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広島平和記念資料館の記憶

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広島平和記念資料館の記憶

著者 越智 啓太

雑誌名 東京家政大学博物館紀要

巻 10

ページ 89‑99

発行年 2005

出版者 東京家政大学博物館

URL http://id.nii.ac.jp/1653/00010265/

(2)

広島平和記念資料館の記憶

越智 啓太

AStudy on the memory of visiting the Hiroshima Peace Memorial Museum

Keita OCHI

1,問題

 博物館の展示の効率的な配置や教育効果を上げるためのプレゼンテーション手法を探求する たあの実験展示学的な研究が、近年、日本でも行われるようになってきた。これらの研究は、

「来館者研究」と呼ばれる分野であり、建築学やマーケティングの分野と博物館学の学際的な 研究分野である。これらの研究で用いられている方法論は、来館者の行動観察や出口でのアン ケートの分析であることが多い(浅沼,1984;石黒・岩館・児玉,2002;草刈・石川・里見・

安井,1986;諸岡,1998;坪山・佐藤1995)。これらの方法に加えて、現在、あまり行われて いないが、来館の一定期間後に、どのような展示物を記憶しているのか、にっいて調査すると いう方法も有効であると思われる。従来行われてきたアンケート調査でも、「印象に残った展 示物」を出口調査で回答させることは可能であるが、博物館の教育効果の測定ということを考

えると、来館直後のアンケートよりは、一定期間経過後の調査のほうが有効であると思われる。

これに関連した研究としては、サンフランシスコの科学博物館であるExploratoriumの来館 者を対象にして行われたLoftus, Levidow&Duensing(1992)の研究があげられるが、これ は、記憶テストのたあに用意された展示(短い映画のクリップ)の記憶をテストした研究であ

り、展示物全体を対象としたものではない。

 一方心理学の立場からみても、博物館を訪問する人々が、どの展示を記憶しており、どの展 示を記憶していないのか、ということは興味深い研究課題である。近年、いわゆる、日常記憶 研究が、盛んに行われるようになってきている(Neisser,1978)。これは、実験室場面で単語 を記憶させ、その再生や再認を確認するという伝統的な記憶研究では、日常生活場面の人間の 記憶行動を明らかにするのは難しいのではないかという認識の元で、我々が日々遭遇するさま ざまな場面での記憶を検討してみようというものである。博物館におけるさまざまな展示物と の遭遇と、その記憶の関係を調べることによって、我々の日常的な記憶の営みにっいて検討す

ることができると考えられる。

 そこで、本研究では、博物館の展示の記憶について、検討してみることにした。今回、とり あげる対象の博物館は、広島平和記念資料館である。広島平和記念資料館はいうまでもなく、

犯罪心理研究室

(3)

広島への原爆投下とその影響について、数多くの資料を展示する博物館であり、平和・反戦教 育に大きな役割を担っているきわめて重要な施設である。そのために、この施設を訪問する多 くの人々に、原爆被害の悲惨さを伝え、反戦への意志を形成するためには、どのようにすれば よいのかを考えていくことは、意義あることである。さて、今回の調査では、広島平和記念資 料館の展示の記憶を調査することによって以下のような点にっいて検討してみたいと思う。ま ず、第1は、訪問時期が最近であるほど、より多くの展示を記憶しているか、という問題であ る。実験室的な記憶研究では、記銘時からテスト時までの遅延時間により、忘却が急激に進行 するということが知られている。しかし、日常記憶場面においては、このような忘却現象は見 られる場合もあるが、見られない場合もある。とくに、広島平和記念資料館の展示のような平 和・反戦教育に重要な役割を担う施設では、できるだけ長くその経験を記憶しておいてもらう ことが必要であると思われる。そこで、ここでの体験がどのような忘却パタンを示すのかを明 らかにすることが必要である。第2に、記憶される展示物と記憶されない展示物には、どのよ うなものがあり、なにが、これらの違いを作るのかという問題である。この結果は、より効果 的で心に残る展示を作っていくための基礎的なデータとして使用できると思われる。第3に、

