人制度の廃 止
平成18年5月の会社法施行により、有限会社制度が廃 止され、従前の有限会社は特例有限会社として原則とし て株式会社に係る規定の適用を受けることとなった。同 法施行前までSPCの事業体としてもっぱら用いられて きた有限会社を新たに設立することは制度上不可能とな った。もっとも、有限会社に代わって同法により新たに 創設された合同会社に今のところ順調に引き継がれてい るようである。
また、平成20年には、一般社団法人及び一般財団法人 に関する法律の施行に伴い、有限責任中間法人制度が廃 止され、既存の有限責任中間法人は一般社団法人へ移行 することとなる。有限責任中間法人は、融資や出資のビ ークルとなるSPCの唯一の社員(議決権者)としてのS PCの事業体として活用されてきたが、同法施行後は有限 責任中間法人を用いることができず、GK(YK)-TKス キーム設計に支障を来す懸念が残る。かつてさかんに用 いられていたケイマンSPCを再度活用することも考え られるが、法令の文言をみる限り一般社団法人において も倒産隔離の確保は可能であり、特に手続的隘路も見当 たらないことから、合同会社の場合同様に新たな事業体 へ移行するものと考えられる。
③ 税制上の取扱い
平成18年の信託法全面改正に伴い、信託関連税制も大 きく改正された。その多くは信託法改正に伴い創設され た新たな信託類型を念頭に置いたものであり、従来型の 不動産証券化スキームに悪影響を及ぼす改正は特に含ま れていないと考えられる。平成19年から任意組合、匿名 組合等に適用されてきた損金算入制限措置が信託につい
ても適用されるようになり、信託財産簿価(を基準に算 出した額)を超える欠損額については損金算入が認めら れないこととなったが、不動産の場合建物の瑕疵により 第三者に多大な損害を与えたというような場合でも想定 しない限り、信託財産簿価を超える損失は生じないため、
それほど問題はないのではないか。むしろ、今回導入さ れた新たな信託類型の活用に向けて税制上障害となる要 素がないかどうかについての検討が重要であろう。
④ 会計上の取扱い
平成18年9月に投資事業組合の連結上の取扱いが明 確化された(企業会計基準委員会 実務対応報告第20号
「投資事業組合に対する支配力基準及び影響力基準の適 用に関する実務上の取扱い」)。これによると、当該投資 事業組合の業務の執行を決定することができる場合は連 結対象とする旨定められている。ここでの投資事業組合 には匿名組合も含まれていることから、オリジネーター やアセットマネジメント会社(子会社も含む。)が匿名組 合の営業者たる地位にある場合は、オリジネーターやア セットマネジメント会社は(自らは一切出資していなか ったとしても)その匿名組合を連結対象に組み入れなけ ればならないことになる。
すでに不動産ファンド運用会社の決算に大きな影響が 出ており、総資産が26倍に膨れあがった会社がある一方 で、出資金をすべて償還して金融機関からの借入に振り 替えた会社もあったようである。融資にせよ出資にせよ ファンドを組む以上は信託が活用される場合が多いとは 考えられるものの、今後運用会社の業務実態がわかりに くくなることを嫌う運用会社や投資家がファンド組成や 出資に対して慎重になる可能性も残る。
(2) 今後の信託活用に向けての積極的要因
① 信託業法上の規制の緩和
平成16年の信託業法改正による信託業務の再委託に 係る受託責任の厳格化(3.(2)②参照)は、平成18年の 信託法全面改正に伴う信託業法改正により、かなり緩和 された。すなわち、信託財産の保存行為に係る業務の再 委託等委託先が受託者と同様の機能を果たしているとは いえない場合は委託先を受託責任の対象から除外し、再 委託先が信託行為や委託者・受益者からの指名に基づく 場合等については、再委託に係る受託者の賠償責任を否 定した。
信託不動産の管理・運用業務は、オリジネーターであ
る委託者や受益者から一任されたアセットマネジメント 会社の指示により、受託者からプロパティマネジメント 会社等に委託されている場合が多い。この法改正により 受託者が過重な負担を負うことがなくなり、信託会社の 作業コストが減少し、信託業務の円滑化が進むものと考 えられる。