展示から受けた衝撃が大きいほど、記憶されている情報が多いかという問題である。情動喚起

(っまり衝撃)と記憶の問題は心理学研究の中でも重要な研究テーマであり、現在でもわかっ

ていないことが多い問題でもある(Stein, Ornstein, Tversky&Brainerd,1997)。情動喚起

は記憶を促進するという研究がある一方で、それを阻害するという研究もあり結果が一貫して いないのだ(Christianson&Safer,1996;越智,1998)。広島平和記念資料館のような、一種 の衝撃的な展示物に関する記憶を調査することにより、情動喚起記憶促進説と抑制説のどちら が正しいのかにっいてのひとっのデータが得られる可能性がある。第4に、リハーサルと記憶 の関連である。リハーサルとは、そこでの出来事を、心的に反復することをさす。ここでは、

訪問体験をあとで想起する経験がそれにあたる。もちろん、このような事後での想起が多けれ ば多いほど、その記憶が長期間保持されていることが考えられる。リハーサルの回数と記憶の 関係にっいては、実験室研究では、比較的容易に見られるのであるが、とくに日常記憶場面に おいては、情動喚起や態度との関連もあり、一概に結論を出すことができないということも指 摘されている。そこで、今回もこれらの関係にっいて検討してみたい。第5に、反戦的な態度 を持っている人のほうがより多くの展示物を記憶しているのか、という問題である。心理学に おいては、自分の態度に一致する経験と自分の態度と矛盾する経験では前者のほうがより記憶 に残りやすいということが知られている。われわれの記憶システムの中では、スキーマと呼ば れる既有の知識構造が重要な役割を果たしており、新しい情報を記銘する場合、このようなス キーマに関連づけて記憶が行われる(Marcus,1977)。態度も、一種のスキーマとして働くた

め、それと合致している経験はより記銘されるのではないかと考えられる(Goethals&

Reckman,1973;Swann&Read,1981)。このように考えると、反戦的な態度を持っている人

は、反戦に直接関連する情報である原爆の被害に関する情報をより記憶している可能性がある。

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この、いわゆる、態度一致効果は、実験室での人工的な実験場面ではよく検討されているが、

日常場面の記憶との関連で検討されることは少ない。そこで、今回は、日常的な場面において もこのような効果がみられるのか否かを検討してみたい。最後に、平和記念資料館を訪れるこ とが、訪問者にどのような影響を与えるのかにっいて検討する。訪問によって、反戦的な態度 が形成されるのか、また、より反戦運動にコミットするようになるのか、または、このような

効果は直接的には現れないのか、などの問題である。

2,方法

被験者:東京家政大学の女子200名、このうち、未回答項目のあった1名を除外し、199名のデー

タを分析に使用した。

材料:被験者に無記名方式の質問紙を配布し、回答させた。質問紙は、3っの部分からなる。

第1の部分は、広島平和記念資料館に関する経験を問うもので、訪れたことがあるか否か、い っ訪れたのか、どのような経緯で訪れたのかを調査するほか、展示を見ての衝撃度、心を動か された程度、リハーサルの頻度を4段階で評定するものであった。第2の部分は広島平和記念 資料館の展示物のうち、18種類の展示物にっいて、記憶しているか否かを問うものであった。

記憶の程度は、「はっきりと覚えている」、「なんとなく覚えている」、「覚えていない」の3段

階で評定させた。調査した展示物は、(1)広島市内と原爆の爆発地点を示す町の模型(ジオ

ラマ)、(2)原爆の投下時間で止まった時計、(3)子供を抱いたまま黒こげになった死体の 絵、(4)人影の石(人が座っていたところだけが影のようになった銀行の石段)、(5)窓ガ

ラスが突き刺さった壁、(6)山形に持ち上がったレンガ塀、(7)ゆがんだ鉄扉、(8)白壁 に残った黒い雨の痕、(9)火傷して畳の上にあおむけに倒れている女子学生の写真、(10)ケ

ロイドの皮膚の標本、(11)死の斑点がでた兵士の写真、(12)サダコ(佐々木禎子さん)の千 羽鶴、(13)中学生の学生服、帽子などの遺品、(14)広島の各地でとられた原爆のキノコ雲の 写真、(15)原爆投下後の町を歩くけがをした親子の模型、(16)熱線で皮膚に着物の柄が焼き 付いた女性の写真、(17)溶けた仏像、(18)熱線で全身火傷をしたうつぶせの男性の写真(腹

巻きの部分のみ火傷していない)、である。また、これ以外に記憶している展示物があった場 合に自由記述させた。第3の部分は反戦的な態度を測定するものである。この研究に利用でき

るような反戦的態度尺度は、現在開発されていないので、本実験で開発することにし、反戦的 な態度を測定すると思われる14個の項目をあげ、それらにっいて、よくあてはまるから全くあ てはまらないまで、5段階で評定させた。具体的な項目としては「国際紛争の解決のために武

力を行使するのには反対である」、「状況によっては最低限の武力行使は必要な場合もある」、

「反戦のための署名活動なら協力しても良い(したことがある)」などである。

手続き:調査は、大学の講義中に集団で行われた。所要時間は、3〜10分程度であった。なお、

被験者には、この調査が広島平和記念館に関する記憶、反戦に対する態度等を測定するもので あることを説明し、答えたくない問題には回答しなくてよいこと、回答は全体的な傾向にっい

(5)

て調査するものであり、個人個人のデータにっいて検討するものではないこと、をあらかじめ 教示するとともに、これらの点にっいて、質問紙の最初のページ上部に記載した。実際には、

質問項目の一部に未回答なものがあったものが1名いた。その1名にっいては、分析から除外

した。

3,結果と考察

訪問率・訪問の時期と経緯

 199名の被験者の中で、広島平和記念資料館を訪れたことがあると回答したのは83名であり、

全体の41.7%であった。訪問時期と経緯にっいてまとめた表を表1にあげる。訪れたものにっ いてみれば、少なくともこの集団の中では、「高校の時、修学旅行で」訪れたというパタンが 典型的であった。本研究の被験者は、比較的、標準的な大学生女子の集団であると思われるの で、大学生の女子における広島平和記念博物館初体験がこの形であると推論しても大きな誤り

ではないだろう。以下、訪問者のデータにっいて分析を加える。

      表1 広島平和記念資料館の訪問機会と訪問時期

修学旅行  その他の学校行事  家族旅行

 70       0        4

友人との旅行 一人旅 その他

5 0

4

小学生以下 中学生 高校生 大学

6 5

65

7

展示物による記憶の違い

 展示物の記憶については、「よく覚えている」と「なんとなく覚えている」、「覚えていない」

の3段階で評定させた。集計に当たっては、「よく覚えている」と評定した場合と「なんとな

く覚えている」と評定した場合を込みして、「記憶している」として採点した場合と、「よく覚

えている」とした場合のみを「記憶している」として採点した場合の結果をともに示すことに する。便宜上、前者の場合を「緩やかな基準」、後者の場合を「厳しい基準」と呼ぶことにす る(Winograd&Killinger,1983)。まず。被験者に評定させだ18個の展示物について、訪問 者の中でこれら展示物を記憶していると評定した率にっいて集計を行った。この結果を表2に

示す。

 質問した展示物に関しては緩やかな基準で、平均66%、厳しい基準で平均34%の訪問者が記

憶していた。多くの被験者が記憶していた展示物は、中学生の遺品の学生服、サダコの千羽鶴、

キノコ雲の写真、人影の石、止まった時計などであり、逆に記憶している人が少ない展示物は、

山形に持ちあがったレンガ塀、歪んだ鉄扉、全身火傷の男性、溶けた仏像などであった。また、

自由記述欄では、黒こげの弁当箱、変形した爪、指、証言ビデオなどがあげられた。

 これらの結果を見てみると、記憶成績と内容、展示場所、順路のどの位置に展示されている か、などの間には明確な関係はないように思われる。また、内容に関しても、とりわけよく記