② プロ向け投資に対する金融法制上の規制の柔軟化 金融商品取引法においては、一般投資家向け規制がそ のまま機関投資家等プロ投資家のみを対象としたスキー ムにまで及ぶとなると、機関投資家の投資意欲やファン ドマネジメント会社のファンド組成意欲に悪影響を及ぼ すおそれがあることから、プロ向け投資については私募 要件の緩和、適格機関投資家等特例業務制度の創設等規 制を柔軟化している。
ただ、従来の不動産投資ファンドの場合、SPCの自己 募集の形をとることにより、金融法制上の規制を回避し てきたのが実態であり、これらの規制の柔軟化は今後の 不動産証券化において有益ではあるものの、以前より不 動産証券化や信託活用が促進される要因とまではいえな いであろう。
③ 新たな信託類型の創設
平成18年の信託法全面改正により、自己信託、目的信 託、限定責任信託等、従来認められていなかった、ない し法的位置づけが不明確であった信託類型が、明文で認 められることとなった。これら新たな信託類型は、工夫 次第では不動産証券化の有力なスキームになり得るもの と考える。
例えば、自己信託(信託宣言)により、オリジネータ ー(その子会社を含む)自らが委託者兼受託者となるこ とにより、信託銀行等を介在させることなく証券化を実 現する途が開かれた。目的信託については、SPCの資本 金を信託会社を通じて慈善信託とすることにより、中間 法人やケイマンSPCの設立を不要とすることが考えら れる。限定責任信託においては、受託者責任を有限責任 とすることにより信託を物的会社と同様の性格を有する ビークルとして位置づけ、SPC設立を不要とすることが 想定される。
もちろん、新たな信託類型の活用に当たっては、信託 業法等の規制や税制面での取扱いなどに配慮しつつスキ ーム設計を検討する必要がある。詳細には触れないが、
上で例示した新たな信託類型については実際の活用に当 たって様々な課題が存在することから、不動産証券化あ るいはそこでの信託活用を急速に促す要因とまではいえ
ないかもしれない。ただ、これらの信託類型は、不動産 証券化においてよりシンプルで使いやすく、効率的な仕 組みを設計する上で、有益なものと考える。
■おわりに
このところ、米国サブプライムローン問題に端を発し て、証券市場全体に信用収縮の傾向がみられる。これが、
金融市場への資金流入規模の縮小と相俟って、流動性の 乏しい資産を証券化という手法の活用により流動性を付 加して投資家や金融機関からの資金流入を図ること自体 へのリスク意識の高まりを助長すれば、不動産証券化市 場の沈滞に結びつきかねない。しかし、投資法人にせよ GK(YK)-TKスキームにせよ、特定の不動産からの 収益をベースにした金融商品であり、そのリスクの高低 は別にして、RMBSやCDOに比べればその実態がはる かにわかりやすい。制度的にRMBS等の有価証券保有が 認められていない訳ではないが、国内の不動産ファンド は事実上不動産賃貸収入と売却益にもっぱら依存してお り、金融商品の中でもそれ自身の不透明性に起因した信 用不安は起こりにくいと考えられる。
事実、海外からの東京都心等の不動産への投資が依然 継続しているのは、不動産証券化がCDO等証券化商品に 比べてはるかにその実体がわかりやすいことにもあるの ではないか。したがって、今回の信用収縮は、対応によ っては複雑な金融商品から不動産証券化市場へ資金をシ フトさせる機会にもなり得ると考えられる。よくわが国 の不動産投資市場は透明性に欠けるとの議論があるが、
投資家一般、市場関係者一般あるいは行政からわかりや すいかどうかということと実際の取引当事者からわかり やすいかどうかということとは別である。後者の点にお いては、ERや不動産鑑定等の対応が可能であり、法的手 続等も安定しているわが国不動産投資市場はけっして問 題が多いわけではない。すでに記したとおり、信託にも 今後様々なバリエーションが想定されることから、設計 上の工夫によっては、信託の活用を不動産証券化市場の 拡大にさらに活用していくことも可能と考える。