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憶されているカテゴリーは明確にならなかった(たとえば、人物写真は記憶されやすい、など

の傾向は存在しなかった)。ただ、「サダコの千羽鶴」などの比較的大きな展示スペース(関連

書籍の販売も含む)があるものは、一般的には、より記憶されやすい傾向にあった。しかし、

「山形に持ち上がったレンガ塀」や「歪んだ鉄扉」などの大きな展示物の記憶が良いわけでは ないことから、一概に展示面積と記憶に関係があるとはいえない。このあとの節で、展示物の 記憶には、「こころを動かされる」という主観的な体験が重要であることを述べる。ある訪問 者がある展示物に心を動かされれば、そのものにっいての記憶は忘却されにくくなると考えら

れるが、「こころ動かされる」という体験は、個人個人の体験や、考えに影響されると考えられ るため、記憶に残りやすい展示が個人ごとに異なり、一般的な傾向が見えないのだと思われる。

 ただし、本実験では、展示物を言葉で提示しているために、実際には、その展示を記憶して いても、質問紙で、指している展示物が自分の記憶しているものか否かが判断できなかったり 対応がっかなかったケースも存在すると思われる。とくに、火傷をした人物にっいては、言語

的に表現が困難であり、このような食い違いが生じている可能性がある。

       表2 展示物の種類と記憶率

広島市内と原爆の爆発地点を示す模型

原爆の投下時間で止まった時計

子供を抱いたまま黒こげになった死体の絵

人影の石

窓ガラスが突き刺さった壁 山形に持ち上がったレンガ塀 歪んだ鉄扉

白壁に残った黒い雨

火傷して畳に倒れている女子学生の写真

緩やかな基準厳しい基準

0.79 0.90 0.71 0.90 0.61 0.35 0.52 0.72 0,36

0.26 0.42 0.35 0.65 0.29 0.14 0.20 0.33 0.17

緩やかな基準

厳しい基準

ケロイドの皮膚の標本 0.83 0.46

死の斑点のでた兵士の写真 0.41 0.16

サダコの千羽鶴 0.90 0.67

中学生の学生服などの遺品 0.95 0.48

広島の各地でとられたキノコ雲の写真

0.93 0.67

原爆投下後の町を歩く人の模型 0.56 0.24

熱線で皮膚に着物の柄の焼き付いた女性の写真 0.66 0.33

溶けた仏像 0.41 0.12

全身火傷をしたうっぶせの男性 0.28 0.10

訪問時期と記憶の関係

 平和記念資料館を訪問したことがある被験者について、訪問時期が小学生の場合、中学生の 場合、高校生の場合、大学に入ってからの場合にわけ、質問紙にあげた18個の展示物のうち、

いくっについて記憶していると評定したかにっいて分析を行った。緩やかな基準と厳しい基準 ごとに集計した結果を図1にあげた。これは、いわゆる忘却曲線である。この結果について一

元配置分散分析を行った結果、緩やかな基準(F(3,79)一.308,n.s)、厳しい基準(F(3,79)

=0.61,n.s.)ともに、訪問時期の主効果に有意差は存在しなかった。っまり、来館時期によっ

て記憶している展示物の数に差は存在しなかった。この結果より、広島平和記念博物館の展示 については、時間がたつに従って、展示にっいての記憶が忘れ去られていく、とはいえないこ とが示された。この結果は一見、意外ではあるが、日常記憶経験、特に情動を喚起するような 体験や、特殊な体験では、しばしば見られる現象である(越智・相良,2002)。資料館の記憶 が忘却されなかったのは、その体験が情動的なものであったのか、それとも特殊な体験であっ

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たからなのかにっいては、次の衝撃度に関する評定値の分析の部分で検討してみることにする。

 ただ、留意しなければならないには、本研究の被験者は、20歳前後であり、小学生のときに 訪問したという被験者でも、遅延期間は10数年前に過ぎないという点である。そのため、本研

究の結果からいえるのは、10年程度のスパンでは、あまり忘却しないということまでであろう。

この結果が他の博物館やアミューズメント施設にも同様に適用可能であるか否かは、本研究か らは明らかでない。この点にっいては、他の施設にっいても同様な研究を行い、比較していく

ことが必要であろう。

       18

15

12

 0り    60

︵駆︶癒暇曝埋麗載

3

0

   。ψ■り  o      qb ●麟       簡ρ       り

顧■  ■

→一厳しい基準・■一緩やかな基準

小学生以下

中学生 高校生 大学

図1 訪問時期と記憶の関係

衝撃度(ショック、心を動かされた程度)と記憶の関係

 広島平和記念資料館の展示は、原爆の被害をありのままにとらえていて、ある意味でショッ キングである。では、訪問者が感じたショックの度合いと、展示物の記憶との関係はどのよう になっているのだろうか。ショックの度合いの評定値ごとに、記憶している展示物の数に差が あるかを示したのが、図2である。この結果にっいて、一元配置分散分析で検討したところ、

緩やかな基準の場合(F(3,79)=2.10,ns)、厳しい基準(F(3,79)=2.45, n.s,ただし、 p<.1.)

であり、ともに有意差は存在しなかった。っまり、展示がショッキングに感じられることと、

記憶との関係は認められなかった。

 引き続いて、「展示を見て心が動かされた度合い」の評定値と、記憶との関係にっいて検討

した。この集計結果を図3にあげる。その結果、緩やかな基準の場合には、5%水準で

(F(2,80)=4.48,p<.05)、厳しい基準の場合には、1%水準で有意差が認められた(F(2,79)

=5.86,p<.01)、 Bonferroni法で多重比較を行ったところ、「非常に動かされた」という群の被

験者が、「動かされた」、「とくに動かされなかった」と回答した群に比べて有意に多くの項目

(8)

18

15

︵廻︶

12

9

6

輔脂曝埋田興

3

0

ii

■働 。■

  

f

φ      ■ネ      ●

@簡■.

1⁝

■ ii⁝ ⁝i

→一厳しい基準

・■・緩やかな基準

1         2         3         4  ショック評定値(数字が大きいほどショックが大きい)

図2 ショックの大きさと記憶の関係

18

15

ハ∠      0σ     00

︵犀︶蝋照曜埋麗軒

3

0

/⁝⁝

  o @φ

1  i

       φ

。一一幽・・一■φ ii i⁝ ii⁝i

一←一厳しい基準

。■■緩やかな基準

2       3       4 心を動かされた程度(数字が大きいほど程度大)

図3 心を動かされた程度と記憶の関係

を記憶していることが示された。なお、ショック評定と心を動かされた評定は、r=.645

(pぐ01)で高い相関を示していたので、心が動かされた程度をパーシャルアウトして、ショッ

クと展示物の記憶数の偏相関係数を算出したところ、緩やかな基準で、r−.061(n.s.)、厳しい

基準で、r=.050(n.s.)と相関が全く存在しなかった。一方で、ショック評定の値をパーシャル

アウトして、こころを動かされた程度と記憶数の偏相関係数を算出したところ、緩やかな基準

(9)

で、r=.264(p<.05)、厳しい基準で、 r−.216(p=.05)となった。この分析からも、ショックより

も心が動かされた程度の評定が展示物の記憶と関係していることが示された。これらの結果は、

展示がよく記憶されるためには、単純にショックを感じるだけではなく、「こころを動かす」

というより認知的な処理が必要であることを示している。この認知的処理は具体的にどのよう な操作なのかにっいては、今後、検討することが必要であろう。なお、前節の考察で、資料館 での記憶が忘却されにくいということをあげたが、その原因は、この体験が、多くの訪問者の

「こころを動かす」ためであると思われる。逆に、ある施設を訪問してもこころが動かされる

という主観的な感情が生じなければ、記憶は残りにくいということが予測される。

リハーサルと記憶の関係

 自己評定したリハーサルの頻度と、記憶との関係にっいて検討した。集計結果を、図4に示

す。緩やかな基準の場合(F(3,79)=5.22,p<.01)、厳しい基準(F(3,79)=6.80, p<.01)ともに

1%水準で有意な差が認められた。多重比較を行ったところ、緩やかな基準の場合には、「(日

常場面で話題にしたことや想起したことが)まったくない」群が他の群に比べて有意に記憶し

ていなかった。厳しい基準の場合には「まったくない」群の成績と「よくある」、「何回かある」

群の成績の間に有意な差が存在した。リハーサル頻度と記憶の関係は常識的なものである。

 ただ、この結果の解釈で気をっけなければならないのは、被験者によるリハーサル頻度の推 定のプロセスの問題である。被験者は、リハーサル頻度を推定するに当たって、自分の記憶が

鮮明か否かを基準にして、自分のリハーサルの頻度を推定している可能性がある。そうすると、

ここでの解釈と因果関係が逆のものになってしまう。

       18

︵暉︶ 癒胚曝踊響旧㎜

15

12

9

6

3

0

   ・﹂■  ゆ︐  ψ

    ■

@ φ @φ

f

φ φ ■

一◆一厳しい基準・■国緩やかな基準

1         2         3         4

 リハーサル頻度評定(数字が大きいほど多い)

図4 リハーサルと記憶の関係

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反戦態度尺度の作成

 最後に、被験者の反戦的な態度と、展示物の記憶の関係にっいて検討してみることにした。

反戦態度にっいての尺度は利用できるものがなかったので、本研究において新たに作成するこ とにした。実施した14項目の反戦態度尺度の回答にっいて、来館者と非来館者を込みした199 人分のデータを主因子法で探索的因子分析し、バリマクス回転した。この結果、固有値1以上 の基準で4っの因子が抽出されたが、このうち、回転後の因子が解釈容易な上位3っの因子を 尺度として使用することにした。第1因子は、「戦争をすることで救われる命があっても戦争

をすべきでない」、「たとえ、国際社会から孤立することになってもいっさいの戦争をすべきで ない」、「戦争はすべての人を不幸にする」、「どんな状況であっても戦争をしてはいけない」と

いう項目であり、これは状況の如何にかかわらず、戦争をすべきでないという、柔軟性を欠い てはいるが固い決意の見解である。これらの項目を「絶対的反戦」因子と名付けた。第2因子 は、「最低限の武力行使により、侵略から国家を守ることができれば、武力行使はやむを得な

い(逆転項目)」、「状況によっては最低限の武力行使が必要な場合がある(逆転項目)」、など

の3項目からなる因子で、国家が置かれている状況によっては、武力行使の可能性を容認する 態度を表している。そこで、「相対的反戦」因子と名付けた。なお、第1因子と第2因子はお 互い相容れない考えであると思われるが、実際には直交解にもかかわらず、これらの因子が抽 出された。これは「国家が置かれている状況によっては戦争をすることはやむを得ないが、何 があっても絶対に戦争をしてはいけない」とする、おそらく、論理的には矛盾する見解が存在 することを意味している。しかし、この見解は、日本の国家としての戦争に対する態度と合致 していて興味深い。しかし、本論文では、この問題にっいては本題でないので、これ以上、検 討することを避ける。第3因子は、「反戦運動に積極的に参加したい(している)」「反戦運動 のための署名に協力したい(している)」という項目であり、反戦運動へのコミットとその主 観的な可能性にっいて、測定するものである。この因子を「反戦運動」因子と名付けた。

資料館訪問と反戦態度の関係

 次に、個々の被験者ごとに上記3っの因子ごとの得点と、資料館訪問の有無にっいて検討し た。訪問群と非訪問群のそれぞれの尺度の得点にっいて一元配置の分散分析を行ったところ、

「絶対的反戦因子(F(1,197)一.54,n.s.)」、「相対的反戦因子(F(1,197)一.02, n.s.)」、「反戦運動

因子(F(1,197)=1.33,n.s.)」のすべてで、2つの群の間に有意な差は存在しなかった。これ

は、広島平和資料館を訪れたことがあるか否かによって、反戦的な態度に差は生じないという ことである。では、資料館の存在が、反戦的な態度の形成に役に立っていないのであろうか。

 そこで、次に、訪問者群に関して、各因子の得点と、訪問時期、訪問機会、ショック度、心 を動かされた程度、リハーサルの各評定との相関を調べてみた。その結果、心を動かされた程

度と「絶対的反戦(r−.32,p<.01)」、「相対的反戦(r=.32, p<.01)」「反戦運動(r−.25, p〈,05)」

(11)

の得点、リハーサルと「反戦運動(r−.38,p<.01)」の得点に有意な相関が認められた。これは、

資料館を訪れ、かっ、「心が動かされた」場合に、反戦的な態度が形成されるということを意 味している。また、この体験を想起することが、反戦運動への動機づけを与える可能性も示し ている。展示物の記憶と同様に、反戦態度の形成においては、「こころが動かされる」という 主観的な体験が、決め手になっていることは興味深い。また、訪問時期、訪問機会、ショック と各得点の間には有意な関係は存在しなかったことから、たとえ、広島平和資料館が、重要な

施設であっても、形式的に訪問しただけであれば、反戦態度の形成には役に立たないし、また、

「心が動かされれば」それが、修学旅行であろうと、友人との旅行であろうと、家族旅行であ

ろうと、同様な効果を示すといえるであろう。むろん、ここでの分析は相関分析であるので、

上記のモデルが因果として成り立っているのかにっいては、今後、より厳密な検討が必要であ

ろう。

反戦態度と展示の記憶の関係

 さらに、訪問者にっいて、反戦態度尺度各下位因子ごとの得点と展示の記憶の相関を調べた

ところ、「反戦運動」因子の得点と記憶が、厳しい基準(r==.443,p<.01)、緩やかな基準

(r・ .386,p<.01)ともに1%水準で有意となった。「絶対的反戦」「相対的反戦」因子と記憶の

間には有意な相関は存在しなかった。これは、反戦運動への動機づけが生じた場合に、広島平 和記念資料館の記憶が良くなる可能性を示している。しかし、これらの関係にっいても相関関 係であるために因果関係はわからない、たとえば、この質問紙を行うことによって、たくさん

の展示物を想起した被験者がその時点で、反戦運動の必要性を感じた可能性なども考えられる。

4,まとめ

 本研究では、広島平和記念資料館の展示物の記憶にっいて、女子大学生を被験者とし、さま ざまな側面から検討した。結果の中で、とくに興味深いのは、訪問によって「こころを動かさ れる」という主観的体験をすることが、展示の記憶の忘却を抑制し、かっ、反戦的な態度や活 動傾向を促進するということである。単なる形式的な訪問でこのような効果を生じさせること はできない。これらのことから、訪問者の記憶に残り、かっ、その今後の生活に影響を与える 展示にするためには、表面的な工夫でなく、訪問者の「こころを動かす」ことを目的にして展 示を設計していくことが重要であるといえよう。また修学旅行などで、平和記念資料館を訪れ る際には、事前に戦争や原爆投下が引き起こした悲劇にっいての事前教育を行い、展示により 感情移入できるようなセッティングをすることも必要であるだろう。しかし、本研究は、あく まで、広島平和記念資料館のみを対象にしたものであり、また、質問紙を用いた相関研究であ るために、因果関係が示されたものではないなど、限界も多い。そのため、今後も、ひきっづ

き検討していくことが必要であろう。

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参照

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